剣尾山(784m)と横尾山(784m)を登る
                      2006/8/30

剣尾山と横尾山の山歩きである。
七時に天理駅をバスで出発する。



9.37分に行者口バス停に着く。準備をして9.45分スタートする。 









9.49分 玉泉寺に着く。案内板には次のように書かれている。

青龍山 玉泉寺(真言宗)
もと玉泉坊といい、剣尾山月峯寺の一坊であったが、兵火にかかり行者山下に下山した。慶長四年(1599)に良海阿闍梨が、島田屋敷へ移して玉泉寺と号し、宝永五年(1708)宝雲上人が現在地に再移した。当寺には平安時代(十一世紀前半)の薬師如来坐像を始め、元禄九年(1696)宝山湛海刻の不動明王坐像の優作(大阪府有形文化財)を安置している。なお、参道入口の大日種子(梵字)板碑の二基は、雄勁な鎌倉中期以前の遺品として貴重である。
能勢町観光協会


黄色くなりはじめた稲穂を眺めながら、車道を歩く。
10.00に「行者山の史跡と由来」と書かれた看板のところに着く。
「右 是れより行者道」の石碑も立てられている。
案内板には次のように書かれている。
 「行者山の史跡と由来」巨岩を行場に利用して古く巨岩を行場に利用して古くから行者山と呼ばれるこの一帯には、こんな歴史や言い伝えがあります。
〔奈良時代〕 役行者が行場を開く、爪で自分の姿を岩に刻んだというのが「爪刻行者像」。
〔平安時代〕 醍醐寺で開いた理源大師が行場復興に訪れる。理源大師像はそのなごり。
〔江戸時代〕 玉泉寺の宝雲上人らが行場を整える。本堂を建て、役行者の金銅仏を奉安する。奈良県の大峰山に対し摂津大峯と呼ばれるまでににぎわう。
〔昭和10年〕 本堂を今の場所に移し、エボシ岩に不動明王を刻む。
剣尾山は、飛鳥時代、山頂に月峯寺を開き護摩を焚いている時不動明王の降魔の剣が降ってきたというところ、その登山口の行者山では、今でも護摩場で4月13日に紫燈大護摩供が行われています。

道は広く整備されて歩きやすい








10.11分 巨岩がある。
「大日如来座像」と書かれた表柱が立てられている。
よく見れば、岩には、仏様が刻まれているのだが
この写真では判らない







10.14分 行者堂に着く。
立派なお堂が建てられている。
正面には、「弘法大師・藤隆大菩薩・不動明王」と書かれた額が掲げられている。






お堂の横には巨岩があり、その窪みには
仏像と達磨石が安置されている。







行者堂で休憩ののち、10.25分 「登り岩」の標柱が立てられた岩場に着く。
鉄はしごがあり、登ればこんな景色が眺められた。
 

 
「行者山」と書かれた標柱が建てられている。
その案内板には、
標高469m、摂津大峰として知られる古くからの修験場。下方の行者堂の周囲には東西ノ覗、胎内めぐりなどの行場があり、約一時間で一周できる。歩道沿いには大日如来仏が刻まれた巨岩もある
と書かれている。



10.30分 前方に剣尾山が見られる。広く整備された道が続いている。時折爽やかな風が吹き抜けてくれるのが心地よい。

途中に「ニホンジカについて」という看板が立てられている。次のように書かれている。
野生のニホンジカは、府下では北摂山系だけにみられ、中でも剣尾山周辺は代表的な生息地の一つです。そしてこのような都市近郊の里山地域でみられるのは、全国的にも大変めずらしいことです。ニホンジカは 偶蹄目 シカ科の動物で、長く立派な角や可愛らしいバンビなど古くから私たち日本人に親しまれています。秋の繁殖期にオスジカはテリトリー(なわばり)をつくり、「フィーヨー」と鳴く習性があります。
―奥山に紅葉ふみ分けなく鹿の声きくときぞ 秋はかなしき―と詠んだ猿丸太夫の歌はよく知られています。ニホンジカは草食でササ類などイネ科の植物を主な餌としており、そのほかイヌツゲ、ヒサカサ、ソヨゴ、アオキ、シラカシなどの様々な種類の樹木の葉を食べています。私達が自分の生活やまわりの環境を大切に考えるのと同じように、この貴重な動物を大切にし、人間とニホンジカがいつまでも共存共栄できることを願っています。このため大阪府ではこの剣尾山周辺をはじめ主な生息地を選んで、その地域の農林業の振興や農林作物の食害防止に努める一方ニホンジカの生息に適した環境づくりを進めています。シカは弱い動物です。暖かく見守って下さい。



10.56分 「炭焼窯跡」と書かれた標柱がある。
炭は栗・牛とともに「能勢の三黒」として有名であった。こうした山中に造られることが多かった。能勢の炭は池田炭として茶湯などで使われている。
と書かれている。





11.08分 六地蔵に着く。
これの反対側に、岩陰地蔵がある。







 
六地蔵から三分ほどゆくと、「月峯鐘楼跡」の標札がある。
この写真は「月峯寺本堂跡」である。
「井戸跡」も見られる。







11.18分 剣尾山の山頂に着く。
岩があちこちにごろごろしている。







 
山頂の一番大きな岩に上って、昼食始まる。










景色を見ながらの食事である。
今日は、カンカン照りでないので、暑くもなく昼食には最高である。
目の前の山が、半国山(774m)とその奥が小和田山(612m)であろうか



11.42分 昼食を終わって、巨岩を利用して
「フリクション登り」の登り方の講義である。
靴の上部底の部分を岩肌にしっかり押さえつけて、その摩擦で岩を上るというのだ。
僕も指名されて登り始めたが、
途中で「ブー!」と言われてしまう。
岩の割れ目を利用したからである。



11.52分 山頂で記念写真を撮って出発する。



12.05分 「大阪、摂津 国界」と書かれた標柱がある。












 
ヒノキの植林地帯を通る。ヒノキの若木の根元部分は鹿に食害防止のためカバーで覆われている。

12.19分 剣尾山を振り返れば・・・
12.22分 樹林の隙間からの風景を眺めながら・・


12.26分 横尾山の山頂に着く。
視界はない。
山頂の三角点の上に、小さな「横尾山」の標札がある。
三角点に「+」と書かれているのは、東西南北を表していると、Kさんが教えている。
「三等三角点は、15pX15p、一等三角点は18pX18pと大きさが違うんだ」との声が聞こえる。
みんな博学であるのに感心する。

12.35 鹿除けのフェンスの場所から景色が広がってみられる
12.50分 こんな岩場の登り道もある。




13.00分 送電線鉄塔のところに到着。ここからはひろびろとした風景が眺められる。右のほうの遠くの山が深山(791m)であろうかと思う。


休憩後出発。
13.53分 郷土館に着く。
郷土館のすぐそばに「かんぽの宿能勢」がある。
ここで風呂で汗を流し、ビールで乾杯!

    ― おわり ―