自己への目覚め
 
                     曹洞宗元安泰寺住職 内 山  興 正(こうしょう)
明治四五年東京に生まれる。昭和十年早稲田大学文学部西洋哲学科卒業、一二年まで同大学院に在学。昭和一三年宮崎カトリック神学校の教師となる。昭和一六年澤木興道老師について出家得度。戦時中昭和一九年から島根県に疎開。昭和二四年安泰寺に入る。(托鉢と坐禅の生活)昭和三七年『折り紙』の本出版。(長年の托鉢に一応終止符)昭和四○年澤木興道老師入寂。以後、安泰寺堂頭、鋭意、後進の育成と坐禅の普及に専念する。昭和五○年引退。大垣市に隠居。昭和五二年宇治市能化院に転居。昭和五三年京都市宗仙寺で正法眼蔵味読会を開講。(〜昭和六三年)平成一○年宇治市能化院にて示寂。著書に「観音経を味わう」「生命の働き」「進みと安らい」「正法眼蔵―現成公案意解」「折り紙」「自己」など多数。
                     聖心女子学院理事長 伊 庭(いば)  澄 子(すみこ)
 
ナレーター:  長野県塩尻はワインの原料になるブドウの産地です。ここは塩尻の野村という集落です。病気療養中の内山興正さんは、この野村の一軒のお家を避暑先に定め、毎年京都から居を移して、ここで夏を過ごしておられます。今日はキリスト教と信仰生活について内山さんと伊庭澄子さんに話し合って頂きます。
 

 
伊庭:  内山老師がキリスト教についてお話をなさいますということで、お相手を、ということでございまして、伺わさせて頂いたのでございますけれども。信州の秋の気配がほんとに美しいこのお宿でもって、老師のほんとに半世紀と伺っておりますけれども、ご精進の中で体得されましたキリスト教についてのお話を伺うということでほんとに楽しみに致しております。どうぞよろしくお願い致します。
本論にお入りになります前に、老師のお考えの背景と申しましょうか、老師の歩まれてまいりました道についてまずご紹介して頂くというのは如何でございましょう。
 
内山:  私は昭和十四年ですから、ちょうど五十年前ですが、その頃宮崎にカトリックの神学校があったわけです。そこへ勤めさせてもらって、それからイタリア人の神父さんから一対一で「公教要理(こうきょうようり)」を教えて頂いたわけです。ところがその頃のカトリックは今みたいにオープンじゃなくって窮屈でしたから、私みたいな者が洗礼を受けてもどうせ破門されるだろうと思って、それで辞めて東京へ帰った。それから昭和十六年に道元門下の澤木興道(さわきこうどう)老師について坊主になっちゃった。それから以後坐禅生活ズーッとやってきたわけです。そして今度坐禅してみるようになっても、「公教要理」とか聖書の話はズーッと温めてきているわけです。坐禅しながら聖書や公教要理を読むと、また私なりに味わうところがあるもんで、今日そんな話をさせてもらおうかと思っているわけです。その前にちょっと先生はどういうことでカトリックへ入られたか、ちょっと聞かせておいて頂きたいと思うんですが。
 
伊庭:  はい。老師はまずカトリックのご勉強をお始めになって、それから禅のほうに入られたということでございますけど、私の場合は出発点がむしろ逆向きではないかと思います。私の生家と申しますのは、禅からカトリックになったという家でございまして、もともとは代々神道の古い家だったそうでございます。祖父の代に、祖父は明治の実業人だったんですけれども、その中でほんとに生きていく道を求めて禅になった人だそうでございます。ところが祖父の息子―私の父親でございますけど、自分の父親の辿った道を真似して歩いているうちに、どういうことか存じませんけれども、カトリックに結局自分はなってしまったというわけで、老師とは出発点が逆さまで、
 
内山:  カトリックの家庭で育っているわけですね。
 
伊庭:  私はそういう中で半分半分と申しましょうか、何か家の中で神仏と言っていいかどうかわかりませんけれども、神様がほんとに普通に生きていらっしゃるというような環境の中で大きくなったわけでございます。私は高校生から大学になりました頃は、戦後数年経っておりまして、とりわけ学生生活なんかはほんとに自由が花咲いたという頃でございますから、その中でも羽を伸ばしてやっておりましたんですけど、そういう楽しい学生生活の中で、時折フッと、小さい時の思いの繋がりか存じませんけれども、「私は此処に居るけれども、どうして居るのかなあ。どういうふうに生きる筈なのかな」という、こういう思いがふぅっと横切りまして、それの行き着いたところが結局私の選択は修道生活に入るということでございました。
 
内山:  じゃ、もう初めから修道女になるつもりで、
 
伊庭:  ごく小さい時にそう思ったことがございます。でもそれは子どもの頃の話でございまして、大学生ぐらいになりましてから真剣に考えた。たぶんそれには終戦を挟んでの二、三年の間にごく身近な身内の者が、何人も空襲でとか病気でとか、バタバタあっけなく死んだということが、子ども時代から青年期にかかる私には、こういう問いを問わせて、結局そういうことになったかとも思います。たぶんご存じの通りに昔の修道生活というのはほんとに厳しいものでございましたけど、若い頃はまた修行もまた楽しゅうございますからごく暢気にやっておりましたんですけど、カトリックの修道院では、入りまして十年ばかり致しますと、誓願を立てまして一応一人前になります。私もようよう一人前になりました頃に、と申しましょうか、老師もきっとそういうご体験がおありかと思いますけれども、自分の心を取り巻いている風景のようなものがガラリと変わったという気が致します。幼い時から慣れ親しんできたのとは違う国に入ったような具合で、いつでもずーっと神様がご一緒と申しますか、傍にお出でになるという、当たり前という感じで暮らしておりました神様が消えてなくなってお終いになったというか、見えず聞こえずという感じで、何か砂漠に迷い込んだようなそんな時がございました。
 
内山:  大学出た頃?
 
伊庭:  はい。それは若いシスターの頃で、ほんとに若い時は修道院で勉強しないんでございますけど、一人前になったというので、大学院の勉強を再開した時です。ちょうどロンドン大学の哲学科に席を置くことになります。大学院に入学致しました時に、まいりましたら、「あなた、シスターみたいだけども、ここでもつかね?」と言われまして、保つも保たないもわかりませんから、とにかくがむしゃらに始めましたんですけど、しばらくしてみたら「保つかね」と言われたのが何の意味かよくわかったんでございます。
 
内山:  ロンドン大学はまったく世間的な、
 
伊庭:  世間的というか、反宗教だったらまだいいかもわかりませんけど、宗教などというものはないという。
 
内山:  イギリスでもそんな風景があるんですか。
 
伊庭:  はい。ロンドンは少なくともその頃そうでございまして、哲学科はとてもそうでございました。まあご存じのように、どの宗教でも一応信仰についての理論立てみたいなものがございますね。私も一応その頃までには自分の信仰と申しますか、宗教についての理論武装みたいなものはしていたわけでございますけど、さてそこで勉強を始めてみますと、今まで自分の信仰と表裏一体だと思っておりました理論が、もうほんとに情け容赦もなく一つずつ壊されて、むしり取られるように無くなって終いまして、
 
内山:  結局作り物は当てにならないということだしね。
 
伊庭:  はい。ところがそれまでは自分は作り物とは夢更思っておりませんから、自分そのものだというような感じでおりましたんで、その理論が一つ一つわが身からむしり取られてしまった時には、私は何か因幡(いなば)の白ウサギのように、皮を剥(む)かれて赤裸という感じになりまして、息も絶え絶え、「もつかね」と言われたのはそういうことだと思ったんでございます。今思ってみますと、ほんとに自分そのものだと思って、いわば後生大事に着込んでいた毛皮みたいなものが、すっかり剥がれて、何もなくなってしまった時に、私は赤裸と申しましょうか、赤剥けになってなくなっちゃったかと思うような自分が、いわばそれこそ因幡の白ウサギ式に本物の蒲(がま)の穂にくるまれているんだということを見付けたような気が致します。何にもなくなって、自分を理論で支えるものがなくなった時に、私、経験致しましたのは、自分の一番底のところに神様が生きていらっしゃる。その生きていらっしゃる神様への信仰、理屈抜きの信仰みたいなものだけが残った。それからいろんなことがございましたけど、二十何年にもなりますけれども、それ以来私はどうもその辺りのところに根をおろして、なんとか生きてきたのではないかなあ、というふうに思っております。
 
内山:  今日、私が話してみたいと思うのも、神様というのね。神様というと、今の人たちは、〈人間が考えて初めてあるものだ〉ぐらいに思っている人が多いと思うんです。だけど、〈神様というのは、人間が考えてあるものじゃないんで、人間の思いを超えているものだ〉と思うんですね。思えなくちゃならない。ところが今の人たちは、〈人間の思いを超えた存在なんて何もある筈がない〉とこう思うじゃないですか。そういう人に対しては、じゃ、寝ている時の思い―普段起きている時はいらいらいつも思っていますよ―だけど寝ている時は思いを手放して寝ているわけですね。その時の息はどうか、ということですね。そういうことで、私、下手な詩みたいなものを作った。それをちょっと読んでみます。
 
     思いを手放し私は眠る
     だが
     思いと関係なしに事実
     呼吸がつづけばこそ
     死ではなく生きており
     目醒(めざ)めたあとは又思う
     思う心が凡(すべ)てではなし
     思いを超えたところに
     生(しょう)あり死あり眠りあり
     思いで煮たり焼いたり
     する以前を生(なま)という
     つまり生(なま)のいのちが
     思いや眠り
     生死(しょうじ)としても現れる
     この生(なま)のいのちこそ
     私に働く
     創造する神の御(おん)ちから
     われら神の中に生き
     動き亦(また)(あ)るなり=@           
 
普通ね、神様というのは―神様でも仏さまでも今の人たちは、まるで博物館の陳列品でも眺めるようなつもりでいるわけですがね。神や仏に対して、そういう出会い方しちゃダメだ。そうじゃなしに、この私自身において、神の創造する力というのは何なのか、というのをまざまざ知るべきだと思うんですね。そういう私自身において働く天地創造ですね。それはどういうことかというと、早い話が、思いを手放して寝ている時、それでもちゃんと一分間にいくつかの割で呼吸し続けているという事実ですね。これが「生のいのち」です。人間の思いは、翌朝目が覚めてから、あ、今日も生きていた。生きていたから息していたんだ、とこう当たり前のように思うんだけれど、それ後から思いが追思するわけですね。追って考える。ただそれだけのことで。それに対して本当の「生(なま)のいのち」というのは、そういう思いを超えているわけです。それで後からそういうふうに思ったという、思われたことは、いわば思慮物ですね、作られたものだ。それに対して「生(なま)のいのち」というのは思いで煮たり焼いたりする以前―普通魚でも火で煮たり焼いたりする以前が生です―思いで煮たり焼いたりする以前、これが「生のいのち」ですね。思いでいろいろ分別している、その分別以前ですね。それが「神の創造の力」です。だから「神の創造の力」というのは大体人間の思いには知られない。知られる筈がないです。不可知ですね。だけれど、その神の創造の力で事実生きている当の本人としては、結局当の本人的見方が大切ですね。当の本人としてみれば、結局どっちへどう転んでも神の御力の中、という。それ以外にない。だから、「我ら神の中に生き動き亦在るなり」ですね。つまり思いで、あれかこれかと分別し、それで、「AはBである」とか、「AはBでない」とかといって、いろいろ思いを働かすわけですが、そういう分別以前ね。それをまさしく神としては、当の本人としては、「AであろうとBであろうとCであろうと、どっちへどう転んでも神の御力の中」これが大切だと思うんです。今の人たちが、「俺が信じればこそあり、信じなければないんだ」と思っているぐらいのものじゃないんですね。「私は神を信じない」という、信じないという力の中に、既に神の力が働いているんだから。あるいは今時随分凄い悪魔に虜(とりこ)になったようなことをする人も多いわけだけど、悪魔の虜になってみても、その悪魔も神様の御力だ。それから地獄へ落っこちてみても地獄も神様の御力だ。結局神というのはいわゆる「神は何事もなしあたう。全能のペルソナ(位格)」ですね。今、私がお話しようと思っているのは、カトリックで、神とイエズスと聖霊と「三位一体(さんみいったい)」(神・イエズス・聖霊のこと)というお話―玄義(げんぎ)がありますね―それの話したいと思うんだけど、第一には「神の全能のペルソナ」ですね。それに対してイエズス(わが国のカトリック教会におけるイエスの呼称)の話になるわけですが、「どっちへどう転んでも神の御力の中」というのは、神の力の深さです。それに対して、我々人間ね、どっちへどう転んでもあるんだから、どうあってもいいんだ、とこう考えれば、人間の智慧の浅はかさです。それで例えば、親から財産を受け継いだ息子が道楽息子だったら、「しめた、これだけの財産全部、俺、使ってもいいんだ」とそう思うですね。これは「どら息子的自覚」ですね。これは好き勝手と無責任なだけだ。それに対して本当の「家長的自覚」というのは、これから一家を担っていかなければならないんだ、と。自由であると同時に責任を持たなくちゃならない、とこう発想するのが「家長的な自覚」の仕方です。これをローマ章のパウロの言葉によると、どら息子的な発想の仕方が「アダム型の自覚」ですね。結局我々早い話が、この身体を受け継いだ魂として、神から与えられた魂として、この身体という一家をどう使っていいか、という。この身体をどう使ってもいいんだという自覚した奴がアダムですよ。「アダム型の自覚」ですね。それに対してイエスさまの教えられるのは、家長としての自覚です。この身体は、頂いた限りは自由と責任のある生き方をしなくちゃならない、というふうに教えられたのがイエズスさまですね。だから神さまとしてはまったくどっちへどう転んでも、
     日を悪しき者のうえにも
     善き者のうえにも昇らせ
     雨を正しき者にも
     正しからぬ者にも
     降らせたまうなり
       (マタイ伝五の四五)
 
とあるけれど、それだから神さまとしてはどっちへどう転んでもケロッとしているんですね、そういう神のご意志をイエズスさまは、これをはっきりと言葉として言われた。これが「イエズスさまの智慧のペルソナ」ですね。このイエズスの教えは、だから結局何かというと、まあ一口に言えば、
 
     「さらば食らうにも飲むにも
     何事をなすにも
     すべて神の栄光を
     顕わすようにせよ」
       (コリント前書)
 
という。これが根本だと思うんだけれど、それをさらにもっと具体的に言ったら、そういう神の思いに相対する以前の「生のいのち」ですね。分別以前の「生のいのち」の行動としては、いわゆる自と他と分かれる以前の愛の行動ですね。だから、「己の如く人を愛せよ」という愛の掟ですね。そういう神のご意志を、そういうはっきりした言葉でいったのはイエズスさまだ。それと同時にそういういのちを生きるものは、滅と不滅という二つに分かれる以前の永遠の甦り、復活をする、と。それがイエズスさまの教えですよ。だけどこのイエズスさまの教えというのも、いわゆる人間の今の○×(まるばつ)の話じゃないですね。○×のうちのアダム的生き方は×、イエズスさま的生き方は○という、そんな簡単なものじゃなくて、これは深さの話。だから、いくら大型コンピューターを持ち出してもイエズスさまの話は出てこないんです。結局は人間は浅はかな○×、あれかこれか、○×ばっかりしか考えられない、それに対して、そういう二つに分かれる以前の生のいのちの行動としては、どっちへどう転んでも、というんですからね。これは人間的頭から出てこない。どうしてもわからない。これがわかるのには、どうしても神とその独り子イエズスさまの慈愛からくだった聖霊(せいれい)ですね。聖霊が下らなくてもダメ。だから聖霊は神(父)と子の慈愛によってくだるんだから慈愛によって我々人間が清らかなるものになっていくというんで、成聖(せいせい)ですね。「慈愛と成聖のペルソナ」、これが聖霊ですね。「聖霊は慈愛と成聖のペルソナ」。だから聖霊が、私、神学校にいた時分から、いつも思ったもの、なんとかその聖霊が確実にくだって欲しいと思ってね。ところが聖霊がそう簡単にくだってくれないところが恨めしいところです。ところが私は坐禅するようになって、つくづく思うのに、道元禅師の教えられる坐禅こそ、聖霊が確実にくだる姿勢じゃないかと思うんですね。というのは、坐禅というのは「止観(しかん)」とも言います。「止」というのは止める。それから「観」は観るという。何を止めるかと言ったら、我々の「人間的思い」と「人間的居眠り」を止めるということ。要するに坐禅というと、坐禅をやればわかりますがね、坐禅してただ坐っていると、坐っていてもいろんな考え事が浮かんでくるでしょう。それを止めるというの。これ坐禅の姿勢を正すことによってやまるんですね。これ「覚触(かくそく)」と言いますがね。「覚」というのは覚(さ)めるという。「触(そく)」というのは触れるです。だから、自分の筋肉と骨組みでもって事実坐禅の姿勢にかえることによって、今まで一生懸命考えたのをパッと手放しになってやまるわけです。それが覚触ですね、そうすると、思いを止めたと思っているうちに、今度は眠くなってくる。これも眠っちゃえばいくら坐禅の姿勢をしていてもこれは居眠りです。結局坐禅の大切なところは考え事じゃない。居眠りじゃないということなんですね。その二つからいつも「生のいのちに覚め覚める」と。これを実際に姿勢でやるという。だからそういう思いや眠りを覚めて、生のいのちにかえる、というと、如何にも神秘的だと思うでしょう。神秘的な、なんかを直感するのかと思う。そうじゃない。例えば自動車運転でも、考え事運転や緊張運転は危ないわけですね。それから一方、酔っぱらい運転、居眠り運転危ない。これやっぱり思いも止める。それから考え事は止めると同時に居眠りを止める。「思いと眠りと覚め覚める」という。「生のいのち」にですね。これが大切です。これ自動車の考え事運転一つでもそうなんで、人生万端そうですよ。イエズスさまの十字架というのも私、結局それに尽きると思う。要するに、イエズスさまの肉体ね、十字架に架けられて、それで肉体の死ですね。だから、思いじゃない、眠りじゃない。そして「永遠の甦り」というのは、この〈生のいのちに覚め覚めること〉ね。だから十字架というの、カトリックの人はこうやって、「父と子と聖霊のみ名によって。アーメン」と言いますね。あれ私だったら、「生のいのちに覚め覚める、思いじゃない、眠りじゃない」と。
 
伊庭:  なるほど。
 
内山:  これは私流の、
 
伊庭:  十字のきりようで、
 
内山:  やったらいいと思いますね。結局我々坐禅もイエズスさまの十字架をただ過去のこととして考えちゃダメだ。実際にやるって。今ここでやるといったら坐禅をこうしてね、今の肉体はこうして、十字架に付けちゃうんです。そしてそこでもって覚め覚めるという。坐禅こそ十字架を今ここでやる姿勢ですよ。結局それから大切なのは、我々人生というのは、この身体という車を運転していくことなんだ。
 
伊庭:  居眠りもせず、考え運転でもなく、
 
内山:  そう。だから身体という車を運転するのに、「生のいのちに覚め覚める、思いじゃない、眠りじゃない」、この十字架を心して。だから、
 
      「もはやわれ生くるにあらず
      キリストわが内にありて
      生くるなり」
        (ガラテヤ書二の二○)
 
という、それなんですからね。これ十字架を自分の心として生きることです。これは決して今いうように、○か×かの話じゃないから。合格不合格の話じゃない。合格といったらどうせ我々十字架を心の方向として生きる限りはみな合格ですよ。だから救われているんだ。だけど、「われ信ぜりと言いながら、行いがなくば何の益があらん」という言葉もあるんけど、行いがなくちゃダメだ。それをいったら不合格だ。合格であると同時に不合格だし、大切なのは何かというと、合格不合格分かれる以前のところをいつも狙って生きるということだ。それが宗教生活というものだ。今、私ね、仏教の坊主の癖にキリスト教の話しているでしょう。仏教の坊主の癖にキリスト教の話していて、「あんたはいったいどっちなんだ」というと、
 
      「人・・・甦える時は
      娶らず嫁がず
      天に在る御使たちの
      如くなるなり」
        (マルコ伝)
 
というのがありますね。あれと同じで、「人もし甦りの時は仏教にあらず、キリスト教にあらず、生のいのちに覚め覚める」と。私、そんなつもりです。そういう意味で、今の私の「三位一体」の話なら分かり易いでしょう。私はそんなつもりでいる。
 
伊庭:  「三位一体」と申しますと、先ほど老師が「玄義だ」とおっしゃいましたけれども、
 
内山:  「玄義」というのは、大体「何故か」と聞いちゃいけないという話なんでしょう。
 
伊庭:  「玄」という字は暗くて明るいという意味があるんだそうでございますね。ですから、どう考えようが私どもの頭でわかりっこない、という、その奥の奥の、先ほど「深い」とおっしゃいましたけど、その深いところにある真実、私どもの小さな頭で量りっこない。量りっこない、ということだ、と申しますけど、ですからよくカトリックでも「三位一体、わからない」という感じがございますんですけど、今ほんとに老師のお話伺っていて、私なんか引き込まれるようで、「なるほど、なるほど」と。
 
内山:  これ坐禅すればこそ、それが生々しくわかるわけですね。それから今、カトリックの中には道元禅師の坐禅を本格的に取り入れなくちゃならないと思うし、また坐禅人はカトリックの教理も本当に自分に取り入れて本当の意味の宗教生活をしなければならない。
 
伊庭:  お互い様に、
 
内山:  ただ今普通坐禅というと、すぐ悟ることだと思っているけどね。そんな悟りと迷いと分かれた後の話じゃない。大切なのは、一切二つに分かれる以前の生のいのちに覚める、ということですね。
 

 
ナレーター:  療養のために塩尻に滞在している間、内山さんは毎日散策を楽しんでいます。庭に咲くたくさんの花が、今ではすっかり秋の草花に変わりました。内山さんは、「私はこの信州独特の澄み切った空気がすべての花の色、鮮やかで輝かしいばかりの色にしてくれているのが堪らなく嬉しい」と話しています。
では続いて、「信仰と人間の生死」について、お二人のお話を伺っていきます。
 

 
伊庭:  私も実は、二、三年前でございますけど、先ほどおっしゃいましたように、カトリックもほんとに禅から学ばして頂くことが多いから、と今気運がございまして、私も二、三年前に一ヶ月ほど坐禅の真似事をさせて頂いて、その時に老師のおっしゃいましたと同じような体験と申しましょうか、その中で今まで自分が、「あ、こうか」とはわからなかったような聖書の言葉の味わいというものがわかってきた。私はほんとにおっしゃる通りだと思います。
 
内山:  それはあると思うんです。
 
伊庭:  私はただ人間が、今私も含めまして、みんなが生きている普段の生活の現実というのは、なかなか以前の問題じゃなくって、人間って真っ直ぐに自分の中でも、あれもこれも、あれかこれかでバラバラになってしまうし、ましてやそれの延長で、と申しましょうか、他人様の間でも、本当は一番一緒にいたいというのが、それこそ慈しみでざいます愛で一緒になりたいというのが、人間の一番深い願いじゃないかと思いますけれども、現実にはすぐにバラバラ、喧嘩、裂き合い、傷付き合い、そんな中で凡人と申しましょうか、私どもが、今老師が言われたように、「生の分かれる以前のいのちに覚める」というのがどんなことだろうか、というが、ちょっと体験からわかったほんとに簡単なことでございますけれども、ご存じのように聖書の中に、先ほども老師がどら息子の話をなさいましたけど、「放蕩息子の話」がございますね。親が生きている間から、「俺の分け前の遺産分を寄こせ」と言って、息子がそれを親から取って、遠い国に行ってしまう。そこで先ほどの話通りに、もう手前勝手な生き方をして、瞬(またた)く間にお金を擦(す)ってしまう。彼はもう餓死寸前になって、そして誰か頼ろうと思うんだけれども、そうなると誰も手を貸してくれない。よくあることじゃないかと思いますけど、そこの場面を描いている中で、私にはほんとに素晴らしい大好きだと思う言葉が聖書に出てまいります。それは飢え死に寸前になった息子が、「ふとわれにかえって言った」と、こういう言葉がございます。ふとわれにかえって、自分に何を言ったか。「私には父の家があった。そうだ。だって私はお父さんのところへ帰ろう」といって帰ります。私はその中の「ふとわれにかえって」というのが、ほんとに好きなんです。それが〈正気に戻る〉というか、〈目が覚める〉というか、私はそういうふうな受け取り方をするんでございます。私が、こうもたもたと言いますか、バラバラになって、あっちこっちやっている時なんかに、もし私にも老師のおっしゃいました「生のいのちに覚めて触れる」という経験があったとしたら、それは自分が何かで手にいれた、というよりも、まず神さまのほうから掴まえて目を覚まさしてくださった、というようなところじゃないか、と。私の若い時の失敗話をさして頂きますと、もう若くって、バタバタしておりました頃に、どうしても順番に列んで手に入れたいものがございまして、修道院の中で。で、前の日から明日は絶対順番を取ろうと思いまして、用意万端整えて、朝ご飯が済みましたら、もう一目散人を掻き分けて順番取りに走りました。順番取りに走る中で、細い狭い階段の途中でもって、階段を二段飛びで上がっておりまして、一人の年寄りのシスターがよたよた歩いていらしゃるわきをこっちは若気に任せて飛んで駆け抜けまして、私はやっと順番がどうも上手くいきそうだ、という最後のところに入ったわけです。ああ、良かった、と思って息をついておりましたら、さっき階段のところでわきをすり抜けたシスターが、こうずぃっと私の前に―私なりに言わせれば、割り込んでお出でになりました。それでまあ「ここは自分の場所だ」と言われる。私はそんなところで喧嘩するのは嫌でございますし、若うございますから、「まあどうぞ、どうぞ」と言って、引き下がってきたんでございますけれども、それでもう前日からの用意万端整えたのは全部水の泡だし、まあほんとに人がこんなにもやりたいと思っているのに後から来て、ずぃっなんて、私は口惜しいを通り越して、情けないやら、もうグチャグチャになりまして、もうほんとに鼻を啜りながら。ところが、私学校へ勤めておりましたから、始業のベルが鳴って仕方がないので、大急ぎで廊下を歩いてまいりました。
 
内山:  先生になってからですか?
 
伊庭:  はい。学校へ勤めておりました若い頃で。もう情けなくて、ぼとぼとと廊下を歩いておりましたら、ほんとに前後の脈絡何にもなしに、ふっと頭の中をパッと過ぎるという形で、聖書の中の、全然考えていなかった言葉がパッと心の中に入ってきたくれて、それは有名なマリアとマルタの物語に出てくるんですけれども、イエスさまがバタバタ走り回っているマルタという女に対して、「マルタ、マルタ、お前はたくさんのことを煩(わずら)って、バタバタしている。けども、大事なことはそんなにたくさんない。いや、むしろたった一つだ」と。それはもう小さい時から何遍読んだかわからない言葉でございますけれども、その廊下を歩いておりました時に、私はもう自分が可哀想で自己憐憫のかたまりで歩いておりました時に、その言葉がパッと聞こえてきたような気がしたんです。その途端に、今までの情けないやら口惜しいやら惨めったらしいという気持が、どこへいったか、すかっと抜けてしまって、「あ、そうか」と。
 
内山:  物の怪(け)が落ちたように、
 
伊庭:  物の怪が尽きたように、ほんとに憑き物が落ちたように、「あ、そうか」と思って、私はもう元気いっぱいでまいりましたけれど、そういうような自分が一人で計画したり、なんかかんかしてバタバタやって、たくさんのことを思い煩って走り回っている。その真っ最中に、時と所と構わず、思いもかけないやり方で神さまのほうからスパッと私がもし覚めることが今までにもあったとしたら、それはまず神さまのほうから私を使われて触らせて覚まさせてくださったというような、普通の生活の中で気が致します。私がこうバタバタしているのを、目が覚める、正気に戻る。その私が正気に戻った時の、何が正気かというと、結局さっきの放蕩息子と同じことで、「あ、私にはお父さんがあった。家へ帰ろう」という、そういう感覚で、神さまが、「お前はこういうものだ」ということを思い出させて、目を覚ましてくださる、と。そういうような感じでございました。先ほど老師の坐禅の話を伺っておりまして、坐禅というのは、「ただひたすらに坐ることだ」というふうに伺いましたけれど、それで思い出しましたのが、古くからカトリックに伝わっております、昔のキリスタンの人たちも愛唱したということでございますけど、聖母マリアへの非常に美しい祈りがございまして、その中のこういう言葉がございます。
 
     「われら・・・この涙の谷に
     泣き叫びて ひたすら
     仰ぎ 望み奉(たてまつ)る」
 
何遍もこの祈り唱えまして、今まで「ひたすら」という言葉は、ほんとにピンとこなかった。何にも考えずにおりましたんですが、今、老師のお話を伺っておりまして、私、「あ、このひたすら仰ぎ望む」というのが、私にとっては、坐禅ということのように感じられてまいりましたんでございます。ほんとに「あれかこれか、あなたか私か」そういうふうに分かれる以前のところまで行き着きなくって、私どもはバタバタ、自分もバラバラにすれば、他人様との間もガタガタにして、この世はやっぱり涙の谷の苦い味がずいぶんすると思います。で、その中で、ほんとに老師がおっしゃったように、私は、「ひたすらに仰ぎ望み奉る」というのがとても好きなのですけれども、それはやっぱりいつでも待っているという、老師がおっしゃいました、神さまはほんとに今でも私を救ってくださっているんだけれど、私まだ鈍感なもので、「救われている」ということを感じられない。その神さまをいつも頭の先ほども気がついておりませんけれど、身体中で待っている。「ひたすらに」それが私には老師の言われました禅の生き方と同じようなことではないかなあ、と。
 
内山:  今の先生の話の中で「ふとわれにかえる」という話、またもう一つ私の下手な詩があるわけですが、
 
伊庭:  どうぞお聞かせください。
 
内山: 
     われら神の中に生き動き
     亦 在るなり
     どっちへどうころんでも
     神の御ちからの中
     ただ私にはなかなか
     そうは思えない
     だがたとい 私に
     そうは思えなくとも
     それぐるみ神の御ちからの中
     信じても信じなくても
     二つに分かれる以前の
     生(なま)のいのちの深さで
     生き死にする
     深さのゆえに
     私に見えはしない
     私に見えぬからといって
     無いのではない
     神はこの私が生死(しょうじ)する
     二つに分かれる以前の
     生の深さの御(おん)いのち
     在りて在る神
     覚知(かくち)せざれども
     在りて在る神
     この二つに分かれる以前の
     生の深さの御いのちを
     ただ称(たた)
     ひたすら御いのちを
     仰ぎ奉る
 
今の人たちは、神さまというのを軽蔑するぐらいに考えているでしょう。それ可哀想なのね。そしてただ生きることばっかりが最高かしらと思っている。要するに、昔は神さまを最高価値にし、あるいは東洋の世界では仏さんを最高価値にしているわけですが、今、「神は死んだ」というけれど、それの代わりにとって代わったのが、もっとも卑俗な低い「我欲」なんですね。「我欲」のために。ただ生存ばっかりが、生き長らえることばっかりが大切だと思っている。私は、「生存ぼけの時代」というんだけど、生存だけが一番いいことだと思っているから、一旦今度死ぬというのを目の前に置いた時に、これはどうしていいかわからないのね。それこそ暗黒の淵の中に吸い込まれていくような感じ以外にないと思うんです。これ可哀想だと思うんですね。それで今の時代、いつ誰が、あとは「癌だ」って言われても不思議じゃないぐらいだ。実際に私の身辺にも、この頃、「癌だって言われた」という人多すぎるんです。この場合、どう考えたらいいのか、って、これまったく生存がいいことじゃないんですね。生と死と二つに分かれる以前の神の御いのち、仏の御いのち、そういうのが本当に大事なんだ、ということを忘れちゃダメだと思う。それでだから昔だったら死ぬということは、「お迎えが来る」という。あるいはキリスト教的にいえば、「神に召された」とこういうわけですね。それで救いがあるわけです。だけど今の時代はまったく救いがないわけですね。これが一番今の時代の可哀想なことだと思う。私なんかもう今七十七だから、もう明日はないんですよ。どうせいつ死ぬか、この数年間病気ばっかりしてきていますがね。しかし、私は宗教を持って生きてきたというだけが有り難かったと思う。それで宗教を持って生きるということを忘れたら本当にこれからの時代、みんな哀れだ、と。これは「アダム型の自覚」ですよ。だから滅びた死以外にない。それに対して「イエス型の自覚」は、結局大切なのは「いのち」と「平安」です。「いのちなり平安なり」とある。それで合格不合格じゃない。だからね、私は聖体拝領(せいたいはいりょう)するでしょう。日々聖体拝領だ。
 
伊庭:  いのちの糧を受けてと、
 
内山:  いつでもまた道元禅師の言葉では、「発心(ほっしん)百千万発するなり」とありますがね。結局日々新たに新たに、今刻々新たに新たに、出直して出直しで、私なんか身体弱いし、怠け者だけど、今出直し出直しで一生この道を求めてやってきたわけです。六十年その点私は一筋です。
 
伊庭:  そうでございますね。
 
内山:  昭和四、五年の頃、私は中学四、五年だった。その頃から道を求めて、それでそれからちょうど六十年かけていますよ。六十年かけているけど、まったく意志強固でやったわけじゃないのね。まあいつでも失敗ばっかりなんだけど、出直し出直し、結局今、我々宗教生活というのは、出直し出直しですね。生のいのちに覚め覚める、思いじゃない、眠りじゃない、と。これをやって、日々十字架で生きるということ、これが人生運転の一番大切なところだと思うんですね。
 
伊庭:  今老師が「死ぬこと」っておっしゃいました、身内の話を一つさせて頂きますと、私の祖父は先ほど申しましたように、禅の人で、死にます時、私はそれは母親から聞きましたけれど、八十でいざ死ぬということになりまして、みんな集まって泣いておりましたら、祖父が、「何で泣く。こんな目出度いことはない。目出度い目出度い」と言って死んだ、と。母があんな明るい臨終というのを見たことがないと申しました。今度私の母が死ぬ番になりまして、私がロンドンで留学しておりました時の、もうほんとに終わりの時に、あと三日で帰れるという時に、心臓発作を起こしまして死んだんでございますけれど、母が、「私が飛行機に乗って帰ってくる」という知らせを聞きましたら、まあその発作を起こすまでは、もう子どもが帰ってくるというだけでいっぱい、その他は何にもなかった人が、いざもう自分のいのちが今日明日と、自分ではっきりわかりました時に、「私が帰ってくるからもうちょっと頑張りなさい」って人が申しましたら、「まあそれはどっちでもいい」と申しましたそうで、私は息切って帰ってきたら死んでおりましたけれど、「お母さんが、あんたが帰ってきても来なくっても、どっちでもいい、と言った」と聞かされまして、ガックリ。ところが母がその時に、「どちらでもいい。あの子のことは何にも心配することがない」と申しましたそうで、私は後でちょっと気が静まってから考えましたら、ほんとに母が生きてきて、これから向こう側へ渡らなければならないということになった時に、それだけ何もかも手放しして非常に嬉しい心持ちで、もっと生きることへ入っていったんだ、と。
 
内山:  よく「死んでも死ぬきれない」と悩んでいる人いるわけですね。だけど心配することはないんです。死んでも死ぬ切れないと思いぐるみ死んでいくんだから(笑い)。
 
伊庭:  私はそういうのを見まして、今この世でバタバタして、いろんなものを手放しながら、老師の言われた「生のいのちに触れていく」。結局、最後には死ぬ時に、自分の身体も何もかも全部手放して、老師のおっしゃる「ほんとのいのち」に目が覚めてビックリするだろうと、とても楽しみに致しております。ほんとにそういうふうに、老師の言われましたような、先ほどの詩ではございませんけれど、それがみんなの心に響く歌のようになって、大勢の人が歌って生きていける、そういうふうになればどんなに嬉しいことかと、今日もまたつくづく考えさして頂いたようなわけでございます。ほんとに今日はありがとうございました。
 
     これは平成元年九月十日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである