憎しみを越えて
 
                        宣教師 ヒュー・ブラウン
一九五七年生まれ。血みどろのテロが繰り広げられた北アイルランド・ベルファスト出身。十五歳でカトリック系のテロ組織IRAと激しく対立したプロテスタント系テロ組織「アルスター義勇軍」(UVF)に入る。銀行強盗、爆弾テロ闘争などに参加。六○人のメンバーを率いるリーダーとなる。逮捕され、政治犯として懲役6年の実刑判決。二十歳の時、獄中で回心し、死を覚悟してテロ組織と決別する。一九八五年、宣教師として兵庫県に来日。西播磨キリスト教会牧師。各地で講演会、非行少年の更生に奔走、非暴力と平和の大切さを訴えてきた。著書に『なぜ、人を殺してはいけないのですか』
                        ききて 西 橋  正 泰
 
ナレーター:  兵庫県たつの市にキリスト教プロテスタント系の教会があります。信者は十五人ほどの小さな教会です。この教会の牧師は北アイルランド出身のイギリス人宣教師ヒュー・ブラウンさんです。ブラウンさんは来日してから二十年あまり兵庫県を拠点に宣教活動を続けています。北アイルランドに住んでいた頃ブラウンさんは、非合法組織に属し、テロリストとして活動していました。一九六○年代後半にイギリスの一部である北アイルランドで紛争が起こりました。イギリスから分離し、アイルランド共和国への統合を目指すグループIRA(アイルランド共和国軍)と、それに反対するグループが対立、先祖がイギリスから移住してきたブラウンさんは分離に反対するグループに入りました。しかし非合法活動を続ける中、ブラウンさんは逮捕されます。そして刑務所に入り、罪を償っている間にキリスト教に目覚めました。出所後は宣教師の道を進みます。二十一年前に来日して以来、自らの体験を元に講演活動などを通して平和の大切さや憎しみを越える生き方について語り続けてきました。
 

 
西橋:  十五歳でイギリス系のテロ組織に入るわけですね、メンバーに。
 
ブラウン:  入りました。紛争地に住んでいる、特に男の子たちは自分たちの民族のために命を懸けて闘う人たちを見て格好良く見えるし、大人たちの間でもテロリストと呼ばれている人たちは、紛争地の中で英雄と呼ばれているんです。だから男の子たちは憧れてしまうんですね。で、若いうちに誘われて迷い無く入ってしまうんです。テロリストになるという思いとか気持ではなくて、やっぱり自分の家族や民族を護るために命を懸ける英雄になるという、そういう気持で入ってしまうんですね。
 
西橋:  当時はもうIRAとイギリス系テロ組織とは非常に激しくぶつかり合って殺し合いをやっている時代ですか。
 
ブラウン:  そうです。ちょうど僕が入ったのは七十二年ですから、一番紛争がピークでした。テロ活動がピークで一番激しい時でした。
 
西橋:  気持の中には、もしかしたら自分は組織の活動の中で死ぬかも知れない、という気持もおありだったんですか。
 
ブラウン:  はい。その可能性はあると思っていたんですけれども、逆にベルファスト(北アイルランドの中心都市)はテロ組織の拠点になっていて、テロ組織の支配の中に入っていたような状況で、どこかの組織に所属しないと逆に殺される可能性が高いかも知れない。組織に入ることによって自分もある程度護られるという部分もありました。
 
西橋:  銃を持つということは少年にとってどんな変化がありましたか。
 
ブラウン:  そうですね。私自身はそういうものを手に入ると、凄い力が手に入ったという気持と恐いという気持。この指一本動かすだけで人の命を奪うことができるということと、自分の身を守るためにも凄い力が手に入った、という二つの違う気持が同時にありました。
 
西橋:  実際に、例えばIRAなんかと直接撃ち合ったりするようなシーンもあったんですか。
 
ブラウン:  いや、無かったんですよ。北アイルランド紛争でテロ組織同士の撃ち合いというシーンはほとんど無かったんです。
 
西橋:  あ、そうなんですか。
 
ブラウン:  誰がIRAのテロリストかわかったら、その人の住んでいるところとか、仕事しているところとか、また遊んでいるところとか、それがわかったらそこに行って至近距離から射殺する。相手は自分を守る武器―銃など何も持っていない時でもまあ卑怯なやり方ですけれども、そういうことでした。
 
西橋:  お互いにそういう状況?
 
ブラウン:  お互いですよ。家族と一緒にくつろいでいる子どもの目の前で殺された人はたくさんいるんです。一番油断している時が一番狙い易い。そういう残酷なやり方していました。
 
西橋:  答えにくいかも知れませんが、ブラウンさん自身は殺したり傷付けたりしたことありますか。
 
ブラウン:  自分の手で直接人を殺したことはないですね。幸いにそういう機会は無かったということですね。でも私が入っていた組織、また親しい友だちも含めて、勿論そういう経験を持っている人は何人もいるんですね。
 
西橋:  逆に、じゃ、殺された仲間も何人もいるわけですね。
 
ブラウン:  はい、居ますね。仲間のお葬式に何回も行きました。そのテロで命を落とした十代の少年も、何人もいました。
 

 
ナレーター:  ブラウンさんの出身地、北アイルランドはアイルランド島の北東部にあるイギリスの一部です。ブラウンさんは一九五七年にベルファストで生まれました。六人兄弟の四番目に生まれたブラウンさんは、双子の弟と仲が良く、何をするにも一緒でした。サッカー好きのブラウンさんは、弟と共にプロの選手を目指しました。しかし夢を果たすことができませんでした。その頃イギリスから分離し、アイルランド共和国への統合を目指す組織と、それに反対するイギリス系の組織が対立していました。イギリス人のブラウンさんは弟と共にイギリス系の組織に入りました。そこは一度入ったら一生抜けることができないという非合法組織でした。
 

 
西橋:  そういうその組織のメンバーとして活動していた時のことで、今、ブラウンさん自身が忘れられない出来事というと、どんなことがありますか。
 
ブラウン:  忘れられない出来事はいろいろありますけれども、一番忘れられないのは自分自身と自分の家族がテロの被害者になった時ですね。つまり対立テロ組織のテロリスト十人が私たちの家に夜中に入って来て、私と双子の弟を拉致(らち)したんです。寝ているところからですね。その時お母さんも自分の子どもを自分の身をもって守ろうとして、お母さんも暴力で倒されたんです。私はそのまま寝ているところから引きずりおろされて、寝ていた下着一枚だけの格好で、外で待っている車に連れて行かれて、その中で寝かされて、頭に物を被せられた。弟も同じようにもう一台の車に寝かされて、二人とも同じところに連れて行かれたんです。もうこれは二人とも絶対に殺されると思ったんです。相手はそれを最初から叫んでいたんです、繰り返して。結局殺す前に、私たちが関わっている組織の情報を欲しいから、拷問でその情報を聞き出したいということで、二時間ぐらい弟と拷問を受けた。両膝をピストルで撃ち抜かれて、逃げられない。立つことも出来ない。また目の前で私と同じように弟も拳銃で撃たれて、弟の叫び声を聞きながら、弟をまったく助けることも出来ない。拷問の意味で膝だけでしたけど二度と歩けないようにと、弟も私も同じ目に遭ったんです。結局、拷問が二時間位続いて、なぜかわからないけれど、突然その場で放置されて、相手がみんな消えてしまった。私と弟は救急車で運ばれて助かったんですけども、それは何故そういうふうに助かったのか、自分でもよく答えられないんです。
 
西橋:  弟さんの命は助かった?
 
ブラウン:  はい。二人とも助かりました。
 
西橋:  足はどうでした?
 
ブラウン:  最初は、「二度と歩けないかも知れない」と、何回か医者に言われましたけれども、結局大きい手術して、そしてかなりきついリハビリをすることによって、何とか歩けるようになった。今ズーッとその足を私は運動して鍛えて、後遺症を最低限で押さえているんですけど。
 
西橋:  弟さんは?
 
ブラウン:  まったく同じです。
 
西橋:  そうですか。
 
ブラウン:  二人とも奇跡的に助かった、と言ってもおかしくないと思いますね。
 
 
ナレーター:  ブラウンさんはベルファストで非合法活動に三年間関わりました。しかし十八歳の時、組織の資金を調達するためにおこなった銀行強盗がきっかけで逮捕されます。政治犯として送り込まれた刑務所では同じ組織の人たち同士が集められていました。
 

 
ブラウン:  同じ組織の人と一緒に一つの大きい檻の中に入れられたわけです。
 
西橋:  敵対する組織の人が混ざり合うと、そこでまた紛争が起きるから分けて?
 
ブラウン:  そうです。分けて収容するんです。そして結局刑務所の中に入っても、組織から離れられないんですね。周りは組織の人間ばかりです。その中で刑務所の規律だけではなくて、自分の入っている組織の規律も生きているままですね。
 
西橋:  そうですか。三年間―結局、刑としては六年だったそうですね。
 
ブラウン:  はい。
 
西橋:  六年だけれども、実質的には三年間で保釈になったわけですね。
 
ブラウン:  そうです。イギリスの法律の下で、その当時の半分は仮釈放になりますので、まる三年間で刑務所から出所することができました。
 
西橋:  その三年間の刑務所暮らしというのは、ブラウンさんにとってどうだったんですか。
 
ブラウン:  そうですね。まず最初は、捕まって刑務所に入るとわかった時、ホッとしたんです。普通は口惜しいという思いとか、そういう気持がある筈ですけども、そういう状況で刑務所の中に入ると安心して眠れる。自分の家から夜中に拉致されたことがあってから、夜安心して眠れなかったんです。ところが刑務所である程度安心して眠ることができますから、まあこれでホッとしたんです。でも、刑務所に実際に入って、最初の印象はやっぱり犯罪者という、ハッキリいいますと、自分は何か人間以下の存在という目で見られているということを凄く感じました。
 

ナレーター:  二十歳の時、ブラウンさんに転機が訪れました。刑務所の中でキリストの生涯に関する映画を見たことがきっかけでした。その映画は「ベン・ハー」です。ユダヤの豪族の息子ベン・ハーの数奇な運命を通して、ローマの圧政やキリストの最後を描いた作品です。
 

 
西橋:  映画を楽しく見ていた。罪意識とか何もなくて、仲間と楽しく、これは凄い良い時間つぶしになると思って見ていたんです。でも、キリストの十字架の場面が上映された時に、突然ですね、不思議な体験をしました。それを日本語で言うと、「神の啓示(けいじ)を受けた」というようなそういう不思議な体験です。それまでは一回も体験したことがないようなことですね。それは私の人生を百八十度変えました。突然一瞬の中で、キリストの十字架の公開処刑の現場に、僕は実際に立ち会っているような感覚になったんですね。そしてキリストを殺そうとしている人たちの側に自分も立っている、というふうに思えたんですね。気持の中では、罪のないキリストの側に立ちたいのに、今までの自分が生きてきた人生の生き方によって実は反対側に立っている。キリストを殺す方の側に立っている。そういうふうに思ったんです。そういう意味で、「不思議な体験」という言葉使っています。これからキリスト側のほうに立ちたい。そういう意味でクリスチャンになりたいという気持がその瞬間突然心の中に湧いてきたんですね。その映画の場面と一体化したような不思議な体験でした。見せられたものは、自分自身の罪というものを、それまで見たことがない形で見せられたんですね。テロ活動という重い犯罪は当然罪だとわかっていたんです。わかりながらそれをやっていたわけですけども、それとまた違う形で自分の罪というものを見せられてショックを受けました。
 
西橋:  「見せられて」というのは、何か具体的にブラウンさんの罪が指摘されるようなことだったんですか。
 
ブラウン:  はい。〈キリストを殺したのは私だ〉と。それはそういうふうに見せられたんですね。どういうことかと言いますと、テロ活動とか、そういうものだけではない。小さい時からズーッと神さまを無視して、神さまを信じないで、自分勝手に自分の人生を送りたいという、そこからテロが始まった。そこから自分が犯してきた罪―数え切れないほどの罪、全部そこから始まった、と。そういうふうに突然生まれて始めて見たんですね。そして心から悔い改めて、クリスチャンにないたい、と。こういう罪の中で、これから生きて行きたくない。そういう思いが突然心の中で湧いてきたんですね。
 

 
ナレーター:  刑務所の中でキリスト教徒になることを願ったブラウンさん。しかし、愛と平和を説くキリスト教を信仰することと、非合法組織の一員として生きていたことには、大きな矛盾がありました。
 

 
ブラウン:  クリスチャンになる決心をすれば、テロ組織の目から見て、私は裏切り者になるんです。これは恐ろしいことです。というのは、クリスチャンになるとテロ組織と離れる、決別することになるんですね。それは最初誓って入れてもらったことを破るということですね。
 
西橋:  一生もう離れられないんだよ、ということをわかったうえで入った?
 
ブラウン:  そうです。クリスチャンになりたいからといって「辞めたい」と言ったら、普通は殺されることになるんですね、裏切り者として。
 
西橋:  刑務所の中でも、でも同じテロ組織の中の人たちと一緒に生活しているわけでしょう。当然聖書なんか読んだりすればわかるわけですね。
 
ブラウン:  そうです。すぐばれるんです。だからすぐ簡単にクリスチャンになる決心はできなかった。その夜一晩中ほとんど眠らないで、いろいろ悩んで考えて、人生を振り返って、そして次の日になってもまだ決心がつかなかったんです。結局その次の日の午後二時頃でした。もうこのままでやっていけないと思ってもうけじめをつけなければならない。どっちかを選ばなければならない。殺されるかも知れないけれども、それは神さまに委せるしかない。とにかく今までの人生このままでは何よりそっちのほうが嫌だ、と。そしてクリスチャンになる決心をしました。もうすぐそれは組織にばれて、組織のリーダーが非常に怒りました。何故かというと、特にそのリーダーと私は深い信頼関係があって、組織を裏切っただけではなくて、個人的にも彼を裏切った、ということにもなったんですね。そのリーダーは絶対私の決心を止めさせるつもりで、何回か脅してきました。リーダーは恐ろしい人物で、同じ組織の人間が恐がるような冷酷な人でしたけれども、私は脅しに負けなかった。だからそのうちに、組織のリーダーが私の改心は本物だ、というふうに見てくれたと思います。勿論、組織を辞めることを許可するとなれば、当然組織の情報を洩らさない、という条件付きで、「それだけ守ってくれれば、クリスチャンとして、どうぞ」というふうに言ってくれたんです。とにかく本当にクリスチャンになる体験をしている様子を彼自分の目で見て、以前の私が大変変わったのを見て、逆に組織に役に立たない、ということがわかった。それで殺さないで、深い信頼があったので、「情報を洩らさない限りクリスチャンとして頑張ってください」と言ってくれました。それで組織を辞める許可というものが手に入ったんですね。二度とその後、組織と関わったことはないし、声を掛けられたこともないです。
 

 
ナレーター:  ブラウンさんは三年間服役した後、二十一歳で出所します。その後パン屋の配達をしながら、自分が進むべき道を神に尋ねる日々を送りました。そしてある日宣教師になる決意をする出来事に遭遇したのです。
 

 
ブラウン:  ある日実は夜中でしたけども、ぐっすり寝ている時に突然目が覚めたんです。不思議というか、おかしいと思ったんですね。眠気も何もない。こんなに深く寝ていたのにパッと目が覚めて、もしかして人が入ってきたのかと思ったんです。でも誰も居ない。何か物が落ちたその音で起こされたのかと思ったんです。でもそういうようなことも何もなかった。ちょっと考えて、これはおかしいなあと思いながら起きて、祈るべきだ、とそう思ったんです。祈るためにベッドから起きようとしたその瞬間に、神さまという存在が部屋の中に入って来られたような、自分がその神さまの存在の中に包まれている。この神さまに起こされたという、突然ハッキリとそういう意識になったんですね。そしてベッドの横に跪(ひざまず)いて、二、三分、聖書を開いて祈ったんです。その時、私は三ヶ月ずっと祈り続けてきた「自分の人生に対して、神さまの計画は何か」という課題にピッタリ合う言葉が最初に出てきたんです。それは、英語の聖書ですので、
 
     How beautiful upon the mountains are the feat of him
     that bringeth good tidings ,that publisheth peace
 
これを日本語に訳しますと、
 
この平和の福音を述べ伝えるものの足は
山々の上になんと美しいことでしょう。
 
という言葉でした。この言葉は、初めて読んだ人にとっては、どういう意味になるかわからないでしょうが、私は三ヶ月もズーッと祈り続けて、「自分の人生に対する神さまの計画は何か」と求めてきた中で、これを読んだ時に、この答えを神さまが私に語るために起こしてくださった、というふうに理解したんです。つまり、僕の人生に対する神の計画は、〈これからキリストの平和の福音を述べ伝える仕事だ〉と。牧師か宣教師になって福音を伝える仕事が私に与えられている使命だ、と受け止めたんですね。
 

 
     キリストと結ばれる人はだれでも、
     新しく創造された者なのです。
     古いものは過ぎ去り、
     新しいものが生じた。
       (「新約聖書 コリントの信徒への手紙二」より)
 

 
ナレーター:  神の教えを広めるため、宣教師になる決意をしたブラウンさんは、二十三歳でイギリスの神学校へ入学しました。勉強を続けるなか、神学校で知り合ったアンさんと結婚します。卒業直後の一九八五年、以前から関心を持っていた日本に、教団の指示で派遣されました。赴任地神戸で日本語を習いながら、宣教活動を始めます。ブラウンさん夫妻は男の子二人、女の子二人の四人の子どもに恵まれました。しかし阪神淡路大震災に遭遇した後、家族は帰国。ブラウンさんは単身赴任という形で活動を続けました。震災の翌年、現在の兵庫県たつの市にある「西播磨教会」に派遣されました。木造の農家を改築した教会を拠点にブラウンさんはなじみのない土地で一からのスタートをきったのです。
 

 
ブラウン:  教会の近所でチラシを配ったり、いろんな布教活動をして、そして毎週日曜日の礼拝をして、人を来るように誘って、少しずつ人が来るようになりました。最初から同じ村の一人の主婦で、キリスト教の信者がいたんです。その人が、まず家族から一人ずつ信徒になって、そこから教会が始まったんですね。
 
西橋:  そうですか。今、何人ぐらい信者がいらっしゃるんですか。
 
ブラウン:  今、十五人位ですね。みんな全部集まることは少ないけども、みんな来たら大体十五人ぐらいです。
 
西橋:  見知らぬ土地に入られて、それで布教のチラシを配ったり、いろんな呼び掛けをしても、なかなかこちらが期待するような反応ってなかったでしょう?
 
ブラウン:  そうですね。何千枚とか、何万枚もチラシ配っても誰一人も来ないということもありました。日本どこでも、特に地方の方は凄く布教活動がしにくいところですね。
 
西橋:  その時に何か虚しさみたいなものは感じることはなかったですか。
 
ブラウン:  虚しさは感じない。必ず人が来るようになるとずっと信じ続けていましたから。それを信じられなかったら大変辛いと思いますけども、そういうことは信じていました。
 
西橋:  信じながらそうやって行動しているなかで、逆にまた喜びみたいなものを味わうこともあるんでしょうね。
 
ブラウン:  そうですね。やっぱり自分の使命を果たしている喜びを感じますね。それだけじゃない、一人でも多くの人が神さまという存在を知るようになってくれることが何より私の喜びですね。
 

 
ナレーター:  ブラウンさんは十年ほど前から神戸刑務所で教誨師(きょうかいし)を勤めています。教誨師とは受刑者に倫理的、道徳的な話をしながら教え導くという活動をするボランティアです。ブラウンさんは受刑者を対象に行う集団教育や、個人面談などを担当しています。その活動を通して、ブラウンは自らの体験とその体験から学んだことを受刑者に伝えようとしています。
 

 
西橋:  教誨師を努められてどのくらいになりますか?
 
ブラウン:  そうですね。十二年目ぐらいですね。その前からまあ刑務所とか少年院とか、更生施設の中で、自分のアイルランドで体験したことを生かせて、他の人たちが立ち直るように、そのために自分の体験を生かしたいという気持はずっとありました。実際に日本でそれができるかどうかわからなかったんですね。でも日本に来て六年目ぐらい経って、初めてそういう道が開かれるとわかってきたんですね。すぐ開かれるんではなくて、まず教誨師になるためにいろいろ手続きしなければならない。推薦状とか、いろいろ必要なものがあるんですね。結局四年間掛かったけれども、十年目やっと神戸刑務所の教誨師として就任するこれが出来たんです。私は受刑者の前で話をする時、自分自身の体験を中心にして話をするんです。受刑者の方々は理屈よりも現実的なものを求めていると思います。同じ道を通って来たので、みなそこで受刑者にとっては信頼があると思いますね。そして心を開いてくれるんですね。
 
西橋:  ブラウンさんは刑務所に政治犯としていらっしゃったわけですね。でも普通の、例えば神戸刑務所なら神戸刑務所の中にいる受刑者の人たちはいろんな犯罪を犯した人たちですね。それでも何かこう話し合えるというか、ブラウンさんの言うことを聞いてくれるというような関係は、すぐにというのは無理なんでしょうけれども、徐々につくられていくものなんですか。
 
ブラウン:  そうですね。政治犯であったと言っても、やっぱりテロ組織も犯罪組織ですから、私の中でまったく同じものですね。どんな犯罪を犯したと言っても同じ人間としてしか見ていない。そして彼らを見て必ず立ち直ることができる、と百パーセントの確信を持って話をすると、それは伝わりますね。やっぱり聞いている人も、自分は捨てた者ではないというか、信じてくれる人がいる。これも勿論、犯罪を犯した人たちにとって立ち直るためにとても大切なことだと思いますね。そして特に、出所する前にお礼を言いたいからと個人面接のことを頼んでくるんですね。そして今まで何回かずっと刑務所の中で私の教会に参加して、そして「今から出所しますが、これからもクリスチャンとして貧乏でもいいから、これから正直な人生を送ります。教会にもこれからも行きます」と、目が涙でいっぱいになって、そういう方がそう言ってくださると、とても嬉しいですね。そういうことは今まで何回もありました。
 
西橋:  そうですか。そういう時は宣教師としては嬉しい時でしょうね。
 
ブラウン:  そうですね。やっぱり嬉しくて、一人の人間が救われたという実感できると、とても嬉しいですね。それ以上の喜びはないと思いますね。
 
西橋:  確かに人生が変えられるという、そうなって欲しいですね。
 
ブラウン:  私は、残念ながら日本の方々は、そこまで変わることができると思っている人は少ないですね。私は、できるだけたくさん〈人は変わることができるんだ〉という実例を日本人のみなさんにみせたいですね。今のところ、人は変わることができると信じている、思っている日本人はとても少ないです。大変残念なことですね。
 

 
ナレーター:  ブラウンさんは五年前、自らの経験を綴った自伝を出版しました。その中で憎しみを乗り越えて生きていくことの大切さについて記しています。
 

 
西橋:  ブラウンさんは著書の『なぜ人を殺してはいけないのですか』というご本をお書きになっていますが、その中でも「赦(ゆる)す」ということの大切さ、ということを強調していらっしゃいますね。
 
ブラウン:  そうです。自分自身の体験の中で、「赦す」ということの大切さを学ぶ必要もありましたし、今の世の中で、これがますます必要になっているということを実感しているんですね。今の世の中でテロとか、凶悪犯罪、日本も例外ではなくて、凶悪犯罪の増加がありますから、当然被害者の方々も増加しているんですね。私は北アイルランド紛争の中で辛い体験を通して教えられたことの一つは赦すことの大切さですね。これは人生最後まで被害者として、怒らないように、そして憎しみを越える唯一の方法として教えられましたね。
 
西橋:  ブラウンさんが「赦せない」と思った体験といのを具体的に話して頂けませんか。
 
ブラウン:  十六歳の時に自分の家族がテロ組織の暴力を受けて、特に双子の弟と自分自身が拉致されて、拷問を受けて、そして拳銃で撃たれた。それはやっぱりとても赦せない。もう相手を殺すということしか考えられなかったんです。その機会を待っていたんですね。赦すということ、その発想自体さえできなかったんですね。赦すというのはあり得ないと思っていました。
 
西橋:  その体験を周りの人に話せば、周りの人は、「それは赦せないのが当然だ」と、きっと同情してくれるし、もしかしたら復讐を勧める人たちもいたかも知れませんね。
 
ブラウン:  そうです。それは私が生きていた世界の中で、復讐するのは当たり前でした。だからすぐ復讐として何人かの人は撃たれたんですね。またアイルランド紛争というものは三十五年も長く続いた一番大きい理由は復讐の連続、報復の連続です。それだけですよ。
 
西橋:  憎しみが憎しみを生んでいく、というその連鎖なわけですね。
 
ブラウン:  そうです。まさにその通りです。
 
西橋:  ブラウンさん自身は、その「赦せない」と思った自分と弟を傷付けた相手に対する憎しみを、どうやって―今、もう赦していらっしゃるわけでしょう。「赦す」という思いにまで至らせたんですか。その過程を少し具体的に話して頂けませんか。
 
ブラウン:  自分から思い出すことをしないようにする。これはまず最初の一歩ですね。残念ながら被害者―私もそうでしたけれども、そのことを忘れたくない。わざと何回もそれを思い起こし、それを心に留める。そうするとますます酷い感情が心の中に湧いてくるんですね。相手を殺したいとまで思う。それだけ酷い被害を受けた人はわざと思い起こさなくても、何かのきっかけでそのことをまた思い出して考えるようになってしまうんですね。そういうこともあるので忘れることは不可能です。私はそれがよくわかったんです。何十年経っても忘れられない。それだけ酷いことでしたね。でも何かのきっかけで思い出して考えるようになってしまった時も、それに気付いた時、それ以上そのことを考えないようにすればいい、と。別のことをわざと考えるように、とにかくそうすればそのうちに新しい考え方のパターンが身についてくるんですよ。自然にそういうふうになるんですね。ズーッとズーッといつも、最初はその回数がたくさんあって、努力が大きいかも知れないけれども、そのうちに自分の考え方の中で、それが自動的にというか、自然にそうなる。言葉で説明するのは簡単ですけど、実際にするのはある程度努力が必要です。でもほとんどの人はそれをしない。何故かというと、〈自分は被害者なのに、何で相手を赦すために、私は努力しなければならないか。こんな不公平な話はない〉という。しかし、反撥買うような話ですけれども、やっぱり「赦す」ということが自分自身のためにどうしても必要なことだとわかってくるんですね。
 
西橋:  「赦す」ということは、誰のために必要なのか、ということですね。
 
ブラウン:  そうです。だから相手のために思っているから不公平に聞こえる。相手は必ず悪いことをする人は必ず裁かれるんです。
 
西橋:  法的に裁かれると。
 
ブラウン:  捕まったら法律に従って裁かれるんですね。それも場合によっては、捕まらないで裁かれなくても、神さまという存在がいるならば必ず裁かれる、と私は信じています。裁くのは自分で裁く必要はない。法律に委せなさい、その上に神さまに委せなさい、と。心が憎しみに支配されたままで生きていくことは大変しんどい。そのうちに被害がますます大きくなると思います。精神的にも、肉体的にも、大変な負担が自分にかかってくるし、安らぎのある心とか、喜びのある心をもつことが憎しみに支配されて不可能になるのですね。そういう意味で、私は赦せない被害者は、いつまでも被害者のままでいる、と。それが凄く勿体ないことで、たった一度しかない人生を最後まで被害者として送るということは、自分のためにもならない。誰のためにもならない。そう思うと、委せて自分で裁かない。自分で復讐しない。また、する必要はない。そういう意味で正しく赦すことの大切さがわかれば、不公平ではないですね。自分自身のためです。
 
西橋:  ブラウンさんの被害者としての体験から赦すというお話はよくわかりますけれども、じゃ、今度は逆に、ブラウンさんがテロリストとして加害者でもあったわけですね。加害者としての方のことは、どんなふうに思われますか。
 
ブラウン:  加害者として罪を償うことも必要なことですね。罪を犯した人は、社会において、社会の秩序守るためにも、また正義を保つためにも、どうしても必要だと思いますね。だから加害者は裁かれないで、罪を償わないで済むという話ではない。私が、「赦す」といっているのは、そういうふうに誤解されたくないんですね。
 
 
ナレーター:  自分のために赦すことの大切さを説くブラウンさん。世の中に平和をもたらすためには、まず自分の身の周りから始まることが大切だと考えています。
 

 
ブラウン:  私は日本に遣わされてきた時から、聖書の言葉の中で、
 
     平和の福音を述べ伝えるものの足は
     山々のうえになんと美しいことでしょう。
 
その「平和をつくる」というのは、私の使命の中に含まれている、と私は信じているんですね。それは自分が紛争地で生まれ育って、紛争というものを体験して、そしてその中で実際に平和を見付けて、自分自身も周りの多くの人も、そういう経験を持っているから他の人たちの間にも平和をつくることができる人が少しでも増えていけばいいと、まず自分の身近な人たちや自分のすぐ周りにいる人たちの中で、受け容れられない人、赦せない人がいるならば、そこから始まらなければいけない、と。それは日本の多くの方々は、私が講演会などした後で、「私たちはどういうふうに世界平和に貢献することができますか?」と聞かれます。まず自分の身近な人たち中で、そういう赦せない人とか受け容れられない人がもしいるなら、世界の平和に貢献できると思ったらおかしい。凄く矛盾しているんですね。自分から、そして自分の身近な人たちの中から始まるんですね。それが少しずつ大きくなって、世界の平和に繋がる、というふうに、私は考えているんです。
 
 
     これは、平成十八年十月二十二日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである