無からの施し
 
                             大樹寺貫首 中 村  良 観(りょうかん)
                             き き て   峯 尾  武 男
 
峯尾:  愛知県の岡崎市にある大樹寺(だいじゅじ)です。大樹寺は室町時代以来の豪族であった松平家と徳川家の代々の主の菩提寺として知られ、この三河地方一帯に住む多くの信徒達に支えられてきました。今日は「無からの施し」、即ち仏典が伝えるところの無財、財産が無くても出来る「無財の七施」、「七つの施し」について、この大樹寺貫首(だいじゅじかんず)の中村良観(りょうかん)さんにお話をして頂きます。中村さんどうぞ宜しくお願い致します。
中村:  はい。こちらこそ有り難うございます。よくお出で下さいました。
 
峯尾:  お近くの方たちは、「だいじゅうじ」とお読みになっておりますけれども、
 
中村:  そうですね。正確には「だいじゅじ」というのがよろしいようで、「大樹(だいじゅ)」と申しますと唐名で、これは中国の言葉で「将軍」という意味なんです。「だいじゅう」と読みますと、他の意味が入ってきます。「だいじゅじ」と読んで頂くのが有り難いです。
 
峯尾:  そうですか。中村さんはこちらにお入りになって、まだ二年余りですね。
 
中村:  そうです。ここには一昨年の三月十四日に晋山(しんざん)式を致しまして、その前の三、四ヶ月前に既に入山だけはしております。
 
峯尾:  お生まれがもともとこの愛知県ですね。
 
中村:  そうです。愛知県名古屋市の少し北の方の岩倉(いわくら)というところで生まれました。
 
峯尾:  出家、得度なさったのはいつ頃なんですか。
 
中村:  そうですね。私の十二歳の時に、「何とかして学問がしたい」という願いをもっておりましたら、叔母にあたりますのが、浄土宗の尼さんをしておりまして、その人の伝(つて)で京都の方の檀王(法林寺)、信ケ原(しがはら)という社会事業を一生懸命やっておる方がございまして、その方の目に留まって、弟子にして頂きました。
 
峯尾:  では、十二歳でもう京都の方にいらっしゃった。
 
中村:  ええ。十二歳で得度を致しまして、その後、叔母の元で二年間お経を習ったり、そういう勉強をして、十四歳で、中学に入る時に京都に参りました。
 
峯尾:  そして、大学は名古屋で、
 
中村:  はい。初めは仏教専門学校、今の仏教大学に参りました。それから大谷大学で哲学を一年して、ちょうどその当時の教授たちが、いわゆる「パージ(purge)」と言いますか、教職追放で辞めていらっしゃる方が多い時でした。私も何かそういうことで学問に対する一つの疑問をもって田舎の岩倉に帰っておりました。それからまた、「改めて勉強し直したい」という思いで、名古屋の大学に転わって参りました。名古屋大学はその当時まだ開創時代なものですから、なかなか書物も揃っておりませんでしたし、私が専攻しましたのはインド哲学なんですが、インド哲学の学生は私一人でございまして、三人の先生がいらっしゃいました。先生のお宅を廻りながら勉強させて頂いた。しかも、書物がないものですから、殆ど東京と名古屋の間を往復して、東京の宇井伯寿先生のお宅から書物を名古屋大学に運んでくる。それが私の仕事でございました。そんなことから、「東京の大学に行った方が便利だろう」ということで、内地留学の形で実は東京大学にお世話になりました。
 
峯尾:  それは昭和二十年代ですね。
 
中村:  そうです。二十年代の半ばでございます。国民のすべての人が、「一体自分たちはどちらに向いていくんだろうか」という、そういう時代でございました。そして、沢山の東京大学の友人たちが、インド、或いは、アメリカに留学をして行く。それに対して、私もせめて外国の勉強をしてみたい。その頃、東海高等学校の校長も務(つと)められて、東京の増上寺(ぞうじょうじ)にお出でになりました椎尾弁匡(しいおべんきょう)先生という方が、ちょうど一九五二年にハワイにいらっしゃって、そのハワイでの実状をしかとご覧になった時点で、私に、「中村君、お金は一銭も出さんでもなあ、坊さんになって行き給え。そうすれば、君、好きな勉強が出来るよ」と言って勧めて下さったものですから、それでハワイに留学を兼ねて、開教使として参りました。
 
峯尾:  あちらの大学へも行かれて、
 
中村:  そうです。向こうの大学で、一年間勉強しております間に、実は田舎の方のお寺の住職が亡くなったものですから、「そこに赴任するように」ということで、実際には本土のハーバード大学まで行きたかったんですけれど、至上命令で田舎の方に転出致しました。
 
峯尾:  それはマウイ島ではなくて、
 
中村:  ハワイ島、一番大きな島ですね。今、火山がずうっと噴いておりますキラウエアの近くでございます。
 
峯尾:  ああ、そうですか。そちらでいわゆる布教、伝道活動もなさったわけですね。
 
中村:  勿論、そうです。「開教使」という名前ですから。その当時はまだハワイは、いわゆる砂糖産業が盛んな所でして、甘蔗耕地の中を走り廻って伝道布教する。それには紙芝居やら、幻灯機まで持って行って、なかなかうまく喋れない英語と日本語とをあやつりながら、各家庭を訪問して、布教して歩いておりました。そして、また食べていくためには日本語学校をやっておりました。公立学校の済む時間を待って、子供たちをピックアップして、そして、自分のお寺に連れて来て、そこで学校をやる。まあ、そう言ったような生活が暫く続きましたですね。
 
峯尾:  日本語学校というのは日系の方の、
 
中村:  大体、それは日系人を中心にしたものです。小学校、中学校、少し大きくなって高等学校の子供たちが、大体三つのクラスが一つに入る位の形で、日本語学校をやっておりました。
 
峯尾:  そうですか。そうしますと、それは子供たち、或いは、そちらにお住まいの方たちに、仏の心のほんとに基本的な、易しいお話をなさったわけですね。
 
中村:  勿論、そうです。ですから、仏教の難しい教理ではなくて、人と人との、いわゆる「触れ合い」と言いますか、これは英語では、「basic encounter」というんですね。「B・E」というふうに言われておりますけれども、人間と人間との触れ合いというものが一緒に畑の草取りもする。一緒に山にも登る。一緒に甘蔗(きび)畑を荒らし回るといったようなことも含めて、子供たちとの生活を娯んできました。だから、ハワイ島に赴任してすぐ始めましたのが、ボーイ スカウト(boy scouts)、ガール スカウト(girl scouts)、それに、ホウエッチ クラブ(4-H club)、そういったものを通して、子供たちとの触れ合いというものを、私自身も楽しん で参りました。
 
峯尾:  今日、中心的にお話頂きたいんですけど、「無からの施し」、「無財の七施」でありますけれど、まず、「布施」という言葉のもつ意味から教えて頂きますでしょうか。
 
中村:  そうですね。これは、「私たちのいのちを含めてすべてのものが与えられている。その与えられているものを私たちがどのように受け止めていくか」という、その基本の心を学んでいかなくてはいけないと思うんですね。普通によく仏教では、「念仏」「念法」「念僧」。これは「仏法僧を念ずる」ということなんですね。これが「三宝(さんぼう)」なんです。この他に、「念天」天と、「念死」死は亡くなることです。「念施」施し、という。これらを常に心掛けていくということが仏教徒の一つのあり方なんです。何故それでは、「念天」「念死」まで入れるかと申しますと、「私たちのいのちが一体どこからきたのか」「私は何によって支えられているのか」「私はどこに去って行くのか」。おそらくこれが人間の歴史始まって以来の最大の疑問であろうと思うんですね。それに対するお釈迦様の答えが、「縁起(えんぎ)」ということなんです。「布施」のことをお話します前に、ちょっと「縁起のあり方」を申し上げておかなければいけませんが、普通に、例えば、今朝、お茶を飲んだ時に、湯呑みに茶柱が立った。「ああ、これは縁起がいいぞ」と、
 
峯尾:  言いますね。
 
中村:  その茶碗を台所にいらっしゃった方が落として割った。「なんだ縁起が悪いじゃないか」と。そういう意味の縁起ではなくて、仏さまは、「この世に存在するものは何一つそれ自身であるものはない。すべてのものが「相依相関(そういそうかん)」と言いますか、お互いに寄り合い、そして支え合い、助け合い、生かし合っているんだ。この考え方が「縁起」ということなんですね。サンスクリットでは「プラテーティア・サムトパーダ(pratìtya-samutpàda)」とこう言うんですが、「プラテーティア(pratìtya)」寄り合うことによってのみ、「サムトパーダ(samutpàda)」そこに仮に存在しておる。それは永遠なものではない。常に動いているんだ、と。そこから諸行無常なんかの考え方が出てくるわけなんですが、そのことはまた後にしまして、いま、縁起の考え方、これはいわゆる「助け合いの、生かし合いの世界」。「生かされている私が、他の者を生かすということは、これは当たり前のことなんですね。生かされているものが、ほんとに生きるためには、他の者を生かさなくちゃ。私だけで生きられるものではない」ということなんです。「私が平和でなければ世界の平和はこないし、世界の平和を望むことがなければ、私自身の平和もあり得ない」と。そういうふうな連関性の中で問題を捉えて参ります。そうしますと、「もし私が財物で何かを持っているとすれば、それを分かち合っていく」。英語で「sharing」、「分かち合う」ということが布施の基本なわけなんです。「分かち合うと、どういう喜びがあるか」と言いますと、「人から貰うよりも与えることの喜びがより大きい」ということに気付くんです。それが仏教の布施の基本になって参ります。その布施をする時に、もし財物があれば、それを施しますけれども、財物を施すとそれにとらわれます。しかし、財物でない心とか、或いは、私たちのボランティアの労働力とか、或いは、自分のの心の喜びとか、そういうものを分かち合うことの上では、いわゆる限定がないし、無限なものであって、しかも、相手も利益するし、自分も利益する。与えることによって、私がより大きな喜びを得させて頂く。しかし、それは、それを目的として、そういうものを期待して与えるんじゃなくて、与えることのために与えていく。それが仏教の布施の基本になると思うんです。そうしますと、手になにものも持たなくても、なお与えうる沢山のものが私たちにある。私たちが生きておるということは、そのまま常に与えうるものを頂いておる、ということになってくると思うんです。
 
峯尾:  例えば、「与えうるもの」というのは、財だと分かりますけれども、それ以上にいろいろなものが、すべてのものがそれにあたると考えてよろしいんですか。
 
中村:  そうですね。これはあらゆるものを私たちが分かち合う。言ってみれば、私のいのちはわかたれて、よく英語では、「私は生まれた」という日本語を表現するのに、「I was born」と、「私は生んで頂いた」と。「私はどこどこ育ちです」という時に、私が一人で大きくなったわけではないのですから、「I was brought up」という言葉を使うんですね。「私はその場所で育てあげられた」という考え方、
 
峯尾:  受け身ですね。
 
中村:  受け身です。常に受け身の中に実は自分の本当の姿、positiveな私という者が発見されてくるわけですから。そうしますと、布施ということも、その線で、私のすべてのものが平等であればあるほど、布施というのは平等を実践していくことなんです。平等というのは単なる概念じゃなくて、私がそれを生きるべきものです。平和と同じことです。平和の方も平和に至る道があるわけじゃなくて、平和は今日、今、ここで、私が生きるべきものが平和なんですね。そういう形で受け止めて頂いたら有り難いと思うんです。
 
峯尾:  平等ということと、今おっしゃった布施がそこで繋がってくるわけですね。
 
中村:  繋がって参ります。平等であることを、私たちがどのように受け止めるか。自分だけが沢山の財力を持つとか、自分だけが一人いいことをする、というのじゃなくて、すべてのものが分かち合っていくためには、実際にはこの世界というのは極めて不平等なんですね。ですから、仏教では、「食平等」と「布施差別」ということを言うんですね。食べるのは、口はみんな一つですから、百人の人がおれば百人、みんな一つずつの口を持っています。しかし、お布施として受け取るものはその人の働きによって違うわけです。だから、それを食べる者も受け取る者も一緒にしなければいけないという平等ではないのです。だから、平等の中に明らかにその働きによるところの、いわゆる果報として、報酬としての不平等なものが得られていく。私は平等というのをそういうふうに考えております。その平等をどのように実践するか、ということなんですが、実践の面から平等を考えます時に、仏教では「四攝事(ししょうじ)」、又は、「四攝の法」という言い方をするんです。これは、「菩薩があらゆる人を救うためにどう生きるべきか」と。いわゆる仏教徒としての生き様を説いたものです。その中の第一の攝(しょう)が「布施」ということなんです。この布施の中には、「財施」と「法施(ほっせ)」。第二攝が「愛語」ということなんです。優しい言葉、親切な言葉。それから次が、「利行(りぎょう)」と言います。人を救ってあげる。人に利益を与える、ということ。そういう順番でこの「四攝」ということが進んでくるわけなんです。そこで今の「布施」のことをちょっと申し上げなくてはいけないと思うんですが、「法施」「財施」の両方を含めまして、無量の徳を得るものは何か。それがいわゆる「慈悲喜捨(じひきしゃ)」という表現で、仏教では説いております。「慈悲(じひ)」これは「慈悲(じひ)」というふうに一緒に読みますね。一つの言葉で、英語では、「compassion」というんですが、普通の「慈」というのは「メッター(metta)」。「メッター」と申しますと、お友達同士が肩を組んでおる。「友達」の「友」という字はそういう文字なんですね。二人が肩を組んでおる状態。この「慈悲」の「悲」というのは「カルーナ(karunà)」と申しまして、「泣く」ということなんですね。初めの方の字は友達同士ですから、相手を包み込んであげる。相手を包めば相手も私を包んでくれる。包み包まれる状態が、これが「慈悲」の「慈」。「慈しみ」は又「育てる」ということなんです。そして、「悲(カルーナ=karunà)」というのは、相手の殻の中に自分が飛び込んでいく。飛び込んでいくことによって、相手の心、相手の気持ち、相手のいわゆる置かれた状況、situation の中に、自分が入っていきます。そうすると、相手の心が自分の心になってくる。相手と同じ心になりきる。相手が泣いておれば、相手と共に泣く。それが「慈悲」の「悲」。「慈悲」の「慈」は「抜苦与楽(ばっくよらく)」の中の「与楽」楽しみを与え合う事。友達になって、肩を叩いて、「ねえ、こうしようじゃないか」というふうに話し合っていく。それが友だち同士の友情でfriendshipということなんですね。ですから、「慈」は友だちでも出来るし、お父さんでも出来るという。そういういわゆる慈しみの心、いわゆる「愛情」ですね。「悲」の方は相手のために泣く心、相手の中に飛び込んで相手と共に苦しみを味わってあげるという。そういう状態が続きますと、包み包まれる私たちの関係が同じ一つのsituation の中で一体化して苦しみを和らげ抜き去ることになって参ります。すると、そこに新しいエネルギーが生まれてくるんです。新しいエネルギーが生まれて来ますと、相手の悲しみの中で自分が悲しみながら、一つの活路を見えだしてくる。それが次の「喜捨」の「喜」、喜びというものなんですね。「慈・悲・→喜・捨・」と参ります。この新しいエネルギーが湧いてきたら、今度は相手をつき放してもいいわけです。新しいエネルギーが湧いてきた後、いつまでもくっついておるんでは、これはいけない。やっぱり相手を自立させていく。それが「捨」ということです。この「慈悲喜捨」の四つのことを「四無量心(しむりょうしん)」と言います。それが計り知れない、大きなものであり、それを行うことによって、私たちはまた計り知れない大きな福を得る、というところから、「四無量心」というふうに呼んでいます。これは実は私どもがアメリカでずっとやって参りました仕事の基本で、いわゆる、カウンセリング(counseling)ですね。今のカウンセリングの基本になるものです。ですから、カウンセリングの時には、相手に、「こうしなさい」ということをいうわけじゃありません。相手のいうことをまず聞いてあげる。相手の立場をまず理解してあげる。そして、相手の気持ちになりきってあげる時に、そこに自ずから相手が生きる道を、解決の道を見出してくれるようにし向けていくわけなんです。たくまずして、それが出来る時に、相手が自分で道を見出して、自分で私から離れていく。自立していく。だから、これが親離れであり、子離れであるわけなんですね。私は教育の基本はそこになくちゃいけないし、また、カウンセリングもそういうプロセスを通らなければ、ただ単に話を聞いて、「こうしなさい」「こうした方がいいだろう」というようなことは、これは指示的カウンセリングといいまして、それも必要なことでもありますけれども、むしろ、カウンセリングとしては邪道だと思っております。
 
峯尾:  そうして、最後は突き放すのではなくて、本人の方が自然に独立して、自分をさがしていく。
 
中村:  はい。それがなければいつまでも、いわゆる悪縁が続いてしまいますからね。兎に角、全然別個になってしまうんじゃなくて、接点を持ちながら、独自性を発揮していく。これがいわゆるindividuality(独自性)といいますが、個人主義の一つの基本ですから。だから、「相手をどうしよう」「どうdominate(支配)する」ということがないわけですね。それが実際には、私は相手をもっとも尊敬する道、子供をただいつまでも子供と見ない。夫婦がいつまでも相手を夫あるいは妻として見ないで、一個の人間として見ていく。これが基本だと思うんです。
 
峯尾:  今のお話も施しに通じる、と考えていいわけですか。
 
中村:  それが施しの基本なんです。ですから、相手を人間として、例えば、相手が貧しいとか貧しくないということではなくて、その人が貧しければ、必要なものは財物だろう、と。その人の心が貧しければ、こういう形で法を説いておこう、とい う。今度は「応病与薬(おうびょうよやく)」と言いますか、相手の病に応じて薬を与えていく、という与え方が出て参ります。そこに「法施」いわゆる無財の施しの基本になる「無財の七施」というものが、ここに出てくるわけなんです。ちょっとその前に一言。みなさん方はお薬師さまという仏さまをご存知だと思うんですが。一番の施しがまず「財施」です、財物。それから「法の施し」。その次ぎに最高の施しが何かと言うと、「無畏施(むいせ)」と申します。人間は誰しも死んでいくんです。しかし、「死は怖くないよ。死は安らぎだよ。死はあなたの人生の終結ではなくて、新しい一つの変化だよ」というふうに教えていかれる。それで、お薬師さまはこちら(左手)に薬瓶を持っていらっしゃる。「怖れることを取り除いてあげる」ということは、これが、「無畏施」と申しまして、施しのうちの最高のものなんです。これは仏さまでないとなかなか出来ない。それをもっと具体的に言いますと、例えば、その人の側にいると、何か心が安らぐ。その人が自分の看病に来てくれたらうるさいどころか、その人がおってくれることが私に大きな力を与えてくれる。これは何も仏さまでなくても、お互いに愛し合う者が、お互いに慈悲喜捨の心を持ち合う者同志がそこに集まりますと、自然に出来てくるものなんですね。これも一つの「無財の七施」の中に入るわけです。「無財の七施」のことをもうちょっと詳しく申し上げますと、まず、一番初めが「言葉」優しい言葉をかける。最近の家庭では何か挨拶というものがだんだん疎(おろそ)かになってはいないかと思うんですね。朝、子供が「Good morning,daddy!」とこう言ってくれる。お母さんは台所におって、「Hello,dear!」と言ってくれる。その言葉と言葉との中に、私は愛情が生まれてくると思うんですね。
 









 

無財の七施とは
 一、言施
 二、眼施
 三、和顔(わげん)施(愛語(あいご))
 四、心施
 五、身施
 六、牀座施
 七、房舎施

 









 
 
峯尾:  いま、英語でおっしゃいましたね。「Good morning」と、
 
中村:  すみません。ついつい出てくるものですから、
 
峯尾:  英語の方がいま、
 
中村:  言いやすいです。
 
峯尾:  日本で家族の中に、「おはようございます」がだんだん確かに少なくなってきましたね。例えば、英語国民、アメリカ、ハワイ、ごく自然に顔を合わせると、「Good morning」が出てくるということなんでしょうか。
 
中村:  そうですね。つい癖で出てしまうものですから、申し訳ないですけれども。それが言施、言葉の施しですね。それから、次には目がギョロッとしていてはいけません。目というのは常に優しく、別に切れ長であろうが、二重瞼であろうが関係ございません。目に優しい光をたたえる。「目は口ほどにものを言う」と言いますから、目が愛情の窓口なわけなんですね。だから、優しい目をして人に接する、ということ。その次は「愛語」優しい言葉をかける。一番初めの「言施」というのは、ただ挨拶かなんかで充分なんです。「愛語」というのは、相手を、「そんなことをしておってどうするのか」と叱るのも愛語の一面なんです。この頃はあまり「なんだ」とこう言いますと、叱るということがよくないような感じがあるんですね。
 
峯尾:  また、叱られる方も滅多にないせいか、凄く傷付いてしまったりする。
 
中村:  そうなんです。何でもない言葉で傷付くということは、叱っている人の心が分からないからですね。言葉ではなくて、叱咤激励されている。それが愛情だ、と受け止められるような形での言葉をかけていく。そうすると、「言施」言葉の上の施しをもう一つ超えた心の籠もった愛情の表現としての、「和顔(わげん)」という「愛語」ということが出てくる。目も愛情の発露です。言葉も愛情の発露です。そうしますと、今度は心を施していくことができる。そういう私たちが持っております目とか、耳とか、手というものを通して、私たちは自分の心を表現するわけなんですから、これを「心の施し」というふうに申します。それから、「身体で施す」のがございます。これは、例えば、誰かが重い物を持っておりましたら、「それを持ってあげましょうか」と言ってあげる。或いは、車を一所懸命引っ張っていて、坂にでも来た時に、後ろから黙って押してあげる。その時に押して貰った人がどんなに大きな喜びを持つか。これは何も、「押してやったから何か頂戴」というのじゃなくて、気持よく押してあげる。私どもボーイ・スカウトの生活を長いこと、指導者としてやって参りましたが、「一日一善」何か自分たちが人のためになることをやろうじゃないか、ということを決めました。そのために、私たちはお数珠を右のポケットに先に入れて置くんです。何か一つでも善いことをしたら、そのお数珠を左のポケットに入れ直す。そして、夜お風呂に入る前に、自分がこれを脱ぎますが、どちらのポケットに入っているか。左の方に入っていれば、「ああ、何か一つ善いことをさせて貰えたなあ」。誰かの車を押してあげた。それだけでも、一つの私たちの「戒」に関する実践、いわゆる「心の戒め」がそこでけじめをもってくると思うんです。それから、最近、日本でよく言われるんですが、電車なんかで、「優先席」と書いてあっても、若い人が知らん顔をして座っていたりする。それで席を立って譲られると、譲られる方も、「儂はそんな年寄りじゃないのに」と言って腹立てるし、立てないにしてもあまり気分よくないというのもあります。その時に、お年寄りは気持よくそれを受けてあげる。これも布施なんですよ。「受けることが布施」なんです。それを「牀座施(しょうざせ)」と言いまして、席を譲る。何故これが出来たか、と言いますと、インドでは熱いところでみなさん方が修行していらっしゃる。日本では座布団を人に勧める時にはひっくり返しておすすめする。自分の体温がついておるのを遠慮するんですが、向こうでは誰かが坐っておった後の方が涼しいわけなんです。他のところが熱くなっておるものですから。従って、誰か修行者が来て、坐りたいなあと思っているのを見ましたら、「どうぞ」と言って、席を譲ってあげる。そうすると、その人は熱くない石の上に坐ることが出来る。これを「牀座施」と言います。その次には「房舎施(ぼうしゃせ)」というのがあります。「房舎」というのは泊めてあげるということなんです。
 
峯尾:  一夜の宿を提供する。
 
中村:  そうです。一夜の宿を提供する、ということなんですね。これはもし自分が住む場所があれば自分が隅っこの方に行ってでも、お客さんを泊めてあげよう。自分が立つ力があるならば、他の人に坐らせてあげよう。菩薩が仏になるための修行をする時に是非とも必要なものとして「六度」という「布施」「持戒(じかい)」「忍辱(にんいく)」「精進(しょうじん)」「禅定(ぜんじょう)」「智慧」と、六つのものが説かれております。この六つのものが説かれている中で、私たちが一番心がけなければならないものが「戒」ということなんですね。
 
峯尾:  「戒める」の「戒」ですね。
 
中村:  はい。これは自分の心を誰も見ていなくても、自分の心をあるべきように置いておく。正しい道に心を遊ばせるということは、これが「戒(シイラ=sìla)とい う言葉なんです、インドの言葉で。「シイラ、清浄ならざれば三昧現前せず」と申しまして、私たちは自分の心を戒めるということがなければ、心が定まることがない。心は常に波だって、静まることがない、と。それが「三昧」ということば、サマーディ(samàdhi)ですね。心の静けさ、安らかさ。だから、心が平和であるためには、私の心をまず修めることが必要だ、と。心が修まって、ディスターブされない。乱されない心があって、初めて私たちは真実をみる智慧(prajñà)を得ることが出来る、と。だから、戒(シイラ)と、それから、三昧(サマーディ)と、禅定の禅という言葉はサマーディ又はディヤーナからくるんですそして、智慧(プラジュナ)と。この三つのものがどこから始めてもよろしい。智慧がなければ戒律を守れない。心を正しく守ることが出来ない。また、戒を守らなければ心の寂けさはないし、心の寂けさがなければ本当の智慧は湧いてこない。だから、「仏教多しと雖も三学(さんがく)をば出でず」と言いまして、いろんな宗派があります。ですから、大乗の三学(さんがく)、小乗の三学、聖道門の三学、浄土門の三学、それぞれの三学の取り扱いは違います。違いますけれども、「仏教の基本の概念は何か」と言いますと、この「戒」と「定」と「慧」の三つに尽きると思います。
 
峯尾:  先程、「施無畏」のお話をして頂きましたが、これが最高の施しとすると、「法施」「財施」、その在家の私たち庶民が出来る施しとはやはり遙か離れたものということではないんですか。
 
中村:  必ずしも私はそうは思いません。私どもの日常生活の中でも、何かその人の側にいると心が安まるとか、或いは、その人の目を見ていると、一生懸命やらずにおれないとか、そういうふうな一つのニューアンスがあると思うんですね。例えば、この間、私どもハワイに参りまして、ハワイで食事をしておりますと、そこにかわいらしい小鳥が飛んでくるんです。日本では滅多に雀が私どもの食事をしているところまでは来ないものです。何故かというと、ハワイではみなさん方が雀を捕って食べるという習慣がないんです。小さな小鳥を可愛がることはしますけれども。そうしますと、向こうの方にも警戒心が無くなるんですね。「施無畏」というのはそういう意味で、警戒心を持たないで、その人の側に行けば、何かやわらかい温かい感じを持てる。仏さまも私の方に自分自身を律する心さえあれば、仏さまは何も怖い方ではない。しかし、「み仏はいつも変わらず見てござる。嬉しくもあり、恐ろしくもあり」。何か悪いことをしたら何か仏さまからお叱りを受けるんじゃないか、と。これは目覚めたる方としての仏もあるし、ご先祖さまとしての仏でもございますね。私たちが何か自分の家を潰してしまうとか、或いは、家庭崩壊をして、「どうした、こうした」というようなことがありますと、「ご先祖さまに対して申し訳ない」とか、「暖簾(のれん)に対して申し訳ない」と言ったような気持でもあると思うんですね。そういう一切の悩み・恐れから、私たちが解放されていくためには、私がまず「戒(シイラ)」=心のあり方をしっかりと選ばなければならないと同時に、それを選ばせてくれる力が働いている、と思うんですね。それが「施無畏」なんですね。「無畏を施す」と。仏さまはたくまずして、与えようとして与えられているんじゃなくて、そこにごく自然に与えらるもの、自然体で、しかも、完全に出来上がっていく。そういう布施というものが、私は「無畏施だ」と思うんです。
 
峯尾:  そして、お釈迦様が説かれたものとして、如来様がいらっしゃる。菩薩がいらっしゃる。修行中の方がいらっしゃる。全くの庶民、まだ仏の心に触れたことのない人がいる。それぞれに説かれるものというのは違うものなんですか。
 
中村:  はい。それはおっしゃる通りで、仏さまは「応病与薬(おうびょうよやく)」と言いまして、その人の苦しみ悲しみを取り除いてあげる。これが「抜苦(ばっく)」で、「与楽(よらく)」というのはその人に本当の生きる喜びを与えるということです。だから、貰うものによって喜ぶ人と喜ばない人がおります。また、与える時に、それを与えてかえって相手を傷付けたり、或いは、相手をスポイル(spoil)してしまうことがある。或いは、それを与えないことによって、その人が死を招くことがあるかも知れない。だから、相手が一番必要としているものを与えていくということが、これが布施の基本でもあるわけですね。そうしますと、仏さまは、例えば、昔の「捨身飼虎(しゃしんしこ)」と言いますか、七匹のお腹の空いた子供の虎を抱えた母親が、今にも死にそうにしておる。その時に、「大勇」と名付けられたお釈迦さまの前生の時に、その七匹の子供の虎を助けるために、自分自身の体を引き裂いて、自分をそこへ投げ出しましたけれども、そのお母さんの虎が自分を食うだけの力がなかった。力がないものですから、その辺りから竹を拾って来て、自分の血管を破ってまで虎に自分の身を捧げたという。そういうお話が「捨身飼虎(しゃしんしこ)」なんですね。それからある一人の仏道修行者が生命がけでさがし求めておりましたのは、いわゆる「人生の真実を知る」ということで、これが「施身聞偈(せしんもんげ)」と申します。彼は、ある岩の上に立つ羅刹(らせつ)の姿を見かけました。その羅刹と云う鬼が夢心地の中で、お腹が空いたものですから、「諸行無常是生滅法(ぜしょうめっぷう)」「世の中は移り変わっていく。それがこの世の中の真実の姿なんだ」とつぶやいている。そこまで聞こえてきた時に、長年の修行者は、これこそまさに天の呼び声だとおどろき喜びました。しかし、まだことばは完結していない。何とかしてそのあとの句を知りたい、ということで、その羅刹にお願いした時に、「私は腹が減っておるものですから、何を喋ったか知らんがのお」と言った。その答えに対して、「あなたがいまおっしゃった言葉は誠に真実に満ちております。その後を聞かせて欲しい」。「儂は腹が減っておって、とてもこれ以上言う元気はないんだ」と。その時に、修行者は羅刹の前に自分の肉体を捧げて、「私を食べて下さい。しかし、私が自分自身を捧げる前に、あなたの言われる世の中の真実の言葉を多くの人に残したいから」というので、あちらこちらに、石や木に書き付けて、そして、岩の上から羅刹の前に身を投じた修行者を空中にうけとめたその瞬間に羅刹の姿は帝釈天にかわった、というお話が、これが「施身聞偈」なんですね。自分の命を投げ出してまでも真実を知りたい。それが仏道の一つです。その仏道のあり方が、いわゆるお釈迦様のお話の中では、菩薩になるための一つの修行であったわけですね。菩薩になるためには、「六波羅蜜(ろっぱらみつ)」ということが常に説かれております。「布施」「持戒」「忍辱」「精進」「禅定」「智慧」。 中でも「布施」ということが一番初めです。この布施というのは、在家の信者であろうと、或いは、菩薩の修行をしておる人であろうと、既に仏の位に至った人であろうと、すべての者が心掛けなければならない一つの仏道の実践項目になっているわけですね。そういうふうに私どもは理解しております。
 









 

六波羅蜜(六度)

 一、布施
 二、持戒(じかい)
 三、忍辱(にんにく)
 四、精進(しょうじん)
 五、禅定(ぜんじょう)
 六、智慧

 
 
峯尾:  「六波羅蜜」についてその他のものももう少し解説をして頂けますでしょうか。
 
中村:  そうですね。布施は今お話をして参りました。次は「持戒」の「戒(sila)」、これはよく最近では仏教徒の中で、「戒名(かいみょう)」といったようなことが問題になっておりますが、「戒名(かいみょう)」ということは、亡くなってからの名前でなくて、私が生きていく上で、私の心をどこに集中し、私の心をどのように導いていくか、という一つの生活実践の目標になる。倫理の目標になるものがこの「戒(シイラ)」というんですね。その戒(シイラ)を常に正しく守るということがあって、初めて私たちは人間としての生活が出来る。しかし、なかなかこの世の中ではそれを守ることが出来ないので、私たちは困難に堪え忍んでいかなければならない。それが次の「忍辱(ksànti)」です。忍辱(ksànti)ということは、悲しみに遭っても苦しみに遭っても、それを突き抜けていくだけの勇気を持って、それを進めていく。それから「精進」という言葉、これは精進料理なんていうこととは意味が違うんです─「精進(vìrya)」ということは、例えば、お米の籾殻を取るために、それを搗いていく時に、途中で籾殻が熱してきたものが、熱してくると籾殻が自然に取れるんです。私たちも、いわゆる緊張状態になった時に、私の我というものが破れていくんですね。緊張の極限まで来ないうちに止めてしまうものですから、我が無くならないんです。その途中で搗くのを止めてしまうと、米そのものが潰れてしまうんです。それと同じように、「精進」ということは本当は選ぶと云うことです。選ばれるべきものを正しく選んで、その選んだものに向かって最善の努力をするということが「精進」ということです。何も食べるものなんかに関係があるわけでない。これは「continual effort」と言いまして、継続的な努力。そして、それを選ぶための正しい眼がなければ精進は出来ないわけです。正しい方向に向かって、私たちが全力投球をする。その時に初めて自分の中にほのぼのと満足が起きてきて、それまで騒いでおりました心が静まってきます。これが「禅定(dhyàna)」ですね。「禅定」の「禅」という言葉はそれからきています。concentration ということなんですが、禅定(dhyàna)の状態、心の静まった状態で物事を判断していく時に、初めて、「智慧(prajñà)」というものが、本当の智慧はそこから出てくるわけなんですね。ですから、『般若経』六百巻の中に説かれておりますのは、一番初めに申し上げました「縁起」ということです。その「縁起」という考え方が、ちょうど紀元後三世紀頃にヘレニズム(hellenism)と言いまして、ギリシャの文化がインドに入って参ります。そのギリシャの文化に溶け込ませるために、縁起という考え方が「空(sunyatà)」という考え方に、空という表現に変わってきたんですね。そうでないと西洋的な人たちの思想の中に入りにくかったものですから。だから、「縁起」と「空」ということは同じものなんですね。同じものの違った表現になっています。だから、縁起をみるものは法をみる。法をみるものは仏をみる。縁起に目覚めて、縁起のままに生きるものが初めて、いわゆる仏になることが出来る。こういう教えなんですね。今の「六度」ということは、簡単に言えば、私たちが本当の幸せを得るためにはどうしたらいいか。その幸せの掴み方の六つの道を教えたのが、この六度なんですね。
 
