人生科の提唱
 
                      はじめ熟一心寮 和 田  重 正(しげまさ)
明治四十年鎌倉で生まれる。旧制浦和高校を経て、昭和四年東京帝大法学部を卒業。十七歳の頃から人生について深く悩みはじめ、激しい苦闘の末、二十八歳の春、死を寸前にして不思議な奇縁に恵まれ、人生の大意を知ることができた。そして今日までの四十余年間に、「はじめ熟」を設けるなど、若い人たちへの人生の友として奉仕の生活を続けてきた。まずみ運動、人間のための教育研究会、国に理想をかかげる運動などに参加し、家庭教育を見直す運動を繰り広げる。著書に「葦かびの萌えいずるごとく」「山あり花咲きて父母いませり」「国家エゴイズムを超えて」「もう一つの人間観」「人間のための教育」ほか。平成五年逝去。
                      き き て    金 光  寿 郎
 
ナレーター:  此処は丹沢山系の西のはずれです。此処に和田重正さんが若い人たちのための生活道場「一心寮」を作ったのは、今から十数年前のことです(昭和四十二年からこの丹沢山麓の廃村に移る。和田家の家族九人は登校拒否児や自分の生き方を求める若者たち八人と共同生活)。和田さんは、「人間はどう生きれば良いか」ということを生涯追求してきた方ですが、今の日本の教育に、人間が生きていく基本姿勢を教える教科が欠けていることを心配され、ここ数年、「人生科」という人生について教える教科の必要を提唱しておられます。この和田さんが最近出された本に、「自画像」という詩があります。
 
     「自画像」
     極端に乏しい才能 頭の悪さ
     世のため人のために
     何一つ役立たないこの自分
     これで八十年近い人生を生きてきた
     そのための苦難がないわけではなかった
     だが今こうして才能も頭も問われずに
     無事に豊かに安穏に
     その日その日を過ごせるのはなんのせいだろう
     人々の助けのせいに違いない
     でもその助けはどうして得られたのだろう
     それがわからない
 

           
金光:  なんどもこちらへお邪魔しておるんですけど、来るたびにずいぶんこの辺に生えているものの種類も、それから花の咲き方も随分変わってるようですね。
 
和田:  ええ。
 
金光:  同じ場所にもう何年も住んでいらっしゃるわけですが、やっぱりご覧になる草とか木とか、そういうのは毎日毎日変わるもんでございますか。
 
和田:  そうですね。毎日毎日変わっているかどうか、ということは意識しませんけどね。それでもやっぱり変わっているでしょうね。そのたんびにアッと思うのはありますからね。
金光:  そちらに大きなケヤキの木がありますね。ああいうものも、やはり、
 
和田:  変わりますね。あれは一番早く芽の出方もわりに早いし、色付くのも早いですね。そういうのはやっぱり気になりますね。
 
金光:  ということは、変化がないとあまり気にもならないのでしょうけれども、やっぱりしょっちゅう生きて伸びたりしていると、変化しているのがわかるんでしょうね。
 
和田:  そうですね。いろいろ変化が楽しいですよね。何でもないこんな狭いところですけど、それでも歩いていると楽しいですね。
金光:  此処は山北から五キロぐらいの山の中(神奈川県足柄上郡山北町)ですけれども、何故この場所をお選びになったんですか。
 
和田:  その何故というのもあんまりはっきりしませんけどね。ただね、こんなところに、一軒家でね、誰もいない所へ来て、と思って止めようと思ったんです。最初に案内された時に、止めようと思っていたところが、この裏へ出ましてね、そこからこっちを見て、どうしてだか知らないけど、「あ、此処にしよう」と思ってしまったんですね。ほんと何故かわからないんですけどね。
 
金光:  何となくこの木があるからとか、この建物がいいからとか、そういう個々の理由というよりも、全体の感じで此処にしよう、と。
 
和田:  それよりか、変なことですけどね、そこにお墓がありますね。あれは此処に住んでいた人の家のお墓ですけどね。そのお墓を見た拍子に、「あ、此処にしよう」という気がしたんですね。何でだかわかりませんけどね。
金光:  その時はやはり此処で若い人たちと一緒に生活するというようなことをお考えになっていた?
 
和田:  ええ、そうです。その時にはっきり意識していたわけじゃないですけど、後で考えてみますと、ぐるりからの精神的な圧力のないところで青年たちと一緒に生活したいな、と思ったんですね。ですから、その頃に来ていた連中というのは、外部からの人間ばかりじゃなく、世の中全体から受ける圧力みたいなもの、そういうものなしで、此処で伸び伸びと生活しましてね。ですからいろんな問題のある連中がいっぱいおりましたけどね。そういう人たちがみんなちゃんとなったというのはおかしいですけど、ちゃんと一人前の普通の社会生活していますけどね。何しろまず顔付きが変わりますね。もう初め来た時と、それから二、三週間か、一ヶ月ぐらい経ってから、顔付きが変わりますね。その点では今でも同じですね。今でもやっぱりその時分と同じことで、一ヶ月も経ったら、とにかく和やかになるといいますかね。
 
金光:  今までは一種の強張(こわば)った顔という。
 
和田:  そうですね。強張った、どっか突っ張っているみたいな、そういうふうな感じがする。それからまず第一暗いですね。それがいつの間にか明るくなって、そして突っ張りが取れて良い子になりますね。
 
金光:  そうですか。
 
和田:  女の子なんかすぐ可愛くなっちゃいますよ。
 
金光:  そういうもんですか。
 
和田:  何とも言えない。やっぱり根本的に人間を信頼しているということでしょうかね。要するに、こんな変になっているはずないのに、なっているのはどっか不自然なとこがあるからだと思って。それをごく自然の、いろんな抵抗のないところへ来たらば、自然の姿に変わっていくのが当たり前だ、と思ってですね。
 
金光:  ということは、ご自分自身のご体験で、自分自身をご覧になっていると、やっぱりある時期は、いわば不自然に一生懸命やっていらっしゃって、それが、「あれ、そうじゃないんだな」と、それをお気付きになったご体験がおありになるわけですね。
 
和田:  それはそうですね。それは二十七歳でしてね。それまでほんとにいろいろこう苦しんでいたというか、どうしてすらっとできないんだろうなあって、年中いろんなことをゴテゴテ考えていましてね。その考えがいよいよ行き詰まった時に、フッと出た世界が、「何だ、こんなだったのか」という気がしましてね。「こんなだったのか」という、実に単純なことですけれどもね。その単純なことだから、若い連中に言えば、すぐわかるだろうと思って、教えてやろうと思ったのが、そもそも間違いのもとなんですね。それでやってみたところが、全然、結局わからないんですね。言葉でいくら言ったってわかりませんしね。そんなムダなことをずっとやってきましたね。
 
金光:  そうしますと、言葉ではいくら「こうなんだ」と。「こうじゃないか」とお考えになって、そのつもりで話されても伝わらない、と。
 
和田:  そうですね。
 
金光:  じゃ、それを別な方法で、というと、一緒にそういう開放された外からの圧力のかからないところで、一緒に生活していると、何かそういう共通の感覚みたいなものが伝わるんじゃないか、ということでございましょうか。
 
和田:  そうですね。ですから、言葉では通じないけども、やっぱりどこでか、何か「ああ、そうか」というものがあるらしいですね。ですから、今でもそうです。なんか問題を持った子がやってきましてね、何にもいいませんけどね。「ああしろ」「こうしろ」といわないし、「こう思わなければいけない」そんなこと何にもいわないんですけど、だけど半月か一月ほど経つうちに顔付きが変わってきますよ。顔付きが変わってくれば、もうしめたもんだと思っていますね。ですから、不思議だといえば、ほんとに不思議ですけどね。だけど私にとってはあまり不思議だとも思われないんです。そんなの当たり前だと思うんですね。
 
金光:  人間の場合には、本来外からの圧力なんかなしにすくすく伸びると、あんまり顔が強張ったり、或いは暗くなったりするようなことがなくていいわけでございますね。
 
和田:  だろうと思いますね。それからこう突っ張ったり、顔が強張ったり、というようなことが、ないのが自然なんであってね。だからそこへ戻ればいいんだから、いろんなことをする必要はないと思うんですね。すればするほどおかしいですよね。たしかに我々力がないせいかも知れないですけれども、「こうしてやりましょう」と思ってやったことは、ろくなことにならないですね。ですからいつでも手放しでもって、ほんとにめいめいが自分自身を生きていくということ、そういうことができさえすればいいなあと思ってですね。それは人間にはいろんな偏りがありますね、人によって。その偏りが気にならないことはないですけども、だけどそれはお互いっこでね、こっちも偏っている、向こうも偏っている。みんなが偏っているんだからいいじゃないか、と思いますね。
 
金光:  それで具体的にそこに藁屋根の家がありますね。その下にもお家があるわけですけれども、此処で共同生活をしている人たちの一日の生活というと、どういうことでございますか。
 
和田:  大体、朝六時―規則じゃないんですけど、みんなで一緒に生活している連中同士で決めることですけど―大体今六時に起きています。六時に起きると、そこに板木がありまして、それを叩くんですね。これは面白いですね。私はこっちのほうに寝ていますね。叩いているのが、誰が叩いているかすぐわかりますね。
 
金光:  音が違うんですか?
 
和田:  違うんですね。なんといったらいいですかね、とにかくだらしなく打っているのもあるし、ものすごく気が立っているみたいなものもあったり、いろいろありましてね。「あれ、誰だなあ」とすぐわかりますね。これがわからないようだったらおしまいですね。
金光:  それで食事なんかはみなさんで作って、
 
和田:  ええ。半分以上はこの上の神社へ行きましてね、神社へ行ってくる間に、こっちで食事を作る連中が作って、そして帰ってきて、そこで朝食をする。(鶏を飼い、畑を耕し、山から薪をとり、食事は手作り味噌、玄米食など自然食。可能な限り自給自足生活に努力している)
金光:  途中は別に勉強の時間とか、そんなのは勿論ないわけですね。
 
和田:  ないです。そこからまったく自由ですね(ここには規則も命令も監督もない。それぞれが自分の仕事を創り出す)。ところがここで奨励しているといいますかね、「一つ、こういうことを考えていこうじゃないか」というのは、「手足を動かして行動しよう」ということですね。何しろ頭で考えたってダメなんだ、と。頭でもって、「ああか、こうか」って考えたって、何にもならないんで、それは妄想なんだ、と。やっぱり手を動かして、何かすれば、それだけ実質的な事実として、それを感じ取っていけるから、何しろ手足を動かして行動するということをやろうじゃないか、といっていますね。ですから、わりによく動きますね。初めの頃は何していいかわからないから、ぼおっとしていますけどね。キョロキョロしていますけどね。だんだん慣れてくると、目につくところ無限ですからね。これだけのところで何かしようと思ってみたら、それは無限ですからね。
 
金光:  畑の仕事もあれば、鶏の世話もあれば、掃除もあれば、
 
和田:  そうそう。掃除だとか、それから道が壊れるんですね、此処はすごく。豪雨がくるというと、道がどこもここもみんな壊れてしまう。それを直したりするのも仕事の一つですね。
 
金光:  そういうのが楽にサッサと動けるようになると、例えば周囲の花を見たり、鳥を見たり、そういうことも楽にできるようになる、ということでございましょうね。
 
和田:  ええ。ゆとりができると、そういうものを見ますし、それからこの辺いっぱい咲いている花なんかを見て、「ああ、奇麗だなあ」と思うらしいですね。初めは奇麗も何にもわからないらしいですよ。奇麗ということになっているだけの話でね。
 
金光:  そういう自然に奇麗なものを見ると、「奇麗だ」と思えるというのが、本来の自然の人間の心の働きということでございましょうか。
 
和田:  そうでしょうね。人間同士が、お互い同士が、奇麗というか、なんか気持が通ずるというような、そういう和やかな顔になってきますよね。
 

 
金光:  ここへ来た若い女の方なんかが、日にちが経つうちにだんだん顔も和らいで美しくなるということなんですけれども、これは此処で共同生活をしているうちに何か自分自身についての変化というのが、自然に顔に現れている、ということでございましょうか。
 
和田:  そうでしょうね。やっぱりなんとなく和やかになるでしょうね。やっぱり此処へ来るまでにはいろいろ精神的な葛藤(かっとう)があるでしょうね。それが此処へ来て、何にもそういう葛藤がない、自分のほうからでなければ全体としてそういうことがないから、それで和やかになるんじゃないでしょうかね。
 
金光:  いろんな共同生活している人たちのお互いの心の通い合いというものもだんだんできてくることでしょうね。
 
和田:  そうなんですね。女の子たちだけでなくて、男の子も、みんな一緒に生活しますからね。だからなんとなく気持が広くなるんじゃないんじゃないでしょうかね。
金光:  広くなってくるということは、自分自身も小さく縮こまっていたのが、だんだん広くなるということでございますね。
 
和田:  こだわりがなくなるんでしょうね。
 
金光:  言葉のうえだけ追いかけますと、そうやって自分の枠がなくなるということは、自分自身がかえってぼんやりするんじゃないか、と一見思うかも知れませんけれども、どうもそうではないようですね。
 
和田:  実は逆でね。自分自身がだんだんはっきり見えてくるんじゃないでしょうかね。これほんんとによくわかりませんけどね。自分って、結局他人でなくって、自分自身というものをよく見きわめていく、という。そんな方向になってくれれば、しめたもんですけどね。いくらかでもそういうふうになるでしょうからね。ですから、わりにみんなが和やかですね、お互い同士が。初めはいろいろありますけれども、だんだん和やかになって、居心地が悪くないだろうなあ、と思いますね。長い間一緒に生活しているうちに、幾分かずつでもがそういうふうな、なんか開けたような気持になるらしいですね。ですから、長い間いる子たちというのは、いろいろのことを口でいわなくっても、なんか受け取ってくれる感じがするようになりますね。自分が開けてくる、というんでしょうかね。
金光:  こちらで、先生自身が狙っていらっしゃるところというのは、本当の人間らしい生活、人間らしい育ち方、それにはあんまり規則なんかはないほうがいい、ということでございますか。
 
和田:  そうですね。できるだけ枠を外すということを、一番主眼にしていますね。ですから、なるべく規則みたいな、枠を作らないようにしたいなあ、と。パッとそれを全部外した時に、一番朗らかな、和やかな人間関係ができてきますしね。ですから、そういうふうであってもらいたいなあ、と思いますね。人間というのは、そうそう変なことをするものじゃないような気がするんですよね。何にも「ああしなさい、こうしなさい」と言わなくっても、そこへ来ている。そうすると、何にもしないで、ジッとしているわけにいきませんからね、なんかしよう、と。その時に、悪いことをしようという気が起こらないのが普通じゃないかなあと思うんですね。そこら辺にゴミでも落ちていたらゴミを拾うとかね。他人の洗濯物がどうかなっていたら、それを直してやるとか、まあそんなようなことをしたくなるほうが、普通の人間じゃないかなあ、と思う。それがだんだん拡大していけば、生活全体がみんなと和やかにいくんじゃないか、と。私なんかはそんなふうに思っていますね。
 
金光:  その大前提として、外からの変な圧力がないところで、そうやると、素直に自然な状況というのは、変なことにはならないように、人間というのはできている、ということでございますか。
 
和田:  ですから、そういう圧力のあるところでは、しにくいだろうなあと思いますね。そういう圧力が、どこからの圧力もないようなところで、そこでやっていくというと、なるほど人間というものは楽なもんだなあ、と。そう窮屈なもんじゃない。それでいいんだ、ということがわかるんじゃないかなと思いますけどね。ご本人たちに聞いてみたわけじゃないですけど、そんなふうに想像していますね。
 
金光:  このすぐ向こうに坐禅堂というのがあるんだそうですが、あれもやっぱり外からの圧力のないところで坐ってみるということなんでしょうか。坐るというと、なんか規則がちゃんとあるみたいに、一見そういうふうな気もするんですが、あれはどんな感じでみなさん坐っていらっしゃるんでしょう。
 
和田:  どういうふうにって、別に「こう思って坐れ」ということは言いませんけどね。でもやっぱり初めての子はなんかガサガサしますね。ちゃんとして坐れないんですよ。何故かというと、やっぱり何か枠に嵌められる、という感じがするんじゃないでしょうかね。それが実際にはそうでなくて、ただみんなが自分でしたいようにするんだ、というようなことがわかってくるというと、ガサガサしなくなりますね。まあそれ人によってみんな違いますけどね。それこそ一週間でなんとかなる人もあるし、一月経ってもならないものもありますしね。いろいろありますけれども、とにかくああやってジッと坐るということは、なんか型に嵌められるんじゃなくて、自由になるじゃないでしょうかね。結局、年中問題になっているというのは、一人ひとりの枠を持っているからだ、と思いますね。その枠がだんだん広がるというかなんかで、みんなどこも一つの枠の中に入って終えば、問題はなくなってしまいますよね。なんかそこら辺のところは、ああいうことをやっているというと、なんとなくそういう実感がしてくるんじゃないでしょうかね。
 
金光:  そういう全部自分ということになると、花も鶏も、そういうものも自分と全然別なものではない、ということになるわけでございましょうか。
 
和田:  そうですね。ですから、おかしいですけど、私なんか小さい時から鶏が好きで鶏ばかり飼っていますね。そうすると、鶏の精神状態がなんとなくわかるような気がするんですね。人間は大脳が働いてね、そして難しいことを考えたり、感情を持ったりする。ところが鶏というやつは、それは大脳がないですからすごく素直ですね。根性が悪い奴っていませんね。みんな凄く和やかで、花なんかもっとそうなんじゃないかなあ、と思う。
 
金光:  それはそうでしょうね。意地悪な花なんか聞いたことないですから。
 
和田:  そうですよね。
 
金光:  人間も、そういう素直さでいけると、これはほんとに楽に楽しく生きていけるということでございましょうね。
 
和田:  そうですね。本当は―本当はというよりか、まったく楽しいですからね。どこがどうっていうことなしにね。ほんとにいいなあ、と。花を見ているのと同じようじゃないかなあ。あんまりはっきりこう言い切ってしまったらおかしいけど、でもね、私なんかやっぱり宇宙全体が自分―自分がそうなったというか、自分というものは宇宙全体みたいな感じがしてですね、いろいろなもののしきりがないという。しきりがなかったら一番楽ですものね。そんなふうなことになれば随分楽だろうなあ、と思う。
 

 
和田:  自分がね、考えてみると、何一つとして、「これ」という何にもいいとこないんですよね。そういうことをだんだん歳をとってくるに従って、それを痛切に感じましてね。若い時には少し取り柄もあるような感じがしていたけど、だんだん取り柄がないなということがわかってきましたね。そんなに良いこともなにもしていないけど、そんなに悪いこともそんなにしていないなという感じが、たしかに自分でありますね。つまり良くも悪くもなんでもない。ただ、ぼさぁっとしているだけ。そんな感じですね。
 
金光:  一心寮があの山の中に出来て十数年経つわけですが、どういう人たちがお出でになることが多いんでございましょうか。
 
和田:  そうですね。別に「こういう人」ということを、限定しているわけじゃありませんけどね。でも実際に来るのは、どっちかというと、神経症傾向の人が多いようですね。
 
金光:  そう言いますと、非常に真面目で、自分がどう生きたらいいかというようなことを。
 
和田:  真面目ですね。そんなことに迷って、そしてだんだん少し病的になったような子が多いですね。
 
金光:  そういう方たちと一緒に生活なさって、現在までいらっしゃったわけですが、そのご経験の中で、最近も「人生科≠ニいうのが、現代の教育に必要なんではないか」ということを盛んにおっしゃっているようですが、これはどういう狙いでおっしゃっていらっしゃるでしょうか。
 
和田:  大体人生についての話というのは、昔から道徳教育が主だったわけですよね。「人間はこうすべきである」「ああすべきである」と。ところが、学校で―小学校、中学なんかで、百年以上やっているわけですけど、なんか役に立っているだろうか、というと、まったく役に立っていないんじゃないか、と思うんですね。もしかすると、マイナスを稼いでいるんじゃないか、という節もありますけどね。大体そういう道徳教育というものはダメなんだ、ということが前提でしてね。人間は徳性を養わなければならないということは、どういう世の中でも必要ですし、それにはいったい道徳教育に代わるものがあり得るだろうか、と考えた時に、言葉でなんといっていいかわからないんですけども、とにかくその時にひょいと出たのが「人生科」というようなことなんですね。人生というものを、道徳規範とか、道徳律とかというものは外にあるもの―外にあるものに自分を合わせていこうという、そういう考え方じゃなくって、百八十度転回して、自分のほうを見る、と。自分の内心、心の中のありさまを検討していくというような方向に気持を向けていったら、もう少しましなことになるんじゃないか、というのがそもそもの出発点なんですね。自分が本来何を求めているのかなあ、ということを、もっと正直に見きわめていかないけないと思うわけですね。今までの道徳教育というものは、そんなことは抜きにして、とにかく「こうしなけれないけない」「ああしちゃいけない」そのようなことを教えられましたけどね。我々も小学校以来、修身道徳というようなことを習ってきて、何ができたかといったら、なに一つもできていないんではないか、と。これは他人(ひと)の話じゃなくて、自分の経験として何もできなかった。「嘘を言っちゃいけない」ということ一つだって、どうしても嘘を言ったほうが、なんか人情にあっているような場合だってあるじゃないですか。
 
金光:  それはそうですね。
 
和田:  それを「嘘を言っちゃいけない」と、そこのところを強調したら、かえっておかしいものになるんじゃないか、と思うんですね。ですから、この「嘘をいう」ようなことでも、必ずしもその言葉通りじゃないし、もっと自然な形で自分の行動を決めていけるということが必要なんだ、と思って、それでとうとう「人生科」なんていうところへいったわけです。自分がどうしていったらいいかなあ、ということを考えていく、というふうになれればいいがなあと思っているわけですね。
 
金光:  ただ非常にまだるっこしいと言いますか、日にちを決めてですね、一ヶ月でこれだけのことを教えて、二ヶ月目はこうやって、というような方法だと、ちょっとそういう態度ではやっていけないという気がしますけども。
 
和田:  そうですね。ですから、気長といえば、我々のはまった気長でしてね。どのくらい気長かというと、全然期限がないですね、無期限で。ですから、三ヶ月いたり、半年いたり、一年いたり、二年いたりで、どこまでいたらいいと、そういうことはありませんしね。
 
金光:  仮に学校の先生が、「人生科」という言葉を聞かれて、考えられる場合には、人生についての書かれた本は随分たくさんあるわけですけれども、そういう本を取り上げて、一学期はこれを教えて、二学期はこれを教えて、というような形には、「人生科」でお考えになっているのはなかなかなりにくいわけでしょうか。
 
和田:  なりにくいですね。大体なりにくいよりか、なれませんよね。そういうふうな方法じゃなくって、やっぱり指導する人が力いっぱい、みんながそっちのほうに目を向けてくれるように、子どもを―小学生でも中学生でも目を向けるように一生懸命やっていく、ということよりしょうがないだろうと思います。従って指導者が一番問題だと思いますね。指導者がちゃんとしたある考え方を持っていなかったら、指導のしようもありませんしね。そういう点で難しいといえば確かに難しいですよ。だけど、難しいと言っても、そうやらなかったらダメじゃないか、と思うんですね。現状を見ていて、ほんとに末期的な症状だと思うんですよね。それを難しかろうと、なにしろうと、とにかく頑張ってそっちの方向へ持っていかないけない。それにはどうしても親や先生なんかがまず第一に、「おやぁっ」と思ってくれなければいけない。ところが、これは難しいですね。難中の難事ですけどね。それでもやっぱりやらなければいけない。誰がやるかということですよね。自分が年寄りだからいうわけじゃありませんけど、やっぱり子どもを育てるとかっていうようなことを一応終わった高齢者、年寄りですね。そういう年寄りたちが本気になって、それをもう一遍考えれば、なんとかなるんじゃないかって、最近そんなことを思っていましてね。人間というのは、ということよりか自分ということですよね。自分というものは、こういうものだなあ、ということを、とてもほんとに始めから深くなんかわかりっこありませんけどね。だけど、浅ければ浅いなりでいいから、一歩でも半歩でもいいから、より深く自分というものを見ていく。それがなにしろ大事なことで、そうすると、実際の行動の上に現れてくるような考えというのは、そういうところしか出てこないと思うんですね。客観的に人間というものは、って考えて、その後出てきた答えというのは、実際に力がないですよ。ほんとになるほどっていうようなところへ出にくい。ですから、今までの修身道徳なんかでいってきた人間観というのは、何故役に立たなかったのか、というと、そういう点なんじゃないかなあ、と。外からみていて、そして、「こうだ、ああだ」ということをいっているだけで、ほんとに自分自身の問題として考えなかったんじゃないか、と。要するに自分というものは、どういうものか、って、こういうものなんだ、ということを少しずつ深く知っていくことによって、行動が変わってくる、と。そういうことを狙っているわけですけどね。
 
金光:  それと同時に、例えば科学的な知識とか、そういう現代のいろんな発達した知識なんかを吸収する力みたいなものの、むしろそういう基盤がある人よりも、逆に楽に吸収できるのかなあ、という気もするんですが。
 
和田:  平らなといいますかね、平らな気持のところへ何か持っていけば、消化し易いというようなことで、わりに抵抗なく消化されていくんじゃないかなあ、と思いますけどね。現在十六、七歳ぐらいから、二十二、三歳までの人が七、八人一緒の生活をしていますけどね。そういうふうな人たちのほうがなんか消化し易いんじゃないかな、と。ですから、見ていますと、顔付きが変わりますよね。そうすると、突っ張ったりなんかしていたようなのがずっと穏やかになってきて、そういう穏やかになってくるということは、願望が変わる。願望が変わるということは、身体全体が、気持全体が変わっていることじゃないか、と思うんですね。良い子になりますよ。だから、私は自分のところへきている子たちというのは、みんなすごく可愛いと思いますね。悪いのはいませんからね。初め自分が悪いのかと思って来ていたら、ちょっとも悪くないな、って。
 
金光:  やっぱり最初は、「あ、自分が悪いかも知らん」という、そういう感じをお持ちで、
 
和田:  考えがね、どっか間違っているのかなあ、と思っていた。家庭だとかぐるりじゅうからは、なんか普通じゃない、というふうに扱われますね。ですから、登校拒否全般に言えるわけじゃないですけれども、とにかく学校にいけないという子もたくさんいるわけです。そういうふうな子たちというのは、なんか端(はた)からいろいろに言われますけど、だけどほんというと、そんな端(はた)でいわれることじゃないですからね。
 
金光:  あ、そうですか。
 
和田:  それが何しろ今まで無理していたという感じですよね。無理しなくてもいいような状態に置かれると、ごく自然な形に還ってくるんじゃないか、と思いますけどね。すごく良い子になりますよね。
 
金光:  そうしますと、学校なんかでも、いま「無理」というお言葉が出たんですが、今学期はこれだけのことを教えなければいけない、こういうことをしなければいけないという目標ができますと、とにかく多少無理でもなんでも、それをやってしまうみたいな形でやっていると、むしろその教えを受けている人の中には非常な重圧を感じて、で、付いていけない。
 
和田:  そうですね。
 
金光:  その辺から無理が無理を生むみたいな、学校で伸びるべきところが伸びないみたいなこともあるのかと思いますが。
 
和田:  そうですね。今、学校でやっている道徳科というのは、私はあまり詳しく知りませんけどね。何しろあれはやればやるほど、一番簡単に見えるのは登校拒否ですよね。登校拒否だとか、いろんな暴力沙汰もたくさんありますしね。そういうふうなことというのは、どこかそこら辺のところに一番深い原因があるんじゃないかなあ、と思いますね。もしそれをほんとに、言うが如くにちゃんと実行できる人がいて、そして言うんならまだわかりますけどね。先生にしたって、親にしたって、そんな道徳の本に書いているみたいなこと、できやしませんよ。それがやったんじゃ、うまくいかないだろうと思いますしね。
 
金光:  そういう具体的には、既に、いわばそういう状況の中で適応できなくなっている人がたくさんいるわけですけれども、そういう人たちにとっては、まずそういう状況から離れて、と言いますか、それで安心して、自分が生きられる。此処なら安心だ、というようなところを、まず見付けることが、第一の条件だと思いますが、「人生科」というのは、その辺のところを狙っているわけでございますか。
 
和田:  そうですね。「ああしちゃいけない」「こうしちゃいけない」というようなことをなしにして、全部平らにしてしまって、そして自分は何をしたいのか。したいことはいろいろありますね。したいという自分の中の欲求をよく見つめて、そしてそれを実際にやってみればいいと思うんですね。普通のところでそれをやらしてくれないですね。ところが我々のところに来ると、やりたければ勝手にやれ、と言いますけど、実際にはあんまりやりませんね。やらないうちになんか自分で満足するといいますか、納得するんじゃないか、と思いますけどね。口でいうほどうまくいっているわけじゃないですけどね。
 
金光:  先ほどからお話を伺いながら感じるのは、これまで歴史的にいいますと、大体「宗教」という名前の付くものが扱っている領域が、その辺をカバーしたんじゃないか、と思うんですが、現代の実際の状況をみますと、宗教という名前の中でも、随分種類が―種類というと、言葉が悪いかも知れませんが、非常に幅が広いようで、同じ宗教でもこんなに違うものかというふうな実情だと思うんですけれども、やはりそういう人間のある意識で、いわば大脳的な知識だけでは割り切れない。それだけではどうしても行き詰まるようなところの問題を扱っている本来の宗教的なものの領域とかなりダブル面が多いわけでございましょうか。
 
和田:  かなりダブルというよりか、私はほんというと、宗教教育をしなければダメなんだと思っているんですよ。今までの道徳教育に代わって、何したらいいか、といったら、宗教教育をすべきだと思います。その宗教教育というのは、つまり自分というものをほんとに見きわめていくというところから出てくることだろうと思うんですけどね。現在、宗教と言われているいろいろな宗派宗教とは関係なしにですね、やっぱり本来の意味での宗教というものが、学校の中でなければいけないと思うんです。規則で宗教教育をしてはいけない、ということになっていますけれども、だけど、あれは、要するに宗派宗教を禁じているのであって、宗教そのものを禁じているんじゃない、と思うんですね。そこら辺のところ、実際に行うというのは非常に難しいことですけど、でもその道よりか他にちょっと超えていく道は、方法はないんじゃないか、と思っていますけどね。
 
金光:  人間が本当に美しく生きる、といいますか、素直に健やかに生きていくのには、いわば自分の小さな意識的な、良い悪いだとか、好きだ嫌いだとか、そういうところで行動している間はなかなかうまくいかない。行き詰まりが多い、という。そういう現実があるように思うんですが、やっぱりその辺のところが、現在の日本のいろんな状況に現れているんじゃないか、と思いますが。
 
和田:  そうですね。世の中のいろんないざこざみたいなものというのは、要するに人間の一人ひとり持っている枠と枠がぶつかり合って、いろいろ問題が起こっているんだと思うんですね。それこそ国家と国家だったら、それが酷くなれば戦争になりますしね。個人個人だったら個人の間の争いになるし。そういうふうな枠の争いというものをなくするのに、どうしたらいいか、といったら、枠をなくするより仕方がないんだ。枠がなくなりさえすれば、そういう争いというものも起こらないんじゃないか、って、私なんかの考えの出発点はそういうところなんですけどね。それは実際にできるだろうか、といったら、やってみてできないことじゃない、ということをね。難しいというのは、頭が働いて、「ああだ、こうだ」って、利害得失を計算している限り、これはどうしても実行できないけども、しかしそれがどんなに自分も他人も楽しくしない道なのかということを知った時に、それから開放されて、そしてほんとに自由な、といいますかね、枠のない生活になる。そうすることによって、みんなが伸び伸びとできるんじゃないか、と思ってですね。そういうことを、私は小学校一年からずっと流行(はや)らしたらいいんじゃないか、と思って、何とかそれを流行らす道はないか、ということを今考えているところですね。
 
金光:  枠のことをおっしゃいましたけれども、そういう枠をなくしたら、ということをおっしゃるわけですけれども、お話を伺っていますと、本来は枠なんかないんではないですか、ということをおっしゃっているような気もするんですが、その辺は如何なんですか。
 
和田:  そうなんですね。もともと誰がみたって枠なんかありませんけどね。ないのにあると思って、自分でみんな頭でもってそう思い込んでいるだけのことですね。ですから、ないという事実にちょっと目覚めさえすれば、難しいことでもないでもなくて、独りでに「ああ、そういうものか。枠がないんだなあ」。そうしたら、自分の枠がなくなったら、隣近所の枠があったって、そんなもの邪魔になりませんよね。みんなの枠が消えなければ不公平だなんて思ったら、そうじゃどうにもしょうがないですけど、そうじゃないですものね。実際に自分の枠をなくしてみれば、ぐるりのものがいくら枠を持っていても平気ですもんね。それは多少は邪魔になるかも知れないですけどね。
 
金光:  ここに石がありますし、そこは花が咲いていますね。そういう目で見た場合の花と、それからそういうことに気付かれる前に見た場合の花と、これは大分違うものでございますか。
 
和田:  違うと思いますね。それは正直に実感をいうと、別に自分と対立した感じではなくって、一緒というわけにはいかないけども、なんかとにかく対立した存在だという感じではなくって、花を見ても、自分の花というそういう感じでもないけれども、それに近いような、まあそこら辺になるとどういっていいかわかりませんけれども、とにかくそんな感じですね。
 
金光:  いわばみんな一緒の仲間だなあ、という。
 
和田:  仲間だという感じですよね。昔そういうことをポッと初めて気が付いた時に、そこら辺中見て、ほんとに驚きましたもんね。ほんとはこうだったのか。今まではバラバラなものが寄り集まっているんだと思っていたのが、そうじゃないのか、といってほんとに驚きましたね。その辺のところをずっと問い詰めていくといいますか、その方向に広げていくというと、だんだん楽ですからね。一番楽なんでね。みんな楽になればいいのになあと思うけど、喧嘩していますね、その辺で。
 
金光:  じゃ、そういう方向は、いくらいっても新しい楽しみ、新鮮さみたいなものがいくらでも続いていますと、そういうことでございますか。
 
和田:  そうですね。ほんとに新鮮というか、日々新鮮ですよね。
 
金光:  せめて、そういう味わいを、なんとか小さい頃からそういう方向があるんですよ、ということを知ってもらいたい、と。それが「人生科」という言葉が出ている狙いということでございましょうか。
 
和田:  そうですね。もともとね、そういう「人生科」というちゃんとした何かがあって、ということよりか、だんだんしていると、そういうふうになってきた、というだけですけど。小さい時に、じゃ、もう小学校入る時よりもっと前から、そういうものの感じ方を、親がもし持っていたら、自然に受け取っていく子どもは受け取っていくだろうと思うんですね。まだ実験していませんけども。花を見て、「あぁっ」って、本気に「あぁっ」っていう気持の中は、中味はそういうものだろうと思いますね。ただ我々の親なんていうのはこう知識がありましたからね、だからそういうふうにあっさりと思わなかったんでしょうけどね。
 
金光:  もう理屈なしに、「ああ、奇麗だなあ」とあっさり思えば、
 
和田:  それでいいんじゃないか、と思う。それ以上ないですものね。
 
金光:  どうもありがとうございました。実は最後に一つお願いがあるんでございますが、そういう先生の最近のお気持ちを書かれた詩が、この本に載っかっていたんですが、ちょっとこれを読んで頂けませんでしょうか。「身辺変哲なし」という詩でございますが。
 
和田:    「身辺変哲なし」
       無能が生涯寺子屋をなさしむ
       なすこともなく なさぬこともなし
       少年少女来たりてまた去る
       なんの変哲かある
       身辺山あり谷あり
       されど足を運ばず
       鳥歌い獣走るにまかす
       風吹いて変哲なし
 
金光:  ありがとうございました。
 
     これは、昭和六十一年三月二日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたもんである