アマゾンの星の下で
                                画 家 田 畑   弘
                                ききて 白 鳥  元 雄
 
 
白鳥:  画家田畑弘さんは昭和四年、富山県のお生まれ。富山師範で美術を専攻し、卒業後、山深い五箇山(ごかやま)地方の小学校を振り出しに、十年余り学校で教えながら、絵を描く生活を続けました。昭和三十八年学校を退職して、絵の道一筋の生活に入り、フランスへ留学しました。ところが、ブラジルへ旅した時、アマゾンの奥地に昔のままの姿で自然と共存して平和に生きる原住民がいると聞き、矢も楯もたまらず会いたくなり、さまざまな困難を乗り越えて密林に入ることに成功し、現地の人々と、ともに暮らす体験をもつことが出来ました。帰国して、「アマゾン讃歌」と題した連作を発表し、現在は旧約聖書、新約聖書を題材にした作品に取り組んでいます。最初に教師として赴任した五箇山地方の生活を懐かしんで、アトリエの傍らに囲炉裏を設けているという田畑さんを東京練馬区のお宅にお訪ねしてお話を伺うことにしました。
 

 
白鳥:  田畑さんの色づけは凄くダイナミックですね。右左(みぎひだり)両方使われて。やっぱりアトリエの中というのは凄い濃密な緊張感ですね。
 
田畑:  僕の場合はぱっと集中しないとなかなか手が動かないものですからね。いつもこう上塗りの太い筆と細い筆と両方頂いて。それから、大きい描く時にはこっちと、ちょっと細かくやる時にはこっちと。これは新約聖書のマリアさまの「受胎告知」というのがありましてね。この背景の光、黄色いような、白っぽいような、なんかいろいろ使っていま すけれども。僕は光のつもりで、これから仕上げていこうと思うんです。それに対して闇、その暗いところですね。光と闇みたいなものが、大抵の僕の絵は、そういう場合が多いんです。それをこの黒に託して、取り敢えず全体の感じを掴まえる。いま、大体そういう段階なんです。
 
白鳥:  ああ、そうですか。作年の個展をなさった時のメッセージで、 田畑さんが、「聖 書こそ、私にとっての究極のテーマである」というふうにお書きになっています よね。しかし、この聖書をこの究極のテーマにされるまでというのは、なかり紆余曲折がございましたね。
 
田畑:  そうですね。一体、「絵とは何ぞや」「一体、何のために絵を描くか」とか、「自 分は何ぞや」みたいな、そんな問いかけをその絵の中に求めていったみたいなところがずうっとありましたから。
 
白鳥:  今日はその辺のお話を伺いに上がりました。こちらでお話を伺いましょうか。
 

 
白鳥:  先生、炭の上に鉄瓶でお湯がチンチン沸いているなんていうのは、今時、これは 贅沢というものですね。
 
田畑:  そうですね。此処は東京ですからね。
 
白鳥:  田畑さんはなんか富山県のお生まれだそうですね。
 
田畑:  そうです。富山県でも高岡ですけどね。
 
白鳥:  お小さい時から絵はお好きだったですか。
 
田畑:  ええ。絵はもう小学校の時からですね。たまたまコンクールかなんかで褒めて貰 ったりして。そういうことがあって、〈将来、じゃ、絵でも描こうか〉というなんかね。僕の場合は。ですから、子どもの時から絵描きになりたい、という、そういう願望はありました。
 
白鳥:  それもお血筋なんですか。
 
田畑:  そうではないんですけどね。たまたま父親が彫金(ちょうきん)で仏壇金具なんかを作ってい たんですね。そういう関係で僕を横に置いて、そして、下絵を描く時に、細い、 この面(めん)(そう)と言うんですけど、この筆を使って、「こういうふうに描け」と言って、こうやって教えるんですよ。
 
白鳥:  そういうふうに持つんですか。
 
田畑:  こうやって真っ直ぐ持つんですね。そういうことがあって、余計好きになったの もあると思いますけどね。未だにこうやって離さないんです。僕の絵に必ずこれが出てくるんです。
 
白鳥:  中学、それから、師範学校も美術の方を専攻されて、
 
田畑:  はい。卒業して、どこへ就職しようかなあ、という時に、一日中、絵でも描け るようなところ、というので、大自然をさがして、富山県と岐阜県との丁度県境に平(たいら)村というところですけれども。
 
白鳥:  五箇山(ごかやま)と言われる方ですね。
 
田畑:  そうです。今はもう「五箇山」ということですね。皆さん、知るようになりましたけどね。その時はほんとの山奥で、そこへ行ってのんびり絵でも描いて、じっくり教育をしながらというような感じで、まあ庄川と言う川を登って行ったんです。ところが、ほんとに行ったら、風景は綺麗ですし、四季折々の花も咲きます。山菜が美味しいです。それから、何よりも人がいいんですね。その山の人たちというのは、ほんとに親切で、柔らかい感じがするんです。子どもたちもそうなんです。非常に素直で、町の子どもとはちょっと感じが違うんですね。遊び場は山ですからね。その中で絵を描いたり、子どもたちにいろんなことを教わったりした中で、「炭焼き小屋」というのを描いたんですね。丁度その頃、「県展」という県の展覧会がありまして、
 
白鳥:  富山県の美術展ですか。
 
田畑:  そうですね。そういうコンクールがあったものですからね。「じゃ、出して見ようか」ということで出しました。出したところが、五十号位の絵ですけど、とてもいいご褒美を貰ったんですね。初めて出品して、初めてのご褒美ですから、ちょっと有頂天になりましてね。その時の審査員が棟方志功(むなかたしこう)
 
白鳥:  棟方志功さん、
 
田畑:  そうなんです。その先生は山のすぐ麓の福光(ふくみつ)というところで、山から意外と近い んです。そういうこともあったりして、「是非絵を見て欲しい」ということで訪ねて行ったんです。その後、何回か訪ねて行きました。ある時に、絵を持って行きました。山の絵ですから、風景が描いてあるんですよ。そうすると、紙を持っ て来て、キャンバスの上に紙を置いて、キャンバスの角の方だけ少し見えるよう にして、そこだけ見せて、「これ何だ」というんです。
 
白鳥:  棟方さんのあの近い目で、こうやって、
 
田畑:  そうです。「これ何だ」というんですね。「これ、先生、空ですけど」と言ったら、先生が、「空!、空!。何も言わんじゃないか!」というんです。てっきりからかわれていると思ったんですね。いえーと思って。笑いながら言うんですけどね。僕も笑いながら、〈酷いこというな〉ぐらいの感じで受け止めていたんです、その時は。これが後になって、大変な意味をもっているということがだんだん分かったんです。それから、こういうことがありました。非常に細いところも上手にあの先生は彫られますね。「どうして、こんな細いところを彫れるんですか」というと、「いや、自分が彫るんじゃないよ。私の目はここにくっついているんだ」と、指をさしてね。「指先に目があるんだ。それでもってこうやってやる」「彫刻刀でこう彫っていくから、私は全然知らない。これが彫るんだ」というんです。「人が彫っているんじゃないんだ。これが彫っているんだ」「別な者が彫っている」と言う。これも後になって、物凄い意味をもっているということに気が付くんです。その時は冷やかされている、と思いましたけどね。
 
白鳥:  まだ、二十代の一番若い頃だから。
 
田畑:  そうですね。その時に先生が、「お前、本当に勉強するなら、一度都会へ出て、 もう一回勉強して、それから、また、山へ戻ったらいいじゃないか。自分もその うちに出る予定にしている」という話を聞いたんですね。それで今度、その言葉 が凄く引っかかりましてね。〈やっぱりダメだのかなあ〉という感じで。
 
白鳥:  「ダメなのかなあ」というのは。
 
田畑:  自分は、〈このまま山に籠(こ)もったんでは、ダメなのかなあ〉ということで、ちょ っと考えたんですね。〈よし、じゃ、また戻ってくればいいや〉ということで、思い切って東京へ出るということにしたんです。ところが、東京へ来ると、まる っきり、皆さんの絵を描いている描きっぷりが全然違うんですね。つまり、具象 的な絵というのは、割に少なくて、何だか絵の具を直接キャンバスに絞り出して、足で踏んだんじゃないか、と思うような、非常に何か奇抜な絵とか、それから、形が何か、あるか分からないような、要するに抽象画とか、心象表現的なものが非常に多いんですね。
 
白鳥:  特に戦後はドッといろんな表現法が入って来て、やや、そうですね。私どもも若 いながら、非常に混乱した感じをもっていましたですね。
 
田畑:  もうちょっと呆気(あっけ)にとられましてね。〈あら、これじゃやっていけるからなあ〉 という。それで、ちょっと多少焦りみたいものがありました。〈何とかしなきゃいけない〉というので、まねごと見たいに、自分で形を勝手に崩したりしてやってみるんですけど、どうも納得いかない。たまたまその頃、ご縁があって、今の家内と結婚したわけです。結婚しますと、家内は日曜日になると、教会へ行っているんです。僕も付いて行きますね。そして、行っているうちに、聖書の話なんかも当然聞くわけです。〈これだったら、もしかしたら心象表現として、目に見えないものを描く。イメージ化して、いけるかなあ〉という気がちょっとして来たんです。最初、いろいろ真似事で、なんか無理して模索していたようなものが、〈聖書の絵を描けばなんかそこに気持だけで描けるような感じがした〉ものです から、ちょっとそういうテーマが非常に多くなりましたね。
 
白鳥:  成る程。十年東京で小学校の先生。これはもう美術の専科の先生として活躍され たわけですね。
 
田畑:  そうです。五箇山は何でもやりました。東京へ出ると、専科、絵だけでやってい たんですけど。
 
白鳥:  しかし、それも振り切って、ついにパリに留学される。
 
田畑:  ええ。これはやっぱり十年もいますと、ええ加減、僕の場合はもう心象表現とは 言っても、聖書というなんか膨大なものをテーマにしているわけですから、形になるようでなりません。何かちょっとみなさんの抽象画みたいなのと比べてみても、なんかちょっと違うんじゃないかなあという。ちょっとしたコンプレックスみたいなものがありましてね。〈よし、これ一回出直ししなければいけないなあ〉ということで。僕は子どもの絵も好きでしたから、なかなか学校を辞めるというのは辛かったんですけど、これはけじめをつけなければいけないということで。あの当時はみんなパリに勉強するという雰囲気がありましたから、〈自分もパリへ行けば、なんか道は開けるかなあ〉という。それで背水の陣でパリに行ったわけです。みなさんのように建物を描いたり、街を描いたりする、というのは、どうも僕には馴染みがなくて。目に入るのは古い壁が非常に多いんですね。あの当時、パリは。その古い壁を見ていますと、なんかその親しみをもつというんですか、馴染み易い。色もそうですし、ドシッと落ち着いた。それから、こう傷だらけのところがあってね。古い壁ですからね。なんか語りかけているみたいなことさえ感じるんです。壁ばっかり描いている時に、何となく、いつの間にかですけれども、「お前、ここの傷痛くないか」と触ってみたり、それから、「長い何百年もの間、此処で立っていて、いろんな人がこの前を通ったんだろう。自分にいいものもあったし、悪いものもあっただろうなあ」と言って、自分が話し掛けている。そうすると、ただ、今まで描いていたのと違って、跳ね返ってくるんですよ。返事が来るんです。「おお、そうだ。そうだ」という。自分でそう思い込んでいるだけですよ。自分で言って、自分で答え出して。一人でこう喋っているようなものですからね。漫才やっているような感じなんですが、「おい、絵の具、もうちょっと白色少し混ぜたらいいんじゃないかなあ」というふうに言っているような気がしてくるんですね。「よしよし、分かった。よしよし分かった」と言って、非常に波長が合うんです。
 
白鳥:  成る程。そういう対話性をもってお描きになっている。これが壁の絵なんですか。非常にいい絵ですね。
 
田畑:  その当時はね。その時に、昔、棟方先生がキャンバスの角だけ見せて、「これ空!。返事しなんじゃないか」と言っていたのは、〈僕は対話が無かったんだ〉と思うんですよ。〈対話が無いし、相手を生き物のように考えていなかった〉んですね。多分、そうだろうと思うんです。それが、〈ああ、こういうことか〉という。パリで僕は一番大きな収穫というのは、〈モチーフと対話をする、感動する〉という、そういうことだろう、と思うんです。それから、そういう壁ばっかり溜まり ましたので、友だちが、「日本で一回個展をやらないか」と言って、それで一旦 日本に帰って来るんです。
 
白鳥:  フランスへの留学の勉強も実り、当然、東京での個展も成功して、その後、パリ に戻られる時に、中南米にお寄りになるわけですね。
 
田畑:  そうなんです。それは、丁度その頃、前後して、東京に「メキシコ展」というの が来ていたんですね。その「メキシコ展」を観た時に、これは凄いんですよ。個性的というか、ヨーロッパにないような、凄い誇張した描き方で、本当にもう感 動的な絵があったんです、あの当時はね。そこで、メキシコでさえそういうのだ から、〈もっと南へ行けばもっと凄いのがある〉と思った。非常に単純な発想な んですよ。それで、〈どうせ行くならば、南米廻って行こう〉と。ただ、それだ けのことなんです。ちょっと時間がかかるという程度でね。
 
白鳥:  しかし、流石に三十代の行動力ですね。
 
田畑:  ええ。今はちょっと無理かも知りませんけど。やっぱり、それともう一つは、〈何かさがしたい〉という。自分の絵に対する満足感というのは得ていませんですからね。〈何か欲しい。何か欲しい〉という気持がありましたから。その勢いで、今度、ブラジルへ行ったんです。ブラジルという国は、移民の国として、大体分かっていましたからね。日本人もたくさんいるんだ、ということが分かっていましたから、割と気楽に行きました。で、行って、まだ僕はパリに行くつもりでいるんですけども。それである時に、本屋さんへ行って、週刊誌があるんですけど、それを見ていましたら、ブラック(Georges Braque:一八八二ー一九六三)という絵描きのね。
 
白鳥:  フランスの、
 
田畑:  フランスの絵描きの写真があって、凄い、あまり見たこともないような写真だか ら、珍しく、「わあ、凄いなあ」と思って見ていたんですよ。それでこう頁を捲(めく) っている間に、ずうっと凄いのが出て来るんです。感動がね。もう思い出すと、 胸がいっぱいになるんですけどね。
 
白鳥:  今でも、
 
田畑:  ええ。密林の奧地に、今なお、裸で生まれたままの姿なんですね。生まれたまま の姿で生活している、という凄い写真が出てくるんです。骨格が凄いんですね。それから、「凄い」というのは、生まれたままの姿というだけではないんです。顔が凄いんですよ。表情が。これはヨーロッパの人たちにも、日本の人たちにもない。なんといったらいいか。まあ、敢えていうならば、お釈迦さまの目かな、いや、むしろ、お地蔵さまみたい。お釈迦さまというと、よくなんか囲ったところに入っていますよね。お地蔵さまは野ざらし。野ざらしの中で見る、ちょっと時間の経った、古くなったようなこのお地蔵さまの雰囲気と、なんか似ているんです。〈行ってみたいな。行けたらいいなあ〉という気持は、それは当然出て来ますよね。〈何とか方法がないだろうか〉という。ブラジルの場合は旅行者として、僕は入っていますから、時間的にも制限があります。それで、あの手、この手、いろいろ調べてみたんです。まあ御陰様で最終的にはマトグロッソ州というところの教会の牧師さんが手紙をくれたんです。そして、「ブラジルにはインディオ保護局というのがあるから、そこへ行って聞いたらどうですか」ということなんです。ホッとして、一つの少し糸口が出てきましたね。〈ああ、絶対そこへ行かなければいけない〉。そして、捜して、住所を聞いた。「インディオ保護局」という言葉さえ分かれば、聞く方法はいろいろありますからね。いろんな人を頼って行ってみたら、「お前、何のために来たか」という。「そういう密林に行って、どうするんだ」と言う。それは当然そうでしょうね。誰か分からないも のが突然尋ねてくる。それから、何回も行けば、人というのは解り合えるもんだ、という信念みたいなものが多少ありますからね。それで行ったら、そこの保護局長のアルバロ・ヴィラス・ボァスという方が、「よし、じゃ、少しだけね。長い間、ダメだけど、少しだけ行ってみなさい」と言って、まあ初めて奥地に入る許可をくれたんです。
 
白鳥:  で、「一九六六年八月二十六日」と、この本には、田畑さん、お書きになってい ますけれども、「軍用飛行機に乗って、アマゾンの密林の中に降り立った」と。
 
田畑:  「軍用飛行機」と言っても、荷物を運ぶ飛行機ですからね。そんな大げさなもの ではないんです。それが奥地に入るための飛行機ということになっているんです。それに乗せて貰って、初めてのそういう変わった飛行機ですからね。〈相当高いところを行くかなあ〉と思ったんですけど、意外と低空飛行でね。最初、街があって、だんだんだんだん行くに従って、緑がいっぱいになってきますね。「アマゾンは緑の海だ」というのが、まさにそうなんですよ。地平線までがずうっと緑の。低空飛行だから、意外とそれがよく分かるんです。そういう中に、こうして蛇行したように白い線が見える。それは川なんですね。あとは何にも見えない。パルケ・ナショナル・ド・シングーという目指すスペースのところへ行くわけですけど。
 
白鳥:  アマゾン川の支流になるところですね。シングー川という、
 
田畑:  はい。そうです。その場所が大体四百キロ平方位のところになっていて、その中 に十か十一ですけど、村が点在しているわけです、その当時は。そこにポスト・ レオナルドという飛行機の降りられるような場所があるわけですね。そこへ次の 日降りていくわけです。それが奥地の第一歩。
 
白鳥:  これは介添者も何も付かずに、
 
田畑:  ええ。付きません。それは私一人で。勿論、軍の方いらっしゃいます。荷物の運 ぶ飛行機の中はいます。
 
白鳥:  でも、降り立った時は、もうお一人、
 
田畑:  降り立った時は一人ではないんです。アルバロ・ヴィラス・ボァスが、「ポスト ・レオナルドには兄弟のお兄さんですけど、オルランド・ヴィラス・ボァスというのがいるから、この紙を渡しなさい」。なんかメモ用紙にちょっと書いてくれた。それは紹介状なんです。そのオルランドは当然その飛行機の音を聞いて、そこへ来ていますから。それを見せて、「こういう者だ」と言うと、まあ「よし来い」と言うような感じで。そして、簡単な小屋がありまして、そこへ行ったんで す。そこでとにかく、「一泊しなさい」ということで、ハンモックくれて、まあ 寝るんです。そこはいいんですよ。次の日に、〈何か胸を膨らませて〉というの か、〈不安と、何か緊張感と、嬉しさみたいなもの〉もありましたけれど。それ で大部分はポスト・レオナルドに置いて、必要なものだけを持って、それで言わ れた通り行く。
 
白鳥:  お一人で、
 
田畑:  勿論、もう一人です。それからは一人です。
 
白鳥:  アマゾンの密林を掻(か)き分けて、
 
田畑:  いえ。「掻き分けて」、それはね、
 
白鳥:  道はありました?
 
田畑:  道はそういうわけで、お互いに交流しているパルケ・ナショナル・ド・シングー の範囲内ですから、
 
白鳥:  その部族たちの行交(ゆきかえ)の道があるわけですね。
 
田畑:  ええ。だから、人の歩く道は直ぐ分かるんですよ。もうそろそろの筈だということで、ちょっと休憩するつもりで、木の株みたいなところに腰を下ろして、小休憩していましたら、ちょっと先の木の陰の方に、女の子が、女の子と言っても、七歳か八歳位なのかなあ、年齢はよく分かりませんね。ジッとこうやって見ているんですよ。子どもですからね。僕は子ども大好きですから、何かホッとしますよね。それで直ぐ子どもと同じ目線になって身体をかがめてね。目線が高いと、子どもというのは警戒しますからね。身体をかがめて目線下げて、そして、ニコニコと笑って。怖がるような雰囲気もあまりないようですし。そして、振り向いてどっかへ行ってしまうんですよ。〈まあいいや〉と思ってね。だんだん〈こんな感じかなあ〉というので、なんとなくそこに〈来たという感触〉はそこで大体あるんですね。
 
白鳥:  これが最初の出会いになったわけですね。
 
田畑:  ええ。遠くからの子どもとね。これがそうです。やっぱり生まれたままの姿。そうすると、少し経って、何人か来るわけです。それは、こっちの方からも、ちょっと来たから、見ていた人もいたんだと思いますね。僕がこう歩いて来ているところなんか、知っていたのかも知りません。そうすると、何となく、囲むようになって、みんなニコニコ笑って、こう見て、何を言い出すかというと、「エバタ」こう自分を指して言う。そして、「エバタ」自分の名前なんで
す。
白鳥:  原住民の方が、「エバタ」という名前なんですか。
 
田畑:  僕は「田畑」。向こうは「エバタ」。それから、「カニコ」と言うんです、一人は。「カニコ」。どっかで聞いたような名前ですね。それから、「エクバタ」「トクマン」。もう途端に親しく感じますね。それで、「カナトとに会いたい。カナトに会いたい」という意味のことを言って。「カナト」というのは、一番上の方ですね。「会いたい」と言って。オルランドの指示通りなんですね。「まずその人に会おう」ということで連れて言ってもらったんですね。 そこからが村と僕との生活の始まりというか、一歩になるわけです。
 
白鳥:  成る程ね。ほんとに裸、
 
田畑:  そうですね。その通りです。
 
白鳥:  そうなんですか。
 
田畑:  模様付けたりね。お祭りの時など、ちょっと纏(まと)ったり。纏うと言っても、羽根飾りみたいなものです。付けることはあります。それから、直接身体に絵を描くというボディペイントというのはありますね。
 
白鳥:  しかし、衣装は付けない。男の人も女の人も。
 
田畑:  ええ。普段は付けない。「僕も含めて」と言って下さい。
 
白鳥:  そうなんですか。
 
田畑:  ええ。最初はそうはいかないですけど。だんだん慣れてきてから。そうしないと変に違和感がありますから。
 
白鳥:  成る程。食べ物はなんなんですか。
田畑:  食べ物は主として、マンジョーカというお薯。それから、川の魚ですね。ナマズ のような。それから、四季折々の木の実ですね。これ は採れる時と採れない時とありますけれど、大きく分けてそれ位です。それから、村の人によっては動物性のものですね。その他昆虫みたいなもの、例えば、蜂の子とか、そういうものは、また当然のように食べます。それから、羽アリとかね。
 
白鳥:  住まいはやはり草葺きみたいな感じになっているんですか。
 
田畑:  そうです。草葺きの大きい。丁度五箇山の合掌作りも大きいですけど。
 
白鳥:  五箇山の合掌作りね。
 
田畑:  五箇山も昔は家族制度で、何人か、何世帯かあったらしいんですけど。ここの人 たちも幾世帯かその大きい小屋に入っているということですね。
 
白鳥:  成る程ね。そう言った方々と、田畑さんは随分長いこと暮らしたわけですね。
 
田畑:  そうですね。いろんなことをやっぱり学ぶわけです。アマゾンというのを一口に 言うと、祈りがあって、感謝の祈り。それから、いろんなお願いの祈りみたいな のがあって、雨季なんか特にそうです。それから、弱い人、女、子ども、年寄り、そういう人をまず優先する。まず大事にする。これはもうどこの村もみんなそうです。それが長く、ああいう密林の凄いところで、何百年もの間、生きてきた人たちの知恵というか、姿だろうと思うんです。歌があって、踊りがあって、祈りがあって、それから、自然のものを。それと我慢があるんですね。ですから、怒りません。
 
白鳥:  怒らない。
 
田畑:  ええ。それから、部族長と言うんですか、村長さんはもう居るか居ないか分から ないような陰の人。これがアマゾンの生活なんですよ。それと、凄くハートを打 つのは、動物、鳥が一緒に生活しているという、これなんです。それを引っくる めてアマゾンの生活。
 
白鳥:  この時も数ヶ月いらっしゃって、その後も何度もまたいらっしゃる。また、数ヶ 月も入っていらっしゃるでしょう。ほんとに惚れ込まれたんですね。
 
田畑:  そういうこともありますし、何かやっぱり五箇山を出発点として、〈なんか捜し 求めて来た。その何かが、もしかしたらここにあるかも知れない〉というような ことで、もう絵を描くことも、当然、パリへ行くことも忘れてしまっての密林と の生活ですからね。それは何回も行くだけの魅力は、僕にはありました。もう一つは凄い二、三の体験もありましたね。
 
白鳥:  体験?
 
田端: その一つは、道に迷うんですね。少し僕が様子が分かるようになった、という高 慢な気持でしょうけれど。アユップという友達と一緒に別な村に行く時に、行って、小用のために僕はちょっと道を外すんです。アユップだけが先に行く。どう せ追いつく位に向こうも考えている。僕も考えている。ところが、用事を済ませて戻ろうとしたら、ちょっと勝手が違うんです。歩いて来た道に出ないんですよ。出ないんで、あれよあれよ、という間に、ますます分からなくなって。振り返ると、全然風景が違って見えますからね。今こそ笑っていますけれど。それで、行けば行くほど違ったところへ行く。おかしなところへ。あれ、行っちゃいけないな、と思って、また、戻ろうとすると、また別なところへ戻るようになるんです。何だかんだで、何かもうかなり緊張しました。それで、〈少し考えよう〉〈ジッと考えて、何とか方法を考えよう〉という時に、太陽が上の方にずうっと昇ってきたのが、こう斜めになってきて、その斜めになった時に、その光がなんか空間みたいなところがあって、そこからスウッと光が入ってくるんですよ。その僕のいるところにね。その光がチョッチョッチョッと枝から枝を渡るように、点点々と漏れ日みたいな感じで。ああいうところで、フッとそういう現象を見るとね、ワアッ!という感じなんです。凄い何か縋(すが)りたいような気持でいるわけですから。そうすると、何の躊躇(ためら)いもなく、光のある方に歩いて行くんですよ。〈何かあるかも知れない〉という。そんな冷静な感じじゃないんです。行ったら、何ということないんですよ。ちょっと行ったら、そこに見覚えのある道がある。良かった!。ところがその時は一瞬良かった。その晩は眠れませんでした。良かったはいいけど、〈何でだろう、何でだろう〉という疑問が、非常に起きてくるんです。そういうことがありました。その疑問はもうずうっと抱えています。〈何でだろう、何で だろう〉と。
 
白鳥:  「神に導かれた」ということですか。
 
田端: まさにそうなんですね。僕は言いたくない言葉ですけれど。ジッとしていたい言 葉ですけど。言われてみたら、ほんとにそうなんです。いつの間にか、そっちの方向へ向いて行っているわけですから。そういうことがあって、ちょっと考え方 が変わってくるんですね。例えば、今まで見ていたトケイ草が〈綺麗だなあ〉と いうことで終わっていたんですけど、それが風にこういう揺れた時に、〈あ、何で揺れているの〉〈誰か風を送っているんだろう〉という。その動いている美し さじゃなくて、〈誰かが風を送っているんだ〉という。道を迷った時に、〈誰かが光をもってきたんじゃないかなあ〉という。〈誰かが〉〈もしかしたら〉〈何だろう、何だろう〉というクエッションマークが、そういう形の疑問になってくる。 そして、決定的なことは、僕がハンモックでいつも見ている星があるんですよ。 星というのはキラキラと。あそこの密林から見る星は何とも言えない、綺麗なん です。ほんとにダイヤモンドをパアッと投げたような、そういう中で、明るい光 がチョッチョッとあるわけです。〈ああ、綺麗な光だなあ〉。ほんとに気分がいいんですね。ところが、そういう道に迷った体験があってから、この光を見た時 に、たまたまこの身体に光がこう当たっている。これ物理的な現象ですよ。「天文学的な」と言うか、そこに光があって、その位、星明かりというのは明るいん です。パッーと。今までだったら、〈ああ、綺麗な光だなあ〉。ところが、その時は違うんです。〈なんで此処に向こうからこっちへ来るんだろうか〉。迷い道と同じなんです。〈何で光がこちへ来る〉〈もしかしたら、誰かあそこで光を作っている者がいるんじゃないか〉。これ天文学者だったら、それはそれなりに簡単に答を出すと思うんですよ。学者もそうだろうと思うんです。僕は僕なりの答 えをそこに出して みたんです。それが「神」という言葉に置き換えてみたんです。その「誰か」というのを。そうしたら、何もかも辻褄(つじつま)が合ってくるんです。五箇山から出発して、何かをさがしながら、此処へ来た。何回も来ているわけですがね。「来た」というのは、〈僕が来たんじゃなくて、誰かが連れて来たんだろう〉と。〈それをし向けているのがいるんではないかなあ〉。神という答えを出したら、〈もしかしたら、神さまが導いてくれたのかなあ〉という。そんな考えに、ホッとなってしまうんです。みんな辻褄があってくるんですね。そういうふうに考えていくと。
 
白鳥:  そうしますと、体験があって、それを基盤にして、一九七二年に受洗(じゅせん)される。洗(せん)(れい)を受けられますね。
 
田畑:  そうです。
 
白鳥:  それはやっぱり神の感覚なんですか。
 
田畑:  そうですね。〈答えをそういうふうに感じた〉というか、〈もっていった〉とい うか、ほんとは〈答えを教えて貰った〉と思っているんですよ。こんな言い方、 自分で見付けたような言い方をしていますけれど、今、言ったように、僕は〈導 かれて、その答えを教えて貰った〉。そこもそうなんですよ。〈誰かが教えてくれた〉〈神様が教えてくれた〉。そうすると、今まで聖書の絵を描いてきていたのが、そして、何かさがしていて、迷っていたのが、その受洗というものがあってからは、全然、聖書の読み方も違って来るし、考え方も違ってくるんですね。分かってはいるんですよ、今までは。理解はしていたつもり。だから、受洗なん かしなくても、という。家内にも、何となくそういう態度で接していたと思うん です。〈分かっている。分かっている。教会の話を聞いているから〉という感じ なんです。ところが、凄く違うんですね。
 
白鳥:  それはやっぱりアマゾンの森の民との何ヶ月、それも何度もあの厳しい雨季の生 活も含めての体験なんですかね。
 
田畑:  もう一つは、そういういろんなことがあった。何でも辻褄が合うという雰囲気と いうか、そういうものを創り上げてくれた雰囲気というものは、生まれたままの 姿の人たちや動物がそこにいる。いろんな鳥がいる。一緒に生活している。そう すると、全くそこはエデンの園のようにも見えるんですよ。
 
白鳥:  『創世記』の、
 
田畑:  『創世記』の。ほんとにダブってくるんです、僕には。そういうことも〈凄いバ ックにある〉と思うんですね。
 
白鳥:  エデンの園のあの『創世記』の章の中に、一番最後に、
 
     そして、男もその妻となった二人とも裸であった。
     恥ずかしく思わなかった
 
という言葉がありましたですね。
 
田畑:  それで、もうパリへ行くことも、それから何かをさがすということも、そこでス トップ。ところが、その瞬間、また、凄いことが浮かんでくるんですよ。終点の ように、今、話しましたけど、終点だったら、また、戻らないといかんでしょう。僕にとっては、考えてみたら新たな出発なんです。〈受洗という一つの証を以て出発しよう〉という。実は、〈終わりではなくて、そこが出発点〉。アマゾンは〈僕の出発点〉なんです。
 
白鳥:  その後の道のりを、またアトリエで拝見させて頂きます。
 

 
白鳥:  アトリエのこの丸テーブルの上にも、絵の具がこびり付いて、田畑さんの長い美術の道のりを感じますね。聖書をテーマにしてお描きになり始めてから、何年位になるんですか。
 
田畑:  もう十六年位になるんじゃないでしょうかね。それ位になるんじゃないかと思います。
 
白鳥:  今日はその中から幾つかお選び頂いてお話を伺いますが、最初の絵が「虹」という絵ですね。
 
田畑:  これは旧約聖書の『創世記』の九章辺りに出てくるんですけど、神様が大洪水を起こされまして、
 
白鳥:  ノアの洪水の、
 
田畑:  ノアの洪水ですね。その心に叶(かの)う心の正しいノアに対して、その大洪水の後、「もう二度と大洪水で地の生き物をほろぼすようなことはしない」と言って、この虹を立てまして、「これは契約のしるしである」という意味のことを言われるんですね。アマゾンでも、私はとても綺麗な虹を何回か見ているんです。ですから、聖書を読みながら、このモチーフは描くんですけども。どうも描いていると、アマゾンの虹になってしまったり。それから、この舞台が、遠くの方に一本の木が薄く見えるんですけども、そういうものとか、その広場みたいなものが、丁度、軍の飛行機でポストへ入る時のポスト・レオナルド近辺の風景であったり。それから、迷える一匹の羊のようなつもりで動物を入れるんですけど、それも密林のカピバラの動物に似てきたり、
 
白鳥:  カピバラ?
 
田畑:  カピバラという動物がいるんですね。ちょっと、ああいう似た感じがするんです。それから、ノアのお顔も何か密林の人の顔に似たり、どうしてもダブってきてしまうんです。
 
白鳥:  そうですか。

     神は言われた。「これはわたしとあなたがた、及びあなたがたと共にいるすべての生き物との間に、
     代々(よよ)限りなく、わたしが立てる契約のしるしである。すなわち、わたしは雲の中に虹を置く。
     これがわたしと地との間の契約のしるしとなる
 
鮮やかな虹ですね。では、二つ目の作品です。これは、「一つの星」。
 
田畑:  この絵はみなさんご存じの「メリークリスマス」と言った方が分かり易いかも知 りません。イエスさまの誕生をモチーフにして描いたものです。本来は、こうい う風景ではないと思うんですけれども。中央の方にイエスさまが居て、左の方に ヨセフ、右の方にマリアさまということのつもりなんです。このヨセフの見てい る焦点が、どうしても上の方に。イエスさまを見ればいいのに、上の方に見て、 上の星明かりの方にどうしても見てしまう。こういうふうに描いてしまう。これ も密林でハンモックに揺られながら見た星と、どうしても雰囲気が似てくるものですから。何か感謝をするような意味が、自分とヨセフとこうダブるような、そんなような形で、何か感謝の気持みたいなものを入れて、こんな構図になってしまうんだろう、と思うんです。それから、お祝いにくるところにオウムが描いてあるんです。聖書には恐らくこういうことは出ていないんだろうと思うんです。ですけど、こういうふうに、密林の仲間がこうやって駆けつけて来る。こういう モチーフにすると、何か僕もホッとするんです。遠くの方に小さく羊飼いの人た ちが噂を聞いて駆けつけて来る、というような構図の絵です。手前に馬かロバか 分からないような動物がありますけれども。それと羊ですね。ちょっと暗いです けど、闇の中に明るい光が射している、という。そういうものを心に考えて、そ れで一応纏めてみました。
 
白鳥:  次は「大魚の奇蹟」。大きな魚が出てきましたね。
 
田畑:  はい。これも『マタイ福音書』の四章に出て来るお話の一部です。「イエスさまがガリラヤ湖の畔に立っておられた時に、漁(りょう)(し)の人が網を洗っていた」というような話。これシモンという人ですけれども、魚が捕れないんですね。一晩中魚を捕っていても。そこでイエスさまがその舟を借りて、群衆に説教をなさった後、シモンに、「沖へ出て、網をうってみなさい」と言われたら、「もう一晩中捕っても捕れなかったのに、どうして捕れるだろうか」と言いながらも、「そうおっしゃるんだから、網をうってみますが」と言って、やったらもう網が破ける位に魚が捕れた、というようなお話があるんですね。ここへ出て来る魚なんですが、実はこの上の方の大きい魚など、密林のトクナレという魚で、形も色も割と似ているんですね。そういうのが出てきたり、それから、下の方にあるピラニアですね。どうしても、そういうものを想像して仲間に入れたくなってしまうものですから。これもガリレアならぬクルエネ川、そういう密林の川が出て来てしまうんです。
 
白鳥:  田畑さんがシングー川の文字で書いていらっしゃるところを見たら、「青く澄ん で湖のようにゆったり」という一部があったように記憶するんですけれども、綺 麗なブルーですね。
 
田畑:  はい。僕もそう思います。
 
白鳥:  次はこれは、「野の花・空の鳥」。
 
田畑:  はい。これも『マタイ福音書』の六章に出て来るところです。イエスさまが群衆に向かって、「空の鳥を見て見なさい。刈りもしないのに、養っておられる」という下りとか、それから、「野の花を育つのを考えて見なさい」とか、「紡(つむ)ぎもしないのに綺麗に装っている」というような話があるんですね。つまり、神様は何でもご存知だ、と。そういうことで、僕は、〈明日のことを思い煩うな〉というような気持を込めて、描いてみているんです。これにしても、右の方に出てくる木が、どうしても、密林の力強い木というか、逞しい木になってしまいます。丁度、木の枝に留まっている鳥も、実際にああいう形の鳥がいるんです。それから、相変わらず、オウムがいますね。それから、赤い花なんですが、これもアマゾン・トケイ草ということで、密林の花が出てきてしまいます。それから、お話を聞いている群衆も、この中にちょっと控え目に、僕も自画像っぽく入れているつもりでいるんです。密林の人たちの顔と非常に似ていると。こういうことにどうしてもなってきてしまうんです。
 
白鳥:  真ん中の赤い花がトケイ草ですか。
 
田畑:  そうです。
 
白鳥:  綺麗な花ですね。
 
     野の花がどうして育っているか考えてみればよい。
     働きもせず、紡ぎもしない。しかし、あなたがたに言うが、
     栄華(えいが)を極(きわ)めた時のソロモンでさ え、
     この花の一つほどにも着飾(きかざ)っていなかった。
     明日のことは思い煩(わずら)うな。
     明日のことは明日自身が思い煩う。
 
素晴らしい言葉ですね。そして、最後にこれはかなり大きな絵になります。「十字架」。
 
田畑:  そうです。聖書の『ルカによる福音書』の二十三章に出ているんです。イエスさま。この十字架を描く時にですけれども、こんなに自分達の罪を全部背負(しょ)って、 そうして十字架に架かられて、尚かつ、この十字架の上で、この十字架を架けた人たちに対して、
 
     父よ。この人たちを赦して下さい。
     この人たちは何も知らないでいるんだから
 
という。なお、こういう酷い目に遭っても、そういう人たちのために祈る。これは、僕は説明出来ません。何とかこれから絵を描く時に、〈イエスさまの手が自分の絵筆のところを掴んでいて貰って、そして、一緒に描いて欲しい〉という、そういう感じでおります。
 
白鳥:  田畑さんの手を掴む何か。先程筆を持っていらっしゃるお姿を見ていたら、やっ ぱり凄い力を感じるんですね。これを支えているのは何なんでしょうね。
 
田畑:  僕も分かりません。ですけど、いつも気持だけは、〈何とか同じように十字架を 背負っていきたい〉という気持ではおります。そのために暇があればベランダに出て、そして、星を見ながら、時々、讃美歌の三百六十一番ですが、
 
     主にありてぞ われは生くる
     われ主に、主われに ありてやすし
 
という、こういう一節があるんですけど、時々、口ずさんでおります。そういう 時は、一番気持が安らかに、ホッとする一時です。
 
白鳥:  今日はどうも有り難うございました。
 
 
     これは、平成十一年十一月二十八日に、NHK教育テレビの
    「こころの時代」で放映されたものである。