一日の重み
                                 作 家 柳澤 桂子(けいこ)
1938年東京生まれ。60年お茶の水女子大学理学部を卒業し、アメリカに留学。分子生物学の勃興期に立ち会う。63年コロンビア大学大学院を修了。慶應義塾大学医学部助手を経て、三菱化成生命科学研究所主任研究員として、ハツカネズミの先天性異常の研究を始める。30代より激しい痛みと全身のしびれを伴う原因不明の病に苦しみ、83年に同研究所を退職。病床で多数の科学エッセーを執筆。99年、クスリの新しい処方により奇跡的な回復をとげる。主な著書に「二重らせんの私」「お母さんが話してくれた生命の歴史」「遺伝子医療への警告」「癒されて生きる」「卵が私になるまで」「われわれはなぜ死ぬのか」「生と死が創るもの」「ふたたびの生」「生命の不思議」ほか。
                                 ききて 金光 寿郎
 

生きるという悲しいことを我はする
  草木も虫も鳥もするなり
       柳澤 桂子
 
作家の柳澤桂子さんは生命科学者として、遺伝子研究の最先端で活躍していました。三十年前突然激しい痛みと全身の痺れを伴う原因不明の病に倒れました。そして身体の自由を次第に無くし、三年前からは寝たきりの生活を送っています。夫の嘉一郎(かいちろう)さんが一日中つきっきりで介護しています。柳澤さんは大学では生物学を専攻、バクテリアを使って遺伝の研究をしました。大学卒業後、アメリカのコロンビア大学に留学、抜群の成績で博士号を取りました。二十二歳の時、同じ生物学者の嘉一郎(かいちろう)さんと結婚、二人の子供をもうけました。その後、発生学を研究テーマに、柳澤さんは遺伝子研究に没頭しました。病気のため、生物学の研究所を辞めた柳澤さんは、十三年前から自宅で本を書くようになりました。これまでに科学書から歌集まで二十数冊が出版され、三十万部売り上げました。闘病しながら、生と死を見つめた柳澤さんの本は、生きることの根元的な意味を問い続けています。
 

 
柳澤さんは人間の生と死を、生物科学者の目で追求しながら、自分自身が病苦と死に直面している一日一日の重さを、宗教的世界に開かれた眼差しで解き明かしています。病床で生きている現代人、柳澤桂子さんの中では、科学と宗教が矛盾無く、それぞれの世界で深められていることに感銘を受けます。
 

 
金光:  一九六0年、昭和三十五年にお茶の水の女子大を卒業されて、それで、その年、すぐコロンビア大学にいらっしゃったんですね。コロンビア大学ではどんな研究をなさっていらっしゃったんですか。
 
柳澤:  バクテリアと言いますか、大腸菌を使った、今のO(オー)一五七なんて恐れられておりますが、あれほど毒性のない大腸菌を使って、試験管の中で生命を観るという研究をしておりました。
 
金光:  お茶の水の頃も大腸菌の抵抗性レベルがどういうふうに変わるかという実験をなさっていらっしゃって、その延長という格好で研究されたんですか。
 
柳澤:  そうでございますね。材料は同じですし、考え方も同じですし、それをドンドン展開して行ったという形でございます。
 
金光:  その研究を、しかも向こうでご結婚になって、どういう感じで毎日を過ごしていらっしゃったでしょうか。
 
柳澤:  学校と家が近かったというのはとても良かったと思いますけれど、何しろ言葉が分かりませんから、初めの頃は先生の口元を見て、「試験がある」という、その言葉を聞き漏らさないように、それが精一杯でございました。
 
金光:  そうですか。で、そういう講義の勉強と同時に自分の研究みたいなものをなさるわけですか。
 
柳澤:  はい。そうでございます。
 
金光:  それはまた時間は別になるわけですか。
 
柳澤:  別に論文を書かなければいけませんので、単位を取って、論文を書いたら、学位を頂けるということでございますので、
 
金光:  そうすると、しかし毎日毎日かなり密度の濃い勉強を続けられるということになりますね。
 
柳澤:  そうでございますね。私がやったのは大腸菌の遺伝学なんですけれど、昔は遺伝学というのは、犬だとか、大きな動物を使っておりまして、それがハツカネズミになり、猩猩蠅(しょうじょうばえ)になりで、遂に大腸菌まで小さくなりまして、そうしますと、一世代が犬の場合と、それから大腸菌と比べますと、大腸菌は大体二十分で一世代が参りますので、それだけ忙しいですね。遺伝の研究をする為には毎世代こう追っていきますので、
 
金光:  犬だとのんびり出来る。
 
柳澤:  のんびりして。犬とか羊とかしていれば、掛け合わせて子供が生まれてきて、のんびりしていられるのに、大腸菌は二十分に一遍ですから、物凄く早く、
 
金光:  うっかり出来ませんですね。
 
柳澤:  はい。うっかり出来ない。その代わりデータは沢山出ますので、早く仕事が進むということでございまして、
 
金光:  そういう、しかし、実験の面白さと言いますか、それは確かにお話を聞いているだけだと、集中しなければいけないし、緊張の連続みたいな感じですけれども、そこでの楽しさ、面白さというと、どういうところから出て来るんですか。
 
柳澤:  二十分に一遍の、一代が二十分に一遍と言いますと、一日に大体三回位実験出来るんですね。三世代実験出来ますので。そうしますと、実験する時は答えがこうなるか、こうなるかと言って、賭をするようなもの、ゲームみたいなものでございますよね。ですから、一日三回ゲームを楽しめるんです。ドキドキそわそわしてやっております。
 
金光:  それで予想と当たる場合もあるし、はずれる場合もあるし、
 
柳澤:  こっちの予想になったら、次はこういう実験、もう次ぎ準備して待っているんですけれど、全然違ってしまったり。当たった時は嬉しいですね。
 
金光:  そういうので、慣れてくると、やっぱりその辺の予想と結果が、割に的中し易くなるとか、これは又励みが出ますね。
 
柳澤:  はい。そうすると、実験のスピードももっとグンと上がりますし、ドンドン深みに入って行くことが出来ます。
 
金光:  大学院ですから、ドクター・コースで、それでドクターの資格を取れるわけですか。
 
柳澤:  Doctor of Philosophy という哲学博士、
 
金光:  そうなんですか。
 
柳澤:  と、言いますか、フィロソフィー(philosophy)の本当の意味の「知を愛する博士」ということで。ですから、動物学で取ったんですけれど、動物学に限らず、全ての知識を愛しなさいという、そういうお免状なんでございます。
 
金光:  そうですか。じゃ、区分けしなしで、皆さんフィロソフィー、
 
柳澤:  Ph.D.はいろんな分野から頂いております。
 
金光:  そういうことなんですか。目出度くご卒業になって、それで日本にお帰りになる。で、暫くお子様をお育てになるので、家庭にお入りになって、それでまた生命科学の研究所の方にお務めになりますですね。そちらではどういう、
 
柳澤:  今度はハツカネズミを使いまして。ですから、バクテリアからハツカネズミ、随分離れているんですけれども。やっぱり子供を二人生んで見ますと、子供がお腹の中で育っていく不思議さというのを、どうしても、これ以上不思議なこと、世の中にないいんじゃないかと思いまして。でも、そうしますと、試験管の中で、ただ二つに割れて、増えていくバクテリアなんていうのではとても物足りない。噛み付いても、何でもネズミをやりたいと思いまして、それで一人で又コツコツと始めました。
 
金光:  そういうネズミの場合、随分子供が生まれて、大きくなるのは早いんですけれども、実験となると、その辺に置いておいて、というわけにはいかないわけでしょう。いろんな条件、データが正しいか、どうかというための綿密なるケアと言いますか、要りますよね。
 
柳澤:  そうなんです。千匹位飼いますから。それを温度も湿度も一定のところで。それから光の照射時間を一定にして、そして飼いますし、ハツカネズミというのは、割に弱いんですね。直ぐに風邪を引いて、死んでしまいますので、とてもそれは大変でした。特別にそれをケアする方が就いて下さっていたんですけれども、それでもバタバタ死んでしまって、大事なネズミが死んで困ったりしたこともございますけれど、何とか切り抜けて、
 
金光:  ああ、そうですか。そうすると、それも予想にないことですね。
 
柳澤:  そうでございますね。
 
金光:  そんなに亡くなることは、
 
柳澤:  難しいだろうと思いましたけれど、予想以上に難しいことでございましたね。
 
金光:  でも、乗り越えられた。
 
柳澤:  はい。何とか乗り越えまして、
 
金光:  それで発生の研究というのはその段階で乗り越えて、どういう方向に目差して実験を進めていらっしゃったんですか。
 
柳澤:  発生の初期のところで、身体の形が出来ていきますね。初めは丸い卵なんですけれども、それが幾つかに分かれて、そしてだんだんいろんな形が出来ていく。その形と思われる最初のものが出来るあたりを、どういう遺伝子が関与していて、どういうふうにして作られるのかということを知りたくて、特別な突然変異を起こして、そこが上手くいかないようなハツカネズミがおりまして、それはどこが悪いのかということ、そのネズミを調べることによって、正しい道筋はこうじゃないかということ、そういう調べ方で研究しておりました。
 
金光:  そうすると、異常なマウスの遺伝子はどこが異常なのか。
 
柳澤:  はい。異常なのかということを調べ、途中で死んでしまうんですけれども、異常ですから。その死んだ子供を取りだして、どこまで行っているのか。どうしてこういうふうにしかならないのかということを調べておりました。
 
金光:  お調べになって、ある程度、ここがおかしいというのはお分かりになる。
 
柳澤:  はい。その辺のところまで突き止めたところで、ちょっと身体の具合が悪くなり始めましたので、大変残念だったんですけれど、
 
金光:  で、しかし仕事で、それは自然の営みの不思議さみたいなものの魅力。それから自分が、いわば、その頃の先端的なお仕事でもありますし、そういうお仕事をなさっている面白さ、プライドみたいなものが、自分の思いも寄らない、身体が思うようにならないということで、止めるという決断ということはなかなか難しゅうございますでしょう。
 
柳澤:  そうでございますね。初めのうちは直ぐ治るだとうと思っていました。精々、二、三ヶ月だろうと思いながら、二、三年過ごしましたので、いよいよこれはそう簡単に治らないのではないかと思い始める迄に、かなり時間が経ってしまいました。
 
金光:  そうですか。その頃は痛みとか、或いは研究に差し支えるような、そうでない時間もあるでしょうけれども、さあ、これはやっぱり具合が悪いなあというような状況が周期的にくるわけなんですか。
 
柳澤:  周期的に参りました。初めのうちは月に一度とか、そうしますと、一週間位起きられなくなりますので、実験が思うように出来ませんし、だんだん身体を起こしているのも辛くなって参りまして、
 
金光:  そうですか。
 
柳澤:  吐いたり、腹痛が酷かったり、もう起きていられないんですけれども、検査しても何も分からない。病院を変えても分からない。結局、「どこも悪くないんですよ」と言われるんですけれど。
 
金光:  でも、痛いでしょう。
 
柳澤:  痛いし、
 
金光:  吐き気もあるでしょう。
 
柳澤:  それはやっぱり、「私が仕事が厭だから、登校拒否みたいな形でなる」とおっしゃったり、いろいろなわけですけれど、やっぱりほんとに困りましたね。
 
金光:  検査して出ないと、本人が、「痛い」とか、「吐き気がある」と言っても、病気じゃないんですね。
 
柳澤:  気のせいですね、早く言えば。自分で病気を作っている。それで心療内科なんかも行ってみましたけれども、そうすると心療内科の先生は、「これは身体の病気です」とおっしゃる。もう行き場が無くなって終いまして、症状だけ激しいし、仕事に差し支えるし、大変困りました。
 
金光:  でも、自分はこんなにお腹が痛いとか、こういう状況だのに行った病院で、それをまともに受け取って貰えないというのは、これは叶いませんね。
 
柳澤:  そうなんです。
 
金光:  しかも、「それはあなたの気のせいだ」とか、何とか。そんなお話を伺ってそう思いますけれども、
 
柳澤:  結局、病院を変えますね。そうすると、今度は、「ドクター・ショッピング」と言って、「病院を転々とする悪い患者」という汚名まで着せられますから、結局、益々こじれて参りますよね。
 
金光:  はい。カルテが付いて廻ると、「何だ、この患者は」みたいな先入観で見られます。
 
柳澤:  「この患者はどこも悪くないのに、あちこち行っている」ということになって終いますから、もう益々立つ瀬がなくなるというか、大変困りました。
 
金光:  お困りになって。でも、良くなればいいんですけれども、病院がそういう状況だと症状は良くなるよりも、むしろやっぱり悪くなりますよね。
 
柳澤:  悪くなって参りまして。
 
金光:  それで結局研究所の方もお辞めになる。
 
柳澤:  はい。五年間向こうでも有給休暇という形を取って下さったんですけれど、結局、五年目にもうどうしようも無くなって解雇という形で辞めました。
 
金光:  しかし、それだけ分子生物学、或いは生命科学の第一線で活躍なさっていて、その研究の場が自分から無くなるというのは、これは相当大変ですよね。
 
柳澤:  そうでございますね。私の場合は、子供が二人おりましたけれど、三人目の子供が死んだような感じでございました。
 
金光:  そうでしょうね。で、しかも仕事は直接の研究は出来ない。病気の方ははっきりしない。そこで、じゃ、後はどうなさったんですか。
 
柳澤:  まあ、仕方がありませんから、家で寝ておりまして、会社から解雇の知らせを受けた晩に、皆さんが、「神秘体験」と呼んでいらっしゃる、ちょっと非常に不思議な体験を致しました。その日は眠れないで、一晩中本を読んでおりましたら、明け方になって、障子が白みかかってきたところで、パッと私自身が炎に包まれまして、そうしましたら、何か私の前に道が一本スウッと開けて見えるんでございますね。〈あ、この道を行けばいいんだ〉。なんだか分からないんですけれど、兎に角、確信だけは何と言うんでしょう、〈間違いない〉と、〈私は救われた〉と、そういう気持が致しました。それから、その道が何かということは、それから自分で手探りで考えて、まあ書くことを始めたわけでございますけれど、そういう経験致しました。
 
金光:  そういうご体験というのは、仏教で、「回心(えしん)」と言いますね。心を回(めぐ)らすと書きますが、コンバージョンと言うか、今までの個人の見方しかなかったところに、別な方向からのいのちの見方と言いますか、それをお感じになったということで、その経験自体は禅の見証体験なんかでも似たところがありますし、浄土教なんかの方の一種の回心(えしん)の場合も、タイプは違いますけれども、やっぱり今おっしゃったような、こうだという具体的なものを掴むんじゃないけれども、しかしはっきり今までの生き方と違う、何か光が当たったという、そういう経験をなさる方は随分いらっしゃるようですが、やっぱりそこで、「あ、この道がある」と言うか、「何か生きる道が見えた」という。これは大きな力になりますでしょうね。
 
柳澤:  そうでございますね。ですから、もうそれ以後は、〈その力にずうっと支えられてきましたし、その時に何か温かいものに包まれて、ふぁっと抱き上げられたような感じが致しまして、もう自分で何も悩むことはない。誰かが付いていて下さるという感じでございますので、後は自分の道をただひたすら進むのみ〉ということになりまして、病気が分かろうが分かるまえが、そういうことはもうあまり気にならなくなりました。
 
金光:  そうしますと、もう一つの生きる姿勢、新しい方向が、具体的には兎も角、「ああ、これで良い」と思われて、それからは具体的にはどういうことを手探り、歩き始められたんでしょうか。
 
柳澤:  それまでは、私は自分が生命科学が面白くて、生命現象が面白くて、一生懸命やっておりましたけれども、こんな面白いものを一般の方に知って頂けたら、どんなに良いだろうと思いまして、その道を一生懸命探りました。やはり亀の甲など出て参りますと、皆さんお嫌いになりますので、そういうものを使わないで、どうやってご説明したら、一番分かって頂けるだろうか。理屈だけじゃなくって、いのちの持つ神秘性とか、美しさとか、そういうものはどうやったら表現出来るんだろうかということを、一生懸命考えて、やはり五年位最初の本を出す迄に、試行錯誤しておりました。
 
金光:  その頃、その時お作りになったのか、後でお作りになったのか、
 
     わがゆく手闇(やみ)ゆえ冴(さ)ゆる一筋の
       道ほのとして灯(とも)るがごとし
 
後でお作りになったんですか。
 
柳澤:  後で作ったんですけど、やっぱりその時のことを思っておりますね。
 
金光:  やっぱり、兎に角、闇がある故に冴えた一筋の道がほのかに見えると言う。
 
柳澤:  ほんとにそういう感じがしました。
 
金光:  それでそういうご体験の後でも病気の方は、やっぱり変化が、
 
柳澤:  同じことをある程度繰り返しておりました。ある期間ずうっと繰り返しておりまして、ここ五、六年前から、また進行し始めるんですけれど、その時期は繰り返し、こうしているのでございます。
 
金光:  その病気に対する考え方みたいなものは、そのご体験の前と後で、やっぱり変わってくるものですか。
 
柳澤:  はい。変わりますね。お医者様が何とおっしゃろうと、これは実際に、〈私はこうなんだから、もうこれでいいんだ〉と。それまではやっぱり自分を責めておりましたね。「気のせいだ」と言われると、〈そうじゃないか。やっぱり何か自分に悪いところがあるんじゃないか〉と思って、一生懸命考えましたけれど、もうその体験以降は、〈自分がこういう状態なんだから、それを受け入れていけば良いので、人がどう言おうと、それは構わない。その中で、自分が出来ることをやっていこう〉というふうに考えられるようになりました。
 
金光:  科学者の方にこういうことを、失礼なんですが、私の知っている方で、そういう体験の後、お医者さんにあまりかかられんようになりまして、「自分の身体の要求」といいますか、「それに忠実に生きるようになった」というようなことをおっしゃった方がおいでなんですが。
 
柳澤:  ほんとにそうなんですけれど、私は生物学をやっておりますから、〈動物本能を大事にしよう〉と自分で思いまして。ですからお医者さまのご意見を伺うよりは、〈心を研ぎ澄まして、自分の中からの声を聞こう〉というふうに方針を変えました。それでその頃に電動車椅子を作って乗ったり、そういうことを始めました。
 
金光:  それは無理すると、多少は歩けるような状態でも、或いは電動車椅子で、こういろいろ自由に動いて行った方が、自分の身体には良いというふうに判断なさったということですか。
 
柳澤:  立てなくなっておりましたので。
 
金光:  あ、そうですか。
 
柳澤:  家の中くらいは歩けたんですけれど、ちょっと外へ出て、五分なり、十分なり続けて歩くことが出来なくなっておりまして、それで思い切って、電動車椅子を買いました。
 
金光:  下半身だけの方が、「電動車椅子を買って乗って、それまではいつもどなたかが押して下さらないと動けなかったのが、電動車椅子で自分で外を動けた時に、世界が変わった」ということをおっしゃいましたけど、やっぱりご自分で外で電動車椅子で動かれると、やっぱりガッと変わるものですかね。
 
柳澤:  はい。自分が外へ出て行けるということは、ほんとに素晴らしいことですし、それから、その時に、いろんな方が挨拶を下さるですね。それまではすれ違っても、割に最近の東京では、知らない同士挨拶するなんてことございませんよね。それを皆さん挨拶して下さる。初めのうちは喜んでいたんですけど、ある日フッと、〈何故だろう〉と思いまして、〈あ、あれは哀れみの気持なのか〉と、ちょっと辛い気持が致しました。で、考えてみたら、〈その哀れみの気持を辛いと思っているのは、この私自身だから、私の中にある心がそう辛くさせるんだ〉ということに、車椅子の上で気が付きました。
 
金光:  それはまた大きなことですね。
 
柳澤:  そうでございますね。それは、「大きな気づき」と言いますか、「発見」と言いますか、それからまた一段と楽になりました。
 
金光:  そうですね。苦しみというのは大体原因を外に求めますものね、普通は。
 
柳澤:  外に求めてしまうんですけれど、丁度、その時期に来ていたと言いますか、兎に角、〈自分の内にあるんだ〉ということに気付きまして、それからほんとに楽になりました。
 
金光:  そうしますと、例えば、昔だったら、〈こんなに酷いなんて、自分でこう苦しんでいるのが、何だ自分がこういうふうに考えればいいんではないか〉とか、ちょっと包容力が、
 
柳澤:  そうでございますね。〈何をしても苦しめているのは自分だ〉ということがほんとに良く分かりますので、それから苦しみがなくなりました。
 
金光:  それは凄いですね。
 

 
     黄昏(たそがれ)の身にうつうつと濃(こ)き思い
       おのが無残(むざん)を生き尽(つ)くさんと
 
     苦しみに在(あ)り果(は)つもまた一瞬(ひととき)の
       遊びならずや雪の音聴(き)く
 

 
柳澤:  私は実験する時も、何となく神様とお話するような感じで実験をして、その答え、データが出て参りますね。それを神様が授けて下さったと言うか、聞かせて下さったもののような気がして、非常に敬虔な感じでデータを見ておりましたので、そういう気持をやっぱり本の中にも何とかして表現したいと、その辺のところに接点があったんじゃないかと思います。
 
金光:  最初にそういうふうにお感じになった実験というと、何をどういうふうになさっている時に、やっぱり神様のお仕事だなあというふうにお感じになったんでしょうか。一、二、何でも結構なんですが。
 
柳澤:  例えば、ハツカネズミの卵を取りだして、顕微鏡の下で見ますね。そうすると、七色に光っていて、シャボン玉のようなんですね。それを見た時は、やっぱり、これは神様から見せて頂いた、大変なものを見せて頂いたと思いました。そういう経験はほんとに日常にしておりました。
 
金光:  じゃ、そういう変化し、こう次から次ぎに出てくる度に、それは人間の力を超えた世界の話ですよね。
 
柳澤:  超えた世界でございますからね。もうほんとに、どれもこれも不思議で、その前に平伏(ひれふ)したいような感じで見ておりましたので、マウスのお腹の中から育っていく赤ちゃんを取りだして、それを薄く切って、顕微鏡なんかで見るんですけれど、その形が出来ていく様子。これは本当に神様でなくては出来ないことでございますよね。
 
金光:  しかし、まだまだ人間の分からない、そういう発生の不思議さみたいなものは、まだいっぱいあるわけですね。
 
柳澤:  はい。殆ど分かっておりません。
 
金光:  そうしますと、人間の科学というのも、まだそういう宇宙の、殊に、生き物なんかの不思議さみたいなものの、序の口まで行っているかどうか、むしろそんな感じかも知れませんね。
 
柳澤:  ほんとにそうなんでございますよ。生命が地球上に芽生えてから、今までを一年に譬えますと、ほんとは三十六億年ですけど、それを一年に譬えますと、科学の研究が曲がりなりにも始まったのは、今から三百年位前としますと、たった二秒。
 
金光:  二秒なんですか。
 
柳澤:  二秒なんでございます。ですから一年のうちの二秒しか研究していませんので、何にも分からないで当然なんですけど。それを一年分、分かったような錯覚を起こしてしまいますと、これは大変なことになります。たった二秒でございますから。
 
金光:  はあ。人間は多少無理して勉強して、いろんなことが分かったつもりになっていても、まだ二秒しか、
 
柳澤:  二秒しかやっておりませんので。
 
金光:  そうですか。
 
柳澤:  分からないことが如何に多いかということでございますよね。
 
金光:  まあ、しかしそれだけに少しずつでも分かる時の喜びというのは、また大きいということなんでしょうね。
 
柳澤:  そうでございますね。沢山の人がほんとにゆっくりゆっくり亀が這うように、実験して調べておりますけれど、その喜びも大きいですね。
 
金光:  私なんかには、そういう発見の喜びなんかというのは、今まで先生のお書きになったものを拝見して、ああ、こういうものかなあと、想像するくらいのことだったんですけれども。そうやって人間が生きて成長していくというのを研究なさっていらっしゃって、今度ご自分の身体がだんだんとご不自由になってくる。で、ご自分の身体というものを観察なさる時に、そういう生きてだんだん成長していく面と、それから今まで足が動いていたのが少しずつ不自由になっていく。いわば、生成発展じゃなくて、だんだん滅の方に、科学者の目でご覧になって、その生と死と言いますか、その関係はどういうふうにお感じになっていらっしゃいますですか。
 
柳澤:  自分の身体については、ちっとも分かりませんで、初めはお医者さまというのは、何でも分かっていらっしゃるものと思っておりましたので、お任せしておけば、そのうちに何とかなるんじゃないかと思っていましたけれども、どうもそうでもないらしい。それで自分なりにいろいろ考えて見ましたけれど、よく分からない。結局、〈内なる声、動物本能に聞くのが一番確かなようだ〉という感じが致しまして。なかなかわかりませんね、自分のことでも。
 
金光:  仏教では、「生死一如」という言葉が、生も死も同じ世界だということをよく申しますが、先生のお書きになったものを拝見していますと、人間の細胞というのは、成長する細胞の傍らに、ドンドンドンドン死んでいく細胞があるんだそうですね。
 
柳澤:  例えば、人間の身体をとってみましても、飛び出しているところと、凹(へこ)んでいるところとあって、全てではないんですけど。
 
金光:  例えば、指なんか、
 
柳澤:  はい。指なんかは典型的でございますけど、凹(へこ)んでいるところは細胞が死んでくれたから、指の形が出来たので、
 
金光:  元は丸いんですか、これが。
 
柳澤:  はい。丸いものでございますから。
 
金光:  じゃ、ここの窪みのところというのは、窪みのところは死んで、
 
柳澤:  細胞が死んで、こういう指の形が出来ておりますので、人間が人間として正常な形で生まれる為には、細胞は死ななければならないわけでございます。
 
金光:  ということは、仏教でいうのは、兎も角、人間が大きくなる為には生きる細胞と死ぬ細胞があるから大きくなると、
 
柳澤:  はい。腸の管の中なんかも、細胞が死んで、膜が閉じるような形で一応管になるんですけれど、その後掃除をするんでしょうか、死んでいる細胞が沢山見えますので、ここが管になるんだなあと思いますね。そういう時もほんとに感動致しますね。そういうものを見ますと。
 
金光:  そうすると、自分では意識しなくても、私達がこうやって大きくなっているという陰には、死んだ細胞がいっぱいいるということなんで、
 
柳澤:  さうでございます。生まれるまでにも、そうやって沢山の細胞が死にますし、毎日沢山の細胞が、例えば垢(あか)になって落ちるとか、死んで入れ代わっているから生きていられるんで、これが一つの細胞でしたら、それぞれ寿命がありますので、寿命の長い細胞もございますけれど、短い細胞ですと、何十時間とか、その位で死んで終いますから。
 
金光:  赤ん坊から歳を取って亡くなるまで、ずうっとそれが続いている。
 
柳澤:  はい。ダイナミックなものでございます。
 
金光:  その辺のところが、現代の生命科学の第一線で、だんだんハッキリしてきているんでしょうけれども、昔の方は全くご存知なくて、そういう「人間が生きていることと、死んでいるということは、バラバラなことではない」ということをおっしゃっている。というのは、そういうお話を伺った後で、不思議だなあという気もしますね。
 
柳澤:  生命科学をやっていきますと、宗教の天才的な宗教家が出ますね、何年に一度。そういう方の言われることというのは、見事に生命科学の現象を言い当てていらっしゃるんですね。ほんとに不思議だと思います。
 
金光:  そうしますと、そういう天才的な方と言いますか、宗教的な能力を持った方のおっしゃることを、現代の科学でだんだんと追求していくと、その世界が別々ではなくて、丁度、重なると言いますか、矛盾しない。
 
柳澤:  はい。私は、「宗教と科学というのは、両極端ではなくて、宗教は科学で説明出来る」と思っています。
 
金光:  確かに言葉というのが、全てを伝えるのが不自由なものですから、科学で宗教の全部を説明出来るかというと、先程の人間の生命自体が非常に不思議で、まだ科学で分からないのと、同じようなところで、宗教の場合も分からない部分があるということは言えますけれども、しかし科学の研究が宗教と矛盾しているということはないということでございますね。
 
柳澤:  はい。もうどこの国にも、どの民族でも、宗教というのはございますから、これは神様とか、仏様が存在するというのは、私は間違いないと思っています。それをさっきの〈外にあるんじゃなくて、自分の中にある〉という、それだけのことで、〈外にあると思うから、そんなものいないんじゃないか〉という考え方が出て参りますけれど、〈人間の頭の中には、絶対神がある。神を信仰するという、希望とか、それから、それを信仰する力〉もございますし、そういうものがあると思います。
 
金光:  何かそういう世界があるとお感じになっているということは、ほんとの宗教と言いますか、何宗何宗という名前の付かないところで、何かほんとの宗教ってあるんだなあというふうに感じていらっしゃるわけですね。
 
柳澤:  はい。そうでございますね。普遍的なものがあると思っております。宗教で、そういう普遍的な教えというのは何かと言いますと、人間が如何に小さいか、さっきの二秒でございますよね。科学が始まってから、たった二秒しか経っていない。その謙虚さを持ちなさいということで。そうしますと、科学の方で調べていきますと、〈人間というのは、ほんとにこの宇宙の中で小さいもの〉なんでございますよね。ですから、宗教と科学は全然矛盾しておりません。同じことを言っていると思います。
 
金光:  以前、大腸菌だとか、マウスの研究をなさっていた頃は、そういう自分の存在がどうかというようなことをお考えになる前に、兎に角、対象の面白さと言いますか、その魅力で夢中になっていらっしゃった。むしろそういう感じでしょうか。
 
柳澤:  そうでございますね。
 
金光:  で、その時に、「人間というものが如何に小さいものか」とお感じになると、無力感だけになる。理屈でいうと、無力感になるんじゃないかと思いますけど、そうじゃないみたいですね。
 
柳澤:  そうでございますね。それは私の神秘体験の時の不思議なことでございまして、それと同時に、〈誰かに抱き抱えられている、支えられている。自分というのは、これは無限大に、自分にとってみては無限大〉〈自分一人、一番大事なものでございますけれど、それが如何に小さいか〉。その両方を見ますと、〈あまり悲観的にならないで、無力感を感じないで、自分を大事にしながら、謙虚にもなっていかなくちゃいけないんだ〉ということを、
 
金光:  人間の考えというのは非常に一面的になりがちですので、ある部分では確かに小さいけれども、「その小さいものが大きなものに包まれている」。しかもそういう多重構造と言いますか、そういうような現実の生きた姿ということになるわけでしょうかね。
 
柳澤:  そうでございますね。
 
金光:  そうしますと、そういうところで、現実に前はお歩きになれたのが、だんだん力が無くなって、電動車椅子なんかにお乗りになりますね。そうすると、「これも無くなった。これも無くなった」。まあ、病気になった方は、「昔あれも出来たのに」とか、そういうことをよく考えるとおっしゃるんですが、その辺の考え方はどういうふうにおなりになりますか。
 
柳澤:  それは私は病気になってから、と言いますよりも、子供が居て、研究をしておりましたので、とても生活が大変でございまして。アメリカの諺に、「ドーナツの穴を見ないで、外側のリングを見るように」というのがございまして、私は子供を育てながら、いつもそれを自分に言い聞かせて、両方しようとすると両立しないものですから、何も出来ないように見えます。「ドーナツの穴を見てはいけない」と、自分で毎日言っておりましたので、それが役に立ちました。結局、出来ないことを見ないで、出来た方を見るように。それが割に身に付いておりましたので、助かりました。
 
金光:  だから、ドーナツの穴ばっかり見ると、穴が大きく見えて、外側にまだこんなにあるじゃないかと。
 
柳澤:  そうなんです。
 
金光:  そうすると、また自分にこれが出来る、まだこれが出来る。
 
柳澤:  それで出来ることは沢山ございますし、最終的には、私は、〈朝に明るくなってきたことを感じられれば、それで嬉しいじゃないか。生きている価値が、それを平和に、そういう朝日の光を感じることが出来れば、生きている価値が十分にあるじゃないか〉というふうに思っておりました。
 
金光:  よく宗教の方は、「自我を離れる」とか、「自分というものを投げ出せ」とか、という言葉を使われますけれども、そういう自分自身のお身体の様子と、自分を投げ出す世界、包まれる世界という、その「自分を投げ出す」とか、「無にする」とか、そういう言葉で表現しているということは、お感じになることはございますか。
 
柳澤:  私は、「自我を無にする」とか、「自我を超越する」とか、そういうことというのは、生物学的に説明出来ると思っております。進化の過程を追っていきますと、人間が出来る前に、魚がありまして、それからカエルの時代、それからワニの時代が、そして今度はネズミとか、モグラとか、下等な哺乳動物と言いますけれども、そういう時代があって、それから人間が進歩してきているんですけれど。脳の構造を見ますと、非常に当たり前と言えば当たり前なんですけれど、魚の脳、魚が持っていた脳、その上に今度はワニの脳、ワニも持っていた脳が出来て、それから今度は下等な哺乳類の持っていた脳が出来て、それから人間の脳が出来て、というふうに、全部持っているんですね。無くなってしまうんじゃなくて、それで、私共の欲望の一番強いところというのは、ワニの脳に当たる辺りから非常に強い、例えば、生殖の欲求であるとか、餌をとる欲求であるとか、それから縄張り争いの欲求、そういうものが非常に強いエネルギーで出て参ります。その上に人間は大きく理性の脳を持っているんですけれど。ワニの脳と人間の脳がぶっつかり合いますと、非常な苦しみになるわけですね。一方はこうであるというのに、もう一方はそれではいけない。で、結局、どうすればいいかと言いますと、人間の考えを捨ててしまうのではなくて、ワニの脳のところから出てくる考えを、人間の脳の理性で濾過(ろか)をして、と言いますと、道徳であるとか、倫理であるとか、そういう考えでワニの脳から出てくる欲求を整理して、そしてその上に出てきたものが、私は、「無にされた自我」と言いますか、「超越した自我」であって、これは宗教的にも非常に高いものじゃないかというふうに思っております。
 
金光:  その場合は、そうしますと、「濾過する」ということは、「欲望の赴(おもむ)くままに」というのとは、もう一つ次元が違ってくるわけですね。
 
柳澤:  違ってくるわけでございますね。〈ただ、抑えるだけじゃなくて、そこを超えたような状態でいく、ということが、自我を超越することだ〉と思います。
 
金光:  今、「葛藤(かっとう)」と言いますか、「苦しみが出てくる」というお話がありましたけれども、よくお釈迦さんは、要するに、「人生、人間が生きているということは苦しみである、ということからスタートされた」というふうに聞きますけれども、そういう今のご説明で、分かる人は、パッと分かると思うんですが、ご自身が苦しい時に、どう対処されているか、ちょっとその辺聞かせて頂けますでしょうか。
 
柳澤:  私は痛みが激しい時に、お念仏を唱えてみたことがございます。「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)、南無阿弥陀仏(なみあみだぶつ)」。そうすると痛みが少し軽くなりました。そして、〈これは仏様のご利益(りやく)か〉と思ったんですけれど、そこがちょっと科学者のあれで、今度、「達磨 さんが転んだ」にしてみました。やっぱり同じなんですね。それで私は何かリズムみたいなものが人間の身体を、どう言ったらいいんでしょう、何か平穏に、そういうことがあるんじゃないかというふうに思いました。それからはその方法は積極的に使いました。ちょっとした痛み止めぐらいの効果はございますので。
 
金光:  リズムというと、仏教の場合は、殊に、呼吸によってリズムを調えるということを、非常に重視しているようでございますし、それから、「ああいうお念仏だとか、お題目みたいなものは、呪文(じゅもん)ではないんだ。呪文で呼び出す、というのとはむしろ逆で、大きな宇宙の働き自体に、気付かせて貰える時のお礼の言葉だ」と言いますか、むしろそういうところでの発言が一番正しいというふうに、どうも思われているようでございますけれども。
 
柳澤:  そうしますと、リズムなんかも、やっぱり宇宙の大きなリズムに入っていく為の、
 
金光:  頭でいろいろリズムを考えるんじゃなくて、身体全体で感ずるという世界というふうに聞いておりますが。
 

     まだ生きて何を望むか月のなき
       空に花火は開きて散りぬ
 
     虚空(こくう)には微塵(みじん)のごとく死が満(み)ちて
       凝集(ぎょうしゅう)を待つ切(せつ)せつと待つ
 
柳澤さんは去年の十一月まで、IVH(中心静脈栄養)という治療法で、栄養を補給していました。生命維持に必要な栄養を心臓近くの静脈に直接送り込む方法です。去年二月、柳澤さんは掛かり付けの医師にIVHを外して欲しいと希望しました。
 

 
金光:  もうこの辺で、「さようならしよう」とお考えになったことがおありだとか伺いましたけれども、その時はどういう感じだったんですか。
 
柳澤:  その時はだんだん食べ物を食べられなくなって参りまして、それで身体の奧の方にある太い血管に、直接栄養を入れるということを致しました。それで、ですから、私一人ではもう生きられないわけです。食べられませんから。寿命が来ているのに、そういう人工的な医療で生かされたわけでございますね。それで、ただそれをさっきのお日様が出て来るのを喜べるような状況で生かして頂いたんだったらよろしいんですけれど、そうではなくて、痛みが激しくて、非常に苦しい。もう転げ回るような苦しみでございました。それからまたそういう状態で受け入れてくれる病院というのがございませんで、介護の面でも行き詰まりがございました。家族の中でそれをどうやって支えていくのか。そうなりますと、その時、私が受けている医療というのは、過剰な医療ではないか、というふうに考えました。これさえ止めて頂ければ、私は自然な状態で、もう終わっているのに、ただ栄養を補われている為に生かされてしまう。それはちょっと医療として行き過ぎではないか、というふうに考えました。お医者さまにもお話したんですけれど。結局、結論として、私は感じたのは、やっぱりそういうことというのは、非常に難しい。「安楽死だ」「尊厳死だ」と言われていますけれど、あれはやっぱり机の上の議論であって、実際問題としては、非常に難しいと思いました。「救急車は絶対に呼んではいけない」とかとおっしゃるお医者さんもありますけれど、でも、その場になって、その判断はやっぱり出来ないと思いますね。そこで救急車を呼んじゃいけないのか、呼ぶべきなのか。ですから、結局、呼んでしまうことになる。行き着くところまでしてしまうことになる。ですから、もっともっとそこのところは真剣に考えて、実際にどうなるのだということを考えて、議論を盛んにして頂かなくちゃいけないんじゃないかと思います。非常に難しい問題だと思います。
 
金光:  そうですね。
 
柳澤:  私はお釈迦様が言われる「苦」というのは、病気だとか、貧乏だとか、そういうレベルの苦ではなくて、私共が、〈この広い宇宙の中で、裸で放り出されている存在だということだ。そこに気付かれたんだ〉と思いますね。ですから、〈苦があって当たり前で、どなたの受けていらっしゃる苦も、そういう中での、もう仕方のないこと、退っ引きならないことなので、これはやっぱり人間として生まれてしまった以上、受けていかなければならない〉と、私は思っております。
 
金光:  それを一旦そういうものとして受け止められますと、やっぱり、「困った困った」「苦しい苦しい」だけの世界とは違ったものが見えてくる。
 
柳澤:  はい。見えて参りますね。〈そういう受け止め方を致しますと、何か許容量が増えた〉と申しましょうか、なんかそんな感じが致します。かなり耐えやすくなって参ります。
 
金光:  本来の仏果という苦の意味は、「思う通りにならないというのが、苦なんだ」そうですね。
 
柳澤:  ああ、そうでございますか。
 
金光:  ですから、痛みとか、なんとかというよりも、人間の思うようにならないことが苦であると。ですからやっぱりおっしゃったように、自分が苦しんでいるんだというところに気付かれますと、思いが変われば、また違った世界が見えてくるということもあると思いますが。それと同時に、生命というのをずうっとご研究になっておりますと、いま生きている自分のいのちも、これ自分一人と言えないということを、実感としてお感じじゃございませんか。
 
柳澤:  はい。もうこれは生命の歴史、三十六億年前後と言われておりますけれども、その中を生殖細胞はずうっと繋がってきているんですね。分裂しながら、次の世代を。そしてバクテリアのように、細胞が一個一個で生きている場合には、分裂分裂で、ドンドン増えていくんですけれども、私共のように身体は多細胞で、沢山の細胞で出来ておりますと、ドンドン増えていきますと、これはガン細胞か、それでなければ、入道のような大きな人になってしまいますので、あるところで止まらなくちゃいけない。で、寿命ということが、細胞の寿命ということが出来て参りまして。ですから、私共は百年足らずで死にますけれども、生殖細胞というのは、ずうっと流れ続けている。その生殖細胞から、私共も生まれているわけですから、三十六億年の歴史を背負っているわけでございますよね。ですから、〈自分というのではなくて、時間のスケールでいうと三十六億年でございますし、空間のスケールで言いますと、宇宙ということ、或いは地球全体〉ということになりますので、非常に〈大きな中の自分である〉ということを、生命科学を研究しておりますとよく感じます。
 
金光:  前に、私が伺った方が、自分のいのちのことを、「大きな川の流れに、ポコッと浮かんでいる泡のような感じがする」ということをおっしゃいました。だから、「泡は消えても川はそのまま流れているんだ」ということを、その時はあまりピンとこなかったんですけれど、だんだん歳を取るにつれて、やっぱり、「生きている自分というのは、そういう大きないろんなものの力に支えられているんだ」というのが、だんだん実感として感じられるようになってきました。
 
柳澤:  大きな川の中のほんとに小さなあわ粒でございますよね。
 
金光:  でも、そういうふうに、もう一つ面白いのは、その方が平成五年に亡くなられたんですが、亡くなられる前に、ちょっとラジオでお話を伺っていまして、「死んだらどこへ行くんでしょう」と質問したんです。その質問の流れの中で。そうしますと、「どこへも行きませんよ」とおっしゃるんですよ。ですから、その意味はまだ宿題なんですけどね。「どこへも行かない」という方が、「大きな川の流れの中の泡みたいな自分」ということで、川を実感なさっていますと、「その泡は消えても川にいるんだ」という、私はそういう実感かなあと思ったんです。
 
柳澤:  そうかも知れませんね。
 
金光:  ですから、また生まれる前のことは、全然意識しておりませんけれども、でもおっしゃる通り確かに三十六億年がここに生きているわけですし、だから先がどうなるかというのは、人間の頭じゃ分からないんですけれども、どうもポコッと生まれて、ポコッと死んで、それだけで終わりということじゃないんじゃないかという気が何となく、
 
柳澤:  その流れの中にドップリ浸かっておりますから、どこにも行きようがございませんよね。
 
金光:  でも、そういうふうなことを漠然と、私の場合は、勝手に想像しているだけなんですけれども。そういう生命科学、ずうっとこう生きた細胞なんかをご覧になって、大きな流れをご覧になっていると、まさに実感としてお感じになるでしょうね。
 
柳澤:  もうそれは実感として感じております。死というのは、一言で大変難しいんですけれども、私の場合は、やっぱり、〈死後の世界というのは無くても、そこで消えてしまうもの〉と割り切って思っております。全くそこに関しては、科学的で腐ってしまったものは、それで無いんですけれども、その人というのは無いんですけれども、分子としては残りますから、それがまた流転して行く。何に入っていくか分からない。そういうようなことで生まれ変わりというのがあるのかも知れません。私自身、私という個人は、もうそこで終わりになると思っております。
 
金光:  そういう人間ということは、人間どうしてもみんなそういうところにいるんですよ、ということにもなるわけでしょうか。
 
柳澤:  丁度、木の葉のように、同世代を一緒に過ごすように、この世に出て来た私共ですから、喧嘩なんかしていては、ちょっとそんな状況じゃございませんよね。ほんとにお互い大事にし合わなくてはいけないと思います。流れの中にいるんだから。その泡がいつ消えようと、それ程大した問題ではないという感じが致しますね。
 
金光:  それと同時に、いま生きている朝日の光の有り難さというものも、勿論、一層よく感じるわけでしょう。
 
柳澤:  ほんとに平和で有り難いと思います。
 
金光:  どうも有り難うございました。
 
柳澤:  どうも。
 

 
     しぼみゆく未来(みらい)につれてしくしくに
       重(おも)くなりゆく過去を曳(ひ)きずる
 
     たまゆらを綴(つづ)り綴りてたゆたいて
       死につなぎゆく一条(いちじょう)の時
 
 
     これは平成十一年一月十日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。