私の仏像に出会う    
 
                          写 真 家 山 本  建 三
大正十四年、大阪府高槻市に生まれ立命館大学を卒業、電池製造会社に勤務後、独立して写真作家の道に入り、東京で個展を重ねた。仏像写真の撮影歴も豊富で「京・洛中の四季」など著書が多い。
                           き き て 有 本  忠 雄
 
有本:  仏様は仏教の説くところでは、慈悲、広大無辺で、私達の目には見ようとしても見えないもの、姿は現さないものと言われます。それでも遠い昔から仏像は沢山作られ、拝まれてきました。それは何時の世にも、人々が仏を慕い、仏法を慕った心の現れでもございましょう。今日は写真家の山本建三さんに、仏を撮り続け出会った数々の魅力ある仏像について、お話を伺うことに致しました。どうぞよろしくお願い致します。
 
山本:  よろしくお願いします。
 
有本:  ここが山本さんのお仕事場でもあるんですが、キャビネットに随分、これ昔のフイルムと言いましょうか、ネガが入っているのでございますね。どれくらいの数になるんでございますか。
 
山本:  まあ、ここにあるだけですと、六、七万あるんではないでしょうか。まあこれ以外に、自宅の方に沢山ありますので、何ぼか数えたことはないんですけれども、そこそこあると思いますね。
 
有本:  山本さんは大学卒業後は、ごく普通のサラリーマン生活をなさったんですね。
 
山本:  そうです。もともとこういうカメラマンになるというのは、毛頭考えていなかったんです。当時はですね。で、地元の電池会社に就職致しまして、それからなんと言いますかね。当時その会社の製品はかなり優れておったんです。ところが一般的には宣伝をしないものですから、知名度があまりないわけですね。〈惜しいなあ〉と何時も思っておりまして、ある機会にですね、「ちょっとこの製品に対する、或いは会社の名前をPRしたらどうか」ということを申しまして、いろいろ検討なさって、それは今からの時代はそういうふうなことが大切だということで、宣伝らしきものを追々やりかけました。それで誰がやるかということになると、言出屁(いいだしべ)の私の方にお鉢が廻ってまいりまして、それでそういうふうな宣伝広告と言いますか、そういうようなものをやりだしたものが、きっかけになるんですけれども。
 
有本:  その電池を作っている会社には、そうしますと何年位いらっしゃったことになりますか。
 
山本:  十数年おりました。
 
有本:  そうですか。で宣伝担当ということで、カメラを回したりということになんですね。
 
山本:  そうです。カメラは子供時分にいじっておりましたから、何とか写すことぐらいは出来たんですけれども。しかし殊、宣伝物と言いますか、そういうようなものになりますと、これは今で言えば、広告写真というふうなことで、一つのものが確立されていますね。当時は何もなかったものですから、写ったとこ勝負みたいなもので、兎に角写っていれば、それでいいというような感じでやっておりました。だんだんとそういうようなものが進歩してまいりまして、これではダメだということで、広告宣伝の方もだんだん人員も増やしまして、やや、専門的になってきましたですね。
 
有本:  いわゆる最初は二足の草鞋を。で独立なさるわけですね。
 
山本:  それで丁度、私が担当しておりました全国の方々を訪ねて、それでインタビューしたり、写真をルポルタージュという仕事がありまして、割合に全国を隈無く、その当時歩きました。それである時は時間があったりしましてね。元来、私は高槻というところに生まれ住んだものですから、今でこそ、京都と大阪の中間にあって、大変な勢いで都市化しておりますけれども、当時はまさに田園都市と言いますか、畑があって山があってという典型的な日本の田舎風景、原風景がそのままだったんですね。そこで育ちましたから、元来、そういうような山が好きで、今言いましたように、外へ出張しましても、時間があればそういうような所に赴いておりまして、何となしに写真を、今で言えば風景写真ですか、それを撮っておりました。
 
有本:  例えば、今で言えばテレビによく出るタレントさんとか、女優さんとか、そういう方々をお撮りになることもあったんですか。
 
山本:  それはその会社を辞めまして、自分で京都でスタジオを持ちまして、それで広告写真と言いますか、そういうようなスタジオを持ちましてから、そういうような女優さんなり、モデルさんなりを撮(うつ)しました。というのは、私は京都で、特に四条の堀川に事務所を持ったものですから。あの近辺は染め物屋さんが多いんですね。京染めの仕事を随分と致しまして、やはりその出来上がった着物を女優さんなり、モデルさんが着て、その姿を撮してという仕事を、それは今でも続いているようですけれども、それが大部分でしたですね。それで随分と有名な女優さんとか、モデルさんを撮さしてもらいました。
 
有本:  お仕事柄とは言え、美女に囲まれて素敵なお仕事ですね。
 
山本:  しかし、皆さん、第三者の方はそういうふうにして、「お前は何時も美女を撮して幸せだなあ」というようなことを言いますけれども、私はちっとも面白くなかったですわ。仕事ですからしなければいけないのは当然なんですけれども。やはり自分の体質と言いますか、趣味に合わなかったですね。人物写真、そのものが。だから綺麗な女優さんであれ、モデルさんであっても、それは私はもう一つ真剣にと言いますか、興味が湧かなかったですね。
 
有本:  そんな中で仏像をお撮りになろうということになるんですか。
 
山本:  まあそういうようなこともありましてね。京都にはちょっと行きますと、神社仏閣がありますね。そこへ行きますと、必ず仏さんがいらっしゃいますね。今みたいに押すな押すなというような時代と違いますので、どこかのお寺へ行きますと、「まあようおこしやした」ということで、お茶を出して貰って、いろんなお話をお聞きして、それでまあ仏さんでもと言いますか、仏さんを拝んで、色んなそこの歴史とか、生い立ちとか、色んなものを教えて貰って、だんだんだんだんと広告写真をやっておりながら、風景を含めた神社仏閣に対して興味を持つようになりましたですね。
 
有本:  今から何十年位前になるんですか。
 
山本:  三十五年から四十年近く前になりますね。
 
有本:  そうですか。仏像をお撮りになる。その仏像と他の被写体のここが一番違うんだと言うのはどんなとこなんですか。
 
山本:  それは仏さんを見ていますと、見ていると言うのはおかしいですけれども、仏さんというのは見るもんではなしに、拝むものだと思うんです。カメラを通してこう眺めていますと本当に隙がないんですね。それで例えば、私なんかは、ライトを当てたり、角度を変えたりしますが、そうしますと、カメラのファインダーの中で、もうほんまに吃驚するような美しさが飛び込んで来ることがあるんですね。人物を撮しますと、会話が出来ますわね。会話をして、色んな表情を相手の方もされますけれども、仏さんというのは無言ですわね。ジッとしていらっしゃる。それをこちら側から語りかけていくようにするわけですわね。一種の語りかけだと思うんです。角度を変え、ライトを変えということは、そういうことだと思うんです。そうしますと、ほんとに一対一のお付き合いが出来るわけですね。ところが例えばモデルさんなら、モデルさんを撮していますと、一対一でないと思うんですわ。向こうの方は撮されておっても、何か考えていますわね。〈嫌な奴やなあ〉〈何時までやるんだなあ〉というようなことも思うでしょうし、〈早く終わらんかなあ〉と、〈私はこれから予定があるんだ〉なんてことも考えますでしょう。そういうような表情が、私なんかはプロとしてやっておりましたから全部分かるわけですね。相手の気持と言いますか、心の動きと言いますか、そういうようなものが刻々伝わってくるわけですね。そうしますと、愉快な時もありますけれども、不愉快な時もありますね。仏さんにはそれがないわけですわね。何時も尊いお顔をされて、こちらの我が儘と言いますか、自由に信仰の対象の仏さんをライトを当てたり、上から見たり、下から見たりする。誠に失礼極まりないことをやっておるわけなんです。けれども、仏さんの場合はそれをジッとこう慈悲をもって、眺めておられる。ということに対する感謝の念と言いますか、やがては信仰の念に変わってくるというふうに、私は思いましたですね。
 
有本:  成る程。仏様は隙がない。魅力溢れる仏像を求めて、京都を中心に随分何カ所かお巡りになったんでございましょう。
 
山本:  随分廻りましたですね。まあ、京都の有名な仏像と言いますか、それは殆どといいますか、見、撮さして貰いましたと思いますね。
 
有本:  時代も良かったんでしょう、確かに。最初はどこの仏像でございましょうか。
 
山本:  滋賀県の高月町(たかつきちょう)。琵琶湖の東側にあたるところなんですが、東北に属するところに向源寺(こうげんじ)というお寺がございますが、渡岸(とがん)寺、渡岸(どうがん)寺というふうに土地の人達なんかはおっしゃっておりますけれども、正式には向源(こうげん)寺(滋賀県伊香郡高月町)というところのお寺が所蔵しておられる十一面観音というのがあるんですが、これがですね、これがと言っては失礼ですけれども、このお姿がやっぱり逸品ですね。〈素晴らしいの一言に通ずるのではないかなあ〉というふうに思いますね。
 
有本:  まあ仏像と言っても大小ございますけれども、この観音菩薩像はどれくらいの。
 
山本:  背は一メートル八十なんぼくらいあったと。
 
有本:  随分大きいんですね。
 
山本:  大きいですね。
 
有本:  角度にも勿論よりますし、ライトの加減によって、随分同じ仏様なのに。
 
山本:  表情は変わりますね。
 
有本:  でしょうね。
 
山本:  ここの向源寺の十一面観音さんは大きいこともありますし、これは移動は不可能ですね。ここのお寺は、私は今から三十数年前に、一番最初に訪れたんです。無住で、村の方がお守りをされておりました。
 
有本:  そうですか。じゃ、村の方々が観音信仰、仏様ということですかね。
 
山本:  はい。この仏様は顔の美しさは然(さ)る事(こと)ながら、全体像が何とも言えない。この仏さんに関しては後ろ姿もいいんですね。殆どの仏像は前からだけ拝むということなんですけれども、この向源寺の十一面観音さんだけは後ろから見ましても、素晴らしい形と言いますか、姿をしておられるわけですね。少し腰をフッとこう振られて、右足でしたか、前にすっと出まして、今でもこう歩まれるというふうな生き生きとした感じがありましたね。どちらかと言いますと、襞(ひだ)が彫刻的に、襞がずうっと肩の辺から、こう腰の辺、足下まで続いております。その襞の美しさというものは喩えようがない動感がありましたですね。何となしに、この仏さんに関しては官能的でしたですね。
 
有本:  現物をご覧になって、今度はカメラマンとして、カメラを通して、レンズを通して仏様をお撮しになるわけですが、〈ああ、官能的だなあ〉と、まあご自分でお感じになりますね。撮った、〈ああ、自分の最初の感じの通り、随分、官能的に出来上がったなあ〉というふうな感じなんでございますか。
 
山本:  いや、それはなかなかそうはいきません。何回撮らして頂いても、自分が思っておったその時に仏さんと対した気持ちですね。それが出来上がった一枚の写真からはなかなか満足のいくようなものは撮れないですね。これはどの場合でも一緒だと思いますけれども。まあ、やっぱり人間の欲というのはあるんですかね。〈これだったら、もうちょっと上から、ライトを当てた方が良かったん違うかな〉とか、〈もう少し左の方から、撮した方が良かったん違うかな〉というようなものが、何時でも出来上がった写真から、何時も反省させられますね。
 
有本:  全体のお姿が素晴らしいということと、官能的であるというの、この頭部に十一面ですから、それぞれまた仏様がいらっしゃるわけですが、それぞれにやっぱりこう表情豊かと言いましょうか、個性的なんでございましょうか。
 
山本:  そうですね。それはもう個性的なことは、どの仏さんでもありますけれども、やっぱり撮す基本としましては、人間で言いますと、左右、お顔は違いますわね。大体こう右側の方が綺麗だというふうに言われますがね。左側から撮しますと個性的だというようなこと。これは私が女優さんとか、モデルさんを撮す時には、必ずそういうものを念頭において眺めていましたですね。そういうような習慣が、或いはあるものですから、仏様を見ましても、どうしてもそういうような目で見がちなんですね。ライティングもそういうようなものになりがちになるんです。しかしそれが果たして良かったかどうかというのは、未だに疑問に思っております。人物を表現する場合のライティングと、仏さんを表現する場合のライティングは、勿論それぞれの仏さんによって、人間によって、違うんです。〈根本的に違うんじゃないだろうかなあ〉というような感じはしますね。
 
有本:  私達もこうライトを当てられますと、目と言いましょうかね。意識を致しますけれども、仏様もライトを当てますと、先ずこう目にというふうな感じなんでございましょうか。
 
山本:  そうですね。どの仏さんでもというわけではないんですけれども、やはり一番のポイントになるのは目かなあというふうには思いますけれども。仏さんの場合は目だけではないと思いますね。
 
有本:  成る程。
 
山本:  やはり全体像だと思います。一つのもの、目なら目、鼻なら鼻だけをこうピックアップして、云々するということではないんじゃないかなと思います。先ずやっぱり全体像から見て、感じるものがそれぞれ違うと思いますけれども、それぞれ感じたものを突き詰めていくことが、一つの目的と言いますか、ものだと思いますね。
 
有本:  この十一面観音菩薩像を無住寺ということで地域の方々がお守りしていらっしゃるということですが、ライトは入る。カメラは向けられる。観音さんは吃驚されたでしょうね。
 
山本:  この仏様は今までに火事で遭われ、その時に持って行くところがないものですから、土に埋められたということを書いておりますね。そういうような災難を乗り越えられて来たにも関わらず、実に美しいですね。傷一つないという感じがします。それは一体、何だろうかというふうに思うんですけれども。やはり仏様というのは信仰の力と言いますか、そういうようなものが、凛(りん)としたものがあるんではないでしょうか。
 
有本:  さあ次に、どの仏像をご紹介頂けますでしょうか。
 
山本:  願徳寺(がんとくじ)と言いまして。京都の西山にあります。有名な所では、花の寺で知られます勝持寺(しょうじじ)というのがありますが、そのお隣に願徳寺(がんとくじ)(京都市西京区大原野南春日町)というのがありまして、そこに観音菩薩像というのが、本尊として祀られております。ここの菩薩像のお顔が、どの仏像のお顔も素晴らしいんですけれども、取り分けここのお顔は素晴らしいですなあ。ホントに一分の隙もないと言いますか、円満そのもののようなお顔なさっていますね。私はこの仏像をいろんな角度から眺めさせて貰いましたけれども、これだけ完璧に出来ておりますと、もう正面以外に立つところがないですね。私は何回撮しても、真っ正面から撮しましたですね。今、「もう一度仏さんを撮れ」と言われましたら、私、先ず一番最初に、この仏像を取り上げるでしょうな。それくらい印象に深いものをもっております。割合に近くにおりながら、案外に撮していない、拝していないわけなんです。それだけちょっと心に引っかかるものを、何と言いますかね、心残りがありますですね。
 
有本:  お顔が完璧だというのも又素晴らしいですね。
山本:  何か他の仏像を拝しておりますと、〈そうか、こういうようなところが、よその仏像と違うんだなあ〉〈ここがなあ〉というようなことが、何となしに覗けるものなんですけれども、この仏さんだけはもう完璧過ぎて、ほんとに拝む以外にすべがないと申しますか、それくらい〈完璧なものではなかろうかなあ〉と、私はそういうように思いますけれどもね。
 
有本:  そうしますと、山本さんは何枚も何枚もお撮りになるんでしょうけれども、これでもか、これでもか、と勝負を挑んでも、やっぱり仏様にパーンと打ち返されると言いましょうか。
 
山本:  仏さんは何回も何回も挑戦しますけれども、すべて何時でも跳ね返されますよ。〈お前はまだ修行が足らん〉と。〈私の姿を撮るには、ちょっと数十年早い〉とか、いうふうなことがヒシヒシとこう感じられますね。それぐらい仏さんというのは完璧なものを持っておられるのではないでしょうか。我々凡人が持っているものとは違う面をもっておられますですね。だからやっぱり信仰をされるんだと思います。
 
有本:  さあ、次は。
山本:  神護寺(じんごじ)さんのですね。神護寺さん(京都市左京区梅ケ畑高雄町)というのは、高雄の紅葉のところですね。ここは秋になりますと、あの一帯に、皆さんたくさん観光に来られるんです。金堂の奥に薬師如来像というのが、国宝ですけれども、真っ正面に安置されておるんです。このお姿は、これは又、先程の仏さんとは違った凄みと言いますか、見ていますと、何かゾクゾクゾクするような凄みがあるような表情をされていますね。目はあくまでもグッとこう睨み付けられておられますしね。何者も寄せ付けないというふうな目をしておられます。顔全体がそういうふうな精悍そのものですね。特に頭の毛が巻き貝のような感じですね。それがずっと幾重にもあって、そういうようなものから余計に、この仏さんの凄みが感じられますですね。こういうふうに凄みが持っておられる仏さんですと、撮し方によっては、先程の願徳寺の観音菩薩像とは違って撮しやすいです。初めからパッと見たところ眼孔鋭い顔をしておられますね。これを中心に、〈更に〉というところを探せばいいわけですから、割合に撮しやすいように思います。まあしかし、いずれにしましても素晴らしいというのには変わりはないですね。どの仏さんを見ましても。
 
有本:  薬師如来ですから、左手に薬の壺でしょうかね。持っていらっしゃるんですよね。
 
山本:  薬ね。その神様ですから。でもやっぱり顔が異様に黒いと言いますか、黒くって、口元が赤く染まっていると言いますか、赤く見えるんですね。これはどういうような加減でそう見えるんか分かりませんけれども、そうしますと、余計に凄みが出てくるんですなあ。この仏さんは見る度に、ジッーと睨み付けられているような、〈お前は何をしておるんだ〉と、この前に立つだけでお説教されているような感じがしますですね。
 
有本:  七九九年前の仏像じゃないかと言われているようですが、少なくとも、千年以上経っているわけですね。
山本:  そうですね。
 
有本:  それが今おっしゃるように、口元は薄い紅と言いましょうかね。自然に。
 
山本:  この襞が両脇からと言いますか、出て後ろの腰の足元にこう通ずるこの線ですね。これらの造形力と言いますか、これはやっぱり素晴らしいですね。
 
有本:  まあ、神護寺は先程、紅葉の名所というようなことで、お話お受けしましたけれども、非常に今でこそ簡単に行けますけれども、大変山深いところですから、ほんとに嘗てのお寺という雰囲気が今でもありますものね。
 
山本:  そうですね。今ですと、どこのお堂でも電気が通じておりますけれども、ここは未だに電気が通じていないんです。だからロウソク一本なんですね。明かりはまあそれくらい。どういう理由があるのか、やっぱり一つは火災の心配もあるんでしょうね。何々堂、何々堂とありますけれども、離れているし、山深いところですから、そういう配慮があるんじゃないかなあと思いますけれど。この撮影にはですね、随分苦労しました。
 
有本:  先ず電源が。
 
山本:  電源がありませんから。お堂そのものは、どこでもそうですけど暗いでしょう。そうすると、どうしても撮れない。当時はですね。今ですと、ストロボが随分と進歩しまして、かなりの効果と言いますか、つまりライトを当てる効果と、よく似たようなものは使いますけども、当時はそんなものはなかなか出来なくって、やはり電源を引っ張って来て、それで撮影したわけなんです。これは長い距離を引っ張るものですから、ドロップするんですね。それで随分とこの仏さんを撮さして貰うのには苦労致しました。でもやっぱり後から見ますと、〈二度とああいうことは出来ない、いい体験をさせて貰ったなあ〉というふうに思いますね。この薬師如来像は堂々としておられると言いますか、足全体がボリュームがあるわけですね。それで左右対称の法衣と言うんですか、これが流れるが如く、こう肩の辺からですね、腰、或いは足下にかけて流れるような美しさを感じられますですね。これはやっぱり名品と申しますか、絶品ですな。
 
有本:  確かにご覧になる方々、それぞれお感じは違うんでしょうけれども、カメラマンとして流れるようなという。成る程。
 
山本:  これは左右対称というのは、なかなか出来ないと思うんです。これやっぱり正面から、仏師の方は見ておられたんですな。左右対称にすうっと振り分けて、綺麗に襞の美しさをこう表現されていますね。こういうのを見ますと、非常に我々カメラマンにとっては造形力を感じますね。非常に勉強になります。
 
有本:  電源はありませんから、そういう大変さはよく分かるんですが、そうしますと、一枚の仏像の写真を撮る為に、何日も何日もというようなこと当然なんですね。
 
山本:  はい、そうですね。この薬師如来像だけでなくして、あの各お堂に納まっておられる他のいろんな仏像がございますが、それは殆ど全部撮らして貰いましたから、一週間くらい神護寺さんにお邪魔していたと思いますよ。
 
有本:  さあ、それでは神護寺の薬師如来像から、次へまいりましょう。
 
山本:  はい。広隆寺の弥勒菩薩像。これは国宝の第一号で、皆さんもよくご存知の仏さんですわね。ここの仏さんだけは完璧過ぎますか、美しさが完璧過ぎると思いますね。過ぎると言ったらちょっと語弊がございますけれども、それぐらい美しいお像だと思いますね。それで特に私、この仏さんを見まして感じるのは手ですね。手の表現。〈手の表現が素晴らしいなあ〉と思うんです。確か薬指と親指だと思うんですが、こういうふうに少し間隔を開けておられますが、何ミリかが開いているわけですね。〈この開(あ)きがこの仏さんの全てじゃないかなあ〉と思うくらい完璧なんですね。これがもっとダアッと広がって、広くっても、間が抜けますし、勿論、狭ければ引っ付いてしまいますから、これがもう〈計算された最大公約数の開き方ではなかろうかなあ〉と。特に私、この仏さんを見まして、〈この手の表情にはもう全く感心する以外に、何物もない〉という感じが受けますですね。で後で調べますと、赤松なんですってね、これ。赤松の一刀彫りらしいですわ。先ず赤松の仏さんて、例を見ないんじゃないでしょうか。それだけに色が他の仏さんと随分と違いますですね。黒光りと言いますか、赤光りと言いますか、そういうようなものがあって、今ですと、箔が剥がれて、木(き)の木(もく)が綺麗に出ていますですね。それが〈余計にこの仏さんを美しいものに仕上げておるんではないかな〉というふうに思いますですね。
 
有本:  半跏思惟像(はんかしいぞう)と言うんですか、おっしゃったように、親指と薬指、ほんとに微妙なこの隙間ですか、多分こうもの思いに、思索に耽っていらっしゃるんでしょうが足を組んでね。そう言えばこの魅力に取り付かれて、青年が抱きついた事件がありましたね。
 
山本:  あれは大変な事件だったですわね。しかしそれぐらい魅力のある仏さんですわ。そういうふうに見ていましたら、何とか自分が行って、こう頬ずりしたいというような気にもなるんじゃないでしょうか。ライトを点けて、グウッと表情を眺めていますと、〈ここだなあ〉と思うところでですね、ジッーと戸惑っている時がありますね。戸惑っているというよりも感じいる時がありますね。〈わあ、こんな美しいのが、この仏さんのここか〉というふうなことを思いますね。それで、今、青年の話が出ましたけれども、やっぱり私達カメラマンとしましても、〈これでいいんかなあ〉というふうなことはありますですね。要するにこんな自由勝手にですね、自分が上から見たり、下から見たり、横から見たり、或いはライトをあっちから当て、こっちから当てて、いいんかいなと。先ずカメラマン以外にそういうことが出来ませんですわね。カメラマンでも特別なものしか出来ないんじゃないかなあと思います。それはいずれの仏さんに対しても、そういうようなことを我々してきたわけなんですが、それに対する罪と言いますか、〈罪深いことをしたんじゃないかなあ〉というふうに思いますね。この弥勒さんは、随分と前に、三十五、六年前に撮ったものだと思うんです。今は全く背景が違うと思います。でもやっぱりこれを見ますと、〈ああ、あの時こうだったなあ〉というふうなことが思い出しますですね。
 
有本:  ほんとに思索に耽っている弥勒様の前に立ちますと、私達も心が洗われますよね。
 
山本:  はい。それは確かに、この世の中、雑念と申しますか、忙しいこうガサガサとしているような世の中に、仏さんをジッーとこう眺める機会がありますと、やっぱり心が和(なご)まれると言いますか、洗われる気持に致しますですね。その心が洗われると申しますか、そういうような気持になること自身が非常に難しい世の中ですわね。見ても、その良さ、尊さと言いますか、そういうようなものがなかなか理解出来るような世の中と違いますわね。それ以上に急転しているような世相だと思いますね。もう一度その仏さんをゆっくり拝んでですね、自分の行き先をもう一度眺める、振り返って見るということが非常に大事な時期ではなかろうかなあと思います。
 
有本:  それでは広隆寺の弥勒菩薩像の後は、最後になりますけれども。
 
山本:  私は六波羅密寺(京都市東山区五条通り大和大路上ル東)の空也上人像を見て頂きたいと思うんですが、私は六波羅密寺さんとは特別な関係がありまして、向こうの住職に非常に可愛がって頂いて、未だにその親交させて貰っているわけなんです。初めに、この六波羅密寺の空也上人像を撮らして貰ったのは、今から丁度、三十五、六年前ですか。始まってから以後、何回も撮らせて頂きました。丁度私が最初にこの空也上人と出会ったのは、本堂を修理なさっておりまして、全部解体されて、向こうにあります色んな仏さんがいらっしゃいますけれども、仏さんを全部廊下のところへ、ずうっと並べておられて、まあ言えば、どこからでも見られ、どこからも撮れる非常にラッキーな時期でございましてね。その頃、住職もそれをよくご存じで、「今の中に撮っておかんと、二度と再び撮れへん」ということで、当時、私はその住職と知り合いだったものですから、「お前撮れ」と、「撮ってくれ」ということで、向こうの廊下にあるものを、更に少し動かして貰ったりして撮りましたですね。それで私、空也さんを見まして、最初の中はそう感じなかったんです。実のところ。汚い埃被った、何と言いますか、苔と言いますか、カビと言いますか、カビでしょうな。カビが浮いているような感じの、頭にしても、顔全体が、そういうようなものが感じられるようなものだったんで、あまりこう感じなかったんです。だんだんとこう何回も何回も撮しておりますと、この仏さんを見ると、勇気が出てくるんですね。ということは、疫病(やくびょう)払う為に町に出て、皆さんと一緒にお経を唱えて、ということが切々と、この本にも書いてございますね。そういうようなものが、この空也さんを見ていると感じるんですね。〈儂もやっぱり頑張らなければいかんやないかなあ〉と。これだけの方が民衆と溶け込んで、説教と言いますか、皆さんと一緒に生きておられるという感じですね。また見たところ痩せ衰えたお姿がとてもそういうファイトのあるような感じには見えないんです。そういうような中から、一つ一つ取り上げて参りますと、非常に精悍な感じがするんですね。この空也さんには、〈儂に付いて来い〉というふうなものが何時も教えられているような気がするんですね。そうしますと、勢い元気が出て来るんですね。空也さんを見る度に、私は、〈ああ、空也さんのようにこんだけ痩せ衰えても、尚かつ、民衆の為に出て行かれて、日夜説教なさっておった〉という元気と言いますか、ファイトと言いますか、それをヒシヒシと感じざるを得ないわけですね。そうすると、我々この〈のうのう〉と言いますか、生活しているということは、〈空也さんに対して申し訳ないなあ〉というふうな感じすら受けますですね。だから、〈もっともっと外へ出て行って、世の為にこうなるようなことをせないかんの違うか〉と、私はカメラマンですから、〈もっともっといい写真を撮らないかんな違うか〉というふうなことを絶えず教えられるような感じがしますですね。
 
有本:  もう頭の天辺、ほんとに何でしょうかね。
 
山本:  血管のようなもの出ておりますでしょう。
 
有本:  そんな感じが出ておりますからね。写真が又持つ魅力と言うか、新しい仏像と言うか、像が出来たのかなあとこう思ったりも致しますけれども。
 
山本:  やはりそこまで写真家としては、一般の方に紹介するわけですから、一般の方が見えないと言いますか、届かない目線で、届かないところまで、自分達が撮しているわけですから、〈それを的確に表現をして、お見せするようにしなければいかんのではないかな〉と思いますですね。
 
有本:  確かにおっしゃるように、まあ京の町を中心なんでしょう。念仏を唱えながら、だから口元から、あれ六つ小さな仏が、南無阿弥陀仏ということなんでしょうね。
 
山本:  もうこれがこの空也さんだけでしたね。こうして具体的に出ているというようなものはですね。
 
有本:  まあ先程仏像はそれぞれ仏様でいらっしゃいますけれども、まあある意味では生き仏、空也上人の像ということで、おっしゃるように、現代の私達と今一緒に、もしかしたら、空也上人いらっしゃるんじゃないかと。
 
山本:  そういう感じしますね。今まで見て来ました、四体の仏像ですが、この空也さんに関しては違いますわね。我々と共に生活、現存しているような感じがしますですね。空也上人をパッと見たところ、割合に〈お粗末だな〉と申しますか、このように写真で表現したようなお姿にはなかなか見えないと思うんです。何か他の仏さんとは根本的に違うわけです。空也像なんですが、ちょっと、〈軽く見られがちになるんじゃないか〉という懸念はありますね。ところが実際に、先程も言いましたけれども、空也さんを撮していますと、本当に〈歩いておられる姿そのものだ〉というふうに私は感じますね。私は最後に申し上げたいのは、仏さんをいろいろ、今までも紹介して来ましたし、他にも沢山ありますが、仏さんを見るということでなくして、やはり拝むというこの精神的なものを。ということは、「仏さん自身はただ単なる美術品でないと。美術、彫刻品ではないということを」、一つ私は申し上げたいと思うんですね。飽くまでも、〈仏さんというのは信仰の対象物であるというところから出発せんといかんのではないかなあ〉とそういうようなことを思います。見るというよりも、先に拝むということが先行してくるんではないかなというふうに分かってきますですね。仏さんを撮す場合でも、お寺さんの建物を撮す場合にも、やはり一つの信仰の対象物であるということには変わりはないわけですから、私は絶えずそういうようなものを心に秘めながら、対している筈なんですけれど。そうしますと、まま仏さんをライティングをする場合に、人物を今まで何回も撮ってきましたから、人物に当てるライティングと仏さんに当てるライティングとが、ややもすると一緒になるんですね。これは〈大きな間違いである〉と思うんです。やはり人物の場合は、刻々とこう表情も変わり、動きもありますから、刻々のものを表現することが大切なわけです。仏像の場合は相手が動かないわけですから、こちらがどういうふうに、動感と言いますか、表現するかというには、一にかかってその人の気持ちにあるわけです。それを早く見極めるということは、その仏像を早く理解するということだと思うんです。だから今も申し上げたけれども、五つなら五つの仏さん、それぞれ違うわけですから、それぞれの表情があり、色んな表現がせなければいかんのではないかなというふうに思います。でも根本的には何回も繰り返すようですけれども、〈ただ単なる美術品ではないと、美術彫刻品ではないんだ〉ということを念頭に置きながら、〈信仰の対象物であるんだ〉ということを繰り返し、繰り返し、私は自分に言い聞かせながら、シャッターを押していくということが、〈一番基本的に大切なことではなかろうかなあ〉と、私は少なくともそういう気持で、今まで撮ってきましたし、今後撮るとすればそういうことを思いながら撮ると思いますですね。
 
有本:  現実はしかし、観光客が観光の為にいらっして、信仰の対象であっても素晴らしい美術品彫刻として、ご覧になっている側面は、まだまだありますよね。
 
山本:  それは〈それでいいんじゃないかなあ〉と思いますけれども、それ思っても、その中にも少しはやはり仏さんの前に行ったら〈手を合わすだろう〉と、〈その気持を忘れないようになさる〉ということが、如何に観光で見に来られましても、そういうような気持を少し持つということだけでも、私はして欲しいなと思いますね。
 
有本:  山本さんが何十年と仏像をお撮りになって、もしかすると最初はこう素晴らしい美術品として、仏像をお撮りになった側面もあるけれども、だんだん信仰というふうな、どうなんですか、振り返って山本さんご自身はこの信仰ということについては。
 
山本:  いや、私は残念ながら、今申しましたけれども、無神論者と言いますか、信仰に対しては全くダメなんですわ。だから、そういう仏さんなら仏さんを撮しに行く時、お寺さんならお寺さんを撮す時は、確かにそういう気持にはなりますけれども、日常生活においては、なかなかそういうふうな信仰を表面にということはないですね。無神論者と言いますか、一般的に言いますと、そうなると思いますですね。
 
有本:  周りの家族、或いはご兄弟とかは如何なんですか。
 
山本:  私はですね、今五人兄弟なんですが、その上二人は亡くなりましたけれども、私の直ぐ下の弟がいま牧師をしておりまして、全く私と違ったものを選んでおるわけなんです。やっぱりそれ何か見ますと、〈成る可くしてなったなあ〉というふうに思います。私と三つ違いなんですが、共にこう遊びですね、共に勉強は、彼はしていまして、私はしなかったんですけれども、暮らしましたですね。そうしますと、私の弟は先ず怒るとか、人を傷つけるとかというようなことは、先ずしませんでしたですね。だから今言いましたように成る可くしてなったんじゃないかなあと思います。ほんとに他の友達もおりましたが、他とは全然生活態度が違いましたですね。
 
有本:  ところで仏像も沢山お撮りになったわけですが、これはやはり個展なり出版物なりで、皆さんにご紹介をするわけですか。
 
山本:  その当時、最初に撮しましたきっかけというのは、単行本にする為に撮したわけですね。なんぼかこうして撮ってまいりました時に、私その時分に毎年東京で個展をしておりまして、〈一つ仏像だけで展覧会をしたいな〉という気持になったものですから、仏さんだけ取り上げて、東京で展覧会を致しました。その中には三十三間堂の千一体ですか、あの仏さんも全部ずうっとこうパノラマ式に撮らして貰いましたですね。今では考えられないことですね。お寺の閉門がその当時五時だったと思いますけれども、五時に閉門されまして、皆さんお帰りになってから、それから用意をして、十二時、一時頃まで、毎日毎日こう端からどんどんとこう撮していきまして、それを繋ぎ合わすわけですね。一つのパノラマにしまして、巻物のような形で展示を致しました。でも、私、残念だったのは、今と時代が違うんか分かりませんけれども、私としては、言えば、一生懸命に性根を入れて仏像を表現したつもりのものばっかり持って行ったわけなんですが、あんまり関心なかったですね。今ではちょっと違うんじゃないかと思いますけれどもね。
 
有本:  そうですね。
 
山本:  三十年程前はそんなものですわ。
 
有本:  最近は外国の方がやはり仏像に大変興味を持っていられるという。で国際化なる言葉が巷(ちまた)流れておりますが、この仏像の写真を外国人の方、ご覧になって、何か反応ございますか。
 
山本:  やはり日本人よりも外国人の方が、日本美術に対しては、仏像に関わらず、他のものでも素直に賞賛はしてくれますね。「綺麗だ」「いいな」ということは。これは庭に致しましてもそうだと思います。仏像でも、先程申しました展覧会の時には、日本人の方はあんまり関心が持たれなかったように思います。ある外国人なんかは「素晴らしいなあ」と言うて、誉めてくれた人が数人いらっしゃいましたですね。やはり反応は日本人より、外国人の方が素直じゃないでしょうか。
 
有本:  自然と信仰心あるなしに関わらず、手を合わせたくなるということ。
 
山本:  そうですね。そういうふうにみんなのものが観光に行きましても、仏さんの前へ行きましたら、殆ど人は頭(こうべ)を垂(た)れておられますけれども、それは形式的でも、何でもいいと思いますけれども、やはりこれは〈日本人が持つ一つの信仰の現れじゃないかなあ〉と思いますし、そういうものが日常生活にも反映されて、諍(いさか)いのないような社会になることが、これがやはり仏さんが存在する理由の一つだと思います。そういうふうにありたいなあと思います。
 
有本:  数多い作品と言いましょうか、仏像写真の中から五つの寺の像をご紹介頂きましたけれども、先ずこれからもまた機会がありましたら、いい写真をお撮り頂きたいと思います。
 
山本:  有り難うございます。
 
有本:  どうも本当に有り難うございました。
 
山本:  いや、こちらこそ有り難うございました。
 
 
     これは、平成九年二月九日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。