大自然に癒やされる    
 
                        赤目養生所所長 藤 岡  義 孝(よしたか)
                        き き て   有 本  忠 雄
 
有本:  今日は三重県名張市の郊外にあります「赤目養生所」からの放送でございます。ここは近鉄名張駅から、およそ五キロの山間(やまあい)の中にございます。「養生所」という名前からお分かりのように、成人病の方を中心に、自然の中で養生しようという診療施設なんです。ここの所長で、お医者さんの藤岡義孝先生、大阪市内、そして名張市内、ここの三箇所の病院経営者でもいらっしゃるわけです。先生どうぞ宜しくお願い致します。
 
藤岡:  こちらこそ宜しくお願いします。
 
有本:  今、お話を伺っているここが道場だそうでございますけれども、先生、この環境がいいということで言えば、観光地もあるんだそうですね。
 
藤岡:  そうですね。近くには赤目四十八滝と言いまして、綺麗な渓谷がありまして、大阪方面から、毎年沢山の方が観光で来られます。ここから丁度、二キロ位のところですね。
 
有本:  この辺は秋になると、葡萄とか、松茸なんかも穫れるやに。
 
藤岡:  そうですね。葡萄は今が丁度盛りですね。あと、秋、松茸とか、それから紅葉の名所でもありますね。
 
有本:  そうですか。
 
藤岡:  結構、綺麗な雑木林が残っておるなかなか自然豊かなところですね。
 
有本:  成る程。この建物自体がメーンと言っていいわけですね。
 
藤岡:  そうですね。これが本館ということになっておりまして、二階が病室になっております。一階の方に診察室、食堂。食堂というのは談話室を兼ねておりますけれども、そういう部屋があります。
 
有本:  そうですか。この敷地全体では面積どれくらいなんですか。
 
藤岡:  全体では五千平方メートルですけれども。一部ですね、傾斜地ですから使い難いところもありまして、大体、四千平方メートル位使っておると思います。
 
有本:  そうですか。お話を伺っている本館以外にも、幾つか建物がありますが、最初に施設をご紹介頂きたいと思いますが。
 
藤岡:  そうですね。先ず、こちらのほうの赤っぽい屋根の建物、これが管理人さんのご夫婦に住まいして貰っておる場所でして、基本的に管理人さんが二十四時間、ここにおるということになっております。
 
有本:  なにか新婚早々で、
 
藤岡:  昨年十二月でしたか、結婚された方ですけどね。昔、こちらへ入院されたこともあったりしましてですね、そういうことがご縁で、この春から来て頂いております。
 
有本:  そうですか。診療所、保養所としては畑が随分あるんで、ビックリ致しましたけれども、
 
藤岡:  そうですね。畑は私のここでの養生生活にとって重要なものと考えておるんですが、まだ、キュウリとか、カボチャ、ピーマンなど残っておりますけれども、もう夏の野菜はボチボチ終わりで、これから秋の作付けが始まるというところですね。
 
有本:  そうですか。旬のものを患者さんは食べていらっしゃる。
 
藤岡:  そうですね。基本的に自給自足するという考え方でやっておりまして、無農薬有機栽培ということに心がけているわけです。
 
有本:  さっき、山羊がいたり、ニワトリがときを告げていたんでビックリしました。これもみんな放し飼いのようですね。
 
藤岡:  そうですね。結構広い囲いにしまして、その中に出来るだけ十分、山羊にしろ、ニワトリにしろ運動すると。健康なニワトリ、健康な山羊というものから、卵とか、山羊の乳を貰うと。ニワトリも十羽位の雌鳥に、雄鳥を一羽入れて、そういう飼い方も出来るだけ自然な飼い方をしようと。そうして、その餌も野菜や草を沢山与えようということでやっております。
 
有本:  そうですか。その他に焼き物を焼いたり、のところもありました。
 
藤岡:  そうですね。小さな窯ですけどね。陶芸用の窯があちらにありますけれども。これも患者さん達の一つの治療の一環としまして、陶芸を週一度指導して貰っているわけです。基本的に月に一度づつ焼き、そして、本焼きも月に一回ということで、入院中に作品が出来上がるように大体やっておるわけです。非常に好評で、結構楽しくみなさんやっておられます。
 
有本:  アトリエの方を拝見致しますと、今の焼き物の作品があったり、いろんな作品が飾ってありますよね。
 
藤岡:  アトリエは、今言われました粘土で作業するのもアトリエですし、それからもう一つは伊賀地方の名産である組み紐というものですね。これも精神を集中するにいい作業でして、これもこの部屋でやって頂いています。あとヨーガですね、そういうのもここでやっております。
 
有本:  本当に養生所ですから、養生を中心に、とても医療施設という感じを受けませんが、ちょっと離れた小高い丘ですか、その上にお茶室までありますよね。
 
藤岡:  これは一応東屋風の茶室としているんですが、内の職員と患者さん達が協力して建てたものですけれども、
 
有本:  建物自体を、へえ!
藤岡:  ええ。月に一度、お茶会をやっております。炉の方は電気の炉ですが、赤い毛氈(もうせん)を敷いて、出来るだけ本式にやろうというふうに、楽しんで貰っております。お茶会の後には俳句を楽しんだりですね、そういうことをこれも一つの養生という治療行為の一環と考えているわけです。
 
有本:  「赤目養生所」という名前を拝見した時、随分、古めかしい名前だなあと思ったんですが、今、お話を伺うと、先生が治療する目的なり、哲学みたいなものをアウトライン感じられるんですが、養生というのは、先生、どんなふうに定義づけると言いましょうか、先生、お考えなんですか。
 
藤岡:  そうですね。「養生所」というのは、これは字の通り、養生するところという意味ですね。一般に病院と言いますけれども、病院というのは病(やまい)の院と書きますけれども、これはちょっと変わった表現でして、本来は治療所というべきところだと思うんですね。治療に対して、養生というものを提案しているということになります。治療を否定するわけではありませんで、治療も必要、そして、養生も必要と。病気によっては治療の方が重要な場合もあります。しかし、養生の方が重要な病気も少なくないと。
 
有本:  成る程。
 
藤岡:  特に、成人病、生活習慣病と言われるような慢性の病気の場合は、治療も必要ですけれども、養生の方がより重要だと、今考えているわけですけれども。そういう意味で、養生とは一体どういうことなんかということを実践して貰って、体験して貰って、そこで学んで貰うという場所として、この養生所というのを考えたわけです。
 
有本:  その生活習慣病、成人病ということですが、具体的にはどういう患者さんが今ここにいらっしゃるんですか。
 
藤岡:  ここでは、今は喘息(ぜんそく)の方、糖尿病の方、肝臓病の方、それから脳梗塞(こうそく)の後遺症の方、そんな方がおられますね。それから最近増えておりますのが、自立神経失調症と言われるような、はっきりしない病気ですね。それから、鬱病(うつびょう)と言われるような病気ですね。そういう患者さんも最近増えております。
 
有本:  ああ、そうですか。今は何人位いらっしゃるんですか。
 
藤岡:  現在は十三名です。
 
有本:  十三人の方々はそれぞれ病院なり、他の治療機関で治療を受けて来たけれども、どうも思わしくないということで、こちらにいらっしゃると。
 
藤岡:  そうですね。ここまでわざわざ来られるという患者さんは、やはり、もういろいろ試して来たと。いろいろやったけれども、もう上手くいかない。多少は効果があっても、結局、なかなか上手くいかないということで、こういうことを一遍試してみたいということで来る方が殆どですね。
 
有本:  そういう方々がここにいらっして、平均入院期間というんですか、この養生所での生活はどれくらいなんですか。
 
藤岡:  大体、平均しますと、単純に平均しますと、四十日になります。概略で言いますと、一ヶ月から二ヶ月ということになりますね。勿論、一週間、二週間で退院される方もおりますし、もうちょっと長くいらっしゃる方も中には出て来ますけれども、大体そういうところですね。
 
有本:  さっき、病院で治療する病気もあるし、それから治療よりもむしろ養生、こちらの方でというお話がありましたけれども、四十日位の平均入院期間で、患者さん、みんなお元気になって、或いは大丈夫だということで、ここをお出になるわけですか。
 
藤岡:  ええ、多くの方が相当な改善をします。ですから、私自身の評価としては七十五パーセントの人に効果があったというふうには評価しておるんです。ただ、本当に劇的に良くなるといいますか、ほんとに病気が殆ど治ってしまうと、或いは治らないまでも、殆ど薬が要らなくなるとか、そういうところまでの効果が出る人は二十パーセント位です。だけど、そこまで行かなくとも、大体七十五パーセント、四人に三人の方には、ここまで来て頂いた意味があったと言える効果は出ております。
 
有本:  そうですか。その反面、養生してもなかなか治り難いと言うか、そういう患者さんもいらっしゃるわけでしょうね、勿論。
 
藤岡:  そうですね。ですから、二十五パーセント位の人になりますけれども、この人には折角来て頂いたのに、治療効果としては殆ど上がらなかったと、或いは十分でなかったという方が出て来ます。これはどう言いますかね、やっぱり病気が固定してしまっているとか、或いはどうしてもここの養生という考え方に最後まで馴染めなかったとか、或いはこの環境自体が充分活かすことが出来ない方であったとか、いろんな場合があるんですけれども、これもやはり全ての方にというわけにはいかないんですね。やっぱりこういう環境というのは無理な方もいらっしゃるわけですね。
 
有本:  創立十三年目ということですが、延べに致しますと、何百人という患者さん、
 
藤岡:  丁度、八百名位ですね。今まで入院された方は。
 
有本:  その八百人の方の七十五パーセント位の方が、まあ治ったと言うか、健康を取り戻した。
 
藤岡:  これは治ったというのは難しいんですね、表現は。一つの効果があったということですね。
 
有本:  ああ、成る程。先生は兵庫県の明石のご出身だそうですけど、子供の頃、病弱だったんだそうですね。
 
藤岡:  そうですね。僕はもう小学校へ入る前から、急性腎炎と、結核とをやりまして、小学校へ入ってからも、いろんな皮膚病だとか、或いは結核の再発だとか、いろんなことで悩まされました。そういう中で、私の母親が医者通い、私を医者ばっかり連れて行くわけですね。私も子供心に、こんなに医者通いをせないかんだったら、これはもう自分が医者になった方がいいと。自分が医者になれば医者通いしなくていいんじゃないかと思いましたね。それが医者になる動機でしたけどね。
 
有本:  そうですか。今もう健康でいらっしゃる。
 
藤岡:  今は健康なんですが、医者になってからも、なかなか健康になれなかったんです。
 
有本:  そうですか。
 
藤岡:  それで私は、今の科学的な医学の優れた部分は評価出来るんだけれども、どうしても、そこで今の医学では補えない部分があるということを、自分自身の体験として深刻に感じました。そういう中からいろいろ模索する中で、養生という考えに行き着いたんですけれども、お陰で私自身もすっかり健康になりましたけれども。
 
有本:  先生は大阪大学の医学部をご卒業ですが、内科、特に最初は、消化器ご専門の先生でいらっしゃいましたね。
 
藤岡:  ええ。出発は胃や腸の方の消化器を勉強しておりました。それから血液病も暫く勉強しましたけれども、結局最後は、糖尿病と漢方ですね。これは、私、漢方の方を勉強したかったんですけれども、なかなか漢方だけの勉強というんでは、上の先生方々の許可を要られず、糖尿病と漢方ということで勉強して来たんです。
 
有本:  先程、子供の頃、病弱でお医者さんになったと。お医者さんになっても、なかなか病気が治らない。それは勿論、現代の医療だけではというふうなことがあるやに、お話がありまして、漢方へということなんですが。
 
藤岡:  ええ。漢方もそういうところから勉強しようと思いましたですね。
 
有本:  どちらかと言うと、現代医学は漢方を批判するという流れでしたよね。
 
藤岡:  え、漢方なんていうのは医学じゃないと。科学じゃないと言いますかね、そういうふうに見られておりましたね。
 
有本:  でも、先生はそうじゃないと。
 
藤岡:  ええ。僕はね、これは漢方はやっぱり日本の伝統的な医学ですし、中国の医学としての歴史も入れますと、千年、二千年という実際に使われて来た医学ですね。だから、薬にしろ、何にしろ、そういう年月、人体実験と言ったら語弊がありますけど、ほんとに人間の身体で実際に試されて来た医学なんですね。だから、こういうものを科学的じゃないということで、簡単に捨て去るのは、僕は正しくないし、民族的な伝統という意味でも、誰かがこれをやっぱり受け継がないかんと、そういうふうには思っておりましたけれどもね。
 
有本:  やはり、今振り返って見て、漢方を勉強したことがこの養生所でもかなり活かされている。
 
藤岡:  そうですね。漢方という考え方には薬を上手に使うという考え方と、養生という二つあるんですね。私は初めは薬を上手に使う医者を目指したんですが、途中から、薬も大事だけど、養生の方がもっと大事だというふうにいきましたですね。ただ、その時に、私が一方糖尿病を専門にしておりましたように、糖尿病にしろ、高血圧症、腎臓病というようないわゆる成人病ですね、生活習慣病と言いますか、そういうものが全て養生が大事なんじゃないかと。薬による治療も必要だけど、そういう病気も養生の方が大事じゃないかと。そういうところから二つが結び付いたと。また丁度、その時に、私は患者さんの糖尿病の教育を担当しておりましたですね。その時にドイツの映画を使って、患者さんに見て頂いて、いろいろ糖尿病の学習をやっておったんですが、そのドイツの映画がですね、二十五年も前のことですけれども、糖尿病の人達が療養しておる病院が出て来るわけですね。それが森の中にありまして、広い敷地で、そして花壇とか、菜園がある。そして木工するような場所もある。それからバレーボールのコートがあるというような、そんな病院が出て来るわけですね。それを見ておりまして、これが本当の病院だと。日本の都会にある病院というのは、これは本当に病気を一時的に処置する為の収容施設だと。だから、病院というのはかくあるべきだと思いまして、それが一つの具体的なイメージとなって、養生とそれが結び付いたんですね。それが今の養生所に繋がっておるわけですけど。
 
有本:  そのドイツの例を出して、ドイツ程ではないけど、先生、あちこち自然の豊かなところをお探しになったという。
 
藤岡:  ええ、そうです。私は出来れば大阪でやりたかったんですが、大阪の人達がよく知っておる自然豊かな観光地という考え方で、場所を考えて来まして、それが約一年半ばかりあちこち探しましたけれども、結局、奈良を越えて、三重まで来てしまったということなんですけどね。結果的に、いいところへ来たと思っております。
 
有本:  大学にいらっしゃる頃を含めて、現代医療というふうなことを勉強なさって、しかし、漢方も大事だよ、ドイツの例などを見ながら、養生所をやっぱり作りたいというお気持ちは分かったんですが、養生という言葉を聞いた時、私、直ぐ例の貝原益軒の『養生訓』ですか、ちょっと思いだしたんですが、やはり貝原益軒の『養生訓』も三百年近い前の人ですね。やはり現代でも学ぶべきところが沢山あるんでございますか。
 
藤岡:  基本的な考え方では学ぶでき点は多いですね。ここの養生法にはやっぱり時代を感じますけれども、養生という基本的な考え方そのものは、現代も変わらないと思いますね。ですから、病気になってしまってから、苦い薬を飲む。痛い鍼をする。熱いお灸をするというのはよくないと。なる前から、養生しなければいけないというのが、基本にあるわけですね。これはいわゆる病気を予防するという養生訓ですけれども、病気の治療においても、そういう苦い薬や、痛い鍼や、熱いお灸と言うんじゃなくて、病気の治療においても、養生ということを基本に持っていくべきだと思うんですね。その辺は大いに参考にさせて頂きました。
 
有本:  成る程。どうなんですか、十三年を振り返ってみて、やはり、養生、私の実践、目的は間違いなかったんだ、正しかったんだという確信みたいなものは。
 
藤岡:  ええ。この養生については、私はこれこそ二十一世紀の時代に基本になるべき医学だと思っております。治療というのは、これも必要なことなんですけれども、どうしても、これは急病状態のものが主なんですね。非常に今現に苦しい、今痛いという時の非常に有効な方法が治療なんです。だけど、そうでなくて、慢性の病気、成人病や生活習慣病と言われるような、そういう慢性の病気の場合、治療というのはさほど効果を上げていないですね。これは生活習慣病というふうに言われる言葉の通り、生活習慣、そして私はそれに環境問題というのを加えたいですけどね。生活習慣や、環境というものが、実際発病に関わっているわけですね。これは別な言い方をしますと、私のいう養生に対しては、その反対のもの、不養生ですね。ですから、そういう病気になっていく原因、或いは病気が始まり、その病気が悪化していく、進行していく原因は、そういうところにあるわけですから、それを薬やとか、手術だけで止めようというのは、基本的には無理があるわけですね。その辺のところが理解出来る時代がやがて来ると。まあ、そういうふうに考えてはおるんですけど、現在のところまだまだ、そんなに理解して頂けるようになったとまでは考えておりませんけどね。
 
有本:  最初にもご紹介頂いたように、自給自足に近い旬の野菜を、旬の卵と言いましょうかね、自然の卵ということで、随分、やはり食事を大事にしていらっしゃる。
 
藤岡:  ええ、これは、「食は命なり」と、こういう言い方があるんですが、私達が口から入れる食べ物というのは、これは私達の命の元なんですね。私の身体が何から出来ているかと言いますと、これは私達が三度三度食べるもの、或いは飲むもの、或いはおやつとして食べたりするもの、そういうものが、結局、原料になっているんですね。私達の身体を循環している血液は百日で入れ替わるんですね。これは私達の血液というのは過去百日間に食べたもので出来ている、と言っても言い過ぎじゃないんですね。私達の身体全体は骨から、歯まで含んで、約千日、三年位でそれを構成しておる栄養素というのは入れ替わるわけですね。だから、過去三年間に食べたもので、私達の身体が出来ていると言っても過言ではないと思うんですね。それ位食べ物というのは、私達の身体を作る上で重要ですし、さらに私達の身体を動かす、働かすエネルギーでもあるんですね。身体を働かすだけではなくて、私が考えたり、感じたり、悩んだり、いろいろする脳自体も食べ物で出来ておるし、脳の働きとしての精神活動ですね、心のいろんな働きも、食べ物がエネルギーになっておるんですね。ですから、どんな病気でも、やはり、或いは健康ということを考えた時、やはり食べ物が一番重要だと。これは絶対変わらないと思うんですね。
 
有本:  豊かな時代ですから、非常に食べ物が豊富で、栄養的な面から見ましたら、充分足りているやに、一般的には考え勝ちですけれども、この豊かな食べ物というのが、曲者なんですね。
 
藤岡:  そうです。非常に食べ物の不足した外国を見ておりますと、豊かであるということが、先ず必要なことかも分かりませんけれども、豊かな故の偏食、豊かな故の栄養失調ということですね。それからまた、食べ過ぎ、肥満というような問題ですね。これが日本のような食生活では、非常に悪化しておりまして、いろんな病気の原因にもなっていますし、今後の大きな課題だと思いますね。
 
有本:  栄養士さんですか、お話を伺いますと、まあ、旬のものですから、ほんとに素敵なものを頂いているんですが、薄味で、それから最初なんか、「一口三十回位噛みなさい」ということで、入院した当初、患者さん、面食らうんだそうですね。
 
藤岡:  そうですね。だから、そういう味付け、料理の仕方ですね、それからそういう食べるという行為、食べ方ですね、そういうことも大事なことですね。よく噛んで、ゆっくり食べるということが、よく消化をするんですね。同時に自分の身体に必要な適量食べるということの目安がそこで生まれてくるんですね。ですから、よく噛んで、ゆっくり食べるということが特に病気を治そうという時は重要になって来ます。
 
有本:  そうしますと、四十日位平均入院なさるわけですが、大体最初薄味で、何回も噛めというのは大変なようですけれども、退院なさる時は、
 
藤岡:  これは大体一週間で慣れるわけです。
 
有本:  そうですか。
 
藤岡:  最初は、「こんな不味くて食えない」ということで、ソースをかけたり、醤油をかけたりして食べようとするんですが、「我慢しろ」ということで、「一週間我慢すれば、みんなこれで食べれるようになる、美味しくなるんだから」と言うことで指導しておりますけれどもね。大体一週間、遅い人でも十日もすれば薄味に慣れるわけです。結構人間の味覚というのは慣れがありますね。
 
有本:  そうですね。現代医学は日進月歩、ほんとに私達に病気をやっつけてくれるという側面はありますけれども、現代医療をもってしてもなかなか治らない。あちらの病院、こちらの病院と、まあ表現はよくありませんけど、梯子をする患者さん達もいらっしゃって、最後は最後、なんというんですか、断食道場みたいなところへ行く患者さんなんかもいらっしゃるようですが、ああいう世相というのか、ご覧になって如何でございますか。
 
藤岡:  そうですね。病気を治すというのは、基本はやっぱり科学的な医学であるべきだと思いますけれども、その人のいろんな状況によっては、いろんな行為が治療効果を発揮する場合があるんですね。ですから、確かに断食が効果が出る方もいらっしゃるかも分かりませんね。そしてまた、いろんな民間療法が効果を発揮したという場合もあるかも分かりません。ですけど、私の考え方は、やはり今の医学、栄養学にしましても、現代の科学的な栄養学ですね、そういうものを基本にしながら、養生というものを考えようとしておりまして、ですから、食事で言いますと、断食という考え方とは全く違って、やっぱりキチッとしたものを、キチッと食べると。栄養のバランスを取ってキチッと食べる。そして、よく運動してお腹を空かして、またキチッと食べると。そういうことがほんとに私達の身体の調子をよくし、私達の身体に備わっておる自然治癒力という、病気を治そうとする力を発揮することに繋がるというふうに考えているわけですね。
 
有本:  成る程。環境が大事だというお話もありまして、環境と言いますと、確かに、ここのように大変自然が豊かでという環境もあるようですが、ここにいる一週間なり、十日なり、或いは四十日なりで、自分の食生活とか、或いは環境をこう距離を置いて見るというですねか、そういうことが出来るわけですね。
 
藤岡:  そうですね。なかなか環境の中におりますと、自分が生活しておるこの環境、生活習慣、これが良いのか悪いのか、なかなか分かり難くなるんですね。ですから、そういう場所を離れて、一端こういうところへ来て、そしてここでの生活を体験しながら、いままでの自分の生活を振り返る。これは非常に効果があると思います。私はこれは「気づき」と「学習」というふうに考えておるんですけれどもね。そういうことに気付く、そうしてそれを学ぶという、そういうことがこういう施設で出来るんだというふうに考えておりますね。
 
有本:  成る程。それと運動にも随分力を入れていらっしゃって、具体的にはみなさんよくお歩きになるようですね。
 
藤岡:  そうですね。なかなか入院した当初は、もう直ぐ入り口の坂がなかなか登れないと、息切れがするという方々が、まあ、ザッと、そうですね、十日間から二週間位で、五キロ、十キロは何でもないというふうになりますね。歩くのがだんだん楽しくなるんですけれども、そうすると、毎日二十キロ前後ですね、
 
有本:  二十キロ、へえ!。
 
藤岡:  二十キロ前後、毎日歩く方も出て来ます。私も日曜日は毎週お付き合いをしておるんですけど、なかなかみなさん元気です。入院当初は大分しんどそうでも、ほんとに一週間、二週間で、もう私より足が丈夫だという感じがしますね。
 
有本:  まあ、先生はそれも治療の一環なんだというお話ですけど、そうしますと、歩くことによって、かなり治療効果が出ても来るわけですね。
 
藤岡:  そうですね。運動の効果と言いますかね、やはり私達が筋肉を動かして、心臓や、肺を働かして、汗をかいて、食べたエネルギーを消費しているという、運動による新陳代謝、或いはそういう運動によるいろんな刺激ですね。それが身体全体の働きを改善していく。バランスを回復していく。そういう効果があると思いますね。ですから、身体全体の自立神経とか、ホルモンの働き、そういうのも運動することによって、バランスを回復していく。それが結局は治療効果、治癒力を高めるということに繋がっていると思いますね。
 
有本:  成る程。「歩くことは、歩く瞑想でもある」というようなことを、先生、お書きになっていらっしゃいますね。
 
藤岡:  ええ。これは単なる運動じゃなくって、運動としての効果は勿論あるわけですが、そういう運動の効果だけじゃなくって、精神的な効果が非常に大きいんです。瞑想と言いますか、精神状態を安定させる、ストレス状態から安定した精神状態になるというのに、瞑想という考え方がありますけど、これはなかなか私達凡人には難しいですね。ところが散歩するという行為は、私達の感覚が外へ向かっていくわけですね。外へ向かっていく時、非常に精神的な中というのは、安定したいい状態が生まれるんですね。お茶会の時に、俳句のお話をしましたけど、俳句もそうなんですね。外を一生懸命読もうとするんですね。これが非常に精神的にはいい状態を作るんですね。どうしても病的な、と言いますか、精神的に上手くいかないような状態の時は、どうしても内へ内へとこうなりがちなんですね。それを散歩とか、俳句を創るとかということが方向を変えてくれるんですね。
 
有本:  全く薬を使わないとか、注射をしない治療ということではないわけですね。
 
藤岡:  そうじゃないですよ。どうしても必要な薬とか、必要な注射というのはあります。これはそういうものを無理に止めますと、これは病気自体が非常に悪化する場合がありますし、そんなことを目指しているわけではありません。ただ、養生することによって、必要な薬が非常に少なくなるということは頻繁に起こることですね。
 
有本:  今度、出ていった先はですね、全く今までと環境が変わりまして、元の環境に戻るわけですね。
 
藤岡:  そうですね。
 
有本:  ストレスはあるだろうし、食べ物だって、そんな新鮮なもの、旬のものだけじゃありませんね。運動だって、そんな歩くなんていうことは毎日出来ないみたいなことで、入退院と言いますか、繰り返すような方もいらっしゃるんですか。
 
藤岡:  え、毎年入院して来るという方も中にはおります。これは病気にもよりまして、そういう入院が効果的な方も中にはいらっしゃいますが、多くの方は、ここでの体験が結構活かされるということがありますね。ここは病気を治す、養生によって病気を治す場所でもありますけどね。実際、そういう養生を中心とした健康的な生き方を体験的に学ぶところでもあるんですね。これが結構効果を発揮しまして、元の環境、元の生活に戻るようであって、若干こう手直しした戻りかたになるんですね。根本的に変えることは無理ですけれども。あまりに問題がある生活だった、問題がある食事をしておったということを変えることが出来るんですね。私は、「ここの生活のような生活を、自分の元の生活に持ち込むのは無理だ」と、ハッキリ患者さんに言うておりまして、「どういう程度変えられるかということを、ちゃんと考えて、三日坊主にならないように、ずうっと続けていけるような変化を持ち込みなさい」というふうに指導をしておりますですけどね。結構、効果があるようです。
 
有本:  そうですか。十三年前、お始めになりました当初と、今と比べると言いましょうか、先生のご経験から如何でございますか。
 
藤岡:  そうですね。この十三年間で、私も非常にいろんなことを勉強させてもらいました。患者さん達は、これはいろんなことを教えてくれるわけですね。そうですね、私、ここを始めた時は、自然というものがこんなに大切だとは思っていなかったんです。私がここで養生所を始めたのは、私の可能な資金で、それなりの広さの畑や田圃が手に入るということが条件だったんですが、その畑や田圃も非常にいいんですけど、周りの森とか、或いはこの全体の森が醸し出す雰囲気ですね、これが非常に私達人間の病気を癒やしてくれる働きがあるということをほんとに感じましたね。だから、この自然環境というものが、今、非常にあちこち破壊されて行っておるということですけど、これは私達が健康に生きる為にも、自然を守らなければいかんということを、非常に感じるようになって来ましたですね。
 
有本:  お話を伺っておりまして、自然を大事に、それから一人一人がもっているこう自然治癒力を言うんですかね、それを高めながらの養生所であるということが、よく分かりましたけれども、十三年目、これからもそういう哲学はずうっと続けて養生所を運営なさる。
 
藤岡:  そうですね。これは病気を治そうとする時に、これは薬とか、手術による治療というのも必ず要るわけですけれども、ほんとに病気を早く安全に治すと言いますかね、ちょっと語弊があるかも分かりませんが、そういうふうに病気を治す力を強めようとする時に、私達自身が、一人一人がもっておる身体の生命体、命としての力ですね、自然治癒力とか、生命力とか、或いは抵抗力とか、或いは元気とか、いろんな表現があるか分かりませんが、それを活発にしてやっておる、強化しておくことは、非常にこれから大事になって来ると思うんですね。それがやはり養生だと。一つは患者さんとか、私を含めた患者さんと、私が一緒になった体験を通じての実感ですね。同時に、一つの考え方としまして、やはり環境が非常に重要なんじゃないか、或いは自然が重要なんじゃないかと思うわけですね。体験としましては、私、丁度この山の辺りを、私は散歩コースとして歩き回っておるんですけど、いろんな草花、或いは昆虫や野鳥というものを見ながら、非常に爽やかなものを感じるわけですね。私だけかと思ったら違うんですね。患者さん達も、あんまり山の中を歩いたことないような人達も非常にそういうものを感じるわけですね。そういうものをずうっと体験を積み重ねて来ましたから、そういうことからの実感ですね。考え方としましては、これは私達人間というものは環境、環境というのは私達の周りですけれども、これは人間関係というような環境もありますけれども、いろんなものが作り出す環境もありますし、一つの風潮とか、精神的文化的、そういうものが作り出す環境もあるわけですけど、そういう環境との関わりですね、それで私達は学び、成長しているという面があると思うんですね。ですから、これは言い換えますと、私達は環境からエネルギーを得ておると。これは食べ物ですね。同時に、私達は環境から情報を得ていると。これは知識と言うふうに言うていいかも分かりませんが、いろんな情報を、いろんな知識を得ておる。そういうことによって、私自身が出来ていると言いますか、一般に人間というものは、そういうものとして出来ていくんだと思うんですね。成長していくと言いますかね。そういうことを理屈として考えて見た場合ですね、環境の問題というのは、私達が健康に成長していく為に、健康に生きていく為に、非常に重要なものだというふうに考えることが出来ると思うんですね。ところがこれまでの医学は非常にいろんな成果を上げてきたことは確かなんですけれども、私達の身体の研究、臓器の研究、肝臓心臓というような臓器の研究、そして細胞の研究、細胞の中のいろんな核だとか、そして遺伝子研究というふうに、どんどん細かいところへ、中へ中へ、細かい部分へ研究を進めていって、それで病気の治療が進んで来たわけですね。これは非常に大きな成果を上げたのも確かですけれども、僕は全体から言うと、半分を研究しただけだと思うんですね。ですから、半分だけでは、結局、人間というのは分からないし、人間の病気というのも充分分からないんだと思うんですね。ですから、これからの二十一世紀というのは、これまでの医学の研究と共に、私達と人間と環境との関わり、私達と外との関わりですね。私達の皮膚で包まれた私よりも、外との関係ですね、これが医学の重要な課題になるし、それがある程度進んでこそ、私達の本当の健康とか、人間的な楽しい生き方とか、そういうものが確立して行くんじゃないかと思うんですね。
 
有本:  環境が大事だよというようなことで言えば、よく分かりますし、先生、患者さんと一緒に歩く。これから秋の涼しい風、或いは虫も鳴くでしょうし、素晴らしい森林浴にもなるんでしょうけども、そういう環境はもとより大事なんですが、我々自身に自然治癒力という、自分自身で病気をやっつける、或いは病気になっても、早く治すというか、それをなんか大事にしていないみたいなものが、現代人にはあるんじゃないかということを、今のお話を伺って感じたんですけれども。
 
藤岡:  そうですね。自然治癒力というようなもの、これを基本におくのがまどろっこしいんじゃないでしょうかね。皆さん忙しいと言いますかね。だから、自然治癒力、私達自身が治っていく力を持っているということよりも、もっと早く治したい、もっと早く苦痛を取りたいという、その辺の考え方がちょっと行き過ぎてているんじゃないでしょうかね。
 
有本:  成る程。
 
藤岡:  ですから、いわゆる薬にしろ、手術にしろ、そういうものには副作用が伴うわけですね。これは効果があるということは副作用があるということと、それは裏と表のイコール(equal)なんですね。ですから、そういうものだけに頼れば、必ず病気がよくなっても副作用も出ると。だから、この患者さん、ガンは治ったけれども、患者さんも亡くなってしまったというような笑い話もならんようなことが現実にあるわけですね。それは本来の私達の力ですね、それを無視した治療が行われたことになりますね。
 
有本:  今のお話ですと、よく病気を見て、病人を診ないお医者さんへの批判がありますけれども、まさにそういうことなんでしょうかね。
 
藤岡:  そういうことになるんでしょうかね。今の医学も、そういう点は大分反省が進んで来ておりますけれどもね。基本的な考え方として、僕はそういう技術的な、治療の技術というものも非常に大切なんですけれども、それだけいくと、やはり病気の治療の医学としては、半分だと。半分足らないと思うんですね。ですから、私達人間というものは、これは身体の中は、本来はよく出来ているわけですよ。これは人体を「小宇宙」と言ったりしますよね。私達の身体の中というのは非常によく出来ておる。それは非常によく調和取れた宇宙と言うに相応しいようなもので、これは複雑であり、よく調和が取れているわけですね。ところがそういう私達の、そういう小宇宙である私達の人体というものの外と、私達は関係して生きているわけですから、こういう一つの人間の問題というのは、なかなか今まで科学にならなかったわけですね。だけど、これからは、それが科学として重要な研究課題になっていく。それが二十一世紀だと。同時に、環境問題というのは二十一世紀の課題にもなって来ておると。そういう時代ではないかと思うんですね。
 
有本:  今、お話を伺っておりまして、今、十三人の入院患者さんですね。もっと現代病、或いは生活習慣病で苦しんでいる方がいらっしゃる。もっとこう大きな診療所になさって、そういう患者さんをもっと受け入れたらと、こう思ったりも致しますけれども如何ですか。
 
藤岡:  そうですね。確かに規模を大きくするというのも一つの方法ですけれども、まあ私自身は、こういう治療が有効かどうかということを確認したかったわけですね。ですから、規模を大きくするとしたら、こういう治療が有効だということがハッキリした上でのことになるわけですね。ただ、もう一つはこういう施設というのが、運営という問題で適切な規模というのがあると思うんですね。そういう一つの適切な規模というのが、果たしてどれくらいなのか、これはなかなか分からないわけのですけれども、私が今までこれやって来た経験から言いますと、この十二、三人という規模は、非常にもっとも効果が上がる規模なんですね。だから、大きくするにしても、それは十数人のグループにしていかなければいけないとか、いろんな問題が起こるかも分かりませんね。そうすると、私は個人の経営で行っておるわけですけれども、これがそういう一つの施設を大きくするとか、そういうことが私なんかの個人的な冒険としてはなかなか出来ないんですね。ですから、この規模ではなんとかやれたと。そういう経済的なことも含めて、なんとか成り立たせることが出来たと言えるんですね。ですから、またいろんなそういう冒険は別にやって頂きたいと、僕は思っておるんです。私自身は一つの自分なりの仕事、研究は一段落したつもりでおりまして、こういうものを、さらに一つの考え方として発展させていきたいというふうに、いま考えているんですけどね。
 
有本:  先生のお話で、「我々の身体はよく出来ているんですよ。小宇宙みたいなものですよ」と、おっしゃいました。まさにそういう小宇宙を我々は人体として、臓器として持っているならば、まさに大宇宙の中、自然の中にこうあることが、まさにピッタシと言えましょうかね。
 
藤岡:  ええ。そうですね。私達人間の人体という小宇宙の外界としての自然と言いますか、地球と言いますかね、そういうものとの関わりのあり方ですね。これは非常に難しいと思います。今の環境汚染や、資源の問題もありますけれどもね。人口問題、食料問題まであると思うんですが、私達がほんとに健康に生きていく。出来れば、外国の人達も含めて多くの人が健康に生きていくという為には、どういう環境との関わり方がいいのか、これが大きな課題になっていくわけですが、現実の私達の個人としての毎日の生活も、そこにあると思うんですね。現実には毎日の生活、仕事だとか、日常のことに追われて生活しているわけですけれども、やはり病気ということになれば、ちょっとそこで振り返って見る。ちょっと考えて見るということがおこるんですね。その時にどういうふうに、これから、私は環境と関わって生きていくのかということが、病気とか健康とかという場合の大きな一つの動機になると思うんですね。治療は治療で必要なんですね。だけど、この治療だけでは解決仕切れない問題が現にあるわけですし、それが増えていくと思いますね。
 
有本:  テレビをご覧の中でも、毎日ほんとに健康で過ごしたい、健康の有り難さ。じゃその健康の為に我々の一人一人、めいめい何を頼りにこう生きて行ったらいいのか、その辺は如何でございましょうか。
 
藤岡:  これは極当たり前のことを、着実にやっていくということだと思うんですね。だから、食べること、運動すること、そして心の養生にも心がけること。そして私達が健康に、そして明るく生きていく為に、必要な知識や情報を学習することですね。こういうようなこと、そしてまた自分自身が、楽しく健康に生きていけるような環境を選ぶことと言いますかね。こういうようなことを、これは日常生活の中で着実にやっていくことだと思うんですね。特に環境は、私達が自分にほんとに自分の健康にとっていい環境というものをどっかで見つけるか、或いは現在の環境を、そういう私達にいいものに変えていくかですね。そういうことか、或いは私自身を環境に合うように変えるか、そういうどちらかがあると思うんですね。そういう環境との問題を十分意識して、そして生活の中に生かしていくといいますかね。そういうことが大事だと思うんですね。今まで一般に養生ということはいろんなところで言われてきたと思うんですね。そういう養生に、プラス、環境の問題ですね。自分の周りの問題、周りと自分がどう関わっていって、どういうふうに関わり方を変えていくのか、というような問題ですね。そういうことを一つ、私は重視すべきだと言いたいですね。
 
有本:  成る程。どうぞ患者さんの為にも頑張って頂きたいと思います。ほんとに有り難うございました。
 
藤岡:  こちらこそどうも有り難うございます。
 
 
     これは、平成九年九月七日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。