心の絆を結び合う
 
                             経済学者 正 村(まさむら)  公 宏(きみひろ)
                             ききて  迫 田  朋 子
                               (NHK解説委員)
 
正村:  さあ、お出で。歯を磨きましょう。
 

 
ナレーター:  経済学者・正村公宏さんは、毎朝息子・隆明(たかあき)さんの身支度を手 伝います。ダウン症で重い障害がある隆明さんは、今年四十歳 になりました。隆明さんには、特に重い言葉の障害があります。 簡単な単語を使って意思を伝えることも、話している言葉の意 味を十分理解することも出来ません。正村さん夫婦にとって、隆明さんとの四十 年は、言葉を持たない息子の思いを読み解き、心の絆を結び合おうと、手探りで 歩んだ歳月でもありました。隆明さんが生まれたのは、高度経済成長最中(さなか)の一九 六三年です。ダウン症への理解も、育てるための環境も、まだ整っていない時代 でした。とりわけ激しく動き回って、排泄の自立も難しかった隆明さんを受け入 れてくれる場は、学齢期を過ぎてもありません でした。指先を器用に使えない隆明さんのため に、大きなボタンを付けた妻・孝子さんの手作 りの洋服。正村さん夫婦は、隆明さんを育てて いく方法を、隆明さんを見つめながら、根気強 く見出していくしかありませんでした。そんな 夫婦の歩みを記した本、『ダウン症の子をもっ て』は、経済学の著作が多い正村さんにとって、 唯一のノンフィクション作品です。本を書く手掛かりとなったのが、孝子さんと ともに記した隆明さんの成長記録、そして通うことが許された福祉施設との間に 交わされた『連絡帳』の膨大な記録でした。そこには言葉にならない隆明さんの 思いを見つめた日々が綴られています。

 
迫田:  この『ダウン症の子をもって』を書かれて二十年になりますね。
 
正村:  そうですね。
 
迫田:  二十年前に読ませて頂いた時も凄く感銘を受けたんですけど、 また改めて読ませて頂いて、ほんとにちっとも古くないという感じがしたんです が。
 
正村:  そうですか。まだほんとに小さかった頃の彼を連れて歩いて、 いろんなところに出掛けて行って、当時はちゃんとした療育の 仕組みが出来上がっていませんでしたので、ボランティア活動 みたいなもの、或いはボランタリー(voluntary)に関心をもっ て下さっているお医者さんとか、精神科のお医者さんのところ で週に一回とか、そういう集まりしかなかったんですけど、そ ういう所へ連れて行って、接触していく中で、ある精神科のお 医者さんが、「ノートをつけなさい」と言って下さって、それ で『ドンちゃんの記録』というのから始まっているんです。
 
迫田:  「ドンちゃん」は、隆明さんの渾名(あだな)ですね。
 
正村:  隆明の小さい時の。兄がなんとなく調子で、「タカアキドンドン」と言ったのが 「ドンちゃん」になって、彼の仲間の人たちからも、「ドンちゃん、ドンちゃん」 と言われて、『ドンちゃんの記録』をつけ始めたんです。二冊目のノートは『隆明 の記録』になっていますけどね。で、家内が一生懸命付けているんですね。この 間も家内が引っぱり出してきて、読んでいまして、私も勧められてもう一度読み 返したんです。まあ大変な状況の中で、いろん なことを考え抜いて書いているんですね、一つ ひとつ。「ああ、こういうことを、これ今まで やらなかったんじゃないの」とか、そういうの はあるわけですよ。そういうのを風化させてし まわないで結晶させていく。「自分の心の中で 結晶させていく」と言っても、心は頼りないも のですから、やはり文字にしておく、というこ とですね。写真に残しておく、というのはあると思いますけど。 ある種の媒体を─つまり文字という媒体を使って、自分の心を 結晶させていく。そこで彼のことを見付けていくわけですよ。
 
迫田:  隆明さんとは、普通に言葉でやり取りということが、
 
正村:  出来ないんですね。ダウン症の人たちをいろんなお付き合いで 知っているんですけれども、彼ぐらい発語がついに止まってし まったというのは、ちょっと例がないですね。そういう意味では非常に障害が重 いんだ、と思います。小さい時は自分の非常に強い関心のあることについては、 若干の発語─単語ですけど─あったんですね。「海苔巻きを作って欲しい」という 表現は、「ロリロリ」という。そういう発語がなかったわけではないんです。でも それを繋げて何か言葉にする。多少繋げて、「何とかを何とかする」というふうに なったことはついにありませんでしたし、そのうちに口にしなくなっちゃったん ですね。「おやすみ」を「オヤピー」とか、「おはよう」を「オアウ」という挨拶 言葉もでていた時期があるんですけれども、ついに言わなくなってしまった。同 じダウン症でも、そういうふうにならないで、ごく簡単なことは言える人もいる んですけどね。なんか訓練をしたからとか、しないからとか、ということとは、 どうも関係がなくって、彼の言語中枢に何か大きな障害があって、或いは言語中 枢に関わって、論理的にものを考えるところに、大きな障害があって、表現が出 来ないんだろう、と思うんです。それは発語が出来ないだけでなくて、こっちの 言っていることが理解出来ない。ちょっと難しい─そんな難しいことじゃなくて、 ほんとうに簡単なことでも理解出来ない。
 
迫田:  「お腹が空いた」とか、「水が飲みたい」とか、そういうごく普通のやり取りも出 来ない?
 
正村:  出来ませんね。言葉にならないですね。「空いた」とか、「空かない」とか、食べ っぷりを見ないと全然分からない。
 
迫田:  そうすると、ごく普通の思いを伝え合うことも出来ない?
 
正村:  すごく難しいですね。難しいより出来ないですね。そういうふうな形で表現出来 ないわけですよ。だから察するしかない。水が飲みたくなったら、「水が飲みた い」というよりも、自分で水を飲みに行く。水道のところへ行って飲むという行 動になるわけですね。彼の言葉を聞いて、「あ、そう」と言って理解するというこ とからスタートしませんから、彼の行動を見、彼の反応を見、そういう姿をちゃ んと見極める、ということですよ。それをこっちとしてはやらざるを得なかった、 というところが非常に大きいと思うんですよ。そういう目で見ると、彼の行動の 一つひとつがいろんな意味を持っているんですよ。こちらの言うことも想像を絶 しますよ。ちょっととしたことが分からないんですね。全然分からないだろうと 思っていると、そうでもなくて意外に、「こうこうしなさい」ということが分か る。非常にシンプルな、簡単なことはさすがに生活歴が長いですから伝わります けれど、ちょっと複雑なこと、どうしてやっていけないのか、ということは、伝 わらないんですね。でも説明することは重要なんだ、と思うんです。彼との付き 合いでつくづく思うのは、「これ、やっちゃいけないんだよ」「どうして、やっち ゃいけないのか」ということは理屈では、彼は解りません。でも私が、「これこれ、 こういうわけで、これはやっちゃダメなんだよ」というと、彼はどうも理屈が解 って、というよりは、お父さんが、「何かそれなりに根拠があって、禁止している んだな」ということが伝わるということが大事なんですよ。
 
迫田:  中味ではなくて。
 
正村:  中味ではなくって。つまりお父さんは、頭ごなしに怒っているんじゃなくて、「こ れはダメなんだよ」ということを、なんか理屈があって、理由があって、筋道の 通ったことを言っているらしい、というある種の信頼ですよ。それが伝わると、 「分かった」という感じなんです。中味が解っているんじゃなくて、こちらの意 思が伝わる、という。そういうコミュニケーションですよ、彼との場合はね。
 
迫田:  どういうコミュニケーションと思えばいいんでしょうか。言葉のコミュニケーシ ョンではなく、
 
正村:  論理じゃないですよ。論理の繋がりで言ってるんじゃなくて、「ちゃんと筋道通し て大事なことを、どうも親父が言っているらしいから、だからこれは従わざるを 得ないな。ごねるのはよそう」という、そういうことでしょうね。
 
迫田:  そこのところを、どうやって心を通わせるのか、というところが、やはり難しい ところですね。
 
正村:  そうですね。だから「ハンバーガーを買ってあげるからね」と言って、ハンバー ガー欲しかったのを押さえて、銀行へ行って、用を足して、それからハンバーガ ー屋さんへ行ってハンバーガーを買って、という、そんな情景が出てきますけど、 その場凌ぎで騙しちゃいけない。「後で買ってあげるね」と言 ったら、必ず買ってあげる、という信頼なんです。
 
迫田:  それはもしかしたら言葉の意味そのもので伝わっているわけで はないかも知れない?
 
正村:  ないかも知れないです。「後でやってくれる」というのは、な んとなく分かっている、と思うんですね。だけど全部筋道通っ て理解しているんじゃなくて、親父にここはちゃんと従わないといけないな、と 思って従っている。「これやってあげるよ。後でアイスクリームを買ってあげるか らね」と言ったら、絶対にアイスクリームを買ってやらなかったら、彼の心に傷 が付きますから。彼の心が傷つくだけじゃなく、我々の信頼関係に傷が付くわけ です─ちょっと大袈裟な言い方だけど─なりますよね。
 
迫田:  そのご本の中では、かなり最初の頃、「自立させたい」と。
 
正村:  一生懸命になってね。私は、とにかくトイレがうまく教えられなくって、つい─ ついというよりも、感情的になってというよりも、「これはダメなんだ≠ニ教え るのにお尻を叩くというのは必要ではないか」と思ってやったことがあります。 でも、「こういう子は神経が繋がらないということもあるんですよ」と専門の方に 聞かされて、
 
迫田:  それはトイレのこと?
 
正村:  トイレのこと。それが感知できない。
 
迫田:  排尿のことが分からない?
 
正村:  「排尿のことが感知できない。そういうことがあるんですよ。一生繋がらないこ とがあり得ないことではありません」と言われて、一生繋がらないということは 大変なことですけど。逆にいうと、「そういうことがあるんだ。そうか、じゃお尻 を叩いてもダメなんだ。それはそうではなくて、例えば絶えず乾いた物を付けさ せてやって、感触を覚えさせて、そして時間を見計らってちゃんと行く、という ことでやらせるしかないんだ」というふうに割り切った時、スッキリしたんです ね。
 
迫田:  やっぱり「自立自立、一人でやらなきゃダメ、躾(しつ)けなきゃダメ」というところか ら、「そうではないかも知れない」というふうに思われるようになった何かきっか けはおありなんですか。
 
正村:  そうですね。「杓子定規はダメだ」というふうに、いろんなことで経験をしてき て、「自立への道」というようなパンフレットを行政のほうで、障害者のために作 ってくれたパンフレットがあったんです。それを読んだりして、「出来るだけ自立 させなきゃいけない」ということを考えてはいたんです。そのパンフレットもそ うですし、いろんなものを見ると、「少し大きくなったら手を繋がないようにしな さい。自分で歩くようにしなさい」と。障害の子どもというのは、ちょっと大き くなっても─十いくつになっても─手を繋いじゃう、というのは確かに多いわけ です。だから、「そうしないで、一人で歩くようにしなきゃダメですよ」というこ とが書いてあるわけです。マニュアルに書いてあるわけですよ。それで、「そうい うものかなあ」と思っていたんだけれど、でもある時期になって、彼が、自分の 方からしきりに─例えばバスの送り迎えに家内が付いて行ったんですけど─一緒 に歩きながら家内の手を握るようになる。私とでも同じようなことなんです。今 までとちょっと違うな、と。その時に手を繋ぐようになってきた時に 「繋がな いで一人で歩きなさい」ということが、マニュアルの「自立への道」なんです。 だけど、「彼の生育過程を考えると違うんじゃないか」というふうに、家内も考え て、私もまったく同じように感じたんですね。だから意見がまったく一致したん です。小さい時には親なんか無視して、どこへでも飛んでいってしまう。「多動 的」と言われる子どもだったわけですから、そう子が、「親の手を求める、一緒に 歩きながら親の手を求める、というのは、これは非常に大事なことなんじゃない か」と。いわば「心の結びつき、親との繋がり」を今までになく求める段階にき たんだから、彼は前からみたら一つ階段を上ったわけですね。その彼に対して、 「もうお兄さんなんだから、手を繋がないで歩きなさい。一人で歩きなさい」と いうのは間違いなんであって、彼の生育段階を観察したら、手を繋いでやるのが 正しい。だから、彼の方から手を繋ぐことを求めてきたら、ちゃんとしっかり手 を繋いでやろう、と。「自立への≠ニいうことでいうと、手を繋がないように、 と書いてあるけれども、彼の場合は、考えたらこうじゃないか、と思います」と いうのを『連絡帳』に書いたら、施設の側からも、「この頃タカちゃんは、職員と の接触が非常に多くなっています。肩を触ったり、いろいろします」と。つまり 一人で動き回っていた子が、周りの人間を強く意識するようになったんです、そ の段階で。それは凄く大事なことなんですね。何とかして躾をしなくちゃ、とい うことで一生懸命になって、「あれやらせよう、これやらせよう」と。そういうこ とに熱中し過ぎちゃって、それが子どもに対してどのくらいストレスをかけてい るか、ということを見失ってしまいますと、すごく問題行動の多い人になっちゃ うんですね。家内は、彼の生活身辺の自立については凄く重要ですから、そのた めに一生懸命いろんなことをやりましたよ。衣服の着脱からトイレの問題もそう ですし、試行錯誤をしながら失敗もしましたね。だけど、そういうことをやりな がら、でもどっかで冷静に彼を見て、彼の気持ちを読み取って、という心の繋が りをちゃんと確かめていく。そういう姿勢がどっかにあったことがプラスになっ たんだ、と思いますね。
 
迫田:  奥様と意見の合わなかったところの話をちょっと思い出したんですが─テレビの スイッチのことで。
 
正村:  そうそう。私と彼が居間にいまして、隣のキッチンで家内が仕事をしていました。 今のテレビはリモコンで操作しますけれど─そのために彼には非常に自分で出来 ないという悩みがあって、昔のほうがいいなと思うんだけど─当時はカチャカチ ャと回すやつ、あれ回すとチャンネルが変わるから、自分で出来ていたんです、 小さい時に。それでソファにかけていて、彼が、「チャンネル変えてくれ」って、 対面に坐っている私になんかジェスチャしたんです。変えてくれ、というサイン を私に送ったんですよ。
 
迫田:  言葉ではなく、
 
正村:  言葉ではなくて、坐ったままで。だから私は杓子定規だから、変えてもらいたい なら自分でやりなさいよ、という感じで、「自分でやりなさい」と言ったんです ね。それを家内が隣りで聞いちゃったわけですよ、それで、「お父さんは杓子定規 だ」と思ったんじゃないかなあ。「変えてやって下さい!」と隣のキッチンから家 内が叫んだんですよ。でもその時はもう遅くて、彼が私に言われたものだから、 ノコノコ出掛けて行って、自分でやっちゃったんですよ。それで家内が、「彼はな んでも自分でやっちゃうほうなのに、誰かに頼んでやってもらう、ということも 大事なことなんだと思う」というわけですよ。家内の考えでは。
 
迫田:  人間関係の持ち方として。
 
正村:  「何でも自分のことは自分で」というふうに考えるのは、まさに杓子定規なんで あって、そうではなくて、彼の心の育ち方を考えれば、誰かに頼んでやってもら う。「あれやって貰いたいなあ。お父さん、やってくれる」。「ああ、いいよ。や ってあげるよ」と言ってしてあげる。今度、私が彼に、「隆明、あれやってくれ る」。彼がそれをやる、という。そういう関係を作ったほうがいいんじゃないか、 というのが、家内の感じていたことなんですね。だから、「あ、惜しいことしたわ ね」ということになったんですけどね。これは、私はもの凄く教えられましたよ。 私は凄くクールで、コールドに近いほうの人間ですけれど、家内は凄くホットな 人ですからね。そういうのを凄く大事にしよう、という気持があったんでしょう ね。それは凄く教えられました。
 

 
ナレーター:  隆明さんが十四歳を迎えようとしていた頃、正村さんと隆明さんとのコミュニケ ーションが一段と深まることになった出来事がありました。
 
ある夜、ぶらりと彼が私の書斎へやって来た。はじめは、いつもそうで あるように、何か私にしてもらいたいことがあるのかなと思った。しか し、そうではないらしかった。何となく私の顔を見て親しげにしている のである。私は、やりかけた仕事を中断して椅子から立ちあがり、石油 ストーブの前のカーペットを指さして、「まあ、そこへ坐ってごらん」と 声をかけてみた。彼は意外に素直にその場所へあぐらをかいた。私も向 かいあってあぐらをかいた。そのように対面して坐った以上は、なんと なく間を持たせなければならなかった。なにしろ彼のほうは口をきかな いし、こちらの話も、少し複雑になれば、彼にはまったく理解できない。 「父と子の対話」を長くもたせるのは大変であった。私は、ともかく親 愛の表明として手を差し出した。すると彼は、やはり意外に素直に私の 手を握った。それで、私は努力して彼にいろいろ話しかけてみた。私が 話をやめてしまえば、「対話」はそこでプツンと切れてしまう。私は、ゆ っくりと彼にわかるような口調で、彼の生活にかかわりのありそうなこ とを、ぽつりぽつりと話した。彼にそれが十分に理解できるかどうかは 二の次であった。私の彼への気持が、音声を通して彼に伝わればよかっ たのである。
 

 
正村:  何か要求があってきたのかなあと思ったんですね。外へ出ようという要求があっ て来たのか。そうではなくて、ニコニコしているだけなんですね。だからなんと なく親密感を味わいたくて来た感じなんですね。だから手を繋いで、「じゃ、そこ へ坐ってごらん」と言って、ストーブの前に坐らせて暫く話をしたんですね。そ ういうことがきっかけになって、握手して何かをするというのが、すごく彼は気 にいったらしくって、それで夜寝る前に、握手をして、「おやすみ」のことを、当 時は「オヤピー」と声を出していました。今は全然声がでませんけど─「オヤピ ー」と言って、握手をするというのがちゃんと定着したんですよ、その後。彼の 育ち方を見ると、人間はこういうふうに成長するんじゃないんですか(と指で斜 めの線を描く)。ある時、階段を上るんですね、アッという感じで。これは一つ上 ったな、という感じなんですよ。だから握手して、「オヤピー」というのが出来る ようになった、というのは、ストーブの前に坐らせた一件がきっかけだったんで すけどね。そうしたら面白いことが起こったんですけど、居間に私と家内がいる 時には、家内とだけ握手するんですよ。握手して、彼は先に寝るんですけど、「オ ヤピー」をして寝るんですよ。私にはしてくれないんですよ。
 
迫田:  あ、そうですか。
 
正村:  「お父さんにはしてあげないよ」という顔をして上がって行っちゃうんですね。 私にはしないで、お母さんだけは「オヤピー」してね。だから、やっぱりあれだ け自分を全部注ぎ込んで、彼の面倒を見ているお母さんを大事にして、お父さん はその次で、お母さんと握手すれば、お父さんとはしなくてもいいんだ、という。 その順位は感嘆すべきですよ。残念だけど、これは正しい、と。これは凄いと思 ったんです。
 
迫田:  「オヤピー」のきっかけは、お父さんであるにも関わらず。
 
正村:  そうそう。「この握手して挨拶というのは、僕が開発≠オたのになあ」と言っ て、ぼやいてみせたものですけどね。今は十年ぐらい前に、施設に通うのをちょ っと渋る気配があって、恥ずかしながら、朝の身支度なんか家内に任せっぱなし にしてきたんですけど、彼が渋るようになって、「じゃ、僕がやるよ」と言って、 歯磨き、洗顔、ひげ剃り、そういうのを私がやることにしたんですね。ちょうど 十年ぐらいになるんじゃないか、と思うんですが。それ以来、彼の身支度は、今 もずーっと私がやるようになったんですね。全然違いますよ。私に対する親密度 が。
 
迫田:  優先順位が変わりましたか?
 
正村:  優先順位が少し変わったんですよ。夜なんかでも、家内に対しては一般的には素 っ気ないんですよ。いろいろ事情によって例外がある。それは別に疎外している わけではないんですよ。優先順位というのは。だけど、自分を日常的に見てくれ ている人との心の繋がりというのは、何か人間というのは哀しいところがあって、 心だけ繋がるということはないんですね。いろんな世話したり、世話されたり、 いろんな事柄を通じての間柄なんですよ。
 

 
ナレーター:  正村さんが、経済学者として長年取り組んできたのが経済政策論の分野です。研 究者としてスタートをきった、一九六○年代半ばは、急激な経済成長の一方で、 公害や受験競争の激化など、歪みが見え始めた頃でした。正村さんは、そうした 社会の現実を見据えながら、日本経済を分析し、政府の経済審議会などの委員と して、経済政策の方向性について提言を重ねてきました。経済学者の立場から、 一貫して、教育や環境、福祉の重要性を訴えてきた正村さんは、経済学の仕事を、 社会研究として捉えてきました。経済の法則や数字だけにとらわれるのではなく、 広く実際の社会を観察することで、現実の課題を見極め、具体的な解決の糸口を 提示することこそが、経済学の役割だと考えてきたからです。
 

 
迫田:  隆明さんとのそういう暮らしを四十年続ける一方で、本業のお仕事は経済学者と して多くの活動をされ、発言なさっておられますね。
 
正村:  よく聞かれるんですけど、どういう形で結び付いているのか、というのを自分で もあんまり自覚してこなかったんですけれども、でもこの個人的体験がとても大 切なところで生きているんじゃないかなあ、と。比較的最近にもあったことです が、ある講演の席で、私を紹介して下さった方が添えて下さったんです。「ダウン 症の子をもっておられ、そういうご本もおありで、そういうこともあって、福祉 の問題についても積極的にご発言なさっていますし、そういうご本もあります」 ということを紹介して下さったんです。それは大変ありがたいんですが、ちょっ と私の心の中で結び付いているのと違うかなあ、という感じがしないでもないで すね。つまり自分が障害の息子を持って福祉の現場に自分が関わった、というよ りも、福祉の現場と、いわばぶっつかりあいながら、そこを見てきた、という。 見てきた以上に体験してきた、ということと、自分の社会研究者としての姿勢の 問題と、「どこで関わっているか」ということと、「福祉に関心を持つようになっ た」というのとは、ちょっと違うんですね。そうじゃなくて福祉というのは、私 が、そもそも経済学を勉強しようと心に決めた時には、「いい社会を作る。社会の 非常に不公平とか、不合理とかをなくす」。或いは経済が原因で、戦争が起こった というふうに教えられていましたから、経済だけでは説明はできないけれど、で も「経済体制が悪いから戦争が起こったんだ」という、そういうイデオロギーも あったわけで、そういう影響のもとで、経済学を選んだ人間ですから、「いい社会 を作る。それには経済をしっかりコントロールしないといけないんだ」という。 そういう思いで経済学を始めたものですから、「福祉」とか「環境」とか「教育」 の大切さというのは、私にとっては、経済学者として、特別のことでなくて、当 たり前のことです。だからこれは、「自分がダウン症の子を持ったから、障害の子 を持ったから」ということとは、あんまり直接には関係がない。でも、どの深さ で見るか。表面だけを見るのか、深いところで社会を見るのか、という、その姿 勢は個人的体験が凄く効いているな、と思うんです。私は、一言でいうと、やっ ぱり社会の現実に対するリアリズムですね、人間社会の現実に対する見方を、自 分に与えてくれた、という点では、やはり息子が障害を持った子であって、そし て福祉の形は少しずつできてきたけど、魂が入っていない。そういう心を大事に する社会になっていない社会です。ひょっとすると心をますますダメにしている 社会かも知れない、と。社会の現実と直面していましたから、実生活のうえで。 現実の社会というのは、いろいろ青年の時代に、理想主義的に「いい社会を作 ろう≠ネんて夢見ていたのとは実際には違うんだ」と。二十一世紀になれば、世 の中はよくなるわけじゃなくって、現実をよく見たら、信頼できる人もいるけど、 ぜんぜん信頼できない人もいるし、本当に尊敬したくなる人もいるけれど、軽蔑 せざるを得ないような人間もいて、人間の現実というのは、そういうものなんだ。 その前提のうえで社会を悪くしないためにはどうしたらいいか、ということをし っかり考えないといけないのであって、理想主義者から現実主義者に変わったん です。でも理想を捨てたんじゃないんです。理想を捨てたんじゃなくて、自分の 若い時に思った「不条理」というか、「非合理」、或いは「不公正」とか、そうい う正義が行われなくなる。或いは人間の命が失われるような、無惨に失われるよ うな社会をなくしていく、という。そういう志は変わっていませんけれど、でも それを実現するためには、「リアルに人間と社会、人類の現実というものを見なけ ればいけない」ということを痛切に勉強させられたんですね、子どもを通じて。
 
迫田:  やっぱり経済というのは、どうも数字とか、計算とか、そういうイメージがある んですけど、
 
正村:  それは現実に経済がどう動いているか、ということを、数量で把握する。構造的 に把握する。動きを見る。時間の流れをみる。ダイナミックに時間を捉えて、ど ういうふうに動いていくか、ということは、絶対必要なんですね。しかし現実を 読み解くというか、観察をすることですね。何が起こっているのか。どういうこ とが起こっているのか。何が問題なのか。どうして経済が動かないのか。利子を 下げても、何故投資が起こってこないのか、と観察をする。観察に留まらないで 洞察をする。原因は何か。その裏にあるのは何か、という。
 
迫田:  それがリアリズムということですか。
 
正村:  それがリアリズムです。そして説明が十分出来るような数字をもって議論する。 それからもう一つ重要なことは、目の前のことを見る時でも、例えば今日本の経 済の危機的─危機的じゃない、ほんとの危機ですね。この経済の危機の状態をみ る時に、どうしてここへ追い込まれたのか。八十年代、日本的経営が持てはやさ れて、日本の産業は大変な国際競争力が強いように見えたけれど、どうしてこう いうふうになったのか。危機の状態になったのか。アッという間になったのは何 故か。何故バブルが起こったのか、そういうことについてきちんと遡って考える。 「過去のことを言っても始まらないよ」というのは、間違いであって、過去のこ とをしっかり理解をして、何故ここにきたのか、ということについて、いわばほ ぞを噛む思いで、あそこで失敗したなあ、政府があそこで間違った政策を採った なあ、やるべきことをやらなかったなあ、ということをちゃんとみる。
 

ナレーター: この三十年、正村さんは、一貫して、日本の経 済構造の転換を主張してきました。その出発点 が、七十年代初頭の『国民の経済白書』です。 発展した生産力を環境への配慮や、社会保障の 充実に振り向けて、生活優先の経済に転換する ことこそが、長く日本の経済の安定を保証する。 それが正村さんの主張でした。しかし転換は進 まず、危機へと突き進んできた日本の現実を見つめながら、正村さんは、経済学 の根本をも問い直すようになりました。
 

 
迫田:  正村さんのお考えになる経済というのは、つまり今いろいろ言われている日本の 経済、いわゆる利潤追求だったり、GNPをあげていくこととか、なんかそうい う話と、どうも違う、というふうに思うんですね。
 
正村:  抽象的に言えば、経済というのは、稀少な資源をどうやって、どういうふうに有 効に使うか、ということなんですね。
 
迫田:  希少な─数の少ない。
 
正村:  人間の欲求を満たすという点では、有限である資源をどういうふうに使うか。「ど ういうふうに使うか」というのは、二通りあって、「どういう目的のために使う か」。例えば鉄鋼を何千万トンか生産したとしますと、その中のどれだけを自動車 に使い、どれだけを建設に使い、どれだけを家電に使い、とかとありますね、用 途別に考えますと。石油をどう使うか。どういう分野に使うか。その限られた資 源をどういう目的に割り当てるか。これを「配分」と言いますけど。それからも う一つは、「それを社会を構成している人々の間にどういうふうに割り当てる か」。つまりたくさん誰かのところへいってしまって、誰かのところにはちっとも いかない、という分配状態にするのか。それともみんなにある程度生活が成り立 つように分配するのか。「分配」と言います─ディストリビューション(distr- ibution)というんです。その配分と分配の問題を考える。そしてまたそういうも のの配分と分配に関わるいろんな活動を通じて、経済が非常に不安定化して、あ る時は繁栄するけど、次の時は酷い状態になって、人が飢え死にしたりとかとい う、そういうことにならないようにするためにはどうするか、という。安定であ って、合理的な配分が行われて、公平な分配が行われて、という、そういうこと をしっかりやらないといけない、ということが、抽象的に言えば、それが経済な んですね。日常的に、みなさんはスーパーマーケットで物を買って、それを調理 して食べる。絶えず自然との関わりの中で、自然から採取したいろんな物を、魚 でも肉でも、或いは養殖したものもありますけれども、それを使って生命を維持 しているわけですね。そういう活動の全体をどういうふうにしたら、公平で合理 的な、そして安定性のある状態を維持できるか、ということを考えようというの が、経済学のもともとの目的ですから、それがうまくいかないと、私たちの生活 は揺らいでしまう。失業が大量発生して困る人もいるし、自殺に追い込まれる人 もいるし、不安が大きくなって。そういうことをなくすためには、経済のコント ロールをうまくやらないといけない。そのためには繰り返しになりますが、資源 の有限性ということを真剣に、生産力が高くなっているだけに資源の有限性を真 剣に考えなければいけない。そうしないと、資源の枯渇が起こる。或いは環境の 破壊が進行する。そして人間の再生産ができなくなる。市場経済が支配をして、 それにみんなが振り回されて、忙しくなりすぎて、金々々の世の中になってしま って、やはり女性が働きながら子どもを育てるということが、非常にやりにくい ような状態になってしまう。しかも都市計画が貧しいから通勤時間が長くなって、 女の人が働こうと思ったら、子育てができない。子育てをするか、職業生活をや るか、絶えず選択に迫られる人が増えてきて、現代社会というのは、人間を生め なくなっている。つまり次の世代を、順調に再生産していくことができなくなっ て、少子化が進みすぎている、というだけではなくて、質の再生産ができなくな っている。自然の中で子どもが自然の美しさと同時に自然の恐ろしさというか、 怖さ、自然の凄さというものを、日常的に体験して、子どもの時から育ってくる、 ということがない。しかし人間は生物なんですよ。だから近代化して、社会が都 市化して、そして都市の構造が乱雑にスプロール(sprawl)化して、緑のない、 非常に乏しい都市をどんどん造っちゃって、そして猛烈に忙しくって、家族が十 分機能していなくて、お父さんが帰って来る時間が遅くて、夏休みも十分取れな くって、家族が一緒になって自然の中で過ごす、という体験を子どもが持つとい うことがないような社会にしてしまったら、子どもはおかしくなりますよ。
 
迫田:  高度経済成長と、経済がそういうふうにしてきた、というふうに、
 
正村:  そうですよ。
 
迫田:  それは、でも経済だ、と。
 
正村:  経済だ、と思い込んで、「経済、経済、経済」ってやると、経済がダメになっちゃ う、というパラドックス(paradox)なんですよ。そのことに、まさに真っ先に経 済学者が気付かなければいけないんですよ。経済の専門家なんだから。ハンガリ ー人で、カール・ポランニー(ハンガリー出身の経済学者。人類学的視点から経 済を研究)という著名な方がいますけども、一九四○年代、例の大戦中に書いた 本の中で、「かつて経済は社会の中に埋め込まれていた」と。それは近代以前の経 済を見れば分かりますよ。社会生活、共同体の中に、家族の中に、経済が組み込 まれて、そこで動いていたわけです。彼によると、「近代になって、経済が一人歩 きを始めた。市場経済が支配して、あらゆるものが市場化して、労働力まで市場 化して、
 
迫田:  経済のほうにみんなが取り込まれた。
 
正村:  全部経済に取り込まれて、市場経済も経済、貨幣経済がどんどん動いていって、 貨幣制度まで一人歩きするようになって、投機が起こって。そうなってみたら、 「経済が一人歩きをして、今度は経済自身の基盤であった筈の社会を壊し始めた」 というふうに、彼は言っているんです。私は、それは非常に正論だ、と思います。 今の日本を見てご覧なさい。九十年代以後の日本は、経済が危機にあるだけじゃ んないんですよ。社会が危機にあるんですよ。つまり「物をたくさん作って売り 込めば、そして業績をあげれば、販売業績に貢献する物が何でもいいものだ」と いう商業主義でしょう。それにみんなつられて、いろんな物を買うわけです。だ から「これは非常に弊害があるよ」というふうに、専門家がいくら警告しても、 会社の売り上げの伸びに非常に貢献しているとすれば、その売り上げを伸ばした 開発者は賞賛されるわけですよ、会社の中では。こういう価値基準ですね。「産業 主義」というのは、「とにかく物をたくさん作る。どんどん物を猛烈に働いて作 る、ということが、至上の命令、至上の価値になるような、そういう状態だ」と 思います。持続可能社会でなくなっている。持続可能性を失いつつある。環境破 壊もそうですけど、人間も破壊しているわけですから。これを警告するのも、経 済学者は、社会研究者なんですから、「こういう経済の仕組みだとダメですよ。人 間の多様な生き方が可能になるような社会を作る。そして家族が機能を取り戻す ような社会を作る。そうすることが、二十一世紀の持続可能な環境を守ることも できるし、子どもが次の、次の世代の子どもたちも元気に生まれて育ってくるよ うな社会を作ることになるでしょう。そういうことこそが経済を長続きさせるこ とになるし、ほんとの意味で貴重な資源を子々孫々まで有効に使うことに繋がる」 という。そういうことを大前提として、その枠を見失わないようにして、まさに それを考えなければならないからこそ、それに向かって、今のこの危機をどうい うふうに乗り越えていくかということを、現実的にいろいろ考える。
 
迫田:  つまりそういう大きな価値観があった中で、はじめて社会研究としての経済とい うのが、現実をきちんとみた上で、今何をやるか。つまり有効な資源の中で、ど うそれを効率的に、その目的のために、どうしたらいいか。
 
正村:  どうしたらいいか。どういう仕組みを作ったらいいか。「市場経済」というのは、 「金儲けを目的とする人たちが、行動する場所だ」というふうに考えないで、「何 か事業をやって、仮に誰かが社会のために意味のある仕事をやろうと思った時に、 その事業が成り立つか、成り立たないかを、チェックしてくれる共通の基準だ」 と思えばいいんですよ。もし何か非常にいいアイディアが浮かんで、そしてこれ は世の中のために役立つなあと、何とかしたいと思って、献身的にやっても、全 然採算が取れなければ、「これは無理だよ、君、止めたほうがいいよ」と言ってく れるのが市場なんですよ。非人為的なメカニズムを通して、それが社会的に成立 するかどうかを、チェックしてくれる基準なんですよ。それがちゃんと有効に働 くためには、ちゃんと有害物質を出しちゃいけませんよ、とか、有害なものを売 りつけちゃいけませんよ、とか、不法なことをやっちゃいけませんよ。契約はし っかり結ばなければいけませんよ、とか、たくさんのルールが要るんですよ。公 正さとか、透明さとか、安全とかというための。「効率って何だ」と聞かれたら、 それは「目的に対して、手段がもっとも有効に使われている」ということである。 限られた資源を有効に使うか。「効率」というと、すぐ「能率」というけれど、そ うじゃないんです。例えば安心ということのためには、どういう方法が一番有効 だろうか、ということを考えて、あ、こっちのほうがいいよ、と思ったらそれを、
 
迫田:  多少お金がかかっても、
 
正村:  かかってもちゃんとやる。ついでに言いますと、競争─コンピート(compete)、 コンペティション(competition)─競争と言います。元になるラテン語があるら しいんですね。これは「凌ぎを削る競争」というイメージとちょっと違うみたい なんです。競争というと、
 
迫田:  相手を蹴落とす、という、
 
正村:  誰が一等で、とか、誰が入賞者で、後はダメ、と。建築のコンペというと、設計 図を描いた、一人だけ選んでその人がいい、後は止め、という。そういうのとち ょっと違って、「誰が適格者であるかを判断する」ということらしいんですよ。 「生きるか死ぬかの競争」というイメージに繋がり易いんです、我々の中のイメ ージの競争は。でも本当は市場のもとでのコンペテーレ(competere)は、「凌ぎ を削って誰かを蹴落とす」というんじゃなくって、さっき申し上げた市場の経済 で成り立つ事業は、
 
迫田:  どれが一番適格であるか、
 
正村:  適格であるか、
 
迫田:  経済の中で心の繋がりなどというものが、うまく組み込めるものなんですか。
 
正村:  私は、「心の繋がりを組み込みなさい」と言っているんじゃなくって、実は経済活 動の基礎にあるのは、そういう社会のもっているある人間と人間との間の繋がり をちゃんと維持していく機能があってこそ、経済は維持されるわけですよ。それ がなければバラバラになって、信頼していなければ、いちいち物を売り買いする のに、契約書を書いて、ハンコを押して、ハンコだけでも信頼できなくて、とい う話になるでしょう。市場経済というけど、交換だってちゃんと、例えば、つけ で物を売ったり買ったり、というのは、
 
迫田:  物の交換ですね。
 
正村:  物を売るということをやるためには、相手に対して信頼関係がなければいけませ んよ。これは大事なことなんです。縄文時代には遠い集落と集落の間で、何か持 ち寄って、黒曜石のやじりの材料と何とかを交換し、或いは魚を持って行って、 お米と交換するとか、縄文時代は米じゃなくて、魚を持って行って、向こうで栗 の実かなんかと交換していって、随分広い範囲で、遠くの方から物が運ばれてき て。それはやっぱり信頼ですよ。いい加減な物を渡すんじゃなくて、ちゃんと見 せ合って、それで継続的に繰り返す。社会というのは、そういうものが土台にあ って成り立つのであって、人間が劣化し、人間と人間の間の信頼関係がガタガタ になっていってしまったら、つまりすべてが何かもの凄い商業主義的なもので支 配されるような社会になったら、パラドックスなんですけども、そういう経済計 算だけですべてが成り立つようになってしまったら、経済計算も成立しなくなる、 と。最後は、担っているのは人間ですから。
 

 
ナレーター:  去年、正村さんは、勤めていた大学を退職しました。時期を同じくして、隆明さ んも長年通っていた施設を止めました。年齢を重ねるに従って、心身の負担が大 きくなっていく様子がみられたからです。
家族三人での暮らしの中で、隆明さんは落ち着いた日々を取り戻しています。
 

 
孝子:  飲むんだったらコーヒ飲みなさい。
正村:  これなんか今怒っている。
 
孝子:  あ、ほんとね。
 
正村:  怒っているよ。
 
孝子:  何か面白くない。わかった、デザートが何も出ていないから。
 
正村:  そうだよ。昨日、見ているからさ。覚えているんだよ。出してやったら。
 
孝子:  そっちがいいのか、こっちがいいのかよく分からない。これじゃないほうがいい。 これイチゴいる?
 
正村:  それじゃない。怒っているよ。
 
孝子:  クッキー?
 
正村:  出るはずだよ、と思っているんだよ。記憶力いいんだから。見てごらん。クック ックッと笑っているよ。笑いが止まらない感じよ。良かったね。われわれみたい に格好つけないからさ。これね、最初からね、目の前に置いて、 クッキー置いて、コーヒ出してね、並べて置いたらね、卵もき んぴらも食べたかも知れない。ちゃんと食べたかも知れない。 出ていないもんだからストライキを起こした、というかね。
 
孝子:  今日はどうして出ていないのって。
 
正村:  どうして昨日あれがあったのに、買ってきてあったのに、出て こないのよ。
孝子:  それが分かる。買ってあったのを知っているから。
 
正村:  そうだよ。だから失敗したんだよ。
 
孝子:  よく食べるところを見せてやりたかったわね。昨日からクッキ ー知っていた。
 

 
ナレーター:  隆明さんの思いを読み取りながらの暮らしがいつまで続けられるのか、心の中に 不安も抱きながらの毎日です。
 

 
正村:  こういう平和な状態がくるとは、ちょっとね。小さい時のもの凄い多動的な時に は想像も出来ませんでしたからね。
 
迫田:  平和な状態?
 
正村:  平和ですよ。平和だけど、それは平和であるけれども条件があるわけで。どうい う状態に自分を落ち着けていくのか、全然見えないんですけれど、だけど今思っ ていることは、この形がいつまでも続くといいなあ、と。つまり家内と障害の息 子と一緒に暮らす。これは何万年でも続けたいと思っていますよ、この暮らし方 を。
 
迫田:  何万年でも?
 
正村:  何万年でも。私を支えてくれた家内を支えてやって、そして私のかけがいのない、 私たち以外に支えるもののいない息子を側に置いて、何万年でも。ただそれが言 えるのは、みんな三人ともがそこそこに健康だからなんですよ。私か家内かどち らかが倒れたら、紛れもない老年ですから、どっちかが倒れることは覚悟してお かなければいけないんですけど、いつの時期か。それだったら彼は支え切れませ んから、どこか専門の施設に預かって頂くしかないな。でも自分で家族を作って、 自分の家族を持つ、ということが許されていない彼に対して、やはり、いろんな 形があり得ると思いますけど、少なくとも今の状態であったら、私たちと一緒に 暮らす。この家族の形を彼に与えてやろう、というふうに思っていますからね。 それがしかしいつまでも続けられるわけではないし、彼自身が重い病気になって しまったら、私たちが支えきれなくなるかも知れませんね。人間、どういう順番 で死ぬのかなんて分かりませんけど、私の願望を言えば、まだ今すぐというのは 嫌ですけど、もっと大分先になってからのこととして、覚悟しているんですが、 やっぱり息子のことをちゃんと看取ってやって、それから家内を、私よりちょっ と歳が上ですから、看取ってやって、最後に私が一人で、「さようなら」をすると、 この世を。絶対その順序でないと嫌だ。その通りなるかどうか分からないけれど、 そうなりたいと思っています。そんなことを現役で夢中になって時間に追われて 仕事をしている時は、あんまり考えなかったんだけどね。今、考えていますよ。 そういう順番で。で、自分の命が有限である、ということは凄く強く、ちょっと 想像を超えて意識するようになりました。悠久無限の時間の中でほんの一瞬しか 生かされていないんだなあとか、広大な何億光年とかという気の遠くなるような、 その先に何があるのかよく分かりませんが、その中のなんと小さな存在なのか、 ということを考えさせられれば、それだけ見れば儚いですよね。儚いというふう にいうことさえ出来るんだけど、儚いなんて言葉を通り過ぎた虚しさですよね。 だけどそうであることをパッと目の前に感じて、どういう順番で自分たちがこの 世から去っていくのか分からないし、どういう思いをするか、どういう経験をす るのか。なるべく悲惨な終わりでないことを願いますけど、でもそういうのは考 え出したら眠れないわけですけれども、だけどもそういう状況の中で改めて感ず るのは、だからこそ、ほんの一瞬生かされているに過ぎないからこそ、これこそ 自分の目の前にいて、自分にとって、自分を支えてくれてきた人間をこそ支えて やらなければいけないし、そういう関係を大事にして生きる。精一杯生きる。こ こで宣言したら、これずーっとそうしなければいけないわけですけど、ほんとに そう思っているんですね。それは、退職という一つの区切りを迎えて、自分の人 生について考えた時の最大の思いですよ。身近な人間に対して、最善を尽くして やりたい。自分の可能な限りにおいて。そういうふうに思っていますけどね。
迫田:  今それで経済学の大元の本を書かれていらっしゃるそうですが。
 
正村:  経済学の基礎石をちゃんと置き直してみよう、と。その上にど ういう構築物ができるか、ということが決まってきますから。 で、その「課題と方法」を考えてみよう。「経済体制を選ぶ」 というのはどういうことかよく考えてみよう。「政府の役割」 をしっかり見極めてみよう。「経済と社会の関係」を考えてみ よう。「経済と歴史」の関係を考えてみよう。そして最後に「経済と文明」の関係 を考えてみようという、そういう構成なんですよ。「課題と方法」「体制の選択」 「政府の役割」「経済と社会」「経済と歴史」「経済と文明」。それを一生懸命やっ ているんですよ。
 
迫田:  今、執筆されながら、
 
正村:  そうそう。今回の仕事は、退職後、徹底的に考え抜いて、もの凄く、ほんとに自 分のイニシアティブ(initiative)なんですよ。誰かと契約して、「正村さん、こ ういうことを書かない」と言われてじゃなくって、どうしても、自分がやってき たことを土台にして、今世の中でいろんな議論が行われているけど、これだけは 今言わないといけない、と。一番こう、深層の、経済と社会の関係、経済と歴史 の関係を深層のところで見つめた、それをやらないと軽薄な今の経済の議論を乗 り越えられない、と。
 
 
     これは、平成十五年六月二十二日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである