やすらぎの仏法ー喜び上手に生きるー
 
                        継鹿尾山寂光院山主 松 平  實 胤(じついん)
昭和二十一年名古屋市うまれ。昭和四十八年大正大学卒、名古屋大学大学院文学研究科印度哲学科修了。六歳で得度。昭和四十八年犬山市の継鹿尾山寂光院山主に就任。著書に「やすらぎ仏教のすすめ」「喜び上手」共著に「自然のこころ」など。
                        同朋新聞編集委員  亀 井   鑛
    
ナレーター: 愛知県犬山市、岐阜県との境にある山の中腹に千手観音霊場として知られる真言宗智山派(ちざんは)継鹿尾山寂光院(つがおさんじゃっこういん)があります。寂光院は六百五十四年孝徳(こうとく)天皇により、建立されたと言われ、人々から継鹿尾の観音様と呼ばれ、親しまれて来ました。本堂にある千手観音像は室町時代の作と伝えられ、戦国時代の戦火を逃れ、今に残されています。自然豊かな寺の敷地は十万坪もあり、春は桜、夏は緑と変わり、中でも秋の紅葉は素晴らしく、紅葉寺(もみじでら)とも呼ばれて、多くの人々が訪れます。寂光院の山主(さんしゅ)松平実胤さんは十年以上も前から、月に一度、「こころのやすらぎ」を人々に説く「やすらぎ説法」を続けて来ました。今日の説法のテーマは「こころの満足を求める時代」です。
 

 
松平:  さて、一九九一年五月、バブル経済が崩壊致しましてから、どうも日本人のものの考え方も大きく変わったような気が致します。で、それまで私共は物とか金に随分拘(こだわ)っていたような気分でしたが、しかし、それ以後あまり物や金に拘らなくなったというところなんですね。さて、今私共、「何を求めているか」ということになりますと、「心の満足を求める時代を迎えたんじゃないか」ということなんですけれども、例えば、今日も日曜日でございますから、おそらく皆さん方、新聞を手に取る。随分分厚い新聞だったと思うんですね。おそらく新聞以上に折り込み広告の多さだと思うんですけれども、その折り込み広告は結構私も随分前は楽しみに一枚づつ眺めて見たことがあるわけでありますけれども、最近まさにそのまま失礼ながら古新聞のコーナーに置いてしまう。そのようなことが多くなりました。で、「どうしてか」ということでありますけれども、もう私共はセール、安売りがあるとかですね、或いは景品、賞品、おまけが付くというようなものに、あまり興味なくなっているんですね。ということになりますと、いま私共、「サービスというのは一体何だ」ということになりますと、「物とか金とかのサービスではないぞ」ということなんですね。八月の十九日、まだ、さほど古い話しじゃございませんが、八月十九日、私は東京のあるホテルで朝を迎えました。さて、私の部屋に新聞が入っておりましたので、新聞を眺めて見たら、一つ、車、自動車会社の宣伝に出会いました。これは全面広告でございましたね。大きな広告でございました。しかし、興味深かったのは、ただ一行のコピーなんですね。何という広告と思います。自動車会社ですが、「私達は満足という一台をお届けします」。ただ、それだけなんです。何とか自動車なんですね。ということになりますと、今私共はこの「満足」という言葉に極めて弱いんですね。おそらくそのコピーを見て、「そうか、じゃ、その自動車を買おう」という気になる方もあったのかも知れないんですね。ということになりますと、これからはまさにこの「満足を求める時代」と言っていいと思います。さて、私共はそういうようなことで人に対して上質のサービスを求める。と言うことになりますと、今度は自分達もどうかとなれば、「自分達も満足いく生き方」がしたいということになります。さてその「満足いく生き方」ということを、先程のサービスからしますと、「上質の生き方」と言ってもいいかも知りませんね。私共はそんなようなことで、あまり物とか、金に拘らなくなったけれども、上質の生き方には拘るようになった。そうとも言えるわけなんですね。さて、その「上質の生き方」というのは、「一体何だ」ということになると、これは十人十色です。千差万別です。今日おいでの方が二百人なら、それぞれの二百通りの生き方があっていいと思うんですね。しかし、大まかに分けてみると、こんなことも言えるんじゃないかということだけを、私は今日皆さん方にお伝えをしたいと思うわけなんです。で、どうしたら、「心満足いく生き方が出来るのか」というわけでありますが、まあ今日は答えを先に申し上げておきましょう。それは先ず、第一番目にですね、人間というのは生活をするということになります。私も家族を持っています。ということになりますと、家族が生活が出来るように、先ず働かなくちゃいけませんから、物、金無くちゃやって行けません。先ず働くということも大きな人生の柱として考えるべきだということになりますよね。働かざる者、食うべからずでございますね。ということになりますと、先ず、「働くということが一つ大きなポイント」と思うんですね。第二番目は、だからと言って、働くだけが人生だったら、これは詰まらないと思うんですね。「あなた、なんの為に生まれて来たの」「はい。働く為に生まれて来たんだ」と言うんだったら、これはちょっと詰まらない。そして、大体、私共がですね、「物物、金金、株株」と言っていて、そういうような人が尊敬を受けた試しがないんですね。ということになりますと、それも一つだけれども、じゃ、第二番目は「何だ」ということになれば、「文化じゃないかな」と思うわけですよ。文化を考えるということなんですね。さて、「文化というのは何だ」ということになると、これなかなか難しいわけでありますが、「文化」というのは、これいろんな定義があるわけでありますけれども、その文化の定義の中に、例えば、「生活に潤いを与える」これが一つの文化の定義でもあるわけなんですね。そして、まあいろんなその難しいことを言う方がありますけれども、「文化というのは一体何だ」ということになって、「そうだ、人間に生きる意味を与えるものだ」というふうに考える方もあります。そして、私共は人生投げ出したくなることが一杯あるわけでありますけれども、しかし、そんな時にですね、また、「人間に生きる勇気を与えるものが、これ文化だ」ということも言えるわけです。また、皆さん方が仕事で疲れた、人間関係に疲れた、もうヘトヘトだ、というような時に、皆さん方は旅に出たいと思いませんか。日常からちょっと非日常の生活を経験して見る。旅に出る。皆さん方は日本人の古里ということになると、京都とか、奈良というところがありますけれども、フッと京都に行って見る。そして、奈良に行って見る。心癒やされるわけですよね。文化財の豊富な場所が京都でもあり、奈良でもあります。文化というのはこれはまさに本物に触れる。本物を味わうことが出来る。本物のたたずまいの中に身を置いて見ますと、人間性を回復するんです。まさに京都とか奈良は文化財の宝庫でありますけれども、そういった本物の場所に触れて見ますと、私共は心癒やされるんですよね。そしてまた明日から頑張ろうという、そんなような意欲も湧いて参ります。文化というのはですね、そんな大きな力を持っているんですよね。さて、もう一つ「上質の生き方」ということになりますと、例えば、皆さん方がお働きになられる。で、例えば、私も働いているわけでありますけれども、したことに対する対価を頂くというのは、これ当たり前ですよ。商売なさっていてですね、儲からない商売止めた方がいいんですよ。ですから、商売というのは儲からなくちゃ意味がないんですけれども、だからと言って儲けることだけだったら、行き詰まってしまうんですね。おそらくそんな時に、例えば物を売って対価を頂戴するんですけれども、「いや、お宅の製品、ほんとに便利だよ」「いや、助かっているんだ」。一言言われるとですね、もう自分がですよ、今までの苦労吹っ飛んでしまうように嬉しいですね。人の喜ぶ顔を見るということは、これほど愉快なことはないわけでございますよ。ということになりますと、今度は人の為に、何かして差し上げる。そして、それが自分に返って来ると無上の喜びになって返ってくるわけです。例えば、奉仕とか、ボランティアというのがありますけれども、この奉仕や、ボランティアはこれは商売と違いまして、対価を求めないわけですよ。対価を求めないけれども、人の喜びが自分の喜びとなった時に、ボランティアというのはですね、これは生き甲斐に変わっていくだろうということですよね。
 

 
ナレーター: 松平実胤さんは、昭和二十一年名古屋市内の寺院に生まれました。次男の為、お寺を継ぐ必要のなかった松平さんですが、大学時代、お釈迦様の優しい心に触れ、僧侶を一生の仕事として選びました。松平さんは二十六歳の若さで、ここ寂光院の山主になり、二十八歳で僧正になりました。若くして山主になった松平さんは建物も荒れ、人々が訪れなくなった寺を立て直しながら、やすらぎを求め、訪れる人々に心の大切さを訴えて来ました。
 

 
亀井:  今日は秋の真っ直中のまことに美しい雰囲気のお寺の中で、第二日曜の恒例の「やすらぎ説法」を、私も拝聴させて頂きました。
 
松平:  有り難うございました。
 
亀井:  「やすらぎ」という言葉が付いておりますけれども、これはどんな由来と申しましょうか、お気持ちでお付けになったんでございましょう。
 
松平:  私はこちらへ縁あって、参ったのが、昭和四十八年でございまして、まだ二十六の頃でございました。縁あってここのお寺の住職になるわけでありますが、来た時、随分荒れ果てておりまして、そして、私に課せられた使命というのは当然復興するということだったんですが、ただ、そこで復興する意味があるのかということですね。やっぱり存在価値がないから、誰も訪ねて来ないんで、ということからしますと、それに大きな疑問を持ったことがあるんですが、もともとお寺という、寺院というのはサンスクリット語で「ビハーラ」と言いまして、「やすらぎの場」という意味がある。やっぱりここをやすらぎの場にしなくちゃいけないということだったんですね。当然のこと、この風景が来るだけで心安らぐというのは、大きな財産なんですね、この寺の。しかし、もう一つ、来たら心も豊かになったということになればいいということで、じゃ、何か語って、聞いて下さる、そんなようなことを考えてみようということで、私が折りある毎にお話をしようと始めたのが、この「やすらぎ説法」なんですね。
 
亀井:  成る程。
 
松平:  もともとお寺がやすらぎの場で、そこで語るから、「やすらぎ説法」ということになったわけなんですね。
 
亀井:  そうですか。「ビハーラ」という言葉はよく耳にします。最近の言葉ですけど、随分、じゃ、古くからビハーラの精神を、やすらぎという、
 
松平:  そうですね。
 
亀井:  「穏やかな」と申しましょうか。あんまりこう新しがらない表現で使って下さっておったわけでございますね。
 
松平:  そうですね。それを意識したわけじゃありませんが、最近は「ホスピス」とか、「ビハーラ」とか、よく使われるようになりました。
 
亀井:  僧侶になられたのはお寺にお生まれになったということが一番大きな、
 
松平:  そうですね。次男坊でした。父も兄には随分力を入れて育てました。次男の私はそれ程でもなかったんですけれども。
 
亀井:  坊さんにならなくてもよかったという身の上ですね。
 
松平:  そうです。ですけど、「仏飯(ぶっぱん)を食(は)む」という言葉がありましてね。仏様のお下がりを頂いて育ったんですが、それが一つ逃げられなかったんですね。縁でしょうね。最終的には同じ道を歩むことになりました。
 
亀井:  そういうような僧侶の道を選ばれた背景には、仏教ということとの大きな出会いということがございますが、どんなところから仏教というものに心に惹かれるようになったということでございますか。
 
松平:  決して、進んで坊さんになりたいと思わなかった理由は、やっぱり、何か坊さん    というのはダサイような感じを、やっぱり若いものは持ちますよね。
 
亀井:  そうですね。
 
松平:  何か古くさいとかという、そういうようなイメージがあって、お坊さんに絶望しながら、仏教を知らなかったということもありました。で、たまたま縁あって開いた仏典が『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』というお経なんですが、その『大般涅槃経』というのをふと読んでみて、分からない部分が多すぎたんですけども、納得出来るものが結構ありまして、それはお釈迦様の最晩年の模様、ですから、亡くなられる辺りりの模様を書いたお経なんですけれども、
 
亀井:  『涅槃経』というのは、一番最後の経典ということになっていますね。
 
松平:  そうです。最晩年のお釈迦様の様子、八十歳頃なんですね。それでご自分がだんだんお弱りになられると、弟子の者に、ちょっとづつ弱音を吐かれますよね。しかし、「もうダメだなあ」とおっしゃるんですけれども、しかし、フッとですね、「私は如来で悟りを開いた者だから、思う通りの寿命が頂けるんだよ」というふうなことを、お弟子さんに言うんですよ。阿難尊者ですね。しかし、弟子は喜ぶんです。「長生きして下さい」と言うんでしょうけれども、ちょっと聞き損じていたんですね。そうしたら、お釈迦様も詰まらなかったんでしょうね。「もう僕は長生きするのを止めた」というようなことをおっしゃる。そうしますと、お弟子さんが「いや、そんな長生き出来るんなら、もっと長生きして下さい」というんですけれども、「いや、僕はこれでもう人生を終えることにした」と言って、亡くなられていくんですが、しかし、私はそれを爽やかに受け止めまして、悟りを開いたから、長生き出来ると、或いは地位、権力あれば長生き出来るというんなら、これは私、ちょっと失望したと思うんですね。お釈迦様も例外、特権階級ではなかったということが、その時の私には嬉しかったんですよ。
 
亀井:  成る程。
 
松平:  「あ、そうか」ということですよね。
 
亀井:  もし、特権階級として悟りを開いた人、偉い人間なんだから違うんだということであれば、この私は付いて行けないということがございますね。
 
松平:  そうですよね。例外を認めるのかというところですよね。若気の至りでしたから、そのような傲慢なところもありましたけれども、そこでちょっと納得しまして。もう一つですね、お釈迦様は亡くなられた場所はクシナガラというところですね。私は二、三度行きましたけれども、寂しいところです。
 
亀井:  ああ、そうですか。
 
松平:  ええ。その仏典にも「場末の町」と書いてありましてね。当時も寂しかったんでしょうね。弟子が文句を言うんですよ。「お釈迦様ともあろう方が都で亡くなるべきだ」と。「こんな寂しいところなら誰も悔やみに来ないじゃないか」という意味でいうんですよ。そうしますと、お釈迦様は、「誰だって今ここを変更出来ないんだ」という。「私の臨終の地はここをおいて他にない」とおっしゃるわけですよ。もしそこで自由に死ぬ場所を選ぶことが出来るんだったら、これは例外、特権階級を認めることですから、私は失望していたんでしょうけども、何故かその時の私の気持ちに触れるものがあったんですね。それで私は、「えっ」と思って、「仏教が嫌いじゃなくて、坊さんが嫌いだったんだなあ」という。それに気付いた。
 
亀井:  そこのところ大事ですね。面白いですよ。
 
松平:  今の若い方もそうじゃないんですかね。
 
亀井:  そうですね。「仏教嫌い」というのは、よく若い人達の間にありますけれども、そのけじめがハッキリしないままということですね。
 
松平:  そうですね。きっとそうだったでしょうね。
 
亀井:  ですけど、お釈迦様が悟りを開いたから、特別の人間だから、特別に長生き出来るとか、そういうことが全くない。病む時には病む。
 
松平:  そうですね。
 
亀井:  どんな田舎に居っても、そこで死んでいかなくてはならないのだということを、身をもって教えて下さる。
 
松平:  そうなんでしょうね。ですから、私はそれで何故か仏教が好きになりました。
 
亀井:  成る程。つまり、それは「因縁(いんねん)」ということでございましょうか。
 
松平:  そうですね。「縁」というものは〈自分の意志ではどうしようもない〉んですが、それに私共は結構〈無駄な抵抗をするんで、それが苦しみ、悩みの元になる〉でしょうね。今でもしょっちゅうそんなことばかりですけれども。後で気付くんですが。
 
亀井:  人間にとって「縁」ということは、大きな退(の)っ引(ぴ)きならないと申しましょうか、抜き差しならないものなんだということがなかなか私達には頷(うなず)けない。
 
松平:  そうですよね。
 
亀井:  〈何とかして自分の思い通りにしようというような思い〉がそこにあるわけでございますね。〈仏教というのはそういうことをやはり私達に自覚せしめる〉というんでしょうか、〈教えるもの〉でございますか。
 
松平:  結局は、〈私共の力、努力ではどうしようもない〉んです。〈最終的には努力も必要なんですが、条件が調っていて〉ということになりますから、その〈縁をどういうふうに受け止めるか〉でしょうね。〈それを教えてくれるのが仏教〉だろうと思っています。
 
亀井:  仏教でよく「諸法無我(しょうほうむが)」とか、「諸行無常(しょうぎょうむじょう)」というような言葉がよく私達、聞かされますんですけれども、それも「縁」ということと結び付くわけでございますか。
 
松平:  そうですね。「縁」というのを二つの柱で、「時」と、そして「空間」ですね。「時間」と「空間」で考えているわけですね。「諸行無常」というのは〈どんなものでも同じ状態に止まるものは一つもない〉という意味なんですね。例えば、私がここに座って居て、或る程度時間が経ちました。十分前の私と違います。ですから〈時という力でいろんなものが姿を変えていく〉ということですね。
 
亀井:  「諸行無常」ということはその〈時間性〉を現す。
 
松平:  そうですね。〈同じ状態に止まるものは一つもない〉というんですが、しかし、私共はある意味では〈拘(こだわ)り〉がありますから、同じ状態に止まっていて欲しい。こんな楽しい時間はいつまでも永遠に続くようにとかですね、思いがちですけれども、だんだん色褪(あ)せて来ることに、私共は〈無駄な抵抗〉をします。「諸法無我」というのも、これは私が生まれてから、〈時の流れ〉と、もう一つはいろんな〈条件関係〉というのがありました。例えば、私の両親に巡り会うとか、或いは先生に巡り会うとか、その影響で私も同じ状態に止まらずに、いろんな心境の変化もあって、進む道も変わっていくということですよね。そういうようなことで、〈時間と空間で同じ状態に止まらない〉。それを〈縁の働き〉を二つから見ているのですね。
 
亀井:  そのことがなかなか私達には納得出来ないというか、承服出来ないということなんでしょうかね。
 
松平:  そうですね。承服出来ずに無駄な抵抗をしますので、結局はそれでずうっと悩むんでしょうね。
 
亀井:  迷って、頑張って、そうして苦しみ、藻掻(もが)くわけですね。
 
松平:  そうですね。今でもそうなんですよ。
 
亀井:  そんなところに、私達の迷いの姿というものが、いろんな形で出て来るんですけれども、何か仏教に縋(すが)り付くことによって、そういうような自分の思いを貫かせて貰えるかのような、私達のまさに無駄な抵抗というか、無駄な願望というものが付いて回っておるということもございますけれども、俗によく弘法信仰、弘法様と言いますと、一生懸命に願を掛けて加持祈祷をして貰って、それで願い事叶えて貰うんだとか、そんなことで私達はやっているということがございますけれども、
 
松平:  確かに、私は縁あって、真言宗のお寺に生まれまして、そして今真言宗のお寺の住職をしています。ですから、真言宗では加持祈祷というのも当然大きな柱ですね。私共の宗祖の空海弘法大師という方、いろんなことをなさっているわけです。早い話が奇跡的なことを、普通に考えると、とんでもない力を発揮されているわけですね。ノーベル賞を貰った湯川秀樹さんが、「日本の天才の一番最初に指を折る方が空海弘法大師だ」と言われる程、スーパースターなんですが、しかし、例えば、満濃池(まんのういけ)という四国の讃岐に池を、
 
亀井:  溜池を造られた、
 
松平:  溜池を修復された、あれは決壊をするような、しょっちゅう洪水で酷い目に遭っていた。それを何とか盤石(ばんじゃく)なものにしたいというので、空海が監督になって行くわけですけれども、しかし、間違いなくその土木工学の粋を、彼は集めて工事にかかるんですけれども、最後は空海を慕って来る人達が労を惜しまずに一生懸命に働くわけですね。その惜しまずに働く人と、そうして自分の土木工学という知識に自信をもっていましたけれども、最後には護摩(ごま)を焚(た)くわけですね。護摩を焚いて空海そのものは一生懸命に祈る側に徹するわけですよ。それで最終的にはその護摩のご祈祷で池が完成されたというふうに考える。これ一面的ですよね。実は私共の『大日経』というお経なんですけれども、その中に「我功徳力(がくどくりき)」という自分の力、やっぱり自分が精一杯力を発揮しなくちゃいけません。〈自分の力を精一杯発揮するということが、先ず大きな力になる〉。「如来(にょらい)加持力(かじりき)」という〈仏様のお力に縋(すが)る〉、或いは〈お力、お計らいに縋る〉ということ。これも宗教的な意味では、これは〈自分の力の及ばないところは、後は縋る以外にない〉ですから。この二つ。もう一つ、「法界力(ほっかいりき)」というんですね。「法界力」というのはこれは〈全ての条件〉、先程の〈縁〉ですけれども、〈縁が調う〉と、この三つが上手く調和した時に、〈全てのものが成就をする〉という。これ「三力」というんですが、この〈三つの力が上手く調和した時に物事は成就する〉というわけですね。ですから、空海も自分の土木工学と、自分を慕う人達の力を信じても、尚かつ、御仏のお力に縋り、最後はその自然現象のですね、縁というものが、上手く調うようにと祈るわけですね。間違いなく、事は成就するわけですけれども。ですから、一面的に、ただ、ご祈祷すれば願いが叶うというわけではないんですね。その〈三つを十分承知しながら、私共はそういうような宗教的なものに触れる〉ということが必要だと思います。
 
亀井:  そういうことが、何か非常に短絡的に、ご祈祷して貰えば、どんなことでも願う事叶わざるなしと言ったような受け止め方に、私達大衆は短絡的に受け止めてしまうということがございますね。
 
松平:  空海はスーパースターと言われるくらい、日本のレオナルド・ダ・ビンチと言われる位いろんな多面な方ですが、例えば、池を修築するとか、学校を建てるとか、或いは石油を掘り当てるとか、空海弘法大師伝説なんていうのは、全国にありますね。しかし、もともと自分は〈いま生きているこの世の中を浄土にしたい〉という、「密厳浄土(みつごんじょうど)」と言うんですが、この現在住んでいる〈自分達の日常生活が幸せになる為に〉ということばかり考えていたんだと思うんですね。ですから、苦しんでいる人達に、「この水は明かりをもたらす。実は役に立つ水なんだ」というふうに石油を教えたり、というような伝説が一杯ありますけれども、そういうようなことなんでしょうね。で、それは勿論中国でちゃんと勉強しているわけですね。
 
亀井:  成る程。その裏には綿密な合理精神に立った、人間の能力を駆使した広い知識のフィールドがあるわけですね。
 
松平:  そうですね。ここ掘れワンワンじゃないんですね。
 
亀井:  そうですね。そういう神秘的な、何かはったりみたいなこととは全く違うわけですね。今のお話を聞いておりますと、〈三つの力〉があるとおっしゃって、最初の二つは私達にも比較的分かり易い。ですけど、最後の三つ目の「法界力」というんですか、これはまさに〈自力の限界を超えた〉、
 
松平:  そうですね。
 
亀井:  むしろ、〈他力の世界〉と言っても良いかも知れませんね。
 
松平:  そうですね。
 
亀井:  他力に乗託していくというような世界ですね。
 
松平:  そういうことでしょうね。
 
亀井:  そういうところが弘法大師を、非常に私達は誤解しておると言うんでしょうか、受け止め間違っておりますね。
 
松平:  そうだと思いますね。ですから、私も真言宗のお寺の住職ですから、観音様の前でお護摩を焚きますけれども、そういうようなことを承知しながら、お勤めに参加して頂くというのが、大事なことだと思いますね。
 
亀井:  よく「七難即滅」というような言葉が言われますけれども、そういうこともですね、あまり強引な利益(りやく)を当事(あてこと)するということとは違うわけでございますね。
 
松平:  そうですね。先ずご本人の「我功徳力」というのが必要ですよね。そして〈自分の力の及ばないところを、後はお計らいを如来から頂く〉とかですね、〈謙虚になる〉とかですね、それと後、〈ご縁という不思議なものにお任せする〉とかですね、そういうやっぱり〈人間が我(われ)を捨てるところに最終的に実を結ぶ〉ものが多いんじゃないんですかね。
 
亀井:  何かそういうところに先生のお書きになった本の『日々に花咲く』の中に、お終いの方に「無功徳(むくどく)」ということが出ておりますけど、何か私達、ああそうだろうなあという感じを頂きながら、読まして頂いておりましたけれども、
 
松平:  はい。私共でも今日もお写経がありましたけれども、十年、二十年とお写経をずうっと欠かさず毎月続ける方は一杯いるわけですよ。ただ、その人達がもし「こんなにちゃんとやって来て、最後に苦しんで死んでいく」とか、「ご利益(りやく)なければたまりませんよね」と一言言われると。
 
亀井:  「やった甲斐ないじゃないの」という気持になりますね。
 
松平:  そうしますと、私も大変責任を感じますからね。そこで私の逃げみたいなことではあるんですが、〈いや、もう功徳を離れたところに功徳がある〉んだという、「無功徳」というのはですね。〈功徳を考えてやっているなら、これは心の豊かさに結び付かない〉んじゃないかということでしょう。
 
亀井:  先程のお話の中にも「縁があって」とか、「ご縁」という言葉を出して頂いておりましたけれども、仏教の中で、この「縁」とか、「ご縁」というようなことは大切な考え方でございましょうか。
 
松平:  そうですね。私が真言宗のお寺に生まれたというのは、〈私の意志、全然ない〉ですし、このお寺も晴天の霹靂で住職になって驚いただけで、もっと他にも可能性はあったような気もします。ということになりますと、一つ「縁」としか言わざるを得ませんですよね。
 
亀井:  それは全ての人に対して、それぞれにそういう「縁」というものが〈抜き差しならない形で、背景に働いておる〉ということでございましょうね。
 
松平:  はい。例えば、今日、亀井さんにお目にかかるのも、これ一つの「縁」だと思うんですよね。願って出来ることじゃありませんから。ですから、〈自分の意志と、努力で到底及ばないところで決定される条件を「縁」と定義してもいい〉だろうと思います。
 
亀井:  仏教で「悟り」というようなことをよく聞かされますんですけれども、その「悟り」ということも「縁」ということと絡んで、
 
松平:  もともとお釈迦様がお悟りを開かれたというのは、私はその心境というのは皆目想像余りあるものですけれども、もともとは「縁起の法を悟った」とおっしゃっておりますね。ですから、「この世の中自分の苦しみがどうして起こるのか」という元を正されたら、結局、「縁起(えんぎ)」だったということでしょうね。
 
亀井:  「縁起が良い」とか、「縁起が悪い」というようなことを私達はよく言いますけれども、あの日常的に使っている「縁起」という言葉と、ちょっとお釈迦様の悟られた「お悟り」の内容とは違う。
 
松平:  確かに、「良い」とか、「悪い」とかというのは、〈私の都合〉なんですね。
 
亀井:  そうですね。
 
松平:  ですから、私にとって、〈都合の良い縁を良い縁〉というので、〈都合の悪い縁は悪い縁〉ということでしょうが、まさに自分の意志ではないというところでしょうね。
 
亀井:  そういうことを「縁起」と、
 
松平:  「縁起」という言葉自体は、お寺の縁起とかと言って、各々しかじかという、
 
亀井:  来歴、
 
松平:  ええ。それも「縁起」と言っていますけれどもね。よって起こって来た由緒を「縁起」と言っておりますけれどもね。いろんな使われ方はあったとしても、元々の言葉の成り立ちはお釈迦様の〈お悟りの内容〉ということでしょう。
 
亀井:  私は浄土真宗の門徒の一人でございますけれども、真宗ですと、「因縁(いんねん)」という言葉をよく使いますけれども、それと同じことでございますか。
 
松平:  そうですよね。「因縁」。「因縁生起(いんねんしょうき)」という言葉が第二字目と、第四字目で「縁起」となったんですから、同じことですよね。
 
亀井:  それを縁起の道理と申しましょうか。それを悟りの内容として頂くわけでございますけども、私達の生活の中で、それはどんなふうに結び付くわけでございましょう。
 
松平:  結局、私共、お釈迦様でもそうだと思いますけれども、最終的に〈思う通りにならない縁〉というのを〈どういうふうに受け止めていくか〉ということなんだと思うんですね。〈受け止め方〉ですよね。どうしようもない縁ですから、〈愚痴ってもしようがない〉ことは分かっていても、〈その時点では分からない〉わけですね。ですから、〈最終的にはそれに気付くこと、受け止め方〉ということだと思うんです。その〈受け止め方が上手い人は人生爽やかに生きられる〉んだろうと思うんです。
 
亀井:  成る程ね。
 
松平:  〈受け止め方が不味(まず)いといつまでも愚痴になって、憤(いきどお)ったりする〉という。私もしょっちゅうですけれども。そうなりたいと思いながら、
 
亀井:  つまり、松平さんのご本に最近に出たので『喜び上手』という本がございます。あのことですね。
 
松平:  実は〈お釈迦様も喜び上手になられた〉んでしょう、きっと。〈仏様みんな喜び上手〉なんですね。
 
亀井:  成る程。だから、ニコニコしていらっしゃるんでしょうね。
 
松平:  そうでしょうね。〈厭な縁も受け止め方を、見方を変える〉というのですかね。
 
亀井:  つまり、〈喜び上手ということは受け止め上手〉ということでもあるわけですね。
 
松平:  当然時間かかると思うんですよ。その場でそんなふうに出来たら、もう仏様でしょうが。時間かけて、
 
亀井:  私達ですと、良いことだったら喜んで受け止めますけれども、なかなか人生ニコニコして喜んで受け止められない局面も随分あると思うんですけれども、
 
松平:  そうですね。私もこのお寺の住職になった時は被害妄想の方が強くて、「どうして俺がこんなところで」と言うことがありましたけれども、今思うと、二十年経って考えて見ることというのは、また見方が違いますよね。概して〈辛い思い出が、実は自分にとってとても素晴らしい思い出に変わる〉ことがありますよね。ですから、即その場で見方が変えられれば一番いいんでしょうけれども、
 
亀井:  そうですね。
 
松平:  それでもいいんじゃないですかね。
 
亀井:  少々後になってからでも。
 
松平:  そうですよね。
 
亀井:  時間がかかるということはそれ程問題にしなくて良い。
 
松平:  と思いますね。
 
亀井:  〈遅蒔きでも受け止め方が変えられれば、それが喜び上手〉なんだということでございますね。ですけど、まさに、誰に聞いて貰っても、こんな状況がやって来たんじゃ喜べっこないし、というようなことが、私達にはままあるでしょうけれども、そんな時にはどうそれを受け止め直すと言いましょうか、変えると言いましょうか。
 
松平:  「時が癒やす」という言葉がありますけれどもね。ある意味では、〈自分が納得、気付く以外に解決はない〉ような気がしますね。〈どれ程の言葉を労しても、その人の慰めにはならない〉ですよ。
 
亀井:  成る程。
 
松平:  後は仏様との対話とか、そこの中から〈ご自分で納得していくという以外に道はない〉ような気もしますね。
 
亀井:  自分自身の自主的な歩みということしか、そこにはないということでございますかね。
 
松平:  はい。
 
亀井:  ですけども、やはりそれを求めてお寺へ参るとか、お話を聞かして頂くとかということがあるわけでございますね。
 
松平:  そうですね。もうなんでも今の心の癒やしをして欲しいという方々がお訪ねになりますので、今日の「やすらぎ説法」でも結構そういう方が見えていたんではないでしょうかね。
 
亀井:  松平さんが「やすらぎ説法」を、この寂光院でずうっと続けていらっしゃる中で、個人的にも人生の悩み事を相談にいらっしゃったりなんかして、局面が大きく開かれた、まさに救われたというような状況に転じられたお方というのはございますでしょうか。
 
松平:  即効性というのはちょっと難しいですけれども、しかし、例えば、私共に「やすらぎ説法」にもお出でになるし、行事のお勤めにもお出でになられた方なんですよ。結構、信仰心の篤い方でもありまして、お嬢さんが居て、そのお嬢さんが大学を受けるというので、当然のことながら、観音様に合格の祈願をされるわけですよ。間違いなくその時は合格祈願が成就して合格されて、入学式を迎えて、これはもうお母さんも娘さんもとても有頂天の時期があったんですが、それが五月に入って間もなく、二ヶ月位して、ちょっとづつ娘さんの行動がおかしくなって来るんですね。一人好いた男と言うか、惚れた男が出て来るんですよ。
 
亀井:  成る程。ありがちなことですね。
 
松平:  ええ。その惚れた男が同じ歳位の若い人じゃなかったんですね。もう十いくつ違う三十過ぎの男だったんです。仲良くなって、結局は学校へ行かずに、その男のところで生活をするようになるという、早い話が歳が違いますから、騙されたとか、娘を取られたとかという、もうそれしか考えませんですよね。
 
亀井:  そうでしょうね、先ず。
 
松平:  乗り込んで行っては談判するんですが、殆ど喧嘩ですし、で、「目を覚ませ」と娘に言っても目は覚めませんし、強引にお父様方が車に乗せて連れて来ますけれども、また二、三日経つと消えて、当然男のところへ行くという、そんな繰り返しをしているような時に、凄い形相で私共の観音様にお詣りになるということはしょっちゅうありましたですよ。おそらく観音様に怒り心頭で、「御利益(ごりやく)がどこにあるんだ」と言って見えたんじゃないんですか。
 
亀井:  「どうしてこんな目に遭わなならんのか」というような思いでしょうね。
 
松平:  そうでしょうね。おそらく家庭でもご夫婦の諍(いさか)いはしょっちゅうだったと思うんですが。しかし、まあ、折々訪ねて見えるんですけれども、ちょっとづつ時が癒やして来るのか、いろんな書物やら、私の話を聞かれるのも一つの肥やしになられるのか、穏やかになって行かれるんですね。それで二年以上経ちましたかね。そんな頃、二月(ふたつき)に一度位私もお目にかかっておりましたけれども、言葉が変わって来るんですね。〈娘にも娘の人生がある〉ということですね。〈親の私に娘の人生を変えることが出来ない〉ということがちょっとづつお分かり頂ける。ちょっとづつそんな〈親の目が娘の幸せを願うような目に変わって来る〉んですね。
 
亀井:  それはまさに人間の目とは違った目のような、
 
松平:  そうですよね。ですから、当初は自分の娘がどうしてこういうような状況だということの理不尽さに怒って見えますが、
 
亀井:  自分の思うようにならないということがそういう言い方になるわけですね。
 
松平:  そうです。〈じゃ、娘は娘の人生だ〉というようなことで、いま私共にお出でになって、護摩に祈願のことを書かれますが、それは〈娘の幸せを願う〉ということになっているんですよ。もうそこまで行けば、心穏やかになって見えると思うんです。ですから、結構時間はかかっても、今の男との縁を有り難く受け止めていかれるように、今進行形なんですよね。ですけども、それは幸いなるかな、その方にとって〈観音様という一つ怒り心頭でもぶっつける相手がご自分にあった〉ということですよね。今でも静かな時にしかおいでにならないんです。朝早くとか、
 
亀井:  ああ、そうですか。
 
松平:  やっぱり、おそらく仏様に語りかけて、思うありったけのことを、それで心満足して帰られるんじゃないですかね。
 
亀井:  そのお母さんにとっては観音様という存在が自分の憤懣(ふんまん)やり切れない思いをぶっつけていって、発散させているというところから、求道と言いますか、歩みが始まっているわけですね。
 
松平:  それで語り掛けて下さる言葉が分かって見えたんじゃないんですかね。
 
亀井:  それは松平さんのお話の中の言葉を我がこととして受け止めていかれるような頷(うなず)きでございますね。
 
松平:  私共が毎朝お勤めをする。「お勤め」というのは、私は〈仏様との交流だ〉と思うんですね。〈対話だ〉と思うんですよ。ですから、例えば、お経を読んだところで、仏様の説いた言葉ですから、百お経を唱えても、「そんなこと、俺はとっくに知っているんだ」って、おっしゃるだろうと思うんですね。ですから、お経を唱えるんじゃなくて、〈仏様から教えを聞くような形で対話をするのが、お勤め〉じゃないかと思いますから、その方もそうだったんでしょうね。
 
亀井:  まさに自分にとっては、母としても受け止め切れないような怒り心頭に燃え立ってくるような状況であっても、これも〈ご縁であった〉と、受け止めて行かれる形で、娘の幸せを願うというような気持ちをお書きになるようなところまで心が開かれた。
 
松平:  そういうことですね。今は間違いなくそういうようなご心境だと思うんですが。お顔立ちが違いますものね。二年前の。喜びの時のお顔も覚えていますし、それから、怒りのお顔も覚えておりますけれども、今のお顔はもっと穏やかですよね。
 
亀井:  それが喜び上手という、まさに受け止め上手ということでもあるわけですね。
 
松平:  観音様は優しい顔をして見えますから、多分そんな穏やかな気持ちなんでしょうね。
 
亀井:  成る程。観音様と瓜二つになっていくわけですね。
 
松平:  そういうことでしょうね。
 
亀井:  松平さんはよく事業所へ、会社なんかへお話に行かれるという、そういうまさに事業所とか、会社というのは男社会でございますけども、その男の世界でも今のような喜び上手受け止め上手というような道を開かれた方、いらっしゃいますか。
 
松平:  名前を言ったら直ぐ分かるような企業の社長でもありましてね。私の友人なんですけれども、ついこの間も会って、その後の話を聞きました。実は景気が良い頃、一九八八年前後ですよ。「今、儲けなくて何時儲けるんだ」なんて、私にもよく言って、「坊さんも今株に手を出す時代だ」なんて、随分説教食らったんですよね。それまでは地道に、ちょっとした商社をやって、二百人程使っている、そんな規模の会社でしたけれども。真面目にやっていて儲けるより遙かにそちらの方が儲かるということに気付いてですね、
 
亀井:  株の方が。
 
松平:  ええ。彼はそちらの方にのめり込んでいくわけです。
 
亀井:  一頃よくそんなのがありましたね。今もテレビか何かでよくそんな話しがよく出てきますけれども、
 
松平:  ほんとに優秀なと言うか、弁(わき)えた腹心が諫(いさ)めるんですけれども、専務とか、常務が。しかし、もう耳を貸さないというところがありまして、ドンドン行くんですが、ちょっとづつ危なくなる時期が来ますね。で、悪い情報が入って来て、青くなって飛んで来て、「どうなるんだ」。どうなるか僕にも分からないわけですから。そうすると、「お前はご祈祷出来るか」と言って、「護摩を焚け」と言うんですね。
 
亀井:  私達の発想はそんなところばかりですね。
 
松平:  「兎に角、この急場を凌ぐ為に、何とかしてくれ」と言うんですよ。「何とか出来るものだったら、私が毎日やっていますよ」と言いたくなるんですけれども、それは言っても分からないんで、兎に角、一心になって、「じゃ、僕と一生懸命にお勤めしようじゃないか」という。そういうようなことも何度もしましたんですが、最終的には危ないところを、また大きく賭けていきますので、大きな穴をあけて倒産しました。新聞にも出ましたですよ。
 
亀井:  そうですか。
 
松平:  しかし、優秀な専務方が居て、その弁えた人達が最後には従業員の家族、そして下請けの人達の全ての再就職から全部しまして、綺麗にしたという話を聞いています。しかし、彼その者は放心状態で出て行ってしまったんですけれども、また彼その者もある会社に拾って貰いまして、今仕事をしているんですが、その後の状況を聞いたら、「僕は社長というのは大きな責任を持っていることに今気が付いた」と言うんですね。「従業員の家族と、そして下請けの家族全部が僕の肩にかかっておった、ということをうっかりしていた」と言って、「金は無いけれども、かつての従業員と下請けの人達のところへ出掛けて行ってはお詫びに歩いている」と言うんですよ。「それはもう詫びても今更仕様がないって思うけれども、しかし、僕にはそれしかすることがないからね」というわけですよね。私もその男がそんなに変わったというのに、大変驚きましたね。ですから、結局は今穏やかな顔をしているよ。かつて儲けに儲けた顔と、それから、どん底に墜ちた顔と、そして、今の顔ですね。殆ど観音様に近いような顔をしていますがね。
 
亀井:  まさに観音様のお顔になられたというその方の心の中は観音様のお心が生き写しに写っていると言ってもいいんでしょうか。
 
松平:  そうですね。観音様の「観(かん)」というのは、「観(み)る」ということですよね。観音様は五つの目を持っていると言うんですが、『観音経』の中に、「真観(しんかん)」、「清浄観(しょうじょうかん)」、「広大智慧観(こうだいちえかん)」、「悲観(ひかん)」、「慈観(じかん)」なんですよ。この五つの目が〈観音様の目〉だと言いますね。観音様の目を私共が持てたら、自分も観音様になれるわけですが、
 
亀井:  そうですね。
 
松平:  結局、『観音経』は「私のような目を持ちなさいよ」と訴えているんだと思うんですね。お経を読む人達に、「私のような目を持ちなさいよ」。最終的にその目を持てた時に、私共は穏やかになれるんでしょう。生き方が爽やかになるんだと思いますが。
 
亀井:  今日の「やすらぎ説法」のお話の中の後半の部分で、「誤りを認める。過ちを認めるということが大切なんだ。なかなか私達、特に最近の日本人は誤りを認めないところに、問題がある。間違いの元がある」とこんなお話を頂きましたけれども、今の社長さんなんかは自分の誤りを認めて、お詫びして回って、お金はないから出せないけれども、気持だけでも、心だけでも、お詫びして受け止めて欲しいと回っていらっしゃる。これがやはり、今の観音様の心、観ずるということに繋がるでしょうか。
 
松平:  でしょうね。私はこの九、十月で、結構いろんな学園祭に招かれて行くんですが、若い人達の目が〈大人はどこまで悪いんだ〉ということですよね。政治でも経済の世界でも新聞種は、みなそうですから。結局は〈日本人の傲慢さというのは間違いを認めない〉ところだということですが、〈間違いを認めていく生き方というのは、端から見ても爽やかに見えます〉よね。いつまでも開き直っているというのは、ちょっと私共から見ると、傲慢にしか見えないわけですよ。ですから、〈そういうところに気付くというのが、一つ観音様の目〉なんですよね。
 
亀井:  私、聞いた話なんですけれども、愛知県の中学校の先生方が生徒からよく殴られる。「どうしてこんなに殴られるのか」と言って、現場の先生方が話し合ったそうです。そうしましたら、現場の先生方が体験に基づいて、自己反省なさったんだから、間違いない話なんでしょうけれども、生徒から殴られる先生というのは、〈自分が間違っておったということを生徒の前で認めることの出来ない先生〉。
 
松平:  成る程。
 
亀井:  もう一つは、〈生徒の前で平気で他人(ひと)の悪口をいう先生〉。
 
松平:  成る程。
 
亀井:  この先生は〈殴られるんだ〉ということが〈体験的な結論〉として、先生方の間で結論付けられたという話を聞きまして、「ああ、ここに仏法があるなあ」と、私は思わされたんですけど、今の話と通じますね。
 
松平:  そうですね。これは〈親も同じ〉なんですね。
 
亀井:  親も同じと思いますね。
 
松平:  〈子供の前では結構間違い認めません〉から、
 
亀井:  〈親もそうだし、会社の社長でも〉そうですしね。確かにそういうところに人間の大きな、私達が今持っている盲点がございますね。
 
松平:  そうですね。
 
亀井:  「如来の大悲(だいひ) 大悲の本願」というような言葉を、私達よく浄土教の方で聞くんですけれども、「大悲」の「悲(ひ)」という、「悲しい」という字はですね、「非(あら)ずの心」と書いて「悲(ひ)」と。
 
松平:  はい。そうですね。「非ずの心」ですね。
 
亀井:  これ金子大栄先生から聞いたんです。
 
松平:  ああ、そうですか。
 
亀井:  如来様は私達のやっていることを後ろから見ながら、「そうでないんだよ、お前」「それ間違っているんだよ」「そうではないんだよ」と、首を横に振って下さっておる。その〈お心が大悲〉と言うんだ。観音様の〈大慈大悲〉ということもそれと繋がるんでございましょうか。
 
松平:  そうですね。先程の五つの目というのは最後に一つに纏めて「慈眼(じげん)視衆生(ししゅじょう)」(慈眼をもって生きものを見まもる)と言うんですが、『観音経』に出て来るんですけれども、その「慈眼」というのは、五つに纏めているんですけれども、「慈悲(じひ)」の「慈」ですよね。これは〈相手を思いやる〉という言葉で代表しているわけですから、間違いなくそうだと思いますね。
 
亀井:  〈相手を思いやらないで、自分だけのことしか考えておらない自分だという、その誤りに素直に頭が下がる。それを認めていくというところに大悲〉という。「大慈」の裏返しと言ってもいいかも知れませんね。
 
松平:  そうですね。観音経にも「悲観及び慈観」というふうに出て来ますから。
 
亀井:  「慈悲」というのはそういう肯定面と否定面が裏表になっていることなのかも知れませんね。今の社長さんのお話でも、それから前のお母さんのお話でも、私達がやることは最初にやっぱり〈自分勝手な、自分さえ良ければそれで良い〉というようなところで、〈自分がやっていることはいつでも正しいんだと思い込んでやっている〉ということがございますけれども、そういう私達の〈浅はかな〉と申しましょうか、〈上滑りな生き方〉というものを、どのように教えに照らされていったらいいか。「命」ということもですね、よくお話を聞かせて頂くと出る言葉なんでございますけども、「命」というと、〈俺の命だから、好き勝手にしたっていいじゃないか〉というようなところで、私達は命を受け止めていると思うんですけれども、
 
松平:  好きな命だったらもっとましに生きればいいんですけれども、なかなかそうはいかないんですね。考えて見たら私共は〈矛盾だらけの人生〉で、〈願って生まれて来たんじゃない〉んですけれども、〈最終的には願って死ぬ人いません〉しね。ですから、〈初めから最後まで矛盾だらけ〉なんですよね。その〈矛盾だらけの人生がどうしたら納得出来る生き方に変わるかというのが、これが仏法だ〉と思いますね。ですから、毎日矛盾だらけなんですけれども、〈その矛盾を、どうしたら今日も生きていて良かったと思えるか、ということを教えて下さるのが、私は本来の仏教だ〉と思うんですよ。ですから、お釈迦様、二五00年前の人なんですが、今私も仏教徒ですよね。空海弘法大師は一二00年程前の人なんですが、今の私、真言宗のお坊さんですよね。しかし、二五00年前の文明でしたら、今と比べものにならない位劣ると言うか、遅れているということになりますが、〈精神文化はちっとも変わっていない〉わけですね。
 
亀井:  文明という点においては格段の相違がある。
 
松平:  進歩があっても、私共の〈心の内がお釈迦様の時代も今も、空海の時代も今も変わらない〉ですね。となりますと、常に、私共は〈お釈迦様の教えとか、空海弘法大師の教えというのは間違いなく必要〉なんですね。必要だから私も仏教徒で、そして真言宗のお坊さんやっているんだと思うんですよ。その自覚がなければ坊さん必要ないんですものね。
 
亀井:  そうですね。
 
松平:  ですから、そういう意味では矛盾だらけの人生にどういうふうに納得をして人生送ることが出来るかというのが、私共の説くところじゃないかと思いますし、私共も凡夫ですから、迷ってばかりいますけれども、〈迷って迷って、フッと迷ったことに気付いて元に戻ろうとする〉こともやっぱり〈仏法から学ぶ〉ことだと思いますし、ですから、私にとっては必要だから、坊さんやっています。必要だからこのお寺をやっぱり復興したいと思いました。そういうことだと思います。
 
亀井:  今日はいろいろと私達の現代人としてのあり方というものを、弘法大師、観音様、広く仏法というものからいろいろと分かり易く、具体的な実例まで引いてお教え頂きました。有り難うございました。
 
松平:  いやいや、どうも。
 
 
     これは、平成九年十一月三十日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。