人間をみつめて
 
                       さわやか福祉財団理事長 堀 田   力(ほった つとむ)
                       き き て       金 光  寿 郎
 
ナレーター: 東京・港区の芝公園、東京タワーにほど近いビルの一室に、ボランティア活動 を広める目的で作られた団体があります。「さわやか福祉財団」はボランティアをやってみたいと思っている人に、研修を行ったり、ボランティア組織を創りたいと思っている人に、必要な情報やノウハウを提供しています。財団の設立者で理事長の堀田力さんは、以前は、「カミソリ堀田」と呼ばれた辣腕(らつわん)の検事でした。日本中を騒がせたロッキード事件、首相の犯罪を立証して、田中元首相逮捕への道を開いたのは、アメリカの関係者への嘱託尋問でした。当時、証言を取りに、アメリカに派遣された検事の一人が堀田力さんでした。粘り強い交渉で、前例のない尋問を実現させ、貴重な証言を日本へ持ち帰ったのです。その後も検事の仕事を続け、法務大臣官房長までになった堀田さんが、突然辞任をしたのが、今から九年前です。定年まで時間を残しての辞任は、周囲を驚かせました。堀田さんが身を投じたのはボランティアの世界でした。高齢者の暮らしを、地域のボランティアが支え、互いに助け合う社会を作りたい。そんな志を掲げての決心でした。今は老若男女(ろうにゃくなんにょ)、さまざまな人々の力を集めて、ボランティア活動を推進する財団を運営しています。検事からボランティアへ、その道のりの中で、多くの人間のあり方を見つめ続けてきた堀田さん、その経験とその今後目指すことについて伺います。
 

 
金光:  堀田さんの名前を伺うと、検事をなさっていた方が、今は社会福祉のお仕事をなさっているというんで、その辞められた頃のインタビューの記事なんか見ますと、「鬼から福へ」とか、そういうようなことが、随分出ていたようでございますが、ご自分の気持の中には、検事時代から、やっぱり福祉のことをお考えになっていらっしゃったんでしょうか。
 
堀田:  そうです。もう四十代の初めの頃には、いずれ検事を辞める時が来ますから、その時が来たら、福祉というより、ボランティア活動を広めることによって、温かい助け合いのある社会になるのに、少しでもお役に立てば、という気持があったですね。
 
金光:  ただ、一般に検事さんというと、いわば、悪いことをした人を相手になさるお仕事ではなかろうかと思うんです。そういうお仕事をなさった方が、今度は、日本では社会福祉、ボランティアというと、割にお年寄りの方とか、そういう方を相手になさるわけですね。
 
堀田:  はい。
 
金光:  相手になさる方の違いとか、その辺はあまり気にならなかったものですか。
 
堀田:  ええ。私は検事時代から、「仏の堀田」と言っていましたが(笑い)、人は誰だってちょっとした心の油断とか、ちょっと道を踏み外したりして、犯罪者になる可能性があります。でも、そこのところをきちんと自分で精算して、「よし、これから立ち直っていこう」というふうに思って頂ければ、どんなに酷い罪を犯した人だって、綺麗な心になられますから、別に凄く世界が違うということを感じたことは全くないんですよ。
 
金光:  ただ、普通、新しい仕事に就かれる時は、なんかそれなりの準備と言いますか、データを集めたり、材料をどうすればいいか、みたいなことを、お考えにならないと、いきなり、「じゃ、福祉をやろう」というわけにはいかないじゃないかと思いますが、その辺はどうだったんですか。
 
堀田:  「福祉」と言っても、「助け合いの温かい社会にしたい」ということですから、これは全然専門的知識は要らないんですよ。誰だって、普通の人間として、もともと人の役に立ちたいという気持もあるし、人を虐(いじ)めるよりは、喜んでもらった方が嬉しい。それが効率一本、出世一本みたいな社会になって、冷たくなっているだけの話ですから。自然に人の気持が出るような、そういう形の働きをしよう、という思いですから、むしろ、専門家になったらおかしいんですよ。
 
金光:  ああ、そうですか。ただ、なんかきっかけと言いますか、思い切った決心みたいなことではなくて、進められたわけですか。
 
堀田:  四十代初めぐらいから、そう思っておりました。それはアメリカで、その頃、外務省から出向して三年半ほど、家族と共に生活をしました。
 
金光:  アメリカにいらっしゃったのは、それは初めてですか。
 
堀田:  アメリカには、それまで何度か行っていましたが、家族と生活したのは初めてですね。子どもたちが、随分、ボランティアの世話になりました。温かい社会だなあと思いましたね。だから、日本も、「競争が凄くて、経済発展は凄い」と言いますけど、そこがむしろ、かえって冷たくなっているというのは困る。やっぱりみんな幸せになるには、そういうボランティア活動を広めることによって─「新しいふれ合い社会」と、我々は言っていますけれどもそういう社会にしたいという気持がずうっとありましたから、気持の方はむしろ固まっていたんですよ。
 
金光:  そうですか。
 
堀田:  ただ、いつ、そういう活動に飛び込むか、というのは、おっしゃる通り、検事として、私も先輩たちに育ててもらっています。いろいろと教えてもらい、そして、責任あるポストに就けるように、いろんな面で育ててきて貰っている。それを定年まで、六年か、七年ほどあって、自分はだんだん歳を取ってきます。早くこちらに飛び込んでやらないと、体力がなくなる。それよりなによりも、飛び込んだのが一九九一年ですが、その頃に、大分ボランティアしよう、という気持が日本人に出てきて、この時期に飛び込まないと、タイミングを失う。そういうタイミングの問題がありました。それから、私自身がやっぱり役所ですから、残っておりますと、上の方にあがってきますので、そうすると、私はもともと現場で汚職を摘発したい、という思いで、検事になっておりますものですから、ますます現場から遠ざかっていく。
 
金光:  判子つく方に、
 
堀田:  そればっかりですね。ですから、やっぱり自分自身が、検事をやっていても寂しい。そんないろんな要素があって、それで定年より前に、というふうに、自分で決心したんです。ただ、一つ、飛び込む時にお世話になった先輩や上司に申し訳ないという気持が非常にあって、そこが辛かったですね。後は、別に全然心配はなかった。
 
金光:  そうですか。そもそも堀田さんが、なんで検事という職を選ばれたのか。これは余程、「よし、俺は、こういう仕事をやるんだ」という決心を、入られる前から、当然もっていらっしゃったわけですね。
 
堀田:  そうです。
 
金光:  いつ頃、どういう形でお持ちになったんですか。
 
堀田:  法律家になりたいというのは、法学部に入った時からの思いです。世間のことをいろいろ勉強したい。それには、そういう社会の実際に関わる仕事の方がやり甲斐があると感じたからです。検事になりたいと思ったのは、大学の四年の時ですね。司法試験を受ける頃、勉強している時なんですけれど、ちょうど、私は京都の大学なんですが、大阪地検特捜部というのがあってこれは当時は、東京と大阪しか特捜部はなかったんです。今は名古屋にもありますがその大阪地検特捜部が大阪府の府会議員たちを、順次、十数名捕まえたんですね。当時は、なかなかお風呂屋さんが開けないんですよ。家にお風呂がなくて、お風呂屋に行く貧しい時代ですから。で、お風呂屋さんを開きたいけど、なかなか認可がおりない。それで、その府会議員の人たちに賄賂を贈って、口利きをして貰って、認可を貰おう、と。そういう汚職事件があって、それをドンドン大阪地検特捜部が捕まえていった。その時、私は、「ああ、特捜部があるんだ」ということを初めて知りました。それに、府会議員というのは、みなさんから投票で支持されて、みんなの為に働かなければいけない。税金貰っている人たちですから、その人たちが業者の為に、みんなの利益に反して、行政を歪めるなんて、これはとんでもない。それはきちんと摘発して処罰しなければいけない。そういうことをやる特捜部検事っていいなあ、と。もうそれで、単純ですから一挙に、検事、特捜部、汚職事件をやりたい、と走っちゃったんですね。
 
金光:  やっぱり社会が正しく動いていっているのに、そういう一部の利益の為に、何かをやるということは、流れを阻害するし、社会がおかしくなると思われた。
 
堀田:  そうですね。
 
金光:  それを俺は糺(ただ)すんだという、そういう若い頃の熱気の良さみたいなものがあったわけですね。
 
堀田:  そうですね。しかも、みんなから支持を受けて、権力を与えられて、やっている人たちが、それを利用して、私腹を肥やす。とんでもないじゃないですか。
 
金光:  ただ、その前にも、堀田さんは、高校時代ですか、中学時代ですか、先生らしい行為をしないと、「ああいう先生、けしからん」ということで、一種の排斥運動か、吊し上げか、なさったとか、というふうに聞いておりますが、その辺はどうだったんですか。
 
堀田:  「吊し上げ」と言いますか、中学時代ですね。
 
金光:  中学時代ですか。
 
堀田:  戦後の時代ですから、ほんとに戦争から帰って来た代用教員なんて、もう生徒をドンドンぶん殴る。それから授業でも間違ったことを教える。中には、授業に出て来ない。随分ひどい先生方が多かったものです。特に、ぶん殴るって、怪しからんじゃないですか。生徒の方が悪ければ、しょうがないんだけれども、口で注意すれば済むようなことを、すぐぶん殴るんですよ。それで、「今度、ぶん殴ったらストライキをやる」と宣言したんです。そうしたら、すぐぶん殴ったから、クラスの全員で、授業のストライキをやったんです。教室を出て、「謝って、今後ぶん殴らない、と言ってくれない限り、授業を受けない」と。校長先生が謝りに来られまして、それで、「絶対にぶん殴らせない」という約束して下さいましたから、ストライキを解いたんです。
 
金光:  そこで、「とてもこれは許せない」と言いますか、これは、「社会の為にけしからん」という義憤があったわけですね。
 
堀田:  「社会の為」というより、クラスメートがほんとに滅茶苦茶ぶん殴られるんですよ。何度も、「止めて下さい」と抗議をしているんです。でも、止めないから、最後の手段に出たんです。
 
金光:  それで、そういう「社会の不正」と言いますか、そういうのには、非常に敏感に、しかも、それを行動に移すというような姿勢で、検事さんになられました。それで、検事になられて、一番最初はどういう事件を扱われたか覚えていますか。特に、覚えていらっしゃいませんか。
 
堀田:  ほんとに一番最初に扱った事件は何だったろうか。当時は忙しいですから、もう何十件も平行して扱いました。
 
金光:  そうですか。
 
堀田:  ちょっとボヤボヤしていると、二百件や三百件かかえてしまう。
 
金光:  そんなにあるものですか。
 
堀田:  今はそんなにやっていません。当時は、もう足りない数でやっておりましたから、ほんとにいろんな事件をやったんです。
 
金光:  そうですか。そういう中で、最初の頃の被疑者と言いますか、容疑者の人たちというと、どういう事件の人が多かったんですか。
 
堀田:  やっぱり検事一年生ですから、訓練ということで、窃盗、泥棒です。それから、無銭飲食、詐欺、スリとかですね。
 
金光:  ごくごく普通にある、
 
堀田:  犯罪ですよね。
 
金光:  そうですか。
 
堀田:  普通、副検事さん方が、そういった事件を扱って下さっていることが多いんですけど、もう新任検事で、訓練ですから、その辺から始まるわけです。
 
金光:  こういっちゃ失礼ですけども、大学を出たてで、司法試験を通って、新任検事さんだと、失礼ながら、頭の中では漠然と考えても、そんなに世の中のことは、実際にはご存じないと思うんですが。
 
堀田:  それはそうですね。
 
金光:  やっぱり強(したた)かな被疑者と言いますか、「やられた」というような場合も、なくはなかったでしょう。
 
堀田:  いやいや、もうやられるばっかりですよ。それは、みなさん強(したた)かで、人生の大先輩ですよ。犯罪の世界の常習犯ですから。
 
金光:  常習の人たちも、
 
堀田:  しょっちゅう騙されたりってありましたけどね。自分のお金とられたこともありますものね。しかも、詐欺師に。
 
金光:  その詐欺にきている、
 
堀田:  そうですよ。
 
金光:  それはどういうことなんですか。
 
堀田:  無銭飲食の常習犯で、無銭飲食自体は認めているんですが、「今度は、自分は事情が違うんだ」と。私は、札幌地検が振り出しですけどね。「郷里の釧路の方へ帰って、立ち直る。結婚することにもなっている」という。釧路の地元に調べて貰ったら、「まあ、言っていることは間違ってはいない。雇い主もおられるし、結婚することになっているよ」という話でした。それで、私は、常習なんですけれど、「今度は事情が違うから」と、上司に言って、「そんなもの、君騙されているよ」と、随分上司から言われたんですが、「今度一遍だけ、私に賭けさせて下さい」と言って頼んだわけです。それで上司が、「許して、釈放していいよ」と言ったんです。許すことにして、刑務所から現れたその男が、「いや、これから釧路に帰って真面目にやるのだが、しかし、一銭もないから、帰りの汽車賃貸してくれ」というわけですね。「汽車賃貸してくれって」そんな場合に貸す「更生保護会」という組織があるんですけど「そこへ行って、借りなさい」と、言ったんです。「いや、実は前にもそこへ行って借りたことがあって、実はまだ返せていないんで、あそこへ行きにくい」というわけですよ。これはおかしいなあ、と思ったんですが、上司をやっと説得して、釈放することになった。それはどうにもならんじゃないですか。それで、私はもうなけなしの安い月給ですよ、新任検事ですから。帰りの汽車賃を渡したのです。それで、「帰って、必ず働いて、いつまでに返しますから」と、本当に涙を流して帰って行ったんです。三十代ぐらいの男性でしたが、勿論音沙汰ないわけですよ。何ヶ月たっても、音沙汰ない。それで、私も、また人を騙して、同じことをやっていてはいけないので、地元の警察に照会して調べて貰ったら、死んじゃっていたんですよね。
 
金光:  ああ、そうですか。それは、しかし、また忘れがたい一人の人物ではありますね。
 
堀田:  綺麗に騙されていますからね。詐欺師に自分のお金を、詐欺で調べている検事が、
 
金光:  怪しい、と思っていらっしゃっても、結果的に。
 
堀田:  上手ですね。
 
金光:  成る程。そういう時は、ウソ泣きじゃなくて、ほんとに涙を流しているわけですか。
 
堀田:  それはもう詐欺の上手な人は、ほんとにその時は、その気になっているんですよ。
 
金光:  芝居でなくて、
 
堀田:  芝居でなくて、本気でそうなっているんですね。
 
金光:  それと、そういう詐欺とか、そういう人の場合は、あり来たり、と言うか、最初から認めるみたいなことがあるにしましても、汚職とか、そういう人は、これは、「私は誰々からいくら貰いました」なんて、そう簡単に言わないわけですね。
 
堀田:  それはそうです。汚職事件とか、社会的な地位のある人たちがやる犯罪ですからね。大体、前科とか、そういうものはありません。家族から尊敬されている、そういった人たちですから。そこで自白したら、もう自分の人生はそれでお終いです。今まで生きていた社会的地位も、
 
金光:  経歴はもうそこでお終いになる。
 
堀田:  もうこれは完全にそこでお終いです。家族からも尊敬して貰えない。本当に自殺するよりも辛いぐらいの思いなんですね。自白する、ということは。「こうだったんじゃないですか」。「はい」なんてインタビューみたいにはとてもいきませんよ。
 
金光:  でも、証拠を突き付けたり、或いは、説得したり、いろんな方法をお取りになるんでしょうけども、いろんな方をこう扱って、ご覧になって、どういう時に、相手の方が自白の、本当のことを言おう、と思うようになるんですか。どういうケースが多いんですか。さまざまでしょうけども。
 
堀田:  「どういう時」というのが言えれば、マニュアルが出来ますが、まったくマニュアルがないですよ。どういうふうにして、本当のことを引き出すか。人によって全部違うし、調べる検事によっても違いますから。本当に職人芸と一緒で、自分で苦労して、苦労して、苦労して、失敗して、だんだん覚えていくんです。私どもは、纏めて、「心の琴線」琴の線ですね。「ビーンとはじくと、ビーンと響く音 がする。人は誰でも、どこにあるか分からないけれども、そういう響くものをもっている。そこをはじけば、本人は本当のことを言う」と。先輩が教えてくれたんですが、だけど、「琴線」と言ったって、どこにあるか。まったくわからんことですよ。ですから、本当に人によって違いますね。
 
金光:  これは、「こういうタイプの人ですから、どうすればいいのか、教えて下さい」なんて、先輩から教わることは出来ないわけですね。教えようがないわけだから。
 
堀田:  先輩も、その日、被疑者の人と会って、琴線を探っていくわけですね。口で報告したって、「ああ、そこをこうやってみろ」なんて、そんな簡単には答えは出てこないんですね。
 
金光:  でも、尋問というか、話し合う、向き合い方みたいなものが、だんだん身に付いて来られる。結果的に、自白されますね。その自白の心境というのは、自白する人の共通点みたいなものが出て来ますか。そろそろこの人は、もう自白しそうだなあ、というのはあるんですか。
 
堀田:  それは分かりますね。それはほんとに、滝に身を投ずるぐらいの凄い決心ですから、そこへいくまでに、本人が悩んだり、歪んだり。被疑者は房に入っているんです。留置場とか、拘置所とかに入っているんです。自分の入っている房から、監視の人が呼び出しに行っても出て来なくなる。中には、素っ裸になって出て来ない。そういう状態になると、かなりこちらが心理的に追い込んでいるわけですよ。それまで調べに応じていたのが応じない。そういう状況の時もあります。それはもう顔付きも変わってきます。最初はもう反抗的ですよ。
 
金光:  それはそうでしょう。
 
堀田:  言うことを聞きません。人をバカにしたり、精一杯の虚勢ですよね。それがだんだん虚勢がなくなってきて、静かになってくる人もあるし、理詰めでくる人もある。逃げる人もいる。これはだんだん自白する心境に近づいてきたかなあ、ということは、やっぱり分かりますね。
 
金光:  そうですか。
 
堀田:  私の場合は、どっちかと言うと、じっくりと、まあ心理的に、自白する方向に追い詰めていく。そして、本人がやっぱり本当のことを言って、立ち直ろう、という気持になっていってくれるという、そういうやり方でしたですね。やっぱり夜ですね。陽の高いうちは元気ですよ。「そんなこと検事に言ってやるか」なんて、身構えています。やっぱり陽が落ちて、家族のことを思ったり、子どものことを思ったり、しんみりした気持になってくれた時の方が、ずうっと、言葉が相手の心に通じ易いですね。もう黙って、顔を見ているだけでも、本当に腹を決めて言ってくれる時もありますし、わざと呼び出さずに、「ここ二日ほど暫く静かにさせてみよう」なんて、作戦もありますね。こちらは、トータルで、二十日しか取り調べる時間がないものですから、
 
金光:  時間が決まっているわけですか。
 
堀田:  原則十日で、裁判所に延ばして貰っても、二十日ですから。二日も調べないというのは心配なんですが、それは、むしろいつも顔を合わして、「どうだ、こうだ、ああだ」というよりも、その方が効く場合がありますね。
 
金光:  成る程。
 
堀田:  時間は凄く損するようだけれども、そういう作戦の時もあります。それはいろいろありますね。
 
金光:  相手の人が自白しますね。そうする、その前と後というのは、人間というのは、変わるものですか。
 
堀田:  それはまるっきり別人でしょうね。
 
金光:  そんなにスッキリと。
 
堀田:  それはウソをついている人と、本当のことを言おうとする人間とでは違いますよ。
 
金光:  姿、形は同じでも、
 
堀田:  顔付きが全然違いますよ。態度もね。
 
金光:  普通、スラスラと言うものですか。スラスラと、「私は申し上げます」という形で、「こうこうでございます」みたいな形で、白状なさるんですか、自白は。
 
堀田:  それは非常に凄い葛藤があって、それで本当のことをいう時には、「言います」 と。私の場合は、泣く人も結構多かったですね。男性が泣くというのかなあ、「号泣」という言葉がありますね。そういう泣き方ですね。いっぱい柵(しがらみ)があって、言えなかったわけですよ。子どもの為にも言えない。妻の為には言えない。自分の社会的地位を保つために言えない。いっぱい柵がある。それは自分の人生でこれまでに作り上げたものを全部ぶっ壊すということですからね。それで、かつての本人にとっては怖ろしいと思うんですね。大変な決心ですよ。本当に自分が根本から立ち直る為に、本当に心が空(から)になる。
 
金光:  全部出てしまうみたいな感じですか。
 
堀田:  そうですね。
 
金光:  そうやって、心から号泣しながら、それが終わって、自白されると、さっきおっしゃったように、顔付きもパッと爽やかになる。
 
堀田:  そうですね。綺麗な顔になられます。ただ、問題は、言う気になっても、殆ど覚えていないんですよ。それまで、隠そう、隠そうとしていますからね。だから、忘れてしまっているじゃないですか。だから、一番最初に自白した時に、「じゃ、賄賂のお金は幾らだったか、どこであったか」そんなことを間違うんですよ。
 
金光:  ああ、成る程。
 
堀田:  よく裁判なんかで、「最初に自白したこの自白は、怪しい。そんな根本的なこと を、最初の時に間違っている。だから、信用出来ない」というような裁判があるんです。それは裁判官が分からないからですね。それまで隠すことばっかりでしたから。「私がやりました」ということは、一大決心ですよ。それで、彼はもう滝の中に飛び込んで、そこで、「いつやった。どんなことをやった」と、そんな詳しいことを聞いても、「そんなことは、私がやったと言っているんだから、どうでもいいじゃないか」と。思い出す気もしない。その時は、心が空(から)になっているんですね。「いや、一千万位でしたかね」とか思い付きで言う。貰った賄賂が幾つかあると、結構間違いが多いんですよ、最初の自白の時は。
 
金光:  「いつ、幾ら」なんて、それは書かないですからね。
 
堀田:  それは、「忘れよう、忘れよう」としていますかね。だから、「自白しました」と報告しても、「全然違うじゃないか」ということがあるんですね。ゆっくり思い出して貰うと、本当のことを思い出すんですがね。
 
金光:  でも、二十日間という期限が、限られているとしますと、そうやって新しく、今までの人生とは、違った道に踏み出そうという人と、そのままで、なんとかかんとか逃げてしまう人も、中にはいるわけですね。
 
