マンダラの宇宙―いのちを見つめて―
 
                 大日寺住職・四国大学教授 真 鍋(まなべ)  俊 照(しゅんしょう)
一九三九年東京生まれ。高野山大学文学部卒業、東北大学大学院文学研究科修了。文学博士.画家(号,香川写人)。東北大学助手の後、六五年に奈良国立文化財研究所文部技官、七○年に神奈川県立金沢文庫学芸員として転任し、三○年にわたって文庫新館建設や金沢文庫古文書の重要文化財指定などの仕事に従事する。九六年に同文庫長。九八年より四国霊場第四番大日寺住職。コロンビア大学客員教授(東アジア学部)を兼務、九九年より宝仙学園短期大学教授(造形芸術学科)、学長。二○○四年より四国大学文学部教授。著訳書に、J・オーボワイエ著『東アジアの美術』(訳)、『密教曼荼羅の研究』『チベット・ネパールの仏画』『弘法大師紀行』『曼荼羅の美術』『弘法大師行状絵詞』『密教図像と儀軌の研究』『曼陀羅は何を語っているか』など多数。
                 き き て        白 鳥  元 雄
 
白鳥:  讃岐山脈の南に広がる徳島県の板野町(いたのちょう)。久しぶりに四国の土を踏んだ十一月の初旬、紅葉にはまだ少し早く、秋の日差しに輝いていました。板野町の山間、黒谷と呼ばれるところに建つ大日寺(だいにちじ)、四国霊場八十八カ所の第四番の札所です。今日は秋のお遍路さんで賑わうこの大日寺に、ご住職の真鍋俊照さんをお訪ねしてお話を伺います。真鍋さんは、昭和十四年のお生まれ。高野山大学、東北大学で学び、奈良国立文化財研究所、金沢県立金沢文庫にお勤めの後、宝仙(ほうせん)学園短期大学の学長となり、平成十年には、ここ大日寺の住職を継がれました。真鍋さんは密教や密教美術の研究者であると同時に、ご自身で絵筆を執り、精緻(せいち)な仏画を描き続けておられます。今日は、真鍋さんご自身が描かれた曼陀羅などの仏画を見せて頂きながらお話を伺います。
 

 
白鳥:  今、真鍋さんが筆を進められているのは、不動明王ですね。
 
真鍋:  そうなんです。不動明王です。曼陀羅をいろいろ描いていく前の作業なんですよ。こういうように十三仏、ずーっとあるんですけど、曼陀羅はこれが小さくなるわけです。
           
白鳥:  なるほど。しかしほんとに色鮮やかなものですね。
 
真鍋:  そうですね。仏画というと、普通我々古いものをよく見ますけど、描き上がったものはカラフルで、凄く色鮮やかで非常に奇麗なものなんですよ。ただ掛けっぱなしておくからだんだん黒ずんでくるんでしょう。こちらが下絵で、モノクロの線画図のもので、これを全部最初描きまして、そして色を入れていって、普通は五色ですけど、八色ぐらいから十二色ぐらい使っているんです。だから色の配置から色の変化なんかを辿っていくとなかなか奇麗だと思いますけどね。
 
白鳥:  そうですね。
 
真鍋:  これは立像(りゅうぞう)―立った像ですね。だけど曼陀羅は坐った像―こういう坐像なんです。これはまた縮めていくんですよ。千四百ぐらいあるわけですからね。まあいろんなものを入れると、大体なんやかんだで二千尊近いものを描くわけですね。すぐ大きな画面が描けるわけではなくて、準備の作画の段階のほうが、私は大変なんですよ。
 
白鳥:  なるほど。準備とおっしゃるけれども、ほんとにこれは根の詰まったお仕事ですね。で、真鍋さんがこういう仏画というものに触れられたのはいつ頃なんですか。
 
真鍋:  私はもともと僧侶になることになっていましたから、高松に叔父さんがいまして、十三歳ぐらいから仏画の前の模様の習練をやったんです。
 
白鳥:  十三歳?
 
真鍋:  ええ。
 
白鳥:  小学校六年か中一ぐらい?
 
真鍋:  そうですね。中学に入るちょっと前ぐらいですね。その頃から興味をもって。その時は仏画じゃないんですけど、叔父さんが工芸の作家だったから、いろいろの文様のものが傍に置いてあるわけですよ。それでちょこちょこと寄っていって、奇麗だなあと思って、そういうものに最初興味を持ったんですね。それからいろいろありまして、仏画を教えてもらうことになったんですけどね。
 
白鳥:  そうですか。
 
真鍋:  家のお爺さんがあんまり仏画にのめり込むと家系を継いでもらえないということになるんで、それで叔父さんは気をきかせてくれて仏画を教えてくれることになったんです。
 
白鳥:  そうですか。この部屋は江戸時代からのお部屋と聞いていますけど、ここでその当時の十三歳の真鍋少年はこういう絵を描いていらっしゃったんですかね。
 
真鍋:  そうですね。けっこう好きでしたね。中学の時なんかは洋画をだいぶ描いていました。仏画は一旦ちょっと休んでいたんですけどね。
 
白鳥:  そうですか。しかし、仏画と洋画と両方併行していらっしゃった。両方ともしていらっしゃるというのは強みかも知れませんですね。
 
真鍋:  こういう色鮮やかな仏画というのは、日本画の材料を使うわけです。ともかく色の組み合わせだとか重ね具合だとか、それでいて他の色を全部シャットアウトするということはないわけですよ。色は全部生かしていくんですよ。塗り潰すようなことは、私の場合は画法としてはあんまりないんですよ。
 
白鳥:  さっきお話を聞くと、これだけの細かいお仕事が何千体と続くということですが、空恐ろしいぐらいの労働という感じがしますが。
真鍋:  そうですね。それも修行だと思えばけっこう楽しいですね。すべてそうですけど、絵も自分を高揚して楽しくないと、いいものが描けないんじゃないかというふうに思いますね。よく「苦しい、苦しい」っていうように、生みの苦しみを言いますけれども、私は逆で乗ってしまうと、もう時間を忘れて、食事も忘れて、という感じですね。だから夜描くんです。もう家族が寝静まってからのほうがいいんです。
 
白鳥:  最近に曼陀羅を完成された、と聞いておりますが。
 
真鍋:  はい。いくつか描いているんです。ちょっと手許に残してあるものは、三、四年前に完成したものですが、それを是非見て頂きたいなあと思っているんです。
 

 
白鳥:  これがお作品ですね。仏さまがいっぱいいらっしゃいますね。
 
真鍋:  そうですね。
 
白鳥:  これは「両界曼陀羅(りょうかいまんだら)」ということで、この二幅がセットになっている?
 
真鍋:  そうなんです。
白鳥:  イメージを表している。
 
真鍋:  これは密教の特徴ですね。
 
白鳥:  右側が「胎蔵曼陀羅(たいぞうまんだら)」?
 
真鍋:  はい。正確にはよく「胎蔵界」と言いますけど、今おっしゃったように、「胎蔵曼陀羅」と言うのが正しいですね。
白鳥:  そして、真ん中にいらっしゃるのが大日如来ですね。
 
真鍋:  そうです。
 
白鳥:  またこの大日如来は眉と眸が美しくてふくよかな感じですね。
 
真鍋:  ちょっと童顔をしているんですね。
白鳥:  若いお顔ですね。
 
真鍋:  私はそれを描いていてわかったんです。曼陀羅は中国の長安でお大師さんが修行して、そして持ち帰ってくるわけです。お師匠さんの恵果阿闍梨(けいかあじゃり)(746-805)が授けたわけですね。これを授けるから一緒に密教を興隆してください、と。そして、のちに弘法大師空海は真言密教を開くわけです。その根本になったのがこの両界曼陀羅ですね。
 
白鳥:  空海が唐での留学を終えて八○六年に帰国した際、曼陀羅を持ち帰ったと辞典に書いてありましたが、九世紀の初め中国から日本に初めて曼陀羅というものが入ってきたわけですね。
 
真鍋:  そうです。大同(だいどう)元年ですね。密教の曼陀羅が初めて弘法大師空海によってもたらされたんですね。これは「請来目録(しょうらいもくろく)」という目録にもちゃんと載っていますね。
 
白鳥:  しかし、ほんとにこれもまた色鮮やかなもので、魅力的な一幅ですね。これはどういうもの、イメージを私たちに教えようとなさっているんですか。
 
真鍋:  今おっしゃった大日如来という仏さんは金剛界にもあるんです。だからこの曼陀羅としてセットになっている「両界」―「両部」とも言いますが―絵としてもあるけれども、同時に大日如来もセットになって、胎蔵界には禅定印の印相をした大日如来。それから金剛界には智拳印(ちけんいん)をした大日如来があります。
 
白鳥:  二つ印が違うわけですか?
 
真鍋:  そうです。それでセットになっているんです。中国から持って帰ったんですけど、元はこれ所依(しょえ)の経典―つまり基づいたお経があるわけですね。胎蔵界という世界観は『大日経(だいにちきょう)』というお経を元にしているんですね。それから金剛界のほうは『金剛頂経(こんごうちょうぎょう)』というお経を元にして描かれているわけです。
 
白鳥:  そういう文字で描かれた世界を映像化したもの、と考えてよろしいんですか。
 
真鍋:  そうです。そのお経の中に、それぞれ曼陀羅に関する記述がありまして、それは詳しく尊をこう描くとか、ああ描くとかという画法まで書いているわけではないんですけれども、尊像、つまり仏像の形というのは、それまでいろいろの歴史がありますからイメージ化できるわけです。イメージを作画にきちんと描き上げることができるわけですね。それがお師匠さんの恵果さんがいた唐の時代なんですよ。
 
白鳥:  曼陀羅というのは、漢字を当てますと随分難しい字を書きますが、あれはどういう意味なんですか。
 
真鍋:  これは「マンダ」という言葉と、「ラ」という言葉に分かれます。そして「マンダ」というのは、いろいろな解釈がありますけれども、一つは「真理」「真実」「本質」ということです。この「ラ」がつきまして、「それを所有する」と。だから、「真理を所有する」「真実を所有する」「本質を所有する」ということです。これで朧気(おぼろげ)ながらなんかイメージが湧いてくるわけですけどね。
 
白鳥:  この曼陀羅の中には、まさに真理があるんだよ、とこういうことなんですか。
 
真鍋:  そういうことです。それで密教の、いわゆる専門用語では、「輪円具足(りんえんぐそく)」というんですね。
 
白鳥:  難しい言葉なんですね。
 
真鍋:  これは、「輪円(りんえん)」というのは「丸いもの」。だから、今申しました「真理」とか、「本質」とかというのは丸いものである、というイメージで、中国の漢訳するお坊さんたちは捉えていたようですね。丸いもの―中には月に喩える場合もあるぐらいですからね。
白鳥:  なるほど。また胎蔵曼陀羅のほうに、お話を戻しますと、この諸仏は大日如来を中心にして、どういう関係性を持っているんですか。
 
真鍋:  全体は宇宙的な生命。つまりご承知のように、仏教はお釈迦さんが悟りを開いて仏教を成立させるわけですね。ところが、その身体は「仏身(ぶっしん)」と言いますが、その身体は教えによって変わってくるんですね。密教の場合は、「法身(ほっしん)」と言いまして、言い換えると、宇宙的な仏さん。そして、その中にも、一つのものではなくて、人間には心があっていろいろ動きますね。そういうものと、もう一つそれを支えている精神というものがある。そういう内と外の関係で、いわゆる悟りの原型というものが、もう一遍人間の形に還るんですね。その時に、法身という、宇宙的生命というものが意識されるんだ、と私は思うんですよ。
 
白鳥:  それにしても、たくさんの仏さまで、どうも仏さまだけじゃなくて、なんかちょっと異様な生き物までいますね。
真鍋:  ええ。周りのところね。
 
白鳥:  全部で何体?
 
真鍋:  大体四百十尊と言われています。
 
白鳥:  そういうものまで含めて、この中に描き込んである。ということは、そういうすべてを、生きとし生けるものを描いているということなるんですかね。
 
真鍋:  そうなんです。「宇宙遍満(うちゅうへんまん)」と言いまして、宇宙にすべての生きとし生けるものが―どんな小さな虫でもいのちがあるわけですね。それから大きな動物でも、それから極端なことをいうと、天候の天変地異(てんぺんちい)まで全部生きている、というようにも考えるわけです。それを包括しているものが宇宙である、と。だから、お釈迦様の、いわゆる現実の身体から、いろいろ修行を通して悟りを深めていく過程の中で変化していくわけです、変身していくわけです。その変身を捉えたものが大日如来、すなわち宇宙的な生命を包括した非常に大きなものだ、と。これは無限で限りがない、と。だから、人間というのは、あるいは生きとし生けるもののいのちというのは無限に続いていくんだ、と。そういう前提に立って、密教の教えというのは構築されているわけですね。それで、十二の部屋が胎蔵界にはあるわけです。真ん中は、「中台八葉院(ちゅうたいはっちょういん)」と言いまして、心臓を―赤い蓮の花が描かれていますでしょう。
 
白鳥:  奇麗な朱ですね。
 
真鍋:  この中に八つの仏さんがいて、真ん中に大日如来という仏さんがいて、全部で九尊あるんです。それが中核、中心です。これが宇宙を包括する部屋ということで「中台八葉院」です。その下に、これはどういうものを現すかというと、そのいのちが育まれていって、育まれるとそれを守らなければなりませんから、「持明院(じみょういん)(五大院(ごだいいん))」と言いまして、その中にお不動さんだとか有名なのがいるんですよ。これは全部おっかない顔をしているから、それをガードするわけですよ。そして、そういういのちが守られて育っていきますと、当然それは仏さんですから優しい心というものを付加する。そういう手順が必要になってくる。それがちょうどこの絵の、向かって左側の「蓮華部院(れんげぶいん)(観音院)」というところですね。そこで慈悲を与えるわけです。そして、与えた慈悲も守らなければなりませんから、向かって右側にとんで、「金剛部院」、これを「金剛手院(こんごうしゅいん)」と言いますが、そういうように、育てては守り、育てては守り、ということで、だんだんその周りの皮を厚くしていく。それでいのちを膨らませていくわけです。そして、今度はその次ぎに上にいって、「遍知院(へんちいん)」と言いまして、これはお釈迦さんの頭脳です。ちょうど真ん中に卍(まんじ)の△(三角)の、これは頭の頭脳的なものができあがる中核になる構造を持っているわけです。そこに守られて、慈悲が与えられて、頭が完全な形で形作られてくる。そうなると、今度はその動きを応用するというか、一番下の「持明院」のちょうど下に、「虚空蔵院(こくぞういん)」というのがあるんですけど、虚空蔵菩薩が中核になりまして、虚空像菩薩は頭脳明晰な修行で知られているんですけど、そこで一生懸命頭のトレーニングをするわけですよ。
 
白鳥:  なるほど。「十二」とおっしゃいましたね。線状に広がっていくような感じね。
 
真鍋:  右回りに広がっていくような。そして、その一番外側に宇宙を包括しているということですから、密教の考えでは、地獄も極楽も全部包括した「六道輪廻(ろくどうりんね)」と言いますね。人間が亡くなってから、なんらかの形で生きて、この世に戻って来れるという。それは小さいものも大きいものもすべてそうだ、ということで、そういうものを包括して、「宇宙的生命」というわけです。それを尊像に託して描くわけです。
 
白鳥:  そうですか。それが四百十を越える数になっている、と。これが「胎蔵曼陀羅」で、この左のほうが「金剛曼陀羅」ですね。これは胎蔵曼陀羅に比べると、すっきりしているというのか、地味というのか、
 
真鍋:  そうですね。シンプルですね。「金剛界曼陀羅」と言いますけど、九つの部屋がありまして、真ん中の一番上が「一印会(いちいんえ)」と言いまして、大日如来が智拳印(ちけんいん)をして、悟りを開いたという姿形ですね。私は描いていてわかったんですけど、胎蔵界のほうの大日如来は子どもの顔とすると、金剛界のほうの大日如来は大人の顔だ、というように、最近思うようになったんです。
 
白鳥:  お髭(ひげ)もこう生えている。
 
真鍋:  そうそう。これは意識して見ないとダメなんですよ。弘法大師空海が持ってきた時は、はっきりそういう区分けがあるんですけど、これが江戸時代まで写されてくると、全部大人の顔になっちゃうんですよ。
 
白鳥:  もう一度復元されて、というか、
 
真鍋:  そう意識してね。これは大体千四百六十尊ぐらいあるんですけど。
 
白鳥:  千四百六十尊!
 
真鍋:  はい。それで九つの部屋は、大体迷いを絶って念想するわけです。だから、胎蔵界はいろいろ理論的な説明をする、そういう絵であるとすると、この金剛界のほうは、実践的に修行の、即モデルである、と。そのモデルの一つが瞑想なんです。瞑想法をずーっとして悟りを深めていくんですけれども、その瞑想の中に、五つの輪がありまして、そして中を見ると五つの仏さんが小さく描かれているんですよ。もうマクロ、ミクロを超越して、大きいも小さいもない。ともかく小さく小さくいっても絶対消えないんです、姿形は。
 
白鳥:  そうですか。ちょっと見せて頂きます。
 
真鍋:  はい、どうぞ。
 
白鳥:  みんなやはり表情がかなり異なる感じですね。
 
真鍋:  それから真ん中に小さい仏さんが、また五尊あるでしょう。それはもう一ミリ―ほんとにそれぐらいの、だけどそこに目だとか鼻だとか口を描き込むわけですね。描き込んでありますから。
 
白鳥:  それはみんな表情が豊かですね。
 
真鍋:  それから周りの「賢劫(けんごう)の千仏」という、同じ顔をした仏さん。
 
白鳥:  これも勿論一つ一つお描きになったわけですね。
 
真鍋:  そうです。
 
白鳥:  凄い労作と言いますか、曼陀羅を描くというのはこういうことなんですか。
 
真鍋:  そうですね。
 
白鳥:  なるほど。これで千四百六十という数字がでるんですか。
 
真鍋:  そうです。それで最終的に欲望も絶ち、いろいろなもやもやしたものも全部整理して、そういうものから解放されて、最終的に智拳印を結んだ大日如来の姿形で悟りの境地に達する、ということなんです。
 
白鳥:  今、虫眼鏡で見せて頂いたらば、まるで万華鏡の世界を見るように、ほんとにまさにマクロからミクロへという。
 
真鍋:  それが胎蔵界で説明されている、いわゆる生きとし生けるものにすべてにいのちがある、と。それはどんな小さなものでも生きているわけです。そして、それは動いているわけですよ。だから、胎蔵界のほうでは、口に真言を称えて、手に印相を結んで、心を三摩地(さんまじ)(心を統一すること)にするという形が、胎蔵界の大日如来の形なんです。その間は修行なんですよ。その修行は、真言密教では四度加行(しどけぎょう)(十八道法・胎蔵界法・金剛界法・護摩法)と言いまして、そういう修行があるわけなんですね。だから、曼陀羅のメカニズムを、もう一遍、即身体でもって実践し体験するんです。それが真言密教の修行なんです。それはこの曼陀羅を前に置いて実際に祈るわけですから。
 
白鳥:  じゃ、そういった修行を経て、この曼陀羅をご自分のものにする。
 
真鍋:  若い時はなかなか無我夢中で行(ぎょう)をやっていましたから、そういう絵の中に描かれた尊像―曼陀羅を描くなんていうことは実践しませんでしたけれども、改めて曼陀羅を描きながら、若い頃の修行の様子を思い出して、それで実感しましたね。
 
白鳥:  そうですか。さっき「四度加行(しどけぎょう)」とおっしゃいましたけれども、これは具体的にはどういう行なんですか。
 
真鍋:  これは最初が、「十八道」、次が、「胎蔵界」「金剛界」、それで最後に護摩を焚くんですよ。その四つの修法を「四度加行(しどけぎょう)」というんです。最短で百日ですね。ただその前に準備が必要ですから、準備をしながらやると、私なんか二年かかりましたね。食事も朝と晩の二食(にじき)ですから、身体は非常に大変でしたね。
 
白鳥:  具体的にはどういうふうに?
 
真鍋:  具体的には、仏さんの身体を自分の身体の中に入れてしまうわけですから、「身・口・意」の「三密(さんみつ)」「三業(さんごう)」と言いまして、例えばお不動さんの場合には、こういう印を組むんですよ。それで真言を称えるんです。宝生(ほうしょう)如来は、これがちょっと変わるんです。ちょっと指がこう曲がって、真言を称えるんです。
 
白鳥:  そうすると、この曼陀羅の一尊一尊について印を結び、真言を称えていく。
 
真鍋:  そうです。二時間位かかります。
 
白鳥:  四百何体、全部合わせると、二千体近い・・・。
 
真鍋:  そうです。それを二時間ぐらいかかって、それが一坐なんですよ。これを一日三回するわけです。それが最低でも一週間ぐらい続きましょうかね。
 
白鳥:  そうですか。
 
真鍋:  だから真言でもすぐテキストをパッと読むんじゃなくて、自分で身体の中に入れるわけだから、真言をもう一生懸命唱えるためには暗記したものをそのままというわけにいかないわけですよ。もうこの手の形を作ることと、心を三摩地にするということが自然に身体の中で出てこないとダメですから。
 
白鳥:  それが「身(しん)・口(く)・意(い)」という、「三密」とよくおっしゃっていますけど。
 
真鍋:  「身」は身体、「口」は言葉、「意」は心。それで身体全体ということです。だから、真言密教の場合は、もう一遍身体を、後々いろいろ展開された修行があります。お遍路なんかもそうですが―そういうものをもう一遍身体の中の本当の真実の姿を修行を通して見直すんですね。
 
白鳥:  なるほど。こうやって掛けてあるのを見ているんじゃダメなんですね。
 
真鍋:  だから、難解なというか、苦しいというか、苦行が隠されているんですよ。その隠されているものと、実際描いてみると、あぁ、これは一体なんだな、ということがわかります。ほんとにこんな小さい世界に、目、鼻、口を入れるでしょう。これもうほんとに全身で集中していないと描けないんですよ。だから深閑とした夜中にそれを描くわけです。
 
白鳥:  弘法大師はきっと唐から請来される時には、「法具として」とおっしゃっていたから、そういう悟りを開くための道具として考えてよろしいんですかね。そういうものとして請来されたんだから、一尊一尊を念じながら、修行することを期待されていたんでしょうね。
 
真鍋:  そうですね。私も最初、曼陀羅として絵を描くということは―最初ここの六番の安楽寺の柱絵を描いたことがあるんです。その時には、まだ仏と法具というものが一対であるという認識は弱かったんですよ。ところが曼陀羅を描きだしてから、法具としての絵画という認識が非常に強くなった。それは尊像の顔表情というものをいろいろ描きだしていくと、悟りの境地に達した仏さん―菩薩像でも一生懸命修行して悟りの境地に達しようとしているわけだから、もの凄く苦しい顔じゃダメだ。やっぱり笑みを浮かべているお顔でなければダメだ、と。―曼陀羅の現象的なものというのは、苦しい苦行の顔をしていないんですよ。もうほんとに悟りというのは、苦しい修行を通り越した顔形なんですね。
 
白鳥:  そう言われれば、ほんとに両方合わせて二千尊の仏さんがいいお顔をなさっていますね。
 
真鍋:  そうそう。だから、普通絵というのは―彫刻でもそうですけれども―リアル(写実)と言いますでしょう。これはその苦しい表情も全部描き込まなければならないんだけれども、曼陀羅の細かいところを見ていくと、やっぱり苦しい顔もあるわけですよ。ほんとに苦行しているような顔などもある。十二天の中の火天なんていうのは火の中で一生懸命こうやっている。それから今にも飛び上がらんばかりに寂留明王(じゃくりゅうみょうおう)なんていうのはそういう顔をしていますしね。それからいろんなものを与えたなんていうのはそういう顔をしていますしね。それからいろんなものをたくさんなものを人に与えたいという千手観音というのはあるわけでしょう。そういうものはすべてそのいのちを育むという過程の中で、できるだけいのちを長らえて、それをリターンするんですかね、いのちというものを。その仏さんの表情から、私はそういうものがわかるようになりましたですね。だから、いのちを見つめる、いのちを見つめ直す、ということが、仏さんの表情を描いていて納得がいったんですよ。
 
白鳥:  なるほど。真鍋さんは、高校時代から高野山で真言密教の濃い宗教的雰囲気の中で、四度加行というような凄い修行もされているじゃないですか。きっとその中で見付けられたものですね。
 
真鍋:  そうですね。勿論、そういう行が、若い時になければ、曼陀羅を描いていてもドッキングしないですよ、結び付きませんよ。だから、行があったからこそ、お大師さんがいたからこそですよ。
 
白鳥:  どうもお話を伺っていると、きっとそういう宗教的にインスパイア(inspire:奮い立たせる)されるものというか、感得するものというんですかね、そういったものは、先ほどの身・口・意ではないですけれども、なんかそういったものが全部一緒になって、あるいは生き死にの分かれ目に立って、なんかひたぶるな人生体験の末にパッと閃く、わかってくる、そういうものかも知れませんね。
 
真鍋:  そうですね。生きて死ぬということで、思い出すのは家の父なんですけどね。父がこの戦争で二回出征しているんですよ。虎林(こりん)、虎頭(ことう)って、北支ですね―満州のずっと奥です。それで父が出征する時に、家のお爺さんは白い布に「南無大師遍照金剛」と墨で書いた腹巻きを渡したんです。「絶対肌身から離しちゃいかん」と言われて持っていったんですよ。それで父が無事に帰って来た。もう一遍出征した時もそれを腹に巻いて出ていったんです。それで終戦後、最後の復員で帰ってきたんです。お爺さんは凄く喜んでいましたですね。やっぱりそういういのちを見つめ直すというのは、お爺さんの頭の中にあったんじゃないですかね。それからこういうお寺にいますから、同行二人―弘法大師と一緒というのがもう染み付いているわけでしょう。そうすると、自然に「南無大師遍照金剛」と出てくるんですよ。
 
白鳥:  お父様もお大師さまの教えで、ということで、最後までその言葉を大事にされたわけですね。
 
真鍋:  そうです。非常に大事にしました。亡くなる時は、「まあよろしく頼むで」と云って、手を握って、私を拝みましたけどね。凄く大事にしていましたね。
 
白鳥:  生死を懸けた、というところでわかってくる宗教体験かも知れませんね。
 
真鍋:  もう一遍胎蔵曼陀羅に目を移しますと、先ほど申しました「中台八葉院」の中心のところは―実は涅槃図で、高野山に国宝の「応徳涅槃図(おうとくねはんず)」というのがあるんです。応徳は年号なんですが、西暦でいいますと一○八六年です。
 
白鳥:  平安時代のものですね。
 
真鍋:  そうです。十一世紀の終わりですね。その涅槃図を、私の家内の父が霊宝(れいほう)館長をやっていた時に許可をもらって写させて頂いたんです。それを描いている時に、「中台八葉院」のいわゆる四つの仏さん―周りに八尊いますけど―その四つの菩薩が、じつは涅槃図のお釈迦さんの枕辺に陣取っているんですよ。何でわかったかというと、その枕辺のところに、観音菩薩、弥勒菩薩、普賢菩薩、文殊菩薩と、四つの仏さんがいるんです。弥勒菩薩は、お釈迦さんが横になっている枕辺に手をかざしているんですよ。だから、仏さんというよりも人でしょう。人の動作ですよ。それから文殊菩薩は、遠くを見つめて、ちょっと肱をついている感じの仕草をしていますでしょう。仏さんを描いていて始めて知ったんですよ。最初はそっくり写していますから。ところが、元の高野山にある涅槃図には、題簽(だいせん)が付いているわけです。つまり仏さんの名前が付いた白い囲みが付いたものがそれぞれに付いている。それで、「これはこういう仏さんだ」というのがわかるんですよ。これは写しですから、私は取りましたけどね。
 
白鳥:  お顔はもとのまま。ほとんど正確な模写ということですね。
 
真鍋:  そうです。
 
白鳥:  平安の時の涅槃図というのは、こんなに人間的なものなんですか。
 
真鍋:  そうですね。そういう人間的なもので、上からは摩耶夫人(まやぶにん)が静かに見つめている。そして江戸のものなんかになると、雲に載ってずーっと降りてくるわけですよ。まあ最後はお母さんに看取られるわけでしょうね。これはお釈迦さんのドキュメントですよ。もう亡くなって瞬時に仏さんの身体が金色の姿に変わっていますけど、あれちょっと前だと、人間の身体が朽ちて黒ずんできて、だんだん息を引き取って、そのままでしょう。ところが、それが瞬時にこう変わる。そういうものを瞬間見つめたのが、十大弟子の中の一人なんですよ。ちょっと白い顔をしたお弟子の一人がいますけど―後はみんな瞬間に変わる時は、全部下俯(うつむ)いちゃって肝心なところは見ていないわけです―あのお弟子さんだけが一生懸命じっと、お釈迦さんの目を見つめているんですね。そうすると、瞬間にそれが変わるんですよ。
 
白鳥:  この模写が先にあって、胎蔵曼陀羅の奥の四尊が描かれた?
 
真鍋:  そうです。中国では敦煌(とんこう)から涅槃図というのはありますから。ですから、この曼陀羅が描かれたのは唐の時代ですから。
 
白鳥:  そうすると、唐以前の資料の中からいっても、先に涅槃図があって、それから曼陀羅になっていった、と。
 
真鍋:  そうです。ところが涅槃図というのも、曼陀羅と一緒で、いろいろ写されていくでしょう。そうすると、応徳曼陀羅のいわゆる原点的なこういうお姿、形というのは全部消えて、もうただ尊像を配置しているだけなんです。仕草までいかないんですよ。仕草というのは、「ご臨終です」と、お医者さんやお坊さんがよく言いますね。親しい方は枕辺に行きますね。その形があそこに現れているんじゃないかと思うんですよ。その四尊が、胎蔵界の曼陀羅の「中台八葉院」に当てますと、全部、弥勒菩薩、普賢菩薩、文殊菩薩、観音菩薩というのが描かれているわけですよ。
 
白鳥:  そうですね。大日如来を中心にして、右に普賢菩薩、下が文殊菩薩ですね。
 
真鍋:  ちょっと間にありますけどね。
 
白鳥:  そうですね。それで観世音菩薩がいらっしゃって、左上に弥勒菩薩がいらっしゃる、という構図なんですね。
 
真鍋:  そうです。それがまさに大日如来をお釈迦さんと見立てると、きちんと枕辺にいた仏さんが、ちゃんとその胎蔵界の「中台八葉院」の中におさまっているんですよ。これも描いていてわかったことです。
 
白鳥:  そういう意識でお描きになったせいか、非常に人間的なお顔をしていて、魅力的なお顔ですね。
 
真鍋:  あんまり人間的にしてはいけないんですけどね。ただ、私は思うんですけど、「飛鳥の微笑」ってよく言いますね。そういう仏さんのいわゆる苦しみを超越した姿、笑みを浮かべたそういう表情が、密教の仏さんとしては大事だなあと思って、曼陀羅の中に意識して入れるようにしているんです。これは言うまでもなく、いのちを見つめる、いのちを見つめ直す、ということに繋がっていることを、涅槃図と両界曼陀羅を描いていて教えられたという感じですね。私は意識して涅槃図を描いた。写そうと思ったんではなくて、たまたまそういう機会に恵まれたものですから描き起こしてみたんです。その前から曼陀羅の簡単なものを描いていましたから、だから、妙にその時繋がったのが、またこれ不思議だなあと思いましたね。それで、その間を取り持つのは、人のいのち、生きとし生けるもののいのちですよ。それが涅槃図と両界曼陀羅の胎蔵界を繋げてくれた、ということだと思うんですけどね。で、私は思うんですけど、三密の中の言葉と身体と悟りの境地―心、その中で特に身体の動きですね。身体が動くんだということ。これまあ曼陀羅の、特に観音院(蓮華部院)の仏さんずっと追っかけていると、笑っているだけじゃなしに表情まで変わるわけですよ。手はいろんな仕草をしているでしょう。そういうものも、仏さんでも動いているんだ、と。動いているということがいのちの具現なんですね。
 
白鳥:  そうですね。
 
真鍋:  それは亡くなるというのは動かなくなるわけだから。今、私は幸か不幸か、四国霊場八十八カ所のお寺の住職を継ぎましたけども、これと自然に繋がってくるんですよ。お遍路さんというのは非常に生き生きして動いている。動くということは歩くということなんですね。
 
白鳥:  十五年ほど前に、背広姿で曼陀羅の研修者としての真鍋さんに一遍お会いしているんだけれど、今日は墨染めの衣を着て、こちらの大日寺にいらっしゃる。
 
真鍋:  そうですね。この四国霊場は日本の聖地として非常に脚光を浴びています。できることなら、世界文化遺産にしたいという声もあるくらいですけれども、そういうことはともかくとして、お遍路さんというのは絶えたことがないんですよ。それで回る方法は、バスツアーとか自動車とかありますけれども、やっぱり一人でこつこつ歩いて、そしてもう病気の人だとか―癌の人もいるだろうし、いろいろいるでしょうけども、そういうものはあんまり表に現さないで隠して回っておられる。で、中には病気の人でも「歩けるでしょうか?」っていろいろ聞かれるわけですよ。私のところは四番札所ですから納経所に時々坐りながら、そういう人には必ず「絶対歩けるから」って暗示を与えるんですよ。そうすると、最後まで歩き通します。日にちはかなりかかっていますけど。「あの人どうしたんだろうか」と思うと、そういう時に限って葉書をくれたり、電話をくれたりして、「もう元気になりました」って言われる。その一言で私はもの凄く嬉しいですよ。やっぱりお大師さんのお蔭だなあというような感じがするような時もあるわけですよ。そういう中で、最近、私は非常に注目している絵図がありまして、これは四国大学の所蔵のものですが―他にもこの絵図はあるんですが、ただ、「曼陀羅」という言葉が、四国遍路の絵図の中に出てくるのは非常に珍しいんですね。
 
白鳥:  これは何年頃の絵図になるわけですか。
 
真鍋:  宝暦(ほうれき)ですから、江戸時代のちょうど半ばちょっと過ぎぐらいですね。非常にお遍路が盛んになって、大阪の難波だとか、あの辺でたくさんガイドブックが作られるんですよ。その時に、これは折りたたみ用の絵図として出ているんですね。
 
白鳥:  ちょっと冒頭のところを読んでみますと、
 
夫(そ)れ四国?禮(へんれい)の密意(みつい)を云はば、四国は大悲胎蔵の四重円壇に擬(ぎ)し、数多(あまた)の仏閣は十界皆成(かいじょう)の曼陀羅を示す。
 
真鍋:  そうですね。後いろいろとこの遍路と曼陀羅の説明が続くんですけども、「十界」というのがキーワードでして、「十界」というのは、「六道」をもう少し大きく膨らませて、生きとし生けるもののすべて、と。「六度」はちょっと死後の世界にちょっとスポットを当てていますけどね。もうすべて、と。別個に、「十界曼陀羅」という曼陀羅もあるんですよ。それで、私はこの絵図を見て、何で注目したかというと、お大師さんの姿が真ん中に描いてあって、今読んで頂いた「円壇に擬(ぎ)す」と。つまり「円壇」というのは、胎蔵界の曼陀羅がちょっと立体的にこう上に積み重なっていく。その四つの「四重」のランク、これが円になっている、ということですから、ちょうど右回りに回っていくと。この絵図もちょうど周りに非常に細かい距離が書いてありまして、右回りになっている、そういう案内図なんですね。折りたたんでは広げ、折りたたんでは広げていって、それで霊場を辿っていくという、そういう仕組みになっているんです。
 
白鳥:  八十八ヵ所は曼陀羅なんだ、と。
 
真鍋:  そうです。それを実は、お大師さんが見ているということで、それでお大師さんが見ている図は、実は非常に大事な御影(みえい)なんですが、御影にも何種類かあるんですよ。その中の一つの善通寺の御影なんです。その証拠に、お大師さんの背後に、お釈迦さんが雲に乗って来迎してくる。来迎してくるんですけども、実は眉間のところから光を出して、それでお大師さんの頭のちょうど後ろの大事なところに光を当てているんです。これは何を意味するか、というと、実は曼陀羅の両界(両部)―胎蔵曼陀羅、金剛曼陀羅を一緒にして、両部不二―両方は一緒である、一つであるということをここで証明しようとしているんですね。非常に難しいことなんですけど、だけど証明しようとしている根拠は、お釈迦さんがお大師さんの後頭部に光を当てていることです。いのちに光を当てているんですよ。だから、時々いわれるんですけど、「四国霊場というのは、癒しの道ではないか」と。それも一理あるんですね。「いや、それは修行だよ」という人もいるんだけど、今流にいえば、「癒しの道」ということを、早くも江戸時代のこんな時期にちゃんと言っているんではないかと思うんですね。四国霊場を歩いて回るのは苦しいですよ、大変ですよ。今でこそこんなコンクリートの綺麗な道で、案内のシグナルはちゃんとあるし、非常に便利になっていますけど、私が歩いた昭和三十七、八年なんていうのは、ほんとにもうどこへ行っていいかわからないで、迷って迷って迷いましたけどね。まあそういう迷いの中で、これ人間の生き様にも関係しますけど、光なんですよ。光をお釈迦さんがお大師さんの後頭部に当てているんですよ。だから、この絵図は、光をかざして、ずーっと八十八ヵ所を巡るような仕組みでできているんですね。だけど、善通寺御影というのは、江戸時代以前からありましたからね。今、この絵図のもっとも大事なものは秘仏になっています。
 
白鳥:  ほんとに四国がこういう一種の霊場として随分長い歴史がありますね。それが江戸時代には、一つの曼陀羅だと位置づけられて、そして今もたくさんの方が巡礼されている。一時期よりもさらに増えているんじゃないですか?
 
真鍋:  そうですね。
 
白鳥:  しかも「歩き遍路」という、最後まで自分の足で歩くという。
 
真鍋:  若い人がまた多くなってきているんです。
 
白鳥:  なんか世の中の悩みを写すような形ではありますけれども、しかしみんなそうやって一つの再生を、それこそいのちを願っているのかも知れませんね。
 
真鍋:  そうですね。いのちを見つめ直しているんですね。それに昔からあった修行の地というのがちょうどぴったり合うんでしょうね。これは末永く後世に伝えていきたいと思いますね。
 
白鳥:  私は、この季節に四国をお邪魔したのは三十年ぶりぐらいになりますが、お遍路の方々と、それを接待する方々の心の温かさというのは大事な風土ですね。今日はどうもありがとうございました。
 
真鍋:  ありがとうございました。
 
     これは、平成十八年十二月三日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである