与えられた死
 
                       シュバイツァー寺住職 古 川  泰 龍(たいりゅう)
大正九年佐賀県生まれ。高野山で学んだ後、死刑囚の教誨師となる。長年えん罪死刑囚の再審請求運動で奮闘し、その後も産業医科大学などで「死学」を講じ活躍し続けている。
                       き き て      有 本  忠 雄
 
 
有本: 今日は熊本県玉名(たまな)市のシュバイツァー寺(昭和四十八年開山)からお伝え致します。この「こころの時代」では、生と死、生死(しょうじ)の問題について何回か放送して参りました。今日は「与えられた死」というテーマで此処(ここ)シュバイツァー寺住職の古川泰龍さんにお話を頂きます。どうぞよろしくお願い致します。
 
古川: はい。よろしくどうぞ。
 
有本: シュバイツァー寺というのはシュバイツァー博士(Albert Schweitzer:フランスの哲学者・神学者。一九一三年医者及び伝道師としてアフリカへ渡り、黒人の医療伝道に従事。「原始林の聖者」といわれた。またバッハの研究で知られ、オルガンの演奏者:一八七五ー一九六五)のお名前と、それから寺の名前ということですが、日本に沢山仏教寺院がございますけれども、外国人の名前を付けた寺というのは、あまり聞いたことございませんね。
 
古川: そうですね。しかもキリスト教のお方の名前ですから、なお、珍しい。もっともこれは私が命名(めいめい)したのでなく、私の死刑囚再審運動に多大の協力を惜しまなかった普通社という出版社の社長八重樫(やえがし)昊(ひろし)という方が命名して下さいました。
 
有本: そうですか。その今、死刑囚のお世話と言いますか、教誨師(きょうかいし)ということですが、これはどういうことから関わったんですか。
 
古川: これは昭和二十七年に私は当時の福岡刑務所長から招かれて、「死刑囚の指導をして欲しい」ということで、死刑囚の教誨師になりました。その教誨の間に二人の死刑囚から、えん罪を訴えられた。「自分達は無実の罪で死刑の判決を受けて苦しんでいる。助けて欲しい」と。ですけれども、私にはとても信じられないことでしたし、結局、それから九年間、私は半信半疑で、彼等の苦しみを見逃してしまった、ということですね。しかし、最高裁の上告が棄却されて、彼等はもう全く生きる屍(しかばね)、顔面蒼白(そうはく)というような状態に陥りまして、私もさすがに、「もしかしたら」と、心を動かされて、それから調査に入り、そして大変な裁判の間違いに驚いて、裁判のやり直しを求めて、全国托鉢運動を始めたのが、昭和三十六年以来のことです。
 
有本: 福岡刑務所から依頼されて、死刑囚の教誨師というのは、死刑を宣告されて、何時死刑が執行されるか分からないような人に、心のケアと言いますか、それをなさるわけですね。
 
古川: そうです。そういう方面で、私も自らが死の問題を抱えていますから、「死刑囚と共に死の問題を考えていきましょう」ということで、「死刑囚の友になれるならば」ということで、一緒に求道(ぐどう)してまいりました。ただ、しかし、その中で裁判の間違いで、しかも最高裁の判決が下ると、三ヶ月以内に執行ということになりますから、それで大急ぎでその調査に当たった、ということですね。そして非常に緊急を要する生命(いのち)に関わることですから、そちらの方に全力を投球せざるを得なくなったということです。
 
有本: そうですか。
 
古川: そうして、その運動の過程でたまたま神戸を托鉢中に、これまた一面識もない、当時、シュバイツァー博士に物質的な方面で、アフリカへ援助しておられたキリスト教の向井正さんという方と出会ったわけです。その方は全く面識ありませんが、「翌日我が家に来て欲しい」とおっしゃって、で、私参りましたら、「シュバイツァー博士の遺髪(いはつ)を預かっている」と。「これは関西方面でも分けて欲しい。譲って欲しいという人が多いけれども、博士の名を汚すようなことになっても困るので、このまま、いま大事にしているけれども、あなたは一人の人間の生命(いのち)を救うために托鉢しておられる。それは博士の生命畏敬への生き方と通ずるものがあるので、どうぞ、この遺髪を受け取って下さい」と。これはお会いした翌日頂いたわけです。いや、私もビックリしました。本当に夢か、と驚きました。その遺髪をこの玉名へ携えて参りまして、そして、「生命山シュバイツァー寺」という宗教法人の認証を得まして、
 
有本: 「シュバイツァー寺」というのは、如何にも素晴らしい命名だと思うんですけれども、本当にシュバイツァー博士の生命(いのち)に対する畏敬の念と、それから古川さんのおやりになっている運動が共通項があったということで、
 
古川: 私は生命(いのち)を助けるために托鉢しておりましたから、それで私の協力者の八重樫という社長が「生命畏敬」という博士の遺志を守るということで、「生命山(せいめいざん)」と付けて、そうして博士の遺髪を守るということで、「シュバイツァー寺」と命名して頂きました。遺髪を頂いて三十年、それから宗教法人の認証を得て、此処がシュバイツァー寺になりまして、今年で二十六年。そして、それから十三年後、一九八六年、昭和六十一年に、今度はカトリックのイタリア人のフランコ神父(フランコ・ソットコルノラ:イタリア生まれ。ザベリオ宣教会。この寺のカトリック別院院長)と出会うわけです。フランコ神父は大阪に道場、その諸宗教対話の道場を建てる予定でしたが、たまたまご縁があって、私と出会い、即日古川と共同体を作りたいという決心をされて、
 
有本: そうしますと、「生命山シュバイツァー寺」というのは、お寺ではあると同時に、カトリックの方々との提携というか、
 
古川: ええ、共同体として。
 
有本: 神父さんがいらっしゃるわけですね。
 
古川: ええ。これは現在も神父が二人常駐している。シスターはいつも三人か四人おります。五、六人は常駐しております。去年まではイタリア人の神父がお二人でした。今年から日本人の神父とイタリア人の神父が常駐しておられて、
 
有本: 仏教とキリスト教、カトリックというようなことで言えば、勿論共通項はあるんですが、率直に言って、運営の面でうまくいかないんではなかろうか。そんな気が私として、素人として思うんですが、その辺は如何なんですか。
古川: それがまた実にうまくいっておりましてね。いや、いろいろ出発に当たっては、陰口もあったんですよ。「今はいいけれど、いつか喧嘩別れするだろう」とか、「苦労するだろう」とか、しかし全くそれは杞憂(きゆう)にしか過ぎませんでした。
 
有本: そうですか。
 
古川: 私は一番自分の宗教的な心の交流する友はフランコ神父なんです。
 
有本: イタリア人の、
 
古川: ええ。でも仏教者も沢山の友がいますけれど、やはり私はフランコ神父とが、心が一番触れ合う。「兄弟よりも親しい」と言っても、決して過言ではございません。ですから、仏教とキリスト教が出会うということは、大変難しいことですけれど、それ以上に、実は人間と人間の出会いということはもっと難しく、その人間と人間の出会いが良かったために、キリスト教と仏教の出会いの困難を乗り越えることが出来ただろうと思うんです。
 
有本: 今日は、「与えられた死」というテーマでお話を伺うんですが、私たちは、「死というのは同じものだ」と考え勝ちですが、古川さんは、「死には二つある」というようなことをかねがねおっしゃるようですが、その二つというのはどういうことなんですか。
 
古川: そうですね。先ず、「幸福な死」、それから、「不幸な死」とハッキリ二つに分けることが出来ると思います。そして、「幸福な死」というのは〈自然の死〉。「自然の死」とはそれは〈与えられた死〉であると。「不幸な死」とは〈人為的な死〉。言い換えたら、〈不自然な死〉。それは更に言い換えたら、〈自然な死、与えられた死を奪われる死〉。つまり、これは「死というべきでなく、「殺(さつ)」というべきだろう」と。
 
有本: 「殺人」の「殺」、
 
古川: 「殺人」の「殺」ですね。従って、〈死というものは、これは人間の手で左右することの出来ない筈のもの〉であって、それは〈自然である〉と。しかし、〈人間の手でこれを左右することが出来るという自我の意思を以て人を殺す。自らを殺す、自殺。そういうものは不幸な死というべきであろう〉と、私は考えるわけですね。
 
有本: そうしますと、いま「自然の死」。今日の「与えられた死」というのは、〈自然の死〉でなければいけない。
 
古川: ということですね。ただ、それで「幸福な死」に対する「不幸な死」ということを申しますのは、「幸福な死というものがどんなものであるか」ということを、分かるためにも、「不幸な死」ということを言わなければならない。そして又、今日は不幸な死が多すぎる。つまり、「殺されて死ぬ」ということが多すぎる。今世紀、二十世紀に戦争並びに政治的な理由で殺されて死んだ人は、四億一千万人と言われている。少なくとも私が調べた限りではそうなります。その四億一千万人は、これは「殺されて死んだ」ということは、その人たちのそれぞれに「生まれた時から与えられた死を持っていた」筈である。その「与えられた死を全うすること出来ず、人間の作為で以て、人為的にこれを奪い取られて殺されて死ぬ、すなわち殺人死、これほど人間にとって不幸な死はない」と。私は、人類は痛感しなければいけないんだろうと思うんです。「殺人死」というものが「自然の死」と、決して同等に考えてはならない。それは次元の違う、非常に宗教的に言えば、「罪が深い死ではないのか」というふうに考えます。しかし、それが「混同してしまっている世の中。殺されて死んでも死ぬ。しかし、人間は殺さなくても死ぬ。病気しても死ぬ。死ぬという意味においては、どちらも同じではないか。大した変わりはないだろう。死ねば一つの死だから」というふうに考えることは、つまり尾籠(びろう)な話ですけれども、「味噌も糞も一つ」というのと同じで、それは大変恐ろしい考えだ、と私は思います。
 
有本: 確かに医学が進歩致しまして、私たちの平均寿命がドンドン延びて参りまして、日本人の場合、女性ですと八十歳代、男性でも七十歳後半ということで、本当に長命、長生き出来る世の中になりましたけれども、現実は交通事故死があったり、自ら命を絶ったり、古川さんのお言葉をお借りすると、殺(さつ)で亡くなっていく方が大変多い実態があるんですが、その与えられた死という自然死を、私たちが目指すためには、私たちは日々どんな生活なり、考え方なりを持ったら宜しいんでしょうか。
 
古川: 私は、「死をどう考えるか」ということが、「どう生きるか」ということに関わると思うんですよ。「死をどう考えるか」。だから、「どのように生きるか、生き方によって、人が生きてきたように死ぬ。人は死を考えてきたような死を死ぬんだ」と。その〈死というのが、人を殺すということを肯定する死。たとえ、人を殺すことがなくても、人を殺すことを肯定するような死の観念を以ている〉。そういう考えをもっているということは、実は〈その人の生き方に関わってくる〉と思うんです、そのような考えは。私が申します「与えられた死」というのは、これは本当いうと、大変宗教的な深い意味があるんです。しかし、分かり易く申しますと、「何故与えられた死なのか」ということは、しかし、「我々の生」「生まれてきた」ということは、我々の自我で意識したり、意思したりして、私は男に生まれた、女を選んだとか、日本人に生まれてきたかったとか、アメリカ人に生まれたかったとか、ということと、「全く関係なくして生まれてきているというこの生は、この生を有り難く頂いて生きている人は、生かされて生きる」というんですね。宗教的生活というのは、そのように「生かされて生きる」という一言に尽きるわけですけれど、その「生かされて生きる」という、「生かされて」ということは、「与えられた生をそのまま頂戴する」ということですよね。「与えられた生をそのまま頂戴する」ということは、それは「そのまま与えられた死を、そのまま頂戴する」ということでなければならないわけですね。何故ならば、「生と死というものは、一枚の紙の裏表(うらおもて)と同じこと」ですから。それは「生と言えば死ではない。死と言えば生ではない」。それは譬えてみたら、表と言えば、それは裏ではない。裏ではない表である。しかし、これは裏という一枚の紙と、表という一枚の紙を二枚合わせてあるわけではないから、一枚の紙ですから、二つに割(さ)けられませんね。そのように、「人間の与えられた〈いのち〉、与えられた生、それは同時に、そのまま与えられた死。この与えられた生と死は、一枚の紙ですから、二つに分けて考えて、与えられた生は有り難いが、与えられた死は有り難くないと、拒否するということは、それは大変矛盾している」ということになります。
 
有本: 確かにおっしゃるように、紙の裏表(うらおもて)で、表が仮に生で、裏が死だ、と致しますと、私達常に表の生を日々生きていて、裏の死というようなことは、全く自分とは関係のない、向こうのものだ、というのが、一般的な意識だ、と思うんですが、死について、本当に日々考えていらっしゃる、生と同時に考えていらっしゃる、というのは少ないんじゃないかと思うんですが、その辺如何ですか。
 
古川: いや、そこで、いま「生まれてきた、与えられた生」と言った、「与えられた死」と言った。それは紙の表という、で、裏という。しかし、「表があって、裏がある」ということは、見落としてならないのは、「表があって、裏があるのではなくて、一枚の紙がある」ということです。この「一枚の紙」を見落としたらいけないんですね。「一枚の紙があって、それの表であり、それの裏である。その如く、全くそれと同じに、単に与えられた生があって、単に与えられた死があるということではない。それは〈いのち〉というものがあって、それはまさに一枚の紙に当たるものである」。その〈いのち〉は目に見えませんから、それで私達は〈いのち〉を見落としますが、しかしそこに裏表がある以上は、一枚の紙がある。そのように「生と死がそこにある以上は、そこに〈いのち〉がある。その〈いのち〉というものを本当に掴む、ということが宗教体験」ということなんです。それを体得するということは、宗教体験なんです。そうすると、「生とか死というのが二つ離れないで、同時に一つである」ということが分かるんで、道元(どうげん)禅師も、「生より死にうつると、こころうるは、これあやまりなり。」ということをおっしゃっているんですよ。そのように「生の、生きているという生の裏に、死があって」ですから、いつでも死ねるわけです。
 
有本: いま「何時でも死ねる」というふうなことで言えば、最近は「自ら〈いのち〉を絶つ」というようなことを含めて、或いは、非常に病気に苦しめられて、「安楽に尊厳を以て亡くなりたい」という方も、現実にいらっしゃいますよね。この「安楽死」とか、「尊厳死」とかは「自ら〈いのち〉を絶つ自殺、殺」とは先程の範疇で言えば、如何なんですか。
 
古川: 「安楽死」。これは医療の専門のことになりますからね。私共素人が、難しいことは言えませんけれども、私は、「人間の作為を以て死を招来するということは、それは殺(さつ)だ」と言っていますから、そういう意味では、安楽殺人になりかねない問題が潜んでいるだろう、と思いますね。しかし、「安楽」ということは人間の、むしろ人間が生かそうとする〈与えられた死を患者は死のう〉としているのに、〈医療はそれを無視して、延命の治療を施そうとする。すると、そこで患者は苦しむ〉ことになるわけですね。「そういう患者の与えられた死を痛めつけないように、人為的に生かそうとする力を、一つづつ除(の)けてあげて、与えられた死が自然に死んでいけるように」というような安楽死でしたら、それは与えられた死を生きる手だてとして、大変大事なことではないでしょうか。そして、特に今医療が過剰で、高度の医療技術のために、人間の思いが深くて、一日でも一刻でも長く生きて欲しい、という思いから、患者にかえって負担を掛けて、臨死末期に苦しめている、と。私は「幸福な死、つまり殺されないで、自然の死を死ぬ、ということは、幸福な死だ」と申しました。そして、「幸福な死」というのは、よく考えて見ると、これは「人為的に左右することをしない死ですから、それは安らかな死」と申しましょう。「与えられた死でなければ、安らかに死ぬことが出来ない」。つまり「幸福な死」「自然の死」「与えられた死」、それはつまるところ「安らかな死に辿り着く」と。こういう結論なんですね。そうしますと、どうも五十年以上、日本は戦争がありません。つまり、戦争によって、与えられた死を奪われるということがない。つまりそういう意味では、日本人は殺されて死ぬ、ということはこの五十年來、無い。ということは、いま、病院で死んでいく人たちには、与えられた死を前にしている。そういう意味では、幸福な死を与えられている。従って、その方々の死は安らかであるべきである。だがしかし、現実には安らかでない。非常に悩んで苦しんでいる、というのが、現状であって、私はその一例をちょっとご紹介したいんですけれども。これはガン患者で、そしてしかもご自分がお医者さんなんです。こうおっしゃっていますね。
 
刑務所には教誨師がいた。施設によっては精神科医も。死刑が確定した囚人は要請すれば、彼らに会えた。マンツーマンで話が出来た。悩み、死の恐怖、泣き言を訴えられた。逃れられない刑死ではあっても、それを迎える手助けになった。救われるには至らずとも、荒れた心の慰めにはなろう。少くとも、体中に詰った懊悩を、吐き出すだけでも楽にはなろう。病院に、教誨師はいなかった。懊悩(おうのう)は愚痴と取られた。極度に荒廃した精神と肉体は、すでに人でない。グロテスクな抽象物として蔑(べっ)視(し)される。それは見たくもない醜悪なもの以外の何者でもないのだ。病院での医療は最高レベルのものであったが、心の苦悩まで聞いてくれる人は無かった。苦しむだけ苦しんで、罪人のように喚(わめ)き、悶(もだ)えながら死んでいく人を何人も見送った。病院にはガンに心まで浸食された人々の話を聞き、死への心の準備を手助けする人があっていいと思った。刑務所では死刑囚のために教誨師がいるように。(石井仁著『担癌者』新潮社刊)
 
全くこれが現実だ、と思います。そしてかつて教誨師であった私も同感を禁じえません。そして、「与えられた死を死ぬ時代は、それは幸福な時代」ですね。戦死で殺されて死ぬんじゃない時代は幸福な時代。そして幸福な死というのが、与えられた死を死ねるという幸福ですね。しかし、私たちは、「与えられた死を死ねるという幸福な運命や環境に置かれて、そして、現実にはみんな苦しんで悶えて死んでいるじゃないか」と。「これは一体どういうことか」ということになるわけですよね。それは私たちは「死の権利」という問題を考えてみる必要があると思うんです。「死ぬ権利」という言葉があるでしょう。
 
有本: はい。
 
古川: 「死ぬ権利」ということを、端的に言えば、こういうふうに受け取っている人が多いんじゃないでしょうか。それは、「自分の死は自分の自由にて、人から侵害されることは許されない。自分の死だから」。しかし、自分は、「自分の死だから生殺与奪、私の権利」。そういうふうに受け取って、従って、「自殺を肯定する」。自分の死を死ぬんだから。こういう受け取り方。こういう受け取り方のところに、私は死に対する根本的観念が間違っている、と。つまり、それは「死の権利でなくして、殺す権利」。「死ぬ権利」というのは、〈死というものは人間の手を加えるべきものでない〉という意味において、「人間の死は尊厳である」。「死は尊厳である」ということが、それは「生命の尊厳」ということで、従って、スマイルズ(イギリスの著述家)が、
 
     人間一人の生命は全地球よりも重い
 
と言った。その言葉は、そのまま人間一人の死が全地球よりも重い。そのような「死を奪ってはならない」。そのような「死を殺人、また、自殺などと殺してはならない」。つまり、「死というものが自分の自我の意志で以て左右出来る」と考えているような「死ぬ権利を以ている人は死の前で苦しまざるを得ない」。何故ならば、〈死そのものが苦しい〉んではなくて、〈死をどう考えているか、という考えが、その人を苦しませている〉。自我。〈死を自我の力で左右しようと考えている人の死は苦しい。頂く人にとっては死は安らか〉である。だが、その頂くのが大変難しい、とおっしゃったですね。ところが日本人は無宗教ですから、元気が良い時は一生涯この世のことにかかずらって、精々金儲けで、喜怒哀楽の人生を送っていますけれども、さて、ガンにでも罹(かか)った、死の宣告を受けた、ということになったら、俄然死の恐怖に戦(おのの)いて、死の恐怖に戦くということは、それはつまり宗教的な要求に立たされたということです、それが。〈死を悩む、ということが宗教的要求〉なんです。そのように患者になって、死に直面して、初めて〈死の要求〉〈宗教的に救いを求める〉ようになるんですね。
 
有本: どうでしょう。一般的には日々元気ですし、死を考えない。ガンを宣告されて、あと余命幾ばくもない。その時に初めて自分の死を真剣に考えるというか、もう考える余裕もなく、
 
古川: 考えて、それが「宗教的要求」と名付けられるものなんですね。
 
有本: その宗教的要求と名付けられる、死の直前そういう心の作用と言うか、あってもいいわけですね。無いよりは。
 
古川: あることが正常で、それで臨終、或いは死の宣告を受けた人に、宗教家が手を差し伸べて救う、と。そういう絶好の機会ですから、救いの手を差し伸べるために、仏教の僧侶は、「お寺の中にいるのでなくて、巷(ちまた)に出て、病院に行って、そしてターミナル・ケア、或いはホスピスに働かなければいけない」ということを言っているし、皆さんも言っていらっしゃるわけなんです。だがしかし、死ぬ時になって、「助けて下さい」「救って下さい」と言っても、「もう間に合わない」という。「宗教は修行がいるんだ」と。だから、土壇場に来て、「助けて下さい」と言っても、それは「無理だ」という先生もいらっしゃるし、また、多くの患者もそう考えているわけですよ。今になって、「宗教によって救われたい」と思っても、「今までそっぽを向いてきた私は、もう救われないだろう」と言って、死んでいくわけですね。
 
有本: 与えられた死というのは自然な死である。でも、私たちは自分の〈いのち〉をも左右しがちな現代人が大変多いんですよね。
 
古川: そのために「死を苦しいものとして受け取っている」ということです。つまり、「苦しい死は与えられた死でなくして、実は自我の死」なんですね。自我の死。それを、「その人は与えられた死」と思っているかも分からない。けれども、それは本当の意味での「与えられた死ではなかった」ということがあると思うんです。それと、「宗教によって、そういう死の悩み苦しみから救われる」ということに対して、多くの人は、「そういう救いは大変難しいだろう」と。言い換えたら、「やはり修行を必要とするだろう」と。これは一般の庶民から、それから知識人に至るまで、何となく漠然と考えて、「私たちには及ばないこと」である。例えば、一遍とか、親鸞とか、道元とかという日本を代表する高僧の名前を聞いても、そういう方はお出来になったでしょうが、「自分なんかのとても及ぶところではない」。まして、「一生涯宗教に無関心で、ガンになってからでは間に合わない」。これは私は大変「大きな迷い」と思うんです。これは非常に大きな迷い。つまり宗教の救いを「救済(きゅうさい)」と申しますね。「救済」ということは、「救(すく)い、済(ず)み」と書くんです。
 
有本: そうですね。
 
古川: 仏教では「救う」ということを「度(ど)」という字を書きます。「度(わた)す」という字ですね。「度」。これも「済度(さいど)」。「度(わた)し済み」と書くんです。つまり「救い」というものは、これからその人間が、患者が、「修行をしたり、考えたり、努力したりして、そして救いが済む」というようなものでなくて、その人が「考える前に、努力する前、修行する前に、既に救いは完了している」。だから、「他力の救い」ということなんですね。しかも、その救いは『阿弥陀経』にある
 
     「此処を去ること百千万億の仏土を過ぎて世界あり。名付けて極楽という
 
あの百千万の遠い彼方に、その救いがあるように考えていたら、大きな間違いで、実は、〈私の中に苦しんでいる、悩んでいる私の中に救い〉があって、私が、〈死を恐れて悩む時、それを恐れて悩ましめるところのものは何なのか〉ということ。それが〈救い〉なんだ、と。鶏にも犬にも猫にもない、それは。ということが、一つハッキリしないといけないと思うんです。それで、今ここに、「修行しなければ救われない」という。ある宗教家の説を取り上げて、簡単に私の解釈をさせて頂きますけれども、その先生は、
 
本来の仏教は「自業自得」の教えですから、そんな安直に、臨終のまぎわになってから「ハイ、お免状をあげますよ」というふうにはいかない。死んでいく人の幸不幸は、生きていた間のその人自身の行為の集積が決めるのですから、臨終のときでは、もう手遅れです。ですから、極端に言うと、仏教ホスピスなんて、やめた方がいいと思う。若いときからきちんと信仰を確立していない人が、いよいよ死ぬ段になって、のたうち回るのは当たり前なんです。
 
と、非常に冷たくおっしゃっている。しかしこれは一面事実なんですね。〈宗教は死ぬための用意にあるんじゃないんです〉から、〈生きるために宗教は本当はあるんです〉から。「生きる時にそっぽ向いておいて、死ぬ時に宗教を」と言っても、それは「ダメだ」とおっしゃるのは、当たっています。けれども、それはあくまで一面の真理であって、譬えて言えば、いま水難事故に遭(あ)って、溺れようとする。その時、その先生の言い分で言えば、日頃から水泳の練習をしていなかったから、こういう水難事故で溺れて死ぬ結果になる。その溺れている時に、「水泳を教えてあげよう」「助けてあげよう」と言っても、それはダメだろう。それと同じことで、信仰は生きている時に修行しなければいけない。そうしたら、水難事故になった時に泳いで岸に辿り着く。それを水難事故の時に教えるような仏教、ホスピスとか、ターミナル・ケアとか、というのは、それは間違っている、とこうおっしゃるわけですね。但し、私はそれは「自力の宗教」であって、「他力の宗教」という、「他力の救い」というのは、その溺れる人の力を全く必要としない。つまり海難救助隊が馳(は)せ参じたら、泳げぬ人であろうと、泳げる人であろうと、そういう力の有無に関わらず、これを救い取る。そういう海難救助隊の働きのような〈絶対他力の救い〉というものが、〈宗教にはある〉のだ。では、そのような死に対しての「絶対の救いというのは何か」ということを、知って貰います為には、「動物は自殺をしない、ということを考えて下さい」と言っているんです。「動物は何故自殺をしないか」。言い換えたら、「人間はどうして自殺をするのか」。これは自殺をしないのでなくして、「動物は自殺が出来ない」。つまり、「動物は死を知らないから、自殺のしようがない」。人間は自殺をする。「自殺が出来るというのは、死を知っている」からであって、出来るわけですね。もし、人間でも乳幼児はまだ物心付きませんから、死ぬということを知りませんから、乳幼児もまた動物と同じで、自殺をすることを知らない。ということで、「死を知る」ということが、「自殺をする、しない」ということに関わってくる。それには、「どうして人間は死を知っているのか」「何が死を死と知らしめているのか」ということが、非常に大事な問題なんですね。つまり白いチョークは、白いチョークだけでは白いチョークになれない。白いチョークが、白いチョークになるためには、白とまるで反対の黒板が出てこなければならない。その黒板によって、白は初めて白になり得るのであって、全くそれと同じで、「死が死として、私たちに自覚せられる」ということは、「死だけでは、死が死であるということを分からない」。だから動物は分からない。ところが、「人間には死という有限なる〈いのち〉が、そうであると分かるということは、有限なる〈いのち〉を分からせるところの、それと全く反対の無限なる〈いのち〉が、無意識の中に胎動(たいどう)している」ということではないでしょうか。この「胎動」。これは、「意識していませんから、本人は分からない」けれども、「この無限なる〈いのち〉の胎動が、いよいよ切実に私の有限なる〈いのち〉の限界に怯えさせる」ということになってくると、そうすると、「死の恐怖のもう直ぐ下には、無限なる〈いのち〉との出会いが始まっている」。つまり、「宗教の救い」と。もうとても恐い。死ぬのが恐いという地獄の底とは、もう表裏一体になっている。そのところが宗教者でなければ体験として分かりませんから、ものを言うだけでは、聞くだけでは分かりません。ところで、そのことの現実的に即して、例えば、金子大榮先生の『歎異抄聞思録(たんにしょうもんしろく)』という本の中に出て来るのですが、ちょっとこれを引用させて頂きます。
 
明治の初め、東京に忍成寮司(にんじょうりょうし)という真宗の学僧がおられましたが、ある朝、托鉢中に馬に後ろ向きに乗せられて、刑場へ曳かれて行く科人(とがにん)(死刑囚)に出会われたのであります。そうしますと、その科人は役人に懇願して、あそこへお坊さんがお通りになりますが、あのお坊さんに少しものを聞かして貰いたいと申しますので、それが許されました。すると、科人がお坊さんに声を掛けて、「お尋ね致しますが、私は幼少の時にお寺へ詣り、いかなる悪人でも仏さまのお慈悲で救われると聞きましたが、かような仕置場(死刑場)へ行って殺されねばならぬ私のようなものでも助かりましょうか?」と問うたのであります。その時に忍成寮司は一言のもとに「駄目じゃ!」と言われた。科人が馬から落ちそうになって、そこへ畳み掛けて、忍成寮司が、「まあ、しかしお念仏でも称えよ、助かるやも知れん」と言われますと、その科人は、「有り難うございます」と、申しましたが、さてどうあろうかと、寮司が托鉢も何もかも打ち捨てて、佐竹の死刑場まで行って見られた。すると、仕置場でその科人が寮司を遙かに見出して、大声で、「有り難うございました!。有り難うございました!」と叫んだということであります。
     (金子大榮著『歎異抄聞思録』全人社刊)
 
その話は非常に単純明快でありますけれども、多くの人に信じられない事実ということになります。これは明らかに事実であることは、前後の文を読んで頷(うなず)けるのですけれども、しかし此処でこの死刑の苦しみを目の前にして、忍成というお坊さんが、「ダメじゃ!」とおっしゃったことが、非常に大事なんですね。「ダメじゃ!」。つまり、「宗教的に救われる」ということは、この世の人間の営みにおいて、「ダメじゃ!」ということがないといけないわけですね。つまり、先程おっしゃった自我の時代で、「死すらもが自我意識で左右したい」と。「生殺与奪(せいさつよだつ)は我にあり」というような自我の力で以ては、宗教の世界はいよいよ分からないわけなんですね。その「ダメじゃ!」というので、彼は絶望をして馬から落ちそうになる、ということが大事なんですね。これが「他力の世界へ入るために」。その落 ちそうになって、落としてしまったら、ダメにしてしまったらいけない。その次ぎに、「だか、しかし、念仏を称えよ」と。これが第二の大事な問題点です。その先ず第一の問題点を、ハンカチにちょっと喩えて申してみたい、と思うんですけれども。つまり、このハンカチを立てる工夫をする。立てる工夫をするって、どんなに立てる工夫をしても、もうこれは初めから立たないように出来ている。しかし、私たちは足掻(あが)き藻掻(もが)き立てようとする。つまり、「死は恐い。だから自分の力で、努力で、心の持ちようで、何とか安らかに、どうせ死ぬのならば、納得して、恐れずに死にたい」と工夫する。これが「自力の救い」ですね。その「自力の救い」に絶望する。つまり此処ではお坊さんに、「ダメじゃ!」と言われた時に手放してしまった。その時、実はハンカチは本来立っていた元の世界に還ったですね。これは全く「宗教の世界はこれより他にない」と私は言いたいんです。「他力の世界」、これは「あくまでこれで救われようとか、これで死を楽に受けようというのは、これは自力の世界で、自我の世界」。しかし、それでは「不可能である」。不可能であることに、「ダメじゃ!」ということになった時に、救いは自ずからそこに、「前から実現して、つまり救済は救い済みである」。「救い済み」のものが目の前にありながら、「苦しんでいるのは、それは自我の力で、これを遮っていた」ということになるわけですね。それに対して、死刑囚に対して、後に、「念仏を称えよ」という言葉が出てくる。これが今日のテーマの中で一番難しい分かり難いところなんですが、こう考えて頂いたら分かる。少なくとも、このお坊さんが、「念仏を称えよ」とおっしゃったら、この死刑囚は、「有り難うございます」と言った、その場で。そして刑場でも、「有り難う」を繰り返した。彼は確かに「念仏で救われていた」。では、「念仏とは何なのか」。これは出会い。これは例えば、赤ちゃんがお母さんのお腹から生まれる時に、産声(うぶごえ)というのがある。「呱々(ここ)の声」と言うでしょう。あの声は一体何なのだ。「〈いのち〉が生まれる時には必ず声を発する」ということを、これは表していますね。つまり、私たちの「有限の〈いのち〉が、無限の〈いのち〉と出会って、有限の〈いのち〉が私たちのこの死ぬという無限の〈いのち〉に生まれる」わけです。それがつまり「泡が消えると同時に水に還る」。その時に産声として、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」がある。「南無阿弥陀仏」を称えなければ、「絶望の意識」だけで死んでいる。「称えることによって、一転して、〈いのち〉との出会いが自覚せられる」。称えることによって。つまり、精神的に、私たちは有限の〈いのち〉の前で、今悩んでいるという形がある。この有限の〈いのち〉の前で悩んでいるのに、「こうしたら助かる」「ああしたら助かる」「仏はこうおっしゃる。ああおっしゃる。その仏を信じなさい」というのは、そういうのは力にならない。だから、一遍上人は、
 
     心の持ちようも往生せず
 
と。「どういう心を持つか」という問題ではない。そこに「救いの形」が現れてくる。現実に「救いの手が差し伸べられる」。それに当たるのが、「南無阿弥陀仏」と称えること。それ絶対に称えなければならない。それは称えるということは、非常に単純で、何でもないことであるが、しかし心の悩みが救われるためには、そういう形があって、そこで、「自分の心がきっぱりとダメにダメを押して、そして出会ったものの〈いのち〉を再確認して」ということになるんですけれども、さて、もう一つ此処のところを喩えたら、私は子供の頃、非常に臆病だった者ですから、忘れもしませんけれども、母にお祭りに連れて貰って、楽しんだことがあるんです。しかしその雑踏(ざっとう)に押されて、しっかり握っている母の手が切れそうになるんですね。そうしますと、楽しみよりも迷い子になる心配が先にたって、必死に縋(すが)り付いている。しかし、雑踏の力には勝ちません。手が切れるんですね。切れた時は子供心に、「しまった」と思ったんですけれども、切れてみたら、ちゃんと母親に握られている、という実感が甦(よみがえ)ってきたんです。つまり、私が握っていて、切れた時に間髪を入れずに、母が握った、ということでなくして、私が握る、握らないに関わらず、握っている時から既に母は親として子の手を握っているのは当然なんですね。そういう道理、そういう道理を親鸞は、「自然法爾(じねんほうに)」とおっしゃった。だから、「南無阿弥陀仏」を称える、ということは、実は何でもないようだけれども、それは自然(じねん)の道理、自然(しぜん)なんです。手が切れた。そのように、「ダメじゃ!」と言われて、そして、「南無阿弥陀仏」と称えたら、「迷い」という「絶望の夢が醒めて」、しかと母に握られている自己に気付いた。つまり、「我々の〈いのち〉は、我々の〈いのち〉を生み出したところの、大いなる〈いのち〉から生まれて、そして、〈いのち〉が元の大いなる〈いのち〉の世界に還る」ということですから、「死は、与えられた死は安らかであるのが当然過ぎる程、当然である」ということになるかと思います。
 
有本: いや、いろいろの例を引いて頂きながら、分かり易いお話で大変参考になりました。どうも有り難うございました。
 
 
     これは、平成十一年七月十一日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。