お水取り・華厳の世界
 
                            東大寺執事長 森 本  公 誠(こうせい)
1934年兵庫県姫路市生まれ。華厳宗の僧侶・イスラム学者。2004年から2007年まで東大寺別当・華厳宗管長を務め、現在は東大寺長老。15歳で東大寺に入寺。京都大学大学院でイスラム学を学んだ異色の経歴を持つ。1961年、エジプト・カイロ大学にも留学している。文学博士。965年−1998年、京都大学講師。東大寺では清涼院住職、執事長、大仏殿主任、上院院主、東大寺学園理事長を歴任している。長年にわたり仏教者の立場から国内外でイスラム教との交流を重ねてきた。 著書『初期イスラム時代エジプト税制史の研究』『イブン・ハルドゥーン−人類の知的遺産22』『善財童子 求道の旅−華厳経入法界品・華厳五十五所絵巻より−』『世界に開け華厳の花』ほか。
                            き き て  有 本  忠 雄
 
有本:  今日は奈良東大寺からの放送です。「お水取り・華厳(けごん)の世界」 というテーマで、今日は東大寺執事長の森本公誠さんにお話を伺うことに致しました。宜しくお願い致します。
 
森本:  宜しくお願い致します。
 
有本:  今年は暖冬で、本来ならもっと寒いでしょうけれども、ちょっと例年にないほど温かな冬でございますね。
森本:  そうですね。
 
有本:  奈良公園を含め、東大寺境内も鹿が沢山おりますけれども、やっぱりこんな暖かい冬というのは鹿も珍しいでございましょうね。
 
森本:  そうと思いますね。なんかだんだん地球全体が温かくなっていっている、その一環かなあと、つい思ってしまうような感じがしますね。
 
有本:  ところで、東大寺執事長というお立場ですが、執事長というお仕事はどんなお仕事なのですか。
 
森本:  東大寺は、名前に大という字が付いていますので、大きなお寺ということになっているんですけれども、しかしまあ所帯はそんなに大きくないんです。けれども、それでもやはりいろんな事務的な仕事がございますので、そういった事務的な仕事の統率(とうそつ)と言いますか、代表代務者ということになるわけですね。
 
有本:  一九三四年のお生まれということですから、六十五歳でいらっしゃるんですよね。
 
森本:  はい。
 
有本:  十五歳の時にご縁があって、東大寺にお入りになったということですが、お生まれはもともとお寺なんでございますか。
 
森本:  いいえ。私の父親は元の軍人でございまして、ほんとに世界としては住む世界が全く違ったんです。それこそ仏縁があって、東大寺に入ってきたということです。
 
有本:  大学は京都大学で、文学部ということですが、何を勉強なさったんですか。
 
森本:  私は文学部へ入って、「歴史を勉強しよう」と思って、それも「東洋史」に入ったわけなんですけれども。その当時、「東洋史」と言いますと、殆どが「中国史」だったんですね。しかし、私は、中国史は他に沢山おやりになっている方もおられるので、むしろあまり人がやっていないイスラムの歴史を勉強したいなあ、と思って始めたわけなんです。世界には三大宗教ということで、仏教、キリスト教、それとイスラムというものがある、と。その中で生活の隅々まで宗教が生きているというのは、やっぱりイスラムが一番そういう点では凄い宗教じゃないかなあ、という感じは持っていました。現実に、そうしたならば、どういう形で生活の中に宗教が生かされているのか。それが人々の暮らしにどうなっているのか。そこへ至る歴史がどうなっているのか、というのに、ちょっと興味があったものですから。
 
有本:  京都大学院の学生さんの頃に、エジプト政府の招きで向こうに留学をなさったということですが。
 
森本:  三年生の時から、アラビヤ語を勉強し始めまして、それでイスラムの勉強を始めると同時に、大学院へ入りましてから、やはり現地へ行って見よう、と。「百聞は一見にしかず」と言いますから。是非現地へ行きたいなあ、ということで、その当時としては、イスラム圏に行けるのはなかなかなかったものですけれども、その二年程前に、文部省とエジプト政府との交換留学生の制度が出来まして、それで私は二年目ということで行かさせて頂いたんです。
 
有本:  それで、お帰りになって、また京都大学にお戻りになるわけですが、その後、非常勤講師で、京大でも教鞭をお取りになっているようですが、学生さんに教えた学問というのは、やっぱりイスラム学なんでございますか。
 
森本:  そうです。ご承知と思いますけれども、イスラムはムハンマド(マホメット)というアラブの人が始めたわけですので、やはりアラブの歴史ということになるわけなんです。従って、歴史と、それから、言葉、アラビヤ語を教える、と。言葉もいわゆる歴史的な文献を紹介し、それをどう読んでいくか、ということをずうっとやってきたんですね。
 
有本:  さて、東大寺と言いますと、二月の「お水取り」、「修二会(しゅにえ)」の季節に入りますが、一週間程、二十日まであるんですけど、やっぱりこの一週間というのは、みなさん、関係者の方はお忙しいんでございますか。
 
森本:  そうですね。やはり一ヶ月近い、それこそ別世界に入るというような生活に入るわけですから。そうすると、その間はどこにも行けませんし、いろんな雑事と言いますか、そういうものも片付けて、そして、身心共にそれに備えた考え方をして入るということですから、それまでの間は気持ちの整理もあるでしょうし、いろんな雑務の整理もあるでしょうから、そういう意味では、参籠する者は忙しく、今、一番しているように思いますね。
 
有本:  二月いっぱいが「前行(ぜんぎょう)」、そして三月一日からが、「本行(ほんぎょう)」とうことで、およそ一ヶ月の間、前行、本行とあるわけですが、森本さんがそもそもそのお水取りに関わったと言いますか、参加したのは、いつ頃でございますか。
 
森本:  私の場合は初めて入りましたのが、昭和三十三年でございまして、初めて入るというのは「新入(しんにゅう)」と言うんです。新入りですね。去年までに、二十三回程、参籠させて頂いているんです。
 
有本:  いろんなお役目があるようですが、ご経歴などを拝見致しますと、「大導師(だいどうし)」として何回かお水取りに加わっているようですが、この大導師というのはどんなお役目なんですか。
 
森本:  お水取りには参籠者それぞれの役割がありまして、その大導師もその一つなんです。大導師は一番行(ぎょう)としては重要な役割で、そのお水取りの趣旨を表明するという役割と同時に、みなさん全体を統括をしていかなければいけない、という役割なんですね。
 
有本:  成る程。そうしますと、参加される方の代表格というか、リーダということになるわけですね。
 
森本:  ええ。もう一人、大導師の上に「和上(わじょう)」という役割の方がおられるわけなんです。これは会社で言えば、いわば会長さんにあたると言いますか、ほんとに大導師もお勤めになって、そして長い伝統の、この行事を後の者もちゃんと伝えるようにやってくれているかどうか、というのを静かに見守って貰う、という役割の方なんですね。
 
有本:  十一人のお役目があるようですけれども、今申しました「前行」の段階と、それから「本行」の段階で、私たちは「お水取り」というと、三月十二、十三、十四日辺りを中心にまあ観光気分で大変申し訳ないんですが、という方が多いと思うんですけれども、そもそもお水取りの意味合いと言いましょうか、意義というのはどんなところにあるんでございますか。
 
有本:  これは今年で千二百四十九回目になるんです。ということは、一番最初は奈良時代、七五二年に始まった、ということなんです。始める当時の趣旨を考えれば一番分かり易いかなあと思うんです。趣旨としては、「国家万民のために祈りを捧げる」と。それが祈りを捧げる相手が、二月堂の場合は十一面観音さんである、ということになると思うんですね。その祈りを捧げるというのは、また、どういう意味か。「国家万民のため」と言いましたけれども、これはこう考えて頂いたらいいんじゃないかと思うんです。例えば、自分の子供がボール遊びをしていて、たまたまそのボールが道の方へ転がっていった。そうすると、小さな子供ですと、我を忘れてボールを取りに行く。そこへたまたま車がやって来て子供に当たる。子供がもう生きるかどうか分からない状態になる。親としては非常に慌てますね。だけども、一応救急車も呼び、病院に担ぎ込んで、そして、それから後はもう病院のお医者さんなんかに兎に角お任せするしかないわけですね。しかし、それでは親の気持ちとしてはやっぱりおさまらない。何とかして助けて欲しいという。そこで祈りというものが出てくると思うんですね。お水取りの場合、その「子供」というのは「国家」になるわけですね。その「親」というのは国家全体を体現しておられる「大君(おおきみ)」と言いますか、「天皇」ということになるんだ、と思うんです。その当時の奈良時代というのは、正倉院(しょうそういん)の御物(ぎょぶつ)に見られますように、天平(てんぴょう)文化の華(はな)が咲いたということで、非常に華やかな面が強調されるわけなんですけれども、実際的にはいろんな飢饉(ききん)だとか、災害だとか、天然痘の流行だとか、ほんとに身の周りとしても、或いは、国民全体としてもどうなるか分からない、というような時期がチョイチョイあるわけなんです。そうすると、何とかして国民を救いたい、という天皇の気持ちというものが当然出てくると思うんですね。
 
有本:  二月二十日から三月十四日までのおよそ一ヶ月ということですが、東大寺でご用意なさっているこの案内書などを見ますと、表紙がたいまつのクライマックスのところでございますので、「火と水のお祭り」と言ってもいいんじゃないかと思うんです。これが一番みなさんがテレビのニュースでご覧になったり、ということですが、これは三月に入って、
 
森本:  ええ。三月の一日から本行になるわけなんです。普通の「たいまつ」と言いますのは、夜の行事、これは夜の最初の行事を「初夜(しょや)」と言うんですが、実は、二月堂の下に練行衆(れんぎょうしゅう)が寝泊まりする参籠宿所というのがございます。そこから、二月堂へ階段をずうっと上っていかないといけないわけです。その途中の、いわば道明かりとしてたいまつを灯(とも)して、そして上がって行くということなんですね。しかし、今でしたら、懐中電灯一つ足元を照らせばいい、というものなんでしょうけれども、やはり火が持つ美しさとか、火が持っている清め、と言いますか、そういうものがあるためなんでしょうか、だんだんたいまつが大きくなって、そして、二月堂のところへ上って行って、そして、みなさんにもよく見えるような形になった。やはり見た目として非常に綺麗だし、派手さがあるものですから、お水取りというと、まず、たいまつというものが、みなさんに連想されると思うんですね。
 
有本:  この辺は実際私たちは直接見せて頂くわけにいかないんですが、「五体投地(ごたいとうち)」、これも大変重要な、
 
森本:  そうですね。やはり自分の身体のことを考えますと、普段の生活というのは、殆どみなさん方と同じような生活をしているわけなんです。そういうままでは、或いは、心も含めてそのままでは、みなさんに代わって行を勤めて、そして、みなさんに代わって我々の願いを観音さんに聞いて頂く、という場合に、やはりそれではあまり効果がない、と昔の人は当然考えたわけです。それで、自分の身心を清めるということの一つとして、「五体」身体全体を地になげうって、少しでも清い身体にして、そして、観音さんにお願いをする、という趣旨から、「五体投地」というものが生まれているわけですね。
 
有本:  そうですか。そうして、これはどういう場面ですか。
 
森本:  行の中で、これは「散華行道(さんげぎょうどう)」といいます。二月堂の中では一番中心になる部分を「内陣(ないじん)」、或いは、「内々陣」とも言いますが、そのところは「練行衆」という、参籠をする者しか中には入れないんです。東大寺の僧侶であっても入れない。その道場ですね。これから法要するという時に、予め精神的にも清めるというのが「散華(さんげ)」という行の一つの意味がありまして、これは散華行道の途中なんです。
 
有本:  そして、次に、
 
森本:  これは「称名悔過(しょうみょうけか)」と言いまして、「修二会」の行事というのはいろんな部分から成り立っているわけなんです。その一つで、しかも非常に重要な場面なんですね。それは観音さんなら観音さんを讃えて、そして、我々の願いを聞いて頂く、ということになるわけですが、そうしたならば、観音さんは一体どういうお方か、どういうお姿をされているか、ということを大きい声で一つ一つ称えていくわけなんです。その時に立って数珠を擦り、また坐って礼拝をする、という作法をしているわけですね。それを「称名(しょうみょう)悔過(けか)」と言っているわけです。次のこの場面は、大導師が悔過(けか)作法の途中で趣旨を表明している言葉があって、これは「呪願(しゅがん)」と言うんですけれども、それを唱えている場面なんですね。
 
有本:  この大導師がお述べになるのはもう決まった文言(もんごん)というのか、或いは、その時々によって変わるんでございますか。
 
森本:  大導師が唱える言葉というのは、沢山ございまして、「大呪願」とこの場面は言うんです。これはその一つに過ぎないわけなんです。しかし、大導師の祈願として正式に唱える言葉の中には、実は「諷誦文(ふじゅもん)」というのもございます。「修二会(しゅにえ)」そのものは長い伝統をもっているわけですので、殆ど変わりなくやっている、ということが多いんですけれども、この「諷誦文(ふじゅもん)」だけはその時代時代に合わせて、「今・現在」「我々・人類」と言いますか、或いは、「日本」ということで考えてもいいんですけれども、どういう願いを持っているか、ということを考えて、そして、自分なりに文章を書いて、それを参籠衆全体を代表して、参籠衆に代わって自分がお唱えをする、という役割が大導師に与えられています。そういう文章を読む、というのもあるわけなんです。また別の唱えごともあります。「国家のため」ということで祈るということは、勿論、国家の中には、国民一人一人が沢山おられるわけです。そうしたならば、国家を責任持って受け持っている、現在の制度で言いますと、内閣、或いは、国会議員ですね、そういう方たちがしっかりして舵取りをして頂かないことには、みんな困るわけですね。だから、やはり「内閣の安泰」と言いますか、しっかりあまり分裂しないで、ちゃんとやって下さいよ、という意味で、形としては、その時の総理大臣の名前から始まって、各大臣それぞれ役割分担がありましょうから、その名前を大きい声であげまして、そして、そのために観音さんよろしくお願いしますよ、と。平たく言えば、そういう形式の部分があるわけなんです。それを大導師は一日三回各大臣の名前を読んでいるわけなんです。
 
有本:  今度はこれはまさにお水取りで、先程の大松明(おたいまつ)と同じように、これ象徴的な場面ですね。
 
森本:  そうですね。この写真に映っている場面はお水取りの一部分ですけれども、この二月堂の下に「若狭井(わかさい)」と言いまして、井戸があります。そこへお水を汲みに下りる。その行事を「お水取り」と言うんです。それがこの行事全体の通称となっているということなんですね。これは十二日の深夜、実際的には十三日の二時頃でしょうか、練行衆の一部が下へずうっと下りて行って、井戸の屋(や)形(かた)のところで、お水を汲んで、そして、また上へ上げて、観音さんにお供えをするという。これは最初に下りて来る場面なんですね。
 
有本:  この「だったん(達陀)」という行事も、一般の方々よくご存じで、勇壮ですね。
 
森本:  そうですね。本当に木造のお堂の中で、「こんな火を焚いて大丈夫か」ということをよく言われるんです。しかし、昔からやっているものですから、我々も行うわけです。「ダッタン」というのはちょっと訛っている言葉だと思います。元は、「ダグダ」というおそらくサンスクリットの地方語「ダッタ」から来たんじゃないか、と。というのは、漢字に書きます時は、「発達」の「達」と、「阿弥陀」さんの「陀」という字を書きます。字がない場合もそれだけで代表させるんですけれども、それぞれ口偏が付いているんですね。それはサンスクリット語の言葉が元の言葉ですよ、という意味で、そのサンスクリット語の意味は「滅し尽くす」ということらしいですね。それは要するに、「火を以て我々が持っている煩悩を、これを滅し尽くすんだ」ということを象徴して、こういう行事が生まれた、ということだと思いますね。
 
有本:  私たちは気がついている、気がついていないに関わらず、本当に「貪(むさぼ)り」とか、「三毒(さんどく)」三つの毒を本当に焼き尽くして頂けるものなら大変有り難いと思うんですが、本当に勇壮ですから、少なくともこれを拝ませて頂くと、何となく邪(よこしま)なことを含めて焼き尽くされるやに思われるかも分かりませんが。
 
森本:  練行衆も毎年位にやっているんですけれども、それでもやはり緊張致しますね。
 
有本:  そうでしょうね。そして、これは「走り」ですか。
 
森本:  これはどういう謂われがあるか、と言いますと、実忠(じっちゅう)さん(実忠和尚(かしょう))という僧侶がこの行を始められたのですが、その方が笠置の洞窟に入って、観音さんが修法されているのを見て、そして、それを、「人間世界にも伝えたい」ということを、その時に観音さんにお願いすると、「いやいや、自分たちの一日というのは人間世界では四百年にあたる。だから、とてもじゃないけども、そんなものは出来ませんよ」と言われたんですね。そこで実忠さんとしては、「それならば、走ってでもお勤めします」ということで帰られて、そして、そのことから「走り」という行が生まれた、ということになっておるんです。それなりの作法がありまして、走ったあと練行衆一人一人が礼堂(らいどう)に出て来て、礼堂に五体を打ち付ける板があるんですが、そこへ身体を打ちつけて帰っていく、この場面は丁度そのために出て来たところなんです。
 
有本:  そうですか。写真を見ながら、「修二会」のおよそ一ヶ月の行事の様子を伺ったんですが、勿論、我々受け止める側も大事ですが、東大寺全山のみなさんはどんなふうにこの「修二会」を受け止めていらっしゃるんですか。
 
森本:  勿論、お寺の者は、これが恙(つつが)なく満行(まんぎょう)まで勤めて貰えるように、ということを切に願うわけなんです。むしろ、私はそれよりもこの機会にこの「修二会」の趣旨を、正式には、「十一面悔過(けか)」という言葉があるんですけども、「悔過」というのは過ちを悔い改めるという。その過ちというのがどうして起こるのか、ということですね。例えば、生まれて間無しの赤ん坊がニコニコ笑っている顔というものを見ましたら、本当に純真無垢(むく)な感じがしますね。しかし、この純真無垢な赤ん坊がだんだん成長するに従って、いろんな悪いこともしたり、小学校ぐらいになると、虐(いじ)め合いをしてしまって、窮地に陥(おとしい)れる。特に、最近はそういう場面も多いし、ほんとに新聞なんかを見ましても、可哀想に悲惨な場面が時々あるわけなんですね。やはり人間というのは、そういう過ちを犯しているんだ、ということを意識しないと、幾らでも過ちを犯したり、勿論、「法律に触れる過ちは、私は犯していませんよ」と言いますけれど、お釈迦さんの目から見れば、他人にいろんな迷惑を掛け、また、人間以外の動物に迷惑を掛ける、実際問題として、殺して我々は生きているわけなんですね。そうすると、だんだん心に垢(あか)が溜まるようになってくるわけなんですね。「垢」というのは「煩悩」ということなんですが、正しいことが見えなくなる。正しいことが見えなくなると、更にまた悪いことをする、ということです。現代生活を送っていく上で、便利さというものを求めるだけでなしに、そのことによって地球全体、広く言えば、環境の問題とか、いろんな人間の身勝手というものがあるんじゃないか、という自省の機会にして頂ければ、我々としても幸いではないかなあと、私は思いますね。
 
有本:  確かにおしゃる通りなんですが、どうも観光行事であったり、或いは、関西では「お水取りが終わると春ですよ」というふうな言い方を致しますけれども、まさに自分を反省する機会に是非して欲しいと、
森本:  その上でほんとに春を迎える、という形を昔の人は考えて頂いたんじゃないかなあ、という気が致します。
 
有本:  それで東大寺と言いますと、もう一つ「大仏さん」ということになるわけですが、この大仏さんというのは、どんな仏さまなんでございますか。
 
森本:  そうですね。なかなか一口で申し上げるのは難しいですが、お名前としては「毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)」というのが正式なんですね。これは勿論インドの言葉、サンスクリットの言葉をそのまま音写(おんしゃ)したという音写語なんですね。サンスクリットでは「バイロチャナ(Vairocana)」、或いは、「バイロチャナ・ブッダ」というわけなんです。どうも意味的には、智慧の光が宇宙いっぱいに満ちていて、そして、そのように光輝いておられるお方、ブッダということのようなんですね。ですから、ほんというと、「大仏さん」というのは大きいから大仏さんということなんですけど、あの大きさでは別に大きくないんですね。まだまだ小さい。ほんとの大仏さんというのは宇宙いっぱいに広がっている、という。宇宙に満ち満ちている、ということで、中国ではこれを、「光明遍照(こうみょうへんじょう)」という言葉で表現しているんです。それは『華厳経(けごんきょう)』というお経に出てきまして、そのお経の「教主」と言いますか、法を説いておられる方ということなんでしょうけど、実際、お経の中を見ますと、大仏さん「毘盧遮那仏」自身が法を説いているということではなしに、むしろ、「毘盧遮那仏」は光を照らすことによって、世の中のさまざまなことを弟子たちに教えておられる。代わって、弟子「菩薩」が代わって法を説いておられる。そういうことになっているんですね。お経の中は非常に哲学的な内容をもっていて、難しいんですけど、聖武(しょうむ)天皇としては、そのお経を、周りにはいろいろブレーンがおられますから、そういう方からお聞きになって、これはまあ素晴らしいお経だ、ということで、是非自分もそのような仏さまを形として表現したい、と。実際、毘盧遮那仏というのは形で表せないものですね。宇宙いっぱいですから。しかし、一応形として表さないことにはなかなか分かって貰えないということでありますので、これでもって宇宙いっぱいに広がっている方ですよ、ということで、一つの約束事をどうも設けられたらしいんですね。それが昔から大仏さんは、五丈三尺五寸ということを言われるんですが、この数字に宇宙いっぱいに広がっている無限大の仏さんですよ、という意味が込められているらしいんですね。そういう仏さんなんです。ですから、宇宙いっぱい広がっている、ということは影をつくらない。太陽はほんとに光輝いているわけなんですけれども、この毘盧遮那仏の光というのは、裏へも廻って光り輝いておられる。ということは、我々のそばでもほんとに包み込むようにしてあるんだ、と。ただ、我々自身はそのことについて気が付かないことである、ということのように思いますね。私も外国の方をご案内することがよくあるわけなんですけれども、その話をしますと、意外と分かって頂けるように私は思いますね。キリスト教にしろ、イスラムの人にしろ、唯一な神というものをもって考えるわけなんです。その神というのはどこにでもいる、というふうなことを、彼らも考えるわけなんですね。それと、「根本的には変わらないものですよ」というと、非常によく分かって貰える。私はよく意地悪く、「これは聖武天皇が自分の権力を誇示するために、こういう大きな銅像の仏さんを造ったと、あなたは考えますか」と質問をすることがあるんですね。そうすると、大概の人は、「そうだろう」と言われるんですよ。だけど、それは、「そうじゃなくて、宗教的なこうこうであるんですよ」と、私は言うです。「そのことによって、異民族異文化をもった人たちとも、お互いに深い、ほんとは繋がりというものがあるんですよ」と申し上げるんです。
 
有本:  「宇宙」と言いますと、大変無限で、無尽で、尽きることがない、というふうに考え勝ちですが、そういう無限無尽の毘盧遮那仏は無限無尽の世界をもあまねく光輝かせるという、しかも影がなく、
 
森本:  ええ。そうですね。『華厳経』のお経を読んでいますと、それは要するに、お釈迦様の悟りの世界、ということのようなんです。お釈迦さんという方はご存じのように、六年間長い修行をされて、そしてその挙げ句、いわゆる「禅定(ぜんじょう)」と言いますか、坐禅を組まれて、深い深い瞑想に入られた、と言われております。瞑想に入られ、暫くしてから大きな心の変化、宗教体験をされていて、その時に自分の心、身体も含めて大きな変化が起こったんだ、と思うんです。そういう状態の時のことを、毘盧遮那世尊となられた状態ということらしいんですね。一身でもって、自分一つの身でもって宇宙全体を覆うとか、宇宙全体のさまざまな世界、宇宙は本当に広うございますから、そのさまざまな世界が、その毘盧遮那仏の、お釈迦さんの毛穴の一つ一つにみな入っている、というようなことがお経に書いてあるんですよ。そうすると、これは一体何を言うているのかなあと、我々も思うんですね。だけど、幸い現代の科学の発展と言いますか、いろんなことが物理学の上でも言われるわけなんですけど、考えてみれば、例えば、一つのこの扇子、物なら物、それを細かく砕いていくと分子になっていく。それを更に砕いていくと一番最小の原子、粒子までなっていくわけですね。その一つの粒子を取り上げた場合に、そこには普通の働きでは壊れないガチッとした世界があるわけなんですね。お経の中でいうと、そういう小さなものは「微塵(みじん)」という言葉を使うんです。微塵の中に「法界(ほっかい)」がある、と。一つの世界がある、というようなことを言われているわけです。一方この宇宙もまた法界があるわけですね。それが同時に流通出来るわけなんです。或いは、華厳の教えでいくと、華厳はそういう繋がりの世界があって、それが、「重々無尽(じゅうじゅうむじん)」という言葉があるんですけれども、いろいろ重なり合って、この世の中になっているんですよ、ということを言うんです。その場合、なかなかそこまでは急に行けないものですから、例えば、一つのもの、この本と扇子という物、これ一つの事象と考えたら、それをバアッとぶっつけたら、これは打ち当たるに決まっているんですよ。ところが、トコトンまでいくと、それが「融通(ゆうづう)無碍(むげ)」になるということを表現するんですね。そういう物と物とがぶつかってもなんら障りがないというようなものを、物理的に考える場合は光しかないんですね。光であればこれはどうでも自由自在にいけるわけなんですね。そういう宗教体験をされたんじゃないかなあ、ということが言われるんです。実は、これはお釈迦さんだけではなしに、他の方(かた)でもそういう体験をして、そして、それを表現しておられる。そういう哲学者もおられるんですね。
 
有本:  よく『華厳経』の中で、この「一即一切(いちそくいっさい)」ですか、「一切即一(いっさいそくいち)」ということをいうようですが、
 
森本:  それは一がそのまま一切であるということなんです。一番分かり易いのは繋がりという「縁起(えんぎ)」のことで言いますと、これは譬えとして、例えば、合わせ鏡を四方八方に置きます。その中に灯明を灯す。そうすると、無限にその灯明の光が映るわけなんですね。実際気が付かないけれども、我々の存在というのは無限の繋がりでもって繋がっているんじゃないか、と。そのことを分からないから、自分は何も世話になっていないとか、儂は人のことは知らんとか、いうことになるんだと思うんです。実際はそうなんじゃ無い、ということの縁起の繋がりを、「一即一切」「一切即一」と。全くほんとは相反するものですね。小さな「一」と「宇宙全体」と。それを「即」という文字で結び付けるわけですから。「相即(そうそく)」という言葉があるんですけれども、それもお釈迦さんの悟りの中で出て来たものだと思うんですね。
 
有本:  『華厳経』というと、六十巻とか、八十巻とか、大変長大な教えのようですが、いまその『華厳経』の中の一部をお話頂きましたけれども、いま森本さんの前に、『華厳経・入法界品(にゅうほっかいぼん)・善財童子(ぜんざいどうじ) 求道(ぐどう)の旅』というご本がございますが、これもよく善財童子がまさに求道の旅に出て、悟りの境地に、というのを伺うんですが、今度はそちらの方にお話を移したいと思いますけれども、いわゆる『華厳経』の教えの中のこの下りも大変大事な、
 
森本:  今おっしゃられましたように、『華厳経』は漢訳にした場合、六十巻とか、六十巻というのは巻物にして六十とか、或いは、唐の時代に訳されたものでいくと八十巻もある長いものになるんです。掻い摘んで言いますと、『華厳経』はお釈迦様の悟りの世界というものと、それを素晴らしいこととして、それを慕う、と言いますか、仏弟子たちがどういう具合にしてその悟りに近付くことが出来るか、そういう修行の過程を説いたもの、ということなんです。そういう趣旨じゃないかなあと思うんですね。その悟りに至る過程の譬えとして、善財童子という、非常に心の汚れのない若者を主人公にして、その過程を辿らせたというのが、この善財童子の旅じゃないかなあと思うんですね。
 
有本:  今日はごく一部をご紹介ということで、全部の逸話をご紹介するわけにはまいりませんが、五十三人の善知識、悟りを開いた方々のところへ、善財童子が訪ねていくわけですね。最初は文殊菩薩のところへ行かれると次々紹介というか、行ってご覧なさい、という話になりますね。
 
森本:  善財童子という方は、世の中というものを見た場合に、ほんとに苦悩して、悩んで一生を送っておる者たちがいる。そういう人たちを何とかして救いたい、と。ばどうしたらいいか。やはり自分自身がその悟りということに入らないことにはなかなか救えないじゃないか、と思って、たまたま文殊菩薩が法を教えに来られた時に、そのことを文殊菩薩に訴えて頼むわけです。どうしたらいいか、ということを。そうすると、文殊菩薩は、兎に角、「これは、しかるべき方のところへ行きなさい」と。「私が最初に紹介する方はこういう方ですよ」ということで、次から次へと、五十三人。五十三人のうちの一人は二人で一組で、一人ということになっているんですけれども、訪ね歩くということなんですね。普通、「善(ぜん)知識(ちしき)」と。「知識」というのはいわゆる頭でいう知識じゃなしに、この場合は「友」という、「友だち」という位のことなんですね。「良き友だち」と。善知識ですから、一応はその道の達人、「先達(せんだち)」ということなんですね。ですから、ほんとにいろんな人たちを訪ねるわけなんです。ですから、坊さんもあれば、在家の信者もあれば、子供もあるし、女の人もあるし、或いは、女の人の出家者もあるし、中には何でこんな人のところへ行かないといけないのか、というような、非常に難題を吹っ掛けられる行者もあれば、或いは、地獄そのものを見せつける王様もあれば、或いは、春を売る、と言いますか、女の人もおられる、という。ほんとにさまざまに考えさせられる話が、ここには盛り込まれていると思います。
 
有本:  その中から、今日は三つ選んで頂きましたけれども、このお話の十番目ですか、「勝熱婆羅門(しょうねつばらもん)」ということなんですが、これはどんなエピソードなんですか。
 
森本:  これは次の順番として、「勝熱婆羅門(しょうねつばらもん)という方がおられるから、訪ねなさい」ということで、訪ねていくわけなんです。そうしたら、非常に荒々しい山の中で、その方は修行しておられる。しかも、谷間を見ますと、それこそ地獄の噴煙と言いますか、炎がモクモクと煙とともに沸き上がっている。そういう火の海の谷間の中に、「それならば身を投じてみよ」と。こういうことを即座にいわれるわけなんですね。自分としてはそんなところに飛び込めば、もうそれで一生が終わりじゃないか、と。生まれてくるということ自体が、ほんとに掛け替えのない、なかなか出来ないことなのに、それでもって一生を終えるというのは、自分としても切ない。しかし、飛び込まないといけない、と。これはなんということを言われる先達なんだろう、と。勿論、疑いの心をもつわけなんですね。そうすると、文殊菩薩に最初に言われているんですけれども、「善知識の言われる言葉に対して、夢疑うことなかれ」ということを。「疑ってはいけませんよ」ということを釘を刺されているわけなんです。その場面に出くわして、実は、天空からもいろいろ声が聞こえてきて、兎に角、決して疑ってはいけない。この勝熱婆羅門(しょうねつばらもん)という人がこの世の中を清くするために、一生懸命修行しているからだから、言われる通りにしたらいいんじゃないかと、いう。そういう声が聞こえてくるんですね。そこで思い切ってその谷間に身を投ずるんです。火が燃えさかっている中に。そうすると、善財童子としては非常な快感を覚えるんですね。しかも、そのことによって、地上に降りた時には大きな一つの、一つですけれども、悟りを開くことが出来たんですね。私は、これは何を意味しているか、と思うんですね。そんな火の中に飛び込む、ということは、これはほんとにその場面に出くわした場合、大変なプレッシャーになりますね。ですから、人間、一生の中にはいろんな場面に出くわすことがあると思うんですよ。非常なプレッシャーですね。そんなこと出来ない、と。それで逃げてしまう、という場面もあると思うんです。しかし、逃げないでそこへ突き進む、ということの大切さを教えているんじゃないか。私は、先般、たまたまテレビを見ていまして、ある日本の俳優の方が、イギリスのシェークスピア劇なんですけれども、シェークスピア劇というのはイギリスが本場ですから、有名な俳優たちがおられるわけなんです。その中に一人日本人が入って、英語でその芝居をすると、イギリスのお客さんたちがどう観るか、というわけですね。ほんとによく悩んで、そして、それをやり遂げられるんです。その俳優の方が、「そのプレッシャーというのは相当なものだった。しかし、やってみて自分としてほんとに良かった。それこそ快感というものを感じた」。そういうことをおっしゃったんで、ああ、やっぱりこういう話と共通する面が、そこにはあるんじゃないかなあと、私は感じたんです。
 
有本:  さて、二番目は何を選んで頂いたんですか。
森本:  二番目は「無厭足王(むえんそくおう)」、六十巻本では「満足王(まんぞくおう)」という名前で翻訳されているんです。その王様のところへ訪ねて行きますと、いろんな殺人とか、泥棒とか、罪を犯した人たちが王様の前で裁かれて、処刑をされている場面に出くわすわけですね。それはもう殺される者は阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄みたいなもので、中には首をちょんぎられている者もおれば、手足をちょんぎられたり、舌を抜かれたり、或いは、釜茹(ゆ)でになると。そういう場面に出くわすわけなんですね。そうすると、そういう大変な酷いことをやっている人を師として仰いで何の教えを乞うか、と。これもほんとに疑問が湧いてくるわけなんでね。それこそ帰ろうとするんですけれども、「いやいや、お前は勝熱婆羅門(しょうねつばらもん)の時の経験を忘れたのか」ということを、また、天から声が聞こえて来て、そして、実際に会って話を聞くんですね。そうすると、なかなか直ぐに話をしてくれない。次から次へと処刑とか、国事(こくじ)をやらないといけないので、ジッと待っているんです。それで全て終わって、「待たせ た」と。「どうぞ、私に付いて来て下さい」ということで宮殿へ行くんですね。宮殿に行くと、ほんとに香(かぐわ)しい女性たちが侍(はべ)っていて、そして持てなしをしてくれた。王様は「どう思う」と。「先程みたいな酷いことをしている人間がこういう果報を得られると、あんたは思うか」ということをいうわけですね。「いや、とてもそんな思いません」と。王様は、「実は、自分はなんら人を殺していないよ。そんなことをすれば自分が地獄へ落ちてしまう。みなこれは自分が持っている神通力、神秘的な力、奇跡的な力でもって、そういう場面を見せる。そうでしかこの国の人たちというのは罪を犯すことを止めない。そういう人たちが沢山いるから、そういう場面を見せることによって、あ、そんなことをすると大変なことになるんだなあ、ということを知らしめているだけだ」ということを告げるんですね。それこそ人を殺すということは、探偵小説なんていうのは、殺す場面がしょっちゅうあるわけなんですね。しかし、探偵小説の方は、作家は殺しの方法を決して教えているんじゃない、と思うんですね。よく、「それを真似して殺人を犯した」という話もありますけれども、それは間違った読み方なんで、やはりそういうフィクション、或いは、映画でもそうだと思うんですけど、そういう場面を見せることによって、自分の持っている煩悩に気付かせる。そして、そういうことのないようにする、ということを教えている。そういうふうに思うんですね。
 
有本:  その五十三のお話の中で、二つ、三つということで大変難しい選択もあると思いますが、三番目は何を、
 
森本:  三番目は実は非常にまれな絶世の美女の遊女(婆須蜜多女)ですね。春をひさぐ、と言いますか、「女の人(婆須蜜多女)の所に会いに行きなさい」と言われるんですね。そうしたなら、自分は修行している身なんですよ。だから、そんな所へほんとは行けないわけなんです。しかし、そういう具合に言われたものですから、訪ねて行こうとするんですね。道々で、「あんたは修行の身なんだろう。何であんな人のところへ、遊女のところなんかへ行くのか。そんなことをしたらいけない」といろいろ言われたりする。しかし、結局、会いに行くわけなんですね。目的が目的ですから。これは何をお経としては伝えようとしているか、ということですね。会いに行きましたら、婆須蜜多女というその女性は、「自分を見る者が、もし、鬼ならば、自分は鬼の女になります。もし、その方が天の神さんであれば、自分は天女になります。人間ならば人間になります。そういう自由自在のことをやります。そのことによって、その相手が持っている欲望というものを取り去ることが出来るんです。ただ見るだけじゃなしに、自分に口づけをする。自分と同宿(どうしゅく)、一緒の蒲団に寝る。すると、欲望というものを取り去ることが出来るんですよ」とこういう具合に説くんですね。これはなかなか教義的にも非常に難しい問題なんですけれども、善財童子としては、おそらくいぶかりながらもその欲望というものを学ぶわけです。要するに、「性欲」という問題を仏教ではどう扱うかを象徴しているんだ、と思うんです。それを突き破った先と言いますか、その先にあるものというものを知らしめているんじゃないか、と思われるんですね。読む人によって、いろいろ解釈が生まれてくるかも知れませんですね。
 
有本:  善財童子の頃というのは、昔昔の話ですが、現代にも、我々の現代の生活にも、非常に関係があると言いますか、教えられるところがありますね。
 
森本:  そうだと思うんですね。ですから、人間が一つの悟りと言いますか、一つの境地を得るにはいろんな方法があるんですよ、ということで、五十三人が代表みたいになっておりますが、仏教的に言えば、或いは、華厳経的に言えば、無量の説き方がある、ということを言っているというふうに思いますね。
 
有本:  今日は二月の東大寺ということで、お水取り、修二会の話から、十一面悔過。長く続いた宗教、仏教儀礼ではあるけれども、我々は自分の日々の生活を反省しながら、この一ヶ月というお話でした。それから、「善財童子 求道の旅」で言えば、『華厳経』の教えの中で、善財童子が悟りの境地を開くための旅なんですが、今の我々にも非常に関係があるお話だということなんですが、最後にイスラムも勉強なさっている森本さんですが、残念ながら地球規模で言えば、冷戦終結後も宗教の衝突、人間同士の憎み合いと言うんですか、あちこちございますけれども、もろもろそんなことを含めて如何でございましょう。
 
森本:  ほんとに悲しい話が日々マスメディアから伝えられてくるといいますか、中世じゃあるまいし、何故もう少し心を広く持てないか、と。毘盧遮那仏とまでいかなくとも、少しでも広い心を持てば、そんな殺し合いの争いまでしなくていいんじゃないか、と。まあよく一つのパンを二人で分けるということが、譬えとして言われますけれども、そういう気持というものをいろんな機会にもって頂くということが大事なんじゃないかなあという気が致しますね。
 
有本:  ほんとにお水取りを前にお忙しいところを今日はいろいろ有り難うございまし た。
 
 
     これは、平成十二年二月十三日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。