信心の風光をうたう
 
                           詩 人 榎 本  栄 一 (えのもと えいいち)
兵庫県淡路島生まれ。昭和二十五年東大阪市で化粧品小間物店を営む。昭和五十四年閉店。平成十年十月逝去。著書「いのち萌えいずるままに」「群生海」「光明土」「無上仏」「無辺光」ほか
                           ききて 金 光  寿 郎
 
     「いのちひろびろ」
 
     突っかい棒が
     ひとつ またひとつ
     ひとりでにはずれ
     いまは わがいのちひろびろ
     さて これから
 
     「光明土(こうみょうど)」
 
     難聴になりて
     内なるこえがきこえ
     持病ありて
     遠くへゆけぬが
     眼(まなこ)ひらけば光はここにも
 
     「詩の原始音」
 
     このきこえぬ耳を
     澄ませると
     私の中からは
     三千大千世界の
     幽(かす)かな潮音(なみおと)が聴こえてくる
 
金光:  今日は、今の詩をお作りになりました東大阪市の榎本栄一さんの世界について、いろいろお話を伺ってまいりたいと思います。榎本さんは、明治三十六年淡路島のお生まれで、今年八十七歳になっていらっしゃいます。五歳の時に、淡路島からご両親と一緒に大阪へ出てこられて、小間物屋さんを始められ、大阪大空襲の昭和二十年まで大阪の西区で大きな小間物屋さんを営んでいられたわけでございますが、空襲のために全部焼かれまして、丸裸となられ、それから淡路島へ帰られて、昭和二十五年に東大阪市へ出てこられ、また再び小間物屋さんをやっていらっしゃったわけです。昭和五十四年にお店を閉められて、現在に至っていらっしゃる方です。 六十を過ぎてから詩を作られて、現在もお元気に詩を作っていらっしゃるわけでございます。今日は、この突っかい棒がとれた、広々とした世界に住んでいらっしゃいます榎本さんの世界を、詩をご紹介しながら、お話を伺ってまいりたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。では、早速詩をご紹介しながらお話を伺います。まず最初が、「山いくつ」という詩でございます。
 
     「山いくつ」
 
     このいのちたまわり
     ようやく自分の内面(なか)が
     みえはじめたのは
     六十の山をこえるころから
 
若い時から、宗教とか文学に関心をお持ちだった、というふうに伺っているんですが、はっきり内面が見えるようになったのは六十を越されてから、ということでございますか。
 
榎本:  さようでございます。
 
金光:  お若い頃から関心をお持ちになっていらっしゃったわけですね。
 
榎本:  宗教に、さようでございます。病気の連続でございまして、自然にそういうことに向くようになりましたね。
 
金光:  しかし、いろいろ聞かれたり、読まれたりなさっていても、実際に自分のことがよくわかるようになったのは、六十過ぎてから、ということでございますか。
 
榎本:  ええ、そうです。先ほどもご紹介頂いたように、昭和二十五年ぐらいから二坪半の店で、家族七人が食べていかんならんので、もうその頃から約二十年、詩も文学も宗教もほったらかしで遮二無二(しゃにむに)働きました。店開いて二十年ぐらい経って、ふと自分の姿が見えるようになり、前後ろが見えるようになりまして、ああ、そうやったか、若い折から宗教のお話も聞いておったが、もう長いこと、そのお話も聞かんし、文学書の一頁も繰り広げたこともない。ちょっと具体的に申しますと、尾崎放哉(おざきほうさい)が初めて句集を出して、その自由律の句を見てビックリ致しましたが、その後に種田山頭火(たねださんとうか)が続いて出たのはちっとも知りませんでして、六十過ぎてから、「ほぉ、種田山頭火か、こういう俳人も出ておったんか」と、自分も何か小さいもんでも書けそうなもんやなぁ、と思うて書き始めたんが、私の詩の始まり、六十二、三歳ぐらいから始まって、今日まで約二十年あまり、まぁどうどこうど石ころみたいな詩が続いているわけでございます。
 
金光:  それじゃ、詩を紹介しながら、またお話を伺ってまいりたいと思います。
 
     「凡夫開眼」
 
     如来は人間を
     自由にさせてくださるが
     人間はあたまをうってから
     眼(め)がすこしひらく
 
     「すくい」
 
     わが行く手が暗くなるにつれ
     自分の思い上がりが
     みえはじめ
     しんしんとみえはじめ
 
これは自分の中が見え始めるという時には、頭を打ったり、それから行く手が暗くなったりする時に見えてくるわけでございますか。
 
榎本:  そうですな。人間って愚かなもんでございまして、常がまぁ儂かてまんざら捨てたもんやない。そこそこ知恵もあるし、腕もあるんやと、まぁこう自惚れて好きなように行動致します。また好きなように人間は行動できるように作られております。ところがすらすらといく折が後から見ると、一番危ない折で、如来さまがお慈悲が深いというのは、スタスタといく道でコトンと蹴躓(けつまず)いて、頭でもピシャンと打つようにして下さるのが、これがまた深いお慈悲でありまして、そういうようなことにでも遇わんと、私というやつは、目が開かんのでございます。まぁ頭を打ってはじめて如来さまの有り難さ、お慈悲の深さが身に沁みるということでございましょう。
 
金光:  じゃ、その世界を少し違った角度から詠っていらっしゃる詩があるもんですから、それをご紹介致しましょう。
 
     「おひかり」
 
     自分のぼんのうの
     もやもや
     嫌悪(けんお)せずにみていたら
     この底から お佛光(ひかり)は
 
     「一大事」
 
     自分の眼で
     自分の煩悩がみえるという
     これはたいへんなこと
     ここからが阿弥陀(あみだ)のくに
 
そうなりますと、やはり煩悩のモヤモヤといいますか、頭の中に出てくるいろんな煩悩を見るというのが一つのポイントでございますね。
 
榎本:  ええ。煩悩でございますが、我々は常はうかうかとしております。このうかうかとしておるのが煩悩の渦に巻き込まれておる最中でございます。煩悩と申しましても、いろいろ言葉を遣いまするが、雑念、妄想、それから、ああでもない、こうでもない。こうして話しておりましても雑念が湧く、妄念が湧く。今晩のおかずは何やろうかなぁ、という思いがふいと湧いてくるんでございます。これがすべてひっくるめて煩悩と申してよろしいんでございます。我々の暮らしはほとんど常はこの思いにうかうかと引きずられ流されているのが我々の暮らしでございます。この煩悩を「嫌悪せず、好き嫌いを嫌わずに」と、今、詩の中で申しましたが、嫌な煩悩が出てきたら、これは除けたい、こんな煩悩が出てきたらこれは恥ずかしい。なんとかならんかいなぁと思うたら、その煩悩と一緒に心中することになります。その煩悩を好きとも嫌いとも、良いとも悪いとも、なんとも思わずに、ただみておる、ただ眺めておる。勿論、自分の煩悩ほど見えにくいものは世の中でないんです。その能力があるとは思えません。これが見えるということが既に仏さまのお光りに包まれておるから見えるのでありまして、その煩悩を仏さまのおひかりに手を合わせて、ただあるがままに見ておりましたら、その煩悩がひとりでに消えたり、あっちへいったり、流れたりして、こっちへまとわりつかんのでございます。好き嫌いなしに、善悪を思わず、ただただお光りで見せて頂いておるだけで、後は仏さまにおまかせしておる、もう一ついうたらほったらかしておる、それでよろしいんでございます。その煩悩に巻き込まれんと、ただただ見さしておりましたら、これがまぁ往生するとでも申しましょうかね。
 
金光:  じゃ、煩悩をご覧になった詩で、私が拝見して非常に面白い表現をなさっているなぁと思うのがいくつかあるもんですので、それをちょっと続けてご紹介させて頂きます。まず、「蛸壺執着」、これは「前の世の私」という副題がついておりますが、
 
     「蛸壺執着―前の世の私―」
 
     蛸は壺にはいり
     あんまり居心地(いごこち)がよいので
     ついここに執着(しゅうじゃく)して
     壺ごとひきあげられた
 
     「ボロ」
 
     日の光に
     照らされたら
     私が着ているのは
     ボロ着物でございました
 
     「私の中」
 
     私の中 覗いたら
     お恥かしいが
     たれよりも
     自分が一番
     かわいいというおもい
     コソコソうごいている
 
     「天狗」
 
     おまえ、
     七十年も歳月を浪費して
     何を悟ったか
     ヘイ 天狗の鼻が
     折れました
 
     「木の上」
 
     うぬぼれは
     木の上から ポタンと落ちた
     落ちたうぬぼれは
     いつのまにか
     また 木の上にのぼっている
 
今まで続けてご紹介した「蛸壺」から後の詩でございますが、こうやって拝見しますと、あぁ、たしかにそういうことがあるなぁというふうに思い当たることもあるわけでございますが、こういう詩はどういう時に出てくるんでございますか。
 
榎本:  今の「蛸壺」の詩でございまするが、人間には順境と逆境の折とが常に入り混じってくることが多いようでございます。逆境の折はよろしいのですが、順境の折は、或いは大変居心地がよろしい時は大いに警戒の必要があるようでございます。「蛸壺」は蛸が蛸壺へ入ってまことに居心地がよいのでございます。人間もその位置に坐り、その椅子に腰掛けて、もし居心地が大変良かったら、その折が一番警戒を要する時ではないかと思います。その居心地の良さの危なさを知るのには、どうして知るか、と。ただただ「ナムアミダブツ」の念仏を申しておりましたら、自分のおる位置が見えてまいるのでございます。その居心地の良い、また坐り心地のよい順境の何もかも上手いこといくわいと、ほくそ笑んでるおりが一番危ない時でございます。それを知らしてもらうのが、やはり「ナムアミダブツ」のお光りを頂くことで、それが見えてまいると、かように私は存じております。
 
金光:  一番最初に紹介さして頂いた詩に、「突っかい棒がひとつ また一つ」という詩がありましたが、その次ぎに、先ほど「ボロ」という詩にありますが、「日の光に照らされたら、私が着ているのはボロ着物でございました」と、そういうお念仏の光に自分の姿が照らされますと、それによってボロ着物でわかると突っかい棒がとれるということでございましょうか。
 
榎本:  そうでございますな。常はいっかどのものを着て、いっかどのことを儂もした、これこれの仕事もできたと、もういろんなものをぶら下げて、いっかどみたいに思っているけども、日の光に照らされて、もうすっかり色があせるという、浅はかなもんを、このうえもないような大事なもんに思うておる、思い違いをしておる時が、どうも多いようでございます。
 
金光:  でも、そうやって気がつかれましても、例えば「木のうえ」の詩のように、一度自惚れはポタンと落ちたと思っていても、いつのまにかまたこう上に上がっているわけでございますか。
 
榎本:  そうやってね、もう一つ詳しゅう申しますと、一遍見えたらそれで、一遍悟ったらそれでいいというものではございません。念々「ナムアミダブツ」、覚めても寝ても「ナムアミダブツ」。いつも自分をお照らし頂くと、そういうことでございますな。
 
金光:  その辺のところをちょっと違った表現で詠っていらっしゃる詩があるので、それを紹介させて頂きます。「雲霧のなか」という詩でございますが、
 
     「雲霧のなか」
 
     仏性ともうすは
     自分の煩悩の雲霧(くもきり)が
     湧いてはながれるなかで
     おのずとはたらくようです
 
榎本:  人間にはみな仏性があると教えられております。仏性があるゆえにお悟りもできる。また往生成仏もかなうと。かように教えられるわけでございますが、そんなら自分の仏性というもんはわかるのかというと、自分の仏性は自分には絶対にわかりません。他人様(ひとさま)の仏性は拝んでおりましたら、或いは他人様のおっしゃることを丁寧に耳を傾けて聞いておりましたら、他人様の仏性はわかるのでございまするが、自分の仏性はわかりません。煩悩の雲霧(くもきり)が湧いては流れ、湧いては流れするのがただ見えておるだけでございます。それを最前の詩のように、その雲霧を好き嫌いなしに、ただただ仏さまのお光りでその雲霧を眺めておりましたら、自分の知らん間に、仏性の働きが、仏性の姿は自分には見えませんが、仏性の働きが自ずから出てくるのかと思いますが、その働きも自分にはわかりません。他人様の仏性はわかるが、自分の仏性はわかりません。雲霧がわかるだけです。コツはその雲霧を嫌わずに、有り難くみせて頂く、そこがコツと言えばコツでございます。
 
金光:  じゃ、そこの非常に微妙なところでございますが、そこのところを、今度は別の表現で詠っている詩をご紹介致します。
 
     「帰家穏座(きかおんざ)」
 
     なにかを求めあるくこころ
     いつしか失せ
     よくみれば
     ここには 萌(も)えいずる草の芽
 
     「妙所(みょうしょ)」
 
     にぎやかでもなく
     さびしくもなく
     私には
     ここが一番おちつくところ
 
煩悩の雲霧を眺めているうちに、何かいいものはないか、立派な世界はないか、こうやればよくなるんではないかみたいなところとはちょっと違うところが、落ち着き場所になるようでございますね。
 
榎本:  さようでございますな。私も若い折から、あっちこっちの先生を訪ね歩いて、もう聞けるだけ聞き歩きました。あの先生の話より、今度の先生の話のほうがまたちょっと深いところがあるなぁ、こっちの話の方がいいな。また人から聞いて、あの先生の話はとても有り難い先生や、と。まぁこういうようなことで、あっちこっち、長年読んだり聞いたり、グルグル巡礼を致しましたが、さてさて、やや疲れて家に帰ってみると、なんか知らん、ほっとくつろいだと申しますか、自分の中が見えてきたと申しますか、自分の聞かんなんところは、あっちこっちの先生のところにもたっぷりあったのではございましょうが、そこで百パーセント満足がいったかというと、そうではなかった。グルグル回って家へ帰って、自分の心の中を、仏さまのお光りを拝みながら、自分の心の中を見ておりましたら、あぁあぁ、宝はここにありました、と。こうとでもいいましょかなぁ。
 
金光:  そこが「帰家穏座」―家に帰ったら、ちゃんと穏やかなところがありました、と。
 
榎本:  ええ。結局、我々は今ここにおるのに、一番不満をもって、もうちょっとここがようならんといかん、と。もうちょっとあれがなんとかならんといかんと、こう思っておりますが、自分のおるここが三千大千世界の一番いいとこやないかいなと、うすうすです、百パーセントわかったんじゃない。うすうすわかりかけておるという状態でございます。
 
金光:  そこがまた妙なるところでもあるわけで、賑やかでもなく淋しくもなく、一番落ち着くところということでございますね。
 
榎本:  そこが一番いいとこやった、と。
 
金光:  じゃ、それをもうちょっとまた違った表現で詠っていらっしゃるのがあるようでございますので、「下座」という詩ですね。これはご自身におっしゃっている詩のようでございますが、
 
     「下座―自分に―」
 
     こころはいつも下座にあれ
     ここはひろびろ
     ここでなら
     なにが流れてきても
     そっと お受けできそう
 
高いところじゃないわけですね、低いところですね。
 
榎本:  地べたですな。凡夫のおるところを底辺―底の辺ですな。底と申しますが、下座というのは一番地べたに―まぁほんまに地べたに坐るわけじゃないけども、地べたに坐っておる気持でございますな。高いところで、自分の力以上のもんを持たされたら腰抜かしますし、地べたでどっかと坐っておりましたら、自分の体重以上のもんがきても、「はい」というてお受けできると。ここよか下へ落ちるところがないとこが、自分の安息の場所で一番いいとこやないかいなぁと思うのでございます。落ちるところないとこ、少し高いとこにおったら、いくらかでも一段でも二段でも下へ落ちますが、これよか落ちようのないとこ、そこが一番安坐安住のところ。
 
金光:  そこでは突っかい棒も要らないということでございますね。じゃ、そこのところをまた違った別の表現で詠っていらっしゃいます。「弥陀のうねり」という詩がございますね。
 
     「弥陀のうねり」
 
     これは途方もないうねり
     弥陀のおんもよおしのうねり
     久遠劫(くおんごう)からのうねり
     念仏となえ
     このうねりの まにまに
 
榎本:  私も出来損ないの詩人で、詩人の端くれでございます。お蔭で創造力というものが、ちょっと他人様よか発達しているかと思いますね。今見えている世界だけが私の世界だと、そんな窮屈な世界を想像したくないです。後ろ見ても前を見ても、後ろも無限、前も無限、上も無限、下も無限、無限の中で泳いでおるというような、どえらい、途方もない、大きい世界が好きなんで、そんな世界を独りで思うて、楽しんでいる時が多いんでございます。「弥陀のうねり」というのは、無限の宇宙の波動とでも申しましょうか、念仏称えておると、いつしかその波動と弥陀のうねり、弥陀のうねりその波動のまにまに浮いているようで、普通のお方より以上に、私はそれが楽しいのかもわかりません。一人でそんな楽しみがございますので、いつも無限の波のまにまに、無限の御働きでございますわ。
 
金光:  そういうところにお気づきになりますと、例えば、ご商売がうまくいかなかった時もございましょうし、それから身体が調子が悪くて入院なさったこともおありだというふうに伺いますが、そういう苦しみに、苦に対するお考えも変わってくるんじゃないかと思いますが、ちょっと「苦をたまわる」という詩がありますので、それを読まして頂きます。
 
     「苦をたまわる」
 
     南無大悲の如来さまは
     私を無限に
     お育てくださるか
     つぎつぎと苦をたまわるので
     眠りこけておられず
 
「苦をたまわる」というふうにおっしゃっておられますね。「眠らさないための苦である」というふうにお受けとりになるわけでございますか。
 
榎本:  まぁ人間はね、起きている間は目を開いて絶えず見ておらんければ、どこへいくかわかりません。人間は今日穏やかだったら明日も穏やか、今日上手いこといったら明日も上手いこといくと、かようになんでも、そういうように思いやすいもんでございますが、フッと思う通りにいかんと、蹴躓くと、その折に目が覚める。そうすると、やっぱりひょっと蹴躓いたり、行き詰まったり、これがまた有り難い一つのまた伸びる節目にもなるので、これが賢き人には用がないかもわかりませんが、我々凡夫には時々行き詰まったり、頭打ったり、失敗したり、まぁそういうことを繰り返しながら、どうぞこうぞ世の中を渡らして頂けるようになるのかと思います。やっぱりこの道平坦でない方がほんまは有り難いのでございます。
 
金光:  そこのところを「妙用(みょうよう)」という詩でも、
 
     「妙用」
 
     行詰まって
     身動きできなくても
     いつか ほぐれて
     みな 動きだす
 
榎本:  行き詰まったら、バタバタせんとジッとしていることですな。妙なもんですよ。バタバタして、ああか、こうかと、いわゆる親鸞さまも計らいとおっしゃいましたが、いろいろ人間が知恵がありますから、知恵を絞って、いろいろ方策をたてますが、その方策がまたこんがらがって怪(あや)しゅうなります、行き詰まったら手を合わせて、ジッとしておったら勝手に道は開ける、と。まぁごく簡単にちょっと、一足飛びみたいにいい過ぎますが、行き詰まったら手を合わせてジッとしておったら、天地自然はまぁなんとか良い具合に動いてくださる、と。これがまぁ七、八十年、この世で泥水を吸うてきたお蔭でございましょうかなぁ。
 
金光:  その次には、なかなか気が付きにくい、見えないところの身体の詩を作っていらっしゃいますので、それを読ませて頂きます。
 
     「不思議胃ぶくろ」
 
     レントゲンにはうつらぬ
     もう一つの胃ぶくろ
     喜怒 哀楽などを
     いつとなく消化(こな)してくれる
     私の不思議な胃ぶくろ
 
     「泉」
 
     私の奥底には
     色も形もない
     泉があって
     私が邪魔しなければ
     尽きずに湧くようです
 
榎本:  私ども三度三度物を頂きますが、胃ぶくろは私の知らん間に、私がこれから消化(こな)してやろうと思うて消化(こな)すんでもなければ、食物が入った方に胃液を出そうと思って出すんでもなく、ひとりでに、知らん間に、自然に消化(こな)してくれます。時が経てば私の体内を通って滓(かす)だけ外へ出てくださる、と。いろんな悲しみや喜び、それから辛いこと、痛いこと、そんなこともですな、いのちさまにおまかせしておれば、いつまでもということはありませんな。ある時がきたら流れていってくださる、或いは消化(こな)して下さる。これほどの悲しみが、或いはこれほどの辛いことがあろうかと思うても、いのちの流れというものは不思議なもので、それが次第次第に流れて薄らいで下さる。結局、人間は大きなものにおまかせして、細かいことをゴサゴサと箱の隅を穿(ほじく)るようなことをせなんだら、勝手に良い具合に流れていって下さる。御いのちさまさまです。結局、人間は最後にはここに気付かせて頂くのが、まず極楽往生の入り口が見えてきたということでございましょうな。
 
金光:  じゃ、そこのところに気付かれた目で、今、居る地球をもう一度見直してみた詩があるようでございますので、その詩をご紹介致しましょう。
 
     「フシギ」
 
     人間は何十億いるのに
     私とおなじ人間が
     どこにもいないのは
     フシギなことだ
     この私のなかに
     無限のせかいがあるのは
     さらにフシギなことだ
 
人間だけではなくて、もう一つ広い世界を詠っていらっしゃる次の詩、
 
     「一味のながれ」
 
     私にながれる命が
     地に這う虫にもながれ
     風にそよぐ
     草にもながれ
 
榎本:  これはビックリしまんな。うかうかしている常はそんなこと思えしまへんで、みな同じような人間が仰山(ぎょうさん)歩いているなと、常は思うていますんけども、さてさて心の目を澄ましてみると、ほんまに鼻一つ、目一つでも、同じ人間はどこにもおらへん。これが、なるほど人間一人ひとりに賜ったいのちというものは、かけがいのない、代わりのない、ここに三千世界に一つしかないいのちやなぁということを教えて下さっておるようなもんで、その証拠がここに一つ生きておるんやないか、と。こうやって賜ったいのちに大事にして、この私の生きたいのちが自分の汚れにまみれて、今日まで生きてきたんやけども、この一つしかないいのちが、他人様にみて頂いて、何か参考にでもなれば、いやまたならねばならん、と。他人(ひと)のお役に少しでも、お役に立つべきもんやと。一つしかない、ほかに類がないのやよって、自分独特のもんやよってに、これ他人(ひと)さまの参考にならないかんと。なるべくつとめんといかんと。このようにも思いますな。それでまぁ大体私は、道のものなどわからんことに驚くのが好きです。それが趣味ですな。そうやよってに、この世界六十億の中にたった一つしかないこのいのち、これをできる限り表現して、少しでもほんの毛の先ほども他人様のご参考になれば、これ以上の、この世に生まれてきた甲斐があるというもんや。
 
金光:  それでいながら、一人しかないいのちでありながら、無限の世界がその自分にあるし、それから虫とか草にも同じいのちが流れているということでございますね。
 
榎本:  そう。同じいのちが流れて、そしてまた一つひとつが別やということが、なるほどこれが、これを甚深微妙(じんしんみみょう)の世界と申すんでございましょうな。何やらこの言葉は「法華経」にあるそうですが、甚深微妙の世界でございますな。
 
金光:  そういう目で、今の地球上をご覧になった詩がいくつかありますので、ご紹介しましょう。
 
     「海」
 
     人間の欲望は
     海よりも大きくて
     海をじわじわ
     よごしてゆく
 
     「我欲」
 
     ここには
     虫けらや人間
     何億種類のいのちあれど
     人間だけが
     ここを 我欲でよごす
 
榎本:  これね、この通りですが、ここを人間が我欲で汚すと、その通りなんですが、汚しておって気がつかんというのが人間の本性ですね。ここがまた一番難しいところですね。汚すのはなんぼあと勝手に汚せというても、そこに気が付いたら救いの道があるんですが、そこがまた気のつかんというのが、汚して気が付かんというのが、人間の救えがたいところなんです。仏さまがご苦労なさるのも、ここが一番難しいんです。気が付かん。
 
金光:  でも、そこに気が付かないのは、他の人たちだけではない、という。次は「地獄一定(いちじょう)」という詩がございます。
 
     「地獄一定」
 
     ひとの世にある悪は
     私もこころの中で犯している
     ただそれが
     人前(ひとまえ)にあらわれぬだけ
 
     「下根の凡夫」
 
     身をすててこそと承るが
     そのすてるちからが
     私にはないので
     ようすてぬままに
     大悲の中を
     ほくほくあるいている
 
そういう自分の中にいろんなものを持っている自分でありながら、それを捨てられぬままに歩いているということでございますか。有り難い詩でございます、私にとっては。
 
榎本:  「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」とか、また「捨て聖(ひじり)」とかいうて一切を捨てることがほんまに道を行くもんの成仏の世界であると。一切を捨ててこそ救われるのだと。まぁそう申して、また教えられもしておりますが、さて自分が捨てられるか、と。自分にその捨てる力がない、と。捨てる力もないようなものを、私にはこの力がないと思うておって、ふと気付くと、まぁ仏さまの光と申しますか、その光に包まれておると。捨てる力のないものはこのお光りの中をまぁ歩かして頂くと、まぁこういうことでございます。お恥ずかしいが、自分には捨てる力がない。これを下根の生まれと申してよろしいのでしょうね。
 
金光:  上根ではなくて、下根であると。そこが有り難いとこ、
 
榎本:  捨てる力がないと観念した時に、仏のお光りが届いてくれておる、と。こういうことでしょうね。
 
金光:  しかし、その世界だと非常に毎日が安らかに過ごせるようでございます。次の詩をご紹介しましょう。
 
     「手ぶら」
 
     私は手ぶらで
     今朝も如来の家へ
     あがりこみ
     微風をいただき
     日のひかりをいただき
 
たしかにその通りでございますね。
 
榎本:  私にはなんの値打ちもございません。生憎と手みやげの一つも持っておりません。無位無冠何にもございませんが、この微風に合わせて頂き、このお光りを浴びせて頂き、ほんまに如来さまのお座敷へ、懐へこのまま上がらせて頂き、勿体ないことでございますと。
 
金光:  同じ一日を迎えるにしても、何となく迎えるのと随分違うようでございます。もう一つご紹介致しましょう。
 
     「いきとおし」
 
     私は 現世(げんぜ)だけを
     見ていたが
     過去もむげん
     未来もむげん
     いのち茫茫(ぼうぼう)はてがない
 
     「大道茫茫」
 
     この道は
     この世の奥をつきぬけて
     十万億土へ
     つづいているようです
 
次ぎにある詩は、境は人間が作っているんだ、というように読めるんですが、次の詩「境界線」というのをご紹介致します。
 
     「境界線」
 
     この世 あの世と申すは
     人間の我見
     ごらんなさい
     この無辺の光の波を
     境界線はどこにもない
 
境界線は人間が作っているわけですね。
 
榎本:  人間はね、今ここに生きておる。ここをこの世やと思っておる。それはそれでよろしい。それから人間は、あの世があるとか無いとかいうております。おおかたの人はぼんやりでもあるように思ってまんねやろ。けど、あの世というのは、人間のいうているあの世は、人間の思いで作ったあの世でありますが、そんな人間の作ったけっこうなルビなんかがいっぱい敷き詰めて、綺麗な風が流れて、鳥が歌うてという極楽のお経の描写なんぞもありますけども、あれはインド人が想像して、インド人はああいうゴテゴテした想像するのが好きですわね。同じお経でも親鸞さんが書いた『歎異抄(たんにしょう)』もお経でっせ。『歎異抄』は日本料理みたいな風格があるし、西洋のお経はやっぱり西洋料理みたいなこってりしたとこがあります。いずれもいずれも、この世とか、あの世とかいうのは、この世は見ての通りやけど、あの世は人間の想像で思っているだけのこと、思いの世界。実際あるのやら、ないのやら行って見た人あらへんやからわかりまへんやね。わからんことをあるように思うて、なんやかんや思うてはりまんね。けどね、私は今、これもたびたび申しましたが、目の前に見えているこの世は、この世だけやと思いたくない。そんな窮屈な世界は、私はあんまり好きやおまへんね。でやよってに、この境界がいま自分の見えておるとこだけやないと。無限に繋がっておる。それはあるところまで行ったら死の世界やというのかも知れんけども、名前はどっちでもいい。この世とあの世は区別はない。続いておると。無限無限で続いておる。無限の波がただ波打っているだけやないかと。そういうように思うわけです。これ詩人の勝手な思いです。
今からそうですな、四、五十年前の話になりますが、大阪で畑中猶三(はたなかゆうぞう)先生とおっしゃる方が『信心の世界』という雑誌を毎月出しておられて、それから「三日会」という会を持たれまして、その信者さんの各家で、毎晩あっちこっちで一時間か二時間ぐらい座談会を続けて、そして内観のお話をして下さっておりました。それを私は友だちに勧められて、毎晩のようにあっちこっちでありますから、内観のお話を聞いておりました。そのおり内観ということの骨組みみたいなものを諄々(じゅんじゅん)とお説き下さいましたが、それがしかしその時は私の中では育ちませんでした。念仏の話も巡り巡ってたくさんの先生方から承っておりましたが、終いに巡り合うたのが、西本願寺の松原致遠(ちおん)先生、そのお姿がいつも念仏申しながら、そおっと襖を開けて講壇にお立ちになりまして、そのお話もすらすらと立て板に水のような、暁烏(あけがらす)さんのようなああいう話でなしに、実にポツンポツンと、ハッキリいうたら突然ですな、突然のお話がなんとも身に沁みましたが、そのおりも四、五十年前の話で、私の中ではそのおりは育たなかったと思います。それから無一物になって、店でそれから四十年ほどずーっと喰うことに一生懸命に、宗教も詩もへったくれもあるもんかと、遮二無二働いて一生懸命にやっておりまして、ホッと気の付いた時に、畑中先生の内観とそれから松原先生の「ナムアミダブツ」念仏内観と、この二つがいつのまにやら一緒に溶け合うて、なにやらすくすくと育っておりまして、ほぉーほぉー・・・これが私のこれから歩かせて頂く道やなぁと思うて、松原致遠先生のことを思い出し、また畑中猶三先生に内観の骨組みを教えて頂いたことを思い出し、不思議にそのお二人が私の中で生きて働いて下さっておりまして、私はフッと涙ぐむことがあるのでございます。
 
金光:  今まで随分いろんな詩をご紹介させて頂いたんでございますが、ここで今までの立場を引っくるめたような詩があるようでございますので、それを読ませて頂きます。
 
     「念仏蒙光照(もうこうしょう)」
 
     念仏もうしつつ
     内観ふかまり
     内観ふかまりつつ
     念仏もうし
     ここからはもうはてがない
       ―松原致遠師をしのび―
 
念仏によって光を蒙(こうむ)る。照らして頂くという意味だろうと思いますが、そういう内観をなさりながら、念仏を申していらっしゃると、この世界が違って見えてまいります。
 
     「経文無尽」
 
     書かれざる お経が
     私の日日をとり巻いており
     南無と合掌していれば
     少しづつ読めます
     順逆の風がふいています
 
     「無量壽」
 
     年とるにつれ
     弱るにつれ
     尽きぬいのちが
     私の底から湧いているのを
     いつしか拝むようになり
 
今日は念仏によるお光りを受けられて、歳をとるにつれて尽きぬいのちを拝めるようになられたという榎本さんの詩をご紹介しながら、如来のお力によって人間の作った突っかい棒がだんだんとれて広い世界に生活していらっしゃる榎本さんのお話をいろいろお伺いすることができたわけでございますが、これからも折に触れて今日ご紹介したような詩を味合わせて頂きながら、またその世界に私たちも近付きたいものだと思っております。どうも有り難うございました。
 
     これは、平成四年三月二十九日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである