「自由な子ども」が育つために
 
                    学校法人きのくに子どもの村学園
                    学 園 長  堀 真一郎
一九四三年、福井県勝山市生まれ。一九六八年、京都大学教育学部卒業。京都大学大学院修士課程修了。一九六九年、京都大学博士課程中途退学、大阪市立大学家政学部助手。一九九○年、大阪市立大学生活科学部教授。ニイル及びデューイの教育思想と実践に学び、ニイル研究会と新しい学校をつくる会の代表として、学校づくりに取り組む。一九九二年きのくに子どもの村学園小学校を開設した。九四年には中学校もスタートしたのを機に、大阪市立大学教授を辞し、学園長に就任した。著書に、「自由を子どもにーニイルの思想と実践に学ぶ」「世界の自由学校」「自由学校の設計―きのくに子どもの村の生活と学習」他、訳書「問題の子ども」「問題の親」「恐るべき学校」「自由な子ども」他。
                    き き て  井 上  善 夫
 
ナレーター:  和歌山県北部。大阪府と界を接する橋本市。街から車で二十分ほど行った山間に学校法人きのくに子どもの村学園があります。今年創立十六年を迎えました。自由でユニークな教育で知られるこの学校では、小学校から高校までおよそ二百人の子供たちが学んでいます。小学校は全部で五つのクラスがあります。各クラスは一年生から六年生までが一つの教室で学びます。クラスはプロジェクトと呼ばれる体験学習で分けられます。料理や農業などを実際に行う中で、子供たちが自ら考え話し合い、そして決めていきます。学園創立の中心メンバー・堀真一郎さんです。以前は教育学の大学教授でしたが、従来の学校と教育のあり方に疑問を持ち、子どもと共に生きる学校作りを目指したのです。今日はそんな堀さんの新しい学校作りへの思いを中心にお話を伺います。
 

 
井上:  そもそもこの学園を考え出したのは、いつ頃からだったんですか。
堀:  そうですね。二十年ぐらい前なんですけれども、具体的には何か新しい学校を作っていきたいと強く思いがあったんですが、よくよく考えてみると、もっとずーっと前の大学生の頃だと思うんです。父親も母親も小学校の教師でして、田舎の学校にずっと勤めていたんですけれども、父親と母親が毎日教師の生活をしているのを見まして、先生の生活もいいなあというふうなことはずーっと思っていました、子どもの頃にですね。そして選んだ大学が京都大学の教育学部で、入って二週間目ぐらいでしたでしょうか、鯵坂二夫(あじさかつぎお)(1909-2005)という先生がおられて、その先生が昔の大正時代の日本の学校作りの話をなさったんですね。あ、そういうものがあるんだ。いいなあ。そういうことを卒業論文に取り上げようかなあと思っていた頃に、イギリスのニイル(A.S.Neill:1883-1973)という人の本に出会ってしまって、これがほんとにすべてがひっくり返るようなショッキングな体験でした。世界で一番自由な学校と呼ばれているんですけれども、何しろ子どもがいろんなことを決めていく。選んでいく。それから先生と子どもとの間の心理的な壁がないとか、あるいは学校の中のいろんな決まりとか、行事、その他全校集会で決めるんですね。そういう学校を知ってしまって、これは大変だと思ったんです。ですからその時に日本にもこういう学校があるといいなぁと。あるいはこういう学校を作れるといいなぁというふうなことを思いました。
 
井上:  なるほど。
 
堀:  ですけれども、実際にそういうことができるような状況はなかなか出てこなくて、その後大阪市立大学のほうに勤めていたんですけれども、一九八四年の秋だったと思いますが、何人かの仲間と一緒に、「ダメでも一つ頑張ってみようじゃないか」ということで、場所探しが始まったんですね。
 
井上:  私どもニイルという人についてあまり知識がないんですが、何故そんなショックを受けたのか。まずニイルさんについて説明して頂けますか。
 
堀:  この人はスコットランドの生まれなんですが、ロンドンから百五十キロぐらいのところにサマーヒルという名前の学校を作りました。その学校というのが、これがまあ普通の考えでいえばとんでもない変わった学校でして、何しろ授業に出るか出ないかを子どもに決めさせる、と。ですから中には四年ぐらい授業に出なかった子もいるぐらいなんですね。もっともその子は後で大学に入りましたけれど。それから学校の中のいろんな決まり、約束、催し物、あるいは少し難しい社会的な問題、そういったものについてミーティングを開いて議論するんですが、その時に最後に多数決で手を挙げて決めるような時に、先生の一票も校長先生の一票も、五歳の子の一票も同じだ、と。そういう思い切った自治の学校です。それから先生のことを「誰々先生」と呼ばない。みなファーストネームで呼び合うんですね、あるいはニックネームですね。そんなの学校かな、と思うぐらい変わった学校で、私がそれまで受けていた学校とはあまりにも違うので、ほんとにショックでしたね。
 
井上:  ニイルという人は常に子どもの側というか、子どもの立場に立って考えるという。
 
堀:  ええ。まさにその通りです。私が一言でその時の印象を言えと言われたら。それまで私がずーっと行っていた学校というのは、どんなに優しい先生で、親切な先生であっても、子どもとは利害が対立する存在だなあというふうに、何か心の底で感じていました。ところがサマーヒルという学校のことを知ってみますと、先生がほんとに子どもの側に立って、見たり、感じたり、動いたりしているなということでしたね。いっぱいいろんなことをやっていましたね、例えば盗みを働いた子がいるとしますね、実際にこの中にそういう子がいたわけなんですけれど、そうしますと、普通ですと、まあ酷い場合には体罰を加える、あるいはそうでなくても懇々と言って聞かせるというぐらいのことをすると思うんですね。あるいは場合によってはみんなの前で辱めるとか、そういうことをしたと思うんですけれども、ニイルの場合は、なんとご褒美にお小遣いをあげると(笑い)。そういうことをするんですね。それは彼が言ったのは、物を盗む子どもの心理というのは、実は大人の愛情を求めているんだ、と。だから愛情を求めている子に罰を与えたのでは逆効果になるから、愛情の印としてご褒美をあげる、と。普通ですとそんなことをしたら盗みがますます治らなくなって増長するんじゃないかと思いますけれども、これが意外なことに効果をあげて、子どもたちが素敵な子になっていく。あるいはもっと酷いケースでいいますと、真夜中に盗み癖の治らない子を誘って隣の家にニワトリを泥棒に入るんですよ(笑い)。
 
井上:  先生自ら(笑い)。
 
堀:  先生自ら。それはどういうことかと言いますと、その男の子というのは非常に厳しい家庭に育った子でしてね、特にお父さんが恐くて強くて、間違いを犯さず正しい人だというイメージが心の奥底に染み付いた子だったらしいですね。それで彼が心理分析をしまして、この子の心の中の大きな問題というのは、その恐いお父さんのイメージだ、と。その恐いお父さんのイメージを何とかして(この子の心の中から無くしてしまうのは無理かも知れないけれど)薄めてやろう、と。そうすると、学校では校長先生というのは一番偉い存在ですね。ですから一番偉い校長先生が自分と一緒に隣へ泥棒に入ったということになりますと、〈何だ、校長先生といってもけっこう僕らと同じぐらいだ〉というふうな感じになる、と。それがやがて自分の父親を見る目も恐い存在から、〈お父さんも人間なんだ〉というふうに感じられるようになっていくんじゃないかなあ、と。そういう読みがあってのことなんですね。別にニワトリが欲しかったわけじゃないですよ(笑い)。
 
井上:  現在の日本の登校拒否とかいじめとか、それに対処する方法論に繋がっていくような気がしますけどもね。
 
堀:  そう思います。私が大学にいる頃からずーっといろんな子どもの本人とか、あるいはその保護者からも相談を受けたりしていましたけれども、一番感じることは、不登校に陥っている子とか、そして虐めている子もそうなんですけれども、子どもの心の奥底までいかないけれども、意識と無意識の間ぐらいのところに、先ほどの恐いお父さんのような心理的な障害のあるものが秘められているなと思うんですね。それは何といっても、学校へ行かなくてはいけない。勉強しなくてはいけない。いい成績を取らなければいけない。いい大学に入らなければいけない、というふうに小さい頃からずーっと思い込まされてきている。ある人はこれは学校信仰なんていっていますけれども、結局そういうものがあって、それから逃れられないと、何かの拍子に学校に行けなくなった子というのは、常に「僕はダメだ。学校に行かなくてはいけないのに行けない。勉強しなくてはいけないのに勉強が手に付かない。先生が「早くお出で」といっているのに、先生の期待に応えられない」とか、そういったことでますます自分を否定する気持が強くなっていっている。だから不登校の子の中によく自分を罰する行動というのがあるんですよね。例えば自分の身体の一部に傷を付けてみたり、あるいは眉毛を抜くとかね。あるいはもっといくと、髪の毛を抜いてしまうとか、あるいは手を洗う。これもよくあるみたいですね。一日に何時間もかけて手を洗うんですね。洗わなくたって綺麗な手になるのをわかっているんですけれども、これ洗わずにいられない。たぶんそれはその子の心の中で、自分は汚れているからもっと奇麗にならなくちゃいけない、という強迫観念のようなものがあって、それが彼を苦しめているんだと思うんですね。ですからその子たちがよく使う口癖の言葉なんか耳を傾けているとわかるんですけど、「どうせ私なんて」とか、「いくら頑張っても」とかね、そういった自分を否定するような言葉がさり気なくというか、いつとはなしに口にのぼってくる。そういうことをとてもよく感じますね。
 
井上:  そのニイルを知れば知るほど、先生の教育観とか、児童観というのは変わってきた、あるいは根底から覆された、ということなんでしょうか。
 
堀:  ええ。ですから最初のニイルの思想や実践との出会いの時に、それまで私が持っていた教育とはこうあるべきだとか、先生はこういう仕事をする人だとか、子どもはこうでなければいけないという、そういうものがなんか急に音は立ててはいないけれども、非常にずーっと消えていくような、そういう感じを受けたですね。なんか凄く自分が解放されたような気がしましたですね。それまでいい子だったんですよ、私。
 
井上:  いろんな学校を参考になさったということですか。
 
堀:  そうですね。
 
井上:  例えばどんな学校がありましたか。
 
堀:  先ずはサマーヒルの学校には何度か足を運びましたし、実際に一年間留学した時には何度も滞在しました。それからニイルの影響を受けてユニークな実践をしている人がかなりありまして、その代表的な人がスコットランドにいたジョン・エッケンヘッドという人なんですが、この人の作った学校がキルクハニティ・ハウス・スクール(Kilquhanity House School:1940-1997)で、一九四○年です。この人の考え方も私にとってはとても大きなものでして、考え方としてはニイルに沿って、ニイルの影響を受けて作った学校なんです。けれども、さらにそこに体験を通して学ぶとか、生活が大事だとか、もう一つ見逃せないのは、絶対的な平和主義―戦争絶対反対、ということを貫いた人でして、私や「きのくに」にとってもとても大事な存在ですね。その他にもいろいろあるのでして、いわゆる進歩主義の学校と呼ばれる学校がたくさんございます。そういうのにはできるだけ足を運んで見ました。それから私立学校だけではなくて、公立学校も見まして、とりわけ日本でもかなり入ってきています「オープンプラン」と呼ばれる廊下のない、壁のない学校と言われる、あの学校ですね。ああいったところからも非常に多くのことを学ばして貰いましたです。勿論外国のそういう学校だけではなくて、日本にもユニークなことをしているところはたくさんありまして、例えば長野県の伊那小学校(伊那市)とか、愛知県の緒川(おがわ)小学校(東浦町)とか、あるいは幼児教育であれば静岡県の野中保育園(富士宮市)、そういったものが今も頑張っていらっしゃるわけですね。それから戦前の「生活綴方」の考え方とか、それはそれはたくさんのところから勉強させて頂いて進めたんです。私は福井県の勝山市、その頃は村でしたけれども、そこの田舎の生まれでしてね、小さい時から野原を駆け回ったり、チャンバラするにしても木を切って来て、ナイフで削って刀にするという、そういうほんとに幸せな子ども時代でした。で、その頃小学三年生ぐらいなんですけれども母親がウンと山奥の分教場に勤めることになりまして、何とはなしにそこへ行っているうちに、気にいってしまって、土曜日毎によく遊びに行ったものなんですけれども、何が良かったかなと今から思うと、どうも今の私の学校の、小学校の雰囲気とよく似ているんですよ。それと言いますのが、先ずは小さな学校で、子どもが三十数人、それが二クラスしかありませんでね。しかも大きい子と小さい子がキチッと別れていない。勿論学年に別れていません。そしてけっこう小っちゃい子が大きい子のところへ行って勉強したり大きい子が小さい子にわからないところを教えてもらいに来たりとか、そういう雰囲気がとても感じが良かったんです。しかも先生と子どもとの関係も凄く良くって、例えば男の先生は学校の当直室でずーっと泊まっておられたんですけれども、晩ご飯終わった後、子どもがやってきて、「先生、トランプしましょう」とか、そういって大きな声でやっているんですね。それから村の人がその学校の先生を凄く信頼していまして、何かあると学校へ来たり、あるいは「畑でこんなもの穫れたから持って来たんです」と言って持って来てくれたりとかね。だから今の大人になってからの言葉でいうと、まず子ども同士の雰囲気がとても良かったですし、それから大人と子どもとの関係、子どもと村の親たち、親たちと学校の先生と、まあほんとに平和な素敵な学校でした。ですから今から思うと、それは私たちがきのくにでの学校のクラス作り方とか、大人と子どもの関係なんかを考える時に相当影響していたんだと思いますね。
 
井上:  そうでしょうね。
 

ナレーター:  きのくに子どもの村学園ができるまでには、八年近くの準備期間がありました。堀さんは「新しい学校をつくる会」のメンバーと一般募集した子どもたちと共に体験学習の合宿を重ね、自然が豊かな場所に建設地を求めました。一九九二年に、小学校、その二年後に中学校を設立。プロジェクトを中心とした総合学習を実践してきました。地域の人たちとの交流を盛んに行い、地元の人からもたくさんのことを学びます。開校から現在まで一貫して行われてきた総合学習。それを行う建物にも工夫があります。
 

 
井上:  これが小学校?
 
堀:  はい。此処が小学校です。
 
井上:  天井が高いし、あれっ!廊下がない。
 
堀:  そうなんです。真ん中にこういう広い空間がありまして、周りに教室が繋がっている。
井上:  そうですか。しかも教室の上に不思議な看板が出ていますね。「おもしろ料理店」とか、「クラフト」とか、これは普通の教室とか、クラスとか、そういうイメージでは考えられない。
 
堀:  でもこれ正式のクラスなんです。
 
井上:  あ、クラスなんですか。
 
堀:  はい。
 
井上:  だって、でこぼこがあって、上級生もいるし、一年生もいるし。
 
堀:  そうですね。一年生から六年生まで完全に縦割りのクラスで、ここへやって来る子どもたちは、料理が好きだから、というのでやって来た子で、その料理作りを中心にしてプロジェクトの体験学習が組まれています。
 
井上:  あ、そうですか。そうするとそれぞれの教室にみんなテーマが置かれているわけですか。
堀:  そうですね。ですから隣は「クラフトショップ」ということで工作をしたり焼き物を焼いたりするのが中心になりますし、ここは「料理」ですわね。隣は「NUNO工房」といって、着る物。その隣が「ファーム」で農業、そして一番端っこが「工務店」。これは大工仕事とか、木工とか花壇を作るとか、そういったことですね。
井上:  それで木だとか、トンカチがいっぱい置いてあるのはそういうことなんですね。みんな子どもたちの興味を中心に別々にクラスができている。
 
堀:  いや、それがですね。もとの始まりは教師が集まって、自分が体験学習でどういうことがしたいかを話合うわけです。大人がまずこういうことをしたいというのでチームができまして、それを見て子どもが選ぶ。ですから子どもが好きなことができるだけではなくて、大人の教師も好きなことで教えられるという、そういう仕組みですね。
 
井上:  変わったクラス編成ですね。その上にあるのは小学校中学校の「チョイス(選択)」なんですか。
堀:  そうです。自由選択という時間が週に六時間取ってあるんですけども、ああいうふうにして、美術、ダンスとか、たくさんある中から子どもたちが一学期単位で選びます。その横に「もんちゃん」とか「かこちゃん」とか書いてある。あれが教師の名前です(笑い)。
 
井上:   先生がちゃん付けなんですね。
 
堀:  そうなんです。
 
井上:  こんなにたくさんあると子どもたち迷いませんか。
 
堀:  いや。それでももっと作って欲しいとかね、けっこう欲深いですね、子どもたちは。
 
井上:  そうなんですか。
 
堀:  私たちは「自発性」の原則、「個性重視」の原則、「体験学習」の原則、この三つの原則でいろんなことを考えたんですけれども、「自発性」「個性」「体験」、この三つの原則がもっとも大事にされる。そういう活動形態をプロジェクトという名前にしたわけです。そのプロジェクトの中で、何をするかによってクラスも作ろう、と。だから一年生、二年生、三年生じゃなくて、プロジェクトの時間に何をしたいかで子どもが集まって来るという、そういうクラス編成です。
 
井上:  中学校はまた別の棟にあるわけですね。
 
堀:  中学校は、棟は別なんですけども、考え方は同じですね。
 
井上:  そうですか。こうしてお話を伺っていますと、堀さんのいわゆる自由というものを中心にした考え方、学校の設立の趣旨とか、そういったものが全部ここに込められているような気が致しますけれども。
 
堀:  はい。自由な学校で、自由な教育をしたいと思ってもなかなか具体的なことまで踏み込んで考えていくといっぱい問題が出てくるわけですね。時間割とかクラス編成とか建物の構造とかも、考えることはいっぱいございます。
 

 
井上:  具体的に実際にスタートした、これがスタート時点だというのは何年ですか。
 
堀:  学校作りを始めようというので集まったグループの名前が「新しい学校をつくる会」と。これは一九八四年の秋でした。その時にこういう学校を作るんだ、というので、いくつか仲間内の約束のようなものを作りまして、それは何よりもニイルなような自由な学校を作ろうと、これが第一です。あくまでも自由な学校、子ども中心の学校。二つ目は、先ずは大事な小学校から始めようじゃないか、というふうなこととか、あるいは私たちはお金がありませんので、たぶん山の中か、辺鄙なところに学校を作ることになるけれども、そうすると寮が必要になりますが、寮に入る子があってもいいし、通って来られる子は通ってもいいというふうにするとか、そういった約束をして学校作りのグループが始まったんです。でも、そういういわばソフトの面は、割合私たちはそっちのほうの専門ですので、そんなに苦労しなかったです。それから認可に関しても―そうそう、認可はどうしても欲しかったんですよ。それは私たちは、「こういう学校を作って、ちゃんと上手くいくということを世の中に発信したい」という気持がありましたので、そうしますと、無認可で始めることはできるけれど、無認可で始めますと、それはそれで仕事としては立派であっても、あれは無認可の特別な学校、と。特殊な学校なんだと見られる可能性がありますので、発信するにしてもパワーがちょっと少ない。だから何が何でもこれは認可を貰ってこれは正式の私立学校で、なおかつ、こんなこともできるぞ、ということをできるだけ知って欲しいな、というふうに思ったわけです。
 
井上:  でも学校に一歩足を踏み入れると、普通の学校ではない、というのはすぐ感じますね、ひしひしと。あれっ、ちょっと変わっているなと思いますが、それは学校を作る時にきちんと話し合って、いわゆる常識的な学校ではないものを作ろうという考えがあったわけですね。
 
堀:  そうですね。まず学校では先生と呼ばれる存在と、生徒または児童と呼ばれる存在が必ずありますけれども、そういう関係ではなくて、大人と子どもという関係で行こう、と。大人は子どもにとっては恐い存在や強い存在ではなくて、子どもにとっていろんなことを教えてくれたり、いろんな援助をしてくれたりする非常に有り難い存在だと感じられるようにいきたい、と。そのためには「先生」という言葉はむしろないほうがいいというのが、いくつかの約束の中の一つです。その他にも学校の具体像を決めていく上では、それまで当たり前と考えられていたことをちょっと疑ってみようじゃないか、というので、いくつかいわゆる学校教育に関する常識を問い直しました。それは例えば、学校とはどういうところかというと、まあ普通の人は大概勉強するところ、というふうにまずイメージすると思うんですね。
 
井上:  そうですね。
 
堀:  「勉強とは何?」と言ったら、知識や技術を学ぶところ、と。「知識や技術を何で学ぶの?」と言ったら、大概教科書ですね。そういう固定概念がありますけれども、私たちはそういうのとは違う学び方がある。あるいは学校というのは勉強するところというよりも、子どもが成長するところだという発想でいこうじゃないか、というのが大事なポイントの一つですね。そこからいくつかの結論が出てくるんですが、例えば、普通の学校ですと、一年、二年、三年というふうに、学年で、しかも一年刻みでグルーピングされていますね。これもほんとに「こうでないといけないの?」というのも考えました。それから教科も国語、理科、算数、社会と厳然とわかれていまして、四十五分なり五十分経つと次の教科にサッと頭を切り換えなくてはいけない。そういう不自然な時間の組み方になっていますから、これも何とかなるんじゃないかなという、そういうこともありました。それから子どもと先生の関係でいうと、先生は教える、だから教師と呼ばれると。子どものほうは教わる存在だというふうになっているけども、これは二つぐらいの意味で少し問題があるぞ、と思いました。先ずは先生はいつも教えなくたって、子どもは自分でだって学ぶ存在ではないかというのが一つと、それからもう一つ、子ども同士が教え合うという、子ども同士の教育力ですね。これをもっともっと活用したいな、というふうなこともありましたですね。それから少し子どもと関係ない話になるかも知れませんけれども、普通、学校では、校長先生、教頭先生、あるいはベテランの先生は高い給料を貰っていますね。若い先生はその半分か半分以下の給料―あれもちょっとおかしいじゃないかなと思いましてね。たしかに子育て、その他必要な人が必要な手当を貰うのもいいけれど、でも経験がないから、あるいは年齢が若いからというだけで、そんなに半分以下の給料までそんなに下がっていいものか、ということですね。そう思っていましたら、サマーヒルとかその影響を受けたキルクハニティという学校では原則として先生の給料は同じなんですよ。勿論家族手当とか、そんなの別に付けますけれども、基本給は同じ。これでいきましょうとか、そういったことですね。ですから私の給料も新卒の人の給料も基本給は同じなんです。
 
井上:  事務員のみなさんは?
 
堀:  同じです。寮の職員も教員も事務室もフルタイムの人は基本給は全員同じ。後は子どもがいるかどうかとか、通勤距離がどうかで多少違いますけれども。
 
井上:  新しく入る先生というか大人が来た時には、それをきちんと理解した上でなって頂くんですね。
 
堀:  そうですね。ですからそれは具体的な学校の毎日の仕組みとか、そういうようなことを考えた上でのことなんです。でもそのもとになる基本原則とか、子ども観とかそういったものはやはりありまして、学校ができる何年も前からみんなでいろいろと勉強しあったんですがね。で、一番感じたことは現代の子ども―二十年前の子ども、十五年前の子どもも同じだと思いますけれども―今の子どもたちがいろんな面であまりにも不自由じゃないかなというふうに感じたんです。不自由というのは別にしたいことができないという意味での不自由ではなくて、例えば心理的な奥深いところにいろんな問題を抱えています。問題を起こす子どもだけではなくて、普通に見える子どもも抱えているわけですね。それはいろんな意味での不安感とか、緊張だとか、あるいはもう少し進んでいくと自己否定感とか、もっと進みますと自己憎悪―自分を憎む気持ですね。そういったものも抱えている子どもが如何に多いかということにだんだん気が付いてきました。そういうふうになっていった子どもたちはやはり溌剌として自分の人生を自分で生きていこうという元気さが乏しいように思うんです。何が一番と言って、〈自分で生きたい。自分のことは自分で決めたい〉という気持が子どもたちの心からだんだん薄れていっているんじゃないかなあというふうに強く感じたことがありましたね。それはある時、子どもたちの生活とか、遊びについての調査(論文「都市の親子 農村の親子」:1984年堀真一郎の調査)をしたことがあるんです。最初は四、五、六年が対象でしたが、その中で遊びについての質問の中で、非常に多くの子どもは、「そんなに遊びたいとは思わない」というふうに感じているんですね。私たちの世代ですと、そんなの信じられないですね。真っ暗になっても遊びましたでしょう。ところが「昨日遊ばなかった」「一昨日も遊ばなかった」「そんなに遊びたいとは思わない」と。遊びたいと思わないということはどういうことなんかなあ、と。これも考えてみたんですけれども、やっぱり遊びというのは何といっても自由な活動ですよね。
 
井上:  そうですね。
 
堀:  親が遊べというから遊ぶわけでもなければ、点数付けられるから遊ぶわけでもなくて、ただただ遊びたいから、そして誰からも命令されないから遊ぶ。それが楽しいわけですけれども、子どもはそれを求めていない。ということは、逆にいえば、指示を待っているということになりますね。
 
井上:  なるほど。
 
堀:  そんなふうにして子どもが遊ばなくなっていっている。一言でいえば、自由を求めなくなってきているというのは、これは大変だぞ、といったことが、その子どもたちの心が不自由だという意味の第一点なんですね。二つ目は、現在子どもたちいっぱい勉強させられていますよね。ところが、じゃ知的に自由かというと、必ずしもそうではなくて、むしろ自分で考えるという楽しみを奪われているんじゃないかなぁとさえ思うんです。それは具体的な例でいうと、ある男の子に、「誰々君、チャボが十五羽いるよ。足、何本や?」と聞いたんですね。三年生の子ですよ。算数がよくできる子です。たちまち「15x2倍は」と言って、「15の2は30、三十本」と言ったんですね。私、ちょっと意地悪しましてね、「えっ?、三十本?」と聞いたんですよ。その子、普通はそういうふうに先生からいわれたら間違ったというメッセージなんですね。「おかしいな?15x2じゃなくて、じゃ、2x15でやって見よう」と。同じく三十本。「やっぱり三十本になった」「やっぱり三十本か?」と言ったんですね。その次に彼が言ったこと、「おかしいな?かけ算違うんかなあ?割り算でやってみよう。15÷2=7.5」と。「七・五本」。その子に悪いけれども、でもそういうふうに算数の勉強をしている子がとても多いと思うんです。ですからほんとの意味の算数的に考えるというんじゃなくて、計算をすること。計算=算数というふうになってしまっているので、これはほんとの「かず」について考える力にはなっていないです。それは例をあげればいくらでもあります。ですから勉強はしているけれども、考える力は付いていない。不自由だと思います。三つ目は、塾に行ったら受験勉強に一生懸命になったりしていますから、孤独というんですかね、触れ合いがないというか、孤立している。そういう点でも子どもたちは可哀想だなあと思うんですね。触れ合って、何かこういうことをやってみよう、というんで力を合わせて、汗流して、やったぞ、という達成感を感じるという、そういったものがやっぱり少なくなってきている。そういうので、私たちの言葉でいうと、感情的にも知的にも社会的にも子どもたちは大変不自由だ、と。私たちはその逆をいかなければいけないというふうに思ったんですね。
 
井上:  これがこの学校の芯に据えている自由とか、そういうことのバック概念ということなんでしょうね。
 
堀:  そうなんです。何かしたいことができるとか、迷惑かけなければ何をしてもいいとかというレベルの自由ではなくて、情緒面での自由、頭の自由、そして人間関係の自由と、それが一番大事なことだと思います。
 
井上:  廊下を見ていますと、いろんな子どもの作文とか、或いは新聞を発行した時に大変面白いのがいくつかあったので目につきましてね。中学生になったばかりの川口まりこちゃんが「自由」についてこんなことを書いていますね。
 
自分で考えるというのは自由の一部だと思う。きのくには自由でいいとみんなはいうけれども、きのくにに入ってわかったことの一つは、自由とはとても難しいものだということだ。
 
凄く奥が深いように私は受け取ったんですが。
 
堀:  こういう作文を書く子は他にも何人かいましたけど、他の学校からここへ転校してきた時に周りの子から、「あの学校は自由でいいやろう。のんびりしていいだろう」と言われるんですけど、実際は非常に忙しい、と。何が忙しいかと言ったら、まず何か物を作ったり調べたり育てたりする時に、ミーティングから始まるわけですね。そうするとミーティングで意見を言って決まらなくても、大人が決めてくれない。そして決まらなければいつまで経っても動かない、と。そこを我々はけっこう拘りますので、子どもたちが一生懸命頑張って話し合って決めるのを待ちます。勿論手助けはしますけれど。それが何をするかが決まると、その次にどうやってするか、ということがあって、そしてではその目標が決まったら、自分は何をするかという役割分担があって、自分が引き受けた役割はきっちり果たしていくという、そういった手順を踏んで大きな仕事ができていくわけですね。ですから、来たばかりの子はよく言います。いわゆる指示待ちに当たる言葉を言いますね、「つぎ、何をしたらいいの?」とか、ということから始まって、どうでもいいようなことまで大人の同意を求めてくるんですね。「トイレへ行っていい」とかね、あるいは「鼻かんでいい」とかね。そういうふうになって、だんだん大人になっていったらやっぱりそういう大人になるでしょうね。
 
井上:  そうでしょうね。
 

 
井上:  頂いた資料に、「自己決定の原則」「個性尊重の原則」「体験学習の原則」。やっぱり三つが生きてきてのびのびと発言したり書いたりするのが出てくるんですね。
 
堀:  そうですね。私たちは、先ほど言いました不自由な子どもからその反対の自由な子どもになって欲しいと思ったんですけれど、でも口でいうだけではなかなかそうはいかないわけで、じゃ、具体的にどうするかとなると、まずは基本原則を決めて、その基本原則をさらに具体化していくという手順を踏んで毎日の子どもへのかかわり方を決めていくわけなんですが、その時に自分たちが育って貰いたいなあと思っているような子どもになっていくのに、普通の学校だと子どもたちは相当不利だなあというふうに感じました。実際、公立学校の悪口をいうつもりはないですけれど、でも私たちが考えているような子どもになってもらうのには、普通の学校のやり方を相当見直さなければいけないと。まず第一に、学校では先生がみな決めますよね。先生だけじゃない、教育委員会も親もみんな決めます。親が入れる学校を決め、あるいは先生がどんな教科を教えるかを決め、そして毎日であれば一時間目は、「国語の教科書四十七ページから始めます。はい。開いて」という感じで始まっているわけですよ。そういうふうにして、一から十までほとんど先生が決めていって、子どもが意見を差し挟むことはほとんどできない。ですからその反対を目指せば当然のことながら、できるだけ子どもが自分で決めるだろう、と。自分たちのことは自分たちで決めると。あるいは自分で決められなくてもたくさんの選択肢の中から選ぶということを大事にしないと、私たちが考えるような教育にはならないんじゃないかなあ、と。できるだけそれを徹底しようと思ったわけです。それから二つ目の原則なんですけれども、これは「個性尊重の原則」というふうに言っております。普通、年齢が同じですと、同じ学年に入れられて、そして一つの教室の中で三十人あるいは四十人の子どもたちが同じことを同じペースで、同じ目標に向かっていって、しかも同じ正解を与えられるということになっているんですけれども、私は子どもというのは一人ひとり違うわけなんで、できることならば、その違いを尊重するような教育をしてみたい、と。ですから同じ時間帯で、例えば「かず」の勉強をする時間帯であっても一つの教室の中で九九の復習をしている子がこちらにいる。あるいはこちらではさらに進んだことをやっている子がいる。向こうの端っこのほうでは中学校でするようなことをしている子がいてもいいと。あるいは中にはメモ用紙持って出て行って、外のいろんなものを数えてくるというような学び方ですね。ですから年齢とか、あるいは教科とか、そういったものに合わせてみんなが同じことをするというんじゃなくて、できるだけ一人ひとり違ったことができるような学校にできないか、と。全面的にそうすることは難しいかも知れませんけども、けっこう工夫できるんじゃないかというのが第二の原則なんです。三つ目は、学校といいますと、勉強机がありまして、子どもはそこに座って教科書とノートを広げて、先生がしゃべっている黒板のほうを向いて授業をうけるというのが普通ですけれども、これをやめて体験型学習にしたい、と。できるだけ物を作る、育てる、あるいは料理をする。そういったことの中に学ぶ機会というのはいっぱいございます。例えば私のクラスでは「くつろぎハウス」という大きな家を建てましたけれども、その時ですと材木の長さを測るとか、面積を計算するとか、お金の計算もしなくちゃいけない。角度の調整もしなくちゃいけない。もう大工仕事ほど算数の勉強の多い仕事はないと思うぐらいたくさんあるんですね。ですからある年なんかは小学校五年生、六年生のグループの子が、大工仕事の中でどうしても「三平方の定理」をしなくちゃいけないということも起こったりします。ですから体験学習の中にいわゆる基礎学習の要素がいっぱいありますから、これもできるだけ活用しようということです。ですから子どもが自分で決めるという「自発性の原則」、それから一人ひとり個性を大事にしようという「個性尊重の原則」と、体験から学ぶという「体験学習の原則」と、この三つの原則をまず立てまして、これをしかし具体的にどう活かしていくかというと、次の作業に入っていくわけですね。
 
井上:  校舎を見せて頂いた時に、「プロジェクト」というのがありまして、あれがいわゆる体験学習の中心になるものなんですか。
 
堀:  体験学習なんです、あれは。体験学習なんですけれども、先ほどの三原則の自己決定の原則、あるいは自由選択の原則、二つ目の個性尊重の原則、そして体験学習の原則、この三つが混然一体となった活動形態をプロジェクトというふうに呼んでいます。ですからもし体験学習というだけであれば、先生が決めて、先生が何でも用意して、「さあ、みなさん実際に物を作ってみましょう。田圃に入るよ」とかという体験学習もあり得るわけですね。私たちの体験学習は、その中で子どもが決めて、子どもが選んで、子どもが取り組んで、最後自分たちで評価していくという、そういう意味での自発性の原則と、もう一つは、仕事の中なんだけれども、みんなが同じことをするわけではなくて、一つの仕事をしていく中で手分けしてやっていく。役割分担をする。そういう意味での個性を、あるいは個人差を大事にしていこうという、その原則もしっかり実行させるような、そういう活動がプロジェクトである、と。
 

ナレーター:  去年の工務店のプロジェクトの中心は、おもちゃ博物館の建設でした。地盤作りから建築まで、可能な限り子どもたち自身が行いました。学年の終わりを前に子どもたちは完成の準備に忙しく動きます。展示場の棚がどうも上手く入りません。その場で形を整えます。いよいよそれぞれの思いをこらして作ったおもちゃを運び入れます。心配したよりもすっきりと展示ができました。最後に手作りの看板を付けてついに完成。一年がかりでみんなでやり遂げたいろんな思いが子どもたちの胸に広がります。

 
井上:  具体的に時間表を組む段階で随分大人のみなさんは議論をされたわけですね。
 
堀:  ええ。プロジェクトというのは「自発性の原則」と「個性の尊重の原則」と「体験学習の原則」がもう完全に実行される非常に大事な中心的な活動ですから、これには時間を割きたいけれども、何時間割こうかとか、あるいはどういうふうに一週間に割り振ろうかとか、そしてまたいわゆる基礎学習の時間ですね、私は「かず」と「ことば」と言っていますけれども、これはどのくらいの時間をどういうふうに配置するかということとか、けっこう議論はしましたですね。
 
井上:  その結果決まったのがここにあります「小学校時間表」時間割ですね。これでみるとプロジェクトというのは非常に目立ちます。
 
堀:  はい。全体の半分がプロジェクトの時間になりますね。このプロジェクトの時間というのは、いくつかあるクラスの中で選んだ活動をするわけなんですけれども、特に水曜日ですね、一日中プロジェクトになっているんです。これで六時間。月曜日もそうですね。ということで、これが一番大事な時間になります。ついでにいうと、月曜日は遠くから来た子が家を出てから間に合うように十一時から始まりますね。そして面白いことは、この一枚で一年生から六年生まで全部間に合うわけです。
 
井上:  そして中央の下に、全校ミーティングというのがありますね。
 
堀:  ええ。これは週一回なんですけれども、これは小中全部集まりましていろんなことを決めます。いろんな行事の計画を立てるとか、あるいは誰と誰がもめているからその処理をしようとかですね。あるいは「今年は国際なんとか年だから、きのくにではこういうことをしたい」とか、そういうようなことを考えるのがこのミーティングですね。一年生から六年生まで、それから中三まで、全部で集まります。大人も集まります。そしてサマーヒルと同じように手を挙げる時は、私の一票も小学一年生の子の一票も同じと、そういうシステムです。
 
井上:  プロジェクトという、そもそもその意味なんですけれども、もう少し分かり易くご説明して頂くと、どういうことになりますか。
 
堀:  私たちはこれはみんなでする大きな仕事という、そういう意味合いです。ですから体験学習なんです。間違いなく体験学習なんですけれども、ただ単に体を使うとか、手を使うとか、あるいは実物に触れる、そういう意味での体験学習ではなくて、何よりも子どもが自分で考える、実験する、確かめる、失敗してもやり直す、という意味での、頭を使う活動である、と。だから体験活動こそは頭を使う活動なんだ、ということをですね。そうしないと先生主導の、子ども不在の、体験学習になりかねないと思うんです。それからそのテーマ、あるいは中心的な活動として選ばれるのは、衣食住、そのまた基礎にある「生きる」「いのち」、そういったところから出発すると、子どもは飛び付いてきますし、それから後広い範囲へ発展させていくのにも非常に有利だと思います。それからその体験学習なんですけれども、子どもにとっては、それはそれ自体が楽しい、それ自体が意味がある。そういう意味のホンモノの活動でなければいけないと思うんですね。先生はその体験を通して、こういう発達させよう、こういう力をつけさせよう、と思いますけれども、子どもにとっては楽しいからする、やり甲斐があるからするというので取り組んでいくホンモノの活動でなければいけない、と。まだありましてね、そういうものをする時には、じゃ、知識とか、基礎学力はどうでもいいのかというと、決してそんなことはございませんね。大きなプロジェクトを遂行していく時には必ず既成の知識とか、技術といったものは応用されるわけですね。ですからプロジェクトの中で、知識というのはまず道具だということです。ところが普通、教育の場面で、知識は自己目的化されて、知識を覚えることや吸収することが目的にされてしまっていますけれども、本来知識というのは、何か目的を遂行するための道具、手段である、と。そこをきちっと認識したほうがいいと思うんですね。もう一つありまして、でも活動を通していろんな知恵がつきますよね。そこのところにはそれまで持っていなかったような新しい発見があり、新しい技術が身に付き、知識もそなわっていく。これは大人から見れば前からある知識なんですけど、でも子どもから見れば新しく子どもが創り出した知識、つまりその知識は子どもの創造物、生産物だというふうに認識したいなあと、そんなことを思っています。ですからそういうふうにしてやっていきますと、これまさしく人間として、我々が生きていくことそのものだというふうな感じもしてきますね。
 
井上:  ですからプロジェクトを始めようという新しい先生方はその辺のところをきちんとしておかないと道を誤ってしまったり、単なる興味で終わってしまうということになるわけですね。
 
堀:  とりわけ理科と社会は一緒にするというだけの総合学習になったり、先生が全部決める体験学習になったり、そういうことはなりうると思いますね。何よりもやっぱりそういう活動をしていって私が感動するのは、子どもというのは凄いなあ、偉いなあと。そういうふうに思いますね。そういう発見をする時の嬉しさと言いますかね、これが教師として一番の報酬かも知れないです。
 
井上:  心配なのは基礎的な学力がそれで付くのかどうかという問題ですが。
 
堀:  「基礎学力、大丈夫ですか?」「高校に入れますか?」というのが、見学に見える方の一番多い質問ですね。ところがこれが意外にけっこういけていましてね。試験はしないんですよ。宿題も出しませんけれども、子どもたちはたしかに力を付けているかどうか、そういうチェックは致します。この間も小学校一年から六年まで全員そういうチェックをしたんです。例えば六年生で今度中学校へいくような子どもたちですね、小学校の「かず」の勉強―算数の勉強ですけれども、ずーっとチェックしていって、六年生の終わりで、五、六年生の学ぶはずのことをどれだけマスターしてきているかな、というのをちょっと集計してみたんですね。大体点数にすると七十五点ぐらい、平均点がです。ですからこれはたぶん負けていないと思いますし、実際他の小学校と比べてみても全然負けていない。ということは少ない時間で集中してやればそのほうが他にプロジェクト、そこに時間割けるわけですからウンと得だと思いますね。
 
井上:  なるほどね。
 

 
井上:  ミーティングというのは非常に頻繁に開かれるようですね。
 
堀:  もう先ほどの自分で決める。自分たちで決める。あるいは自分たちで選ぶというのは大事にしようと思ったら、もうミーティングで話し合うしかないですね。ですから小さい時からとにかくミーティングは一生懸命やってもらって、それから時間もたくさんとって、それから議長とか書記なんかも順繰りで回して、というふうにしています。そしてその中で自分の意見を持って、それをちゃんと言葉で伝えるという練習をしてもらうわけですね。ですからこれは国語の勉強にもなっているわけなんですけれども、ミーティングはとても多いです。全校集会、それからクラスのミーティング、あるいはグループ毎のミーティング、あるいは寮であれば全寮のミーティング、それから各棟のミーティング、各部屋のミーティングとか、話し合いがとても多いのがこういう自由な学校の特徴だと思います。
 
井上:  修学旅行まで自分たちで決めてしまう。これほんとなんですか?
 
堀:  ほんとです。六年生ですね。普通は全部縦割りなので、一年から六年まで一緒にしますけれども、小学校の修学旅行だけは六年生だけなんですね。これだけは特別で。でも大人は黙っておくんですよ。そうすると、四、五月になると、六年生がどこかでひそひそと集まり始めて、「秋に修学旅行へ行くかどうか」「いや当然行く。早くしないと間に合わないぞ」という、そういうことから始まっていって、そのうち子どものほうから大人に注文がきまして、「修学旅行にやっぱり行きたいから、大人誰か係り決めて来てください」と。そうすると今度は委員会で行くところをいっぱい調べて、「あそこがいい。ここがいい」と。それで私たちが出す条件は、「予算三万円以内」と。そうすると、どこそこの高速代がいくらで、それを子どもの人数で割って、一人当たりいくらになるとか、フェリーは何曜日がどうとか、そういうのを全部調べて、そして大概四泊五日ぐらいの修学旅行ですね。必ず三万円を超えてはいけない、と。まあ計算せっせとやっていますね。
 
井上:  そうですか。
 
堀:  勿論それだけ行こうと思うと、マイクロバスを運転して、そしてユースホテル、その他を使って行くわけなんですけれど。
 
井上:  なんか自分たちが言わないと、この学校は修学旅行に行けないぞ、と先輩からの言い伝いがあるとか。
 
堀:  それなんです。
 
井上:  そうなんですか。
 
堀:  いじめの問題に関しては、うちは徹底して守り通している一つの原則がありまして、それはうちのような学校であっても、いじめ、またはいじめに近いようなことが時々は起こってくることがやっぱりあります。子どもの世界ですから、それは仕方がないことかも知りませんけれども。でもそれが起こってきた時に、原則としてミーティングに出すというふうにしています。先生がその子を呼んで懇々と言って聞かせるとか、親を呼んで苦情を言うとか、そういうことではなくて、みんなの問題にしますと、そういうことを周りで見ている子がいっぱいいるわけですよね。ですから具体的な例で言いますと、ある女の子が、「男の子から蹴られた。酷いことをされた」と、家に帰って訴えます。そうすると、その親が心配して、「家の子がこう言っているんですけども」と言ってくる。「じゃ、ミーティングに出しましょう」と出すんですね。そうすると、それを見ていた他の子らから、「そういうお前もけっこうやってるぞ」という意見が出てきたりとかありましてね。結局公平な結論になって、これはやっぱり謝るんなら両方謝ったほうがいいよ、というふうな結論になって、本人たちも、「じゃ、謝る」と言ったら、「うん、謝る」と。こっちの子はと言ったら、「謝るけど、みんなの前で謝るのはちょっと照れくさいから後で謝る」とかね、そんなふうにして解決されていくんですね。ですから後に恨みが残りませんし、効果も大きいと思います。とにかくみんなの問題にするということですね。何よりもミーティングをして、自分たちで決めるということは、大人から言われてするわけじゃありませんので、いわゆる難しい言葉でいえば、「自己価値感情」というんですか、自分というものに対して自信を持つ。あるいはなんか大きくなったような、成長したような気分になれるとか、そういったのがとても大きいと思うんです。しかもそれが他の子といろいろな意見を調整して、何か大きなことをしていくためのミーティングですから、その人と人の繋がりとか、触れ合いとか、そういったものも随分育っていくように思います。
 
井上:  そのことによっていわゆる「親離れ」ということも可能になってくるんでしょうね。自分というものを作っていくと。
 
堀:  当然「親離れ」、そしてたぶん「教師離れ」。それは自立となっていくと思います。ですから卒業生がよく帰ってきて、話をしてくれるんです。「新しい学校でどうだ?」と聞きますと、「新しく行った学校の同級生たちがちょっと幼い」と。「なんか自分でいろんなことを考えないで、何でも相談してくるし」というんですね。「トイレに行くのまで、トイレに行かない、と誘ってくる」と言って笑っていましたけど。そういうことでなんか戸惑うようですね。それからよくいうのは、「高校の先生が分かり切ったことをくどくどと何遍もいうので嫌だ」と、そういう言い方もしていますね。ですからそういう点では、けっこうよく育っていっているんだと思います。私は一番子供たちに変わっていって欲しいなと思うことは、やっぱり感情面の解放ですね。つまり何か自分でも理由のわからないものに対して、不安を感じたり、ビクビクしたりとか、そういうことがなくて、あるいは自分というものが好きだというふうに感じているとか、それから具体的な毎日の生活のレベルでいえば、何か知らないけども、毎日が楽しいと。あるいは自然に笑えてくるとか、もっと言えば生きているっていいな、ということも感じるような、そういう意味で生き生きした子どもになって欲しいと思うんです。そういう子どもはものを考える時にも固定観念にとらわれないし、それから大人の指示を待たないし、失敗をおそれませんし、それからいろんなことに好奇心が旺盛になりますし、だから感情が解放されている子は、いわゆる考える力、あるいは創造的な知性、そういったものは伸びていくと思います。当然そういう子は仲間と一緒にやっていく時だって上手くやっていけるわけですよね。ところが今世の中で見てみますと、仲間と触れ合う、みんなと心を合わせて何か難しいことに挑戦していく、というふうな、そういう体験というのはとても少ないと思うんですね。ですけども、それぞれ子どもが、じゃ、解放されていて、自分で考えるのが好きで、というものが集まったら、当然いい子どもの集団ができると思うんですね。そんなんで十五年やってきまして、良かったなあと思いますし。
 
井上:  そうすると、保護者と子どもと、それから大人と、大人の役割というのは普通の先生とはまた違うということなんですね。
 
堀:  違いますね。特に一番違うのは、授業だけしていては務まらないということかも知れませんし、それから先生は子どもよりも偉いんだと、心のどっかで思っていたら、これも務まらないですね。
 
井上:  先生の、私は忍耐力をみた思いがするんですが、ある授業を見ていたら、僕だったらここでものを言うんだけど、先生というのは―そこの教室の大人は何も言わないで、最後までじっと聞いているんです。これはけっこう勇気がいることじゃないですか。
 
堀:  けっこう勇気がいりますけど、長い目でみると、結局そのほうが早いということもありますね。それからもう一つは、子どもが決めたことで必ずしも適切な決定じゃないこともあります。でも余ほどの危険がなければ、失敗するとわかっていてもやってもらうんです。その中で、「あ、やっぱりダメだったからやり直すか」という子どもが学んでくれれば、それは大人がいきなり教え込んだよりも、ずっと価値がありますしね。私はこの十五年間、ここで子どもたちと一緒に過ごしていて、ほんとに有り難いなと思っています。何と言っても、子どもたちが成長していくそのお供をするといいますか、半歩ぐらい遅れて子どもの後を付いて、子どもが成長していくのを見守っていける。こんないい仕事はないなと思っているんです。大学に勤めた時は大学の先生っていい仕事だなぁと思っていまいたけどね。今はとても運が良かったなあとか、あるいは有り難いとか、そんな気持になっていますね。何と言っても、子どもが逞しく育っていくというのは凄い、というのに触れる毎日ですから、それが一番嬉しいですね。「子どもはダメだ」とか、「近頃の子どもは」とかいう人って多いでしょう。絶対そんなことはないと思います。子どもは変わったわけじゃなくて、周りの社会がなんか変になってきている面はあるかも知れない。でも子ども自身はそんなに変わっていないと思います。本来の生きる力をいつでも発揮できる存在だと思うんですね。私たちがモデルにしましたサマーヒルのニイルはこういう言い方をしているんですね。
 
もっともよい教師というのは、子どもと共に笑う教師だ。もっとも良くない教師というのは子どもを笑う教師だ。
 
と。私はこの言葉が大好きなんですね。子どもと一緒にいたら自然に笑えてきますから。にも拘わらず子どもの悪口を言い、子どもについて苦情を言い、親に文句を言っているというのは、これは不孝な教師だと思います。子どもと一緒にいるのはほんとに楽しいし、むしろ生かされているんだなあということをつくづく感じます。サマーヒルのことを論評している有名な心理学者にエーリッヒ・フロム(1900-1980)という人がおります。『自由からの逃走』という有名な本を書いた人ですね。あの人がこういうことを書いているんですね。
 
サマーヒルの教育の真髄とは何かということを一生懸命探してみたけれども、結局それはサマーヒルのニイルが一番訴え続けてきたことは、「生きることへの愛」である。世の中には「死ぬことへの愛」にとらわれている人がとても多いけれども、サマーヒルの真髄は「生きることへの愛」であって、「生きることへの愛」というのが、子どもがもともと持って生まれてくるものだから、それをどんどんいつまでも持ち続け、さらに発展させていけるようにするのが教師の仕事なんだ。
 
そんな意味で言っているんだと思います。この「生きることへの愛」ということが、サマーヒルの精神だし、私たちがいつも心懸けていなくてはいけないことだと思うんですね。具体的には、子どもがとにかく毎日楽しい、と。なんか知らんけども、笑えてしょうがないとか、早く明日がこないかなあとか、そういったふうに感じながら生きている時、たぶんその子の心の中には生きることへの愛が漲っているんだと思うんです。
 
井上:  今日はほんとにありがとうございました。
 
     これは、平成十九年五月六日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである