穏やかな死
 
                           高雄病院理事長 中 村  仁 一(じんいち)
                           き き て   有 本  忠 雄
 
有本:  私達はいつか、必ず死を迎えます。この自分自身の死を前に、私達は日々の生活の中で、どんな心がけをしたら宜しいんでしょうか。問題は沢山ございます。今日はこの問題について、京都の高雄病院理事長で、前の院長、中村仁一(じんいち)さんにお話を伺うことに致します。先生、宜しくお願い致します。
 
中村:  宜しくお願い致します。
 
有本:  先生は長野県のご出身ということですが、長野はどちらでございますか。
 
中村:  長野盆地と申しますか、善光寺平の南の端でございます。
 
有本:  高校までが長野県で、大学は京都大学へお進みなんですが、ご専門は何でござい ますか。
 
中村:  内科でございます。
 
有本:  伺いますと、お父様が長野で鍼灸院を経営していらっしゃったということですね。
 
中村:  二十歳の時に、にわか失明いたしまして、それから鍼灸ということでございます。
 
有本:  お父様は心臓病を患っていらっしゃったということですね。
 
中村:  心筋梗塞で亡くなったわけですけれども、半年間くらい、月に何遍も心臓の発作を起こしていましたんですが、最後まで一度も愚痴もこぼさなかったですし、同情を引くような言動も一切ございませんでした。おそらくにわか失明の時に、一度地獄を見ているんじゃないかと思うんですね。ですから一度地獄を見た人間というのは非常に強い。死というのは個人的な出来事であるということで、これはもう自分が引き受けるしかないというふうに、多分悟っていたんではないかと思います。最後は私の見ている前で、それこそ旧に倍するような藻掻き、苦しみ方で、五分もなかったと思いますが、脱糞、失禁して事は終わりました。
 
有本:  京都大学の医学部をご卒業。普通は医局に残ると言いますか、そこで勉強をなさいますね。先生の場合はいきなり現場へ。
 
中村:  当時、インターン闘争の最中ということもあったわけですけれども、何となくいきなり 現場ということです。ですから医局を知りません。そういう点では現代医学に対して、こう斜(しゃ)に構えると言いますか、多少批判的な目で見るということも、その辺に遠因があるのかも分かりません。或いは父が鍼灸師であったということもその一因かも分かりません。
 
有本:  今の高雄病院で臨床医と言いましょうか、現場で患者さんをいろいろ診療なさっているわけですが、先生もお父様のように心臓病というようなことですね。
 
中村:  はい。これは昭和五十九年ですが、凄い不整脈、正確に言いますと、頻脈徐脈(ひんみゃくじょみゃく)症候群というんですが、脈が非常に速いのと、非常にゆっくりになる。二秒半も心臓が怠けるというような、そういうのを繰り返す病気でございます。症状を申しますと、当時、突然起きたわけですが、苦しくなって、夜中に飛び起きる。何と言うんでしょうか、居ても立っても居られないというんでしょうか、大声を出して叫びたくなると言うんでしょうか。そういうのがありまして、わたし思うんですが、人間、何がしんどいかと言って、心臓の鼓動を意識する、或いは一呼吸一呼吸の息を意識するということくらい、多分しんどいことはないんではないかと思うんです。譬えましたら、風邪を引いて、両方の鼻が詰まった時に、何とか詰まった鼻で息を吸い込もうとすると、発狂しそうな感じになる。あの感じですね。息と心臓の鼓動を一つ一つ意識する。普段は全然皆さんはそんなものは意識していないわけですから、これを意識するというのは、非常にしんどいと言うんでしょうか、もうどうにもならないという感じになるわけでございます。痛みと言うよりも、苦しいんですね。非常に喉元が詰まると言うんでしょうか、食道が捻れると言うか、二秒半も心臓が怠けますから、当然心臓が止まったという感じもあります。心臓が車のエンジンと同じだなあと、思ったのは、やっぱりアイドリングというのがございますね。車に。感じとしては、あの感覚なんですね。これを一々意識しましたら、とてもじゃないけど、居ても立っても居られないということになるわけです。今まで私は生まれてこの方、熱が出ても、熱冷(さ)まし飲んだことがありませんし、痛みがあっても、痛み止めを飲んだことがありません。もっとも痛みと申しましても、頭痛とか、歯痛とか、腹痛の類であって、内臓の強い痛みは経験がありませんので、これは多分我慢出来ないだろうと思いますが、いずれにしても、そういうものを使用しないで、これ迄来たわけです。これは重要な、身体が教えてくれているサインだというふうに考えておりましたので、出来るだけ、それを誤魔化さない方がいいんじゃないかと。漢方治療とか、或いは民間療法も一切、そういう点で、それは重要な警告サインを鈍らす元ではないかと。そういう姿勢ですので、そのまんまで何とか乗り越える方法を考えないといけないと、こういうことになると思うんです。基本がそういう考え方で、頑固なものですから、何とかこのまんまで乗り越える方法はないのかと。それと人間には何か〈絶対寿命〉というようなものが、私、あるんではないかと、これまでの医師生活の中で何となく感じていたわけです。皆さんよく医学が発達して、「寿命が延びた」とおっしゃるんですが、私は必ずしもそうじゃないんではないか。つまり延びたのではなく、その人本来の寿命まで生きられるようになっただけではないかと思うんです。〈医学が寿命を延ばすということは、多分ないんじゃないか〉と。とすれば、〈この寿命の範囲内で医療というのは助かるものしか、助けていないんじゃないか。助からないものは、やっぱり助からないんじゃないか〉という。そんな気がしていたわけです。
 
有本:  今、お医者さんである中村先生がそうおっしゃるんですから、非常に説得力がありますけれども、どちらかと言えば、少数派と言いましょうか、今、医療の現場にいらっしゃる皆さんは、「いや、早期発見、早期治療」早く、見つければ早くやっつけることが出来るんだと。完治があるんだと。そんな感じで医療を進めているやに、私なんかは思うんですけれども。
 
中村:  いや、その通りだと思います。私は少数派というより、異端児ではないかと思います。ただ、問題は、「早期発見、早期治療」というのは、実はあれは結核に対する、つまり感染症に対する処し方なんですね。ですから早く見付けたら、結核菌というのがございますから、これに対応すれば完治はある。成人病、生活習慣病ということになりますと、持って生まれた体質素質が大いに関係します。このように、元々が自分の内部から出ている、移らない病気である、ということを考えますと、「早期発見、早期治療」という言葉は非常に誤解を招き易い。結核と同じように、皆さん考えられる。ですけれども、一つの要因として老化ということも当然関係するわけです。しかし、これを若返らすということは不可能であるわけです。それから持って生まれた遺伝子は変えられるか。まあそれは遺伝子組み替えという技術が今ありますから、将来的にはどうか分かりませんけれども、多分、私は不十分なことしか出来ないんじゃないかと思うんですね。
 
有本:  少数派どころか、異端児だというようなお話がございました。これはやはり医局に長くいらっしゃった、或いはある組織で縛られるということが無かった中村先生の今までの略歴と言いましょうか、が大きく影響しているんでしょうかね。
 
中村:  と、思います。一定の枠に填(はま)らず生きたと言うんでしょうか。やはり周りがそういう考え方ですと、その中で自己主張するというのは、日本の場合、かなり困難だと思いますし、またそういうのに接していますと、どうしても自分の考えも、その枠にとどまってしまうわけです。絶えず、「いや、違うと思うよ」と言うのを維持するというのは、難しいと思います。
 
有本:  そう言った、ご自分で持病をお持ちなんですが、とは言っても、やはり何か拠り所がありませんと、先生自体、「病気と仲良くしよう」と言っても、なかなか難しいと思いますが、その辺は如何なんですか。
 
中村:  ですから医療を頼らないとすれば、宗教かと、こういうことになるわけですが、まず宗教というなら、一般的にはキリスト教ということになりますので、聖書を繙(ひもと)きました。ですけど、もともとが自分の力で生きてきたと、こういう考え方をもっておりましたので、絶対神などおいそれと信じられるわけがありません。しかし、何とかせないかんわけですから、キリスト教がダメなら、今度は仏教かということになったわけですが、私もご多分に漏れず、仏教というのは、供養であるとか、死後の世界がどうとか、あれは生身の生きている人間に、ほんとうに役に立つんだろうか、という疑問は大いに持っておりました。ですけれど、必死でございましたので、あちこちの本屋に入って、仏教書を手にする。入門書を読む、ということをやっていましたら、ある日梅原猛(たけし)先生の『仏教の思想』(註1)という本に出くわしたわけです。これは昭和五十五年初版だったんですが、その中の冒頭に、「仏教の思想の中には多くの役立つものが隠されているんだ」というようなことが書かれてあったわけです。それで、「あ、仏教はひょっとすると自分が考えていたのと違うのかなあ」と思ったわけです。この本というのは鎌倉仏教までの歴史の流れを書いていたものなんですけれども、それから本気になって入門書をいろいろと読み漁(あさ)ったわけです。「空」であるとか、或いは「苦」というようなものとか、或いは「縁起」というのが盛んに出て来まして、何とか朧気ながら、その辺が分かり掛けていたんですが、最後まで胸につかえていたのは、「苦」という言葉なんですね。この「苦」というのは苦しみだというんですが、だけど人生って楽しみもあるんじゃないかという感じがするんですね。ところが楽しみがあるんだけれども、その楽しみは永続しない。だから基本的に苦なんだと。どの入門書も大体そういう意味のことを書かれてあるわけです。ところが中村元(はじめ)先生が、「いや、苦というのは、それも含まれるけれども、思うようにならないことだよ」とおっしゃっているんですね。これは本(註2)なんですが、これ以前にテレビか雑誌だったか分かりませんが、確か中村元先生が、そういう意味のことをおしゃっておられまして、それで胸のつかえが一気に下りたわけです。つまり〈人間の思い通りにならないことが苦である〉。仏教では「四苦」というわけですが、生も、老も、病も、死も、つまり病気もなりたくてなるわけでありません。歳だって取りたくて取るわけではありません。死ぬのだって、勿論死にたくて死ぬわけではありません。ですけれど、死ななきゃならない。人間の思い通りにならないんだよ、というわけです。ここで、「ああ、そうか」と。「病気も、死も、そういうものなのか」と。それを一般的には〈医学の力を借りて何とかしようとするわけです。ですけれど、元が苦なんだと、これは人間の自由になることではないんだ〉ということを発見して、それからこれは仏教だと思ったわけです。またその後、高柳武先生の仏教の本(註3)に出会いまして、これは「捨てる」とか、「まかせる」とか、「あるがまま受ける」とか、いろいろ兎に角書いてあるわけです。この方、お坊さんじゃありません。全く素人の方で分かりがいいんですね。よく学校の授業でも分からないところを先生のところへ聞きに行くよりも、同級生に聞いた方が分かりがいいですよね。お坊さんも多分分かり易く書いて下さっているんだと思いますが、我々にとっては分かりがもう一つなんですね。ところがお坊さんでない方の、高柳先生みたいな方の本を読むと、非常に分かりがいいんですね。それから出来るだけ努めて、私は素人の方というと語弊があるかも分かりませんが、お坊さんでない方の書いた本を読むようになりました。それで一応私の生きる拠り所が仏教になりました。毎日が症状はあるんですけれども、何とか平穏に暮らせるようになったというところかなあと、思います。
 
有本:  そうすると、中村先生の病院の生活なり、日々の診療でも変わってきたことってあるんですか。
 
中村:  「病気もしようがないんだよ」というわけです。だけど「治療しなくていいよ」ということではないんですね。いろいろ症状がございますから、その症状を軽くしたり、或いは苦痛を和らげたり、或いはいろんな数値をですね、血圧であるとか、血糖とか、その数値を調節して余病を防ぐということは必要だと思うんです。ですからそのことはやっぱり医療の役割でございますので、十分にして頂いたらいいと思うんですが、今まで一般の方というのは、兎に角〈何でも治る、治せるというふうに錯覚をしていられる〉んですね。完治を目指されるわけです。そうすると、完治を目指している間は、その方の人生って空白なんですね。兎に角、「治してから、何かをしよう」と、こういうように思われるわけですから。そうすると生涯完治がないとすると、患ってから亡くなるまで、その人の人生が無くなってしまうことになりますので、感染症と生活習慣病とで受け取り方をやはり変えて頂かなくちゃならない。病気というのを一つの荷物と考えますと、その荷物があんまり大きくて重いものは叶いませんから、これを小さく軽くするということは、治療としてやって頂く必要があると思いますが、これを放り出そうとか、切り捨てようという考え方は避けて頂いた方がいいと思うんです。小さくして、病気があってもいいじゃないか。病気と共に生きようと。これが実は「一病息災(そくさい)」という考え方なんです。「息災」というのは無病の筈なんですが、生活習慣病、或いは成人病の時代にはもう一病息災なんですね。あってもいい。これを小さく軽くすれば、それで十分であると。それで結構その人の寿命というのは上手に調節すれば、私は全う出来るんじゃないかと思うんですね。ですから私は「医療なんて受けなくていいから、放っておいていいよ」といっているんではないんです。ただそういう実態であるということを理解して頂きたいんですね。つまり、「諦めて頂く必要がある」んですね。「諦める」というのは〈断念する〉という意味なんですが、これの元の意味は〈明らかにする〉という。何故そうなのかということを明白にする。明らかにするということなんです。「ああ、そうか。治らないのか」と納得して、初めて断念出来るわけです。ですからそこのところを、「完治というのは難しいよ」ということをかねがね申し上げるわけです。そうすると患者さんによっては、「そんなバカな。これだけ医学が発達していると言われて、治して貰おうと思って来たのに、治らないよ、諦めろとは、何事か」と怒ってしまわれる方も中にはおられますが。ですけど慢性の病気ですから、今まで大病院や、大学病院などいろいろと回ってきておられる方は、「ああ、そうですね。ほんとにその通りです」と、意外に簡単に納得されてしまわれるんですね。私も自分の著書(註4)の中でちょっと申し上げたんですが、結局、「いろんなところへ行って精密検査をして詳しく分かったとしても、失望までの時間がちょっと延びるだけに過ぎませんよ」ということなんですね。そうしたら、かなりの方から、「本当にそう思う」と。「その通りだ」というお便りを頂いたんですね。「今までそういうことを言ってくれる人が誰も居なかった。みんな治してやるというような顔付きで接していた」と。「だからそういうことを思わなかったから、まあ振り返ればあんな辛い検査を分かっていたらするんじゃなかった」というようなお便りも結構頂きました。先程の便りからしても、何がしかのお役に立っているように思います。また日々の患者さんと接していて、さっきの諦めじゃないんですが、分かって下さると、今まで何とかしないと思っていたのが、「ああ、病気があってもいいのか」と変わられるんですね。「これを上手に愛子(あやし)ながら生きていけば」。今まで病気を何とか始末しようという。その一心でいろいろしてこられたんですが、病気があってもいいんですね、これを上手に愛子(あやし)ながらいけばいいんですね、そういうふうに納得されると、非常に生きるのが楽なんですね。 そういう点では実感としてもお役に立ってるように感じます。
 
有本:  随分、生々しいと言えば、先生が主催していらっしゃる「自分の死を考える集 い」ですか、「自分の死を考える集い」というのは、これは生々しいですね。
 
中村:  そうですね、結局、今、〈死というものが視野からほとんど消えてしまっています〉ですね。ですからこの死に方というものを持つ必要があるだろう。それがないから悲惨な亡くなり方と言いますか、そういうのが目立つようになったんではないか。或いは〈死というものを見なくなった、考えなくなった為に、いのちの尊厳とか、或いは生というのが、いい加減になってきているんではないか〉と考えたわけです。ですからその死を考えるんですけども、これは〈人間というのは有限な存在でございますので、死を考えるということは、死に拘(こだわ)るんではなくて、死を考えることによって、今の生を考えることにつながる。死を考えることによって、生を充実させる。生を輝かす為には、やっぱり死の助けが必要なんじゃないか〉ということで、この「自分の死を考える集い」を始めたのが動機なんです。ある時に、「散骨の会」灰を海や山へ撒くというあの「散骨の会」なんですが、そこへ話に行った時に、実はこういうことを考えているといったわけです。散骨ですから、当然死というのを前提で考えていらっしゃる方々のお集まりですので、そういう方に呼び掛けたら、「じゃ、一緒にやりましょう」ということになったんです。「散骨の会」のメンバー、同時にこの方々は献体の会ですね、そちらにも属しておられる方が結構多かったわけで、その点ではかなり死というものを考えておられる方でしたから、その方々と一緒にやろうではないかということで始めたわけです。当初はやっぱり自分の死というのはおっしゃるように、如何にも生々しいということで、名前をちょっともう少し穏やかなものにしたらどうか、という意見もあったんですけれども、ただ、穏やかとか、分かりにくい名前にしますと、死なんてことを考えない方々がやっぱり紛れ込んで来る。そうするとちょっと具合が悪いんで、ということで、私はこれを頑張り通して、「自分の死を考える集い」のままで、発足が四月ですから三年目に入りました。もう定着していますから、何にも今のところ問題はございません。
 
有本:  月一回ということですが、何人位の方がお集まりになるんですか。
 
中村:  そうですね。大体四十人前後。三十人位から四十人はお集まりになります。私はこういう生々しい題ですので、まあ、十人か十五人も集まれば上等かなあということで始めたんですが、結構皆さんお集まりになります。
 
有本:  どういう方々が多いんですか。
 
中村:  そうですね。新聞でも催しを報道してくれていますので、新聞を見て来られる方が毎回十人位おられますが、大体女性が八割。これは介護の問題があるというのと、それと身近な肉親の悲惨な死を体験しておられる方、それから過去にガンを患っていられる方。
 
有本:  ご自身が。
 
中村:  ご自身が。現在末期ガンの方もおられますが、そういう方が中心でございます。
 
有本:  しかし、ご自身がガンを患っていらっしゃる。或いは末期の方がいらっしゃるという、そういう会合で、死の問題を話をするというのは、何か異様な感じを受けますが、雰囲気は如何なんですか。
 
中村:  これは意外と明るいんです。初めての方とか、時々、報道関係の方がお見えになりますけど、この明るさにビックリされておられますね。むしろ死に関して、言いたいことが言える。これも私、初めてそうおっしゃられて気が付いたんですが、死というのは忌み言葉なんですね。ですからむやみやたらな会合で死ということを口に出来ない。
 
有本:  場が白けますね。
 
中村:  そうなんです。私も経験がありますけど、講演に行って、お年寄りを前にして、死の問題を口にすると、頭を下げてこう俯(うつむ)かれたり、プイッと横を向いてしまうとか、或いは露骨に嫌な顔をされる。もっと極端な場合は、座を立ってしまわれる。ちょっと場違いなことを言ったかなあと。こういう感覚が多かったんで、確かに、「そうかなあ」という気がしたんですが、安心して死の問題が語れる場であるということが、非常に好評です。それに当然今、病院死が増えておりますので、医療の実態を知って頂かないといけませんので、ガンの告知の問題から始まりまして、脳死の問題とか、安楽死であるとか、或いは自分で決める自分の医療という、「レット ミー ディサイド」(直訳すると「私に決めさせて」)(註5)の問題であるとか、或いは特別養護老人ホームにおける看取りのあり方であるとか、そういうことの勉強をこれまでして来ました。それから去年の六月だったと思いますけど、厚生省がレセプト、「診療報酬明細書」と言いますが、我々が保険者に医療費を請求する請求書と思って頂いたらいいと思うんですが、そのレセプトが、原則開示になっております。これを参加者の方に亡くなった肉親の亡くなった当月と前の月のレセプトを取り寄せて頂いて、「死ぬに当たってどういう目に遭わされたか」というと、怒られるかも分かりませんが、「どういうことが一体行われたのか」ということを、「実例を元に勉強しよう」と。但し、その中味を非難するんではなくて、これは一人一人価値観がそれぞれでございますので、どちらでもいいのですが、兎に角、「現実はこうだよ」ということを皆さんで勉強して頂く。そこからそれぞれの死生観の確立の一助にするということになりますが、そういうことをして頂こうということが主旨になっております。
 
有本:  そういう死生観をお持ち頂きたい。個々の、ということですが、やっぱり三年目に入ったということで、回数を重ねる度に先生ご自身、効果が上がったなあとお考えでございますか。
 
中村:  そもそも集まって来られる方の意識が高いんですね。ですから、今まで、ただ単に、「尊厳死」とか、「無駄な医療をして欲しくない」とか、そういうことをおっしゃっておられる方が、より現実的に、つまり「無駄な医療」の「無駄とは何なのか」というのをつきつめられる。ですからその無駄な医療の内容を、より具体的にお考えになる。その結果、ずっと現実味を帯びて来ている。ですから成果は上がっていると思います。お一人お一人の内で、ハッキリまだどういうことが起きているかということは分かりませんが、ただ、「余命三ヶ月と言われたら」という本を、発足一周年で皆さんに書いて頂いたところ、実は二十四編集まりました。私は十編も集まったらいいかなあと思ったんですが、勿論、匿名の方もございますが、これを読まして頂きますと、一年を記念して出したんですが、いろいろやっぱり皆さんかなり真剣に考えておられるなあというのがよく分かります。それなりに楽しみに、というのも変なんですけれども、出て来られているところを見ますと、効果は上がっているかなあと思いますが、
 
有本:  どうでしょうか。我々もこの会に参加するということではないにしても、年齢に関係なく、やっぱり自分の死を他人事(ひとごと)じゃなく、或いはまだまだ先のことじゃないというふうなことで、見つめなければいけないことありますね。
 
中村:  先程申しましたように、「死を考える」というのは、「今、生を充実させることだ」と思いますので、そういうことを考えますと、やはりまあ例えば正月に遺言書を書くとか、或いはお葬式に使う遺影を取りに行くとか、お彼岸、お盆、結婚記念日とか、敬老の日とか、子供の日とか、いろいろあるわけでございますので、自分の死というのを機会ある毎に考え、そしてその実際行動、つまり書き出すとか、写真取りに行くとか、それを自分だけではなくて、家族の方と死の話を始めるといいと思います。どこの家庭でも多分そんな「縁起でもないこと」と言って、遮られてしまうと思いますが、非常にこれは大切なことでして、「死をいい加減にする」ということは、やっぱり「生もいい加減になる」ということだと思いますので、ご家族の方とよくそこを話し合って頂きたい。「自分がどういう死に方を望むのか」を。ですけど、先程来、申し上げておりますように、「死は苦」でございますから、どんなに計画を立てても、その通りにいくとはとても思いませんが、しかしやはり「あるとない」では、大分差がございますし、今を生きるというところに、これはもう歴然とした差が出て来ると思います。ですから是非ご自分の死というのを機会ある毎に考え、そして周囲の方と話し合いをしておく必要があろうかと思います。現在医療現場で最後はご家族に、「この方はどんなお考えだったでしょうか」とお伺いするわけですね。ですけど、普段話をしていないのに幾ら夫婦生活が長くても、「どんなことを考えていたか」というのはお分かりにならないんじゃないか。「どんな食べ物が好きです」とか、「どんなテレビ番組が好き」とか。これは日常的なことですので、これはお分かりになると思いますが、生死の問題に関して、私は無理だと思います。ところが医療現場では、ご本人は一応こちら側で、さておきという立場になりますので、本当はご本人のお考えを中心にお手伝いするというのが、立場だと思うんですが、そのご本人に真実を告げられない。とすれば、ご本人に選んで頂くわけにもいかない。ご希望を述べて頂くわけにもいかない。どうするか。家族に相談する。と、家族の要望と医者の独断と言いますか、そういうことで末期医療が行われているというのが現実かなあと思います。その時に、ですからご家族が、医療者もそうなんですが、「何もしない」というのには耐えられません、医療者は。取り敢えず何かをする。しないと収まりません。ですけど、やった結果、かえって患者さんを苦しめている、ということも結構多いように思います。ご家族の方もやはり何もしないというのは、見殺しにするようで、これも耐えられないと思いますね。そうすると、奇しくも両者がそこのところで意見が一致するわけです。より積極的に、一分でも一秒でも長くということになりますですね。それで本人に苦痛がなければ宜しいんですが、まあ、苦しい、あんまり効果の上がらない治療法でも、やはりそちらに走ってしまうことが往々にしてある。ということになりますと、ご家族は後で、出来るだけの手を尽くしたんだから、とご満足かも分かりませんけれども、実は出来る限り本人を苦しめた、と同義になってしまっているということが多いことも、やはり考えて頂いた方が、私はいいんじゃないかなあと。ご本人が希望すれば、これは勿論それで宜しいわけです。治療の結果と言いますか、副作用も含めて、ご自分が全部被るわけですから、これは宜しいんですけど、ご本人を全く外してしまって、末期医療が現実には行われるというケースが圧倒的に多い。これがやはり悲惨というふうに感じられる方が増えた原因じゃないかと思いますが。
 
有本:  「自分の死を考える集い」の皆さんの「余命三ヶ月と言われたら」という文集ですね。私も拝見致しましたけれども、あの中でNさんのお書きになっている文章を、私、大変感動を受けたんですが、あの方は今お元気なんでございますか。
 
中村:  最初に胃ガンの告知を受けられてから、もう三年。平成六年の十月に手術されたわけですから、三年半を回りましたけれども、お元気で、ほぼ毎回と言いましても、お出でになられたのは一昨年の七月からでございますから、それでももう二年近くになります。
 
有本:  実際、「あなたは末期のガンで余命幾ばくもありませんよ」という宣告を。
 
中村:  そうなんです。ですから平成六年の十月に、この時に牧師さんから手術前に、「ガンだ」ということを、告知を受けられたらしいんです。開けて手術をして、胃を四分の三位取られたようなんですが、その時にリンパ腺にも転移している。肝臓にも転移しているということで、家族にはこの段階で、「よくもって半年か」と。ご本人に余命告知があったのは、それから三ヶ月位経ってのようです。ですから「余命三ヶ月と言われたら」というのは、彼にして見たら、これは仮定の話じゃありませんで、その後抗ガン剤の治療を、肝臓の近くまで管を入れて、そこから濃厚な抗ガン剤をガン細胞に浴びせると言うんでしょうか。そんな治療を三回程されたようでございます。三回終わって、ほぼ一年後の、平成七年の九月に、「もうやることがない」と。他にも飛んでしまいまして、「もうすることがないよ」ということを言われているわけです。「黄疸もかなり出た」ということだったんですけれども、まあ平成八年の七月から、私共のところへほぼ毎月ですね、ところどころお休みになることがありますが、お見えになっています。ですけど、その間に、彼はクリスチャンなものですから、いろんなことを、兎に角神と人々に自分が今生きているということを、非常に感謝するという。その為に手記を書かれたり、友人に手紙を書かれたり、出来るだけ多くの人と接するとか、というようなことをしておられますし、それから三つの、実は大きなプランを彼は立てられたんですね。それは、「後残された余命をどう生きるか」というのが一つのプランです。もう一つは「死の備え」ですね。お葬式、讃美歌も何番歌って貰うとか、そういうようなことも「死の備えのプラン」として。もう一つは「残された家族の生活設計を考えるプラン」です。この三つ程のプランをその間に立てておられるわけです。また、この間にアメリカ旅行はする、韓国旅行はする、というようなことで、今までの生活がここ二、三年間にほんとに凝縮されたような形。彼はもう生かされていることに感謝感謝なんですね。今、五十五歳だと思いますが、感謝、感謝。「ガンになって有り難かった」ということを、何の衒いもなく口に出来る人なんです。実に素晴らしい、模範とすべきような方なんですね。今後、彼は出来るだけ多くの人に、自分の死の問題を語りたい。特に子供相手ですね。もうミッション系の中学校の生徒を相手に話をするということを始めているわけです。今後も機会あれば、そういうことはドンドンしていきたいと。〈自分が生きているのは自分の力でない〉と。つまり〈神をして、彼の肉体を借りて、やらせている〉と、そういう感じをどうも強く持たれているようです。つまり〈使命がある間は死なないだろう〉〈神は生かしておいてくれるだろう〉という、そういう考え方を彼は実感として持っているみたいに思います。私達、彼に来られて、帰り際に参会者の方というのは言葉の掛けようが、やっぱりないんですね。かなり痩せこけていますし、東大阪から片道二時間位かかるんですね。会に出る為に、非常にしんどいんじゃないかと思うんですが、あまりしんどそうな顔も外にはお見せにならないんですね。まあそういう状況ですので、皆さんも帰り際に、多分掛ける言葉がないので、ついつい「お大事に」という言葉を掛けられるんじゃないかと思うんですね。ですけど、私なんかは、「お大事に」という言葉、これは「あなた逝(ゆ)く人、私残る人」という感じが、どうも籠(こ)もっているような気がしてならないんです。ですから私は今まで一度も彼には「お大事に」と言ったことはないんです。「また、来月もお会いしましょう」と。これはガンの末期であろうと、健康な人であろうと、明日のことは分からないのは同じなんですね。その点においては全く平等なんです。ですから、そういう点で、どうも「あなた逝く人、私残る人」という響きのある言葉は気になるんです。「残る桜も散る桜」でございますので、そういう点ではどうも、「大事に」という言葉を口にする気には、私はならない。ですから、「また、お会いしましょう」という言葉を掛けて別れているというわけでございます。
 
有本:  今、お話を伺って、私達、よく「quality of life」、「いのちの質」とか、「生活の質」ということを言いますけれども、このNさんのお話を伺うと、日々まさに充実した一日という感じですね。
 
中村:  ですから、「quality of life」というのは、他人が決めることではないと思います。ご自身がどうか。ご自身の人生観、価値観というもので、QOL というのは、私は決まるんじゃないかなあと思います。最近よく医療関係者が、「患者さんのQOL が上がった」とか、「下がった」とかいうのをよく耳にしますけれども、あれはやっぱり間違いじゃないかと思います。医療者に私は判定出来ることではない。あくまでもこれはご本人がどう感じるか。ご本人が上がったと思えば、それは上がっているわけですし、下がっていると思えば、これはもう下がっているわけで、絶対的な基準は私はないと思います。
 
有本:  それと、先程、集いで、テーマとして、「自己決定権」。「自分で決定して下さいよ」というようなことをテーマになさっていましたけれども、まさにこうお話を伺いますと、自己決定権をNさんはきちんとしたものをお持ちだと。
 
中村:  今、痛みがないようでございますが、末期になると、大体ホスピスとかという話が出て来るんですが、今、彼はホスピスへ原則的に入るつもりはないようでございます。これは自宅で、自分でやっぱり亡くなっていく姿を周囲にキッチリ見せると。これがどうも最後の責任と言いますか、義務と考えている節があります。勿論、強い痛みが出ましたら、これはもうそれでホスピスへ入るなり、病院に入るなりすることは当然です。ですけど、その痛みが何とかコントロール付いた段階で、また家へ帰って来るということで、「最後はホスピスで」とか、「最後は病院で」というのは、今は考えていないようです。入院、入所にもハッキリ目標と言いますか、目的を持って、ですから利用するという形になりますですね。医療を利用する。痛みを止めて貰う為に行く。止まったら出て来る。ですからお任せではないんですね。自分で医療が出来る面、利用出来る面だけ利用して、後は自分の人生を歩んで行く。これは私、医療とは本来そういうものではないかと思うんですね。ですから、彼はクリスチャンで、宗教を持っております。私も仏教で自分の心の拠り所にしているわけですけど、宗教というのは人生の指針と言いますか、生きる為のバックボーンみたいなものだと思います。では医療は何かといいますと、その人生を豊かに過ごす為に利用する一つの手段に過ぎない。ですから利用出来る面は、当然これは今発達していますから、利用して頂いたらいいと思いますが、変にお任せするとですね、医療者の論理、或いは家族の要望ということでズルズル行ってしまうわけです。この辺が多分今、非難とか、或いは怨嗟の中心になって来ているんではないかと思うんです。宗教というのは、仏教の場合ですと、〈自分のものは無い〉(諸法無我)と。〈いのちも身体も自分のものではない〉。私なんか、ですから〈借り物、預かり物だ〉というふうに受け取っておりますが、そういうものであれば、不平や不満や愚痴を言っても仕方がないわけで、じゃ、誰からか。私は〈仏〉と思いますが。これは別に、〈神であっても宜しいんですし、それから宇宙、或いは大自然でもいい〉と思います。兎に角、〈人間を超えた大いなる存在が信じられるかどうか。それに任すことが出来るかどうか。これは任せられたら生きるのがもの凄く私は楽になるんではないかなあ〉と思っておりますが。
 
有本:  Nさんがご自分のこと、それから葬儀のこと、或いは残された家族の方々の経済的なことをおっしゃっている。非常に理想的と言いましょうか。なかなか一般的にはそこまでは到達し得ませんね。
 
中村:  そうですね。まあお年寄りに限りませんけれども、例えば、「もうこれ以上ダメだよ」ということになれば「在宅死」、なかなか現実的としては難しいと思いますが、出来るだけ、やはり最後の人間の義務と責任として、死ぬところを周りにお見せになることが必要なのではないか。これ非常に大切だと、私は思っております。ですから「death education」ということを、盛んに言われておりますけれども、教科書とか映画とかというのも大切だと思いますが、生(なま)と言ったら、これはちょっと語弊がありますけれども、本物ですね。実際に肉親の亡くなるところを、小さな子供さんにやっぱり見せる。見て貰う。だから小学生、中学生が、祖父母等が亡くなる時には、学校は休暇をやればいいんですね。「十分に、存分に亡くなる姿を見て来い」という「看取り休暇」と言いますか、実際そういうのが本当の death education としては、最適なんじゃないかなあという気がしております。現実はただ在宅死は難しい。いろんな問題があると、このように思います。私達の子供の頃というのは、殆ど自宅で亡くなっていた。枯れ木と言いますか、ごく自然に穏やかに亡くなられていたと思うんです。もしあれが七転八倒で、というようなことであれば、これは当然狭い村のことですから、凄い死に方だったという評判聞こえて来た筈だと思うんですが、そんなこと、殆ど耳にしなかった。ということは、自然で穏やかな死というものが普通だったというふうに思います。ところが何が変わったのかというと、医学が発達したということを、皆さん方が誤解と言いますか、錯覚をされて、老も病も何とかなる。場合によっては、死までもがコントロール出来るじゃないかというふうに勘違いをされた。そして医療の濃厚介入、積極的関与というのが起こったわけですから、その辺で今話題の「穏やかならざる死」というのが出て来たんではないかなあと。ですが、それぞれの価値観人生観でございますので、それはトコトンやって欲しいという考えがあっても、これは別に、それはそれで構わないと思います。ただ問題は、「ご本人の希望かどうか」という一点ではないかと思っています。
 
有本:  そうしますと、一般的には死は他人事、まだまだ先の事だと受け止めがちな現代人、日々の生活の中で、もっとやっぱり「死を意識する」というのか、「死を直視する」というようなことが当然の如くに、要求されて参りますね。
 
中村:  と思います。そのことが〈毎日の生活を充実して生きるということに、私は繋がっていく〉と。〈生と死は本来セット〉なんですね。ところが今、生だけが注目されて、生きる生きると、生きることばっかりが問題になっているわけで、戦前の鴻毛より軽い命が、今、地球より重くなったわけですが、あまりにも生にとらわれ過ぎている。これ本来セットなんですが、セットと考えないといけない筈なんですが、どうも生にだけ関心がいっている。だから、「死んで花実が咲くものか」とか、極端だったら、もう「死んでも命がありますように」というような、そういう感じですので、どうしても死ということをキッチリと視野に収める必要が、私はあるかなあと思います。〈確かなのは今ここだけなんです〉ね。明日のこと分からないわけです。〈今を兎に角キッチリ生きていく〉。これは過ぎ去ったことを振り返ってクヨクヨしない。後悔しない。〈今のことは一生懸命やって、これもやはり結果には拘らない。明日はどうなるか分かりませんから、これもあれこれ考えない。兎に角今に一所懸命と言いますか、全力を傾けて生きていくという。その為には死ということを視野に入れないと、考えはそこまで多分いかないんじゃないかなあ〉と思うんですね。
 
有本:  穏やかな死というふうなことでお話を進めて参りましたけれども、先生、その穏やかな死、纏めて頂きますと、どんなことになりましょうか。
 
中村:  病院で亡くなるというのは、やはり先程申しましたように、病院は治療の場でございますから、できることは徹底的にやるということになります。これも一つ、我々の使命。ご本人が「嫌だ」と、ハッキリ意志表示されれば別ですが、ということが あります。ですけれども、在宅の場合でも、食べられなくなると、例えば鼻からチューブというようなことが行われがちです。ただ、私は思うんですが、食べられなくなるというのは、〈自分の口から食べられないというのは、これはもう寿命なんではないか〉と。誤解を怖れずに言えば、自然界で他の生物というのは、食べられなくなったら、大体、死んでいくわけですね。人間だけがそうでない。だけど、自然界には自然界の掟というものがあると思うんです。この毎日毎日我々は自分勝手に生きているんではない。生きる為には他の生命体を犠牲にしていると。言い方を替えますと、〈いのちの布施があって生かして貰っている。お陰によって生かして貰っているんだ〉というのが、どっかに飛んでしまったんではないかなあと。仏教はそのことを言っているわけですね。ですけど、それがどうも飛んでしまった。人間も自然界の構成要素の一つにしか過ぎないわけですから、人間だけがそんな勝手なことをしても赦されるのかという問題は、私はあるような気が致します。ですから勿論手術後で一時(いっとき)だけ食べられない。これはいいと思うんです。ですけども、もう半永久的に食べる力がない。失せてきてしまっている。それに対して鼻から管を入れて、というのは、先程来申し上げておりますように、本人がご希望していれば別なんですね。しかしそうでなくて、ご家族の要望と医療側の独断で行われたとすれば、本人にとっては、「人災」と言ってもいいんではないかなあと思うわけです。実はここに「天命に任せて人事を尽くす」という言葉がございますが、これは一般的には「人事を尽くして天命を待つ」ですね。ところが違うんです。「人事を尽くして天命を待つ」とか、「精神一到」とか、わりかし日本人の好きな言葉じゃないかと思うんですが。「何か為せばなる」と、響きがございます。ですから〈人事を尽くしたら、ひよっとしたら、天命も変わるんじゃないか〉という、そういう響きがどうも感じられてなりません。これは先程、ご紹介した高柳先生の著書の中に、内山興正(こうしょう)師の言葉として紹介されているわけなんですけれども、仏教では、これはこういうふうに、「天命に任せて人事を尽くす、と読むべきだと思うよ」と。人事を尽くすのはいいんですけど、やっぱり一定の範囲内で、その方に寿命というものがやっぱりあると思うんです。ですからその範囲内でやると。ですから〈出来ることでもしない方がいい場合もある〉と思うんですね。ところが今は出来ることは全部やる。やった結果、本人が余計苦しめられているということも、私はあるんじゃないかなあと。そうすると、「やり過ぎ」と言うんでしょうかね。その結果として、穏やかでなくなった死が増えてきていると思います。元へ戻りますと、死というのは、やはり苦であると。つまり人間の思い通りになるものでは本来ないわけですが、医学の発達の誤解から、その思い通りにならないものを、思い通りにしようという考えが働いて、医療を頼んで、徹底的にやりまくるということが、どうも穏やかな死というものを遠ざけてしまったんではないか。ですから、「医療を受けるな」ということではありません。「利用出来る部分は利用したらいい」と思うんですが、皆さんそれぞれご自分の人生観、死生観というものに照らして、利用出来るものは利用なさったらいいと思いますが、そこのところを踏まえないで、悪戯に頼ると、結果としては、どうも穏やかに亡くなることは出来ないんではないかなあと。ですからもう少し控え目と言いますか、医療の利用を全体的には押さえられた方がいいんではないかなあと。ただこれは一人一人のお考えですので、これはご自由で、別に、いや出来るだけのことをして欲しいという方は、これはそれで結構かと思います。ただ現実を見ますと、〈やりすぎの結果、穏やかな死から遠ざかっている〉という感を強く持つわけでございます。
 
有本:  もっともっとお互いが話し合う。コンセンサスを求めて、死をやはり意識するというのか、直視するというようなことは本当に必要ですね。
 
中村:  そうですね。そもそも死というのは自然の出来事なんです。これは異様なことでも、不自然なことでもないわけですから。これはごく自然に受け止めていく必要があろうかと思います。
 
有本:  そうしますと、穏やかな死というのは、もうご本人次第だと。
 
中村:  そうですね。ご本人と、その時の縁のようなものがあるんではないでしょうか。ですから望んで手に入れられるものでは、基本的にはないと思います。ですけども、実状を考えますと、穏やかで、なくなったのは何故なのかということを考えますと、医療の関与の部分も多いんではないか、というような気が致します。
 
有本:  まあ、医療は大いに利用なさいと。
 
中村:  医療を利用出来る部分は大いに利用して頂いたらいいと思います。それがやはり私達の役目だとも思います。ですから決して私は、「医療なんて頼るな」と申し上げているわけではありません。妙に頼るのはいけませんが、「キチッと役立つ部分、それを利用するということは大いにして頂きたい」と思います。
 
有本:  まあ限られた時間の中に、大きなテーマでございましたけれども、今テレビをご覧の皆さんにも、是非これを材料に、ご自分で、ご自分の問題として、或いは家族で、知人と話し合って欲しいというようなことを切に私は感じました。どうもほんとに短い時間でございましたけれども有り難うございました。
 
中村:  有り難うございました。
 
註1: 梅原 猛著『仏教の思想』上・下 角川書店 昭和五十五年
註2: 中村 元著『いのちを教える』 法蔵館 昭和六十年
註3: 高柳 武著『仏教を読む』 かんき出版 一九八六年
註4: 中村 仁一『幸せなご臨終ー「医者」の手にかかって死なない死に方』 講談社    一九九八年
註5: 参考図書
@ウィリアム・モーロイ、川渕 孝一共著『最後の選択』 エイデル研究所 一九九五年
        Aウィリアム・モーロイ著、堺 常雄他訳『自分で決定する、自分の医療』 エイデル研究所 一九九三年
         B岡田 玲一郎著『いのちは誰のものか』 家の光協会 平成九年
 
 
     これは、平成十年四月十二日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。