人間とは何かーパスカルとともにー
 
                       神戸海星女子学院大学教授 田 辺   保(たもつ)
1930年生まれ。1959年京大大学院博士課程修了。フランス文学専攻。現在 岡山大学・大阪市立大学名誉教授。著書に『シモーヌ・ヴェイユ』『パスカルの世界像』『純粋さのきわみの死』ほか。訳書に、パスカル『パンセ』、S・ヴェイユ『ロンドン論集とさいごの手紙』、ペラン、ティボン『回想のシモーヌ・ヴェイユ』、S・ヴェイユ『超自然的認識』他。
                       き き て        白 鳥  元 雄
 
ナレーター:京都市伏見区桃山町、新緑の木立の中を咲き残った桜が散る五月の初め、その地にお住まいの神戸海星(かいせい)女子学院大学教授の田辺保さんをお訪ね致しました。田辺さんは昭和五年、京都市のお生まれ、大学でフランス文学を専攻され、十七世紀フランスの哲学者ブレーズ・パスカル(Blaise Pascal:フランスの哲学者・数学者・物理学者:一六二三ー一六六二)の研究を半世紀に亘って続けてこられました。昭和五十八年には個人訳の『パスカル著作集』全七巻を完成しておられます。パスカルは学問上の師であるばかりでなく、人生の導師でもあったと言われる田辺さんに、ご自身の心の歩みを振り返ってお話を伺います。
 

 
白鳥:  田辺さんは年齢的に言えば、私からそう遠い距離にいらっしゃるわけじゃないんですが、昭和五年のお生まれでしたですね。
 
田辺:  はい。
 
白鳥:  昭和二十年の八月十五日、日本が破れた日に、私は十二歳の少年だったんですが、田辺さんはそうすると、青年期の入り口ということになりましょうかね。
田辺:  そうですね。白鳥さんより、三歳年上ですから、思春期と言ってもいいでしょうかね。ちょうど中学三年だったんですね。
 
白鳥:  私はあの年代の人たちに話を聞く時に、一年違うと十倍も深さ、広さが戦争体験の及ぼす精神的刻み込み、というんですかね、そういったものが違うなあと思いますんですね。あの時に、十五歳の青年というか、少年というか、その目からご覧になった日本というのは、どういうふうにお感じになっておりました。
 
田辺:  まず、第一にショックだったのは、これは価値の変化ですね。私たちが習った先生たちが戦争中は、修身とか公民の時間がありますね。その時間に先生たちが、例えば、北畠親房(きたはたけちかふさ)(南北朝時代の廷臣・学者)の『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』なんというのを教科書に使われまして、そして、「大日本は神国なり」「お前たちは天皇さまのために死ななければならない」と、まあ、毎日そんなふうに鼓吹していたわけですよ。ところが、たちまち八月十五日が過ぎますと、この先生はピタッと言わなくなる。そればかりか、実はこの先生はクリスチャンだったんです。アメリカの兵隊さんが来る前に、バイブルクラスを始めたんです。こういう出来事があったんですね。これは友だちから聞いた話ですが、体育とか、教練の時間に、私どもよくぶん殴られましたね。その先生が今度は赤旗を振りだすんです。こういう事態を目の前に見てきましたから、どうも大人たちの口先で言っていることが信じられなくなったわけですね。「一種の精神的空白というのがぽっかり出来てしまった」ということでしょうか。心の中に開いたこの空白を、誰もなんともしてくれないという、こういう頼りなさみたいなものがずうっとあったわけです。それをずうっと持ち耐えていたわけですよ。
 
白鳥:  先生の場合には、間もなくすぐに大学進学という問題があったわけですね。あの時に、もうフランス語を選ばれているでしょう。これはもうパスカルへの思考があったということですか。
 
田辺:  いえいえ。「パスカル」という名前ぐらいは知っていましたが、どういう人か全然分からなかったんです。私が通いました中学というのは商業コースだったんです。ですから、当時、私は旧制ですが、進学するとなるとせいぜい外語系の大学しか進めなくて、それでやっと入れて貰ったんです。多くの人はみんな英語の方へ進んだんです。当時、進駐軍の兵隊さんがたくさんいましたから、英語会話ブームですよ。ところが、そういう人たちが操る英語を聞いていますと、「Give me chocolate」だとか、「Give me cigarette」とか、こういう姿を見ていますと、とても、私は英語は喋りたくない。フランス語をやりたいと思った。フランスといってもよく知らなかったんですよ。たまたま、再上映されたフランス映画なんかを見まして、アメリカ映画と少し違うなあ、と。アメリカはなんかハッピー、楽しい楽しいで終わりますね。フランス映画というのは最後は決してハッピーエンドに終わらない。なんか「人生には影がある」ということを、私たちに教えてくれた感じがするんです。私は勉強するんだったら、フランス語と思いまして、実は、両親にも黙ってフランス語の方に願書を出してしまったんです。後で叱られました。「こんなことでは就職口もないだろう」と。案の定ありませんでしたね。こうしてフランス語へ入りました。そこでフランス語を習った先生から、実はパスカルのことを知ったんです。 
 
白鳥:  やはり、先程の精神的な空白感見たいなものを引きずったまま、大学へ、フランス語へという、
 
田辺:  私たちは寄ると触ると人生論だとか、或いは、恋愛論とか、若者の常で交わしていました。その中で、ひとりの先生が教室の中でいつも、「パスカル」「パスカル」とおっしゃっるんですよ。「フランスを代表する作家はパスカルだ」と。この先生は非常にユニークな先生だったんですが、「私も読んでみないといけないなあ」と思いまして、たまたま古本屋でJ・シュヴァリエ(Chevalier, Jacques:フランスの哲学者:一八八二ー一九六二)が書かれた『パスカル』という本を見付けて来まして、これを手に取ったんです。そうしたら、その一部分に、このような文句があったんです。少し長くなりますので、要約して申し上げますと、「パスカルというのは単なる哲学者とか、科学者ではない。一人の人間だ。自分の人生を苦しみながら送った人間だ」と。そして、「自分自身の一番奥底まで下って行って、そこに自分というもの、人間というものの本質はどうだ、ということを突き当てた人だ」とこのシュヴァリエは書いているわけです。私どもも、『パスカル』を読みますと、「パスカルに導かれて、自分自身の心の奥底まで入っていける。そこでパスカルに出会えるんだ」「パスカル、あなたは私たちの偉大な友だ。あなたは私たちを欺かなかった」ということを書いているわけです。。「あなたは私たちに先だって、人間としての道を歩んで、そして、そこで私たちを待っていてくれる」と、こういう言葉を読みました時に、何か胸の中に熱いものがカアッと上がってきまして、改めて、「パスカル自身の本を読んでみたい」と思って、まあ、当時、京都、大阪の古本屋を廻りまして、日本語の翻訳が主なんですけれども、『パスカル』の本を手に入れたんです。けれども、フランス語を勉強しなくちゃいかんから、「出来ればパスカルの言葉を、原語でじかに読んでみたい」という気持が大きくなってきました。まあ、実は当時はまだ外国語の輸入なんか許されなかった時代ですよ。学校の図書館も戦災でやられまして、無かったものですから、私が習いました先生に、「パスカルの本を貸して下さい」と言ったんですが、「いや、これは貸せない。他の本だったら構わないけども、これだけは毎日読んでいるから」と。それで残念ながら、私もパスカルの言葉をじかに読めなかったわけです。ところが、非常に不思議なことに、それから数日後に、神戸に住んでいる友だちが、神戸の外国人が多分売ったんでしょうか、「パスカルの本を見付けた」と言って、教室に持って来て、自慢そうに見せているんですよ。私は、「これは是非譲って貰わなければいかん。どんなことがあっても自分のものにするんだ」と思って、その友だちに頼みまして、勿論、直ぐには「ウン」と言いませんでした。でも、何度も頼み込んで、とうとうその人の家まで行ったんですよ。私は、「これは是非読みたいから」と、こう申しましたら、もう結局根負けしたんでしょうか、「それじゃ、君にあげる」と言って、ポンと投げ出してくれたんです。その本というのが、ここにありますこの本です。ブランシュヴィック(Brunschvicg, Leon:1869-1944)という人の編集した『パンセと小品』前世紀の終わりに出ました本で、随分よく読まれた本ですね。
 
白鳥:  表紙が、「パンセ」という言葉自体もう消えてしまって、
 
田辺:  一番後ろに、私は書いていますけど、「一九五○年一月」、
 
白鳥:  これですか。「一九五○年一月」、これはフランス語で、「喜びとともに」、
 
田辺:  「非常な喜びをもって」ということですね。こういうところから、私はパスカルに深く傾倒しだしたということですね。
 
白鳥:  しかし、また、小さな一冊本のせいかも知れませんけども、活字がこんなに小さい。これを必死になってお読みになったわけですか。
 
田辺:  当時は私も目が多少良かったものですから、これしかありませんので、これを兎に角読みました。当然ながら、フランス語もそんなによく出来はしませんので、翻訳を参照しながら、いろいろパスカルから教えて貰いましたね。今まで、私は、「パスカルは自分の恩師だ」と思っているんですよ。三百年前のフランス人ですけどね。日本でも優れた先生方にいろいろ教わりましたけれど、それより以上に外国人でありながら、私にいろんなことを教えてくれました。単なる学問だとか、思想の上の先生というよりも生き方ですね。人間の生き方というものを教えてくれた先生だと思います。
 
白鳥:  この細かい活字は田辺さんの心の空白を埋めてくれましたか。
 
田辺:  そうですね。そこから漏れてくるパスカルの言葉、聞こえてくるパスカルの響きというものに、私も導かれてきたんだと思います。
 
白鳥:  「パスカル」その人、そして、この『パンセ』について、ちょっとご説明頂けますでしょうか。
 
田辺:  そうですね。パスカルの伝記、この人も随分いろんな経験をした人ですから、なかなか一口には話せないんですが、今から三百年前というと、日本では徳川時代の初め、ちょうど家光公の頃ですね。
 
白鳥:  三代、家光の頃ですか。
 
田辺:  その頃に生まれたフランス人で、生まれたのはフランスの田舎、クレルモンというところですが、後にパリに移ります。多くの方々も、「ブレーズ・パスカル」と言えば、むしろ、科学者としてよくご存じだと思いますね。
 
白鳥:  今、なんか日常的に気圧の単位で、「パスカル」という名前を聞いておりますですね。
 
田辺:  「ヘクト・パスカル」ですね。結局、あれは真空実験という実験をしまして、その実験の結果、「水銀柱が上がったり、下りたりするのは、これは気圧、空気の重さの結果なのだ」ということを突き止めまして、その結果、パスカルの功績を讃えて、「ヘクト・パスカル」という名前が残っていますね。
 
白鳥:  まぎれもなく、あの「パスカル」なんですね。
 
田辺:  それから、勿論、数学の方では、「パスカルの六角形」だとか、或いは、「確率論」を始めた、という業績も果たしておりますし、それから、何よりも計算機の発明ですね。
 
白鳥:  計算機?
 
田辺:  ええ。今、コンピュータの時代なんですけれども、パスカルが発明しました計算機というのは、勿論、単純な算術計算機です。歯車を噛み合わせて、位取りを高めていく。こういう計算機なんです。原理は違うんですけど、兎に角、人間の脳の働きを機械にさせるということです。機械を人間の道具として用いるという考え方は、パスカルの計算機の発明の一つの、やっぱり大きい意義だと思いますね。
 
白鳥:  そうですね。文明史的に言っても。幾つ位でそれは、
 
田辺:  これは十八、九歳ですね。
 
白鳥:  天才なんですね、この人は。
 
田辺:  実はパスカルという人は生まれてから病身だったんです。病気がちで、かなり普通の人に比べて弱かったんです。この計算機の発明に心魂を使い尽くしたんですね。ですから、これですっかり体を痛めて終いまして、パスカル自身も書いていますけれども、「私は十八歳の時以来、一日も苦痛なき日々を過ごしたことはない」と書いています。結局、これでパスカルの一生取り付いた病というのが、これはパスカルから離れられないものになってしまったんですね。そして、科学者としてのパスカルは、このまま人生を歩んでいったら、更に赫々たる業績を挙げまして、世界の科学史の上に大きい名前が残ったと思います。でも、私たちの知っているパスカルというのは、こういうパスカルというよりも、もう一つのパスカルです。「苦しむパスカル」とか、「人間パスカル」という一面です。実は、このルーアンに滞在した時に、たまたまお父様がこのお父様は立派な方だったんですが友だちが決闘するというので、突然家を飛び出して、急いで行ったんですが、氷が、ちょうど道に張り詰めていまして、そこで転倒されて大怪我されたんですよ。まかり間違うと命を失うという。実は、パスカルのお母様は早く三歳の時に亡くなっていますので、ただ、一人の肉親のお父様しかも、パスカルは男の子ひとりで、彼は学校へ行っていません。お父様が独特の計画を立てて、子供の教育に打ち込まれたのです。こういう恩義があるお父様が、まかり間違うと命を失われるという一大事に遭遇したわけです。これですっかり動転してしまったわけです。自分の病気も重くなっておりました。結局、「人間というのは、行く末死を迎えるということを切実に感じていた」と思いますね。ちょうどその時、このお父様の病気の看護のために来られた骨接ぎの方ですが、この方が、実はジャンセニストでジャンセニストについて話しますと非常に長くなりますので、これは割愛したいと思いますが、要は、キリスト教徒の中でも非常に熱心な一派、純粋な一派なんです。「原点」と言いますか、「キリスト教の源に帰って、宗教というものを考えてみよう」という一派の人が、ジャンセニストという人なんですよ。当時のフランス人というのはみんなカトリックキリスト教で、赤ん坊の時から洗礼を受けるんですが、宗教をなおざりにしか考えていなかったんです。日曜日に教会でミサに与(あずか)る。それで良いのだと思っておったんですが、結局、そういうものではなくて、「宗教というのは人間の生死にかかわるものだ。もっと真剣に取り組むべきものだ」ということを教えられたわけです。それで、改めて聖書をもう一度見直したり、ジャンセニスト関係の書物を繙き始めたんです。これがパスカルの「第一の回心」と言われます。ただ、第一の回心の直後、実は後戻りするんですよ。後戻りというのは、この後紹介された、たまたまジャンセニストの指導者の方がちょっとパスカルのような人を導くだけの器量のある人じゃなかったわけです。だから、非常に不幸な行き違いを来してしまったということもあります。そして、またパスカルがあまり病気が重くなってきたもので、お医者さんにかかっていたんです。そのお医者さんが、「あなたはあまり勉強し過ぎだ」と・・・これ私なんかと反対なんですが(笑い)・・・「少し遊ぶ方が良い」と奨められたんですよ。それで遊びだしたわけです。この遊びというのが、当時は大体、貴族の婦人たちが挙って自分の自宅を開放しまして、社交サロンみたいなものを開いていたんですね。
 
白鳥:  サロンですね。フランス、パリのサロンなんか非常に有名ですね。非常に知的な会話が飛び交うような、
 
田辺:  そうですね。大体、ご婦人方が主催なさっているわけで、それをたまたま友人の、ある貴族の伝(つて)で、ある夫人のサロンに紹介して貰って、そこへ出掛けたわけです。これは今まで自分の知らない楽しいところだったんですよ。パスカルという人は、「殆どこういう人間同士の付き合い、というのは知らなかった」と言ってもいい。ここへ入ってきますと、「科学者だった自分の知らない世界がある」と。後に、『パンセ』にも書いておりますけれども、「自分は抽象的な学問にばかり打ち込んできた。人間の研究をしていなかった。かえって自分の方が人間について迷っていることが多い、と気が付いた」と書いています。いろんな体験もあったようですね。ところがこの社交生活を続けているうちに、考えることの鋭いパスカルですから、次第にあることに気が付いてくるんです。というのは、病気も重くなっていました。そして、同時に、「人間の世界には裏表がある」ということに気が付いてくるんです。表向き多くの人たちは、自分に愛想のいいことを言ってくれる。その中に、それに溺れて過ごしていると、確かに楽しい。ところが、「一歩、裏へ回ると、自分の前で、耳に快いことを言っていた人たちが、何を言っているか分からない」。そういう人間の心の裏表に気が付きますと、パスカルは幻滅してくるんです。病気も同時に重くなりまして、実はパスカルの妹の方が先に修道院へ入っていたんですが、この妹のところへ出掛けて、いろいろ心の悩みを相談しています。
 
白鳥:  それからは、今度はキリスト教徒として、非常に熱烈に生きていく。
 
田辺:  ええ。そこには一つの、私どもには知られなかったある出来事があるんです。「一六五四年十一月二十三日の夜」、これはハッキリ日付も時刻も書いておりますけれども、「何が起こったか」というのは、周りにいた人は誰も知らなかったんです。パスカルが死ぬ迄、分からなかったんです。ちょうどパスカルが死んでから、彼の残しました衣服の整理をしていた召使いが─大体、大事なものは当時は衣服の中に縫い付けて入れていたんですがこれを解いてみますと、一枚の紙切れが現れてきたのです。これは「メモリアル」と言われるものなんです。そこには非常に不思議な言葉がずうっと書き連ねていたんです。結局、一番最初に、大きく「火」という言葉が書いてあるんです。これはフランス語で、大文字で書いてあります。その下にはいろんな言葉がずうっと書き連ねられているのですが、大旨は聖書の引用です。それから、特に注意しないといけないのは、「よろこび、よろこび、よろこびの涙」という言葉があるんです。兎に角、何かが起こったんですね。火のようなものを彼が見たのか、或いは、心の中に火が燃えるような体験をしたのか、そのために深い喜びに取り付かれて涙を流すようなことがあったようです。そういう体験です。他の者にはうかがうことは出来ません。しかも、パスカル自身も最後も誰にも言わなかったわけです。自分の胸、魂の底にジッと持ったまま、彼は死んでいったわけです。ここで彼の生涯が変わっていくわけです。これは、「決定的回心」「第二の回心」と言われているんです。あまり科学研究もしなくなりました。ただ、ちょっと歯が痛んだ時に、気晴らしに数学の問題を解いた、と。・・・これも私どもと反対ですがね・・・こういうことがありました。ただ、社交界への出入りはもうピタッと止めました。結局、いろんな出来事がありましたが、次第に病気も重くなって参ります。そして、また自分自身がこうして信仰の世界に深く入るにつけて、自分に与えられた「この一つの大きい喜び」というのですか、「幸い」というのですか、「これを自分が死ぬ前に世の多くの人々、特 に、この喜びを知らない人々に伝えたい」という思いが強くなってきたんですね。
 
白鳥:  言えば、不信仰者、
 
田辺:  そうですね。
 
白鳥:  信仰しない人たち、
 
田辺:  そうです。或いは、信仰を持っていても、おざなりな生活に甘んじている人たちですね。そのためにいろいろな準備を致しまして、読書し、思索に耽る。聖書をもう一度反復熟読し、ノートを取っていったんです。ノートを取りまして、これは比較的大きい紙に思い付く限りずうっと書いていったんです。そして、パスカルは一六六二年に死ぬわけですが、亡くなった時に、彼が亡くなった部屋の隅に、彼がいずれ本にするつもりだった原稿の束がうずたかく置いてあったわけです。パスカルの近親の人たちお姉さまが中心なんですが友人たちが故人の遺志を活かして、「これを本にしたい」と言うので、後で紙切れを、「どんなふうに並べ替えたらいいのか」。或いは、「どういう順序にすれば故人の遺志を活かすことが出来るのか」。その間、いろいろ紆余曲折がありました。私どもは『パンセ』という名前で、一冊の書物として読むことが出来るパスカルの最後の本は、こういう経過で出来上がったわけです。
 
白鳥:  そうすると、「断片集」という、
 
田辺:  「断片集」ですね。
 
白鳥:  今はフランスの国立図書館にあるものは、
 
田辺:  幸いにも原稿がそのまま残っていまして、
 
白鳥:  これを写真版にしたもの、ファクシミリー版にしたものですね。
 
田辺:  そうですね。
 
白鳥:  こうやって見ていますと、こんな小さな紙がありますでしょう。こういう紙があって、これが虫食っているんですが、ここにまた小さい紙が。こういうなんか凄く断片、
 
田辺:  元々はこういう大きい紙に書いていたんです。いつの時か、これを鋏で切りまして、そして、並べ替えたんですよ。「誰が並べ替えたのか」、これもいろいろ研究が進んでいるんですが、おそらくパスカルが亡くなった時に、ある程度まで並べ替えの作業、分類の作業は進んでいたんではないかと、
 
白鳥:  パスカル自身がやった、
 
田辺:  ええ。パスカルですね。これは大体、突き止められています。後にこういう細かい紙切れを台紙に上に貼り付けまして、
 
白鳥:  これが台紙になっているわけですね。
 
田辺:  台紙になっている。これを製本しまして、そして、現在のパリの国立図書館に保存されている。
 
白鳥:  それでは、この『パンセ』の中から、まさに幾つかなんですけども、先生のお訳で読ませて頂きます。私どもが『パンセ』と言うと、うろ覚えに覚えているのは、やはりなんと言っても、「クレオパトラ(Cléopâtre)の鼻」と言われる一文でしょうかね。
 
     クレオパトラの鼻、
     もしこれがもう少し低かったとしたら、
     地球の顔がすっかり変わっていただろうに。
 
田辺:  なかなか面白い表現を考えついたものですね。クレオパトラ(古代エジプト女王の名:前六九ー前三○)はみなさん方がよくご存じのように、大体、世界の中の美女の代表となっていますね。何故、クレオパトラを取り上げたかというと、当時、ラ・カルプルネード(La Calprenède:小説家・作家:1610-1663)という方が『クレオパトラ』という小説を書かれたんです。
 
白鳥:  この時代に、
 
田辺:  ええ。ベストセラーになりまして、クレオパトラの名前は当時のフランス人によく知られていたわけです。クレオパトラを主人公にしました劇までたくさん上演されたんです。だから、クレオパトラを取り上げたわけです。そして、「クレオパトラの鼻」、これもしかも「鼻」に目を付けるところは面白いのですが、要するに、「鼻が低かった」。原文では「短かった」という語を使っているんですが、結局、世界史の遠いむかしに、クレオパトラというのはローマのシーザー(Gaius Julius Caesar:ローマの武将・政治家)とか、アントニウス(Marcus Antonius:古代ローマの政治家、護民官)という方といろいろな交渉がありまして、シーザーとは結婚もしています。アントニウスはクレオパトラにすっかり入れ込みまして、ライバルのオクタウィアヌス(Octavianus:ローマ初代皇帝、カエサルの養子)が指揮を取りました戦争に負けてしまった。このオクタウィアヌスというのは初代のローマ皇帝(アウグスス(Augustus):オクタウィアヌスがローマ元老院からうけた尊号)ですから、「ローマの歴史がクレオパトラが美人であったか、ないかによって変わってしまった。大ローマ帝国の歴史なんていっても、要はクレオパトラの鼻の高さによって決まるんじゃないか」と。結局、「人間の歴史とか、ローマ帝国の偉大さなんて言っても詰まらないものだ」ということなんです。それを「クレオパトラの鼻」という、こういう度肝を抜くような表現で取り上げたところが、パスカルという人の妙味、面白さなんですよ。
 
白鳥:  そうですね。そして、また対句のように、「地球の顔がすっかり」というような、
 
田辺:  そうですね。「鼻」というのが出てきましたから、「地球の顔」とつづけたんですよ。
 
白鳥:  そうなんですか。
 
田辺:  そして、「歴史に切れ目を入れる」と言うか、
 
白鳥:  成る程。クレオパトラは、「エジプトのあの美女」という一般的なものじゃなく て、その当時ベストセラーで人口に膾炙しているから、それをパッと取り上げる。いわばニューズ性みたいなもの、
 
田辺:  そうですね。彼はなかなかこういうジャーナリズムの才能があったのではないかと思いますよ。勿論、これは多くの人々に、「是非自分の訴えを聞いて貰いたい」という思いから、いろいろ文体にも工夫をしているわけです。
 
白鳥:  次の、
 
     ピレネーのこちら側では、真実    
     向こう側では誤り。
 
田辺:  これもよく知られた言葉ですね。これは、当時はフランスはスペインと戦争していたんです。例の三十年戦争の続きなんですけれども、ピレネーの向こう側というのはスペイン領です。敵国ですね。ピレネーのこちら側は、つまり自分の国では、人は殺めるというようなことが起こりますと、これは犯罪になります。ところが、敵国へ行きまして、敵の人を何人殺しても大手柄になる、と。それから、「人間の正義だ」とか、或いは、「法律だ」と言っても、「ピレネー山脈一つで変わるんじゃないか」と。これも「ピレネーの」という言葉を言ったところが味噌なんですよね。
 
白鳥:  これも一つのニュース性であり、また、一種の正義の極地性みたいな、
 
田辺:  そうですね。正義というのは、こういう儚い一片によって区別されているわけだ。「お前は川の向こうの住人ではないか」なんという言葉もあります。これも同じようなニューアンスで言われている言葉だと思います。兎に角、こういう歴史だとか、それから、「人間の正義として重んじているもの、こういうものを底から揺るがせよう」と。こういう言葉を使って、「底から揺るぎを感じさせよう」というのが、パスカルの工夫だと思います。
 
白鳥:  次の、
 
     想像力は、女王さま、
     誤りと偽りの女王さま。
 
こういう言い方も非常にレトリックがあって、上手いですね。
 
田辺:  ええ。フランスで言えば、「想像力」という言葉、「イマジネーション」ということばは女性名詞になるので、「女王さま」に譬えた、
 
白鳥:  それで、「女王さま」になるわけですね。
 
田辺:  これは随分長い断片の最初に出てくる言葉なんです。「人間のすること、為すこ と、というのは、この女王様に奉仕するためにやっているんじゃないか」ということなんですね。ほんとに「自分の本心から真実に従って行動していない」ということですよ。例えば、一例を挙げますと、これは日本の裁判所でもそうなんですが、当時のフランスの法廷では、王家の印、百合の花の印、が掲げられていました。裁判官なら厳めしい法服を着て出てくるんです。そういう場所に出ますと、当然被告も、或いは、弁護人も威儀を正さないといけないわけです。ここでは、「きっと立派な裁判が行われるだろう」という気持にされるわけです。こういう道具立てについ騙されてしまう。裁判官の人柄とか、そういうものを十分考える余地がないわけですね。また、別なところでは、王様のことを書いたのがありまして、例えば、王様がきらびやかな服を着まして、沢山の家来を連れて行進をなさいます。そうすると、自ずと、「王様にはみんな権威がある」と思ってしまうんですよ。一人の王様、ちょうどアンデルセンではありませんが、裸の王様というのを見ることが出来ない。結局、「王様の周りにいる多くの人たちが王様の権威をこうして飾り立てている」ということなんです。勿論、「それによって騙されてしまう」ということです。だから、「人間の社会というのは、こういうふうにイマジナシオンですか、イメージを作り出すもの」。どこにいるか分からないんですが、「そういう女王さまみたいなものの支配に属して動いているだけじゃないか」と。「現実が見せられていない」ということなんですね。こういう女王が作り出す「架空の現実」、現代風に言えば、「バーチャルリアリティ」ということですか、「こういうものによって動かされている」ということですね。
 
白鳥:  成る程。パスカルの独特の修辞法で、我々の常識みたいなものを揺さぶっているわけですね。
 
田辺:  「揺さぶり」と同時に、意外なところに、パッと切り目を入れて、裂け目を入れて、「人間が信じていた、これこそ間違いないものだ」と思っていた。「その土台に裂け目を入れて、崩してしまう」という。これがパスカルの工夫なんですね。これは、「この世の偽り性」と、「この世の虚妄」というのを、こういう言葉で、「人々に先ずは知らせよう」ということなんですね。
 
白鳥:  およそ人間の不幸というものは、
      ひとつの部屋の中にじっと静かに
      とどまっていることができないという、
      ただひとつのことから起っているのだ。
 
田辺:  これは「気晴らし」という長い断章の中に出てくるんですけれども、人間は一時もじっとしていることが出来ない。長い空白の時間がありますと、非常に退屈しますね。少しでも時間が充実している方が良いというので、いろんなことをしますね。特に、現代なんかそうなんです。大体、労働時間もだんだん短くなっています。そうすると、レジャー産業なんかが流行致します。こういう中で少しも空白の時間を少なくしようとします。特に偉い公儀の方々、王様だとか、大臣方となりますと、周囲に王様が退屈しないように王様を慰める人たちがたくさんおります。大臣たちになると、フランスも日本も変わりはありませんけれども、朝っぱらから多くの人が陳情とか何かでやって参りますして、一時もこれは空白の時間がありません。これは確かに、「忙しい忙しい」で、自分では不平を言っていますけれど、「内心はこういうあり方が偉い人の本当は生き甲斐ではないか」とパスカルはいうわけです。
 
白鳥:  ほんとに痛烈ですね。
 
田辺:  痛烈です。それから、「自分の部屋に一人とどまっている」というのは、「一人とどまって、自分のありのままの姿を見るということに耐えられないから」。この儚い自分ですね。こうした病気を持って、パスカルは病気がちだから、それからいずれ死ななければならない。こういう我が姿ですね、ほんとに自分のするべきことをしなない、
 
白鳥:  こういう断章もありますね。
 
     わたしたちは、少しも生きていない。
     ただ、生きようと望んでいるだけである。
 
田辺:  これはまた同じような、先程申し上げたいろんな事柄から、ずうっと断章が中間の結論みたいに出てきたんだろうと思われます。現在、「何をなすべきか」ということを考えるよりも、「これから先、どういうことが起こるだろうか」「何をしようか」という、ある意味では、「よい方に」、つまり、これは「希望」なんですけれど、こういう儚い希望にかけながら、一生を過ごしていくわけですね。或いは、また歳を取りますと、今度は未来というのがありませんから、振り返って過去ばかり見るようになってきますね。ついに結局、「現在の自分に生きないで、一生がたってしまう」と、こういうことも書いたわけです。つまり、「現在、或いは、今の自分の姿、我が姿というのを赤裸々に、ありのままに見ようとしない」ということですね。そして、これを実は見ることは、「人間にとっては、実は残酷で、耐えられない」。というのは、何故かというと、結局、「どんな人間にも死というのが待ち受けている」わけです。それで、その次ぎにパスカルの言葉としまして、「人間が死ぬ時は一人だ」と。こういう肺腑を貫くような厳しい言葉があるわけです。この後に、
 
     人間が死ぬときは、一人だ。
     だから、生きているときも、一人であるように、
     行動しなければならない
 
と続くんです。要は、この言葉に結局、パスカルは、「人々を導いていこう」としたわけです。ちょうどこの断片がおさめられているあたりの前後には、有名な死刑囚の比喩というのが出て参ります。ここに鎖に繋がれた多くの人々がいまして、悲しそうになにやら順番をまっている、と。これは自分の殺される順番を待っているということですね。これは結局、「この世に生きている人間の姿、自分を含めた人間の姿を死刑囚に譬えた」のですね。それから、
 
     人間というのは目隠しをして、断崖の中に飛び込んでいく
 
というのも出て参ります。これは、「この世で自分の姿を見ないで、先には断崖があるのに分からないで、大急ぎで走っていくだけじゃないか」ということを描いているわけですよ。こういう言葉を読むと、「私どもは改めて我が身のこの姿というのを、本当に赤裸々に目の前に突き付けられるような感じ」がしますね。
 
白鳥:  そういうパスカルの暗さが、「実存主義の先駆け」なんて言われるところなんですか。
 
田辺:  そうなんです。実際、私ども 第二次世界大戦の空白期に生きていました。私なんか、こういう言葉がピッタリきたんですよ。価値観がすべてガラガラと崩れてしまった時代ですね。「もう一度元にかえって、そして、それから出発したい」という、「こういう気持をパスカルは起こしてくれた」わけです。世の中の、先程、お話しました先生方が口先だけで説いておられた、あれこれの事柄の、むしろ、空虚さが、あらためて思い出されてくるわけで、「本当に大切なものは何か」ということなんですね。これも永遠の問題だ、とは思いますけれども。
 
白鳥:  今の人たちにも当たっていますよね。
 
田辺:  そうです。私たち、真剣に生きれば確かに「そうだ」と思います。今はあまりにもパスカルが申しました「気晴らし」だとか、こういうものがあまりにも周囲に溢れていますから、「自分の姿を見つめる時間」というのが少なくなりましたけれどもね。
 
白鳥:  私、非常に心打たれた断章の一つに、
 
     この無限空間の永遠の沈黙が、おそろしい。
 
たったそれだけの短いのがありますでしょう。
 
田辺:  これは一番短い断片の一つです。
 
白鳥:  ああ、そうなんですか。あの一句というのは凄く胸を打たれましたね。
 
田辺:  そうですね。文体の上でもいろいろ工夫しておりまして、「le silence éternel des espaces infinis m'effraie」フランス語でこういうリズムなんですよ。日本語にしますと、少し最後の部分がダラダラした感じになってきますけどね。果てしのない無限の空間が、常に沈黙している恐怖。恐ろしい世界ですね。パスカルの当時というのは、これは現代まで続いています科学革命と言うんですか、ガリレオ・ガリレイ(Galilei Galileo:イタリアの天文学者、物理学者、哲学者、近代科学の父:一五六四ー一六四二)が望遠鏡とか、顕微鏡を発明しました。そして、星の彼方まで人々が思いを馳せるようになりました。顕微鏡によって極微の世界も、私どもに知られるようになったわけです。今日は長い断片ですから、ちょっと取り上げることは出来ないかも分かりませんが、「最大と最少」という、ちょうどこの無限空間の断片のすぐ近くにありますとても美しい断片もあるんです。そこでも、
 
     人間は宇宙の果ても知ることは出来ない
 
と。それから、
 
     極微の世界にも思いを馳せても、
     結局、人間の思考ではあそこに辿り着くことは出来ない。
     人間は中間に儚(はかな)く漂っているものに過ぎない
 
と続くんです。これに無限空間の断片を重ねてみますと、どういう思いがするでしょう。パスカルの時代の前には、その人は、宇宙に一つの夢を描くことが出来たわけです。例えば、「天には神様がいらっしゃる」とか、「死んだら天に行けるんだ」と。ところが近代の私たちには、「これは死んだ星が廻っている世界」ですね。パスカルの時代から大体こういう近代的な宇宙観が始まるんです。
 
白鳥:  そうですね。コペルニクスの地動説が一五四三年ですから、
 
田辺:  それから、ちょうど百年ちょっと、という時代ですね。ですから、死んだ宇宙を前にして、パスカルが、「こういう人間の心の叫びを放った。向こうからは何も聞こえてこない」ということですね。だから、「近代世界はパスカルの絶叫から始まった」なんていうことを言っている人もあります。
 
白鳥:  この一句で、
 
田辺:  はい。この一句でですね。こういうところから私たちは出発しなければならないわけです。古代・中世の人たちだったら、教会の教えてくれる信仰に縋って安心立命を得ていたかも分かりません。何の疑問も持たないでですね。
 
白鳥:  兎に角、天動説から地動説へというあの転換の中で、やはりその当時の人々というのは非常にある種の「人間の存在の不安・頼りなさ」というのを感じたんでしょうね。
 
田辺:  そうですね。パスカルがその代表だと思いますね。「人間が立つべき座標軸の中 心を見失った」ということです。それが結局先程の、「無限空間の永遠の沈黙は恐ろしい」と、まあこういう叫び声を発させたんだ、と思います。
 
白鳥:  そういう意味で、なんか非常に単なる人の世の暗さだけでなく、非常に宇宙観から含めて暗さが漂っている、という感じがしますね。
 
田辺:  そうですね。全宇宙に亘る一つのビジョン(vision)というんですか、これを内側に持っていたわけですね。そういう中で、「人間はどのようにして生きていくことが出来るか」と。これがパスカルの「スケールの大きさ」と言っても宜しいでしょうか。
 
白鳥:  成る程。近代の生んだ一級の知識人ですね。さて、私どもがこのパスカルの『パンセ』の中でもう一つ有名な言葉として、知っているのが、「人間は考える葦である」と。先生の訳で、
 
     人間は一本の葦にすぎない。
     自然の中で一番弱いもの。
     だが、考える葦である。
 
田辺:  というふうに続くんですね。これは原文通り訳したんです。原文は、「L'homme n'est qu'un roseau, le plus faible de la nature, mais c'est un roseau pensant.」というフランス語なんですが、これを原文通り、日本語に置き換えたわけです。普通は日本語の『名句集』なんて書物をみますと、「人間は考える葦である」と、一気に訳してありますけれども、パスカルの言葉は、まず、「人間は一本の葦にすぎない」という言葉で始まるんです。先程、お話しました「最大、最小の無限の中に、非常に頼りなく漂う自分の姿」。それから、「無限空間の永遠の沈黙を前に戦(おのの)いている我が姿」。これを私たちが読んできまして、そこで、「人間というもの」、つまり、「私というものは、一本の葦のようなものだ」という言葉をここに置いて考えますと、私どもはむしろ「考える」というよりも、「葦としての我が身」という姿が、ここに見えてくるんです。この「葦」という譬えですけれど、パスカルはパリに住んでいましたから、実際の葦は見たことはないと思うんですよ。「どこからこの葦という譬えを取ってきたのか」。これはいろいろ言われているんです。昔からイソップの童話なんかに、「葦と樫」となんていうのがありますけれども、非常に弱い植物の代表としてですね。ところが多くの学者たちがいろいろ研究致しまして、私もそう思うんですが、あれ程深く聖書を読んでおりましたパスカルのことですから、この「葦」という譬えは、「聖書から取ったんだろう。これは間違いないだろう」と、今ではそういうふうに結論付けられています。これは大体、聖書の「マタイによる福音書」の十二章二十節というところを開いてみますと、
     正義を勝利に導くまで、
     彼は傷ついた葦を折らず、
     くすぶる灯心を消さない。
     異邦人は彼の名に望みをかける。
 
「彼は」はというのは、これはこの辺りはちょうど旧約聖書の「イザヤの予言」が引用されているところなんですが、結局、「やがて時が満ちて、あなたがた、イスラエルの人たちのために救い主がやって来られる」と。その「彼は」というのは「救い主」、実際お出でになった「イエスキリスト」のことを指すんですが、「彼は傷ついた葦を折ることなく、くすんだ灯心を消すことがない」という言葉が出てくるんですね。「この傷ついた葦を折ることがない」。この「傷ついた葦」という、ここから、パスカルはこの「葦」という言葉を取ったと思います。ですから、聖書には、前に、「傷ついた葦」という形容詞が付いているわけです。つまり、「傷ついた葦のようにはかない、頼りない我が身」、当然ながら、病気のパスカルは、この「傷ついた葦」というところに、自分の姿を重ね合わせたかも分かりません。私どもは『パンセ』をずうっと読んで参りましたけれども、『パンセ』の中に描かれた人間の姿、無限空間の沈黙の前で恐怖に戦いているこの人間というのが、まさしく、「傷ついた葦」なんですよ。ところが、聖書は、「このような傷ついた葦をも折ることがない。これを労って包んで下さる方がある」ということを、ここに示しているわけで、当然ながら、葦の譬えが出てきた背後には、これを「折ることがない方がいらっしゃる」ということが、もう早くもそれとなく、暗示され、示されていると思います。
 
白鳥:  そして、その後に、「考える葦である」という、
 
田辺:  そうです。
 
白鳥:  さらに、句が付いて
 
田辺:  言葉が付くんですね。この一般に、「考える」とは、何でもいいから考える、つまり「人間は意識的な動物である。意識を持った人間である」。そういうことを言っているんじゃなくて、「宇宙というものは何も考えない」。ずうっと前の断片には、「木も考えない。樹木も考えない」と出て参りますが、人間は、兎に角、「こういう事柄が分かるよ。自分の姿が分かる」ということですね。「我が姿が分かると、宇宙の中で頼りなげにふるえている自分の姿が見える」ということですね。
 
白鳥:  ここはちょっと先生の訳でもう少し文脈を広げて読んでみましょうか。
 
     人間は一本の葦にすぎない。自然の中で一番弱いもの。だが、考える葦である。
     これを押しつぶすには、全宇宙は何も武装する必要はない。
     一吹きの蒸気、一滴の水でもこれを殺すには十分である。
     しかし宇宙が人間を押しつぶしても、人間はなお、殺すものより尊いであろう。
     人間は自分が死ぬこと、宇宙が自分よりまさっていることを知っているからである。
     宇宙はそんなことは何も知らない。だから、わたしたちの尊厳のすべては、考えることのうちにある。
 
こう続いていくわけですね。
 
田辺:  続いていますね。そこに、今、先生が引用して下さいましたけれども、「人間は死ぬことを知っている」と。今述べてきたのを、文脈の中で、「はかない我が姿が分かる」と。「死ぬべき自分の姿が分かる」という、根本的には「考える」ということの内容、一番中心的な意はこのことだ、と思います。「人間が自分の状況をしっかり見据えるということ、これが考える」ということですね。
 
白鳥:  成る程。
 
田辺:  「考えること一般」ではなくて、「状況を見据える」という。「自分の存在をよく考える」「死すべき我が姿を見据える」ことにあると思います。
 
白鳥:  私から考えると、これが前の、「この無限空間の永遠の沈黙がおそろしい」と、「人間は一本の葦にすぎない。だが、考える葦である」という、この二つの断章は並んでいる。
 
田辺:  パスカルの分類によりますと、
 
白鳥:  新しい分類によると、並んでいることになっていますね。そうすると、なんか前のが凄くやっぱり「暗い一種の脅(おび)え」みたいなものがありましたでしょう。それが、ここで、「だが、考える葦である」と言い切った時に、何かもう一つ「人間再生」と言いますか、そういう今度は隣り合っていながら違う、なんか心の触れみたいなものを感じるんですが、
 
田辺:  結局、「人間が、人間としては、ここにある」ということは、パスカルが教えてくれるのは、「我が姿を見よ。自分の死すべき自分の姿が見えるではないか。これから出発しようじゃないか」ということですね。これから出発して、「こういう人間がさまざまな苦しみとか、悩みに取り囲まれていながら、これを本当に底から支えて癒して下さる方があるか、ないかどうか。これを考えるてみようじゃないか」と。実は、パスカルの『パンセ』は第一部と第二部と大きく分かれておりまして、今までお話申し上げたことは第一部に属する事柄なんです。この「考える葦の断片」が、これは第一部と第二部の転換点になっているわけですね。実は、第二部では、「こうして傷付いた葦を折ることのない方がいらっしゃる」と。その方についての伝承と言うんですか、「その方はどういう方であるのか、というのを、聖書の中から探ってみよう」というのが、第二部の趣旨なんです。第二部は大体、聖書の解釈学ということになります。
 
白鳥:  そうですか。かなり進んだところで、
 
     約束された幸福についての理解は、
     自分の愛するものを「幸福」と呼ぶことのできる
     こころの問題である。
 
田辺:  これはかなり難しい、一度読んだだけではちょっと分かり難い言葉だと思いますが、これは第二部の中間あたりに出てくる言葉なんですけれども、この聖書解釈学の問題は、何といってもパスカルは言っておりましたのは、三百年前ですから、現代の進んだ聖書学の知識からしますと、確かに「古びた」と言いますか、そういう点もないわけではありません。でも、私どもは読んでいますと、パスカルの聖書に対する態度をずうっと調べてみますと、今でもこころ打たずにおれないような高説があちこちにあるんですね。これもその一つだと思います。例えば、「約束された幸福」ということですが、これは旧約聖書ではユダヤ人、例えば、いろんな外国の人たちにとらわれ、占領されていましたユダヤ人ですね。予言者が現れて、「あなたを解放するメシヤ(救い主)が、やがてお出でになる」と伝えてきましたね。ところが、当時ユダヤ人たちは、それを現実に軍隊の隊長としてやってくるような救い主がいらっしゃるんじゃないか、と思い込んでしまったわけです。ところがそうじゃなかったわけですよ。こういう問題で躓いてしまった。それからまた、新約時代になりますと、「イエス・キリストがお出でになって、病人を癒されたり、治されたり、足の悪い人を立たせた」とありましたですね。こういうのを私たち文字通り読みますと、「当然そんなことはあり得ない」と思ってしまうわけです。だから、こういうものを直接読むと、私たちは躓かざるをえません。ところが、ここにはもっと深いことが約束されているわけで、「本当の幸福は何か」。端的に申しますと、これは「神様の恵み」ということですね。「それを恵みとして受け取るためには、私たちがこれを受け取る、受け取る方の私たちが、自分の中に愛というものをもって」。愛というのは、「自分はこういうものがないと生きられない」、或いは、「信仰」と言ってもいいと思います。「信仰ひとすじに、先ずは自分がそれを受け止める」という、こういう姿勢がありますと、その中に書かれている事柄が、いわば文字通りの意味、字義上の意味、そういうものより深い隠された意味が分かってくるわけです。ですから、これを自分にとって、「まことの幸いだ」「本当の幸福がここには約束されている」と、そこで初めて分かってくるということになる。だから、「愛をもって聖書を読まないといけない」と。まずは聖書を読む前には、「一つの回心が必要だ」とも言っています。
 
白鳥:  これはやはりさっきの話の「火の回心」というのがありましたでしょう。彼は三十九歳で死ぬから、彼の晩年といっていいかも知れません。やっぱりそういった一種の自信があったからなんでしょうかね。
 
田辺:  そうですね。私は、「向こう側からの火の洗礼」と言ってもいいと思いますが、「これを受けた。自分の力ではない。向こう側から与えられた大きい恵みなんだ」と。これをしっかり持っていたと思います。「本当の信仰」というのは、やっぱりこういうふうな「絶対的な信頼」というんですか、これが第一だ、と。「パスカルの信仰は絶対他力の信仰だ」と思います。ですから、『パスカルと親鸞』という論文を書かれた方もありますけれど、親鸞聖人の信仰と同じように、「絶対的なものに自分をすべて明け渡す」という、それによって、「初めて分かってくることがある」と。こういうのがパスカルの、特に『パンセ』の第二部の主な趣旨だと思います。これはそのまま読みますと、なかなか難しいんですが、要約しますと、大体そういったことを書いているんですね。
 
白鳥:  彼の伝記を読むと、晩年、もうほんとに死に瀕しながらも、パリの教会を次々に訪ね、貧しい人たちの施しをし、という、ほんとに最後はキリスト者として、
 
田辺:  そうですね。パスカルの伝記を読みますと、私どもは感動せずにはおれないようなエピソードがたくさん書いてありますね。パスカルという人は、これは確かに『パンセ』の第二部なんかを読みますと、こういう「ひたすらな信仰、ひたむきな信仰」、これを訴えているんです。そして最後には、「貧しい人たちとともに死にたい」ということも周りの人たちに言っていたようです。こういう信仰の実践においても、私どもも打たれずにおれないような姿を見せているパスカルなんですが、私はパスカルという人は、「最後までひたむきに求めていた人じゃないか」と思うんですよ。
 
白鳥:  「求めていた」
 
田辺:  「求めていた」。つまり、パスカルの『パンセ』の中にも、有名な、
 
     わたしは、うめきつつ求める人のみを、是認する
 
という言葉が出て参ります。
 
白鳥:  ありますね。
 
     わたしは、うめきつつ求める人のみを、是認する
 
田辺:  要は、人間というのは、ものごとの本質というのは、確かに教えられたら分かります。パスカルは頭の鋭い人だったですから。聖書をじっくり読んで、「キリスト教、宗教の本質はどこにあるのか」ということは、これは見極めていたと思います。でも、「なかなか信じ切れない」というのが「人間」ですね。また、ある意味では後戻りするときもあります。そして、またあるときには疑問をもつこともありますね。それでいながら、「何かを求める気持があれば、結局、だんんだん明らかになってくる。或いは、時として、向こう側からふとした機会に何かある恵みが与えられる」こともありますよ。この求める気持、それも単なる中途半端な求め方ではなくて、「呻きつつ」と言われていますように、ほんとに「ひたむきに求める」と言うか、「ひたすらに自分の心のすべてをあげて求める」と。そうなると、「向こうから見えてくる」と。私は最後のパスカルというのは、そういう姿だったと思うんですよ。
 
白鳥:     神を知ることから、神を愛するまでは、なんとまあ遠いのだろう。
 
田辺:  今、読んで下さったこの言葉、実はこれはパスカルの分類による『パンセ』の一番最後の章、結論の一番最初に出てくる言葉なんです。結局、このパスカルですら、こういう一種の「嘆き」と言うんですか、「神を愛するまで、なんと遠いことだろう」と、人間的な言葉ですね。結論の章には、結局、書かれているのは殆どこういう「祈り」に似た言葉です。そして、パスカルは聖書の中でも、特に旧約聖書の詩編一一九番というのを非常に好きだったものですから、常にこれを読んでいたようです。一一九編を私どもも繰り返し読んでみますと、要するに、この旧約時代のこの詩人は、「私は苦しんでいます。私は悩んでいます。私の魂は苦しみのために溶け去ります」こういう言葉をずうっと書きまして、ですから、「神様私を憐れんで下さい」「私の苦しみに目を止めて下さい」「私の心を支えて下さい」と、こういう祈りをくりかえしているんです。私は何故パスカルがこの旧約の詩編の一一九編に思いをよせていたかというのが、よく分かるんですよ。そして、結論の部にも、一一九編を書いた、「ダビデ」と言われているんですが、この詩人の言葉が引用されまして、「神様この心を傾けて下さい」「あなたの恵みに傾けて下さい」とこれを書き留めているわけです。
 
白鳥:  パスカルが、
 
田辺:  これも最後のパスカルの内なる思いをここに書いたんだと思います。私どもは、特に私のような世俗の人間は、こういうパスカルに打たれずにおれないですよ。行いすました聖人のようなパスカルでなくて、最後まで人間として、悩みを持ちながら、しかも、求める気持を失わなかった。しかも、このまま健康に恵まれていたら、一流の科学者、おそらくノーベル賞なんか貰える科学者だったと思いますよ。この科学者であるパスカルにして、こういう「弱い人間の姿をあらわにして、祈り心をもっていた」と。「苦しむ人間としてのパスカルの姿に、私自身はあくまでも付き従っていきたいなあ」と。私の先達として、そう思うんです。先生に一番最初に、「私がパスカルに開眼しましたのは、「J・シュヴァリエの『パスカル』という本を読んだ」というお話をさせて頂きましたが、その引用の続きに、こういう言葉があるんです。
 
     前線の兵士たちの背嚢の中には必ずパスカルのパンセのための場所があった。
     パスカルは、人が死の直前に読むことができる稀な作家の一人だ。
                (J・シュヴァリエ)
 
という言葉ですね。だから、「死を見据えて生きる人間、この人間に訴えかけてくるのがパスカルの言葉だ」と思います。私はパリへ行きますと、パリの一番高い丘の上、パンテンのドームの影に隠された小さな教会で、サン・テチエンヌ・デュ・モン教会というのがあるんですが、その一番奧の礼拝堂の奧にパスカルのお墓があります。そのお墓の前にいつも立つことにしているんです。パスカルへの感謝の気持をあらわすために。そして、忘れないために。
 
白鳥:  どうも有り難うございました。
 
田辺:  どうもこちらこそ有り難うございました。
 
 
     これは、平成十二年五月二十八日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。