堀田:  それはまあいろんな人がいますから。私も、結局、二十日間というか、逮捕した時から、二十二日間取り組んだけども、最後まで一言も口を開かなかった政治家の秘書の人もいます。
 
金光:  成る程。でも、そうやって、そういうふうに新しい人生をスタートしようと思われるような方を、何人もご覧になっていらっしゃると、その人を客観的に見て、その人の一生にとっては、やっぱり、「自白した方が意味があった」と言いますか、新しい人生に、今までとは違ったにしても、「良かったなあ」と思われるでしょうね。
 
堀田:  それは、その後綺麗な人生だから、心に曇りのない人生を送っておられると思いますね。ですから、結構、手紙を貰ったりしていますよ。あれだけ本人を追い詰めて、本当に本人にとって、それまでの人生を全部捨てるような一番酷い目に遭わしたわけじゃないですか。勿論、そういう罪があるからではありますけどね。だから、その検事なんて一番怨まれる。
 
金光:  常識から言うと、怨まれても当然、
 
堀田:  怨まれて当然ですけどね。それが、やっぱり自白して、罪を、刑に処せられるわけですから、「ああ、彼は怨んでいるだろうなあ。辛い人生を送ったんだろうなあ」と、思っても、そういう人から、結構、「元気にやっております」と、はがきが来たり、手紙が来たり、中には、「ここにこんな犯罪がありますから」なんていう情報をくれたりします。そういう方については嬉しいですね。
 
金光:  求刑の為の刑を決めるんじゃなくて、「立ち直るか、どうか」というのが、かなり大きな認知力をもっているんですか。
 
堀田:  そうですね。
 
金光:  堀田さんの場合は、「一人の人間として、これはどういうふうに、ここから立ち直っていくか」というようなところを、底の方で、思いながら、調べていらっしゃるわけですか。
 
堀田:  まあ、そうですね。キチッと犯罪の意味を、自分で分かって、被害者のことに思いをよせるようにになっていく。少年の場合は、なかなかそこが大変ですよ。「被害者が悪いんだ」という。「どこが悪い」と言ったら、「こっちが棒を持って誰かを殴ってやろうと思っているところへ歩いて来た。その相手が悪いんだ」という。
 
金光:  そう来ますか。
 
堀田:  そう思っていますよ。そう思っているのが多いですね。ですから、そういう子どもたちには、まず、「相手が生命をもっている」ということから、分からせていかなければいけない。手間がかかりますけども。その代わり、それが分かると、パッと良くなりますね。とんでもない犯罪をして、とんでもない生意気な態度をとって、どうにもならないぞ、と思っているのが、何ヶ月かして、そこが分かると、ほんとに見違えるぐらいに良くなりますね。少年の特徴ですね。
 
金光:  でも、そうやっている間に、やっぱり人間というのは、いろんな人間がいるものだということを、嫌でもおうでも教えられますね。
 
堀田:  それは性格や対応ぶりは、全部人によって違います。でも、一番底には綺麗な気持をもっておられます。それを、私は検事をやりながら、確信するようになりました。
 
金光:  ああ、そうですか。
 
堀田:  はい。
 
金光:  そういう犯罪を犯した、或いは、犯したかも知れない人を、相手に、それこそ何十年も過ごしていらっしゃった。その後、決心されて、ボランティア活動の方に転身されたわけですが、まあ、それまで頭の中で、ボランティア活動を、どういうことをしようかなあと、ある程度、思っていらっしゃったにしても、いざ、具体的に、どうやろうか、という、その第一歩は、どういうふうに踏み出されたんですか。
 
堀田:  私の最初の動機は、ボランティア活動そのものじゃなくて、「新しいふれ合い社会に」と言っておりますけれど、「個性やプライバシーを尊重したうえで助け合う、そういう日本の社会にしていきたい」という思いですから、それにボランティア活動というものは、一番端的に役立ちますね。そういう意味で、「環境を綺麗にする」とか、そんなボランティア活動じゃなくて、「人間同士助け合う」そういったボランティア活動です。それはいろいろな助け合いの仕方があるんですね。やっぱり日本の今を思うと、一番高齢者、高齢化がどんどん進んで、高齢者の方々を支える仕組みが出来上がっていない。これは新しく創っていかなければいけない。それは一番やり甲斐がありますから、そこから取り組もうということです。「高齢者の方々を中心にした助け合いのボランティア活動、これを広めていこう」と。広めるにはどうすればいいか。一つは、全国でそういう活動をする団体のリーダーたちにたくさん出て貰って、研修したりして、やって貰う。それが基本です。それを、これには働いている人たちとか、学生生徒さんも、どんどん参加して欲しい。単に、定年退職した方々と、専業主婦の方々だけでやるというんじゃなしに、みんながやらないと、ふれ合い社会になりません。その為には、企業とか、学校に働きかけて、そういう活動が出来るようなプログラムをいろいろ作って貰う。そういう働きかけをしようと思っています。
 
金光:  一個人として、最初にスタートした時、いきなりそれを全部、突然出来るわけじゃないでしょう。そこのスタートは、口コミで何かなさるとか、或いは、どっかの企業を回られるとか、その辺はどうなさったんですか。
 
堀田:  「こういう仕組みで、仕方で、新しいふれ合い社会を作るよ」というペーパーを作りました。そして、知っている方々に配って、ご理解を得る。と同時に、自分では、予想外だったんですが、マスコミの方々が、「まあ、変わっている。面白いなあ」ということで、取材して下さったんです。その時に、「私はこういうやり方で、こういうことをやりたいんだ」ということを申し上げました。そうしたら、「一緒にやろう」という方が、辞める前からもう既に来て下さった。
 
金光:  ああ、そうですか。
 
堀田:  ですから、そういう意味では、マスコミの力も知ったり、報道して貰ったのは、有り難かったですね。初めは恥ずかしかったんです。検事をしている時は、マスコミから逃げるばっかりでしたから。向こうが追っかけて来る。こっちは絶対に知らせない。敵ですよね。そういう感覚です。ただ、随分報道して貰って、これは有り難い、ということを実感しましたね。
 
金光:  そうやって、みなさんが知った人の中で、「じゃ、お手伝いしよう」という方が、直接堀田さんのところに連絡して来られたりする。
 
堀田:  そうですね、いろんなルートで来て頂いています。
 
金光:  面接と言いますか、お会いになって、「じゃ、こういう仕事」という形ですか。
 
堀田:  ええ、もうどんな方でも、「助けて下さる」ということは有り難いわけですから。それは、「給料は払いませんよ」と。或いは、若い方は生活がありますから、「今まで、あなたが働いていた給料の、これは何分の一にしかなりませんよ。それでもやって下さいますか」ということで、「やりましょう」とおっしゃって下されば、その方に合ったことをやって頂く。やることは山ほどありますから。こっちも、「これやって下さい」と、そんな贅沢は言わない。もうその方が、気持があれば、その方に一番合っていることをやって頂く。必ずメニューがあります。「じゃ、これで」ということで、たくさんの人たちが、「一緒にやりましょう」と言って下さった。例えば、企業を定年退職された、企業におられた時は秘書が付いたり、車がついたりした方や、或いは、大きな支店の支店長であったりという方々も来て下さって、「いいですよ、お金集めをやってあげましょう」、或いは、「会計見てあげましょう」なんてね。私はそういう活動を広める点については、法務省におりました時に、法律を作っていますから法律というのは一つの仕組みの作り方なんですね。いろんなところへ根回ししたりする。それで身に付けた、組織の作り方、ノウハウを活かして、このボランティアの組織作りをやっているんですけれども、会計を見るとか、お金集めなんていうのは、ボランティアでやってくれる人がいるなんて、全く信じられなかった。考えてもいなかった。特に、私は、金集めだけは困ったなあ、と思っていました。検事をずっとやって、汚職やって来て、「なんで、こんなお金を渡した」なんて、叱ってきていたわけですから。それをご寄付という。これはどうも苦手だぞと、悩みの種だったんです。それを、「私がやってあげましょう。いろいろそういう人脈もありますから」ということで、企業のOBの方で、結構地位の高かった方が、会社までテクテク歩いて、お金を集めてきて下さる。本当にこれは申し訳なくて、涙が出るぐらいですね。総会屋みたいな扱いされて、辛い思いして、帰って来ることも多いわけですからね。
 
金光:  そういうボランティアの活動というのは、それこそ企業なんかにいた場合は、経済活動ということで、ハッキリ報酬を貰うというか、利益を上げるというのがあるわけですが、ボランティアというのは、無償ですよね。報酬無しの活動が基本でございましょう。
 
堀田:  そうです。報酬は無しです。謝礼金というのはあります。相手の方も、世話になりっぱなしは嫌なんで、報酬を払うというと、雇う、雇われの関係で、嫌だけども、「やっぱり気持としてある程度のお金をいただきたい」と。ずうっと継続してお世話になる方なんか、むしろ、そういう方が多いですね。そういう場合には、謝礼金という仕組みもあります。「有償ボランティア」という妙な言い方になっていますが。でも、いずれにしても、それはお金が目的じゃない。有償であっても、完全に無償であっても、やっぱりボランティアの報酬は自分の心の満足なんですよ。自分の喜びなんです。
 
金光:  やっぱり一番の基本というのは、心が通じると言いますか、
 
堀田:  そうですね。
 
金光:  喜びというのは、そこにあるわけですか。
 
堀田:  そうなんです。勿論、お金儲けも、自分の生活の基礎を作る一つの力の現れですから、それも楽しいというか、それを目指す人はたくさんいます。経済の仕組みは、その人の人間の欲望をもとに、出来上がっていますけれども、そのお金と関係が無く、お金が目的で無くても、やっぱり人に役に立つのが嬉しいという。これは、人間の物的な欲望とは別に、そういう欲求というものが基本的に、私はあると思うんです。それはやっぱり人間というのは、生まれてきて、自分がここに存在している自分がいることが意味があると誰だって感じたい。自分の存在に、全く意味がないと感じたら、生きていけませんからね。ですから、自分が存在していることに意味を感じたい。その為には、自分のしていることによって、人が喜んでくれる。自分が人に役立っている。自分がいることによって、多くの人が、一人でもいいんですけれども、こんなに喜んでくれている。そう思うことが、自分が生きていることの実感の一番の基礎なんですね。
 
金光:  そうしますと、例えば、お金はもっていて、株でこんなに儲けたという喜びよりも、もっと直接的な、お金は絡まないけれども、端的な喜びは感ずることが出来る仕事ということになりますか、ボランティアの場合は。
 
堀田:  そうですね。人間の基本的な欲求と言いますか、それを直接満たすことが出来る活動ですね。重障害者の中学生の女の子のところへ、お手伝いに行ったボランティアさんの例ですが、彼女は学校にも行かない。「こんな酷い身体に生んで」と言って、親を怨んでいた。親の言うことも聞かない。そういう子だったんです。ところがちょっと絵筆を持たせてみたら、凄く綺麗な色で、絵を描いたらしいです。それで、ボランティアさんがビックリして、「あなたは素晴らしい絵描きじゃない」と褒めた。これで彼女は絵心に目覚めて、みんなビックリするわけです。「じゃ、絵を型に填めずに、教える先生をつけましょう」。付けてボランティアさんも一緒に描いていったら、彼女の方がどんどん上手くなって、ボランティアさんはあまり伸びない。やっぱりいろんな世間のすり込みがありますから。彼女にすれば、人から世話になるばっかりで、こんな身体で恥ずかしい。僻みばっかりだったのが、自分が普通の人よりも、絵が上手に描ける。それだけで、彼女は立ち直った。そして、ボランティアさんが郵便局にその絵を張り出して、展覧会をやってくれた。彼女が会場に行ってその様子を見ていると、全然知らない人が褒めていってくれる。自信をつけた。彼女は、「こんなに人が認めてくれるんだから、今のように学校に行かずに勉強しないのは恥ずかしい。やっぱりみんなと同じだけの知恵をもちたい」と思って、自分から進んで学校へ行くようになった。だから、どんどん勉強しますから、知恵が伸びますね。それから、こんな才能をもって生まれた。これは絵を描く楽しみを与えてくれた親を有り難い、と思うようになった。だから、それまで親に、「なんでこんな身体に生んだか」と言っていたのが、親に感謝しますから、言うことも良く聞くようになる。ボランティアさんには勿論です。この人が、自分といろいろ話してくれる。自分の気持ちを分かってくれる。それが、自分が生きていて良かった、という感覚に繋がります。そういう人と人との繋がり、話し合いはとっても大事ですね。
 
金光:  それで、そういう形で、九年前にスタートされましたね。それで、当時のお考えになったことは、現在ではかなり実現してきていますか。十年近く経っているわけですが。もっとこうしたいとか、こうして欲しいとか。
 
堀田:  欲を言えば、切りがないんですけれども。私の大まかな計画からいけば、経済的な厳しさにも関わらず、順調に、或いは、むしろ順調以上に進んでいると言えると思いますね。具体的には、二十年間で、ふれ合いのボランティア活動をする団体が全国に五千。参加する人たちが、千二百万人という、目標を立てていたんです。勿論、数はまだまだそこまでいっていません。今で、大まかには、もう半分以上進んでいますね。ですから、おそらく数年で、大体思い描いていた形になるのかなと思います。要するに、どこに住んでいても、ボランティア団体があって、助け合い、ふれあいの活動をしようと思えば、そこへ入れる。行政に頼むようなことではないし、家族は助けてくれないし、困ったなあ、という時に、そう言えば、あのボランティア団体に頼めば、やって貰えるからなあという、そういう状況ですね。どこに住んでおっても、全国どこにいても、そういうふうに身近に、ふれ合いボランティア活動がある状態にしたいんですね。
 
金光:  「ふれあい切符」とか、そういうこともお考えに入れていらっしゃる、と言われますが、この「ふれあい切符」というのは、どういうお考えなのか、ちょっとその辺のことを教えて頂けませんか。
 
堀田:  この「ふれあい切符」というのは、私どもの愛称です。固有名詞で言えば、「時間預託」という、時間を預けておく、ということです。ボランティア団体に登録して、例えば、一時間なら一時間、そういった援助活動をしますと、その一時間分を「ふれあい切符」としてそこへ預けて置く。そして、将来、自分なり、自分の家族が援助を必要とするような状態になった時には、その切符を使って、そのグループの方々のお世話を受ける。こういう助け合いを、一つの形にしたもので、助け合いを交換する。人の為に出来ることを登録して、それをどんどん交換して、助け合いを広げていこうという運動は、世界の先進諸国の各地で、自然発生的に出てまいりました。ですから、形はいろいろ違うんです。時期から言えば、一九九○年に入ってからです。一九八○年代はパラパラとあったという程度です。これが九十年代に入って、特に、ここ九十年の後半位に、急激に世界的にそういう動きが発展しています。引っくるめて、「地域通貨」という呼び方をしています。まあ地域でのお金ですね。それは我々の「ふれあい切符」よりも、もっと広いんです。我々の「ふれあい切符」は助け合いのサービスです。それはピアノを教えますとか、外国語を教えますとか、庭掃除しますとか、子守しますとか、自分のやれることを、全部登録しておく。そうすると、地域の中で登録表を見ると、「あ、今日は、家の修理したいけど、出来ない。じゃ、あの方にお願いしよう」と言って、それで、その切符を払ってやって貰うわけです。で、家の修理をして、この切符を稼いだ方は、ちょっと今晩映画を見に行くから、子守りを一時間、二時間頼もう、というふうにして、いろんなサービスを交換する。
 
金光:  そうすると、その方はボランティア社会福祉だけよりも、もっと広い意味での社会福祉になっているわけですね。
 
堀田:  そうです。温かい助け合いなんですよ。お金の仕組みというのは、効率ばかり求めて、効率が悪いと、労働者を切って落としていく。冷たいですね。もともとはお金というのは冷たいもの、
 
金光:  大体そうですね。
 
堀田:  そして、たくさん溜めたら、買い占めをやる。ヘッジファンドなんて、タイの国の経済ぶっ潰してしまった。働かないで、お金の力で、人を不幸にする。国の通貨というのは、効率のいい面もある。非常にプラスもあるけれど、マイナスもある。そのマイナスの分を全部そぎ落として、そして、助け合いの仕組みを活かそう。そういう地域通貨が、一九九○年代後半に一斉に出てきた。やっぱり冷戦が終わって、社会主義、共産主義というのは、もともと助け合いを考えていたが、実は、ダメだということが証明された。やっぱり資本主義を基本にした自由主義活動は、いい面は勿論いっぱいあるけれども、総て効率性のもつ冷たさがある。それから、お金をたくさん溜めることによる、お金の冷たい働き、投機。こういうものが出てくる。その悪い面を落とした通貨。それが「地域通貨」です。それを使って、温かい地域社会を復活しようと言うんです。これも私のふれあい社会を創ろうということに、直接プラスになる仕組みなんですね。ですから、私どもは、こちらの方をみなさんにいろいろお勧めしています。
 
金光:  堀田さんは、検事時代、それから福祉財団を創られて十年、長い間、そのいろんな人間を相手にしてこられたわけですが、まあ、誰でも人間は、自分がこうしたいと思うことが出来ると満足し、喜びます。それがうまくいかないと腹が立ったり、悲しんだりするわけですけども、そうやっていろんな人を見てこられた中で、人間の幸せというのは、どこにあるとお考えでしょうか。
 
堀田:  やっぱり基本的に、お腹が空いていては、どうにもならない。そういった生理的な欲求があります。これが満たされていない時というのは、絶対的に幸せとは言えないですね。
 
金光:  それは戦争中から戦後のことを考えると、
 
堀田:  そうです。お腹が空いている時は、食物が一番幸せなことですよね。でも、それだけですと、本当に動物のレベルです。まあ動物にも心があるでしょうが、人間は非常に複雑な優れた心、頭脳、知能、そういう精神的なものを授かっていますから、それは単なる食欲とか、お金持ちになるとか、大きな家に住むとか、そういう物質的な欲求じゃなくて、やっぱり自分が、こうやって生きて、とっても楽しい、幸せだった、と感じられること。それはもう音楽の好きな人は、素晴らしい演奏が出来た時、或いは、作曲が出来た時でしょう。カメラを撮る人はいい写真が出来た時が大満足でしょう。スポーツ選手だったら、思いっきりみんなの前で走れて、それが記録に表れたというのが、このうえない幸せでしょう。まあ、何を求めるか、というのは、勿論、人によって違うけれども、必ず人というのは、自分の特徴、個性をもっていますから、それがハッキリ満たされることが、その人にとって一番幸せな状態じゃないかなあと、私は思うんです。
 
金光:  戦後の日本、大体高度成長期以後は、一般には、「お金」、或いは、「豊かな生活」と言いますか、その辺が一番大切なものと、なんとなく思われてきているようでございますが、やっぱりそれだけじゃ十分でない。人間の自己実現では、ちょっと満足出来ない部分があるんではないか、という気もしますが、如何でございますか。
 
堀田:  やっぱり人間は、心、知能をもっていますから、それが満たされないと、私はやっぱり人間として幸せだ、と言えない、と思うんです。でも、戦後、物が無かった時代に育った人たちは、物さえ揃えれば、つまり、今の言葉で言えば、お金をたくさん持っていれば、その人が一番幸せな人だ。だから、幸せというのは、お金をたくさん貯めること、大きな家に住むこと、経済だと。まあ、こう思い込んでいる人が、結構いますね。私も、汚職事件やってきましたから、汚職事件をやる人というのは、お金を渡す方も、貰う方も、大体お金持ちなんですけど、特に、お金を渡す方の人は、大変お金持ちの人たちです。しかし、いろいろ見てきていますが、幸せとは思えないですね。それは、勿論、悪いことをして捕まったら、不幸せですけれども。それだけじゃなしに、お金をたくさん溜めて、そして、賄賂を送ったり、なんやかんやして、自分の権力を増やしてやっているんだけれど、幸せと思えない。どうして自白を取るかというと、日常生活やものの考え方などいろいろ調べますからね。凄く猜疑心が強い。人を信用しないんですね。それから、大体、人を心の中でバカにしています。そして、さらにもっと大きな権力が欲しいという、強い欲求をもっている。人を幸せにしようという考えがないから、寄付は全然しない。そういう人たちは周りに人が居たって心の交流がない。私は人間として、とっても心淋しい人たちだなあと思います。それはこの人がお金持ちだから、そうなってしまった、というか、お金に絶対の価値観を置いて、それから抜け出せない。だから、人間としてこんな淋しい生き方になっているのかなあ、と思います。お金が全然ないと、また不幸ですが、生活出来る程度にあって、人にいろいろ喜んでもらったりしながら暮らしている人の方が、よっぽど幸せだなあ、というふうに感じますね。
 
金光:  検事時代に、しょっちゅう会っていた人と、現在会っている人では、やっぱり表情なんかも違いますか。
 
堀田:  それはもう生き生きしていますよね。自分が人から必要とされているという思いほど、強い生きる力、喜びを呼び起こすものはないと思いますね。
 
金光:  生きている意味が、そこで感じられる。
 
堀田:  勿論、感じられます。毎日充実して生きていますから、顔色がいい。つやつやしている。目の光がある。言葉使いが優しい。すぐ感動する。人が好き。誰とも友だちになれる。そういった特徴をもっていますよ。ですから、私はよく講演をしますけれども、そういった方々の集まりというのは、登壇しただけで、会場がわあっと幸せが満ちている。力が満ちている。こういう感じですね。ところが、経営者の方々だけの集まりによく呼ばれるんですけれども幸せが感じられない。教育者ももう一つ幸せに感じられないですね。それから大企業のサラリーマンの方々も空気が冷たいですよ。
 
金光:  成る程。
 
堀田:  なかなか熱くなってこない。
 
金光:  やっぱり壇の上に上がると、そういうのが分かるんですか。
 
堀田:  もうすぐ分かります。もう目の光が違います。
 
金光:  お話を伺っていますと、「さわやか福祉財団」のお仕事というのは、これからの日本に大事なお仕事だ、と思いますので、どうかお身体にお気を付けて、いつまでもご活躍頂きたいと思います。どうも有り難うございました。
 
堀田:  どうも有り難うございました。
 
 
     これは、平成十二年十月八日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。