心をわかちあう
 
                          森のイスキア主宰 佐 藤  初 女(はつめ)
                          き き て    山 田  誠 浩
 
ナレーター:  青森県岩木山の山麓に、人生に悩む人や心に重 荷を負う人を受け入れ、自然の中で心癒しても らおうという家があります。冬の間は雪に閉ざ される「森のイスキア」。此処には、春から秋 までに凡そ三百人の人が訪れます。今年八十一 歳になる佐藤初女さんは、十人のスタッフやボ ランティアの人々と共に、訪れた人と生活を共 にして、人々の話に耳を傾けます。
 

 
佐藤:  ここに丸いテーブルが─。
 
質問者:  此処でみなさん、お食事なさったりするのは此処 ですか?
 
佐藤:  はい。夜、みなさんで集まって、語らいは此処なんです。ちょうど十名位がいい とこですけど、十二名まではいいんです。そうすると、一人の人が話すとみんな が分かるので、とっても和むんですよ。そして、話したくないことも話すとか、 お互いに全部交流します。
 

ナレーター: 訪れた人は四つの部屋に分かれて滞在します。
 

 
質問者:  此処にお泊まりの方が休まれるんですか?
 
佐藤:  此処ですね。ここに三人位、こっちも三人位。
 

 
ナレーター:  「森のイスキア」は、活動に共感する多くの人からの善意で建てられました。 運営費は、一日二千円の滞在費や寄付で賄わ れています。冬の間、佐藤さんが人々を迎え るのは弘前市の自宅。此処が、「森のイスキ ア」の活動の原点です。佐藤さんがこの自宅 で、苦しみや悩みを抱える人を受け入れるよ うになって、もう三十年以上になります。此 処で染色を教え、カトリック教会の世話役も 務めていた佐藤さんのもとに、自然に周りの 人が相談に訪れるようになったのがきっかけでした。二十年前、「弘前イスキア」 の看板を掲げるようになってからは、全国から相談が舞い込むようになりました。
 

(電話鳴る)
 
佐藤:  もしもし、はい佐藤です・・・はい、こちらです・・・はい、 よろしいんです。事務局ってのは名ばかりで、自宅なんですよ ・・・ああ、そうでございますか。そちらのご予定はいつ頃・ ・・はい、どうぞ。はい、お待ちしています。ご免くださいま せ。
 

 
ナレーター: 此処を訪れる人が抱える課題はさまざまです。不治の病を患う人。家庭のいざこ ざやリストラ、不登校。一口では語り尽くせぬ思いとじっくり向き合う時間をも つうちに、食事を共にしたり、泊まる部屋を用意するようになりました。
夜中にも掛かってくる電話を受けるために、枕元に電話を置いて眠る生活です。 食事の時間になると、佐藤さんは手元にある材料で作った手料理で、訪れた人と 食卓を囲みます。やって来る人はみな胸に辛い思いを詰まらせています。お茶を 勧め、食べ物を勧めるのは、その緊張を少しでも解いて欲しいと願うからです。
 

佐藤:  まず、今、食べる人は頭にありますね。食べ てもらう人・・・食べてもらう人のことがこ こ(心)の中に入っていますよ。その方々に 美味しく食べてもらう。
 

 
ナレーター:  お米の一粒一粒が呼吸できるようにとの心遣いで、ふんわり丹念に作るおむすび。 このおむすびで心癒された人も多いと言います。
 

 
山田:  二つのイスキアで、電話をしていらっしゃったり、或いは訪ねて来られたりなさ る方に、どういうふうに接しておられるわけですか。
 
佐藤:  それが、「何をしているんですか」「どうしているんですか」と必ず聞かれるんで すよ。でも、私はそれが一番応えにくい。応えられないような気持なんですね。 というのは、形もないし、また決まりということもないし、何にも説明のしよう がないんですよね。それでも、「じゃ、何もしていないんですか?」と言われたら、 「何もしていないんです」と。「何にもしていないんですか?」 って言うから、「何もしていないんです」と応えるんですけど も、それだけでもないなあと思って、一つだけ言えるのは、訪 ねてきた方と一緒に食べながら、で、話しながら、訪ねた人が 自分で話しているうちに、自分で自分の抱える課題とか、問題 とかを気付くんですね。気付いて、話しているうちに、自分の 中にあるものが出てしまうと、空っぽになって、今度新しいも のが入っていっているように感じておりますけど。
 
山田:  ほおー。
 
佐藤:  だから、私としては、「こうしたらいいですよ」「あなたはこうですよ」とかとい うことも、何にも言わないんですよ。また、訪ねて来る前に、電話とかなんか入 りますけど、「あなたはどんな人ですか」とか、「どういうことでお出でになるん ですか」とかということも聞かないです。
 
山田:  ああ、そうですか。
 
佐藤:  はい。聞いてしまうと、会う前に、私が勝手に、「あ、こういうことだから、今ま でこうだったんだなあ」とか、「だから、こうでしょう」とかと思うと、大変失礼 なことでもあるし、危険なことでもあると思うんですよね。ですから、会った時 に、その人から話すのを聞いて、それで分かるように聞かないことにしています。
 
山田:  はあ。
 
佐藤:  だから、「みんな知っていて聞かないんだろうなあと思っている」と言っています よ。
 
山田:  周りの方は。
 
佐藤:  ええ。私は全然知らないんですけどね。
山田:  いらっしゃった方は、少しずつ話をしていかれるんですか。
 
佐藤:  ええ。それが話す。食べながらだからわりとやりやすいですよ ね。食べることというのはすぐストレートに伝わるので、食べ ながら、「美味しい」って感じた時に、私は「心の扉が開く」 と言っていますけど。
 
山田:  あ、そうですか。
 
佐藤:  はい。
 
山田:  いろんな思いで駆け込んで来られる方もいらっしゃるわけだから、必ずしも初め っからスムーズに、お話ができるという感じではない場合もありますよね。
 
佐藤:  はい。硬い感じで来るんですけどね。食べるということはすぐ伝わるから─体全 体に伝わりますので、不思議とそれが解けていくんですね。一食毎違ってきます よ。
 
山田:  あ、一食毎に─。
 
佐藤:  一食毎。だから、夕方着いて、晩御飯食べる時に大分変わるんですよ。で、一晩 寝て、朝になったらまた変わるんですよね。ほんとに食べるということは、私は ストレートに伝わるものだと思って大事にしているんですけど。
 
山田:  ほおー。
 
佐藤:  だから、家のお薬というのは、そんなものですね。
 
山田:  ああ、そうですか(笑い)。食べることというのは、そんなに人に─。
 
佐藤:  ほんとに通じますね。「美味しい」と一口に言いますけど。その中にはいろんな深 さが含まれていると思いますね。
 
山田:  深さ?
 
佐藤:  深いこと。ただ、「美味しい」と言えば一言ですけど、「美味しい」なかに、「こ れ親切に作ってくれた」「私のために作ってくれた」とか、いろんなことを考えて、 「美味しいね」って、こうなる。だから、自殺したいという人が、自殺しかねて 訪ねて来るという方もいるんですよ。そういう方でも泊まっているうちに、こん なバカな考えしていられないんだとか感じるんですね。食べて、泊まって、話し ているうちに感じてくれるんですね。
 
山田:  佐藤さんのとこを訪ねて来られた方が、おむすびを託された。そのおむずびで、 「自分のこれからの方向を見出された」という話があるんだそうですね。
 
佐藤:  ええ。
 
山田:  どういう形でお出でになったんですか。
 
佐藤:  その方はほんとに自分で覚悟して、大変辛いことがあって、死んだ方がいいと思 って死ぬ覚悟をしたんですね。全部準備して、もうその一歩手前という時に、周 りの人が、「あなたが、死んでもいいけども、死ぬ前に一度弘前まで行って、こう いう人がいるから、会ってきたらどうですか」と。でも、「行きたくない」って。 「どうしても行きたくない」と言ったんだけど、「精々騙されると思って行きなさ い」と言われたんですって。それでもいやいやしながら来たんですよ。来てまあ 一泊したんですね。そうしたら、次の日に、「帰る」とおっしゃったんですよ。だ から、「帰らないで、せっかくいらっしゃったから、せめてもう四日五日でもいい から居て下さい」と。「いや、帰る」というわけ。そのとき、まだ飛行機の時代で もなかったし、ちょうど電車に乗って、乗り換える頃がお昼時間なんですね。お 弁当を買うのも、なかなか私が歩いてみると、ちょうどいいタイミングにならな いものだからと思って、じゃ、おむすびを握ってあげましょうと思って、握って、 ちょっとしたおかずを付けてあげる時に、おむずびをただラップとか、アルミホ イルに包むと、そこに蒸気が溜まって、海苔がべとつくんですね。それで、私は それを使わないで、お手拭きの大きさのタオルに包んでいるんですよ。そのよう にしてあげたんですね。やっぱりその電車の中で、お昼になったので食べましょ う思って開いたら、そのタオルに包んでいたというので、大変その方が、こんな にまで心配している人がいるのに、自分はなんという考えをもっているんだろう と思って、ハッと気が付いたというんですね。だから、ちょっとしたこと、タオ ルに包みましようが、アルミホイルに包みましょうが、食べればみな同じような ものなんだけど、その感じる人によって、どこの何が感じるかというのは、これ は私が量られることではないので、小さいと思うことも大事にしていきたいとい うのはそこなんですけどね。思わぬところで、気付きをして下さっていますよ。 何でもないことなのに大きく感じてくれる。それが転機の動機になるというよう なことね。
 
山田:  食べながら、その時というのは、佐藤さんはその方が話されることを聞いておら れる?
 
佐藤:  はい。聞いています。私の考えを入れないでね。
 
山田:  入れないで?
 
佐藤:  入れないで、共感して、その人の身に置き換えて聴くようにしています。そうで ないと、話ただ聴いていると話したくなくなると思うんですよね。だから、話し た人が受け入れられている、というところで話し出してくると思います。よく受 け入れて、吸収して、まあ消化して、自分の今度は言葉─言葉になる迄には、自 分のものとして、できてから、それで応えているんですけど。二時間なら二時間、 一時間半なら一時間半ジッと聴いています。それで最後は、その方が答え出した 場合は、「こうします」とか、「こうしたいんです」とかと言えば、「ああ、そう ですよ」ということに、そこで共感したことをハッキリ話します。
 
山田:  自分で何か解決の方向を見出して─。
 
佐藤:  方向を見出すんですよ、殆どが。だから、そのとき強くそれに賛同して、実行に 移るように促してあげますけど。例えば、癌の宣告を受けて、手術をするのを躊 躇って、何ヶ月も過ごして、最後に病院に行くんでなく、家に来る人もまたいる んですよ。そういう場合は、「じゃ、私も手術をして元気になって、元通りに働く ようにしますので」とか言えば、「そうです」と言って、そこをハッキリと受け止 めて返事します。
 
山田:  そうすると、さっきおっしゃったように、自らある意味では解決の糸口を見つけ ていかれる方が多いということなんですね。
 
佐藤:  そうです。去年のことですけど、まだ雪のあるうちに来たんです、五月の。それ なのに、新芽が出ているということで大変感じたんですね。で、黙って坐って見 て居て、また暫く黙って見ているから、私は何を見ているんだろう。樹が大きい から眺めているのかしらと思っていたら、「まだ雪があるうちに、新芽が出ている んですね」とおっしゃったので、改めて私がなるほどなあと思って。私は当たり 前で、新芽は時が来るから出ると思っていたのに、その人がおっしゃったので、 大変それで見直したんですね。ほんとにただ見て暮らしているものだなあと思っ ていたんですよ。それから一週間位したら、私の友人が、「リンゴの花を見に来た んだけど、先に此処に来ちゃった」と言って、男性の人を連れて来たんですよ。 私が、「リンゴの花を見に来た」とおっしゃるから、「リンゴの花を見るというの は、花の美しさとか、何かまた調べることなんですか」と言ったら、「いやいや、 そうでないんですよ」と言ったんですね。そこまで言ったら、その方が、「もっと 隣へ坐らせてもらって話したら」と言って、私の隣に坐ったんですよ。私がまた、 「じゃ、なんで花見にいらっしゃったんですか」と言ったら、「リストラで、自分 はやらなければならない立場になった」って。それが、「もう昨日まで仲良く一緒 に仕事をしていた人を、上からの命令だと言って、リストラを行うということは とても辛くて、これならばもう自分は死んだ方がいいと思った」って。でも、そ れではいけないんだなあと思った時に、友人が、「大変苦しい時に、津軽に来て、 リンゴの花を見たらスッキリして気付いた」という話を思い出して、「リンゴの花 を見に来た」と言うんですね。帰る時に、私が「この間ね、一週間位前に来た方 が、この新芽に大変感じてくれたんですよ」って。で、「私も改めて、雪があるの に、ほんとに新芽が出ているなあと思ったんですよ」と言ったら、その方が大変 深く頷いたんですよ。帰る時に、「雪があるうちに、新芽を出すといいんですね」 って、帰って行ったんですけどね。そういうふうな何か自然のものを見て感じる 方もいます。何にも言わなくても、お互いにね。
 
山田:  そうやって、随分全国から多くの人が訪ねて来られますし、電話もしょっちゅう 掛かってきますし、それが四六時中、夜中である電話なんかはもう切羽詰まって、 電話をしていらっしゃる方もありますから、夜中だったりとか、時間を構わずと いうこともあったりもするわけですけども、とても大変だったんじゃないでしょ うか、そこのところは。
 
佐藤:  大変だと思えば大変ですよね。でも、後悔することがないですね。
 
山田:  ああ、そうですか。例えば、夜中に人が訪ねて来ると、佐藤さんはおひとりでい らっしゃる。戸を開けようか、開けまいかって。誰が訪ねて来るか分からないで すから、そういう不安もあったりということも当然ありますよね。
 
佐藤:  ありますね。ほんとに玄関に立つんだけど、まず誰だろうと思って、影が映るで しょう。そこに状差しの穴が開いているんですけどね。開ける前にこっち廻って 見ても、影は映らないんですけどね。それで開けていいんだか、どうなんだかと いう気持もありますよ。開けて見ればまあまったくね。その開ける時に、神様だ ったら開けるだろうと思うんですよね。
 
山田:  もし神様だったら、この場合は開けるだろう、と。
 
佐藤:  ええ、開けると思います。断ったりはしないんだろうと思って、開けるんですけ どね。よく精神病院なんかから、夜中に苦しくて、通りがかりのタクシーに乗っ て来た人もいるんですけどね。苦しくなると思い出すっていう人がまたいるんで すよね。その人が、今、必要なんだというふうに、私は。だから、私の都合で、「明 日がいいですよ」「明後日がいいですよ」ということでなくて、今必要なその時間 を、というふうにして会っているんですけどね。
 
山田:  ああ、相手の方にとっては、今、佐藤さんが必要なんだ、と。
 
佐藤:  ええ。今必要なんだ。
 
山田:  しかし、そういうふうに、ほんとに気持を込めるということは、そういうふうに 物理的には、かなり過極な状態をこなしていくという必要が出てきますですよね。
 
佐藤:  例えば、自殺するつもりで、家からこの位のハンドバック一つ持って訪ねて来た 人が、一晩泊まったんですよ。で、泊まった時に、そういう自殺したいような人 が来た場合は、一人にして泊めて置かないで、私も同じ部屋に寝るんですよ。そ うしたら、その人が、私はもう眠るのがとにかく大事なので、片っ方が苦しんで 眠れないでいるのに、私は無意識に眠っちゃうですよ。眠り方が凄いんですって。 恥ずかしいぐらい。息が止まるんだ、と。その人が泊まった時に、「四回位呼吸が 止まった」というんですね。
 
山田:  佐藤さんの呼吸が?
 
佐藤:  ええ。それで、「あれ、ダメになったのか」と思って、「四回自分で目を覚まして 見た」と言うんですね。そうして、そのとき感じたのは、「私がこんなにも人のた めに働いていて疲れているのに、自分のことなんか些細だった」ということで、 真夜中に考えたんですね。で、朝、目を覚ましたら、「夕べ、私はそう思いました ので、またやり直しますから」と言って、家へ帰ることになって帰って行った。 その帰る姿がもう変わっていますからね。
 
ナレーター:  佐藤さんの元には、イスキアのことを知った 人から、しばしば長文の手紙が届きます。手 紙に認められた人生の苦しみ。それは佐藤さ んにとっても、無縁なことではありませんで した。十七歳の時、父親が事業に失敗。佐藤 さんはその心労のため肺浸潤を患い、十七年 に及ぶ闘病を余儀なくされたのです。
 

 
佐藤:  父親が事業に失敗して、住んでいる家もいま立たなきゃならないということを聞 かされて、凄いショックだったんですね。私はこのままで、学校も何も入ってい られないんじゃないかというふうな、まあ娘時代だからすごく大きく感じたんで すね。それがもとでそういうふうな病気になったんでないかなあ、と。
 
山田:  それが随分続きますでしょう、十七年位。
 
佐藤:  そう。十七年位続きましたよ。その間に、治らないで早く死ぬんじゃないかと思 ったりとか、さまざまありましたけどね。それでもどちらかというと、治りたい、 治るんだという方が強かったんですね。何でもしてもいいからとにかく治りたい。 そのときは、どんなことでも私は厭いませんという気持で。やっぱり回復したか ったんですね。
 
山田:  闘病を長い間されて、小康状態を保たれたときに、先生におなりになりましたで すよね、小学校の先生に。
 
佐藤:  はい。
 
山田:  それはどういうことだったんですか。
 
佐藤:  そうなんですよね。あれ戦争のときだったので、働くには少し不十分なような体 力だったんですね。それでも家にいると、強制労働というのがあって、ちゃんと 調べられてどこかへ務めさせられるんですよね。そういうこともあるから必ず働 かなければならないと思いました。そのときに、自分がそういうふうな体力もな いので、長く生きられないんでないかという気持があったんですよ。長く生きら れないならば、折角生まれているのにと思って、多くの人の心の中に生きたい、 と私は思ったんですよ。それで小学校の教職を希望したんです。それでも無理な ような体力ではあったんですけどね。それでも多くの人の心の中に生きていきた いなあと思って、今まできたんですけど。
 
山田:  当然お薬は飲んでおられたわけですね。
 
佐藤:  薬は飲んでみましたけど、さほど反応はないし、目に見えて元気な感じにならな いんですよ。ただ食べたときは、細胞が活動するみたいに響くんですね。
 
山田:  そうですか。
 
佐藤:  母の叔母が、退院したというので、お祝いに小鯛ではないこれ位の鯛を持って来 てくれたんですよ。そのときに、母が醤油味で煮てくれたんですよ。それに蕗(ふき)も 入れてくれたの。それが美味しくて美味しくて、こんな美味しいものと思って、 叔母さんに感謝しながら食べたんですね。その味が今でも忘れられなくて、美味 しいって感じたときには、体の細胞が活動するみたいな、すごく美味しいですね。
 
山田:  鯛を召し上がったときに、そういう感じがあったんですか。
 
佐藤:  はい。そうすると、自然に元気が出てくるんですね。ただ、美味しいとそのまま で収まっているのでなく、細胞が動くんだから体も生き生きしてくるんですね。
 

 
ナレーター: 長い闘病生活の中で、食べることの大切さを実感した佐藤さん。 悩みをもって訪れる人にも、心を込めて作った料理を分け合う ことで、元気を取り戻して欲しいと願っていました。佐藤さん が作るのは、土地の旬(しゅん)の素材を生かした家庭料理です。美味 しく食べるためには、手間を惜しまず、忙しくても自分の手で 作ることを大切にしてきました。料理をするときの心の持ち方 は、その人の生きる姿勢に通じているというのが、佐藤さんの 信念です。
 

 
佐藤:  「食は命だ」と思いますし、それから、生活の基本なんですよね、食というのは。 そういうふうに考えたときに、「食材そのものも命だ」と思うんですよ。
 
山田:  はあー。
 
佐藤:  食材を「命」として考えるか、また「物」として考えるかによって、「物」として 考えたときにはただ食べればいいということなんですね。ですから、煮ればいい とか、焼けばいいぐらいに思って食べる。それと、「命だ」というふうに捉えたと きには、これを活かすためには、どのように調理をするだろうかというふうにな るから、自然調理する心が、慈しむように、育むように作るんですね。だから絶 対美味しくなります。そこで違ってくると思うんですね。
 
山田:  では、佐藤さんは、例えば、人参だとかお魚だとか、そういう食材は、それは命 をもったものというふうに考えていらっしゃるわけですか。
 
佐藤:  はい。「命だ」と思います。だから、人参の皮むくにしても、 私は包丁で剥(む)いているんですけど、人参の丸い形が丸く残るよ うな剥き方しているんですよ。ただ、それを、今は皮むきでグ ッグッとやるんですね。そうすると縞が出来てくるんですよ。 その金物でグッとやると、私、人参でも大根でも痛いだろうと 思うの。だから、そうでなく優しく、大根は大根の丸いままの 形が残るような剥き方をしています。だから、「そんなことす るよりも、皮むきがあるんですよ」と教えてくれるんですよ。 「そうですか」と、「でも、こんなふうに人参でも、野菜でも 筋が通って痛そうでしょう」と、私が言ったら、「もっとよく 剥ける皮むきがあるから教えましょうか」という人もいるんで すよね(笑い)。でも、私は、やっぱりこの手というものが大 事な手になって、これで直接やりたいと思っています。優しく、 包丁でやっています。ですから、菜っぱなんか茹(ゆ)でるときは、 茹でることによって、緑の菜っぱであると、今までよりも一層 鮮やかな輝くような緑に変わってくるんですよ。その変わった ときに、茎を見ると透き通っています。このときが一番美味し いときなんですね。だから、菜っぱに対しても美味しく食べて やりたいし、また、みなさんにも食べてもらって喜んでもらい たいので、茹でるときも、私はジッと見ながら、同じ位置にパ ッと入れたままでなくて、変えてあげながらその加減を見てい ます。で、ここというときにサッとあげて冷やす。だから、隣 で話し掛けても─私は勿論耳もあまりよくないんですけど─聞 こえませんね。それと、そんなような外へ心を向けるような感 じでないですね。やっぱり集中しますね。だって、こう見てい るうちに、その瞬間がなくなるから、ここというところを見極めるのにはジッと していますね。私は、食べ物で透き通るということを、自分で感じて言っていた んですよ。だけど、ずーっと古く書いたものを見ても、「透き通る」という言葉を 多く使っているんですね。最近は特に使っているんですけど。それを、私が講演 なんかで話しますでしょう。そうすれば、聞いた人が私に、「蝉が脱皮するときに も神秘的な透明になるし、それから、蚕がさなぎに変えるときも、七回脱皮する けども、最後が透き通りますよ」とかと教えてくれるんですよ。それで、三年位 前に、犬山市にある正眼寺(しょうげんじ)というお寺が─雲水が三十人位、修道生活のお寺なん です─そうしたら、食べ物の話になったんですね。老師様が焼き物をやっておら れて、焼き物も一番よく焼けているときには、釜の中が透明になって、何も中が 見えなくなる、と言われる。だから、今までの土が焼き物として生まれ変わると きに、やっぱり透明になるということなんですね。そういうことで、一つひとつ 私がみんなに教えられて、透明ということの命の移し替え、これまた確信もって 話しているんです。
 
山田:  ということは、命のあるものが、私たちの食事になって、私たちは、そういうも の命を頂いている、という。
 
佐藤:  そうですね。命を頂く。そして、今まで人参であったものが、大根であったが、 私たちの口を通して、私たちの命と一緒に、今度は生涯共に生きていくわけです ね。人参は人参で終わるんでなくて、私たちの命と生涯一緒にいく。だから、大 事に私は扱いたい。
 
山田:  あ、そうですか。
 
佐藤:  だから、大変我が儘なようだけど、お客様がいらっしゃるというときは、私は自 分で納得するもので、食べて頂きたいなあと思うんですよ。その人とまた二度会 えればいいんですけど、そのとき一回で終わるかも分からないと思いますからね。 出来るだけ自分で責任をもって調理したいと思っています。
 
山田:  そういうふうにして、気持を込めたもので、いらっしゃった方をもてなしながら キチッと対応していく。
 
佐藤:  そして、お話を聞くということで、食べて、涙をこぼす人もいますよ。若い人た ちでもね。
 
 
ナレーター:  十年前、岩木山の山麓に完成した「森のイス キア」は、佐藤さんと出会い、心を動かされ た多くの人からの援助で建てられました。自 然の中でゆったり心を癒す場所をもつこと は、佐藤さんの長年の夢でした。自宅を手放 してでも、夢を実現させたいと決意したとき、方々から援助の 申し出が集まりました。土地や建物、布団やコップに至るまで、 すべて人々の善意で賄われたのです。
アメリカのコネチカット州ベツレヘムの修道院からは、凡そ二 百年前に作られた鐘が贈られました。数々の困難を乗り越えて 活動を続ける佐藤さんに共感した修道院の院長から、海を越え て届けられた贈り物です。苦しみや悩みをもつ人を受け入れて、 共に過ごすというイスキアの活動は、佐藤さんのキリスト教へ の信仰によって支えられてきました。森のイスキアを訪れた人が帰るとき、佐藤 さんはいつもその後ろ姿に向かって、この鐘を鳴らします。
 

 
山田:  キリスト教への気持というのは、それはやっぱり闘病のことと、何か関係があっ て生まれてきたんでしょうか。
 
佐藤:  いや、闘病だからでなくって、これは私が小さいときに教会の鐘を聞いて、そし て堪らない不思議なものに思ったんですよね。その頃は、朝の六時と、お昼と、 夜の六時と三回鳴っていたんですよ。もう鐘が聞こえるというわけで心待ちにし て待っていて、それを聞くとなんか不思議な感じがしたんです。まず聞きたいで すね。誰がどこで鳴らしているんだろうというので、ジッとそこに立っているん ですけど─子どもの足で歩くから、教会へ行く迄にもう鐘が聞こえないんですね。 終わっちゃうんですよ、いくら急いで行っても。で、二、三回やっているうちに 諦めて行かなくなったんですけど。その鐘の音というのは、私の中から消えるこ となく、ずーっと続いているんですね、無意識にもね。子どもながらにも、何か 私、求めるものがあったんではないかと思いますよ、今までも。私と同じ従姉が 居て、そして祖母のところで一緒に暮らした者なんですけど、一緒に行っている んですよね。だから、私が、そのときのことを従姉に聞いても、「分からない」と 言いますよ。だけど、私は、それが鮮明に残っているわけです。二人して手を繋 いで行って、教会の前に立って、「あっちだろうか、こっちだろうか」と見ながら、 「誰か顔を出して、お出でと言って中に入れてくれないんだろうか」と思って、 見ていたものですけどね。従姉が、「そんなこと分からない」って言いますから、 何か自分なりに求めていたんではないかと思いますね。
 
山田:  それは何に惹かれていらっしゃった、というふうに言いますか。
 
佐藤:  それはちょっと言葉には出せませんけれどもね。両親もいるし、兄弟もいるし、 また、祖母にも可愛がってもらって、美味しいものも食べさせてもらったしね。 だけど、それでないものですね。子どもとしてでなかったかと思います。何にに ということは、ちょっと話せないなあ。けど、やっぱり何かが、やっぱり自分で、 そのときのものでない別なものを求めて、その教会まで行っているんじゃないか と思いますね。暗いときに、布団の中でその鐘で目を覚まして、ジッと聞いてい るんだけど、それがなんか知らないけども全身に響くんですよね。それでまたお 昼になると、「あ、鐘が鳴った」とかね、夜になると、「今頃鳴るんだ」とかと言 って、その鐘の音を求めるというのは、目に見えない何かじゃないんでしょうか ね。
 

 
ナレーター: 長い闘病を経て、佐藤さんは三十四歳で洗礼を受けました。イ スキアの原点は、地域の教育長を務め、人望のあった夫・又一 さんと、染色教室や教会の世話役をしていた初女さんの家庭に、 悩みをもつ人がしばしば相談に訪れたことでした。その後、佐 藤さんが自宅に、「イスキア」の看板を掲げて、多くの人を受 け入れるようになったのは、人々のために献身的に働いた一人 の神父の言葉がきっかけでした。それは弘前に福祉施設を建設 するため奔走し、五十四歳の若さで急死したヴァレー神父が自 らの生き方を示した言葉でした。
 

佐藤:  ヴァレー神父さまというのは、私の所属している教会の主任主 宰だったんですね。大変ご立派な方でした。あるとき、その神 父さまのお説教を聞いたときに、私がすごく心が動いたんです ね。そのお説教を短く言いますと、「奉仕のない人生は意味が ない。奉仕には犠牲が伴う。犠牲が伴わないものは真(まこと)の奉仕 でない」というふうなお説教だったんですよ。そのときは、三 月のちょうど雪解けの道路の悪いときだったんですね。私は、 それがすごく心に響きまして、私のやっていること、これでは いけないと思ったんですよ。不親切にしているわけでもないし、意地悪もしてい ないつもりなんだけど、やれることをやっている。だけど、その犠牲というとこ ろにいっていないなあと思って、これではいけないと思いました。それで教会か ら出て家まで歩いて帰るんですよね、その頃は。道路も今のような舗装した道路 でないものだから、雪解けのでこぼこ道で、すごく歩きにくいから、ちょこっと 歩いて他の軒下へ入って、車が通ればまたというふうに。そして、普通に歩いて 三十分位なんですけど、長くかかるんですね。その道々考えながら立ち止まって は考えながら、さて私は、「じゃ、今と違うふうに生きるというのは、どういうこ となんだろう。何が私に出来るんだろう」と思ったんですよ。お金あるわけでは ないし、また特別何かいい物をもっているわけでもないし、じゃ、私は何ができ るんだろうと思ったときに、ちょうど車が来て、私が傍(わき)のほうによって立ち止ま ったんです。そのときに、「あ、心だ」と、私は思ったんですよ。「私に心がある んだ。心だけは与えられるし、心というのは汲めども汲めども尽きることがない んでないか。じゃ、私は心でいくんだ」と。「心でいきましょう」と。そこで立ち 止まったときに、パッと閃いたのが心だったんですよね。
 
山田:  ほおー。
 
佐藤:  それで端から見れば何も変わっていませんけど、私は一回転する位の大きな衝撃 みたいでしたよ。それから変わっているか変わっていないかは、これは周りの判 断ですけど、気持だけはそこで大きく気付いたんです。ほんとに心というのは尽 きることがないし、与えたいだけ与えられるものだと思いますね。
 
山田:  巡礼にいく予定していらっしゃって、取り止められたことがありましたですよね。 それは此処が拡張するときのことですか。
 
佐藤:  ええ、ありました。それは、教会で聖地の巡礼ということで募集したんですよ。 ところが、私は別に行く気持はなかったの。行くのはいいんだけども、私は今自 分で行って、お金を全部使ってしまって、自分だけは巡礼して来ても、それより も今みんなが集まる場所も無いに、私はそのお金でこの四畳半を増築して、みん なが集まる場所にしたいと思って、そちらに参加しなかったんです。それが此処 なんですね。いま振り返って見たらほんとに不思議な思いがしてね。
 
山田:  ああ、そうですか。
 
佐藤:  不自由でしたよ。
 
山田:  どんなふうに不自由でしたか。
 
佐藤:  狭いから。全部全館解放して見せなければ、ダメなようなもので─。
 
山田:  家中を─。
 
佐藤:  でも、「ここまではダメですよ」と、私は言いたくなかったんですね。来る人は緊 張するし、みんな見せて。
 
山田:  聖地に行くということも、それは信者の一人としてはとても大事なことだったと 思うんですけど、それを止めてまで此処を作りたいという気持がしたということ なんですか。
 
佐藤:  「聖地は聖地でない。神は二人三人のところに、私もいる」ということをおっし ゃっているし、私もそう思うんですよ。此処だと。神様がいると聖地だから、そ んな気持でしたね。大袈裟な考えかも分からないけど、私はそう思ったんですよ。 本当に此処が働いたんですよ。
 
山田:  「生活が祈りだ」というふうなことをおっしゃいますよね。これはどういう意味 ですか。
 
佐藤:  それは、例えば、今来た人に会わないで、「今、お祈りしたい」とかという思いで 帰したり、「またちょっと待って下さい」とかということではなく、その人が望む ように生きていきたいなあと思うと、結局、こういう時間が取れないんですよ。 だから来る人を置いて、そして、「私は信者ですから、教会に行って来ますから」 と置いていくのがいいのか、この人たちと一緒に過ごすのがいいのかというのが、 ほんとに葛藤があるんですけど、私はみんなどこも同じなんだからと思って、こ の人たちと一緒に居ましょうと思っているんですよ、日曜日。だから、その生活 そのものが祈りだというふうになると、訪ねて下さる一人ひとりを大切にすると いうのもそこなんですよね。だから、小さいこと、これぐらいのことということ が大事だと思いますから、大事にしたいと思うんですね。そうなると、やっぱり 今生きているものそのものが、私は祈りでなければいけないと思うんです。
 

ナレーター: イスキアには、全国各地から、さまざまなも のが贈られてきます。佐藤さんに出会い、癒 された人々からの感謝と応援の思いが込めら れた贈り物です。北海道から海産物が届きま した。夜昼なく働く佐藤さんの健康を心配し て、漢方薬も添えられていました。三年前、 千葉県からやって来た人からは、一つひとつ 丁寧に包まれた手作りの野菜が、毎年欠かさ ず届けられます。
 

 
佐藤:  「いろいろとね、玉手箱みたいです」と、私、書いたんだけど。「自分が行ったと きご馳走になったように、みんなにも食べさせて下さい」って。これはお酒も入 っている。
 

 
ナレーター: これまで悩みを分かち合い、心通わせた多くの人々との絆は、今、たくさんの善 意となって、イスキアの活動を支えています。そうした善意は、佐藤さんに責任 の重さを実感させるものでもあります。人が助けを必要とするとき、いつでも受 け入れられる場所でありたい。その思いを貫くためにはさまざまな困難や葛藤を 乗り越えて、イスキアの今があります。
 

 
佐藤:  今、ほんとに辛い思いをして、これでいいんだろうかというような、みなさんが 寄進してくれるんだけども、私としてはそこに重たいものを感じながら現在ある んですね。だけど、その苦しみが、「じゃ、どういうことですか?」というふうに、 聞かれた場合に、これはまた、私は応えにくいんですね。「何がどうで、こうで、 ああで」というようなことをいま言うことが出来ないのは、忘れているのか、そ れと苦しみの次には恵みがあるんだ、と。必ず恵みがあるんだということは、私 はいつも考えているし、思っているんですね。今は苦しいんだけど、これが恵み に変わるんだという。だから、その恵みに変わっているから、私が、いま昔の「あ あいうこと、こういうこと」ということを取り上げられないのかなあ、と思った りしますけど。妥協する場合、これは、「こうでないのに、自分がこう考えたのか」 とか、「こうすれば良かったんでないかなあ」と言って、妥協する場合は、苦しみ から逃れるような感じ。それでは苦しみがそこに残るんですよね。だから、自分 で全部それを受け止めて、トコトンまで苦しむと解消するけれども、苦しみが途 中に残るということは、またそれと同じことが出てくるので、私は苦しみ抜いて と思っています。トコトン底辺まで落ち込んでしまうんですよね。そうすると、 もう自分の力ではどうにもならない。私の力ではこれをどうすることも出来ない というところまで苦しむと、もうお任せになるんですよ。お任せになったとき、 何にも出来なくなっているんだから。で、自分でそこから立ち上がらなければな らない。言葉でいえば、立ち上がらなければならない。けど、実際としてはどう にもならなくなるから、自分の好きなことを始めるわけですよ。私の場合は、何 かを─食べ物を作るとか、それから手を動かすとかということで、これも自分を 満たすというよりも、やっぱり訪ねて来る人のためにとか、これをこうしたらま た喜んで貰えるかというようなものとかをやって、そして順々順々に這い上がっ ていくんですね。それは常にそれを繰り返しています。
 
山田:  繰り返していらっしゃるんですか?
 
佐藤:  人生の中で一度ではないから、そういうことを繰り返しながらですね。
 
山田:  いろいろな悩みなり、苦しみなりを伴いながら、このイスキアのことをずーっと 続けてきておられる。その原動力にもなっているものなんですか。
 
佐藤:  それは、私はやっぱり霊的なものを求めているように思うんですよ。みなさんが 此処で変わってくれて帰っていくという。元気になって帰っていくということを、 自分で実際その方に触れ合って、また後の結びが深くなっていくことが、私の霊 的喜びですね。心は誰にもあるんですけれども、もっと深いところ、心のまた深 いところのものが霊的でないかしら。だから、美味しいものを食べるよりも、旅 行して景色を眺めるよりも、またファッションを身に付けるのも、そういうこと にはない喜びというのが、私の霊的な喜びで深いものでないかなあと思いますけ ど。旅行でも、「日本はどこにも行ったとこない。今度、外国ですよ」と言ってい るんですよね。それも、また外国も、「あそこだ、ここだ」と言って、歩いている 人がいまたくさんいるんですけどね。そういうものは、次々にここで満足しない 限りは、もうエスカレートしていくんですね。でも、霊的喜びというのはそこで も十分満たされますので、そこだけでエネルギーになるんですよね。
 
 
ナレーター: 深夜弘前イスキアの台所には、明日訪れる人 を迎える準備をする、佐藤さんの姿がありま した。
 
 
 
 
 
     これは、平成十四年三月三日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである