東洋の心を語る @開かれたこころ
 
                        東方学院院長 中 村  元(はじめ)
明治四四年島根県松江市出まれ。日本を代表する哲学者、仏教学者。在家出身でありながらも、仏教思想にとどまらず、西洋哲学にも幅広い知識をもち思想における東洋と西洋の超克を目指していた。東京大学卒業。長く東大教授を勤める。東大教授退官後は、財団法人東方学院を設立。一般への東洋思想の普及にも尽力した。また比較思想学のパイオニアとして、比較思想学会も創設した。サンスクリット語に精通し、仏典などの解説に代表される著作は多数にのぼる。わかりやすい翻訳や解説には定評がある。東京大学名誉教授、日本学士院会員。平成一一年死去。
                        駒沢大学教授 奈 良  康 明(やすあき)
昭和四年東京生まれ。昭和二七年東京大学文学部印度哲学梵文学科卒。東京大学大学院人文科学研究科インド哲学専攻修士課程修了。カルカッタ大学大学院人文科学研究科比較言語学専攻博士課程修了。文学博士。駒沢大学仏教学教授となり、平成六ー一○年学長。のち名誉教授・曹洞宗総合研究センター所長、法清寺住職。著書に「仏教史1−インド東南アジア」「ラーマクリシュナ」「仏教の教え」「釈尊との対話」ほか
 
 
奈良:  最近世界的に東洋文化とか、東洋の思想というものが大きな関心を持たれております。たしかに従来西欧的なものの考え方とか、西欧文明というものが、言うなれば歴史の主流を占めていた、ということは言いようかと思うんですが、それが現在さまざまな理由から見直しを迫られている。そうしたことの関係から東洋的なものが見直されてきている。そういう時代であろうかと思いますし、この傾向は今後も続いていくだろうと思われます。そこで東洋的なものとは一体何なのか。特に東洋というものはよく西欧のものに対して、「心というものが主体である」というようなことも言われるわけなので、「東洋の心を語る」ということで、今月から毎月一回いろいろと考えていってみたいと思います。お話を頂きます方は東方(とうほう)学院院長の中村元先生でございます。先生、「東洋の心を語る」ということで、本日その第一回の「開かれたこころ」ということでございます。なんか「開かれた」とか、「開く」と言いますと、私はとってもちっと明るい感じがするんですね。「塞がれていた道が開かれた」とか、「胸襟を開いて語る」とか、「わだかまりが消えて心が開く」とか、その時その時の一つの心の一時(いっとき)の動きなんでしょうけれども、例えば「真理に目が開く」とかいったような使い方もございますし、「テーマが開く」ということでございますので、一体「開く」とか「開かれた」というのは、一体どんなものなのか、その辺から少しお話を伺いたいんでございますが。
 
中村:  「東洋の心」ということを問題にします時に、「開く」とか「開かれる」ということは非常な意味を持っていると思うんであります。この我々自分の生きている姿を反省しますと、どうかすると、「心が閉ざされている。あるいは偏見に閉ざされている」というようなことが無意識のうちにございますね。なんかの時にそれ気が付くわけです。そこでパッと目を覚まされる。目を開く。あるいは人によって目を開かせられる、と。〈あ、ほんとにそうだったな〉とこう思うことがございます。それによって人間の内にある尊いものに気が付くようになる。だから東洋の心と致しましては、「開く」とか「開かれる」というのは非常に重要な意味を持っていることだと思うんでございます。これも昔から東洋の文化で常に言われていたことだとは言えないのでありまして、ある時代には知識が閉ざされていた、ということがございます。それに対して、ハッと気が付く。そこで眼が開かれるわけですが、仏典によく出てくる言葉でありますが、「開発(かいはつ)」と世間で申しますね。「知能を開発する」とかなんとか、
 
奈良:  「開いて発する」という、よく「開発」という言葉を一般的にも使いますですね。
 
中村:  あれは仏典によく出てくる言葉なんです。もう既にインドで使われて、漢訳の仏典に出てくるんですが、つまり人間は内に尊いものを持っている。それを他の人が慈悲の心を持って伸ばしてくれる。その場合にも、「開発(かいはつ)」―仏典の読み方ですと「かいほつ」と読みますが―あるいは特に誰かの力を借りなくても、内にある可能性が何かの場合にパッと開かれて発展する、という場合もございますね。それも「開発」「かいほつ」と申しまして、仏典にも出てきますし、それから弘法大師もよく使われております。或いは蓮如(れんにょ)上人の『御文(おふみ)』なんかにも「宿善開発(しゅくぜんかいほつ)」という言葉がございます。昔から功徳を積んで善いことをしていた。それが可能性となって、何かがフッと特別の機会に縁を借りて現れ出る、と。まあこういうことは有り難いことだ、と。そう気付かれたわけでございます。あるいは見方を変えますと、私どもはしょっちゅう迷いの中で微睡(まどろ)んでいるようなものですが、そこでパッと目を覚まして頂く、と。「目を開く」という言葉もございます。日蓮上人には『開目抄(かいもくしょう)』という書物を書かれました。これは日蓮上人の書物の中では特に重要なものの一つでございます。仏教では殊(こと)に「開く」「開かれる」ということを非常に尊(たっと)んでいたのでございます。
 
奈良:  なんか私どもの毎日の生活の中でも時々ございますですね。今になれば解っているんだけれども、その時までは全然気が付かされていなかった。ある時フッと目が開けたというんです。そうしますと、今まで自分の考えていたことの巾ががグッと広まってきて、仕事から何やらが然るべく良い方向に転回していく。おそらく宗教的なもの、あるいは人生の真理とか、あるいは人間の真理といったようなものに関しても、何かの時にフッと気が付かされる。あるいは教えられて目が開かされていく。そうしたものがおそらく東洋の宗教と言いますか、釈尊の教えの中にもあって、それがずっと後代にまで伝わってきている。やはり心を開いていく。目が開かれる。そうしたことが仏教というものの一つの大きな眼目と言ってもいいんじゃないかと思いますけれども。
 
中村:  そうですね。古典の教えというようなものは、私どもしょっちゅう繰り返し読んでいるわけですし、それからまた他人様から教えられることでも、同じようなことを言われたり教えられていますが、けれど、ある時には大してそれが自分には響かないことがある。ところが何かの時に―殊に経験を積んだ後ですと、〈あ、まさにこれだったな〉と思って気付くことがありますですね。そうすると、それ抽象的な知識によって開かれたのではなくて、自分の体験に照らし合わせて、何かの機縁でハッと気付かされる。実践的な認識である、ということが言えるんじゃないでしょうか。
 
奈良:  そうしたことと同時に、もう少し一般的な面で考えましても、例えばお互いに胸襟を語り合うとか、隠し事をしないでお付き合いが行われていくとか、いわばコミュニケーションということがよく言われるんですけれども、やはり心が開かれない限り、コミュニケーションはやはりできないんだろうと思いますしね。
 
中村:  そうです。そして胸襟を開いて人に語るということがなければ、人々の付き合いもうまくいきませんし、それに大きく言えば、文明も発展しないと思うんです。この文明の発展の跡を辿ってみますと、仏教以前には必ずしもすべての人に知識を開いて伝えるということは致しませんでした。例えばインド哲学の起こったのはウパニシャッドからだ、と言われておりますが、そのウパニシャッドの哲学的知識というものはこう書いてあるんです。「自分の長男、または信頼しうる弟子にのみ伝えよ」というんですね。そういう態度はまだ他の国にもいろいろ見られますので、我が国でも秘伝というものがございましょう。ごく限られた人にだけ伝える、と。この秘伝というものが芸術なり学問の発展を阻害するということ、日本の富永仲基(とみながなかもと)(1175-1746)なんか盛んに『翁之文(おきなのふみ)』という書物の中で批評しておりますが、けれど実際それが行われている。私は自分で手がけたほうのことを申し上げますと、仏教の論理学を「因明(いんみょう)」と申しますね。あの因明の書物、鎌倉時代にいろいろ作られておりますが、その写本には表(おもて)に札が貼ってありまして、こう書いてあるんです。「この本は、増して二本となすなかれ」と。「コピーを作ってはいかん。ただ自分の信頼し得る弟子にのみ伝えよ」というわけですね。だから因明の学問というのは十分発展しなかったと思うんです。じゃ、これはアジアの一部にだけ限られていたことかというと決してそうじゃない。どこの国でも見られることじゃないですか。こう知識を隠していたためにやがて消えてしまう、と。私、ふっとこの機会に思い出すんですが、アメリカのハーバード大学の博物館で、特に宝物として持っているものがあるんです。それは何かと言いますと、ガラスで作った花なんですね、一種の造花ですけどガラスで作られている。
 
奈良:  古いものなんですか?
 
中村:  古いものです。見ますと本当の花とちっとも違わないんですよ。それはドイツ人の親子が特別な技術を持っていた。素晴らしいものだというんでハーバード大学がそれを買ったわけですね。けれどもドイツ人親子が亡くなってしまったら、もう技術を伝える人はそれで居なくなりました。だから後へ伝わらない。結局今日こんなに文明が発展しても、機械文明が進んでいても作ることができないんだそうですよ。
 
奈良:  隠されてしまったから、いわばコミュニケートもできなかったわけなんですが、しかし如何なものでございましょうね、知識とか技術というものは人に隠して、自分の特定の者だけに伝受するということはあるわけですけれども、それが良いか悪いかということはあるわけなんですけれども、真理とか、真実というものが、果たして秘密にしておくということができるのか、どうなのか。知識技術ではおそらく真理ということになりますと違うと思うんで、例えば釈尊の場合も、真理を悟られた、というんでございますけれども、この真理というものを一体隠すということができるものなのかどうか、その辺はいかがなものでございましょうか。 
 
中村:  自然科学的な知識を隠すことができるかどうか、ということは今問題になっておりますですね。釈尊の場合は違うんですね。人間の真理というものは、積極的に人に伝えるべきものだ、とそう思われたんです。釈尊が説かれたその真理、これを「法(ほう)」と申しますが、元の言葉で「ダルマ」とか、「ダンマ」というんですが、これは日月(じつげつ)のように遍(あまね)く世の中を照らす。隠すことがないわけですね。ウパニシャッドの教えの場合には信頼し得る弟子にしか伝えなかった。釈尊はそうじゃなくて、人間の真理というものを万人のものにしたわけですね。だから相手を選ばないわけです。釈尊の教えを聞きに来た人の中にはいろいろな階級の人がいました。そしてまたその教えは民族の差を超えて遍く広がりましたですね。立場が全然違うわけです。
 
奈良:  そうしますと、釈尊のお悟りを「目覚め」という言葉でいうこともございますんですが、「真理」「ダルマ」「ダンマ」というものに目覚められて、結局目覚められたら、その真理というものは、なんぞはからんお日さま、日月の如くにも最初から燦々(さんさん)と私どもを照らしている。結局私どもの方が見えなかった、ということなんでしょうか。
 
中村:  そうなんです。自分の方に迷いがあって隠されている。ところが教えを聞いてハッと目を覚まさせる。内にある尊いものに気が付くようになる。そうするとそれは万人のものになるわけですね。
 
奈良:  そうした形で釈尊のお悟りが、「目覚め」といいますか、「気付かされた」と申しますか、そうしたことなんでしょうが、しかしその釈尊ほどの方があれだけ修行されて気付かれたものだけに、私どもにそれを簡単に気付け、といってもなかなか難しいだろうと思いますし、釈尊は自分の目が開かれた。それに対して、目が開かれた真実、法というものを説かれる時に、いろいろと悩まれるようなこともあったんじゃございませんでしょうか。なかなか喋れないもんだろうと思うんですね。
 
中村:  釈尊の道を求める最初の出発点というのは、自分も苦しんでいる。人々も苦しんでいる。これをどう解決したらいいか、ということで、方々の哲人を訪ねたり、自分でも修行するということをされたわけですね。ついにブッダガヤーの菩提樹の元で悟りを開かれた。そこまではどの仏典にも出ていることでありますが、その後しばらく釈尊は、自分が真理を体得された、その境地を楽しんでおられた、と。ジッと坐って禅定の境地に入って自ら味わっておられた、と。
 
奈良:  仏典によりますと、釈尊が菩提樹のもとで悟りを開かれて、その後数週間、一週間毎に木は変えているようなんですけれども、禅定に入って、禅定の楽しみを、禅定のお悟りを楽しんでおられたというか、反芻されておられたというか、大変難しい問題なんですが、そのお悟りの後の数週間の釈尊の心の中にどんな思いがあったんでございましょうね。
 
中村:  そうですね。これは私のような凡人がなかなか忖度(そんたく)できませんけれどもね。インドの聖者はジッと坐って暫くの間何にも言葉を発しない。その境地を楽しんでいるということが非常にございます。信者が会いに来るわけです。これを向こうの言葉で、「ダルシャン」と申しますがね。
 
奈良:  見ることですね。
 
中村:  見ることなんですね。謁見(えっけん)です。そうするとお目にかかるということ自体を楽しんでいる。必ずしも教えを聞かなくてもいいし、また教えを説かない。釈尊の場合も最初そうだったんじゃないかと思うんです。二人の商人がそこを通りすがってお供養をしたということが出ております。まだ静かな境地を楽しんでおられた。それを二人の商人もありがたがったというわけです。けれども釈尊の心の中に何か新しい気持が起こっただろうと思うんです。この自分自身が味合わせているこのありがたい境地、このまま自分一人で保っていていいのかどうか。あるいは他の人も同じように苦しんだり悩んだりしているんだから共にすべきではないか、という反省もまた心のうちに起こったんじゃないでしょうか。
 
奈良:  たしかに自分がいろいろ悩まれて、そして悟りを開かれて、いわば人生の不安、苦悩というものを克服されたわけですし、世間を見ると悩んでいる方々がたくさんいらっしゃるわけですから、何とかときっとお思いになったでございましょうね。と同時に、なかなか気付かされないものを人に気付かすということの難しさもおそらく身に沁みて釈尊はお考えになったんじゃないかと、私は実は思うんでございますが。
 
中村:  そうだろうと思いますね。本当のこの自分の体得した境地というものを人に伝えることができるかどうかという、そういう難しい問題になるわけですが、おそらく釈尊の心の中にも一種の心理的な反省といいますか、葛藤といいますか、あったろうと思うんです。それが経典の中では、「梵天勧請(ぼんてんかんじょう)の伝説」になっているんじゃないかと思うんですがね。
 
奈良:  梵天という神さまが出てきて、どうぞお説法をしてください、と勧めたというエピソードですね。
 
中村:  そういうわけなんです。梵天と申しますのは、ウパニシャッドで最高のものを「ブラフマン」と申します。それは神格化されてブラフマーと言い、「梵天」と訳されておりますが、宇宙を支配する最高の神さまですね。その神さまが出てきて、お釈迦様に向かって、世の人々のために説いてください。「甘露の門を開け」と、そういう詩の文句になっておりますね。「甘露(かんろ)」は元の言葉で、「アムリタ」とか「アマタ」というんですが、これはまた「不死」とも訳されるんです。つまり「不死」というのがおそらく元の含まれた意味だと思うんですが、それをまたインド一般に「甘露」という意味にも使っております。お釈迦様のお花祭の時に甘露のお茶を頂きますですね。それはそこから出ているわけですが、頂いて有り難いもの、快いものという意味です。味で賞する時には甘露と申しますが、そこへ含まれている言葉の意味は不死、つまり人間は死ぬものであり、老いるものであり、やがて消えて亡くなるものである。けれども、不死の境地というものがその中にあるんじゃないか、と。人々も考えてしまったし、お釈迦様自身もそう考えられたんでしょうね。それで梵天が出てきて、不死の門、甘露の門を開いて下さい、とお願いしたと。そこで釈尊は教えを説くほうに一歩踏み出されることになった、と。そういう伝えになっております。
 
奈良:  そうしますと、釈尊としては、真実、法というものに心が開かれ、お悟りを開かれて、それから今度はそれを何らかの形で、いわば教えの形で、一般の信者さんにその教えを開いていったわけでございますね。
 
中村:  そういうことだと思いますね。
 
奈良:  その教えというものが、先ほどウパニシャッドの哲人のように、特定の人にしか教えないよ、というんじゃなくて、すべての人に開いていった。釈尊の晩年の頃のエピソードに、俗な言葉を使えば、「私は教えに関してケチであったつもりはない」と言ったようなことがある、というふうにちょっと伺ったことがございますけど。
 
中村:  そうです。つまり経典の言葉ですが、「教師の握り拳は存在しない」という。
 
奈良:  ケチなんかいう言葉使ってはいけないんでしょうけれども、
 
中村:  握り拳はケチなんですよね。ケチなことはないんだ、と。教えを隠しておいて、教師が握り拳の中へ秘めておいて人に伝えない。そういう態度が実際当時あったんだろうと思うんです。そういうことはしないというんですね。自分は真理だと思うことをはっきりとすべて人々に伝えたというんですね。だからもう隠すことはない、と。もしも自分が世の人々を導くものであると、そう思い込んでいる教師がいたならば、それはその自分に頼るが良いと。また世間の人が自分を頼っている、弟子が自分を頼っていると思うのは、教師自身というものが中心になるので、みなが頼るということになるだろうけれども、自分は世の人々、教師たちを教え導いたと、そう思うことはない、というわけです。それから自分が人々に頼られていると、そう思うこともない。何に頼るか。それは自分が説いた法である。人として生きる道ですね。法(のり)と言いますか、人としての道筋、如何に生きるべきかということを人々に説いてやった。だからそれに頼れ、と。それに自分の立場は尽きているんだ。だから、「俺について来い」とかですね、「俺のところへ来て、お辞儀をするんでなきゃ救われないぞ」とか、そういうことは全然釈尊の場合にはなかったわけです。経典に出ています。
 
奈良:  とても大切なことだと思いますですね。つまり人間に頼るということになりますと、勿論宗教でありますから、宗教を教える方の人格とか、宗教体験とか、ということが大きな意味を持つのはそれはわかるんですけれども、もっと基本的な問題としまして、「私を拝まないと信仰がなり立たないぞ」ということではなくて、真実、法という普遍的な、ほんとに先ほど先生が、「日月の如く世界を照らしている。そういう真理がまずあるんだ、と。そしてそういう真実を私は惜しむところなく既に説いてきている。だからお弟子さん方も、頼るのは私ではなくて、この法のほうに頼れ」ということでございますね。
 
中村:  そういうことになるんですね。法というものは普遍的なもので、誰でも頼らなければならないものですが、と同時に、人に向いて生きるものなんですね。人を離れてあるものじゃない。だからそれを具体的にどう生活に活かすか、ということは、それぞれの立場で、人が自分で考えて工夫しなければいけないし、またその場合に教えてくださる師というものもいる。つまり師というものの個々の人格を通じて普遍的な理法というものが生きてくるわけなんですね。だから仏教は教義で縛るということもしなかったわけです。後代になりますと、仏教に発展がありますがね、発展があってちっともかまわないです。後の社会状態に応じ、民族の生き方に応じて、それぞれ生かそうとされた方が独自の説き方をされた。
 
奈良:  「教えというものは目的地へ達するための便法で、筏(いかだ)みたいなものだ」というのが、確かにございましたから、それが筏であってもいいし、ボートであってもいいし、汽船であってもいいわけなんですよね。
 
中村:  「筏の教え」というのはあれは貴重な教えだと思いますね。教義にとらわれるな、というんですよ。相手に応じて、あるいはその場合場合に応じて、もっとも適切だと思う説き方をされたわけですね。その根本には普遍的な理法があるわけです。それを活かすということになると、個別的な場合に即するわけです。その教えというものは詳しいこともあれば、簡単なこともある。ぶっきらぼうのこともあれば、懇切丁寧なこともあるし、どれでもいいいんですね。だからちょうど流れを渡るのに、小さな筏で渡ってもいいし、ボートで渡ってもいい、大きな船で渡ってもいい、と。その筏の大きさにこだわるな、というんですね。世の宗教というのはどうかすると教義にとらわれるんですね。
 
奈良:  教条主義になってしまうことがございますですね。
 
中村:  そうなんです。教条主義というのは、宗教ばかりでなくて、現代世界においても生きているんじゃないですか、いろんな方面で。教条というものを先に立てましてね、それに従わないやつはバッサリ首にしてしまう、というのは。
 
奈良:  非常にその点では開かれていない、束縛の多いやり方になってしまうんですが。
 
中村:  そう思いますね。明るい世界を作るためにはどうしても開かれた心というものが大事だと思いますね。
 
奈良:  そうした普遍的な法というものが、今、先生おっしゃられたわけですが、決して抽象的な観念とか知識に留まるものではなくって、人間の生活を通じて始めて具現され生きてくる。いわば働いてくるもので、今、先生がおっしゃったわけで、大切なことかと思うんですが、しかし、それを働かせるということがなかなか難しいわけで、なかなか私どもの真実に対して、法に対して、目が開かないし、心も開かない。やはりそこに訓練と申しますか、心を開発していく。開いていく。やはり修行というものが必要になってきますですね。
 
中村:  だから開く教えを述べるという立場に立つ教師とか、指導者という人は非常に反省がいるんだろうと思いますね。いつも同じドグマ(教義)だけで通すわけにいきませんから。
 
奈良:  相手の一人一人によってその心を開いてあげる、といいますか、心を耕すと申しますか。
 
中村:  心を耕す、そういうことになりますね。
 
奈良:  よく私ども学生時代に、「カルチャー(culture:文化)」という言葉を習いまして、これは「耕す」という言葉の「カルティベイト(caltivate)」という、畑を耕すのと語源が同じだ、というふうに教えられてきたわけなんですが、仏典の中に、まさに心を耕すということの経典が一つございますので、それをご紹介しながら読んでみたいと思います。これは『スッタニパータ』という、先生が翻訳をお書きになったものの中からとって頂いたわけなんですが、『スッタニパータ』といいますのは、原始仏典の中での一番古い層、最古層に属するものということですね。ですから、おそらく釈尊の言葉がそのままたくさん入っている経典だと思います。一つご紹介を致したいと思います。
 
     私にとっては、信仰が種子(たね)である。
     修行が雨である。
     智慧がわが軛(くがき)と鋤(すき)とである。
     慚(はじらい)が鋤棒(すきぼう)である。・・・
 
     努力がわが〈軛をかけた牛〉であり、
     安穏(あんのん)の境地に運んでくれる。・・・
     この耕作はこのようになされ、
     甘露の果実(みのり)をもたらす。
     この耕作を行ったならば、
     あらゆる苦悩から解き放たれる。
        (『スッタニパータ』)
 
先ほど先生のおっしゃられました「甘露の果実(みのり)」という言葉も今出てきたわけですが、今の言葉の中で、いろいろ重要なことで、いろいろ少しお教えを頂きたいんですが、まず最初に、「信仰が種子である」と。その辺のことから、こういう心を耕すというこの物語が説かれたその状況辺りを含めて一つご説明、お教えを頂きたいんですが。
 
中村:  今、お読み頂いた箇所は、『スッタニパータ』と申します。パーリ語の聖典の初めの方に出てくる対話の一部なのであります。『スッタニパータ』という聖典は、釈尊の古い教えを伝えていると思われまして非常に重んぜられているんですが、殊にこの頃諸外国でも熱心に読まれている書物でございます。その一つの箇所に会話があるんですが。それはバーラドヴァージャというバラモンの農夫ですね、それがお釈迦様に意見を述べたんです。「お釈迦さんは何もしていなんじゃないか。自分は朝から晩まで田を耕して苦労している。あなたは何をしているのですか?」と、そう問い詰めたわけです。それに対する答えですね、釈尊が、「いや、自分は手で鋤鍬持って耕すことはしないけれども、自分の心を耕しているんだ。これはもう真剣な努力だ。それによって世の人々に感化を及ぼすことになる」という趣旨のことを言われた。その文句なんでございます。最初に、「信仰は種子である」と、そういう言葉がございましたね。信仰というのは、この場合元の言葉で「サッダー」というんですが、人間の真理、また大きく言えば宇宙の真理ですが、それを信ずることです。道理・理(ことわり)を信ずることです。信仰というと、どうかすると世間の人は狭い意味にとりまして、特別な偉い教師がいる。「俺のところへ来なければ救われないんだぞ」と言って人を威嚇するという。そういう教師が世間には実際おりますですね。そうじゃないんです。どこまでも人間の道理というものを身に体現する、と。その道理を信ずるというのが信仰なのであります。信仰を意味する言葉はインドに他にもございまして、浄土教などで尊びます「信」というのは、あれは元の言葉で、「プラサーダ」というんですが、心を浄らかにすることですね。つまり仏さまに頼って心が浄らかになる。澄んでくる、と。そういう意味です。
 
奈良:  「清浄」の「浄」に、「信」を書いて「浄信(じょうしん)」と訳すこともある言葉でございますね。
 
中村:  そうです。清らかな「清浄」の「浄」と、「信仰」の「信」と書いて、「浄信」と、仏典ではよく訳しております。それから熱狂的な信仰というのはこれは別なんですね。ヒンドゥー教の一部で強調するんです。これは「バクティ」と申します。これは日常生活でも使う言葉ですが、例えば別れている妻が夫を恋い焦がれる、というような時も、「バクティ」というんです。それを宗教のほうへ移し入れまして、熱狂的な信仰をいうのですが、しかし釈尊が説かれた「信」というのは、狂熱的な信仰じゃないんですね。あるいは不合理なるが故に信ず、というような、そういう信仰でもない。非常に静かな落ち着いた信である、と。清らかな。
 
奈良:  特定の人間とか特定の教理とかということではなくて、人間の道理を信ずること。先ほど「ダルマ」「真実」という言葉がございましたけど、同じことなんでございますね。
 
中村:  そうです。
 
奈良:  最初から普遍的なものとしてある教えの存在を信じ、それに身を任せていくことを自分でうけがっていく。
 
中村:  そうです。
 
奈良:  そういう信であるわけですね。
 
中村:  自分の本当の生き方を有り難く受け頂くという、そういう気持ですね。
 
奈良:  ということは、当然そこには私ども、ややもすると、「私はこう思う」と、自我を張りまして、その教えられた真理、法というものをなかなか認めたがらない面があるんですが。
 
中村:  そうですね。気づかぬうちにやっぱり自分が偏信を持っていることがありますですね。
 
奈良:  ですからそうしたことを抑制しながら、心を真理に開いていく。そういうのが信仰である、と。
 
中村:  結局「開く」というのと同じことになるわけです。
 
奈良:  そうすると、「修行が雨である」というのが次ぎに出てまいりますが。
 
中村:  この場合の修行は、元の言葉で、「タパス」といいますが、「修行、修養」のことをいうんです。学者によってはこの「タパス」を「苦行(くぎょう)」と訳す方もございますし、また実際苦行を意味することもあるのですが、仏教の場合には、世間の苦行者が苦行を行っているから、その彼らの立場を一応思いやりを持ってみて、なるほど、タパスというのはいいことだ、と。けれども本当のタパスは身体を苦しめるようなことではないんだ、と。自分を修養することだ、というので、中味を改めているわけです。
 
奈良:  そうしますと、先ほどの人間の道理ないし、法・真実というものを信じていく時には、どうしてもあんまり「私が、私が」という自我を張っていたら受け容れませんから、結局自我を抑制する、ということは心を真理に開く。そうしたことの修行、
 
中村:  そうです。
 
奈良:  それがまた心の開発なんだ、と釈尊は言われるわけですね。
 
中村:  心を開発すること、それがこの場合に修行になるわけでございますね。
 
奈良:  そうしますと、次ぎに出てまいりましたのが、「智慧がわが軛(くがき)と鋤(すき)とである」という、ここに「智慧」というのが出てまいりましたですが、この智慧というのも「1+1=2ですよ」ということを、そういう簡単な知識じゃなさそうでございますね。
 
中村:  そういう知識じゃないですね。人間が人間として生きていくための真実の実践的認識と申しますか、本当の生き方を知る。それが智慧です。現実に生きていくためには、「こういうことをこうすべきである」、あるいは「こういうことはしてはいけない」という、そういう区別が必ず出てくるわけですね。それをはっきりさせるのが、この場合いう智慧です。だから、「軛(くがき)のようなものだ」というんですね。軛(くがき)をこうつけますと、勝手な方へは行けない。身を調えるわけですね。そういう身を調えさせる智慧と。
 
奈良:  ということは、頭で理解する知恵では、知識ではなくて、毎日毎日の生活の中で自分の考え方とか、行動・行いというものを調えていく。ちょうど「軛(くがき)と鋤」という言葉がございますわけですね。軛(くがき)ですから、どうしても別にこれを束縛するというのがキッと本来の意味じゃないと思うんで、それを然るべき方向に導いてくれる智慧、そういうふうにみてよろしいんでしょうか。
 
中村:  そういうことになると思います。事実としての知識ですね、あるいは自然科学的な知識というのは、これは万人共通で、誰でも認めなければならない。それはどこまでも道具として生活の中に活かされるものですね。それを活かす智慧というもの、これはまた次元を異にしたものですね。
 
奈良:  少し今の『スッタニパータ』とちょっと離れるかも知れないんですが、仏教のほうで「無明(むみょう)」という言葉がございまして、「みょう」というのは「明るい」という字、つまり「明(みょう)がない」ということは、「智慧がないことである」と普通に教えられますですね。
 
中村:  そうです。明るい智慧がない、という意味ですね。
 
奈良:  そうしますと、ここで、「智慧が軛(くがき)と鋤である」と。智慧を持たなければいけないよ、ということは、逆にいえば、その無知を破っていくことだ、ということでよろしいわけでしょうね。
 
中村:  同じ趣旨ですね。
 
奈良:  そうしますと、その無知というのも、今のお話によりますと、頭で理解する知識ではなくて、生活の中に一生懸命努力しながら、正しい方向で自分の行いを抑制するものは抑制していく。それがかえって心が開かれる自由に繋がっていく。そういうことになろうかと思うんですが。
 
中村:  そうですね。生活の中に生きている智慧です。
 
奈良:  なるほど。そうしますと、その次ぎに、「慚(はじらい)」とか「努力」という言葉が出てくるんで、なるほど、くっつくのかなあという気持もするんですけれども、「慚(はじらい)」という言葉は、難しい漢字が実は使ってありますけれども、どういう意味でございましょうか。
 
中村:  これは、のちに仏教の教義学ではいろいろ論議されるんですよ。「慚(ざん)」と「愧(き)」と二つ申します。よく「慚愧に堪えない」なんていうことを申しますでしょう。「慚」と「愧」とどう違うか、というようなことも教義学者は論議するんですが、定説があるわけじゃありませんが、「自分に対して恥じる」とか、あるいは「他人に対して恥じる」と。そういうようなところで区別をつけることもございますが、しかしいずれにしても、自ら省みて、〈あ、こういうことはよくないんじゃないか。恥ずかしいことじゃないか〉と思う反省が、反省する人の中にも起きますですね。それをいう。そして「恥」というものは、この東洋の心では非常に重要なんです。よく「日本の文化は恥の文化だ」なんていうことを西洋人が申しますね。あれは日本人だけじゃないんでして、仏教の教義学、阿毘達磨(あびだるま)教義学によりますと、「慚愧(ざんき)」のこの恥じらいというものは、良い心の働きには必ず付随しているものだ、というんですね。だからもう善きことをしようとする人は、反面必ず恥を知る、という反省の気持がある、と。そういうことが言えると思いますね。
 
奈良:  ということは、反省を伴わない善―善(よ)いことというのはない、ということですね。
 
中村:  そういうことになりましょうね。
 
奈良:  よくわかるような気も致しますですね。いろんな脈絡でそれが考えられるかと思うんですけれども、自分で、「これこそ人のためである。善いことである」と一生懸命やっていながら、ふと気が付くと他人に迷惑をかけていることがありますね。私など生活体験の中からもございますし、確かに宗教的な修行におきましても、単に言われた通り、「これがいいんだ」とやっていく、そのことの裏には必ず反省というものがなければならない。と同時に、反省というぐらいでありますから、この恥じらいですね、反省ということでありますから、人に言われて反省するんじゃ意味がないんで、
 
中村:  本当はそうですね。
 
奈良:  ですからやはりここで釈尊がバーラドヴァージャというバラモンの農夫に説いた教えというのは、やはり宗教的に自分で「こういう生き方をしたい」という意欲を燃やし、努力を続けていく。そして人に言われてからじゃない、自分で自分を反省しながらやっていく。そうした意味がここに当然あるように思いますですね。
 
中村:  そう思いますね。「われ日に三度省(かえり)みる」という。あれは孔子さまの言葉がありますが、やっぱりそういう心掛けは必要なんじゃないですか。そして仏典で、それだけ強調されているのは、私は非常に深い意味を読み取ったんであります。
 
奈良:  それが最後に「努力」という言葉が、「努力がわが〈軛(くがき)をかけた牛〉である」。「努力」という言葉は勿論努力せ、ということでわかるんですが、「努力がわが〈軛(くがき)をかけた牛〉であり、安穏の境地に運んでくれる」とございましてね。私、実はこれを読みまして、あ、そうすると、努力というものは、要するに軛(くがき)をかけた牛のように、ずーと歩き続けていくもの。だから、そこまで言ったら、もう到着したからここでお終いで、もう努力しなくてもいいんだよ、ということではないんだ、と。なんか端的にいえば、一生これ続けていく、という教えなのかな、とそんな気もちょっとしているんですけれども。
 
中村:  もうそれは努め励むということは、年齢によってやり方も違いましょうけど、一生続けなければいけないことじゃないでしょうか。『ダンマパダ(法句経)』という経典がございます。その中でこう言っているんですね。
 
     (道に)努め励む人は、不死の境地にある。
 
この努め励んでいるということ自体が不死の境地だ。怒ったり等閑(なおざり)にしている人は、既に死んでいるんだ、というんですね。なるほど、これは言い当てて妙、と思いましたですね。
 
奈良:  不死と言いましても、物理的な意味で、永遠に生きる、死ぬことがない、という意味でないことは当たり前でありまして、宗教的な意味で毎日毎日をほんとに充実して生きていく。宗教的な確信の中に生きていくことを、永遠のいのちを得た不死と、きっとそうみてよろしいんじゃないかと思うんですけれども。
 
中村:  自分で努めて、ある境地に到達しますね。そうすると、それが絶対の意味を持っている。それで小さな個人のやっていることじゃないか、と言われるけど、その人にとっては絶対の意味を持っているわけですね。その人なりに他の人との連関において、本当の心が生かされてくることになる。だから不死だ、と。そういう表現になるんだと思います。
 
奈良:  ずっと伺ってまいりまして、心を開くという、ここの場合では、心を耕す、というんですが、そう致しますと、心を耕すというのは、確かに私たち毎日の人生の中ですね、一時(いっとき)一時に、「この人とお付き合いをしている時に隠し事をしちゃいかん」とか、「いろんな拘りがあるんだけれども、その拘りを捨てて心を開かなければいけない」とか、いわばそうした一瞬一瞬の心の動きの中に、心を開いていくことの大切さ、ということは無論あると思うんですね。ですけれども、今こう伺ってまいりますと、それよりももっと大切なのは、何度も先生のお言葉を引用するわけですが、「お日さま、お月さまのように、日月の如く、普遍的な真理というものがあるんじゃないか」。
 
中村:  それはお釈迦様のおっしゃったことで、
 
奈良:  私どもがそれを自ずと受けているんではないか。ところがそうしたものに、私どもは心が開いていないから、いろいろ悩み、その他があって、それに振り回されてしまう。やはり真実というものに心を開いていくということが、悩みとか、不安を克服していく道だ、と。およそこういうことを教えて頂いたかと思うんですが、そう致しますと、心を開くというのは、単なるテクニックで、「こういうふうにしたから、はい、もうこれが出来ました」というもんじゃなくて、むしろ毎日毎日を生きていくということの中に、死ぬまで続けていくことなんでございましょうか。
 
中村:  おそらくそういうことが言えるんじゃないですかね。「悟りを開く」ということを申しますけどね、一遍悟りを開いたらもう後はその境地から退くことはない。何してもいいんだと、そういうことにならない。むしろ一日一日本当の道を実践するということ、あるいはもっと的確に申しますと、瞬間瞬間に、これでいいのかしら、と思って反省しながら、道を求めていく、という。そこに本当の宗教の生命があるんじゃないでしょうか。
 
奈良:  これも、私、先生のお書きになったものの中で読ませて頂いた記憶があるんですが、釈尊の最初期の教えの中に、まさに今これですね、瞬間瞬間に心を開き努力していく。もう少し具体的に、こういうことはこういうふうにすると心は塞いでしまう道ですよ。こういうふうにすると心が開く道ですよと、一つ一つの修行の徳目を一つずつ解脱し、修行していくことの積み重ねが、戒律に連なることだ、といったようなことを、たしか先生がどこかでお書きになっていたと思うんですが。
 
中村:  戒律がたくさんございますね。それを「パーティモッカ」といい、「別解脱戒」と訳されることもあります。一つ一つのことについて解脱する、というんですね。それは人間が誘惑されて間違うかも知れない危険性と申しますか、可能性は無数にあるわけですが、その一つ一つについて誤らないように心を開く、と。とらわれのないようにする、と。それが解脱なんですね。だから解脱は無数にあるわけです。毎日毎日の中にいろいろな意味での解脱が実現されるべきである、と。そういうことになるかと思うんですが。
 
奈良:  そうしますと、解脱というものは、これで到着したという目的地ではなくなってしまいますですね。
 
中村:  ええ。そうです。道を求めて進んでいく、その間に、その度毎に実現されるもの。だから解脱という単語はしばしば複数形で出ているんですよ、原典にはね。これが面白いと思うんです。それを世間の人はどうかすると間違いまして、悟りに到達するんだ、と。俺はもう悟ったからもう何してもいいんだと、そういうような解釈が行われていますが、これは誤解だと思うんです。
 
奈良:  そうしますと、もうこれが解脱だ。私は悟ったんだ、といいますと、やることなくなってしまうことになりますね。
 
中村:  そういうことになりますね。
 
奈良:  実は、これは道元禅師の著作の中で勉強させて頂いた時に、こういう文章があったのを、私は覚えていますんです。「波羅蜜(はらみつ)」という言葉がございますですね。それは昔から「彼岸に到る」と。よくお悟りのことも彼岸に至る、と。
 
中村:  そのように訳しますが。
 
奈良:  言われております。少し言葉の問題をいうならば、向こう岸に到るというよりは、むしろ完成というほうが正しいんだ、といったこと、先生もどっかお書きになったと思いますが、実は道元禅師が、「向こう岸に至る」ということを、実にはっきり書かれているんですね。修行をしたら向こう岸に着くのだと思ってはいかん、ということですね。向こう岸についても修行があるのだから、と。「修行すれば到彼岸(とうひがん)なり」という言葉だったと記憶しておりますんですが、ですから、修行をすることが即ち彼岸に至ったことなんだ、という。そうしますと「さぁ、もう着きましたよ」ということはないんじゃないかなあ、と。そんな気が致しましてね。
 
中村:  そうですね。私も思い出すんですが、ある高僧の方が言われました、「一里行けば一里の悟り、二里行けば二里の悟り」と。悟りは不断に求められるものなんですね。そうすると、心を開くということも同じことでして、一里行けばそれに応じて心が開かれる。また二里行けば同じように心が開かれる。不断の求道(ぐどう)と言いますか、道を求める、ということに尽きるんじゃないでしょうか。
 
奈良:  そうしますと、そういうことが、例えば釈尊の時代から仏教の基本的な考え方ということですね。
 
中村:  そう思いますね。
 
奈良:  これもふっと思い付いたようなものなんであるますけれども、「正念(しょうねん)」という言葉がございますですね。これ訳すのが難しい言葉なんですが、何かこう常に気を使ってぼやっとしない状態を持続していくこと。よく仏典にも説かれるんですけれども、そうしますと、やはりこの「正念」という、これもそういうぼやっとしないで、いわば心を開く努力をずっと続けていく。そういうことと関連してみてよろしいでしょうか。
 
中村:  そういうことになると思いますね。私なんかもぼやっとしていることが多いもんですからね、今の「正念の教え」ですね、非常に胸に響くんですが、これは元の言葉でパーリ語で、「サティ」というんですがね。具体的な例として、私はスリランカ(セイロン)の高僧から伺ったんですが、具体的な教えを頂いたことがあるんです。自分が小僧の頃に、ついお茶碗なんか落っことすことがある、というんですね。慌てたりなんんかして。そうすると、お師匠さんが、「サティ!サティ!」とおっしゃった。「気を付けろ!気を付けろ!」というんですね。つまり慌てたりすると、お茶碗を落っことすから慌てないで気を付けておやり、ということですが、そのことだけに限らないと思うんです。人生の万般のことについて、やっぱり絶えず気を付けるという心掛け。それはまた同時に謙虚な心構えということになりましょうが、それが必要なんじゃないでしょうか。
 
奈良:  結局、今日いろいろ伺ってまいりまして、「心を開く」というのは、真理というものに対して心を開いていく。そのためにはいろいろ真理とか、あるいは師、指導者のいう言葉に耳を傾け、それこそ心を開いていくことも無論あるでありましょうし、基本的には生きていくということが、実は心を開き、開き、開きしながら生きていく、毎日を続けていくことだ、と。どうもそういうようなことになろうかと思うんですが。
 
中村:  不断の修行だということになりましょうね。言葉はちょっと難いんですけれども、始終自ら反省して、気を付けて進む、と。そういうことになるんじゃないでしょうか。
 
奈良:  「心を開く」というよりも、むしろ「心を開き続ける」ということのほうが正しいかと思うんですが、本日は有り難うございました。次回以降は、こうした心を開いていくということを、本日は第一回ということでございますが、これを中心にしながら、今度は具体的にもっとさまざまな面に即しながら、心が開いていくことの教えをいろいろ頂けるものかと思いますが、「東洋の心を語る」ということの第一回ということで、本日は先生どうもありがとうございました。
 
中村:  ありがとうございました。
 
     これは、昭和六十三年四月二十四日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである