「不殺生」を考える
 
                       比叡山延暦寺学問所所長 小 林  隆 彰(りゅうしょう)
                       き き て       峯 尾  武 男
 
峯尾:  京都府と滋賀県に跨る比叡山。ここに天台宗総本山延暦寺(えんりゃくじ)があります。今から凡そ千二百年前の西暦七八八年、国の平和を祈る道場として、伝教(でんぎょう)大師最澄(さいちょう)によって開かれました。現在、百五十五のお堂が立ち並んでおり、これらは平成六年、修行など、現在も行われている宗教行事も含めて、世界文化遺産に登録されました。私は今、延暦寺の根本中堂の近くにある「祈りの広場」にいます。今日は比叡山延暦寺・学問所所長の小林隆彰さんにお話を伺って参ります。どうぞよろしくお願い致します。
小林:  よろしくお願い致します。
 
峯尾:  今、この場所のすぐ横に、祈念碑がありますように、此処で、一九八七年、昭和六十二年に、世界各国のさまざまな宗教の宗教者が集まって、世界平和を祈念した、という催しが行われたんですね。
 
小林:  はい。ちょうど昭和六十二年といいますと、比叡山開創(かいそう)千二百年と申しまして、比叡山が開かれてから、千二百年で、この時に、「何をすべきか」ということを、私どもはいろいろ考えたんですけれども、比叡山の成り立ちから考えて、比叡山そのものは、四宗融合と申しまして、その当時の仏教を総て融合して、そして比叡山を開いた、ということなんです。そうすると、比叡山の仏教は他の宗教を否定しない。みんな一緒に仲良くやっていこう、という精神なものですから。その当時ちょうど世界は非常に荒れておりましたし、今もその通りですけれども。特に宗教間の争いも盛んにやっておりましたので、何とかして宗教が一つになって、世界の平和を訴える、或いは、みんなで祈らなければ、これは世の中は、この地球は崩壊してしまうんじゃないか、というふうな危機感がありましたので、何とかしてこの山で、宗教者みんなが集まって、世界の平和を祈ろう、と。祈りの原点に帰ろう、というようなことから始めたわけなんですね。
 
峯尾:  しかし、実際の催しで何もかも総て和気藹々(わきあいあい)といったというふうにはいかないところがあるんじゃないんですか。
 
小林:  もっとも一番心配しましたのは、「祈り」ということですね。「祈り」というのは、基本的には宗教の基本ですから。そうすると、例えば、イスラム教徒が神に祈る時に、キリスト教の人々とか、或いは、ユダヤ教の人々が黙っているかどうか。或いは、反対に、またキリスト教徒がこの壇上で祈る時に、イスラム教徒は黙って見ているかどうか。というのは、「見る」ということは認めることですから。基本的には、一神教は他の宗教を認めないというのが基本ですからね。それを本当に一番心配をしましたね。もしも祈りの時に何か事件があったら、と非常にそれを心配しました。黙って見るということは認める。認めない人が認める、ということですから、これは大変なことだと思っておりましたが、お陰で事なきを得まして、今ではそういうことは普通になってきましたからね。宗教としては大変な進歩だということです。
 
峯尾:  小林さんご自身としても、それは非常に大きな大変な経験だ、と思うんですがね。
 
小林:  そうですね。私ども比叡山の山の上で、あまり他の宗教を知りませんでしたからね。勿論、宗教を知るということは、他の宗教者を知るということです。ところが我々は他の宗教者を知らなかったということです。でも、実際に会って見ると、同じ人間です。基本的には人々のための幸せを祈るのが宗教ですから。それが戦争をしたり、殺し合いをしたりするなんてことはあるわけはないと思っていましたけれども、実際はそうではない。そのことをいろいろ喋っている間にだんだん万教同根というんですか、宗教の根っ子を掘っていくとどっかで繋がっている、と。愛とか慈悲というので繋がっていることを本当に実感致しました。それで力を得ましたですね。
 
峯尾:  さて、今度は小林さんご自身のことをちょっと伺いたいんですが、お生まれは香川県の善通寺市。昭和三年。で、十歳の時に得度(とくど)されて入山された。
 
小林:  入山は十四歳半ばです。昭和十八年でございますから。
 
峯尾:  十歳で得度されたということは、もうその時に、
 
小林:  母が大変信仰深い人でしたので、自然に仏門に入ったようなことで、それはきわめて形式的なことでございましたけどね。まさか比叡山へ来るとは夢にも思っておりませんでした。
 
峯尾:  そうですか。
 
小林:  ただ、私は小学校六年生の時に、交通事故をやりまして、その時に列車に撥ねられました。ところが何の怪我もしなくて、大変不思議なことがありました。その事故の一週間前に、四国のお遍路さんが、同じ列車に撥ねられたのを見ていました。ちょうどゴム毬が飛んでいくように飛ばされて、道路にパチンとぶつけられて即死しました。その頃からだんだん人生無常の世の中とか、人間はどうして生きていくのか、ということを非常に深く考えるようになって、それがどうも比叡山に来る原因であったか、と思いますね。比叡山に来まして、最初に根本中堂へ参りました。三月でしたが、ドロドロの雪のようなものがあるので、「あれなんですか」と聞きましたら、「あれは雪だ」とこう言われる。雪は、私ども子供の時は、雪が降るとお茶碗に雪を盛って、砂糖を掛けて食べたという大変美味しい思いがある。ところが比叡山に来て見ると、何て汚い雪だなあと思って驚きました。その頃、師匠になる方が、「固定概念を持つな。ドンドン世の中というのは変わっていくもので、縁によって世の中は変わっていくんだから、物には決まったことは何にもない。善人もなければ悪人もない。総て縁によって移り変わっていくということを覚えておけ」ということを言われました。未だにそのことが頭に残っていますね。兎に角、比叡山に来た時に、その雪を見てから、成る程、世の中は変わりましたね。固定したものは一つもない。それが実は仏教の基本でもあります。ということを後から教えられたんですけどね。それから私はずっと比叡山で居りまして、三十歳後半に、当時延暦寺執行(しぎょう)の叡南祖賢さんという人に呼ばれて、責任者の一人になったんです。責任役員と言いますが、その時に呼ばれて執行室へ参りましたら、「お前、兎に角、大比叡の頂上へ登ってよく見て来い」と。
 
峯尾:  大きい比叡、
 
小林:  ええ。
 
峯尾:  まさに頂上ですね。
 
小林:  八百四十八メートルの山です。「ははあ、これはこういう伝統のある大事な山をお守りすることについては高いところから見よ」ということかなあと思って、「はい」と言って、六百五十メートル程のこの場所からトコトコと歩いて山頂へ登りました。よく見えるんです。で、「見て来ました」と言ったら、「どうして見てきた」と。「「よく見ました」と言ったら、「うん、駄目だなあ。もう一遍行って来い」と、こう言われた。それで、「そうですか」と、また此処を出まして、トコトコ歩いて山頂へ登りました。その時にフッと思ったんですけれど、八百四十八メートルの三角点がございます。その三角点の上に三十センチほどの石を抱えて行って、上に載せて、その上へ上がって周りをずうっと見たんです。景色はまったく変わりませんけれども、気分がちょっと変わりました。ああ、これかなあと。こんな大事な比叡山を将来お守りをしていかんならん。それから、坊主というのは、基本的には人々の精神の道案内人である、と。みんなと同じものの見方をしてはいかんし、かと言って、高すぎてはいかんし、低ければなお悪い、と。みんなより少し高いところから見よ、ということかなあ、と思ってね。そのことを教えられた。それが未だに頭の中にずうっと残っておりまして、ものを考える基本になっている、と思います。
 
峯尾:  やはり流石にお若い頃からと言っても、まあ三十過ぎればもう若いとは言われないかも知れませんけれども、非常に深くものを見つめ、ものを考える。
 
小林:  いやいやそうでもありませんけどね。大変お恥ずかしいことなんですけれども。私は世の中を見ておりまして、どんどん変わっていきますね。その時に坊さんが何か言わなければならない。ところが今は言えない。非常に難しいことになっています。私は何年か前に、神戸で、少年が子供の首を切ったという事件がありましたが、あの時に、きっとこれは、新聞社が私にコメントを求めてくると待っておったんです。大変なことがあると、電話が掛かるものですからね。ところが来ない。どうしてだろうか、と思っておったんですが、考えてみると、どうも坊主に聞いても仕方がない。これほど命が粗末にされておるのに、宗教家が何も言わない。ただお説教あたりで、「命を大事にせなならん」と言われているだろうけれども、ほとんど声が大きくならない。坊さんに聞いてももう仕方がないではないか、というふうに思われているのではないか、と思いましたね。他の人にも聞いたんですが、「いや、コメントは求めてきていない」と。これは非常に恐ろしいことだと思いますし、深く反省しました。どうも宗教家が世の中から遊離されている。実は十分認められていない。また、我々も言っていない。「言わない」ということは、大変な罪悪だ、というふうに、最近、特に思いますね。
 
峯尾:  初めにお話を伺った世界宗教者会議、それが行われた八月、それ以降、毎年こちらで日本全国のさまざまな宗教者が集まって、平和への祈りを捧げていらっしゃるということですが、今、ちょっとお話が出ました身近な問題、或いは、今の社会の中で抱えているさまざまな問題について、宗教者に尋ねに来ない。或いは、宗教者がそれについて発言しない、というか、積極的に行動しないのではないかということについては、今、小林さんが非常に深く考えていらっしゃる、憂慮していらっしゃる問題だ、と。
 
小林:  はい。私は、「命が大事だ」ということを、みんなが思わなくなった。終いには、殺すことを楽しむような世の中になってしまったということに、非常に恐ろしい危惧を感じておるんです。そんなことで、私はいま何処へ行っても、いろいろ講演なんか頼まれる時にも、大抵、「殺すまい」「盗むまい」「嘘言うまい」ということを訴えているんです。ということは、人間は物の命をとって生きているわけですから、殺さずに生きていられない。けれども、せめて人間同士は殺しちゃいけない。殺すより生かさねばならん、ということを絶えず言わなければならん。これはお釈迦さんの時代からずうっと言って来られたにも関わらず、平気で殺している。もっと言えば、殺すことを楽しんでいるような人間の恐ろしい業のようなものが現れておりますし、嘘も平気でいうようになりましたね。盗むということもいろいろ範囲が広いですけれども、兎に角、自分のものにしたいという欲ばかりが先に立ちまして、譲るとか、差し上げるとか、お返しをするとか、与えるとかということはなかなかない。このままいけば、私は、世の中は崩壊すると思いますね。
 
峯尾:  その辺のお話はさらに仏教の教えの根本も含めて、先程、お話が出ました汚れた雪が降ったという根本中堂の方で、さらにお話を伺いたいと思います。
 
天台宗比叡山延暦寺の総本堂・根本中堂です。正面が三十八メートル、高さ二十四.五メートル、奥行き三十七.六メートルです。根本中堂は比叡山千二百年あまりの歴史の中で幾たびかの火災に遭いましたが、千六百四十二年、徳川家光によって再建(さいこん)されたものが、今、私たちがいる根本中堂です。堂内には、三つの法灯が灯(とも)されています。これは伝教大師最澄がこの地に庵(いおり)をむすんだ時からの灯火で、「不滅の法灯」として、今に伝えられています。引き続き小林隆彰さんにお話を伺って参ります。
 
先程のお話で、十七歳の少年が子供を殺(あや)めた時に、それこそ小林隆彰さんのところに、新聞社がその話を聞きに来なかった。宗教が、今、世間でどう思われているか、というお話がありましたけれども、そもそも人間の命が尊いのだ。人を殺めたり、自らの命を絶ったりしてはいけない、というようなことを、仏教はどういう形で説いているんでしょうか。
 
小林:  これは原始経典というお釈迦様の一番最初の経典ですが、その原始経典の中なんかに盛んに書かれているわけです。「何故人を殺しちゃいけないんですか」と、弟子がお釈迦様に問います。と、お釈迦様は、「お前が殺される身になってご覧なさい。自分が殺されると思ったら、人を殺しちゃいかんのは当たり前ではないか」ということをおっしゃっておられる。「それはごもっともです」ということで、「殺生戒」─人ばかりではなく、無駄に生き物の命を取らない、ということが、お釈迦様の教えの基本になっているわけなんです。ということは、否定することが最初ではないんです。立派に生かしていく為には殺しちゃいけない、というふうな、むしろ生かしていくことが先にあって、その為には殺しちゃいけない、ということをおっしゃっておられる。また自殺についても、我が国ではどうも自殺をしたり、江戸時代は切腹をすることが美しいことであるとか、今でもやっぱりそういうふうに自分の命を捨ててでも、ということがありますけれども、仏教では、「自殺も実は殺人だ」ということをおっしゃっているんです。というのは、お釈迦様の時代に、お釈迦様が、「この人間の世界は非常に汚いものだ。しかも、それなりの悪い心を持って、悪いことをする。それは肉体を持っているから、そういう罪を作るんだ」ということをおっしゃった。それは不浄観と言いまして、「そもそも世の中は汚いもの、自分を汚いものだ」という説法をされたんです。それを聞いたお弟子さんたちが、「そんな汚い身体なら早く捨てて、仏の国へ行きたい」というふうなことを希望して、たくさん自殺した時代があった。そのころ、お釈迦様は、「今日は説法を聴く人が少ないじゃないか」と聞いたら、「いや、実はこの前お釈迦様の教えを聞いて、早くこの世を終わった方がいいと思って死んだんです」と、こういう。「それはえらいことだ」と。「自分の身体は自分のものであって、自分のものではない。たくさん命が集まって出来ているんだから、それを自分の勝手な思いで絶つということは、これは殺人罪である。決してしてはいけない」ということをおっしゃった。だから、要するに、自分の身も、他の人も殺しちゃいけない、ということが戒律の基本になったわけです。お釈迦様は、先ず第一番に、「命を生かせ。殺しちゃいかん」ということをおっしゃったわけなんです。おそらくどの宗教でも、殺すということは一番いけないとみているわけです。勿論、キリスト教とか、西洋の一神教では、自分の神以外は拝んではいかん、ということが第一番にきますが、これは場所、国柄とか、歴史の成り立ちによって変わってくるんでしょうけれども、仏教では、兎に角、殺しちゃいけない、ということから始まっているんです。今は生命軽視が当たり前になってきて、しかも、だんだんどうも殺すことを楽しみにするような時代になってきている。これは大変恐ろしいことだと思いますね。私は子供の時から、「魚釣りをしてはいかん」と母親にいつも言われて、それが残念で、未だにそのころの残念なことを覚えています。魚を捕ったりするのでも、仏教では、「生活の為なら、これは仕方がないけれども、殺すことを楽しむことはするな」と言っているんです。これもやっぱり物の命を大事にする、殺生戒に関わってくることだと思うんです。どうも人間には殺すことを楽しむような業のようなものがあるんではないでしょうかね。
 
峯尾:  それが自らの理性とか、或いは、信仰の力で抑えるという言い方ではいけないのかも知りませんが、兎に角、自分が生きている間に、そういう行動には及ばない筈だったのが、箍(たが)が外れたように、しかも、親に向かって、「何故殺しちゃいけないの」と言われたら、母親がそれに答えられない。父親もどう説明していいか、説いていいか分からない。
 
小林:  そうなんですね。だから、その時にどう答えるかということなんですけれども、私はやっぱりお釈迦様が説かれた、「お前が殺される身になってご覧なさい」と。「自分が殺されるということを思うと、当然これは殺しちゃいけないだろう」というふうにならなくちゃいけないし、「生きてこそ、命があってこそ、いろんなことが出来るんだから、いろんなことが出来る命を奪ってしまうということは、これは大変な罪である」ということを本当に親が子供に教えなければいけない、というふうに思うんです。どうも私は戦後の教育には問題があると思うんです。「自分中心に、お前のために勉強するんだ。お前のために世の中があるんだ」というふうなことをずうっと教えてきたものですから、そうすると、「自分に邪魔になるものは悪である。悪は潰して何が悪い」ということに成りかねない。例えば、子供が小学校へ上がって初めて運動会にでる。その時に五人が五十メートル走ると致します。そうすると、お母さんたちは何を見ているかと言ったら、自分の子供ばっかりを見ているわけですよ。一番に成りたいけども、早い子がいる。ひょっとして、一番早い子は、何かに躓いて転けますね。そうすると、そのお母さんが喜ぶかもしれない。二番目の子の母は、ああ倒れてくれて良かった。家(うち)の子供が一番になると思うかもしれない。そういうふうに、どうも自分中心に自分中心に、勝つことばかりを教えてきたのが、いまのこの世の中になってきましたから。相手のことを考えることをいつも教えなければ、これはいかんのではないか、と。自主とか、独立とか、言いますけれども、自主は他があって初めて自主であって、自分だけ立っておっても、誰も見てもくれない。そういうことを、今、本当に声を大にして言わなければならないと思うんです。お釈迦様はその点で、兎に角、生きておってこそ、いわば命があっての物種だ、ということを、私はおっしゃったんだろうと思うんです。生きておってこそいろんなことが出来る。他の為にも出来るし、自分の為にも出来るし、努力も出来る、ということになる。先ず、第一番に命が大事なんだ。自分の命が大事なように、他の人の命も大事だ。だから、命を取るということは最大の悪である、と。地獄の業である、というふうにおっしゃっておられます。仏教では、「五戒」とか、「十善戒(じゅうぜんかい)」とか、或いは、「五逆罪(ごぎゃくざい)」とか、いろいろ規則が出来るわけです。その規則も、お釈迦様の時代は、誰かが罪を作りますと、それによって随犯というんですか、行(おこな)ったから、それに従って規則が出来る。だんだん規則が増えてくる。だから、だんだん窮屈になってくる、ということになるんですが、たくさん規則があった時には、例えば、二百五十戒とか、五百戒とか、男女別にして、女性は特に規則が多かったということがあります。大変窮屈な時代があります。それでもやっぱり悪いことをしちゃいけないということが基本で、そして、人の為になれ、人間の世の中の為に、誰かの為になれ。自分の為でもあるし、人の為にもなれ、ということが、仏教の教えであった。基本にあったように思いますから、そういうことから規則が出来た。そういう規則を無視することがむしろいいことであるというふうな世の中になっているのは、私は非常に問題だと思いますね。
 
峯尾:  今、おっしゃった「五戒」五つの戒め。二百幾つもある、ドンドン増えていく中で、一番基本的には五つ、その一番最初に、「殺すなかれ」、いわゆる殺生戒があると考えていいわけですね。
 
小林:  そうです。「五戒」というのは、基本的には、お釈迦様は私どものように衣を着ている人間と、そうでない人とを区別しまして、衣を着ている人間はもっとたくさん規則を守らなければならん、と。それから一般の方はそうはいかないから、もっと簡単にしよう、ということで、五戒をお説きになったんです。ちょっと此処に書いております。
 








 

  五 戒

不殺生(ふせっしょう)  殺すな
不偸盗(ふちゅうとう)  盗むな
不邪淫(ふじゃいん)  間違うな
不妄語(ふもうご)  嘘つくな
不飲酒(ふおんじゅ)  酒におぼれるな

 
 
一番最初に、「不殺生戒」。「不殺生戒」というのは、殺すなということなんですよ。その次は、「不偸盗戒(ふちゅうとうかい)」─盗むなということです。その次は、「不邪淫戒」─これは男女の関係を間違うなということなんですね。それから、「不妄語戒」というのは嘘をつくな、と。それから、「不飲酒戒」というのは、酒に溺れるな、というんです。
 
峯尾:  酒を飲んではならぬ、ということではない。
 
小林:  飲むなではない。酒に溺れるな、と。特にインドは暑いでしょう。今でも酒を売る日は月に一回か二回しかないんですよ。酒を飲むと暑いからどうなるかわからん。禁止しています。酒に溺れるなということです。特に、比叡山では酒を飲んではいかんということになっていたんですけれども、途中、十八代の元三(がんさん)大師という方が病気になられた時に、天皇様のお使いがお酒を見舞いに持って来た。だが、「いや飲みません」という。「勅命だから飲め」といったというので、比叡山の坊さんは、勅命やむなく飲んでいる、という話もありますけどね。これもしかし五つありますが、纏めてみますと、「殺すな」「盗むな」「嘘つくな」ということになるんじゃないかと思います。これが実は今あまり言われていない。だから、平気でものを殺して、しかも殺したことを楽しむようになる。特に子供たちのいろいろなテレビなんか見ていますと、なかなか殺すのが面白いというんで、こう一生懸命撃って、
 
峯尾:  ゲームで殺して、
 
小林:  たくさん殺して良かったなんて、殺すことに快感を覚えるという。いわば、殺人に快感を覚えるというのはもう人間の世の中じゃないですね。そういうことをどんどん教えて、商売して、儲けておるというのは、これまた人間の世の中ではない。これはやっぱりそういうことを止めなければならないと思いますね。それをまず私は第一番にどこででも言っております。「殺すな」と。「殺すな」といったら、「お前、出来るか」と言われたら、私どもは物の命を頂いて今生きていますから、それは当然申し訳ないし、感謝をするし、お詫びもしていくべきですけれども、少なくとも人間同士が殺し合いしちゃいけないと。特に戦争なんかになりますと、殺すことが善である、と。たくさん殺したら、すぐ新聞に書いて貰って、「お前、偉いぞ」と言って、誉めて貰えるという私どもの時代、世の中でしたから、これがやっぱり間違っておる。殺さないということを、基本にみんなが声を大にして言わなければならないんじゃないか、と思っております。「盗む」というのは、人間には盗む心があるんじゃないですかね。欲しいという心が。だからあれも欲しい、これも欲しいという貪欲の心が起こります。欲しいという心がまた成長の元ではあるけれども、人の物と、自分の物と一緒にしてしまってはいけない。だから、「盗むな」と。「盗むな」と言われたらなんか命令されているようですから、私は、「盗むまい」と言っている。「殺すな」と言ったら、「お前、どうだ」と言われるから、「殺すまい」と。「生かしましょう」と、自分の気持ちに言うて聞かせて、「殺すまい」「盗むまい」。それからもう一つは、「嘘つくまい」。これはこの頃、政府も結構随分窮地に追い込まれていますが、平気でお互いに嘘をついて、誤魔化して、そこを通っていこうとする。大体、仏教では、「嘘でも六十回つくとほんとになる」と書いてあるんですよ。
 
峯尾:  ほう、
 
小林:  唯識なんかに教えられるところ。一つのことを、これをほんとにしようと思うと、六十回嘘を言いますと、ほんとになるんです。その代わり一つほんとにしようと思ったら、六十回は言わなければならない。ところが六十回言いましても、何かのことでばれるんです。今でもばれて困っているんじゃないんですか。一回嘘を言うということは、六十回いうけども、必ずそれはばれてくることだから、嘘は言うまい、と。しかし、つい人間は自分を飾るためにとか、自分を守るために嘘をつくんです。これは私もどうも内心嘘つきだと思っておりますけれどね。嘘をつくんですけれども、そこで、「嘘つくまい」ということを、いつも自分でいうて聞かす必要があるんではないか、と。人にいうよりも、まずお前にいう、と言うて、自分に言うて聞かせています。「不邪淫」というのは、これはおそらく盗みに入ると思うんです。人間の世界で、男女の関係というのは男女があるから子供があるわけですから、淫欲というのをもし抑えることが出来たら、それはおそらく世の中は絶滅します。これは人間の根本的な欲で、それで人類が栄えていくわけですから、当然なければならない。男女の愛というのは大事なものですけれども、間違うと地獄になります。インドでも結構あったんじゃないですか。昔も今も全然変わらない。そういうことを戒めている。これは盗みだと思うんです。だから、これは、「殺すな」「盗むな」「嘘つくな」の盗むなに入ります。お酒の方はあんまり大きなことを言えませんから、私はあまり飲みませんですけれど。まあ酒に溺れるな、と。これ五つ守ったら、世の中極楽になりますよ。おそらく永遠の真理ではないか。真理であり理想であるから、なかなかうまくいかないというところもあるでしょう。そんなことを思いますので、私は大変厚かましい、口幅ったいようですけれども、世間に対して、そういうことを大きな声で言っているわけですがね。
 
峯尾:  これは、「何々するな」から、小林さんがおっしゃったように、「殺すまい」、人に対しては偉そうに言えない自分自身のことを含めておっしゃいましたけども、これがいわゆる在家の五戒と。生きていく上での基本的なあり方として、こうあるべきだ、というものですね。
 
小林:  はい。その他に、「十善戒」というのがあるんです。昔はよく天皇様を、「十善の君」なんて言いました。この世に生まれてくるまでに、十の良いことをした人、或いは、この世に生まれてきても、絶えず十の良いことする人が国の王様である、というふうに教えられていました。これを見て下さい。
 















 

十善戒

一、生かす     殺すまい  不殺生
二、与える  盗むまい        不偸盗
三、愛する  男女間違うまい  不邪淫
四、真実を語る  嘘をつくまい  不妄語
五、人を迷わせない  二枚舌を使わぬ    不両舌
六、よい点を誉める   人の悪口を言わぬ   不悪口
七、正しく話をする   詭弁や飾り立てぬ    不綺語  
八、少欲、足ること  貪欲を起こすまい   不貪欲   感謝する
九、慈悲心を持つ   腹を立てまい     不瞋恚
十、正しく物事を見、 色めがねで物事見て  不邪見
  判断する     判断しない
 
 
最初に殺生がありまして、殺さない、盗まない、邪淫をしない。妄語というのは嘘を付かない。二枚舌両舌というんですね。二枚舌を使うことをやらない。それから人の悪口を言わない。それから飾り立てて、詭弁を弄することをしない。それからあんまり欲を起こさない、不貪欲。それから腹立てるな。それから邪見というのは、色眼鏡でものを見て、まともに物を見ない。自分のものの考え方だけでものを見て、ああだ、こうだと判断するところに間違いが起こる、と。これは十あるんですよ。これが仏教の十善戒と申します。これは言い換えると、「殺すな」ということは、生かすということ。「盗るな」ということは、与えるということ。男女の問題は、正しく愛せよ、ということ。それから、「嘘をつくな」ということは、真実を語るということ。両舌、二枚舌を使わないということは、人を迷わすことを言わない。「悪口を言わない」ということは、良い点を誉めるということ。それから不綺語(ふきご)というのは、正しく話をする。詭弁を弄さないというんですね。それから不貪欲は、少欲と言われます。知足、少欲というんですが、欲を少なくする。そして、感謝をするということなんです。不瞋恚(しんい)というのは、腹を立てない、慈悲心を持てということ。慈悲心を持てば腹が立たない。それから不邪見というのは正しく物事を見て判断をせよと。邪見が非常に難しいわけですね。邪見、間違った見解を持って、判断をするから、そこに争いが起こるということになりますから、非常に大事なことだと思いますね。そんなことで十あるんです。考えてみると、大体これも先程申しましたように、「殺すな」「盗むな」「嘘付くな」に纏められるかも分かりませんけどね。けども、いいことをするということを、むしろ勧めていく方がいいんではないか、と。私は刑務所の教戒師をもう二十数年やらせて貰っているんです。滋賀刑務所に所属をしておりますが、たくさん犯罪をされる人が来られるわけですね。その人たちと個人的に会う。私も何人かずうっと担当しております。最高八年位居られて出て行かれたり、短い人は八ヶ月位で出ていくんですけども。じっと話を聴いておりますと、「うーん、成る程、あんたの言うことなら、儂でもひょっとしたらやるかもわからん」と思うことがあるんです。というのは、奥さんを殺した、というのがあるんですね。「あんたは恐いことするではないか。どうしてやったんだ」と聞きますと、「いや、実は家内が浮気をしまして」というんですね。「なんぼ言うても聞きませんし、毎日喧嘩をして、とうとうやって終いました」というんです。それもまた喋っている間に細かく、お互いに語り合いますから、言われるんですね。そうすると、「うーん、成る程、聞いていると、それも無理ないなあ。もし私があなたの立場なら、やったかもわからんなあ」というふうに思いますと、刑務所の中で二人で坐って喋っていましても、ひょっとしたら、自分が犯罪者の立場になっておってもおかしくないと思うんです。そうすると、無理ないなあと思って、同情するというか、同情というと言葉が大変驕っていると思いますけども、どうも自分の身につまされることがあるんですね。それで、つい、「無理ないなあ」と言ってしまうんです。けども、後からフッと考えて、「いや、やっぱりそれはいかんのや。どれほど相手が悪いと思っても、やっぱり命を取ってはいけない。殺すということはいけないんだ」と。その人は、「私も死のうと思って薬を飲みました」とかいうんですよ。「自分も死んで、一緒に死にたい」というふうに思う。それもやっぱり考えてみると、ちょっとまずいなあ、と。だから、「自分の命もとってはいけないし、どんなに憎くても人の命をとってはいけない」と。「それにはきっとなんか理由があったに違いないし、あなたにも理由があったに違いないが、やっぱり殺した方が悪い。だから、あなたは何年間か此処に居らなければならない。此処で十分心を入れ変えて、亡くなった人の冥福を祈って、立派に更正して貰いたい」ということをいうんですけどね。
二、三年前になりますが、琵琶湖の竹生島(ちくぶしま)に宝厳寺(ほうがんじ)というお寺がありますが、真言宗のお寺ですが、たまたまそこへ何人かの人を案内して行きましたら、あそこの観音堂の柱に、「殺すな」と書いてあるんですよ。こういう柱にですね。ほう、凄いこと書いてあるなあと思って、隣の柱を見ると、「嘘つくな」と書いてあるんです。それから、その隣に今度は、「盗むな」と書いてある。それは、先程の五戒をズラッと書いてあるんですけどね。此処の住職は随分偉いなあと思いましてね。参拝に来られる人は大体みんな、現世利益を願っていますから、観音さんに詣れば、「どうぞ病気が治りますように」とか、或いは、「家内安全でありますように」とか、庶民的なその心のものをお願いをして帰るんですね。それでまあ救われて帰るわけでしょうけども。そのお堂の柱に、「殺すな」と書いてある。これは凄いなあと思いました。「盗むな」と書いてある。これも凄いなあと思うんです。つく づく船の中で考えながら、これは私も比叡山に帰ったら、是非どっかへこれは書かないかんなあ、と。その時に、「殺すな」ということが、頭の中に引っかかって、先程申しましたように、これはいかん、と。私なら、「殺すまい」と書かなければいかんなあと思ったんです。まだ此処には書いていませんけれども。今、延暦寺にいる人はどう考えるか別ですが。私どもは、こういう基本を自分に言い聞かせて、世間に訴えていかなければならない、と。家庭でも、「家庭には教育がない」と言われます。ということは、親が教育をする力がないというか、資格がないというか。ということは、親が結構嘘を言っていますし、それから、会社へ行けば、生存競争で余所の品物を悪くいうて、自分のところのものを捌かなければいけません。そうして、いかなければやっていけないという時代ですから、終いにはもう行き詰まったら、家族を捨てて死んでしまうという親もたくさんいる。最近では、去年も、自殺が三万人を遙かに越えたというんでしょう。そんな世の中だから、お父さんが家へ帰って子供たちに、「殺すな」と言えない。「嘘つくな」とも言えないと思いますけれども、家庭から直していかないと、世の中は直らないんじゃないかというふうに思いますので、この頃は、家の中の柱にあんまり大きく書くと恥ずかしいから、小さな文字でもいいから、「殺すまい」と書いて、貼れないか、と。或いは、隣の柱には、「嘘を付くまい」と貼れないか、と。お便所の壁に、「盗むまい」とちょっと書いて貼れんだろうか、ということを盛んにこの頃言っているんです。どういうふうに子供が見るか。もし子供が洗面所で、顔を洗っていて見たら、「嘘付くまい」と書いてある。「お父さん、あれ、なによ」と、こういう。うーん、説明出来ないけども、「お父さんも結構嘘つくんじゃないの」と言われたら、二の句が出ないかも分からないけども、「いや、儂もそういうつもりで、自分の心にいうて聞かせているんや」ということで、自戒の意味で書く。子供たちに教えるんじゃなくて、自戒の意味で、そういうことを書いておけば、よくなるんかなあ、と。何か気が付くんかなあ、というふうに、この頃は思っております。関係の者にはそういうております。果たして効果があるかどうか心配ですけども。
 
峯尾:  でも、今のお話のように、小林さんは一般の人たちにお話をなさる時にも、今はそういうことをおっしゃったり、勧めたりなさる。その言葉はやはり小林さんの話を聴きにくる人にはちゃんと届くわけですよね。
 
小林:  そうですね。だから、これは本願寺の蓮如(れんにょ)という人の言葉に、
 
     言わざるは信のなきなり
 
というのがあるんですよ。これはあの方の『御一代記聞書』という中に書いてあるんです。「言わざるは信のなきなり」と。「言わない」ということは、心がないんだ、というているんです。言葉が不自由な方もありますから、いけないかわかりませんけども。それは身体で言えばいいわけですから、気が付いたことはいう、と。勇気を出していう。言うから伝わっていく、というので、どうも今は言わな過ぎる、と。大人が言わな過ぎる。だから、子供も言わない。学校でも教室でもほとんど喋らない。一人になってしまう、というふうなことになっていますから、やっぱりむしろ大人の方から子供に向かっても、大事なことは堂々といわなければならない。言うべきだ、というふうに思っていますね。昔は、「沈黙は愚者の甲冑なり」と言って、黙っていれば馬鹿か賢いかわからない。お前黙っておれ、なんて言われた頃もありますけれども。今はそういう時代ではないと思います。
 
峯尾:  それは勿論家庭の中で言わなければならない。学校でも、先生がキチッと子供に教えなければいけない。そして、今日、小林さんにお話を伺っているように、宗教者ももっと言わなければいけないという部分があるんじゃないでしょうか。
 
小林:  いや、宗教者が一番言わなければいけない。ところが、宗教者自体が宗教者を忘れているかも分かりませんね。もともと宗教者は何かというと、私は宗教者というのは、旅行案内人だと思っているんです。というのは、旅行案内人というのは、バスに乗って、たくさんの人を案内していきます。その時にはちゃんと行く道を前もって調べておきますし、時間も計っておきます。間違いなくお客さまを案内して連れて帰って来なければいけない。宗教者はなんで宗教者になったか、と言ったら、勿論、自分が悟りを開くという、そういう考え方もありますけれども、仏教では、やっぱり菩薩道ですから、人の案内人になるということなんだと思うんです。何の案内人か、と言ったら、心の案内人ですね。心の案内人になるということになると、やっぱり言わなければならない。どうも自分の宗派の為の宗教とか、ということが先に来ていて、人々の案内人になるということをだんだん忘れかけているんじゃないか、と。宗派が繁盛することを先に考える。これは宗派が繁盛するから世の中が良くなるとは限りませんから、やっぱり宗教家はもっと言わなければならない。ところが、言うていない。だから、私は自分に言うて聞かせて、自戒しながら、声を大にして言いたいと思いますね。
 
峯尾:  まさに、前にお話して頂いた「五戒」にしても、それから、「十善戒」にしても、人間が生きる為の基本を仏教の中で説いているんですから、宗教者は、仏教者は生意気な注文をつけるようですが、やはり一般庶民に向かって、これをもっと説いて貰いたいという気がします。
 
小林:  私も大変どうも申し訳ないです。だから、例えば、この根本中堂でも毎日参拝人に対して、お話をしておるわけです。伝教大師の「一隅を照らす」ということを基本にご説法しておられるわけですけれど、それでもその中で、やっぱり「五戒」を説いたり、命が大事だということを盛んに此処で言っているわけです。こういうところに来ると話が聞けるんです。他のところですと、「なに、お父さん、平気でそんなことを言って、嘘ばっかり言うて」と言われますけども、此処ですと、来てくれる人は黙って素直に聞けますのでね。その為にこういうお寺があるわけですから、こういうところでは、盛んに言わなければならないし、また衣を着ている、ということも、言うために着ているわけなんで。有り難いことには、衣を着ていますと、人が聞いてくれるんですよ。これを脱いだら誰も聞いてくれない。一休さんが汚い衣を着て行ったら、檀家の人が嫌がったという。それじゃ、美しい衣を着て行こうと、衣を着替えて行って、頂いたご馳走を全部衣に塗りつけて、「お前達は衣だけを見ている」と言われた。案外真実を言っているなあ、と。だから、衣を着ておる人はやっぱり言わなければならない、と。自分に言い聞かせ、自分を自戒して、働かなければならないというふうにしみじみ思いますね。誠に申し訳ないことですけれども。
 
峯尾:  生意気なことを言いまして、
 
小林:  いやいや。
 
峯尾:  根本中堂から西の方角、奥まったところに、廊下で結ばれた二つのお堂があります。法華堂は普賢菩薩を本尊に、九十日間坐禅を組む常坐(しょうざ)三昧や法華三昧を行う道場です。常行(じょうぎょう)堂は阿弥陀如来を本尊にその周りを九十日間不眠不休で、阿弥陀仏を念じて歩く常行(じょうぎょう)三昧の道場です。こうした厳しい修行を通じて、後継者が育てられていくんです。この二つの道場の近くに止観道場があります。此処は講義などが行われる場所で、比叡山延暦寺の学問所も此処に設けられています。引き続き小林隆彰さんにお話を伺って参ります。
 
学問所というのは、若いお坊さんたちが修行を、勉強する場と考えていいんですか。
 
小林:  はい。基本的には、延暦寺の住職ですね、まあ七十人位いますけれども、住職がそれぞれ教学とか、或いは、法義、声明(しょうみょう)とか、布教とか、そういうものを研究する機関でございます。それにこうして籠山(ろうざん)をして修行しておる学生の研究部も併設をしているところなんです。
 
峯尾:  そうなんですか。小林さんは今、所長をしていらっしゃいますが、中心になっていろいろなことを教えられるのが、今の小林さんの主な役割ですか。
 
小林:  まあそういう生活とか、学生たちの面倒を見ています。他にも係りがおりますから、それからまた、冬季にはそれぞれ先生方が此処へお見えになって、講義をするということです。修行生たちはそれぞれ三年間、時間を配分して、そして修行しているんですね。ですから、基本的には山で生活をする。比叡山で山修(さんしゅ)山学(さんがく)の生活をするということです。昔の古い経典にもあるのですけれど、
 
     聚落(じゅらく)の修学は仏悲しみ
       山林の睡眠は仏喜びたもう
 
という言葉がございまして、街で勉強をするということは、人に勝とうとか、そういうことで、どうしても仏さまから見ると、また争いの元を作っているというふうに心配されるけれども、この比叡山のようなところへ来ると、環境がまったく違いますから、勉強しなくても、眠っておっても、仏さまは安心しておられる、と。眠っているわけではありませんけども、かえって厳しいですけども。そういう意味で、一番修行するには、環境が一番大事であるということを考えて、籠山制度というのが出来ていると、私は思いますね。そういう意味で、伝教大師もお歌の中に、
 
     おのずから住めば持戒(じかい)の此の山は
       まことなるかな依身(いしん)より依所(いしょ)
 
という。どんなことかと言いますと、此処で住んでおりますと、住んでおるだけで規則が守れる、と。悪いことは出来ない。遊びにも行けない。だから、結局、人間というのは自分の身体に頼るよりも場所に頼れ、と。場所が良いから良い人間が出来るんだというようなことをおっしゃって、十二年籠山制度を創ったわけですから、それを私どもは今もずうっと引き続いて守らせて頂いているということになるんじゃないんですかね。坊さんも人間なんだと言って、自由勝手なままにしてしまったら、誰も坊さんを信頼しなくなる。そういう意味では坊さんは人間であるけども、坊さんである。だから、ちゃんと心得て、人々の為に案内出来る人間にならなければならない、と。それは生涯の仕事であるというふうにほんとに思わなければ世間から見放されますし、自分たちも何故坊さんになったかという意味がなくなると思っています。そういう意味ではしっかりやっていると思いますね。
 
峯尾:  しっかりしたものを持っている自分が、全然生活の違う社会の違う人間に話しかけても、それをしっかり言葉が届く。
 
小林:  届くと思います。届いていますね。つい、相手の考えや行為が悪くて、こんな人間はどうにもならんぞ、と言って、逃げてしまう傾向にありますけども、自分がしっかりしていると、逃げることはありませんし、言うべきことは堂々と言えるんじゃないか、というふうに思いますね。そういう言うべきことを堂々と言える若い人を育てたい、と。私どもは言えなかった、と思いますから。だから、後の者に大変期待をしておりますがね。
 
峯尾:  小林さんはこのお山で修行している若い人たちだけでなく、或いは、お山に小林さんのお話を聞く為にやって来る若い者だけでなく、今の世の中、若者、何を考えているか分からないと見放してしまうんじゃなくて、決して捨てたものじゃない、と。
 
小林:  私は捨てた者じゃないと思いますね。それは服装を見たりしますと、これ時代ですから頭の髪の毛の変わった者もおりますけれど、心はそんなに変わっていないと思います。だから、変わっていない者を変わったように見てしまう世の中が、実は変わっていると。だから、ほんとは変わっていないんだ、と。ただ、現象で、波のようなもので、海には風が吹けば波が起こりますけども、少し深く入れば全然動いていません。本質は変わっていない。だから、本質をお互いに見つめるような付き合い方をしていけば、きっとまたその人たちは新しい働きをしてくれるに違いないというふうに思っておりますので、ああいう若者の人の姿を見ても、私は全然違和感を感じないんです。
 
峯尾:  そうですか。今日は不殺生、何故人は殺してはいけないかというのを、親がうまく説けないというところからのお話だったんですが、お話を伺ってきますと、あまり否定的に、「これをするな」ではなくて、「生きよ」というような、肯定的、積極的に物事は考えた方がいいということになるんでしょうかね。
 
小林:  そうですね。戒律が出来ましたのも、もともとはいろいろなことがあったから、注意して、「これはいかんぞ」とこういった。初めからあったわけじゃないんですよ。ほんとはいいんですけども、たまたま悪いことをすると、それは止めろ、とこういう。そうすると、止めろということだけが、先に一人走りして、まるで規則ばかりで雁字搦めになってきますから、それは間違っているんで、「不殺生」ということも、むしろ「生かせ」ということ。「良いところを伸ばせ」ということだと思うんです。だから、ものを見ても、「生かしていけよ。植物一本にまでにも育っていけよ」ということが不殺生のもともとの基本的な考え方であると思います。人間を見ましても、どうしても今の世の中は悪いところを捜して、傷口に指を突っ込んで、もっともっと大きくして、そして、みんなで笑っていると、そういうふうな世の中になっていますから、どうしても非常に否定的な世の中になっている。私はそれは間違っていると思っています。人を見ても、良いところを捜して伸ばせよ。特に若い人なんかはいっぱいいいところがあるわけです。もう無限の可能性、無限とは申しませんでも、大変な可能性を持っているわけですから、その可能性を捜し出して、伸ばしていくように教育するとか、そういうことは非常に必要だと思います。これは不殺生の精神だと思います。生かせ命という精神だというふうに思いますね。伝教大師は、
 
     忘己利他
 
「己を忘れ、他を利する」という、非常に難しいことをおっしゃった。私は若い時にそんなことが出来るかと思っておりましたけども、己を捨てよ、というのではなくて、忘れよというので、己はあるわけです。己のことばっかり計算せずに、自分を兎に角置いておいて、ちょっと置いておいて、そして、他の為に尽くせよ。他の為と言ったって、みんながよくなるようにすればいいんですから、悪いことを掴まえる、叱るんじゃなくて、良いところ捜して、むしろ誉める。あまり誉めすぎますと、これは問題ですけれども、誉めて伸ばすということが、これからの子供たちを育てる元だし、世の中をよくする基本だと私は思いますね。
 
峯尾:  有り難うございまいました。
 
 
     これは、平成十三年四月二十二日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである。