東洋の心を語る F我深く汝等を敬う
 
                       東方学院院長 中 村  元(はじめ)
                       駒沢大学教授 奈 良  康 明(やすあき)
 
奈良:  「東洋の心を語る」というシリーズの第七回目になります。私たち人間が社会の中を生きていくのに、さまざまな原則があるわけなんですけれども、その中でやはり一番大切で基本的なことは不殺生ということ、つまり他人を如何なる意味でも傷付けない、そして他人を殺さない、ということかと思うんです。本日はこの不殺生という問題を、「我深く汝等(なんだち)を敬(うやま)う」というテーマのもとにいろいろと考えてみたいと思います。お話を伺います方は、いつもの通り東方学院院長の中村元先生でございます。先生、よろしくお願い致します。
本日のテーマが「我深く汝等を敬う」という、これはお経を読む時にはそういう読み方をすると思うんですけれども、ちょっと難しい表現ですね。
 
中村;  「我深く汝等を敬う」というのは、これは、昔からのお経の伝統的な読み方ですが、今の言葉で砕いて訳して申しますならば、「われは深くあなた方を敬います」ということですね。これは『法華経』の「常不軽菩薩品(じょうふきょうぼさつぼん)」に出てくる言葉で、昔から有名なものでありますが、そのいわれを申しますと、こういう具合に記されております。
たとえようもないほど、大昔に、威音王仏(いおんのうぶつ)という仏さまがいらっしゃいました。その時に、その国に常不軽菩薩という一人の修行者がおりまして、この人は如何なる人に会っても、いつも相手に向かって合掌する、と。老若男女(ろうにゃくなんにょ)を問わず、如何なる人に対しても合掌して拝んでいた、というんですね。そして他のことはしないで、ただ合掌の一つの行いだけに徹底していた。人々はこれを見まして、あの人は変なことをするというので、それで悪口を言ったり、或いは瓦や石をぶっつけたり、あるいは杖でもって打つというような迫害をした、というんです。けれど、そういう迫害を受けても、彼は少しも逆らわないで、「私はあなたを敬います。あなた方は仏の子である。内に仏になり得る性質、仏性をそなえている、内におさめている。いつかは仏になる方である。だから私は合掌するのです」と、そう言ったというんですが。そして、そのお経の話によりますと、その時の合掌した常不軽菩薩というのは、実は今ここに『法華経』を説いているお釈迦さまの昔の姿であった。そして今ここにこうして『法華経』を説く集まりに出ているみなさんは、その時、常不軽菩薩に石をぶっつけたり、悪口を言った人たちであるぞ、という、そういう物語の筋なんですね。
 
奈良:  『法華経』の中から今お話を頂いた一節をご紹介をしてみたいと思いますが、
 
     我深く汝等を敬う。
     敢えて軽(かろし)めず慢(あなど)らず。
     所以(ゆえ)は何(いか)ん。 汝等は皆菩薩の道(どう)を行じて、
     当(まさ)に仏(ぶつ)と作(な)ることを得(う)べければなり。
          (『妙法蓮華経』常不軽菩薩品第二十)
 
こういうことでありますけれども、如何なる人も侮らないという。その理由はと言いますと、すべての人が菩薩道を行じて、仏となるべき人だから、という。すべての人が仏になるという面において、同じ人間としての尊さを持っている、ということでございましょうね。
 
中村;  そうですね。私はここに二つの重要なポイントがあると思うんです。一つは、如何なる人でも、仏となり得る大切な本性(ほんせい)を内に秘めている。仏となり得るものだから尊び敬うということ。もう一つは、その時の常不軽菩薩は、過去世の釈尊だった、というわけでしょう。つまり仏さまは単に拝まれるだけの存在ではなくて、自ら拝む主体である、ということですね。自分は教祖であるから、ただ拝まれるだけのものだというのではなくて、人々を拝むというところに、仏の仏たるゆえんがある、という。これは非常に深い意味を持った教えだと思います。
 
奈良:  拝まれる仏さまが拝む主体である、というのは大変な広がりをもつ考えであり、宗教的姿勢であると思います。ところがおそらく古代のインドでもそうだったと思いますし、それから現代の、特に南方仏教のテーラヴァーダ(いわゆる小乗仏教)の国でもそうなんですけれども、お坊さんは在家の方を一切拝むことがございませんですね。
 
中村;  そうです。
 
奈良:  日本の場合ですと、またちょっと違いまして、偉いご上人さまや禅師のような方でも、例えば何かお土産でも頂くと、「どうもありがとう」というふうにお礼をいうことがあるんですけれども。
 
中村;  これ、ダライラマなんかでもこっちがこう合掌をしますと、向こうも合掌を返してくださるんですね。
 
奈良:  テーラヴァーダのほうでは、一切お礼を返さないんですね。ですから比丘が特に在家の方を礼拝するとか合掌をするということは、ほんとにあり得ない。またそれなりの理由があるようですね。
 
中村;  それなりの理屈があるんですよ。つまり拝まれて、自分が嬉しくなって、いい気持ちになって、「ありがとう」なんて言ったら、これは執着が残る、という。南方仏教独特の態度ですが、しかし北方仏教、大乗仏教はまたもっと違った深い意味合いをそこに受け取ろうとするんですね。
 
奈良:  こうしてすべての人を合掌し、軽んずることがない、という。何故そうなのかというと、すべての人が仏となる可能性を有している。大変尊い人たちなんだからということで、そこにどうしても、すべての人に敬意を表する、あるいはそこから人間平等ということが出てきます。そこから相手を傷付けることは尊い存在を傷付けることになりますので、そうしたところから、不殺生ということが出てくる。この『法華経』の常不軽菩薩のそうした行為は、いろいろと幅を広げながら考えられてくると思うんでございます。この不殺生というのは、世界のどこでも相手を傷付けないということが言われますし、特にインドでも、昔からいろいろな形で説かれているようでございますね。
 
中村;  インドのいろんな宗教で説くことですけれども、ことに不殺生ということで、特に特徴があるのはジャイナ教じゃないでしょうか。無論仏教でも説きますがね。このジャイナ教と申しますのは、大体仏教と同時代に出た宗教で、姉妹宗教みたいなものですが、その教えによりますと、人を傷付けないということ、人のみならず、生き物を傷付けないということを最高の徳である、として説いております。元のインドの言葉で「アヒンサー」というんですが、その「ア」というのが打ち消しです。「ヒンサー」というのが害すること。だから不殺生。生き物を殺さない、ということになるわけです。不殺生、不傷害ということが最高の徳であるということは、叙事詩の『マハーバーラタ』などにも出てくるんです。だからどの宗教でも、よく考えてみると、それが一番大切な最高の徳である、ということになるんじゃないですか。仏教がそれを説いていることは申すまでもございません。
 
奈良:  ジャイナ教という宗教は、非常に不殺生を強く厳しく説くということを伺っておりまして、私もインドにおりました時に、よく見かけたんですけれども、ジャイナ教の修行僧の方はマスクをしているんですね。
 
中村;  そうなんです。今でもジャイナ教の修行者の方はマスクをしておりますですね。何故マスクをするか。私たちは風邪を引かないように、或いは自分の風邪を人に移さないようにというんでマスクをしますね。ところがジャイナ教の修行者はそうじゃないんですね。口を開けてポカンとしていますと、虫が飛んで来て口の中に入るかも知れない。それをガクッと咬んでしまいますと、その虫を―小さなものですから咬んで殺してしまうことになるでしょう。それを避けるために、ああいう具合に口までも全部おおったかなり大きなマスクをしているわけなんです。あれが行者の姿です。
 
奈良:  ジャイナ教の修行僧に会いますと、手に小さな払子(ほっす)を持っておりますね。日本では払子と言いますと、大和尚さんが持っていて法要の時に振るんですけれども、向こうでは蚊とか蠅とか、いろんなものが来た時に、それで払うものであったようでございますね。
 
中村;  そうなんです。ピシャッと打つと殺してしまいましょう。そうじゃなくて払子でこうやりますと、殺さないで、しかも追っ払うことができますからね。
 
奈良:  事々左様に、殺すということに神経質になっているわけなんですね。統計がないんでよくわからないんですけれども、インドに行きますとジャイナ教徒は百パーセント菜食主義者でしょうし、ヒンドゥー教徒の方も菜食主義の方がかなりいて、おそらくインドの人たちの五割以上の方が菜食主義者じゃないかと思うんです。お肉食べないんですね。
 
中村;  そのようです。
 
奈良:  これも聞きますと、何も生き物の命を奪ってまで食べなくていいではないか、といった答えが返ってきますし、インドに不殺生の伝統というものはかなりございますですね。
 
中村;  生きておりますですね。おそらく仏教、ジャイナ教に由来するものでしょうが、今は諸宗教にわたっております。そして傷付けない、殺さないというのは、人を傷付けないというだけじゃなくて、生き物すべてに愛情を及ぼすというわけなんですね。私、向こうで見て非常に打たれたんでありますが、生き物を憐れむというその一つの現れとしまして、小鳥の病院があるんですね。デリーの中心には「赤いお城」という大きなお城がありますね。
 
奈良:  ラールキラーと普通言いますですね。
 
中村;  そうなんです。あれはイスラームの大帝王のシャージャハーンが造ったんですが、その前に赤いお寺があり、その中に小鳥の病院がございます。ここに小鳥の病院の説明書を持ってまいりましたのでご覧にいれませよう。小鳥がたくさん見えましょう。それで下にヒンドゥー語で「小鳥の病を治療する病院」と書いてあるんです。ここへ行きますと、傷を受けた小鳥がいっぱいいるんですね。それを預かりまして、例えば嘴(くちばし)を傷付いた小鳥ですと、外科手術を施してやるんですね。それからお腹をこわした小鳥には内服薬を与えるわけです。そして治りますと、日を決めて一斉に放ってやる。日本でも放生(ほうじょう)ということを昔致しましたが、今なおそれが行われているんです。それで寺院はどうしてこういう病院を経営できるのかというと、ジャイナ教の信者がそこへ寄進するから、そのお金でもって小鳥の病院を経営しているんだ、と言います。実際にそこへ行きますと、小鳥がいっぱいで、まことに可愛らしいと思いました。
 
奈良:  それだけインドの人一般にも、生き物の命を大切にしていく、生き物を憐れむという考え方が定着をしていることかと思うんです。仏典の中に、なぜ他人を傷付けてはいけないのか、他人を大切にしなければいけないのか、ということを、まことに端的に示したいい言葉がございます。まずそれをご紹介したいと思います。
 
     「かれらもわたしと同様であり、わたしもかれらと同様である」と思って、
     わが身に引きくらべて、(生きものを)殺してはならぬ。
     また、他人をして殺させてはならぬ。
             (『スッタニパータ』七○五)
 
『スッタニパータ』でございますので、原始仏典の中の一番古いほうに属するものかと思いますし、釈尊のお言葉がじかにたくさん入っていると信じられている経典でありますけれども、これは仏教平和論の一つの基本のような教えかと思いますんですが。
 
中村;  ほんとに基本の教えだと思いますね。私たちはみんな個人として生きていますと、まず自分のことを考えて自分本位になりますね。けれども、立場を変えまして、じゃ他の人はどう思うんだろうと、他人の身になって考えてみますと、自分と同じように自分が嫌だと思うことは他の人も嫌だと思っているだろう。自分が傷を受けて痛むなら、他の人にだって傷を受けて痛むだろう、と。わが身に引き比べて、ということから、人々の和らいだ生活というものがなり立つんだろうと思います。仏教はそれを教えているわけです。
 
奈良:  ですから、人間もそうでありますし、いろんなすべての生き物も含めてなんですが、自他の関係をみていく時に、まず自分というものが大切であるし、自分は本当に可愛いという。いわばわが身可愛や、というものは当然あるわけですし、それは決して否定はしない。と同時に、もし自分にとってわが身が可愛いものならば、他人様にとっても、他人様のわが身はその人には可愛いでございましょう。そうすると、わが身に引き比べて、というのが、いわば仏教の、インドの不殺生の基本的な考え方がここにあるし、ある意味では、仏教でよくいいます「慈悲」「慈悲心」の原点がここにあるようにも思いますんですが。
 
中村;  まったく原点だと言えると思いますね。そして西洋でも同じようなことを、「黄金律(おうごんりつ)」と申しますがね。自分にされたくないと思うことは他人に対してしてはならない、と。自分がこうされたいと思うように、他人に対しても対せよ、ということを申しますですね。宗教の区別は、ここでは超えてしまうことになると思うんです。人間の原点だと思いますね。これは必ずしも宗教と言えないと思いますけれど、ストア学派の哲人なども同じことを言っているわけです。現実の世界には、人々と付き合わねばならない関係がある。中には、あの人はあそこが嫌だなあと、こう思うことだってありますですね。けれども、それについてストアの哲人のエピクテートスはこういうことを言っているんですね。「人と付き合って楽しくするには、それぞれほかの人の美点、長所を思い浮かべよ」というんですね。あ、あの人はあそこにああいう良い点があるな、ああいう優れた点があるな、と思って付き合っていますと、こちらが教えられるわけでしょう。そして付き合うということが楽しくなるわけですね。
 
奈良:  逆に相手の欠点ばっかり見ていますと、やはり人生暗くなりますですね。
 
中村;  暗くなります。結局こちらが増上慢(ぞうじょうまん)になってしまうわけですね。
 
奈良:  そうでしょうね。ですから相手の立場を思いやる、わが身に引き比べて、という時には、いわば自分を高いところにおいて、相手を低いところにおいて、いわば見下すようなことがあっては、これは決してわが身に引き比べるなんていうことはできなくなってしまいますし、どうしてもそこにわが身を慎むといいますか、自惚れないといいますか、そうしたことは当然ございますですね。
 
中村;  だから、人々を敬うという教えがここに出てくるわけですね。それで敬うという「敬(けい)」という字はまた「つつしむ」とも読みますですね。今、おっしゃった「敬う」と「慎む」は同じこと、見方の違いといいますか、表現の違いということも言えるかと思います。
 
奈良:  同時に相手を敬い、そして自らを慎むという時に、これが「そうしろ」と言われたから、無理にそうするんじゃなくて、自ずとそこに、私も、相手の人も、すべての人が同じ人間じゃないか、と。同格なんだよ、という一つの基本的な人間観がそこにあって、だからこそ、当然のこととして、自惚れはいかんし、慎まなければいかんし、それが相手に対する敬意として出てくる。それが結果として、極力相手を傷付けるようなことをしない、という方向でものを考えていかなければいけない。そういうことになろうかと思いますんです。インドで「アヒンサー」と申しますと、実は大変有名な、重要な言葉で、特にマハトマ・ガンディー(1869-1948)のことがすぐ思い浮かべられてくるかと思うんですね。これはもう有名な、どなたもご存じかと思いますけれども、インドを指導しながら独立運動を指導し、インドを独立させた反植民地運動の指導者であり、また大変偉大な政治家でもあった方ですが、「非暴力主義」を唱えた。そして、この非暴力主義をアヒンサーといっておりますですね。
 
中村;  そうですね。アヒンサーということはインドでは昔から説いていたことですけれど、これを現代の場面に当て嵌めて、政治的社会的にその精神を実現しようとして、しかも見事に成功したのがガンディーじゃないでしょうかね。
 
奈良:  大変偉大な政治家であったと同時に、政治家としての運動と、宗教的な信仰ないしは宗教実践が見事に一緒になった、まことに希有(けう)な例かと思うんです。私、ある所でガンディーのことを申し上げましたら、今のインドの首相のラジーブ・ガンディーさんと、それから暗殺されてしまいましたけども、そのお母さんのインディラ・ガンディー元首相は、「何か直接の関係があるんですか?」という質問を受けたことがございますが、
 
中村;  なるほど、姓がが同じですからね。
 
奈良:  たまたまそうなったんでありまして、マハトマ・ガンディーという方はむしろラジーブ・ガンディー首相のおじいさん、ジャワハルラール・ネールさんのの、いわばお師匠さんとでもいうべき方ですね。非常に宗教的な政治家なんですけれども、出身は決してお坊さんでも何でもないんで、グラジャート地方の商人階級の出身だというふうに言われておりますですね。
 
中村;  そうですね。グラジャートという州が西のほうにございます。その半島の一つにカーティヤーワール半島というのがありますね。あそこのポールバンダルという港町を支配していた藩侯のディーワーンの家だったというから、そうすると宰相ということになるんですか。
 
奈良:  でも、宰相、総理大臣と言いましても、日本で思うほど大きな力があったとは思えないんですね。
 
中村;  そうですね。大体インドでは王家が弱いですからね。だから日本の場合、よく当て嵌めようとすると、これはだいぶ狂ってくると思います。
 
奈良:  今おっしゃった地方には小さな王国がたくさんあって、そのうちの一つの王家の宰相といいますか。
 
中村;  その程度ですね。まあそこに小さな藩がたくさんあったとお考え頂ければいい、ただ日本の殿様のように権力は持っていなかったですね。
 
奈良:  そうなんでございましょうね。ガンディー家はインドのカースト制の中でヴァイシャ・バニアカーストといわれる階層の出身でありながら、おじいさん、お父さんがそうした政治家としてのキャリアを持っていて、お母さんが非常に宗教的な方であったということですね。
 
中村;  そのように聞いています。そしてあの辺りはジャイナ教の影響、精神的感化が非常に強いんですね。ジャイナ教と申しますのは、もとは仏教と同じ頃に、同じ地域で興ったんです。ガンジス河の中流から下流にかけての今日のビハール州辺りが出発点でした。ところが十三世紀にヘーマチャンドラというジャイナ教の大学者、精神的な大指導者が出まして、王様がその感化を受けたのです。それからジャイナ教は西インドのほうで非常に盛んになりまして、今日ではグラジャート、それからマハーラーシュトラ、ラージャスターン、大体あの辺りがジャイナ教の根拠地となっているようですね。ですからひとりでにその感化を受けていたわけです。
 
奈良:  そうした環境に育ちまして、ガンディー、のちにマハトマ・ガンジーと言われますが、
 
中村;  マハトマは尊称ですが、
 
奈良:  英国へ留学を致しまして、十九の時に留学をして、弁護士の資格を取って、二十二歳で帰って来て開業したんですが、どうもあんまり評判はよろしくなかったらしいですね。それで二十四歳の時に南アフリカに渡るんですね。
 
中村;  そうですね。
 
奈良:  今でも南アフリカはアパルトヘイトの問題があるんですが、当時、南アフリカでも、あるいは東アフリカのほうでも、インド人の商人がかなり向こうへ出掛けていて、コミュニティをつくっていて、人種差別でいろいろ問題があったようでございます。ガンディーさんは南アフリカの知人にある裁判の弁護を頼まれて、南アフリカへ行ったことがガンディーの一生を規定していくいろいろな出来事に出会うわけですが、向こうへ行って途端に手酷い人種差別にぶつかっているようでございますね。
 
中村;  そうですね。我々日本人からみますと、アジアの国々の中でもインドは遠いところです。それからまた海を越えて南ア連邦と言いますと、大変遠い所で、どうしてそこへガンディーさんは行ったのかと思うかも知れませんけど、インドで暮らしてみますとよくわかるんですよ。インドで毎日テレビの放映がございますが、ニュース見ていますと、日本だの中国だの東アジアのことはほとんど出ないんです。その代わりにアフリカ、南ア連邦のことはしょっちゅう出るんですね。というのは、アフリカの沿岸の何処へでもインドの商人が出掛けているわけですね。だからある意味では、インドの経済にとっては、アフリカ―少なくとも東側のアフリカは経済的な生命線なんですね。その放送ばっかり多いので驚きました。だからガンディーが行ったというのはよくわかるんです。
 
奈良:  そこでそれだけ大勢のインド人の商人の人たちがいながら、差別を受けていたという。
 
中村;  そうなんです。
 
奈良:  向こうに着いて目的の町に行のに一等切符を買って汽車に乗って旅行するんですが、ある駅に着きましたら、車掌が出て来て、無理矢理に、「降りて、手荷物車に移れ」と言われるんですね。「いや、一等の切符を持っているんだから」と言ってもダメなんで、要するに有色人種は一等なんか乗るものではない、という考え方が当時あったようなんです。頑として動かなかったら、警官まで出て来て、無理矢理に降ろされて、そして他の手荷物車に移るのを拒否したら、荷物を放り出されて、結局駅に一晩残されてしまう。南アフリカとは言いながら、冬のことだったようでございまして、寒いし、高原地帯のことなんで、ガンディーは寒さに震いながら、真っ暗な駅のプラットホームで一晩を明かしたという。これに類するようなことがいくつも南アフリカに行った途端に出てきて、そうしたことから次第に、インド人というよりも人間としての権利をどうして守っていったらいいのか、と考えるようになり、次第に南アフリカにいるインドの人たちの指導者としていろいろな運動を展開する。この辺がガンディーの政治家としてのキャリアの出発点になった、と思いますんです。
 
中村;  あちらに、白人でもやはり人権運動に理解を持っていた人がいて、ガンディーの生涯の友となりました。
 
奈良:  そこでガンディーがそうした運動を始めてからの、いわば、理念的な柱となったものがアヒンサーだと思うんです。相手を傷付けないこと、いわば暴力に頼らないということが、政治、特に植民地支配への抵抗という運動の方法論となった時に、具体的にはさまざまな問題が生じるんですね。
 
中村;  ガンディーはただ口で非暴力ということを唱えただけではなくて、現実にどのようにしたならば、非暴力の理想が実現できるか、ということを考えておりましたですね。まず武器は取らない、と。理想を達成するために、武器を取って、暴力によって人を傷付けるならば、理想それ自体が傷付けられることになる、と。これが世の革命家と考えることが大いに異なっている点だと思います。
 
奈良:  ガンディーは人間の愛とか、平等ということを非常に重んじた人だと思うんですが、そういう点から見ると、例えば植民地政策とか人種差別というのは悪であり、暴力である、と。しかしその暴力が悪いからと言って、こちらが暴力を使うのもまた良くない、と。理想が良くとも、それを達成する手段が暴力ならば、それは認められないんだ。こういうことでございますね。
 
中村;  そうです。今まで人類の歴史を見ましても、革命家と言われる人は大勢出ていますけど、そういう人は結局暴力に頼って、人を殺していましょう。それは良くない、と。どこまでも暴力、武力に頼らないで、理想を実現しよう、という、これがまったくガンディーの独自な点だと思います。
 
奈良:  しかし、それは単に私は武力を用いませんよ、暴力が自分に与えられても、私は暴力を使いませんよ、と言ったって、なかなか実現できない。
 
中村;  口で言っているだけじゃ、これは実現できないことです。その点は、ガンディーは非常に現実的でしたね。まずイギリス製品のボイコットをやったわけですね。買わないように、と。イギリス側がイギリスの製品を押し付けていたわけですね。ことに昔はインドには綿業資本があったわけです。織物工業もあったのですが、それをイギリスが破壊してしまったわけですね。ことに有能な織物の熟練工は手を切ってしまったというようなことが記録に記されていますが、それに対抗するために非買運動を行う。それからインド人自身が当時は非常に貧しかったものですから、経済力を付けなければいけない。そのためにはイギリスの機械に頼らないで、自分たちの力で立ち上がろう、と。イギリスの織物を買わないで、しかも織物は人間が必要なものですから、どうするか。自分たちの手で作ろうじゃないか。インドには資源がない、資本もない。けれども、労働力は豊かで余っている。これを活かそうとした。そこでみなが家内工業として、紡ぐということをやろうじゃないか、と言って、勧めたんですね。そこで織る機械(手紡ぎ車)―チャルカと申しますがね、向こうの言葉で―それをみんなが使うことにした。これは単なる経済行為じゃなくて、宗教的な意味を持っている。だからインドが独立してから、最初の大統領のプラサードが日本へ見えました時も、飛行機の中にチャルカを持ち込んで、毎日これを紡いでいたそうです。宗教的な行事にまで高められたわけです。それから牛がなかなか飼えないので山羊を飼うほうが楽だから、だから牛乳を飲めない人々は山羊の乳を飲むことにしようじゃないか、と。細かなところまで気を遣って、民衆の力を高めるということに力を注いだわけです。
 
奈良:  アヒンサーは、暴力に対して非暴力で対抗するという。今のお話のように、ボイコットもそうですし、或いは断食も何遍もやったようでございますし、或いはデモ行進をして、そして逮捕されると抵抗しないで黙って逮捕されて投獄されてしまうという。一つの政治運動として、まことにユニークなものだと思うんですけれども、ガンディーの場合は、そうした行為が単なる作戦ではなくて、宗教的な真実を実現しているんだという認識があったようでございますね。
 
中村;  そう思いますね。
 
奈良:  「サティヤーグラハ」という言葉がございますが、
 
中村;  「真実の把持(はじ)」と訳されますね。「サティヤ」というのは真実、真理という意味です。「アーグラハ」というのは把持する、身に付ける、というような意味ですね。
 
奈良:  暴力に対して非暴力で抵抗していくということ。言うなれば、人間の精神の力を信じて、暴力ではなくて、相手の心に訴えて、主張を通し、正義を実現していく。それが単なる手練手管や手段ではない。それこそが愛と平等を実現し、真実をつかみ取っていくことだ、という確信が具体的にはそうした非暴力運動になっていったんですね。
 
中村;  そう思いますね。ガンディーは高い理想を持っていた。と同時に、現実に即して運動を展開した、と言えると思うんです。だから当時はまだイギリスの支配下にあったわけですが、ガンディーに対していろいろ批評がありました。私もインド人の教育家に会って、その人が若い頃、非常に困ったというような経験を聞いたことがあります。当時のイギリス人の学長さんがインド人の先生に向かって、「どうだね。君はガンディーをどう思うかね。ガンディーというのは、あれはいかさま者、ペテン師じゃないかね」という。そうすると、それを「そうじゃありません」というと、自分の首が危なくなる。しかし「そうだ」とは言えない、と。そういうような罠をかけられた時に返事に困った、というようなことを言われたんです。支配者の立場から、そういうデマが飛んだこともあって、ガンディーは狡猾(こうかつ)だとか、ペテン師だとかいう批評もあったわけですが、しかし高い理想を持っていた。その実現のために、いろいろな手段を考えたというのが実情じゃないでしょうか。
 
奈良:  とてもペテン師とか、いい加減なものでしたら、あれだけの大衆を動員していくことはできませんね。
 
中村;  そうですよ。ああいう質素な生活で、実践に打ち込むということはできないでしょうね。
 
奈良:  たしかガンディーは、「暴力というのは人を殺す術(すべ)を覚えることである。非暴力というのは自ら死ぬ術を覚えることである」と言っている。やはり暴力に対して非暴力でいく。単なる作戦ではなくて、それが宗教的な真実を実現しているんだ、という自覚に結び付く。そこにはいざとなれば真実のために平気で死んでいく強い心と申しますか、それをガンディーはたびたび言っていたと思います。そう致しますと、そこには当然厳しい自己抑制と申しますか、自分というものに対する訓練がないとダメでございますね。
 
中村;  そう思いますね。さっき話に出ました常不軽菩薩のあの精神というものを、ガンディーは別に聞いていたわけではないでしょうけれど、実質的に、実際問題として生かしているわけですね。人から石ぶっつけられても、仕返しをしない。悪口言われても仕返しはしなかった、というあの態度。あれをガンディーは現実の世の中に生かしているわけです。
 
奈良:  「ブラフマチャリヤー」という言葉をガンディーも言っておりまして、難しくいえば「梵行(ぼんぎょう)」と昔から訳しますけれども、自己浄化、あるいは自己を抑制すること、あるいは禁欲。ほんとに厳しい宗教的な修行とでもいうべきものがあって、はじめて平気で命を投げ出していく非暴力というものが実現されてこようかと思いますんです。今いろいろ伺ったようなことを念頭におきながら、ガンディーの自伝からいくつかを朗読を致してみたいと思います。
 
私が実現しようと思っていること、つまりここ三十年間にわたって実現しようと努力し願ったことは、自己の完成、神に出会うこと、そして解脱に至るということである。・・・しゃべったり著述したりする私のすべての行為と、政治の分野における私の冒険のすべては同じ目標に向けられている。・・・世間には神について幾多の定義がある。なぜなら神の現れ方は多様であるからである。それらは驚きと畏敬とで私をみたし、また瞬時に圧倒する。私は神をただ真実のものとしてのみ礼拝する。私はまだ神を発見するに至っていないし、また今も探し求めている。この探求のためには、私にとって最も貴重なものでも犠牲にする覚悟である。たとえそれが私の命であったとしても、喜んで犠牲にするであろう。
     (『ガンディー自伝』)
 
これはガンディーの自伝の中の一節なんですが、政治家のいう言葉とはちょっと思えない。神というもの、真実というものを求めていくことに対する求道者的な心根がここにはございますですね。
 
中村;  これは求道者の態度ですね。それは教義で決められた神ではないわけです。人間一人ひとりのうちに潜んでいる尊いものを神とみなして、自分はそれを体得し実現しよう、というわけです。そういうことになりますと、民族の違いというものを乗り越えるわけですね。無視するわけじゃないんだけど、もっと高いものをみる。それから宗教がいろいろありますが、それは決して争うものじゃなくて、いくつもあるその奥に尊いものがある。そういうものを認めたわけです。
 
奈良:  先ほど常不軽菩薩の話の中で、人間がすべて仏性を持っている、とありましたけれど、ガンディーは全ての人間には神性―神の性質ですね―すべての人間が神の現れである、ということをはっきり言っております。ガンディーの非暴力というものの底には、そういう人間観があった、と思うわけですが、もう少しまた別の例でご紹介をしたいと思います。
 
自分を愛する人のみを愛するのであれば、それは非暴力ではない。自分を憎む人を愛する時にはじめて非暴力となる。この偉大な愛の理法に従うのがいかに困難であるかを私は知っている。自分を憎む人を愛することほど困難なことはない。しかし、もしその気になれば、神の恩寵により、この最も困難なことも容易にやりとげることができるようになる。
      (『ガンディー語録』)
 
「神の恩寵により」とありますが、ガンディーは、トルストイの「神の国はあなた方自身のうちにあり」という言葉に大変感銘を受けて、南アフリカにいました時に、トルストイ農場という、いわば修行道場のような、共同で生活して、共同で労働するようなところを作ったようでございますね。
 
中村;  そうですね。ガンディーは特にインドの教えでなければいけないというような狭い見解はもたなかったわけです。トルストイのこの精神にも感動しましたし、ソローのものも読んでいるんですね。ソローはアメリカの哲人ですが非常に面白い人でして、ウパニシャッドとか『バガヴァッド・ギーター』だとか、ヨーガだとか、そういうのに傾倒していたんですね。それでマサチューセッツのウォールデンの森でそれを実践しようとした。その文章が残っておりますが、それをガンディーは読みまして非常な感動を受けたということです。
 
奈良:  確かに自分の国は自分の国で大事にするけれども、その根本にある人間そのものをみていくということが、ガンディーのアヒンサー―非暴力という政治運動、社会運動、あるいは宗教的な政治運動と言っていいかも知れませんが―にはあった。その辺のことを端的に示した言葉をご紹介を致したいと思います。
 
私は多くの実験の結果、信念をもって次のように言うことができる。真実(サティヤ)の全き姿を見るには、不殺生(アヒンサー)を完全に実現した後にしかありえない。
普遍的ですべてに内在する真実の力に出会うためには、人はきわめて小さな生きものをも自分と同じものとして愛することができなけらばならない。・・・あらゆる生きものと一体となることは、自己浄化(ブラフマチャリヤー)なしにはありえない。自己浄化なしに守られた不殺生の原則は、空虚な夢となってしまうであろう。純粋な人でなければ神を知覚することはできない。・・・浄化はきわめて伝染力の強いものであるから、自己浄化を行えば必ず自己の周囲を浄化することになる。
      (『ガンディー自伝』)
 
これも素晴らしい言葉だと思うんですが。
中村;  そう思います。
 
奈良:  このサティヤーグラハ運動、非暴力運動というのは、きわめて小さな生き物をも愛することであり、あらゆる生き物と一体となることであり、それは自分の心を清らかにしていく、いわば自己抑制していく。よほど自分の心というものに対する訓練がなかったらできないんだ、といっているんですね。
 
中村;  そうですね。ガンディーは政治的社会的な活動によって国際的に知られているんですけれども、単なる政治家ではなかったわけですね。その奥に自分を見つめる反省があった。だから今ご紹介頂いたような、そういう信念が吐露(とろ)されているわけです。
 
奈良:  そこに生き物に対する奉仕というものが基本的にあったかと思うわけでありますが、皮肉なことに、マハトマ・ガンディーは、非暴力を主張しながら暴力でもって暗殺されてしまったわけでございますね。インドが独立した一九四七年の翌年、ヒンドゥー教の右翼によってと言われておりますが。
 
中村;  ええ。非常に頑固なジャーナリストだったようです。
 
奈良:  それに暗殺されて、一生インドに、そして人間に捧げた生涯を終わっていく。テレビに出ましたのは、葬儀の写真ですね。今度写真に出ましたのが、ガンディーが暗殺された場所と言われておりますね。
 
中村;  ガンディーが暗殺された場所はビルラ・ハウスといいますが、ビルラという実業家がガンディーの運動の熱心な後援者、崇拝者だったんですね。そこで断食に入り、瞑想を行っていた。壇からちょうど降りようとしたところを撃たれたわけですね。今では、ガンディーの功績を記念して、ガンディー・メモリアムとなっています。今でも多くの人がお詣りしております。
 
奈良:  いろいろ伺ってまいりましたが、ガンディーは人間の愛と平等を信じ、謙譲―自らをへりくだり、他人を敬うことに終始しているかと思います。ガンディーの影響を受けましたマルチン・ルーサー・キングという人もおりますですね。やはり人種差別問題というものに対して闘いながら、暗殺されるという。まことに悲しい現実がそこにあるわけであります。こういうふうに見てまいりまして、現代という時代がいろいろな状況もあるんですけれども、ものの命、人間の命というものがとっても粗末にされているような時代かと思います。さまざまな形での暴力がはびこっています。もう少しなんとかならないものか、仏典の中からその辺のことを端的に示した言葉をご紹介をしたいと思います。
 
     いかなる生物(いきもの)生類(しょうるい)であっても、
     怯(おび)えているものでも強剛(きょうごう)なものでも、
     悉(ことごと)く、長いものでも、・・・短いものでも、
     微細なものでも、粗大なものでも、
     目に見えるものでも、見えないものでも、・・すでに生まれたものでも、
     これから生まれようと欲するものでも、一切の生きとし生けるものは、幸せであれ。
          (『スッタニパータ』一四六・一四七)
 
人間のすべて、いや、人間だけではありません。すべての生きとし生けるものに幸いあれ、という大変普遍的な祈りの言葉ですね。
 
中村;  そうですね。これが、これからの人類が生きて活動していくための精神的な理想になるんじゃないでしょうか。今まではそこまで考えていなかったと思うんですね。自分たちの仲間だけとか、あるいは自分たちの民族だけの利益をはかるとか、そうすると差別の問題も起きるわけですね。さらに人間の利益だけ考えればいいか。ところがこの頃は、人間の利益をだけ考えたために、人間がしっぺ返しを受けている、という、そういう世の中になりましたでしょう。
 
奈良:  やはり人間としての自覚を考えていく時代になっているだろうと思うんですね。ガンディーにしましても、「私は愛国者である」というんですね。インド人であるからインドを愛している、と。しかしながら、「自分の国を愛するということが、人間を傷付けるような形であったならば、私は人間としての尊さを重んずる方に軍配をあげる」という趣旨のことも実は言っておりまして、やはりそれぞれの立場を大事にしていく、それと同時に普遍的な人間というもので見ないと、これだけ地球が狭くなってまいりましたし、いろいろな問題が続々出てきそうな気が致しますですね。
 
中村;  それは今生きている人間が、みな両親から生まれたわけでして、いずれかの民族の一員であるわけですね。また、いずれかの国家の一員である。これは否定できない事実で、それに即して生き方をめいめい追究すべきですが、その彼方には人間としての自覚を持って、人間の持っている尊いものに目を開き、一切の生きとし生けるものに幸せあれ、とそう願う。その気持が今後の我々を導いてくれ、また救ってくれるものじゃないでしょうか。
 
奈良:  この人間を含めすべてのものが尊い存在なんだ、という、いわば世界は確かに仏教でも説いているわけでありますし、おそらくキリスト教、ヒンドゥー教、その他の宗教でも同じでしょう。他の私のグループは大切だけれども、他のグループはどうでもいいなんて説く宗教はないと思うんです。仏教とかキリスト教とか、ヒンドゥー教とかということではなくて、もっと根本的で普遍的な宗教心の中から、人間の尊さというものを、それぞれの国の方がそれぞれの立場、それぞれの宗教ないし文化伝承の中で考えていく。そうしたことから人間の尊さというものが理解されてくる。それがあってはじめて、今度は、「わが身に引き比べて」ということが生きてくるように思いますんでございます。
 
中村;  そうですね。それをガンディーさんによく的確に把捉し、体験していたと思います。今日でもガンディーさんのお墓にまいりますと―金曜日に暗殺されたんですが、金曜日にお勤めがあるんですね。そうすると、そこではヒンドゥー教の『バガヴァッド・ギーター』やトゥルシーダースの著した『ラーマーヤナ』などの読誦を致します。同時にコーランだとかバイブルだとか、それぞれの聖典の一節も読みます。それから日本に由来する南無妙法蓮華経も唱えるんですね。すべて認めて、その奥にある尊いものを生かそうという、この精神ですね。れはガンディーの死後にもまだ生かされていると思うんです。
 
奈良:  それが、本日のテーマの「我深く汝等を敬う」ということのもっとも基本的な趣旨であるんじゃないかと思います。本日は先生、どうもありがとうございました。
 
 
     これは、昭和六十三年十月二十三日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである