子どもの心が開くとき
 
                         北海道家庭学校理事長  谷   昌 恒(まさつね)
大正十一年、東京生まれ。昭和二十年東京帝国大学理学部地質学科卒。学生の頃は地質学の研究に携わる。昭和二十年福島県棚倉町に堀川愛生園を創設。戦災孤児らとの生活を始める。四十年退職、社会保障研究所主任研究員に。四十四年より私立男子教護院の北海道家庭学校長をつとめる。広大な森の学校≠フ中で、家庭と学校からはじき出された問題児たちと対話を重ねながら少年更生に力を注ぐ。平成九年理事長となる。平成十一年理事長を退任。著書に「ひとむれ」「森のチャペルに集う子ら」「教育の理想」「福祉国家の理想と現実」など。
                         き  き  て        金 光  寿 郎
 
金光:  今日は北海道家庭学校の校長先生として、二十八年間陣頭指揮をなさっていたわけですが、この三月に現場の指揮から背後の支援関係のお仕事である理事長職にお変わりになりました谷昌恒先生をお招きしておりますので、これから子供の教育について、いろいろお伺い致したいと思います。どうぞよろしくお願い致します。
二十八年間の校長先生のお仕事を離れられたご心境から、先ず伺いたいと思いますが。
 
谷:   やっぱり寂しいですね。どうして寂しいのかと言うと、今までいろいろ書く機会があったり、お話する、講演を頼まれたりする機会があった。それで、「回数が多いと大変ですね」とか、「どういうことを話されますか」と聞かれるんですけど、そういうことを考えなくていいんですよ。何時も子供がね、子供と接触しておりますと、考えなければならないこと、思うことを、次から次へと与えられるものですから、今度までに何を書くかを思っていなくて、いつの間にか書く材料が一杯ですね。そういう源泉が無くなっちゃったという。
 
金光:  直接の子供さんとの現場での触れ合いがですね。
 
谷:   泉が枯れてしまったという寂しさがありますね。
 
金光:  しかし、これからもご関係はあるわけですから、
 
谷:   はい。それはそうです。
 
金光:  ただ、一般の方にこれまでの中からのお話を伺うにしても、家庭学校というのが、どういう環境で、どういう学校での教育をなさったかというのに、現場を先ず見て頂いた方がいいと思いますので、幸いビデオがあるもんですから、それを見ながらお話を伺いたいと思います。遠軽(えんがる)という地にあるわけですが、これは今校門から入ったところですね。
 
谷:   そうですね。「森の学校」と言われております。ずうっと森でしょう。森の中のあの辺にある建物は点々としてね。寮舎であったり、ずうっともう少し奥へ行くと、
 
金光:  一本道ですか。
谷:   一本道です。三百間道路と先ず六百メートル位、ずうっとメインの通りがあって、それから枝に分かれて行って、校舎のあるところとか、教会のあるところとか。ですけど、ほら、みんな森でしょう。
 
金光:  大正三年に留岡幸助さんによって創られたということで、キリスト教精神により、非行少年達と家庭生活を送るというようなことで。これはヘリコプターで上から写しているものですね。上の白いところは。
谷:   あれはグランドですね。一周すると、約三百メートル位とれる、それ位のグランドですね。
 
金光:  その下の方に、先程の建物がいろいろあるわけですね。
 
谷:   この辺に見えているのは、子供と一緒に職員が住まっている寮ですね。
 
金光:  就任十五年ということですから、今から十三年位前に写したものだということですね。
 
谷:   写真ですと、もう少し若い男が出て来るんですが。
金光:  これはグランドですね。ということは、これは午後であるということですか。
 
谷:   そうですね。午後、こういうリクレーションと称して、午後一杯こうやって球技を楽しむ時間があるんですけどね。
 
金光:  午前中は教室での授業もあると。
 
谷:   これが礼拝堂ですね。森のチャペルと。森の中の礼拝堂。大正八年に作られた。
 
金光:  そうですか。ちょっと先程のとは、季節が違って、木が、緑が多くなっていますが、礼拝堂を横から写しているところ。
 
谷:   こういう写真が町のあらゆるパンフレットに、町役場のあらゆるパンフレットに。「家庭学校の礼拝堂は美しいですよね」とおっしゃって下さる。
 
金光:  これは校舎のある方向ですね。
 
谷:   午前中、毎日四時間授業している。空が青いですよね。遠軽北見という地方は、ほんとに空が青いんですね。
 
金光:  これは午後の作業。
 
谷:   午後ですね。各寮から集まって来て。こうやって散らばって野菜を作る現場に行ったり、山の仕事をする現場に行ったり、土木の仕事をする現場に行ったりして。
 
金光:  これなど土木の現場が今映っているわけですね。
 
谷:   そうです。左手の丸いのが、子供が中から首を出していますが、貯水槽を作っているんです。
 
金光:  こういうものも学校で作るんですね。貯水槽なんかも。これは木を引っぱり出して、
 
谷:   とど松を切って、引っ張り出しているところ。チェーンソー(chain saw)なんかも結構。畑で種を蒔いている。
金光:  畠仕事やっているわけですね。グループに分かれてやるわけですね。
 
谷:   グループに分かれて。これは酪農。乳搾り。生き物は子供達、非常に可愛がってくれますからね。
 
金光:  随分いろんな作業があるわけですね。今映っているだけじゃなくて、この他にもいろいろ。冬場はかなり寒くて、冬場でもやっぱり作業はあるんですか。
 
谷:   ありますよ。山の中に入って、夏場に切って置いた材を、雪の上で滑り落とす。やぶの茂っている間出せないんですよ。
 
金光:  冬だからのんびり暖房するなんてわけにはいかないんですね。それで今の見ておりますと、グループに分かれて作業なんかしていますけれども、普通の学校だと一斉に教室に入ってなんということですが、家庭学校の場合は、子供さんの生活というのは、どういうふうになっているんですか。
 
谷:   勿論、午前中は殆ど義務教育の子供ですから、午前中は学習します。
 
金光:  それは教室で一斉にやるわけですね。
 
谷:   そうです。勉強のない国に行きたいと思っている子供もいるんですけれども、学習だけは。非常に残念ながら、学習が遅れている子供もいますから、四時間の時には、ほんとに義務教育で勉強しなければならないこと。エッセンスを吸収して貰おうと思って一生懸命やっておるんですけどね。
 
金光:  午後になるとどうなるんですか。
 
谷:   午後になると、一日中クラブ活動で、野球とかサッカなんかやる日もあるんです。それから、いろいろあるんですけどもね、作業と称して、今のように酪農をやったり、森林の仕事をやる。
 
金光:  それはどういうふうに分けるんですか。年齢がいろいろでしょうし、
 
谷:   各班に大きな子もいれば、小さな子もいます。出来れば、大体二学期位は一つの作業をやって、それでまた他に移す。そういうふうな形で万辺なくいろんな作業を覚えて貰う。
 
金光:  そうですか。それで作業が終わったら、今度はどういうふうに。寮舎ですか。
 
谷:   寮に帰るんですね。
 
金光:  寮というのはどういう。
 
谷:   家庭学校の名前のいわれは、夫婦がおりまして、夫婦の職員の元で十人位の子供が一つの大きな家族を作っていると。
 
金光:  じゃ、先生のご夫婦が両親になって、それでそこへ夜帰って来ると一緒に食事もするし。
 
谷:   ですから、朝もそこで食事をして、学校に出て行く。それで午後の三時半になると、作業も終わりますから、それで寮に帰って来て、又先生と、
 
金光:  作業の時は寮単位で作業をするということはないんですか。
 
谷:   じゃないんです。学校の学級という一つのグループがあって、別に作業班というグループがあって、それから寮のグループと、一人の子供が同時に三つのグループの一員になって生活していますね。
 
金光:  例えばですね、ある子供さんがいます。それで家庭で、もう育てるのがちょっと上手くいかないと。学校でもちょっと持て余し気味だということで、例えば、家庭裁判所とか、そういう処からの話で、学校へ預かることになりました。そうすると、学校の先生としてはその子をどういうふうに受け取って、どうなさるんですか。
 
谷:   私達がですか。今のちょっとお話の中で、「家庭であんまり上手くいかなかった」と言うんですけれども、まあ入り立てはやっぱり突っ張っていますよ。此奴なかなか心を開かないと思っておりますよ。ところが朝寮で食事をしたと。そうするとなかなか突っ張っている子が、ボロボロ泣いているのね。寮長が「どうしたんだ」と言ったら、「こんな温かい味噌汁を飲んだのは生まれて初めてだ」というようなことをね。そうすると、寮長の方もこんちくしょうと思っているのにホロっとするんですよね。こういうところから、子供達とほんとの付き合いが始まるんだと。おそらくそういう類のことは他の場では、おそらくこの子も言わないでしょう。たまたま味噌汁飲んだ時の感動で、フッと自分をさらけ出すでしょう。だから、家庭を一緒に生活をしているということが、何かいろいろな機会に子供と深く触れ合うチャンスが自然と湧いて来るという。
 
金光:  それも意図的にこの子にこういうことを教えてやろうなんていう段階では、そんなことは期待出来ないのが、ホロッと自然に心が通う見たいな。そういうところまで、それは味噌汁の場合はたまたまそういうことがあったんでしょうが、いつまでもそう上手くいくとは限らない。
 
谷:   ただ、実習生が時々おりましてね、男の学生もあるんですし、女子学生もあるんですけれども、先だって、
 
金光:  女子学生の場合は。
 
谷:   女子学生も実習する時には、一つの寮に放り込んじゃうんですね。それで女子学生ですから、たまたま炊事に寮の奥さんが入ると、その女子学生も台所に行って手伝う。そういう時には奥さんと、それから女子学生と一生懸命炊事をしている時に、子供たちが周りを取り巻いてワイワイかまっている。そういう雰囲気があるんですね。その時に女子学生が、「私はこういうところで働きたい」と、「子供と一緒に生活するようなところで働きたいんだ」と、ポッと言ったんですね。
 
金光:  正直な感想ですね。
 
谷:   そうです。そうしたら、そこにいた少年が、「ダメだ!」と、非常に強い調子で言うんですね。それで「何故ダメだ」と言うんだろうと。折角、これだけ言っているのに。それで例えば、見ると聞くとは大違いということありますからね。「家庭学校いささか評判がいいけども、中に入ったら大変だよ」と、「酷いところだよ」と。そんなようなことを言うのかと思ったのね。そうしたら、その少年はそうじゃないんですよ。「先生って大変だよ」と。「女の先生って、殊に大変だよ」と。「私達のことをいろいろかまってくれてね、ほんとに一日中大変だ」と。「第一、先生のところのややだって大変だよ」と。
 
金光:  赤ちゃんね。
 
谷:   赤ちゃんね。「赤ん坊だって大変だよ」と。それはおそらくその辺の寮の廊下で二つ位の子供がピイピイ泣いているのに、寮の先生は実際面倒見られないでしょう。 
 
金光:  忙しいから。
 
谷:   忙しいからね。だから、「先生だってほんとに大変だよ。先生のややだって可哀想だよ」と。「あんたなんかに務まりっこないよ!」と。
 
金光:  そういう意味なんですか。
 
谷:   だけど、「あんたなんかに務まりっこないよ」と言いながら、その子供は、例えば、「先生は大変だよ」と言うんですけれども、実は自分の両親が大変だったんだと。自分が家にいる時に。自分の両親も大変で自分を一生懸命育ててくれた。ところが家にいる時は、そんなことは全然考えずに、口余したり、終いには親に手を加えたり、そういう自分であったと。しかし、ここで自分たちを世話してくれる夫婦の先生達の苦労を見ている中に、何となく自分の昔の生活まで含めて、次々考え直して来たと。そういうことが少年と話して、つくづく分かったと言うんですね。こうやって子供と一緒に生活をしていることの意味が、そういうことにあるんでしょうと。おそらく、その少年は、例えば、ピイピイ泣いている子供の立場と、自分を重ね合わせて、自分も、親はどういうことで働いているか、知らずにピイピイ泣くばかりで、訴えるばっかりだったでしょう。ところがきっとおそらく少年はそういうものまで含めて、しみじみと言っているんだろうと。これが例えば、家庭学校の教育で、おそらくどういうことを説教するとか、どういうことを教えるというよりも、日々一緒に生活していることによって、子供になんと言うか自分で考えるチャンスをだんだん用意しているんだろうと。
 
金光:  「先生だって大変なんだよ」と言っても、あまりピンとこないでしょうけれども。現実に見てて、
 
谷:   家庭学校というのはもともと家庭愛にあふれたところ、学校の知慧に満ちたところ、そういうところでありたいという願いですけどね。それは一番にはいろんな学習の場があるんですよ。教室でも勉強しますしね、畑でも勉強しますけれども、やっぱり夫婦が一緒に生活している寮というのが、家庭学校の一番の基本だと思いますね。
 
金光:  そうなってくると、寮の生活の仕方で、その躾をよくしようなんて思ってくると、またこれ、大変でしょうけれども、自然に溶け込む。しかも、新しい子が入って来た場合には、先輩達がいるわけでしょう。先輩達のやっていることを見ながら、ある時は警戒しながら、批判したりですね。或いは、羨ましいなと思ったり、なんかそういうことの中でだんだん感化されて、
 
谷:   先輩がいると、一番の問題は、「親」と言う変な名前がありましてね、ある子供が入って来るでしょう。そうすると、半年位生活した子に、「君はね、あの子の親になれ」と。「君は専属であの子の世話をしろ」とね。そうすると、寮の部屋は四人がベットを左右に並べている部屋なんですけれども、ベットも隣りなんで、親がほんとに面倒見るんですよ。例えば、「洗面所がどこだとか」「何時に起きろ」とか、細かいことは寮長が言わずに、親が言うんです。ところがある時に、子供が、「親」ということについて作文を書いたのね。だから、これは自分の昔の両親のことでも書くのかと思ったら、そうではない。寮の親のことを書いた。「僕が入った時には、誰々さんが親だった。ところがこの親は凄く口喧しくて、いろいろ言って来る。度々腹を立てた。よく考えて見たら、あの親は学校の生徒会長もしてくれるし、ほんとに忙しい人だったんだけど、ほんとによく面倒見てくれた。ところがそのうちに、半年位経ったら、今度は自分が、「お前今度入ってくる新入生の親にならないか」と先生に言われて、その時に非常に躊躇ったけど、やってみようと思った」。ところが、彼が担当した子供は酷い子で、なかなか言うこと聞かない。言うことを聞かないうちにね、いや、成る程、これが自分の親になっていた人が苦労した。それでほんとにしみじみ、「僕は誰々君にされた通りに、もう少し頑張って、折角自分と親子の関係になった人を世話したいと思う」とね。ですから、それはいろんな立場に立たせるわけですね。親として世話する立場の子供と、世話される子。そうやってみると、初めて、いわゆる昔の、「子を持って知る親の恩」。そういう縮刷版を経験するわけね。
 
金光:  入って来たところで。役割分担。そうやっているうちに、そうなりますと、例えば、確か前に礼拝堂の壁に、「難有」という言葉がありましたね。
 
谷:   ありますね。
 
金光:  最初、「難有」というのを拝見した時に、さあ、子供さんが、「難有」というのを見たらね、どういう印象を持つかなあと思っていたんですけれども、やっぱり、「難有」ということの解釈みたいなものも、そういう生活の中でだんだんこう味わっていくことを、自然に出来るようになって来るわけでしょうね。
 
谷:   あれはもともと有り難うと。
 
金光:  勿論そういうことなんですけれども。
 
谷:   ああいうふうに、「難有」と書いてありますとね。結局、いろんな難儀があるから、僕達はものを覚えていく。何もない、楽ちんな人生というのは、自分をダメにするよね。そういう意味を含めていると思うんですね。あれは家庭学校の子供に対してこそ言ったことだ、「君等随分苦労して来たよ」とね。「苦労して来た、苦労はやっぱりよかったんだ」と。そういう思いを込めて、まあ私共の先生達が書き残したと思うんですね。今は子供達から難儀を取り上げるというのが親の務めだと思っているでしょう。難儀を取り上げると、子供は能なしになって、何も出来ない子になってしまうんですね。何か難しいことがあると、「母ちゃんやって」と言うのね。そういう子供になるから、いろんな課題を与えることは、非常に大事だというふうに思いますね。
 
金光:  だけど、あれでしょう。入って来た子供達にとっては、苦労しているから、もう厭だと。勉強も、「勉強のない国に」と、さっきおっしゃいましたけれども、やっぱり気分的にそういうのは厭だというのは、人間誰しもあるんじゃないかと思いますが、その辺の考え方が、やっぱり一緒に生活している間に、いろんなしたこともない作業をさせられるわけでしょう。
 
谷:   はい。される。
 
金光:  そういう中でやっぱり考え方変わってきますですか。
 
谷:   それは、しかし、やはり学校の気風みたいなものが出来上がっていると思いますね。ですから、みんなが一生懸命働いているでしょう。みんな一緒に動いているでしょう。そうすると、それを傍らから見ているような姿勢でいるんですけれども、何時の間にかはじめている。ですから、新入生を迎えても、「やれ」とか言うことは、あまり言いませんよ。寮長もそれこそ襟首掴んで、「お前やれ」なんて言うことは、決して言わないですね。要するに、やる子供達で一生懸命やっているうちに、
 
金光:  やらない子も最初いるわけでしょう。
 
谷:   やらない子が具合悪くなって来て、後からだんだん加わって来るような。それが一番でしょうね。
 
金光:  では、最初の間は、みんなが作業をしていても、あんまり懐手して。
 
谷:   大変ですからね。畑だって大変ですから。セメント仕事だって大変ですよ。出来っこないんですね。ですから、子供等が暫くして、こんなことが出来るとは思わなかったと。
 
金光:  やって見て。
 
谷:   やって見てね。自分にこんなことが出来るとは思わなかったと。殊に牛の世話なんて、初めは牛の糞だって、そういうことが自分でも、自分を発見するという面はありますね。ですから、私らでも何にも強制はしていないんですよ。ただ、みんながやっていますと、自然と中に入って来る。そういうことがあります。
 
金光:  感化と漢字で、感じに化すと書きますけれども、自然にそういうふうに。
 
谷:   自然になるものですね。それでやって見て、やれるとこれは嬉しい。喜びがですね。自分にこんな力があったなんて。ですから、さっきの大きな木を引っ張り出すでしょう。あれなんか子供らは担ぎますよ。そういうことをやっているうちに、自分の中に潜んでいた能力というか、
 
金光:  能力と言うか、こういうことが出来るんだという。
 
谷:   それは私らで言えば、「流汗悟道(りゅうかんごどう)」と言いまして、汗を流せば、
 
金光:  流す汗、道を悟る。
 
谷:   汗を流せば、何か分かってくるんですよ。汗を流すと、いろんなことが分かって来る。そう思いますね。
 
金光:  「道」と言っても、そう難しいことではなくて。
 
谷:   何か分かってくるんですね。それから、或いは、親父が、例えば、仕事をしていた父ちゃんだって、大変だったんだなあということも分かるんですね。何にもしなければ、何にも分からないですよ。
 
金光:  それはそうです。頭だけというのは何にも実際は分かっていないということ。
 
谷:   怠惰、怠けね。怠けは忘恩だと。怠け者は何にも知らない。ですから、例えば、どんなに先人達が苦労して、この世の中を作って来たか。そういうことだって、全く恩知らずになると。何にもしなければ、何にも分からない。自分で曲がりなりにも汗かいているうちに、やはり世の中、いろんな労力によって築きあげられて来たということが、少しは分かるわけですね。家の子供だって、例えば、酪農やるでしょう。乳搾るでしょう。そうすると、街角で売っているパックに詰まった牛乳を見ても、これがどんな労力によって出来たか。そういう意味でものの見方が違って来ると思いますね。
 
金光:  野菜なんか、実際自分が作って。それで味わう。ものを見るのとは違いますでしょうね。
 
谷:   そうそう。さっきの寮一つ一つには、北海道ですから、ハウスにしないと、なかなか出来ないですね。寮ごとに、ハウスを作ってトマトを作ったり、メロンを作ったりするわけです。そして初めは全く分からないんですけども、種を蒔いて苗になって、育って、そうしてトマトが出来たなんて、そういう感激と、そのトマトを自分で食べて見た時の感激を知ると、それはものの見方が変わってきますよ。
 
金光:  最初は先輩が作るのを見ていても、そのうち自分が種を蒔いて、自分が肥やしをやって、自分が作ったものが食べられるとなると、これまた感じが違いますよね。
 
谷:   違うと思いますね。ですから、私達はそれにかなり固執して、自分達でやって、そしてその喜びを知った時に自分が大きく成長すると思いますね。
 
金光:  そういう意味では、あそこに先程見た家庭学校の敷地が広くて、農園もあれば、牧草地もあれば、山もあるという、そういうところで生活するというのは大きいですね。
 
谷:   ほんとに大きいですね。あれだけ広いと、掃除や何かでもやらなきゃならないような気になるですね。これは不思議ですよ。おそらくこんな小さな庭で「作業」「掃除」なんて言うと、そんな仕事わざわざ作ったような。あれだけ広いところにいますと、自分等がやらなければならないというような気持ちになってくれるみたいですね。今時の子供でも、横のものを、縦にもしなかったような子供達でも、なんとなく自然に動いてくれると言うか、それは有り難いですね。
 
金光:  あれですか。大体学校では掃除させないでしょう。そういうところで育って来ている子供さんが入ってくる。広いところで、「掃除しろ」なんて言われると、やっぱり最初ちょっと戸惑いが感じますでしょうね。
 
谷:   ですから、さっきの作業時間にうちの学校にお出でになった、例えば学校の先生がほんとにビックリされるのは、どこを歩いても、子供が一人で大体作業しているんですよ。草刈ったり。
 
金光:  一斉ではなくて。
 
谷:   要するに働いている子供の側に教師がいるんでなくて、みんながあんなに広いところだと、生徒がいて、そこに教師が居て仕事をさせるなんていうような姿勢じゃ出来ないんですよ。もう手一杯手を広げて拡散してね、それで初めていろんな作業が出来る。ですから、みんな自分の役割は心得ているんですね。
 
金光:  でも、サボりたい気持ちが湧かないでもないと思うんですけれども。
 
谷:   役割分担をして、
 
金光:  そうすると、分かるわけですね。誰がサボっているとか。
 
谷:   役割分担しているうちに、自信をもってくる。おれもやらなければやらない。おれも任されているんだ。
 
金光:  責任も当然役割分担をしていると、自然に感じるようになりわけですね。
 
谷:   家族というのはそもそも、家庭教育というのは、役割分担で兄弟が育ったんだと。お兄ちゃんの役割があるし、お姉さんの役割があるし、小さい子供は小さい子供でなんかを分担したがるでしょう。家庭の中でみんながこうやって、助け合って生きるものだということを身体で覚えて。家庭教育というのは親父の説教でも、お母さんのヒステリーでもないと思うんだけどもね。そういう役割分担の中で、子供が自然にものを覚えていったと。今残念ながら、そういうことがなくなりましたからね。だから、大変教育の難しい時代に来たと思いますよ。
 
金光:  そういう意味では、しかし仲間がいて、先輩、後輩がいて、それで役割分担があると、自然に自分は何も言われなくてもですね、自分がサボっているというのがある程度気が付いたり、ああ悪かったなあとか、そういうのが、自然に感じるようになるわけでしょうね。
 
谷:   最近うちに、高等学校の先生が来て、非常に憤慨しているんですよ。嘆いているというのかな。聞いてみたら、選抜の高校生のスキー大会があった。選抜をして来たんですから、みんな粒よりの優秀な選手。ところがお母ちゃんがみんな付いて来ている。お母さんが付いて来ているんですよ。選手にお母さん付いて来てね、一人一人の登録をお母さんがやる。ゼッケン貰って来ると。
 
金光:  高校生でしょう。
 
谷:   高校生ですよ。背中に回ったりしてね、ゼッケンを結んでいる。あれはやっぱり登録というのは難しいんですね。どこへ行って登録をすればいいのかと。どの先生を掴まえて何と言えばいいのか、大変難しいんですけどね。それは自分でやって見て、初めて分かるでしょう。ところがそれをお母さんがやっちゃったらダメなんですよ。確かに背中にゼッケン付けるのは難しいんですけどね。もしそうだったら、友達同士で結びあったり、何かしてそういうことが大事だのね。ところが選抜選手でも、お母さんがみんなやってくれると。少し考えなければいけないですね。折角、そういうことを覚える機会をみんな取っちゃうんですね。
 
金光:  そうですね。そうやって友達に結んで貰っているうちに、心が通い合うという機会があるわけでしょうから。
 
谷:   ものごとを頼むというのは、やっぱり人生の大事ですものね。
 
金光:  寮のお母さん役の先生は忙しくって、とてもかまっちゃいられないというけど、いまのお母さん暇過ぎるかも知れない。いやいや、それはあれとして、そういう今の話を伺っていると、例えば、初めて入って来た子供さんの送られて来る迄には、いろいろな、この子はこういう性質で、こういうことをしたとかですね、何かある書き付けみたいなものがあるわけでしょう。今の話を聞いていると、あんまりそういうのによって、だからこちらで最初から青写真、この子だったらこうしたらいいんだろうなんていうことはないわけですね。
 
谷:   そういうことじゃないんですね。私共は裸でね。ただ、こんな長い髪のこんなふうな子が入ってきました。私が、「なんでそんな鶏冠みたいな頭している」。ムッとしているのね。しかし、「ここではそれ認めないよ」と。「ちゃんと髪を刈らなくちゃならない」。坊ちゃん刈りにしなければならないですね。だから、「明日、先生と一緒に町へ行って、床屋さんで直してこい」と。ムッとしているんですね。第一今までの学校だって、それ認めていなかったんですね。その学校だって、茶髪は認めなかったんですね。「君ね、突っ張っているんだよ」とね。「肩に力を入れて、どうだ、どうだ」と。「こんな格好をしてどうだ、どうだと突っ張っているんだよ」と。「だから、髪を刈っておいで。髪を刈ったらスッとするよ」とね。「ほんとに気持ちが楽になるよ」と。それで彼ずっとむくれているんですけどね。暫くしてから、「刈って来る」と言うんですね。それで安心して、翌日刈った。それでのちに、この子供が我々の仲間になってから、家庭学校に最初に来た日に、「刈れ」と言われて、ここでもそんなことを言うかと、ムッとしたと言うんですね。いろいろ話をしているうちに、「髪を切ったらね、ホッとするよ」と。「肩の力抜けるよと言われたらね、そうかも知れないと思ったから、だから、刈ったんだ」と言う。だから、私のとこだって、そういう茶髪は禁ずる。禁ずることは同じなんですよ。同じなんですけれども、話合っているうちに、茶髪で頑張っているのは、自分自身が大変なんだということを、彼知っているのよ、よくね。だから、「髪刈ったら、肩の力が抜けてすうっとするよ」と言ったら、そうかも知らないなあと思ったと言う。そうかも知らないなあという、同意まで取り付ければほんとに刈ってしまうんですよ。
 
金光:  それはそうでしょうね。そこのところは、しかし、難しさと言いますかね、或いは、扱い方の上手さと言うんですかね、禁止して、「ダメだ」と強圧的に抑えたり、それから、最近だと子供の要求を出来るだけ希望は満たしてやった方がいいんではないかと。いわば、甘やかし。それでないと、今度は抑え付けるしごき。甘やかしと、しごきの境目みたいなところで、心を通わせるというのは、これは難しいじゃないかと思いますが。
 
谷:   かなり頑張る子供で、あるとき、家庭学校に来た途端に、「こんなところに居られたもんじゃない。俺を帰せ」と。「家に帰せ」と。それで、「君、帰せと言ったって、私が連れて来たんじゃなくて、相談所で行けと言われて来たんで、いきなり帰すわけにはいかないよ」と言うのね。やり取りしているんですよ。非常にムッとしているのね。ところがそのうちに、まあ結局、例えば、「裁判所の人に言われて来たんだから、私が帰すわけに行かない」と言うのは、なんかからかわれているような思いでいるらしい、彼ね。ついに、最後に急に立ち上がって、「俺のことを怒らせるな!」と言うんです。
 
金光:  そう言ったんですか。
 
谷:   その時に、「怒らせるのというのは、何だというのね。俺のことを怒らせたら、何するか分からないと。きっと、君、そう言いたいんだね。それは許せないよ」と。「世の中でしゃくにさわって、くやしくって悲しくって、それでも我慢しなければならないこと一杯あるし、君等の友達だってね、みなそうだしね。だから、俺のことを怒らせるな。怒らせたら、どんなことをするか分からないってね。そんなことを言う以上はね、やっぱり、君、居て貰うよ」と。それでそういう話をしていると、彼は飛びかからんばかりなんですけどもね。ジッと睨み合っているうちに、「やってみます」と言うのね。おそらく彼は乱暴者で、何するか分からないからと言って、おそらく遠巻きにして、何も相手にしていなかったですよ。みんな遠巻きにしてしまうから、彼は潮の引いた砂場にぼんやりするような、そういう心境だったのね。子供達というのは、勝手と言ったら、勝手ですけどね。「かまうな」と、なんとか言いながら、かまわれたいですね。
 
金光:  それはそうですね。逆の表現になっているわけですから。
 
谷:   「かまうな」という時に、みんなすうっと引いちゃったら、実は寂しいんですよよね。子供達が拒んでいたり、なんかする時にこそ、ほんとは求めているんだと。「嫌いだ、嫌いだ」なんて言いながら、求めているんだということは、やっぱりこっちが承知しなければならない。
 
金光:  それは今の、「おれを怒らせたいのか」と言うのか、そういう言葉の奥に何があるのかというところをどう感じるかでしょうね。だから、子供の要求をしている場合にも、要求の仕方、その奥に何があるかというところまで感じられるか、感じられないかで、対応の仕方が当然変わって来ますわね。それは難しいですね。
 
谷:   ほんとに難しいですね。あの時は、まあ割合に子供と親和していた時だったんですけれども、子供が、「俺なんか居ない方がいいんだろう」と言った。まあ、しょっちゅう問題を起こしている子でしたから。それで揚げ句の果てに、「俺の居ない方がいいんだろう」と言うのね。その時に、私はよっぽど、
 
金光:  売り言葉に買い言葉、出ないわけでもないわけですね。
 
谷:   はっきり言ったんですね。「ああ、居ない方がいいよ」。
 
金光:  ああ、そうですか。
 
谷:   だけど、「何故、僕が居ない方がいいかって。生徒が居ない方がいいって、考えるなんて校長は落第だよ。だけどね、ああ、居ない方がいいよと、僕がいう気持ち分かるだろう」と。「君ね、ワザといろんなことをしている」と。「ワザと嫌味言ったり、ワザと意地悪したりしてね。だから、私がついね、ああ、居ない方がいいよという気持ち分かる筈だよ」と。ジッと聞いていましたよ。そして、「だから、君だってね、みんなにおべっかつかうわけじゃないが、みんなから好かれるように、こういう時には自分が折れなければならないとか。だから、ああ、居なきゃいいよと思っているよと。僕がつい思うことは、君だって分かるよね。君だってなんかすることがあるじゃないか」と言うのね。そうしたら、「僕やってみます」。その時も、貴方おっしゃるようにね、「いや、僕はそんなこと全然考えていない。あんた居てくれなきゃ困る」なんていうことは出来るんですけれどもね。それじゃものごとの核心に迫れないんですね。一番私が言いたいのは、教師の一人芝居ではいけないと思うんですね。子供がどんなに暴れても、何しても、教師は非常に寛容で全てを許してね。それで教師が神様みたいになって、初めて子供は教育されるんではなくて、子供のすることはあるんですよ。そういう意地悪をしたりする子供もすることはある。だから、一緒になって、土俵に上がって、仕事をしたいのね、こっちは。だから、「ああ、居ない方がいいよ」と。だけど、「君はね、そういう原因を作っているのは君でね。君にもしなければならないことがあるはずだ」と。彼、納得してくれたということがあるんですね。だから、ただ、一対一の真剣勝負ですから、何時の場合でも、「そう言え」と言うと、ほんとに怒っちゃ場合もあるんです。
 
金光:  それはそうですね。
 
谷:   その会話の前に子供がね、「俺なんか居ないほうがいいんだろう」と言った口振りの中に、もう既に我々とかなり親和したものがあって、それで初めてそれが言えましたからね。何時の場合にもね、そういう否定的なことをいうのがいいと言うことじゃないですね。会話なんて生きていますからね。
 
金光:  生きた呼吸で相手が言っている言葉の表面と、その奥にあるものみたいな、一種の感応する。でも、そういうふうな中で生活していますと、例えば、ほとんどの場合、私の勝手な想像ですが、親を恨むとか、親はダメだとか、自分達のですね。親に対するほんとに尊敬しながらという感じでない子供さんが多いんじゃないかと思うんですが。そういう自分の親に対する考え方みたいなもの、そういう生活の中で、だんだん今まで気付かなかった新しい見方とか、そういうものが出て来るんじゃございませんか。
 
谷:   それはね、仲間同士の話の中で、やっぱり仲間同士で話していると、それぞれの親が苦労していることが分かるみたいね。投影してね、自分の親も大変なんだなあ、という気持ちになっていく。
 
金光:  今までは、自分の欲求と両親、どっちか親の態度に対して、非常に反発していて、この家の親はダメだ。みたいに思っているのが、やっぱり仲間と話したり、しているうちに、だんだん見えてくる。
 
谷:   自分だけが酷い目にあっているんじゃないとかね。自分だけが不平を持っているんじゃないという気持ちの中で、親一般についても考えることがあるんでしょうね。とてもそれは難しいことですね。卒業生の一人で、もう大学も出て、立派に勉強させて貰っていながら、「俺は親父に対する復讐をする」とか、「それが俺の一生の宿題」。「そんな辛いことを言うなよ」と言うのね。やっぱり、ある一人の卒業生の中で、そういうことをいまだに口にしている子がいるんですね。なかなか根の深いものがありますね。
 
金光:  でも、一方では、確か作文かなんかで死んだお父さんを安心させたい、みたいなことを書いた子供さんもいらしゃるとか。
 
谷:   いますね。
 
金光:  死んだお父さんを安心させたいなんていうのは、大変なことですわね。
 
谷:   私達が、「教育は祈りだ」ということを言うんですけどね。祈りというのは、簡単で、例えば、子供が試験を受ける。そうすると、「合格を祈っていますよ」と言う。例えば、ある人が長旅をする。「その無事を祈っていますよ」と言う。
 
金光:  そうですね。
 
谷:   要するに、見えないもの、見えないものに対する畏れの思いだと思うんですけれども。私達は見えないものを畏れるということを教育の世界でも一番に考えなければいけないんじゃないだろうかというふうに思って。別にキリスト教とか、仏教とか、そういうことに拘っているのじゃなくて、ただ、見えないものを畏れる気持ち。ですから、例えば、「祈りというのは許しだよ」と。ジッと目を瞑っているでしょう。ジッと目を瞑っていると、いや、あの時は、あの時は自分のもの言いの方が悪かったんだと。父ちゃん怒るの、無理ないとかね。そういう気持ちになるんですよ。目をむいて、こんちくしょうなんて思っていると、どうしても。目を瞑って考えているうちに、あの時、母ちゃんを悲しませたのは俺じゃないかとか、お父さんが怒るのは無理もないよなあと、そういうような気持ちはやっぱり私は祈りというか、目を瞑っているうちに出て来る祈りは、許しの隣だと。こんちくしょうなんて思いで、決して祈れませんからね。ですけど、あんまりそういうことを強調すると、今の子に反発を食らうわけですから、成る可く、その目に見えないものをお互いに畏れようというようなこと。ですから、死んだお父ちゃんこれなんかも、考え出したのも、おそらくあの子供に取っては一番大事な大きな転機だったというふうに思いますね。
 
金光:  そうでしょうね。でも、死んだお父さんなんか見えないわけでしょう。
 
谷:   そうです。
 
金光:  その見えない人に、何とか安心させるということは、自分自身の行動なり、なんなりを、見えないとこから、見て貰ってもいいという。理屈でいうと、そんな感じになるわけでしょうかね。作文についてお書きになったものか何かで、記憶に残っているんですけど、目に見えるものしかね、その現実に存在しないんじゃなくて、遊戯室ですか。
 
谷:   そうですね。
 
金光:  家庭裁判所ですか。
 
谷:   いや。児童相談所で。子供達遊ばしていると、それを隣の部屋から見てて、一方的なガラスから見てて、ああこの子は非常にエゴエステックだとかね、この子は非常に協調的だというようなことが見えるんですよ。
 
金光:  あの磨りガラスか何かで。
 
谷:   そうですね。観察している。一方、子供は遊んでいる。そういう遊具がある部屋に入ってくると、「わあ!」と言って遊ぶ子供もいれば、遊具があるのにションボリしている子もいるしね。非常に特徴的にあらわれる。しかし、それは此の世だってそうだよと。もしあの世というのがあれば、向こうからみんな見て、あの世からみんな見られている私達とかね。そんなあの世なんかあるもんかというけど、それはただ見えない。見えないだけでね。
 
金光:  遊んでいる時は、児童室のガラスの向こうが見えないのと同じで。
 
谷:   全く同じですよね。それは思うんですけど、そんなことを言っているうちに、この少年はやっぱりあの世にいる父ちゃんを安心させたいというようなことを、ポロッと言うのは、やっぱり、何かを感じてね。やっぱり、祈りなんていうのは、そういう私達が目に見える世界だけじゃないんだということを、どっかで感じ始めた時に、開けてくる心境ですから、私等はそれを大事にしたいと。ですから、大きな森の中の礼拝堂、森のチャペルなんかというのは一つの拠り所なんですけども、卒業生が訪ねて来るでしょう。そうすると、卒業生が訪ねてくると、自分の世話になった寮長のところへ行くわけね。飯でも食わせようと思っていると、居なくなっちゃったと。そうすると、よく礼拝堂に行っていて、ベンチに座って、ぼんやりしている。で、やっぱり印象に深く残っていると。印象に残っているというのは、ここで何かを考えることを求められたとかね、そういう思いまで含めてだと思いますけども、
 
金光:  でも、そういうふうに、見えないものから、見られている自分だということに気がつくようなところまで、いわば緊張感が取れてですね、その防御の姿勢が取れ取れたりするようになって来ると、心も自然に開かれて来るということでしょうね。家庭学校の戦後の教育の頃、初期は、「教育は胃袋から」という言葉があったそうですが。
 
谷:   創立者の息子がそう言って、非常に復興に尽くした。その頃は、お腹がすいている胃袋が満たされる時に心が開けるというような、そういう状況があったんでしょうね。丁度、私なども、戦災孤児を引き取取る仕事を始めまして、この子達を満たしてやりたい。兎も角、腹一杯満たしてやりたい。ほんとに思いましたよ。満たされれば、どんなに幸せだろうかと。飢えている子供達を満たしてやりたいと。ところが、やがて満たせば満たす程、満たされなくなるんですね。人間というのは不思議なものでね。満たせば満たす程、満たされたいと願うということ。それはある意味では、経済の原則で、需要があれば供給があるんだけど、供給があればまた需要が出て来るんですね。追っかけごっこをしているんですよ。ですから、「教育は胃袋から」なんですけども、その後、留岡先生自身が、「パンを与えて人を殺すなかれ」。非常に厳しい言葉ですよ。パンを与えなければいけないんだけども、与えることによって、返って相手をほんとに殺してしまう場合があるんだって。駄目にしてしまう。
 
金光:  有名な、「人はパンのみに生きるにあらず」という、それの変わった表現で、別な表現ですけれども、
 
谷:   ですけど、やっぱり、今の日本は、子供達を満たしてやりたいと、そういう全ての願いから、戦後が出発したんですけど、今の日本は、満たしてやればやるほど、満たせば満たすほど、子供は不満だという現実の前で、大人がほんとに途方にくれているんです。こんなにしてやったのに、こんなにしてやったのに、子供達は不満だという、そういう思いがあるんではないでしょうか。
 
金光:  確かに戦後出来るだけですね、環境を整えてやって、必要なものを与えてやって、そうすると、子供達はすくすく育って、いい子になるだろうと、何となくそういう方向にずうっと来たわけですけれども、結果として、必ずしも子供の欲求を全部満たしてやって、ほんとに幸せを、幸福感を持っているかと言うと、どうもそうではないようですね。もう一つどんな環境でもという、先生よくおっしゃいますが、少々足りないところでも、難があるところの方がしっかりしてくるという面もあるわけでございますね。
 
谷:   ありますね。ですから、基本的には私達は出来るだけいい環境を子供達に与えて、それで子供にすくすく育って貰いたいと思っているんですけども、やっぱり基本のところでね、どんな環境でも負けるなと、そう思っているんですよね。ところが何事も練習ですからね。練習に練習を重ねて、初めて習熟するんで、悪い環境に負けないなんてことも、普段から、練習していなくては出来ないことですよ。ですから、教育というのは、もともと根本的に矛盾した、出来るだけいい環境を与えようということと、どんな環境にも負けるなというね、矛盾した二つの中心を持っているのね。この二つの中心を持っている図形というのは楕円ですからね、二つの中心を持っているそういう営みなんだと。根本的に矛盾した目的を持っている営みなんだと。そういうことを考えなければならんと思うんですね。それでそれじゃ、何時までも調和しないんですけども、まあ、一つの試みとして、日本では貝原益軒という先生がいてね、その『養生訓』の中で、子供を育てる時は、三分の飢えと寒さを与えよ。子供を育てたいと思えば、三分の飢えと寒さを何時も与えていなければならないと言うんですね。充分食わせて、充分着せて、そうしたら、子供はダメになるんですよ。三分の飢と寒を与えよというのは私は非常に賢明な人生の実際知のような気がしますね。
 
金光:  それじゃ七分、七割ほどは食べさせて、温かくしてやって、残り三分位残しておかないと、弾力性がなくなっちゃうわけですね。
 
谷:   そうですね。
 
金光:  ほわっとしてしまう。
 
谷:   おそらく今子育てに我々失敗したと思っているのは、充分食わせて、充分着せちゃったんですよ。暖衣飽食は悪いと言いますがね。そういうところがありますね。
 
金光:  お宅の卒業生ですか、前に、学校にいた時に、「自分はこの学校へ来なかったら、ぐうたらになっていた」ということを言った方がいらっしゃるそうですね。
 
谷:   おります。あの時に。
 
金光:  やっぱり来て、しかし、それは子供さんが来て、実際生活を体験して見て、初めて分かったことですね。
 
谷:   そうだと思いますね。やはり三分の飢えと寒さというのがあってね、そうして、子供達はそれを克服することを覚えるんでしょうしね。腹八分目と昔から言っていますから、やっぱり、八分目の方が健康なんですよ。ところが、今それを忘れて、兎も角、やればいいんだということで、それだけに思い込んでしまっていて、なんか大きな落とし穴があったというふうに思いますね。ですけど、これは難しいですよね。
 
金光:  難しいですね。それで教育という場合に、もう一つ先生がおっしゃった言葉で、面白いのは、面白いとは失礼ですけど、「教育とは待つことだ」という言葉をおっしゃっていますね。こう何か働きかけなきゃダメだという現実も、一方にはあるわけですし、それから、それとその待つという兼ね合いも難しゅうございましょうね。
 
谷:   しかし、待つことは人生ですからね。果物は秋にならなきゃ実らないでしょう。
 
金光:  そういうことですか。
 
谷:   ある時期が来れば、熟すると言うか。それから春や秋いくらはりきってみても、実際には実りませんしね。
 
金光:  成る程。
 
谷:   ですから、ある時期が来れば来ると。で、また私などの場合は、やっぱり子供にも何時も働きかける立場でいますから、「君達は待たせるものではないよ」と。わざと、わざと、焦らしていることが子供にはあるんですね。待たせ過ぎない。「君達が、父ちゃん母ちゃん好きなのは分かっているんだ」と。だから、「その好きな気持ちを率直に言いなさい」。好きなのに、「嫌いだ嫌いだ」と言っているのありますからね。子供は求めている時に、拒んでいるようなふうをするんですね。拒んでいるんですけど、そこに。もともと父ちゃん、母ちゃん嫌いなんだらどっかへ行けばいいんですよ。「嫌いだ嫌いだ」と、そこにいて言っているのはね、やっぱりどっかで好きな気持ちがあるんですよ。そういう意味では不思議ですね。やっぱり、「嫌いだ嫌いだ」と言いながら、全くそれと矛盾する。好かれたいというか、愛されたいという気持ちがあってね。だから、「嫌いだ嫌いだ」なんて言いながら、愛されたいというのはやっぱり贅沢だよね。愛されたかったら、愛されたいだけのことをしなければなりませんからね。だから、子供がやっぱり非常に、ある意味では、無邪気で、我が儘で、愛されたい、結局、かまわれたいんですよ。かまわれたいのに、それが言えなくて、「嫌いだ」なんとか言うんですけどね。そういう複雑な心理があるということを、やっぱり子供自身があるということを知らなければいけない。
 
金光:  成る程ね。今のお話を伺いながら、やっぱり、入って来た子供さんが様子を見ながら、待つにしても、こうやって懐手でジッと待つんではなくて、やっぱり実りの時期と言いますか、子供さんの心の変化みたいなものも自然に、ああこうなっている。ああ、少し成長しているとかですね、
 
谷:   待つというのはね、決して消極的なもんではないですよ。非常に積極的なものだと思いますね。
 
金光:  なかなか待てないものなんですね。早く子供さんに待たせるんじゃないよと同じで、先生の方も早く実りを欲しい欲しいという姿勢の方が強いと、逆に結果が良くないみたいなものがあるものですから。
 
谷:   それは孟子にもありますよね、「毎日畑に行って、若い芽をつまんでいるうちに根が枯れ上がってしまった」という。待つにも待ち方、難しいですね。
 
金光:  そういう子供達の成長を、どこで愛されたいとか、好かれたいとかいうふうな気持ちがあったり、いろいろな状態の子がいるわけですけど、先程からの話にも、ビデオにも出ていましたけれども、家庭学校の中に礼拝堂がありますね。礼拝堂の子供達の心との、中での役割と言いますか、これはどんな感じなんでしょうかね。
 
谷:   礼拝堂で過ごす時間というのは、一週間の日曜の僅か三十分、四十分。ですけども、私らは大事だなあと思っていますしね。宗教教育をしたいと思うんですけれども、何も宗教教育なんていうのは一週間ぴっちりやってね、朝から晩まで聖書を読むんじゃないですね。むしろほんとに凝縮された僅かの時間にみんなで固い椅子に座って、ジッとしている。祈りというのは目を瞑ることだよ。「お祈りしましょう」と言ったら、パッと目を開くということはない。一番大事なことは目を瞑ること。目を瞑ると、見えてくるんですね。目を瞑ると遠くにいる母ちゃんどうしているとかね。だから、目を瞑ると分かることが一杯あってね。見たい見たいと言って目を開けていると、返ってこんちくしょうという気持ちの方が強いんで、むしろ、目を瞑っているうちに、自分の姿が見えますし。祈りというのは目を瞑ることだとね。目を瞑っていると、やっぱりいろんな恨みも消えて来るし。ですから、そういう意味ではかなり大事ですね。
 
金光:  それでなかなか学校なんかでも、目を瞑っているとクスクス笑ったりですね。なかなかあれも練習がいるわけでございましょう。
 
谷:   それはうちの子は笑いませんよ。ほんとに厳粛になりますね。
 
金光:  そうですか。この頃よく聞くのは学校なんかでも、話していると、私語が多いとか、日本中どこへ行っても。
 
谷:   どこへ行っても多いですね。ですから、私がある学校で講演したんですね。五月蠅いですよ。ほんとに五月蠅いのね。五月蠅いなあと思っていたら、終わってら、校長が今日みたいに静かなこと初めてですと。これが私立校なのかとつくづく思いましたね。
 
金光:  ということは、私語が多いなんかということは、先程からのお話の延長から言うと、目を瞑って瞑想すると言うか、目を瞑っている経験がないということかもしりませんね。まして、喋っていたら、人の話なんか聞こえませんでしょうからね。
 
谷:   ただ、喋っているのも、結構善意なので、ある一言を講師が話す。「あの人は、ああいうことを言ったわね」なんて感心して話し合っている。そういう囁きもあるみたいですね。でから、私語もまことに子供らしい仕草なんですけれどもね。やっぱり、静かに聞くというエチケットみたいなものを教えようというふうな教育は必要ですよね。大学生も、或いは携帯電話持って来て、ベルがしたら、電話かけている学生もいるなんて、教師が頭に来ているんでしょう。
 
金光:  まあ、そういう日本のいろんなところで、そういう賑やかな現状と言うか、そういうものも多いわけですけれども、家庭学校へ入って来て、礼拝堂なんかでの静かな時を過ごす。そういう中で、やっぱり、何故俺はこういう目にあっているのかと。俺だけ何故こうかとか、そういう反抗的なもの、考え方、そういうものがやっぱり変わって来ますか、ほとんどの人の場合。 
 
谷:   私達は、しかし、何故ということは学問の始まりだと思っておりますから。何故というところから学問が始まる。ところが、例えば、学校というのはこんなに一杯になっちゃうと、何故学校へ行かなければいけないのとか、何故私が学校へ行くの、或いは学校というのは、どういう意味があるのか、そういうことをほんとに考え始めると、子供は躓くんですよ。不登校になってしまう。
 
金光:  何故こんな学校へ行かなければいけないのとか、
 
谷:   何故って、子供が質問をすると、子供の躓きが始まる。今の世の中そうなっているんです。だから、学校教育が普及すれば、普及するほど、何故という質問をするということが学問の始まりなんですけど、それを禁ずるということは、私は知的な退廃だと思っている。学校が普及して、そして知的な退廃を良しとする風潮があるのは困ると。ただ、私達は学校ではありませんから、福祉世界にいる人間ですから、私のところは、誠実に、子供が何故ということに対して、出来るだけ答えようと、そう思っています。ですから、非行だって、氷山の一角で、暴力行為が現れたり、それから、シンナーを吸引したりしておりますけども、ずうっと奥深くに、心の本体が水面の下にあって、何故そうなのかということを子供に問いかけますし。だから、福祉世界でこそ、私はそういう意味では、本質的な教育が残っていると思います。
 
金光:  でも、直接あれでしょう。子供さんに、「何故君はなんて」言っても、これはダメですね。
 
谷:   ダメですね。いろんな機会に自然と触れ合う。ですから、なんて言うか、
 
金光:  先程からのお話を伺っておりますとね。何故学校へ行かなければいけないのか、何故自分はここでこういう生活をしなければいけないのかというようなことを、疑問としては、当然持つだろうと思いますが、それが寮生活の、
 
谷:   実際生活の中で、
 
金光:  実際生活をしているうちに、その問いが自分で答えが、
 
谷:   自分で出すかも知らんね。
 
金光:  それで、ああ、良かったなあとか、何故もうこんなところから。どっかへ、それこそ、「勉強のないところへ行ってしまいたい」と言っていたのが、勉強って、或いは、面白い。殊に仕事でなんかで、身に付くと、ああ、これは良かったみたいな、
 
谷:   家庭学校に来なかったら、こんなことは覚えられなかったということは、よく言ってくれますね。家庭学校に来なかったらという、家庭学校の中では、おそらく今の世界で、あの年齢の子供達が経験出来ないようなことを、一遍ほんとに豊かに経験出来ますね。経験の中で、しみじみ、いや、これだけ勉強出来たと思う。やっぱり、我々との会話の中で発見したんじゃなくて、実際生活をしているうちに、子供が見えだして来る。
 
金光:  だから、何故学校へ、或いは何故勉強しなければいけないかということもですね、生活の中で、自分がそれの答えを見つけることが出来れば解消するわけですね。
 
谷:   そうです。私の先達で、私が、「教育というのは難しいですね。教育は難しいですね」と申し上げた時に、「教育なんて簡単だよ」と。「ほっとけばいいんだ」ということを、非常に乱暴におっしゃった方がいるのね。つくづくその時に考えたんですけれども、「ほっとけばいいんだ」ということの本当の意味は、自発の心、自分でする心、子供にその自発の心を植え付けることが教育の一番大事だということをおっしゃりたくてね。その為に、ある場合はほっとく場合がいいかも知れないし、ある場合は、濃密にかまうことが必要かも知れませんけどね。一番の目的は自立の心を引き出すことが大事なんだよということを、その先輩はおっしゃりたかったのね。ですから、その先輩の真似して、ほっとけば出来ないかも知れませんけれどもね。ですから、教育の一番の眼目は、やはり子供の自らする気持ちを何とかして引き出す。自分で、それこそ受付に行って登録をする。自分で何をすると。
 
金光:  それは家庭学校では、先生方のご夫婦の職員の先生方が実践して、いろんなことをなさっている。或いは先輩がやっているのを見て、その姿が自然に自発性みたいなものを養っていく。肥料になっていると言うか。
 
谷:   やがて、自分が先輩になっても、何時の間にか先輩になっているから、自分がやらなければ、やっぱり後から来たものが出来ないというふうに思いますからね。みんなそうやって役割分担をしているうちに、みんなが自覚して来るんです。そういう点が、ですから、教育はやっぱりものを言うだけでは、ものを言うだけの教師はダメだという感じがします。
 
金光:  そうすると、学校で勉強するのは、親が一生懸命勉強するのを楽しんでいれば、子供さんも勉強を楽しむことになるのかも知れませんですね。その辺をなかなか難しゅうございますけれども、しかし、そういう意味で、基本的には生活を教えるというよりも、先輩として、如何に生きるかという、そこのところと、子供さんの心との通い合いというのは、ほんとに繋がっているところですね。
 
谷:   そうですね。ですから、森の学校なんですけれども、いつの間にかうちの職員はあの森の中に住み着いて来るんですね。
 
金光:  そうなって来ると、
 
谷:   ですから、うちの職員も余所から通って来て、子供も余所から引き取って、そこに集まっているんじゃなくて、職員があの森の中にほんとに住み着いている。住み着くと何となく職員自身の中に教育力がじわりとにじみ出て来るような感じがする。
 
金光:  それが今までの成果に繋がるということのように伺いました。どうも有り難うございました。
 
 
     これは、平成九年六月二十二日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。