ハガキが心を磨いてくれる
 
                          出 演 坂 田  道 信(みちのぶ)
一九四○年広島県生まれ。県立向原高校卒業。農業の傍ら大工見習いとなる。一九七一年森信三先生に出会い、生涯の師として感化影響を受ける。徳永康起先生より複写ハガキを教わり、以後「ハガキ道」の普及に全国を旅し、現在に至る。著書に「ハガキ道に生きる」など。
                          ききて 金 光  寿 郎
 
ナレーター:  広島駅から北東へ、JR芸備線に乗っておよそ一時間、中国山脈の分水嶺に近い広島県安芸高田市(あきたかだし)向原町(むかいはらちょう)は、太田川の支流、三篠川(みささがわ)沿いに広がる町です。紅葉の季節にはまだ少し早い十月下旬、この町に住む坂田道信さんをお訪ねしました。坂田さんは昭和十五年生まれ、地元の高校を卒業後も病弱だったため、農業や大工の手伝いをしていましたが、二十九歳の時、教育哲学者の森信三(一八九六年(明治二九年)愛知県生まれ。二歳で岩滑(やなべ、現在の半田市)の森家に養子に出され、以来森姓となる。一九二三年(大正一二年)京都大学哲学科に入学し、主任教授西田幾多郎の教えを受け、卒業後は同大学大学院に籍を置きつつ天王寺師範学校(現大阪教育大学)の専攻科講師となる。一九三九年(昭和一四年)に旧満州の建国大学に赴任するが、敗戦後の一九四六年(昭和二一年)に帰国、一九五三年(昭和二八年)神戸大学教育学部教授に就任。同大学退官後の一九六五年(昭和四○年)には神戸海星女子学院大学教授に就任。一九七五年(昭和五○年)「実践人の家」建設。一九九二年(平成四年)逝去。おもな著書に『修身教授録』『哲学叙説』『恩の形而上学』などがある)さんが主催する研修会に出席してハガキ通信による人々との心の交流を始めてから、人生が一変した、という方です。
 

 
金光:  坂田さんは、この土地で生まれられて、小学校・中学校・高等学校もこちらなんですか。
 
坂田:  はい。
 
金光:  その頃遊ぶのが忙しかったほうですか?
 
坂田:  あのね、やっぱり体力もいる百姓のお手伝いと、それから山の仕事ですよね。山の仕事を、これ山の中ですからね。
金光:  けっこう、じゃ、ありますよね。
 
坂田:  随分山の仕事があるんです。百姓と山の仕事が、二つが両立した、この村落でしてね。
 
金光:  それやっていると、遊べないわけですね。
 
坂田:  そう。まあ仕事が遊びという感じですよね。それで遊びというと、当時のお祭とか、盆とか、そういうのが大きな遊びです。
 
金光:  そうですね。農村だと、そんなに子供を自由に遊ぶよりも、なんとか使うということがありますから。それでそういうことをなさりながら、現在は随分ハガキを書いていらっしゃるわけですが、お幾つぐらいまで、そういう山仕事・畑仕事をなさったんですか。
 
坂田:  それで二十九歳まで、そういう仕事が多くなって、それで二十九歳からハガキを書く世界へ突然入らせてもらうという感じ、
 
金光:  その頃は、農業もしながら、山仕事もしながら、ハガキも書く、と。
 
坂田:  はい。
 
金光:  けっこうお忙しかったわけですね。
 
坂田:  はい。
 
金光:  それでだんだんとハガキのほうに深入りされた、という、
 
坂田:  四十三歳から、急にハガキの仕事が八割以上になったんですね。
 
金光:  じゃ、その内容についてはゆっくりお話を聞かせて頂きたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。
 
坂田:  はい。ありがとうございます。
 

 
ナレーター:  坂田さんが、六十五歳の現在まで、三十六年間実践しているハガキにより心の交流は、いつしか「ハガキ道」と、「道」という言葉を付けて呼ばれるようになりました。
 
金光:  坂田さんのお宅には、年賀状が随分くるそうですね。
 
坂田:  はい。
 
金光:  どの位くるんですか。
坂田:  大体一万五、六千枚以上ですね。
 
金光:  うわぁー! そうすると、それお正月早々くるわけですか。
 
坂田:  はい。もうね十二月三十一日に半分ぐらい貰う場合がありますね。それで今度正月になってから後きて。年賀状はね、おそらく個人としては一番多いと思います。
 
金光:  多いでしょうね。なんでそういうふうなことになったのか、というお話をこれから聞かせて頂くわけですが、最初にハガキをいろんな方にお書きになるきっかけというのは、森信三(もりしんぞう)(1896-1992)先生とのお出会いですか。
 
坂田:  はい。二十九歳の時に、夏ですが、森先生の研修会に参加したんです。その時森先生が、「複写ハガキを書いたらいいよ」というて、教えて下さったんですよね。
 
金光:  その森先生の研修会へ行かれるきっかけというのは、どういうことなんですか。
坂田:  森先生から徳永康起(とくながこうき)(1912-1979)先生を紹介されたんですよ。「随分いい先生だなあ」という。徳永先生の自伝『私の歩んできた道』が紹介されたんです。「あ、私は勉強もできんし、学校も嫌いだったがね、この先生なら習いたいなあ」という。それで行ったんですよ。そうしたら森先生と徳永先生がおられるんです。森先生が、「複写ハガキ書いたらいいよ」と言われるんだよな。それで徳永先生が、「これだよ」というて、一冊下さったんです。
 
金光:  その複写ハガキを書くように、
 
坂田:  それで、文字も縁がなかったんですよね。それでハガキも縁がなかった私が、あれ、不思議ですよね。ヒョッと書き出すんですよね。
 
金光:  でも誰に何を書くんですか?
 
坂田:  お世話になった人に書くんです。名刺を交換した人に書く。それで友だちになった人に書く。初めその程度だったんですがね。
 
金光:  その時、頭に浮かんだことを書く。例えば、私なんか手紙、ハガキ滅多に書かないですが、若い頃だと「お金送ってくれ」なんていうのは書きますけど、それ以外滅多に書きませんけれども、そんな時にどんなことを、内容をお書きになるんですか。
 
坂田:  勝手に思い浮かんだことを書くんですよね。それで、一番はじめに名前を書いて、まず日にちを書くんです。それでこっちの思いのまま書いたのを送るんですよね。それで何を書いたか、というのは今になって思うと、この田舎に居って交流がないんですよね。人との繋がりがないんですがね、県外の人との繋がりができて、それが私の魂を揺さぶった、ということがあるんですよ。「あ、友だちができたよ!」という魂の叫びですよね。
 
金光:  じゃ、その続きの話の場合に、「複写ハガキ」というのはどういうものか、ちょっと見本を見せて頂けますか。
 
坂田:  こういうふうな、五十枚の薄い紙があるんですよ。それでたえず私はこうして住所印を押したのを持っているんです。それでこういうふうにカーボン紙を入れるんですよ。カーボン紙を入れまして、それで、「森信三先生、何月、何日」と、森先生の上に字を書くでしょう。それに勝手に語り掛けるんです。それで写したのをポストに入れるでしょう。「何月、何日に、どなたに、何を書いたか」というのが、これ全部、これね日記なんですよ。心の歴史です。
金光:  なるほど。「何月、何日」というのがわかる。
 
坂田:  心の歴史なんですよ。私の生きた証なんですよ。「何月・何日に、どのように生き方したか」という証なんです。子孫へ語り掛ける遺言でもあるんですよ。「財産をこうしたらいいよ」とか、そういうことでなしに、「俺はそれとなく、このように生きてきたんだよ」という語り掛けです。だから、どなたに、何日に書いたのか、が半分以上の値打ちがあるんです。良いこと書いたか、書かなかったか、というのは大して問題ではないですよ。もう詰まらないことでいいです。これが私の運命を変えるきっかけになったんですよね。
 
金光:  それまでは文章を書くようなことは?
 
坂田:  それね、四十九人中四十八番、
 
金光:  それは何の?
 
坂田:  最後の学校の通知簿が四十九人中の四十八番。それで勉強できなかったし、漢字知らなかったんですよ。二十九歳の時に森先生に出会ってね、辞書を引きながらね、一枚のハガキに三個の漢字を入れる、という形。平仮名ばっかり書いたんでは、人がちょっとおかしいな、と思われるかもわからんから、一枚のハガキに三個の漢字を入れよう。辞書を引いては書くんですよね。
 
坂田:  最後の学校というのは、此処の向原の高等学校ですね。それで高等学校を出られて、お仕事をどんなことをされたんですか。
 
金光:  私は、両親が四十過ぎた子なんですよ。みなさん全部就職するでしょう。私はテストがダメで、就職も下手なんですよね。できなんだろう。両親が仲が悪くて、年寄りで、私が居ったら喧嘩しないんです。それで、私が遅い子だからね、両親が亡くなって就職しよう、と。両親の元におってね、ほそぼそとこの町内である仕事を、一時間、二時間、一日とかね、そういう形でするようになったんですよ。
 
金光:  そうしますと、そういう仕事をなさっている時に、森信三先生のところへいらっしゃった。徳永康起という先生は、どんな先生だったんですか。小学校の先生でしたね。
 
坂田:  これは小学校の先生で、森先生が「鉄筆の聖者」「もっとも宗教的なお人」「百年一出(いっしゅつ)の教育者」というんですよね。
 
金光:  それは徳永先生の教育評価ですか?
 
坂田:  教育法が制定されて百年越えましたが、その中で最高の教育者だという評価されていた。
 
金光:  例えばどういうお人柄の人ですか?
 
坂田:  とにかく一番若くして校長になるんですが、校長は五年で辞めるんです。「私、校長をおろしてください。授業したい」というてね。その学校へ行きましたらね、一番みなさんが嫌う教室をあてがわれて、そこへ行って、もの凄い勉強好きな子を育て上げるんです。それで教えるんじゃなしに、共に一生懸命泥塗れになりながら、その子たちと勉強を楽しくする工夫されるんですよね。
 
金光:  なんか「昼食を抜きにされた」という話があるんですね。
 
坂田:  そう。私と会った時に、昼飯食べないですよ。「先生、なぜ昼飯食べんのかな」というたら、ある時ちょっと外を見たら、昼飯の時間に弁当さえ持って来ない子どもが、数人学校の校庭で遊んでいるんですよ。それを見て、自分は昼飯止めまして、昼飯の時間になったら一番先に飛び出てね、その子たちと昼飯より楽しい遊びをして遊ぶんですよ。
 
金光:  もうお腹が空いたことを忘れさせるわけですか?
 
坂田:  はい。それで徳永先生は、一生涯昼飯抜きの生活をされる。時には食べられますがね、ほとんど昼飯食べられない。その一番最低の生徒と同じ生活をしながら、結び付くんですよね。それで抱き上げて、温めるんですよ。それで、どんな生徒も勉強を好きな子にするんですよ。これは一種の天才というか、菩薩ですよね。
 
金光:  なんか坂田さんのお話の中に、「切り出しナイフ事件」というのがあったそうですね。
 
坂田:  はい。切り出しナイフが、「先生! 切り出しナイフ無くなりました!」。前の日に、「切り出しナイフ持っておいで。明日工作だよ」というて。そうしたら、朝、「切り出しナイフなくなりました!」というんですよ。「あ、あの子が取ったに違いない」というのが分かるんだよね。全部校庭へ子供たちを出して、取ったと思われる子の机の中を見たら、生徒の机の中にボロに包んであるんですよね。すぐにね学校の裏門からお店に走って、それと同じのを買って来て、取られた子の机の中に入れて、それで教室に子どもを入れるでしょう。「おい! もっと捜してみろよ!」「先生! ありました!」と。取った子は、涙いっぱい溜めて先生を見おったそうですがね。注意も何もなさらなかったそうです。
 
金光:  取ったほうの子が?
 
坂田:  はい。
 
金光:  応えたわけですね。
 
坂田:  そうそう。そういうふうに子どもを救っていって、子どもを一心に育て上げるんだよな。
 
金光:  その先生が往復複写ハガキを実践されていたわけですか?
 
坂田:  はい。森先生が、徳永先生のハガキは、一枚一枚がもう魂の叫びで、最高の教育の見本になるから複写で書くように言われるんですよね。徳永先生がなかなか書かなかったんです。私は、「複写ハガキがいいよ」というて、全国を回るでしょう。是非とも書いて貰いたい、とは思わんのです。徳永先生のような凄い人でも、なかなか書かなかったんです。最後に徳永先生は、森先生から複写ハガキを送られましてね、それで覚悟を決めて書き出して、それが凄い、二万三千通―一人では下げられんぐらいこの控をね―書かれて、それが今残っておってね、これは私たちの、日本全体、世界中の財産的な文献になっておるんですよね。
 
金光:  それで坂田さんが、その徳永先生にハガキを出されますよね。そうすると、すぐ返ってくるわけですか。
 
坂田:  一枚出せば二枚ぐらい返ってくるんです。私はそれが嬉しくてね、それでハガキが書けるようになったんです。
 
金光:  それで返事がきたから、またそれじゃ次ぎも書こうという気持になるような、
 
坂田:  この田舎に居りましたら寂しいでしょう。ところが県外からハガキがくるでしょう。これね、毎日ハガキがくる、そのハガキによって、私は喜びが、一日が満たされた魂の世界へ入ってくるんですよね。
 
金光:  そこのところが、例えば「ハガキで心が磨かれる」というようなことを、「心が綺麗になる」というようなことをおしゃいますよね。なんでそういうふうなことができるのかな?―これやってみないと分からんことだろうと思いますけれども、そのご自分の場合はどういうふうな感じで、内容が変わってきましたですか。
 
坂田:  物事をしっかり見るようになるんですよ。一行でも書こうと思ったら、そのことをしっかり見るようになるでしょう。 ハガキの面白いのはね、リンゴが送られてくるでしょう。それで、「リンゴさん、ありがとう」で、その人に書いておったらね、今度は当初書こうと思うたこととは別なことが手から出てくるんですよ、スーッと。それで思わず自分でもビックリするような文章。初めの計画より書こう、お礼状を書こう思うたことより、別なことが出てくるんですね。これ内なる魂の叫び的なものですね。私はそれを「内なる仏さん」だと思うているんですがね。相手の仏さんへ「お〜い! 嬉しかったよ!」という思い。文章としては粗末だがね、なんとなく相手と繋がるようなハガキになってきたんですよね。これはやっぱり五百枚、一千枚越えた頃からですね。
 
金光:  書き出しが普通ですと、リンゴ送ってきた人には、「何々さん、リンゴありがとう」ですが、それが「リンゴさん、ありがとう」ということになるわけです。
 
坂田:  私の感覚としては、「すべてのものが、仏、神さんが私を助けるために、私を豊かにするために、周りにきてくださっている」という感覚になってくるんですよね。
 
金光:  じゃ、リンゴだとか、食べるものじゃなくて、道具でもなんかでも、助けるものという感じなんですか?
 
坂田:  「あ、こういう形になって、仏さんが私を励ましにきておるな。こういう形で励ましに来ておるなあ」いうてね。それで魂というか、意識がある、生き物のような感じですよね。いつの間にかそういう感じで、「何々さん」というね、
 
金光:  それでさっきから、これは何か、と思っていたんですが、これもそういうお考えの一つなんですか。
坂田:  これね、私の友だちなんですよ。尊敬する友だち。
 
金光:  何ですか?
 
坂田:  これね、ボールペンで書くでしょう。そうしたら無くなるんですよ。
 
金光:  インクが出て無くなってしまう。
 
坂田:  これ、使い切ったらね、普通の人がボールペンを使い切る喜びはないです。これ使い切ったら、ボールペンさんがもの凄い喜ぶんです。「有り難う」というてね。最後にいうてくれるんです。「有り難う」というてくれるんで、それで喜んでいのちを捨ててくれたでしょう。それをゴミ箱やなんかに捨てる気になれんのです。「あぁ、喜んでくれたな」。一本一本引き出しに納めておったら、これは最近のだけですがね。こう初めから全部置いてね、「私の親友、私の同僚、私の神さん、私の仏さん」というかね。これね喜びの結晶なんですよ。このボールペンさんがもの凄い喜んでくれるんですよ。
金光:  でもボールペンだけではなくて、色鉛筆なんかも使われるんでしょう?
 
坂田:  これね、楽しいですよ。色鉛筆を使うことがちょっとあるんですがね。これまで使ってあげると、「ありがとう!」というて、叫ぶんですよ。
 
金光:  よくこれまで使われましたね。
 
坂田:  そうです。「どういうふうにしたら、こうなりますか?」と言われますがね。これね色鉛筆を使わん人が説明しても分からんですよ。使う人が質問する資格あるけど、色鉛筆を使い出したら質問しなくなるんです。
 
金光:  分かるわけですね。
 
坂田:  分かる。それで質問する人はまだ人生の前半で、だんだん質問がなくなる人がね、大分人生の達人に近づいたかな、という。
 
金光:  これをやってみればわかるということですか。
 
坂田:  これね、色鉛筆さんが喜ぶですよ。これまで、これなんかは凄いでしょう。感動されますよ。
 
金光:  ここまで、ちょっと手に載っからないぐらい。
 
坂田:  感動。色鉛筆さんが喜んでくれるんだよな。道具さんも、人もそうです。女房もそうです。子どももそうです。人がすべてのものを使い切って差し上げるというのが礼儀です。
 
金光:  「使い切る」というのが、こき使ってしまうというわけじゃないでしょう。
 
坂田:  喜んで、「いのち要らない!」いうて、喜んでいのちを捨ててくださる、というのが「神の心、仏の心」なんですよね。ここが私の喜びの結晶で、絶対処分できんのですよね。それは複写ハガキで残すという、これと繋がっているんじゃないですかね。
 
金光:  今のように、すべてのものが自分のために働いてくれる。相手の人を使い切るという言葉が強いようですけれども、こっちの都合だけで、「あれやってくれ」「これやってくれ」じゃ、なかなか。
 
坂田:  こっちは要望はないんです。どんなことがやってきても、「ありがたいな」という感じ。それで普通の人はマイナスに思えることでも、「あ、これがきたばっかりに、俺がまた豊かになった」というか、「助けにきたんだなあ」という感じになってくるんですよね。
 
金光:  個人的なことを伺って申し訳ないですけれども、坂田さんの場合は、最初に結婚された奥さんに子どもがお三人いらっしゃって、その方は癌で亡くなられていらっしゃいますね。でもそういう不幸があると、これはやっぱり堪えますでしょう。
 
坂田:  三人の子を残して、十年独身ですよね。ところがその独身の間や、女房が死んだということすら今は喜びになっているんですよね。
 
金光:  どういうふうにですか?
 
坂田:  「今の女房があんたを助けにきて、助けてやれよ」というて、やって来てくれるでしょう。そうしたら、今の女房が前の女房に、「私、お腹傷めずに三人授かりました。あなたの後を継いで、立派に一生懸命育てますから、助けてくださいね」いうてね。そう言っているのを気が付かなかったんですよ。そのようにしてね、もっと今の女房がきたばっかりに、この「ハガキ道」いうんで、日本中へ広がっていくんですがね。前の女房の時には、私が一人でコツコツ書く時代だったです。前の女房はむしろ「複写ハガキなんか書かないでもいいよ」という考えだったんですよね。ところが今の女房は、どんどん書かしてくれたり、そのようにすべてが私のために助けてくれるように感じられるようになるんですよね。
 
金光:  でも普通の人ですと、例えば予期せぬような病気なんかで、奥さまが亡くなられたりすると、「自分はなんという不幸な運命の元に生まれたんだろう」ということを考えるじゃないか、と思いますが。
 
坂田:  そう思うんですね、いっときは思いますがね。「ああ、これは卒業したんだな」。私は亡くなったと思えんのですよ。「卒業したんだなあ。次のステージへ行って、楽しくまた生活してくれよるな」というような感じ。「俺も間もなくいくからな」という感じですよね。一瞬はやっぱり「ああ、寂しいな」とか、「俺れがやっぱりやり方が悪くて早く逝ったんかなあ」というようなこともあるんですがね。すぐに私は、何故か複写ハガキを書くといったら、過去のことは振り返られんようになるんです。次から次へ自分の生きていく道が与えられるようになるんですよね。
 
金光:  よく「運命だ」というふうなことを言いますね。「運命」というのは、「もうどうにもしようがない」という考え方もあるようですが、坂田さんはそうは思われないわけですね。
 
坂田:  ある人は、ある人によって、新しい運命が毎日生まれ変わるんですよ。毎日生まれ変わりで、毎日楽しいことが満ち溢れているなあ、という感じを、これを書くようになってから思えるようになったんですがね。
 
金光:  「ハガキ書いていると、心が綺麗になる」というようなことを書いていらっしゃる。「心を磨く」というようなことも書いていらっしゃいますけれども、人に出会いますね、私なんか出会った人で、中には「会わなきゃ良かったという。ああいう人、居なかったら世の中暮らしいいんじゃないかな」と思うことがないわけでもないんですけれども、そういうふうに思われないですか。
 
坂田:  それは私にとって、良いと思える人も、良くないと思われる人もあるんですがね、私の前に名前を書いて、こういうふうにした時に、相手の仏の心に語り掛けるようになるんですよ。少々外見としては、人に迷惑を掛けたり、殺人したり、そういう人もおるかもわからんがね、おるですね。相手の心に、善なる心に向かって語り掛けるんですよね。それで欠点なんか消えてなくなるんです。相手の魂に向かって、こっちの魂から「お〜い! 俺も生きているよ。あんた大丈夫だよ!」という伝え語りかけですよね。
 
金光:  そこのところが、相手は随分違いますよね、人によって。それが書いていると、自然に出てくるわけですか。
 
坂田:  それは私が、平均的以下の詰まらない人間の―世間的に見てね、勉強できない、身体が弱い、正常でない、それで家庭的にも貧乏してね、平均点以下の人間の出身だからね―俺でさえこうなんだよ!」いうてね。「あんたは大丈夫だよ!」という。私の一生は詰まらないと思われる人たちの、出身の主たる励ましの一生に役立つんかな、という感じ。
 
金光:  講演なんかなさっている時に、よく「落ちこぼれの人間が」ということをおっしゃいますけれども、しかし「落ちこぼれ」とは思っていらっしゃらないでしょう。
 
坂田:  そうです。それは世の中は詰まらない人が支えている、という確信があるんです。世の中は詰まらない。詰まる人は裏切るんですよ。一円でも高いところへ行くでしょう。悪いことをするでしょう。それから毎日起きて、それでそこら辺り地下水のごとく、毎日同じ仕事をしながら支えているんだよね、世の中は。早く起きて遅くまで仕事をしたり、その出身なんですよ、私は。「俺もやっておるんだよ。その中に喜びがあるよ。このような喜びがいっぱいあるよ」いうね、それが私の役目だろう、と思います。
 
金光:  なるほど。そうすると、どんな人に出会っても、その人の、いわば心の表に出ていないようなところを、そういうところを目指して話し掛ける。
 
坂田:  神の子だよね、私たちは。宇宙でもいいです。神、仏でもいいです。それから生み出されているからね、全部繋がっているんです。ただ生まれから、いろいろな教育から、いろいろなことから、ヒョッとしたら人に迷惑かける作業をする人もおるんだよな。それは仕方ないです。心のある者は「真理に生きたい」という。真理に対してはすべてが頭が下がるような良心というものを持っておるんです。それに、私はそういう意識はないんだがね、この複写ハガキは語り掛けるんだよな。言葉と文章は、人を励ますためにあるんです。それで言葉と文章、一遍出した言葉、一遍書いた文章が、相手を奮い上がらすような感動があるものにしたい。これが現役です、言葉さんに対して。
 
金光:  そうですね。言葉とか文字に対して、「言葉さん」とか「文字さん」とかおっしゃっていますね。やっぱり生き物として、働いてくださるもの?
 
坂田:  すべてがいのちあるものです。ただいのちあるものというたらね、心臓で、呼吸して動くものだ、という定義があるかもわからんが、私にとっては、「あらゆるものがいのちそのもので、躍動している」という感じです。これね、これを書くようになって気が付く。それまでは全然気が付かんのだよな。
 
金光:  そういうふうなことをやろうと思われることを、徳永さんとか森信三先生に会わなかったら、そちらにいっていないでしょうね。
 
坂田:  それはいっとらんですね。それでどの人に会うかというのが、問題があるんです。もう一つは偉い人に会うほど危ない、ということです。
 
金光:  え! 危ないんですか?
 
坂田:  はい。生きるというのは、私の智慧で、私の力量で、私の判断で、この大地の上を生きる、というのがね、自分の力で歩くというのが生きる、ということなんです。
 
金光:  それ、私が生きるわけですからね。
 
坂田:  ところが偉い人に出会うと、偉い人の判断で生きるんです。それね、私の人生じゃないんです、偉い人の人生です。
 
金光:  でもそうすると、森信三という先生がいろいろ発言をされていますね。これはいい内容の話ですよね。その真似するんじゃダメなんですか?
 
坂田:  とらわれたらダメです。私は履き物は揃えないが、挨拶はできないがね、私自身の魂をキラキラ輝かして、「こんなに生きてきたんだよ!」というて。「私は、私の力量で精いっぱいだよ」いうて。「森先生、ありがとうございます。会ったばっかりに、そういう世界に入りました」というね、それならいい、と思うんです。
 
金光:  「ハガキを書きなさい」という。これは私に合っているから、それを実践しようということですか。
 
坂田:  それで偉い人に出会うほどね、用心するというのは、「私の魂はたとえ小さいが、精いっぱい生きることについては、どんな偉大な魂と対で生きるんだよ」という気迫がね。
 
金光:  そうしますと、「素質が違う、運動能力なんかも違っても、自分は与えられたこの自分を生かすんだ」ということになるわけですね。
 
坂田:  この気迫だけは、すべての者が持たんと、私はせっかく生み出してくれた先祖というか、親というか、仏が嘆く、と思うんですよね。
 
金光:  それで、例えば、「言葉さん」「文字さん」ということを聞いて、「じゃ、自分も真似しようか」と、頭でそうすればいいのか、と思っただけでは、これ分かったことにはならないわけでしょう。
 
坂田:  はじめは真似でもいいです。それから最後は私は、「その人自身が、人の数だけ真理がある」という考え方。「人の数だけ生き方がある。人の数だけ人生創造がある」。「あ、坂田さんと会って、私はこういうふうに生きられたよ」という、ちょっとでも感じて頂いたら、いいなという、喜びだな、という。
 
金光:  そうしますと、さっき「真理」という言葉を使われましたけれども、その真理というのは、一つじゃなくて、現れ方としては、その人、その人に応じた真理がある、と。
 
坂田:  真理に出遇ったら、魂が喜ぶんだよね。全ての人が真理に対して頭が下がるんです。ところが正しく生きるというのは、真理に生きるということですがね。正しく生きただけではダメなんだよね。
 
金光:  何で「正しく生きる」というのは?
 
坂田:  「正しく生きる」というのは、もの凄く難しいことですがね。正しく生きる時には、「俺が正しい、俺が正しい」というて、争いが起こるんですよね。
 
金光:  あ、向こうが、「俺が正しい」と、
 
坂田:  「争いが起こる間は本当の真理に生きた」というのは言えんのです。それで「最高の真理」というのは、「譲りきる」ということです。「そうだよな」と。悪口言われても、「ありがとう。そうだよな。俺は詰まらん人間だよな」と、「譲りきった時に、争いがなくなる」。「争いをしないというのが、私は最高の真理の生き方だ」ということを、今、六十過ぎてから与えられ教えられるんですよね。
 
金光:  「そんなことしたら、損してしまうじゃありませんか」というのが出てくると思うんですが。
 
坂田:  それが目の前の損した思われるのは、すべての人が私の友だちになるんですよね。争ったら、必ず勝ち負けになり、負けたほうの怨みが残る。怨みは相手が弱った時に、十倍、二十倍、三十倍になって返ってくるんです。それで怨む人も、真理に生きたいと思っているんだがね。ところが怨みというのは、心の中の作用で最高に悪いのは怨みです。これが真理に生きたいと思っている人が、怨みの形で仇を取るんですよね。
 
金光:  でもそうすると、「譲って、譲って」ですね、幸せになられるんですか? 「また損した」なんていう気持は出てこないものですか。
 
坂田:  それは「譲りきる」というのは、それで譲りきる喜びを知らんとダメです。日本なんか神さんの国だったのがね、お釈迦さんがきたら、「どうぞ」いうてね、「あんたより、私のほうが正しいよ」というて、争わんです。それで孔子さんというのは、儒教ですから、「どうぞ」いうて、譲って譲っても平気なんだよな。日本は世界でいう精神文明を持っていると思います。これを今からの日本の役割は、世界中の人に、「譲りきる中に本当の真理の生き方があるんだよ」という見本を示す貢献だろう、と思います。それ私は森先生と出会う中で、複写ハガキを書く中で、それとなく教えられた。譲りきって損か、というたら、私の場合は、損したという思いが一つもないんです。良かったな。その人も「そんなこというてもこうだよ」というたら、その人のテンションが上がるでしょう。「そうだよな。ありがとう」いうたらね。非難していた人が、私に協力してくれるようになるんですよ。「それでもこうだよ」いうて反論したらね、逃げていつまで経っても対立で、世界が狭くなる。そして真理というたら、一番見えないところにあって、すべての人を救い上げるというのが真理の役目だと思います。
 
金光:  そうすると、そこまでいくと「幸せがほしい、幸せがほしい」という姿勢とは変わってきていますね、これは。
 
坂田:  これ凄いこというて下さった。これ一番ありがたい、今日の話で。文明が進めば進むほど、偉くなるほど、「幸せになりたい」という人が増えている。「幸せになりたい」というほど、バカなことないです。
 
金光:  え!
 
坂田:  「幸せになりたい」というのは、「東京へ行っておらんのに、東京から帰りたい」というのと同じです。「幸せ」というのは、「なろうというて、なるものではない」。幸せになろうことを思うほどにバカらしいことはないです。しあわせはあたえられるものです。赤ちゃんのおしめ代えるだろう。それでお乳飲ますだろう。その赤ちゃんを幸せにしたい。私はいのちも要らないという。世話することが幸せなんですよ。
 
金光:  なるほど。別のところにあるわけじゃなくて、そういう行動自体が幸せだ、と。
 
坂田:  そうして縁ある人が幸せになって貰いたい、というて、私が行動を起こすことが幸せなんです。それね何にもせずに、そして自分が幸せになりたいと思うほど、なれないんですよね。それで知識や文明が発達すればするほど物足らんようになってね、幸せになりたい、という人たちが増えるんじゃないかな。
 
金光:  でも、そういうふうに「幸せを求めないで生きていけ」と言われても、なんか「夢を持て」とか言われるじゃないですか。「夢を持つ」というのと、「幸せを求める」というのは、これはまた別のことになるわけでしょうかね。
 
坂田:  私の場合は、夢を持ったことがないのに、夢を持った以上に豊かにしてもろうておるんですよね。夢を持つことは悪いことじゃないがね、無理があるんじゃないか、と思うんですよ。
 
金光:  例えば、その複写ハガキをみんなが書くと幸せになれるんじゃないかなぁ、ということを考えることはおありでしょう。
 
坂田:  はい。
 
金光:  で、みんなに知らせよう、ということではないんですか。
 
坂田:  これご恩返しです。私はハガキを書いて今があります。全部一人一人幸せというかね、魂が喜ぶ道具を与えられている、と思うんですよね。その道具を見付ける。私の場合は、「複写ハガキだよ」いうて、あんたの場合は、「複写ハガキ書いてもいいがね、書かなくても、自分の道具見付けたらいいよ」というメッセージなんですよね。私を生み出してくださった神でもいい、仏でもいい、先祖でもいい、そういう人と結び付いた時に、目標に近くなるよ、というような感じがしますよね。
 
金光:  だから、「それによってご恩返しをしよう」という、いわばそういうことが生活の目標ということになるんでしょうか。
 
坂田:  ご恩返しは絶対できないがね。私の晩年の一生はすべてご恩返しです。それでご恩返しをすればするほどね、ご恩返しは到底できないな、という感じ。すべてが有り難く、感謝できるようになるんですよね。
 
金光:  こうやってお話を伺っていますと、「じゃ、よほどいいことを書いていらっしゃるじゃないか」と。なんかちょっと一例を紹介して頂けませんか。
 
坂田:  普通の雑談です。これ宇田さんという方に書いたハガキですがね。
 
金光:  どんな方ですか?
 
坂田:  これは福山で、この間千二百名の集会があった時に、挨拶させてもらった時に、名刺貰った。すぐその日に書いたんです。
宇田成徳様 
ありがとうございます。
福山でお目にかかれてうれしいことでした。
「複写ハガキ」はじつに大きな働きをして
くれる。つたえる道具で、その広く深い世界を
おつたえするのが私の役目でしょうか。
下手に書こうと言っています。
森信三先生から教えられました。
お礼を申し上げます。
       坂田道信拝
 
これね、数行のハガキがいくといいんですね。その人の繋がりは魂が揺れるんですよね。二、三日したらいくでしょう。「あ、きた!」いうてね。どんな人でも喜ぶんですよ。
 
金光:  例えば、その森信三先生の場合のハガキは、どんな内容だったんですか。
 
坂田:  森先生は短い言葉で、深い意味のことを書く場合が多かったですよね。これほんの二行のハガキです。
金光:  退院五日目とて
ご安堵
 
あと日にちが入っているだけですね。じゃ、退院された時はこの二行だけで。
 
坂田:  これが意味があるんですよ。二行でも、いっぱい、二枚三枚書いたより意味があるんですよね、私にとっては。ハガキというのは、もう書いた時にそれが最高です。すべての人が最高です。
 
金光:  いつも楽しいことばっかり、毎日じゃなくて、苦しいと思うこともおありじゃないかと思うんですが、楽とか苦とかいうのはどういうふうに考えられますか。
 
坂田:  私は、はじめはすべての人が良いことばっかり起こればいい、良いことばっかり起こればいい、と。
 
金光:  良いことがくると感謝しますよね。
 
坂田:  そうそう。すべてに感謝できるようになって、一人前だなあ、と。それで何がきても、すべて私が一番成長するようなことも起こってくるなぁ、という感じになってくるんです。かえってね、よくないなと思われることが、もっとも私を成長させてくれることになるなぁ、ということを、書きながら教えられるようになったんですよね。何がきても同じことだな。すべてに一日を喜べるようになった時に、私は安泰だな。
 
金光:  それはいいことがきても、良くないと思われることがきても、感謝できれば、それは安泰ですわね。
 
坂田:  良くないと思われることはとらわれるんですよね。どうにもならないものですよね。それがなくなった時には、悩みも何もなくて、ニコニコ笑って、周りの人が喜んでくれてね。これと同じです。愛おしくなるんですよね。愛おしくて、愛おしくて、「あがとう!」と思わず言葉でいう。「ありがとうございます」いうてね。やっぱり最後は、「ありがとうございますがいいな」というような感じですよね。
 
金光:  そうしますと、今、地球の環境問題だとか、いろんな大きな問題―戦争があったりしますけれども、そういうものに対しては、どういうふうに、「あんなところで戦争なんか止めればいいのに」と。「自分のような生活できたら戦争なんか起きないのになぁ」というようなことをお考えになりますでしょう。
 
坂田:  それもありますがね。私のやり方は、分からないことはあんまり心を奪われない。わかることだけで一日が精いっぱいでしょう。その一日を精いっぱい過ごすことが、今の私の大事なことで、分からないことは、置いておいたらね、数年経ってね、「あ、そうか」と分かるようになってくる。それで時期がきとらんな、というような感じですよね。そういうとらまえ方。あんまり能力以上のことをあんまりしないで、今日一日を最高に感謝できるような一日にしたいな、という心が、その時書ける範囲内の文章で、自分の能力以上のことはできないんです。私はこの能力で、これで許してもらう、という形ですよ。世界の戦争とか、そういう問題は、私は守られて生まれてきたでしょう。その考える以上に、周りの人が解決してくれる筈じゃ、という、大いなる神とか、大いなる仏が問題で、私は今能力がないからね。それは、「今日一日楽しく生きさしてもらう能力だけ与えられているんだから、それを一生懸命やろう」というところへ、きておるんですけどね。
 
金光:  それは私一人という、孤立した感じじゃなくて、自分を支えてもらっている、という広いバックがあるわけですね。
 
坂田:  こういう道具、
 
金光:  目に見えるものもそうだし、
 
坂田:  すべてね。それが私を守ってくれている、という感じ。私もご恩返しとして、できるだけ、その人に喜んで頂く、という世界ですよね。
 
金光:  二十九歳から書き始められて、現在は六十過ぎていらっしゃいますね。
 
坂田:  六十五歳。
 
金光:  そうすると、三十数年、その間やっぱり内容はだんだん変化してきますか。
 
坂田:  同じ文章でも深さが違う、という形ですよね。それで同じ文章を書いても、「坂田さんからもらったのは、なんかどっか違う」いうてね、言われる場合があるんですよね。そういう変化があるんじゃないかな、と思います。それでだんだん文字さんが喜んで頂けるような文章を書きたい、という思いが募ってきたんですよね。
 
金光:  それで「言葉にはエネルギーがある」とおっしゃいますね。そのエネルギーが、だから若い頃よりも今のほうがエネルギーが強いものになっている、ということですか。
 
坂田:  言葉は生き物です。魂があるんです。言葉さんほど大きな力をもっているものはないな、という感じですよね。言葉さんのご恩返しです。言葉さんにほんとに喜んでもらいたいな、ありがたいな、今日も一日言葉さんと文章さんと付き合いできるなぁ、という喜びなんですよね。
 
金光:  ハガキに書かれる時はそうですけれども、例えば森信三先生のご本がありますね。書かれた著書が、そういう昔の現存されていない方の本なんかもお読みになるわけですか。
 
坂田:  はい。森先生の本は読書会を福山二カ所、松永とか広島、四カ所で今読書会をみなさんと―森先生の本ばっかりです。
 
金光:  それで本を読む時、本読んで良いこと書いてあるな、と思いますよね。
 
坂田:  はい。
 
金光:  しょっちゅう感心する本があるわけですけれども、本の読み方というのはどういうふうに?
 
坂田:  私は解釈できないからね、棒読みで、みなさんと声を出して読むばっかりです。
 
金光:  解釈はしない?
 
坂田:  解釈はほとんどなしで、読むばっかりです。そうしたら繰り返し繰り返し読むうちに、自然に血や肉になってくるな、という感じです。それで読み書きが、一番人が育つんです。読み書きが。書くことでしょう。森先生の本を読むでしょう。読み書きが一番人が育つな、という感じですよね。それ以上のものは、まだないな、という感じですよね。解らないところは飛ばしてもいいのです。言葉では読むが、解からないところはとらわれないですよ。解からないことというのは、「今、解からなくてもいいよ」というて、神さまがいうてくれる。解かることだけで、一日が精いっぱいあるでしょう。あ、そうか、私は解かることだけで精いっぱいだけだから、これだけで生活しよう。あんまり解からないことを心配しないんですよね。心配しても仕方がないですよ。解からないですから。
 
金光:  仕方ないですね。でも、そうやっているうちに、ある時にパッと解かる、と。
 
坂田:  初めの頃、解らんと思ったのが終わり頃になったら解かってくるんだよな。
 
金光:  それはそれで本の中での出会いになるんでしょうね。
 
坂田:  はい。あれ不思議ですよね。自然にだんだん、時期があるんですよね。十年経って解かる場合があるし、その本の終わり頃になって解かる場合があるしね。
 
金光:  やっぱりそういうことを繰り返していらっしゃると、「私の人生は、つき≠ノ恵まれた人生だ」とおっしゃっていますね。
 
坂田:  そう。こんなに勿体ない人生もないな、という感じですよね。どうしてこんなに勿体ない人生だろう。感謝してね、ご恩返しですよね。それで今までにみなさんと同じように、すべてみなさんと同じです。苦労やら悩みがいっぱいあったんです。それが全部消えてなくなっているんですよね。消えてね。すべてが良かったな、という思いになってしまうんですよね。
 
金光:  そういう自分もそのつき≠フある人生に返りたいと思う人は、どうすればいいんですか。
 
坂田:  それはどうすればいいんですかね。やっぱりいのちと生き方は自分持ちです。助けることできん。女房でさえ、子どもでさえ、可愛い恋人でさえ、もうこれは厳しいですよね。生きるということぐらい、この世の中で一番厳しいのは、そういう厳しさがあると思います。その厳しさを知りながら、私は救えあげられている、という世界へいった、というのが、私の人生かな。今日までの人生。今日からどうなるかわかるんですがね。それは私の場合は、ハガキを書く中で自然に開発されたというか、見付けたというか、与えられたか、いう思いですよね。
 
金光:  それは、じゃ、こう書けば、というんじゃなくて、書く時には、相手の方に書くわけですけれども、自分自身で、自分のところに語り掛ける、ということですか。
 
坂田:  最後は相手の心も私の心も同じなんですよ。「内なる仏・内なる神」に語り掛けるんですよね。それで名前は相手ですがね、内なる心に語り掛けて、内なる心との交流になっていくんですね、最後は。
 
金光:  そういうところで、「ハガキ道」という、「道」という言葉が生まれてきた、ということでございますか。
 
坂田:  そうですね。柔道とか茶道とか華道ありますがね。このハガキも道だよな、という感じ。それで続けていけば、深まっていけば、すべてのものが道に繋がっていくな、という感じです。
 
金光:  今のようなお話を伺って、「じゃ、書こうかな」と思っても、さあ、誰に、いったいどう書けばいいのかな、というような気持で、ちょっと躊躇(ためら)うところがあるんですが、誰でも書けるものでしょうか。
 
坂田:  女房に書いたり、親に書いたり、子どもに書いたりね。
 
金光:  奥さんにも書いたり、
 
坂田:  はい。私が女房に書いたのが本になった場合もあるんですよね。それで私の話を聞いたら、すべて人が「書きたい!」と思います。それで私は「書かなくてもいいよ」というんですがね。それで書く場合には、書きたいと思っても、明くる日になったら、書けないです。歩くでしょう。今日は歩いたよ、な。明日も歩く。昨日も歩いた。上手に歩けたな、というのは全然思わんでしょう。
 
金光:  思いませんね。
 
坂田:  それは歩く筋肉ができているからです。ところがハガキを書きたいな、と思っても書けないのは、書く筋肉ができておらんでしょう。それね五百枚なり千枚ぐらい書いた時に、筋肉ができます。それで書きたい、と思っても書けない。それでも書きたいと思われた方は、五百枚か千枚ぐらいを、ちょっと注意して書かれたら、今度はハガキで手に入らないものがないほどね、豊かな人生に入りますよ、という。そういうことをお伝えするのが私の世界かな、と思います。
 
金光:  それじゃ、別居していたら、別れている誰か身近な人に書くとか、まずそんなところから始めればいい、ということですね。
 
坂田:  同居の女房に書くわけ。
 
金光:  顔見ては話せないようなことが湧いてくるわけですか。
 
坂田:  私の友だちは、一週間に一枚、自分の好きな同居の女房に書いて、ポストへ入れますよ。奥さんは主人からきたハガキを台所に置いて、主人の日程に会わせて動く、というような形。
 
金光:  じゃ、特にきまりは、「ハガキ道」といっても何を書いてもいい、と。下手でもいい、ということでございましょうか。
 
坂田:  同居した人でも、すべての人に、自分以外の人に書く。自分以外に書くのが、自分自身に書きおる、ということでもあるんですよね。
 
金光:  それじゃ、あんまり特別のことを考えないで、まず書いてみればいい、ということでございますね。
 
坂田:  そうです。
 
金光:  どうもありがとうございました。
 
坂田:  ありがとうございます。
 
     これは、平成十七年十一月二十七日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである