南船北馬の精神史 ー古代中国の思想史ー
 
                   元京都大学人文科学研究所長 福 永 光 司(ふくなが みつじ)
大正7年大分県中津市生まれ。昭和17年京都帝国大学文学部哲学科卒。復員後、京都大学助手、高校教師などを経て、昭和36年京都大学人文研助教授、45年教授。49年東京大学文学部教授を経て、55年京都大学人文研所長となり、57年定年退官。同年関西大学教授。61年北九州大学教授、平成元年退職。荘子、老子研究の大家。近年は天皇制の思想、信仰を道教の観点から解明する論文を発表。著書に「荘子」「老子」道教と日本文化」など。
                   き   き   て         白 鳥  元 雄
 
ナレーター: 大分県北部、福岡県と境を接する中津市。天正(てんしょう)年間に黒田如水(じょすい)によって築かれ、昭和三十九年に再建された中津城が冬の空にくっきり聳えています。江戸時代から奥平氏十万石の城下町として栄えた面影を今に伝える町です。中津城からは北に周防灘(すおうなだ)、東に国東(くにさき)半島、南に耶馬渓(やばけい)の山々を望むことが出来ます。今日お訪ねする福永光司さんは、大正七年にここ中津市でお生まれになり、京都大学で中国哲学を専攻され、特に老荘(ろうそう)思想の研究で知られております。京都大学、東京大学などで教鞭を執られた後、昭和六十一年から、故郷へ戻って研究を続けておられます。市内南高瀬のお住まいで、温かいコタツに当たりながらお話を伺いました。
 

 
白鳥:  こういう柔らかい陽射しに包まれた畳のお部屋で、漢籍を丹念に読んでいらっしゃるお姿などは、どうも帰るべき故郷(ふるさと)を持たない私から言うと大変羨ましいんでございますがね。
 
福永:  ええ。一応、郷里に帰ることが出来て、非常に静かなところで、その点は帰って来て良かったと思っております。
 
白鳥:  それにしても膨大なご本ですね。
福永:  そうですね。あるのは書物ばかりで。ちょっと農村の中では奇妙な感じです。私はこの村で生まれ育ったんですけれども、五十年程離れていましたから、ちょっと村の人たちと違和感がありまして。
 
白鳥:  ああ、これはしょうがないですね。
 
福永:  私としてはゆっくり書物を読めますし、東京や京都のような騒がしさとか、同僚との言い争いや、負けん気を起こすことも憎みあうこともありません。その点は非常にいいと思います。
 
白鳥:  このお部屋に入りまして、先ずこの額がパッと目に入ってきましたですね。これは賢治という署名から見ると、宮沢賢治の言葉なんですか。
 
福永:  ええ。言葉は宮沢賢治の言葉ですけれども、書いたのは宮沢賢治じゃなくて、私の京都大学学生時代からの友人で、素晴らしい字を書く人がいまして。この額が目に入りましたので「是非譲ってくれ」。

     風とゆききし
     雲から
     エネルギーをとる

「風と雲というのは、これは荘子の逍遙遊の哲学のキーワードなんだから」ということで譲ってもらったんです。
 
白鳥:  そうですか。

     風とゆききし
     雲から
     エネルギーをとる
 
福永:  はい。風の文学というのは、中国では荘子から始まるんですね。それから雲の文学もやはり荘子から始まります。荘子の言葉で言いますと、
 
     千歳(せんざい)世を厭(いと)えば去りて上僊(じょうせん)し、
     彼(か)の白雲(はくうん)に乗じて 帝郷(ていきょう)に至らん
       (『荘子』天地篇)
 
「千歳(せんざい)世を厭(いと)えば去りて上僊(じょうせん)す」。白い雲「白雲に乗りて、帝郷(ていきょう)に至る」。帝郷は皇帝の帝という字と故郷(ふるさと)の郷(きょう)ですけれども、これは上帝すなわち神の世界と言う意味ですね。不老不死の神仙(しんせん)世界という意味で、白い雲に乗って神仙世界に行くという意味なんですけれども。
 
白鳥:  成る程。
 
福永:  はい。結局、現実世界と天上の神仙世界との交通手段という問題ですが、一番古いのが雲ですね。雲に乗って行き来するということ。それから今度は動物の龍に乗って、行き来するということになって、そこで雲と龍のコンビネーション(Combination)雲龍(うんりゅう)が成立します。
 
白鳥:  はあ、成る程。
 
福永:  それから、今度は鳥がその次に来て、鳥のなかでも鳳(おおとり)から鶴ですね。鶴に乗って仙人が神仙世界に行くというふうに。
 
白鳥:  そんな絵も見たような気もありますですね。お目出度い絵で。
 
福永:  ええ。そして今度は雲と水のコンビネーションで逍遙の遊びを実践する、これは後に禅宗の雲水(うんすい)という言葉になりますけれども、もともとはやはり荘子がルーツですね。
 
白鳥:  成る程ね。「風とゆききし 雲からエネルギーをとる」。
 
福永:  ということで、一番のルーツは老荘の哲学です。
 
白鳥:  その言葉に惚れ込んで、これを。
 
福永:  ええ。是非にということで。それから私も若い時にはやはり風と行き来し、雲からエネルギーを取るということで、つまりこれは風雲児という中国語にもなりますけれども。
 
白鳥:  成る程ね。
 
福永:  はい。九州の田舎から、風と雲を望んで広々とした世界に出たいという、そういう願いをもっていましたので、「この額を是非」と言って貰って来たんです。
 
白鳥:  そうですか。成る程。そういった意味では、『荘子(そうじ)』という本を書いた荘子、或いはそれの先輩に当たる老子ですか。この老荘の思想というのは、いまその風とか雲というのは象徴だというお話がありましたけれども、基本的にはどういう考えなんですか。
 
福永:  それはやはり”道(みち)”という言葉ですね。道路の道(どう)という言葉ですけれども、これは分かり易く言えば、”命の根源”ということです。これは京都の哲学界などで、”真実在(しんじつざい)”というふうな言葉にも訳されていますけれども、万物を万物として成り立たしめている根源的な真理。要するに万物はそれぞれ命をもって生きている。その万物の命の根源。これが道ということですね。中国ではダオ Dao と発音します。ヨーロッパでは Tao タオですね。タオイズムのタオ。
 
白鳥:  日本ではそのように道(どう)とか、道(みち)とか。
 
福永:  ええ。真実在と言っても、森羅万象(しんらばんしょう)の根源にあって、森羅万象、勿論、人間をも含む”森羅万象を森羅万象として、存在せしめている根本の真理”ということで、分かり易く言えば、私は”命の根源”という言葉で表現出来ると思います。
 
白鳥:  全ての存在を存在せしめている真理という。
 
福永:  根源的な真理ですね。
 
白鳥:  根源的な真理ですね。
 
福永:  その根源的な真理は働きをもっているわけですね。ですから荘子の哲学の場合には、道は変化の流れというふうに、流れとして捉えていきます。私達が学んだ京都の哲学界では、西田幾多郎先生のように、”生命の流れ”という言葉で表現されます。”真実在(しんじつざい)”ということも、実は西田幾多郎先生が最初に荘子の道を”真実在”という新しい日本語で訳されたんだと思います。
 
白鳥:  今の一切存在を一切存在たらしめている根源的な真理、そういったある一種の超越的な存在というのをよく神という形で観念する、そういう宗教というのは多いんですよね。そうじゃなくて荘子では真理という言い方をしているわけですね。
 
福永:  ええ。真理という言い方ですね。荘子よりも前に孔子さんという、これは儒教の開祖にされる方ですけれども、その方の場合も、やはり道という言葉を使いますけれども、孔子さんの場合の道は、先王(せんのう)の道とか、君子の道とか、支配者として多くの人達の人の上に立って、支配していく場合の理想的な人格という意味で、君子と呼ばれる。君(きみ)という字が付いていますから、これは人の上に立つという支配階級という意味を同時に含むわけですね。支配者として人々を治めていく立派な人格をもった人を君子と呼び、その君子のあり方が道(みち)ですね。
 
白鳥:  そういうところから道徳律みたいなイメージが出て来るんですかね。
 
福永:  そうです。しかしその君子の道は後生の人が勝手に作るんではなくて、先王の道、ずっと中国の古くからの理想的な支配者、帝王、天子(てんし)さんが作られたものなんですね。
 
白鳥:  そうすると、その老子、荘子の言った道、それとはちょっと違うものですよね。
 
福永:  違うんですね。だから儒教の場合でしたら、やはりこれは家族制度を基盤において、祖先崇拝ということが重要視され、その祖先は天の神と繋がるというふうに考えられる。天の神、これを上帝(じょうてい)、上の帝王(ていおう)と書きますけれども、上帝とか、天帝とかいうふうに呼んで、その天の神の委託を受けて、地上の皇帝が出現してくるというふうに説くわけですね。
 
白鳥:  成る程。老子、荘子の場合にはそういう孔子の考え方とはちょっと違って、むしろ道というのは別な一種の観念とか、概念とかというふうな、そういったものに使っていると。
 
福永:  そうですね。
 
白鳥:  そういう老子とか荘子、これは確か西暦紀元でいうと、紀元前四世紀とか、五世紀という方なんですね。
 
福永:  孔子さんの場合が前六世紀、荘子さんの場合が前四世紀ですね。老子はずっと中国では伝統的に孔子さんの師匠ということになっていますから、孔子さんよりも先輩ということになります。ただし今残っている『老子』という書物の成立は、大体、前三世紀の頃であるというのが、一般の定説みたいになっております。
 
白鳥:  そうですか。その老子とか、荘子、つまり老荘思想と言われて、思想家であり哲学者なのですね、神様というような超越者の存在ではない、そういう基本原理としてのタオ、道という観念が生まれたのは何故なんですか。
 
福永:  ええ。それは結局、孔子さんの儒教の場合は、人間とは何かを為す存在であるということで、何を為すか、如何に為すかという”為す”に重点をおく。これは作為もしくは有為という中国語を使いますけれども、何を為すかということを一貫して重視する。孔子さんの教えは要するに「有為の教え」である。
 
白鳥:  有るという字に為すという字で、有為(ゆうい)。
 
福永:  為すこと有らん」というのは、これは孟子の言葉で、『孟子』という書物の中に見える言葉ですけれども、儒教は有為の教えであるとされる。しかしこれは一種の理想ですから、現実にはその通りにいかない場合がある。例えば親が亡くなったら、子は三年の喪(も)に服し、その間は夫婦の交わりをしてはならないとか、いろいろな細かい規定があるんです。実際に三年間それを守るということは不可能ですから、結局、表と裏の二重帳簿式の一種の誤魔化しが横行するということになります。そういう誤魔化しをもう一度根本から洗い直すということで無為の教えが説かれる。出来るだけ人間のすることを切り捨てていって身軽になるという切り捨ての方向ですね。有為の教えというのは積み重ねの努力を積み重ねていく。それに対して、出来るだけ切り捨てていって身軽になる生き方。それで道というものが人間を含む一切万物を一切万物として、成り立たしめる根源の根源であるということになります。ですから儒教で上帝とか天の神とか言えば最高の存在ですけれども、その最高の上帝や天の神をも天の神として、成り立たしめる根源の真理がタオであるということになって、上帝や神を上帝や神として成り立たしめる根源の根源の真理がタオということですから、つまり宗教を宗教として成り立たしめる根源の根源の哲学的真理とでも言ったらいいかと思います。
 
白鳥:  成る程。儒教が人のあり方というのは、つまり人の存在をいわば前提として、こうあるべきだというような形の一種の道徳律への教えと。
 
福永:  ええ。そうですね。儒教の教えは政治倫理の教えという言い方もされます。
 
白鳥:  それに対して道の教え、道教という言い方もありますけれども、道の教えの方はそうじゃないんだと。人間というのはもっと根源的に考えると、こういうものなんだということなんですね。
 
福永:  宇宙と人間の根源にある真理は何かと。
 
白鳥:  しかも人というのは相当混沌(こんとん)たるものだと、そんな綺麗ごとでは済まないんだという。
 
福永:  ええ。そうです。それは実際に偽善が横行する社会であると同時に、戦国時代という戦争に明け暮れて、丁度、戦争に駆り出された私達と同じように、朝起きたらその日の命があるか、ないか保証はないという、そういう状況の中で人間とは何か、自分が生まれて来たということはどういう意味を持つのか。やがて死ぬということは大きな流れの中で、どういう意味を持つのか。人間とはどこからきて、どこへ行くのかとか。そういった問題を考えざるを得ない状況に置かれて、道の哲学が成立したというふうに考えたらいいんではないかと私は思います。
 
白鳥:  そうですか。
 
福永:  一番の老荘の哲学のスタート点は、この自分の命というのがどのようにして成立したのかということ。それからこの命を全うする為にはどのようにしたらいいかということで、これは荘子の中の言葉ですけれども、「生を全うし身を保つ」「全生(ぜんせい)保身(ほしん)」ということが、それで道教の最高の理想だというふうに説かれているんですね。
 
白鳥:  「全生保身」。
 
福永:  「全生保身」。完全の全という字に、生命の生という字、それから保健の保つという字に、身体の身ですね。
 
白鳥:  全生保身。
 
福永:  ええ。全生保身。この保身という老荘哲学の言葉に対して、孔子さんの儒教の方では、これは少し極端な言い方ですけれども、『論語』の中に「身を殺す」という。「身を保つ」に対して、「身を殺して仁を成す」。儒教の最高の理想は”仁”ですから、それに対して老荘の哲学の場合は政治倫理だとか、経済軍事とか、いろいろなことを言っても、それはその時、その時のいろんな状況で変わっていくけれども、一番大切なことは”人間の命を最高の価値”とするということですね。政治も経済も軍事も全て命を全うする為に考えられなければならない。命を全うする為のサーバント(Servant)でしかないんだと。それを逆に、政治倫理の為に命を捨てるということを説く教えは、どこかずれているんではないかというのが、老荘の立場ですね。生を全うするということ、そしてこれは老荘の重要な要素である身体ですね。ここで身(み)をというのは身体(からだ)なんです。身体を非常に重視するんですね。生身の身体で命を考えていく。ですから医学と結びつき、薬学と結びつくわけですけれども、漢方医学というのは、もともと道教から始まるんですね。ですからそういうふうにして、同時に老荘の哲学は荘子の段階で生老病死、人間が生まれてくるということは、どういうことなのか。それから歳をとるということはどういうことなのか。それから病むということはどういうことであり、やがて死を迎える死とはどういうことなのかということに対して、一つの哲学が整理されるわけですね。それは『荘子』という書物の中にありますけれども、老荘の哲学の根本ですね。
 
白鳥:  儒教がいわば忠孝、そういう仁という一種のイデオロギーですね。それへの忠誠というのかな、それへの献身を最大限の徳目としたのに対して全く百八十度違う。
 
福永:  ええ。そうです。ですから儒教の立場から言えば、とんでもない思想ということで危険な思想であると。
 
白鳥:  反体制ですね。
 
福永:  だから、かって私もそういって、それは「お前の同調している、老荘の哲学というのは大変危険な思想である」というふうに、忠告されたこともあります。ただしかし、老荘の場合は今言ったように生を全うすることを根本として、生を全うする為にはどのようにしたらいいかということで、先ず最初は、鬼の道、鬼道とか、或いは巫女(みこ)さんの道、巫術(ふじゅつ)とか、呼ばれて、つまりシャーマニズム(Shamanism)ですね。シャーマニズムからスタートするんですね。神様にお願いするということでスタートするんですけれども、そのうちにやはり人間の自力で開発しなければならないということで、医学薬学が第二の段階で展開していきます。それから第三の段階で医学薬学というのは技術的な問題で、それよりも一体命とは何なのかという命の哲学が、第三段階で出て、人間の命というのは宇宙の大きな命の流れ、そこから個の命が生まれてきて、一定期間この世での生活を過ごすと、生まれる前の宇宙の大きな命に帰っていくんだという命の哲学が完成するんですね。しかし今度は第四の段階で、しかし命を全うするということを現実の世界で実現しようとすれば、やはり政治の良し悪し、それから経済の問題、それから社会のあり方、それから軍事や技術というふうな、また戦争と平和というそういう問題を考えなければ命を全うするという問題は解決出来ないんだというふうに中国で大体五世紀頃から、そういう考え方になって、そこで儒教との接合点が出来るわけですね。
 
白鳥:  ああ、成る程。つまり社会問題と政治的な問題とその解決のための実践論ですね。
 
福永:  ええ。ですから、四世紀を境にして、それまでの老荘や道教の哲学というのはこれはいわば反体制で体制を批判する側だったんですけれども、四世紀、五世紀の頃から体制内に変わる。そして唐の時代のように皇帝の宗教に道教がなるわけですから、そこのところは一応区別しなければいけませんけれども。生老病死ということから、命を最高の価値として、その命を全うするということを最高の目標にして、政治も軍事も科学技術もみなそれのサーバントであるという位置づけをしなければいけないというのが、老荘の「道」の哲学です。
 
白鳥:  つまりその身を保つということは、今ある存在そのものを、つまりしかるべく生まれた道という真理によって生来した人の存在そのものを大事にするんだ。自分の命だけの問題じゃなくて、存在そのものを大事にするんだという、こういう思想なんですね。
 
福永:  そうですね。分かり易く言えば、命を身体で捉えるということですね。霊魂とか、非常に抽象的な死後の安らかさとか、そう言った問題よりも、生身の身体で命を捉えていく。その為に医学が必要であり、薬学が必要であり、いい政治が必要であり、いい科学技術が必要である。しかしそれらは全て、生を全うする為の補助手段なんだという考え方ですね。それを本末転倒して政治的なといっても、実際はある特定の皇帝だとか、政治権力者の敷いた路線に従わないものは全部悪として、殺してしまうというようなやり方ではなくて、政治は如何にしたら人類の命を全うすることに役立つか、科学技術というものも、あくまで命を全うする為の一つのもっとも有効な手段として、位置づけられなければいけないのに、科学技術が独走してしまって、人間が科学技術のサーバントにされてしまうような世の中は、非常におかしいんではないかというのが老荘の「道」の哲学の立場なんですね。
 
白鳥:  成る程。先生、いまお話を伺っていると、とにかく儒教というのは、あれは漢の武帝あたりですか。
 
福永:  孔子や孟子の儒学が漢の武帝の時代から現実の政治教化の中に組み込まれて儒教となります。
 
白鳥:  国家的な儒教として、
 
福永:  ええ。そうです。
 
白鳥:  儒教とそれに対抗する道教ですね。道の教えというものが、これはやっぱり中国文化、或いは中国の思想というものの中ではこの二つが綯(な)い交ぜて。
 
福永:  そうですね。相反するようですけれども、互いに助け合うという面もあるわけですね。それから初めの間は、例えば西暦前三世紀に書かれた『荀子(じゅんし)』という書物の中で、老荘の哲学というのは、これは「天を知って人を知らないものだ」と批判するのに対して、老荘の哲学の側からは儒教というのは「人を知って天を知らないもの」と批判しますね。非常に上手く対照しますけれども、
 
白鳥:  お互いにこう批難の応酬と言いますか。
 
福永:  宇宙大自然の中に人間を位置づけて、人間とは何かを問うという点では、老荘の哲学は優れているけれども、現実の世界を秩序づけ処理するという点から言うと、全然無能力だという批判に対して、老荘の哲学の側から、これは『荘子』の中にもそういう意味の言葉がありますけれども、孔子さんを開祖にする儒教は、現実の人間世界を秩序づけ処理をすることは実に上手い。けれども、人間とは本来何であるのかとか、人間を人間として成りたたしめている大きな宇宙的世界については、つまり、具体的には生老病死の哲学については、何の答えも出せないという批判で対立するんですけれども。先程申しましたように、四世紀、五世紀の頃から、皇帝はこの道教の信者になるという現象が出て来まして、結局皇帝の不老不死の欲求と道教が結びつくわけですけれども。そういうふうにして皇帝であっても、公的な政治的人格としては、秩序の形成者、つまり儒教を信仰するけれども、プライベートな個人の生活では、道教の信者になるというふうにして、同じ人格が道教と儒教を合わせ持つという現象が中国文化の中で五世紀以降出て来るわけですね。
 
白鳥:  ほんとにこう上手くない交ぜて、時にはある一人の人格の中に二つが入り込む。
 
福永:  ええ、だから定年までは儒教であるけれども、それが定年になって在野の人となれば老荘の哲学、或いは道教の信者になるというケースが中国では非常に多いですね。
 
白鳥:  そうですか。福永さんは昨年、こういう儒教の文化と「道」の哲学の対比。
それと中国でも北と南の文化を対比的にお捉えになって、”馬の文化”と”船の文化”と、こういうネーミングをされましたですね。これはやはりこう全てが対応しているというふうに考えてよろしいんですか。
 
福永:  ええ、対比して考えていいと思いますけれども。私は大正七年、一九一八年の生まれですけれども、ずっと満州事変からこのかた戦争の時代に生まれ育ちました。そして実際に戦場にも行きましたが、私が行った戦場は中国の南の方ですね。広東省(かんとんしょう)から福建(ふっけん)省、海南島の海岸に近い地域の警備をする為に駐屯していたんですけれども、戦争の時代ですから、私達は徹底して、九州は特に徹底して儒教の教育訓練ですね。「身を殺して仁を成す。敵陣に突っ込んでいくことを君の為、父の為に、つまり忠孝の道徳の実現の為に、一命を擲(なげう)って、倒れて後止むというのが、お前達の最高の生き方なんだ。最高の死に方なんだ」という教育で、徹底的に訓練を受けました。戦場は中国南方の臨海地域で、この地域は実は孔子さんを開祖にする儒教よりも、老子や荘子を開祖にする道教、或いはそれの元である老荘の「道」の哲学。そういうものが非常に支配的な海原の文化、私は「船の文化」と呼んでいますけれども、その地域に駐屯して生活しています中に、中国の南の方の海の近くの漢民族以外の少数民族と呼ばれている人達の生活の仕方が、私の生まれ育った九州の東部の人々の生活の仕方と非常によく似ていますので、私は倭寇(わこう)の子孫がここに定着しているんじゃないかと、初め思ったんですけれどもね。一年経ち、二年経ちする中には、そうではなくて、むしろ私たちの祖先がこちらから移住してきたかも知れないという、そういう考え方に変わりました。
 
白鳥:  中国南部から日本へ。
 
福永:  それから中国の文化に大きな二つの流れがあるということに気が付きました。二つの流れというのが、その一つは南の船の文化、海原の文化ですね。もう一つが北の馬の文化。これは西暦前二世紀の漢の武帝の頃から、儒教と結合します。それから南の船の文化の方が老荘の哲学と。これは前二世紀に書かれた『淮南子(えなんじ)』という書物の中で確認されます。ここでは、既に老荘の哲学と、船の文化とが結合されていて、たとえば『荘子』列御寇篇に記述されているように老荘の理想的な人格というのは、丁度「繋がれざる舟の如し」、岸壁に固定されていない舟が波間に自由に揺蕩(たゆた)う、そのような揺蕩(たゆたい)を持つ自由人であると説明しています。その揺蕩(たゆたい)というのが、これは遊びの文化であり、同時に自由の文化であるというふうにして、老荘の「道」の哲学と結合していくんですね。
 
白鳥:  はあ、まさに船を一つの喩えにして、
 
福永:  そうです。それから海原を根源的な真理と老荘の哲学で説く。道というのは、分かり易く言うと、それは海原だと。道は果てしなく広がる海原のようなものであるという説明が、これはやはり『荘子』(知北遊篇)の中に出て来ます。そしてまた、老子の哲学で、最高の善は君主でも家父長でもなくて、これは水である。
 
上善は水のごとし。・・・水は道に幾(ちか)し
という老子の言葉(『老子』第八章)がありますけれども、
 
白鳥:  水は道に幾し。
 
福永:  ええ。そしてこの言葉の上文に「上善(じょうぜん)は水のごとし」とあります。
 
白鳥:  それくらいに、中国と言うと、私達は一つに考えてしまうようですけれども、そんなにやっぱり北と南、そして考え方も違うわけなんですね。
 
福永:  それを私は大体、次に述べるような七つの点で一おう区別しておりますけれども、その第一番目は”秩序と混沌”、或いは”渾沌(こんとん)”とも書きますが、
 
白鳥:  最初におっしゃったコスモスとカオス。
 
福永:  まずコスモスですね。秩序という中国語は儒教の古典の『周礼(しゅらい)』という書物の中に初めて出て来る中国語ですね。それから秩序と関連して”条理””不条理”という言葉がありますけれども、条理という言葉、これは『孟子(もうし)』の中の言葉ですね。筋道(すじみち)、筋を立てる、筋を通すという意味の条理という中国語を最初に使ったのは『孟子』(万章篇)で、孟子は条理すなわち秩序だてるということは、聖人の教えの根幹を成す言葉だという意味のことを言っております。それに対して、老荘の方はカオスという言葉、混沌(こんとん)ですね。これは三水偏(さんずいへん)に、軍隊の軍の字を書く場合もありますけれども、意味は混と同じです。これは生きているもの、生きてあること、或いは命の営みを説明する言葉として『荘子(そうじ)』という書物の中で最初に使われる言葉ですね。人間が生きているということは、これは秩序だったところもあるけれども、どうしても秩序では捉えきれない何かが残るんだということですね。どうしても割り切れないものが、命の営みの中にはどうしても残るんであって、これは論理学などでいう矛盾という言葉ですね。形式論理学の矛盾ということでは到底捉えきれないカオスの状態。
 
白鳥:  そういうものは条理や秩序なんていうことを大事にする立場からは、とても許せないことなんですね。
 
福永:  許せないことですけれども、
 
白鳥:  老荘の人達は、それをそのままカオス、混沌のまま受け取ろうじゃないかと、
 
福永:  そうですね。やはり命の原点というものを大事にして、秩序も大事だけれども、その原点を押さえて、そこから秩序というものを、絶えず見守っていくということが必要であって、秩序というものは、一度出来上がってしまうと時間の経過とともに形骸化してしまう。そういう性質をもっている。つまり老荘の哲学では、人間の作ったものはどんなに完璧なもののように見えても、何時かは崩れ去り、滅び去っていくものだという、そういう考え方があるわけですね。しかし命をもっているもの、特にこの天地大自然、大宇宙の命の流れというものは、そういった人間の作ったものを越えたところにある。しかしそれは矛盾だとか、対立だとか、そう言った秩序の論理では説き尽くしていけない混沌とした要素を絶えず残している、それが生きていること、命というものの本質であり実態であるというふうに説くわけですね。
 
白鳥:  これはまた本当のコントラストをなしておりますですね。
 
福永:  そうです。その次の第二は道と関連しますけれども、老子の哲学では、「道は万物の母」という言葉がありますけれども、儒教の場合でしたら、例えば、儒教の古典の『書経(しょきょう)』という書物の中では「天地は万物の父母(ふぼ)」父(ちち)、母(はは)となって、母の上に父がのっかってくるんですけれども、老子の哲学の場合には天地万物の母であって、父がないんですね。ということは道は女性的なものが根源であって、男性的なものではなく、母として女性として表現されるということ。これは儒教が父系制社会を基盤にし、道教が母系制社会を基盤に置くというのと対応しますけれども。それから、第三に老子は道をまた天の道、天道(てんとう)とも言いますから、そこで今、日本語で「お天道(てんとう)さんは」という、お日様(ひさま)のことですね。で船の文化では太陽という言葉を使わずに日輪(にちりん)という言葉を使ったり、今、日本語のお日様ですね。そのお日様は女性と考える。それからお日様の赤い色、これも女性と考えますね。いまNHKの紅白歌合戦で、紅というのは、これははっきりと女性ですね。しかし、私の小学校時代では、中津は江戸時代、奥平(おくだいら)藩の城下町でしたから、士族の子孫の人達がかなりいて、士族の人達は儒教の勉強を江戸時代からずっとやっておりますから、従って、お日様は太陽で、太陽の陽は男性ですから、はっきりとお日様を男性と考えるわけです。そして、お日様の赤い色、これは中国共産党の赤い旗もそうですし、日本の旧軍隊でも、赤い真心(まごころ)、赤誠(せきせい)という言葉が戦争中によく流行りましたけれども、あれは男性と繋がる言葉ですね。
 
白鳥:  赤は男の色だと。
 
福永:  それは儒教の立場、馬の文化の立場からはそうですね。しかし船の文化の立場では、お天道さんは女性ですね。古事記の天照大神(あまてらすおおみかみ)ははっきり女性と書いてありませんけれども、日本書記では「須佐之男命(すさのおのみこと)の阿姉(なね)」とはっきり書いてありますから。
 
白鳥:  女性神ですよね。
 
福永:  そういうことで、お日様を男と見るか女と見るかということで、一応中国の文化が二つに分かれる。それからその次の第四は、これは右と左の問題ですけれども。今、日本の人達、男も女も私のように和服の場合は、必ず左の襟を右の襟の上にして着ます。これは中国語で左衽(さじん)、左という字に、衽(じん)は衣扁(ころもへん)に壬申(じんしん)の乱の壬(じん)という字を書きます。これは『論語』の中で左衽は野蛮人だという意味のことを孔子さんが言っておりますけれども舟の文化では左が上位。左大臣が右大臣よりも上位です。これに対して馬の文化、儒教の文化は、いま日本の社会であの人の右に出る者はないという言葉がありますけれども、右上位ですね。
 
白鳥:  私達が和服を着る時には、左上位になっておるわけですね。
 
福永:  ええ。左上位です。中国でも道教や仏教のお坊さんは左衽(さじん)ですね。
 
白鳥:  左が上。
 
福永:  それで右を上位にする支配階級、儒教の人達の命令を聞かない人が「彼奴(あいつ)は左巻(ひだりまき)だ」「彼奴の家は左前(ひだりまえ)だ」とさげすまれる。これは儒教の文献『礼記(らいき)』にはっきりと「右を尊しとし、左を卑しとす」と書かれておりますですね。
 
白鳥:  右左(みぎひだり)も何か随分典型的な差が出て来るんですね。
 
福永:  そうですね。それから第五に奇数と偶数もそうですね。日本の場合でしたら、いまも七五三行事というのが、盛んに行われていますけれども、このように奇数を重んじるのは元々中国の船の文化ですね。老荘の「道」の哲学、それを踏まえた道教という一種の宗教の儀式などで、人間の命の成長を、三の節目で押さえ、五の節目で押さえ、七の節目で確認していくという、そういう考え方があります。それが日本の古事記の神生み神話の中に取り入れられて、「三柱(みはしら)の神から別天神(ことあまつかみ)の五柱(いつはしら)、神世七代」というふうに神話の展開も、三五七になっていて、これが神(じん)社(しゃ)神道(しんとう)で、七五三行事になって、現在まで続くわけです。これは老子や道教の哲学の宇宙生成論で、「道は一を生じ」、一から三になって、三から五になって、五から七に展開していくという、そういう宇宙生成論が、根底に踏まえられています。
 
白鳥:  やっぱり奇数が基軸になっているんですか。それに対して儒教の方は。
 
福永:  儒教の方は「太極(たいきょく)、両儀(りょうぎ)を生じ、両儀、四象(ししょう)を生じ、四象八卦(はっか)を生ず」というふうに、二の倍数となっております。両儀というのは天と地で、両は二と同じですね。
 
白鳥:  二、四、八。
 
福永:  八卦は万物の情(じょう)を類す」。「情を類す」というのは、真実の姿を類例的に表示するの意味です。
 
白鳥:  その上は万という数字。
 
福永:  ええ。そうです。老子の場合は「三は万物を生ず」。
 
白鳥:  三、五、七、とこういくわけですね。
 
福永:  ええ。奇数です。それに対して儒教の方は偶数ですね。日本では江戸時代は徳川幕府が儒教を採用しましたから、お祝い事は、すべて一対(つい)とするか二の倍数ということになりますね。
 
白鳥:  それともう一つ先生が第六番目として挙げられたのは剛と柔という。
 
福永:  そうです。
 
白鳥:  これはなんでしたか。
 
福永:  それが『論語』の中の「剛毅木訥(ごうきぼくとつ)、仁(じん)に近し」。
 
白鳥:  ああ、これは我々の耳にも繋がっているものですね。
 
福永:  硬くて強いということが、より美徳であるという感覚。これはやはり戦場に赴く男子を中心に考えたものですね。ですから硬くて強い。それに対して老子の哲学ではつまり船の文化の方では、ソフトである、柔らかいということ、しなやかという意味ですけれども。柔軟というのが元の意味ですけれども、ソフトでしなやかさを持つと、それが硬くて強いものに最終的には勝利を占める。これを老子は「柔(じゅう)は剛に勝つ」という表現をしていますけれども。それを踏まえて加納治五郎さんの講道館柔道ですね。加納治五郎さんは兵庫県の灘(なだ)の出身ですから、船の文化の地域の出身者ですけれども、「柔よく剛を制す」と。この言葉は柔道場であればどこにでも額にして掲げておりますけれども。これは老子の哲学、つまり船の文化に基づくわけですね。ですからハードなものも必要だけれども、ハードであると共にソフトの面、その両方が必要であるということですね。
 
白鳥:  生老病死の感覚なんかも全然違うわけなんですか。
 
福永:  生老病死の考え方は、大枠で申しますと、両者で共通しているものが多いんですけれども、やはり一番問題になる点は、儒教は家族制度を基盤において、祖先崇拝を非常に強く説いていますから、祖先のお祀りをするのに、祖先の霊魂が存在しないという考え方は、やはり成り立ちませんから、そこでお祀りをする限り、祖先の霊魂が存在する、これは一応、天に上がっているけれども、子孫は天に上がっている祖先の霊魂を下ろしてきてお祀りをする、或いは魂を鎮める、招魂鎮魂(しょうこんちんこん)という儀式が行われますけれども。老荘の哲学の場合は、死というのは、生まれる前の自分に帰るということ、生まれる前の自分というのは、宇宙の大きな命の流れ、それに個の命が帰っていくんだと。死とは生まれる前の自分に帰ることなんだと。そしてその生まれる前の自分というのは、これは今、和歌山県の熊野などに残っていますあの補陀落(ほだらく)(ポタラカ)渡海の信仰。仏教と結合していますけれども。それから浄土真宗の場合でしたら、西方浄土というふうに水平線上に死者の世界を考えていきます。それに対して馬の文化の場合は、垂直線上というか、上下の関係で考えていくというふうにやはり違ってきます。ここで一番問題は、六世紀の中国で大論争が起きるわけですけれども、人間の死後に、霊魂が存在するかしないかという問題。それから霊魂が存在するという側は立派なお墓や神廟を作って、祖先のお祀りを盛大にするという考え方ですね。葬式も全財産を注ぎ込んで、盛大に行うのが、親孝行だという考え方に対して、老荘の哲学の方は、個の命は宇宙の大きな命に帰っていくんだという考え方ですから、『荘子』の中では、はっきり葬式もお墓もいらないんだと説いています。天地大自然を大きな棺桶と考えればいいじゃないかというわけですね。そして自分の死体は、この宇宙空間にばらまいてやればいい。儒教のように立派な棺桶を作ったって、地下に埋めれば、いずれ虫の餌(えさ)になるだけで、鳥の餌になるのと、地中の虫の餌になるだけの違いだから、拘る必要はないというふうに考えるわけですね。
 
白鳥:  成る程ね。そして先生が最後に挙げられるのが、七つ目の賢と愚ですか。
 
福永:  そうですね。これはもう『論語』(子張篇)に「君子は賢(けん)を尊ぶ」、「賢(かしこ)いということを大切にする」という言葉があるのに対して、船の文化を代表する『老子』の場合には、「我は愚人の心なるかな」「私の心というのは本当に愚かで、はきはきものも言えない。そういう愚かさを私はいつも抱きしめている」というような表現になって、これが後に浄土真宗の親鸞さんの愚禿親鸞(ぐとくしんらん)の愚禿(ぐとく)ですね。愚禿の禿(とく)はお坊さんという意味ですから、そこでは人間の賢さよりも、愚かしさを厳しく見つめていく。私達みたいな海外の戦場で敗戦を向かえて、戦場でいろいろと、人間が如何に愚かで危うい存在であるかということを、本当に身に沁みて、体験してきた世代ですけれども。そういった人間の愚かさ、暗さ、危うさの凝視、賢さも勿論注目しますけれども、賢さ以上に、人間の愚かさの凝視からスタートする、これはお釈迦さんの仏教も、私は同じだと思いますけれども、わが国では浄土真宗の親鸞さんがその典型的な人間だと思います。これは今の日本の教育界とも関係して来ると思いますけれども。
 
白鳥:  賢になりたい、或いはなるべきだという、そういう呼び掛けとしては分かるんだけれども、実際問題として、賢というものを立てた時に、愚というものをどう。
 
福永:  そうですね。その前に、賢とはいったい何かということですね。今の日本の教育界の場合は、どうしてもアメリカのハイテクノロジーの文化と言いますか、要するに、数字の文化ですね。デジタル(Digital)のデジットというのは、これはアラビア数字という意味で、全ての文化現象をアラビア数字化していくというところから、ハイテクノロジーの文化が始まっているわけですから、その消化率の高いものほど賢いということになる。
 
白鳥:  全て数字化する。
 
福永:  数字化するわけですね。
 
白鳥:  標準化する。
 
福永:  ですから、その路線で、最も素早く能率的に行動出来るものが、これが賢なんですけれども。人間の賢さ、愚かさというのは視点や角度を変えると、全く違った情景が出て来るということになります。人間の賢さとは何かということ、これは根源的には、人間とは何かという問題と絡んできますけれども。それが同時に教育の問題、政治の問題とも密接に関連し、これからの人類のあり方とも大きくかかわってきます。そういうことから最近、アメリカでフリッチヨフ・カプラという理論物理学者が『タオ自然学』という書物を出して、ハイテクノロジーの一番の本場で今、技術とは何かという問題、それを人間の心、マインドと結びつけ、マインドとテクノロジー、この関係をどういうふうに考えるべきかということの一つの答えとして、タオイズムのタオ、中国の道教の思想哲学がクローズアップされてきていますけれども。アメリカのハイテクノロジーを最も戦後忠実に後を追っかけてきた日本の文化の場合も、やはり同じような問題が浮上してきます。これは亡くなられた理論物理学者の湯川秀樹先生が、生前によく引用しておられた『荘子』の中の言葉ですが、
 
     機械有る者は、必ず機事有り、
     機事有る者は、必ず機心有り。
       (『荘子』天地篇)
 
ここで機械というのは、カラクリというくらいの意味ですけれども。
 
白鳥:  機はマシンの機械の機を使うんですか。
 
福永:  ええ。機械はマシンという意味も含みますけれども、当時はカラクリという言葉の方が適当だと思います。「機械有る者は 必ず機事あり」。「機事」は機械の機の字に、事件の事という字を書きますけれども、機械技術をすべてとする人は、全ての事物を機械で処理して、それで万事終わりだという考え方を持ちやすい。そうして「機事有る者は 必ず機心あり」、機械をすべてとする技術者は、その人の心も機械のように冷徹で、ただ物理的な動きしか持たない、生きた命の息吹を持たない心のあり方になってしまって、全く機械的に操作するようになる危険があるから、注意しなさいという言葉を、西暦前四世紀の哲学者・荘子が人類に警告しています。その荘子の言葉を生前の湯川さんが私に「凄いことを言っているなあ」というふうに、よくおっしゃっておられましたけれども、この言葉をやはり二十一世紀に向けての日本の人々は、今からやはり噛みしめていくべきではないかと、そういうふうに私は思います。
 
白鳥:  全てのこういった警告を二十一世紀へのメッセージとして、私達がまともに受け止めなければいけないかも知れませんですね。
 
福永:  そうですね。
 
白鳥:  どうも有り難うございました。
 
 
     これは、平成九年一月二十六日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである