み仏の教えたまいし
 
                              随筆家 江 原  通 子(えはら ゆきこ)
大正九年東京生まれ。東洋大学インド哲学科卒。東洋大学文学研究科修士課程修了。昭和二十一年文藝春秋社に入社。五十五年退社し、のちエッセイストとして活躍。著書に「私の法句経」「心流抄」「瓔珞をはずすとき」
                              ききて 金 光  寿 郎
 
金光:  今日は日頃いろんな随筆をお書きになっており、それからお茶の先生もなさっておいでになる江原通子さんにお越し頂いております。江原さんは若い頃から仏教に親しんでおいでになっておりますので、まあどのように仏法を味わっていらっしゃるか、その辺のところをお伺い致したいと思います。どうぞよろしくお願い致します。
 
江原:  こちらこそ。
 
金光:  仏教に親しまれたきっかけというと、どういうところからでございますか。
 
江原:  今になって考えてみますと、私の生まれたのは、ただの下町の商人(あきんど)家(や)でございますけれど、そこの家に当時の鎌倉の建長(けんちょう)寺の管長さんの菅原時保(すがわらじほ)老師が、ちょくちょくお遊びにお見えになりましたんでございます。
 
金光:  では、相当仏教に関心をお持ちだったんですね。管長さんが見えるということは。
 
江原:  それはまあ商人家(あきんどや)でございますからね。そういうこともございましたでしょう。それで、祖母が申しますには、ああいう尊いお方のおもてなしをするのは、無邪気な子供に限る。というのは、何か粗相があっても無邪気な子供のしたことなら、それは失礼にならない。大人が滅多なことをしては申し訳ないからということで、管長さんがお見えになると、まだ小学校にも上がらなかった私が一人で管長さんのおもてなしを致しました。で、管長さんはよくビールを召し上がりますんですが、私がある時、ビールをお注ぎしており、管長さんは美味しそうに召し上がって、そして飲み干しなさって、またコップをお出しになった時、私が自分の持っております、まあ粗相があってはならないと、子供心に思っておりますから、しっかり持っていたビール瓶で、またお注ぎしようと思いましたら、ビールが、底に半分になっておりましたので、なかなか管長さんがお差し出しになったコップに入らなかった。そうしましたら、管長さんが、「尻い上げろ、尻い上げろ」とおしゃいました。私は管長さんのお顔をハッと見まして、自分の腰をこう上げましたんです。管長さんは、ビール瓶の底を上げて、じゃあっと注げという意味で、「尻い上げろ、尻い上げろ」とおっしゃった。私は自分の腰を浮かせて、一生懸命に注ぎ終わりましたのです。管長さんは大層お笑いになりましてね。「ビールの尻い上げろと言ったら、自分の尻い上げている」と、お笑いになって、私がお注ぎしたコップを口に持っていらっしゃりながら、よっぽどおかしかったとみえて、また私の顔をご覧になって、「ビールの尻い上げろと言ったら、自分の尻い上げている」と、お笑いになりました。で、私は小さな子供でございますから、一言も管長さんと言葉をお交わししたことはございません。その時も黙って下がりましたけれど、後でとっても恥ずかしかった。親にも申しませんでした。自分のしたことがまるで間違っていたことをした。それが長く私の心にかかっておりましてね。
 
金光:  ご本人としては、言葉通りに受け取って、という、そういうおつもりだったんですね。
 
江原:  そうなんでございます。自分の尻を上げたということが、管長さんのおっしゃるビール瓶の尻上げる。それを逆さまに自分がとっていた。〈他のものと自分とを逆さまにとっていた〉ということが、子供心に、大変な私の課題になりまして、そして、ずうっと年が経ちましてから、今度は建長寺さんのお隣の円覚寺さんに伺うようになりましたんでございます。
 
金光:  そうですか。
 
江原:  はい。
 
金光:  その間、かなり時間が離れているわけでございますね。
 
江原:  はい。管長さんにお会いしていたのは、本当に小学校にも上がる前の子供でございましたし、円覚寺さんに伺うようになったのは、戦後のことでございますから。
 
金光:  では、当然その前にご結婚とか、そういうことがあったわけですね。
 
江原:  そうです。初めから自分のことばかりでお恥ずかしいんでございますけれども、年若く、嫁に参りました。戦前のことでございます。ところが若い時の私は大層悪嫁(わるよめ)でございまして、母のことが辛くて辛くてしょうがなかったのでございますよ。姑のことが。そして、生まれた家のご飯は喉に縦に通るけど、何故お嫁に行った先のご飯は、毎日三度三度横に通るのかと思う程、胸に一杯悩み苦しみ、母への恨み辛みを一杯抱えて、しかも、一言もそれを口には出さず暮らしておりました。そういうことがとっても―、
 
金光:  いろいろ思いが、当然それは今までと違う家庭に入られますとあると思いますが、それは兎に角、耐えるだけ耐えようと、受け止められるだけ受け止めようと思われた。
 
江原:  そうなんでございます。
 
金光:  その代わり、苦しみはドンドン、
 
江原:  苦しみは心の中で毎日のように積もりまして、石のように固い心で暮らしていた悪い女でございました。
 
金光:  でも、子供の頃、管長さんにお会いになったりですね、そういう仏教に、まだその頃は仏教の教えはどうこうというようなことを思うようなお気持ちではなかったわけですか。
 
江原:  それが、その苦しみの中で、時々、フッとね、それこそオアシスを思うように、ああ、管長さんの教えがある。仏教の教えがあるということを思うんでございますよね。そして、嫁に参りました時に、母がその当時とても世間で評判でございました友松(ともまつ)圓諦(えんたい)先生の『法句経(ほっくぎょう)』のご本を嫁入り道具に持たしてくれましたので、
 
金光:  実家のお母さんが下さったのですね。
 
江原:  私の母が、私の産みの母が。でも、昔の娘は嫁ぎ先の苦労なんてものは、家へ帰って話すことは致しませんよ。黙って耐えて、母から貰ったそれを読みますと、いろんな恨み辛みを直す言葉というのが、お釈迦様が言っていらっしゃるのを沢山書いておありになります中でも、特に『法句経』の五番というのが、
 
     まこと、怨みごころは
     いかなるすべをもつとも
     怨みを懐(いだ)くその日まで
     ひとの世にはやみがたし
     うらみなさによりてのみ
     うらみはついに消ゆるべし
     こは易(かわ)らざる真理(まこと)なり
 
と。これが大層私の心に沁みまして。
 
金光:  「こは易(かわ)らざる真理(まこと)なり」と言われても、確かにその通りですけど、「うらみなさによりてのみ 怨みは消ゆる」と言われましても、そうはなかなかいきませんでしょうね。
 
江原:  はい。おっしゃる通りでございます。で、私はこれを読みまして、三行目の「怨みを懐くその日まで」と、友松先生はお訳しですけど、これは本当は「怨みの消ゆるその日まで 人の世にはやみがたし」という意味を、友松先生はこういうふうにお残しになっていらっしゃるんだと思いますけど。怨みが無くなれば怨みが消えるに決まっておりますから、それで私はお釈迦様という方は、大層屁理屈をおっしゃる方だと、その時感じましてね。
 
金光:  当たり前のことを言っているだけだと。
 
江原:  そうなんです。「怨みを無くせ」と、いくらおっしゃっても、この燃えるような    胸の内の怨みを、じゃ、どうやって無くせとおっしゃるんですか。
 
金光:  そこが知りたいということでしょう。
 
江原:  そうそう。「そこが知りたいのに、何にも教えて下さらない」と言って、私はお釈迦様のことまで嫌いになりました。
 
金光:  そうだったら、それでは胸に入ることではないですね。
 
江原:  入りませんでした。でも、私はそれでも耐えて暮らしておりましたけれども、ある日お昼のご飯に三切れの鮭を焼きまして、母と弟と、私と三人でお食事をするので、私はお膳立てをしておりました。そして一番美味しそうな鮭を盛り付けたのを母のところに置きまして、いざ、三人で、箸を取り上げようとしましたら、母が大層怒り始めたんでございます。実は私が母に勧めましたお皿にヒビが入っていた。でも、そのお皿には一番立派な、一番美味しそうな鮭の切り身を、私は選んで、母に盛り付けたんですけれど、母はそのことよりも、そのお皿にヒビが入っていたということに、大層不快を感じたらしいんでございますね。今でも覚えておりますけれど、戦前どこの家でもございましたような白地に南天模様の染め付けてあるお中皿でございましたが、母はその時それをきっかけに怒りましてね。食事の前に。そして最後は、「こんなヒビの入ったお皿でものを勧めるような者は嫁とは言われない」と、その時、母に言われましたので、
 
金光:  江原さん、その時、ヒビが入っているというのは、お気付きにならなかった。
 
江原:  気が付かないんでございます。そこが若気の至りでございますね。美味しそうな鮭の切り身にばっかし気を取られて。そんな大したヒビでもなかったと思うのですが、
 
金光:  「済みません」で、ことが納まれば簡単なんですけど、そうはいかなかったわけですね。
 
江原:  母に、「嫁とは言われない」とまで言われたものですから、私は切なくて、隣の台所に行って泣き倒れましたんです。そうしましたら、母は余計そういうことで不愉快に思いますわね。お嫁さんが隣の部屋で泣き倒れたりすれば。それで母が立って来て、私にもっといろいろなことを申しましたんですよ。その時、私、あんまり切なくて、台所にあった包丁を掴んで、咄嗟のことに母に投げつけたいと思いました。投げつけようとしたんでございます。でも、本当はそういうようなことは起こらず納まりましたのです。母と私の一番恐ろしい瞬間は二人の間を過ぎ去ったのですけれど。それは母がそこまで言いつのっていた言葉を納めて、台所に一足入らず、一足引き返して、自分の部屋に入ってくれたからでございます。もしあれで台所に一足母が踏み込んでいたら、どうなっていたかと、いま思ってもゾッとするような瞬間でございました。
 
金光:  その瞬間はお母様が足を翻(ひるがえ)して帰られたから。でも、それで何とか気持が消えるということではございませんでしょう。
 
江原:  消えるどころじゃございませんね。それから後は余計切なくなりまして、もう私は何て至らない者なんだろうと、自分を責める心が強くなりまして、
 
金光:  自分を責めるというよりも、その原因は相手にあると思うのが、普通じゃございませんか。
 
江原:  両方なんでございますね。結局そして、その苦しみがお釈迦様に返っていくんでございますよ。これを消せばいいとおっしゃるけど、どうやって消そうか教えて下さい。お釈迦様は屁理屈ばかりおっしゃる方で、何の私の助けにもならないと思って、小さい時から大好きだったお釈迦様のことまで嫌いなって暮らしておりましたけれど、やっぱり心が虚しくて、それでお茶に励むようになりまして。そしてお茶の或る奥の許しを越えました時、お茶の師匠が、「この先は参禅するにしかない」と言って下さいました。
 
金光:  坐禅の方ですね。参禅というのは。
 
江原:  そして、円覚(えんがく)寺の朝比奈宗源(あさひなそうげん)老師様のところに、私を連れて行ってくれました。
 
金光:  そうですか。
 
江原:  それから、型通りのことをさせて頂いていたわけでございますけども、何となく自分の心が少しづつ静まって参りましてね。母とも普通に世間さまからご覧になれば、普通のいい嫁姑関係で、ずっと暮らしておりました。でも、やっぱり心の中のこの重荷だけは、どうしてもまだ一点消えないんでございますね。そうこうしておりますうちに、私はある朝、不思議な夢をみましたのでございます。それはもう戦争で無くなってしまいました古い家の台所の、古い蝿帳(はいちょう)が夢に出て参りましてね。私は若い嫁の姿で、いそいそと里へこれから遊びに行くと、着物を着替えている夢なんでございますね。先程申し上げましたように、里のご飯は縦に通る。横に通っている家から縦に通る家に行くわけでございますから、私は大喜びで晴着に着替えております。そうしましたらば、その私が着物を着替え終わってから、「私が行ったあとお母様お一人でお寂しいから」と言って、鮭を焼いて、
 
金光:  鮭が出て来たんですね。
 
江原:  はい。夢の中にね。そして古い家の古い蝿帳にしまっておりました。そこで夢は消えましたけれども。明け方その夢を見て、覚めまして、私は初めて〈自分の心に優しさが足りなかった〉ということに気が付きました。それからいろんなことが見えて参りましてね。そして〈怨みが無くなってみたら、怨みが消えておりました〉。お釈迦様のおっしゃる通りだと。「ああ、お釈迦様、このことでございますね」と、分からせて頂いた。それからの月日(つきひ)。それで私はやはりお釈迦様の言葉をなんやかんやと拾い読みをしたり、勉強させて頂くような、そういう暮らしに入って参りました。
 
金光:  その時、気が付いてみられると怨みが消えていた。
 
江原:  そうなんでございます。普通は逆かも知れませんですね。怨みが消えて怨みが無くなるんですけど、何か事実の方が先にございましたんですね。今の私に取りましては、先程お読みしたような、あんな長い言葉もいりません。全てのことは、
 
     怨みは怨みによりてしずまらず
     怨みは怨みなきによりてしずまる
 
という。これだけで、もう何もかも相調うような気持でおります。
 
金光:  「怨みは怨みによりてしずまらず 怨みは怨みなきによりてしずまる」。「怨みなきによる」という。しかし、お話を伺っていると、確かにそうだろうと思いますけれども、現実、怨みを持つ心がある間は、「怨みなきによりてしずまる」と言われても、そうはなかなかいきませんですわね。
 
江原:  それが、でも私には現実の経験で味わせて頂きましたけれども、「それは何故ですか」と聞かれますと、若い時の私は、それはそれなりに、私なりに悩んだり、一生懸命に坐ったりもしたりとかって、自分のことのように思いましたけれど、今になって見ると、そうじゃないんでございますね。元をただせば建長寺の管長さん、ビールを召し上がった管長さんの清らかな心、慈悲の心の大きな波のうねりに乗せられて、私という小さな船があっちへ行ったり、こっちへ行ったり、難破しそうになったり、ひっくり返りそうになったりしながら、揺られて行って、それが、その大きな慈悲の波のうねりが、今度はお隣の円覚寺の老師様のお慈悲の心の波のうねりというのに乗せて頂いて、私の小さな船は向こうの岸に辿り着けたというだけで、私は一切はお二人の老師様のお慈悲の心だと思いますね。私なんぞのようなものが一人で気付いたとか、そういうことではないように、今では思います。ですから、尊いお方が一人でも多くこの世に居て頂きたいですね。ほんとにそう思います。理屈を超えた慈悲の心のうねりと申しましょうか、さとりのエネルギーと申しましょうか、そういうものに乗せて頂いているということを感じます。
 
金光:  これは、しかし言葉として、「あなたはいろいろ怨みに思っているけれども、その怨みが無くなったら心が静まるんだよ」というようなことを、仮に口で言われても、呑み込めませんわね。
 
江原:  ところが私の友達で一遍で分かった人もいるんでございますよ。私のかなり親しい友達でございましたけれども、とても繊細で、人のことをいろいろ気にする人がございました。傷付き易いんでございますね。それで非常に苦しむ問題がありましてね、みんなどうしようもなくて、一人で円覚の老師様にお目にかかれるように、まあそういうチャンスを作りましたんですね。それで夕刻だったそうでございますけれども、その頃老師様は円覚の隠寮の二階にお一人でいらっしゃるところに伺って、「言いたいだけのことを言ってごらん」と、老師様がおっしゃったんで、「私に対してあの人はこう言った」「この人はこうだけど、ああした」とか、いろいろのことを、全部心に思っている怨み辛みを、初対面の老師様にお話したそうですの。老師様は、「そうかい、そうかい」と聞いていらっしゃって、そのうち夕方になって、雲水さんが老師様のお食事を持っていらっしゃった。「夕方だから、もうあんた、下がりなさい」とおっしゃったので、二階から下がろうとして、お辞儀をして、障子を閉めようとしたら、老師様が、「あんたなあ、さっきから、儂(わし)の前で、あの人が私にこうした、あの人が私をこう言った、私はこうだけど、私はああだとか、私が、私が、という話しだけをしていたけど、あなたが言っている私、私と言っている、その私は本当はないんだよ」とおっしゃったんだそうです。それで、「はあ、左様でございますか」と言って、お辞儀をして障子を閉めて、二階から下に下りる曲がった階段をうす暗がりの中で下りながら、下に下りきるまでに分かって終いましたんです。
 
金光:  階段を上から下に下りる間に。
 
江原:  はい。一人で。それがやっぱり老師様のお慈悲のエネルギーでございましょう。〈ああ、そうだ。私は今まで、私が、私が、私がと、苦しみ抜いて来たけれど、その苦しみの元の私が本当はないんだと思ってしまえば、一切が楽だわ〉って、分かってしまいましたのですって。
 
金光:  そうしますと、その方の場合は、その〈私がという前に相手が居て、相手が私にこうするから、私はこうなんだ。相手がこうだから、こうで、私はこうしたら、また相手がこうした〉という。
 
江原:  そうして、〈いつも傷付いていった〉。
 
金光:  そういうことですね。ところがそこでは〈相手も問題でなくて、私が無くなると、相手もなくなる〉わけですから。
 
江原:  〈傷つくべき何者もない〉ということが、階段を上から下に下りる迄に分かってしまった。彼女はもう亡くなりましたけれど、大変美しい最後でした。私、あんな美しい死に顔を、本当に無いなあと、今でも思うほど、いい自分の人生の幕の引き方をしましたね。
 
金光:  でも、相手が悪い。相手がいなければとか、思う現実があっちこっち一杯あると思うんですが、お茶でも、お茶の席でも、私、お茶のこと全く存じませんけれども、今日はお客が悪いんだと。こっちは、主人の方はいいんだけれども、相手が悪い。客が悪いと思うようなのも珍しくないんじゃないかと思いますが。
 
江原:  それは現実には沢山ございましょうよ。でも、お茶の方の教えでもね、
 
     亭主の粗相はお客の粗相
     お客の粗相は亭主の粗相
 
という言葉がございましてね。それは徹底的に教え込まれます。
 
金光:  そうなんですか。自分だけ良くて、相手が悪いということないんですか。
 
江原:  お客様が粗相なされば、それは粗相させた亭主の粗相。逆に亭主に何かの粗相をさせたということは、お客の粗相。だから、〈お互いが盛り立て合う世界がお茶の世界だ〉ということを徹底して、それは教えられます。
 
金光:  でも、そこのところは現実の生活の中で、それを置き換えると、相手が、姑さんが悪いのは自分の粗相なんていうところがあるわけですか。話しを聞いていると、やっぱり先程からのお話だと、姑さんの方が悪いじゃないかと。何となく、鮭は一番良いのをあげたのに、ヒビのところだけ言われると、先方が悪いじゃないかなんて思いますけれども。
 
江原:  具体的に一つ一つのそういうことはございましょうけれど、結局は、今から考えますと、〈若い私が母に対する優しさが足りなかった。母は年老いて一人で居て寂しかった〉という。人間が寂しいなんてことをなかなか若いうちは理解出来ませんからね。それは現象的にはお皿と鮭の関係でございますけれども、もっともっと根深いものがあるんでございますね。
 
金光:  そうしますと、その夢の中でお母様に優しい気持ちが湧いていたという自分に気付かれた時には、その辺のもう一つ、現象の奥にあるお気持ちまでも、ご自分でだんだん分かっていらっしゃったということですね。
 
江原:  だんだん分かって来たんでございますね。
 
金光:  そういうところで、お釈迦様の昔の『法句経』なり、いろんなものをお読みになったりしますと、最初の頃、気付かなかったいろんな出来事なんか、ああ、こういうことがあるのか、なんかとお気付きになることございますでしょうね。
 
江原:  そうでございます。初めはお釈迦様は小理屈ばかり言っていらっしゃって、酷い方だと思っておりましたが、心をとめて、よくお釈迦様の教え残して下さったことを拝見して参りますと、お釈迦様は怒りとか、怨みとかいうことについて、とっても具体的によく諭(さと)していて下さいますのね。例えば、お釈迦様は殺(せっ)生(しょう)を禁じていらっしゃいますけれども、お釈迦様が暮らしていらっしゃったのは、インドのバラモン社会の中でございますから、バラモンというのは、ご承知のように、生け贄を捧げて、そして人々の願いを神様に取り次ぐという、そういうような立場の人ですから。で、バラモン社会ではなかなかお釈迦様に対して、批判が厳しくて、その中でも特に有力な一族の長のような立場のバーラドヴァージャというバラモンがお釈迦様のいらっしゃる竹林精舎に行って、そして、「何を殺せば幸福に寝られ、何を殺せば悲しむことがないか」という質問。つまり、バラモンは生け贄を殺して、そして人々の幸せを祈るわけですけど、それを真っ向から否定するお釈迦様に対して、「じゃ、何を殺せば幸福に寝られ、何を殺せば悲しむことがないか」。「ゴータマよ」というのは、お釈迦様のこと。お釈迦様に呼びかけて、「ゴータマよ、君はいかなるものを殺せというのか」。非常に両方の立場の厳しい対決をそこで迫った時に、お釈迦様は直ぐに、「怒りを殺せば幸福に寝られ、怒りを殺せば悲しむことがない」。その場で直ぐに相手の質問を逆手(さかて)に取って、「怒りの心を殺せば人々が幸せに暮らせる」ということをおっしゃった。
 
金光:  生け贄を捧げる必要はないと。
 
江原:  もうない。自分の心の中で幸せになれる。それを聞いたバラモンはお釈迦様に帰依してしまったので、今度はその周りのバラモンがまた怒りまして、またお釈迦様のところに行って、お釈迦様に向かって、さんざん悪口を言った、お釈迦様は黙って聞いていらっしゃって、言うだけ言ってしまった後で、「バラモンよ」と、お聞きになって、「もし友達があなたを訪ねて来た時、あなたはご馳走するか」と。そうしたら、「ゴータマよ、時にはすることもある」と。「じゃ、あなたが用意したご馳走を、その人が手を付けずに立ち去ったらば、そのご馳走は誰のものになるか」と。「それは私が用意したものだから、私のものとなる」。「ああ、そうか。今、あなたはさんざん私の悪口を言ったけれども、私は一切受け取らない。だから、悪口はあなたのものとなろう」と。
 
金光:  成る程。
 
江原:  そうおっしゃって、普通でございましたら、そこで本当にグウの音も出ない立場になるでしょうけども、インドの方というのは、割合にそれぐらいで、グウとはおなりにならないんですのね。最後のトコトンまで議論を戦わして、お互い納得するまで話し合う。殊にバラモンと、新興の宗教の沙門(しゃもん)との対決ですから。それで、「悪口はあなたのものとなるから、持って帰りなさい」と言われた。そのバラモンはゴータマが怒って、自分が言ったことに対して、怒りを以て、こういうことを投げ返して来たのかと思って、「あなたは王様を初め、大臣その他立派な識者方から、本当に悟りを開いた阿羅(あら)漢(かん)だという尊敬を受けている。阿羅漢というものは、怒りを滅ぼした人を阿羅漢という。あなたは怒りを以て、私に対するのか」ということを質問したらば、「悟りを得て、寂静(じゃくじょう)の心にいるものが、なんで怒りというものが、心の中に生まれるだろうか」と、お釈迦様はおっしゃって、「怒り狂っている人に対して、怒り返さないということは二つの利益がある」と。「一つは相手を損なわない。一つは自分をも損なわない。二つの大きな利益がある」。「そこのところを理解しない人だけが、それを客観的に見ていると、あんなことまで言われて怒らないというのは、あれは少しどうかしているんじゃないかなんていう批判を持つのは愚か者がするとことだ」というふうに、返事をしていらっしゃって、そして彼も遂にお釈迦様に帰依したと語り伝えられております。
 
金光:  売り言葉に買い言葉じゃダメなんですね。
 
江原:  そうなんでございます。
 
金光:  売られても、知らぬふりをして、
 
江原:  そうなんです。
 
金光:  押し売りは黙ってお断りすることですね。
 
江原:  そうでございます。それでお釈迦様はそのことを教えの言葉として残していらっしゃるわけなんでしょうけれども、
 
金光:  それも『法句経』の中にあるわけでございますね。
 
江原:  『法句経(ダンマパダ)』の一三三になりますけれども、
 
     粗(そあら)なる
     ことばをなすなかれ
     言われたるもの
     また なんじにかえさん
     いかりに出づることばは
     げに くるしみなり
     返杖(しかえし)かならず
     汝(なんじ)の身にいたらん
       (友松 圓諦 訳)
 
と。これに続いてもう一つ一三四番というものがございます。
 
金光:  続いているわけですね。
 
江原:  左様でございます。
 
     いかなることばをきくとも
     なんじ もし
     毀(こぼ)たれたる鐘(かね)のごとく
     黙(もだ)しなば
     かくて汝に
     いかりは来らざるべし
     これすでに
     涅槃(ねはん)に達(いた)れるなり
      (友松 圓諦 訳)
 
金光:  さっきのお話の通りですね。いくら罵(ののし)られてもあなたにお返ししますと。
 
江原:  左様でございます。
 
金光:  売り言葉に買い言葉で、また同じようなことを言うと、苦しみが返って来るというわけですね。
 
江原:  言った方も言われた方も苦しみになりますのね。そして毀(こわ)れた鐘というのは、打たれても鳴らないそうでございますが。私共、普通はこういう教えを伺っていて、打たれても本当は怒りの言葉で響き返したいのだけれど、それをジッと我慢して響き返さないだけでいるのが、私達の気持ちでございますけど、お釈迦様ご自身は、毀(こぼ)たれたる鐘のごとく、初めから鳴らない。初めから〈自我というものを打ち割ってしまっていらっしゃる〉から。それを言葉で言いますと、まだ打ち割るべき自我というものがあって、それが真っ二つになるとか、そういう言葉でいうのは間違いになり易うございましょうけど、まあ、言葉でしか言うことが出来ませんから、お釈迦様は、先程のエピソードにもございましたように、何を言われても、打たれても叩かれても黙っていらっしゃったという。ちっとも怒りを含まず、相手を説得なさったという。そこのところがとても有り難い。そういうことがおありだから、「怨みは怨みなきによりてしずまる」という、そのお言葉が自然にお出になるのであって、その言葉は私、私どものようなものを、一人の女を、救って頂いただけではなく、ご承知のように『法句経』の五番、「怨みは怨みによりてしずまらず 怨みは怨みなきによってしずまる」という言葉は、終戦の時に、東京裁判で一級戦犯が裁かれた時に、世界各国からの代表が来て、そして結局、東条さん以下の絞首刑の判決を下した時に、付帯事項としてインドのパル判事、ただ一人の、世界でただ一人の意見として、「私の国には怨みは怨みによってしずまらず 怨みは怨みなきによってしずまる」という言葉があると、はっきりこの『法句経』の五番を上げて、インドのパル判事は、戦勝国が戦敗国を裁くということ事態が文明の理に反する。そうでございますよね。勝った方が正しいに決まっていて、初めから裁判の結論は、悪い方はどっちかが決まっておりますんですから。それは文明の理に反するということを、世界に向かっておっしゃった。これは、やっぱりこの『法句経』の五番の精神でいらっしゃるし、それからまた、サンフランシスコ条約で、その時にスリランカの、後で大統領におなりになったジャヤワルデネ大統領、あの方はその時は外務大臣でいらしゃった筈ですけれど、サンフランシスコ講和会議にいらっしゃって、そして同じように、「私の国には怨みは怨みによりてしずまらず 怨みは怨みなきによってしずまる」という言葉があると、世界に向かって宣言なさって、日本にとって、その講和条約が本当に有利に進むように取りなして下さった。賠償権を放棄して、そして蒋介石もまた言葉が違いますけど、「暴に報ゆるに、暴をもってすることなかれ」「日本は私達の国に来て、さんざん乱暴したけれど、それだからと言って、日本に乱暴な仕返しをしてはいけない」ということを、全国民に告げて、そうして、日本の兵隊さん達を日本の国土に送り返してくれました。そういう精神は『法句経』五番に支えられている。結局、東洋的な世界観だと思います。
 
金光:  そうですね。
 
江原:  もしも〈私達が次の世紀に申し送りすることが出来る一番大事なことと言ったら、この心ではございませんでしょうか。この心を持っていなければ、どんなに物質文明が進んでも、人は幸せに平和には暮らせないんじゃないか〉と思います。
 
江原:  江原さんの口からそのお話を聞くと、若い頃の体験を踏まえた言葉で、非常に実感が籠もっているような気が致します。先程、ご紹介頂いた『法句経』の一三四番の終わりのところで、普通仏教ですと、「涅槃(ねはん)」とかですね、「ニルヴァーナ」とかというと、大変難しい遙か彼方の境地かと思ったら、一番最後のところには、「これすでに涅槃に達(いた)れるなり」と。涅槃というのは、特別に大変な境地というよりも、そういうふうに、「毀(こぼ)たれたる鐘のごと 黙(もだ)しなば かくて汝にいかりは来たらざるべし これすでに涅槃に達(いた)れるなり」という。もう、その時、怒らないような心が静かな境地にあったら、それが涅槃だということをおっしゃっているわけですね。
 
江原:  はい。中村元(はじめ)先生も『岩波文庫』でお出しになっていらっしゃる『法句経』のご本(『真理のことば・感興のことば』)の後ろの方の註のところで、「荒い言葉を言わないぐらいで、涅槃と言えるのだったらば、初めの頃に言われていた涅槃という意味は、これこれだったろう」と、いろいろ学問的なことをお書きになっていらっしゃいますが、人間一人荒い言葉を言わなくなるだけでも。ただ気を付けて我慢して言わないのと、それから自然に、譬え荒い言葉でも初めの管長さんの「ビールの尻い上げろ」なんていうのは、荒い言葉かも知れませんけど、それで子供に向かって、「えへへ」とお笑いになって、「自分の尻い上げている」なんておっしゃった。それが管長さんの涅槃のお心で、そのお心は言葉の荒い荒くないによらないんでございますね。慈悲の心のエネルギーというものは。ですから、悟り、「涅槃に達れるなり」というのはそういう心のエネルギーが持てるか持てないかということをおっしゃっていらっしゃるんだと思います。ですけれども、本当に後世になると、だんだん「涅槃」とか、「悟り」とかということが向こうへ遠退いて行ってしまったように思われ、「どうせ私達はダメなのよ。迷える凡夫なのよ」ということだけで、「凡夫だ凡夫だ」と威張って世を過ごすようなところが、私共にはございますね。
 
金光:  あります。あります。「どうせ」というのが。
 
江原:  「どうせ」ということがね。でも、お釈迦様はそうじゃないんだ。「あなた方みんなが一緒に行ける道があるんだ」ということを教えて頂いているんだと思うんでございます。
 
金光:  菅原管長さんの言葉ですね。これはしかし、ビールのお尻と人間の自分のお尻との間違いみたいなことは、しかし、その時の江原さんの子供の頃の体験だけかと言うと、そうじゃなくて、
 
江原:  世の中全部、世の中全部が間違い、逆さまでございますね。
 
金光:  だから、『法句経』の読み方でも全然違った受け取り方をすることが、言葉は同じでも、そういうことがあるわけですね。
 
江原:  左様でございますよね。
 
金光:  でも、その辺の間違いをしている。そこに苦しみが生まれて来る。そういう苦しみを無くする方法というのをお釈迦様は説いて下さっているわけですから。その辺を纏めて、「四つの真理」というようなことで教えて下さっているそうですね。その辺のお話をもう少し具体的な纏めと、具体的などういうふうに受け取れば良いのかというのを、少しお話して頂きたいと思いますが。
 
江原:  あまり学問的なことはお話出来ませんが、今おっしゃいました「四つの真理」ということを、お釈迦様は、先ず、〈生存は苦である〉とおっしゃった。「生・老・病・死」という〈四つの苦〉があると。それはどうして「苦」かと言いますと、〈生まれたものは自分で意識していなくても、自分で希望しなくても、いつの間にか生まれて、いつの間にか死んでいく〉〈必ず有為転変があって、必ず現象的に変化していく〉。そして、「老」という言葉。初めは若い若いと自分で思って、フッと気が付くと、自分に白髪が生えていたりというように、〈自分で意識したり、希望したりしなくても、必ずいつの間にか変転して、若いものが老いていく〉。それから「病」も健康なものが、〈今日健康だと思っていても、明日、フッと病むかも知らないし、非常に不安定なものだ〉し、そして、〈生きているものは、必ず死んでいく〉。そういうふうに〈有為転変のものは、結局は頼りにならない〉。「これ程愛している」と言っても、その愛人が翌日、フッと居なくなるかも知れない。そういうような頼りにならないものの代表を「生・老・病・死」と、四つ上げて、だから頼りにならないものを「苦」という言葉で、ただ、「苦」と言うと、苦しいだけのように思いますけど、〈楽しみも、また苦で、頼りにならない〉という、そういう意味で纏めての「苦」という意味だと思います。
 













 
 
金光:  一番最初にある「四聖諦」というのは。
 
江原:  〈四つの聖なる真理の教え〉というわけでございまして。
 
金光:  それで「聖(ひじり)」という字が入っているわけですね。、
 
江原:  そうでございます。〈尊いことだ〉ということでございますね。そして一番最初の「苦」というのが、その次に書かれておりますように、
 
金光:  今、ご説明頂いた、
 
江原:  〈一切のものが有為転変(ういてんぺん)で流れていて、常がないから、そのものを「苦」という言葉でただ捉えている〉わけで、これは〈苦しみだけじゃなくて、楽も苦〉という一つの言葉で。duhkhaであるというふうに。それはなんでそれが苦になるのかと言うと、それは「渇愛」というものが、さっきお話した〈私が、私が、自分が、自分がという思いがある〉から、それが〈四つの転変をそのままに受け取れない〉。それを〈苦しみとして受け取らなければならない〉。
 
金光:  これは「集まる」という字を書いていますね。
 
江原:  それが〈集まる原因〉でございますね。苦が集まって。
 
金光:  苦が集まる原因。
 
江原:  そして、だけれども人生はそういった、それだけのものでなくて、〈正しい認識を持てば、その苦しみを滅する、無くす方法がある〉というのが、次の「滅」でございますね。それには「八正道」という〈具体的な修行の歩いて行く道〉があるんだという、八つの正しい道があるということを教えて下さっていて、本当に誰にでもそれは守っていくことの出来る決して無理のない道を、お釈迦様は説いていて下さるのだと思います。
 
金光:  「渇愛」という、喉が渇く程、物が欲しいということだと思うんですが、それを「三つの毒」と書いていますね。
 
江原:  それは〈自分をも人をも苦しめる毒素のようなもの〉で、〈自分が、自分が、という思いは、ある時には、「貪り」の形で出る〉し、
 
金光:  それが「貪(とん)」ですね。
 
江原:  はい。ある時には〈自分が、自分が、自分がこうされた、自分がこう言われたというふうな〉それが「瞋(いかり)」に。みんな元は一つなんでございますね。
 
金光:  怨みと怒りとが裏腹なんだと。同じところでございますね。
 
江原:  それからよく、もうテレビなんか拝見していても、どうしてこんな立派な社会的地位のある方が、なんでこんな愚かなことをなさるのかと思うような事件が、毎日ございますけれど、それは結局は〈渇愛に基づいて、つい、愚かな、愚かと知りながら愚かにしてしまう〉というような。ですから、〈元はみな一つの「渇愛」から出ている〉という、そういう教えでございますね。ですから、貪(むさぼ)り、怒り、愚かさを滅ぼせば自分で自分の心を綺麗に出来る。楽に出来る。幸せになれるという教えでございますね。
 
金光:  ただ、そういう言葉を聞いても、自分があれもしたい、これもしたいと思うのが生きる原動力であって、そういうあれもしたいこれもしたいというのを捨ててしまったら、生きていけなくなるんじゃないかというふうに、或いは思う。もっとなんか目標を立てて、邁進(まいしん)しなければ、この世の中は停滞してしまうんじゃないかとか、そういうふうに現代だと考える人が多いんじゃないかと思いますが。
 
江原:  それが殆どの考えだと思います。勿論、ですから、今申し上げました〈渇愛の元になるような自己愛の心、執着(しゅうじゃく)の心は、一つは〈船を浮かべる水〉でございます。〈船を浮かべている限りは、とても有り難いもので、世の中にもそれが無ければ、世の中進みません〉。でも、一歩間違って、それが〈多すぎて水嵩が増して船に入れば、折角乗っている船が沈む〉。そこのほ(・)ど(・)のところが、〈船を浮かべるのも自己愛の水ですし、船を沈めるのも自己愛の水〉ですから。
 
金光:  この場合の「愛」というのは「愛着」と言うか、「執着」と言うか、そういう意味での愛でございますね。
 
江原:  そうですね。
 
金光:  無ければ困るし、有りすぎたら、また困る。
 
江原:  そこのところが私達人間には本当にむずかしい。ですから、一人一人が試行錯誤しながら、この人生をしずしずと渡っていくのが宜しいんじゃございませんか。
 
金光:  確かにそういうふうに出来ればいいんですが、先程の「道(どう)」というところで、八つの、「八聖道」聖(ひじり)の道と、正しい道と書く場合もあるようですが、八つの道ということで、具体的な項目を挙げていらっしゃるそうですが、「八正道」、具体的に「八正道」にはどういうことがあるのかというお話に進めて、今の話しをもう少し細かく説明して頂きたいと思うんですが。
 

      

      
      
      
      
      
      
      
      
 

 八正道(はっしょうどう)

 一、正見(しょうけん)
 二、正思惟(しょうしい)
 三、正語(しょうご)
 四、正業(しょうごう)
 五、正命(しょうみょう)
 六、正精進(しょうしょうじん)
 七、正念(しょうねん)
 八、正定(しょうじょう)

 
 
江原:  「八正道」というのは、八つの道でございますけど、一つ一つお話を申し上げておりますと、お時間も経つことでございますから、先ず最初の「正見」についてだけ、今日申し上げさせて頂ければ、これは〈正しい見解を持ちなさい〉ということで、普通、世の中に対して、正しい見方をしなさいとか、いろいろに説かれますけれども、この「正」というのは〈本当の正しい真実を見る〉。この「見(けん)」というのは、インド一般では〈哲学〉のことでございますから、人が一人生きていくには、〈人生に対して、正しい哲学を持って、先ず出発しなさい〉という教えだと思うんでございます。それもただ正しい、私はあっちの主義を奉ずるとか、こっちの理論は良いと思うとかということではなしに、〈根本的な人生哲学を持って、自分の人生を歩いて行きなさい〉ということで、根本的な正しい見方と言ったらば、先程申し上げましたように存在、つまり一切の現象は移り変わるというところ、そこを見極めて、そこからあなたの日常の生活も、それから修行の生活も何もかもそこから出発しなさいということだと思います。
 
金光:  先程のお友達が朝比奈老師から言われた、「自分という、私というものは無いんだよ」ということが、階段を下りて来る間に気付いたという。それは「正見」ということでございますね。
 
江原:  そうでございますね。それから、彼女は人生観も変わったし、生活も変わりましたしね。何もかも人から頂いたものじゃないんでございますよね。自分で気が付いただけのことでございますよね。
 
金光:  それで先程、「哲学」とおっしゃいましたけれども、「哲学」と言うと、遂、その〈概念〉と言いますか、〈観念的なもの〉と思いがちでございますけれども、そういうなにかいろんな人生に対する見方の概念を作り上げるという意味じゃないわけですね。
 
江原:  私達現代人はみんな西洋の勉強をさせて頂いて来ておりますから、みんな概念を最初に作りたがりますんですのね。概念が無くっちゃ、
 
金光:  頼りにならないという感じで。
 
江原:  けれども、その概念を持つということは、ある意味では一つの方法でございまようけど、ある時には大変な障りにもなりますわね。
 
金光:  先程の概念と言うと、なんか大層の言葉と思うかも知れませんけども、菅原時保老師が、「お尻を上げろ」と言われた時に、お若い子供の江原さんはビールの尻という概念じゃなくて、自分のお尻という概念で受け止めたということですね。
 
江原:  そうなんでございます。
 
金光:  だから、それは正見ではなかったわけですね。
 
江原:  そうなんでございます。それで三十年も経って、初めて「正見」という言葉に行き当たって、〈ああ、私は正見の逆さまをしていた〉。
 
金光:  でも、そうしますと、「正見」の次に、「正思惟」というのがありましたけれども、正しく考える前提には「正見」がなければ出来ないわけですね。
 
江原:  そうでございますね。「正見」から始まらないと、「正思惟」に踏み込んで行けないから、とてもよく考えて道筋を立てて頂いておりますのね。
 
金光:  後、「正語」「正業(しょうごう)」とこういろいろありますけれども、全部関連はあるわけで、別々なものじゃないわけですね。
 
江原:  このプロセスでなければ大変苦労するんだと思います。例えば、一番初めに欲張って、「私は正定(しょうじょう)に入りたいわ」なんて言っても、それは無理だと思いますですね。先ず、正しい見解を持って、それで歩み始めるということが、何よりだと思います。
 
金光:  ただしかし、このお話を聞いて、「今まで自分が自分がと言っていた私なんかは無いんだよ」と。それが「正しい見解だ」としてもですね、我が身がそれを納得するというのは、現に困ったり、怒ったり、そういう私がいるわけですから、それが「居ないんだよ」と言われて、「はい。そうですか」とは、なかなか言えないんじゃないかと。
 
江原:  私は困ったり、苦しんだり、怨んだりしておりまして、そして、「無いんだよ」と言われても、そんなことは屁理屈でと、思っておりました人間でございますからね。ただ、私ね、今度は立場を越えて、嫁が参りました。若い嫁でね。その時、私、無意識に申しましたのですわ。初めの約束。多美子と申しますんですけれども、「多美子ちゃん、お母さんはね、あなたがね、良い子だった時、あなたの味方をするんじゃない。あなたが間違っている時でも、あなたが良い子である時でも、どんな時でもお母さんはあなたの味方だから、だから、それだけは信じて」。それだけが嫁との約束事でございました。
 
金光:  でも、言われたお嫁さんは、〈この方は何をおっしゃるのか〉と思われたのじゃないんでしょうか。
 
江原:  とも、思いますけれども、「ああ、そう」と。さっぱりしておりますからね。そして、つまり、〈概念が無い〉んでございますよ。二人の間に。ですから、〈概念が無いということが、その後三十年一緒におりますけど、楽でございますね〉。
 
金光:  やはり、嫁というものは、普通はお嫁さんが来ると、嫁というものはこうあるべきだというなんとなく思っていらっしゃる方が多いんじゃないんでしょうか。
 
江原:  多いどころか、みなそうだと思います。その〈概念が全くない生活に入ってみると、ああ、私、良かった。ああ、あの時、あのこと、無意識に言っちゃったけど、三十年得したなあ〉と、今でも思います。この話しをお聞きになると、また、じゃ、それを真似してみようかと思いになっても、それはダメなんでございますよ。もう真似しようという概念で真似しているわけですから。
 
金光:  それはそうですね。
 
江原:  比較をするわけでございます。江原さんはこうだけど、うちではこうだとか。逆に江原さんのお嫁さんは、ああだったかも知れないけど、家の嫁はこうだ。〈全部比較で世の中成り立つと、全てが概念の構築〉になりますから。ですから、無責任のようでございますが、〈ありのままに生きる〉より仕方ございませんね。つまり、それは〈因縁〉でございますよ。老師様がよくおっしゃいました。「各々因縁あり。他を羨(うらや)まず」って。「各々因縁あり」まではよく教えて頂けるけど、「他を羨まず」他の人と比較しない。
 
金光:  比較のない。比較のないところ。
 
江原:  〈受け取った因縁は絶対だと思って暮らす〉より、仕方がない。
 
金光:  変な言葉かも知りませんが、比較しない。そこに兎に角、存在している。ありのままの場合には、比較以前の世界があるわけですね。
 
江原:  そうなんでございます。
 
金光:  比較するには概念と言うか、頭の中で考えるわけで、〈存在そのものというのは比較がなく、それぞれのところで、その場所にいる〉わけですから、そのことが見えて来ると、「正見」ということに繋がるわけでしょう。
 
江原:  左様でございますね。金光さんがとてもお上手にこういうふうに解説して下さるから、今日は思いもかけないことまで、個人的なお話までして終いましたけど、よく、「お嫁さんと上手くいく条件はどうですか」なんて質問受けても、私、成る可くお話をしないようにしております。これはやっぱり、相手さんに概念をお渡しすることになるから危ないことでございますよね。
 
金光:  その危ない話しに関連するかも知れませんけれども、江原さんがそういうことをおっしゃったのは、ご自分が若い頃、嫁姑問題で悩まれて、そこを超えられているから、言えるんじゃないかというふうに思う方もおいでになるかと思いますが。別に若い頃、そういう苦労をなさらなくとも、今のおっしゃるようなところで生活された方が楽だということになるんでしょうね。
 
江原:  楽でございますね。
 
金光:  ただ、しかし、楽にしようと思ってもなかなかそうはいかないのが、現実でしょうけれど。
 
江原:  楽になる前には苦しむんでございますよ。心の中で。そこから抜け出した時、初めて楽がございますのでね。
 
金光:  先程、お伺いするのを忘れていたんですが、そういう夢の中で、姑さんのことを思われて、自分はそういう思いやりの気持が足りなかったと思われた後は、その嫁、姑のお母様とのご関係はどういうふうになりましたですか。
 
江原:  後、とても上手くいきまして。
 
金光:  あんまり叱られたりしなくなったんですか。
 
江原:  もうもう、母も歳を取りましたし、最後は母は、私、膝で抱いて、私の膝の上で、母は息を引き取ってくれました。それだけは有り難いことに、今でも思っております。
 
金光:  そうしますと、人間というのは考える時は意識で考えるわけですが。こう意識で考える以前に、なんとなく共通のところにいるんだなあということが、お互いに分かれば、あんまりこう自己主張と言いますか、
 
江原:  左様でございます。
 
金光:  ああだ、こうだという必要はなくなるというのが、現実でしょうかね。
 
江原:  〈お互いの立場を理解して、お互いの立場に立って、ものが考えられる〉ようになれば、殆どの争いは無くなる。国と国同士もそうじゃございませんか。
 
金光:  その場合にもやはり必要なのは「正見」ということで。
 
江原:  左様でございますね。
 
金光:  しかし、正しく見るというのも、見ようと思うだけではダメで、先程のお話でいくと、「渇愛」と言いますか、この「自己愛」と言うか、これは取ろうと思っても、なかなか取れませんけれども、やっぱり「四つの真理」との、
 
江原:  お釈迦様のご指摘をよく噛みしめて、成る程、人間にはこういう心があるんだということを、くり抜いて教えて下さっているわけですから。普段は、普通はそれに気が付かずに暮らしておりますけれども、お釈迦様は見事にくり抜いて、見本として出して、教えて下さっていらっしゃるから、それで私共にとっては大変実際的な教えになるのだと思います。
 
金光:  苦しみというのも、常に楽も苦しみも両方とも移り変わっていくんだと。
 
江原:  そうでございます。
 
金光:  自分だと思っているものも、それもまた変わるんだよ。ほんとにあるものじゃないんだという。そこまでいくと変わらないところに、また繋がる。
 
江原:  そこで初めて変わらないものに行き会いますんですね。
 
金光:  お釈迦様はやっぱり「無常」と、「常に変わる」とおっしゃりながら、しかも変わらないところを教えていらっしゃるということになるわけでしょうか。
 
江原:  〈一切の現象は移り変わる。移り変わるという真実だけは移り変わらない〉。そこのところに収まるのではないかと思います。
 
金光:  どうも有り難うございました。
 
江原:  こちらこそ恐れ入りました。
 
 
     これは、平成九年十月二十六日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。