自心を知る
 
                   臨済会会長白山道場師家 小 池  心 叟(しんそう)
大正三年東京生まれ。昭和七年京都の旧制柴野中学四年に編入、昭和九年卒業。昭和一一年京都市東山の臨済宗建仁寺派専門道場に掛塔、同専門道場師家に就いて鉗鎚を受く。昭和二○年師家竹田穎川老師示寂より竹田益州老師に代わり鉗鎚を受く。昭和二七年竹田益州老師より印可証明を受け嗣法。昭和三○年東京都白山にある龍雲院の住職となる。昭和三二年円覚寺派宗会議員に選出され、その間宗会議長を兼任する。昭和三九年より直心会主宰。円覚寺派宗務総長、臨済会会長を歴任。著書に「まあ坐れ」など。
                   ききて(アナウンサー)  松 村  賢 一
 
松村:  「こころの時代」、今日は東京文京区の臨済宗龍雲院(りゅううんいん)白山道場に伺っております。このすぐ近くには後楽園球場がございまして、このお寺のすぐ外に出ますと、大通りになっております。この本堂にも車の音が時折聞こえてまいります。それではこの道場で禅の指導をなさっていらっしゃいます小池心叟老師に早速お話を伺います。
老師、どうぞ今日はよろしくお願い致します。こちらは本当に街中の道場という感じがするんでございますが。
 
小池:  そうですね。元はこんなに騒々しくなかったですけど、今は大きな通りができまして、大変騒々しくなりましたですね。毎朝坐禅をやっておりますけど、ちょうどラッシュの時間で、毎朝六時半から八時まで、十数名の方が来て坐っておりますけど、非常に騒音がうるさいんですね。もうこれ以上うるさくなったら、ちょっと朝の坐禅は無理じゃないかと思うぐらい騒々しくなりました。
 
松村:  そうですか。その朝の坐禅というのは一般の方、在家の方もかなりたくさんいらっしゃるんですか。
小池:  僧籍の方もお二人ほど見えておりますが、その他は大体在家の方でございますね。
 
松村:  何人ぐらいお集まりですか。
 
小池:  今は十二、三人ぐらいですね、朝は。それから日曜日の第一と第三日曜日に定期の禅会を開いておりますけど、その時は大体五十名前後、五十名を越したり、五十名をちょっと欠けたりいたします。
 
松村:  随分多いんですね。
 
小池:  多いです。これもあなたのほうのご紹介の結果なんです。
 
松村:  そうですか。しかし、それにしましても、こちらは大変モダンな建物でございますね。
 
小池:  非常に簡素化した建物の中に、なんとなくまたモダンな面もございますね。みなさんがおっしゃっていますから、やはりそうお感じになると思いますね。
 
松村:  このお寺の由来というのは、相当古いんでございますか。
 
小池:  これはもともと此処だけでなくて、この近辺のお寺はほとんどお茶の水に昔あったようですね。それで此処のお寺は寛永(かんえい)三年(1626)創立されておりますけど、明暦(めいれき)三年(1657)の「振袖(ふりそで)火事」と呼ばれる江戸の市中に大火災が起こった時に、今でいえば、都市開発と申しましょうかね、集中しておったお寺をこう移したようですね。土地を接収され替え地としてこちらに移ってきたといわれております。
 
松村:  ご開祖はどちらの方ですか。
 
小池:  開山さんは楚渓沼澤(そけいしょうたく)禅師と申します。ちょうど此処の本堂に開山さんのお像がございます。向かって右側のほうのが開山さんのお像なんです。もともとお像があったんですけども、戦災を受けて、それで焼け出される時に首だけを持ち出したようで、だからこの開山さんのお像をご覧頂くとわかるように、首だけは古いんです。お胴はここ三、四年前に造って差し上げた。戦災で全部焼けましたですから、ほとんどその当時のものは何も残っていないんですね。この本尊さまとその開山さんの首から上と、過去帳が残っているだけで、後は全部焼けて、何もなしだったですね。
松村:  そうですか。老師はこちらのお寺には?
 
小池:  私は、昭和三十年十月に此処へまいりました。私はそれまでは京都に二十数年住まっておりまして、修行が済んでから建仁寺の山内のお寺で二年ほど住職しておりまして、先輩の方の紹介で、「こちらを復興してほしい」というので、私も最初は断っていましたけどね、何とか禅の復興のために努力してみようと思って、三十年の十月に此処へまいりました。此処へ来た時は焼け野原で、何にもなくて、六畳のバラック一間だったですね。そこで大体十年過ごしました、六畳一間のバラックで、水道もガスもありませんしね。それからボツボツとまあ書院を作ったり、この本堂を造りまして、まあ昔の龍雲院白山道場の復興に坐禅会の方、みなさんが協力してくれまして、どうにか今日の形態をなしているわけです。
 
松村:  随分たくさんの方が毎朝禅をなさりにいらっしゃるということなんですが、その数というのはこう増えているんでしょうか。
 
小池:  ボツボツですけれどもね。例えば電話でこういう報道をして頂きますと、電話で問い合わせ、或いは文書の問い合わせがあります。問い合わせがあるわりには増えないですね。そのままだったら大変なもんですけれども、電話の問い合わせ入れますと。でも問い合わせほどはまあ来たり来なかったりする人と、それからお休みになる方、日曜毎ですからやはりみなさんもいろいろ家庭の事情もございますから、だから来たり来なかったりする人と、これをうまく組み合わせていきますと、大体五十人前後がこうずっと継続しておりますね。五十名欠けたり多かったりします。こういうふうな傾向が強いようです。
 
松村:  勤め人などもかなり多いですか。
 
小池:  ええ。いろんな会社の社長から学校の先生方から、それからOLの方、それから学生さん、勤め人の方、それから自営業の方とか、いろんな方が見えております。千差万別です。
 
松村:  一口に言うのは難しいと思うんですが、そういう方たちは何を求めてこちらにいらっしゃるんでしょうか。
 
小池:  まあ一応禅の心、いわゆる無心の境地を。まあ東京のど真ん中ですから、みなさんお勤めになる方、学校にお出でになる方、いろんな方がいるわけですが、非常に今、「物の時代」から「心の時代」に私は移行しつつあるんじゃないかと思うんです。そういう面で、物に対する執着というものはだんだんなくなりまして、心のほうの精神的な面に移りつつあるんですが、どうもやはりみなさんが精神的な悩みが相当あるんじゃないかと思いますね。私は禅というのはあまりノイローゼ的な人は無理ですね。ほんとはやはり健康な肉体、健康な精神の方でないと、禅というのはやれないと思いますよ、そういう面では。ですからみなさん来る人は健全な精神的な人が多いように思うんです。それと個人で自分の家で坐禅するということは非常に至難なんです。やはり切磋琢磨といいますか、大勢の人が集まりまして、そして坐禅をしないとなかなか坐禅というのは向上していかないと思うんです。個人では難しいです。これはよほどできた方は別ですけど。よく私は切磋琢磨という喩えを、例えば海水浴へ行きますと、砂浜で砂利とか石ころが摩滅して非常に丸くなっている。そういう喩えを持っているんです。切磋琢磨というのはだんだんと大勢の人と触れ合うことによって、お互いが相手に負けないように努力しようという向上心を持つ。その結果だんだんと角が取れて、石ころや砂利の角が取れて摩滅して丸くなっていくようにですね、こういう道場に来て一緒にお互いが切磋琢磨して坐ることによって、自分の自我というものがだんだん減っていくと思うんですよ。自我というのは角が取れていくと思いますけどね。石ころや砂のようにね。そうなってほしいと思う。そうなればだんだんと自我がなくなって丸くなってくるということは、誰と折衝しても、触れ合っても、特殊な角のあるような人間ではなくて、非常になんとなくこの触れ合いの中に丸いものを、融和なものを感じ取るように、人間が向上していくと思いますよ。
 
松村:  私も大変禅には関心はあるんですけれども、まったくそのほうの知識がないもので、坐禅の経験もございませんが、非常に初歩的な質問なんですが、禅というのはそもそも何なんですか。
 
小池:  禅というのは本来は「静慮(じょうりょ)」と申します。静慮は静かに慮(おもんばか)ると申します。ですから禅というのは、自分の心を静めて無心の境地になって、そしてまた世間一般の現実の世界をよく見つめていく。それには一度自分自身を無心の境涯に持っていくことが必要なんです。これ詳しく申しますと、非常に難しくなりますけれども、簡単に申しますと、そういうことなんですね。六祖慧能(えのう)禅師ですが、
 
仏性を修することを坐となし、仏性を悟ることを禅となす
 
だから要するに、無心の境涯を持って多くのものに触れることなんです。われわれの現実世界は―世の中というものは、二元対立、相対的にものがすべてなりたっているわけです。善と悪とか、寒暖とか、裏表とか、生と死とか、迷いと悟りですね、そういうふうにすべてが二元対立の現実世界であるわけです。この現実世界のままに自分もその中の水に流されておりますと、真実というものを把握することはできないわけです。ですから、そのためには一度自分が無心の境地―禅境に入って、そして再び二元対立、相対の世界に入ってきて、ものを見つめていくと、この世の中というものが如何に虚しいものであるか。われわれはそういう虚しいものにとらわれて、四六時中生活しているということがよくわかるわけなんです。ですから、まず一度そういう無心の境地に、自分がそういう境涯に入ることが必要と思いますね。
 
松村:  静かに慮ばかって、無心の境地になる、と言葉ではわかるんですけれども、その無心の境地になるためには、どうしたらいいんでしょうかね。
 
小池:  これはなかなか簡単に無心になれないです。人間というものは静かになればなるほど、やはり煩悩妄想というものが湧いてくるわけです。何故かと申しますと、われわれの六根という、いわゆる目とか耳とか鼻とか口とか肉体というのは常に外に向かって働くように構造的にできているわけなんですね。それを表にこう映っているものを停止さして、そして自分の中に内省するわけでしょう。これは非常に難しいんです。ですから、坐禅をしたい人でもなかなか無心になれないから、途中でいくらやっても同じだから止めようということになるわけなんです。そうでなくて禅というのは続けなければダメと思いますね。何でもこのヤカンのように温めてすぐ冷やしてしまうんじゃなくて、鉄瓶のように温めたらその熱がいつまでも余韻が残るように、それと同じように禅も同じことで続けなければダメなんです。私はこれは世間一般にも言えると思うんですが、どんな方でも、例えば刀鍛冶のような方でも、あるいは紙を漉く方がありますね。あるいは能とか謡とか、いろいろありますね。そういう方でも、その道一筋に進む努力、追求する努力を続けないと、大成はまず難しいと思いますよ。殊に禅の場合なんかは、精神的なものが非常に強いですから、ですから健全な精神の持ち主で、もうどんなに苦悩にぶつかっても、それを乗り越える力、
 
     思うこと一つ叶えばまた二つ三つ
       四つ五つ六つかしの世や
 
という句がありますね。そういうものを一つひとつ、またぶっつかり、また障壁にぶつかり、それを一つひとつ乗り越えていく。そういう強い精神力が必要だと思いますね。
 
松村:  そうしますと、無心の気持になって、ジッと考えている時には、自分の心というものを見つめるという気持なんでしょうか。
 
小池:  心そのものを見つめるというその意識をなくさないといかんですね。自分の心を見つめるんじゃなくて、すべてのものを停止さすことなんです。先ほど申し上げました、われわれの六官―目耳鼻舌身意をすべて停止さして、自分の中に向かって、反省、自省と申しますか、しかし心とかなんか意識すると、それにとらわれてしまうわけですから、そういうものも意識しない。ほんとに自分の呼吸を数えるような気持、いわゆる数息観(すそくかん)というのがありまして、数息観(すそくかん)を繰り返すような気持のほうが、自分の呼吸を勘定するような気持で坐ったほうがいいと思いますね。私らは長い間修行しておりましても、やはり坐る時は必ず無心になるように、心を見つめるんじゃなくて、そういう心そのものにもとらわれない気持、本当に無念無想の境地を養うように常に坐る時は、そういう心掛けで坐禅をしておりますですね。
 
松村:  と言いますのは、私ごとですが、もう四十半ばを過ぎて恥ずかしいんですが、なかなか自分の心が、本当にどこにあるのか、本当に自分は何をしたいのか、何になりたいのか、そういうことがわからないんでございますね。
 
小池:  心というものは朝から晩までコロコロ転がって止まるところがないから心と言われるんだそうですけどね。
 
     心とはいかなるものというやらん
       墨絵に描きし松風の音
 
という句が、古人の句がありますけど、心とはそんなものですね。「如何なるものというやらん」、あるようでない、ないようである、というのが、心の存在じゃないでしょうかね。ですから朝からみなさんでも、笑ったり、怒ったり、悲しんだり、憂いたり、いろんな変化があるわけでしょう。それもみんな心の働きなんです。寒い、暑い、温い、可愛い、欲しい、惜しいとか そういうふうに自分で判断するのもみな心の働き。だから心というのは一定していないわけなんですね。ですから、どれが本当の心かといえば、どれも本当の心なんですね。憎いと思うのも、欲しいと思うのも、寒いと思うのも、暑いと思うのも、心には間違いない。心の働きには間違いないわけです。だからすべてが心の働きであることにおいては間違いない。ただそれが二元対立のように、二つに別れると執着になってしまう。ですからそういう二つの心にならないような心を養う。常に自分が主体性になるような心を養っていく。それが禅の一番大事な、肝要なところなんです。
 
松村:  その心が二元対立になるというのは、どういうことかご説明頂けませんか。
 
小池:  対立というのは執着なんです。それは善と悪、それから迷いと悟りでしょう。生と死でしょう。ですから生とか死というのはわれわれのほうでは「生死=しょうじ}と申しますけどね。生と死、善と悪、裏表、迷いと悟り、此岸と彼岸、例えば迷いの世界から彼岸の世界にいこうとするというのは、二元対立を絶することなんです。例えば表と裏と申しますでしょう。手の平でも、例えば手っ取り早くいえば、表と裏というのは違うわけなんですね。違うけれども、本体は一つである。一本の腕の中に裏表が存在する。あるいはこの善と悪というのも、言葉は二つだけれども、一個の心の中が善になったり悪になったりして働くわけでしょう。一つの働き。それから生と死というのも、生と死は明らかに違うわけです。けれども、生と死が別々に存在するわけでなくって、一個の固体の中に生と死が存在して、生を全うすることによって、そのうちに生が衰えてくれば死に変貌する。ですから、今日若い子どもさんが飛び降り自殺したりなんかするのも、あれはどういう心境でやるか知りませんけれども、いずれにしても自分の命を絶つことは罪悪なんですね。こういう言葉がありますよ。禅の言葉に、
 
     灯火に爪を截(き)らず
 
という言葉があるんです。「灯火に爪を截らず」というのは、昔は電気がないんですから、カンテラと思いますがね、こういうものに灯心を置いて、油を注いで火を点ける。その元で爪を截るということは、親から与えられた肉体に傷を付けること。これは『孝経』にありますわ。
 
     身体髪膚(はっぷ)これを父母に受く、敢て棄損(きそん)せざるは孝の始めなり
 
という言葉があるんです。それほどわれわれの肉体を傷付けることは、父母の恩愛に対して、それに逆らうことである。ところが、こんにちはそういうことをいいませんから、自分は自分だけで育ってきたみたいに思って、子供たちが飛び降り自殺したり、何か自分の気にくわないことがあると、すぐ死というものを平気でやってのけるわけです。それはほんとは道徳的には相反するわけです。ですからそういう言葉でも、自分の肉体というものは両親の愛の結晶によってこんにち自分が与えられておる。そういうことも感じ取る必要があるんじゃないでしょうかね。
 
松村:  もう一度繰り返しになると思うんですが、心が二元対立で、善とか悪とか、裏とか表、生死ですね、そういうものにとらわれてはいけないとおっしゃいましたですね。それで一つにならなくちゃいけない、と。それが禅の心だとおっしゃいましたが、その一つになるということは、「それを超越しろ」ということですか。
 
小池:  そういうことです。ですから、「無心」というのは、有とか無とかという、この有無をわたらず、それを超越した、有無を超越した無でなくちゃいかんわけなんです。よく禅で「無」と申しますね。「無心」とか「無念無想」というのは、そこなんです。二元対立相対性を超越した気持を養う。その養った心にいつまでも止まっては困るわけです。一応そういう境涯を自分で会得して、自覚したならば、また再び相対世界、二元対立の世界におりてきる。禅の言葉に、
 
     百尺竿頭さらに一歩を進める
 
というのは、百尺竿頭が悟りの頂点としますと、その悟りからさらに一歩進めることは、もとの二元対立の世界に下りて来て、そしてすべての対立というものをみながら、自分の心がそれにとらわれないようになること。その二元対立、相対性によって自分の心が左右されないように、そういう境涯を養うのが、「無念無想を養う」とか、あるいは「超越した」とか、そういう言葉で言い表すことができると思いますね。だから心というものはそういうふうに、例えば仙台の松島の景色なんて素晴らしいですわね。あれを、「あ、あそこに松があって、ここに岩があって」というのは、これはもう二元対立なんです。だから芭蕉の句のように、
 
     松島やああ松島や松島や
 
というこの観賞そのものだけで留めておかないと、あ、あそこに岩があって、ここに松があって、ああいう松があそこにある。まあこれは普通常識的にはそうなんですが、そうでなくて、「ああ松島や松島や」という感嘆詞だけで、すべてが言い表すことができる。そういうのが超越した心なんですね。
松村:  坐禅堂に看板がありまして、「一切唯心造(いっさいゆいしんぞう)」という言葉が書かれてありましたが、
 
小池:  それは今まで申し上げたように、すべて自分の心によっていろんなものが造り出されていくということなんです。だからこの二元対立、相対性も自分の心によって造り出されていく。岩宿(がんしゅく)和尚という方が、昔禅の修行僧に対して、部屋の中で坐禅しておって、非常に海岸端で、海がよく見えるところ、そうしたら彼方の海を帆掛け船がこう行き来しておったわけです。そうしたら修行僧に対して、岩宿和尚が、「あの船をここから止めてみろ」とこう言った。そうしたら一人の僧が立って行って、障子をピシャッと閉めた。そうしたら岩宿和尚が、「そんなことでは船は止まらない」。それからもう一人の僧は、目を瞑った、というんです。それでもダメだというんです。何故かと申しますと、人間というのは、ひとたび「あの船を」とこういえば、人間その言葉にとらわれちゃうわけです。「あの船を止めてみろ」というと、もう頭の中に、「あの船を」というのが頭の中に入っていったわけです。ですから障子を閉めても目には映らないけれども頭の中に残る。残心が残るわけです。それから目を瞑っても同じことなんです。まず自分の心を停止さすことが大切ということなんですね。
 
松村:  そうすると、沖の彼方の船を止める。その答えはどういうふうに?
 
小池:  自分の心を停止させなければいくら目を瞑っても、障子を閉めても、あの船は停止しないわけです。自分自身の心を停止さすことが大切なんでしょうね。
 
松村:  その「心を停止させる」というのは、別な言葉でいうと、「無心になる」ということですか。
 
小池:  ええ。無心になることです。だからお茶をやりますと、竹の柄杓でお湯を汲むわけでしょう。こちらのほうは寒です。あちらのほうのお湯の中は熱です。「寒熱」の「熱」は地獄を喩えている。こちらは寒のほうですからわれわれの生活そのもの、安定した。向こうのほうは地獄、
 
     寒熱の地獄に通う茶柄杓(ちゃびしゃく)
       心無ければ苦しみもなし
 
という、こういう茶のほうの句がございますね。これはたしか利休さんかなんかでしょうかね。それと同じことじゃないですか。「寒熱の地獄に通う茶柄杓も心無ければ」―ああ、熱い、と思えば熱いし、熱くないと思えば熱くないね。問題はそういうことでしょうね。自分の心を無心にすること。帆掛け船を停止さすことはそれしかないと思いますよ。
 
松村:  しかし普通には船が、たとい無心になったところで、船は船で通っているわけですね。沖を通っているわけですね。ですから思わなくたって船は船でそこにあるわけじゃありませんか。
 
小池:  それはそうです。その通りです。でも心を停止させば、船も停止するわけです。心によってあの船が動いていると自分で意識をするわけですから、その心を停止させたら船がいくら動いておっても、船は動かないのと同じことが言えると思いますよ。自分の心を停止さすんですから。だからそれが「一切唯心造」なんです。一切のすべてのものは心によって醸し出される。造り出されていく、ということですから。「一切唯心造」とは、このすべての世の中のいろんな現象世界というものは自分の心によって造る出されるということなんです。ですから、心を停止さしたらすべてのものが停止するわけです。例えば卑近な例を申しますと、あなたが一生懸命に自分の好きな本をお読みになっているとする。そうしたら頭の上をヘリコプターとか飛行機が飛来しますね。けれども耳からは音が聞こえない。耳から入っているけれども、自分の好きな本を読んでいる時はそういうものを意識しないでしょう。あるいは研究している時、ものに熱中している時は、上をヘリコプターが通ろうと、自動車が大通りを走り回って騒音が入ってきても、そういうものにとらわれない。そこに集中している場合はですよ。ですから、集中することは、無心の境地、二元対立を絶した境地に自分が入っている時は、決してそういう騒音も停止と同じ状態になっていく。自分が意識を働かさなければ、ここに集中していれば、本そのものに集中している時は、耳から聞こえても何の苦痛も感じない。無心の境地とはそういう状態です。
 
松村:  そういうふうに一切のものが自分の心の働きのものであると。
 
小池:  そういうことです。
 
松村:  「一切唯心造」という、そういう文字をあそこに掲げていらっしゃるわけですが、そういうふうに考えると、何が見えてくるんでしょう。
 
小池:  例えば、憎いとか可愛いとか、ありますでしょう。ところが、あ、奇麗だとか、汚いというのも、みんな自分の心の判断なんです。自分の心が働かなければ、奇麗とか汚いという、そういう判断は働かないわけです。自分がこんにちこう生きておって、「ああ、奇麗だ」と思うのも、「ああ、汚い」と思うのも、みな心は一つであって、心の働き、作用です。ですから心の作用によって、いろんなものを変化きたすわけですから、心を停止さしたら、そういうものはないのと同じことなんです。しかし、現実はやはり船はちゃんと行き来しているわけなんです。けれども、船は停止させるのは自分の心を停止さすということが大変難しいけれども、それを停止さすことによって、船を止めることができるわけです。
 
松村:  非常に卑俗な言い方で恐縮なんですが、「ものは考えようだ」と言いますね。そういうものとはどう違うんでしょうか。
 
小池:  それはある程度そういうことも言えるかもわかりませんよ。ものは自分の、例えば嫌なことを思わなければ、それで諦(あきら)めがつくわけでしょう。「諦める」という言葉は、もともと本当はそういう意味ではなくて、物事を正確に把握することが諦めるということです、本当は。「諦観(たいかん)」というんですよ。その諦めるということは物事を正確に把握することが諦めということです。それがだんだんと俗化して、「ああ、もうお終いだ。もうダメだ」というのが「諦める」という言葉に変わってきたわけなんです。だから本当は正しく把握すること。それを自分で自覚することなんでしょう。だから無心というのは、そういうことなんです。
 
松村:  その「諦める」ということは、正確に把握することだ、と。非常に面白い言葉だなあと、私は拝聴したんですが、その無心ということにもう一度戻りますと、心の働きを止めるということなんですか。
 
小池:  「止める」ということになりますと、眠っている時しかないわけなんです、本当に。ただ心を一応停止さすことは大切なんですが、しかし心が全然ないということではないんですね。よく外人の方で、私のほうに見える英文学の先生が、こういうことをおっしゃったことがあります。「外国で禅をやっておりますと、外国の禅は、nothing≠ニいうところで止まってしまう。それから先がない」とおっしゃるんですね。私もその通りと思いますよ。要するに心は停止はしておるけれども、心そのものは、本体は常に動こうとしているわけです。動こうとしているそれを停止さすわけでしょう。だから心がないということではないんですね、無心というのは。でも、しかしひとたび無心状態に入るためには、自分の肉体そのものも、一応そういう状態にまで持っていくことが必要ですね。いわゆる超越することなんですから。先ほど申し上げたように、ものに集中している時には、いわゆる三昧境と申しますわね。集中している時は、他の騒音が入ってきても、坐禅しておっても、騒音が苦にならないようになるとか、あるいはものを研究に没頭している時は、周囲の騒音が苦にならないとか、或いは好きな本を、先ほど申したように集中して読んでいる。その時には騒音があっても苦にならないと、こういうことなんです。
 
松村:  そうすると、心が動かないというよりも動ききっている?
 
小池:  例えばもう一つ申しますと、飛行機のプロペラがフル回転―今はジェット機ですけれども―飛行機のプロペラがありますね。あれがもの凄い勢いで回転している時は停止と同じように見えるでしょう。回っているように見えないわけです。超音速の速さで回っている時は、あれと同じですよ。もう超音速で回っている時は停止と同じこと。独楽(こま)を回しましても、独楽がフル回転している時は停止のような状態に見えるでしょう。ああいう状態です。だから心そのものも、そこへ集中することは急転回と同じことなんです。だから三昧というのは、そういうことなんですね。そこへ集中して三昧境に入ってしまう、と。だから心ほど偉大なものはないわけなんですね。例えば、達磨さんの話に触れてみましょうか。こんにちでは達磨さんと言えば、選挙の時の起き上がり小坊師のように、選挙前には左の眼に目を描いておいて、そして片っ方の右目のほうを残しておいて、当選すれば目を―政治家がなんかみんなやりますね。あれはほんというと、随分達磨さんも冒涜されているわけなんですが、「ダルマ」というのは法という意味ですから。仏法の法ですから。達磨さんという方はもともと南インドの香至国(こうしこく)という国でお生まれになった方で、そこの香至国の王様が、ちょうど釈尊から二十七代目に般若多羅尊者(はんにゃたらそんじゃ)という方がいらっしゃって、法を継いだ方をお城にお呼びして、そしてお城の中のたくさんの人を集めて、常に般若多羅尊者から法をお聞きになっていた。ところが、ある時その王様が、「長年の間、あなたからいろいろ法を承った。お礼のしようがないから、私のほうに家宝にしている宝玉がある。この宝玉をあなたに献上したい」と、こうおっしゃったら、般若多羅尊者が一応それをお受けになって、そして自分の目の前において、そしてこのちょうど王様に、月浄多羅(げつじょうたら)という十歳の子、九歳の功徳多羅(くどくたら)というお子さんがいて、それから二つ下がって七歳に菩提多羅(ぼだいたら)という三人の王子様がいたわけです。ところが三人の王子様に対して、日頃からこの菩提多羅という人にこの般若多羅尊者が目を付けていらっしゃった。三人の子どもを目の前に呼んで、そして王様から受けたこの宝玉をおいて、「この世の中にこの宝玉に優る宝というものがあるだろうか」とこうお訊きになった。そうしたら、一番兄さんの十歳の月浄多羅は、「この世の中にこれに優る宝玉はない」とこうおっしゃった。二番目の功徳多羅という方が、「それはこの香至国という国があるが故に、こういう宝玉がここにあるんだ。勿論この宝玉は二つとない宝玉だけれども、それは香至国という国があるからこういうのがあるんだ」と。そうしたら、七歳の菩提多羅は、「こんなものは宝玉ではあるけれども、そんな貴重なものではない」と。例えばこれは石にぶつければ割れちゃうわけでしょう。そういうものは本当の宝玉でない。「本当の宝玉は、われわれの心の心宝が一番の宝である。心宝に優る宝はない」と、こうおっしゃったんです。だから、「栴檀(せんだん)は双葉(ふたば)より芳(かんば)し」といいますが、菩提多羅というのは、七つの歳からそういう素晴らしいものの見方、現実世界を見つめていらっしゃったわけです。そこで般若多羅尊者は、その宝玉を王様にお返しになって、「この子どもを私の弟子にほしい」といって、弟子にお貰いになった。そして菩提多羅も坊さんになりたいという気持があったわけです。般若多羅尊者は自分の弟子として四十年間、いわゆる菩提多羅を指導して、とうとう般若多羅尊者の自分の法をお伝えになった。ところが、最後に自分が亡くなる時に、「わしが死んだならば、死後六十七年経ったら、この国は既に佛教は衰えてダメだ。だからこれから東の方に中国という国がある」―その当時は支那ですわね。「支那という国があるから、支那の方に六十七年経ったら、支那の国に渡れ。そして向こうに渡って禅というものを興隆しなさい。但し、すぐに嗣法の弟子をつくるのに慌てちゃいかん。ゆっくりとしなさい。必ずそのうちに立派な弟子が生まれてくるだろう」ということを伝えられて、お師匠さんが亡くなって六十七年後に、中国にお渡りになった。そうすると、年齢的にいって、六十五歳といったら、普通だったら六十七年経ったらおじいさんです、昔だったら。ところが達磨さんというのは百五十歳までご長命になったんですから、六十七歳って自分の歳から半ばですから、まだまだ大丈夫なんです。それから広東省にお入りになって、それからずっと上っていって、そして中国の中へ行って、河南省の嵩山(すうざん)というところがありまして、そこの少林寺(しょうりんじ)―その頃はお寺ってなかったんでしょうけどね、少林寺といわれておりますけどね。たぶん岩屋のようなもんだったんじゃないかと思いますよ。そこに入って、勿論その前に、梁(りょう)の武帝(ぶてい)と問答をされた有名な問答があります。その問答を振り切って、そして河南省の嵩山(すうざん)というところに入って、そして面壁なさった、と。達磨さんはインドでは二十八代目になります。お師匠さんが二十七代目般若多羅ですから。今度は中国にお渡りになってからは初代なんです。「初祖」と申します。中国で初祖。初めて中国にお渡りになって、そして河南省の嵩山(すうざん)の少林寺に入って坐禅をしていらっしゃった。そのうちにまあ次々といろんな人が来るけれども、達磨さんはただ面壁して、一言も法を説かなかったわけです。そのうちに、二祖慧可(えか)大師といわれる方がやってきまして、そして達磨さんの前に行っては、「何か法を教え願いたい」というんだけど、全然われ関せずで坐っていらっしゃった。二月十五日といわれますが、日本の気候でいえば厳寒ですね。寒い時に雪がどんどん降ってくる。その雪の中に立っていらっしゃったか、坐っていらっしゃったか知らんけれども、とにかく達磨さんに「法をお願いします」と。ある時に二月十五日で身体がだんだんと雪に埋もれてきた、というんです。その時にとうとうどうしても達磨さんが法を説いてくれないから、自分の腕を刃を持って切り落として、そしてそれを雪の中に血の滴る腕を投げ出して、「どうぞお教えを仰ぎたい」と。そうしたら初めて達磨さんがそれを見て、これは本当に法を求めておるんだろうというので、「何が求めたいのか」といったら、「実は私は心の病が、どうしても解けない」という―慧可大師という方は大変な佛教の学問をなさったようですよ。けれども、「学問ではどうしても解けないのだ。そこで心の病というのは、学問でどうしてもとけない。お教え願いたい」といったら、そうしたら初めて達磨さんが口を開いて、「お前さんは心の病をわしに求めてくるが、お前さん、その心の病の根源、それをわしにここへ持ってきて見せてくれ」と。さあ、のちの慧可大師になるその慧可という人が毎日毎日禅をして自分の心というものの悩み根源ですね―人間に心の悩みのない人ないわけですから―悩みの根源を追求するけれど、どうしても心の根源が掴めない。そこで達磨さんに、ある時、「どうしても追求しても、心の悩みというものが掴めない。どうしたらいいでしょうか」といったら、達磨さんが、「汝のために安心しおわんぬ」。これを日本語で容易くいえば、「それでいいのじゃ」と。心というものの、その悩みの根源なんでどこにもありはしない。どこにもない。悩みの根源は自分が勝手に作って、自分で悩んで、自分が背負って歩くだけのこと。だから悩みの根源なんか存在しない。ちょうど『金剛経』の中にこういう句があります。
 
     過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得
 
と。これは、「過去の心も得(う)べからず。現在の心も得べからず。未来の心も得べからず」という。これは心の根源を把握することはできない。常に心というのは動き詰めに動いている。その動き詰めに動いている心の根源なんてのは、どこにも存在しない。要するに、無心になりなさいということなんです、一口でいえば。その無心になり切った時が安心の境涯そのものである、ということなんです。だから、苦しいとか、悩みの多いとか、いろんな悩むこと自体も自分がそう思って、自分がつくって、自分がそれを背負って歩くだけである、ということなんです。だから、心の根源って、どこにもないわけです。じゃ、心が存在しないか、というと、建仁寺の栄西禅師の言葉に―栄西禅師は宋の国からお帰りになって初めて禅を広めようとしたけれども、叡山の僧兵に苦しめられて、鎌倉にくだって、それから再び源頼家の祈願によって建仁寺をお建てになったんですが、それから禅を広めて国を盛んにしようという有名な『興禅護国論』というのをお書きになった。その序文にこういう言葉があります。
 
     大いなる哉(かな)心や、天の高きは極(きわ)むべからず。
     而(しか)るに心は天の上に出づ。地の厚きは測るべからず。
     而るに心は地の下に出づ。
     日月(にちがつ)の光は踰(こ)ゆべからず。
     而るに心は日月光明の表に出づ。
     大千沙界(たいせんしゃかい)は窮(きわ)むべからず。
     而るに心は大千沙界の外に出づ。
     其れ太虚(たいこ)か。其れ元気か、
     心は則(すなわ)ち太虚を包んで元気を孕(はら)む者なり。
(広大なるかな人間の心よ、天は空高くして極限がないが、それにしてもその心はその高さを超えて出でるものがあり、地は層が厚くして測ることができないが、それにしてもその心はその厚さの下をそれ以上にひろがり出でるものがある。太陽や月の光も心の光に較べたら、その光を超え得るものでなく、したがって心の光は日月の光明の上に、さらに超出している。佛教が説く宇宙観は、大千三千世界を一大世界とするが、その世界のさらに無数なるものといえば、その世界は窮むべくもないが、心はその窮めることのできない世界をなお超える巨大なものである。それは太虚とでもいうか、元気とでもいうか、いいようのないものであり、その太虚をも、元気をも、心は内に孕むものである。)
 
こういうことをおっしゃっているんです。それほど心というものは素晴らしいものであると。心というのは、それほど素晴らしく、そしてなかなかこの心の本体を自分で自覚把握することは非常に難しいわけなんです。
 
松村:  心というのは、あらためてこういうふうに考えてみますと、非常に不思議なもんですね。ただわれわれ凡人は、結局非常に不完全な心というんでしょうか、いろんな執着からなかなか離れられないで生きているわけなんですけど、仕事もあれば家庭もあるし、坐禅ばっかりやっているわけにいかないわけですね。普段どういう気持で、どういう心持で生きていったらよろしいんでしょう。
 
小池:  こういう話があります。昔ですね、兵庫県の明石の在に、俳号瓢水(ひょうすい)という方がある。その明石の在の別府(べいぷ)という―「べいぷ」というんですが―その別府に昔船問屋があって、その船問屋はたくさん蔵を持っていらっしゃったそうですわ。ところが、その跡取り息子は、俳諧に凝って、そして自分のとこの家業を捨ててしまって俳句に凝って、「瓢水」という名前を付けて、そして俳句を作っていた。だから家業を継がずに、俳句ばっかり作ってはあちこち飛び回っているために、どうしても家業がだんだんと左前になっていくわけです。そのうちに自分の両親がなくなってから、自分の代になったけれども、ちっとも家業に専念しない。そのうちに蔵を一つ売り、二つ売りして、もう全部なくなった。蔵がなくなった時に詠んだ句が、
 
     蔵売って日あたりのよき牡丹かな
 
こんな句を詠んで、しゃあしゃあしておったというんです。そのうちに晩年になりましてから、やはり禅に懲りまして、参禅して居士(こじ)といわれる。「居士」というのは、お師匠さんについて公案を貰って坐禅をする人を「居士」と申します。その居士になって「自得居士(じとくこじ)」という名前を貰っておった。その方が自分の蔵を全部売って何にもなくなってしまった。ところがある時一人の相当に修行のできた僧が、瓢水というのは相当に修行ができて、悟りの境涯に到達したという噂を聞いている。一つ行って、どんな境涯か一遍訪ねてみようと思って、そして行脚の途中で瓢水を訪ねたそうです。そうしたらたまたま瓢水は風邪を引いて寝ておった、というんですね。そして訪ねてきたから、「それじゃちょっとしばらくここで待っておってくれ。わしは町へ出て風邪薬を買って来るからしばらく待ってくれ」と。そうしたらその旅の僧がその言葉を聞いて、「禅の悟りとはそんなたわいのないもんか。風邪引いたら、お客があるに関わらず、風邪薬を買いに行くようなそんな生半可の禅だったらこんな人と話してもつまらん」と言ってサッサと、瓢水が薬を買いに行った途中で、そこを立ち去ったというんです。ところが瓢水は、薬を買って帰って、留守番の者に、「先ほどの旅僧がいないが、どこへ行ったんか」と言ったら、「黙ってサッサと出て行った」という。そこで瓢水が紙切れにスラスラと一句作って、「これを持って行け」と渡した。その一句は、
 
     浜までは海女(あま)も蓑(みの)着る時雨(しぐれ)かな
 
という句を書いて渡したというんです。船問屋ですから、浜にすぐ近いんですね。海女ですから裸で海に潜る人、だから別にここから浜までなんのことない。どうせ水の中に潜るんだから雨が降ったって蓑着る必要ないけれども蓑を着ていく。「浜までは海女もみの着る時雨かな」という句を作って、そしてその紙切れをさっきの旅の僧に渡してくれ、と使いの者に走らせたというんです。その旅の僧がその紙切れを受け取って、これを開いて見て非常に懺悔したというんです。ああ、自分が誤っておった、と。如何に禅をやろうと、悟りを開いた人でも、やはり病気の時には自分の身体を大切にする、そういうことなんですね。それが生を受けた自分の人生であるということを自覚しなければならんわけですね。それを持たしてやった。旅僧がそれを見て、大変に感激を受けまして、再び瓢水のところに戻って来て、そして一晩中飲み明かしながら瓢水と語り合ったという話があるんです。これはあちこちでよく喧伝されているんです。要するに人間というのは、悟りきってもやはり生身である以上は煩悩妄想が湧いてくる。だから煩悩妄想を常に断ち切るように努力精進することが大切なんです。悟りきったから、あるいは修行が済んだからそれっきり精進努力を払わなくてもいいかといったら、そんなことないんです。やはり常に努力を払う必要がある。例えばみなさんでもそうですが、仕事をしとって、土、日を休んで旅行でもして帰って来て、それから月曜日からまた出勤ということになると、なんとなく会社に行くのがかったるい、気が進まない。これは人間の普通の心情なんですね。ですから、そういう心にならないように、後退しないように、退力しないように、常に努力を払って、自分で努力を続けなければダメだということです。だから、どんなに修行しても、修行しない人ならなおさらですね、常に精進努力払うことが大切なんですね。そうでなかったならば、人間はもう横着な方面に、狡(ずる)いほうへとだんだん流れて行く。だから禅の言葉では、
 
     釈迦も達磨もこんにちなお修行中
 
という言葉をよく用いるんですよ。ですから、努力して常に退歩しないように精進努力を払っていくことが大切であるということなんです。ですから、どんなにできた方でも、どんなにできない人も常に退歩しないように、なるべくなら楽なほうへ楽なほうへと、人間は流れ易いんです。そういうことのないように、努力を払うことが修行であり、あるいはこの自分の心の主体性というものを失わないように努力を払っていかなければならんということなんです。
 
松村:  今のお話でだいぶわかったような気がするんですが、もう一度最初に戻るかも知れませんが、この道場で坐禅を組んで、それでそういう超越した気持になれた、無心な気持になれたと思って、一歩社会に出ても、そこには仕事があり、いろんな確執があるわけですね。そういうものを超越しろといわれても、仕事は仕事で、毎日どんどん押し寄せてくるというような、そういう中で、どういう気持で、仕事に対処したらいいでしょうか。
 
小池:  ですから、その仕事仕事に集中することなんですわ。無心というのは、与えられた仕事に対して、そこに集中して、心を集中して、先ほど申し上げたでしょう、本を読んでいる時には、この雑音が入らないということ。あれと同じなんですわ。要するにここにちょうど水が方円の器に従って転ずる如くですね、丸いものに入れたら丸いものになるし、四角へものに入れたら四角になるし、試験管のようなものに水を入れれば試験管の形になるし、その場その場において、融通無碍自由自在の形になり、姿になって、水の本質を失わない。それと同じように人間もその場その場において主体性を失わないように、そこに集中して、そしてこちらを向いた時はこちら、こちらを向いた時にはこちらの方向に向かって、そこに集中力を養っていく。これが、例えば仕事を与えられた時にその仕事に集中せずに他のことを考えたら、これはもう分裂症と一緒ですから、そういうふうにならないように、仕事に集中する。そういう心を養っていくという、こういうことなんです。
 
松村:  アナウンサーの仕事というのは、こういうふうに老師からけっこうなお話を伺う、この時にもなるべくいい話を引き出そうとか、そういうことを考えがちなんですけれども、そういうものはダメなんですね。話に即して、ひたすらその話に耳を傾けるといいますか、そこに無心になった時に、ヒョッとするとちょっとなんか掴めたのかなあという。
 
小池:  例えば、おじいさんに対して、おじいさんのようになる。それから子どもに対しては子どもの境涯になって話す。男に対しては男のような気持になって話す。女に対しては女のような気持になって話す。『観音経』というお経の中に、「身得度者(しんとくどしゃ)」とか、いろんなそういう言葉がたくさん出てくるわけなんですよ。その人その人に応じて、観音様が三十三化身になって、その人の病気に応じて、病気に対してお治しになる。それと同じようにその人その人に応じて法を説けということなんですね。あなた方もアナウンサーとして少しでも何かいい質問を捜し出して質問しようとする、その努力がなくちゃいかんと思いますね。それが私は一つの集中力であると。そうしないと、ただ漠然として相手次第で話を進めていくと、それは退歩のほうになります。やはり前進これ前進あるのみと思いますね。それが精進努力じゃないでしょうか。
 
松村:  そうしますと、道場というのはここのお寺さんの中だけじゃなくて、社会、仕事の中にも道場があるということですね。
 
小池:  ええ。そういうことです。それは一応形としてはここに来て坐って頂くけれども、この坐った時の境涯というものを、外に持ち出して、その場その場において主体性を発揮していく。『無門関(むもんかん)』に瑞巌寺の師彦(しげん)和尚の逸話がある。師彦は、毎日岩の上で坐禅して、自分自身を大声で「主人公」と呼び、自分で「はい」と返事をしていた。さらに、「眼を覚ましておるか」「はい」「これからは人にだまされるなよ」「はい」自問自答を日課として、それ以外には一生涯、説法をしなかった、という。常に主人公になり切って、すべてのものに対応していく。こういう気持が禅の一番肝心なところと思いますね。
 
松村:  今日はどうもありがとうございました。
 
     これは、昭和六十一年七月二十日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである