こころとマンダラ
 
                      京都大学大学院
                      教育学研究科長・学部長 山 中  康 裕(やすひろ)
一九四一年名古屋生まれ。六六年名古屋市立大学医学部卒業。同大学院医学研究科卒業。七一年医学博士。六九年以降、河合隼雄教授に教育分析を受く。八五〜八六年スイス・ユング研究所に留学。自閉症の治療及び精神疾患のイメージを利用した治療法を開発。名古屋市立大学医学部助手・講師。南山大学助教授を経て、京都大学大学院教育学研究科教授。著書に『少年期の心』『0歳児の驚異』『親子関係と子どものつまづき』『絵本と童話のユング心理学』など。
                      き き て       峯 尾  武 男
 
峯尾:  京都市左京区にある京都大学です。門を入ると、正面に時計台、左手に図書館があり、その奥、北側が教育学部の本館です。その中の学部長室で心理臨床学・精神医学ご専攻の山中康裕さんに、「こころとマンダラ」というテーマでお話を伺ってまいります。どうぞよろしくお願いいたします。
 
山中:  よろしくお願いします。
 
峯尾:  山中先生のご専攻が、心理臨床学ということで、実際に伺っているところでは、若い人を中心に心の治療をずうっと続けていらっしゃった?
 
山中:  いえいえ。若い人に限りませんで、私は、「ゼロ歳から百歳まで」というふうにいっているんですが、ゼロ歳というと赤ちゃんなんですけれど、「自閉症」と言われる人たちから始まりまして、現在問題になっている不登校の少年たち、青年たち、それから老人の方々にも関わっておりますので、「ゼロ歳から百歳まで」というふうに申し上げております。
 
峯尾:  今日、お話を伺うテーマが「こころとマンダラ」。私の浅い理解で言いますと、マンダラというのは、仏教の仏の悟りを表現した絵で、仏、或いは、神々が一定の方式で全部網羅されているもの、という理解をしているんですが、それと山中さんのご専門の心理学と、どこでどう結び付いているんでしょうか。
山中:  私もそのことを追求し始めてもう三十何年になってしまったんですけれど、おっしゃる通りで、マンダラそのものの理解は間違っておりません。ただ、「マンダラと心理学はどこで結び付いたか」という話を申し上げますと、カール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung:スイスの心理学者・精神医学者。ブロイラーに協力し、連想検査を作った。またフロイトの考えに共鳴し、精神分析運動の指導者となったが、後に別れた:1875-1961)という名前のスイスが生んだ精神医学者にして心理学者―私もたまたま精神医学者にして心理学者なんですが―そういう方が自分自身の体験、それから自分が見ておられた患者さんたちの描かれていくものの体験、そういったものが出てきまして、実は自分は全然そういうことに気が付かずに描いていたんですよ、ある図形を。それは〈円〉であったり、〈真四角〉であったり、〈四〉とか、〈九〉というのが、一番の基本数になるんですけれども、いろんな数字を─数字というのは物の数なんですけれど─入り込んだものをずうっと書き込んでいた。それが実は東洋で「マンダラ」と呼ばれる、今、おっしゃった仏教の最高の境地を表現するものであった、ということに気が付くんです、途中から。全く知らずにそういうものを表現していたんですね。そういうことから結び付くことになったんです。だから、マンダラと言ったら、我々の場合は勿論両方の知識がございますから、仏教の場合のマンダラが勿論中心でございますけれど、心理学では〈円〉と〈四角〉と、そして、それが〈重なった形〉、そういったもの全体を申しております。もともとサンスクリット語のマンダラというのは、「円」という意味なんです。「輪円具足(わえんぐそく)」という言葉があるんですが、総てをそこの中に充足して持っている、という意味でのマンダラなんです。だから、我々が心理学で追求してきたものと、実は仏教が既に随分前に追求していたものとがそこで一致するんです。
 
峯尾:  今、山中さんがおっしゃったユングのマンダラの写真を見ながらもう少しご説明願いませんか。
 
山中:  はい。これは、実は、先程申し上げたユングという方が、ご自分で作られた立体マンダラなんです。これは石に彫られたものです。彼は自分の一生―八十五年の生涯の中で随分いろんなマンダラを描かれたんですが、これはその中で石に彫られたマンダラなんです。これはどこにあるかと申しますと、チューリッヒ郊外のボーリンゲンというところに、彼は別荘を持っていたんですが、その別荘のお庭です。その庭にこの石が据えてあるんです。実物の大きさはちょうどこの一・五倍位でしょうか。これは私が撮った写真なんです。この〈大きい円〉とこの〈小さい円〉、この二 つの円と正方形の〈四角〉ですね。これが先程申し上げたマンダラの中心図形をなすものです。内容は太陽に月に、それから幾つかのいろんな記号というのは、錬金術で用いられた記号です。そういうものにギリシャ文字で、彼がいろんな託したい言葉をここにまぶして彫ったマンダラですね。これはとても珍しいものだと思います。
 
峯尾:  これはユング自身が描いたもので、山中さんの長年の実際の臨床での実績の中でクライエントというんですか、心を病んでいる人たち自身がそのマンダラとの関わりを示してきたという、
 
山中い: そうなんです。私がそもそも「マンダラと何故関わるようになったか」というほうが実は大事なんです。「箱庭療法」という方法を、河合隼雄(はやお)先生がスイスから持ち込まれたのが、一九六五年のことでした。私もちょうど一九六六年に、箱庭療法の原著者であるカルフ(Dora M.Kalff)さんが、『SANDSPIEL』という本をドイツ語でお書きになって、私はそれを訳す気になりまして訳していたんです。で、訳しながら、「箱庭療法」というものを実際にやってみよう、ということでやってみました。そうしたら、子どもたちが箱庭の中にマンダラを作るんですよ。まず、それが第一のマンダラとの出会いです。それから、二つ目は、「絵画療法」という方法で、絵を描いて、心の内界の問題を解決していく、という方法論を用いていたんですが、その絵にも頻繁にマンダラが出てくるんです。それでそういうことを我々の研究会で発表致しました。そうしたら、河合隼雄先生が、「山中 君、それは非常に面白いからマンダラのことを詳しく一遍調べてくれないか」とおっしゃって下さって、それで私は、まず高野山大学に出掛けて図書館で、栂尾(とがのお)祥雲(しょううん)(1881-1953)先生の『曼茶羅の研究』という大正年間に出た凄い本があるんですよ。それを拝見させて頂いたり、それからユングのいろんな書物に接しいくことになるんです。
 
峯尾:  今日は実際にある方が描いた絵ですね。
 
山中:  はい。そうです。
 
峯尾:  ご本人の了解を得て。これで総てではないんですね。
 
山中:  はい。一部なんです。
 
峯尾:  ご紹介しながら、描かれた絵で、その方の内面が今どういう状態にあるかというのが、ある程度山中さんたちには理解出来て、それがどういう方向へ進んでいくべきか、という適切なアドバイスが出来る、という。
 
山中:  いえ。違うんです。よくそういうふうに言われる。勿論、おっしゃるのは当然なことなんですが、「絵画療法」でも、「箱庭療法」でもそうなんですけど、我々は、これを解釈したり、アドバイスしたり、方向を示したり、ということは一切しません。要するに、本人の心の内界に浮かんでくることをイメージにするわけです。イメージにして頂く形で、箱庭だったら作るわけですし、絵画だったら描いてもらうわけです。実は、これは三十年近く前なものですから、ちょうど「箱庭療法」に入れる前に、それの導入部に「風景構成法」という方法を、中井久夫(ひさお)(神戸大学名誉教授、甲南大学教授精神科医)先生という素晴らしい方が発明されて、それを導入したつもりだったんです。ところが当時まだ電話でそれをやり取りしている段階で、実際の原本をしっかり目にしなくてやったものですから、まだ早い時期で、枠を付けることを忘れちゃっているんです、私自身がね。
峯尾:  枠?
 
山中:  ほんとは枠を付けて、「この枠の中では守られているから自由に描いていいよ」というサインなんですが、それ無しに描いちゃっているんです。川から始めるんです。川、山、田圃、道、というふうに描いて貰うものなんです。この人はおそらくこれが田圃だと思うんですけれども、枠がなかった田圃ですね。
 
峯尾:  これはテーマを決めて、
 
山中:  これだけがテーマを決めて、これは一つのテストですから、箱庭に入れることが出来るかどうか。これから、こういう「絵画療法」に適応かどうかを判定するためのテストのつもりだったんです。ところが本人はのってしまわれまして、それで描いていかれた。動物は普通一匹だけ描けばいいんですが、この方はロバを描いたり、カニを描いたり、いろんな動物をお描きになりましたね。それでさっき申し上げたように、解釈はほとんどしません。ただ、「何が描かれたんだろう」ということを共有することで、こちらが理解することはします。だけど、「これは何々ですね」とか、「これはこういうことのシンボルですね」というようなことは一切言わないんです。描いて貰うことをそのまま流していくことで、内界のほうで、自分で動いていくんですよ、心が。自分で動いていくうちに、それまで滞っていたいろんなものが、流れがうまく流れるようになると、自分で治ってしまわれるんです。
 
峯尾:  差し支えなければ、この方は当時お幾つ位でしたか?
 
山中:  私が初めてこの方にお会いした時は、二十五歳だったと思います。
 
峯尾:  男性ですか?
 
山中:  女性です。問題は心身症的なことで、自分の思いとは裏腹に、皮膚に症状が出てしまうということで来られた方でしたね。そのために対人関係がうまくいかない、ということで、皮膚ですから、皮膚科へ当然行かれたわけですよ。ところが、皮膚科は何軒回ってもうまくいかない。それで、皮膚科の先生が、「心の問題だ」というふうにご判断をなさって、私のところに紹介された。ところが、本人は、「私は精神科なんてくる必要はないのだ」と。そんなものではなくて、「私は皮膚の問題を治して下さればいいので」と怒っていらっしゃった、当然ながら。私は、私自身が治せるかどうかも全然分からないし、私の方法というのは、ちょっと変わっていて、「あなたご自身が、自分で一番得意とする表現のところでお会いしたい」と。そうしたら、「得意なものはない」とおっしゃるんですよ。それで、この絵を描いて貰ったら、楽しくなってきたんですね、絵を描いて。「絵を描くことだったら出来る」とおっしゃったので、「じゃ、毎週絵を描きましょう」ということで、絵を描いて頂くことになったんです。それで、さっき「解釈はしない」と申し上げましたが、私の方が、「どうそれを見たか」というのはあるわけで、例えば、私は、山がトップのところが切れていますね。それから木が根っ子のところでスッパリと切られていますでしょう。だから、「どうもこの方は根っ子のところでスッパリ切られてしまうような、或いは、トップのところで切断されてしまうような、そういうテーマを狙った方なんかも知れない」と。特に、この山は、私には、女性のブレスト(breast:胸)に見えたんですね。それでこれは根源的なところですから、「根源的なところで、女性性が問題になっている方かも知れない」という理解は持ちました。
そして、これも暫く二、三枚間が抜けるんですけれども、彼女は、「夢を見た。その夢を絵にした」とおっしゃるんです。「どんな夢だったんですか?」というふうに伺ってみますと、彼女の夢は不思議なんですけど、いつも海岸を歩いているんですね。素足なんだそうです。いつの間にか自分の履いていた靴だったか、サンダルだったかが無くなっていて、素足でサクサクと砂を感じながら歩いている。水がヒタヒタと波が打ち寄せて気持いい感じだ、というところから、彼女の夢はいつも始まるんです。それで、この時は、「その海をずうっと歩いていくうちに、途中で真ん中で、海がパーンと割れた」と言うんですよ。
 
峯尾:  ほおう、
 
山中:  それで、「割れていつの間にか歩いている自分の右手に、いつの間にか鍵を手にしていて、途中にあったドアに、このドアの鍵穴に鍵を突っ込むと、ちょうど上手くカチッとあって、音も無く開いた。そうしたら、向こう側に、上に登る階段があった。そこで夢は終わった」というんですよ。私はそれ話を聞きながら、「海が真っ二つにわかれる」というのは、これは「出エジプト記」というキリスト教のテーマが、頭にパッと浮かんだので、「あなたはクリスチャンですか?」と伺ったんです。そうしたら、「いえ、私はクリスチャンではありません」とおっしゃった。「じゃ、信仰されるものは何かありますか?」と言ったら、「無宗教みたいなもので特に無い」と。「お家の信仰は何ですか?」と訊いたら、「仏教です。禅宗だったと思う。だけど、あんまり熱心ではないと思う」とおっしゃった覚えがあります。
そうこうするうちに、実は、ここからがマンダラと我々が称するものの類(たぐい)になってくるんですが、マンダラというのは、先程、「形態としては、〈円〉と〈四角―真四角〉が基本」というふうに申し上げたんですが、円はここにあるわけです。それと、〈四〉とか〈九〉という数字を 申し上げたんですが、四つのもの、例えば、「東・西・南・北」、或いは、「地・水・火・風」。五つ目は、「空」を入れて、「地・水・火・風・空」というのは、「四大」とか、「五大」とか言われるfour erementsですね。彼女の場合、「太陽」と「月」、「地球」「時計」。宇宙的な次元ですよね、時間的。それに先程手にしていた鍵をこのフラスコの中に描いているわけですよ。この時は、私は、勿論、「マンダラ」という名前は知らない頃です。だけど、凄くこういう根源的な形態が問題になってきている、ということは、もう既に意識していました。時計は六時を指していて、アラームが八時二十分頃ですね。「これは何を意味しているだろう?」と、私が訊いたら、「この時間に起きないと、ちょうど病院に来る時間に間に合わないので」とおっしゃっていました。
私の記憶に間違いがなければ、これも彼女の話ではやっぱり「夢を見た」と。で、「夢を見て、やっぱり海岸を歩いていた。やっぱり素足だった」と。ずうっと歩いて行くと、今度はボートが見つかるんですよ。
確かこの絵の一回前に、ボートを漕いでいる絵だったと思うんです。「ボートを漕いでいた。ボートを漕いでいるうちにいつのまにか水平線に出た」というんですよ。そんなことあり得ないですね。リアリティー(reality:現実)の世界では。イメージの世界だ、と思うんですけど、「水平線に出た」ということは、私の感覚では、「遙か遠く海のちょうど尽きるところ」というんでしょうか。「空と出逢うところに行った」と。そうしたら、「こういうものが見えた」と。私には、「キリスト」と見えました。ここに輪(わっか)がありますし、「キリスト」と見えたんです。私は、もう一遍彼女に、「キリスト教だったかなあ?」と訊くんだけども、「いや、全然違うんです。キリスト教でもなんでもない。私は殆ど無宗教で、宗教には関心がなかった」とおっしゃるんです。「これは何ですか?」と訊いたら、「水平線のところに着い た時に」、彼女は確か、「大いなるものだ」とおっしゃった、と思うんですけど、「大いなるものというのに出逢ったんだ」と。凄く大きな人間とは思えない。だから、「神だ」と私は思ったんです。「その方の姿が見えた」と。で、見てみると、その周りに、先程申し上げた四つのエレメント─「赤い太陽」「時計」「地球」「青い太陽」。ところが、月が無いんですよ。で、青い太陽が描かれているでしょう。「これは何ですか?」と、私が訊いたら、彼女は、「水玉の太陽」と言われましたね。赤い方は、「火の玉の太陽」と言われましたね。これもやっぱりマンダラの一つなんです。仏教の世界のマンダラは、例えば、「胎蔵界(たいぞうかい)」だと、大日如来が真ん中にいらっしゃって、普賢(ふげん)菩薩だとか、虚空蔵(こくうぞう)菩薩とか、いろんな方々が、中台八葉院(ちゅうたいはちよういん)をなしていると思うんですが、この場合は、最低の四の数字。それに下に鍵があるんですけども、やっぱりマンダラだと思うんです。現在でははっきりそう思うんですが。
ある時は、これは全く無関係なんですが、「別の夢を見た」というんです。「何かギリシャに出掛けたようだ」と。「空を泳いでいる感じだった。下を覗いて見ると、パルテノン(Parthenon:アテネのアクロポリス上にある殿堂。前四三八年竣工。ドリア式建築の典型)があった」とおっしゃるんですね。勿論、パルテノンはこんな四本だけでなくて、十二本の柱が列んでいるエンタシス(entasis:柱につけた縦のふくらみ)があるわけですが、彼女のイメージでは四本なんですね。これも実はマンダラなんです、今から見ればね。要するに、〈四〉という数字が、ハッキリ基調になっているわけです。ユングは、「マンダラが夢に見られる時というのは、非常に特徴的な時だ」と。ユング自身は、マンダラを非常にポジティブ(positive)に捉えていまして、「マンダラがどういう時に出るか」ということを、彼は書いているんですが、彼の言葉を使うと、「自己が実現する時、即ち自分の自己に、自分自身が出逢う時、その時にマンダラが出現してくる」と彼は述べている。ところが、このケースの場合は、まさにユングのいう通りなんですが、マンダラが出てきたからと言って、喜んでいいわけじゃないんですよ。実は、私の言葉で言うと─それが河合隼雄先生に評価して頂いた発表の主旨だったんですが─「マンダラというのは、物事の展開点、或いは、転換点」。微分すればゼロになる「変曲点」という言葉を使ったんですが、「変曲点」というのは、ご承知のようにそれそのものは全く水平な、そこに微分して、そこに接線を引けば真っ直ぐな線が引けるところなんですが、そこより微妙に上がれば上へ上がる。微妙に下がれば下がる。下がるのも上がるのもどっちも愛なんです。というのは、マンダラが出てきた時というのは、変化する前兆なのだ。だけど、それよりも悪くなることもあるんです。だから、マンダラが出てきたからと言って、ぬか喜びをしていると、その後、実はクライエントが自殺されておられた、ということがあるんですよ。だから、私自身は、マンダラというのは、「変化の前兆」であって、ぬか喜びをしてはいけない。「支えが、守りが大事なんだ」というふうに、理解するようになったんです。彼女自身は、どんどん変化しておられる時でした。勿論、だから危機でもあるわけです、当然ながらね。そういう形で、実は、この方は普通の出会い方で会っていた方ですから、大して多くの時間をかけているわけではなかったんですが、精神分析の創始者であるフロイト(Sigmund Freud:オーストリアの心理学者・精神学者:1856-1939)というユングの初めまみえた先生がいらっしゃるんです。フロイトによれば、治療関係が密接になっていけばなっていくほど、クライエントの間に、クライエント自身は、自分の心の内界にあるものを、治療者にぶっつけて、自分の心の関係を治療者との関係に持ち込む。それを「転移」というんですが、そういうことが起こってくる。その中で、特にポジティブな陽性転移というのが起こってくると、恋愛感情をお持ちになることが多いわけです。彼女も、そういうことが出てきて、本来の彼女は、実際は職場とその自宅とを往復するだけ。そして、私のところへ来られるだけ、という全く他の人と接触することが出来ない、難しいという状況だったのに、彼女は、「好きな人が出来た」とおっしゃるわけですよ。それでここにハートがこう踊っていますよね。先程のフラスコの中で。「好きな人が出来た」というが、「誰だろう?」と思ったら、分からないです よね。「それは言えない。内緒である」と。ところが、それは燃え上がるんですね。「恋の炎」といいますけれども、燃え上がるんです。凄いエネルギーです。「火」というのは、錬金術ではもの凄く大事な要素を持ったもので、「火」というのは、言ってみれば、気体でもなく、固体でもなく、液体でもありませんよね。ちょうど中間、先程言ったマンダラの変曲点を物質的に象徴するものなんですが。そして、火の中で、金でも溶けるわけですし、いろんなものが溶けていって変化するわけです。この変化するエネルギーの充満した状態だ、と私は見ていました。そして、先程の水玉の太陽と、火の玉の太陽が、だんだんと結合していくというか、フュージョン(fusion:溶解)を起こしていくんですね。そこへ鳥がやってきていますけれど。そして、とうとう完全に結合します。一つの円環をなしますね。これが私が言う、「一番シンプルなマンダラだ」と思うんです。 〈円〉そのものがね。円そのものの意味は完全である、終わりも初めもないという意味ですよね。総てのものがここから始まり、ここで終わる、と。水玉の太陽と火の玉の太陽が両方が完全に一つになった、という絵をお描きになります。
その後ですね、現実に戻るんですね。彼女のところになんと野良猫が入り込んでくるんですよ。それで彼女の表現によれば、「この猫は、昔から飼っていたみたいな顔をして、私のベッドで寝ている」というんです。というのは、一つの内界で、今まで完全に対立していた、全く両極に分かれていたものが、一つに統合された、と私は見ていました。そうしたら、現実界のものを表現してきたんですね。
そして、幾つか実はここにも省略があるんですけれども、先程統合された水玉の太陽と火の玉の太陽のハートの枠の中に月桂樹が育ち始めます。これがスクスクと伸びていくんです。月桂樹がこれなんですね。実はここにも何枚か省略があるんですけれど、彼女は、初めは対象が私であることに、勿論、意識的には分かっているわけですが、私自身はそれにのるわけではありません。「一番大事なことは何か」と言ったら、彼女自身がこの問題を乗り越えてくれて、自分自身の力で世界と関わってくれることですよ。ところが、彼女は、私という存在を越えて、今度は映画に彼女自身の楽しみを見いだして、その映画の中の主人公をしていたジェームス・ディーン(James Dean:1931-1955)という、アメリカでも若い人の、永遠の男性のテーマを担う男性なんですが、彼を好きになりますね。私は、「しめた!」と思いました。彼女自身の後ろ姿ですね。剣でハートを貫いています。
そして、彼女の言葉で、これも非常に不思議だったんですが、「これは月食と日食とが一緒に起こった」というんですよ。彼女の言葉では。理論的には、そんなことはあり得ません。月食と日食というのは、だって位置関係が反対ですから。ところが、彼女のイメージの中では、まさに日食と月食が同時に起こるぐらい凄いことが起こった、と。実は、こういうことに関しては、ユング派の論客であるイスラエルの学者が述べていることがあるんです。「セントリルム(Zentrierung:中心化)」と、彼は言っているんです。「中心化」と訳されますでしょうか。「物事が収斂して、一つのことに纏まっていく時に中心化が起こってくる」と。「いろんなことで、中心化が起こってくる」というふうに述べているんですが、私もその一つだ、と。まさに、太陽と月を中心にして、中心化が起こった、と。「地球」と「月」と「太陽」とが、まさに一つの軸を元にして全く収斂した、と。これもマンダラです。そういう見方でみればね。そして、先程の猫がなんとガールフレンドを連れてくるんです。それでなんと猫は、夫婦で彼女の家に住む始めるですよ。
 
峯尾:  これまた先程の絵より、我々が見ても、絵の技法として随分素晴らしいですね。
 
山中:  もの凄くうまくなりましたね。そこら辺も、私も気が付いておりました。初めの絵をご覧になったら分かるでしょう。一番最初の頃、お世辞にもお上手とはとても言えない稚拙(ちせつ)な絵でした。ところが、こんなふうに凄く緻密になった。これは何で描いたと思います? これは色鉛筆ですよ。非常に細やかに描いてあって、時間を凄くかけられて描いておられる、と思うんです。リアリティー(reality:現実)をキチッと見ることが出来る。そして、そういった色のコントロールも、グラデーション(gradation:色調のぼかし・色がしだいに変化すること)の凄さ、配色の凄さ。私は、この配色なんかブライアン・ワイルドスミス(Wildsmith,Brian:1930-)というイギリスの絵本作家がいるんですが、あの人と匹敵するぐらいの技術だ、と思ったぐらいですね。
峯尾:  またなんとなく楽しんで絵を描いているような感じがしますね。
 
山中:  明らかにそうですね。そして、彼女のお目当てであるジェームス・ディーンはここにいますね。そして、先程のいろんな彼女の心の錬金術の大事なデトルトになったこのフラスコの中になんとセント・セバスティアヌス(Saint・Sebastian)という、これはローマの二世紀の頃の殉教者なんです。男の像がここにおかれますね。ユングの理論、そのまま受け取りますと─ユング理論が全部正しいとは、私は思っていないんですが─女性の心の中には男性の形で表現されるもの─「アニムス(animus:アニマの男性形)」と言うんですが─があると。それが悩める男の 姿で、殉教者の姿で、ここに描かれて、そこの頭の部分から、紫陽花(あじさい)(hydrangea)でしょうか、そういう花で花開くんですね。ローレル(月桂樹)の聖母子像が描かれて、非常に落ち着いた絵に纏まっていますね。
そして、実は今日は省略しちゃったんですが、噴き出てくる水のテーマも、その前にあったんです。噴き出てくる水、噴き出す炎。この両方が綺麗に収まって、その間から、水からはバラが、炎からは剣が、それを両方統合するように十字架が示されるんですね。これも見事な西洋的なマンダラと思います。そして、彼女はとうとう絵を描かないんですね。「何を持って来られたのかな?」と訊いたら、
 
星、私も一つの星になる。自分の軌道を回る星になる。私は今まで惑星 のようなところがあった。私の安全性はその軌道を回ることにあった。 でも、私も一つの星になる。この大空を自分の軌道を生きる星になる。社会の中では、(ご自分の本名が書いてありました)として生きるか、地球上では永遠の旅人、革命家、昭和時代のスカーレット・オハラであ りたい。そして、宇宙的次元では、私は最後まで(ここもご自分の本名が)星。
 
というふうに、「今まで私は惑星だったけれど、自分も一つの 恒星に、独立した星になるんだ」という完全な独立宣言をハッキリとする。もう ここではイメージ無し。まさに言語で、言葉で自己表現なさったわけですよ。そして、最終的に、本物の花を持って来られた。実は、それは前日その花を模写されたものなんですが、「先生の診察室は、いつも殺風景で、いつも気が付いていたんだけれど、ここに、こういう花で飾って下さい」というふうにおっしゃって、花を私のテーブルに活けられて、これでお終いなんです。これで全巻の終わりです。
ちょうど半年位だったでしょうか。この絵にもう没頭しておられた、という感じですね。それで絵を描くだけで、ほんとに治ってしまわれた。ある意味では、とても非常に不思議なことなんです。
今から思えば、勿論、当時、この方以外にも絵を関わっている方は、何人かいらっしゃいましたし、箱庭を作って頂く方もあったんです。私は思ったんですね。「何か手だてをするとか、何かするではなくて、自分の自己表現をキッチリと守ってあげれば、自己表現を上手く促していけば、自分で治るのだ」と。これを医学では、「自己治癒力」と申し上げるんですが、実は、「精神療法」「心理療法」というのは、「自分で治っていく力を如何にして引き出すかということなんだ」ということに気が付かされた方でもあったわけです。と同時に、今日のテーマになっているその途中途中に凄く大事な転回点の時に、マンダラと表現することになるものが、ふんだんに出てきていた、ということが、この方から学んだことですね。こういうケースがありました。
 
峯尾:  今、非常に詳しく見て参りましたが、その他実際に幾つもこういう例がおありと思いますが、それを簡単にご紹介頂けませんか。
山中:  そうですね。今までは一つの方をまさに時系列に従って時間に従ってお話したんですが、総てにそういう時間を持てませんので、例えば、箱庭ですね。箱庭というのは、長さが七十二センチと五十九センチ。そして、深さが七センチ。内法(うちのり)がです。こうやって掘ると青い色が出てくる。河合先生なんかこれを非常に上手く表現されておられて、「湖にも、川にも、海にもなる」というふうに言っておられるんです。そういう箱と砂とおもちゃだけを用意して、先程の絵を描かれる方は、絵のスキルが要りますけれど、そういうスキルを持たない、特に、子どもたちにピッタリなんですけれど、遊んでもらうんですね。作ってもらう方の中に、これも明らかに四つの四角と中央にマリア様が置かれ、四隅に家が置かれる。後、貝殻とか、何かが置かれる。これは明らかに現在ではマンダラとハッキリ言えるものです。こういうものを作る方が、何人かいらっしゃったんですよ。
先程、結論として纏めたように、実はこういうマンダラが出てくる時というのは、次の段階で大きく変化する前兆として、或いは、ユング自身が述べているように、「自分というものを掴んだ時、自己実現が成立するその時に表現される」というふうに言われていたんですが、これは実はプラスのほうのマンダラなんです。今日、実は用意することが出来なかったんですが、例えば、砂の中にたった一軒だけ、非常に淋しい家が置かれている。円だけがすっと線が引いてある。最低のマンダラですね。実は、その方は分裂病だったん ですけれど、守りがなくて、一人で震えておられるような姿ですね。そういうようなものとか、必ずしも、ポジティブなサインとして、喜んでばかりいてはいけないようなマンダラもたくさんございました。
或いは、この方は、「強迫神経症」と言って、例えば、窓を見たら、何枚ガラスがあるか。どっかの会場へ行ったら、椅子が何脚あるか。全部数えないと落ち着かない、という計算強迫のある方だったんです。この方が作られたマンダラはちょっと固いマンダラですね。それで、私の考えは、マンダラというのは、言ってみれば、「心の中の最後の砦、最後の守りなんだ」と。その守りを外してしまったら危ないわけですよ。それで、上手く次の世界にわたって行かれる方、それを跳び箱(スプリングボード:springboard)にしていかれる方なんだ、と。だから、「最後の自分、その時の自分を最低限守る砦なんだ」というふうにも見ていたことがあります。
この方は絵画なんです。これは三十年前の絵とは思われないぐらいモダンなんです。ただ、これは彼のオリジナルでなくて、ご承知のように柔らかい時計ですよ。そういう柔らかい時計を、彼は取り入れたんでしょう。そして、四角ですね。そして、あとキュビック(cubic:立方体の)やら、球体やら、円錐やらを取り入れて、彼なりの─男の子です─マンダラを作ったんです。彼自身が、この柔らかい時計が取り入れられたのは、もしこれイメージの世界だけで、或いは、これ芸術学部の学生だったら、凄くモダンでいいんですけれど、私は、「彼の中で、時間構造が少し歪んでいるか、緩んでいるんだ。おそらく時間の感覚が非常に危うくなっているんだ」というふうに捉えたんです。だから、「守りが必要なんだ。マンダラの図形に凄く興味を示されているんだ」というふうに、当時思っていました、当たっていましたけれども。
 
峯尾:  これは子どもさんですか。
 
山中:  この方は当時十七歳でした。
 
峯尾:  そうすると、さまざまな近代絵画についてもよく知っている、と。例えば、ダリ(Salvador Dali:スペイン生まれの超現実派の画家。偏執狂的な異常な幻覚を緻密な古典的手法で描く。:1904-1989)がどんなものを描いているか、ということを知っていた。
 
山中:  「知らなかった」というのは嘘で、たまたま見たのが気に入った、という印象の中にあって、ダリのことを知っていて云々、ということではなかったと思います。でも、見ていた可能性があって、ダリが柔らかい時計を表現した、というのがどっかに、彼自身の体験にピッタリだったからこそ、おそらくこのイメージを持ってきたんだろう、と思います。知識で入れるよりも、実際の自分の体験にピッタリするものが目に入るんで、例えば、私どもの目の前に来られるクライエントがいろんな話をなさいます。私がデレクション(direction:方向)を与えるわけでなくて、ご自分で気が付いたことをおっしゃるわけです。ある子は、例えば、「今日ね、救急車が来てね、そこのところに交通事故でなんとか」という話をされる方もあります。だけど、救急車が一番その時に本人の関心のあること、一番不安と結び付くから、それを言われるわけです。家を出て、私のとこへ来られる間に、目に入るものはいっぱいある筈ですよ。その中の何を選んでいるのか。何をセレクト(select:選ぶ)しているのか、ということが、その時の本人の心の状態がどこに向いているか、ということを拝見するわけです。
これは、六歳位の男の子なんです。自閉症の子どもでした。自閉症の子どもが総てがこういうことが出来るということではなくて、いろんな方がいらっしゃる。この子は、たまたま絵画表現というか、絵を描くことがとても好きで、殆ど言葉を喋らない子でしたが、黙々と絵を描く子でした。この子はいつも描いているのは、不思議なことにこういう絵です。これは、まさに何の変哲もない道路のど真ん中を真上から描いた、と思われればいいわけです。これは右折車のための矢印なんですよ。ところが、これはマンダラなんですね。私は、これがマンダラと思ってから、彼を余計理解出来たんです。いつも心が、右へ曲がっていいのか、左へ曲がっていいのか、どうしていいのか、ということを非常に迷うわけです。いつも道路の標識というのは、絶対しっかりしているじゃないですか。信号は、赤だったら止まれ、青だったら進めで、ハッキリしているじゃないですか。ところが、自閉をめぐる子どもたちというのは、周りの子どもたちとの反応を見ていると、何が起こるか分からないわけですよ。それでどうしていいか分からない、ということで困っているわけです。だから、ハッキリと、明確な指示を与えて貰い、明確な方向性があるものだったら安心して従えるわけです。ところが、訳がわからんものに対してはなかなか動けないんですね。そういうことが分かってくるんですね。こんなふうに、ほんの一部でございますけれど、我々の心理療法の領域の中でも、仏教でいう、あの立派な胎蔵界とか、金剛界といった仏像たちが整然と列んでおられるあの悟りの境地を表したものとは違って、心理的な一つの通過点であり、一つのターニング ポイント(turnig point)である時に、マンダラが表現されるということを、我々の領域では見いだしてきた。それを一番最初に、この問題に気が付き、追求したのがユングだった、ということなんです。
 
峯尾:  今、伺っていて、マンダラと心理学、精神分析がそんなふうに結び付くのかという面白さというか、興味深さはあるんですが、それが実際問題としては、心の治療に非常にいま役立つというんですか。
 
山中:  そうですね。どういうふうに答えたらいいか、ちょっと困るんですが、役立つからマンダラを作って貰うようにしたらいい、ということではないんです。そんなふうにおっしゃったわけではないことを分かって言っているんですが、気を付けなければいけないことがたくさんあるんですね。これは、治療者側には大事な知識ではあるんです。だけど、これが目的になりますと、逆転すると危ないんです。私はこれを学会で述べたことがあるんですが、マンダラ表現というのは、役立つからということで、もしこういうふうに前面に出し過ぎると、マンダラを描かせる方が出てきたんですよ。それで、マンダラを描くことそのものが目的ではなくて、マンダラも一つの表現の大事なポイントで、ということを知ってなさる方はいいんですが、マンダラが描くことが目的になってくると全然逆なんです、まったく。非常に危険なことです。だから、大事なことは、彼に何が起こっているか、ということを理解するための非常に大事な指標である、という理解はある、と。必要なんだけれども、それが目的化したり、手段が逆転したり、ということは、気を付けなければならない。だから、心理学の知識というのは、非常に諸刃の刃なんですよ。
 
 
峯尾:  山中さんが学部長をしていらっしゃる教育学部のメインテーマの一つが、青少年の心の問題です。今度は、青少年の不登校、或いは、青少年の最近社会的に、随分大きな問題になっている少年犯罪について、お話を伺って参ります。
山中さんご自身、「ゼロ歳から百歳まで」とおっしゃいました けれども、青少年、特に少年の不登校については、随分長い間、実践研究をしていらっしゃるんですね。
 
山中:  もう三十年以上になります。私は不登校については、一家言(いっかげん)がありまして、一言でいうと、「内閉論」と呼んでいるんですけれど、彼らが家に閉じこもっているのは何故か。私の研究が始まる前は、「不登校というのは悪いことだ」と。だから、「何とか学校に戻さねばならない」という考え方が多かったんです。
 
峯尾:  「登校拒否」とか、或いは、「学校嫌い」とか、そんな名前で言われましたね。
 
山中:  私が始めた時は、「学校嫌い」。まさに、「学校恐怖症」と言われていたんです。「その人たちを如何にして早く学校に戻すか」というテーマではなくて、「彼らが閉じこもっているのには意味がある」というところから出発したんです。それで、閉じこもっているのは、私の考えでは、江戸時代の鎖国に準(なぞら)えて、「セクルージョン(seclusion:「閉じこもる・排他する」などの意味をもつ動詞セクルード(seclude)の名詞化)」という英語を当てるんですが、それはどういうことかというと、当時の江戸時代幕府が鎖国をしたのは、外国と対等にやっていくだけの力がまだ育っていなかったわけですね。それで、自分の国の中でアイデンティティー(identity:独自性・個性)をキチッと持ってから、という思想があった。勿論、別の思想もいっぱいあったわけですけれど。そういうふうに私は見ているんです。登校拒否の子どもたちも、自分の身体の中で、心の中でしなければならないことがあるのに、それをないがしろにして学校へ行かされていたので、行かなくなるんですよ。行かなくなって、自分の心の中に専ら心のエネルギーが向かうと、自分自身が今までほんとの自分を作り損なってきていたわけで、ほんとの自分をちゃんと作った暁には、学校へ行きたい子は行くし、学校なんか行きたくない子は、また自分のほんとにしたいことをする、という方向に行ったんですね。そういうことにずうっと関わってきていたんです。その時に、ちょうど江戸時代の出島(でじま)にあたる外国と関わる窓口を、私は、「窓」と呼んで、子ども一人ひとりが違うんですよ。例えば、ある子はプラモデルを作ることだけ、ある子はマンガを描くだけ、ある子は音楽、ロックを聞くだけ。もう一人ひとり全部違うんですよ。私は、それを「一個ずつの窓」と呼んで、その窓に、こちらの窓を同調(チューイン:tunein)して、そこで話を聞くという形で、彼らのアイデンティティを作っていく、ということに関わってきたんです。だから、単に学校へ戻す、戻さない、という次元の話でないんですよ。初めは親たちも、「そんな悠長な話でいいんですか」とおっしゃっていたんですが、「いや、一人ひとりがほんとの自分をもつことが出来たらもう何にも心配することがないんだ」と。「そのための逡巡(しゅんじゅん)であるから、学校へ行く、行かない、というのは、二の次の問題なのだ」ということで、この三十年やってきました。
 
峯尾:  そうすると、自分の身近な人間が不登校の状態になった時に、親はまずどうしていいか分からないから慌てる。どう対処していいかというのが、非常に深刻な問題として今ありますが。
 
山中:  当然ですね。そういう時も、「躊躇せず専門家にかかりなさい」と、私はいうんです。専門家というのは、要するに、心理臨床科、心の専門家という人たちが、ちゃんといまして、そういう彼らに、キチッと定点を決めて、彼らをハッキリと受け止めて、彼らが一番関心を持っているところに、焦点を当てて聞いていくわけです。そうしたら、少しずつ少しずつ心が開かれて、彼ら自身がほんとにしなければならないことに目覚めていくわけです。そういうことをしているんです。学校へ行くか、行かないか、という問題でない、ということがハッキリ言います。最初に質問があったいろんな事件が、この頃起こるようになってきたじゃないですか。私は、もっぱらそういう子どもたちと、まさに一対一だけで会っていたんですが、世間では、いろんな事件が起こるじゃないですか。そういう事件に関わって、連れられてくる子どもやら、その犠牲者の子どもやら、いろんな人たちに会うようになって、私は、この頃ちょっとまた考えるようになったんですね。最近よく聞かれることがございます。私は私なりに考えていることは、最近の彼らの特徴を一言でいうと、「キレル」という言葉と、「ムカツク」という言葉、「カットスル」というようないずれもカタカナで書かれている表現が目立つじゃないですか。「キレル」ということは、どういうことか。私は、それは「関係性が切れる」というテーマとしてまず捉えるんです。勿論、それは協調的に、神経がどっかで切断される、という意味をになった言葉なんでしょうけれど。彼らは、非常に希薄な関係性しか持ってこなかったと、私は見ているんです。守りが薄かった、とも言えるんです。そういう彼らなんです。これがまず一つ。その次に、「ムカツク」というのは、身体表現ですね。要するに、「むかむかとする。胃が受け付けない」ということですよ。ということは、受け入れられないという身体症状なんです。そういう身体の表現で、そのまますぐに受け止めるか、飲み込むか、吐き出すか。身体症状、身体表現。さっきの「キレル」というのは、切れた後どうするかというと、カッとして殴ってしまった。カッとしてやったら殺してしまっていた、というふうに、すぐ行動が、行為がすぐ直結するわけです。ということは、心で悩むということが出来ていないですよ。カッとなるというのは、堪え性のなさでもあるわけです。最近の子どもたちは、私どもの臨床の場から見ていると、身体化してしまうか、すぐ行為化してしまうか、或いは、私は、言葉で─先程の不登校の子どもに関わるんだけれども─「内閉」と呼んでいるんですが、それか強迫という儀式になるか、この四つに分かれているんです。それで、中核の、一番真ん中の心で悩んだり、葛藤したり、ということが消えちゃったんですよ。その部分が行動になっちゃうか、身体の表情に出てしまうか、という形で表現される。或いは、儀式にしがみつくか、或いは、無為になってしまうか。この四分極の行動をとっていると、私は見ますね。こういう表現の仕方が、四つに分かれているんですけれども、その内界がどうなっているか、ということなんです。私は、ある幾つかの事件を統合して考えて見ると、人間の「意識」というのが、普通、自分が自分であるとか、ここは京都大学であるとか、今日は何日である、ということを意識しているのは、一番上ですね。それに、自分の生まれてからの個人的な歴史を記憶していたり、それに関わるものは、「個人的無意識」なんです。人類始まって以来の、或いは、ひょっとしたら、植物や動物の時代からの記憶が入っているのが、一番下の「普遍的無意識」というんです。これはユングの概念なんです。この「普遍的無意識」というのは、ユングの定義によれば、「普遍的無意識は決して意識化出来ないものだ」と言われているんです。だから、意識化が出来るのは、「個人的無意識」までなんです。ところが、「普遍的無意識」で起こっていることが、意識にそのまま入ってきている感じがするんですよ。それはどういうことか、というと、例えば、私の言葉でいうと、「創造的な次元」とか、或いは、「宗教的な次元だ」とか、或いは、「実存の根源に関わるような次元」だとか、もう総てこの根源的な「普遍的無意識」で起こっている事象が、守りが薄いために、「意識」に直接直結しているような事件が多いんです。ということは、どういうことか、ということを考えますと、守りが薄いんですよ。生まれてこの方、人との関係性が薄いんです。人と人と、ほんとに人間と人間としての関係を、キチッと育ててきている、というふうに見えないんですよ。そういうことが、最近の事件に、という形で表現されてきているんじゃないか、と私は考えています。もう一遍、根源的に、関係性をもっと大事にしなければ、と思います。人間と人間が育つとは、どういうことであるか、ということを、もう一遍見直さなければならない、と思っているんです。そのためには守りが必要です。その守りというのも、「こうなさい」「ああ、しなさい」という次元の問題ではありません。だけど、そう言ったことが、どうも希薄になってきている。例えば、今の子どもたちは、コンピュータ、パソコン、機械とは凄く密接に繋がっていますよ。自家薬籠ですよ。私には、もうすぐ六歳になる孫がいますが、私とゲームをやっても、とても私は敵わないぐらい、もうマウスの扱いのスキルの凄さ、とても子どもとは思われない。ところが、子どもの方では、それの方がファミリー(family)なんですね。親密なんですよ。で、人との関わりが得意じゃないんです。その子は、人との関わりは、僕に話かけてくれますので、いいんですけれども、「もっぱら機械や物とばっかり関わっていて、人と人との関わりが希薄になっている、ということが、結局は、現代のいろんな犯罪とか、事件にも関わってきている」と見ています。そこら辺りを、もう一遍注意して見直さなければいけない、というふうに考えているんです。
 
峯尾:  「今時の若者は」というのは、太古から言われてきたようですが、私は、自分の子どもの頃のことをちゃんと覚えているか、というと、そんなに正確には覚えていませんが、まさにこの歳になって見ると、「今の若者は理解不可能」というふうに切り捨てちゃいけないにしても、今おっしゃった中で、例えば、人と人との関わりが非常に希薄になっている、というのはいろんなことがありますね。「大家族で暮らさなければダメなんだ」と。「お爺さん、お婆さんと一緒に暮らしていて、お爺さんが死んで逝く姿を見れば命の尊さが分かるんだ」などと、いろんな言い方がされますけれども、
 
山中:  そんな単純なものではないんですね。大家族でいたら、そちらの方の重すぎる葛藤があったからこそ、簡略化されてきて、大家族でなくなってきたわけですから。やっぱりそういう片っ方の歴史もあるわけで、おっしゃる通り、「昔が良かった」というふうに、私は言わない。ただ、昔、良かった部分は確かにあるわけです。百二歳で亡くなった私のお婆さんが、「人なる」という言葉を使うんですよ。それは、「育つ」という意味なんです。「人になる」という意味なんです。「人」というのは、ご承知のように、「二人の人が支え合って、お互いに支え合って、人になっていく」という。その関係性がどうも揺らいできた。その部分を、どうやってもう一遍再構築するか、ということであって、大家族を復帰させればいいとか、お爺ちゃんが一緒に住めばいいとか、というような問題ではないですね。
 
峯尾:  今日、「こころとマンダラ」ということでお話を伺っていると、成る程、こうや って表現をしながら、この人は、どんどん自分の世界を取り戻していったなあ、というのが分かるんですが、山中さんたちが、ずうっと実践研究を重ねて来られたものと、違う何かが、いまの子どもたち、特に少年犯罪に関わってしまうような子どもたちのためには、山中さんの分野でも必要だ、とお思いになりますか。
 
山中:  そうですね。やっぱり必要だ、と思います。結局、彼らは、自己表現をする部分が、犯罪とか、一般社会で受け入れない行為の部分のみに、自己表現が出てしまっている、ということが問題なわけです。彼らなりの表現を、大抵みていくと、凄く前の段階で摘み取られているんですよ。「こういうのはしちゃいかん」「こういうのはしちゃいかん」と。実は、一つもしてはいけないことはないんですよ。初め始めたことそのものは、例えば、それが、アニメであったり、ファミコンであったり、プラモデル作りであったり、親から見たら、何でこんなことばっかり、と思うような、価値がない、一見ないように見える自己表現の芽がほとんど摘み取られているんですよ。だんだん狭まっていって、ああいう形になるのです。だから、子どもが示す「自己表現の窓」というのを、早いうちに摘み取らんことです。子どもに任せたらいいんですよ。親のほうからつまらんと思えることでも、実は凄いことなんです。そういうことが大事なんです。だから、子どもが一人ひとり顔が違えば、興味を示す対象も違う。その違っている対象─ある子は、お魚釣るだけが趣味の子もいるんですよ。お魚だけに興味を示して、後のことは何にも考えない。「勉強はなにもしないけど、良いでしょうか」とおっしゃるんです。全然構わないんですよ。お魚と付き合っているうちに、世界が見えてきます。それが私のいう「窓」なんです。だから、その子どもにとって、この子の「窓」は何なのか、ということが大事で、その窓は、往々にして、親から見たら殆ど価値を付与していない。ほとんどの子はマンガであったり、ロックであったり、ギターであったりなんですよ。親は、「そんなことしている暇があったら勉強しなさい」という。逆ですよ。そのことに専心したら、彼は、その世界で、世界と出会えるんですよ。そうやって繋がっていく関係性を、自分で見出していくんです。だから、彼らなりの窓を、どうやって親が大事に出来るか、ということだと思うんです。それが、私が一番伝えたいことです。だから、「マンダラ描きなさい」とか、「マンダラ表現しなさい」ということは、全然ないんですよ。マンダラ表現というのは、その展開点で出てくるものに過ぎない。ただ、過ぎないんだけれど、仏教の世界では、連綿として悟りの境地で追求されてきた最高峰のものである、というその面白さですよ。「魚を釣るだけの、その少年の魚との関わりそのものが、仏教の世界の最高峰と同じ価値がある」ということが、一番伝えたいことです。要するに、「こういうことは価値があって、こういうことは価値がない」ということはないんですよ。「あらゆることに価値がある」、そう思います。
 
峯尾:  有り難うございました。
 
山中:  いや、どうも。失礼致しました。
 
 
     これは、平成十三年六月十日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。