槇尾山(600m)登山
                 2006/12/20

「山歩き」の会の「ダイヤモンドトレールNo.4」である。
7.35分 橿原神宮をバスで出発。
前回は岩湧山まで歩いて来たので、今回は岩湧山から槇尾山までの予定であったが、

「このバスは、前回のバスより大型なので、前回のところまで行けない。歩けば2時間ほど余計にかかる。5時間の予定が7時間ほどかかってしまうので、このコースは無理だ。岩湧山から槇尾山まで歩くのを変更し、滝畑ダムの方から槇尾山に登ることに変更します」という内炭講師の話である。

まあ、7時間かかると、10時に歩き始めても、5時になり、陽が短いから5時は暗くなってしまう。
天気は良いので、残念ではあるが・・・またの機会にしよう




9.45分頃天野山金剛寺前交差点にさしかかるや、
交差点でバス全然動かず。
クラッチがすべって運行不能というのだ。
目的地の近くまできているのだが・・・・・
近鉄タクシーを呼んで、滝畑ダムの登山口まで移動するという。

 
車は動かねど、カメラを向ければ、
怒りも腹の底に隠して、笑顔で答えてくれる面々である。

10分近く経ってようやくタクシー2台来る。
2台で28名をピストン運転するというのだ。
4名が定員だから時間がかかっちゃうよ!

往復20分ほどかかるところを3回ほど往復して、28名全員が登山口に集まったのは
11時である。
 
体操を終えて、11.09分出発する。
 
登山口からほとんど樹林帯を歩いている。
遠くに岩湧山が垣間見られる

11.51分 ボテ峠に着く。標高477mである。
「滝畑 1.7km」 「施福寺 2.1km」の標識がある。
まだ1.7kmほどしか歩いていないのだが、ここで昼食となる。
 
12.20分 出発する。
眺望がほとんどないのだが、時折こんな風景が眺められた。
 
12.25分 「あれが槇尾山だ!」 くっきり見えている。

施福寺への参詣道であろう、ところどころにお地蔵さんが安置されている。
可愛いお顔であるのでパチリ!
「十丁」と刻字されているのだから、どうも一丁毎に安置されているようである。
 
12.37分 「番屋峠」の標識がある。標高428mである。
 
12.45分 「追分け」に着く。 標高349mである。

13.07分 「施福寺」と「桧原越」の分岐点である。
「桧原越」の方向に進む。
河野アシスタントが、「あと40m(標高)で頂上だ」と言われる。
 
13.29分 ここからあと標高20mぐらい上れば槇尾山の頂上だというのに、
黄色いテープに「きけん入山禁止」と書かれたテープが張られている。
「この先危険に付き進入禁止」と白い表示板もある。
これでは進むわけにいかぬ。
残念ながら分岐点まで戻って、施福寺への道を進むこととなる。岩湧山を垣間見ながら退却である。
  

13.48分 分岐点に着き、施福寺へ向けて進む。
途中、「虚空堂」に寄る。
ここは女人禁制のようだが、わが女性軍はそんなこといっこうにお構いなしである。
 

14.08分 施福寺に着く。「西国第四番 槇尾寺」の石柱が立てられている。「施福寺」より通称「槇尾寺」で呼ばれている。
資料に依れば、 

欽明天皇の時代に、天皇の病気治癒の勅願により行満上人によって開かれ、弥勒菩薩を安置したのが草創と されている。かつては真言宗の寺として栄えたとされているが、織田信長の兵火に遭い、その後、豊臣秀頼によって再興されたといわれているが、以前のような隆盛 はなくなったという。江戸時代初期には天台宗に改宗。本尊も当初、弥勒菩薩であったのが、後に、行基の弟子である法海が観世音菩薩を刻んで本尊としたという。 本尊は秘仏になっており、年に1回開扉されている。
 行基菩薩もここで修行したと伝えられ、また、春日山岩淵寺の勤操(ごうぞう)大徳僧都のはからいで、弘法大師空海が訪れ寺で修行し、この場所で剃髪し得度したという愛染堂や、虚空蔵求聞持法を修した虚空堂(女人禁制)、大師堂などがある。大同2年(807年)唐より帰朝後、 再び訪れ、入京が許されるまで約2年間、寺に籠もり真言宗を開くための思索を行ったといわれている。いわば、空海が青年期自らの思想を形成する為にもっとも縁の ふかかった寺であり弘法大師信仰の中心となるべき寺 の一つである。
 という。

  

「ダイヤモンドトレール 槇尾山 起点」と書かれた標識が埋め込まれている。
「ダイヤモンドトレール」はここから、「二上山」の麓の「ダイヤモンドトレール 北口」と呼ばれる区間である。
全長40kmと言われるいる。境内の高台に明神社がある。
 

明神社から、右手に白いススキ野の岩湧山が見られる。左遠くには金剛山が一望できる。


14.20分 岩湧山をバックに記念写真を撮って、下山する。


表参道の石段を下って行けば、山門に着く。

山門を出た近くにバスが待っていてくれた。小さな代わりのバスである。
14.45分である。
今日は温泉に入る予定になっていたが、
みな、温泉に入る気力も失せて、圧倒的多数で温泉に入らずに帰ることになった。
まあ、バスの故障はあったが、人身事故があったわけではないから
よかったなあ、と思う。
今日の山歩きも無事であったことを感謝する。

     ― おわり ―