自己をみつめる
 
                    総本山長谷寺化主
                    真言宗豊山派管長 勝 又(かつまた)  俊 教(しゅんきょう)
明治四二年新潟県生まれ。昭和七年東京大学文学部印度哲学科卒業。昭和二七年東洋大学教授。昭和四七年大正大教授同年仏教学部長、昭和五三年学長、昭和五六年名誉教授となる。昭和五九年真言宗豊山派管長総本山長谷寺化主を務む。文学博士。平成六年逝去。著書に「密教の日本的展開」「興教大師の生涯と思想」「密教入門」「仏教における心識説の研究」「弘法大師著作全集三巻」ほか
                    ききて      松 村  賢 一
 
松村:  「こころの時代」。今日は奈良県桜井市の牡丹(ぼたん)の寺として知られる長谷寺にお邪魔しております。今日は「自己をみつめる」というテーマで勝又管長にいろいろお話を伺います。どうぞよろしくお願い致します。
 
勝又:  こちらこそどうぞよろしく。
 
松村:  今日はまた大変な雪になってしまいましたですね。
 
勝又:  そうです、ほんとに。しかし素晴らしい景色でしょう。
 
松村:  そうですね。特にこの辺りのお寺の周りのお山の様子が素晴らしいですね。
 
勝又:  ええ。これはもう。
 
松村:  自然のままが残っているんでしょうか。
 
勝又:  そうです。これは「こもりくの初瀬(はつせ)」と言って、古い人が詠ったその姿がそのままだといわれております。ですからいわば景勝の地、やはり観音霊場に相応しい土地を最初から選定されてお寺ができたと、こうまあ言っていいかと思います。このお寺は非常に古い長い歴史を持つというのが一つの特徴でございまして、飛鳥時代、ちょうど今から千三百年前ですが、その頃に既に道明(どうみょう)上人という方がこの素晴らしいこの景勝の地にお寺を建てられた。それが今日私ども、「本長谷寺(もとはせでら)」と申します。ところがそれから四十何年か経ちまして、今度は徳道(とくどう)上人という方がこの山へやっぱりお詣りになられたんでしょうが、どうしてもここに素晴らしい十一面観音様をお祀りしたいと。ついては大きなお寺も建てたい、ということで発願(ほつがん)をされまして、で、藤原氏という第一級の貴族と申しますか、上層階級の藤原氏のある人が、それならば、というので、非常に力を貸してくださって、それでこの素晴らしいお寺ができたのでございます。これが天平(てんぴょう)五(733)年と申します。奈良時代のごく初めでございます。そして高さ―こんにち的に申しますと、十メートルに及ぶ、大きな観音様をお祀りし、そして大きな伽藍ができた。それ以来奈良時代、平安、鎌倉、室町、江戸時代、今日に至るまで、「初瀬(はせ)の観音様」ということで、多くの方々にお詣りをして頂いておりますが、古いところで非常に注目すべきことは、日本の文学史上、著名な作品というのはたくさんございますが、例えば、『日本霊異記(にほんりょういき)』、あるいは『枕草子』『源氏物語』『今昔物語』その他非常にたくさんの文学作品、あるいは物語、日記類、あるいは和歌、近世に至りましては俳句、そういう日本の代表的な文学作品の中に、いつも長谷寺が登場すると。これは非常に信仰の歴史もさることながら、日本の文学史上と申しますか、また大きな位置づけがされてもいいのではないか、と思うわけでございます。ところでこのお寺は長い間法相宗(ほっそうしゅう)の関係のお寺でございましたけれども、ちょうど今から―今年ですが―ちょうど四百年前、天正(てんしょう)十五(1587)年という年に専譽僧正(せんよそうじょう)という真言宗の立派なお坊さんがこの寺へお入りになる。それ以来、そのお弟子さん、その関係者が続々とたくさん集まります。全国にあるお寺さんもみなこちらのほうに関係を持たれるというようなことになりまして、こんにちこの長谷寺は真言宗豊山(ぶざん)派の総本山と、一つの大きな格式を持ったお寺になっております。それから観音霊場としては早くからご承知の通り西国第八番の札所ということで、また札所詣りの参詣の方も非常に多いというお寺でございますが、先ほどもお話がありましたように、このお寺は最近は特に花の寺として大変親しまれております。虚子の句ですが、「花の寺末寺一念三千寺」という俳句がございますが、花の寺だ、と。桜の花も素晴らしいし、牡丹の花も素晴らしい、そのお寺さんだが、しかしそれはやはり観音霊場であり、しかもこんにち的にいうと、全国に三千カ寺の末寺を持つ総本山としての、また格式を持ったお寺さんだ、といった句でございますね。いまそんなようなところが、この長谷寺の特徴かと思います。全国からたくさんの方々が団体で参拝し、あるいは個人的に参拝なされまして、年間大変多くの方々が、長谷寺というと、「ああ、牡丹のお寺か」といって、お詣りくださるが、しかし四季折々の眺めも素晴らしいです。この冬景色も素晴らしいが、春の桜、五月初めの牡丹、それから六月のアジサイというようなこと、秋の紅葉またよろしと、まあそういうお寺でございます。
 
松村:  そうですか。そういう長い歴史、あるいは経緯を伺っていますと、あらためて身の引き締まるような思いがするんですが、今日は、「自己をみつめる」というテーマでお話を伺わせて頂きたいと思うんですが、言葉にしますと、「自己をみつめる」と、何の変哲もない平凡な言葉のようにみえるんですが、佛教のほうでは、「自己を見つめる」というのはどういうことなんでしょうか。
 
勝又:  そうなんですね。そこが最初に確かに問題となるわけですね。今おっしゃる通り誰だって佛教に関係のない人でも、どなたであろうと、人がそこに生きている。自分というものがある。自分を見つめる、と。これはいつでもどなたでもやることですけれども、ただ一般の場合ですと、自己というけれども、自分の何かをみつめる、と。自分の性格がどうだとか、いや自分の実力があるか無いかとか、その他非常に困った時、さて自分はどうしようか、というような時に自分というものを顧みる。それは誰でもやることですわね。ところが今日申し上げたいのは、仏教においてはそういう自己を巡る諸問題というものについてではなしに、「自己そのものをどう掘り下げて考えていくか」と。「人として存在している、生きている」ということ。それは大きな長い人生の中で、「どう生きるべき自己であるか」と、そういうふうなことまで考えていく。それが仏教の自己を見つめるという問題だろう、とこう思うわけでございます。仏教と申しますと、やはりインドの大乗仏教に注目しなければならないんですが、ところが二つぐらい見つめる仕方があるというのが大乗仏教では説かれたんですね。簡単に申しますが、一つは、私どもはいろんな精神生活と申しますか、普通見たり聞いたりとか、考えたりとか、という普通の考え方、心の働きのほかに、迷いというものがございまして、これも数非常に多いんですが、そういう迷いの心―貪(むさぼ)りとか、怒りとか、間違った考えとか、自惚れとか、疑い深いとか、嫉妬深いとか、ほんとに浅ましい心がいろいろ起こってくるし、そうかと思うと、時にはいいことも考える、というようないい心も起こってくると。いろんな精神生活をやっておる自己―人間なんですけども、その中、奥のほうにもっとそれを纏めて、心の働きを出すし、また働いた心がそれがまた失われることなく、自分の中に植え付けられていくと。なんかそういうものが心の中にというか、心の奥にあるのではなかろうかと、こういう考え方からインド仏教の一つの流れの中では、「阿頼耶識(アラヤシキ)」と。翻訳しますと、「蔵(くら)」―物を貯蔵する蔵のような、そういう大きな心があって、それを「自己」と考えてもいいのではないかと。ところがそういう蔵のような識ですけれども、それにはいつも生まれつきと申しますか、先天的なというか、生まれつきの本能的な自己意識―我執と申します―とらわれですが、それがあって、そしてその自己中心の考え方がつきまとっている。そういう自己。それが自己を見つめていくと、その中にそういうものが考えられてくる、と。しかしそれは固定的なものではないんですね。今日と明日とまた違うと。昨日と今日の私というものも違うというのは、精神生活、あるいは行い、そういうものがすべて失われることなく、中に植え付けられて、そしてそういう植え付けられたような状態の中でまた次の考え方なり行動が起こってくる。ですから変わらないようで変わっている自己、と。それが阿頼耶識だ、とこういうんですね。そういう捉え方がある。非常に現実的な自己の捉え方だと思うんです。しかし仏教ですから、そうはいうものの、阿頼耶識の中に仏になられる可能性というものが潜められておると、潜んでいると。だからしてこそ私どもは日常生活を立派なものにする。大乗仏教ですから、菩薩の道を実践するということによって、やがて潜んでおった仏の心が立派にやがて成長し、花を開くという。つまり仏心(ぶっしん)そのものになる可能性を持っておるんだから、そこですべての人がそういうことを一つの目安として、いろんな仕事をしながらも、それを忘れずに生きていくべきだと。こういうのが簡単に申しますと「阿頼耶識の思想」と申します。私はこれを自己を見つめる、自己を捉える一つの考え方だ、とこう思うんです。ところが同じ大乗仏教、同じ時代なんですが、多くの経典をみますと、やっぱり自己を見つめるんですけれども、その現実的ないろんな心の働きを起こすそのもとになる蔵の識とは別に、もっと人間の心の働きは迷っているにしても、その根底には清らかな心があると。「仏心(ぶっしん)」ともいっていますし、「菩提心(ぼだいしん)」ともいいます。「心の本性(ほんせい)」ともいうんですが、そういうものがあるということを多くの経典を読みますと、みんな一応にそういうことを取り上げているわけですね。これがやはり自己を見つめるという中での一つの仏教の捉え方だと。これは大変なことでございまして、これは一つの例を申しますと、こういう例があるんです。「心の本性」というのは清らかだと。例えば、机を見ましてもそうですが、たとい机を拭いて奇麗なんですが、しかし窓を開けますと外から少し埃を持って風が吹き込んできます。そうすると埃がこの上に溜まってしまう、塵が溜まってしまう。元々は奇麗なんだと、こういう考え方ですね。人間の心は本来清らかだけれど、いろんな迷いとか煩悩というのは、第二次的にその上を包む。しかし現実的には包まれた状態なのがわれわれであり、普通の人間だと。こういうふうに考えたほうがいいだろうと、こういう考え方ですね。これがかなり古くからこの思想がありまして、これは大乗仏教以前からその言葉は使われているんですね。大乗仏教の多くの経典にもまたそれが取り上げられてくるし、それからもう一つ申しますと、『涅槃経(ねはんぎょう)』なんていうお経がありますが、その中にはすべての人が仏性を持っている。「仏性(ぶっしょう)」というのは「仏の性質」とか、「仏の本質」といいますか、それを非常に強調しておるんですね。これは一体なんだろうかと思うんですが、これもやはり成仏の可能性、どんな人、どんな迷ったような人でも成仏の可能性という、人間の良さと申しますか、人間の尊厳さと申しますか、そういうものを認めていかなければならんという思想だと思うんですが、そういうことを言っている。と思うと、今度は直接ですね「如来蔵(にょらいぞう)」という言葉―「如来」というのは仏さまのことですが、それをわれわれの心の奥に仏さまが宿っておられると。ということは、われわれがやがて仏になれる可能性が、誰でも、どんな人にも、そういうものがあるんだと。すべての人が如来蔵を持っておると。こういう文章があるんですが、そうなりますと、これは直接的に、人と仏との関わりというものをパッと打ち出してくるんですね。「どんな人でも如来・仏になれる可能性がある」と。そういうことをいうのが如来蔵ですし、これは裏を返しますと、仏の非常に広大無辺な慈悲の救いの心は、すべての人を包んでいるんだと。それを如来蔵と、こういうふうに解釈する解釈の仕方もまたあるんですが、それで、はぁはぁと思うことは、大乗仏教はやはり成仏ということ、立派な人間に完成する、それが人の生き方だとすれば、成仏(じょうぶつ)―仏になれる可能性があるということを非常に強調していく。それが大乗仏教の大きな特徴かなあと。
 
松村:  仏さまの教えとしては大変よくわかるんでございますけれども、私自分の心を省みてですね、嫉妬心とか欲望とかいろんな妄想というんですか、蠢(うごめ)いて、中に清らかな仏心というのがあるというのは、ちょっとほんとにあるんでございますか? 誰にも?
 
勝又:  ええ。それはそういうご質問はほんとによく私も聞くわけですよ。それで私は、実は大学で講義をやりまして、それで学年末にレポートをみなさんに出してくださいと、出して頂いたんですが、その中で女子学生でございましたが、レポートの最後のほうに、「私は、先生の講義はよくわかりました。大変よくわかりましたが、しかしながらどうも私は娘ざかりで、どっかへ遊びに行くとか、どうのこうのと、友だちとたまには喧嘩もするし、いろいろなことでどうも私に仏心があるとか、仏性があるといわれてもなかなか近頃レポートを書きながら、私よくわからないんでございます。ごめんなさい」と、こういうふうな言葉で終わっておるんでしてね、私は、「あ、私は自分の専門だと思って得意に講義したつもりが、そうはすぐに受け取れないかなあ」というふうに私も実は考えたわけですがね。しかし私は私なりに思うことは、そういう大乗仏教の大変人間尊重の思想、あるいは人間の理想を持って生きていかなければならんという、そういう思想が仏性があるという思想に繋がると思うんですが、そういう意味では、これはやはり初めはまず聞くと、あるいは考える。それはそうかなあと、自分で身を持って、それをまたこう体験的に受け止めようとする。これは仏教では、「聞思修(もんししゅ)の三慧(さんえ)」と申します。聞いて考える、よく考えた上でそれを理解する。あるいはさらに実践して理解する。こういうことですが、なんか私自身も自分の長い思索生活と仏教の実践も多少やってきた私としては、やはりそういう段階を経ると、やっぱりそれはそれなりにそうかなあと、私は実は思っているんです。やっぱり自分に仏心があるという自覚を持つことが、如何に自分というものを明るくし、自分の人生に一つの理想を掲げることが出来るかなあと。そういう思想がなかったら、私もかなり自分の精神生活も寂しくなると。それは今は思っているわけですね。それでさらに続いてちょっとまたお話を申し上げたいんですが、それは大乗仏教の延長線上に、この立派な経典が成立してまいりますが、それが『大日経(だいにちきょう)』というお経でございますね。そのお経をみますと、「悟りとは何か」という質問に対しまして、それは、「ありのままに、自分の心の本性を見きわめることだ―「如実知自心(にょじつちじしん)」という言葉でございますが―ありのままに、あるいは真実に自分の心の本性、本来の性質というものを見きわめて、そしてそういう心になり切ること、それが悟りというものだ」と、こういうふうに説かれているわけです。それはやがて弘法大師の思想に受け継がれてまいります。そこで弘法大師のお話をしばらく今度は進めてまいりたいんですが、弘法大師が若い頃、仏教者として修行を始められたその頃いろいろ考えられたようですが、その中でこういう言葉があるんですね。「自分は出家修行をして、そして自分の心の底にほんとに素晴らしい仏の心がある。そう思うて、それをほんとに体験するには、どういう教えがあるだろうか、といって思い悩んだ」というんですね。それで、「奈良の仏教をいろいろ巡って、学んでみたけれども、どうも自分の心に適うものがないので」という、その中に、「非常に嘆き悲しんだ」という言葉があるんですね。「巷にのぞんで幾たびも泣く」というんですね。つまり道がいくつかあって、どの道へ行ったら我が道、正しい道なのか、それが見つからないで、非常に悩んで苦しんだと。その「泣く」というような言葉が、弘法大師の言葉の中に出てくるのは、そこと、またお弟子さんが亡くなられた時もありますけれども、非常に弘法大師の人間性というものをよく表していると思うんですが、若い頃、法を求めるという、中でも如何に苦心されたか、ということが伺えるんですがね。有名な文章なんですが、そこで難しい言葉ですが、「還源(げんげん)を思いとなす」と。「還源(げんげん)」というのは、源に帰る。心の本源にたち返って、清らかな心になり切る。つまり悟りを開くということ。それを思いとしておった。それがただ一つの自分の願いであったが、そういうものを説かれた教えに見当たらなかった。幸いにして『大日経』を手にしてみたら、その「如実知自心」という言葉、教えがあって非常に嬉しかった、とこういっているんですね。しかしながら真言密教というのは、その他曼荼羅(まんだら)とか真言とか、いろんな行法(ぎょうぼう)という―仏さまを拝む拝み方とか、さまざまあるわけです。そういう細かいことになるととてもこれはわからないから、どうしても私は中国へ行って、向こうの本当の素晴らしい阿闍梨(あじゃり)と申しますが、密教の先生から教えて貰わなくちゃならんということで、実は中国へ行ったんだ」と、そういう文章がありましてね。その考え方というのが、弘法大師のその後の思想活動と申しますか、大師の著作を見ますと、非常に数多く説かれているんですね。いくつか文章があるんですが、その他こういうことも言っていますね。「自心―自分の心を知ることは、仏心を知ることである。仏心を知ることはすべての人の心を知ることである」。結局、「自心」と「仏心」と、それから「すべての人の心とが、結局平等である」と。「同じであると、いうところまで、ほんとにわかったなら、それはその人は既に仏である」と、そういう表現もあるんですね。従って、この「自心」というのは「仏心だ」という。従って弘法大師は、「自心」という言葉を、「自心仏」と言ったり、「自仏」という言葉を使われるんですね。そういう文章・言葉が、大師の著作を読んでいきますと、幾たびか出てくるわけですね。弘法大師の考え方はやはり「如実自心」という『大日経』の思想を受け継ぎながら、もっと具体的に表現されておりますことと、それが弘法大師の求めて止まなかった最初からそのことが知りたかったという。それに弘法大師は求めていた思想を求め得られて、さらに自分がそれを咀嚼し、再組織すると。弘法大師の思想というものは、どうもそれが根底にあるような気がしてならないんですね。ですからこれはある意味からいえば、非常に理想主義的なというか、あるべき姿としての心、最初にポッと打ち出した考え方、さっきの阿頼耶識というと、実際に息する私たちですね、親から受け継いだ命、そして日常生活をしているその元のものというと、どうも阿頼耶識だ、とこういうんです。「仏性」「菩提心」だとか、「自心の仏になる」という考え方というのは、非常にあるべき姿を最初に出しちゃったような考え方ですね。ですから、わかりにくいといえばわかりにくいんですが、しかし仏教思想の体系というのは、どうもそういう一つの考え方が基本にあるようですね。日本のいろんな宗派仏教というものはほとんどそういう考え方を根底としております。弘法大師だけじゃないですね。道元禅師をはじめ、その他鎌倉仏教の方、いろいろ見ていきますと、それがやはり根底になっていると思うんですね。弘法大師の『般若心経(はんにゃしんぎょう)』注釈した『般若心経秘鍵(はんにゃしんぎょうひけん)』という書物がありまして、これもまあ独特な解釈がたくさんあるので有名な書物ですが、その最初のところにこんなことも言われているんですね。「悟りとか、悟りの心というのは、なんか誰にも縁のないような、そういうものじゃない。遠くどっかにあるんじゃない。悟りというのはそれぞれの人の心の中に悟りというものはあるべきものだ。そういう悟りというのは誰かがどっかで求めるんじゃなくて、その人自身の他に悟りを求める場所がない。自分の心、自分の身体を離れて、悟りなんていうものは求める場所はどこにもないんだ。人が迷っておる、あるいは悟りを開くという。あるいはそういうような心の両方面というのは、すべてその人自身に具わっているんだからして、そこでそれぞれの人が発心(ほっしん)をする。菩提心を起こす」というんですね。悟りを開くような気持になろうと、立派な人間になろうとする―「発心」といいますね、そして、「それを信仰し、修行する。この発心と信仰と修行と、これさえあれば、すべての人は仏になられるわけだ」と。ところが世の中の人を見ると、これは弘法大師の一つの言い方で、酒に酔った人は酔わない人を嘲笑ったり、逆に愚かな人が素晴らしい立派な人を嘲笑ったりする、と。こういう状態であっては、一体いつそういう人たちが救われるか知れないんだが、しかし救われる方法がある、と。それは、「仏の教えを頂ける、み仏の慈悲の心を頂戴するということなしに、そういうものを救う術もないんだ」と、こういうようなことをおっしゃるんですね。これも素晴らしい表現だと思うし、それからもう一つ「般若心経」をよくお唱えになる方が多いんですが、「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提娑婆訶(ぎゃていぎゃていはらぎゃていはらそうぎゃていぼじそわか)」と、これはよく般若心経をお唱えになる方は全部お読みになるわけですが、あの言葉もサンスクリットに直して翻訳すると、正しい翻訳の仕方があるんですね。「悟れる者よ、悟れる者よ、彼の岸に到る者よ、完全に到れる者よ、菩提を幸あれ」というような翻訳の仕方があるんですね。ところが弘法大師は、「行々(ぎょうぎょう)として円寂(えんじゃく)に至り、去々(ここ)として原初(げんしょ)に入る」というような意味の訳し方をしているんですね。その中の「原初に入る」というところが、私は注目したいんですね。「原初」というのは源(みなもと)、初めに入ると。「悟りというのは、根源的な自己を掘り下げていって、その根源的な清らかな心に入ることが、それが悟りだ」と。「羯諦羯諦」もそういう意味があるんだという。そこいらもさっき申しました弘法大師の思想の根底に、そういう一連の表現は違うんだけど、同じことをいっているんですね。こういう意味で、結局弘法大師は人間の心の清らかさ、それをまず考えなければならん、と。
松村:  どうしたら、そういう素晴らしい清らかな心に目覚めることができるんでしょうか。
 
勝又:  それは今度は実際に具体的な実践を経なければならんと。それはそうでないと、「自分の心の本性を悟る、知ること、それが悟りだ」とこう観念的というか、概念的には、聞いたり、考えたりする間にわかってくるようですけれども、本当にはどうなのかということですが、実は弘法大師の教えも、今申したようなことが根底にはあるんですけど、むしろ実践の問題こそ大師の教えの大部分を占めるわけなんですね。ですから、もとがあって、それがどういうふうに成長していくかという教えがありまして、これは二つぐらいに分けていますが、一つは、「十住心(じゅうじゅうしん)」という。「住心」というのは、住む心というんですね。人間の心というものを分類した場合、一番最低の心というのが考えられると。これを第一と―下の方を一としますから、最高の場合が第十と。心の段階も十ぐらいにわけて考えられるというのが、弘法大師の思想、考え方なんですね。一番下というのは何かというと、ほんとに迷いを続けている、悪いことばっかりやっておる、道徳倫理も宗教もまったくわからない、ほんとに動物的な欲望に生きている人間というものがあると、それを第一住心。しかし、そういう人にでもやはり菩提心というものがまったくないわけじゃない。あるんだけど、あまりにも煩悩が多すぎるからほとんど隠されていると。しかし、そういう人でも、何かのふとした動機があって反省する、懺悔するということがあるわけで、そうしたら場合には、よい心が―菩提心が少しでも芽生えてくる。そうこうしているうちに、だんだんそれが芽生えると。人のために親切をしてあげたいとか、施しをしてみたいとか、人のためになることならやってあげましょうとか、そういうような人間に変わってくる、それが第二の住心というわけですね。第三になると、もう少し今度は何か宗教的なことも信仰したりして、かなり精神生活のうえでの安らぎが得られるような人と。それまあ仏教以外の場合も弘法大師は考えているんですね。仏教に入ってからも、小乗仏教と大乗仏教というのがありますし、弘法大師は自分のほうが「真言密教だ」というんで、それを最高と、弘法大師はなさったわけですがね。その段階もまだまだいろいろあるということをおっしゃるんですが、これは結局、「隠れたような菩提心がだんだん芽生えて、最後には菩提心の見事な花を開く」と。それが第十の住心ということだ、といって説かれている。そういう大きな書物がございます。これはいまいろんなことを申し上げる時間もありませんが、ただここで、私どもとして非常に面白いなあと思うのは、私どもはいろんな精神生活をしていますね。「俺はそれじゃ第一住心かな」とか、「君はどうだ」というような笑い話の中にでも、自分の心の状況というものを考えさせられる教えではなかろうか、と思うんですね。例えば、私などは、今日は一日いいことをしたし、人のために親切にやったと思うけど、翌日はどうも誰かちょっと気にくわないのでつい怒っちゃったというようなことになると、第二住心まで這い上がってよかったなと思ったら、今日はまた下がったかなあとなんてね、上がり下がりつつというところの精神生活というものがあるように思われるんですがね。十住心の教えというのは、そういう身近な問題としてこう受け取ってみても、これはまあ非常にもって学ぶべき思想、教えじゃないかなあとこう思うんですがね。この十住心思想を詳しく申し上げるといろいろありますので、今日はそれは止めまして、もう一つ大師の教えの中で真実に生きる。先ほど申した「心の中に仏がある」と、あるいは「仏心がある」ということ、それは「真実の自己の発見」とでもしばらく言っていきます。発見したけれどもそのままではダメで、それを実際に実証するというか、そのためには真実に生きる道をずっと歩いていかなければならん。それが大師のいろんな教えとなって表れてまいりますが、それを急いで申しますと、やはり第一には、「菩提心を起こす」と申しますか、「信心心(しんじんこころ)をまず起こす」ということがなくちゃならないし、従ってそうすれば「仏さまを拝む」という、これは難しくいうと、「三宝(さんぼう)に帰依(きえ)する」。仏と仏の教えと、仏の教えを広めて頂いた祖師、先徳(せんとく)というか、偉い坊さん方にもやはり掌を合わせるだけの気持がなければならんと。そうしてさらに菩提心があることは、これはいつも片時も忘れてはならないぞと、こう大師はおっしゃるわけですね。そしていく中で、まず自分がどうして生きているか。よくよく考えてみると、親やその他いろんな人の恩を蒙って、今日まで自分が成長してきたと。社会人となっても社会の人から世話になるというような形で自分が生きておると。つまりよく言われますが、「生かされて生きておる自己、自分である」ということは、これまた忘れてはならない、と。で恩を返すというような温かい気持は、そもそももっていなければいけないんだ、というようなことを大師はおっしゃるわけですね。それから他人様に対してはどういうふうにしたらいいかということの中に、基本的なこととして「施しの心」というものがいつもあって、それを実践するような人でなくちゃならんと。自分の気持を、感謝の気持ちを表すために、何か施しをするというような、そういう心が必要だし、それから人と交われば、いつでも優しい言葉がかけられるような人間でなくちゃならんだろうとか、それから人のためになることであれば、何でもやれると、やろうというぐらいの仏教精神と申します。そういう施他の精神と申しますが、人のために、それから人のために、相手のために、いつでもその立場に立ってものを考えてあげられるような優しさもなくちゃならんだろうと。こういう社会倫理と言ってもいいんですが、そういう方面もやるかと思うと、今度は自分の身を律するするためには、「十善戒(じゅうぜんかい)」と申しますが、身体で行うこと、言葉で喋ること、頭の中で考えること、心で考えること、それをいくつかに大まかに分けまして、十あるものですから、「十善の教え」とも言うし、それを守るという意味では「十善戒」とも言っております。私はよくその話で、当たっているかどうか知りませんが、私自身よくこんなことをおしゃべりすることがあるんですがね。例えば扇子をこう開くと。こう開いたところは「十善戒」と申しますか、生き物を殺しちゃいけない、人の物を取っちゃいけないとか、貪っちゃいけないとか、怒っちゃいけないとか、素人考えを持っちゃいけないとか、これを全部守りなさいというんだけれども、そういうことを守るというためには、この開いた扇子のようなものだと、私は思うんですがね。ここに纏めがあってこそ、これがこうあるんですよね。この纏めこそ、弘法大師の「菩提心」という考え方、「仏心」、あるいは「自心仏」という考え方がここにあるからこそ、これが守れると。そういうものだ、というふうな説き方をされるんですね。私はそれを、なるほど、と思うんですね。私も怒ることや、いろんなことがあるんですが、かなり最近はそれをセーブすることができているような気がするのは、お陰様で、私も大師の教えを受け止めて、それを中心として考えると、「あ、これも殺しちゃいけない、これもいけない、これもいけない」というのは、ただ書いてあるからそれを守るという、それじゃダメだと言って、こっちのほうに考え方が最初にポッと出てきて、だからしてそういう悪いことはしない、というふうにまでなる。これが十善戒を守るということであり、人はこれを守ることによって、菩提心がますます立派に開いてくると、こういうことを言われるんですね。これは江戸時代の有名な慈雲尊者(じうんそんじゃ)というお方がいらっしゃいますが、偉い学者でもあるんですが、非常に徳の高い人で、「正法律(しょうぼうりつ)」という律を提唱された河内(かわち)の高貴寺(こうきじ)の慈雲尊者という方ですが、この方が京都へ出られて京都の阿弥陀寺(あみだじ)というところで、しばしば多くの人に教えを説かれた、一貫して十善戒の教えを説かれる。これこそ人となる道だ、と。最後に『人となる道』という題の書物もお出しになっているんですね。ここまできますと、仏教臭さというのがないんです。人となる道だ。「人となる」というのは「立派な人」という意味で、「立派な人」は仏のことをいうんですよね。人と仏というけれど、それは仏教からすれば区別はしない。ただしばらく迷いが多すぎる場合を人とこう言うし、迷いの霧がすっかり晴れた場合は仏というんで、人となる道というのは、いわゆる迷いの無くなった立派な人、つまり仏になる道が十善戒を守ることだといって、これは慈雲尊者の書物の中に、そういう題の書物もございますが、私もこれはなるほど、まことに素晴らしい一つの教えというか、考え方じゃないかと思うんですよね。そういうわけで、最後にそれが今度は「仏と拝む」という時にまた問題が出てくるんですね。「仏さまを拝む」ということは、まず普通の人ですと掌を合わせ、そして心の中では仏を念ずるというのは、仏の心に自分の心を重ねるというか、心をそこまで運ぶ。そして口では、「観世音菩薩」、あるいは弘法大師では「南無大師遍照金剛(なむだいしへんしょうこんごう)」というふうに称えるわけですがね。そういうふうにして称えていると、知らず知らずの間に、仏のお慈悲の心が、われわれの心にこう移ってくるというんですね。それは何故かといえば―そこに問題があるんですね。何故かといえば、私どもの心に本来は仏心(ぶっしん)―仏心(ほとけごころ)というものがあるんだけど、そこに塵がいっぱい、ゴミがいっぱい溜まっているわけですわね。だからして、それを取り除くために拝むんですが、少しでも心が清らかな、というか、とらわれない気持で、澄んだ心で、仏を拝めば仏のお慈悲がそれだけよく心の中に移ると。もし迷った心で、ただ形だけで掌を合わせたんでは、いつまで経ったって、心は清らかにならないし、仏のお慈悲を頂くということも、それはできないんだと。問題は心の身心を浄め、身心を深めていくというか、心を浄めた、そういう状態で仏を拝むということが一番大事だというようなことも言われるんですね。そういう仏の拝み方の基本的な教えというか、そういうものを弘法大師の書物を見ますと出てまいります。これは宗派を超えて、何宗派であろうと、仏を拝むという基本的な考え方、そこにお大師さまは説いていらっしゃるんですが、こうしていろんなことをやる、その最後にいよいよいろんな真実に生きる道、ほんとに生きていった人の辿り着くところが第十住心と、こういうことなんですね。それを「秘密荘厳心(ひみつしょうごんしん)」という難しい言葉ですが、「秘密荘厳心」と―なんかわかったようなわからない言葉ですがね、何かに包まれた奥深い、半ば神秘な、しかし素晴らしい飾られた仏の世界におるその人の心というような意味があると。弘法大師はこれを「心の曼荼羅(まんだら)」という言葉で表現されるんですね。「曼荼羅」というと、一体なんだというご質問が出るか知れませんが、ここではたくさんの仏さま―大日如来を中心としていろんな諸仏諸菩薩、その他の方々が全部お集まりになっていることを表現したものを「曼荼羅」と申しますがね。そういう諸仏諸菩薩のお姿すべてが、実は心の中に第十住心までいきますと、そういう曼荼羅の仏さんがそのまま心の中にちゃんと仏さまは在(ましま)すというか、いらっしゃると。それを「心の曼荼羅」とこういうんですがね。しかし簡単にいえば、すべてそれを仏心といってもいいわけですね。ですから仏心がすっかり心の精神内容として、仏心になり切っている状態、それを第十番目の住心と、こういうふうに考えてよろしいとこう思います。ですから大師が、「自心仏」とか「菩提心」があると考えられた、それはやがて今のような真実に生きる道をいろいろと実践する、その最後に花が開くと。そういうふうにみたらいいのではないかとこう思います。
 
松村:  「十善戒」のお話にしても伺っておりまして、最後は「心の曼荼羅」にいくんんでございましょうけれども、とても私などには「十善戒」など守る自信がなくなってしまうんですけれども、どうしたらよろしいでしょうか。
 
勝又:  それはそうでしょうけれども、私のこれはささやかな体験ですがね。それはやっぱり「自分の心の清らかさ、尊さというものが本来ある」ということ、自分の心にいい聞かせていく間に、なんかしらそういう悪いことをしちゃいけないと、怒っちゃいけない、貪(むさぼ)っちゃいけないという気持がおそらくでてくると思うんですね。それはまず間違いなく、私どもはささやかな経験でもそうなんですね。心さえ確かであれば、しっかりしておれば、まず些細なことというものは一切塵に、そういう煩悩というか、塵に迷わされずにすむと。そういうもんじゃないかと思うんですがね。
 
松村:  そのためにはやはり自分の本来具わった菩提心という心を、そういう十善戒などの行いを通して育てていくということが大事なんでございましょうかね。
 
勝又:  これが一番大事だと思いますね。育てることなしに、われわれの心の世界というものは深くなれないし、広くもならない。育てることが精神生活を豊かさにすると、そういうことじゃないかと思うんですがね。そこで最後に申し上げたいことが一つあるんですが、さて、いわゆる現代人と申しますか、多くのみなさま方がそれぞれの職業につき、そしてそれぞれのお立場で一生懸命に生きていく。で、自分の人生というものを豊かな実りあるものにしたいというお考えはすべて同じであろうと思うわけですが、しかしよく考えてみますと、それだけですべていいかどうかという問題があるわけです。最近よく「物は豊かになった」と。豊かになったがゆえに、心の安らぎもかなり得られていることも事実だとは思うんですが、しかし、「どうも心の豊かさというものは、それに伴わないじゃないか」とか、それで「心の時代はこれからだ」とおっしゃる方も多いわけですよね。そうしますと、なるほど、心の豊かさというのは一体何を意味するだろうかと思う時、私はずっと今まで申してまいりましたような、自分の心の中に、自分の心の清らかさというものをやはり考え、それを育てる、そういうような精神生活というものの深さとか、広さというものを、十分育てていく。心の生活というものを育てるということが、心の豊かさというものに繋がってくる。ただ豊かだといって、何が豊かだと、そう単純に考える前に、精神生活をどのようにしていって、という問題があろうかと思うんですね。ですから、私は立派な実業家であろうが、立派な政治家であろうが、立派ではあるけれども、さてその方々の精神生活の面で、どれだけ、どんなふうになさっているんだろうかということもつい考えたくなる時もあるんですが、私は願わくはそういう自分の心の豊かさというか、育てるような精神生活というものがやはり同時に行われていくというような、いわばこれは普通の生活をやるということの背景に、というか、そこに自分が人間として自分というものをどう見つめ、自分の人生をどこまでどう進めていくか。それは当然今度はすべての人々、人類とか、世界の平和とかというものに繋がる。そういうものをも、すべて考え得るような、そういう精神の広さと深さというものが、やはりあってこそ、物の豊かな生活をしながら、心もまた豊かになっていく。そういう人こそこれからの社会においてはもっとも望ましい人、あるべき人というのはそういう人ではないかと、そんなふうに私は思うわけですね。
 
松村:  その源は自分の心の中にしかないということなんですね。
 
勝又:  結局、「精神生活の豊かさ、心の豊かさ」とおっしゃる、そうなんだけど、出発点はすべて今日申しました最初のテーマの「自己をみつめ、深めていく」と、そこから入らないことには、何も到達し得ないと、そのような気がするわけですね。
 
松村:  どうも大変良いお話を長い時間にわたりましてありがとうございました。
 
勝又:  どうも失礼致しました。
 
     これは、昭和六十二年二月一日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである