わたしの漂流仏物語
 
               茨城カウンセリングセンター理事長 大須賀(おおすが) 発 蔵(はつぞう)
大正一二年長野県生まれ。昭和一八年中央大学専門部法科在学中、学徒出陣。戦後、昭和二十四年東洋大学文学部印度哲学科を卒業。家業の木材業を継ぎ、三○年茨城木材相互市場設立に際し、常務。四三年専務を経て、五○年社長に就任。この間、困難な経営問題に直面したことで、カウンセリング、パートナーシャフト経営に関心をもち、仏教思想と統合しながら、その精神の社会化に努める。人間関係研究所(現・茨城カウンセリングセンター)を創立、理事長。著書に「いのちを分けあいしもの」「陰は光に」「ひびきあう心」
               き き て             金 光  寿 郎
 
ナレーター: 晴れた七月下旬、茨城県茨城町、今年八十三歳になる茨城カウンセリングセンター理事長の大須賀発蔵さんをお訪ね致しました。今から二十年ほど前自宅近くの川を流れてきた仏像を預かって今も大切にしておられるそうです。今日はその仏像を巡るお話をお伺いします。
 

 
金光:  この川はどちらから?
 
大須賀:  向こうが西、真西かどうか?
 
金光:  大体西ですね、で東に流れていく。
 
大須賀:  そうです。こちらが太平洋になりますから。
 
金光:  西の向こうはどういうとこから流れてきているんですか?
 
大須賀:  あの山が見えますね。あのへりをずっと右の方に回っていって、そして笠間市、
 
金光:  あ、焼き物の笠間、
 
大須賀:  焼き物の笠間。親鸞聖人もその近くにおられたわけですが、
 
金光:  その辺りを通って流れてきている。
 
大須賀:  そうなんです。
 
金光:  東はどこへいくわけですか?
大須賀:  これのちょっと先に―これは涸沼川(ひぬまがわ)と言っていますがね、涸沼にこれ入るんです。けっこう大きい沼で、そこを出て今度水戸のほうを流れている那珂川(なかがわ)というのがありますね、それに合流してすぐ海岸に出る。
 
金光:  海岸というと大洗(おおあらい)のほうになるんですね。
 
大須賀:  そうです。大洗です。
 
金光:  それでこの川に仏さまが見つかったというか、流れてきたという。それはどの辺でございますか?
 
大須賀:  それはすぐそこのですね、堰(せき)があるんですけども、そこでもって工事をやっていた方が発見したんですね。
 
金光:  じゃ、その場所をちょっと見せて頂いて、そこで説明を伺いましょう。
 
大須賀:  そうですね。そうしましょうか。
 

           
金光:  これですか。
 
大須賀:  波が見えていますが、あそこで堰を作って、向こう側に水を引くための公共事業が行われていました。そこの仕事をしていた方が、堰に変なのが引っかかった、というんですね。
 
金光:  なんか分からないけれども、なんか変なものが引っかかったというか。
大須賀:  なんか顔みたいなのがあるのでビックリしてね、「土手のところへ投げておいた」というわけなんですね。それをこちら製材工場のおじさんがお昼休みにタバコを吸いながら、なんか変なのがある。何だろうというんで、下へ下りてみたら、向こうの方が、「堰につっかかって、そこに止まっちゃっているので、そこへ投げておいたから良かったら持っていってくれよ」とかと大きい声で言っておりましてね。それで工場のおじさんが持とうと思ったら一人で持てない。
 
金光:  重くて、
 
大須賀:  ええ。泥がありますからね。それで人を連れて来て、一緒に工場のところで洗ってみたら、まあ仏さまなんですね。ビックリしてね。それで私に聞けばきっとわかるんじゃないかというんで、私の家まで私を迎えにきたんですよ。
 
金光:  そうですか。それで初対面ということですね。
 
大須賀:  私も何のことかと来ましたら、いやぁ、ビックリしましたね。
 
金光:  その仏さまは今もお宅にあるわけでございますか。
 
大須賀:  今もずっと我が家の中心にみたいになっておりますんで。
 
金光:  じゃ、その仏さまを拝みながら、お話を詳しく聞かせて頂きたいと思います。じゃ、よろしくお願い致します。
 
大須賀:  じゃ、ご案内致します。
 

 
金光:  それで大須賀さんは、仏像をご覧になった後はどうなさったんですか?
 
大須賀:  ええ。それを洗うのに随分時間がかかったんです。もう泥がこびりついちゃっていて。それで泥を落としてみればみるほど、仏像であることははっきりですから、私も仏教に関心を持ってきた人間なものですから、「これは勿体ないから、それじゃ会社に置くわけにはいかないから、私の家で預かることにしよう」と言って、みんなも、「そうしてください」ということで、それでずっと抱いて玄関まで来たんですがね。ところが両手でこう抱いているもんだから―あの頃はドアは回すドアだったんですけど、変な話ですけど、足でもってね、
 
金光:  手が使えないから、
 
大須賀:  使えないんで、トントンと足でノックしたわけです。それでちょっと家内はお客様が来たと思ったんでしょうね。それでドアを開けて見た途端に、私が仏さまを抱いていたんですけど、家内にしたら仏さまなんて夢にも思えないから、なんかその時の声が、私、今もって耳から消えないんですが、「赤ちゃん!」と言ったんですね。よく私ども仲人みたいなことをやると、新しい赤ちゃんができると見せに来てくれる方もありますからね。そういうことと思ったんだろうと思うんですね。私が、「そうじゃないよ」といって、こう見せたら仏さまなものですから、彼女ビックリしちゃいましたね。それを仏壇の脇の床の間に置きまして、今から思えばそれは二十数年前のことですよね。
 
金光:  そうですか。
 
大須賀:  仏像として完成したものでないもので、それでご覧頂くとわかるんですが、割れちゃったり、まだ木に鑿(のみ)を入れていない状態のままの、台もみんなそうですからね。そんなもんだから、これは未完成のままの仏さまだったので、それで家に置いておくと粗末になると思って、むしろ川に流したという意味が、なんかむしろ仏さまのことを尊重した意味で、私は流したと思うんですね。
 
金光:  精霊流(しょうりょうなが)しみたいな、そういうイメージでしょかね。
 
大須賀:  そうそう、そうですね。それはご本人がしたのか、あるいはお子さまとか、お孫さんが、家に置くのは勿体なくて、薪にするわけにもどうするわけにもいかないので、それで流されたんだろうなあと、私は思っておりましたね。それにしても、家内は、「赤ちゃん!」と言った時の、本能的にそういう気持になったんじゃないでしょうか。毎日毎日こうして手で撫(な)ぜるんですよ。それを今そこに、
 
金光:  ちょっとそれ拝見さして拝まして頂けますか。
 
大須賀:  見て頂くとわかると思うんですが。けっこう重いんですね。
 
金光:  どの位重さございますか?
 
大須賀:  八キロちょっと弱ですね。
 
金光:  そうですか。割れ目がありますね。
 
大須賀:  割れていますからね。ですからかえってお粗末にしちゃいかんというような思いが、作った方にあって流されたんだと思うんですけど、私はこれからなんかいろんなことを教えられるんですけど。家内は一生懸命こうやって両掌で毎日毎日二十何年かやっていたんですね。それでこの艶がでたんです。
 
金光:  後ろはどうなっているんですか?
 
大須賀:  そうですね。後ろね、これほんとに、こんな感じです。
 
金光:  なるほど。未完成ですね。
 
大須賀:  未完成で、削った跡があるんですけれどもね。まあしかしどなたが、どうしてこれを作ったのか、なんともわからないんですよね。
 
金光:  それで奥さまも昨年四月にお亡くなりになったんだそうですね。
 
大須賀:  はい。家内はわりと病気はあたったんですけども、終いにやっぱり癌になりましてね、それで亡くなっていったわけですけれども。彼女が亡くなったあと、病気の時は勿論できませんでしたけれども、可愛がってくれていたお母さんが亡くなってしまった、という感じです。
 
金光:  「手塩(てしお)にかけた」という言葉がありますけれども、このご仏像も奥さまが磨いていらっしゃったからこんなふうに艶が出てきているわけでございますね。
 
大須賀:  それで私も自分でやればいいんですけど、時々しか自分ではできないもんでね。それで去年の七月二十三日の日に在家仏教協会で講演をすることがありまして、そうすると四月に亡くなっていますから、四、五、六―三ヶ月ちょっとというとこですがね、私はこの仏さまは車に乗ったこともないし、どこへ行ったこともないからね、家内も亡くなったことなんで、これを在家仏教協会の話のところにお連れしたいという、連れていきたいという、そんな気持が起きたもんですから、娘がちょうどこれを丁寧にくるんで、キャリアーというのがありますよね、縦のキャリアーにこう縛って連れていったんですよ。重いことは重いんですけれども、私、東京に一度連れていきたいという思いがいっぱいあって、重かったとかなんかという感じがほとんど今でもないんですよね。ですからそういうふうにして、あちらに運んだ時に、ちょうど内藤喜八郎先生がおられましてね、講師の控え室でこの包装を先生が解いてくださったんです。
 
金光:  在家仏教の事務局長をしていた方ですね。
大須賀:  そうです。その時に先生がなんか「へぇっ!」というような、ほんとに驚いた感じで声を出されたのが残っているんですよ。それで、私はこの仏像のことを中心にして、みなさまにお話を聞いて頂いて、それで帰ってまいったんです。私は帰った後、お電話を差し上げたんですが、ちょうど私にお手紙を書いてくださっている時に電話がいったようでしてね、その後でお手紙がきましてね、私はそれで心の目を開かせて頂いたんですね。
 
金光:  と言いますと?
 
大須賀:  先生のお許しを得ているので、手紙をちょっと読ませて頂いてよろしいでしょうかね。これなんですよ。
 
過般土曜日にはお念持仏(ねんじぶつ)の重い仏さまとともに会場にお越し頂き嬉しいご縁に会わせて頂きました。お包みを解いて机の上にすくっと立ったお姿を眼前にした時は息をのみました。気持が高揚して、感嘆の思いばかりが先に立って、その時何を申し上げたか記憶に定かでありません。一日おいて今日はお手紙をしたいと朝机に座ったところへお電話を頂戴致しました。なんということでしょう、頂いたお電話で次々次へと言葉が堰を切ったように流れ出してお恥ずかしいことでございました。自分の目に焼き付いたお姿が今も彷彿としてきます。
そして、その次からのところで、私はほんとに自分が深く教えられたんですが、それでは、そこを読んでみますと、
 
杭のような御像がもうどこにも付け加えるところも削るところもなく完璧な形で記憶の中に立っています。その丈(たけ)もそれより他にありようがなく、垂直に走るひび割れも、古人が、「杜鵑(ほととぎす)鳴き山竹裂く」―山の竹が割れた音というような意味でしょうね、そういう歌を引用されまして、
 
身の心髄から願いのほとばしり出るような、また実を孕(はら)んだザクロが空中で口をパッと開くような生気がありました。
 
その次ぎにおっしゃってくださっているんですが、
 
これは初めから金箔の荘厳をする予定ではなく(勿論そうですね)鑿(のみ)で切った鑿の面の美しさを期したもので、その面が生きた人の手で愛(いと)しまれて鈍(にぶ)い光沢を放っているのが何とも表現しようのない絶妙な美しさでした。土の香りのする地方色を残した野趣をまといながらも、卑しさの影は微塵もなく、形式化した表現もなく、お口にはひたすらな信仰に貫かれた仏師の眼差しがこもっていました。そこから孤独な無名の仏師の面影が見えてくる思いで、その仏師のことが慕(した)わしく、このお像の源を訪ねたい思いに駆られております。云々
 
と書いてありまして。この時、先生は仏師というふうに思っておられて、こちらの方にお出で頂けるということだったもんですから―あれは八月五日の日だったと思いますが―いらっしゃって頂いて、今度こそ丁寧にご覧頂きましてね。その結果のことで、初めは仏師というふうに思われたんでしょうが、これは素人の方がある程度そういうことに関心のある人なんでしょうけど、お作りになった方かなあというふうにもいろいろ思われるらしくって、二番目にお手紙を下さったりもしたんですよ。それでこれ長いのですがその中で、これを作った方の源を知りたいなあという先生の思いは、それは無理だということも先生はお考えになられたらしく、またこの後ろに丸鋸で線が入っている。だからそれは少なくとも機械ののこぎりですから、少なくとも明治以降のものということもわかってですね、お書きになってくださったのがあるんです。その中で、先生がお聞きになったお話ということで、以前、西谷啓治(にしたにけいじ)(日本の近代哲学・宗教哲学研究者。京都大学文学部名誉教授:1900-1990)先生のお話を聞いた時のことをお書きくださっているんですが、
 
金光:  京大の先生をなさった方ですね。
 
大須賀:  そうですね。そこだけ読ませて頂きましょうかね。
 
もう亡くなられた西谷啓治先生に聞いた話があります。庭の柿の木が老木になって倒れ、切って庭に積み上げておいたものを見ながら、戦時中に食糧難の頃が忍ばれて、どうしても処分することができなかったその家の主人が(というのは、当時食べ物がなかったので、柿の実で子どもさんが助かったんでしょうね)その柿の木で観音様を彫って貰って漸く心が落ち着いて、その木を薪にすることができた。
 
というんで、そういうようなことを書いてございましてね。私もこの仏様を東京に連れていったことがご縁で、ほんとこのままOKという、いのちのほんとの姿をそのままで受け止めるということの深いお心を伝えて頂きました。そしてふっと気が付いてみると、私はカウンセリングのようなことに関心をもってきまして、そうするとその通りなんですよね。ほんとに今の苦しんでおられる方々いろいろでありますけども、その方にお会いして、そのまんまのお姿をですね、心の中からお話を頂くことに耳を傾け、心を傾けて、ほんとにそれを受け入れていくということがカウンセリングの、いわば何より大切なアプローチでございますからね。
 
金光:  カウンセリングを受けに来られる方は、決してあるイメージにあった理想的な姿ではなくて、ご自分でも苦しんでいらっしゃるし、周りの人も苦しんでいらっしゃるような方がお見えになるわけでしょうけれども、それをそのまま、足りないのは足りないままで、そっくり受け取る、ということがまず基本にあるということですか。
 
大須賀:  そうです。そうしますと、ほんとこの仏さまが流れてきて、そして私が仏教のことにしても、カウンセリングのことにしても、自分がいろいろ悩んだところで届いてきた大事なことなんですよね。そうすると、この仏さまも堰に止まって、それでこちらへきてくださった。そうすると、なんかそういうことがカウンセリングと仏教の生命観と言いますか、それがほんとにピシッと一つになる。それを内藤さんのお手紙から始まって、はぁっ!と思って気が付きましてね。これは今まで家内任せでおったんですが、これは私が一生大事にし、またここから学んでいく大事な大事なほんとの意味で仏さまだと思って、未完成ということを初めは思っておりましたけども、ほんとに内藤さんの通りで、このまま付け加えるところも、削ることもなく、OKなんだという、そこをほんとに味合わせて頂けましたことは有り難いことでした。ですから、これは私にとってはもの凄く大事なことなんです。
金光:  長い間、仏教、仏法の学びを続けておいでになったわけですけれども、こういう仏像をご覧になってくると、それまでのいろんな学ばれたことが、これを縁として頭の中にいろいろ浮かんできていらっしゃるのではないかと思いますが、ちょっとその一端を聞かせて頂けませんでしょうか。
 
大須賀:  これは涸沼川を流れて、堰に止まって、そしてこれだけのことを私に感じさせてくださったんですが、私もやはり人生を一つの川に喩えますと、やはりいくつもこう堰があるんだと思いますね。それでそこへ止まって身動きのつかない状態があった時に、不思議と生涯のほんとに自分の課題を頂くといいますか、そんな感じがありまして、あそこの涸沼川の土手を若い頃ですね、なんか悩んで、西の彼方に阿弥陀様がおられるということなもんですから、ちょうど西の方に向かって一人でお念仏しながら、苦しいもんですから、何回も何回も往復したりしたことなんかも、なんか流れてきた仏さまのお陰で、あらためてこの自分が若かった頃の苦しみを味合わせて頂いて、苦しみが苦しみじゃないんですね。そこからパッと届いてくるものがある。
 
金光:  でも、その時は苦しみだけでございましょう。
 
大須賀:  そうですよ。ですから、それで私がちょうど東京の学校に行っていた時、学校へ行けなくなってですね、家におったんですが、母がですね、やはり心配して、それをご相談するところも昔はありませんからね、それで菩提寺になっているお寺のほうに相談に行ったんですね。そうしたらそこのご住職さんがよく聞いてくださったらしくて、当時日大の講師をやっておった、「常本憲雄(つねもとけんお)先生という方が、とてもいい方だからお会いしてみたら如何でしょか、と言われてきた」ということを、私に言ったわけなんです。そうしたら私は怒りましてね。私は恥ずかしいと思っているんですよ。実際に学校にも行けないで、いろんなことで悩んでいるわけですからね。それを、「俺に相談もなしに、人に言ったのか!」なんかと言って、母親をほんとに怒ったりしたのも、今思えば母がやっぱり私から―子どもに文句言われるようなことの悲しさを通して届けてくださったんだなあ、と思うんですね。それがきっと先に、「お寺へ行って来るよ」とこう言ったら、私ははじめから止めちゃったと思うんです。そうすればもう今日の私はなかったんです。それで私が常本先生と会って、ほんとにあの方の温かい眼差しに触れて、それでまあなんとか自分の人生をもう一度見直してみることができるようになったということでね。
 
金光:  やっぱり苦しい時は見直す目が生まれてこないですね、自分の中だけだと。
 
大須賀:  そうなんです。今度のことはこの仏さまが働いてくれましたけど、前のことを考えれば、母親もほんとにそれこそ田舎のおばあさんですから、何もわかっているわけじゃないんですけど。
 
金光:  でも、住職さんに相談に行っていなかったら、次の常本先生との出会いもなかったわけですね。
 
大須賀:  なかったわけです。そういうことを思いますと、私は、「慈悲(じひ)」という言葉がありますね。これはキチッとした解釈ではなくて、私なりの思いですが、「慈(じ)」というのは、仏さまのお慈悲で、上にこうあって、私ども悲しさとか、そういう心のほんとに辛いどうにもならないところを、慈でもって包んでくださる働きを「慈悲」といってもいいのかなあと、自分ではそういうふうに思っておるんですけれども。
 
金光:  そうすると、下に「悲」があるから「慈」の働きも生きる、と。
 
大須賀:  はい。それをいつも思うんですよね。ですから、この仏さまを彫られた方も―これは私の勝手な思いですけれども―おそらく肉親を亡くされて、その子どもさんでしょうかね、その悲しさの中で仏さまを彫って供養したいなあという、意味のことだったのかなあ、とこう思いますよね。そういうことでもって、なんかそういう「悲」というか、悲しみのところを通して届いてくるもの。ですから、私は、これを川へ、どういうことで流されたかどうか、誰が流したかも分かりません。本人か子どもさんかなんか、しかし川に流す時の心の迷いとか、怖れとか、不安とか、しかし自分のところでそれを置ききれない思いとか、なんとかこれを仏さまの国に帰って頂きたいという思いで、精霊流しのようにおそらく川に落としたんだと思いますよ。その時の気持なんていうことを、これ最初出会った頃は思わなかったですけどね、だんだんそういう方の悲しさなんかにまで、私は助けられているんだなあ、と。彫った方の、あるいはこれを川に流した方、そういう方々の、ほんとに生きる悲しさの中から、こういう深い世界を届けて頂けたんだなあと思って今おります。
 
金光:  そうしますと、木のご仏像ですけれども、むしろ木造というよりも、そういう人間の生きた悲しみとか、慈しみとか、そういうものがご仏像を通して訴えて伝わってくるということですね。
 
大須賀:  そういうことなんです。
 
金光:  カウンセリングをお受けになる時の悩みを持っている人たちと非常に通ずるところがあるわけですね。
 
大須賀:  まったく一つですよ。いろいろたくさんの方に、いのちの生きる悲しさの中からのお話を今承(うけたまわ)ってきていますので、私なんかカウンセリングのようなことに、専門ではないにしても関わっておりますが、これはやはりここを訪ねてくださる方がむしろ私をほんとに導いてくださるんだということの実感が凄くするんですよね。
 
金光:  でも先ほどは、ご自分のお話で、「常本先生にお会いになって、自分の苦しみを見直す目を開かれた」とおっしゃいましたけれども、ということは現在カウンセラーとしていろんな苦しみを聞いていらっしゃる大須賀さんは、相手の方の苦しみをもう一つ違うところから見る眼差しみたいなものに、相手になんとか気づいて貰いたいと思われても、すぐ相手が気付いてくださるわけではないわけでございますね。そこのところはどういうふうに?
 
大須賀:  自分がほんとに相手を、仏さまをあるがままに受け止める、その「如実智見(にょじつちけん)」というかね、実の如く、ほんとに感じ取ることなんかが自分の力でできていない自分、その悲しさがあるんですよね。
 
金光:  なるほど。それはなんとかしてあげたいと思ってもできないという。
 
大須賀:  できない。
 
金光:  でもそうすると、できないけれども、もう一つなんか大きな働き、
 
大須賀:  その時に、まさに如来の大慈悲心(だいじひしん)というか、仏さまから働く働きが、私にもまた訪ねていらっしゃる方にも届いてくるんだ、と思うんですね。私が届けるとか、全然そんなことではありません。むしろどうしてあげることもできない悲しさというかね、そういうことなんですよね。
 
金光:  でも、そうやって自分自身がそういう苦しい体験を持っていらっしゃるところを通ってきていらっしゃると、相手の方が困っていらっしゃっても、なんかこう自分はこちらで見ているんじゃなくて、一緒のところでお話を受け止めるということがおできになるでしょうね。
 
大須賀:  はい。そんな感じにさして頂いて―そうおっしゃって頂けると、「そうです」とまで言える自分は自信はありませんけれども、でもやはり一緒に歩かして頂きたいとほんと思うんですよね。随分前のことなんでお話してもいいでしょうけれども、お子さんが大変に家庭内暴力のようなことがあって、そして二階に引き籠もって、お母さんが一生懸命ご飯を届けるようなことを毎日やっておられた方で、お子さんはちょっと治療するために入院をしたというようなこともあったんですけれども、ご飯を持っていく。そうすると、パッと、「なんだ、てめえ!」なんていうことで、お膳ごと二階から蹴落とされる。そんな悲しみを何回も何回も味わっておられたお母さんが、その悲しみを通して気付いたことの一つ、それはとにかくこの大宇宙の中の広さの中に一人だけ自分の子どもがいる、と。そして、この子がこんなに苦しんでいる、ということにだんだんと自分の思いが届いてきた時に、今までご飯を持って行った時でも、〈何かやっているんじゃないか〉とか、〈困っていることになっているんじゃないか〉とかという、そういう眼差しだけで見ておったのが、そうでなくて、どういう行動を取られても、この子を最後まで見ていくのは母親の私一人だったんだ、というところにパッと気が付かれたんですね。そうしたら、今度はほんとご飯を持っていくわけですよ。今までは様子見にご飯を持っていくということもあったというんですね。それがそんなふうにお母さんが心から持って行かれるようになった途端に、子どもさんが下へ自分で下りて来て、「お母ちゃん、飯(めし)!」とかと言ってくるようになってですね、私は眼差しの転換というのは、ほんとに苦しい悲しみを通したうえでの転換ですから、本物だと思いますね。
 
金光:  というのは、わかるわけですね、相手にもなんとなく。
 
大須賀:  相手は敏感ですからわかるんですね。そういうことを言っていました。それでカウンセリングの一番最後終わる時に言われていることなんですけれども、お母さんが、「あの子は船に例えると、船底に穴がいくつか開いているんですよ。それで水がだんだんに入ってきてしまう。私は一緒に乗って、そして一緒に水汲み出しながら、ゆっくり流れていきますよ」というのが、最後の別れる時の言葉でした。
 
金光:  やっぱり同じ船に乗って一緒に流れるという、それで気持が全然詮索(せんさく)の目とは変わったところから見ていらっしゃるんですね。
 
大須賀:  そうです。ほんとにいのちといのちが、親子として一つの船に、穴の開いた船に乗って、水を汲み出しながら行くというところになって、また元気になったんですね。
 
金光:  同じ事実、そんなに変わっているんじゃないですけれども、しかし見方が違ってくると、また感じが違ってくるわけですね。
 
大須賀:  そういうことです。ですから、この仏さまを見てね、前に亀裂が入っていた。これは初めから割れてたら彫るわけないですからね。これね、こうやって見ますと、不思議なように真ん中ですよね。真ん中で割れるというのが、ある方に言われて気が付いたんですが、この喉仏(のどぼとけ)で止まっている。というのは、首から上は完成されていますよね。いわば仏さまですよね。その仏さまの、ほんとに喉仏で止まっている、ということは、つまりのど仏ということは、呼吸をする、物を食べる、またいろいろ話をして心を育てていく、大事な大事な仏さまの働きのところですよね。そこに全部の、今、後ろを見れば、どうしようもないほど傷んだ木になっていますけども、それを全部ここでもってスパッとですね、完成された、ここから上の仏さまですから、まさに全体をこう包んで、良いとか悪いとか、どうだとか、ああだとか、私たちが常に、いわゆる分別というか、考え方が対立しながら、悩んで生きているわけでありますけれども、それをそのままスーッとここでもって受け止めくださっているんだなあということにも、だんだんそんなことを自分で感じて、この仏さまの存在が、凄くいろんなことを感じさせてくださるんです。私は年中こんな傷んでいるところのような生き方を繰り返し繰り返しやっておりますのでね、それもちゃんと如来の慈悲心で覆われていくんだという、そこのところが凄くこの仏さまからも感じさせられております。
 
金光:  しかし自分の弱味とか、あるいは身体でいうと、病気とか、自分が気になってしようがないところがある時に、そこだけ見ていると、これはなかなか抜け出る道は難しいじゃないかと思いますが、仏法の場合はそこのところをどう受け止めているんでしょうか?
 
大須賀:  そうですね。『華厳経(けごんきょう)』にいろいろ書いてある中に、例えば難しい言葉かも知れませんが、「自業(じごう)に住(じゅう)する念仏門」というようなことを書いてあります。これは「入法界品(にゅうほっかいぼん)」という善財童子(ぜんざいどうじ)の旅の物語の最初のところの徳雲比丘(とくうんびく)にお会いするところでの一つですけれども、
 
金光:  ちょっと文字に書いてくださっているのがありましたですね。「自業に住する念仏門」ということですね。
大須賀:  衆生の積重(しゃくじゅう)せる業(ごう)に随いて
        一切の諸仏はその影像(ようぞう)
        現じて覚悟せしむることを
        知るが故に・・・
          (華厳経入法界品)
 
この言葉がありまして、たしかに自分の、私なんかが自分でこう生きてくる道にしてもいろいろやって、そんな中でも随分苦しいこともありましたが、思うようにならない人生をほんとに歩くわけですけれども、ちゃんと私たちの積み重ねてくるいのちの働きにすべて宇宙全体の仏さまが一緒に働いてくれて、その影の姿、
 
金光:  「影像(ようぞう)」というのは影の姿、
 
大須賀:  というのは、仏さまが直接仏さまのお姿で出てきて、すぐ教えてくれるとか、そんなのではなくて、いわば、これが堰じゃないでしょうか。堰につっかかってですね、悩んだり、いろんな体験があって、パッとこうして届けて頂いているのは、私も大事なことだったし、
 
金光:  引っかかるところがあるから、気付かして貰える、と。
 
大須賀:  そういうことだと思います。
 
金光:  それが、「自業に住する念仏門」の説明ということでございますね。
 
大須賀:  そういうこともありまして、私は、「自分が生涯かけて大事にしよう、と思ったことがありますか?」といわれれば、私は、仏教とか、カウンセリングとか、まず浮かぶわけですけども、仏教と一緒になって、カウンセリングの深いところを、むしろそうしていろいろ至らないところとか、できあがっていないところとか、割れてしまっているところとかですね、そういうことをこういう姿で現してくださって、私のところへ届いたということは、ほんとにこれは如来の大慈悲心の働きで届けて頂けたというふうに、私はそういうふうに自分で思っているようなわけでございますがね。
 
金光:  大須賀さんに、前に随分『華厳経』の「入法界品」の善財童子の物語の中からいろんなケースを、随分それこそ五十三のいろんなケースがのっているわけですけれども、やっぱりこの仏像によって、あらためてそういう善財童子の訪ねられたその教えなんかが、新しく、「あ、ここにもあった」というような、お気付きになったような点もあるんではございませんでしょうか。
 
大須賀:  まったくそういうことがあるわけでありますが、私はいつも一番心に残っていますのは、善財童子が方便命(ほうべんみょう)という善知識を訪ねた時に、山の頂上に善知識が立っていて、そこへ出会うわけなんですが、方便命(ほうべんみょう)に、「菩薩への道を教えてください」ということをいうわけですが、そうすると、方便命(ほうべんみょう)は、「お前も―山の下は火が燃えている―そこへ飛び込んでごらん」と。方便命はぐるぐる無限に繰り返しているわけですからね。そうすると、善財童子は、自分がこんなところへ飛び込んだら焼け死んじゃうわけだから、自分がせっかく山の上に届いて、悟りのところへ来たんだから、それを失いたくないと思う。そう思った時に、もう既に悟りから離れているというか、そういうことにハッと気が付いて、それで飛び込むんですよね。飛び込んで無限にグルグルと、悟りのところと、火に象徴されている迷いのところを無限に繰り返している。その全体像が実は悟りなんだ、ということを気付かれたという。そういうところがありますので、私はなんかいつも自分の心の救いになっていましてね、年中、私は火の燃えているようなところへ飛び降りるしか自分としてはできません。できないというよりも飛び降りざるを得ないことでね。『華厳経』の経典から、ほんとに随分いろんなことを教えて頂くことがありましたね。
 
金光:  そうしますと、自分がそれこそ川の流れの堰みたいな、上手くいっているなと思っていたのが、引っかかって、どうにも身動きできないようなところに行って、そこで止まってしまっているように思えても、その時はそれこそ、そこが次の第一歩が開けるところというところに、絶望する必要はないということになるわけでございますか?
 
大須賀:  言えばそうですよね。
 
金光:  ただそうなった時は大変ですね。他人(ひと)のことなら暢気に言えるかも知れないことを感じてしまうかも知れませんが。
 
大須賀:  ですから、やっぱり自分の心を深いところでは、密(ひそ)かにということはおかしいけれども、ほんとに自分の深いところで、自分の了解として、そこまでに、「無尽輪(むじんりん)の解脱(げだつ)」と言っていますから、尽きることなく循環して、悟りと迷いだけの、悟りの山から迷いの火の燃えているところへ飛び込むことの無限の繰り返しをしていくこと、そのことが悟りなんだ、ということを、深いところで、それこそ掴み切れていませんけれども、繰り返し思いながら歩かせて頂いております。
 
金光:  そうしますと、このご仏像でいうとですね、蓮華座(れんげざ)は見えない。出来ていないけれども、ほんとうはちゃんとそういう頭の方は完成しているけれども、下は未完成で、蓮華座がないというような見方だけではなくて、もっと大きな蓮華座もある、それの繰り返しである、と。ある時期は未完成であっても、そこで止まっているわけではない、というふうに受け取ってよろしいんでしょうか?
 
大須賀:  そうだと思いますね。宇宙の生命のそれこそ一微塵(いちみじん)と言いますから、最小限の姿まで含めて、一切のものが―これはちょっと難しいかも知れませんが、「浄(じょう)」というのは「きよらか」という字ですから、完成されたという意味で「浄」と。それから「穢(けが)れる」という字は「え」と読みますね。私たちのいのちの宇宙全体もそうだし、また私は塵の一つにも満たないような小さないのちも、みんなそれは「浄」と「穢」がですね、―「浄」と言えば、さっきの話で言えば、「悟り」だし、「穢」と言えば、「汚れている」というと煩悩の世界でしょうが、それが合わさって、一緒になって働いているその全体が宇宙生命なんだ、ということを書いてあるところもありましてね。
 
金光:  書いているのにこういう『華厳経』の言葉でありますですね。
 
     正円(しょうえん)にして浄穢(じょうえ)合成せり
 
 
大須賀:  これはいろいろ前提があるんですけども、要するに私たちのいのちの有り様というものが、存在しているところは、「正円」ということは、ある意味では完全という意味ですね。そうであって、しかも「浄と穢」と、「悟りや迷い」、「楽しさや苦しさ」、みんなそういうものが一緒になって働いているんだ、と。その全体を「善悪平等清浄の法門」という言い方で、一見すると善であり、一見すると悪のように見えますけども、それがみんな実は平等な宇宙生命としての働きをしているんですよ、ということを、まあ華厳なんかでは重ね重ね説いておられるように思うんですね。そういうことが、私たちの実感として、なかなか遠いところなんですけれども、でも「浄」のところでは逆に救われなくて、こちらの「穢」のところというか、「迷い」のところといいますか、それも含めて清浄の世界なんだという、その大きな捉え方を華厳が繰り返し繰り返し説いていてくださるように思うもんですから、ちょっとそんなことも思い出して今申し上げたわけであります。
 
金光:  カウンセリングの場合なんかは、そこのところはどういうふうになさるんでしょうか?
 
大須賀:  そうですね。カウンセリングも結局、良いも悪いもどっちかじゃない。全部中和していくという。そこでもって新しく統合されてくる世界が生まれてくるということだというふうに思うんですね。それで、私は前にもお話したことがあるんですけれども、私らのように、ほんとに自分の心で相手をほんとに大事ないのちとして感じ切れない未熟さがあるわけで―悲しいんですけどね。ある時フッと、この仏さまには蓮華座がないけども、今度はカウンセリングのように、人と人との関係の中で、相手も蓮華座の中に、たしかに大きな大きな宇宙の慈悲の中で、蓮華座の中に立っていらっしゃるわけですけれども、坐っていらっしゃるわけだけれども、また私らもそうなんだけれども、それが実際にはなかなか感じ取れないので、相手をイメージしてみたことがあるんですね。今、先生が、もし私のところにいらっしゃったと思うと―別にそういうことを申し上げるわけじゃないんですけれども―自分としては、今、先生が大きな蓮の台(うてな)の上に載って、そしてお話をしてくださっている。私も同じようなことで載せて頂いて、そのお話をお聞きしているんだ、と。蓮華座として蓮華座の、その基本的には全部蓮華座なんだけれども、その中の一つの華として聞かせて頂くというようなことが思い付いた時に、随分自分が、敢えて言えば、楽にお聞きできる。掌を合わせているんですね、心の中では。そういうふうなことができるんだなあということを気付かして貰ったことがありまして、私は間もなく人生を終わっていくんですけれども、その中でも自分の気付きの一つとして凄く大事なことを与えて頂いたなあと思いましてね、大事に思っております。
 
金光:  自分も相手も大きな蓮華座の、見えない蓮華座の中に載っかっているというと、自分だけでなくて、蓮華座が一緒に受け止めてくれる、と。
 
大須賀:  そうです。仏さまが一緒になって働いてくださるという。
 
金光:  ということは、川の流れの堰止めの堰に引っかかっているように思うことも、大きな 蓮華座の上の出来事である、と。そうすると、自分もまた悩みをみる見方も、そこのところで違った目が開けてくるかも分かりませんですね。
 
大須賀:  否定的に捉えられるようなことが、実は大事な大事な一つの蓮華座の働きで、深い洞察を与えて頂ける手掛かりだったんだなあ、ということがほんとに思えたりして。
 
金光:  そうしますと、我々、日頃は気付かない蓮華座の上に載っかっているという、そのことはこのご仏像には蓮華座はないけれども、実は見えない蓮華座があるんだ、というのと、同じことを我々の生活の中にもあるんだということを、このご仏像が教えてくださっているということなんでございますね。
 
大須賀:  そこに至ると、まさに「信(しん)」というか、「信ずる」というところで受け止めていくことになるでしょうね。
 
金光:  「信ずる」ということは、それが事実であるということがわかると、納得できるという、なんか無理に信ずるということではなくて、そういう大きなものの上にいるんだという。
 
大須賀:  そういうものに包まれているということをほんとに信じていくというか、如来の大慈悲心にほんとに包まれているんだなあということを心から頷(うなず)きながら、そしていろいろな思いに、堰に躓(つまず)きながら、いろんな思いをしながら生きていく。そのことが人生のほんとの蓮華座に包まれているということの事実じゃないんでしょうかね。
 
金光:  そうしましたら、自分で頷くというよりも、頷かされるといいますか、そこのところに気が付くと随分落ち着いたというか、困りながらも落ち着いた人生を進んでいくことができるということでございますね。
 
大須賀:  そういうふうに言えるんじゃないか、と思っておりますが。
 
金光:  どうも有り難うございました。
 
大須賀:  どうも有り難うございました。
 
 
     人生の川にも
     堰がある
     そこから生命の真実が
     届けられてくる
       (大須賀 発蔵)
 
 
     これは、平成十八年九月三日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである