東洋の心を語る K人間の願い
 
                       東方学院院長 中 村  元(はじめ)
                       駒沢大学教授 奈 良  康 明(やすあき)
 
奈良:  「東洋の心を語る」ということで放送してまいりましたけれども、早いもので、第十二回目、最終回になります。昨年の四月にスタート致しまして、アッという間に一年が過ぎてような気がするんですけれども、本日のテーマは「人間の願い」ということでございます。私どもいろいろな願い事をするわけなんですが、仏教のほうで一番基本的に最終のものとして願うことはなんであろうか。その辺のことを少しお話を伺ってみたいと思います。お話を伺います方は、いつものように東方学院院長の中村元先生でございます。先生、よろしくお願い致します。
 
中村:  本日は、「東洋の心を語る」というシリーズの最終回でございますので、そこで纏めとして、人が生きようと願う。どういうことに中心をおいて生きていくか、ということにつきまして、釈尊の最後の教えがあるんです。それを入り口と致しまして一つお互いに考えていきたいと思います。
 
奈良:  お選び頂いておりますので、早速にまずご紹介を致したいと思います。
 
     スバッダよ、わたしは二十九才で、何かしら善を求めて出家した。
     スバッダよ、わたしは出家してから五十年余となった。
     正理(しょうり)と法の領域のみを歩んできた。
     これ以外には〈道の人〉なるものは存在しない。
              (『大パリニバーナ経』)
 
『大パリニバーナ経』からの一節でありますけれども、「釈尊の最後の教え」とちょっとおっしゃいましたけれども、その辺から少しお話を伺いたいんですが。
 
中村:  これは釈尊の最後の旅路を述べているお経でございまして、釈尊が齢八十にして、この世の命がもう終わりに近づいたと悟られたんでしょうね。それで今まで住んでおられた、当時一番強国でありましたマガダの国の東北のほうにあります鷲の峰―仏典では 霊鷲山(りょうじゅせん)と言われておりますが、そこを出て、生まれ故郷のカピラヴァストゥの方へ向かって旅を続けていた。その間にどういう人々に会い、どういう教えを説かれたかということが逐次記されているお経であります。「パリニッバーナ」というのは完全に解脱したことをいうわけです。釈尊はこの世の生を完成されて、最後に亡くなられたわけですが、それを「大パリニッバーナ」と呼んでいるんですね。その中に出てくる終わりのところの教えであります。釈尊は齢(よわい)八十にして、なお歩いて生まれ故郷の方へ戻られたわけです。今日のように便利な車があるわけでもございませんし、そしてクシナガラ(クシナーラー)というところへ近づかれたわけですが、もう元気もなくなって身の衰えを感じられた。そして小さな庵の中で休んでおられた。そこへスバッダという修行者がやってきまして、「釈尊に会わしてください」と言った。どうしてかといいますと、彼はこういうんですね、「六人の偉い思想家がいる。アジタという人は唯物論者です。パクダという人は、宇宙にはいろいろな要素があるというようなことをいう。ゴーサーラという人は宿命論者で、すべて宿命で決まっているという。サンジャヤという人は、もう考えたってしょうがないから考えるのは止めてしまおうという。プーラナという人は、真面目に考えるのを止めて道徳を否定するようなことをいう。マハーヴィーラという人は、苦行を行えばいいという。言うことがみんな違っているが、それぞれ世間の人々から信奉されていたわけなんです。で、スバッダは、「自分はどういうように生きたらいいんでしょうか。その決を下して頂きたい」とやって来たんですね。お弟子のアーナンダは、「もう先生は疲れて休んでおられますから、あまりお邪魔しないようにしてください」と言いますが、彼は聞かないんですね。そうすると、その様子を釈尊が聞かれて、「あ、よろしい。会ってやろう。通しなさい」と言われた。そして、会われたところが、今のような質問を向けたわけです。それに対して釈尊は、誰の説がいいとかというようなことは言わないで、自分の生きてきた道を反省して、それで詩の文句になっておりますが、今の言葉を述べられたわけなんです。
 
奈良:  そうしますと、六人の、仏典では、「六人は外道の先生たち」と出ておりますけれども、ある意味では現代と似ていて、さまざまな思想が説かれ、混乱した思想状況があった。いろんな教えが説かれている。従って一体どれを選んだら一番正しい生き方になるのか、ということが社会一般に見失われがちであった。そんな当時の状況だったわけなんでしょうか。
 
中村:  そうですね。今の精神状況と非常に似ているんじゃありませんか。人間が大して変わらないものである、ということにもなるかと思いますが、今、手短にご紹介しました六人の思想家の言っていることは、現代でも誰かがそのようなことを主張しているわけでしょう。それに対する釈尊の答えが述べられているわけなんです。
 
奈良:  釈尊がご自分が生きてこられた道を、私はこういうふうに信じているよ、ということでおっしゃったわけですが、今、ご紹介したものの中で、「正理と法の領域のみを歩んできた」というのがございますが、これはどういう意味でございましょうか。
 
中村:  「正理」というのは、正しい道理ですね、正しい理(ことわり)です。「法」というのは、同じことでして、人間が守るべき事柄、それを「法」と言っているんです。もとの言葉で「ダルマ」と申しますが、帰するところは同じなんです。自分が面倒な形而上学な哲学的な議論にとらわれないで、人間が本当に生きるというのはどういうことか、その道を追究してきたというんですね。「それ以外には〈道の人〉なるものはいない」と。釈尊の立場は、どこまでも「道を求めた人」なんですね。元の言葉で、「サマナ」と申しますが、これを漢字で写すと「沙門(しゃもん)」なんです。だから仏教の修行者は沙門と呼ばれます。これが沙門の道である。本当の人間の道を追究するということに尽きている。それを求めて自分は二十九才で出家して、爾来真実の道を追究してきた、ということを言われるわけなんです。
 
奈良:  「沙門」という言葉は日本語にもなっておりまして、「入唐(にっとう)沙門」であるとか、「沙門道元」であるとか、いろんな形で使えるわけですが、インドの言葉で道を求めて修行する人という言葉の音写語であったわけですね。
 
奈良:  そうすると、「道の人」これが釈尊が道を求める人であり、道を求めて五十年関ずーっと生きてこられたということなんですが、釈尊の生涯というのは、とにかく二十九才で出家をされて、三十五才で悟りを開かれた。その悟りを開かれた後も、その道を求めて歩き続けてきたというのが、眼目になるんでございましょうか。
 
中村:  眼目ですね。道を求めて歩き続けるというところに、釈尊の実践が尽きているということが言いましょう。
 
奈良:  そうしますと、釈尊のお悟りというものが、何か頭で理解したとか、わかったからもう後はそれを教えるだけでいいんだということではなくて、勿論いろいろなことが頷かれ、それが教えとして、言葉になったのは違いないんですけれども、それだけではなくて、あくまでもその道を歩き続けていく。いうなれば、実践、そこに一つのポイントがある、とみてよろしいと思うんですけれども。
 
中村:  そういうことが言えると思いますね。釈尊は、「俺は悟りを開いたんだ。後は何をしてもいいんだ」というような生き方、説き方はされなかったわけなんですね。生きている人は始終いろいろな問題にぶつかるわけですよ。本当の道という立場からみれば、どうすべきかということを常に考え、道を求める。その度に自分で解決し、また人にも教えを説かれたわけです。だから場合によって、あるいは相手によって教えが多少違うわけですね。だから八万四千の法門がある、と言われるわけなんですが、根本は一つなんです。
 
奈良:  そうでございましょうね。根本が一つで、いろいろ頷かれて悟りを開かれる。但し、お釈迦さんであれ、お弟子さん方であれ、生身の人間でございましたし、生きていく時にはさまざまな問題があったに違いない。そうした問題をさまざまに解いていく時に、その時その時に懸命にそれにぶつかっていって、基本は道というものを踏まえながらその解決にはかっていく。常に先に進むことを目指し、努力を続けながら生きていたところに、釈尊の悟った方としての生涯があった、ということですね。
 
中村:  釈尊の一生八十年の間に、いろいろなことがあったわけですよ。大勢のお弟子を連れておられると、あの時は飢饉が起きたりして、大勢のお弟子たちが困ったこともある。あるいは、国王が干渉してきたこともありますし、盗賊に脅かされたこともある。いろいろなことがあったんです。その度毎に、本当の道を求める人という立場からどうすべきかと考えて、適切な解決を与えたというのが釈尊の生き方だったと思います。
 
奈良:  それが道を求める人であり、「道の人」の生き方であった、ということかと思うんですけれども、それに関連致しまして、すこし後代のものかと思いますけれども、もう一つ経典をご紹介をしながら、またその話を続けて伺いたいと思います。
 
     生存の苦しみが幾百とあっても、それを乗り越えようと願い、
     人々の災いを除こうと願い、数多くの幸福を受けようと願う人々は、
     〈さとりをめざす心〉(菩提心)を常に失ってはならぬ。
         (シャーンティデーヴァ『さとりへの行い―入門』)
 
シャーンティデーヴァという人の書いた『さとりへの行い―入門』という経典からの一節でありますが、ここに、「生存の苦しみが幾百とあっても、それを乗り越えようと願い」とあります。悟りを開いたと言ったところで、後何も空気のようにスーッといけるわけじゃないわけですから。
 
中村:  今生きている我々にとっても響く言葉ですね。このシャーンティデーヴァという人はあまり日本では知られておりませんけど、大乗仏教の実践哲学を説いた人として、少なくとも学者の間では有名な人なんです。年代は、と申しますと、大体六百五十年から七百五十年ぐらいだろうと学者は推定しているんです。わが国に当て嵌めますと、大化の改新の頃から奈良時代に東大寺の大仏さまが造られましたほぼその時代の人だろうと言われております。彼の著作はサンスクリットで原典が残っております。この人は実践ということを真剣に考えて、人が生きるというのはどういうことであろうか。人は個人個人が孤立して生きているんじゃない。お互いに人々は寄り合い、助け合って生きているわけなんですから、本当の仏道の実践ということは、自分の苦しみを除くとともに、他の人々の災い、苦しみを除くことである、と。それで今のような言葉を述べているわけですね。世の中には生存の苦しみが無数あるわけです。これは生きている限り除くことはできないでしょう。けれど、それを乗り越えたい。また人々の災いも限りなく起きるわけですね。だからそれを除いて克服していきたい。それによって多くの幸せに預かりたいと願う。これが悟りを目指す道である、と。「悟りを目指す心」という言葉を彼はここで使っていますが、これは漢訳の仏典では、「菩提心(ぼだいしん)」というんですね。「菩提」というのは「悟り」ということです。「悟りを目指す」というのはどういうことか。これは我も人も共に幸せになるように、ということを目指すその行いの中にあるんだというのが、彼の立場なんです。
 
奈良:  「悟りを目指す」と言いますと、なんか自分一人の、私は悟ったぞ、ということを求める心のように受け取れがちなんですけれども、シャーンティデーヴァがいう時には、自分は勿論仏法の修行が進んでいく。そして自分の生き方が法にかなったものとなっていく。と同時に、それが他人と幸せを分かち合っていくものでなければならない。こういうことをいうわけでございますね。
 
中村:  そうですね。「悟りを求める」と言いますと、世間ではちょっと誤解があるんですね。どっか人知れぬところに一人閉じ籠もって自己閉鎖になること、それが悟りを求めることと思われていますが、そうじゃないんですね。「悟り」、「菩提」の元の言葉は、「ボーディ」というんですが、それは「知ること」という意味なんです。つまり人間は人間の生存の真の姿を知っていないわけですね。とても全部は知りきれないでしょう。けど、それを知ろうと望む心ですね。それを考えてみますと、身体は他の人と別なんだけれども、見えないところでお互いに結び合い、寄りそって助け合って人々は生きているわけですね。そこまで知るということが及ぶ。その立場から実践するということになりますと、人々と共に生きていくということになるわけなんです。
 
奈良:  人々と共に生きていくということになると、一回や二回のことじゃなくて、死ぬまでそれが続いていくことになるかと思うんです。よく「菩提心を起こす」と言いますと、何年何月何日この時間に私は菩提心を起こしました、発願致しました、ということで終わっちゃうんですが、今の文章では、「菩提心を常に失ってはならぬ」とありましたから、菩提心を一回起こせばいいというものではなくて、持ち続ける、ということなんですね。
 
中村:  そうですね。発願―願いを起こす、ということは、これは絶えず続けることなんですね。一旦こうしたいという願いを起こす。またしばらく経ってからまた新たに決意を起こす。そしてまた新たに理想を願うということで、絶えず繰り返し行われる筈のものですね。
 
奈良:  シャーンティデーヴァの格調高いお話を今伺いながら、こういう例を出すと雰囲気を崩してしまうかも知れないんですけれども、道元禅師の教えの中に、「発菩提心は一回だけじゃダメだ。百千万回もしろ」というのがございました。これを禁煙の誓いに当て嵌めて考える向きがございまして、発菩提心と禁煙の誓いとは次元が違うんですけれども。
 
中村:  でもやっぱりその一つですわね。
 
奈良:  「さぁ、タバコを止めよう」と一度発願して、大抵それでお終いになるから続かないんで、道元禅師の言われるように、百千万回菩提心を起こせ、というと、タバコが吸いたくなった時に禁煙の誓いを新たに立て直す。また発心(ほっしん)する。発心、発心、発心というのを無限に続けていくと、なるほど、その禁煙は成就するわけでありましょうけれども。
 
中村:  最初はそういう誓いを起こすのは苦しんでしょうから、意識的にやるわけですね。けれども、決心を新たにすることを繰り返していますと、そうすると、それが身に付くわけでしょう。いつの間にか新たに決意しなくても、独りでにその願いが成就されている。身についてくる、ということになるんじゃないですか。
 
奈良:  身に付くものになってきますでしょうね。ということは、菩提心を起こすということはシャーンティデーヴァが言っています通り、常に失ってはならない。それが一生懸命努力して発心を起こさなければいけないこともございますでしょうし、身に付いたものとなっても、常に菩提心は働いているわけでしょうから。
 
中村:  そうです。身についたからいいなと思って安心していますと、また忘れてしまうことがあるでしょう。善いことは忘れないように、改めて反省し直すということも必要じゃないでしょうかね。
 
奈良:  そういうふうに菩提心を常に起こし続けていく、ということは、特に菩提心を起こしますと、当然それなりの修行が付随する道理でありましょうから、常に菩提心を起こしていくということは、常に修行そのものが続いていく。いつまでも修行が終わらないという。
 
中村:  これは一生続けないといけないわけですね。また油断をしてはいけない、ということになりましょう。
 
奈良:  それが釈尊の言われる「道の人」ということでしょうか。歩み続けてきたということに関わってくるかと思うんですが、面白い表現ですけれども、「お釈迦さんも弥勒(みろく)さんも常に修行中だ」という表現がありますね。
 
中村:  なかなかいい言葉ですね。
 
奈良:  かなり前に論争があった記憶もございますんですが、「お釈迦さんのお悟りは未完成だ」などという方がございまして、物議を醸し出したんですけれども、決してそういう意味じゃなくて、常に道の人として修行を続けていくということを言いたかったんだろうと思うんですけれども。
 
中村:  そうです。世の中がどんどん変わるんですから、だからそれに応じて願いを、決意を新たにするわけでしょう。だから未完成だ、と言ったって構わないんじゃないですかね。
 
奈良:  もうこれでいいということがないんだ、という意味において、常に歩き続けていく、というところに大切さがあるとするならば、もうこれで完成した、昼寝していいよ、というのはない道理でございましょうからね。そういう意味で、「波羅蜜多(はらみた)」という言葉がございまして、このシャーンティデーヴァも具体的な修行の実践として、「六波羅蜜(ろくはらみつ)」を説いているかと思うんですが、この「波羅蜜多」という言葉を先生は、「完成」というふうにお訳しになっておられますね。
 
中村:  私は、「波羅蜜多」を「完成」と訳しております。なかなか難しい言葉なもんだから、漢訳の仏典では「波羅蜜」とか、「波羅蜜多」という漢字で音を写しているわけなんです。元の言葉で、「パーラミター」ですが、「パーラ」というのは「彼岸(ひがん)」という意味です。彼方の世界、理想の世界ですね。それから「ミター」は、そこに到ることという意味なんです。ですから完成を目指していくことですね。人間はどういう点に心懸けて完成を目指したらいいかということで、いろいろ説き方がございますが、仮に六つの完成をいうわけです。これを漢字で分かり易く言いますと、「六度」ともいうんです。「度」は渡すという意味です。だから我々は常に迷っている、考えあぐんでいることがある。それを彼方へ連れていく。つまり道を求めて彼方に向かって進む、という意味なんです。主な項目として、「施・戒・忍・進・禅(定)・慧」の六つあるというんです。「施」は施すということ。人に何かを与えることなんです。「施す」というと、上の人が下の人に与える、というような意味にとられるおそれがありますが、そうじゃなくて、「施す」というのは普く広める、という意味なんです。だから人に何かを与えるか、あるいは奉仕して、その徳が普く及ぶという意味で、それで「施」という字を使ってあるんです。それから人は生きていく間に絶えず選択に迫られます。「こういうことはしていい、こういうことはしてはいけない。こういうことはしないでおきましょう、こうしましょう」という戒めが「戒」ですね。それから現実の世界ではなかなか自分の気にくわないこともあるわけです。けれど、それを耐え忍んでいく。最初のうちは、しゃくだなと思っても耐え忍ぶわけですが、耐え忍ぶに慣れますと、あまり努力しないでも怒らないですむ、自ずから耐える、ということになりますですね、これが「忍」です。「進」は進むという意味ですが、これは「精進」とも申しまして、努力すること、努め励むことです。積極的に動く、と。「定」は、心を定めることの意味で、「禅定」とも申します。坐禅の禅と同じ意味なんです。その結果本当の智慧が現れてくる、というのでそれを「慧」と申します。それで六つ立てるわけですが、どれ一つとってみても、みな他の徳と相互に入り会い、助け合っているわけです。逆にまた一つを完成しようと思うと、他のものも実現しようと努めねばならない、そういう関係にあるわけです。
 
奈良:  それは大切なことのように思うんですけれども、「六波羅蜜」と言いますと、一つ一つ別々なように感じますけれども、布施が完成されていくためには、戒とか、忍とか、精進努力とか、禅定とか、智慧というもののバックアップがなければ本当のものになりませんでしょうし、どれ一つを取り上げても他のものとの関わっている。ある意味では手の五本の指みたいなもので、それぞれ別々ではあるけれども独立では動きにくい。そんなふうにみてよろしゅうございましょうか。
 
中村:  そういうことになりますね。人間はいろんな働きを持っていて、いろんな活動を示すわけですが、それは孤立したものじゃないですね。お互いに寄り合っているものですから。
 
奈良:  原始仏典の中から、今のお話の最初の特にその布施が、広く及ぼすこと、奉仕ということを通じて仏法の深い領域に達したという話がございますので、それを一つご紹介しながら、お話を伺いたいと思います。
 
     皆さんは、出家したのですから、一つにまとまること、
     水乳のようにあらねばなりません。
     ・・・今後はお互いに看病し合ってください。
     他のひとの病を看(み)ることはわたしを看ることにほかならないのです。
            (『雑一阿含経(ぞういちあごんきょう)』四十)
 
ここは、どういう状況のものかちょっと教えを頂きたいんですが。
 
中村:  これは出家した人々が、お互いに修行者として共同生活を行っております。共同生活を行う以上は、互いに仲良く暮らさなければいけない、ということが言われているわけです。和の精神といえば、ここに落ち着くかと思いますが。ところで、こういう話があるんです。釈尊が長くおられたところは祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)と申しまして、インドの北の方でネパールに近いところですが、今でも祇園精舎の遺跡が残っております。そこに修行僧たちが大勢住んでいたわけですが、その中に一人重病のお坊さんがいた。病んでいますし、身体が動かせないものですから、身の回りも汚くなっていたわけですね。他の人が面倒を見てくれなかった。ところが、釈尊はその病人の修行者のところへ行って、積極的に身の回りを奇麗にしてやって、洗濯もして看病された、という話が仏典に出ているんです。中国の有名な巡礼僧の玄奘三蔵(げんじょうざんぞう)が祇園精舎の跡に行きました時に、「ここが釈尊が病人を看病された場所です」と、そこに住んでいる人が教えてくれた。それに非常に感激した、ということを玄奘三蔵は述べております。そのように病める人、さらに広めて申しますと、悩んでいる人、困っている人を助けてあげるというところに仏教の教えがあるんだ。だから、そういう病人の修行者を看病するということは、実は仏さまに仕えて、仏さまを看病するのと同じことだ、ということを説いておられる。
 
奈良:  「他のひとの病を看(み)ることは、わたしを看ることにほかならない」とありますから、仲間がお互いに助け合って病気の看護をしていくということが、仏さんに仕えること、奉仕することと同じ意味を持つんだ、ということですね。
 
中村:  そうです。それを広げますと、広く世の人々のために奉仕し、仕えるということになると思います。別に狭い教団だけに限ったんじゃないんです。と申しますのは、当時の教団は志のある人なら誰でも受け入れましたから、その気持ちというのは世の中に広く伝えられるべきものだったわけです。
 
奈良:  そうした布施というのが、この場合、他人に対する気遣い、病気の看護もその一つでありますし、奉仕行でありましょうし、それが布施の重要な徳目であり、釈尊が道の人として五十年間歩み続けてきたというのは、そういう内容を持ったものだったわけでございますね。
 
中村:  そうです。その精神はその後にも伝えられまして、ことにインドでは興味深いことに、人間のために病院ばかりじゃなくて、動物のための病院というものが、昔から作られていたんです。仏教が中国へ移ってきますと、養病房というのが制度として作られました。病を養う房舎―建物ですね。これは仏教者によって作られたんです。そして日本にもその理想が受け繋がれまして、伝統として生きておりました。道昭(どうしょう)律師とか、忍性(にんしょう)律師という人はまさに代表的な人ですが、広く行われたものです。
 
奈良:  そうしますと、釈尊以来、こういうふうに「自他不二(じたふに)」と申しますか、原始仏典の中にも、「他人様の命を自分に引き当てて」という表現―先生もお書きになっておられたと記憶しておりますが、そうしたものの中から自分と他人というものを、共に生き、助け合いながら生きていくということが、非常に中心的な生き方になろうかと思いますし、当然それが布施ないし奉仕ということになろうかと思いますが、ここでもう一つ奉仕ということを通じて仏法の悟りに到達したという一つの例をまたご紹介を致したいと思います。これはチューランパンタカ長老という人が、若い頃のことを思い出して書かれた詩ということになっております。
 
     チューランパンタカ長老の詩
     わたしの進歩は遅かった。わたしは以前には軽蔑されていた。
     兄はわたしを追い出した。
     「さあ、お前は家へ帰れ!」といって。そこへ尊き師が来られて、
     わたしの頭を撫でて、わたしの手を執って、僧園のなかに連れて行かれた。
     慈しみの念をもって師はわたしに足拭きの布を与えられた。
     ―「この浄らかな物をひたすらに専念して気をつけていなさい」といって。
     わたしは師のことばを聞いて、教えを楽しみながら、
     最上の道理に到達するために、精神統一を実践した。
     わたしは過去世の状態を知った。
     見通す眼(まなこ)(天眼(てんげん))は浄められた。
     三つの明知は体得された。ブッダの教えはなしとげられた。
            (『チーラガータ』五五七ー五六二)
 
チューランパンタカは、漢訳経典では周梨槃特(しゅりはんどく)として知られていますが、
 
中村:  そうです。漢字で音を写しましてね。
 
奈良:  これは釈尊の教えにしては理屈っぽいことがまったくございませんで、大変分かり易いと申しますか、事柄に即した経典でございます。言わんとすることはどういうことなのか、もう少し状況を説明を含めてお話を伺いたいんですが。
 
中村:  チューランパンタカの話は、仏典の中でよく知られているものなんですが、いろいろの書物に伝えられていますけど、今ご紹介くださいましたのは『テーラガーター』の中に出てくるものですね。古い形で、そして簡単に伝えられているので分かり易いと思うんです。チューランパンタカは、兄のマハーパンタカと共に釈尊の教団に入って、お弟子になったわけですが、兄のほうは秀才だったんです、頭が良かったんです。ところが弟のほうはどうも頭が悪くて、覚えが悪い。だから人にバカにされていたんですよ。それで、お兄さんのほうが怒りまして、「お前はダメだ。見込みがない。家へ帰れ」と言ったということが、ここに出ておりますね。そして叱られているところへお釈迦さまが来られて、「私の頭を撫でて」と書いてありますが、おそらくまだ小さかったんだろうと思うですがね。
 
奈良:  そうでございましょうね。きっと秀才の兄さんにこう怒られて、きっと涙かなんかこぼしながらガッカリしていたところへ釈尊が見えて、「頭を撫でて手をとって」と言いますから、やはりまだ小僧さんといいますか、小さい方だったんでしょうね。
 
中村:  そうですね。その釈尊の慈しみの心がよくここに出ていると思うんです。それは「まあこっちへ来い」と言って、僧団の共同生活をしている中へまた連れ戻されたわけですね。そして、「慈しみの念を持って、釈尊は私に足拭きの布を与えられた」というんですね。これはどういうことかと申しますと、「この清らかなものをひたすらに専念して気を付けていなさい」というんですが、これは年長の人が、あるいはお客様が来られますと、インドでは足を洗うための水を用意するという慣わしがあるんでございますね。と申しますのは、インドは日本よりも空気が乾燥しておりまして埃っぽいんですね。だから家へ帰って来て上がる前に足を洗う。その時に水を差し上げて、足を洗って浄めてあげるというのが一つの礼儀になっているんです。このチューランパンタカはまだ若い小僧さんだったんでしょうが、それで先輩の人たちのために足を洗う、と。ただそれだけのことです。それなら彼だってできたわけです。だからお釈迦さまは、「これならできるだろう。やってごらん」と言われた。その足を拭いてあげるというその行いが、これは実は考えてみると非常に尊いことである。それによって足を浄めるばかりでなくて、受ける人、足を洗ってあげる人の心を浄めることになりますね。これは大きな修養ですね。それによって、彼は功徳を積んで、やがて悟りを開くことになった、と言われております。それから他の伝えによりますと、彼は詩の文句をなかなか覚えることができなかった、というんですね。それでみんなからバカにされたけれども、しかし拭き掃除なんかをやっている間に、やがて覚えるようになった、ということを、別の伝えでは言われております。
 
奈良:  確かに人の足を洗ってあげるということは布施の一つであり、奉仕の行である「下座行(げざぎょう)」という言葉がありますけれども、下座行を続けるということは、自分の中に頭を持ち上げてくる自我とか、俺は、といったようなものを潰さなければ奉仕はできないわけですし、人に尽くすという行為が身に付いてくるわけでありましょうし、そうしたものが重要な修行になっていたわけなんでしょうね。
 
中村:  足拭きの雑巾を世間的にいえば汚れているものと思うかも知れないけど、浄らかな心が籠もっているから、尊いものだ、清らかなものである、という教えがここに述べられているわけですね。だからこのことはジッと心に思いなさい、と釈尊が教えられたわけなんです。
 
奈良:  チューランパンタカはそういうことを続けていくうちに、つまり奉仕行を続けていくうちに、ハッと思い当たることがあり、悟りの目が開けてきたわけでございましょうか。
 
中村:  悟りの目が開けたということを、この書物では、「過去世の状態を知った」「見通す浄らかな眼(天眼)を得た」というわけです。それから「三つの明知が得られた」とございますが、これは仏教の教義のほうでは、過去世を見通す智慧と、未来世に如何なる報いを得るかということを見通す智慧と、それから自分の修行によって煩悩が消え失せたということを確かに知る智慧と、その三つをいうんです。これはまあ教義的な説明ですね。元は三つの明知というのは、三つのヴェーダのことを言ったんですよ。ヴェーダとはバラモンたちが重視する基本の経典で、昔から三種あるものですから三ヴェーダと言います。釈尊の教えはむろん三ヴェーダとは関係がありませんが、しかしヴェーダはいかんということは言わないんですね。名前だけ残して、その内容をすっかり改めて、ほんとに実践的な清らかなものにした、というのが実情であります。
 
奈良:  ということは、当時の仏教徒が納得するような形での悟りを得たよ、頷きが出たんだよ、法に対する眼が開けたんですよ、ということの表現であると、そういうふうい受け取っておけばよろしいわけですね。
 
中村:  そうです。分かり易く胸に迫るような説き方ですね。
 
奈良:  「一事が万事」という言葉がございますし、あるいは「挙一蔽諸(こいつへいしょ)」ともいうんですが、一をあげて諸々のものを蔽う、という。つまり先ほどの六波羅蜜ですが、布施、奉仕というものをトコトンまでやっていくことによって、他のほうの五つのことをも含んだ形で、正しい道を歩く眼が開けてきた、そういう状況をここで述べているわけですね。
 
中村:  そこまで眼が開けたということですね。
 
奈良:  釈尊ご自身が、正しい道と法の領域を歩き続けてきたんだということを、もう少し集約的に表現した重要な仏教の言葉がございますので、それをご紹介をしながら、またお話を伺いたいと思います。
 
     菩提心を因(いん)と為(な)し
     大悲を根本と為し
     方便を究竟(くきょう)と為す
        (『大日経』)
 
これは『大日経(だいにちきょう)』からの大変有名な言葉ですね。
 
中村:  『大日経』といいますと、真言密教の根本経典ですね。その最初の大事な教えを述べている「十真言(じゅうしんごん)」の中にある有名な言葉なんですが、簡潔に述べられておりますね。
 
奈良:  菩提心は、先ほどシャンティデーヴァの話にも出てまいりましたし、悟りを求めていく心は、一回ぽっきりのものではなくて、それをずーっと死ぬまで持ち続けていくことだ、というようなことを、先ほど伺ったんでありますが。
 
中村:  悟りを目指して求めるということ、その心が原因となっている、と。その原因がなければ何も実現しないわけですが、それで「菩提心を因と為(な)し」というわけです。
 
奈良:  その次の「大悲」と申しますのは。
 
中村:  これは、今度具体的に実践するためには、大いなる哀れみの心、人と共感する気持、それが根本になければならない。菩提心のほうはどちらかと申しますと、知的な表現で真義を目指すほうです。けど、それが具現する場合には、人々に対する慈悲の心がなければいけない。だから大悲が根本となるわけです。智慧と慈悲という二つのものをここへ並べて、違った面においてその意義を明らかにし、強調するという、そういう説き方がなされているわけです。
 
奈良:  菩提心と大悲、智慧と慈悲ということが、片っ方が原因で、片っ方が根本だということは、表現としては分かれているんですけれども、実際にそれが生活の中で働き出る時には一つのものとして働き出る。裏表のようなものでございますね。
 
中村:  我々は一応分析すると二つになるけれど、実際は両方が一つになって働いていると思います。それが現れると方便になるわけですね。
 
奈良:  「嘘も方便」などという言葉がすぐ出てくるんですが、どういう意味でございますか。
 
中村:  これは「方便」というのは手立てという意味です。理想を実現するといっても頭の中で思っているだけで実現するわけじゃないでしょう。実際にはどうしたらいいかなと思って、実現する手立てを考えるわけですね。
 
奈良:  慈悲と智慧が一つのものの表裏をなして、これが具体的に働き出す時にはどうしても具体的なさまざまな手立てとか、方法とか、具体的な行為で出てくるわけで、そうした具体的な形を方便というのですね。
 
中村:  そうです。具体的な形で出てくるものが「究竟(くきょう)と為す」とありましょう。これは非常に深い意味を持っていると思うんです。と申しますのは、我々が具体的に現れるものの彼方に、何か別の根本的なものがある、と思いますね。これをもう少し現実的な場面に当て嵌めてみますと、我々は人々との人間関係の中に生きているわけですが、抽象的に漠然と考えますと、素晴らしい理想の人物がどこかにいるだろう。今この周りにいる人はとてもそこまでいっていない、という具合に思いがちなんですが、考えてみると、私なら私が置かれている場面がもう究竟(くきょう)のものなんですね。最終的な、究極的なものです。だから、理想の世界というのはここに求めなければならない。本当の師とか、或いは友人とか、そういう人も、今ここにいるわけなんですね。その中に見出すべきである。あるいは家庭でも、自分の両親なり、配偶者がもっといい人であったらいいななんて思うかも知れないけども、いや、ここに自分と縁のできているこの人が究竟(くきょう)のものなんで、その人の中に絶対の意義を見出すということ。つまり現れがそのまま絶対の意義を持っている、ということを強調していることになる。真言密教のある意味で、極意を述べているものだと思いますね。
 
奈良:  なるほど、その通りだろうと思うんでございますね。今というものをほんとに充実しきった形で生きていきませんと、じゃ、いつ充実した人生が展開するか。明日一生懸命やるよと言っても、それがまた明後日(あさって)に延びてしまうでしょうし、「今を生きる」という言葉がございますけれども。
 
中村:  そういうことになると思いますね。非常に苦しい場面に置かれますと、あぁ、今日は嫌だ。明日になれば、と思って明日を待ちますね。けど、明日にいい場面がくるというものじゃない。今生きている、今与えられている場面というものが絶対のものであり、最上のものであり、もっとも有り難いものだ、と思って受け取る。それによってそこに新しい光が現れるということになるんじゃないですか。
 
奈良:  そうしますと、この方便というのが、何か頭で手練手管(てれんてくだ)を考え出してなどというものではなくて、ほんとに自分が今置かれている現状を正しい方向で、それこそ慈悲と智慧というものを体しながら生き抜いていく自分の生き方そのものが方便であるということになってまいりますね。
 
中村:  自分の生き方を探る場合に、「こうしたらこうなる、ああしたらああなる」という具合に、目的と手段の関係にありますから、目的に対していえば手段であるから、その手段を方便というわけです。決して手練手管という意味ではないんです。俗語ではだいぶ崩れた意味になっておりますが。
 
奈良:  そうなんですね。そういうふうに生きていくということが、先ほどのようなお話で、慈悲と結び付いておりますし、自分も一生懸命生きると同時に、他人様と共に正しく生き合っていく。そうしますと、結局例えば「自未得度先度他(じみとくどせんどた)」という道元の言葉もございます。自分が未だ得度しないのに、先に他人のほうを渡す、と。要するに、「利他行(りたぎょう)」のことですけれども。
 
中村:  これは大乗仏教の究極の立場ですね。ぎりぎりの実践がどういう立場にあるか。自分がよい目に会う前に、まず人を助け、人を救う、それが大乗仏教の理想である、というわけです。
 
奈良:  そうでございましょうね。それが決して自分が潰れてしまうなんていうことでなくて、他人に対して尽くし抜いていくところに、より正しく自分を主張し、自分が生き抜いていく、いわば自己の確立もあるわけでございましょうし。
 
中村:  そういうことになりますね。自分と他人とが別のものでありながら、両方共に生きるような道を求める、ということになるわけです。
 
奈良:  そうでございましょうね。本日が一年にわたる十二回の最終回の纏めという。そして、さらに今日いろいろとお話を伺ってまいりましたことのまた纏めという意味で、最後に人間の願いをまことに端的に表現した仏典の言葉がございますので、それを最後にご紹介を致したいと思います。
 
     願わくば此の功徳をもって
     普(あまね)く一切に及(およぼ)し
     我等と衆生と
     皆共に仏道を成(じょう)ぜんことを
        (『法華経』譬喩品)
 
『法華経』譬喩品(ひゆぼん)の中からの一節でありますが、これはいろいろ現在の各仏教教団におきまして、お経を読みました後で必ず唱える回向文(えこうもん)でございますね。
 
中村:  「回向」というのは、功徳を振り向けるという意味ですから、だから自分が行ったこと、すべて成し遂げたこと、その功徳を普く人々に及ぼすことにしたいという、その気持を述べたものとして、この『法華経』譬喩品の中の言葉がまことに適切なものであるというので、諸宗派で用いられるわけでございますね。大体どの宗派でもこの文句を唱えられますが、浄土教の諸宗派では、唐代の中国の善導(ぜんどう)大師が文句を少し改めた「願わくばこの功徳をもって平等に一切に施し、同じく菩提心を発(お)こし、安楽国に往生せんことを」と唱えることになっておりますが、趣旨は同じことなんです。
 
奈良:  「我等と衆生と皆共に仏道を成ぜんことを」というのが、善導大師のお言葉ですと、「同じく菩提心を発(お)こし」となっていて、内容的には同じことであろうと思いますですね。
 
中村:  自分一人、どこかいいところへ、極楽へでも行こうなんていうんじゃなくて、我らと諸人(もろひと)―諸人ばかりじゃなしに、理論的には生きとし生けるものを含めるわけですね。みな共に仏道を進みたいものだ。そういう願いがここに表現されているわけです。
 
奈良:  その願いの内容をなすものが、六波羅蜜であり、特に布施とか奉仕ということで、他人に尽くしていくということ。ということは、決して自分を潰すことではなくて、自他共に生きていくことでございましょうし、共に生きるということが大きなポイントになろうかと思いますね。
 
中村:  そうです。この頃の宗教家、宗教指導者の中では、「共生(ともい)き」ということをおっしゃる方もいますね。共に生きる。簡潔に要約するとそういうことになると思います。
 
奈良:  「共に生きる」ということは、自分が自分のそれなりの願を起こして、いろいろなことがあるけれども、それを克服しながら正しく教えに従って生き抜いていくということを覚悟し、努力しなければいけないわけでありましょうし、常に他人様に対して働きかけていくものでなければならない。みんながそういう形で生きていくところに「共生き」―一緒に生きるということが現成してくる。
 
中村:  他人と離れた自分というものはないんですからね。この頃「自己の確立」などと、よく申しますけど、どうかすると他人と離れた自分だけを主張する、要求する、というような傾向がなきにしもあらずですけど、自分というものは他人と決して離れていないので、自分が生きることができるのは、他人様のお陰なんですから、「我等と衆生と皆共に仏道を成ぜんことを」ということを願うわけです。
 
奈良:  それが「自己の確立」であり、「自由」―「自らに由(よ)る」ということでしょうか。
 
中村:  そうです。本当の「自由」という意味はそこにあるんですね。「自由」という言葉は、禅の語録によく出てくるんですが、自己に由る、と。その自己というものは他人と共にあり、他人に助けられている自己なんですね。それを実現する。それを自覚しながら生きていくから自由なんです。
 
奈良:  現代はいろいろな形でエゴが蔓延(はびこ)りすぎているということがよく言われるわけですけれども、社会の発展に伴って、そうした傾向が以前よりも出てきている面があろうかと思いますけれども、そうしたことも含めて、私ども一人一人が人間の願いとして、そうしたことを考えていかなければいけない。
 
中村:  そうです。今おっしゃいました「ケチな自我」というもの、「ケチなエゴ」を克服して、「大いなる自己」を実現する、ということを目指して進もうじゃないですか。
 
奈良:  それが「人間の願い」ということであろうかと思います。先生、長い間どうもいろいろ有り難うございました。
 
中村:  有り難うございました。
 
 
     これは、平成元年三月十二日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである