論語を読む
 
                           長岡禅塾塾長 半 頭  大 雅(はんとう たいが)
                           き  き  て  金 光  寿 郎
 
金光:  京都府長岡京市、八世紀の末、桓武(かんむ)天皇が造営した長岡京のあったところで、菅原道真(みちざね)ゆかりの長岡天満宮でも知られています。今日はこの天満宮のそばにある坐禅の道場、長岡禅塾(ぜんじゅく)をお訪ねします。長岡禅塾は昭和の初めにある実業家の発願(ほつがん)によって、大学生の為の坐禅修行の道場として創立されました。現在ここの塾長を務める半頭大雅さんは大正十四年のお生まれ。井深(いぶか)の正眼寺(しょうげんじ)、三島の竜沢寺(りゅうたくじ)、京都の相國寺(しょうこくじ)などの専門僧堂で修行された後、この禅塾へ来られました。
 

金光:  随分見事の池、本堂、向こうの庫裏の方でございますが、御老師がここへお見えになったのはいつ頃でございますか。
 
半頭:  四十年前です。
 
金光:  その頃、もうこの建物はこういう景色で、
 
半頭:  ございました。
 
金光:  こちらは本堂で、
 
半頭:  坐禅堂ですね。
 
金光:  坐禅堂で、ここで皆さん坐禅なさるわけですか。それで学生さんが寝泊まりなさるところは向こうにあるわけですか。
 
半頭:  はい。
 
金光:  そうしますと、大学のある頃は大学へ行って勉強して、それで朝晩坐禅をする。
 
半頭:  朝晩坐禅をする。
 
金光:  じゃ、四年なら四年の在学期間が終わると、卒業して、また新しい人が入って来る。社会人になると、外から通って来るような形で、
 
半頭:  そういう方もいらっしゃいますし、そのままの方もいらっしゃる。
 
金光:  そうですか。坐禅の塾でございますが、ここで『論語』のお話なんかもなさっていらっしゃって、『論語』についての本をご老師が出していらっしゃるのを、私も拝見してお邪魔したわけでございますが、それじゃ向こうで、『論語』についてのお話を聞かして頂きたいと思いますが、どうぞよろしくお願い致します。
 

金光:  手入れの行き届いたお庭から初夏の快い風が吹き抜ける書院に案内して頂いて、鶯の囀りを耳に、お庭の緑を目に楽しませながら、禅と孔子の『論語』をめぐってお話を伺い致しました。
 

 
金光:  今日は禅の修行をしてお出でになりましたご老師に、『論語』のお話を伺うわけですが、『論語』と言いますと、私なんかは戦争に負けたあと、ああいうものは封建的で古いんだ、というようなことで、世間一般もそういうふうに思っている人が多くて、あんまり読まれることが少なくなっている、と思うんでございますが、ご老師の場合は『論語』をお読みになるきっかけというのは、どういうことでございましたですか。
 
半頭:  鶯が鳴きましたね。
金光:  はい。
 
半頭:  「この鶯が鳴いた、ということをそのまま聞く」ということが、これが今日のテーマの『論語』と禅のエッセンスじゃないかと思うんです。
 
金光:  ほう。さて、そこの繋がり、普通、鶯は聞こえます。禅という言葉も聞いております。その禅の本質というのはよく分かりませんけれども、さてそれが『論語』とどう結び付くのか。それをこれから一つ聞かせて頂きたいと思いますが。
 
半頭:  禅宗の方で?山(いさん)と仰山(きょうさん)という方がおりました。これは師匠と弟子なんですが、こういう話があるんですね。これは原文を読まずに、意訳を致しますけれども、
 
丁度山鳥が鳴くんです。
そうしましたら、「今、鳥が直(ちょく)に、直(ただ)ちに真理を伝えている」と、
そうしたら、弟子の仰山が、「それは別人にそんなことを言ってはいけな い」
「何故か」と言ったら、
「それは分かっている。直に聞くんだから、人にそういうことを言ったら曲がって来るから、真っ直ぐ聞くということだったら、そういうことを別人に言ってはいけない」と、
「それではお前は何故そういうことを言うのか」と言ったら、
「鳥が鳴いたら、そのまま直ちに聞くわけですから、もうそれでいいん じゃないんですか」と、
そうしますと、?山が、「お前ね、素晴らしい真理を丸出しにしおったな」と。
 
ここで話が済まないんですね。
 
お師匠さんに、「その丸出しという。何が丸出しですか」と言ったら、
ポンポンポン(机を三回叩く音)と三回叩いた、
 
と言うんです。これがつまりものを直ちに聞く、ということですね。
 
金光:  確かに(ポンポンポンと三回叩く音)聞こえました。
 
半頭:  そうですね。これ翻訳要らないわけですね。
 
金光:  そうです。
 
半頭:  何の理屈もないわけです。ですから、これが『論語』と禅の中心になっている無為ということですね。
 
金光:  「為す、無し」の無為ですか。
 
半頭:  ええ。
 
金光:  『論語』の「為す、無し」なんですか。
 
半頭:  そうなんです。
 
金光:  何かきちんと封建的な秩序を固める為の教えみたいに受け取られているんですが、それが無為なんですか。
 
半頭:  そうですね。それは日本では江戸時代に朱子学(しゅしがく)というものが徳川家のご用学でありましたので、それでそういう朱子学というものから、儒教を見ますと、いわゆる窮屈な教えというふうに受け取られるわけですけれども、本来の『論語』の主張は、
     無為にして治まる者は其れ舜(しゅん)なるか。
         (『論語』衛霊公(えいのれいこう)・五)
 
ですから、儒教の理想の天子ですね。その人は無為に治めた。これが『論語』の中心になるわけですね。
 
金光:  でも、いきなり『論語』に接しられた、と言いますか、読み始められた頃、いきなりそういう「無為だ」というふうなことにお気付きになったわけじゃございませんでしょう。
 
半頭:  それは勿論そうですね。
 
金光:  最初如何でございましたか。
 
半頭:  最初はおっしゃられたように、あんな退屈なものをどうして読まなければいけないのかとか、という疑問の方が強かったわけですね。
 
金光:  それでもなおお読みになったということは、
 
半頭:  これは禅のいろいろな公案というものを調べていくうちに、『論語』というもの が、実は禅で言われているようないろいろなことよりも、もっと端的に、理屈無しに、現実に則した、そういうことを言われているわけです。むしろ、禅宗の方がまだ少し哲学があって、理屈っぽいんです。ですから、若い時は禅というものに興味を持ちますけれども、だんだんだんだん『論語』というものの洗練された味、そういうものに関心を高めていくと、こういうようなことでしょうね。
 
金光:  『論語』では随分いろんな場所でのお弟子さんと孔子さんとの問答が随分出てますけれども、問答一つ一つに今おっしゃったようなその時その時に即応した活きたやり取りが、ちゃんと出ているということでございますか。
 
半頭:  出ていますね。
 
金光:  全然古いなんかということはございませんか。
 
半頭:  ありませんね。非常に即物的と言いますか、例えば、『論語』の中で一番数多く使われている言葉は「仁(じん)」という言葉ですね。この「仁」につきましても、「仁というのはどういうことである」という、そういう定義付け、それは一遍もしておられないんですね。
 
金光:  纏めて「仁とはこうだ」とおっしゃらない。しかし随分いろんな「仁」について質問があると、いろんな答えをなさっていますね。
 
半頭:  そうですね。だから、質問をする人に則して、全部違った答えが出て来る。
 
金光:  確かにそうですね。確か前に聞いたのと、他の後で本に出ているのと、随分ニュアンスが違うことがございますね。
 
半頭:  そうですね。
 
金光:  その違いというのはどうなんですか。違っても当然と言いますか、別に矛盾はしないわけですか。
 
半頭:  矛盾はしませんですね。一つ一つのものが、それがつまり独自の輝きをもっているというようなことですね。
 
半頭:  例えば、『論語』の中に「仁」というのは沢山出てきますけれども、
 
金光:  「仁を問う」というのがありますね。これは「雍也(ようや)・二二」でございますが、
 

樊遅(はんち)、知を問う。
子の曰(のたま)わく、民の義を務め、鬼神を敬してこれを遠ざく、
知と謂うべし。仁を問う。
曰わく、仁者(じんしゃ)は難(かた)きを先きにして獲(う)るを後(のち)にする。
仁と謂うべし。
(『論語』雍也・二二)

 
半頭:  これは解釈がありますので、分かり易いですから、こちらを先に読みますが、
 
樊遅(はんち)が智のことをおたずねすると、先生はいわれた、「人としての正しい道をはげみ、神霊(しんれい)には大切にしながらも遠ざかっている、それが智といえることだ。」
     (『論語』雍也・二二)      
 
金光:  「神霊」というのは「神」の「霊」と書くわけですね。
 
半頭:  そうですね。「鬼神(きしん)を敬(うやま)って」敬畏(けいい)して、「これを遠ざける」。つまりこういうようなことを、孔子さまは現実的でないものとして、関心を持たれなかったわけですね。でありますから、「大切にしながらも」、だからと言って、それ は否定はしないんですね。「大切にしながらも、遠ざかっている。それが智と言えることだ」と。今度は「仁」のことですね。
 
仁のことをおたずねすると、孔子さんがいわれた、「仁の人は難事(なんじ)を先きにして利益は後(あと)のことにする、それが仁といえることだ。
     (『論語』雍也・二二)
 
金光:  「難事」というのは難しい事ですね。
 
半頭:  そうですね。
 
金光:  「難事を先にして利益を後のことにする」と。
 
半頭:  そういうふうに言われたというんですね。
 
金光:  それが「仁と言えることだ」と。
 
半頭:  それが「仁と言えることだ」。別のところでは、今度はこういうようなところがありますね。有名なところですけれども。
 
金光:  「里仁(りじん)の第四」というところですね。
 

子の曰わく、不仁者(ふじんしゃ)は以て久しく約に処(お)るべからず。
以て長く楽しきに処るべからず。仁者は仁に安んじ、
知者(ちしゃ)は仁を利とす。
(『論語』里仁・二)

 
 
半頭:  先生がいわれた、「仁でない人はいつまでも苦しい生活にはおれないし、また長く安楽な生活にもおれない。(悪いことをするか、安楽に慣れてしまう。)仁の人は仁に落ちついているし、智の人は仁を利用する。
     (『論語』里仁・四)
 
金光:  「仁の人は仁に落ちついているし、智の人は仁を利用する」と。
 
半頭:  これは前の例と、この「仁」ということの使い方が同一ではありませんね。しかし、何かの共通したものはありますね。
 
金光:  あります。
 
半頭:  「何が共通しているか」と言いますと、これは分からないんですね。
 
金光:  何か共通しているようだけれども、一言で「これです」というものはない。
 
半頭:  そういうものはない。しかし、何となくこの「仁」というものがどういうものであるか、というニュアンスはちゃんと伝わってくるわけですね。ただ、それをつまり「仁」という概念を明らかにする、という、そういう仕方で「仁」の説明は一つもされていない。
 
金光:  その通りですね。これは他の「仁」の例でも、そういうことなんですか。
 
半頭:  全部そうです。ですから、もし、けちん坊な人が、「仁とはどういうことですか」というふうにお尋ねしたら、「お金を使うことだ」と。それから、浪費をする人が、「仁とはどういうことですか」というふうにお尋ねしたら、「もっと貯蓄をしなさい」というような、そういう生き方なんですね。ですから、その問答の限りでは、全く違った表現をしているわけですけれども、それはやっぱり当を得た答え方じゃないか、と思うんですね。
 
金光:  じゃ、今は仁という言葉の例を取り上げて頂いたわけですけれども、他の言葉、他の事例でも、やっぱり「これはこうだ」と言うんじゃなくて、その都度、相手に応じて説いて下さっている。
 
半頭:  そうですね。それで中国人の思想と言いますか、それの特色は欧米人の、特にヨーロッパ人の理論的な、そういうふうな立場を遠ざけて、いつもその個々のものに則していく、ということですね。「個々のものに則していく」ということは、これは『論語』の場合では、なんでもない経験的な、日常的なこと、というものが、いつも議題になるわけですね。それで「郷党編」に、
 
     席正しからざれば、坐せず。
        (『論語』郷党・九)
 
というようなところが、
 
金光:  座席の席ですね。
 
半頭:  そうです。そうしますと、こんなことが何故ですね、つまり西洋の言葉で言ったら聖人の書物、聖書というふうに言ってもいいですけれども、そういうものの中にはこういうふうな例はないわけです。例えば、バイブルなんかを読みましても。ところが『論語』はむしろこういう「席正しからざれば坐らず」とか、「腐ったものは食べてはいけない」とか、というようなことが、堂々と書かれているわけです。そして一方、禅宗の方ではどういうことが言われているか、と言いますと、そこの『無門関』の七則というところを開いて頂きますと、
 
金光:  「趙州洗鉢(じょうしゅうせんぱつ)」趙州和尚が鉢を洗う、というわけですね。
 
半頭:  そこを読んで見ますと、
 
趙州に、ある時、お坊さんが質問をした、「私は暫く僧林に入って修行をしたいと思います。何かご指示がありますか」。
そうしたら、趙州が、「お前、朝のご飯食べたか」。
そのお坊さんが、「はい。食べました」と。
「鉢を洗っておけ」
 
茶碗を洗っておきなさい、と言った。「席正しからざれば坐らず」とか、「腐ったものを食べるな」とか。禅宗の方もこういう日常経験的なこと、つまり形而下のことを取り上げているわけですね。これはいわゆるキリスト教とか、或いは古代のギリシャ人なんかの考えでは、日常経験的な形而下のものは、これは不完全なものである。そういう生活ではなくて、やはり真の実在というものは、形而下の世界を離れた形而上のイデア(idea)の世界である。これは古代のギリシャ人の考え方ですね。それからキリスト教の方でも、「天に在(ましま)す我らの神が、これが絶対者でありますから、この神の命に従って生活をする」というのが、我々の生活の態度でありますから、それで単なる日常的な経験的なこと、というようなことを、あまり取り上げないんですね。そこが非常に『論語』と禅というのは、共通して、しかも経験的なことを取り上げている。これは何か理由があるんだろうと思いますね。
 
金光:  成る程。郷党編の、「席正からざれば坐せず」というのを、現代の金谷治(かなやおさむ)先生の現代語で紹介しますと、
 
村の人たちで酒を飲むときは、杖をつく老人が退出してからはじめて退出する。村の人たちが鬼やらい(儺)をするときは、朝廷の礼服をつけて東の階段に立つ。
 
と。要するにその時その時、ちゃんと座席をきちんとしていなければ坐らないという、本当に日常的なこんなことが、何でわざわざ書かれているのか、と。魚や肉の悪いのや臭いの悪いのは食べない。これも当たり前のことだろうと思いますが、そういう日常的なことが、千年以上も大事に扱われた。で先程の趙州和尚の「ご飯食べたか」というような、そういうような日常的なこと。これはやっぱり大事なことになるわけでございますか。
 
半頭:  それが非常に大事なことになるわけですね。それは『論語』の「衛霊公(えいのれいこう)の五」というところですね。そこを読みますと、
 
先生がいわれた、「何もしないでいてうまく治められた人はまあ舜(しゅん)だろうね。一体、何をされたろうか。おん身をつつしまれてま南に向いておられただけだ。
     (『論語』衛霊公・五)
 






 

子の曰わく、
無為にして治まる者は其れ舜なるか。
夫れ何をか為さんや。己を恭しくして
正しく南面するのみ。
(『論語』衛霊公・五)

 
 
金光:  これは元の原文だと、ここで「無為」と。「何もしないで」とおっしゃったのは、それが、「無為にして治まる者は其れ舜なるか」と。「無為にして治まる」という言葉が出ているわけでございますね。
 
半頭:  そうなんですね。そうすると、普通は「無為」ということを有官階級の人が、「何もしないで」、例えばここでも、金谷さんの訳で、「何もしないでいてうまく治められた人」こういうふうに取りがちですね。そうしますと、これは「何にもしないんではなくて、実は、おん身を慎(つつし)まれて、真南に向かっておられただけだ」と。これは天子は南面をする。天子の仕事をする時は南面して仕事をする。それから臣下は北面するわけですね。そこで別のところで、ある人が孔子に、「政治ということはどういうことですか」と言ったら、孔子さんが、
 
     君君(きみきみ)たり、臣臣(しんしん)たり、父父(ちちちち)たり、子子(ここ)たり。 
         (『論語』顔淵(がんえん)・十一)
 





 

斉の景公、政を孔子に問う。
孔子対えて曰わく。
君君(きみきみ)たり、臣臣(しんしん)たり、父父(ちちちち)たり、子子(ここ)たり。
(『論語』顔淵(がんえん)・十一)

 
 
と言うんですね。これは「天子は天子の仕事をする。臣下は臣下の仕事をする」。それが「南面する。北面する」ということで表されているわけですね。そうしますと、つまり、「南面する、北面する」ということは、これは天子と臣下の階級的なそういう差別を強調しているんではない、ということが分かるわけですね。というのは、「無為にして坐っているわけです」。それから、「無為にして天子は天子の仕事をしている。臣下は無為にして臣下の仕事をしているんですから、自己というものがないんです」ね。
 
金光:  自己というか、自我的なものがない。自我的な働き無しに、そのまま成り切っている、と言いますか、
 
半頭:  主語がない。「私が何々をしている」ではなくて、「私無しに、ただ仕事をしている」。述語だけあって、主語が無いんです。普通は主語と述語があるんです。「神の命である」とか、或いは、「人間の理性によって何々をする」とか、という、そういうそれざれの主語があるわけですね。これが無いんです。無為にして治まるんですから。そうしますと、このことをもっとハッキリさせたのが、道元(どうげん)禅師(鎌倉初期の禅僧。日本曹洞宗の開祖)です。これまた禅の方へちょっと飛躍しますけれども、道元禅師が中国に留学しまして、そしてそこで天童如浄(てんどうにょじょう)という方にお目にかかりまして、そこでこういうことを言われたんですね。これはおそらく道元禅師が留学を終えて帰られる時だと思いますけれども、やはりお師匠さんにしてみると、非常に稀代(きだい)の秀才が現れたわけですから、それで、「これも持っていけ。これも持っていけ」という、そういうことを言われたらしいんですね。そう しましたら、「私は要りません」と。「何故何にも要らないか」と言いますと、つまり天童禅師にお目にかかって、「目は横、鼻は縦」という立派な教えを受けたのだから、私はもう空手にして、空っぽの手で帰ります。だから本当は仏法というものは、「あれだ、これだ」という、そういうものは何も要らない。空っぽで帰る。何も要らない。
 
金光:  生まれつき、目は横で、鼻は縦で、
 
半頭:  これは差別じゃない。
 
金光:  そのままという、
 
半頭:  そのままですね。だから目が横に付いている時に、第三者が外から見て、「目は横で鼻は縦」と言いますからね。目は「私は横に付いている」と、鼻は「縦に付いている」ということは言わないわけですね。
 
金光:  そうです。
 
半頭:  そうして我々も、「顔に目がある」とか、「鼻がある」ということを知らずに生きているわけですね。
 
金光:  その通りですね。鏡でも見なければ分かりませんからね。
 
半頭:  『論語』の方へ戻ります。「君君たり、臣臣たり」という言葉、或いは、「無為にして治める。けれども、身を恭(うやうや)しくして、そして南面している」という言葉ですね。これは今の道元禅師の言葉を借りると、「眼横鼻直(がんおうびちょく)」ということと同じことになるんです。ですから、例えば、別の表現では、「柱は縦、敷居は横」と言うんです。これを皆さんは差別と取るわけですけれども、全部立ってしまうと、家は建たないわけですね。だから、「柱は縦、敷居は横」。そして一軒の家が出来るわけです。そうすると、これは差別ということではなくて、つまり無為の表現である。こういうふうになるわけです。そして、「無為」ということは、『論語』の中でも言われていますし、それから禅の『無門関(むもんかん)』の表文(ひょうもん)のところに、
 
     「無為の化(け)を楽しむ」
 
無為にして治める、ということよりも、むしろ、「その化を楽しむ」というところが出てくるわけですね。
 
金光:  そうしますと、そういう本来の読み方で、『論語』の中に随分いろんな言葉があるわけですが、それを味わっていかれますと、禅の問答とか、そういうものに共通するような言葉が幾つも出てくるわけでございますか。
 
半頭:  たくさん出てきます。殆ど同じだ、と。
 
金光:  そうですか。もう少し例を話して頂きましょうか。
 
半頭:  そうですね。今の「無為」でございますけれども、「無為にして治める」ということを言いますと、例えば、荘子(そうじ)なんかはそういうところはあまり強調しないで、『論語』というものは、「徳を以て治める」。無為じゃなくて、徳を以て治める。
 
金光:  よく「徳だ」ということも聞くわけですね。
 
半頭:  そうすると、それは「無為じゃなくて、有為じゃないか」と、こういうことを言うんですね。
 
金光:  老荘(ろうそう)の場合は、「無為」ということを、孔子さんの頃からよく出てくるわけですけれども、同じ「無為」という言葉を使っても、中の意味と言いますと、力の置き所みたいなのがやっぱり違うわけですね。
 
半頭:  これは全然違います。それはどういうふうに違うか、と言いますと、結論から言いますと、孔子さんの「無為」というのは、「有為即無為(ういそくむい)」なんですね。「有為即無為ということはどういうことか」と言いますと、例えば、私達が一生懸命に呼吸をしていますね。その時に、「呼吸をしているということを自覚する」という、そういう人はいない筈です。だから、「呼吸をしていない時が本当に呼吸しているんです」ね。「呼吸する」ということは有為の働きですけれども、実は有為でありながら、そのことを離れて、それが無為なんですね。だから、「有為即無為」です。それから荘子(そうじ)の言う、つまり、「無為自然」というのは、「有為から無為へ」と。「有為から無為へ」ということは、一つの理想主義になるわけですね。つまり、現実はダメだから一つの理想を立てて、そして理想に進んでいく。その例が荘子の場合は、セミ取りの名人、或いは包丁使いの名人というふうな例が出てくるわけですね。要するに、「蝉を捕るに、いろいろなテクニックを使っている。ところがどんなにテクニックを使っても、そのテクニックは有為であるからダメだ」と。「最後は蝉を捕るという意識を捨ててしまって、そして枯れ木のようになっていると、蝉の方が勝手に向こうから飛んでくる。そうすると自由に捕まえられる。これが無為である」と言うんですね。そうしますと、如何にも『論語』で言っている無為と、同じようであるかも知れませんけれども、実は違うんですね。そういうふうに、「有為から無為へ」というふうに、つまり、「現実から理想へ」というふうに向かっていきますと、そうしますと、結局、「自分が今無為だ」というふうに思っても、尚それ以上の働きが出るかも知れない。これは限りなく続いていくわけですね。そうしますと、これは理想というものは、何処までいっても理想ですから、現実化されないわけです。だから有為と無為がいつも離れているわけです。理想主義というのは全部そういうところで最後にギブアップしてしまうわけですね。
 
金光:  今のお話を伺いながら、禅の方の世間一般に考えていらっしゃる坐禅の修行というのは、悟りというものを目標に悟ったら、無為になれるかも知れないけれども、痛い足を組んで、難行して修行していると、いつかはそこへいける、というような考えがある。それだと今の荘子と同じようなところへ行くんじゃないか、と思うんですが、そうとは違うんでございますか。
 
半頭:  世間の人は全部そういうことを言いますね。「どうしても無心になれません」。そういうことを言いますね。無心になったら、その人は、つまり人間の存在がなくなってしまわないとダメなんです。ですから、本当に理想に到達するというのは、形而下の世界ではダメなんです。形がある以上はダメですね。形がある以上は不完全ですから。そうすると形がなくなってしまう。形がなくなってしまったら、それは有るか無いかも分からないわけですから、だから形而上の世界を求めていくということが理想であるとするならば、それは現実には不可能なことになるわけですね。
 
金光:  坐禅というのはそんなものじゃないわけでございますか。
 
半頭:  坐禅は違います。ですから、「有為即無為」ですから、本当に「悟れないなあ」というふうに思っている人は、実は本当に悟っている人なんです。それは古い仏教の言葉で言いますと、「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」という言葉があります。さっき申しました 「有為即無為」ですから、それで「煩悩即菩提」煩悩が無くなって菩提が出る。こういうふうに仏教を理想主義として解釈すると、その人は永遠にそこに至ることが出来ない。そういうことになるわけですね。
 
金光:  坐禅して、何か特別な悟りという境地に到達するみたいなのは、これは頭の中で考えている空想みたいなものでございますか。
 
半頭:  最初の時は、誰でも悟って、そうして一切の迷いが無くなってしまう、ということを目的とするわけです。そしてそれをやっていきますと、段々段々そういうものの無いことが分かってきて、そしてこの身のままで、形而下のままで、真の形而上が得られる。形而下から形而上の形而上はあるか無いか分からない。ところが形而下に則す、と言ったら、さっきも言いましたように、息を本当にしている時は息をしている、ということを忘れている。その時が本当に息をしているんです。だから、本当に煩悩の中に入っている時が菩提の姿である。ですから、誰でもがこの道に入れる。むしろ、荘子のいうような有為から無為への道は、誰も入れない。荘子自身も入れなかったんです。悟ったようなことを言っていますけれどもね。
 
金光:  でも、そういうふうに伺うと、「じゃ、修行は要らないのか」という、また質問、疑問みたいなものが出てくると思いますが、その辺はどうなんですか。
 
半頭:  それは修行が要るんです。
 
金光:  要るんですか。
 
半頭:  要るんです。だから、それが修行ということをしなければ、それが分からないんですね。
 
金光:  成る程。
 
半頭:  それで、「無為ということ」を別の表現で言いますと、つまり「知」ということです。「ものを知る」の「知」です。この「知」ということでお話を致しますと、『無門関』の十九ですね。そこを一応読みますと、
 
     「平常是(びょうじょうこ)れ道(どう)」
 
と言うんですね。先程、趙州和尚が非常に痛快な喫粥了(きっしゅくりょう)の話が出ましたですね。「修行したい」と。「お前、朝御飯食べたか」「食べました」と。「茶碗洗って来い」とこういうことを言ったんですね。そういうことの言えた趙州も、実は修行中には非常に悩んだわけですね。そのことがここに出てくるわけです。それで、南泉(なんせん)は趙州のお師匠さんです。
 
     南泉が、ある時に、趙州に質問をした。
     「如何なるか是道」と。
 
金光:  南泉に聞いたわけですね。
 
半頭:  そうです。南泉に聞いた。これは語録の場合はよく間違うんですけれども、主題となる人物が冒頭に出てくるんですね。そうしますと、今度は「師」というような言葉が出た時に、必ず冒頭に出た人が師になっているんです。
 
金光:  そうですか。
 
半頭:  「師」は必ずしもお師匠さんでない場合もあるわけです。この場合は、南泉に趙州が質問したんですね。
 
     「道(どう)(道(みち))ということは、どういうことですか」。
     そうしたら、お師匠さんの南泉がいうのに、
     「平常心是道(びょうどうしんこれどう)」と。
 
よく政治家が使うようですね。
 
そうしたら、趙州が言うのに、「還(かえ)って趣向(しゅこう)すべきや否や」。
 
これが道であるというふうに、それを頷(うなづ)くという、そういうことが必要ですか、必要でないんでしょうか。
 
そうすると、お師匠さんが、「向かわんと擬(ぎ)すれば即ち乖(そむ)く」。
 
「そうだ」というふうに肯定したら、それはもう間違えだ。
よく満員電車の中で、「押すな、押すな」と言ったら、みんな押してきますね。そういうようなものですね。もっと酷(ひど)いのは、「立ち小便するな」という処に看板に向かって小便する人がいますね。そういうのと同じですからね。
 
     「向かわんと擬すれば、即ち乖(そむ)く」と。
     趙州云く、「擬(ぎ)せずんば、爭(いかで)か是れ道なることを知らん」。
 
しかし、疑わなかったら、道であるということすら分からないじゃないですか。
そうすると、お師匠さんが言うのに、
 
     道というものは、「知にも属せず、不知にも属せず」。
 
どちらにも属さない。
 
     知というのは妄覚(もうかく)であって、
 
それはイリュージョン(illusion:幻影、錯覚)であると。
 
     不知は無記である。
 
金光:  「無記」というのは知らないということ。
 
半頭:  「知らないというのは無記である」。「無記」というのは生まれた時の子供が、まだ意識が発達しない時には何も分からないわけですね。それが無記というんですね。
 
     「もし、真の疑わざるの道に達せば、猶太虚(たいこ)の廓然(かくねん)として洞豁(とうかつ)なるが如し」。
 
金光:  「太虚(たいこ)」というのはこれは大きな空、
 
半頭:  虚空(こくう)の空ですね。これは譬えですからね。
 
     「豈(あに)強(し)いて是非すべけんや」。
 
つまり知るか知らないか、というようなことですね。分別にわたったら、それはダメだ、と。こういうことを言うんですね。
 
金光:  大空が非常に広くて、透明、ハッキリしている、と言いますか、ということなんですね。
 
半頭:  そうですね。カラッとしている。
 
金光:  カラッとしている。「ああだ、こうだ」というようなことではないと。
 
半頭:  ということを聞いて、
 
     「そこで頓悟(とんご)した」と。
 
何を頓悟したのか分かりませんけれども、頓悟したんですね。
 
金光:  でも、「知と不知とに属さない」というような言葉を聞いて、何かアッと分かったと。
 
半頭:  先程も、「有為即無為」とか、そういうことを言いましたけれども、それは後からの説明でありまして、本当に有為即無為になっている時は、有為も無為も離れていますね。本当に仕事をしている。三昧(ざんまい)になって仕事をしている時は、飯も食うのも忘れる、そういうことがありますから。それをつまりこの問答を見ていきますと、やっぱり趙州も初めは「知か不知か」という、そういう分別の世界というものにとらわれていたわけですね。ところがそれがそのままでカラッとしてしまった。何故そうなったのか、ということですね。これはやっぱりそのままではそういうふうにならない、と思いますね。長い間、そういうことを疑っていたということですから。それで、そのことを同じ知について、『論語』の方ではどういうふうに孔子さんがおっしゃっておられるか、と言いますと、こういうことが言われております。孔子さんが言われるのに、
 
     「由(ゆう)よ」、
 
子路(しろ)のことですね。
 
     「女(なんじ)にこれを知ることを誨(おし)えんか」。
 
本当に知るということを誨(おし)えよう。
 
     「これを知るをこれを知るとなす」。
 
知るということになっている。だからこの知るは不知に対する知ではないんですね。
 
     「知らざるを知らずとなせり」。
 
分からんものは分からんとなせり。これは分かるものは分かった。分からんものは分からんもんだ、ということではなくて、「知る時は知るということだけ。それだけの世界。知らない時はただ知らないという、そういう世界になることを本当に知るというのである」。「知、不知に属せない」。
南泉の言葉で言うと、「知、不知に属さない」。「知、不知によらない。それが本当の知る、ということだ」。そうでないと、「これを知るをこれを知るとなす」という。その「知る」ということは、普通の知であったら、「知らざるを知らずとなせり」と言って、「これ知るなり」という。そういう言葉が出てこないわけですね。最後の「これを知るとなす」ということは、「知、不知に属せない」という、それを「知る」ということが「本当の知」である。
 

子の曰わく、由(ゆう)よ、女(なんじ)にこれを知ることを誨(おし)えんか
これを知るをこれを知ると為(な)し、
知らざるを知らずと為せ。是れ知るなり。
  (『論語』為政・十七)

 
 
金光:  ああ、成る程。そうですか。そうしますと、「これは私はこれを知っています」「このことは知りません」ということを分かればいいということではないんですね。
 
半頭:  そんな常識的なことだったら、これは『論語』にならないんです。つまり、「何故か」と言ったら、「無為にして治まる」「無為にして知る」わけですから。「有為だったら、それでいい」わけですね。
 
金光:  そういうところの味わいが分かるようになられたのは、坐禅で公案なんかでいろいろやって来られると、今の知、不知なんかも、文字面(づら)だけ、簡単に読む人とは違っている。
 
半頭:  ハッキリとしている。『論語』からだと、なかなかそういうところに到達出来ないんですね。どうしても常識的な解釈になるわけですね。
 
金光:  言葉の上だけですと、常識的な解釈でも通るわけですね。
 
半頭:  通ります。
 
金光:  ところがそれだと本当の味わいというか、深さみたいなものが分かり難い。成る程、伺って見ると、この『論語』のこういうことでも、「知、不知に属さず」というようなところを説いているものだ、とすると、これは随分深いところを教えて下さっているんだなあ、という気がしますが。
 
半頭:  そうですね。ですから、『論語』をそのまま読みますと、うっかりして読んでしまうところが、もう一度それを禅の公案というものから見直すわけです。そうすると、成る程と頷(うなず)けるんですね。だから、「それは勝手に禅僧が禅的な解釈をするだけであって、儒教の方はそんなものではないんだ」というふうにおっしゃる方も沢山あるわけです。
 
金光:  それはそうでしょうね。
 
半頭:  だけど、そんなことはどうでもいいわけなんです。私にとって、『論語』というものはどういうものか、と。そういうことですから。
 
金光:  そうしますと、しかし、公案というのは随分あるわけですけれども、『論語』のいろんな言葉も、公案に説かれているのと同じような言葉を、日常の生活の中での出来事で、ちゃんと教えて下さっている、ということがあるわけですか。
 
半頭:  そうです。ですから、昔は『論語』を公案にして、そして禅の修行の中に取り入れて、それを問答にしているわけです。
 
金光:  そうなんですか。
 
半頭:  そのことを古くは円覚寺の鈴木大拙(だいせつ)先生のお師匠さん、今北洪川(いまきたこうせん)老師の『禅海一瀾(ぜんかいいちらん)』という本があります。それは儒教と禅の公案とを比較して、そしていろいろなことを解釈されておられますね。
 
金光:  確か「禅」の「海」を「一瀾」する、『禅海一瀾(ぜんかいいちらん)』ということでしたですね。
 
半頭:  そうです。
 
金光:  じゃ、禅の海の中に『論語』の言葉がいろいろ入っているわけですか。
 
半頭:  入っているんです。ですから、いわゆる何でもないことですけれども、一番冒頭のところに出て来ますね。
 
金光:  「学びて時にこれを習う」「朝(あした)に道を聞かば夕べに死すとも可成り」というのは非常に有名なことばで、今おっしゃったのは、
 
半頭:  それは冒頭のところでも、どこでも構わないんです。どこをとっても全部『論語』というものを、つまり禅の公案として、それを扱っていくことが出来るわけですね。
 
金光:    「子曰わく、朝(あした)に道を聞きては、夕べに死すとも可なり」。
             (『論語』里仁・八)
 
これは有名な言葉でございますね。
 
半頭:  そうです。でありますから、ここで「朝(あした)に道を聞く」と言っても、そのまま素通りしてしまうんですけれども、「聞く道」というのは一体どういう道なのか。そうしますと、先程の「平常心是道」のところに出て来ますように、
 
金光:  成る程。ちゃんと「道」が、
 
半頭:  道というのが、「知、不知に属せない」。そういう「太虚の廓然として洞豁なるが如し」とこういうことになりますと、今度は「死すとも可なり」というのは、「死んだって死なないぞ」という、そういう我慢じゃなくて、「生と死に関わらない」。だから、これはやせ我慢でも何でもないんですね。
 
金光:  よく「生死一如(しょうじいちにょ)」「死生一如(しせいいちにょ)」なんて言いますけれども、そういう関わらない世界の話、
 
半頭:  そうですね。現実に私達が生まれてくる時に、「このお母さんは綺麗だから生まれてやろう」とか、「財産が大分あるから生まれてやろう」ということを考えて生まれた人は誰もいませんね。生まれる時は知らないんです。死ぬ時も、「これから死ぬぞ」なんてよく、そういうことをいう人がいますけれども、これはまだ生きているわけですね。そうすると、生まれる時には生まれることを知りませんし、死ぬ時に死ぬということを知らないんですね。
 
金光:  確かに知、不知に属せない世界の話ですね。
 
半頭:  そうです。だから我々はみんな無為にして治まっているんです。それをどこで生まれて、そしてどこで死んだ、或いは死ぬのは嫌だとか、そういうふうに分別してくるから、結局、「縄のないのに縄で縛っている」という「無縄自縛(むじょうじばく)」という、そういうことになるわけですね。
 
金光:  そうやって紹介して頂くと、確かに次から次へ、「知、不知に属さない」ところを『論語』で表現して下さっている、ということになるわけですね。
 
半頭:  そうですね。禅の方の言葉でこういう言葉があるんですね。
 
     波を払って水を求める
 
これが「有為から無為へ」というようなこと。修行して、本当の無心になってしまって、悟りを開く。これは「波を払って水を求める」という、そういうことを努力する人なんですね。
 
金光:  でも、「波も水」でございましょう。
 
半頭:  だから、「波も払ってしまったら、水も無くなっちゃう」。そうすると、本当の水は、本当の悟りは、本当の無為は、「波を払って、水を求むる」。「波是れ水」と。払っている波が、本当の水である。そうすると、悩んでいる、というその姿が悟りの真っ直中であって、悩まない人間というものの悟りは、それは空威張りです。だから、親鸞様は、禅からちょっと離れたようになりますけれども、同じ仏教で すから、
 
     地獄は一定(いちじょう)すみかぞかし(『歎異抄』)
 
地獄以外に住みかはない。そこしかもう住むところはない。しかし、それが本当は阿弥陀さんに救われている証明である。証(あかし)であると逆転するわけですね。普通の人はそこで藻掻(もが)くわけですね。そして波を払って水を求めようとすると、自分も居なくなってしまう。ですから、「波を払って水を求む。波是れ水」というふうに落ち着く。これが『論語』の「無為にして治まる。或いは禅の無為の化を楽しむ」ということですね。ここで一脈相通ずるんですね。そして荘子の場合は、「波を払って水を求む」という「有為から無為への無為自然」を求めているわけですね。
 
金光:  坐禅の場合は、先程「間違いだ」ということは伺っているんですけれども、「地獄一定」なんていうことでなくて、「何か悟りの世界というと、地獄なんかと違う世界じゃないか」というふうにどうも思いがちなんですが、親鸞さんの「地獄は一定(いちじょう)すみかぞかし」というようなところと、坐禅をなさっていて「有為即無為」「煩悩即菩提」と、そこのところは、共通したところを表現されているわけでしょうか。
 
半頭:  それはそうですね。
 
金光:  そうなんですか。じゃ、地獄と縁がなくなるわけじゃないんですね。坐禅をなさっていても、
 
半頭:  白隠さんが、「南無地獄大菩薩(なむじごくだいぼさつ)」そういうことを言っているんですね。菩薩じゃないんですよ。そして、白隠さん自身は「一生悟らない」「icchãntika」と言うんですね。「icchãntika」というのはサンスクリットなんですね。それで悟らない、と。それが「俺の悟りだ」と強(し)いて言えばね。
 
金光:  ということは、「地獄一定」と同じ意味でこれをおっしゃっている、
 
半頭:  同じ意味なんですね。
 
金光:  『論語』は倫理道徳の教えだ、というふうによく言われていたように思うんですけれども、倫理的な面というのと、さっきの知と不知に属せぬ世界と、これはどういう関係にあるんでございましょうか。
 
半頭:  孔子さんの場合は、「人間の本性(ほんしょう)とか、天については得て聞くべからず」「人の性と天道について言えば得て聞くべからず」と言って、このことについては、何も言われなかった。ところが後に朱子は、「人の性は理である」というので、非常に主知主義的な、そういう立場にたって事事物物をあきらめようとする。それから王陽明は性即心(ここでは良心)と言って、人間の煩悩は良心である。これはその前に、つまり孟子が、「性善説」を、それに対して荀子(じゅんし)が「性悪説」を唱えるというようなことで、そういうふうに、「性は善なり、性は悪なり」というふうに限定をしてかからないのが、孔子さんの元の『論語』なんです。性については何も言われない。何も言われないというのは、分からないからじゃないんです。限定してはいけないんですね。「猶太虚の廓然として洞豁なるが如し」無為にして治まるんですから。無為を限定してしまうと、本当の無為ではなくなってしまうんですね。
 
金光:  でも、「五十にして天命を知る」という有名な言葉がございますね。天命を知る場合でも、「天とはこうだ」ということをおっしゃっていない。
 
半頭:  それはおっしゃっていませんですね。ですから、便宜上一つの理というものを、『論語』の解釈の中に入れていきますと、非常に誤解を生ずるので、それで荻生徂徠(おぎゅうそらい)(江戸中期の儒者)が、
 
「理屈で天地という生き物を、理屈という縄で絡(から)めてはいけない。そうすると、不自由になってくる」と。
 
ですから、例えば、キリスト教の方でも、必ず聖書の中には、「何々してはいけない」「何々してはいけない」といういわゆる十戒というものがございますね。それから、仏教の方でも、同じような十戒があるんです。ところが、『論語』だけはないんですね。「ああするな、こうするな」ということはないんです。むしろ、
 
     「酒は量なし、乱(らん)に及ばず」
        (『論語』郷党・八)
 
というようなことは、これは「酒は飲んでもいいんだけれども、乱に及んではいけない」。ここで自然と倫理は自ずから出てくる。倫理を守るんじゃなくて、無為の生活をしていく。そういう生活から自然と倫理が後から出来てくる。
 
金光:  「酒は量なし」といういい言葉があるようですが、「いい言葉」と言ったら悪い、それは「郷党編の八」にありますね。
 
肉は多くとも主食の飯よりは越えないようにし、酒についてはきまった量はないが、乱れるところまではいかない。
           (『論語』郷党・八)
と。
 
半頭:  それから性のことですけれども、こういうことでも、
 
     「関雎(かんしょ)は楽しんで淫(いん)せず、哀(かな)しみて傷(やぶ)らず」、
          (『論語』八?(はちいつ)・二十)
 
金光:  音楽の、ですか。
 
半頭:  元は『詩経(しきょう)』という詩の本があるんです。孔子さんが編集しました。その中にこれは冒頭に出てくる詩なんですけれども、それは元々は音楽なんです。音楽ですけれども、この「関雎(かんしょ)」というのは周(しゅう)の文王(ぶんのう)とその后であった?とが仲むつまじい生活をしていた、ということを音楽にしたんですから、それで文王と?との、つまり交わりが恰も水鳥が楽しんで、そして淫せないようにやっておられる、というんですから、それで人間の性の生活もこういうふうになるのが、つまり無為にして本当に治まっていくという、そういうあり方なんですね。
 
金光:  現実に生きているところで、分かったこともあれば、わからんこともあったり、そういう常識的な生活を大体続けて暮らしているわけですが、そういう日常生活と、「太虚の廓然として明白なり」という、その繋がりですね、「ある時は分かった。ある時はわからん」というのとのその三つの関係と言いましょうか、これはどうすれば、「しようがない」というお答えかも知りませんが、それでも何とかならんものですか、ということを伺いたいんですが。
 
金光:  これは『論語』の中に、
 



 

身を殺して以て仁をなすこと有り
(『論語』衛霊公・九)

 
 
「身を殺して仁をなす」という言葉がありますね。『論語』はその都度その都度のことに全身全霊を打ち込んでいく。それから禅宗の方の言葉で言うと、「成り切っていく」と、そういうことですね。そうしますと、その時、仮にそのことの結果が悪いというような場合でも、必ず一生懸命にやっていると、自ずとまた道が開けてくるんですね。一生懸命やらないと、道は開けないわけですね。『論語』にしましても、禅の教えでも、完全なるものを教えているわけではないんですね。むしろ、不完全なんです。不完全なんですけれども、それが一生懸命になっていた、ということで、そこで一応許される、と言いますか、一つの生き方があるわけですね。
 
     酒樽(さかだる)の一人転(ころ)がる楽しさよ
 
金光:  それはどなたの、
 
半頭:  中川宗淵(そうえん)老師。
 
金光:  そうですか。「酒樽の一人転がる楽しさよ」酒樽が一人で転がっている。
 
半頭:  つまり、神の命によって動いているわけでもないし、ニュートンの力学によって動いているわけでもない。動いている樽は「動いている」ということを知らずに転がっているんですね。これが無為の、本当の無為にして治まる、という、そういう一つの世界なんだ、と言うんですね。古い言葉で言うと、「空華(くうげ)の万行(まんぎょう)」というんですね。
 
金光:  空の華がちりばめている、
 
半頭:  よろずの行(ぎょう)、そうしますと、「飯を食ったか」「食べました」「茶碗を洗ってこい」というのも、単なる日常のことを言っているんじゃなくて、「空華の万行」。無為にして治まる生活ですね。だから、孔子さんの「礼」とか「仁」とか、そういうことに対するいろいろな違った答え方も、全部これは無為にして治まる、という、そこから出てきているんですね。
 
金光:  このお話を伺いまして、『論語』をもう一度読まして頂きたいと思います。どうも有り難うございました。
 
 
     これは、平成十一年六月二十七日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。