病気でなく 人を診る
 
                 医師・札幌医科大学教授 山 本  和 利(わり)
                 き き て        山 田  誠 浩
 
ナレーター:  これまでの医療とは違う新しい視点から、患者の痛みや不安を取り除こうと試みている診察室が札幌にあります。この日訪れた六十代の患者は、半年前から頭痛に悩んできました。地元の病院に通いましたが、原因が分かりません。
 
 
山本:  締め付ける以外に、あなたの言葉でいうと、どんな表現になります?
 

 
ナレーター:  白衣を着ないで患者を迎えた医師。五年前にこの診察室を開いた山本和利さんです。山本さんの診察は、患者の話をじっくり聞くことから始まります。
 

 
山本:  差し支えなければ、いま何人家族ですか? お住まいは?
 
患者:  今、五人ですけど。
 

 
ナレーター:  山本さんは頭痛とは一見関係なさそうな家族や仕事の話を患者に訊ねました。

 
患者:  子どもが三人。
 
山本:  子どもさんが三人、
 
患者:  現在の仕事をしていたんですけども、時間中にそういう繰り返しになってくるものですか、仕事を辞めたいということで、今、申し入れしたところなんですけど。
 
山本:  退職されて、じゃ、別の仕事についているわけですね。
 
患者:  はい。
 

 
ナレーター:  患者が語る生活の変化や人生の紆余曲折。山本さんは、痛みや不安を生み出す原因には、身体や心の中だけではなく、人間を取り巻くさまざまな環境が影響しているのではないかと考えています。山本さんは、患者の職場での体験と頭痛とに何か関係がないか探りました。
 
 
山本:  このことってどっかに相談されました?
 
患者:  えーと、特にしてなかったんですけど、今の職場の課長さんがですね、やっぱり同じような症状が出てきて、こちらに伺って、なんか手術した、
 
山本:  手術した?
 
患者:  そういったこともあるんで、ちょっと行ってみなさい、ということで。
 
山本:  そうですか。手術するような病気だと困るなぁ、ということで来たわけですね。
 
患者:  はい。
 
山本:  なるほど。
 

 
ナレーター:  自分の頭痛も職場の上司のように手術をしなければ治らないのではないか。患者は、山本さんと話をする中で、これまで意識してこなかった不安に初めて気付いたのです。患者の話を聞くこと四十五分。最後に山本さんは、頭の痛みは上司のケースとは違うことを説明しました。片頭痛(へんづつう)という病名を告げ、薬でも十分治ると伝えました。
 

 
山本:  今、片頭痛ってね、日本で八百四十万位の人いるんですって。発作が、あなたの場合、チカチカみたいなのがくることがあるでしょう。また何となくきそうだと思うでしょう。そうしたらね、飲むとおさまるんですよ。
 

 
ナレーター:  山本さんの手法は、「物語りに基づく医療」と呼ばれ、注目を集めています。山本さんは、イギリスで誕生したこの医療を日本で実践する第一人者です。
 

 
山田:  患者さんの治療をするのにですね、物語りとして患者さんの話をずーっと聞いていかれる。これはどういうことで、そういうことをなさるんですか。
 
山本:  一般には患者さんも医師もそうですけれども、病気の原因というのは、体のどこかに問題があって、それで今の自分の症状が出てくるというふうに、みなさんお思いになっているわけですね。それで大部分の医師も、体の中に病気がないだろうか、というふうなことで、血液検査をしたり、尿検査をして、数値として異常がないかとか、または今のCTだとか、そういう画像診断でもってやって形の上でなにか物ができていないかとかと、異常を見つけようというような形でお互いにやるわけですね。そういうふうな時にたまたま病気が見付かれば、そこに焦点を絞って対策を練れるわけですね。それが治療になるわけですけれども、実は初期の場合だとか、またはそこに問題がない場合には解決に繋がらないわけですね。それで我々のところにきた時には、そうすると、「体以外にも問題がないか」と。「体以外というのは何か」というところが、その物語りに繋がるわけなんですけれども。そうすると、実はその人が、「人間関係で問題がないだろうか」とか、「家族に問題がないだろうか」とか、「会社に問題がないだろうか」とか、そういうことと別に時間軸ですね、過去に振り返った時に、「生きてきたその生き方の中で、何か今のことに影響していないか」とか、または、「今やむを得なく生きて生き方が自分の価値観と違いがないだろうか」みたいなことをちょっと探ってみるわけですね。そうすると、それを実はどんな人も、それを分かり易く自分なりに、ストーリー―物語を作っているわけですね。ですからそういうふうな「体以外のところにも焦点を当てて、いろいろ情報を集めて、それを患者さんに語ってもらうということの中で、一つの物語みたいなものがないだろうか」と。
 
山田:  「頭が痛い」とか、「腰が痛い」とか、そういう症状があるとしますね、その症状を、
 
山本:  そうすると、大部分の患者さんというのは、「頭が痛い」といった時には、脳腫瘍がないだろうか、それが心配だから、頭のCTを撮ってほしいとか、検査してほしい、となるわけですね。そこに少し自分の体のことを少し離れて、もう少し物語を膨らませている人は、実は会社の上司が脳腫瘍になって、自分の症状に似ていたんだ。それが一週間前にわかったという話になると、今まで一年ぐらいちっとも気にならなかった頭痛が、そこの話と繋がって、脳腫瘍に関係ないだろうか。自分も心配だ、というふうに、物語が膨らんでくるわけですね。その程度のことであればかなりやられていることはあるんですけれども、それをもう少し実は膨らませていくと、地域の特有なものだとか、実は過去の生きてきた生き方の中で、そのことが影響してくるというふうなことがあるんじゃないか、と。ただそれが実は患者さん自身も気がついていないわけですね。
 
山田:  何によってそういう症状が出ているか、と気がつくのは?
 
山本:  出ているか、というのは、気がついていない。大部分の人というのは、医師と同じように現代の人たちは、体がおかしくない限りは症状がでない、というふうに思っていますから、大体その体以上に膨らませては物語を作ってこないわけですね。診るほうの医者もそこより膨らまさないで話を聞いていますから、そうするとそれ以上見えてこない。そこを何とか膨らませて、見ることによって、なんらかの患者さんの症状の改善に繋がらないかなあ、というふうなアプローチなわけですね。
 
山田:  実際に患者さんからいろいろ聞いていかれて、具体例でちょっと紹介して頂きたいんですが、どんな場合があるんでしょうか。
 
山本:  例えば、こういう方ですね。六十代の女性だったんですけど、その方は本州のほうから北海道に引っ越してこられた方なんですね。それで三ヶ月ぐらい前からものすごい目眩がするということなんです。フラフラしてしまって。とても日常生活に支障をきたしているというようなことで、耳鼻科の先生だとか、神経内科の専門の先生にいったんですね。そうすると、そこでまあいくつかの検査をされたけれども、異常がないということで、一応お薬を処方して頂いたけど、なかなか症状がとれないというふうなことで、私の方の外来にお見えになったんですね。それでいろいろ耳鳴りとか、目眩に必要な問診項目というのは普通に訊いてきますよね。その中でお話してもなかなかそれ今まで以上の情報がないわけですね。そういう中で、「どんな家族構成でしょうか?」とか、「あなたのそういう症状の出た辺りで、何か変わったことはありませんか?」というふうな話をした時に、「はい。実はですね」と話されるわけです。ご主人が亡くなったらしいんですね。一年か前に。こんどは北海道に来るということになった時に、お墓の場所をどうするかということで、親戚の人たちとちょっともめてしまった、ということらしいんですよ。それでその話をずーっと十五分とか、三十分していましてですね、本人が、「先生、病院でお墓の話を急に言ってしまって、こんなことって初めてなんですけれども、いいんですか? このままお墓の話を続けて」というふうなことになりまして、「いやいや、あなたのところで、さしつかえがないなら、そこのところをちょっとお話聞きましょうか」というようなことで、話していましたら、結局、お墓をどこに作るかということが一番なんか問題みたいに思えたんで、それでその方に、「じゃ、まずは親戚の方に味方になる人いませんか?」と言ったら、「あ、います」「じゃ、その人と相談して、あなたのなんとか希望になるようなお墓の場所に相談したらどうですか?」というようなことをちょっと言って、その時は、また次の予約をしておいて、お見えになって頂いたんですよ。そうして来たらですね、全然顔色が違って、「いや、先生! 目眩が治りました」と言って、二週間目にお見えになったんですね。「実はお墓の場所が、私のしたい場所に決まったんです。そうしたら目眩が治りましたんで来なくていいですか?」とおっしゃるんで、「いや、よろしいじゃないでしょうか」というふうな、そんなことですよね。そうしますと、その人にとって、一番大切に思っているご主人のお墓のことが、実はめまいに影響していたというふうな物語にすると納得いくような形になるわけですね。
 
山田:  実際に、そういうことがめまいの原因になっているということがあるんですね。
 
山本:  ええ。ただそれを「ちゃんと説明しなさい」と言われると、困るんですけども、現実にそういう方たちがたくさんいるわけですよね。
 
山田:  こういう治療の仕方というのは、今までの医療と違うところというのは、どういうところが違うんでしょうか。
 
山本:  今までの医療というか今までは、体の中に病気が、誰が診てもありますね、というふうなのを「疾病(しっぺい)」というふうなとらえ方をしているんですね。「疾患(しっかん)」とも言いますけど、それを今までは医学部でも教えてきたし、いろいろなメディアでもそういうようなことを言ってきたわけですね。ところが、「病気の有る」たちはあまり関係ないんですけども、この場合は無い場合とした時に、病気は見つからないんだけども、病気というか、疾病は見つからないんだけど、患者さん自身が辛いとか悩んでいる。痛い、苦しいというふうなのを、「病い」とか「病感(びょうかん)」というふうに言うんですよね。そこのところが医師自身もあまりそういう教育をされてこなかったし、患者さん自身もそういうことというのは知らされてこなかったんで、そういうふうな人に対して、どういうふうに対応していいか、というようなことが教えられてこなかったし、対策も練られてこなかったわけですよね。そういうところをまずは「丸ごと患者さんを診ようか」と。その時に「丸ごと」というのは、「体を丸ごと」という意味だけじゃなくて、もっと膨らみある空間的にも、先ほどいったように、時間的にも、価値観だとか、そういうことまでもいれて診ようというふうなことですね。
 
山田:  今、医療もどんどん専門化していって、例えば内臓のどの器官とかというふうになっていますけども、そういうことと非常に対極にある感じ、人間全体、しかも体だけではなくて、その人の生きてきた歴史も引っくるめてやる、という形になるということなんですね。
 
山本:  そうなんですね。その時に病気が見つからないけども悩んでいる、というふうな人のお話をしましたけど、実は病気があってもやっぱり悩んだり、苦悩している人はいるんですよね。その時にその病気で説明できない症状だったんですけど、それが無視されたり、対応されないまま終わっていることがあるんですよね。ですからこの話というのは疾病が、先ほどいった有る無しに関係なく、当てはまるやり方なんですよね。
 
山田:  疾病が有る無しにかかわらず。
 
山本:  関わらず。具体的に言いますと、例えば糖尿病の患者さんで、四十代の女性で、非常に肥満した、太った形の糖尿病だ、と。そのことが原因で血糖値というのがあがっているというふうな患者さんがいて、そういう人を診ている時に、その人を次にまた診ると体重が増えているわけですね。そうすると、根本が太っていることですから、痩せて貰わなければいけませんよね。ですから今までの理論でいくと、その人に、「痩せてください」と。「痩せるためには食事をしっかり食事療法を守ってください。間食をやめてください。運動をしてください」ということになりますよね。そうなんですけど、その人の背景を聞いてみると、例えば重症な心臓病を持った娘さんが病院に入っていて、人工呼吸器が時々付けられてですね、そういうふうな状態だ。そういう状態を聞くと、すぐ行きたくても、遠くにいますから飛んでいけない。そうすると不安で食べてしまうことになっちゃう。一方、家にはご主人もいるんだけど、ご主人もまたそういう、例えば精神疾患を抱えていて、その人がまた入退院を繰り返している。そのご主人の病気が悪くなってくると不安で堪らないから食べてしまう、というふうなことがあった時に、その人の人生とか、その人の生活のことを知ると、今まで体だけに向き合っていた時には、「ダメじゃないか」と言って、頭ごなしに抵抗なく叱れたのが、そういうふうに言えませんよね。そうすると、その人なりに、「大変な人生を送っていますね」というふうなところで、そこで共感的にお話しながら、「じゃ、何ができるでしょうか」というふうな形にしていかざるをいないと思うんですね。ですからそういうふうな方にも、病気があってもその人の背景とか人生―「あなたってどんな人なんだろう」というふうなことで接することでやっぱり医療者としてのアプローチが違ってくることがあるんですね。それは癌のお方であれ、どんな病気であれ、まったく変わらないと思うんですね。
 

ナレーター:  地域医療を担う医師を養成するために創設された自治医科大学。一九七二年、山本さんはその第一期生として入学しました。当時の医学では、あくまでも体の異常が病気を引き起こすという考え方が主流でした。山本さんは、病気を的確に診断する知識や技術を学びました。卒業後は故郷の静岡県で二年間研修を積み、一九八○年静岡県菊川町の病院に内科医として赴任します。山本さんは、患者の体に疑わしい箇所を発見するたびに写真に記録しました。腹部の断面や舌の表面、そして骨髄の細胞まで、決して病気の原因を見逃すまえと事細かに調べていきました。山本さんの医師としての人生はひたすら患者を診つ続けることから始まりました。
 

 
山田:  で、最初は静岡県の菊川町という町の病院に、
 
山本:  そうですね。そこに行ったんですけども、今はかなり近代化されて別の場所に移られて素晴らしい病院になっていますけども、その頃にはまだ医師も不足していたり、というふうなことで、病院全体がまだ統一がとれていない感じがあったんですね。まだ僕、二年しか勉強していない僕でも、いわゆる疾病についての知識とか技術をそこでやってみると、「わぁ、そんな新しいことがあるんだ」といってみなさんがビックリしてくださるような形のことができました、そこではね。ただ、そうやっているうちに患者さんもたくさんついてくれて、外来も一日二百人も診るようにはなっていたんですけども、今、振り返ってみると、やっぱり古い病院を自分が新しい技術とか知識をもってきて、新しくしたんだというようなすごく気負いがあって、それで患者さんたちも自分を中心に、医師中心に、いい医療を施しているというふうな部分がなきにしもあらずだったなあというふうに思うんですよね。具体的には、例えば今は患者さん、お話を聞く時は服を着て、一対一と同じ社会人という形で聞くようにしていますけど、その頃はどんどんたくさんの患者さんを診なければいけないということを一つの言い訳にして、上半身服脱いでもらって、靴下を脱いでもらって、足に何か問題があったら見逃してはいけないんだ、みたいな形で全員にこうやってもらって、そうやって相手は裸で、こちらは服を着て診察をするみたいな部分もちょっとありましてね。
 
山田:  そうやってどんどん一日二百人もの患者さんを次々診ていらっしゃった。
 
山本:  そうですね。それを終わってから今度は入院患者さんがあったら、今度はその人たちをその後で診るというふうなことでしたから、知識技術はちょっとできたかも知れませんけど、その分ちょっとやりすぎな部分みたいなのがあったような気がしますですよね、今考えてみますと。
 
山田:  当時はどういう医師になりたい、というふうに思って、そういう仕事に当たっていらっしゃったんでしょうか。
 
山本:  その時はやっぱり研修を終わって、医師になって、いろいろな知識・技術が身に付いて、なんとかそれでもって、病気疾患を持っている人を治してやりたい、と。そこになんとか貢献したいというふうなことは強かったですね。ですからあんまり患者さんの背景とかというふうなことはあんまりなかったわけですよね。
 

 
ナレーター:  静岡県佐久間町、一九八三年、この町の病院に転勤したのを境に、山本さんの医療に変化が現れます。山本さんは、病院に来られない患者のために、積極的に往診に乗り出しました。そして患者の暮らしや人生を知ることが、治療を進めるうえでどれだけ大切かを学んでいったのです。
 

 
山本:  そこで一番思ったのは、今までは病院の中だけにいればいいと思っていたのが、そこに行った時に、病院の中だけにいるという常識が通らないということが、それだけではダメなんだ、というのがわかったんですよね。
 
山田:  それはどういうことですか。
山本:  それはですね、一番最初に当直に当たって、病院にいなければいけないわけですね、当直医というのは。今までの菊川病院にいた時には、病院にいればよかったわけですね。ところが山の上のほうに―その時は山の上もわからないんですけども―電話がかかってきて、熱がでているんで、往診してほしい」という依頼があった。そうすると、運転手も看護婦さんも行くものだと思って車を用意しているわけですね。当直医が病院を留守にしていっていいの、と思うんですけども、まあ行ってみるわけですね。そうするとやっと車二十分くらい上がったところから、三十度位の坂道を上がって、それでやっとそこに患者さんを診ると、
 
山田:  車が入れないから途中で降りて、
 
山本:  入れないんですよ。
 
山田:  後は歩いて行かれるんですか。
 
山本:  その時に一番ビックリしたのは、トランクを開けましてね、トランクから竹の棒を出しまして、真ん中に往診鞄を入れて、看護婦さんと運転手さんがこうして担いでいっこらいっこら二十分位上るんです。で、山の上にやっと着いたところで、その頃はですね、ちゃんとおしぼりがでて、お茶を呑んで、一服してから診て、そんなに重病ではなく、普通の風邪みたいな人であっても、この人は車もなくて、山道を下りてこれないよな、というふうに思うと、やっぱり医師が外に出なければいけないんじゃないかなあというのを痛切に感じたことがありますよね。もう一つの患者さんの例でいうと、僕らは、脳卒中の患者さんを診た時には、原因が脳出血であると、血圧を下げなければいけないんだから下げましょうね、という話で、下げますよね。それで半身麻痺だからリハビリをしましょうね、というので、一所懸命リハビリをしてもう大体ゴールに達したから、「どうぞ」と言って帰って頂いたわけです、今まではね。ところが、佐久間で実際に患者さんのお宅に行ってみると、車を下りてから、そこまでが細い道を杖をうまく使わないと通れないような道でやっと家に辿り着くんだ、と。で、そこから実は石段があって、上るのにも病院と違って平らでないわけですから、そこを上るにどうするかとか、後は今はちょっと違うかも知れませんけども、ご飯炊くのに薪で焚いているわけですね。そうすると、それをどうするかとか、あとお風呂が五右衛門風呂みたいになっていると、そこに入るのにも今までのリハビリの練習だけではできなかったり、あと食事を作ってのが、例えば患者さんでしょう。例えば、女性だとすると、誰が食事を作るのみたいなことが、初めてそこで見えてくるんですね。
 
山田:  患者さんの家に行ってみて初めて。
 
山本:  そうですね。そういうところでやはり地域とか、患者さんの住んでいるところを知らないと、病院の枠の中だけで終わっているといけないんじゃないかなあというふうな例はあったですね。
 
山田:  山の斜面に家が建っているという、そういう感じなんですね。
 
山本:  ええ、そうなんですよ。だから斜面の話でいうと、最初のところ、かなり上へ上りますよね。それで僕は最初に赴任した時に、「あ、いっぱい星があるところだなあ」と思っていたんですね。真っ暗な中で、例えば最初に浜松に行ったりする時の帰りなんかなんですけど、車の中でよく見ると、「あ、あれは何さんの家の光だ」という感じの家々の灯火だったんですよ。
山田:  高いところに家の明かりがあるわけですね。
 
山本:  それが佐久間を離れる頃には、「あ、あれはあの人の家だ」というのが、自分が行っていますから、光でわかってくる時に、「あ、あそこでみなさん、ご飯食べているんだなあ」とかね、そういうふうなこともちょっと思うようになりましたね。
 
山田:  この佐久間の頃の、特に印象深く残っている患者さんというのはいらっしゃいますか。
 
山本:  ええ。そうですね。往診に行くと、気持ちが洗われるような感じの患者さんがいたんですよ。その人は診療所のすぐ上のところに住んでいた方で、六十代位の方で、糖尿病で、インシュリンを打っているような人で、脳卒中後遺症があって、もう家の中だけで、杖をついて暮らしているような人なんですけど、そこに奥様が一緒にいて、看護婦さんと往診に行くと、庭に水がパッとうってあって、涼しい風がすーっと入って、風鈴がチリンと鳴って、というところに、「さあ、どうぞ、どうぞ」と言ってあがっていくと、お茶があって、茶菓子があって、そこで四人で、奥さんとご本人と話をするんですが、その時に軍隊時代のお話を―なんか新しいことを覚えられないので、古いことを言うんですけど、ほんとに落語家と同じ間合いで話すものですから、毎回同じ話を聞くんですけども、そこで笑ってしまうんですよね。また奥さんが一緒にホホホと笑うんですけども、その時の三十分位の時間が、ああ、やっぱりこういうふうに生きながらも、病気を持ちながらも、二人で支え合って生きているんだといった時に、ほんとに自分が疲れた時があっても、その人のところへ行くとなんかリフレッシュできるみたいな、
 
山田:  そうですか。先生がリフレッシュできる。
 
山本:  向こうの人のほうが辛い筈なのに、こんなに気持ちよく生きている人がいたらやっぱり自分はもっと気持よく生きれる筈じゃないかというのをいつも思いましたね。あともう一つ、もう一人は入院された患者さんで、もう八十代位の女性だったと思うんですけども、肺炎ということで入院されて、肺のレントゲン写真を撮ると影があってというふうなことで、入院された方がいたんです。それで息子さんがお見えになって、途中、「ちょっと家に外泊したいな」と言って外泊されて、それで一応無事よくなって退院したということですね。その時には負ぶって帰るような感じではあったんですが、その時に僕なんかには、「先生の御陰で治りました」というふうなことでお礼を言って帰るんですけども、実はその看護師さんの方に行くと、「実は外泊していた時に、あの辺のなんか神社みたいなのがあって、ねぎさま≠ニいうらしいんですけども、そこでお祈りしてきたから、あれが効いたんだ」と言って、帰っていったというんですよ。そうすると、やはり患者さんというのは、現代医療だけをやっているわけじゃなくて、いろいろなそういう文化というふうなものもたくさん一緒に使いながらやって、そうやって生きていくんだなあ、というふうなところで、そういうのを含めて医療なんだなあ、というふうに思いましたですね。
 
山田:  この佐久間にいらっしゃった間の医療というのは、患者さん丸ごとと言いますか、患者さんの全人格的なものを診ていくという医療に踏み出していたということなんでしょうか。
 
山本:  そうですね。そこまでいっていなかったと思うんですね。前のところでは病院の枠でおさまっていたのが、それを地域に自分も足を踏み入れて、そこの地域を知って医療を展開するというふうになった、とは思うんですけれども、やっぱり地域の特殊性の中で起こっていることだろうという、それを健康問題として患者さんは訴えてくるんだなあというふうなとらえ方で、そこの佐久間時代は終わっていたような気がします。
 

ナレーター:  一九八七年、山本さんに転機が訪れます。それは最新医学を学び直そうと大学に戻った時のことでした。当時、大学では、山本さんがスーパー・ドクターという、あらゆる病気に対応できる万能な医師を育成しようと力を注いでいました。山本さんはそのモデル医師になるために各専門医のもとで臓器毎の知識と技術を磨いていました。しかし学んでいたことが必ずしも患者の治療には繋がらないと感じて、スーパー・ドクターを目指すことに強い疑問を抱くようになったのです。
 

 
山本:  大学にまた戻ったのは、自分が研修不十分で、知識医療はやったんですけども、最新の科学的だとか、技術がないんじゃないかということで行って研修していたんですね。実際に行ってみますと、確かに驚くべき自分が知らないような最新の医療技術もあったんですけども、実際に研修の現場に行ってみると、実は患者さんにとってほんとに必要なものというのは、十のうち一つぐらいで、残りの九というのは、医師がそこの場にいてできるからやっているものがすごく多いんだなあ、というふうな印象をもったんですね。
 
山田:  例えば、それはどういうことですか。
 
山本:  五十歳ぐらいの男性がおられて、その人は慢性の腰痛ということで、腰が痛いということで、その痛みをとってほしいということで来ているんですね。そうすると、そこにいる医師は痛みをとるというのは、局所麻酔薬を使って痛みをとっていくわけですけれども、だんだんその量が多くなってきたり、あと実は病気の原因が、癌が隠れていないかどうかというふうなことで、いろいろあっちこっち検査をされていくうちに、患者さんがご飯食べれないとかという状況の中で、ますます悪くなっていくという患者さんがあったんですね。その中でどこも異常がないということになってくれば、癌の可能性はどんどんなくなっていく筈だけれども、やはりそこは諦めないというふうなことで、体の中をマクロマクロにどんどん突き進んでいくわけですね。
 
山田:  それは検査を繰り返す?
 
山本:  ええ。検査を繰り返していくということですよね。その中でその患者さんは検査疲れというようなことで弱っていく面もありますよね。そういう時に、この人ってどんな人だったんだろう、というところに向かないんですね。その人たちはあまりにも体のほうに向きすぎてしまって。
 
山田:  体の部分部分の中に、疾患がないかということに目がいく。
 
山本:  もう少し具体的にいうと、その人ってどんな仕事をしていて、家はどんなふうになっていて、何人家族で、子供さんたちの問題はないか、お金のことは困っていないか、みたいなことというのは、あまり考慮されていないんですね。それをたまたま私が聞いてみると、失業で非常に困っていたり、息子さんの進学で悩んでいたり、お金のことで困っていたり、いろんなことが重なって、ちょうど腰痛になっているわけですけれども、そういうふうな視点でその頃診ているような人はあまりいなかったわけですよね。そういう人のところに時々病棟に行ってみると、だんだん顔がやつれていって、ベッドで寝ているような状態が長く続いていくというふうなことになった時に、誰になんとも言えない憤りみたいな、虚しさみたいなものをぶっつけたらいいんだろうみたいなことがだんだん湧いてくるわけですよね。そうすると、自分も此処の大学にいる人たちと同じような医師になって、そういう技術を身に付けて、それでそこを目標にしてやっていくことがほんとに自分がなりたかったものだろうか、というふうなことがだんだんわからなくなってきたわけですよね。
 
山田:  どんなに最新たる技術を使ってやっても、その患者さんのほんとに病気を治していくのには繋がっていかないんじゃないか、というふに思ってしまわれたということですか。
 
山本:  ええ。そうですね。ですから患者さんの疾病の部分と病感の部分とか、病の部分というふうな両面を解消するか、解決しないとやっぱり患者さんの問題というのはなくならないわけですよね。そこのところを疾病の部分にだけ焦点を当ててやっていても、それは根本的な解決に繋がらないんじゃないか、というふうに思いました。
 
山田:  それはそういう大学でのやり方の先には、ほんとに目指すべき医療はないというふうに思われたということなんですかね。
 
山本:  そうですね。もう一つの例としては、四十代位の女性で、胸が痛いというふうなことで、外科の専門の先生が診られたけど、いろいろ最先端の器械を使ってもわからなかったというふうな人を、ちょっと紹介されたんですね。その人のお話を聞くと、病気は見つからない。でもよく聞くと、一年前にオートバイ事故で息子さんを亡くされていて、それで顔も腕も体はすべて問題なかったけど、左胸だけグシャッと、
 
山田:  左胸?
 
山本:  つぶれていたという、そういう人がいて、私がいった時に、「あなたの胸と同じですよね」というふうなところの中で、「あ、そうだのか」という気付きの中でだんだん痛みが受容されて、少しずつ痛みから解放されていった。それから、「あなたの息子さんのつぶれた部分と同じ場所が痛いんですよね。ですから息子さんのちょうど命日ですから忘れられずにその思いで息子さんの死を悲しんで、やっぱり胸も痛んでいるでしょうね」というふうに、僕自身がそういうふうにお話しましたんですよね。ただ、それがほんとに科学的かと言われるとわかりませんけど、ただそういう人にたくさん出会うと、やっぱりそういう部分が大切なんだなあというふうには思うようになりました。で、そうこうしている中で、いくつかそういうことを経験する中で、そういう患者さんの背景だとか、そういうふうなことも大事にするような実践方法をやるようなことをしなくちゃいけないんじゃないかということで、そちらのできるほうにしたいということで、スーパー・ドクターになるというふうなことは、ある意味で決別したわけですね。一つはたくさん体のほうに視点を向けて、そこで患者さんの問題を解決しようと思って頑張っている医者というのは、たくさんいるのがわかったんですね、大学ではね。でも僕みたいに思う人間というのは少ないだろうから、そこにちょっと烏滸がましいんですが、気付いた自分がやらなかったら誰がやるんだ、みたいなことも、そういう自覚も自分が今の進路決定には後押ししたと思います。
 

 
ナレーター:  患者の人生にまで踏み込み、苦しみを取り除く医療を模索していた頃、山本さんは、一冊の本に出遇います。『Narrative Based Medicine(物語りに基づく医療)』科学としての医学を追究してきたイギリスの医師たちが、その限界を乗り越えようと記したものでした。現代医学では、人間の心の傷や絶望を汲み取ることができない。病の物語りの文脈を理解すれば、患者を丸ごと診る全人的な医療が可能である。山本さんは、この物語りに基づく医療に深い感銘を覚えたと言います。一九九九年、山本さんは札幌医科大学に総合診療科を開設すると同時に、物語りに基づく医療を実践し始めました。以来、若い医師たちに、この医療の重要さを説き続けています。物語りに基づく医療を深めるには、患者の人生に如何に共感できるか。その心を磨くことが大切であると山本さんは考えています。

 
山田:  スーパー・ドクターになることを捨てようというふうにお考えになって、別な道に進みたいというふうに思って、実際に始められている中で、今日のテーマである「物語りに基づく医療」の著作に出遇われるわけですね。
 
山本:  はい。
 
山田:  その著作に出遇った時、どういう感じを持たれましたですか。
 
山本:  そうですね。その人はちょうど科学的な医療というようなものを一所懸命やっている人だったんですけど、その人がその物語りというふうなことも大事だというふうに書いていて、僕と同じふうな問題を抱えて考えている人がいるんだなあというふうには思いましたね。かつですね、思いは同じなんですけど、より具体的に実践方法が記されているので、そういう意味では非常に自分のやり方が深められましたですね。
 
山田:  例えば、具体的なやり方って、どういうことが記されているんですか。
 
山本:  今までは僕は傾聴するというか、耳を傾けるということだけ、手段・方法を持っていなかったわけですね。そこではこちらのほうからもちょっと患者さんの物語りのほうに提案をして少しは新しい物語を一緒に作っていこうというふうな動きとか、あとはいつも「私が」というふうな形で、自分の物語りを自分の主語で話しているのを、「ご主人は」とか、「社長さんは」というふうな形ですることによって、また別の視点が見えてくるやり方とか、後は患者さん自身を、「私―医療者はまったく知らないから教えてくださいね」と。それを非常に好奇心を持ってやるという、そういういわゆる無知の姿勢というか、そういうふうなやり方とか、「あまり時間が長ければいいということではない」というふうなことがわかって、かなり自分の方法が増えました。
 
山田:  その本の中からご自身が、
 
山本:  学ぶことが大きかったですね。
 
山田:  物語りに基づく医療が効果をあげている例というのがありますでしょうか。
 
山本:  そうですね。四十代の新聞記者の方が喉の違和感があるということで、専門の先生に診てもらったら、たまたま甲状腺になんか腫瘍が見つかったみたいですね。で、甲状腺の手術をしたんですけど、手術をした後にちょっと神経に触れたのか、声が出にくくなっちゃったということなんですね。私のところにきた時には既に一年経つんですけど、その人は、「会社で話し合いをしていても、声に力がなかったからちっとも説得力がなくて、今までの自分ではないみたいだ」というふうなお話をされるわけですね。その人に対して、例えば物語りに基づく医療のやり方としては、「じゃ、あなたはそういうふうに思っているでしょうけれども、実際に奥さんは如何なんですか?」「あ、そう言えば、家のはいい声だ、最近声、よくなったね≠ニ言っていますね」というんですね。「じゃ、会社でどうなんですか。社長さんは?」「そう言えば、声のことはあまり言われませんね」なんて いってね。だから今までは、「自分は」というふうな形でいつも自分だけの思いで声が出なくなったという、多分一番最初の時のものがそのまま一年間引きずっていたのが、ちょっとそうやって視点を変えて話をしてもらって、それを私が言葉にすることで、その言葉を患者さんが聞くことで、「もしかしたら、私は声が出ているかも知れない」なんていうふうに多分思ったと思うんですね。次に来た時には、「やあ、先生、声に力が入って来て、なんか部下にも説得力のある話になってきました」というふうな形になって、その人はそうやって一年間悩んでいたのが、問題解決して、で、薬も要らなくなって会社で普通にやっている方もいますですね。
 
山田:  そういう方に出会うと先生はどう思われます。
 
山本:  ほんとに良かったなあということと、人間の感じ方というのは個々それぞれいろいろですから、その時に体だけに問題を求めていてもダメなんで、患者さんにとっての納得が大事だというふうなことですね。多分患者さんが納得しないということ、表面的には別にして、無意識のところで納得していないと、そういうのは体の症状として現れるのかなあという意味で、人間って非常に不思議なものなんだなあというふうに思いますよね。逆に「どこが科学だ」と言われるとわからない部分というのはありますけれども、でも不思議がゆえにそれなりに納得がいくような形のものを提供すると、症状が消える人があってもいいのかなあというふうには思っていますけども。
 
山田:  そのことの大事さというのは、改めて思われるわけですね。
 
山本:  そうですね。あと僕が非常に印象的だったのは、七十代の女性で、問診票にずーっと最初に書かれたものがあって、それでいくと、「喘息で非常に困っていて、それで一応喘息の薬を使ったりしているんだけども、入退院を繰り返していて、最近体があちこち痛くて、死にたくなる」と。最後のほうに、「夫が最近亡くなった」というふうなことが書いてあるんですね。そうすると、なかなか難しい人で、どうしようかなあと思いながら、患者さんに直に接してみると、最初に「夫が死んだその日に息ができなくなったんです」というふうな始まり方なんですね。そうすると、問診票ではわからないその人の一番の問題が、どうも夫にありそうだ、ということになってくるんで、その夫に焦点を絞ってお話を聞いてみると、非常に大酒飲みで、四十年間お酒呑んで帰って来てから、蹴る殴るの暴力を受けていた、と。亡くなる三ヶ月前に、急に優しくなった、というんですね。それで突然亡くなっちゃったわけですから、症状がでちゃったわけですね。で、じゃ、なかなかヒントが見つからないものですから、また「あなたの一日ってどんなふうなんでしょう?」ということで、いろいろ探っていくと、実は朝、仏様にご飯とお茶を供えて、こうやって拝むわけですね。その時に、「お父さん、私はこんなに幸せでいいんでしょうか」「え!幸せなんですか?」と。さっきまで「死にたい」と言っているから、さぞや辛いんだろうなあと思っていたわけですね。そうすると、そういうところでなんか僕なりに提案しなければいけないのかなあということもあって、「もしかしてご主人が亡くなったということでは、精神的にも肉体にも苦痛は減っているんだけど、体がやっぱり悲しまなきゃいけないということで、発作を出しているのかも知れないですよね。だから幸せの部分もあるのかも知れませんよね」と言ったら、ニタッと笑ったんですよね。そうすると、やっぱり自分でも意識していないようなものがこうやってやりとりする中で、言葉になって、そこで提案する中で、この人はもういっぱい泣きながら帰って、僕は無力のまま終わっちゃうのかなあと思っていたのが違った展開になって、かなり自分として直観を信じてやっている人間だったんだけど、この人の場合、ほんとに自分の直観がいい意味で外れたというか、あ、なるほど、この人に笑顔を引き出すことができたというふうなことは、このやり方というのはすごいなあというふうには思いましたね。ですから、何とかしてあげたいというふうなことで向かい合うということがまず第一に大切な部分がありますよね。現実にはわからない人というのは三人に一人ぐらいいますから。でもそこで今までは、「わからない。どこかに別の先生を紹介しますよ」と言って、すぐ決別というか、さようなら、していたのが、いや、あなたと一緒に付き合っていきましょうね、というふうな姿勢で向かうことで、患者さんの症状もよくなってくるかと思いますね。
 
山田:  常にそういう気持を持って初めから接していらっしゃる。
 
山本:  そうですね。
 
山田:  だから患者さんもいろんな話をし、じっくり聞いていかれるという関係ができるわけですね。
 
山本:  そうですね。そこの部分ってものすごく、僕は大事なことで、それは患者さんが直観として感じると思うんですよ。この先生は単に病気について、疾病について興味があるのか、私についてなんとかしたいと思っているのか、というのは感じると思うんですね。僕はそこが一番大事だと思うんですね。だからそういう姿勢があって、患者さんの人生というか、物語りに基づく医療というか、そういうものにかなり展開できるんじゃないかというふうに思いますけど。
 
山田:  しかし、患者さんに、そういうふうに「この方の苦しみの原因は何だろうか」ということで、そういう関心で訊いていかれるわけですけど、そうするとほんとにいろんな患者さんの人生を聞くということになりますね。
 
山本:  聞くことになりますよね。だからほんとに人間っていろんな経験をしているんだなあとか、ものすごい豊かな人生を送っているんだなあということで、ほんとに気づかされますよね。自分はこんなことで悩んでいちゃいけないんだとか、もっとこんなに僕から見ると大変な人生を送っている筈なのに、よくこれだけで済んでいるなあという、患者さんがいますよ。だから他の先生から見ると、なんでこの人、こんなにたくさん訴えをしてくるんだ、と。病気が、疾病が見つからないのに、というとらえ方をするかも知れないけど、その人の人生をずーっと語ってもらうと、よくこの症状三つで済んでいるなあという方、ほんとにいますね。
 
山田:  そうですか。
 
山本:  だからそういう意味でも、「あなたってどんな人なの?」ということで、接して いると、ものすごく自分の人生も豊かになるし、
 
山田:  先生自身の?
 
山本:  そうです。学びがありますよね。だからやっぱりやめられなくなってくるというか、それはいつもそこには行き着くと思うんですね。
 
 
     これは、平成十六年十月三日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである