東洋の心を語る G今を生きる
 
                       東方学院院長 中 村  元(はじめ)
                       駒沢大学教授 奈 良  康 明(やすあき)
 
奈良:  この四月に始まりました「東洋の心を語る」というシリーズも、本日で第八回目になります。その時々にテーマを選びながら、仏教を中心にしながらも、広く東洋の心、東洋の伝統でどのようにこれを考えていくのか。それがどのような生き方に連なっていくのか。こうした問題をいろいろに考えてきているわけでございますけれども、本日のテーマは「今を生きる」ということでございます。お話を頂きます方はいつもの通り、東方学院院長の中村元先生でございます。先生、今日のテーマが、「今を生きる」ということでございまして、「生きる」という言葉がございますから、当然どのように生きたらいいのか、という生き方論でもございましょうし、同時に、「今」という言葉がございまして、今と言いますと、それじゃ過去とか未来と、その今というのがどのように関わってくるのか、時間との問題もいろいろ出てくるように思いますんですけれども。
 
中村:  仏教の思想は哲学的に申しますと、結局時間論であると言ってもいいと思うんですね。我々が生きています。この我々の存在というものは、実は時間そのものなんですね。その時間をどうみるかということによって、我々の生き方というものもまた決まってくるわけです。この時間というものは抽象的に考えますと、ずっと連続して続いているように思われますけれども、しかしよく突き詰めて考えてみますと、瞬間瞬間、今が続いているわけですね。私はここに生きております。次の瞬間にまた今生きている。だから今生きるということが、実はもう人間にとって本質的な中心的な問題であるということが言えると思うんであります。
 
奈良:  時間と申しますと、現在私どもごく普通には、十二時の次ぎに十二時一分になって、二分になって、という物理的なと申しますか、科学的な時間のみしか普通念頭にないわけですけれども、東洋の昔からのいろいろな思索の中に、時間というものをどのように受け止め、それがどのように生き方に関わっているか、非常にいろいろな問題があるかと思うんですけれども。
 
中村:  時間と一言に申しましても、もとの仏典では、二つの違った言葉で表現されているんです。一つは、計量され得る時間なんですね。一時間とか二時間とか、何日とか、何年とか、計算され得る時間ですね。
 
奈良:  計ることのできる時間、
 
中村:  そうなんです。つまり対象化されているわけなんです。ところが対象化される前に、我々はお互いに、今ここに生きているわけですね。これ数では計量される、あるいは分量として計られる前の時間ですね。それが私どもの本質を構成している。ですから抽象的に考えられた時間は、もとの言葉でいいますと、「カーラ」というんです。ちょっと専門的になりますけど、瞬間瞬間の時間は「アドヴァン」と申します。
 
奈良:  なるほど。言葉がそれぞれ違うわけですね。それでは物理的に計ることのできない時間のほうこそ、むしろ生きていることに関しては重要だ、と。
 
中村:  ええ。根源的な時間だ、ということが言えると思うんですね。しかもそれをインドの昔の哲人は自覚していたわけなんです。
 
奈良:  そうした根源的な時間を、仏典はどのように述べているのか。一つそれをご紹介しながら、またお話を伺いたいと思います。
 
     過去を追わざれ、未来を願わざれ、およそ過ぎ去ったものは、
     すでに捨てられたのである。また、未来はまだ到達していない。・・・
     ただ今日まさに為すべきことを熱心になせ。
     誰か明日の死のあることを知ろうや。
           (『マッジマニカーヤ』一三一)
 
中部経典と言われている経典でありますけれども。
 
中村:  これはパーリ語で書かれております。無論相当する漢訳仏典もありますけれども、パーリ語の原典から訳したほうが分かりいいかと思いまして、
 
奈良:  ここに、「過去はもう過ぎ去ったものである。未来はまだきていない」と。まさにその通りなんですけれども。
 
中村:  言われてみればその通りなんですが、ただ私たちはとかく過去にかかずらいましょう。「あ、昔は自分はああいう栄耀栄華(えいようえいが)の日もあったんだ。今は・・・」と思いますね。それからまたやがて未来がくるだろう。そうすると、その際には、「このような楽しみにあいたい」というようなことをなんとなく願望しますね。けれども考えてみると、非常に理詰めですが、「過去」というのは過ぎ去ったもの。だから、「過去」と書くわけですね。それから「未来」はまだきていないわけです。だから「未来」と書くわけです。じゃ、私が当面しているのは何かというと「現在」だけなんです。「現在」というのは易しい言葉でいうたら、「今」ですね。この今が、我々がまさに当面しているもっとも大切なものです。だから我々がどう生きるかということを考えますと、ただ過去を思いだして、「ああ、良かったな」と追憶を耽(ふけ)るんでもなく、また未来に「こうなりたい」と空想をただ走らせるんじゃなくて、今を基点として、過去を反省して、過去は今の中に生かされて、将来に何らかの意味を持つものとして、将来に向かって投影されるもの、そういう心構えで未来に向かうということが必要じゃないでしょうかね。それを仏典の文句は実によく言い表していると思います。
 
中村:  確かに過ぎ去ったことを、「ああであったならば」とか、「こうしておいたならば」というのは愚痴に過ぎませんし、愚痴を言っていれば人生は暗くなってしまいますし、あるいは未来に夢を託すのは大変けっこうだと思うんです。今の文章にもございました「誰か明日の死のあることを知ろうや」と。
 
中村:  明日どうなるか、ということは、これはどんな偉い方でもわからないと思うんですね。だからまず、今日、今、何をなすべきか、というところへ座りを置いて生きていくというのが大切だ、ということを教えられているんだと思います。
 
奈良:  今というものの中に、過去が全部織り込まれているわけですし、今、一生懸命今やることをやっていくことの中に、いつ死がきてもかまわないような覚悟のうえでの未来に対する準備というものがその中に含まれている。
 
中村:  そうです。未来というのは決して出鱈目に現れてくるものじゃないと思うんですね。過去が今の中に影響を及ぼして生きているわけです。その過去を生かすものが、今であり、現在なんです。それによって未来がつくられるわけですから、その道理をジッと落ち着いて、それで生きてゆけ、ということを教えられているんだと思います。
 
奈良:  仏典の中に、「過去心不可得(かこしんふかとく)、未来心不可得(みらいしんふかとく)」というような言葉がございますね。過去の心は得ることができないというのは、今言ったようなことを含んでいるのかと思われます。
 
中村:  結局、そうだと思います。あれは『金剛経(こんごうきょう)』に出ている有名な文句ですね。他の仏典にも出ているかも知れませんけれども。「過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得」と申します。真ん中に現在をおいているわけですがね。その現在というのは何だろう、と。これを今度インドの哲学者はいろいろ考えわけです。現在をとらえようとして、とらえたらもう過去のものになっているんですね。未来というのはまだ来ていないからとらえることができない。だから結局、現在心というものは得られないわけです。つまり現在をとらえようとすると、もうそれは過去のものになるか、まだ来ない未来のものか、どっちかだ、と。だから形のある、纏まった分量のあるもとのとしての現在というのはあり得ない、と。だから過去か、未来になるわけです。ところで、その過去というのはもう過ぎ去ったからとらえられない。未来というのはまだ来ないからとらえられない。これは別々のものとして対立しているものじゃないんですね。それぞれ我々の見えないところで、過去が現在を通して未来に影響を及ぼしている、と。その構造を注意しますと、そうすると具体的な形のあるもの、あるいは数で数えられるものとして、過去の心をとらえることもできないし、未来の心をとらえることもできない、と。中間の現在だってそう言える、ということを『金剛経』は教えておられるんだと思うんですが。
 
奈良:  哲学的な言い方とすれば、そうでありましょうけれども、それでは何にもないのか、という虚無的なことでは無論なくて、先ほどの中部経典ではございませんけれども、今というものを生き抜いていくところに、かえって時間を十全に生かしながら生きていくということに連なっていることでございましょうね。
 
中村:  「今」というのは瞬間ですね。そこに無限の過去が包容されているわけですね。無限の過去を背負って中に包んでいるわけです。そしてこの今が未来を展開しているわけでしょう。この未来というのは、また無限の未来があるわけです。この素晴らしい未来が今の中から展開して現れる。
 
奈良:  物理的な時間ではなくて、哲学的な、あるいは生き方に関わる時間を考えると、今というものの中に、過去と未来が全部含まれているということですが、こういう考え方は、東洋のみの特色のある考え方といってよろしいんでございましょうか。
 
中村:  東洋で特に強調されている考え方だと言えましょうね。しかし、西洋だってやっぱりないことはないと思うんです。あまり哲学的な論議をするのは、今この場所では適当でないと思いますけれども、西洋人でも心掛けとして、同じようなことを言っている人がおります。例えばスピノーザがそうなんですね。幾何学的な方法で哲学体系をつくったというスピノーザですが、彼は『倫理学』という本の中で、こう言っているんですね。過去に関係することですが、「自分のなした行為が誤っていたと思って、後悔するということは二重に不幸である」。なぜかというと、過去において誤ったか、間違ったかしたわけですね。で、不幸なんです。今またそれにとらわれてクヨクヨしている。二重になっている」というんですね。なるほど、これも一つの面白い立言(りつげん)だと思いますが、ただ、じゃ過去に全然とらわれるな、というと、そうじゃないわけですね。過去の経験―ことに誤ったこと、今後悔したようなことを現在の中に生かして、その経験を未来に生かすようにする、そこまで考える。ただクヨクヨしていたらダメだ、と。過去に支配されることなく、まず現在に人が自主的な立場を持って、それが失敗でも悔やむことでも、また生かされてくる、ということになるんじゃないかと思います。
 
奈良:  そうでございましょうね。いたずらに過ぎ去ったことだからもう後悔せず、と言って、すっかり忘れてしまって、過去が何にも今に生きていないとしたら、これは少し浅薄な生き方に過ぎるように思います。
 
中村:  結局、過去が無意味なものになってしまいますね。
 
奈良:  無意味ですね。だから過去でいろいろなことを経験してきている。それを教訓として、常に現在に生かそう生かそうと心掛けていくところに、過去のことを悪戯に愚痴ったり、後悔したってしょうがないじゃないか、という前向きの生き方がそこで展開されてくるわけですね。
 
中村:  そうですね。「前向きの生き方」と言われたのは非常にいい表現だと思いますね。自分で反省してみますと、「ああ、あの時ああしておけば良かった。あの時あの人に対して悪かったなあ」と思うようなことがあるわけです。けど、過ぎ去ってしまったわけですね。今としては仕方がないから、いつまでもクヨクヨしていたってしょうがない。今生きている、その前向きの姿勢の中に生かすということで、過去に対する償いもなされるし、過去の失敗が未来に向かって生かされることになる、ということになるんじゃないでしょうか。
 
奈良:  「永遠の今」という言葉がございますし、それからたしか宮本武蔵だったかと記憶しているんですけれども、「われ、事において後悔せず」なんていう言い方も、今ふっと思い出したんですけれども、そういう生き方が西欧にも無論あるかも知れませんし、東洋のほうの一つの伝統になっているかと思うんですが、本日はそうした東洋の「今を生きる」ということを、いろいろな例を見ながら考えてみたいわけでございますが、インドの哲学で、「刹那(せつな)」という問題を論じているものがあるとかといことですが。
 
中村:  これは仏教の時間論といいますか、存在論の基本に刹那論が出てくるわけなんです。世間では無常というのが仏教の教えだと言っておりますね。無常というのはどういうことかというと、あらゆるものが生じてはまた過ぎ去って滅びゆくこと。そうすると、その過程をみますと、結局変化の刹那刹那が続いていることですね。変化する過程を分析しますと、その極限において刹那に到達するわけです。インドにダルマキールティという哲学者、論理学者がおりまして、この人は大体七世紀の人と言われておりますが、一体本当に実在するものは何だろう、ということを問題にしているんですね。例えば遠い彼方に星がある。あるいは近いところに木が見える。これは人間が感覚したことを整理して、思考を加えて、整えて、それで遠いところには星がある、近くに木がある、川が流れているということを、イメージとして構成するわけでしょう。けれども、それよりももっと根源的なものは何か。それは今ここで、私が、あなたが生きているこの瞬間だけだ、というんですね。だから究極の実在というのは瞬間だ、ということを大胆に言っているんですね。
 
奈良:  そうした伝承が中国、日本の仏教にも流れているかと思うんですが、道元禅師の言葉の中に、そうした「今」という問題を、今の先生のお話された通りの形で受け止めていると思われる文章がございますのでご紹介を致したいと思います。
 
     たきぎは灰となる。更にかえりて薪(たきぎ)となるべきにあらず。
     しかあるを、灰はのち、薪はさきと見取(けんしゅ)すべからず。
     しるべし、薪は薪の法位(ほうい)に住して、さきあり、のちあり、
     前後ありと雖も前後際断せり。
     ・・・生も一時の位なり、死も一時の位なり、たとえば冬と春との如し。
     冬の春となると思わず、春の夏となると云わぬなり。
            (『正法眼蔵』現成公案)
 
ということでございますが、先ほどのダルマキールティというお話じゃございませんが、刹那刹那の絶対さといいますか、大切さが説かれているように思うんですが。
 
中村:  結局そういうことになると思いますね。道元禅師は日本の生んだ偉大な思想家ですが、鋭い思索を述べておられます。興味深いことには、インドの哲人は抽象的な表現をするわけですね。ところが日本の哲人は、具体的な例を持ってきて、少なくとも我々には分かり易いように説く。今ここへ出されている例をみますと、薪がある、と。それに火をつけますと燃えて、やがて灰になりますね。そこに一つのプロセス(過程)があるわけですが、我々は常識的にプロセスを理解していますけれども、よく考えてみると、その刹那刹那が別のもので断絶している、ということなるんじゃないでしょうか。この趣旨をどうお考えになりますか。
 
奈良:  普通の時間論ですと、薪があって、薪が燃えて灰になったという、先あり、後あり、というのは、普通の時間論だと、私は思うんですが、
 
中村:  そうですね。
 
奈良:  先ほどのお話のように、刹那ということは、瞬間ということでありましょうから、その刹那刹那、瞬間瞬間に、その縁起の理に従って、ものが変化していく。その変化する一瞬一瞬が常に本物本物としてあり続けていく。そういうものがきっと「法位に住して」ということではないかと思いますんです。そうしますと、道元禅師も、薪が灰になったよ、という見方じゃなくって、薪は薪の時で本物としてある存在。火がついてぼうぼう燃えている時も本物の存在。
 
中村:  そういうことですね。
 
奈良:  それから灰になった時はまた灰として本物の存在。ですから、これを私どもの目で見て、薪はご飯が炊けるから価値がある。灰は価値がないから捨てちゃうというのは、人間の価値評価であって、先ほど先生のおっしゃいました、存在の肝心なところは、瞬間瞬間に存在しているという現実。そんなところに、仏教、禅では、存在の美しさを見ているんじゃないか、という気が致します。
 
中村:  そうですね。存在の美しさ、瞬間瞬間の美しさですね。そこから道元禅師が重大な結論を出しておられると思うんですね。この「生も一時の位なり、死も一時の位なり」と。この生と死という重大な問題に直面しておられる。それぞれに、その位における意義を認めておられる、ということになるわけでしょうね。
 
奈良:  「生也全機現(しょうやぜんきげん)、死也全機現(しやぜんきげん)」という有名な言葉がございます。実は私、先日ちょっと地方の方へ用事で出掛けてまいりまして、大変美しい紅葉を見てまいりましたんですが、実はふっとこうしたことをたまたま思い出しておりましたんですが、つまりいろんな木がいろいろな形で、黄色になったり、真っ赤になったりしているんですけれども、それが時期がくるに連れて色が変わって枯れていってしまう。やっぱりこういう枯れ木や葉っぱと雖も、その瞬間瞬間に精いっぱい生きて、赤くなったり、黄色くなったりしていくのかなあ、と。まあそんなようなことをちょっと感じながら帰って来たんでございますが。
 
中村:  これは、我々お互い日本人だから、自然の風景の美しさに余計打たれるんだろうと思います。違った文化圏の人は、それほど感じないかも知れませんが、しかし今おっしゃったように、理論的にはそれぞれのシーンというものが絶対の意味を持っている、ということが言えるんじゃないでしょうかね。
 
奈良:  良寛さんの有名な歌に、「裏を見せ表を見せて散るもみじ」というのがございます。裏があったり表があったり、それを一々いいとか悪いとか私どもは言うんですけれども、裏も本物でしょうし、表も本物でございましょうし、
 
中村:  みんな意義があるんですね。
 
奈良:  そうでしょうね。そうした一瞬一瞬の重さというものを噛み締めていく。ここで、日本の江戸期を中心とした禅関係の方々の言葉をいくつかご紹介しながら、「今を生きる」ということが、どのように考えられてきたのかをみたいと思います。まず最初に鈴木正三(すずきしょうさん)の言葉をご紹介を致したいと思います。
 
     一日示曰、仏道修行は、仏像を手本にして修すべし。
     仏像と云(いう)は、初心の人如来像に眼を著(つけ)て、如来坐禅は及べからず。
     只二王(におう)不動の像等に目を著(つけ)て二王坐禅を作すべし。
            (『驢鞍橋』)
 
鈴木正三の『驢鞍橋(ろあんきょう)』の中からの一節でありますが、正三について少しご説明を頂きたいと思います。
 
中村:  私も深く勉強したわけではありませんけれども、鈴木正三は徳川時代初期の旗本だった人ですね。大体関ヶ原から大阪の陣の頃にかけての人でしたが、フッと感ずることがありまして出家したんですね。もともとは三河(みかわ)の足助(あすけ)という土地の人でありまして、今でもそこに彼の建てた恩真寺(おんしんじ)というお寺が残っております。この人は日本の近世の禅の修行者の中で特別な意味のある人だと思うんです。従来の禅宗と違いまして、実際に禅を生かすということを説いたのです。その結論としては、世間の人々がいろいろな職業に従事しているが、どの職業も絶対の根本の仏さまの現れだ、というんです。だからめいめいの人が職業を追求することの中に仏道がある、というんです。世を捨てて山へ籠もることが仏道ではないんだ、というんですね。『万民徳用(ばんみんとくよう)』という本を著しました。万民―よろずの民がそれぞれ働きを持っている。いろんな仕事をして職業に従事しているわけでしょう。それがみんな特別の優れた働きがある、ということを書いているんです。しかも面白いことには、この人は漢文では書かなかったんですね。書いた本は和語でしょう。仮名法語と言われるものです。今ここにご紹介頂きました『驢鞍橋』というのは、鈴木正三がいろんな人から質問を受けて、それに対して答えたのを、弟子の恵中(えちゅう)という人が書き留めておいた語録であります。もう普通の禅の説き方とちょっと違いますでしょう。「仏道修行は、仏像を手本として修すべし」と。これはよくわかりますが、ただ仏像をジッとみると、心までも仏さまに近づいて、自分が浄められるような気持になりますけれども、しかし、なかなか仏さまの境地に至ることはできない。だから如来の坐禅にはすぐ到達できない。では、何をやったらいいか。そこで彼は、仁王禅ということを説いたわけですね。ただ仁王さま、不動さまのあの気力に満ちた猛々しい像をジッと見て、苦難に耐えて積極的に行動するという、その精神を受け取れ、ということを言ったんですね。非常に積極的で行動的なんです。
 
奈良:  本当ですと、如来さまが一番基本の仏でございましょうから、その仏について修行していくというのを、なかなかその通りにはいかないから、まず仁王さまを目標にということでしょうか。その辺に非常に実際的な性格と申しますかね、一般の人間が社会の中で生きていく時に、こういうふうにやったほうがいいんじゃないかという、非常にプラクティカルな感じが致しますですね。
 
中村:  そうなんですね。心掛けの根本としては、阿弥陀様を拝まれる方もあり、観音様を拝まれる方もある。その気持を頂かれる。その心は根本にありますが、じゃ、具体的にどう行動するか、ということになると、実際社会において苦難にぶっつかりますから、その苦難にめげずに目的を、理想を達成するには、仁王さまの姿を真似たらいいじゃないか、という教えなんですね。
 
奈良:  仁王さまはよくお寺の門などに守護神としてございますですけれども、非常に勇猛な姿でございますから、そういう気持でもって仏道修行し、生活の中で生きていけ、ということかと思うんですね。続けて、正三の言葉をご紹介致します。
 
     修行の肝要は、自己を守る一つ也。
     一切の煩悩は、機の抜けたる処より起る也。只強く眼を著(つけ)て、
     十二時中、万事の上に機を抜さず、急度(きっと)張懸(はりかけ)て守り、六賊(ろくぞく)煩悩を退治すべし。
             (『驢鞍橋』)
 
同じく『驢鞍橋』からの引用でありますが、「機の抜けたる処」という、ちょっと今の言葉とすれば難しいんですが、どういう意味でございましょうか。
 
中村:  これは気力と申しますか、心懸けと申しますか、この生き生きした集中力というものをしょっちゅう持っていなければいけないと、そういうことを言っているんだと思います。「自己を守る」という表現があります。これは仏典に出ているんですが、自己を慎む、自己がグラグラしないようにしっかりと保つ、という意味なんですね。その気持がいるんじゃないか。そうでないと、ポカンとしていますと、我々の心というのは、煩悩に動かされて、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりして揺れ動くわけです。だから、「六賊煩悩を退治すべし」と言っていますが、「六賊」というのは我々の六つの感覚、思考の器官をいうわけです。「六根(ろっこん)」とも申しますが、「眼(げん)・耳(に)・鼻(び)・舌(ぜつ)・身(しん)・意(い)」というわけです。五つの感官と心があります。それがとかく外のものに誘惑されて煩悩を起こしますでしょう。だから六賊と禅のほうではいうわけなんです。そういう煩悩が起こらないように、しっかり自分をきりっとまとめて、自分の理想に向かって進んでいけ、という意味だと思うんです。
 
奈良:  いかにも仁王様の雄渾(ゆうこん)な姿を理想にした正三らしい教えですね。
 
中村:  彼はもともと武士でしたからね。その心構えが終生生きていたと思うんです。
 
奈良:  一生懸命生きろ、という教えかと思うんですが、また正三の言葉をご紹介を致したいと思います。
 
     去(さる)遁世者(とんせいしゃ)来て、修行の用心を問。師示曰、万事を打置(うちおい)て、唯死に習わるべし。
     常に死習(しになら)って、死の隙(ひま)を明(あけ)、誠に死する時、驚ぬようにすべし。
     ・・・只(ただ)土に成て、念仏を以て死習(しになら)わるべし。
               (『驢鞍橋』)
 
同じく『驢鞍橋』でありますけれども。遁世者と申しますから、修行者でございましょうね。修行の用心を問うたら、「死に習うべし」と言ったというんですが。
 
中村:  そうですね。これは鈴木正三らしい独自の教えだと思います。我々生きて動いて暮らしていますと、どうかすると死から目を背けているわけですね。思うのも嫌だ、という気持になりますが、そうじゃなくて、我々の生というものが死に裏付けられている。生と死が裏表の関係にあるんだ、と。そのことを自覚して生きろ、と。そうすると、心がキリッとして煩悩に迷わされることもない、ということを言っているんだと思います。
 
奈良:  先程来のお話で、今というものをほんとに充実して生きていかなければならない。その際の心構えとして、死に直面しながら、あるいは直面しているかのごとくに真剣に考えよ、ということかと思いますが。
 
中村:  そうなんですね。「土に成て」と言っていますでしょう。インド以来、人間の身体は土の元素からできている、という考えがあるんです。死ねば土の元素から構成されている死骸だけが残る。そのことを言っているとも考えられますが、ほんとに土に帰してしまいますと、そうすると後は踏まれようが何されようが土は平気でしょう。そのような達観した気持を持ってしっかり生きていけ、という意味も込められているかと思います。
 
奈良:  土になって、もう人に踏まれようと何だろうと別に文句を言うわけではない。それと同じように、先ほどの言葉に、「六賊煩悩を退治すべし」とあったわけですが、いろいろな自我とか欲望に振り回されていると、なかなか安心の生活は掴めないんで、やはり死というものに直面し、一切のそういう虚飾を捨てて生き抜いていくところに、かえって道が開けてくると、こういうことでございましょうね。実は最近よく「生き甲斐」という言葉がございますですけれども、最近は生き甲斐をさぐるのに、単に生きているだけではダメで、『あなたの死にがいはなんですか』という本も出ておりますし、「死に方を研究せよ」という言い方もございましょう。あるいは特にホスピスの問題と絡んで、デス・エデュケーションという、死とはどういうものか、生きている間にそれに対面する訓練をしていこう、ということがあるようでございます。その意味で仏教的な一つの根拠を、現在のデス・エデュケーションを提供している箇所とでもいいましょうか。また一つ、正三の言葉をご紹介を致します。
 
     仏法と云は、分別を以て身を収(おさま)る様の事に非ず、跡を思わず、
     後を分別せず、只今(ただいま)の一念を空(むなし)く過さず、清浄に用る事也。
            (『驢鞍橋』)
 
同じく『驢鞍橋』からの引用でございますけれども。これは最初に読みました『マッジマニカーヤ』の、「過去を過ぎ去った、未来はいまだ来たらず、ただ現在を懸命に生きよ」というのと同じ教えでございますね。
 
中村:  そうですね。インドから日本の徳川時代に至るまで、なんか一貫した教えがずーっと受け継がれている、という気がします。ことに「今を生きよ」ということは、「只今の一念を空(むなし)く過さず」と言っているんですね。まさにその通りだと思うんです。そして、「一念を清らかに用いよ」ということを彼は言っておりますね。
 
奈良:  「清浄に」ということですから、勿論自分の心がけを清浄に、という。自我、欲望にいたずらに振り回されることの戒めだろうかと思いますんです。まことに正三という人は徹底した形で、今を生きることを教えたようでありますけれども、正三の言わんとすることと機を一にするような、ちょっと凄まじい感じの歌が一つ、至道無難(しどうむなん)禅師のものがございますので、合わせて考えてみたいと思いますが、
 
     生きながら 死人(しびと)となりて なりはてて
     おもいのままに するわざぞよき
            (至道無難禅師)
 
「生きながら 死人となりて なりはてて」というのは、とっても強い表現でございますね。
 
中村:  「死人となりて」というのは、生きているには違いないんだけれど、死を自ら自覚して、という意味でしょうね。死を自覚しながら生きていく。そう思いますと、心がけも変わってくると思いますね。
 
中村:  正三の「只(ただ)土と成て」というのと、きっと同じ世界かと思うんです。自我、欲望に振り回されているようなところでは、なかなか本当の意味で、今を生きるということには徹しきれない。そうしたところに、「死人となりてなりはてて」と、決して自殺することでもなければ何でもない。心を清浄にしてゆく。そういう努力をしながら、そこに「思いのままにする」と言いますから、きっと中国の「欲するところに従って矩(のり)を踰(こ)えず」のように、「あれをやろう、これをやろう」と思わなくても、ずっと訓練をした結果、思いのままにすることがすべて道にはずれていない、という。
 
奈良:  自由自在の境地。これが禅者の達した境地だと言えるでしょうね。
 
中村:  「自由」という言葉は、禅の語録に盛んに出てきますね。自由というのは決して我が儘という意味じゃないんですね。人が「自分の死は」と考えたら、そうしたら煩悩に振り回されたような暮らしにはならないでしょう。
 
奈良:  「自由」というのは読んで字の如く、「自らに由る」ということですが、決して「自らに由る」と言っても、自我、欲望のままにすることではなくって。
 
中村:  大願(だいがん)というものを実現するわけです。偉大なる自己を実現する。そういうことだと、そう説明することもできると思います。
 
奈良:  かえって自我というものを抑制していくところに、本当の自分というものが主張できてくる、そういうことかと思います。
 
中村:  本当の自分がそこに出てくるわけですから。
 
奈良:  さて、今度は江戸期の禅僧の盤珪永琢(ばんけいようたく)禅師の言葉を少しご紹介を致したいと思いますが、
 
     仏心は不生(ふしょう)にして霊明(れいみょう)なものに極りました、不生なる仏心。
     仏心は不生にして一切事がととのいまするわいの。したほどに皆不生で御座れ。
     不生でござれば、諸仏の得て居るという物でござるわいの。
     尊い事ではござらぬか。仏心のたっといことをしりますれば、
     迷いとうても迷われませぬわいの。是を決定(けつじょう)すれば、今不正で居る場所で、
     死で後不滅なものともいいませぬわいの。
     生ぜぬもの滅する事はござらぬほどに、そうじゃござらぬか。
             (『盤珪語録』)
 
非常に語り言葉で、味のある表現でございますが。
 
中村:  独特ですね。盤珪禅師は播磨(はりま)の方で、神戸に今でも祥福寺(しょうふくじ)というお寺が残っていますが、そこでいろいろな人を教化されたわけなんです。民衆に対して開けっ放しの方で、こういう調子で説法された。禅でいえば「提唱」ですが、それがこういう分かり易い言葉で述べられている。しかも、話し言葉で言われたのがそのまま印刷されて残っているというのは珍しいことで貴重だと思います。盤珪禅師は言われたんですが、禅宗の偉い方は昔からいろいろな仕方で人を導かれた。ある人は棒を使った。ある人は喝(かつ)を使った。カッ!というわけですね。ある人が盤珪禅師に向かって聞いたんです。「禅師さま、なんでもって人を導かれますか?」。そうすると、盤珪禅師は、「身共(みども)は三寸を用います」と言われた。舌三寸だ、という。つまり舌三寸で、出てくる言葉というのは万人に共通でしょう。誰にでもわかるわけです。誰にでもわかるように奥深い境地を説かれた。この意味で盤珪禅師というのは尊い存在だと思います。
          
奈良:  非常にわかりいいようでありながら、実は「不生」という言葉がちょっと難しいように思うんですが。
 
中村:  難しいですね。大乗仏典の中には「不生」という言葉がたくさん出てくるんですが、その意味は、我々が経験するありとあらゆるものは、生じては滅びるわけです。だから無常なんです。けれど、究極の真理というものは滅びることがない。だから生じることもない。元からある永遠のものなんですね。我々の存在の奥には不生の仏心がある、というんですね。つまり、限られたものではない。永遠の道理であるところの仏の心というものが、めいめいの人の内にある。それは元からあるもので、新たに生じたものではないから、不生というんです。
 
奈良:  そうしますと、我々の身体でも何でも縁起の理に従っていろいろ変わっていく。変わっていくその一瞬一瞬が本物であり、尊いものとしてあり続けていく。それが仏心で、そんな人にも必ずそなわっている働きである。それを大事にしながら生きることが今を生きることになるのだ、と。
 
中村:  その今が永遠の理ですから。
 
奈良:  すると、人間とか時間とか、すべてのものに尊い宗教的な価値を認める立場とも言ってよろしいでしょうね。
 
中村:  ただ、我々がそれに気付いていない、ということなんですね。
 
奈良:  そういう生き方を「不生の仏心」ということで説くわけですが、生活の中にそれがどう生きてくるのか、もう一つ盤珪禅師の語録の中からご紹介を致したいと思います。
 
     仏心で居て迷わねば、外に悟りを求めず、只仏心で坐し、只仏心で居、
     只仏心で寝、只仏心で起(おき)、只仏心で住して居るぶんで、平生、行住坐臥、
     活仏(いきほとけ)ではたらき居て、別の仔細はござらぬわいの。
     坐禅は仏心の安坐が坐禅じゃ所で、常が禅でござるによって、
     勤める時ばかりを坐禅とも申さぬわいの。
               (『盤珪語録』)
 
中村:  なかなか懇切に説いておられると思います。我々は内にある尊いものに気が付きませんけれども、しかし我々の内には仏心がある。それに気付けば、何も外に特別の仏の境地を求める必要はない。内なる尊いものに気付いて、毎日坐り、起き、寝て、仕事をし、活動する。行住坐臥はみな生きた仏さまなのだ。煩悩のある限られた我々が、仏さまだ、というのは、とんでもない表現のように思われますけれども、実はよく考えてみれば、そうなんでございます。それに気付けば、いかなる人も尊い存在である。誰に対しても合掌するということになるわけです。坐禅というものも、ただ坐っているだけのものではない。禅の気持は行住坐臥に生かされるものである筈なんですね。非常に広い包容的な意味の坐禅を盤珪禅師は説かれているわけですね。
 
奈良:  坐禅は勿論修行ですけれども、坐禅をしている時だけが修行ではないので、むしろ坐禅の気持を生活の一コマ一コマの中に及ぼしながら、行住坐臥すべてが坐禅をしているのと同じ気持で行われるところに、仏としての生活をずっと続けていくことができる。そうしたことがよく言われますが、盤珪禅師のおっしゃるのもほぼ同じような言葉かと思うのです。
「今を生きる」ということでいろいろ禅の方々の言葉を見てまいりましたが、最後にもう一つ、良寛さんの言葉をご紹介を致したいと思います。これは地震に遭って、良寛さんが安否を気づかっている知人に出したという手紙のなかで報告しているところです。
 
     地震はまことに大変に候。野僧、草庵は何ごともなく、親類中死人もなくめで度く存じ候。
     うちつけに死なば死なずて ながらへて
     かかるうき目を 見るがわびしき
     しかし、災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。
     死ぬる時期には死ぬがよく候。
     是はこれ災難をのがるる妙法にて候。
 
地震がありました。私も無事でしたよ、住んでいる庵も無事でしたよ。親類中に傷ついた者もいなかった。しかしながら、私だけがこうして生き長らえて、みんながいろいろ苦しんでいる。憂き目を見るのがわびしい、と。いかにも良寛さんらしい優しい、温かい気持がまずこの歌に表れていますね。
 
中村:  自分が生き長らえたのは、生き恥を曝しているというような気持がここに出ているような気がするんですね。
 
奈良:  きっとそういう気持を出されたんだろうと思いますね。ただ、その後に、「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候」。死ぬる時がきたら死ぬのがいいのだ。それが災難を逃れる妙法だというのですね。
 
中村:  これはいい教えだと思いますね。私どもは生きているとしょっちゅう災難に遭う可能性があって、ことに嫌なこと、困ったことを避けたいと思います。しかし、高い立場から見るとそうではないのだ、と。災難が来るのならば、それを有り難く受け取って、自分で解決して生きていけばいい。災難というものは、禅の言葉でいえば生きた公案みたいなものだと、非常に高い次元から見ています。災難に遭うのがいいという達観した気持ですね。
 
奈良:  どうしてもそこまで開き直らないと、結局災難を克服する道は開けないのではないかとも思うんですね。「死ぬる時節には死ぬがよく候」と、何か誤解を招きそうな表現ですが、災難を除くように最大限の努力は当然していくし、しかるべき対処をしていきながら、しかし、現実は現実です。それに目をそらせると逃げてしまうことになる。決して何もやらないというのではなくて、降りかかってくることに対して、それをよき未来にしようと努力しながら、しかし現実だけではきちっと受け止めていかないと、現実逃避になってしまうのではないかと思います。
 
中村:  災難は我々として避けるように対処しなければいけないんですが、しかし、不幸というものもまた何らかの意味で生かすという気持でみれば、自分が受けた災難とか損害も、ああ、またありがたい経験であったということになりましょう。そこまでいくためには、災難に対して自分が適切な対処をするということが必要でしょう。その気持がないといつまで経っても悔やんでいるということになるでしょうから。
 
奈良:  私の好きなある仏教詩人の詩の中に、こういう言葉があります。
 
     「苦しい、苦しいと思っていたけれども、
     苦しさの中に飛び込んだら、苦しさは消えて、
     生きることだけが残った」。
 
中村:  いい言葉ですね。
 
奈良:  現実の社会ですからいろいろなことが降りかかってくる。それに対して、少しでもよい方向に努力だけはしていきながら、しかし、苦しいとか悲しいとかということは現実の問題です。それをただ嫌だ、嫌だというのではなくて、その中に飛び込んでしまう。
 
中村:  飛び込むというのはいい表現ですね。
 
奈良:  そうすると、苦しさとか悲しさが物理的な意味で消えてしまうわけではないけれども、それを乗り越えていく力が身に付いていく。「苦しみは消えて、生きることだけが残った」と。苦しさが消えたのなら寝ていればよいのですが、生きることだけが残った、と。生きるというプロセスが実は苦しさを克服していくことにほかならないのだ、と。災難に遭う時には災難に遭ったほうがいい。死ぬ時には死んだほうがいいと開き直る。開き直った結果、これがかえって災難の苦を乗り越える妙法なんだよ、ということでしょうか。
 
中村:  人間が生きている限り災難は必ず何かの形で起こるし、死ぬ運命を免れることはできない。それに対する心構えとして、良寛さんの言葉は非常に意味を持っていると思います。
 
奈良:  「今を生きる」ということは、その中に過去も未来もすべて含んだ形で、しかもやるべきことを懸命に前向きにやっていくということかと思うんですね。実は比較的最近、感銘を受けたことがあります。それは中年のご婦人で、ジャーナリズムの世界でかなり責任のある地位にあって、仕事をされている方の言葉なんです。ご主人も新聞記者ということで、まだ小さいお子さんが三人いて、夜遅くなったり、くたびれたり、大変お忙しいらしいんですが、本当に前向きに生きていらっしゃる。いろいろ生かして頂いているのだから一生懸命やらなくてはと言って、例えば三人のお子さんの朝ご飯をたっぷり食べさせて、きちんと仕事をしている。お話していても気持がいいぐらいに活気に溢れて、張り合いをもって生活をしている方がフッとおっしゃるんですね。「ある人が、『私は忙しくてくたびれちゃった』と文句を言ったものだから、『忙しくて疲れるなんて幸せじゃないの』と、私は言ったんです」と。「忙しくて疲れるのは幸せじゃないの」という言葉が、「今を生きる」というテーマに一致した現代的な言い方ではないかと思ったりしたんですね。
 
中村:  一瞬間の今が無限の過去を背負って、無限の未来をこれから開いてくれるのですから、この「今」というのは尊いことだと思いますね。
 
奈良:  先生、本日はどうもありがとうございました。
 
 
     これは、昭和六十三年十一月二十七日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである