禅画は語る―白隠禅師のメッセージ―
 
                        花園大学教授 芳 澤(よしざわ)  勝 弘(かつひろ)
一九四五年長野県生まれ。同志社大学卒業。財団法人人禅文化研究所主幹を経て、花園大学教授、花園大学国際禅学研究所副所長。専攻・禅学。著書に「基本典籍索引叢刊」「白隠禅師法語全集」全十四巻。「禅語辞書類従」「白隠―禅画の世界」(中公新書)ほか。
                        ききて    白 鳥  元 雄
 
白鳥:  京都市上京区の西の端、西の京円町に近い川沿いに、民家に囲まれて建つ禅の寺、法輪寺(ほうりんじ)、通称「だるま寺」の名で市民に親しまれています。江戸時代中期享保(きょうほう)年間の創建と伝います。「だるま寺」と呼ばれる由縁は、七転び八起きとして子どもにも知られている達磨の像凡そ八千体があり、境内の至る所で達磨に出会います。達磨大師はインドから中国へ渡り、面壁九年の坐禅の末、手も足もない姿となって弟子に法を伝えたという禅宗の開祖とされる人物で、我が国でも達磨の姿を作ったり描いたりする長い伝統があります。五月の連休も過ぎた頃、私が京都を訪れた時のは、花園大学教授で、国際禅学研究所の副所長を務める芳澤勝弘さんに江戸時代の禅僧白隠禅師(白隠慧鶴(えかく):1685-1768)についてお話を伺うためでした。大学からも近い法輪寺の一室でお話を、という芳澤さんのご提案を受け、だるま寺へお邪魔致しました。
 

 
白鳥:  緑の色が濃くなってきて、ほんとに京都の庭は今が一番いいかも知れませんね。
 
芳澤:  ええ。苔が一番奇麗ですね。
 
白鳥:  ほんとですね。今日は、降っても良し、また晴れても良しという、ほんとに。この法輪寺と芳澤さんはずいぶん長いご縁があるそうですね。
 
芳澤:  そうですね。もう四十二年前のことになりますけども、私が京都の大学に来まして、どこか下宿を捜さねばならない。私の在所の和尚の縁(ゆかり)の寺ということで、このお寺を紹介して頂いて、それで京都ですからお寺に下宿するのもいいなということで、お世話になったんですけど、下宿じゃなくて、実際は小僧さんだったんですね。
 
白鳥:  そうだったんですか。
 
芳澤:  毎朝庭掃除したり、廊下を雑巾がけしたり、それが済むとこちらの本堂で毎朝お経をあげるんです。「般若心経(はんにゃしんぎょう)」、それからそれが終わった後で、「白隠禅師坐禅和讃」。そこで初めて白隠さんというのを私は知ったんです。それでそのあと「四弘誓願(しぐせいがん)」といいまして、四つの大きな誓いの言葉なんですけど、それを読んで、それから朝ご飯を頂戴する。そういう毎日だったんです。
 
白鳥:  お寺の生活というのは、それが初めて?
 
芳澤:  初めてですね。大変ビックリしました。
 
白鳥:  その頃に諳(そら)んじた「般若心経」とか、「四弘誓願」に至るものは、今でも覚えていらっしゃるんですか。
 
芳澤:  ええ。覚えていますよ。例えば「四弘誓願」ですね。
     四弘誓願(しぐせいがん)           
     衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)
     煩悩無尽誓願断(ぼんのうむじんせいがんだん)
     法門無量誓願学(ほうもんむりょうせいがんがく)
     仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう)
それやってご飯を頂戴するんです。
 
白鳥:  大学はなんか経済学部と私は伺っていたんですけども、そうするとここでの、いわば生活がその後の芳澤さんの四十年余の禅の研究への原点というか、
 
芳澤:  だいぶ時間が経ってから、その経験が活きてきたと私は思っております。
 
白鳥:  これも仏さんとのご縁ですね。
 
芳澤:  そうですね。
 

 
白鳥:  床の間の軸は白隠禅師の「達磨像」ですね。
 
芳澤:  そうですね。こちらのだるま寺のご所蔵の横向きの、
 
白鳥:  まあおでこからお鼻にかけての線、
 
芳澤:  力強い線ですね。上に文字が書いてありますけども、
     直指人心(じきしにんしん) 見性成仏(けんしょうじょうぶつ)
達磨さんに書かれる「賛」といいますけれども、文字ですね。典型的な文句なんです。
 
白鳥:  直指人心
 
芳澤:  見性成仏。人間の心の根源を見届けて、仏さんになりなさいと。そういった内容ですけども。
 
白鳥:  そうですか。芳澤さんがこういった白隠禅師の書とか絵ですね―書画、そういったものに興味をお持ちになったのはなんかきっかけがあったんですか。
 
芳澤:  そうですね。最初に白隠禅師という名前を知りましたのはこの寺に来た時ですね。最初はいくつか本も読んだりしたんですけど、あまりさほど深く入ることはなかったんですけども、十年ほど前に白隠禅師のお書きになったものを全集として出版する、註をつけて。そういう仕事をさせて頂いて、全部で十四巻ですけど、その過程で書画を拝見することが多かったんですけども、お書きになった著作を拝見してたくさん読むことによってその絵の持っているメッセージというのが次第に解ってくるようになったわけです。
白鳥:  それで法語と言われる白隠禅師のお言葉になった部分を全部お読みになって、それから絵をもう一遍ご覧になった。
 
芳澤:  そういうことですね。絵だけ見ていてはわからないものがあるんですね。そういうものが白隠禅師のお書きになった文章を読むことによって次第に現れてくるといいますか、そういうことがわかったわけですね。
 
白鳥:  あ、そうですか。絵と書というのはどの位数があるんですか。
 
芳澤:  ちょっとわからないんですけどね。いま調査中なんですけども、私が拝見しただけでも二千点ほどあります。海外にもいっておりますから、数千点はあるんじゃないかと思いますね。
 
白鳥:  そういったものが異なった視点から見えてきた、と。
 
芳澤:  そういうことですね。
 
白鳥:  白隠さんは駿河(するが)のご出身なんですよね。
 
芳澤:  はい。簡単に申しますと、一六八五年ですから江戸の中期の早い時期ですね。一六八五年に現在の沼津市の原というところでお生まれになった。東海道に面したお家なんですけど、それで子どもの時に近くにお寺がたくさんございまして、近くのお寺で、昔はお坊さんが来て地獄の話なんかするわけですね、絵を見せて。それを見て大変なショックを受けられて、「戦慄した」「震い上がった」というふうに書いていらっしゃいますけども、それが大きな契機になって出家してお坊さまになられた。
 
白鳥:  お家はお寺ではなかった?
 
芳澤:  白隠さんのお生まれになったお宅は、問屋(といや)といいまして、東海道を行き来する人や物ですね、そういうのを取り次ぎするお仕事。
 
白鳥:  かなり裕福なお家で?
 
芳澤:  そうですね。立派なお宅だったんです。
白鳥:  そこで生まれた男の子が、そうすると小さい時から一種の宗教的な感受性みたいなものが強い方だったんですかね。
 
芳澤:  はい。そうですね。地獄を見て怖がるのは普通なんですけども、それがのちのち宗教に結び付いていくわけですから。それでお若い時、昔はみんなそうだったんですけど、全国を行脚して各地を修行して歩かれて、随分あちこち歩いていらっしゃるんですけども、それで原の松蔭寺(しょういんじ)というお寺に三十歳の時に入られると。それからもいろいろ心理的な経緯はございますけれども、四十二歳の時に大悟(たいご)といいまして、ほんとに揺るがない確信を得た、宗教家として。それから四十二歳になりまして、何を悟ったかというと、四弘誓願を実践していくことが一番大切なんだ、ということをお悟りになった。具体的に申しますと、
「衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)」―生きとし生けるものを救っていきましょう
「煩悩無尽誓願断(ぼんのうむじんせいがんだん)」―人間が生きているということは煩悩があるわけですけども、その限りない煩悩を尽くしていきましょう
「法門無量誓願学(ほうもんむりょうせいがんがく)」―仏教学だけではなくて、他のすべての分野のものを学んで、それを自分の力にしていきましょう
「仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう)」―この上ない最上の仏道というものを成就していきましょう
こういうことをやっていくのが一番大切だ、と。そういうことをお悟りになった。
 
白鳥:  それは誓いの言葉としては言えるかも知れませんけれども、その実践を続けるという悟りなんですか。
 
芳澤:  そうなんですね。もう永久の課題みたいなものですけれども、それで白隠さんは四十二歳から八十四歳まで生きていらっしゃるんですけども、後半生の大部分を各地を廻って説法されたり、それからたくさんのご本にご自分のお考えを書いたり、そして夥しい書画を描いて、その中にご自分のお考えの宗教的メッセージを全部込められた。そういう方なんです。
 
白鳥:  さあ、それでは今日の主題の書画、これを見せて頂きながらお話を展開して頂きましょう。
 
芳澤:  そうですね。後ろにも達磨さんの絵がございますけれども、やはり禅宗といいますと達磨さん、つまり禅宗を始めた方ですね。インドにお生まれになった方ですけれども、それでもっともよく知られている大きな代表的な達磨がございます。朱達磨―大分の萬壽寺(まんじゅじ)さんにある大変大きな大胆な顔ですね。目玉なんかをデフォルメ(変形すること)して、これ以上ない顔から零(こぼ)れそうな目玉になっていますけれども。
 
白鳥:  あのお鼻の穴からパッと息が出た、ほんとに気魄がある。
 
芳澤:  衣を描いた衣紋線、大変力強い太い線です。それから、
 
白鳥:  朱が生きていますね。
 
芳澤:  そうですね。後ろを黒く塗ることによって、この朱の色が非常にはっきりして。これは晩年の、たぶん八十歳を超えてからの作品だと思いますけども、とても八十歳の老人が描いた絵には見えない強さが感じられますね。
 
白鳥:  この絵の賛も、
 
芳澤:  「直指人心 見性成仏」―人間の心の根源をずばり指し示して、誰もが持っている心の根源にある仏性というものを見きわめて仏になりましょう、といった意味でございます。
 
白鳥:  では次ぎに書を見ていきましょうか。
 
芳澤:  白隠さんの書も大変特徴がありまして、美術の方、書道をやっている方からも大変注目されているんですけれども、これはかなり晩年の書ですね。
 
白鳥:  これもやっぱり先ほども八十年前後とおっしゃっていましたけれども、その頃の、
 
芳澤:  そうですね。八十歳超えてからのもので、文句はこれ気持よくない言葉に見えませんか。
 
白鳥:  「南無地獄大菩薩」
 
芳澤:  そうです。
 
白鳥:  「地獄大菩薩」という名号(みょうごう)は、私ははじめてです。
 
芳澤:  そうですね。まず白隠さん以外ではお書きになっていないと思います。
 
白鳥:  そうですか。
 
芳澤:  白隠さんは子どもの時に地獄に恐怖(きょうふ)されたというお話がございますね。それで地獄というのはやっぱり白隠さんにとっては大変大きなモメントなんですけれども、ここに書かれている「地獄」というのは、白隠さんが小さい時怯えた地獄というにとどまらないんですね、実は。「南無地獄大菩薩」というのは、地獄という大菩薩に帰依し奉ります、という意味なんです。「南無」は帰依し奉ります、ということ。この場合の地獄というのは、そういう単純なことではなくて、人間の心の一側面が地獄である。例えば、表のほうが極楽としましょう。その裏側にあるのが地獄。表裏一体になっている人間の心全体を地獄大菩薩というふうに表現しているわけです。最晩年ですから、何も拘らない筆使い。
 
白鳥:  そうですね。筆使いの、なんていうんだろう、融通無碍といいますか、自由さ。
 
芳澤:  そうですね。非常に力強さがあって、
 
白鳥:  それと墨の濃淡、墨の継ぎ方なんていうのももう至って自由にしていらっしゃるんじゃないですか。脇にいくつかなんか文字がありますね。
 
芳澤:  「七面大明神」ですか、七面明神というのは土着の信仰ですね。そういったものまで全部入っているわけです。
 
白鳥:  そういえば、白隠さんの書を見ると、秋葉大明神とか、なんとか神さまが名前も大きく書いていらっしゃるじゃないですか。そういうことについては平気だったというか、
 
芳澤:  すべてを一体として見る。根源が同じものであると。そういう考え方ですね。それと民間信仰が大変ございまして、秋葉でしたら火災を避けるというような、そういう民間信仰をしている人たちに、どうやって禅の教えを伝えるかというので、むしろ取り入れていったということもありますね。すべて世の中で行われている信仰とかそういったものをよく理解したうえで、それを方便として用いるということもあったと思います。
 
白鳥:  なるほどね。ではもうひとつ、
 
芳澤:  白隠さんの書の中でも代表的でよくお書きになるんですけども、「定(じょう)」。で、書かれてある内容は、儒教の『大学』という書がございますけども、その『大学』という書の冒頭の言葉なんです。「定」というのは、「至善」、
     在止至善(至善に止まるに在り)
     知止而後有定(止まることを知って後に定まること有り)
              (『大学』)
という『大学』の文句です。つまり儒教のほうの言葉なんですね。
 
白鳥:  今度は儒教まで出てくるわけですか。
 
芳澤:  ええ。『大学』というのは、現在ではあまり読まれませんけど、昔は至って基本的な書物で、よく知られていた言葉ですね。
 
白鳥:  中国の古典として、そういったものも自分に取り入れてしまうわけですか。
 
芳澤:  そうです。そこで書かれている「至善」という最高の宇宙の根源である真理といったものと、禅が考えるところは基本的に同じだというお考えで、こういう言葉を書かれているわけですね。大きくいいますと、神道、儒教、仏教、これが江戸時代の大きな三つの思想といいますか、宗教だったんですけども、「神・儒・仏の三教一致」ということを唱えられた方でもあります。それがまた新しい禅を伝えていく一つのスタイルにもなっていたわけです。
 
白鳥:  これは今度は布袋(ほてい)さんですか。
 
芳澤:  布袋さんですね。布袋さんというのはみなさんよくご覧になる人物ですね。
 
白鳥:  七福神の一つですから、
 
芳澤:  そうです。日本では七福神の一人になっているんですけども、もともとは実在の人物なんです。
白鳥:  そうですか。
 
芳澤:  中国で、唐代におられたお坊さんなんですけども、ちょっと変わったお坊さまで、大変だらしない格好をしている。お腹がボーンと出て、それから衣も肩がちょっとはだけておりまして、大きな袋を持っているという姿に描かれるんですけども。
 
白鳥:  これはまた袋のほうから描いている姿になるわけですか。
 
芳澤:  そうですね。平生お寺の中にいないで盛り場に出掛けるわけです。京都で申しますと祇園や先斗町(ぽんとちょう)、東京だと六本木とか、渋谷ですか、そういう人混みの繁華街に出掛けて、誰彼となく肩をポンと叩く。振り向くと「お金を頂戴」という、まあ早くいえば物貰いをしておったんですね。そうして頂いたものを袋に入れると。で、単なる物貰いかというとそうでもなくて、時々不思議なことを喋ったりして、その語った言葉が悉く的中して予言的なことをなさっていた、という不思議な坊さんだったんですけども、お亡くなりになった時に、漢詩を一首残してあったんですね。それによると、「私は弥勒菩薩の化身であった」というふうに書いている。それから大変信仰されるようになった。禅宗では特にそれを大切にしまして、室町時代からたくさん描かれています。白隠さんも非常にたくさんの布袋を描いております。
 
白鳥:  これは賛が、今までのは漢字ばかりだったですが、これは平仮名ですか。
 
芳澤:  「ふきといふも草の名」と書いてございます。平仮名ですね。なんのことだと。実はこの賛は大変興味深いんですけども、お琴の曲に「蕗組(ふきぐみ)」という曲があるんですけども、その一番最初のところの文句なんです。
 
白鳥:  琴唄の、
 
芳澤:  そうです。ですから当時の方はみんな知っていたわけですね、そのメロディも。後ろが省略されておりまして、「ふきといふも草の名、茗荷といふも草の名」さらにその後に、「富貴自在徳ありて、冥加あらせたまへや」と。フキという食物と富貴ということ、そして、食べる茗荷と神仏のご加護という意味の冥加、それがかけてあるわけですね。実際の絵の心は後ろにあるわけですね。「富貴自在徳ありて、冥加あらせ給へや」―みんなが神仏のご加護によって物質的にも幸せになりますようにと、そういう庶民がわかるような賛がしてあるわけです。
 
白鳥:  それは親しみ易い形ですね。
 
芳澤:  そうですね。
 
白鳥:  それではもう一点、これも布袋さんですね。
 
芳澤:  ちょっと変わった図柄ですね。
 
白鳥:  白隠禅師もかなり布袋さんをお好みのキャラクターのようですね。
 
芳澤:  そうです。白隠さんご自身でもあるんですね。
 
白鳥:  そうなんですか。
 
芳澤:  布袋になり切っているわけですね。
 
白鳥:  真ん中から顔を覗かせて、何をおっしゃろうとしているんですかね。
 
芳澤:  長い紙を丸くしていますね。それでそこに字が書いてありまして、まず右側の細長い楕円形の判子がありますけど、そちらから読んでいきます。
 
     「在青州作一領」
 
と書いてあります。左のほう、ちょっと読みにくいですね。
 
白鳥:  そうですね。
 
芳澤:  不思議なことに字が逆になっています、天地が。しかも裏返しになっていますね。
 
白鳥:  ああ、左右も逆になっているわけですね。
 
芳澤:  そうです。これは紙の裏から書いてあるんです。それを続けて読みますと、読みにくいんですけど、
 
「布衫(ふさん)重七斤」―布衫(ふさん)重きこと七斤(しちきん)。これはどういう内容かといいますと、青州で一領、一枚の襦袢を作った。その重さが七斤であると。そういう文句が書いてあるわけです。それだけでは何のことかわかりませんね。実はこれはあるお坊さんが趙州(じょうしゅう)という和尚に質問したんです。どういう質問かといいますと、「万法は一に帰する」一切の存在は一なる原理に帰着すると。そうすると、「その一そのものはどこに帰着するのか」という質問をしたんですね。それに対して趙州という和尚が、「私は青州で一枚の襦袢を作ったけど、重さが七斤だった」と。これはいろんな解釈もございますけども、最近の解釈では、趙州という方は青州でお生まれになったんですけども、私は生まれた時裸一貫で生まれたままの天然の襦袢をつけて生まれたと。
 
白鳥:  七斤というのは重さでいうと四キロ位ですか。
 
芳澤:  まあそういう解釈もございますけども、そういう問答、やり取りをどう受け止めるかというのがこの絵なんです。
 
白鳥:  よく禅問答といわれるあのやり取りの答えのほうなんですか。
 
芳澤:  答えというのか、白隠さんがどう受け止めるかということを絵に表しているんですね。紙なんですけど、よく注意して見ると一遍回転しているんですね。
 
白鳥:  そうですね。白隠さんの布袋さまがなんか手をかけている。
 
芳澤:  そうそう。ここにちょっと模型を用意したんですけど、これ細長い紙ですね。表側が白ですね。分かり易いように後ろを黒くしました。こっちが表で、こっちが裏なんです。つまり面が二つあるんですけども、ところがこれを一遍こう捻ってくっつけますというと、この白、これが表です。ずっと表なんですけど、ずっといくと裏に繋がる。
 
白鳥:  表がいつの間にか裏になる。裏が表になっていくと。
芳澤:  つまり表が裏であり、裏が表であるという不思議な面ができるんですね。そういうことを表現している。
 
白鳥:  なるほど。
 
芳澤:  実はこういうのを「メビウスの環(わ)」といいますけども、
 
白鳥:  聞いたことがありますね。
 
芳澤:  白隠さん時代から百年ほど後にドイツのメビウス(1790-1868)という数学者が、この不思議な面の発見をしたんですけど、百年前に白隠さんはこういう不思議な面の特徴を使っているわけですね。だから言い換えますと、万法―一切の存在と一というのが、裏表みたいに、私たちは考えるんですけども、実はそれは同じことなんだと。「万法即一」と。そういうことを表現しているんです。
 
白鳥:  なるほど。賛といいますか、文字のものをこういう形で映像化してあるといいますか、画像にしてあるという。
 
芳澤:  表が裏、裏が表といってもいいですし、例えばすべて対立概念があるんですけども、「有る」と「無い」、対立なんですけども、有ることが無いことで、無いことがあるとか、或いは始まりがあって終わりがあるんですけども、これ始まりが終わりになる。そういう不思議な連関がある。そういったことを表現していると思われます。すべてに根源がある。同じであると。裏とか表とか、そういう対立概念を超えているわけですね。
 
白鳥:  さて、次は?
 
芳澤:  富士山を見てみましょうか。
 
白鳥:  富士山も白隠禅師の画題多いものですね。
 
芳澤:  そうですね。ちょうど白隠さんのお生まれになったところは富士山の裾でございまして、
 
白鳥:  ほんとに駿河湾に面した松林があって、良いところでしょうね。
芳澤:  そうですね。この絵は、中心に富士山がありまして、その左右にちょっと雲がかかっている。手前に小さな山があって、その下には旅人でしょうか、二人の人物が描かれています。最初のほうは旅のお坊さんのようですね。墨染めの衣を着て、笠を被って杖を持っています。その後ろを歩いていますのは腰に刀がありますから、お侍さんかも知れません。東海道の風景を簡単に描いた絵であるんですけども、上に面白いですね、賛がある。
白鳥:  これはまた平仮名ですね。
 
芳澤:  平仮名ですね。楕円形の判子を押してあるほうから読んでいきます。
 
白鳥:  左側から読んでいくんですね。
芳澤:  左から右に読んでいくんですね。賛に何と書いてあるかといいますと、
 
     おふじさん
     霞(かすみ)の小袖(こそで)ぬがしやんせ
     雪のはだへが
     見度(みと)ふござんす
 
これは意味はお分かりですね。富士山に霞がかかっていますね。霞を小袖に準えて、それから富士山そのものを、「おふじさん」という女性に準えているわけですね。それであなたの白い肌が見たいですよ、と。
 
白鳥:  色っぽい歌ですね。
 
芳澤:  そうですね。たぶんこの文句も当時俗謡か何かだろうと思うんですけども、そういうものを賛に書かれているんですね。
 
白鳥:  さっきは琴唄という絵がでましたけども、これはその頃の民間で流行った、
 
芳澤:  人口によく膾炙(かいしゃ)した文句だったと思われます。こういう内容ですから大変親しみやすい色っぽい感じですから。
 
白鳥:  でもこの中には宗教的教えというのはあまり私には感じられないんですけどね。
 
芳澤:  そうですね。一見そう思うんですけども、実はこういった簡単な絵にも非常に深い意味が隠されているんです。他にも富士山の絵がたくさんございまして、そういうものを見ながらちょっと考えて見たいと思うんです。
ここにありますのは、白隠さんの代表的な富士山の絵ですね。現物は九州の大分の自性寺(じしょうじ)さんというところにあるんですけれども、それを分かり易くするためにちょっと拡大してみたんです。まず中央に真っ白な大きな富士山が描かれていますね。そして下のほうを見ますと、たくさんの人間が描かれています。これを全部数えて頂いたんですけど、全部で百六十三人の人物が描かれているようです。馬が十三頭。そこを最初からずっと丹念に見ていきます。一番最初に馬に乗った侍のような人がいます。その後に六人の何やら肩に担いでいますね、おそらく鉄砲だと思います。それからまた次ぎに馬に乗った人物と、そして六人の人、これは弓を持っているようですね。それからまた馬、そしてさらに八人ですか、妙な歩き方をしていますね。
 
白鳥:  奴(やっこ)さんですね。
 
芳澤:  奴(やっこ)です。毛槍奴(けやりやっこ)ですね。毛槍を持って、ああいう歩き方をしたんです。さらにその後に荷物を持った人物、そしてまた馬に乗った人物、それから侍ですね。おそらく警護の侍でしょう。
 
白鳥:  八方向固めていますね。
 
芳澤:  駕籠(かご)です、ようやく。ここはやっぱり主人公、殿様が乗っているのでしょう。
 
白鳥:  大名行列?
 
芳澤:  そうです。大名行列なんです。江戸時代三年に一遍といわれていますけど、江戸から国に帰ったり、或いは国から江戸を上ったり、
 
白鳥:  参勤交代というものですね。
 
芳澤:  そうです。白隠さんのおられた原の東海道、こういう光景ですね。
白鳥:  まさに原の宿を通っていたわけですね。
 
芳澤:  そうです。行列の先方を見ますと、何やら一生懸命働いている人たちがいます。荷物を運んでいますね。それで舟でその荷物を受け取ったりしているところが描かれています。ここは川ですね。冨士川ですね。そして上流からは何艘かの舟が下に下りてきて、何やら一カ所に集まろうとしています。つまりこれは舟が全部集結して、舟の上に板を置いて、舟橋という仮の橋を作って行列が通れるように準備しているわけです。
 
白鳥:  大名行列の場合には、そういう仮橋を作って、それで移動していくわけですか。
 
芳澤:  そうです。
 
白鳥:  いやぁ、大変なことですね。
 
芳澤:  そうですね。それで川の向こうを見ますと、人物がこう歩いています。おそらく先駆でしょう。先駆けで、先に行って行列がスムーズに通れるように準備している姿だと思います。それから右の方に廻って、坂道を上っていく重たい荷物を背中に乗せた馬とか、人物が小さく描かれています。
 
白鳥:  岩山の細い道ですね。
 
芳澤:  そうですね。あの岩山の左のほうには民家が描かれていますけど、これは宿場町で現在の岩淵(いわぶち)(現庵原郡富士見町)というところなんです。その右のほうの山は大変険しい動物の牙のように描かれていますね。実際こんな山はないんですけども、ここはきわめてデフォルメして描いていると思われます。そして牙のような岩の後ろのほうには雲が湧いてきています。真ん中には真っ黒い雲が湧いている。大変妖しい雰囲気になっています。こうやって全体を拝見すると、富士山を中心にして富士の裾野を進んでいる大名行列を描いている。単なるそういう風景画のように見えるんですけども、実は絵の中に大変深い宗教的な意味が込められているんですね。画面の一番左に黒く塗り潰したところがございまして、
白鳥:  ここに賛があるわけですね。
 
芳澤:  そうですね。これは全部漢字で書いてあります。やはり右上の判子が押してあるほうからずっと読んでいきますけれども、訓読で読んでみましょう。
 
     老胡(ろうこ)の真面目(しんめんもく)を写し得て (写得老胡真面目)
     杳(はる)か自性堂上の人に寄す (杳寄自性堂上人)
     旧?(きゅうろう)端午(たんご)の時を信ぜずんば(不信旧?端午時)
     蒭羊(すうよう)を鞭起(べんき)して木人(ぼくじん)に問え(鞭起蒭羊問木人)
 
と書いてあるんですけれども、全部漢字で難しい内容ですね。ここで特に大切なのは一句と二句ですね。第一句目はどういうことが書いてあるかといいますと、「老胡の真面目」―老胡といいますのは「達磨」のことなんです。ですから第一句は達磨さんの本当の姿を描きました、と書いてあるんです。そしてそれを「自性堂上の人」というのは、自性寺(大分県中津市)の和尚ですね。自性寺の和尚さんにお贈りしますよ、ということが書いてあるんです。この絵は、どなたが見ても富士山と大名行列ですね。
 
白鳥:  達磨なんて描いていないじゃないですか。
 
芳澤:  どこに達磨さんがおるか、と。百六十三人の人物を一人ひとり点検して達磨がいるんじゃないかと捜してもいないんですね。それなのに達磨を描いた、と。これを理解するために、もう一枚の達磨の絵を見てみましょう。
これはどなたが見ても達磨の絵ですね。
 
白鳥:  これもいい達磨さんですね。
 
芳澤:  髭があって典型的な達磨、
 
白鳥:  ギョロッとした目、
 
芳澤:  ところが、この上にまた文字が書いてありますね。なんて書いてあるか。
 
     このつらを
     祖師の面と見るならば
     鼠をとらぬ猫と知るべし
 
このお顔を、祖師というのは達磨さんのことですね。禅宗の開祖の達磨大師のお顔だと拝見するならば、そう拝見した人はネズミを捕らぬ猫のようなものだ。
 
白鳥:  役立たず、
 
芳澤:  そうですね。これが単なる禅宗の祖師の肖像画だと思ったら、その人間は役立たずだ、と。はっきり達磨が描いてあるのに、それを達磨と見たらダメだ、と。一方は富士山と行列が描いてあって、ここに達磨の本当の姿を描いたんだ、と。常識で考えますと大変戸惑ってしまうんですけども、そこに大きな意味がございます。達磨というのは、普通私たち漢字で書きますと、「達磨」と書きますね。これがインドから中国に来られて禅宗というものを始められた開祖なんですけれども、そのインドの言葉で「ダルマ」と申しますと、普通には「法」と訳されます。もうちょっとわかりやすくいいますと、「心法」。そういったものを意味する言葉がダルマなんです。「心法」というのはどういうことかというと、私たちの心、精神活動ですね、精神活動が認識する。その認識作用も心というんですけれども、認識する作用だけではなくて、認識する存在そのものも含まれたもの、それを「心法=ダルマ」というんですね。ですから「富士大名行列図」でいいますと、富士山もそうであるし、その下を通っている大名行列もそうだ、と。全体がダルマだ、と。全体がダルマだということですね。「富士大名行列図」をもうちょっと詳しく拝見しますと、まず全体を見ると、上に富士山ですね、下に大名行列。大名行列がずっと列んでいますけど、どっちに向かっているかというと、画面の左に一目散に進んでいるわけですね、行列ですから。余所見をしている人は一人もいません。みんな前を向いている。一生懸命前に進んでいます。これが行列ですから。他の人物も作業したりしておりますけれども、みんな一生懸命働いていて、脇見はしていませんね。ところが百六十三人ですが、その人物の中に実はこの美しい富士山を見ている人物があるんです。二人いるんですよ。
 
白鳥:  どこにいるんですか。
 
芳澤:  一番右の端のほうに、何か茶店のようなものがありますね。中でおばあさんかな、お茶の準備をしていまして、表に腰掛ける床机(しょうぎ)がありますね。それに二人の人物が腰掛けて、一人の人物―墨染めの衣を着て、笠を被って、首から旅の荷物でしょう、掛けて、杖を片手に坐っている人物、向こうを向いていますでしょう。
 
白鳥:  富士山を向いていますね。
 
芳澤:  あっちの方向を向いていますね。富士山を見ているんですね。
 
白鳥:  これが一人。
 
芳澤:  あと一人はね、私は最初気がつかなかったんですよ。川を渡った向こうに牙のような鋭い岩がございますね。そこに上っていく険しい道の一番天辺、
 
白鳥:  あそこには墨染めの方がいらっしゃいますね。
 
芳澤:  杖を持って、よく見ると、首から荷物をぶら下げている。笠を被っています。この笠に注目して頂きたいんですけども、笠をちょっと上げていますでしょう。
 
白鳥:  こういう感じですね。
 
芳澤:  いわゆる阿弥陀(あみだ)に被るという。その笠を後ろに阿弥陀さんの光背(こうはい)のようにする。なぜそういう被り方をするかというと、前がよく見えるようにこう上げるわけですね、笠を。前がよく見える、つまり何かを見ている。この人物の向いているほうも富士山。
 
白鳥:  そういうことですね。
 
芳澤:  これで二人の人物が富士山を見ている。見させている。そういう具合に白隠さんは描いているわけです。
 
白鳥:  百六十三人を描いて、その中の二人を、特に墨染めの衣を着せて。
 
芳澤:  そうです。富士山を見ている。ということは、この富士山に意味があるんですね。我々日本人に親しい山ですけれども、昔から霊峰(れいほう)といわれていますね。霊なる山。
 
白鳥:  ほんとに万葉の昔から、
 
芳澤:  その富士山を見る。「見る」というところがポイントなんですね。一番最初の冒頭に見た達磨で、「見性成仏」とありました。あの「見る」なんですね。
 
白鳥:  性を見る。
 
芳澤:  性を見る、つまり仏性を見る、或いは自性を見る、といってもいいんですけれども。この絵は自性寺の和尚に描いてあげたもんですね。
 
白鳥:  そうでしたね。
 
芳澤:  つまり自性ですね。人間の心の根源、それを富士山に準えている、ということがいえると思うんです。それに対して下を行列している人たちはまったく富士山を見ていません。一目散に粛々と左に向かって行列している。これはどういうことかというと、最初拝見した時に、白隠さんの仮名法語、『邊鄙以知吾(へぴいちご)』というご本がございます。内容は、一つは大名行列というのは大変お金がかかるんです、数億円単位で。また江戸から国元に行ったり来たりということで大変な費用がかかるんですね。
 
白鳥:  そうですよね。これだけの大編成の人を動かし、川にはそれこそ仮橋を作らなければいけないという。
 
芳澤:  そういう費用を捻出するために年貢を上げたりしますね。そうすると困るのは民百姓(たみひゃくしょう)。民百姓がそのために一揆(いっき)を起こしたりという、そういう事件が当時あったわけですけれども、白隠さんはそういうことを厳しく批判しているんです。
 
白鳥:  そうなんですか。
 
芳澤:  『邊鄙以知吾(へぴいちご)』でね。そのことも原因といいますか、理由の一つだったと思うんですけれども、『邊鄙以知吾(へぴいちご)』というのは発禁書になっているんですよ。そういうところからみて、最初私は、大名行列を批判していることがテーマになっているんではないか、と拝見したんですけれども、実は単純にそういった問題だけを描いているんじゃない。上に自性を描いているんですね、富士山。自性というのは聖なる真理といってもいいですが、仏教では「聖諦(しょうたい)」といいますね。それに対して下のほうは「俗諦(ぞくたい)」―俗世界の論理。もっと違う言葉でいえば、我々の「現実生活」ですね。もっと違う言葉でいいますと、「政治、経済」。まさに大名行列は政治でもありますし、経済でもあるんですね。これがないと私たちの生活はなり立たないわけであって、下の部分を否定し去ってしまうと現実の存在はなくなっちゃうわけですね。一枚の絵の中に聖なる世界と下には現実社会の道理といいますか、政治、経済、そういうものが描かれている。その全体がダルマだ、ということではないかと思うんですね。そういう中にあって、やっぱり富士山を見なさい。自性を見なさい、ということを勧めているんだろう、と。
 
白鳥:  墨染めの衣の二人に仮託しているということなんですか。
 
芳澤:  そういうことなんです。そしてこの墨染めの人物、笠を被って、首に風呂敷包みを結わえて、それから杖を持って歩いている人物、そして富士山がある。こういう絵柄を見ますと、昔の日本人は直ちに一人の人物に思い付くんですね。それは西行(さいぎょう)という人物なんです。富士山を見ている西行の絵がたくさん描かれていますけれども、それを「富士見西行」と申しますけれども、西行風の人物を二人こう入れているわけですね。それで仏法の世界、仏法の真理を見届けなさいよ、ということをさりげなく示しておられる。この自性寺の和尚は、白隠禅師に長いこと参禅した和尚でしたから、こういう絵を頂いたらやっぱりそういうことがよくわかったと思うんですね。
 
白鳥:  なるほど。老胡の真面目がここに写し得ていると。
 
芳澤:  そういうことです。それでこの絵をもうちょっと違う角度から理解するために、一枚のちょっと違った絵を見てみたいと思うんですね。
これも中央に山が描いてあります。下には海でしょう。舟が二艘あります。
 
白鳥:  これは富士山ではないですね。
 
芳澤:  そうです。面白いのはその山の中腹といいますか、中に鳥が一匹描いてあります。これは、鷲頭山(わしずやま)という山を描いたもので、実際に伊豆半島の入り口にある山です。下には舟が二艘。例によって、上には賛が書いてあります。これを読んでみましょう。右のほうから読みますと、
 
白鳥:  判子が右側に押してあって、
 
芳澤:   見上げてみれば鷲頭山
       みおろせばしげ鹿浜(ししはま)の
       つり舟
 
「しげ鹿浜」というのは鷲頭山の麓にある村の名前ですね。「しげ」は「志下」、「鹿浜(ししはま)」は「獅子浜」で現在も残っております。見上げれば鷲頭山、見下ろせばつり舟がいる、という単純な文句ですけれども、この賛も実は当時の仕事唄。なんか仕事をしながらよく歌われた唄だそうです。ですから下で釣りをしていますけど、釣りなんかをしながらこういう唄が歌われたかも知れません。
 
白鳥:  一つの労働の唄としてね。
 
芳澤:  そうですね。ですから当時の人はよく知っている文句だったと思うんです。ここで大切なのは、上の山―富士山ではありませんけれども、山が描いてあって、鷲が描いてある。鷲といいますと、仏教では、「霊鷲山(りょうじゅせん)」と。霊なる鷲の山という言葉。
 
白鳥:  聖地ですよね。
 
芳澤:  そうです。これはお釈迦様が説法をなさった場所なんです。つまりこの山が単なる山ではなくて、お釈迦様の説法、仏教の教えを象徴している。このことをわかってもらうがために鷲を描き込んでいるんですね。ですから先ほどの富士山と同じように、この山が聖なる世界の象徴、聖なる世界の真理の象徴である。それに対して下に釣船が二艘あります。これはなんか楽しみで釣りをしているわけではなくて、生活のためでしょう。
 
白鳥:  おそらくその当時としてはね。
 
芳澤:  生業(なりわい)、
 
白鳥:  生業としての釣り、
 
芳澤:  そうですね。違う言葉でいうと、経済活動をしている。
 
白鳥:  そういうことになりますね。
 
芳澤:  まあ私たちの現実世界。先ほどの富士山の絵で見ますと、大名行列。我々の現実世界の道理を描いている。上のほうには仏教の真実―真理の世界を描いている。そしてこの賛ですね、この唄が大変意味深いと思いますのは、見上げれば仏教の真理、
 
白鳥:  聖の世界、
 
芳澤:  無上に、この上無く高い仏教の真理。見下ろせば我々の現実の生活という構造になっているんですね。
 
白鳥:  これを一幅の絵の中に入れて、しかも賛はそういう仕事唄、
 
芳澤:  そうですね。それを違う言葉で申しますと、一番最初にお話しました四弘誓願がございましたね。「衆生無辺誓願度」生きとし生けるものを救っていきます。「煩悩無尽誓願断」限りない煩悩を断っていきます。それから「法門無量誓願学」仏教だけでなくて、他の学問もすべて勉強して、それを活かして法を説いていきます。そしてこの上ない真理で仏教の世界を実現していきます、という、四つの誓いがございましたけれども、それを集約して二つの言葉でいい表すと、
 
     上求菩提(じょうぐぼだい) 下化衆生(げけしゅじょう)
上に向かっては永遠に仏教の無上の真理を求めていきます。下には向かっては「下化衆生」生きとし生けるもの―もっと近くいいますと、一切の人々をそれによって救っていきます、という、上下のそういう世界を描いたものだろう、と。
 
白鳥:  なるほど。こういう形で絵画としてメッセージを送ったということですか。
 
芳澤:  はい。それで「大名行列図」もそうなんですけども、私たちの現実生活、それを完全に否定し去らないで、その現実、俗世界の論理も含めて、全体を一枚の絵の中に描くことによって、それが達磨の真実相(真のありよう)であるということを示しておられるんだと思います。
 
白鳥:  なるほど。これが和讃なんかにも出てくる、「衆生本来仏なり」という、あの考え方も一つの画像化といいますかね。
 
芳澤:  そうですね。
 
白鳥:  かなり多重的に、いわば詰め込まれているような感じさえするんですけれども。
 
芳澤:  そうですね。先ほど見ました富士山があって、「おふじさん霞の小袖ぬがしやんせ」と、如何にも誰にもわかる言葉なんですけれども、こうやって拝見してきますというと、あの富士山も大変重たい富士山ですね。仏性であり自性である。それを「見たい」ですよ、ということが描いてあるわけですね。それで全部繋がってくるんじゃないか、と。それから「富士大名行列図」の富士山は聖なる世界、いってみれば表としましょう。それに対して下の大名行列は現実、俗諦、これを裏としますね。でもこの表と裏とを一枚の絵の中に描き込むことによって、聖なる世界と俗なる世界が全然別ではないんだ、と。「聖俗一如(せいぞくいちにょ)」といいますか、「凡聖不二(ぼんしょうふに)」というか、そういう世界をメビウスの環のようなことで示しておられる。毎日働きながら仏道を学ぶこともできる。そういう世界ですね。それを示しておられるんだろうと思います。
 
白鳥:  先生がなんか絵解きをして下さったんでよくわかってきたんですけども、こういう絵の読み解き方、禅画の読み解き方というのはやっぱりひたすらに法語をすべて読み、そしてしっかり絵の隅々まで注意を払うことによって、はじめて可能なんですね。
 
芳澤:  そうですね。私の場合はやっぱり絵だけ見ていても説明が向こうから見えてこないんですね。むしろ白隠さんのお書きになったものをすべて読むことによって、自然と向こうからメッセージが伝わってくる。そういう種類の絵ではないか、と思っております。白隠さんは実際たくさん本を書いていらっしゃいますけど、その著作物は大部分が七十歳を超えてから書かれたもんです。
 
白鳥:  そうですか。
 
芳澤:  それから絵画も七十歳超えてから夥しい数を描いていらっしゃる。そういう点では、現代は長生きになりましたけれども、今から三百年前の七十歳の方というのは、もう大変長命ですよね。それからさらに十四年間もの凄いエネルギーでお書きになって、全国廻って歩かれた、そのエネルギーにほとほと感心致しますね。
 
白鳥:  そうですね。今回の白隠禅師の絵と書を中心にしたお話は非常に参考になりました。どうもありがとうございました。
 
     これは、平成十八年六月十一日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである