万葉人のこころ
 
                         帝塚山学院学院長 中 西   進
一九二九年東京に生まれる。「万葉集」など古代文学の比較研究に力を注ぎ、日本文化の全体像を収めた研究・評論活動を展開。著書に「聖武天皇」「万葉歌人の愛そして悲劇」「中西進と歩く万葉の大和路」。大阪女子大学長などを経て、現在帝塚山学院学院長、奈良県立万葉文化館長などを兼任。
                         き き て    西 橋  正 泰
 
西橋:  奈良県明日香村。その中央部にある甘樫(あまかし)の丘から北を眺めますと、香具山(かぐやま)、耳成(みみなし)山、畝傍山(うねびやま)と、万葉集にも詠まれた山々が、昔と変わらぬ姿を見せています。豊かな自然と石舞台、高松古墳などの文化遺産は、万葉の時代に人々を誘(いざな)ってくれます。明日香村は、昔から万葉集の故郷として知られ、古代のロマンは人々の心をいつも慰めてくれるのです。今日は、此処奈良県明日香村に去年開館しました奈良県立万葉文化館で、万葉学者の中西進さんにお話を伺います。中西さん、どうぞ宜しくお願い致します。
 
中西:  どうぞ宜しく。
 
西橋:  中西さん、この明日香村の辺りはお若い頃から何度も歩かれた場 所ですね。
 
中西:  大袈裟にいうと、百回位歩いているかも知れませんね。
 
西橋:  そうですか。
中西:  何か此処へ来ますと、心が安らぐ思いがしましてね。癒しの空間ですかね。
 
西橋:  なるほど。
 
中西:  そういうところですね。
 
西橋:  ほんとに此処、もう後ろに香具山とか、耳成山が見えるんですものね。
 
中西:  それが恋をしたという話があるでしょう。
 
西橋:  山が
 
中西:  山が。そういう恋物語をもった風景が広がっているんですから、 これは楽しいですよ。
西橋:  最初に十代だと思いますけども、中西さんが、万葉集と出合われたというのは?
 
中西:  そうですね。学校の教材として出てきましたのは、中学の三年生の国語の教科書に、万葉集の歌が出てきましたね。その頃ですから、何も分からなかったんですけども、一つ覚えていますことは、作者に武市黒人(たけちのくろひと)という人がいるんですね、万葉の歌人に。「黒い人」と書くんです。何で「黒い人」という名前なんだろうと思いまして、先生に手を挙げて、「黒人(くろひと)というのはどういう意味ですか?」と訊いた記憶がありますね。
 
西橋:  中西さんには、歌人の「万葉遍歴」というのがあるんだ、ということですが、学生時代には誰に惚れ、二十代、三十代と変わってこられたんですね。
 
中西:  そうです。相手が万葉歌人だからいいんですけれども、凄く惚れっぽくて、心変わりがあって。でも、今から考えますと、これ本当だなあという気がしますね。と言いますのは、二十代頃には、二十代の人間を感動させる歌人がいる。三十代の読者には、三十代の人間を感動させる歌人がいる。そういう話なんですね。四十代、五十代、六十代という、そういう感じですね。私で言いますと、二十代は、つまり学生時代ちょっとですけども、それは大伴家持(おおとものやかもち)。この人が好きでしたね。この人は、近代的な春の愁い。「春愁(しゅんしゅう)」ですね、そういうものがあると言われているような歌人なんです。非常に繊細で、感受性の豊かな、まさに青春向きの歌人でもあるんですね。それが二十代です。三十代になりますと、ちょっと変わってくるんでしょうかね。中年に差し掛かりますから、もっとエネルギーの溢れた柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)が好きになってくるわけですね。何でもバリバリとやるというような、社員でいうと、猛烈社員みたいな、そういう人が三十代だと思うけども、その人が万葉集を読んだら、「あ、俺に似たような人麻呂というのがいる」というようなこともある、と思うんですね。
 
西橋:  中西さん、まず最初の学生時代の大伴家持。「感傷時代」というふうに、ご自身の感傷時代ということを、お書きになっていますね。
 
中西:  センチメンタリズム(sentimentalism)の感傷ですね。
 
西橋:  ええ。
 
中西:  そうですね。ちょっと恥ずかしいんですけど。やっぱり感傷という心のあり方、それに大伴家持はマッチするんですね。ちょっと長話をしていいですか。
 
西橋:  どうぞお願い致します。
 
中西:  「感傷とは何か」というのを。一言で、「おセンチ」とか、「センチメンタル(sentimental)」とかよくいうけど、実態はあんまりよく分からない。ところが、哲学者の三木清という人が、もの凄い名エッセイを書いているんです。
 
西橋:  その感傷について─。
 
中西:  はい。「感傷とは何か」。情念(エモーション:emotion)ですね。「情念の入り口と出口にあるものがセンチメンタリズムである。感傷である」と言っているんですよ。「何となく哀しいなあ、というのがありまして、だんだんそれが情念になってくると、もう悲哀、もう絶望、もう死ぬしかない、ということになるわけです。その一つ手前だ」と。「また、それがだんだん薄らいでいって、なんとなく、例えば、憂鬱だなあ、でも、だんだんほっとけば忘れていくわ、という、これは出口。それが情念の入り口と出口である」という、もの凄くいい解説を、三木清という哲学者はしていましてね。まさに青春てそうでしょう。あんまりなんか真剣というよりは、なんか感じることで、悲しかったり、嬉しかったり、ということでしょう。そういう状況ですね。それは家持(やかもち)の中にあるんですね。
 
西橋:  中西さん、ご自身も太宰治(だざいおさむ)とか、石川啄木(たくぼく)とか、ゲーテとか、堀辰雄とか、そういうものを合わせる形で、大伴家持も読んでいらっしゃった。
中西:  そうです。堀辰雄も大好きでした。昔の全集を買い揃えてもっていたりしましてね。
 
西橋:  そして、三十歳代は、柿本人麻呂(かきもとのひとまろ)で。柿本人麻呂については、中西さん、巨大さとか、それから非在のものを詠っている、という。非在存在しないということなんですね。
 
中西:  目に見えるものを詠うということは、或いは喋るということは、誰でもできるわけですね。だけど、目に見えないものを形にして、イメージして、それを言葉にすることは非常に難しいことですよ。そこに実は、詩人と呼ばれる人たちの尊敬される由縁があるんだ、と思うんです。雀が鳴いていたとか、これは誰でも分かることなんですね。雀を見ながら、その風景の中で、遠くで、例えば、昼のフクロウの声が聞こえるとか、そんなことを言えば、これは目に見えないものを詠っているわけですね。そういう非在のものを透視する、と言いますか、ずーっと見る。透かして見るという。そういう本来の詩人としての目というものを、人麻呂はもっていた、と思うんです。ですから、やっぱり日本の詩人の中で、まず最初に登場した本当の詩的精神の持ち主は、やっぱり人麻呂だ、と思いますね。
 
西橋:  さっき三十代の猛烈社員とおっしゃいましたけど、猛烈社員的なところというのは、どういう?
 
中西:  「ひたむきさ」と言いましょうかね。それは人麻呂にウンとあります。たくさんあります。だから、さっきの家持と比べてみると、家持はちょっとそこを斜(しゃ)に構えているとか、一歩引いている、という。人麻呂は信じたら、ひたむきにずーっといくという。あの時代、七世紀の後半の時代ですけど、やっぱり力というものが要求された時代ですね。新しい国家を造ろうという時代ですからね。
 
西橋:  そういう時代と柿本人麻呂の詩的精神とが、非常にこうマッチするというか。
 
中西:  そうですね。もう一言申しますと、彼は、「言葉」を使っていいわけですね。その「言葉」というのは、現代人は、何でもない何かの符号みたいに思ったり、虚しい会話が続いたりする、ということはありますけど、彼らにとって、「言葉」というのは、よく「言霊(ことだま)信仰」と言いますでしょう。「言葉に魂がある」という。あれは随分誤解された言い方ですけどもね。「何故、言葉には魂があるか」と言いますと、「言(こと)」は「事(こと)」なんですね。「言葉」は「事柄」なんです。そういう考えがある。これは何かと言いますと、例えば、この机は物ですね。カメラも物なんですね。これは言わなくても、物として存在しているわけです。だけども、「雷が鳴った」というのは、現実にそこには目の前にはないわけですね。「雷が鳴った」という言葉において、「あ、雷が鳴った」とか、「さあ、地震が来るぞ」と言えば、みんなのイメージの中に、ゆらゆら揺らいでいる地震の様子とか、ゴロゴロ鳴っている雷さまの姿というものが見えてくるわけです。つまり、言葉によって、事柄を作りあげているわけです。それが「言」を「事」だ、という考え方で、それが「言霊信仰」なんですね。ですから、人麻呂は、やはり言葉というものを武器としまして、事柄や物を作りあげていく、という。それをひたむきにやった人だ、という気がしますね。
 
西橋:  そして、四十歳代、
 
中西:  はい。四十歳代は、山上憶良(やまのうえのおくら)。この男がまたいい男ですね。つまり貧乏だとか、出世をしないとか、そういうことを詠うんですよ。それでいて、彼はたった一つの人生の目標をもっている。何かというと、「男であること」。その美学を遂げるという、それが彼のたった一つの眼目なんです。男として生まれて、男としての美しき人生を完了させるという。それが彼の目標なんです。ところが、現実はあまり出世しない。当時、身分が良くないと、家柄が良くないと、出世なんかしないんですよ。まあある時代と同じですよ、大体ね。門地門閥に恵まれないから、出世はしない。そして、出世をしないと貧乏なんですね。日本では、「貧乏でも、清らかで美しくあることがいい」という美学がありますでしょう。
 
西橋:  「清貧(せいひん)」という、
 
中西:  「清貧」ですね。中国にはないんです、「清貧」なんて。
 
西橋:  そうですか。
 
中西:  悪徳なんです、「貧」というのは。リッチ(rich)でなければいけない。それは何かというと、出世をする。権力を持っていると、富が付いてくるというのが、中国の古典的な考え方で、それに憧れるわけです。彼は、やっぱり渡来人だと思いますけどね。
 
西橋:  山上憶良が、
 
中西:  本来は、百済(くだら)韓国の一部の百済ですねその人だと思いますけど。そういうDNAの中にも大陸的なものをもっている。それから学問もそういうことをしている。そして、中国へ行って帰って来ていますからね。彼の哲学は、完全に中国哲学で、人生が構築されるわけですね。彼の中の一番の中心は、男というものの美しさ。その大きな目的を遂げようとする。全部悉くそれがダメなんですよ。
 
西橋:  現実には、
 
中西:  現実には。だから男として生きるのを止めれば、彼は気が楽なんですよ。止めない、最後まで。まあ言ってみれば、泥臭いんですね。粘着質で、それを一所懸命、「男はこうじゃない。男はこうあるべきだ。いや、俺はまだこうだ」というふうに、七十四歳まで最後まで戦って死ぬんですね。男を目指す戦いに戦死するんです。これはやっぱり中年に差し掛かった人間が、関心を持たざるを得ませんよ。猛烈社員は、人麻呂を見なさい。それから、ちょっと人生が分かりかけた人は、憶良を思いなさいという、そういう気がします。
 
西橋:  一所懸命やっているのに、なんで俺は認められないんだ、という世代が読むと、ピタッとくるという。
 
中西:  そうです。
 
西橋:  なるほど。
 
中西:  その次が、私は、高橋虫麻呂(たかはしのむしまろ)が好きになったんです。
 
西橋:  五十代で、
 
中西:  五十代で。虫麻呂は何か風みたいな人なんです。故郷がないんですね。安住する世界を持たないんですよ。
 
西橋:  それは精神的にですか。
 
中西:  精神的に。生涯もわかりません。どういう生涯を尽くしたか。多分、私の想像だと、地方の秀才だと思いますね。それが中央から来た役人に認められて都に上る。その頃は前途洋々たる希望を持っているんですね。勿論、都の権力構造の中でいえば、吹けば飛ぶような存在なんですよ。それから浪々とした、飄々とした寅さんみたいな生涯を、精神的にも、また具体的にもしたんだ、と。いろんなところへ旅をしています。
 
西橋:  あ、そうですか。
 
中西:  キャッチフレーズといいますか、一言で彼の生涯をいうと、私は、「彼は生涯旅に棲(す)んでいた人間だろう」と。
 
西橋:  「旅にすむ?」。
 
中西:  「旅に棲(す)む」という。「すむ」は、木篇の「妻」という「棲む」を書きたいんですよ。
 
西橋:  あ、なるほど。
 
中西:  矛盾するんです。「棲む」というのは、家に住むでしょう。
 
西橋:  定着するという。
 
中西:  定着ですね。「すむ」というのは、清らかに「水が澄む」の「澄む」と同じですから。精神が落ち着くのは家なんです。そこには妻が居て、妻がちゃんと手で枕をしてくれる。それは愛もあるんですね。手枕をしてくれる家の反対が、草枕の旅なんです。
 
西橋:  あ、そういうことなんですか。
 
中西:  そういうことなんですよ。手枕家、反対が草枕旅。これは安住なんかしていないんですよ。それが棲む、栖家(すみか)でしかない。芭蕉と似ていますね。芭蕉も生涯を旅に過ごした人ですよ。そういう矛盾をもっている。そして、飄々として。勿論、ジワッと悲しみが滲み出てくるんですよ。そういうのは大体、定年が間際になったような人とか、五十代をもう過ぎているかも知れないという。そういう人生の晩年に差し掛かった、「思秋期」という言葉がありましたね。秋を思う。そういう人が読むと、虫麻呂というのはもう本当によく分かる。私にも、「旅に棲む」という『高橋虫麻呂論』の本があるんですけどね。何も、「それを読んで下さい」と言っているわけじゃなくて、「虫麻呂をどうぞお読み下さい」という。
 
西橋:  五十代は旅に棲む歌人。そして、六十代になって、もう一度大伴家持に戻るんですね。
 
中西:  そうなんです。結局、それは青春の頃は、「青春の浅読み」と言いますか、浅くしか読んでいないんだと思いますね。だから、家持をもっともっと読んでいますと、大変な苦悩があるんですね。それが全部見えてくるんですよ。いい作品というのは、小説にしても、何にしても、その時、その時で見えてくる風景が違いましょう。それとやっぱり家持も同じだと思いますね。とにかく政治的に言いましても、名門の大伴(おおとも)氏が、藤原氏にどんどんやっつけられまして衰えていくんですよ。彼は、そういう苦渋をいっぱい背負っているんですよ。しかし、諦めない。その深い悲しみというのを、悲しみとして出さない。ジッーと我慢して、うちに湛えて、そして、大きな人生を生きようとしている。それが、家持だということがまた見えてくるんですね。青春のナイーブ(naive)な面もある。それはほんの一部だった、と。それを読んで、間違いだ、というんじゃないんです。それは一部で、もっと大きくトータルに、家持をとらえますと、もっともっと深い人生の底に突き当たったような、そういうところから出てくる歌があるんですね。
 
     うらうらに照れる春日(はるひ)に雲雀(ひばり)あがり
       情(こころ)悲しも独りしおもへば
               (大伴家持)
 
という有名な歌がありますね。あれはもう本当に深い絶望があるんです。で、表現はそれだけなんですね。また別の人生の美しさというものを見せているんです。憶良とまったく違うんですね。家持(やかもち)は家持なりに、人生の完成というものをやっぱり目指している。少なくともそうジタバタするのははしたないのだという。美しく生きていこうとする精神というものがありますね。それが六十代でまた見えてくる。
 
西橋:  絶望を絶望として詠うんじゃなくて、むしろ麗(うら)らかな風景の中に詠い込むと。
 
中西:  そうですね。それはもう一回り大きくないとできませんでしょう。一皮剥(む)けた家持とでも言いますか、そういうものがあるんですね。
 
西橋:  万葉の歌というのは、全部で四千五百首位あるというふうに言われているんだそうですが、その中で詠み人知らずというのが、半分位あるんですか。
 
中西:  そうですね。乃至は半分以上と言ってもいい位ですね。「柿本人麻呂歌集」というのがありまして、そこに、「詠み人知らず」と言ってもいいし、「作者未詳」と言ってもいいんですが、そういうものがかなりあるんですね。ですから、これを人麻呂の作じゃなくて、人麻呂が集めた、詠み人知らずだというと、半分以上になるわけです。それを取るとほぼ半分位ですね。いずれにしてももの凄く多いんですよ。これが万葉集の骨幹をなしている。そういう歌のグループなんです。
 
西橋:  そうですか。
 
中西:  これは、私は、万葉集を無名性に徹した歌集だという。名前がない、という。無名性に徹した歌集という。これはもの凄い発言力だと思いますよ。スタンドプレーは要らないんです。パフォーマンスも要らないんです。無名でいいんだ、と。一市民として、自分は自覚して生きている、という。この生き方と、先程から出てきた有名歌人たちの、なんとか思想をしたいとか、なんとか苦悩に打ち勝ちたいとか、何とかお金持ちになりたいとかというのと、全然生き方が違いますでしょう。我々は、どっちかというと、後者の方に幻惑されていますね。現代人はすべてそうだと思う。
 
西橋:  有名な歌人の生き方の方に、
 
中西:  有名な歌人の生き方の方にね。これはほんの一部なんですよ。今だって数人でしょう、出てきたのは。ですから、無名者、あるいは名前があっても、例えば、防人(さきもり)の兵隊さんとしての一人の名前とか、そんな名前の人がいっぱいいるんです。ですから、大半の万葉集の体質は、無名性という性質にあると思うんですね。その自然さとか、素直さとか、心の落ち着き、それからある種の朗らかさ、みんなこれ何かにとらわれていない生き方でしょう。そういうものが万葉集の根幹でしてね。しかも、そういう方がいっぱいいるわけですからね。あらゆる考え方、あらゆる感受性、あらゆる素材、みんな作者無名の歌の中にあるんですよ。泥棒の歌まであるんですよ。
 
西橋:  あ、そうですか。
 
中西:  万葉集の中に。「ちゃんと鍵を掛けた。戸も門も閉めた。どうして私の愛しい女の子は、私の夢の中へ入ってきたんだろう」なんていうふうに言うんですよ。そうすると、「いや、それは泥棒が掘った穴を通っていったのよ」というようなことを言って。それからもてない男は、「あの女なんか死んじゃえ。いくら生きていたって、自分が好きになるなんて、誰も予想もしてくれないし、本人も思ってくれないんだから、そういう女なんか死んじゃえ」とかですね。これは本当だというと、ちょっと語弊があるけど、半ば真実、半ば嘘。そういうものを詠むのは無名者の体質じゃないでしょうか。
 
西橋:  その無名性というのが、万葉集の中の非常に大きな力になっている。
 
中西:  そうです。「力だ」と思いますね。拘りというのはやっぱり体力をひ弱にするでしょう、拘っていますと。もう何でもいいから走れ、というのが力でしてね。こんな走り方したら恥ずかしいとか、これでは力にならないでしょう。そういう話ですよ。すべてを自然に、天然の人間として生きるという。これが無名性の力ですよ。だから、万葉は面白い。
 
西橋:  その万葉の面白い部分をもう少し、また、今度はお庭の方でお話を伺いたいと思います。
 

 
西橋:  万葉集、四千五百首の中から、中西さんはいろいろなものを汲み上げてこられたわけですけども、その中で、今、生きる私たちにとって、「精神の糧になるもの」と言いますか、「生きる元気が湧くような要素」と言いますか、そういうものをいくつか整理してお話頂けますか。
 
中西:  万葉の時代には「力」であって、今、それが現代人に無くなってしまった。そういうお話ですね。そうしますと、やっぱりすぐ思い出すのは自然ですね。自然の営みとか、形とかいうものを、我々はついつい視野から外して生活をしている。それは、万葉集の人たちは、自然と直接に対面して生きていますので、そういう自然の姿を尊重するという。これがやはり一番大きな、今、忘れてしまって、我々にとって有効なことじゃないか、と思いますね。それから、自然だけではなくて、特に、人間、あるいは鳥でも虫でもいいんですけども、いのちあるものの、いのちというものを、そもそも現代人は、少しぞんざいに扱い過ぎてはいないか。すぐ自殺するとかですね、残念なことに。二年位前でしたか、日本人の自殺者の数が三万人を越したんですよ。これは交通事故の死者より大きい数です。そんなふうに、いのちというのを、現代人は短くと言いますか、軽んじていると言うか、そういう生き方をしているから、万葉の人たちが深くいのちを愛していた、そういう人間的な生きていく力という。そういうものをやっぱりもう一遍、我々は取り戻すと、現代のエネルギーになるんじゃないか、という気が致しますね。
万葉集というのは、整理されていませんで、いろんなものが入っていましてね。お相撲さんでいうと、ちゃんこ鍋みたいないろんなものが入っている。しかも、それはきちんと整理をされて並んでいるんじゃありませんで、あっちこっちが入り組んでありまして、一言でいうと、カオス(Khaos)混沌(こんとん)ですね。そういう混沌というようなところに万葉の特色がある。現代人は、なんか非常に整理されて生きていますので、もう一遍混沌を取り戻すことによって、我々に大きな力が与えられるんじゃないか、という。そんなようなことを思い付きますね。
 
西橋:  私は、思わず、「整理してお話頂けますか」と言ってしまいましたけれども、混沌も万葉のその心、大きな様子の一つ。それから、いのち、そして自然。最初の自然を深く愛すると言いますか、自然を尊重すると言いますか、そのことからまず万葉集の歌をいくつか挙げてお話頂きますか。
 
中西:  適当な例かどうかわからないのですけれども、私の勝手な好みで申しますと、あまり人は注意しない歌なんですけど、こんな歌があるんですね。
 
     高山(たかやま)と海こそは山ながらかくも現(うつ)しく
       海ながら然真(しかまさ)ならめ
         人は花物(はなもの)そうつせみの世人(よひと)
                 (作者未詳)
 
というんですね。これは、私は、ずーっと万葉集を読んでいまして、この歌に出合った時に本当に驚きました。結論から申しますと、戦後の日本にも随分影響を与えた「実存主義」という、そういうヨーロッパの実存主義的な哲学が、なんだ万葉集にもうあるじゃないか、という、そういう感じが致しましたね。その根元は、やはり「高山」とか、「海」とかを尊重をするということなんですけど、大体の意味は、「高い山、それから広々とした海、そういうものがそれぞれに、そのままの形で、例えば、山だったら、「現(うつ)しく」というのは、現実であるということですね。このように現実である。それから、海はこのように、「然(しか)」はこのように。「真(まさ)ならめ」真(まさ)である。真実であるというんです。それに対して、人間というものは、花のようにうつろうものだ、と。人間というのは、現実の現身(うつせみ)の世の中の人だなあ」と。こういう歌なんですね。ですから、人間との対比において、やはり自然山とか海とか自然というものをジッと見て、それをそのまま形で、確かにそこに存在している。「かくも現(うつ)しい」「然真(しかまさ)」である、という。確かに存在して、確かに真実であるという。こんなふうに、すべてのものを取っ払いまして、山は山として現実なんだ。海は海として現実なんだ、と。そういうことですからね。その対比において、人間は、そうじゃないんだ、と。うつろうものだという。そういうことを言っているから、人間を考えるにつけても、山や海というものは、このままで、大切なものなんだなあ、という。そういう歌ですね。万葉集の歌を見て、「あ、実存主義だなあ」と。僕らみたいに現代の教育を受けたものは、そういう見方をしてしまうんですけども。そういうものが、現代の実存主義、ヨーロッパ哲学のようなものが、千三百年前の万葉にある、という。これは凄い自然の尊重だなあ、と思いますね。
 
西橋:  なるほど。
 
中西:  もっといいですか。
 
西橋:  お願いします。
 
中西:     雁(かり)がねの初声聞きて咲き出たる
           屋前(やど)の秋萩見に来(こ)わが背子(せこ)
                     (作者未詳)
 
というんですね。これは、「雁がね」というのは雁ですね。雁が飛んで来る。秋になると飛んでまいりますね。そして、最初に鳴く声、それを聞いたものだから、聞いて咲き出した、というんですね。萩の花が咲き出した。それで、初声を聞いて咲き出した秋萩、それが私の家にあります。どうか愛(いと)しい人よ、見に来て下さい、と。そういう歌なんですね。後半の見に来て下さいは、ともかくとして、この歌の驚くべきことは、萩が空を飛んでいる雁の声を聞いている、というわけです。「初声聞きて咲き出たる」というんですね。だから、最初これを聞いた時に、萩に耳がある、と。「萩の耳」というエッセイを書いたこともあるんですけどね。そういうんですね。ですから、植物は耳がない、なんて思っていないんです。これは、今でも、例えば、植木なんかを剪定(せんてい)しようと思って、鋏を持って近付くと、その植物はグッと睨んで収縮する、という。そういうことが、自然科学的に分かったみたいですね。それから、「いい子、いい子、早く花を咲かせようね」なんて、植物に言いますと、ほんとに元気になって、花が咲くんです、って。やっと我々は、現代的な、非常に精緻な自然科学的手続きを経てやっと分かったものを、万葉人はもう直感的に知っているんですね。萩は雁の声を聞いているんだ、というふうに思うわけです。
 
西橋:  聞いたから咲くんだ、と。
 
中西:  そうです。あ、雁が来たな。咲かなくちゃ、というので咲いたという。そういうんですね。これは、要するに、天地全体がいのちを持って連動している。雁がねが来るという季節をもっている。これは、また、秩序という言葉を使うと、秩序、まあ習慣、伝統。そういうものがあると、あ、もうそういう季節になったんだなあ、と。そうすると、萩が咲くという。これもまた地上のいのちの営みですね。すべてのものがなんか大きな生命体で繋がっている。それを、私は、「宇宙生命体」と名付けておりましてね。「コスミック・ライフ・システム(cosmic life system)」などというふうに言っているんです。コスミックな、宇宙的ないのちのシステムがある、という。そのうちの一つが、いまのこの歌じゃないかと思うんですね。もう一ついいですか。
 
西橋:  お願いします。
 
中西:     淡海(あふみ)の海夕波千鳥汝(な)が鳴けば
            情(こころ)もしのに古(いにしへ)思ほゆ
                   (柿本人麻呂)
 
というのがありますね。これは琵琶湖を訪れた時に、人麻呂が詠んだ有名な歌ですね。「淡海の海」というのは琵琶湖。その夕方の波の上を千鳥が飛んでいる、というんです。千鳥というのは、冬の動物ですから。これはやはり冬の凍てつくような寒さの中の歌だ、と思いますけれども。千鳥よ、お前が鳴くと、心も死んでしまうほどに、昔のことが偲ばれる。そういう歌なんですね。これを近江の大津の宮というところに、都がありまして、それが戦争で滅んでしまいました。その後を訪れた時の歌なんですね。当時の考え方で言いますと、人間は亡くなると、魂が鳥になる、というふうに考えていたんですね。それがずーっと、天涯の彼方に飛び去って、姿を消していくと、鳥は。或いは、遠い彼方に魂の国がある。そこからやって来て、そこへ飛んでいく、という。それをこう通い合うことの出来るものは鳥だ、と考えるわけですね。千鳥よ、お前が鳴くというのは、「千鳥は」イコール(equal)「亡くなった人の魂」なんですね。それは、戦争によって戦い破れて死んでいった。或いは、もう既に過去の人として、今は姿を消した。そういう人たちの魂が、琵琶湖の夕方の波の上を飛んでいる千鳥になって鳴いているんだ、と。だから、お前たちが鳴くと、私の心も昔へ引き戻されて、死んでしまうように、私は昔のことが偲ばれてならないのだ、と。そういうことになるんですね。また、千鳥を単なる千鳥として見るんじゃなくて、魂の化身として見ている自然をですね。そういう見方もあるんですね。それぞれに自然を尊重していますけれども、その尊重の仕方が少しずつ違う。違うけれども、やっぱり総ての全部の幅、全域において、自然というものを、いろいろ魂の変わったものだとか、現にそのものでいいんだとか、或いは、それは宇宙生命の一部をなすものだ、という認識の仕方で、全体を非常に大事にして、きめ細かな目を注ぎながら、自然とともに生きている、という。そういうのが万葉人ですね。これはやっぱり今日(こんにち)思い出すべきじゃないか、という気がしますけどね。
 
西橋:  宇宙生命体、天地自然の仕組みですか。
 
中西:  そうそう。
 
西橋:  そういう自然を尊重するという、万葉人の自然観。それから二つ目に、中西さんが挙げられたのが、「深くいのちを愛する」ということをおっしゃいましたね。この万葉人の「死生観」と言いますか、そう言った点で、象徴的な歌を、
 
中西:  はい。作者は有名な大伴家持という人の歌なんですが、
 
      たまきはる命は知らず松が枝(え)を
        結ぶ情(こころ)は長くとそ思ふ
               (大伴家持)
 
という歌なんですね。まず、「たまきはる命」というのですから、この当時の人は、命を「たまきはるものだ」とこう考えていたということなんですね。「たまきはる」の「たま」というのは、「霊魂、魂」です。「きはる」というのは、「限りなく終わりに近付くけれども、終わらない」。それを「きはる」というんですね。今でいうと、「極まる」という言葉がありますでしょう。「極まる」というのは終わるんじゃないんです。いつまでも終わりにならない。しかし、どんどん終わりに近付くけれども、いつまでもいつまでも続くのが、「極まる」という言葉で、「終わる」とは違った言葉なんです。ですから、いのちというものは、仮に現身(うつしみ)が無くなっても、魂はずーっと続き続けるんだ、という生命観というのがありましてね。これはやっぱり永遠を信ずるという気持ですね。これは、現代人がほんとに乏しくなった気持だと思うんです。みんな有限にしてしまうわけです。切ってしまうんですね。極端に言うと、切り刻んで、スライスしたものを顕微鏡の上に置くと、それがよく分かるというわけです。分かるためには、「限定する」ということをするんですね。当時の認識は反対なんです。「総合する。広げる」という。「トータルな形で、ものを見よう」という。いのちもそうでして、霊魂が永遠なんだ、というふうに、永遠を信じているんですね。そういういのち。しかし、それは神様にゆだねているんです。「知らず」自分がコントロールできないんだ、と。自分がコントロール出来るなんていうちっぽけなものじゃない。神さまにお願いをしたいのち。それはもう永遠に限りもなく魂の続くいのちだ、というふうに、思っている。自分がどうこうなんて出来ません、と。しかし、いのちの永遠に対して、祈りを込めます、と言うんですね。それで、どうするか、というと、松の枝を結ぶ。そのことによって、いのちの永遠を神さまにお願いする、というんですね。それじゃ、どうして、その永遠を願う時に結ぶのか、という。我々は、「結ぶ」ってよくやりますでしょう。紐を結んだり、ネクタイを私は、今日、結んでいないけどもネクタイを結んだり、いろんなことをする。だけど、その根元は、例えば、円を結ぶ。ああいうものが本当の結ぶなんですね。何故、と言いますと、「むす」というのは、「苔むす」でしょう。「生まれる」という意味なんですね。だから、生まれた子どもが「息子」。生まれた女は「娘」。だから、「苔」と「人間」は同じなんですよ。結ぶ意味でね。「苔にして」なんていうんじゃなくて、一緒なんですね、これは。ですから、そういう意味では、結ぶというのは、そこに新たなものを生む、という意味なんです。ただ、紐をこう結ぶというのじゃありません。単に結ぶのを「結う」というんですよ。
 
西橋:  「結う」ね。「結城」とか、言葉もありますね。
 
中西:  「結納」なんて、結う。「結う」はこうするだけの話。「結ぶ」というのは違いまして、こうすることによって、新たなものを誕生させることなんです。だから、一番分かり易い例は、男女が結ばれるんですよ。赤ちゃんが生まれる。これは、夫のいのちでもない。妻のいのちでもない。第三のいのちだけど、それを生み出したものが、元の二つのいのちという。これが「結ぶ」という言葉の最初の意味なんですね。だから、松の枝を結んで、「どうか長生きをさせて下さい」とお祈りをすると、僕らは思うでしょう。お神籤(みくじ)なんか結びますよね。あれは本当は結んだ途端に、新しい生命がそこに生まれた、と考えるんですね。その生まれたいのちというのは、今、生きている。この歌は家持の歌ですが、その家持とは違ったもう一つのいのち。神さまの保証してくれる永遠のたまきはる命。自分は知らないけど。それを願って結ぶのです、と。こういう話なんですね。これが当時の生命観なんです。
 
西橋:  そうすると、魂というのは永遠なんだ、ということになると、死ということを、そんなに恐れてはいませんか。
 
中西:  恐れていません。死は恐れていない。仮に訪れる一つの区切りのようなものです、本来。何故なら、亡くなりますと魂になる。魂というのは不思議な働きをするから、神さまのような存在なんですね。ですから、神道(しんとう)では、人間は亡くなると神になる、というふうに考えるんですね。そうでないと、人間は亡くなると、呼吸は停止して、肉体が腐乱していって、やがて骨になって、骨も風化してしまって無くなる、というふうに考えるでしょう。そうは古代人は考えていないんです。魂として生まれ変わる。転生する。その一つのきっかけが死だ、ということですから、とってもお目出度いことだ、と。むしろ考えているんですね。もっといいですか。
 
西橋:  お願いします。
 
中西:     桜花時は過ぎねど見る人の
           恋の盛(さか)りと今(いま)し散るらむ
                   (作者未詳)
 
という。これは作者の分からない。詠み人知らずの歌なんですけどね。これも凄い歌なんですよ。「桜花」─桜の花。「時は過ぎねど」というのは、まだ散る時ではないけれども、というんですね。散る時ではないのに、「今し散るらむ」今散っている、というんですよ。どうして桜の花が散るか、と言いますと、桜の花を見ている人、その見ている人が頻りに桜の花に恋をするんです。
 
西橋:  ほお─。人が─。
 
中西:  人が桜に恋をする。その恋も、「始まりの恋」とか、「絶頂の恋」とか、「終わりの恋」とかありますでしょう。恋の盛りとして、今、見る人は私を見ているだろう、というんです。恋の盛りとして見ているだろう。だから、恋の盛りとして見ているなあと思うから、桜の花は散る、と。だろうなあと見ている人が思っているんです。そういう歌なんです。だから、もう萎れてしまって散るしかない、と言って散るのは、本当の散り方じゃないんです。
 
西橋:  絶頂期に、
 
中西:  絶頂だ、と。これを過ぎると、もう人は私を見向きもしない。飽きてしまう。もう衰えていくしかない、なんていうところまで生きていない。絶頂だ、と思う。だから、死ぬべき時だ、という。そういう死生観なんですね。だから、いのち長らえるなんていうことではなくて、花の盛り、その時が死の時である。瞬間である、という。これが、ずーっとあとあとまで、桜の花は散り際がいいだの、何だのという。「花は桜木、人は武士」とかね。そのようになってくるんですが、そういう武士道精神なんていうものではなくて、これはやっぱりいのちの認識の仕方なんですね。
 
西橋:  さっき雁と萩の関係をお話になりましたけども、これなんかは、それじゃ人と桜の関係というか、 
 
中西:  恋ですね。恋というのは、人間が桜に恋をしているわけですね。だから、恋人が自分は今美しいと思っている。人間に喩えればね。これが、桜子さんという人だったら、私のことを私の好きな男性はいま一番美しいと思っているなあ、と。来年になったら衰える。じゃ、今年のうちに死のう、という。そういう美学がいいのだ、というのがこの歌なんですね。
 
西橋:  なるほど。
 
中西:  凄く激しいですね。
 
西橋:  激しい歌ですね。
 
中西:  そうですね。もう一ついいですか。
 
西橋:  お願いします。
 
中西:     世間(よのなか)は数なきものか春花(はるはな)の
            散りの乱(まが)ひに死ぬべき思へば
                   (大伴家持)
 
これは大伴家持の歌なんです。「春花」というのは、これ桜なんですけども、桜がハラハラと散ります。そうすると、それが「乱(まが)ひ」乱うような状態、「散り乱う」という言葉がありますでしょう。乱(まが)うような状態。「乱う状態」というのは、紛れるような状態なんですね。ですから、ジッと見ていましても、何だか分からなくなる。紛れてしまって。向こうの相手の姿が紛れてしまう。これが乱ひなんです。その時に死ぬという考え方が当時あったんですね。桜の花他の花でもいいんですけど、バアーッと一面に散る。そうしますと、何だかジッと見ていますと、正視するに堪えませんで、なんかだんだんぼおっとしてきて、自分は死んでしまう。そういうふうに人間は死ぬんだ、という考え方がありましてね。それは、いつだ、というふうに決めた日が、彼らなりにあったんです。陰暦の三月十八日なんです。これが伝統的な「花祭りの日」なんですね。「花祭り」というのは、仏教の花祭りがあります。これはお釈迦様の。これは別なんです。伝統的な花祭り。これは陰暦の三月十八日。その時に、花鎮(しず)めをして、花の悪い力が人間に及ばないようにするんですね。それが花祭りなんです。そういうことをしたぐらいに、落花が散り乱れると、人間のいのちが危なくなる。それが、この散りの乱ひに死ぬ、という考え方。そういうことを見ていますと、世の中というのは、取るに足らないものなんだなあ、というのが、この歌なんですね。ですから、この歌に込められた生命観というのは、やっぱり落花に殺(あや)め取られると言いますか、落花に取り込められて殺されてしまうようないのち、というものを考えていたということですね。それぐらいにやっぱり花の死と人間の死というものが一体なんですね。お釈迦様の花祭りにも繋がりますけども、全体として、万葉人のもっていた死生観ですね。そういうものが非常に我々にとっては驚くようなものがありますね。
 
西橋:  万葉集が、今に生きる私たちに与えてくれる精神的な糧ということで、元気の素ということで、三つ目に、「混沌(こんとん)」ということをおっしゃいましたが。
 
中西:  これは今まで作品を挙げましたけども、作品というよりは、万葉世界でしょうかね。万葉世界というものが、混沌という。面白いけど、「混沌を基準としている」というふうに言ってもいい。そういう感じなんですね。とにかく、最初を開きますと、「雑(ぞう)の歌」というのから始まるんですよ。「雑」雑然としている巻から始まるなんていう本は、そうないと思うんですよ。その次ぎに、「愛の歌」「死の歌」とこう出てくるんです。それが全然変じゃない。むしろ、「雑(ざつ)」という言葉は、中国では、「華やか」という意味があるんですね。ですから、やっぱり華やかな、「雑戯(ざつぎ)」と言いますでしょう。中国の、
 
西橋:  「雑戯団」とか。
 
中西:  ああいう感じなんですね。混沌という、雑然としている、というのがいいのだ、ということ。例えば、市(いち)(バザール:bazar)なんていうのも雑然としていますよね。混沌としている。あれはもの凄くエネルギーに満ちているんですね。そういう混沌というものが、雑(ざつ)というのにもありますし、それからいろんな多様性を認めるという。いろんな価値観がたくさんある、という。そういう認識の仕方も、今と似ていますよ。「これからの地球は、多様性の文化の時代だ」と言いますでしょう。そういうふうなものがやっぱり万葉集にあるんですね。それが平安時代以降になりますと、綺麗に「勅撰集(ちょくせんしゅう)」として整理されてきてしまう。
 
西橋:  「整理」ということですけれども、私たちは、いろんなものを美しく整理するというか、きちんと整理することを良しとする、という考え方が今ありますよね。そうすると、そういう考え方の中で捨ててしまったものというか、忘れてしまったものの中に、大事なものがたくさんある、ということなんでしょうか。
 
中西:  そうだと思いますね。だから、「文明」とか、「文化」とかという言葉で、それを説明することも出来ると思うんですね。やはりその文明論というのは、要するに、「都市化することを文明」というふうに、英語なんかでは言いますね。都市的であるということは、如何に快適なものとして、いろんなものを整理して、エネルギーにして人間に与える、例えば、熱エネルギーを、エアコンならエアコンというシステムにおいて、暖房というものにして役立てるとか、川の流れは自然にほっとかないで、一時堰き止めておいて、ダムを造って、その落差をエネルギーに変えて、水力発電をするとか、みんなこれ整理しているわけですね。そのことによって、計り知れない、我々は恩恵を受けましたけれども。しかし、そのためには、鮭がのぼらなくなるとか、自然の生態が全部ダメになっているわけです。それは非常に不自然なわけですね。だから、どっかでこの文明は、破綻がくるはずですよ。それは図式的に言ったってそうなんです。それに近頃やっと気が付いて、我々は文明というふうなものの弊害を同時に見付けていこうということになって、そこで自然さというのは尊ばれる、と。万葉は、そういう文明によって失われてしまった自然さというものをもっていて、それを「混沌」と呼んでもいい、ということだと思うんですね。
 
西橋:  エネルギーなんかを考えても、石油資源なんかたくさん掘り出して使って、その結果、地球の温暖化というふうな状況を作り出していく、というようなことを考えると、
 
中西:  どっかに、自然からすると嘘と同じじゃありません。一遍嘘を付くと、トコトン嘘を付いていなければいけない。
 
西橋:  どっかで破局を迎える、ということになって終いますものね。
 
中西:  非常に分かり易いですよ、文明の構造、って。明治の文豪の森鴎外が、「混沌」という題で講演をしています。その中で言っていることは、「こういうような価値の定まらない時代」というのは、明治時代のことなんですが、「こういう価値の定まらない時代には、むしろ混沌がいいのだ」ということを言っています。面白い言葉は、「ムクドリ(椋鳥)主義」という言葉を言っていますね。鳥のムクドリ(椋鳥)です。「そのムクドリの主義がいいんだ」と言っているんですね。これは森鴎外の使う意味によると、まあ一種のぼんやり主義です。ものをきちんきちんと決めないで、ぼんやりとした、そういうことだ、と。ムクドリの生態というのは、非常にすばっしこいとか、賢いというふうな、カラスと全然違うんだと思いますね。カラスぐらい賢い鳥はいないみたいなね。人間の隙を窺っていろいろしますけども。そうじゃなくて、ぼあっとしている。そういうのがムクドリです。それがいいんだ、と言っているんですね。ですから、やっぱり今のような、従来、自然科学の発達、産業革命以降の近代文明の発達の中で行き詰まってしまった時代というのは、これから価値を探る時代ですし、安心してのっていけるような秩序というもののない時代ですからね。やっぱり鴎外のそう言っているものは、なんか力があると思いますね。だから、僕らはムクドリ主義でいかなければならない、という。
 
西橋:  万葉集の中には、そういうムクドリ主義が既に、
 
中西:  ありますね。
 
西橋:  混沌、
 
中西:  混沌という性質ですね。それが自然なんじゃないでしょうか。そういうところに一遍「立ち返り」と言いますか、「原点への立ち戻り」というか、それを促して止まないのが、万葉集ですね。
 
西橋:  よくいろんな時代に、「万葉に返る」と言いますか、そういう形で取り上げられてきたと言いますか、そういう中には、今にして思えば、というのは、国家主義みたいなところで、万葉集が強調されたりしたような時代もあったわけですね。
 
中西:  戦争中ですね、この間の。そうなんです。ですから、万葉集というのは、不思議な永遠のいのちをもっていて、ずーっと私は地下水に喩えるんですね。地下を二千年来、ずーっと流れている、と。だから、事があると地上に出てくるという格好ですよ。だから、明治時代になって近代国家を造る、と。そうすると、「さあ、富国強兵でいこう」ということになると、「従来の古今集を尊重していたようなのは、女々しくてダメだ。万葉集を尊重しよう」ということを、正岡子規がいうわけですよ。そういうところでも、また万葉がうわっと出てくる。それから、もっともっと遡りましても、平安時代全体をずーっと捉えてみても、平安時代はずーっと、万葉集というのは、もう古いものだとして顧みられなかったんだけども、平安の終わりの十二世紀の初めの頃になりますと、今度はまた武士が現れてくるにつれて、万葉集がまた出てきて、「新古今集」なんていうのは、非常に万葉集を 尊重しているんですね。おっしゃるように出てくる。だから、あらゆる時代に、一つの緊張感を与える、一つのテンション(tension)と言いますかね。そういうようなものの働きを、万葉集はずーっとしてきている、ということは、たしかにおっしゃる通りですね。それは悪く利用されるといけないけれど、そうではなくて、いい意味の日本人の心に緊張感を与える宝だ、と言えるかも知れませんね。
 
西橋:  今、二十一世紀初めですよね。新しい世紀が始まった。で、世界中でいろんな動きを示していますけれども、このような状況の中で、私たち日本人にとって、万葉集というのは、中西さん、どんなふうに活かしていけばいいというふうに、お感じになりますか。
 
中西:  まず、歌を読む。そして、それに感動する。そのことによって本当の人間性を回復する。それが一番手っ取り早くて、かつ有効な方法だ、という気が致しますね。今、活字離れをしているとか、本を読まなくなったとか、言いますでしょう。それはやっぱりいけないんで、やっぱり声に出して読む方がいいですね。声出して読んで、肉体のリズムと万葉集を合わせながら、いつの間にか万葉のリズムの中に生きているという。そういうものを生活者として、ただ、学生としてものを学ぶんじゃなくて、生活者として、新しいいのちとして、万葉集を付け加えていのちを復活させていくという。そういうことをして欲しいと思いますね。
 
西橋:  今日はどうも有り難うございました。
 
中西:  有り難うございました。
 
 
     これは、平成十四年六月九日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである