隠れた自然
 
                            文化人類学者 岩 田  慶 治 (いわた けいじ)
1922年横浜生まれ。京都大学卒業。大阪市立大学、東京工業大学、国立民族学博物館を経て、大谷大学教授。著書に「東南アジアの少数民族」「コスモスの思想」「日本文化のふるさと」「東南アジアのこころ」「カミの人類学」「道元の見た宇宙」「自分からの自由」ほか。
                           き き て  金 光  寿 郎
 
金光:  暑い夏が去って、漸く秋を迎えた京都。しかし十月の初めにはまだ曇りの日が続いていました。東山山麓の疎水沿いの道は、昔哲学者の西田幾太郎が散策したところで、「哲学の道」と呼ばれています。この「哲学の道」の近くにお住まいの文化人類学者で、国立民族学博物館名誉教授の岩田慶治さんをお訪ねして、お話を伺いました。岩田さんは大正十一年、横浜のお生まれ。地理学から文化人類学の道に進み、ラオス、タイ、カンボジアなど、東南アジアを中心に豊富な野外調査を重ねて、体系化される以前の神に出会い、人間中心主義の現代文化が失った無限との繋がり、草木虫魚との一体感を尊重する新しいアニミズムを提唱しておられます。
 

 
金光:  岩田先生はこれまで何回も東南アジアだとか、いろんなところの野外調査をなさっていらっしゃるわけですが、先生のお書きになったものを拝見しますと、夜寝る時に見ると、頭蓋骨が飾ってあるようなところにお休みになったようなこともあるということを伺いますと、これフィールド ワークと言っても、大変恐ろしい感じもするんじゃないかと思うんですが。
 
岩田:  そうですね。それは普段見ないものですから。突然それが吊り下がっておりますから、それは多少ありますね。それからロング・ハウスというか、ボルネオの民族のところへ泊まると、自分の寝ている上に頭蓋骨があるでしょう。恐ろしい気がしますね。頭蓋骨というのは目が引っ込んでいるでしょう。そこに闇があるような。だけどだんだん居ると、そこに青空が見えるんじゃないかなあという気がしてきますね。だからだんだん親しくなって、こういうものが下がっていないと淋しいなあと思ったりしますね。
 
金光:  そうすると、日本とは文化もいろんな自然条件が違うようなところへいらっしゃる時も、兎に角、行って馴染むと言いますか、それが先ずスタートということでしょうか。
 
岩田:  そうですね。私は一番最初は東南アジアへ、メコン川流域に沿って、タイ、カンボジア、ラオスと行ったんですけど、その時、あんまりそっちの方の勉強をしていないものですから、先ず言葉を曲がりなりにも、タイ語を丸暗記ですよね。これ、たまたま富田先生という方が、『タイ語三十・・・』、
 
金光:  速成と言うか、割に簡単に覚えられるもので、
 
岩田:  そうです。それを貰ってきまして、それは、『タイ語三十時間』だったと思うんですが。羽田から飛行機で出て、バンコックに着くまで、三十時間かかった、当時ね。その間に出来るわけじゃないんですけどね。本の題目としてはそう書いてある。それをもう闇雲に暗記したんですよ。私、飛行機で行かないで、船で行きましたからね。貨物船。二週間かかったんです。その間、前から勉強しましたからね。文法もなんにも全然考えないで、それを暗記したんです。それでバンコックに二週間後に着きましたね。ちょっとぐらい話せましたよ。だから、とっても助かりました。それでそれを唯一の武器として、と言うか、調査に行ったんですけど、私は言葉が出来なくても、勉強していなくても、相手の村に、或いは相手の家に泊めて貰おうということで。だから一番最初はラオスのボロベン高原というところに行きましてね。私、一人でカー・ラベン族という民族のところへ行って、そこへ一人車から降ろして貰って、一晩泊まったんですがね。
 
金光:  勿論、コーディネータが居て、宿を手配してくれるなんかいうことは、全くなかったんでしょう。自分でやらなくちゃダメなんでしょう。
 
岩田:  そうです。向こうの警察の人が連れて行ってやるというものですから、連れて行って貰いまして、カー・ラベンの村に降ろして貰って、そこから一人で村長さんのところへ、と思ったら、村長がいないとかね。いろんなことがあるものですよ。だけどそこへ泊めて貰いましてね。村長さんのところだったら、一番大きい家だろうと思って行ったら、一番小さいんですよ。村で。だけどそこへ泊めて貰って、あの時はほんとに夜は寝られないし、床は竹でしょう、スリーピングバッグも熱帯だからと思って、綿も何も入っていなかったものだった。背中は痛いし、ゴロゴロ出来ないし、で、風はもの凄い。海抜千二百メートル位ですからね。草原に風が吹いて、ひょっとすると、これは虎が来たんじゃないかなあと思ったり、あの時は一番恐かったですね。
 
金光:  そうでしょうね。
 
岩田:  その次、黒タイの村へ行ったら、また一人で村長のところへ泊めて貰いましたね。それは良かったんですけれど、自分が闇のなかで、これはどこに居るんだろう、ラオスだろうか、それとも日本だろうかと思いましたね。
 
金光:  成る程。
 
岩田:  そんなところから始まったわけですね。
 
金光:  そういうふうな違った生活、習慣、自然条件の違うようなところで、何年も何年も調査をなさって、現在に至っていらっしゃるわけですが、そういう経験を経たところで、現在の京都の浄土寺、この界隈の様子を眺めるとどうでしょう。
 
岩田:  そうですね。私はこのタイから始めて、今度はスリランカとか、ボルネオとか、インドとか、ネパール、ブータンに行ったんですけど、自分が病気しまして、大腸ガンを切ったんですよ。で、家に帰って来て、五年前に、海外へ出かけることは、ちょっと無理だから、リハビリでこの辺を歩いていたんです。ここへ帰って来て、自分の家の周りを歩いて見ますと、案外自分の知らないことが沢山あるということに気付きましたね。
 
金光:  一種の野外調査的な目で、この近辺をお歩きになるということですね。
 
岩田:  そうですね。それで病院に行った時から考えていたんですが、一日一発見ですけど、あんまりおこがましいから、〈一日一微少発見〉として、手帳を持たずに毎日疎水の周りを歩いて、その日はその日に見たこと、感じたこと、驚いたこと、これは、と思ったことを覚えておいて、それを絵に描いたんですよ。それを最後には本にして貰ったんですがね。〈一日一微少発見は自然の発見ですが、同時に自分の発見である〉ということで描きました。
 
金光:  例えば、そこで微少発見の一、二をお話頂くと、どういうことでございましょうか。
 
岩田:  一番微少なのは、やっぱりスミレが生えていると、ちょっと離れてシダが生えている。このスミレとこのシダとは違う植物ですけど、ここはそこで、そこはここだということになると、同じ生きものである。しかし、根っ子の方にずうっと入っていって、・・・根っ子 は一つになっていることはないですけどねー。
 
金光:  でも、近くまで届いているかも、
 
岩田:  土という立場に自分が立って見れば、土からシダが生え、土からスミレが生えている。これは向こうがこっちになり、こっちが向こうになって、一つだということもすぐには無理かも知れないけど、やがてそういう気持になることもありますね。
 
金光:  確か、土の立場になると、シダもスミレも区別はないですからね。自分の中から出ているということですから、
 
岩田:  そういうことで、こう歩いて見ますと、毎朝歩くのが楽しいんです。これはリハビリで歩くんですけどね。しかし同時に今日は何が顔を出しているだろうか。何を見つけられるだろうというのが楽しみになりましたね。毎日ここから出て、疎水を通って、大豊神社というところへ行って、若王子の近くを通って帰って来る。
 
金光:  若王子の方までいらっしゃるんですか。
 
岩田:  ええ。一時間足らずですね。非常に楽しかったですね。だけど、同時にそれを絵にして描くのは割合時間がかかるんですよ。
 
金光:  それはそうでしょうね。
岩田:  でも、それを描いてやってみましたけどね。その中で、私、これを毎日、三年位していましたからね。三年間の絵と言うと、割合と沢山になって、その中の一つを取り出すわけにもいかないのですけど、一番手っ取り早いのは、神社の入り口にムクの木がある。大きな木ですね。風がこっちから吹くから、ムクの葉っぱが一方に片寄っている。西へ、西へと繁っている。さて、これは木だろうかと、或いは風じゃないだろうか、と思ったりしてね。そういうふうに常識をこわしていくのが面白かったですね。それからそこに東山の山の谷間から、小鳥が飛んで来るんですよ。雀か、山雀(やまがら)と言うんですか、それが一団となって、サッと下りて来るんですね。あ、これはムクの木にぶっつかるんだろうか、と思うぐらいですけど、決してぶっつからないで、サッと枝枝へ別れて、そこへとまって、暫くすると、またサッと一斉に飛んで行く。ムクの木が邪魔にならないんですね。
 
金光:  ぶっつかるかも知らないムクの木が、自然に雀の道をひらく。
 
岩田:  そうです。そこが非常に面白いとこですね。壁にぶっつかるかと思って見ていると、壁に無数の穴が開いている。そこをスッと通っていく。そういうところが、成る程なあ、と思いましたね。それから今度、疎水を見ると、魚がいますね。大きなのはこんな鯉ですが、それが二、三匹いて、小さいハヤかなんか知りませんけど、それが十数匹、もっと小さいのもいるんですね。手前の方から見る時は、魚の姿はよく分かりますね。少し向こうへいくと、みんな混じり合って、大きい魚だか、小さい魚だか分からない。一群になって泳いで行くんですね。そして、天候によって川の水が薄墨色と言うか、そうなると、魚の姿が見えなくなってしまいます。あ、これは魚だろうか、水だろうかと思ったりするんですね。魚に聞いてみたら、魚が何と言うかというと、魚は何も言わないんですけど、「わたしはホントは水ですよ」と言うんじゃないかなあと思ったりして、魚に代わって答えたりしていました。三年間位歩きましたかね。
 
金光:  そうしますと、その場合は普通の人だと、自分というのが居て、疎水を見て、魚を見て、或いは雀、山雀を見て、榎を見る。別々なんですけれども、自分が榎になってみたり、雀になってみたり、魚になってみたり、水になってみたり、もうその辺は区別がだんだん無くなってくる世界ですね。
 
岩田:  そうですね。それでお正月なんかになって、雪が降ってくると、雪の中に自分が居てですね、木に雪が降って、何かこの自分が木に近付くんだか、木がこっちに近付くんだか分からない。木がこちらに動いてくるような感じになることがありますね。そういうことを気付いた時に書いておくと、なかなか面白い。木が歩いてくる。私、学生の時、『コスモス』(Kosmos)という、ドイツのフンボルトという人が書いた『宇宙』と言うんですか、それを勉強していたんですがね。コスモスという宇宙の姿というものの一面をそこで見付けることが出来るように思いましたね。
 
金光:  その世界というのは、この普通の現実、娑婆世界、この世のある部分だけを見るんじゃなくて、何か随分深さがあると言いますか、多重構造みたいな、ここからこれまでという制限があまりないところのお話になるようですね。
 
岩田:  そうですね。フンボルトという人は、十九世紀の人ですけど、『コスモス』という、厚い本を書きましてね。それを端から読んでいたんです。そのフンボルトの構築したコスモスというものと、自分が見ているこの近くの風景というものがだんだん重なってくるんですね。自分は身近なところで、毎日一つの感動と言うか、見付けたことを探して書いているんですけども、それはコスモスの一部分を書いている。やがてこれがコスモスになって構築されていくと、そういう感じで非常に楽しかった。時間というのもそうなんですよね。時間と言う、機械を持っているわけじゃないから分からないんですけど、雪が降ってくると、雪が目の前に黒い点となって通って、地面にポッと消えるでしょう。〈時間がそこで生まれて、そこで消えていく〉ということ、時間の生死がそこに見えますね。そういうことで、ものを考える材料としてはとっても良かったですね。
 
金光:  最近、先生はアニミズム、昔から研究なさっていて、新しいアニミズムというようなことをおっしゃっているというふうに伺っているんですが、今のお話と、新しいアニミズムと言いますか、その辺は関係があるでしょうか。
 
岩田:  関係が非常にあってですね、今はアニミズムを、どうしている、操作しているわけじゃないんですけど、私が見ていると、ものがアニミズムのなかの出来事に見えてくる。こっちを向いたらそこに見え、あっちを向いたらそこに見えるというので、アニミズムというものがあって、花瓶みたいに、ここに置いたらこれがアニミズムであるという、それと違うんですね。じゃ、私の身体の中を捜して見たら、そこにアニミズムの種子があるかと言うと、そうはいかないんですね。それがそう現れたところで人がそれをアニミズムと命名するわけですね。
 
金光:  普通は、「アニミズム」と言うと、「精霊信仰」と言いますか、その米なら米に精霊があって、それから木なら木に精霊があって、それぞれ非常に原始的なもので、それからシャーマニズムに発展して、それから民族宗教になって、世界宗教が最高のものだというような一つの型が出来ているようですけれども、それとはちょっと違う視点と言うか、
 
岩田:  そう思いますね。そういうふうに普通にアニミズムと言うと、木には木の魂があるとか、この茶碗には茶碗の魂があるという。それでどこが悪いのかという。悪いことないですけどね。また、そういう考えは、「非常に低級な」と言うか、「低いレベルの宗教だ」とこう言うんですけどね。私は実際はそうじゃないんじゃないかと思っています。それはどういうことかというと、アニミズムというものは、一神教とか多神教とか、或いは神を立てないような宗教とか、そういうものを超えたところ、つまり〈宗教を超えた世界がアニミズムの世界だ〉と。だから、〈一神教や多神教や何やら教をこえて、それらを木っ端微塵にしたところに現れてくる世界の風景がアニミズム〉じゃないかとこう思うんですね。でも、宗教に上下はない。
 
金光:  そうしますと、そこはむしろいろんな体系だとか、いろんな説明みたいなもの、言葉は一杯ありますけれども、それぞれの宗教で、その宗教的な表現なんかを超えたと言いますか、それとちょっともう一つ広い世界と、
 
岩田:  そうですね。人間と物とがぶつかって、そしてそこに火花が出るかどうか知りませんけれど、そこに純白の場、白紙が現れる。その白紙の上に表現される世界がアニミズムの世界である。だから土台というのはないんですよ。アニミズムというのは。その白紙がそこにパッと生まれて、ここに山があり、川があり、鳥が飛び、魚が泳いでいる。そういう世界の風で、それは同時にまたこっちに裏返して見ると、或いは、「柄」と「地」ということになると、柄の世界だったかと思うと、地の世界である。アニミズムというのは、地から現れた形で、それをみとめることが大事でしょう。アニミズムの出発点が非常に問題だと思うんですね。それはすべての宗教の出発点ですね。
 
金光:  「柄と地」とおっしゃいましたけれども、普通の人間が、と言いますか、私達が見たり、意識したりする世界というのは柄の方で、
 
岩田:  そうですね。
 
金光:  柄は柄だけで存在するか、と言うと、もう一つ地があるという。その地まで見たところが、今おっしゃっている世界のお話ということになるわけですね。
 
岩田:  柄があって、額縁みたいな地がある。額がある、枠がある。余白がある。そういうふうに考えるんですけど、本当は違うんじゃないかと思うんですね。そして、「柄」と「地」とどっちが大事かと、柄の方が大事で、地の方、額の方、余白の方は文字通り余白だと、そう考えることも出来るかも知りませんけど、私はそうじゃないと思うんですね。だいぶ昔ですけれども、簡単にそこのところを説明示して、牧谿(もっけい)という墨絵の大家ですね。柿を十箇くらい、あれ三つ四つかと思って、数えて見ると十くらいありますね。平たい柿を横に描いた絵がありますね。非常に立派な絵だといわれている。それを分かり易くする為に、こう言ったんです。「これは牧谿の絵だ」「とっても高い値がしている」と。例えば仮に百万円だとします。そこで今度は絵から柿の描いてあるところだけを鋏で切ったとしましょう。牧谿の描いたものに違いないのです。ほんものなのです。だから、「これ幾ら」と尋ねると、「十万円だ」という。そうすると、「九十万円というのは絵の描いてないところに値段が付いている。それは値段ですね。余白が大事なのですね。ある意味で絵以上に大事だ。余白というのは裏ということになりますね。裏が表を支えているわけですから。支えているものの方が、支えられているものよりも、意味があるというふうに思うんですね。
 
金光:  その余白のことを大事にする世界というのは、それは東洋には随分伝統的にあるわけですけれども、それにしても、そういう世界に重点をおいて、書かれた方というと、言葉がどうしても現代の文章よりも難しくなる傾向があるんですが、そういう世界について、岩田先生は随分若い頃から関心を持っていらっしゃったようですが、
 
岩田:  そうですね。
 
金光:  やっぱりそこに出てくるのは、
 
岩田:  若い頃は、私は老子、荘子が非常に好きで、よく読んでいた。或いはところによって暗記していたんですがね。ところが大学に行ってからは、どういうわけか、仏教の方が関心を惹くようになって、私、天竜寺に下宿していたものですからね。下宿というか、向こうに小僧さんが二人いたんですけど、「一緒にやるなら来てもいい」と言うものですからね。あそこへ行って暮らしていたんですね。そうすると、別に私はお経はそんなに知りませんけども、いつの間にか仏教というのに親しくなって、仏教の中でも、道元の『正法眼蔵』が大変身近に感じられるようになった。あのお寺にそれがおいてあったということもありますけれどもね。それから今日まで言葉の意味はあんまり勉強しないのですが、『正法眼蔵』を繰り返し読んだ自分がなんか計画を考えようという時には、自然にそういう参考になるところを思い出すんですね。それを実行してから、その解釈の時にまた『正法眼蔵』があらかじめその点を解釈してくれているようなところがあるんですね。それで頼りにして、と言うか、道元という人を尊敬して今日に至ったんですね。他の仏教者に関心がなかったかというと、そういうことはありませんけどね。やっぱり終始『正法眼蔵』を頼りにしたと言った方がいいくらいですね。
 
金光:  でも、『正法眼蔵』というのは仏教の一番大事なところを説いたとはおしゃいますけれども、非常に難しい言葉が多うございますね。
 
岩田:  そうですね。実に難解で、歯が立たないんですよね。いくらあっちこっちからやってみてもですね。しかし、『正法眼蔵』を見ると、「学問というものは、心を以て学ぶだけじゃなくて、行い、行動を以て学ぶ、身体で学ぶ」というようなことが書いてあるんですね。それで私は頭の方、言葉の方はそれとして勉強はした、と言うか、したつもりですけれども、身体の方は、極力、道元さんのおっしゃるようにやってみようと思ったんです。それから暫くして、私は修学院の林丘寺というところに引っ越したんです。上の離宮と中離宮の間に林丘寺があるんですね。あそこは非常に静かで、雑音なんて全くない。それは大変静かというか、古風というか、電気はあるんですが、ガスもなければ、水道もないところですからね。非常に集中することが出来たですね。よく本を読んだんです。私が一番勉強したのは、ドイツのアレクサンダー・フォン・フンボルト(A・von Humboldt:ドイツの自然地理学者:一七六九ー一八五九)と、カール・リッター(C・Ritter)という二人の人が中心なんです。仏教については『正法眼蔵』を繰り返し読んだんですね。それである時、『正法眼蔵』を読んでいましたら、非常に困ったことがあった。そこはちょっと読まして頂きますが、
 
     ただ、まさに
     家郷あらむは 家郷をはなれ、
     恩愛あらんは 恩愛をはなれ、
     名あらんは 名をのがれ
     利あらんは 利をのがれ、
     田園あらんは 田園をのがれ、
     親族あらんは 親族をはなれるべし。
     名利等なからんも 又はなるべし。
     すでにあるをはなる、
     なきをもはなるべき道理 あきらかなり。
         (道元・『正法眼蔵』)
 
とございますね。
 
金光:  「家郷」というのは、自分の住んでいる家、村ですね。恩愛も離れる、
 
岩田:  仏教の恩愛ですね。
 
金光:  利も、田園も、親族も、全部逃れると。
 
岩田:  「離れる」ということですね。そう書いてあるんですね。書いてあるし、これはそんなことが出来る筈がないんですが、こんなことをしたら死んでしまうかも分からない。
 
金光:  カラスミでも食べないと、
 
岩田:  でも、書いてあるでしょう。私、道元を尊敬しているし、
 
     心をもて学し、身をもて学するなり
 
というのは学問の仕方には二つある、というようなことで、それではどうしようかと思っても、どうしようもなくなったんですね。それで私、天竜寺にいた頃から、いろいろ話をして頂いた山田無文さんのことを思い出して、夜中に修学院から、電車を何回も乗り換えて出かけて行った。当時山田無文さんは妙心寺におられましたね。妙心寺の霊雲院に行ったんです。夜中でしたけどね。がらんとしたところへ行ったら、「よく来た」というので、部屋へ行って、いろいろ話しながら、「無文老師、『正法眼蔵』にこう書いてあって、自分もこうやってみるよりしょうがなくなった」と言ったんですよ。そうしたら、山田さんは、「既にあるをはなる、なきをはなるべき道理明らかなり」と、そういったわけじゃないんですけど、こういう「捨てることが捨てないことだ」とか、「捨てないことが捨てることだ」とか言われましたね。そう言われても、こちらはどういうふうに行為していいか難しいですね。やむを得ないからいろいろ話して、たまたま山田さんが書いた歌集を一つ貰って、帰ったんです。そして、「どうしたか」と言ったって、どうにもならないんですね。そういうこと、身に沁みましたけれども、折々それを思い出しながら、勉強というか、続けていたんですね。いろんなことが林丘寺ではございましたね。あそこは非常に質素なところで、「名利等を離れる」とかというのは、初めから離れているんですね。こんな貧しい暮らしがあるかと思うくらい、貧しかったんです。さっき申しましたように、ガスはない。水道もない。電気だけは付いているというわけでしょう。水道がないから、水は井戸から汲んでくるんですよ。恵戒さんというお婆さんが居て、外回りはその人が全部やるんですね。毎朝井戸を汲んで、それからご飯の仕度をして、それから落ち葉も拾ってこなければならんし、落ちた枝を拾って来て、それで焚き物するんですね。
 
金光:  まさに、「身をもて学す」を実践なさっていらっしゃる。
 
岩田:  恵戒さんという女性ですけど、座布団を背中に担いでですね。寒いからでしょう。それで朝から晩まで働いていましたね。ある時、「私は一回でいいから竹輪をお腹一杯食べてみたい」と、私に言ったことがありました。竹輪ぐらいなら、私でも買って来れるから、恵戒さんに食べて貰おうと思っていたんですけど、ついつい忘れてしまい、恵戒さんの方もどこへ行ったか分からなくなってしまった。亡くなったんでしょう。そういうわけで、非常に貧しいけれどもさっぱりした、とってもいいところでしたよ。住職の唐橋慈正さんという尼僧も、非常に気持のいい人で、毎晩、「岩田さんいらっしゃい。お茶一杯」と言って、呼んでくれましたね。そうすると、抹茶を一杯、二杯ご馳走になって帰りました。
 
金光:  そうすると、そこではご専門の地理学の方の研究と言いますか、勉強もなさるし、同時に『正法眼蔵』の中の言葉なんかに出会ったり、そういう両方の仕事を、
 
岩田:  地理学の方は、フンボルトの本を毎日毎日読んでいまして、『正法眼蔵』の方は庭を歩いたり―本も読みましたけれども―山の中を歩いたり、音羽川という小川があって川沿いに歩いて行ったり、そんなことで、そこでまた一日一微少発見じゃないんですけど、一日一日自然を見つめる。そうすると、道元のおっしゃったことが、そこにもここにも表現されているわけでしょう。そういう勉強で、誰かに聞いたわけでもなく、参考書をそれほど読んだわけじゃないんですけどね。だんだん成る程なあということが多くなってきましたね。独学から始まって、独学に終るんですね。だから、「異端邪教だ」と言われればその通りなんですがね。
 
金光:  そういうところで生活なさった後で、それから外国の野外調査にお出掛けになったと、
 
岩田:  そうです。
 
金光:  やっぱりその辺で、いろいろ引っかかっていたような言葉だとか、そういうのが野外調査に出掛けて、外国で違う文化の中に飛び込まざるを得なくなると、ああ、こういうことか。あれはこういうことかというようなことが、やっぱり次々出てくるわけでしょうね。
 
岩田:  初めはメコン川流域の村々を訪ねたんですがね。「稲作民族文化の総合研究」というので、日本文化は稲作を基調としていると考えて、稲の起源をたずね歩いた。当時はみなそう思っていたんですが、私は、「稲の起源」「稲作文化の起源」が大事だということはよく分かるけれども、同時に、「人間の起源」「人間の源流」というものを探りたいと思ったんです。それでメコン川沿いの村々を歩いたんです。初めのうちはやっぱり詳しく見て、詳しく記述するということはあまり出来なかった。言葉も分からなかったんですからね。ところがその後、いろいろなところで調査していますと、ああ、ずいぶんいろいろのことがわかってきた。これは最近になって特に感じるんですが、村落社会のなかに〈無限ということがある。村落社会の中に、大きな柱のように、村の中に根を据えて、ずーっと無限の柱が天上の見えないところへ繋がっている。は時に応じて、そこへ行って、無限を実感している〉。お祭りの時とか冠婚葬祭とか。そういうことを私もそこで体験させてもらいました。
 
金光:  成る程。年中行事だとか、生活ぶりなんかは、これは割に見て分かり易いんですけども、お祭りのその根源みたいなところになってくると、なかなか言葉に出せない部分もあるでしょうし、これは難しゅうございましょうね。
 
岩田:  「無限」と言っても、「これは無限です」と、誰も言うものはない。向こうの無限を見る為には、こっちが無限でなければ、少なくともその時だけは、ならないから、大変と言えば大変、楽しいと言えば楽しい。この世ならぬ思いをすると言えばそうでもある。私、そういうことを初めて感じたのはタイ領なんですけど。カンボジア人が国境を越えて、そこに沢山住んでいるスリンというところなんです。「象まつり」で有名なところですけどね。あそこはクイ族というのが居て、象を飼っているんで、ああいうことをするんですが、そこからちょっと南へ、南へ行った山地にクメール族、つまりカンボジア人の村が幾つもありまして、その中のある一つの村、プルアン村というんですけど、そこに滞在したんですね。二年位行きましたけど。そこに滞在していたのは、それぞれ三ヶ月か、四ヶ月ですけどね。計半年位居たことがあるんですね。そこへ行ってお祭りとか何か、村の行事を一つ一つ見ていたんですね。行事が非常に沢山ありましてね。ところが不思議というか、面白いことに冠婚葬祭、全部一月二月頃から二、三、四月(お正月は四月)ぐらいに全部集中しているんですね。葬式でもその時やるんですからね。だから、その頃に居れば随分沢山のお祭りが見られる。ある時、たまたま稲作の収穫祭りがありましてね。それは村に社(やしろ)があるんです。これがそうですけどね。
 
金光:  随分素朴な社ですね。
 
岩田:  一つの村に一つあるんですね。お祭りが年に二回あるんです。春と秋と。秋というようなことは言いませんけどね。つまりお正月の前と後と二回あるんです。初めの方が収穫祭りなんですね。村中の稲を刈り終わって、村人は幸福になってゆったりとしているんですが、その時、この社でお祭りがあるんですね。戸数が大体百戸位あるんですがね。一軒で一皿のお盆というか、取りそろえてご馳走を作るんですね。
 
金光:  それを社へお供えするわけですか。
 
岩田:  お供えする。ところが社が狭いですから、そんなに入らないので、床、地面にも沢山置くんです。これ神主さん(吉凶を司るシャーマン、各一人)なんですが、二人、男と女のシャーマンが来て、村人がこの社の周り一杯集まって、お祭りをするんですね。このお祭りが終わると、お供えの食物を全部取り出して、村人がみんなで食べるんです。わが国の「直会(なおらい)」にあたるんです。それが終わって、その夜、「米倉の祭り」というのがあるんですね。
 
金光:  これは自分の、それぞれの農家の米倉ですね。
 
岩田:  そうです。一軒一軒の農家にあるんですが、百軒あっても、百個の米倉というわけにはいかないんですがね。それぞれの米倉があるんです。私も夜になったから、寝ようかしらと思っていたら、「これからお祭りだから、あんたも見た方がいい」と、村人が言いまして、で、行って見ました。そうしたら、米倉がこうありまして、その中に籾(もみ)が一杯つみあげられているんですね。
 
金光:  積んであるわけですね。
 
岩田:  そうして奥に稲の神さんというのは、見えないんですが、籾がそのまま神様なんですね。「こっちへいらっしゃい」というから、私も上って行って、籾を踏んで、中へ入って、籾の上に坐って、この人が家の主人です。農民人ですがね。この人はシャーマンですが、私は二人の間に入って、そこに坐って、かれらの言う言葉を聞いていたんです。あまりよく分からなかったんですが。こういうことを稲の神様にいうんですよ。「稲の神様、今までは田圃のなかで随分ご苦労なさって、有り難うございました。おかげで沢山の籾がとれました。これからはここでゆっくり休んで下さい。しかし我々は毎日その日の食物としてお米を取り出します。お椀に一杯の籾とか、二杯の籾を持って行きます。だから心配しないで下さい。しかしその持っていった籾を、一杯持っていったら、二杯にして返しておいて下さい。二杯持っていったら、四杯にして返しておいて下さい」と。「おねがいします」というんですよ。それで随分虫がいいと言うか、手前勝手なことを言っているなあと思っていたんです。ずうっとそう思っていたんです。ところがだんだんこう時間が経ちますと、どうもそうじゃないんだと。それは、〈籾が無尽蔵だということを現しているんだ〉と思うようになりました。シャーマンや農家の人と背を擦れ合って、話を聞いたり、見たりしていますと、言葉とは別ですけど、〈身体からじかに無限というか、無尽蔵と言うか、そういうものが伝わってくる〉ように感じましたね。こういうところで、〈農家の方々は無限というものを、つまりお祭りを伝承するとか、行事のやり方を伝承するというだけじゃなくて、その核にある無限というものを伝えているんだ〉ということが分かったわけですね。非常に感動致しましたね。それから一年たち、二年たってからわかってくる。
 
金光:  それもその場では直接はピンとこなくても、だんだんそれがジワジワと分かってくるということですね。
 
岩田:  だから、あっちこっちでいろんな経験しましたから、それを今反芻して、丁度、芭蕉が東北地方を旅して、『奥の細道』を書いたように、時間をかけて、自分の経験を熟成させて、それを作品化していく。私にとって、今がそういう時期なのかなあと思っているんですけどね。
 
金光:  今、「無限」ということについて、お話になりましたけれども、我々は有限の世界でいつもウロチョロウロチョロしているわけですが、無限という問題に入ってきますと、常識では考えられないようなことが出てくるというような気がしないでもないんですが、その辺で如何でございましょうか。
 
岩田:  私も勿論分からないんですけど、こっちが有限で、こっちが無限だと。その間に境があると。そういうふうにはなっていないわけですね。そうすると、〈有限の中に無限が入り込んでいる〉のですけれども、どういうふうに入り込んでいるだろうかというと境界を引いて、こっちが有限、こっちが無限というわけにはいかない。雨が降るように、有限の中に無限の雨が降ってくるのかなあと、いろいろその間のイメージは考えますけどね。それで私が前から大変困っている、あるいは強い関心をもっているのは、キリスト教の聖書の中に奇跡物語というのがありますでしょう。あの文章です。
 
金光:  そうですね。イエスは随分いろんな奇跡を行っていらっしゃいますね。
 
岩田:  「長らく立って歩けなかった人に、立て」と言ったら立てたとかですね。目が見えない人がイエスの言葉とともに、たちどころに目が見えるようになった。「何が見えるか」と聞いたら、「人が見えます。木のように見えます」と答えたとかね。奇跡というのに、随分前から、私、惹き付けられているんです。こんなことはあり得ないということはもちろん分かっているんです。五匹の魚でしたか、二切れのパンを千切って、まわりの人にみんな差し上げたらば、五千人の人がお腹一杯になった。そういうことはあり得ない。あり得ないけども、あり得て欲しいなあという気持がありますね。特に今のように南北問題とか、いろいろ難民の問題ありますと、五匹の魚と二切れのパンで、みんなお腹が一杯になるなら、こんないいことないですね。こんないいことないし、こんなことがなければ、ひょっとしたら南北問題なんというのは解決出来ないかも知らんと思いますね。無限に稲が実るとか、食べても食べても米蔵がいっぱいになっているとか、そういう無限というものをもってこなければ、どうにもならないかもしれない。有限を積み重ねていっても、無限にならないんですからね。有限をこえて無限に入る。そういうことをいろいろ思い悩んで、どうしたもんだろうと、考える、といっても、無限ということは考える手掛かりがないですよ。『正法眼蔵』よりも難しいかも分かりませんね。それでどうしようもなくなって、考えるともなく、考えるということではないんですけれども、今年五月か、六月頃に、夜寝ながら、寝ながらと言っては申し訳ないけども、そういうことを考えていましたら、変なことを思いついた。心をこめてご馳走を拵えて、こちらの人に、「どうぞ」と、こう差し上げたらば、こちらの人が、「有り難う」と言って食べるわけですけど、それより前に、こっち側にいる人が、「ごちそうさま、お腹が一杯になった」とします。そんなことはあり得ないですよね。だけど、こっち側にいる人が目に見えない人、こっちにいる人も目に見えない人だとすると、またそれを配る人も見えない人だという人のなかだったら、何回配っても、そんな行為は目にことは見えないですから、無限ということが、その人びとの行為において、成り立つかも知れないと思うようになったのです。だから、ああいう奇跡見たいなものは、解釈して、ここはこうで、これはこうしてすると、そういうことでは辿り着き得ない世界ですね。だから、この問題に対して全く別の問題を提出しなければいけない。こっちが解決出来ないとそっちも解決しない。その問題のモデルはどういうことかと言うと、その一つが自分が見えない自分となって、こちらの人にご馳走を差し上げると、こちらの人もお腹が一杯になると、同時にそっちの人が満腹する。そういうようなことがあるに違いないとフッと思ったんですね。その次の日はもう非常に喜んで、これでいいと思った。ところが、それを学生に説明しようと思ったら、上手く出来ないんですよ。それで困りましたけどね。それで、あとで思うんですけれど、私、若い時、お寺に居た時に、小僧さんの代わりに、仏さんたち、沢山の仏さんが本堂に坐っている。そこに仏飯と言うんですか、ご飯が入っている小皿、あれをこう置いて、またこっちに置いて、小さい仏飯からずっと十位ですか、置いて帰ってくるんですね。拝んだり、ちょっとはするかも知らんけども。そうすると、ちょっと置いて、今度はこっち置いて、こっち置いて、置き終わったとこで、サッともう一回盆に戻して持って帰るんですね。いや、これでは仏さんも食べる暇はないなあと思いながらしていたんですけどね。それは自分がいるから、そういう行為が可笑しいんですけども、自分が見えない自分であったならば、そんなことはなくて、無数の人にご飯を配っているということにもなるかも知れないんですね。私、それからずうっと後で、バリ島ですけど、インドネシアの、
 
金光:  これはバリ島の写真ですか。
 
岩田:  そうです。そうすると、バリ島ではご承知の通り、 家人が毎日葉っぱのお皿 に、ご飯と、餅米ですか黄色く染めたご飯と入れて、
 
金光:  これは自宅のどっか周囲の、
 
岩田:  私はバンガローに居ましたから、そのバンガローの周りの草むら、木立に置くのです。
 
金光:  場所があるんですね、お供えする、
 
岩田:  大体ですね。そうハッキリ決まっているわけじゃないんですけどね。そこへ置きますと、誰が食べるんだとこうなりますけどね、カミさんが食べるんですか、なんか分かりませんけどね、それを置いて帰って来るんですね。こうして一人の人が運ぶんですけど、小さいものですから、幾つでも出来ますね。家の周りにおられる精霊、或いはカミに供えてまわる。
 
金光:  一カ所でなくて、何カ所か。
 
岩田:  そうですね。その場合も人が供えるんですけど、人物が目に見えなかったら、どうなるかということを考えます。そこにカミと、配られた物との間の交流、供える受けいれると一瞬々々の、そのときそのときの交流が成り立っているんじゃないかと思うのです。私は、それを「同時」と言いますか、そういう世界じゃないかと思うのです。つまり因果関係はない。因果関係はないけれど、神様はお腹が一杯になって、「有り難う」とおっしゃる。絶え間なしにそうおっしゃる。
だから、南の山で炭を焼くと、北の山で空が赤々と染まってくる、ということだと思うんですけどね。因果関係なくて、二つのことが一つになる。そういうことが成り立つ。そういう不思議の世界でないと、奇跡とか、無限とかいうものは起こらないんじゃないかということを考えましてね。或いはまた別な言い方をすると、「柄」と言うか、絵ばっかり、「これは上手だ」「これは下手だ」と言っている人が、「地」の世界に入ると、「地」が無限に繋がっているわけですね。そしてその絵を、いつも下から支えているわけですから、自分が「地」になるということによって、今度は無限の食物、或いは一つ二つの食物が無限の食物となって、多くの人に供えられる。食べて貰える。そういうような、世界があるんじゃないかと思っています。朝になって、家の人がカミへの供物を配って歩くと、別にそんなことを考えていないに違いないですけど、その行為というものが、無限に繋がっていく。果てしない人間の行為の一こま、一こまじゃないかなあというようなことを思いましてね。
    一つ一つがつらなって一つになった首飾りですね。
 
金光:  そこで、「同時」という、「同じ時」と書く「同時」ですけども、そこでは時間が過去から未来へだんだん一方的に動くような時間とは違うわけですね。
 
岩田:  そうですね。〈時間がない〉んですね。
 
金光  ない時間ですね。
 
岩田:  「時間がないところに、どっかから知らないけど、いのちが降ってくる」と言っ てもいいですね。〈雨が降って土にしみるように、時間が誕生する〉んですね。
 
金光:  そういう言葉は、殊に仏教語でも禅の中では随分そういう表現が、例えば禅の公案として残されたようなものの中には、質問と答えがぜんぜん食い違っているようなものが随分あるようですけども、それも同時世界、因果の時間の流れを外して考えると、無理もない。そういうことでございましょうね。
 
岩田:  そうですね。
 
金光:  南の山に雲が多くくると、北の山の方で雨が降るとか、
 
岩田:  やっぱり時間のない、無時の世界ですね。それで、そういうことも、大徳寺の大燈国師などが、沢山言っておられますけどね。大燈国師がこう言ったからどうなるものでもないですけれどね。雨が降っているのを見ても、雨がどっかからか知らんけど、いっぱい降ってきて、地面に落ちて、消えていくと。これも「ここに降った」「そっちだ」と。そうじゃなくて、〈同時に落ちてくる〉んですね。それで消えるんですね。そして一瞬地面に小さい跡を残して消えていくんですね。時、処をこえて地にしみこむ。これは普通、「共時性」というようなことを言う人が多いんですけど、時を共にすると言うと、こっちの時とこっちの時と、時計を二つ以上持っていなければいかないので、時計は一つだから。一つの時計のなかで同時という現象がおこる。ホントは現象じゃないですが―。私は〈一つの時間が無数の時間になる〉ということでないと、いけないと思っているんですけどね。そういうことをああでもない、こうでもないと勉強していくと、〈そういう世界こそが一番根本的な世界〉のように思えてくるんですね。
 
金光:  その関連で先生が前に説明、確かなさっていたと思うんですが、「有名な達磨さんは何で西の方から教えに来たのか」という、質問に対して、「庭先にある柏の木だ」という有名な言葉がありますね。
 
岩田:  そうですね。
 
金光:  あの辺も、同時性の立場で考えると、何となく、ああ、そういうことかというふうに説明なさっているのかと思って、読んだ記憶があるんですが。
 
岩田:  成る程ね。私、自分勝手に、説明したものですから、昔からどういうふうに言われているか知りませんけどね。〈時間がないということになると、西から来ても、東から来ても、どっから来てもいい〉んですね。いつでも、目の前に居られる。それが達磨さんであってもいいし、猫であってもいいし、草木であってもいいんですね。そこに同時というものの存在が現れている。家に猫がいるんですけど、何もしないですけど、ただ、食べて寝ているんですけどね。それでも朝なんか目が覚めて、そこに猫が座っていると、何となく、ああ、友達が居るなあと思う。存在というものの自分以外のもう一つの原点がそこにあるなあと安心します。お互いにそこで死んでいくんでしょうけどね。生死(しょうじ)を含んでそこに存在する猫というものが、なんとなく親しく感じられますね。
 
金光:  成る程。〈生があって、死があるんじゃなくて、生死(しょうじ)は含まれている。それも同時性の世界〉ということですね。
 
岩田:  そうです。生が死で、死が生。生死同時存在です。
 
     生を死にうつると
     こころうるは、
     これあやまりなり。
     生も一時のくらいなり、
     死も一時のくらいなり。
       (道元・『正法眼蔵』)
 
「一時の位」というのは同時ということです。カチッとなる時だけが一時(いっとき)ではないと思うんですね。
 
金光:  そうしますと、それが現実に我々が存在、自分が存在している世界であると。そこのところをよく気を付けて見なさいよと、いうふうに受け取っても宜しいんでしょうか。
 
岩田:  そう思いますね。「自分がどこにいるんだ」という、この公案だとか、仏教のいろんな教義というものはあってもいいけど、無くてもいいんじゃないかと思いますけどね。
 
金光:  先程からのご説明聞いていると、むしろ今、そこで宇宙、地と柄とが一つになるという、そういう世界のお話のようですが、
 
岩田:  私、調査でタイの北部、チェンマイからずうっと北へ行って、ビルマ国境の近くに暫く滞在していたことがあるんですがね。で、ある時、一人で田圃の中を歩いて行きましたら、向こうから農家の奥さんが稲を背負って、腰を曲げて来るんですよ。それで行き違うんですね。行き違った時に、向こうの女性が、「パイ ティダイ マー」とこう言ったんですね。初めに言われた時には何事かなあと、分からなかったんです。「パイ」と言うのは「行く」ですね。「ティダイ」というのは、標準語で「ティナイ」、つまり「どこ」でしょう。「マー」というのは「来る」ですからね。どこへ行って、どこから来たのかということですね。それを行き違いで言われたから、ハッとして、これには困った。「どっから来た」「どこへ行った」と言われても、自分はどこも行かないし、どっからも来ない。「それじゃ、どうしたんだ」と言われても返事が出来ない。まあ、その時は稲を背負っている農家の奧さんの方がとっても偉い人で、「こちらとしてはなんともお答え出来ません」ということになるわけですね。私も一瞬ののちに気づいてハッとしました。何事もない話ですけれども、考えようによっては、普通の時、日常の時を超えた世界と話し合うということになったら、私もこれからもっとっもっとそういうことを勉強してみたいなあと、今思っているところなんです。
 
金光:  しかし、普通の人だと、行って、それから帰って来る。生きている、死ぬ。それから仏教の言葉で言うと、「往相(おうそう)」があって、「還相(げんそう)」があるというふうに、こう分けて考えますわね。でも先程からの同時性の世界だと、行くと、来るとが、一緒になるような世界。
 
岩田:  そうですね。この辺の木を見ていましても、雪が降って、こっち側に雪が積もって、向こう側が日が照っているとすると、見る方角によって、木がこちらに歩いて来るように見える。だから、木でも止まっているわけじゃないんで、歩いて来たり、歩いて行ったりするんですよね。今度はそれじゃなくて、タイの北部の田舎の農家のおばさんですけどね、稲をいっぱい背負って、こうして来て、私、外国人だから、行き会った途端に、「パイ ティダイ マー」とこう言われると、やあ、偉いこと聞かれたと思って、ビックリしちゃうんですね。それで答えられない。ほんとのこと言って。だからそういう出会いの世界が、「どこにある」「ここにある」と言うんじゃなくて、「至る所にある」、「一人一人とともにある」といわなければならない。それを見付けて、なにも解釈することもないですけど、それに答えていくのが、我々の生き方かなあと思うんです。昔、?居士(ほうこじ)という人が居て『?居士(ほうこじ)語録』というのがありますけど、その娘さんに、霊照女(りんしょうじょ)というのがいましたでしょう。その本に拠ると、?居士(ほうこじ)というのは、初めはお金持ちだったらしいけど、全財産を湖に沈めて、自分は身すぎ世すぎのために、竹の篭を編んで売っていたと言うんでしょう。そしてある時、その橋のたもとで転んでしまった。そうしたら、娘の霊照女(りんしょうじょ)がその同じ場所に転んだという。?居士(ほうこじ)が、「お前一体何のつもりか」と言ったら、「自分は、あなた(父)を助けようとしたんです」と。こう言ったんですね。それ聞いて、父の居士が、「誰も見ていなくてよかった」と、こう言ったと言うんですね。これは「同時というとき」がそこに現前しているんだと思いますね。倒れた同じ場所、そこに霊照女(りんしょうじょ)が自分を身体を投げかける。同時と言うんで、これは、〈助ける、助けないを超えた一つの真実の世界が、そこに表現されているんだ〉と。そういう世界を、私は非常に有り難いことだと思いますね。
 
金光:  無限ということに関しては、岩田先生はカタカナの「カミ」という字と、漢字の「神」という字、両方同じ「神」という言葉を使われる時に使い分けていらっしゃいますね。
 
岩田:  そうですね。
 
金光:  カタカナの「カミ」の方はどういうイメージなんでございましょうか。
 
岩田:  私、その頃は「神」というものをいろいろ考えて、四苦八苦して、そういうふうに書いたんですがね。それは漢字の「神」というのは人間の文化の中に組み込まれていると。だから逆に言えば、〈人間の文化が作り上げた神だ〉と。悪く言えば、家畜化した神だと。何月何日に社のなか出て来て、何時間したら行ってしまうと。良いことをしたら褒めてあげて、悪いことしたら罰すると。そういう人間的な神さんは漢字の「神」さんで、カタカナの「カミ」というのはそういうのと違って、〈一瞬の出会い頭(がしら)に出て来る神様だ〉と。それは、〈良いことをするかも知らないけど、悪いこともするかもしれない〉。〈いつ出て来て、いつどこへ帰っていくか分からないんです〉と。〈家畜化されない原始の神だ〉と。こういうようなことを書いて、そういうことに続いて、いろいろアニミズムの考え方を発展させたことがあるんです。私は今は漢字の「神」、カタカナの「カミ」以前の神の誕生する場所が非常に関心がありますね。どこから何が出てくるかも分からん。突然、漢字の神が出て来るかも分からん。カタカナのカミが出て来るかも分からん。それは分からん。分からんけれども、どっちの神が出て来ても、それはそれとして対面すれば良いじゃないか。出会う前から期待し、また思い悩むことはないだろうと。そんなことを思っています。考えられるのは、〈漢字の神はカナのカミを含む巾広いものであって欲しい〉。漢字の神とカナの神とは〈二つだけども一つであって欲しい〉とは思いますね。
この世界のなかには無数のカミがいて、われわれは常にそれに出会っている。神に出会い、草木虫魚のカミに出会っている。いや、出会うところにカミが誕生し、神が出現している。いや、ひょっとすると、そこで自分が自分に出会っているのかもしれない。自分という一人教が、無数のカミという多神教と手に手をとりあって歩いている。そう考えたらどうでしょうか―。
 
金光:  成る程。神とか、カタカナにしても、漢字にしても、或いは仏とか、そういう言葉をつかまえて、それを概念化して、分別してつかまえよう、なんとかお会いしたいというのではない次元のお話のようでございますので、まあ日常の中で、そういう新しい出会いを大切にしたいものだと思いながら、お話を伺わせて頂きました。どうも有り難うございました。
 
岩田:  どうも。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
     これは、平成十年十月二十五日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。