峯尾:  「六度」と「六波羅蜜」は同じものと考えて、
 
中村:  同じです。「波羅蜜(paramità)」というのは「大事(おおごと)」「度無極(どむごく)」「事究竟(じくきょう)」と訳 したものです。「度」というのは「渡す」ということですね。波羅蜜(paramità)は量られた世界を超えていくということです。「六度」と「六波羅蜜」も同じでございます。
 
峯尾:  今の「六波羅蜜」の一番最初にある「布施」に戻りますが、財のない人も施しをすることができる。「無財の七施」のお話をして頂きましたが。実際に中村さんはそれをどんなふうにして実践して来られたんですか。
 
中村:  そうですね。それは私たちがいまここに生きている、ということをしっかりと踏まえた時に、そうせずにはおられない。そういう一つの衝動を感ずるんですね。だから、病気の人には、宮沢賢治の詩じゃありませんけれども、「心配しないでいいよ」と、こう言ってあげたいし、或いは何か重い荷物を持っている人には、それを持ってあげたい。これはもう当然のことだと思うんですね。私がおりましたのは実はハワイの方で、お坊さんの仕事と申しますと、大体、カウンセリングなんです。カウンセリングの一つの姿が病院の慰問です。病人の気持というのは、健康な人、健常者ではなかなか理解出来ないのです。病人の気持になって訪問をしてあげないといけないんですね。そうしますと、例えば、病人じゃなくても、病院慰問の一つの姿は、難しい話は何もしないでもいいんです。ごく簡単にごく短い時間で、五分か十分でお経を読んで、みなさん方が読めるようなお経を読んであげて、それからごく身近な話をする。それで終わったんでは、みなさん方はそういうおもしろくないサービス、いわゆる法要には出てこないんです。読経と法話の後では、特に老人ホームですと、必ず、「日本の歌を歌ってくれ」と頼まれます。そうしますと、「お正月の歌」とか、「ホタルの光」とか、そういったような昔馴染んだ歌を、それどころかもっとお年寄りが多いところを歩きますと、「もしもし亀よ亀さんよ」の歌ぐらいが一番喜ばれるんですね。そうしますと、こちらは何も与えるという気持じゃなくって、みなさんと一緒になって、それを楽しむ。楽しむことがなければ、「次ぎにまた来てくれ」と言ってくれないんです。こちらが楽しめば向こうも楽しんでくれる。だから、楽しみを共有するという状態で、病院の慰問ができています。また、毎週に二つ三つの病院を廻ります。一度に五十人か百人の人に会って手を握って、ちょっちょっと言葉をかけて参ります。でも、病人さんに向かって、「頑張りなさいや」ということはあんまり言わないのです。病人に、「頑張れ」と言ったって、「どうしたら頑張られるか」と、こういうことになって反問されます。「いかがですか」というところまでは聞くんです。「How are you?」「How are you getting along?」それぐらいのことで済んでしまうんです。そうしますと、もし、向こうが、「もっと話がして欲しい」「なんとかして欲しい」という時に、私どもの衣の袖を握って、「ちょっと待って下さい。どうぞ私のために祈って下さい」と言われたりします。私どもはそのベッドサイドで、カトリックの人であろうと、ベトナムの人であろうと、ヒンズーの人であろうと、彼らの名前をまず聞いて、その人が、「健康に恵まれますように、その人の心が安まりますように」と、祈りをホンの二、三分で捧げてくるんですね。そうしますと、そういう方が亡くなった時に、私どもにまた話があって、カトリックのお葬式にも行って、スピーチをする。そのようなことでだんだんとベトナムとか、中国とか、或いは、コーリアンとか、そういった方々の中に、仏法が今広まりつつあるわけです。ですから、私どもがおります時に始めましたのは、「リスパイト・プログラム(中休みプログラム)」というのがありまして、これはいわゆる、痴呆症の方々のお手伝いする。痴呆症の方を抱えた家族というのは大変な苦しみを持つんです。今、日本でも介護ということが喧しく言われていますが、本当に四六時中、目が離せないというような人。そういうことに気付きましたのは、お寺に来た方が、「儂の家はどこじゃいなあ」。こんなことを聞いている。「あんた、どこから来たの」と言うと、「儂は知らんがなあ」というような話をして、「電話を掛けるから、番号を教えて頂戴」と聞くと、「何番だったかなあ」。そんなふうに自分の帰る家が分からなくなる人がよくお寺に紛れ込んで来るんですね。これはいけないと。そういう人を家族の中に持った人がどんなに辛かろう。うっかり目も離せない、ということで、少なくとも一週間に一回はそういう人たちをお寺に集めて、そして、一緒に歌を歌ったり、或いは、リンゴを切って食べたり、何か手仕事をしたり、そんなことを始めたのが、「リスパイト・プログラム」なんですね。そうしますと、その間、まあ、大体、朝九時から午後の二時までお預かりして、一緒にお弁当を食べます。彼らは幾ら呆けておっても、人間の心まで失っているわけじゃないんですね。そうしますと、「今日誰それさんの誕生日だからね、今日は一つ特別にケーキを作りましたよ」と言ったら、喜んで食べてくれる。そうすると、次の週間には腐ったようなリンゴを持って来て、「前週はお世話になりましたから、これを一緒に食べましょうや」と言う。「腐っていますよ」とは言えないんです。そう言ったんでは向こうの心を傷付けますから、「ありがとう。美味しそうなリンゴだね」と言って、それを台所に持って行って、皮をむく顔をして、違うリンゴを持って行って食べさせるんです。向こうは気付かないものですから喜んで食べて下さる。そういったようなことで、いわゆる人を誤魔化すわけじゃないけれども、そういう人たちの心の底は全部が善なんですよ。すべての人が仏性を持ち、すべての人が善の心を持って生きておるということを、我々は認めなくちゃいけない。そういうことのうえで、初めて布施ということが本当に行われていくと思うんですね。それを「ダーナ・プロジェクト(dàna project)」と言いまして、「布施(dàna)のプロジェクト」というふうに名付けておるんです。そういうものを今ハワイで盛んにやっております。それがいまやっておりますことと、やってきたことの一つのご報告になるかと思うんです。それから、宗教の違いによりまして、カウンセリングの仕方もかなり違いますから、「インターフェース カウンセリング サービス(Inter-faith Counseling Service)」というのを始めました。これはいわゆる社会事業をやっていらっしゃる方、ソーシャルワーカー(social worker)やら、それから、病院の先生方、看護婦さん、そういった方々と心理学者等を交えまして、各宗の、各宗教の聖職者が集まりまして、ケース スタディをして、「お宅でどんな問題がありますか」「お宅のソーシャル・サービスなどでどんなことがありますか」というようなことを持ち寄って、それに対するみなさん方の智慧を結集していくわけなんですね。それがいわゆるカウンセリングになってくるわけです。ですから、例えば、その中の一つのプログラムは「スワサイド プリベンション プログラム(Suicide Prevention Program)」と言いまして、「自殺防止策」。これは夜中の二時でも三時でも、大体人間が自殺したいと思うのは、寝られない人が明け方にあまりの寂しさについ薬を飲んだり、首吊ったりしますから、そういう人たちになんとかして、自殺を思い止まって貰うために、私たちはそこまで出向いて、兎に角、明け方まで一緒にその人と話し込むんですね。そうすると、誰か話相手を持ちますと、もう死ということがだんだん遠のいていくんです。それから、「アルコール・コミッティ(Alcohol Committee)」なんかを作っておりました。これもアルコール中毒になった人たちがな かなか治りきれない。そういう人たちを「ハーフウエー ハウス(halfway-house)」と言いまして、アルコールから脱却するために、それは七転八倒の苦しみをします。座敷牢のようなところへ入れまして、そして、「酒をくれ」というのを、「何じゃかんじゃ」と言いながら気を紛らして、そして、苦しみながら、汗をかきながら、その段階を乗り越えていって、アルコールからの、いわゆる自由を獲得していく。そういったようなのが、私どもの宗教活動の一面でございました。私は宗教活動ということは布施に尽きると思うんですね。法を施し、そして、自分の手許にミカンの一つもあれば、それを分かち合っていく。相手を必ず人間として見つめていく。そして、人間として見つめていく時に、相手が実は私を仏にしてくれる、菩薩さまだ、と思えるようになってくるんですね。そこまでいかないと、布施というものは本当のものにならないんじゃないかと思うんです。だから、それは布施をしたということをまず忘れること。それを乗り越えていくことによって、初めて私たちは布施の喜びを頂ける。そうすると、布施をされた方よりも、布施をした方がより幸せであるということが、これが分かって参ります。だから、インド辺りで布施をしますと、「ありがとう」と言わんから、「何でありがとう言わんの」と聞いてみたら、「有り難う言ったら、相手(あなた)の喜びが無くなるだろう」という。「私が貰ってやったから、あんた布施が出来たんじゃないか」といった、そういう理屈をいう人までいるんですね。だから、布施をして貰った方、食物を恵んで貰って威張っているんです。それに腹立てるようじゃ布施は出来ません。
 
峯尾:  先程、おっしゃいましたように、布施をする、施しをする方が自らも楽しむ。
 
中村:  そうです。それがなくちゃいけませんね。共に楽しむことがなければ、布施はまた長続きしないと思いますね。
 
峯尾:  それは、そうすると、その人が側にいるだけで楽しくなるという情況を作るということでは、最高の施しである無畏施に通じていくわけですね。私どもでもその最高の施しが出来る。
 
中村:  どなたでも出来ます。何も持たないでも、どなたでも、あなたの今、ニコッとなさっているその微笑みが。あなたがそう出来るだろうかと思われるいわゆる「sincerity(誠実)」と申しますが真面目な願いが必ずそれを成功させてくれます。ですから、私は布施というものは誰でも、いつでも、どこでも、何物もなくっても出来る道だ。それをすることが実は人間の本当の幸せを見つめていく段階だ、と。私はそういうふうに申し上げたいですね。
 
峯尾:  ありがとうございました。
 
中村:  どうも。私こそ幸せを頂きまして、ありがとう。
 
 
     これは、平成十二年四月二十三日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。