鈴木大拙の風光
                                  
                         大谷大学講師   別 宮(旧姓 岡村)  美穂子(べっく みほこ)
                         京都大学名誉教授 上 田  閑 照(しずてる)  
 
金光:  京都駅の東南、東山の山麓に近く、広大な伽藍が聳える慧日(えにち)山(さん)・東福寺。鎌倉時代に創建され、京都五山の一つに数えられた歴史の古い禅宗寺院です。東福寺は奈良の大寺(おおでら)、東大寺の「東」と、興福寺の「福」を取って名付けられたと言われます。いくたびか火災に遭いながらも再建され、現在でも二十五の塔頭(たっちゅう)寺院が立ち並んでいます。梅雨に入る六月七日、京都をお訪ねしました。明治、大正、昭和と三代に亘って活躍した仏教思想家鈴木大拙(だいせつ)博士についてお話を伺うためです。鈴木大拙博士(明治三年、金沢市に生まれる。青年時代禅に傾注し、東洋の精神的神髄を体得して渡米、英語で禅思想を中心に東洋文化の意義を世界に伝えた。昭和二十四年文化勲章を受賞:一八七○ー一九六六)は若い頃禅の修行に没頭し、明治三十年からたびたびアメリカやヨーロッパへ渡って、禅の体験やその思想を英語で人々に伝え、大きな影響を与えた人で、学習院や東大で教えていた明治四十四年、アメリカ人女性と結婚します。大正十年に大谷大学教授になり、京都市内に一戸(いっこ)を構えるまで、この東福寺の塔頭(たっちゅう)の一つに住んでいたことがあります。庭の緑が美しい東福寺へ、今日は京都大学名誉教授の上田閑照さんと、大谷大学講師の別宮美穂子さんにお越し頂きました。東福寺境内の奥まったところに龍吟庵(りょうぎんあん)があります。東福寺第三世住職で、のちに京都の南禅寺を開かれた大明(だいみん)国師という方が住まわれた由緒深い建物です。その縁先をお借りして、お庭を眺めながらお話をお伺いしました。
 

 
金光:  今日は京都の東福寺へお邪魔して、鈴木大拙先生についてのお話をお伺いするわけでございますが、この場所は龍吟庵(りょうぎんあん)という禅宗の方丈(ほうじょう)としては一番古い国宝の建物なんだそうでございまして、この東福寺の塔頭の寺院に大正十年頃でございますが、鈴木大拙先生が大谷大学の先生になられた頃、そこで何年かお過ごしになっていた、というご縁で東福寺のこの場所を拝借してお話を伺うことになっております。今日、お話をお伺いする方は、長い間、鈴木大拙先生の秘書役をなていらっしゃった旧姓岡村美穂子さん、現在は別宮美穂子さんという長年鈴木大拙先生の晩年をよくご存知の方のお話と、それからもう一人は鈴木大拙先生と同じように、現在、ヨーロッパが中心ですけれども、日本の仏教とか、禅についてのお話をなさって、紹介なさっていらっしゃる京都大学名誉教授の上田閑照先生でいらっしゃいます。どうぞよろしくお願い致します。私、こちらは初めてなんでございますが、別宮さんは如何ですか、ここは。
 
別宮:  私も初めてです。
金光:  何かこのお庭を拝見しますと、枯山水は枯山水ですけど、砂 だけですね。
 
別宮:  私は存じませんでした。こういう何もない石庭があるということは、
 
上田:  やっぱり何もないと何か広々としますね。広々とした、そして、何というのかな、何もないんじゃなくて、いい風が来ますし、周りは緑でしょう。ですから、広々するし、ほんとに気持が静かに満たされるような感じがして、とってもいいですね。
 
金光:  この場所にいらっしゃったのが大正十年と言いますと、約八十年位前になるわけですが、別宮さんが鈴木大拙先生にお会いになったのは、大分あとということでございますね。何年前位になるんですか。
 
別宮:  大正となりますと、父母未生以前ということになりますので(笑い)、よくその当時のことは分からないんです。
 
金光:  初めてお会いになったのは、
 
別宮:  初めてはですね、一九五一年に溯ります。
 
金光:  昭和二十六年ですね。
 
別宮:  はい。二十六年です。
 
金光:  その頃は勿論ずうっと若くて、まだ十代でしょう。
 
別宮:  十代の半ばですね。十五にまだなっていなかったと思います。
 
金光:  その十代の少女が八十歳の、
 
別宮:  八十二歳でおられましたですね。
 
金光:  八十二歳の大拙先生になんでお会いになろうと思われたんですか。
 
別宮:  そうですね。勧められまして。私は不平不満の最中でありまして、親に対しても不平不満、自分自身に対しても不平不満、というような状態でした。浄土真宗の開教使がいらっしゃいまして、「コロンビア大学に日本から偉い先生が見えるんだから、あなたはそういう人のお話を聞きに行ったらどうですか」と勧めて頂きました。「偉い先生」というのに引っかかりまして、何が偉いのだ、どういうことが偉いんだ、じゃ、聞いて見ましょうというような気持で、
 
金光:  一種のものは試しと、見てやろうという気持ですね。
 
別宮:  禅のことも何も分かりませんし、仏教は当然のことでありますけれども、それでコロンビア大学ですが、まだ、私はハイスクールの学生でおりましたし、大学の中に足を踏み入れるというのはなかなか勇気のいったことだったんです。ですけど、その日は学校をサボって行ったんです。ロー図書館というのがありまして、ギリシャ風の建築でドームの上まで吹き抜けになっていまして、物凄い建物なんです。そこの一部に大拙先生の講演がセットされていまして、そして、折り畳みの椅子がズラッとありました。そこに私は小さくなって待っていたんです。横の扉がサッと開いて、小柄な東洋人向こうで言うと、ニューヨークのど真ん中ですから小柄な東洋人がサッサッサッと入って来られたんですね。脇にかかえておられる風呂敷包みが見えました。焦げ茶の風呂敷包み。その光景が物凄く印象的だったんです。
 
金光:  で、話を聞かれて、失礼ながら分かりましたか。
 
別宮:  いや、分かりませんですよ、それは。しかし、それまでの体の動きからわかるものがありました。今度は古い和綴じの本を風呂敷包みから出されまして、木版の和綴じ、
 
金光:  昔の大きな活字の本ですね。
 
別宮:  はい。私は少し離れたところにおりましたけど、それはよく見えました。それで先生の眉毛の突き出たのとか。そして、何となく静かなんですよ。非常に静かで、
 
金光:  「講演します」という感じじゃないんですね。
 
別宮:  何か言いたいことがある、それを訴えなくてはいけないというのが、先生の原動力であるというのが伝わってくるんですね。別に押し付けるわけじゃないし、かと言って、意識しているのか、意識していないのか、その境目があるのか、ないのか。しかし、最近思うことは何か本物というのはどんなドラマよりもドラマチックだということです。本物ほどドラマがあるものはないと私は思うんです。
 
金光:  別に肩肘張った感じじゃなくて、
 
別宮:  肩肘張った感じがないんですね。だから、何かこう訴えることがある。時計を見ながらですね。それから、ふくろとじの和紙を一枚一枚丁寧にめくっていかれる。その仕草がなんとも味わい深いんです。これを見ただけで、私はなにか東洋の文化が見えて来たようでした。何か静かな・・・。本物というのは静かなんですね。この歳になってよく分かるんですね。別に自己主張をする必要を感じておられない。そのままを語ることが凄く静かなんですね。
 
金光:  それじゃそれまで日本から来る方も、何人かお会いになっていらっしゃったと思うんですけれども、そういう方とは、「あ、この先生はちょっと違うなあ」という感じがした。
 
別宮:  随分と違うように感じました。
 
上田:  今のようにお話になって、私は聞いていても、何か伝わってくるような感じがしますね。そして、今のようにお話をされた、それだけで、もうその中にあらゆることがあるでしょう。
 
別宮:  まだ、先生が口を開かれない前に、圧倒されているというんでしょうか。
 
上田:  「圧倒された」というのは、それは凄いですよ。
 
別宮:  それで、私自身は、今、申しましたように、十代の反抗期で、内心はジリジリイライラしているんですね。人として生まれて、ジリジリイライラしているところに、そういうお姿を拝見して、なにか癒されるような感じがしました。すぐに、「ああ」と思っちゃいましたね。
 
上田:  それはきっと別の風に、すうっとこう、
 
別宮:  そうそう、なにか風が吹いてきた。ニューヨークの街がザワザワしているわけで、そういうところから入って来られて、教壇に立って、和綴じの本をめくっていって、自分の今日話すところに来たら、こうおっしゃるんですね。「今日は時間と空間を超えた話をしましょう」と。
 
上田:  それが最初の言葉ですか。
 
別宮:  最初の言葉なんです。そうすると、私はもう分からないじゃありませんか。そこからして分からない。そして、「それは何かというと、仏の話です」とおっしゃるんですね。そこから華厳のお話が始まるんです。
 
金光:  最初のことを覚えていらっしゃるんですね。
 
別宮:  それはもう。「あら!」と、これは、ちょっと普通の講義とは違うなあというのが、その一撃で感じました。
 
上田:  言葉で言えば、ほんとうに「時間、空間を超えた話」で、あなたも分からないんだけれども、しかし、それ以前にもう分かっていることがあるわけですね。
 
別宮:  何か感じられるものが。先生が自由に動いておられるところから何か感じられるものがあったように思います。
 
金光:  そういう形で大拙先生のところへお訪ねになるようになって、肝心の人生に対する疑問とか、モヤモヤ、苛立たしさ、そういうものはどうなんですか。
 
別宮:  ええ。私は十代ですから、学問的な背景は全くないわけです。しかし、私にとって何でも言える先生なんですね。
 
金光:  それがお会いになっていて、
 
別宮:  分かるんですね。それで、自分の親の問題だとか、当然ながら、自分の問題それはみんな不平、不満ということですよね。そうすると、先生はそれを聴いて下さるんですね。
 
金光:  「あなたの態度はそれは間違っている」なんていうことはおっしゃらないわけですね。
 
別宮:  全くおっしゃらないんです。「なぁ、なぁ、なぁ」とおっしゃって、耳に手をやって、「な ぁ、なぁ、なぁ」と言って聴いて下さるんです。
 
金光:  それに吸い込まれるわけですね。
 
別宮:  吸い込まれるじゃありませんか。大きな器の中に、「なぁ、なぁ、なぁ」と、何か感心しておられるのか、しておられないのか分かりませんが、そういう感じで聴いて下さって。で、「そうか」とこうなるんです。
 
金光:  訴えている方は、それじゃ物足りないんじゃないですか。
 
別宮:  でも、「なぁ、なぁ、なぁ」が十分いいですね。やっぱり肯定でも否定でもない、それを聴いて下さっているという、先生の中に染み込んでいっているというのが分かるんですね。そして、「そうか」と言われるんです。そうして、「美穂子さん、手を出しなさい」。英語ですけどね。手を出すと、「綺麗な手じゃないか」とおっしゃるんです。手をこうやって撫でながら、「よく見てごらん。これ仏の手だぞ」とおっしゃったんです。
 
金光:  ほう。
 
別宮:  私の手をひろげて撫でて、「綺麗な手じゃないか」とおっしゃるんですよ。それ は、「私の手が綺麗」というんじゃなくて、「仏の手が綺麗だ」と。
 
上田:  自分の手だけれども、「よく見てごらん。これ仏の手だぞ」。ただ、「綺麗な手だぞ」で終わりだったら、自分でも、「そうだ」と思うだけですね。だけども、そこで、「仏の手だぞ」と。これが凄いと思うんですよ。
 
別宮:  「あら!」と思うっちゃうんです。全く思いがけない次元の世界がそこに、
 
上田:  「仏」ということはすぐ分かるわけじゃおそらくなかったと思うんです。それでも、「全く違うもの」が、しかも、自分のこの手のところで全く違うものが、
 
別宮:  思いもよらないことなんですね。「親から貰った手」とか言うんだったら、全然効き目はなかったと思うんです。先祖があって云々と言うのであったらね。しかし、「仏の手」と言われると、「あら!」と思いますよね。
 
金光:  「パッ」とそれで分からなくても、「ああ、そうそう」と。
 
別宮:  「なにか自分の中に未知の世界があるのではないか」と。
 
上田:  自分が悩んでいる、そこからパッと、どこかもう少し違う次元がある。しかも、それが非常に具体的にですね。自分で、この体のところに違う世界が現れてくる。センスとして何かそういうことが感じられたんではないでしょうか。
 
別宮:  そうです。そのときちょっと先生の目が潤んでくるんです。どうしてこんな綺麗な手をしているのに、そんなブツブツ言うんだというお気持だったと思いますね。
 
金光:  成る程。
 
別宮:  また同時に人間の性(さが)と言うのか、そういうことも、先生は十分分かって下さっているということも感じられるんです。
 
金光:  そうやって、会って話を伺って、聴いていらっしゃるうちに、この先生は禅の大先生だというようなことはだんだんわかってきたんですか。最初は全然そういうこと関係なしでしょう。
 
別宮:  全然ないですよね。そこで、先生を訪ねてこられるお客さんがみんな禅に関する質問をされるんですね。これはなんだろうということにだんだんなってくるんです。
 
上田:  禅の先生だということが分からなかったのは、むしろいいと思います。というのは、女の子と、それから八十二歳の先生でしょう。それが直接、具体的な問題で触れ合って、それで、「そうか」と。もう禅とか、仏教とか言ってしまうと、ほんとに出てくるものが限られちゃうでしょう。
 
金光:  そうですね。その枠で、自分なりの枠で聞き取ってしまうことがあるかも知れませんからね。
 
別宮:  それで、お客さんが見えますと物凄く高度なお話が続くんです。形而上的なお話だとか、
 
金光:  相手の方に応じておっしゃるわけですね。
 
別宮:  そうです。ほとんどみなさん、大学院生とか、学者とかが見えるんです。それも、私が横で聞いているわけですから、「これはなんだ」というふうになっちゃうんですね。だんだんこっちも門前の小僧で、生意気なことを考えるようなことになったりしますよね。
 
上田:  もともと生意気でもあるんですね。
 
別宮:  もともと生意気ですから。毎日親から「あんたは生意気だ、親に向かって何ですか」というように、ずうっと叱られてきていたものです。それで面白いことに、だんだん先生のお話を聞き慣れてきますと、私も何か分かったような気分になるんです。そして、お客さんを、「あの人は分かっている。この人は分かっていない」とか言ってね。
 
金光:  成る程。
 
別宮:  そういう生意気な私でもありましたね。それで先生に、「あの人はどうだった、こうだった」と批判をしたりするんです。ある日、あの有名なオルダス・ハクスリー(Aldous Huxley:一八九四ー一九六三)という小説家の方が見えて、「Substance」という話をされたんです。私は全然分からなくて、「先生、Substanceというのは何ですか」と。「美穂子さん、このSubstanceというのは、という字だ」と言って、漢字を書いて下さいました。
 
金光:  体(からだ)の「體(たい)」ですね。
 
別宮:  体(からだ)の難しい方の「體(たい)」です。
 
上田:  それはお客さんが帰られた後ですね。
 
別宮:  後です。そうしたら、先生が、「體(たい)か」と、こういうふうに手をあごにあてて考え込むようにされて、「體(たい)か」と。
 
金光:  ちょっと考えていらっしゃる。
 
別宮:  考えて、そして、私みたいに何にも背景のない、子供に近い人間に、「體(たい)」をどう説明したらよいかと考えておられました。「そうか」と言われて、「手を出してごらん」と言われるんです。手を出しますと、五本の指を別々に一本一本指して「さあ、これが上だろう、これが下だろう。これが横だろう。これが縦だろう」と言われながら分別の世界を示して下さいました。「しかし、こうだろう」と言って、今度はぐっとこぶしをつくって目の前に出して下さったのです。
 
上田:  ほんとに「體(たい)」というのは、それでもうしっかり現れていますね。
 
別宮:  そして今度はこのこぶしをぐるぐる廻したり、また今度は指を開いて手を躍らせたりしながら、「こうなったら、こうだろう。こうなるだろう」と。
 
金光:  本体の「體(たい)」があって、その現れ方、用い方、働き方が、
 
上田:  それで体・相・用がすべて出ているんですね。
 
別宮:  私は意味はすぐにはわかりませんでしたけれども、ほんとうに「はぁー」と思いましたよ。
 
上田:  分からないけども、先生がこうこうされて、そして、グッとゲンコにして出された時に、グッと何かね。
 
別宮:  何か分かれないさきというのが感じられました。
 
金光:  しかし、下手に言葉で説明するよりも、
 
別宮:  このこぶしの方が分かるんです。
 
上田:  「分かる」というよりも、こっちの方が生きたほんとのことを、
 
金光:  直接の表現で、
 
別宮:  そうなんです。
 
金光:  やっぱりそういう手真似というか、こういうのはよくお使いになったんですか。
 
別宮:  よくお使いになったですね。
 
上田:  それもおそらく、手真似でというよりも、もっと生きた形でグッと出せる。言葉なら説明出来るけれども、実際にどうだというと、なかなか表現出来ないと思うんですね。殆どの人はそうですね。大拙先生はそこでもうほんとに小さな子供に向かってグウッと、
 
別宮:  別のときにまたこんなこともありました。私が「分からない」と言いましたら、私の腕を先生が抓(つね)るんです。こうやって、「どうだ、痛いか」と言われるんですよ。
 
金光:  それは痛いでしょう。
 
別宮:  「痛いか」と言われるから、「いや、まだ」というんです。(笑い)
 
上田:  そこがなかなか生意気なところなんですよね。(笑い)
 
別宮:  そうすると、だんだんきつくなって、「痛いか」と言われますから、「痛いです」っていうじゃありませんか。そうしたら、「それだ!美穂子さ ん」とこうおっしゃるんです。「分かったか。それだ!」とおっしゃるんです。ある時はストーブのところへ私の手を持っていかれて、「これ誰の手だ」とおっしゃるんです。そこで、だんだんと熱くなるじゃありませんか。「熱いだろう」とおっしゃるんです。「それは誰の手か」と。「仏の手なんだけれども、誰か面倒を見るものがいなくちゃいけない」とおっしゃるんです。
 
金光:  ほう、「面倒見なくちゃいけない」と。
 
別宮:  仏の手かも知れません、神の手かも知れないけれども、神の手だからと言っても、「誰か面倒みているじゃないか。熱くなると手をすっと引くものがいる。それは誰がやっているんだ」と、こうなるわけですね。
 
上田:  それが「面倒をみている」ということなんですね。
 
別宮:  「面倒を見ている」ということなんです。そういう話とか、私が、「分からない」というと、ギュッと抓る。
 
金光:  働き、行動に出る。或いは、動きが起こるところ、その辺の機微、熱いのもこうやる。
 
別宮:  こう手を引く。それが「誰か」と。
 
金光:  やっぱり「自分とは何か」「自分とはどういうものか」。「仏さんと自分との関係で」というと、おかしいのかも知れませんが、
 
別宮:  自分というものをどう捉えるかですよね。ただ自分の思っている自分なのか。本来の自分なのか、ですね。それを先生はしっかり示して下さろうとされたんだ、と思います。
 
上田:  例えば、「仏」というと、やはり親しんでいない人には抽象的な言葉になるし、だから、手をストーブに当てて、パッと引くと、「それだ」という時に─これは唐代の語録なんかによく禅の和尚さんたちのやり方として出て来るんですけれども、大拙先生の場合には、そういうことを知っているからやっているんじゃなくして、直接、目の前で、あなたがおられて、その時にもう実際自然に起こってくるんですね。だから、物凄い力がある。今、思い出したのですが、大拙先生の晩年に、『東洋の心』とか、いろいろの随筆集があるんですが、その中でやっぱり「げんこ」のことと、五本の指のことが出てくるんです。おそらく大拙先生にとっても、今のその時に初めて出て来た。自分でも、「これだ」というふうに思われたんではないでしょうか。ほんとに同じ話が、晩年に小さなエッセイに出てきて面白いですね。
 











 

西洋型の考え方や感じ方は、これを手にたとえて言えば、五本の指の
うちの一本が独立して、ほかの四本にたいして権利を主張する。小指
は小指であり、親指は親指である。それで小指は小指としての、親指
は親指としての責任を果たす、道徳をまもってゆく。
東洋はその反対で、五本の指がおかれているところ、または五本の指
の出てくるところ、それは手のひらであり、手ぜんたいであるといっ
てもいいが、その手ぜんたいをつかもうとする。根本をつかめば、五
本の指はひとりで動くと考える。だから小指が親指で、親指が人さし
指だというようにもいえるのです。
        (鈴木大拙『東洋の心』東洋の考え方)

 
 
金光:  やっぱり何年か、そうやってご一緒に世話なさりながら、そういう疑問ですね、「仏さんとは何か」とか、「禅の大事なところ」と言いますか、
 
別宮:  「自分は何か」。どうしたってぶっつからなくちゃいけない。「自分とは」というのがないと仏教じゃないことになりますので。そう言って、こっちも追いつめられて切羽詰まる時がありまして、「先生、結局、どういうことですか」と体当たりして聞く時がありますね。そうしましたら、先生は涙を浮かべまして、「美穂子さん、わしが言ったら、わしの答えだろう。あんたの答えにはならんじゃないか。あんたの役には立たんのだ」とこうおっしゃるんですね。「悪いけども、答を言ってあげるわけにはいかん」とおっしゃるんです。そういうことがありましたね。
 
上田:  どこまでも本気というか、本式に、
 
別宮:  本気で体当たりすると、大拙先生もそれに見合って下さるんです。
 
金光:  でも、それでいながら、よく禅というのは、「不立文字だ」と。「文字に表さない」とか、「言葉にならない」とか、言いながら、一方では、「説明出来ることはどんどん出来るだけ説明しなくちゃいけない」。
 
別宮:  「説明出来ないとダメ」とおっしゃるんです。どうしてかというと、「説明が出来ないと体験がはっきりしないし、体験がそこで終わってしまう」と。先生は、「哲学、つまり思想は大事なんだ。美穂子さん」とおっしゃるんです。
 
金光:  そうすると、禅の場合は、「禅の体験」「禅の経験」「宗教的経験」と言って、
 
別宮:  「体験がない」とダメですけれども、
 
金光:  それからもう一つ、それを思想的に究明しないのが伝統の立場ですが、
 
別宮:  大拙先生は、しないといけない。
 
金光:  やっぱりそういうことなんですね。
 
上田:  大拙先生はそのことは特に強く感じておられて、久松真一先生に宛てられた手紙があるんです。それは一九五四年一月十三日の手紙ですが、そこに非常に大切なことが書かれていて、「禅は世界禅ということでなければならない。そのためには禅は思想にならなければならない。独り善がりではいけない」と。基本的にそういうことが書かれているんですね。とっても面白いと思うんです。やはり大拙先生は何と言っても、大部分は外国で仕事をしておられるわけですから、しかも、それは決して単に、外国に禅を知らせるというよりも、外国でほんとに自分で生きるということをしておられるわけでしょう。生きるという時の、そこに禅があると。そういう生き方が英語を使う世界で、どういう意味をもっているかということを、これは人に説明するというだけでなくて、自分で自覚するという、そういうお気持ちであった、と思うんです。はっきり言葉で言えなければならないと。それは、もともと大拙先生がいろんなところに書いておられることですが、こういう言い方もあるんですね。「禅体験」、「禅意識」、それから、「禅思想」。「禅体験」は「これ!」ですね。「禅意識」というのは、ハッキリそれが言葉になって自覚されるというようなことです。例えば、「廓然無聖(かくねんむしょう)」とか、これは言葉ですね。しかし、そういう言葉で言うことによって、はっきり自覚される、それが禅意識。そして更に、「廓然無聖(かくねんむしょう)」ということがどういうことか、それを今度は、違う世界の中で生きて、しかも人間同士として生きていくという時に、言葉で言えるように自覚する。そこに、思想というか、禅思想があって、これが大拙先生の基本のお仕事です。これは禅の歴史の中で非常に新しいことだと思うんですね。そこから、あのように『全集』三十二巻も生まれました。今度は新しく四十巻になるんですね。そういうことがあるし、しかし同時に、非常に面白いと思うのは、西田幾多郎先生と大拙先生と非常に親しかったですね。西田先生のお宅に大拙先生と、私の先生の西谷啓治先生がご一緒におられて、その時に何かの話の時に、大拙先生が、「禅とはこういうものだ」とおっしゃって、前のテーブルをガタガタと動かされたんですよ。それが西田先生に非常に感銘を与えたし、西谷先生にも感銘を与えました。西田先生が、後に、別の機会に、「大拙が言ったことだけれども、禅とはこういうものだ」と、自分でも、「テーブルをガタガタされて」というようなことがあるんですね。つまり、一方では、「ガタガタ」ということがあって、しかも、「禅は思想にならなければならない」。禅は思想ではないんです。ガタガタですね。しかし、「それが思想にならなければならない」。そういうギャップをこえる深みのある、広い世界を大拙先生が初めて出された。私は、大袈裟だと自分では思わないんですが、道元禅師が、『正法眼蔵』において、和文で初めて禅を言葉にしたわけですね。それと同じ意味で、大拙先生が英語で初めて禅を言葉にした。これは世界にとっても、禅の歴史にとっても、ほんとうに新しい。現代は大拙先生が開かれた世界の中で、禅が掴み直される、ということがあります。ですから、大拙先生の禅思想の一番キーワードになる「霊性的自覚」とか、「無分別の分別」とか、そういうことは全部、今のような世界の中での禅の自覚、そういうところから出てきた言葉なんですね。そういうように、言葉に出られるということは、また逆に、そういうことをパンと超えてガタガタと出来る、ということです。これはあらゆる既成の世界をそれで一遍に壊してしまって、しかも、また新しく作り出すということでもあります。さっきの「體」の説明ですが、ゲンコにして「こうだ」と言った時は、「體」の説明以上ですよね。これは昔の禅で言えば、倶胝(ぐてい)和尚が指一本立てた。これと同じことです。「これは何だ」ということはないんです。「こうだ」というだけで、その時に、すべてがもう分かっているということでしょう。それと同時に、大拙先生の場合には、日本語のものもありますが、基本的には英語できちんと言える、ということですね。それは、ただ禅を説明するというんじゃなくて、大拙先生のおっしゃることが、禅になって響くと言いますか、そういうあり方、その両方を張り渡している、これは猛烈にギャップがありますね。しかも、そのギャップを超えて、張り渡している。そういう一種のいのちのようなもの、そこに大拙先生の人間、というよりも、人間というと言い方では足りないと思うんです。禅の「一無位(いちむい)の真人(しんにん)」の「人(にん)」、それが感じられて、私は非常に感銘を受けますし、殊に、岡村さんから一つ一つそういうのをお聞きしますと、ほんとに稀有な偉い人だなあということが実感される。そういう気持です。
 
金光:  いろんな形で、外国の人にセミナーみたいな格好でのお話もあったようですし、今日、お持ち頂いている、この写真は?
 
別宮:  そうですね。これは当時来日しておられたフルブライトの学者さんたちが、先生のお話を聞くということで、熱海の旅館で、集まって聴いているところです。
 
金光:  随分、身体がくつろいだ形でありながら、顔は随分真剣ですね。
 
上田:  これは、何を話しておられるかということはわからないんですけれど、この一人一人聞いている目は大変なものですね。何十人もの人たちが一人一人このようにして聴くということは。
 
別宮:  この時は日本文化のお話で、芭蕉と俳句のお話だったと記憶しています。凄いと思うのは、禅は人間の根本体験ですよね。二本足で歩く生き物であれば、その根本体験があるに相違ないんですね、それを一つの哲学、宗教、修行にしたのが東洋人なんです。世界のどこの人にでも根本体験として同質のものがあると先生は見ておられたのです。基本的な姿勢の中に、例えば、ドイツのエックハルトにしても、スペインの十字架のヨハネとか、トーマス・マートン神父とか、いろんな人を通じて、なんかそこに光があると、先生はそれをすぐに肯定出来るんですね。肯定して、「あ、ここにもある。あそこにもある」とおっしゃる。こういうふうに出来るところに、やはり先生の意義があったんじゃないか、と思うんです。「禅」というと、中国、日本という世界だけに限られてしまいますけれども、そうじゃなくて、仏教の根本体験というのは普遍的なものだと、そこに立脚していらっしゃったんだと思います。
 
上田:  その時に、大拙先生は、仏ということを言う必要もない。むしろ、「それだ」と。
 
別宮:  「It」という、
 
上田:  そうすれば、「そうだ」と自覚出来るものがある。
 
別宮:  「同質のものを見付ける」ということが、
 
金光:  「仏」という言葉を出すと、かえってすっきり通じない。
 
上田:  そうすると、もう文化的な制約というか、伝統の制約の中で話をすることになります。
 
金光:  「それ」だったら共通ですね。
 
上田:  そうです。これはもう共通です。単に共通というだけでなくて、そう言われてその人の底から、「そうだ」というように思えてくるところがある。そういう形での出会いです。お互いに、「そうだ」という、
 
別宮:  最近はそのことがそろそろ思想的に肯定出来るようになってきているんではないでしょうか。
 
上田:  それはやはり大拙先生が開かれたそういう世界の中で可能になってきたと言えると思うんですね。
 
金光:  たくさんの方に講義なさる時は、割に一般的な話し方なさるんでしょうが、後での個人的な質問とか、そういう時には相手に応じてズバッとおっしゃることがあるんでしょうね。
 
別宮:  ほんとに応じられます。相手のお話のなかの一言をとらえて、そこを追求するというか、本質にふれるというか、
 
上田:  私は居合わせたわけじゃないんですけれども、読んで、一つ一つの具体的な場合に、大拙先生がどんなふうに働きかけるか、感銘することが多いんですよ。例えば、大拙先生が話をされて、そこに女性の精神医学者が居て、大拙先生に感銘したわけです。そして、質問をして、「先生は、他人の心が分かるに相違ない」と言うんです。仏教にそういう考えもあるんですね。「他心通」と。「先生は人の心が分かるに相違ない」。そして、先生から、「そうだ」と言って貰いたいんですね。それに対して、先生は静かに、「人の心が分かってどうするんだ。大切なのは自分の心が分かることじゃないか」と。もうそれで終わりですね。終わりだけれども、単にその場で答えたというだけではなくて、彼女に本当のことがそれで伝えられたわけでしょう。
別宮:  議論の方向が定まるんですよ、一言でね。
 
金光:  随分いろんな有名な方にもお会いになっていらっしゃいますね。今日、お持ち頂いたこの写真ですと、この向かって右は、
 
別宮:  ドイツの哲学者マルティン・ハイデッガー博士(Martin Heidegger:1889-1976)です。
金光:  あの『存在と時間』のハイデッガーさんですか。
 
別宮:  そうです。先生はなんか本を読んでおられて、この人に会いたいとなりますと、すうっと行こうとされます。フランスの哲学者でキリスト教実存主義の思想家ガブリエル・マルセル(Gabriel Marcel:1889-1973)とか。それでお会いになってみる。面白いのは、哲学者、神秘家、ドミニコ会の高位の宗教家エックハルト(Meister Eckhart:ドイツ中世の神学者:一二六○ー一三二九)。それを読んでおられて、「エックハルトがここにいたらなあ」とおっしゃるんですよ。「話したいことがいくらでもあるんだがなあ」と言われたり、
 
上田:  それがほんとうに面白いですね。
 
金光:  やっぱりいろんな方にお会いになった時に、お会いになった後で感想なんかおっしゃるわけでしょう。
 
別宮:  そうなんです。ハイデッガー博士の時は、お会いになって玄関の階段を下りて来られる時に、独り言のように、「西田にそっくりだ」とおっしゃるんです。
 
金光:  ご自分でおっしゃっているんですね、独り言で。
 
別宮:  私はたまたま側にいたわけですけれども、「西田にそっくりだ」とおっしゃって、感心しておられました。「どうしてあんなに似るんだろう」というような感じでね。
 
上田:  それでいま「西田にそっくりだ」ということをお聞きして、実は、今日は西田幾多郎先生の祥月命日(しょうつきめいにち)なんですね。一九四五年(昭和二十年)六月七日、今日お亡くなりになられました。その時に、大拙先生は「ひたむきに泣くより仕方がなかった」と。柱によりかかって泣いておられました。西田先生が大拙先生のことを、大拙先生の本に序文を書いておられるところがありますね。それが非常に面白い文章ですし、如何にも大拙先生をよく表していると思いますので、ちょっと時間を取らせて頂いて、引用してみます。こういうふうになっています。
大拙君は高い山が雲の上へ頭を出しているような人である。そしてそこから世間を眺めている。否、自分自身をも眺めているのである。まったく何もないところから物事を見ているような人である。そのいうところが時に奇抜なように聞こえることがあっても、それは君の自然から流れ出るのである。君にはなんら作為というものはない。その考えるところがあまりに冷静と思われることがあっても、その底には深い人間愛の涙をたたえているのである。
君は一見羅漢の如く、人間離れをしているが、しかも非常に情に細やかなところがある。無頓着のようであるが、しかも、事に忠実で綿密である。君は学才の豊かな洞察に富む人と思う。しばしば耐え難き人事に遭遇して、困る困るとは言っているが、どこか淡々として、いつも行雲流水(こううんりゅうすい)の趣を存している。私は多くの友を持ち、多くの人に交わったが、君の如きは稀である。君はもっとも偉そうでなくて、もっとも偉い人かも知れない。私は思想上君に負うところが多い。
(鈴木大拙著『文化と宗教』昭和十七年と『禅と日本文化』昭和十五年の二著への西田の序から引用)
 
私のとっても好きな文章ですし、大拙先生が実によく表されていると思います。
 
別宮:  一番最初に感銘を受けたところに戻りますが、本物というのはどういうことかと、この歳になって思うんですけれど、こんな比較して失礼なのかも知れませんけれど、家に猫がいるんです。猫と付き合っていますと、最初から最後まで猫でないという瞬間はどこにも無いんですね。
 
上田:  猫はまさに猫である。
 
別宮:  猫であって、しかるに猫なんですね。本物というのは、そこから離れない。「大拙は大拙である、従って、大拙なり」と言いたくなるほど、どこを切っても、そこを離れて何かというんじゃないんですよね。人を曲げてどうしょうとか、自分をよく見せようとか、演出をしようとかいうのがまったくない、という人はほんとうに凄いと思うんです。
 
上田:  だから、というのは、おかしいんですけども、猫と大拙先生はほんとに親しいというのか、
 
別宮:  花を見ても、猫を見ても、本物であることの凄さであり、究極であり、何かそういう同質のものを感じるんですね。
 
金光:  懐の中に、猫が二匹いるんですね。二匹とも懐に入っている。
 
上田:  懐の中に猫が入っている。
 
金光:  随分安心しきっている感じですね。
 
別宮:  そうですね。
 
金光:  猫がお好きだったんですね。
 
上田:  猫が大拙先生を好きだったんでしょう。
 
別宮:  「特別そうじゃないぞ」とおっしゃるんですが、生き物は何でも面白いと言っておられました。ゴキブリ以外は。(笑い)
 
金光:  ゴキブリはダメなんですか。
 
別宮:  いや、嫌いというより、不都合なんですね。ご自分の本の糊をなめることだけが具合が悪いんです。ですから、生き物、私も猫と一緒と思っておられたのかも。(笑い)
 
上田:  むしろ、猫の方から大拙先生をほんとに好きだったし、安心したんじゃないでしょうか。
 
別宮:  安心出来るところは私もよくわかります。
 
金光:  こわい人じゃないんですか。
 
別宮:  私はこわくはなかったんです。厚かましいからでしょうか。「こわい」という人もいますけれども。
 
上田:  さっきの話もそうですが、一つ質問を受けて、「大切なのは人の心を知ることじゃない。自分の心を知ることだ」と。そういう時に出てくる智慧の働きですね。実に鋭い。しかも、それは単に智慧の働きではなくて、それによって、ほんとに相手に真実を知らせるわけですから、大きな意味では慈悲の働きでもありますね。怖いという話ですと、先生が途中で日本に帰って見えた時、学習院で先生が教えた人たちが先生を迎えて、一晩一緒に過ごされたことがあるんですね。その時に、ある人が先生に、「アメリカで禅の話などして分かるんですか」と、先生に聞いたんです。その時は間髪を入れず、「君たちは分かるかね」と。先生は「こわい人」ではないですが、機に応じた働き、これは「こわい」どころではなく実に鋭いですね。
 
金光:  それはそうですね。
 
上田:  これも本当に智慧の働きだし、それは怖いと言えば怖いんだけども、そのことによって、本当のことを先生は言っておられる。それが本当だということがみんなに分かるわけです。先生は、アメリカで、日本人とか、東洋人だけにしか分からない話をされたわけじゃないんですよ。さっき岡村(別宮)さんがおっしゃったように、人間であれば誰でも、ただその人たちが気が付いていないところ、そこを「それだ」と。
 
金光:  そこのところなんでしょうね。例えば、フロムさん(Erich Fromm:社会思想家、精神分析家:一九○○ー一九八○)が、ヘリゲル(Eugen Herrigel:ドイツの哲学者で東北大学で教えていた。滞日中、弓道を学ぶ。:一八八四ー一九五五)さんの『弓と禅』(原文ドイツ語、一九四五年)を読んで、「弓のような武器がなんで禅と関係があるのか」ということで、非常に興奮して先生に質問したら、先生は、
 
別宮:  「そういうふうに思っているあなたは誰ですか」。興奮して「弓と禅とが、どうして交わっているのか」と質問するフロムさんに対して、「それを言っているあなたはどなたですか」とおっしゃったんです。
 
金光:  そこで、「聞いている人の自分自身の問題に気付きなさい」という形でのお答えを出していらっしゃるわけですね。そういう厳しい時もあれば、それからよくあれだけ有名になられると、今日も写真を持って来て頂いておりますが、揮毫を頼まれるわけでしょう。
 
上田:  日本に帰られてから、
 
別宮:  書かされておられるという感じでしたね。「わしの字を貰ってどうなるんだ」とおっしゃるんです。「先生、有り難いんです」と言うと、「そんな筈はないんだがなあ。下手な字が」とおっしゃりながら応じておられたんです。
 
金光:  向こうに掛かっているひらがなの文ですね。あれはどういう経緯で、
 
別宮:  たくさんお書きになった後、紙が残りまして、「美穂子さん、なにか書くか」と言って下さったんです。私、面白半分と言っちゃあなんですけれども、「先生がいつもおっしゃっている、うんとこどっこいしょ≠書いて下さい」。
 
金光:  「うんとこどっこいしょ」というのは、
 
別宮:  しょっちゅう、言っていらっしゃった。椅子から立ち上が る時もそうですし、なんか重いものを持つ時にもそうでした。
 
金光:  ご本人は無意識で、
 
別宮:  アメリカに居ても、ヨーロッパに居ても、立ち上がるとき、「うんとこどっこいしょ」とおっしゃるんで、私はそういう先生がとても好きだったもので。
 
金光:  普通、二人でお話なさる時は英語でしょう。
 
別宮:  そうです。
 
金光:  でも、「うんとこどっこいしょ」は日本語で。
 
上田:  それだから面白いと思うんです。それだけが大拙先生の原日本語とでもいうような、そして、しかも立つでしょう。大地から立つ時の力、それはやっぱりそれこそ原日本語の「うんとこどっこいしょ」。後は英語ですよね。
 
金光:  もう一つは何でしたかね。
 
別宮:  よく先生に相談事を持ってこられる方がいらっしゃいますでしょう。そうすると、先生は長い間話を「なぁ、なぁ、なぁ」と聞いておられまして、それから「まぁ、それはそれとして」とおっしゃるんです。面白い言葉だなあと、私はしばしば聞いていて思いました。これは、切り替えるのに面白い言葉だなあと思っていたものですから、「先生、それも書いて下さい」とお願いしたのです。先生もまた、面白いと思って下さったようです。
 
金光:  でも、面白いですね。「それはそれとして」というのは、
 
上田:  そして、特に岡村(別宮)さんがその言葉に耳を留めたということは面白いところなんですね。ずうっとお二人が英語の世界でしょう。日本語で大拙先生が他の方と話をしておられる。そして、今のような状況で、「それはそれとして」と。そうすると、そこでどういうのか、パッと場面が変わる、というか、
 
別宮:  それで、私の場合、よくこれを英語にしたら、どういう言葉があるだろうというのがあるんですね。
 
金光:  これはしかし、「分別」とか、「無分別」とかという、それに関連しますね。
 
別宮:  そうですね。
 
上田:  一旦、そこをパッと離れて、そして、他のことのようだけれども、大きく言えば、また、そこに繋がってくるんですね。ですから、全体の動きが、ただ分別の世界をずうっといくんじゃなくて、パンと離れて無分別の、そして、また、元の問題にかえって、「無分別の分別」と。そういう感じで、これはとっても面白い。そして、それを面白いなあ、と思われた岡村(別宮)さんも私は面白いと思うんです。それでおかしいことがあるんですが、さっき「うんとこどっこいしょ」という、あれですが、岡村さんを非常によく知っておられる方の話です。日本で、岡村さんがまだ今よりずうっと若い時ですが、立ち上がる時に岡村さん自身が、「うんとこどっこいしょ」と言いながら、立ち上がったというんですよ。
 
金光:  あ、そうですか。
 
上田:  それが面白い。
 
金光:  いつの間にか染(うつ)った。
 
別宮:  染っているんですよね。
 
上田:  原日本語がね。「それはそれとして」というのは考えてみれば、それはただそういう言葉だけじゃなくて、一番最初の、あの時の出会いもそうだし、あなたの悩みを聞かれて、
 
別宮:  もっと大きな絶対な視野から見ると、この分別はまた違う意味をもってくるというのが、きっとあるんですね。
 
上田:  別の意味をもってくるという、
 
金光:  今までの不平とか、異論はいろいろあっても、「それはそれとして」、これは仏の手、
 
上田:  そこに別の光がさしてくる。しかも、別だということが相手にわからなければいけないんですね。つまり、もう少し広いところから「それはそれとして」とパッと・・・。
 
金光:  英語で話されるということによって、分かるということと、今のような動作とか、いろんな具体的な手とか、或いは、ゲンコツにしてつき出すとか、そういう具体的なことでも伝えていらっしゃる。そこに非常に大きな影響を与えた原因があるということなんでしょうね。
 
上田:  その具体的な方が主だと思います。それは学んで出来ることじゃないんです。
 
金光:  そうですね。亡くなられて三十年以上も経つわけでございますけれども、これからの世界にとっても、ますます大事なことをちゃんと遺して下さったということになると思うんです。
 
別宮:  そうですね。東洋が貢献出来るのはこういうところにあるんだということを大いに言われた人だと思います。
 
金光:  どうも有り難うございました。
 
 
     これは、平成十二年六月二十五日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。