自分を見る 人間を見る
 
                            叡山(えいざん)学院院長 堀 沢  祖 門(そもん)
昭和四年新潟県に生まれ、京都大学に在学中に延暦寺の門を叩き、僧の修行を始めた。十二年籠山行などの難行のあとインドで三年間修行。比叡山行院長等を歴任。
                            き き て  金 光  寿 郎
 
金光:  今日は、「自分を見る 人間を見る」というようなテーマでお話をお聞かせ頂きたいんでございますが、堀沢さんは最近叡山学院の校長先生になられたそうですね。これはどういう学校でございますか。
 
堀沢:  学校は大変小さいんですけれど、理想が大きいと申しますか、何しろ伝教大師(でんぎょうだいし)(最澄の諡号:平安初期、日本天台宗の開祖。七六六ー八二二)ご自身の創立ということでございますので、千二百年位の学校の歴史があるという点で非常に特徴がございます。
金光:  そのままずうっと続いて現在まで、
 
堀沢:  はい。延暦(えんりゃく)二十五年に伝教大師が上奏しまして、桓武(かんむ)天皇から天台宗としての年分度者(ねんぶんどしゃ)を毎年二人頂きました。この頂いた年が延暦二十五年一月二十六日でございます。その日が叡山学院の創立記念日でございますので、年分度者の精神がそのまま繋がっている学校ということでございます。
金光:  そうすると、現在でも天台のお坊さんが学生さんとして勉強なさっているのですか。
 
堀沢:  はい。天台宗、全国で三千カ寺ございますが、その中の一部分がこの比叡の坂本の叡山学院にやってくるわけです。
 
金光:  普通の大学なんかと同じように、講義を聞いたり、試験があったりするわけですか。
 
堀沢:  そういうことですね。ただ、一般学はあまりしません。仏教関係のみに限定されますけどもね。
 
金光:  現在は何人位いらっしゃいますか。
 
堀沢:  現在はちょっと人数が少なくて六十人そこそこです。
 
金光:  じゃ、しっかりと勉強できるわけですね。
 
堀沢:  そういう家族的な雰囲気で、しかも、全寮制度でございますので、学生と先生方が一心同体になれるという点で、非常に珍しい学校だと思います。
 
金光:  私が堀沢さんにこの前お伺いした時は、比叡山行院(ぎょういん)の院長さんをなさっていらっしゃって、それで、その次にお電話した時には釈迦堂の輪番をなさっていて、ごく最近、叡山学院の校長先生をなさったということですけれども、実は、お忘れになさっていらっしゃるかも知れませんが、私は京都の放送局にいた頃、ちょうど四十年位前でございますが、「京都大学の学生さんが比叡山の山の上に上がって、それっきりお坊さんになった珍しい方がいらっしゃる」ということで、お会いしたのが、実は堀沢先生でいらっしゃったわけですが、
 
堀沢:  あの時、お会いしましたか。
 
金光:  それで、その時、「今、何をなさっていらっしゃるんですか」というと、「山に十二年籠もっていて、今は坐禅と同じようなことをしているんだ」というようなことをおっしゃったのが、非常に印象に残っているのでございます。そもそもなんでお山の上に上がって、お坊さんになろうと思われたんでしょうか。ちょっとその辺から聞かせて頂けませんでしょうか。
 
堀沢:  私は学生と言いましても、旧制高校の学生で、旧制高校生というのはいろいろ哲学的な問題で悩み、苦しむんですが、私もその例にもれず、そういう問題で非常に苦労しておりました。ところが、要領が悪いというのか、その問題を片付けきれないままに大学へ進みました。京大に入りましたけれども、殆ど学校へ行く気がないんですよ。大変親には申し訳ない話だけれども、あまり良くない学生だったと思うんです。ところが、四月に入りました。二ヶ月そこそこで、自分の誕生日が五月の終わりなんですけれども、誕生日になりまして、さすがにちょっと深刻な気持になりました。こんな調子で、ぐうたらな学生で、しかも、乏しい学費を両親が送ってくれておる。先のさっぱり見えない状態でいるということに、自ら非常に苦しみました。何とかならないものか、ということで、その晩は寝ることが出来ませんでした。六畳位の部屋ですけど、夜遅くまで机に凭(もた)れながら、鬱々(うつうつ)と考えていたわけです。十二時過ぎますと、もう思考能力も無くなりまして、頬杖ついて机を眺めていたんです。その時に、ひょっと「比叡山」という想念というんでしょうか、イメージが湧いてきたんですよ。これは、私はまったく自分でも驚いたんです。どうして比叡山か。特に、比叡山について関心をもっていたわけではございません。高野山と比叡山という程度の常識しかなかったんです。しかし、その比叡山という想念がしっかりと頭の中に広がってきましたね。それから、兎に角気持が和らいだんですよ。それで、これなら休めるなあと思った。疲れていましたからね。そのまま横になって眠ったんです。少し遅く目を覚ました、と思いますが、朝方起きた時に、「さて、昨日、妙なことを考えていたんだなあ」ということを覚えていまして、「そのことはいったい何なのか。自分の頭の中にまだハッキリ残っているかいないか。残っていなければもう問題にする必要なし」と。ずうっと頭の中を調べたら、ハッキリ残っているんですよ。これは比叡山にいかなあかんなあ、と。それで学校に行かないで、叡山電鉄の八瀬の方のケーブルカーで登りました。昭和二十五年ですから、観光客もいない時です。日本中は食べることで、兎に角、大変苦労しておったときなんです。たった一人で山に登りました。焼けました前の大講堂ですね。大講堂の薄暗い仏たちをまあ拝むということはありません、眺めながら、お堂を出てきた時に、何か惹かれた。このまま下りるのが勿体ないという気がしました。それで、お堂の前にいたお爺さんに、私は、「学生でも泊めてくれるところはございませんか」と言いましたら、お爺さんが、「まあ、ないですね」とおっしゃったんです。けれども、ちょっと考 えてから、「うん、そう言えば、この先に無動寺というお寺がある。そのお坊さんは変わっているし、若い人が大好きだから、ひょっとすると、泊めてくれるかもしれんから、道を教えてあげよう」と。そんなわけで、私はそのお爺さんの教えたままにその無動寺というところへ行った。それがそのままそこに居着いてしまったわけなんです。
 
金光:  その時には、無動寺は叡南祖賢阿闍利(えなみそけんあじゃり)さんがおられた頃ですね。
 
堀沢:  叡南祖賢阿闍利で、回峰行を終わったばかりのバリバリな時でしたね。
 
金光:  それでお話を打ち明けられた、と言いますか、「私はこうこうしかじかで」ということを話されたわけですか。
 
堀沢:  そんな難しいことは言いませんよ。ただ、「泊めて頂けませんか」と言ったんで す。そうしたら、「学生か」というんですよ。「そうです」と言った。「ここは学生を泊めるところじゃないんだ。お堂もみんな修行する修行生でいっぱいだから、泊めてやるわけにはいかん」というんです。「勉強するためか」と言われましたので、ちょっと抵抗があって、「いや、勉強するためではありません」と言ったんですよ。そうしたら、「ふうん、それじゃ何じゃ」というわけです。それでちょっと話をしましたら、「置いてやってもいいけども、その代わり、今言ったようにお前さんのための部屋はない。だから、行院生と一緒に」といって、坊さんでないから、要するに、オブザーバーの立場で、「寝るだけだけど、自分で飯炊きをしたり、掃除をしたり出来るか」ということで、言いがかり上、ノー(No)とも言い無くなりまして、「じゃ、それで結構です」ということで、そのままそこに居座ったら、大変居心地が良かったんです。
 
金光:  随分朝早いわけでしょう。
 
堀沢:  朝は五時頃、毎日起きていましたし、修行中は二時ですよ。私は、行がかなり終わりに近づいていましたので、後は学科が主でした。朝の「法華懺法(ほっけせんぼう)」とか、天台声明(しょうみょう)が入った、一時間ばかりあるんですけど分からんままに、それを一緒に唱えていまして、大変気持がいいということが分かりました。
 
金光:  それで十二年の籠山行(ろうざんぎょう)にそのまま入られたわけですか。
 
堀沢:  そのまま入るわけにいかないんですよ。一旦、師匠に、「坊さんにして貰えませんか」と頼むわけです。
 
金光:  どれ位経って、
 
堀沢:  まあ半年位そこそこで。夏休みでしたから、半年もしなかったんですけれども、兎に角、二ヶ月そこそこいるうちに、こういう世界に入りたい、という気持になっていったんです。
 
金光:  そうですか。
 
堀沢:  それで、そういうことを申し出たら、「ダメだ」と。
 
金光:  ダメだ、と。
 
堀沢:  「ダメだ」というのか、「今は日本は大変経済的に苦しんでいる時だ。お前は経済学部の学生だろう。これから、お前、頑張って、日本を良くして貰わなあかんで。何もお前さんでなければならんことないんだ。坊さんはたくさんなる人はいるよ」と。「だから、お前は学校へ帰れ」というんですよ。
 
金光:  ああ、そうですか。
 
堀沢:  だけど、私の気持がもう既に先に行っちゃっていましたから、もう気持の方で後戻りは出来ませんでした。我慢比べみたいな形で、押し入り弟子になった。
 
金光:  それで十二年籠山というのは、
 
堀沢:  その後の修行で十二年籠山という修行を、私が選ばして貰いました。そこで私は密教のことよく知りませんけど、坐禅というものなら分かるということで、その止観コースを選ばして頂いたんです。十二年籠山はいいんですけども、ただ、自分に直接教えて下さる先生がいなかったんですよ。で、学問の方も、実践の方も、独学独習というような状態でした。山の中での修行をそれなりにやりましたけれども、やっぱり欲求不満が残ったまま出ましたね。それで、改めてどっかで修行、坐禅なら坐禅をやりたいということで、一度は妙心寺の門を叩いたことがあったんです。
 
金光:  ああ、そうですか。
 
堀沢:  しかし、断られましたね。
 
金光:  そうですか。
 
堀沢:  そんなことから、その頃、ヨーガの外国人の友だちが出入りしておりまして、それで、「インドへ行かんか」という誘いがあったんです。
 
金光:  それでインドへいらっしゃったんですか。
 
堀沢:  それでインドの方へ道が開けて。
 
金光:  インドはどの位ですか。
 
堀沢:  最初は、坐禅を勉強に行ったのです。仏教はもう滅びて無いんですから。仕方なしにヨーガのアシュラムに入ったんです。
 
金光:  ああ、そうですか。
 
堀沢:  一年近くあそこでやったんですが、どうしてもあるところにきますと、やはりヒンズー教と仏教の違いが出てくるんです。
 
金光:  成る程。
 
堀沢:  私の友だちはイギリス人とアメリカ人がいました。日本で、禅宗で坐禅を学んだ人でしたけれども、向こうへ行きまして、ヨーガの指導者につくと、簡単に仏教を捨てられるわけですよ。捨ててヨーガの行者になっていくわけです。私にも、「同じようにせよ」と言われましたけど、何もヨーガの行者になるためにインドに来たんじゃない。延暦寺から三年間、留学期間を頂いて来たんですから、そういうようなことでちょっと悩んでいたんです。その時に、仏跡巡拝をするという機会に恵まれまして、これは佐保田鶴治さんというヨーガの大家がいらっしゃいますが、その先生のお伴なんですけど、サールナートからブッダガヤというふうに逆の順番で回ったんです。その時に、どっかで修行する場所を、というので、私はずうっと仏跡を辿りながら考えていたんですが、なかなかいいところがないんです。と同時に、仏跡地は観光地で、あっちこっちからの参拝客がごった返しています。それで、王舎城(ラージャグリハ)というのがあるんですが、そこに日本山妙法寺という日本のお寺がありました。日本山妙法寺を、佐保田先生はよくご存じでしたから、そこに何泊かしたんです。そこの坊さんたちの生活を見ておりましたら、なんか毎日山の上にうちわ太鼓を叩きながら出掛けて行っては、霊鷲(りょうじゅ)山(せん)のさらに上の方へ登って行って、山の上で建設工事をやっているんです。それに私もついて行きました。「何のためにこうやって、穴を掘っているのか」と聞きました。八木上人という素晴らしいお方が、優しい方でしたけど、「此処は霊鷲山の裏山にあたりまして、お釈迦様が説法している時に」─『法華経』の中に、「見宝塔品(けんほうとうぼん)」というお経があるでしょう─「多宝如来がお出ましになって、お釈迦様の『法華経』を、「善哉善哉(正しい、正しい)」ということで証明なさった多宝如来が、ちょうど場所からしても、この山の名前も多宝山ということで、多宝如来のお出ましになった場所は此処ではないかと、我々は考えている。そして、この末法の世に是非釈迦と多宝の二仏にお出ましになって頂いて、末世を救って頂きたい。しかしながら、そのためになんらかの形で、お力ぞえが出来るならばということで、多宝塔をここで造ろうとしているんですよ」と言われた。私は驚きましたね。というのは、お経の中のことを、そのまま信じて、そして、一心不乱に行じているグループがいたんですね。私は比叡山でも法華経の宗派ですから、『法華経』については、今までも唱え、「法華懺法(ほっけせんぼう)」を毎日唱えてきた人間です。法華経の中のいろんな仏、菩薩、そういう方々と直接触れ合いならが生きている坊さん達がいる。そして、この法華経の理想を実現していきたいという。壮大なというか、峻烈なというか、私は驚きました。それなら私は坐禅を勉強にきたわけだけれども、この方々がやっていることこそ、これは大修行であるということで、私は他に場所がなかったということもありますけれども、その方々の行動を見ておって、今度は八木上人にお願いしたんですね。「私も仲間に入れて欲しい」と。大変ご丁寧な人で、「とても私たちは」ということで、ご辞退もございましたけれども、私は曲げてお願いして、「それならばお待ちしております」ということで、私はカルカッタまで、佐保田先生をお送りしまして、すぐに自分のアシュラムまで帰って、荷物を取って、そのお仲間に入れて貰いました。それで、後の二年位は殆ど日本山妙法寺の方と合流して、藤井日達猊下のお供もさせて頂きました。そういうわけで、日本山の方とは今でも近い関係をもっています。
 
金光:  そういう形で修行なさって、また日本へお帰りになったわけですけれども、その自分がどういう方向へ向かって生きればいいかということで、比叡山にお上がりになった。また、インドを廻ってお帰りになって、その間に、最初の自分というものに対する見方というのは、大分お変わりになりましたですか。
 
堀沢:  八木上人のようなほんとに『法華経』を文字通りに生きている方々にお出会い出来た。『法華経』というものが、私の中に、全身にこう染み渡ってきたことです。
 
金光:  天台の場合は、学問ということもおっしゃいましたけれども、「摩訶止観(まかしかん)」とい う、「止観」という言葉が付いている、例えば、『天台小止観』という本もあるようでございますが、これはしかし、学問というよりも、実践法を書いた本だと伺っておりますが、これは当然こちらの行院とか、学院でも実践なさるわけでございましょう。そういうのはどういう形でおやりになっていますか。
 
堀沢:  私はお山の中で止観業(しかんごう)を取り上げましたから、摩訶止観に食らえ付いてなんとしても、それを理解し実践していきたい。ただ、その『摩訶止観』という本は大変大部な本で、しかも、読んで驚くことに、哲学的な本でございますので、読んで分かるという簡単なものではありません。そういうことでやって、なかなか摩訶止観というものを知り得なかったということで、あれこれと苦労をしたわけです。しかし、そういう止観というものを取り上げていくということが天台止観の、天台教学の根本です。そういうわけで、天台では、「三観(さんがん)」と言います。「三観」というのは、「空、仮、中」。「空観(くうがん)、仮観(けかん)、中観(ちゅうがん)」。「空観」というのは、「色即是空観(しきそくぜくうかん)」、「色即是空」という言葉がそのまま観法なんです。
 
金光:  「色即是空(しきそくぜくう)」というのは、「色」というものは、目に見えるものは、それは本当は空である。それで、「色即是空」というわけですね。それが「空観」ですか。
 
堀沢:  「色(しき)」というのは、色(いろ)というだけじゃなくて、この目でとらえることが出来る対象物を全部色(しき)といっていますね。ですから、いわゆる物質的なものは皆「色」なんです。我々のこの身体も全部、色。我々は、この身体は個人的にいうと、この自分の肉体というものに制約され、そして、したいことも出来なかったり、いろんなことがありますね。だけど、それが色だ。それが実在しているものだというふうに、我々は受け取っているから、自己主張が強くなる。そして、その自己主張が、他人の自己主張とぶっつかった時には、争いになったり、競争になったりする。それが現在社会そのまま、色の世界なんですね。色の世界では救いがないということを仏教でいいます。その色は、ほんとに色としてはあるのかということを、仏教では徹底的に追及するんですね。そうするならば、例えば、金光さんという人は、誰が何をやっても壊すことが出来ないものか、となるわけです。色というのが実体ならば。ところが、幾らでも壊せますよね。そういうことは、つまり非常に小さなものの集まりに過ぎないという。そういうことから、一切のものの実体があると思っているところから、我欲が出る。その自分、「おれが、おれが」が出てくるわけですから、それが迷いの根本だ、というのが、仏教ですから、その迷いの根本を自覚するために、これは、実は実体なんかないんだ、と。実体としての自分というのは、実はないんだ、ということを、トコトン分析的にそれをやっていったのが、「析空観(しゃくくうがん)」というんです。分析した結果、空であるとこれを納得して、今日で言いますと、生理学だったら、細胞の塊であろうし、それから物理学的にいうと、原子分子の集合体である。これは誰も疑うことはないんですけど。それが集まったに過ぎないんだけれども、全体としての自分の自己主張が果てしなく続く。それが色というものにとらわれ、拘り、それに溺れているからだ、と。だから、それを徹底して色じゃなく、空だということを突き止めていこうとするのが、空観なんです。
 
金光:  それは、しかし哲学的に考えるというのと、それから自分で実際坐って、坐禅をしながら、それを実感するというのじゃ随分違うんじゃございませんでしょうか。
 
堀沢:  哲学的なことの段階に収まっておってはダメですからね。いろんな方法があると思いますよ。
 
金光:  実践の中では、その辺のところはどういうふうな形で味わってこられたんですか。
 
堀沢:  私が、現在やっているのは、自分の身体というものは色である、身体が自分である、と。他人には指一本触れさせないものであるという自分自身は、実はほんとは仏法の教えからしても、分析していったら、分子の総合体に過ぎないんだということです。そういう意味で空なんです。空というのは無いというのじゃなくて、実体としては無い、という意味のことですね。だから、実体として在るのではない、ということが判れば、肉体があることは認めているんですね。そのことを色としての存在は、実体的存在でなくて、空としての存在に過ぎないというわけなんです。私はそれを頭の天辺から下の方へ向かって、ずうーっと自分で納得するような方法でやっているんですよね。学院の生徒なんかにも、空のフィルターをかけるというふうに説明しておるんですよ。
 
金光:  ほう、成る程。上からずうっとフィルターが下りてくるという、
 
堀沢:  そういうフィルターを上の方からかけて身体をスライスしていくというか、そのフィルターの空のところを通ったところの自分の肉体の部分は、色であるのが空になっていくと思いなさいよ、と。坐禅観法というのは、想うことですからね。それを何故と抵抗してはあかんのです。そのまま素直に受けて、そして、ずうっと頭全体が空になっていったら、形も、色も無くなっていく。そういう頭が残っているが、さらに下までずうっといきますと、全身が空になっていく。なかなか一遍ではダメだろうから、後戻りして、それを、「空だ、空だ」と。「色即是空、色即是空」と、これを兎に角、何十遍でも、何百遍でも納得出来るだけ、三十分の坐禅でも、一時間の坐禅でも、それをただひたすらに繰り返していく。そういうことで、実際に自分の考え方が変わってくる。徐々にですけどね。そして、今まで拘って、執着しておったものに、執着が徐々に、そんなものかいなあという程度で解けてくるわけです。そうすると、人との付き合いでも、直接ぶつかる必要がだんだんなくなるように、相手がぶつかってくるけど、こっちはちょっとバックして、ワンクッション置くことが出来る。トラブルが、こちらからすればトラブルの防ぎようがあるということです。坐禅の最中は、静中(じょうちゅう)の、静かな状態の坐禅ですけど、動中の坐禅の方が多いわけですから、日常生活で朝起きたら顔を洗い、歯を磨きながら、空のフィルターを掛けながら、歯もまた空の歯を磨いているんだ、と。そうして、ご飯を食べる時も、空なるものを頂き、そして、今日一日暮らして頂いているんだ、というわけで、空ということを、二十四時間の中に生かしていくことが、これが大事なんです。そうすれば、最初阿呆なと思っていても、やっていけばやっていくだけ、気持が全然落ち着いてくるんですよ。人のことが気にならなくなってくるんですよ。そうすると、人のいうのを聞いておっても腹が立たぬ。直接こう打ち返すことがなくて済む。私はよくいうんですけども、「我々はなんかして迷ったら、まず我々の大先生のお釈迦様のことを考えよう」と。「お釈迦様ならこの時、どうなさるだろうか」と。自分の今やっていることとダブらして考えた時に、如何にその落差が大きいか。例えば、殴られて怒ったとする。お釈迦様だったら殴られたらどうするか。お釈迦様が殴られることは滅多にないでしょうけど。でも、今までの歴史の中であったんですからね。お釈迦様を害する人がいた。お釈迦様は殴られてまったく無感覚ではないだろうから、痛いと思いなさるでしょう。だけど、我々みたいに、怒りの目つきで、或いは、叱る、ということはないでしょう。その時には、おそらく怪訝なお顔なさるけれども、相手を深い目でご覧になる。相手は何故叩いたのか、ということを、まずご覧になると思うんです。そういうお釈迦様のあり方に、我々は一歩でも近づくためには、まず空でなければ、一歩二歩も近付けないんじゃないか。そう言っているんですよ。
 
金光:  それがまず仏教の空と言いますか、現実を見る第一段階ということですね。
 
堀沢:  そうです。『法華経』の中でも取り上げているんですけど、『法華経』というのは非常に大事なお経というか、理解すればするほど深いんですよ。伝教大師は、その法華経を比叡山で修行し、かつ日本中に広めようという誓願のために比叡山を開いたようなものですけどね。『法華経』というものはほんとに生きた経典だと思いますよ。
 
金光:  その空の世界だけを書いていることでは勿論ないわけでございますね。
 
堀沢:  「空」はいま言ったように、人間の煩悩、迷いを取り去るためにある方法です。ですから、『法華経』の第二「方便品(ほうべんぼん)」で、特にいろいろ『法華経』の「空観」の悟りで、それで悟ったんだ、と。涅槃に入ったんだ、ということで、落ち着いて喜んで満足している声聞(しょうもん)という一連のお弟子さんのグループ、お釈迦様の声を聴いて修行出来るというので、「声聞(しょうもん)」というんです。その方々の浅い悟りを、『法華経』の「方便品」で痛罵するんですよ。「汝らそんなところで止まっていてよろしいのか」と。その時に出てくるのが、菩薩の世界。そして、やがて仏に、という三段階ですけどね。その「仮観」というのは、その菩薩の坐禅行なんですね。
 
金光:  「仮(け)」というのは、「仮(かり)」という字を書くわけですね。
 
堀沢:  ええ。「空(くう)、仮(け)、中(ちゅう)」の「仮(け)」というのは、仮(かり)と書くんですけども、一度空で実体がないものを、色そのものは実体がないというふうに分かっちゃうと、仮の存在だと見るわけですね。それで、「仮」という言葉を使うんですね。それで我々の体を含めて、この宇宙全体が、本来は空なんだけど、仮の形として、形や色彩をもって存在している。ただ、それをいったん否定した人たちは、悟りの世界で、楽しく、そのまま自分たちだけの世界で過ごしちゃう傾向があるんでしょうね。それを叱咤激励なさって、もう一遍実社会にでよう、と。社会の衆生は悩み、病み、苦しんでいる。この方々と対応していかなければ、本当の仏者の仕事は出来ないというわけで、いわゆる菩薩というか、菩薩道というものを鼓吹する。そのための行として、第二の「仮観」というのが出てくるわけです。これは般若心経の中のものを取り上げれば、その次の言葉ですね。
 
金光:  「色即是空」の後は、「空即是色」ですね。
 
堀沢:  そうですね。だから、「空即是色」というのが、実は、「仮観」にあたるんですね。一旦、空じてすべてのものは空であって、なんら迷い、とらわれる必要はない。実に、自由無碍(むげ)なものであるという空のこの悟りに安住していた人間が、自分はそれでいいだろうけど、他の人たちはどうするのだというわけで、仮の世界に入っていく。その方法論が、「空即是色」なんですね。私はさっきいった空のフィルターを、「色は即これ空である」ということが納得出来るために、フィルターで繰り返して空を行じていく。そうすると、外部のものにそれほど左右されないような自分自身の安らかな心境を作ることが出来ます。とらわれなくなる。しかし、それが空の声聞の悟りなんですから、それをもう一遍元へ戻していく必要がある。また、下から上の方に、「空即是色」とフィルターを上げていくわけです。空なるものからまた色なるものへ戻っていくわけですね。「空即是色」というふうに、そういうことを唱えながら、空のフィルターを上げていく。そうすると、もう一遍色が甦ってきますよね。しかし、これは一旦空を通した人間からすれば、今までの色じゃない。それは実有(じつう)として実際に存在するものとしての色と思っていたから迷うわけです。それを空で既に解決済みです。だから、拘りを全部捨ててしまった後の空の境涯からもう一遍世間に出るという意味で仮(け)に戻る。そうすると、その仮(け)は、仮(かり)に存在するものになるわけですね。そうすると、我々の体は仮に存在しているものかというふうに、ちょっと理解し難い方がおられると思います。それは話としてはそうかも知れんけども、面白くないなあ、と。
 
金光:  現にいるじゃないか、と、
 
堀沢:  はい。俺らの生活は楽しむことも出来なくなるのか。詰まらないじゃないか、とこうなってしまうわけでしょう。そうじゃなくて、仮(け)なる存在こそ妙なる存在だ、というので、「妙有(みょうう)」という言葉がちゃんと用意されている。
 
金光:  ただの「有」じゃなくて、「妙有」である。
 
堀沢:  「実有」じゃなくて、「仮有」ではあるが、「仮有即妙有」。「仮有」だから「妙有」なんだ。「実有」は「妙有」ではない。
 
金光:  成る程。
 
堀沢:  だから、空の境地に居ながら、自分の現実の生活を行っていくという菩薩の立場になるわけですね。
金光:  それで「空」があって、「仮」があると、もう一つ、「空仮中」とおっしゃいましたね。「中観」というのはどういうことですか。
 
堀沢:  「中」というのは、やはり一切のとらわれを完全に払った世界で「空」でもないし、「仮」でもない。「空」に入りますと、空にとらわれる。声聞になるんですね。「仮」というと、今度は「教化だ、教化だ」というわけで、菩薩の匂いがどんどんしてくる。これもまた未だし、というわけで、一切の執着を完全に断ち切っていくためには、両方否定する必要があるので、これを「遮空(しゃくう)」、「遮仮(しゃけ)」と言います。「遮(しゃ)」ですね。「ノー(No)」ということですけども。だから、空も遮する。また仮も遮する。と同時に、それだけでなくて、「空も亦良し」とする。「亦空(やっくう)」。
 
金光:  「亦(また)」という字ですね。
 
堀沢:  「亦空(やっくう)」「亦仮(やっけ)」と。両方否定し、両方また肯定するというのが、同時的にありまして、その境地を、完全なる執着を乗り越えた絶妙の世界というので、これを「中」というのです。これが本当の仏の悟りなんです。
 
金光:  その世界になると、先ほど、「一念三千」というようなことをおっしゃいました が、そういう世界が分かってくるということになるんでございましょうか。
 
堀沢:  「一念三千」というのは、また説明が必要ですけれど、天台大師は、『摩訶止観』という書物の中で、一番肝心要(かなめ)の修行の方法、坐禅観として、『観不思議境』、不思議境を観ずる、という、「十乗観法」の最初に出てくるんですけど、この中味が、「一念三千」。「一念」というのは自分の一念の心です。そこに、「三千を具している」。「一念三千」といっていますが、「一念に三千を具す」という。備えるというか、具足している、という言葉があるんですが。まあ「三千」というのは、天台大師独特の数の計算で、まず仏教には、「十界(じっかい)」という考え方がありますね。
 
金光:  地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上、
 
堀沢:  それが六道、
 
金光:  六道ですね。
 
堀沢:  これは迷いの世界ですが、その上の方にさらに悟りの世界ですけども、「声聞、 縁覚(えんがく)、菩薩、仏」という四つの悟りの境涯の世界があるというわけですね。それを併せて十の世界があると。「十界」という。十界だけでしたら、仏と我々は遙かに隔たって、今の我々はもう本当に、畜生とか、修羅とか、地獄の方のところで彷徨っているわけですよ。ところが、天台大師は、それを深く観察して、それならば、我々凡夫が修行して仏になることが出来ないではないか、と。そしてまた仏が下界に下がって来て、我々を救済することもまた出来ないではないか、というところから、仏もまた地獄、餓鬼をもっているんだ、と。
 
金光:  仏の中に、やっぱり地獄、餓鬼からずうっと仏までの十界がある、と。
 
堀沢:  全部備わっている、と。我々は人間ですけれども、人間は人間の他の九界ですね、併せて十界を全部もっている。だから、下へ下がれば、餓鬼、地獄に落ちることが出来ると同時に、上に上がれば、菩薩、仏にもなれるという。そういう向上、向下と言いますか、そういう全体的な動きの中でとらえているわけです。
 
金光:  しかし、なかなかそう一足飛びにはいかないんで、やっぱりいろいろな呼吸法とか、そういう訓練を実践しながら、ということだと思うんですが、やっぱり長い伝統の中では、呼吸法なら呼吸法についての、「こういうふうにすればよろしい」というふうな、そういう手法と言いますか、方法もちゃんと出来ていて、それもこちらの行の中には入っているんでございますか。
 
堀沢:  ヨーガなどでは多少呼吸法を取り上げますけど、不思議なことに呼吸法について、天台宗も禅宗も特に取り上げないんですよ。私は自分でやっている時、呼吸の仕方に非常に拘りまして、そして、長時間坐禅をする。そして、正しい姿勢で坐禅をしていくためということで、自分なりに工夫したわけです。
 
金光:  是非それをご紹介頂けませんか。
 
堀沢:  それは最初は垂直呼吸で、自分の頭の天辺から背骨を下るようにずうっと息を吐き出していくわけです。
 
金光:  吐き出す時に、
 
堀沢:  吐き出す時に、頭頂骨の天辺から、垂直に真っ直ぐにおろして、吐き出していって、尾てい骨の先端までありますよね。それを一呼吸で、ずうっと数を数えてもいいですよ。「ひとーつ」と。「ふたーつ」の時には尾てい骨から頭頂骨の方へ真っ直ぐに吸い込んでいきますね。これをやったんですよ。そうすると、姿勢はだんだん伸びてきますし、力を込めてやればもの凄く腰が入って背筋が伸びてくる。そして、長時間やっても、集中し易くなりました。そういう点では、呼吸法としてはやりやすいということは、いろんな方に申し上げているんです。ところが、それをやっていくと、だんだん不満になってきまして、さらに力を入れてやっていくと、まあエレベーター式だから、エレベーター呼吸法といっていたんですけれども、自分のこの身長のサイズの世界だけじゃなくて、呼吸はもっと上の方にいくわけですね。吸い込んだ時は、この頭の天辺からさらにどんどんと吸い上げていくことが出来るし、無限まで出来ますね。下の方にもまた吐き出していく。自分の体を通って、尾てい骨からさらに下の方に向かって、無限に吐き出していくことができる、と。それは非常に気持良かったもので、それで、それをロケット呼吸と名前を付けたんですよ。
 
金光:  宇宙まで呼吸が広がるわけですね。
 
堀沢:  宇宙まで飛んでいくものだから。呼吸としては無限呼吸になるわけですね。これをやると、一般の方々は坐禅というのをやりやすくなると思うんですね。呼吸のことが身に付いちゃうと、そのことにとらわれなくていいんです。自然に呼吸がそうなっちゃうんです。その中で、今言った、「一念三千」を。それから、さっきいった「空観」でしたら、フィルターをかける。無限呼吸の中で、空のフィルターをかけていけば、そうすると満足出来るまで空になりきることができますよね。
 
金光:  そういう形で、無限呼吸と言いますか、そういう状況に入っていきますと、現実の自分というものが、先ほどの「一念三千」のほんのまあ三千までいかなくとも、百にしましても、大体自分というのは、分かっているつもりで日頃はいるわけですけども、自分の中に、そういういろんなものがあるというのが感じられてくるわけですか。
 
堀沢:  この法華経の世界というものを十分に掴んでいきますと、『法華経』の中での坐 禅、これは天台大師に法華三大部という書物があって、『法華玄義(げんぎ)』、法華経の哲学的な定義づけをした本、それから、『法華文句(もんぐ)』といいまして、『妙法蓮華経』を言々句々について注釈した本。この他に、『摩訶止観』というのがあるんです。『摩訶止観』というのだけは名前が違うなというわけで、よくいうんですけども、天台大師は「法華」の名前を代えて説いたもの、ということを、天台宗ではよくいうんですよ。「摩訶止観」は実は「法華禅」なんだという。「法華経」というものの名前を、「摩訶止観」という名前に代えた実践法なんだ。法華経の実践法だということですね。そういう点で、「一念三千」も、「一心三観」もみなそこにくるわけですね。
 
金光:  自分の頭の中で、こう読んでこういう文字が幾つあるとか、理屈としては、哲学的にはこうだというのと、我が身体で、それを空じて、或いは、それが仮のものであるけれども、というような形で体験していますと、そういう十界が自分の中にちゃんとある、と。しかも、これでもうここまでくれば、これでいい気持だ、と思っていたけれども、また次の瞬間には変わっているとか、そういうなんか『法華経』に書かれている世界を我が身で味わうような形があるんですか。
 
堀沢:  だから、『法華経』を坐禅化していくということ。そのためには、今言ったロケット呼吸とか、やっていますけども、これは自然にそうなってきますからね。さきほどの十界、下は地獄から各界層を通り抜けて、そして、だんだん上に上がっていって、そして、菩薩、仏の世界まで自分の呼吸とともに、真っ直ぐに駆け上がっていく。また、駆け下りてくるということを繰り返すと、十界具足の止観で、坐禅でやるということが出来る。それから法華経の世界は、お釈迦様が説者です。お釈迦様が教師なんですね。ところが、不思議なことに、お釈迦様が法華経を説いている時、先程ちょっと話しましたけども、多宝如来が、これは過去無量の昔に亡くなったお方なんですけども、過去仏としての多宝如来(たほうにょらい)が、宝塔の中から、「善哉善哉、釈迦牟尼世尊(しゃかむにせそん)」と。「あなたの説いている法華経はまさに正しい」ということを証明するわけです。その多宝如来がお出ましになったので、この聴衆の菩薩方の中で大変みな驚くわけです。どうしてこういうことがおきたのか。疑心暗鬼になった菩薩の一人が、お釈迦様に質問するんですよ。この方はどういうことなんでしょうか。宝塔を目の前に見ることは出来るけど、中の仏さまのお声がかかってきているけどもお姿を拝めない。多宝如来という方を、我々は拝みたいというんですね。お釈迦様がそれに対しては、「これには仏の約束があるので、もしその時に、私の仏身を見たいと思うならば、その仏の分身(ふんじん)、十方一切の分身(ふんじん)の仏を集めてくることが条件だ」と言ったんです。ということは、お釈迦様に、無限の宇宙の世界にも無数の仏界があるわけで、その仏界に全部お釈迦様の分身(ふんじん)、分身(ぶんしん)がいられて、お釈迦様と同じ説法をしておったということになるわけです。こういう非常に重層的な、一見平面的にとらえておったのが、非常に重層的になってくる。そういうのが法華経なんですよ。お釈迦様が、「それならば」というので、自分の十方の分身を呼び戻すんです。そして、呼び戻されたところで、多宝如来の宝塔の扉を開けるんですよね。多宝如来がお姿を顕わしになって、「善哉善哉」と言いながら、「釈迦如来もどうぞ中にお入り下さい」と言ったわけです。自分の座席の半分をお釈迦様に差し上げて、以後、二仏並坐(にぶつびょうざ)、宝塔の中に並びなさった形で、その後の法華経が展開される。非常にドラマチックなことなんです。そういう法華経の世界に沢山の仏が出、沢山の菩薩達、或いは、そのお弟子たち、それから、衆生が出てきますね。そういったものが、『法華経』の経の中のストーリーを駆けめぐるようにして、呼吸をしていくわけです。回峰行の中にも運心(うんじん)回峰というのがありまして、亡くなりました葉上先生(葉上照澄師)が、千日回峰をやった後で、まだまだやりたいというので、今度は歩かなくって、坐禅したままで、毎日三十キロの拝むところを坐禅観想のまま、心を運んだままの回峰行をその後一千日なさったんですよ。
 
金光:  「運心」とは心を運ぶ、それで、回峰行の峰を回るんですね。
 
堀沢:  そうです。「運心(うんしん)」と言いますね。普通、「うんじん」と濁りますけど。だから、「運心法華経」なんですね。
 
金光:  成る程。
 
堀沢:  そうすると、『法華経』と、我々は天台宗の場合、特に『法華経』の理知面、哲学的な要素にとらわれやすいんですね。だから、それを具体化するために、私は毎日『法華経』の一品(いっほん)づつを毎朝唱えていますがね。そうして、それが納得出来ないと、和訳文を読んでいきます。意味合いをしっかり掴んでいくためです。そして、訓読したお経を読んでいって、そして自分で理解しながら、運心回峰ですね。「序品(じょほん)」から徐々にやっていく。三十分、一時間瞬く間に済んでしまう。そして、法華経を生きているということを実感する。私は日本山妙法寺で、彼等がほんとにひたむきになって、多宝如来やお釈迦様のおっしゃっていることを実践して、時に生命をも捨てていく。日本山の方々はいろんなところで苦労されていますよ。私の友人の一人もあのチェチェンに入りまして、十年来チェチェンの独立と平和のために平和運動の先頭に立って行動をしていまして、今ではチェチェンの全国民から、「チェチェンのガンジーさん」と慕われ頼られている人がいます。天台宗の場合は、学問の方へ行きやすいので、我々の方ではせめて、『法華経』二十八品を運心読誦、「運心法華経」と言いますかね、そういうことが出来ると思うんですよ。
 
金光:  そうしますと、自分というものが此処に居て、それから、法華経の世界というのが別にあるんじゃなくて、自分とは何々や、というようなことを考えるんじゃなくて、もう「運心法華経」でいくと、自分が法華経の世界に生きることになるわけですね。
 
堀沢:  ど真ん中にいるわけですね。十界互具(ごぐ)というものを、そのまま自分自身の中に、自分の心で体験していく。そうすると、『法華経』が、さっき言った非常に面白いというのは、自分の骨肉化してくると、単なる書物で見るお経の、字面(じづら)で見る『法華経』とは全然違ってくる。字面を見て研究しておって、知識としては必要なんだけども、その段階だと学者になってしまうわけですね。
 
金光:  そうすると、そのまま、例えば、お釈迦様が説かれた教えを覚えて、というよりも、お釈迦様が、先程お話にありましたが、どうなさったのかなあ、自分だったらこうだけれども、お釈迦様は、という、それが仏教ですね。
 
堀沢:  そうそう。今言った『法華経』を訓読で読みながら坐禅していればいいんですよ。そうすれば、それをそのまま自分自身が体験出来ますものね。多宝如来が、「善哉善哉」とおっしゃった時に、多宝如来になっていればいいんですよ、自分が。問答しているその当事者に自分がなっている。そうすると、『法華経』というものが骨肉化しますので、法華経の中において、自分が動かざるを得なくなる。
 
金光:  そうしますと、地湧(じゆう)の菩薩が出てくる前は、余所から来た菩薩たちが、「私たち が法華経を弘めましょうか」と言ったら、「止みなん、止みなん(止めよ、止めよ)」と言われたという。それはその時は、そういうやっぱり状況になるわけですか。
 
堀沢:  「従地湧出品(じゅうじゆじゅつほん)」の時は自分が地湧(じゆう)の菩薩になればいい。それをやっていますと、法華経は余所事じゃないんです。生きているんです。そして、永遠性をもっているということが、身体で分かってくるんですね。だから、法華経のために生きる、『法華経』ではすべての人が仏になることが出来るし、ならなくちゃいけないといっているんです。万人成仏を説いていますからね。こういうお経は他にない。それは畢竟して人間の根本平等。それは仏という意味で根本平等です。
 
金光:  そうすると、先程のように地獄から仏様の世界というのが、自分の中にもあるという形で、しかも、それを実践の中で、向上、向下、いろんな形の生き方というか、呼吸坐禅、そういう世界に生きていると、「これはダメ、こちらだけいい」というようなことじゃなくなるわけですね。
 
堀沢:  はい。だから、地獄に行けば地獄の衆生の気持になれるわけですよね。畜生、修羅の世界に行けば、畜生、修羅の気持になっているわけですね。だから、彼等の気持が痛い程分かるというんでなくちゃいけないし、それを自由自在に、法華経の世界を駆け抜けるというか、それを自分で実体験していくということが、摩訶止観じゃないのかな。
 
金光:  しかも、そういう世界に引きづられることを防ぐには、「空観」でもあるし、
 
堀沢:  さっき言いました「空観、仮観、中観」という順番で言いましたが、あれは別教という段階で分けちゃっているんですけども、円教(えんぎょう)という天台教学の一番高いところでは全部一つなんですね。
 
金光:  「別」というのは別々ということで、「円」というのは、「円融」で解け合っているという、
 
堀沢:  そうそう。だから、それを、「一心三観(いっしんさんがん)」と言います。一度に、「空仮中」を同時にやるというわけですね。「即空即仮即中」という、
 
金光:  一度にそれを、
 
堀沢:  そこで分けて、繋がっているというか、同時なんです。円融ですから。そういう意味で、円融の一心三観を行ずるのが、これが摩訶止観なんです。その摩訶止観を『法華経』の止観なんですから、『法華経』を行じながら、一心三観を行じていく。
 
金光:  そこの世界には、当然自分も、他の人たちも、一緒に一つの世界に。人間だけではなくて、他のすべての生き物も全部、
 
堀沢:  十界もすべて。人間なら人間のすべて、人間界のものは全部入る。だから自分の人道を体験していく時には、一切衆生全部一人も残さないで、自分の意識の中にのせなければいかんわけですね。それを全部、縦、横の重層世界の中で体験していくことが出来るというわけです。そして、『法華経』なら『法華経』、他の経でも同じものでしょうけど、「経」というのは生きているものなんですね。それを単なる書物にしてしまったんでは、宗教ではなくなるでしょう。仏教なり、既成宗教がほんとに甦るためには無限のエネルギーが必要です。それは「信」というエネルギーなんです。行ずるエネルギーなんです。それは行じないと出来ませんね。そういう点では、「法華経坐禅」というものがあり得るし、私はそれをやっているわけです。そういうことが、叡山学院において出来たらなあ、という気持をもっておるんですよ。
 
金光:  そうしますと、今のお話に、「信」という言葉が出ましたけれども、「行」と「信」というのは別々に、「信」というのは頭で信じてしまう、「行」というのは身体を動かす、というようなバラバラなものではないわけでございましょう。
 
堀沢:  みんな円融ですから、「信即行」、「行即信」だし、あらゆるものが、「一即一切」という言葉もあります。ただ、「別々だ」ということを、ただ軽く流しちゃいけないんですね。あなたと私とは厳然として違うんだから。しかし、それを言い合っていたんでは喧嘩になるだけですから。お互いに区別しあうというのは、最終的にはこうなりますよ。それをだから、「あなたはあなた、私は私」という厳然たる他であること、これは「不一」なんです。一つではない、とわけで、「不一」。同時に円融だから不二になる。二つでもない。これが不一不二ということなんです。頭の中でいうと、理屈でもって、分かれちゃうんだけども、それが自分の中で行じていくと、それが一つになって、「即」というか、「円融」というものが、それほど不思議でなくなってくる。
 
金光:  そうですね。確かに私がお腹が空いている時に、堀沢さんがなんか召し上がっても私のお腹はいっこうにいっぱいにならないけれども、しかし、お互いにお腹が空いていることが分かると分け合うようなところで、一緒になるとか、ちょっと喩えは悪いですけれども、別は別でありながら、しかも、同じだ、と。
 
堀沢:  共感というか、基本的共感というか、そういういものが融けあってきて、別々じゃなくて、どこへでも繋がっちゃう。流れ動いていながら、融和して、一つになって、
 
金光:  ロケット呼吸じゃありませんけども、無限呼吸みたいな世界だと、それが別々でありながら、それが一緒になる。それは、しかし、日々のそういう実践があれば、ということなんでしょうね。
 
堀沢:  やはり「修」と「証」と言いますけども、修せずんば、ということがあるし、証せずんば、ということがある。修証は別なんだけど、修も大事、証も大事なんだから、単に二つが一つだ、という結論を出しちゃいけない。二つは二つなんです。一つであって、一つではない、と。言ってみれば、二つが一つだ、ということを同時に掴むということが大事なんです。これが分かるようになれば、争いは・・・争う筈がないんですけどね。
 
金光:  そうしますと、自分をみるということは、そういう止観の中で、自分というものを、呼吸しながらやっているうちに、自分が分かると人間も分かる。
 
堀沢:  世界が分かりますよね。
 
金光:  そういうことですね。どうも有り難うございました。
 
 
     これは、平成十二年十二月十日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。