DNAから見たしあわせ
 
                    京都大学大学院教授 本 庶(ほんじょ)  佑(たすく)
一九四二年京都市生まれ。一九六六年京都大学医学部卒。七一年京都大学大学院医学研究科生理
系専攻、博士課程修了。八四年京都大学医学部教授。のち同大遺伝子実験施設長を務める。ネズミの細胞を使って免疫グロブリンを作る遺伝子の単離に世界で初めて成功。アレルギー疾患の遺伝子レベルでの病因解明の糸口をつけた。総合科学技術会議議員。京都大学医学部客員教授。専門は分子免疫学。著書に「遺伝子が語る生命像」他。
                    き き て     西 橋  正 泰
 
西橋:  生命の謎を解き明かす生命科学の最近の驚異的な発展によって、改めて「いのちとは何か」という生命像、あるいは「生きるとはどういうことか」という生命観が問われています。新たな生命像は人間の心の有りようにも変化をもたらすのでしょうか。今日は京都大学の医学部にお邪魔しています。長年先端の生命科学の研究を続けてこられた教授の本庶佑さんにお話を伺います。どうぞよろしくお願い致します。
 
本庶:  よろしくお願い致します。
西橋:  本庶さん、まず「生命科学」という言葉は、今も世の中に広まっていますけれども、この分野というのはかなり広い分野をいうんですか?
 
本庶:  一言でいうと、いのちを持った対象を研究するのが生命科学ですから、医学、農学、薬学、理学部の昆虫とか微生物、その研究全部入ります。非常に広い分野ですね。
 
西橋:  本庶さん、生命科学のほうから幸福観というものを説明することができるんですか。
 
本庶:  幸福というのは非常に古くから哲学的な大問題なんですよ。「何が幸せか」ということはもう言い尽くされた、と言っていいぐらい多くの人が書いていますし語っています。だけども、生命学という視点から全然違う見方ができると、私は思っています。
 
西橋:  本庶さんが、生命科学の研究を始められたのは、一九六○年代と伺っておりますけれども、その頃からみると今の状況というのは、どんなふうにご覧になりますか。
 
本庶:  自然科学の流れで、一番最初に大きな発展というのは物理学ですね。それが前世紀の半ばぐらいは非常に大きな世界を動かす学問だったんですが、生命科学というのは非常に遅れていた。ですから、私どもが始めた時は物理学の先生からみると、自然科学の中でもちょっと初歩的な、遅れた分野だ、というふうに見られていました。理論がほとんどない、と。それで我々が入った頃はどっちかというと、生物学というのは、分類学とか、簡単に物を眺めて記載できるようなことを調べていく、ということが主流だったんですよ。ところがご承知のように、昨今は組み替えで有名となり、新しい技術ができまして、生命科学が二十一世紀の中心だ、というふうに誰もが考えた。これは私が始めた時には到底予想できなかった非常に大きな革命的な変換ですね。
 
西橋:  本庶さんが医学の道へ進むきっかけというのは、野口英世(細菌学者:1875-1928)の伝記を読まれたことだそうですね、少年時代に。
 
本庶:  その通りなんです。野口英世はご承知のように小さい頃怪我をして非常にハンディキャップを背負いながら、その中で不屈の精神をもって頑張った。あれは、私、非常に勇気付けられたというか、ああいう人になりたいな、という漠然とした憧れと、それから彼が、「医学というものが非常に多くの人に貢献できる」ということを言っていた。それに非常に惹かれまして、私は医学の道を選んだ、ということになりますね。
 
西橋:  お父さんもお医者さまだったそうですね。
 
本庶:  はい。父は臨床の医者でした。ですからその影響もあったと思いますね。
 
西橋:  分子生物学という専門分野への道というのは、どういうところからだったんですか。
 
本庶:  大学生になって一、二年した時に、柴谷篤弘(しばたにあつひろ)先生―この方は実は山口医科大学の教授をしておられまして、たまたま実は私の父がそこで教授をしていまして、紹介してくれまして、お話を伺いました。その先生が『生物学の革命』という本を出されました。そこに当時初めて一般の人が知るようになった分子生物学の大きな展開が非常に易しく書いてあった。その中で今でも鮮明な記憶として残っているのが、「やがて将来DNAの塩基(えんき)を入れ替えるような、そういう遺伝子手術というものができるんじゃないか」ということを一九六○年の初めぐらいに書いておられた。それは非常に大きな衝撃でしたね。もし生命科学がそういうふうに発展するなら、是非自分もやってみたいな、という気になりましたね。
 
西橋:  その頃に本庶さんが、青年としてやがてこんなことをやってみたい、という研究者としての夢というのは、どんなことだったんですか。
 
本庶:  その頃はまだ始めたばかりですから、漠然とやはり生命の根元というか、何で生きているのか、生物と無生物がどう違うのか、そういうことは非常に大きな夢でしたね。
 
西橋:  それを解明するという。
 
本庶:  解明したい、というね。
 
西橋:  免疫学への道というのは?
 
本庶:  免疫学は、その生命科学の中でもまた非常に謎が多い分野でして、当時、二十世紀の半ば以降、体の中へ入ってくるいろんな病原体に対して、どれにもこれにもちゃんと反応して抗体を作ることができる。ある人がいろんな化学物質を抗原にして投与していった。これまで人が出会ったことがない筈だという人工合成の化合物に対しても抗体を作ることができる。だからあたかも無限に生体が反応できる。非常に不思議な現象でしたね。これに対してバーネットという方が「クローンの選択説」という画期的な考えを出されたんです。それは体中にあるリンパ球―何十億とあるものが一個一個全部違う侵入者を識別できる、という考えですね。
 
西橋:  体に入ってくる敵を?
 
本庶:  ええ。敵をね。これはまあちょっと普通の考えではなかなか出てこない壮大な仮説なんですよ。多くの人がそれが本当かどうか試したいと思っていました。私もそういうことに非常に大きな興味を持ったということですね。
 
西橋:  それは本当だったんですか?
 
本庶:  結局それが本当だったんです。そういうふうに体の中の細胞というのは全部同じだ、と。同じ種類の細胞が同じだというのが、その考えだったんですが、全部違うというのは後で結局遺伝子が少しずつ一個一個のリンパ球で変わる、と。その結果一つ一つのリンパ球は違う相手を識別できる、ということがわかりました。
 

ナレーター: 京都に生まれた本庶佑さんは、医者だった父の仕事の都合で小学校から高校まで山口県宇部市で過ごしました。京都大学医学部に進んだ本庶さんは、分子生物学と生化学の研究に励みました。一九七一年から三年間、アメリカの研究所で最先端の技術を使って、DNA(デオキシリボ核酸。遺伝情報を担う物質。塩基と呼ばれる部分に特徴があり、A、T、G、Cの四種類がある。中心軸のまわりに二本の鎖がらせん状によじれあった構造をしている)を対象にした分子生物学を研究、その後は体を守るための免疫の仕組みの謎に挑戦しました。

 
西橋:  生命科学と言いますと、とっても難しい分野のように思うんですけれども、例えば「DNA」とか「遺伝子」とか「ゲノム(生物のもつ遺伝子群の総体)」とかという言葉が出てくるんですが、そういう言葉のお話を伺う前に、まず私たちが高校ぐらいで習った「メンデルの法則」―「優性の法則」とか「分離の法則」とか―これは十九世紀の後半ぐらいですね。
 
本庶:  そうですね。有名な実験としてエンドウ豆を使っていろんな生物の形とか皺とか丸いとか、そういうものを非常に長い時間観察して、そして非常に重要なことは遺伝子というものをまったくわからない時期にそういう考え方をしました。つまり一つ一つの「形質」と言いますけれども、その「皺」とか「丸くなる」とかというものに対応する、それを決めるものが細胞の中にあって、それは親から子へ伝わる、と。子どもの中では決してそれが混ざり合うんじゃなくて、一つ一つ独立して存在して、力の強い方の形質が子に出るけど、孫の代になると、それがまた分かれて、それぞれ遺伝子として機能するんだ、と。メンデルは遺伝子という観念(コンセプト)を出したんですが、結局それが実体―物としてとらえられたのが、この「二重らせん構造」として有名なDNAですね。その二重らせん構造は、一九五三年、アメリカの分子生物学者のワトソンとクリックによって、こういう構造をしているということがわかりました。で、遺伝子のその情報というのを示したのが、ここの真ん中のほうに突き出たブルーの塩基と呼ばれるものです。これは「A、G、C、T」という四つの文字、そのうちの三つを使って一つの単語を表しています。これが遺伝子の暗号の一つの例なんですけど、「A、G、C、T」の「T」が三つ並ぶと、この暗号はタンパク質の中の「フェニルアラニン」というアミノ酸に対応する。こういうふうに三つに対して一つのアミノ酸型が決められる。このアミノ酸の順番に従ってタンパク質が作られている。そのことによってタンパク質というのは私たちの中のいろんな機能を司る実際の仕事をするのがタンパク質ですね。だから遺伝の暗号が実際に働くものにこういうふうな約束事で置き換えられる。これが結局遺伝子の本体というのがこういう暗号としてDNAの中にある。それでこの暗号は一つの単語みたいなものです。単語がずーっと繋がっていって、タンパク質全部になりますと、それが一つの分子ですから一つの文章に相当するわけです。そういう文章がたくさん集まると、筋書き―芝居の本であり、小説の本になる。そういう形で遺伝暗号というのは、「A、G、C、T」というアルファベット、それが三つ並んで単語。そしてその単語を組み合わせた文章。それからゲノムという筋書きという形で、我々の生きている、あるいは生きるための情報が一冊の本に書き込まれている、こういう形になっているんですね。
 
西橋:  「二重らせん構造」と言っているわけですね。
 
本庶:  はい。
 
西橋:  このDNAというのはなんか長さが二メートルくらいあるんだそうですね。
 
本庶:  ずっと伸ばしますとね。繋いで伸ばしますと、実は父方から一メートル、母方から一メートル、合わせて二メートルというものになります。それは直径数十ミクロンの細胞に折り畳まれているわけですから、その折り畳み方だけでも凄いノウハウがある筈なんですね。
 
西橋:  その細胞が人間の体に?
 
本庶:  一つの細胞に、これが二メートルずつのものが一つ一つ全部持っているわけですね。
 
西橋:  全部というのは、細胞の数が何十兆とあるわけですね。
 
本庶:  そうなんです。ですからそれを全部足しますと、月と地球の間を何十往復だったかできる、と。それぐらい凄い情報を一人のいのちと言いますか、生命体は持っている。そういうスケールの大きな話になりますね。
 
西橋:  じゃ、これがわかったことで、いろんなことがこれから徐々にまたわかっていくわけですね。
 
本庶:  ええ。そうなんです。結局すべての情報がここにある、と。これがまた生命科学の凄いところで、普通の自然科学というのは、「何かがない」ということは証明できないんですね。つまり計測できないのか、ないのか、というのは誰にもわからない。ところが生命科学の場合は、言語のある情報がすべてですから、この中にないものはない、と。これが生命科学の非常に大きな特色だと思います。ところが二万しかない遺伝子なのに、我々の体というのは無限のような活動をしているわけです。先ほど申し上げた免疫でも無限のような相手に反応できる。これが何故か、これがまた不思議なところですね。さらにこのDNAの原理の発見によって、我々が学んだことは、バクテリアから象まで、地球上にいるすべての生物が同じ原理で作られている―このDNAと。その「A、G、C、T」の四文字で、その三つで一つの単語を作る。結局、文法、それからアルファベット、これ基本的に一緒なんですね。これが我々や地球上の生物がおそらく進化的には、ある一種類の生物が最初にできた。それがずっと進化して、今日の人に繋がっているんじゃないか、ということを支える一番大きな根拠になっているんですね。
 
西橋:  その生物というのは、今おっしゃったバクテリアから象までとおっしゃいましたが、植物なんかも入るんですか。
 
本庶:  全部入ります。地球上のいわゆる生きとし生けるもの全部入ります。
 
西橋:  まあ同じこの構造をもっているんだ、と。
 
本庶:  はい。そういうことなんですね。
 
西橋:  遺伝と言いますと、メンデル(オーストリアの遺伝学者:1822-1884)と並んでダーウィン(イギリスの博物学者。進化論者。ビーグル号に博物学者として乗船し、南半球を周航し、一八五九年に進化についての論考『種の起原』をまとめる:1809-1882)という。
 
本庶:  ダーウィンという人は、ご承知のように、ガルパゴス島というところへ行って、生物が非常に変わっている、と。しかし繋がっている、ということを観察したんです。なんでこんなような変化と繋がりがあるのか、ということを考えて、遺伝子が変わることは、実はランダムのことなんだ。しかしその中で環境に相応しい変わり方をしたものだけが生き残る。そういう形で生命体というのは進化してきたんじゃないか。だから、地球上に最初に出来た生命体からいろんな環境、例えば海の中とか地上とか、空を飛ぶ鳥もいますけれども、それぞれ環境に適応するような変異を持ったものがたくさん蔓延ってきた。こういうことを考えて、これも実は証明は難しいんですが、いくつかこの考え方に合う例がこれまで知られているんですね。その一つの例をご紹介しますと、「鎌状(かまじょう)赤血球症」というアメリカの黒人に多い病気があります。赤血球というのは普通こういうふうにドーナッツ型をしていて、丸いスムーズな形なんで、血管をよく流れます。ところが鎌状の赤血球というのができまして、これが血管に詰まって赤血球が壊れて貧血になるんです。何故こういうふうに細胞の形が変わるかというと、実は遺伝子の、先ほどの文字一つが入れ替わるだけなんです。その遺伝子の変わり方は、ここに書いてありますけれども、赤血球の中に大量に含まれているヘモグロミンと言って、酸素を運ぶ分子なんですが、ここのところを見て頂きますと、文字が「△○○」になっています。ところがこの病気の人は「△□○」。○が□に一つだけ入れ替わっている。
 
西橋:  左側が正常なんですね。
 
本庶:  ええ。右側が病気。文字が一つ変わるだけで、タンパク質を構成するアミノ酸が入れ替わる。そのタンパク質の構造が変わる。そして構造が変わることによって細胞の形が変わる、そして貧血が起こる。こういうことが起こるんですが、何故こういうふうな遺伝子がアメリカの黒人―元はアフリカの黒人なんですね―に多いかというと、それなりの理屈がありまして、先ほどのダーウィンの原理で環境として、このマラリアの分布がここに書いてあります。アフリカの赤道直下からインド辺りまでずーっと多いんですが、このマラリアに対して、この遺伝子を持っている人は抵抗性になります。
 
西橋:  マラリアに罹り難い?
 
本庶:  罹り難い。マラリアに罹っても病気になりにくい。従ってここにそういう遺伝子を持った人が選択されてたくさん増える。ところがここからアメリカや諸国に行った人はマラリアのないところで病気だけ出る。こういうことに結果はなっているんですね。だけど、こういう遺伝子の変わりというのが、環境に適応する形でこの地域に多い。これはまさにダーウィンの原理を証明している。また遺伝子というものがずーっと変わらないんではなくて、実際に変わっている。しょっちゅう変わっている。もともと遺伝子がまったく変わらなければ、最初に誕生した生命と同じものしか地球上にいないわけですね。我々がこういうふうにちゃんと人という形で今地球上にいるのは、こういう遺伝子の変化の積み重ねで今日ある。こういうことになる。
 
西橋:  遺伝子というのは変わるものなんだ、ということですね。
 
本庶:  そういうことなんですよ。だけど大部分の変わり方はあまり都合がよくない。それは淘汰されるとか、残らないんですよ。だけどもこういうふうな変異の積み重ねというのは、長い長い年月がいるんですね。三十六億年とか四十億年と言われるような長い生命の歴史の中でこういうことが起こってきたということです。我々も今日その歴史的な産物ですから、人という集団の中に非常にたくさんの違いを持ったそれぞれ個体がある、ということですね。
 
西橋:  日本では、「遺伝子というのはそんなに変わるものではない」というふうに固定的に捉えられていたんですか?
 
本庶:  ええ。昔は比較的遺伝というのは、固定的な観念が強かったんですね。今日では一人一人の遺伝子の中には、膨大な違いがあるんだろう、ということは実際の文字の配列を―つい数年前ですが―人の全ゲノム配列という形で全部決めましたですね。最近も一人の個体の全塩基配列を決めるというふうなことから非常にはっきりと大きな違いがある。
 
西橋:  違いがある、多様なものなんだ、と。
 
本庶:  多様な、ということですね。
 

 
西橋:  本庶さん、「幸せかどうか」―幸福論というようなことは、私たちの感じでは、今まで文学的なもの、あるいは哲学的なものとかで接近するという接近の仕方だと思うんですけれども、生命科学のほうからこの幸福感というものを説明することができるんでしょうか?
 
本庶:  まず「幸せ―幸福」ということと、「欲望の満足、快感」、これは切っても切り離せない関係にあるということは、多くの人が認めているわけですね。ただ、それだけではないというのが大体の一致した見方だと思います。それで、じゃ「快感」というのが何故行われるか、ということを考えてみますと、まず大きな生物の欲望というのは、「食欲、性欲、競争欲」この三大欲望というのは、実は生物が生きていくために非常に基本的なことなんです。まず食べることがなかったら生物は死に絶えます。それから子孫を残さなければ生物としてまた絶えてしまう。競争して、つまり敵が来た時に、敵になんらかの形で打ち勝たないと食べられてしまうから死んでしまうんですね。もしこういう三つのことがちゃんと達成した時に、快感がなかったらどうか、ということですね。例えば食べることが喜びでなかったら、生物は食べないわけですね。勿論、性欲も同じです。だから生物が生きるためには、こういう三つの重要なことと、快感とが上手くリンクすることによって初めて生物は、子孫を増やして、何億年何十億年という長い歴史の中に生きながらえてきたわけです。そういうふうに上手くリンクできた生物が今日残っている。だからそういう快感、幸せ感というのが生まれるんじゃないか、という見方が成り立つと思うんですね。問題は、このタイプの幸せというのは、大体において昔から言われているように、美味しいものを食べるともっと美味しいものを食べたくなる。良いワインを飲むともっと良いワインが欲しくなる、という形でだんだんエスカレートしていく。つまり欲望というのは、いつまでたっても完全充足ということがない。これが大きな問題だという形で、古来から哲人と言いますか、宗教家も含めて、指摘してきたわけですね。それでこの「欲望充足型の幸せ感」だけでは、ほんとの幸せではない、と。もう一つ何があるかというと、実はこれも生きるために非常に必要なことなんですが、「不安感がないという幸せ感」があるんですね。不安感が何で生ずるか、ということを考えてみると、どういう時に一番不安感を感じるか、と言ったら、生物の根元である生きることに対してなんらかの外敵が来る。食べられそうになる。あるいは死への恐怖に自分が追い詰められた時、これが一番不安ですよ。もしその時に不安感を感じなければ、これこそ敵が来ても逃げずに食べられてしまう。危険なところを回避できない、ということになるわけですから、不安感を持つということも生存に非常に重要なことですね。幸いなことに、この不安感の除去というのは、そんなにエスカレートすることがないんです。つまり不安感がない、安らいだ状態というのを与えてやることによって、非常に大きな幸福感、しかも永続的な幸福感が生まれる。それからこの不安感の感じ方というのは、ある程度訓練によって変わるわけです。つまり非常に大変な目に遭った、例えばアウシュビッツの収容所に入れられて、今にも命を失うような経験をした人、その人にとったら少しご飯が貧しいとか、まあ不便だというのはものの数じゃないわけですよ。で、大きな安らぎというのは得やすい。だから体験によっても、より高度の幸福感というか、充足した幸福感が得られるということになってきます。表に纏めていますけど、二つのタイプの幸せ感があるんじゃないか。「欲望充足型」だけでいくと、だんだんと幸福感が薄れる危険性があるけども、「不安除去型」の幸福感でありますと、いろんな体験によってむしろ不安感を除くことができる。そして非常に永続的な心地良い感じが得られるということです。私は両方やったほうがいいと思います。つまり安らいだ気持の中で、時々欲望を充足してくれるような刺激感、そういうふうなことが生物学的に一番いいんじゃないか、というふうに思っています。
 
西橋:  こういった遺伝子というのもやはりこういう中に組み込まれているわけですか?
 
本庶:  ええ。ですから快感を得ると。例えば食欲を充たすような仕組みが脳で、美味しいものを食べた時に、これは美味しいと感じて幸福感を感じる。そういうふうなホルモンが全部体の中に備わっています。勿論、性欲に関しては性ホルモンがあります。それから競争欲―闘うという時には、アドレナリンが分泌されるというふうに、体の中にはそういう方向へきちっとした働きができるように、ゲノムの中に組み込まれています。
 
西橋:  不安感がないということに満足感を得るということになる。
 
本庶:  同じことですね。不安感を感じる時は、そういうホルモンが出て、そして大脳で不安感を感じる、ということなんですね。ただ感じ方は、体験によって―トレーニングと言いますか―そういう形で自分なりのコントロールができる。それが宗教的な修行というものに近いんじゃないか、と思います。人間というのは、不安感を如何にして除くかというのは非常に長い間の課題ですからね。宗教は、一つのそういう大きな役割を持っていると思うんです。みんなが一番困る―端的にいうと死ですね―死の不安に対して人類が抱いてきた恐怖感に、宗教というのは安らぎを与える、という意味で非常に大きな力を果たしてきたと思います。それでこの死をめぐる今日の医療という大きな問題があります。医療で何を目指すかというと、最近はっきりしてきましたけども、医療というのは、永遠に生き長らえるということは不可能なわけです。死ななきゃ逆に生きていないわけですからいつかは死ぬ。その死を迎えるというのがもっとも大きな不安材料なので、医療の大きな役割というのは不安感をなるだけ解消してあげる。安らかな気持の中で死を迎えることができるということだと思うんです。そうなると、昔宗教家の役割と医者の役割が重なり合うような状況になってきまして、医師がいろんなこれまでにない大きな役割を知らず知らずのうちに見直されている、と。そこに一つ医療の今日の大きな課題がある、ということになるんじゃないかと思いますね。
 
西橋:  それはターミナル ケア(終末医療・介護)ということと結びついていくわけですか。
 
本庶:  結びついていますね。患者の人の意識、医療に対する過大な期待というものも大きな問題です。医師の方からいうと、ちょっとでも生き長らえさせることが善だという考えでは本当の意味の患者さんに対する満足を与えることになっていないんじゃないかという気がしております。
 

ナレーター: 最近さまざまな組織や臓器になる新しい万能細胞を作ることに京都大学の研究グループが世界で初めて成功しました。この研究グループが使ったのは、人の皮膚の細胞です。さまざまな細胞に変化する上で、重要な働きをする四つの遺伝子をこの細胞に入れました。一ヶ月培養すると皮膚の細胞は変化しました。ES細胞とほぼ同じ能力の新しい細胞です。
 
山中教授: ちょうど七ヶ月頃に初めて人でもできるんだとわかった時は、嬉しいのもありましたけれども、ビックリしたというほうが強かったです。
 
ナレーター: これは規則正しく動く心臓の筋肉に変化した細胞です。
 

 
西橋:  細胞の力を利用して病気の治療を目指す、いわゆる再生医療の発展というのは目覚ましいと聞いていますけれども、今回の京都大学再生医科学研究所の山中伸弥教(しんや)授が、人の皮膚の細胞から万能細胞を作ることに成功しましたね。このニュースはどんなふうに受け止めましたか。
 
本庶:  これは非常に大きな画期的な発見でして、これまで再生医療というのは大きな壁にぶつかってきました。それはES細胞と言いまして、人の胚(はい)を壊してその一部の細胞からいろんな細胞へ分化できる能力を持った細胞を作る。そこからいろんな細胞へ分化させて、それを人に戻してやる、という考えだったんですよ。ところがこのやり方には二つの大きな問題点があるんです。一つは、人の胚を壊すことに対する倫理的な批判。二つ目は、そのES細胞は一人一人のものから作ることができないわけですから、あるプールしたものからいろんな人へ渡さなければいけない。そうすると、そこで拒絶反応が起きる。免疫反応ですね。これは再生医療にとっては致命的です。山中教授の発見は、一人一人の皮膚とかどんな細胞でもいいんですけれども、それから万能細胞を作るというわけですから、オーダーメイドで自分のものを作る。しかもそれは普通の細胞ですから、皮膚を少し削ったぐらい、どういうことってないわけですね。これはもう画期的なことですね。
 
西橋:  一般的には再生医療の全般の問題や不安として、例えば思いがけないマイナス面が出てこないか、あるいは大きな期待もあるんだけれども怖さもあるというような意見も聞かれますが、この点については如何ですか。
 
本庶:  まず再生医療では、一つの心配は―大げさにいいますと、人間のパーツを全部入れ替えていって、気が付いたら自分でなくなっているんじゃないか、という漠然とした不安があります。これは、私は正しい不安だと思います。人間の臓器を次々入れ替えていって、いつまでも生きる、と。これはまずやるべきではないと思います。というのは、医療というのは、不老不死を目指すということではないと思いますよ。医療というのは、天寿を全うするというか、安らかな気持で、自分が生きていて良かったなと思いながら死ねる、ということが医療の理想だと思います。ですから、再生医療というのは、他は非常に問題はないんだけれども、ここの臓器だけが大きくいろんな病気で傷んだ、と。ここさえちゃんと戻してやればこの人の力をまた元のようにできる、と。そしてその人が自分の寿命をきちっと終えれる。こういうふうなことを目指すべきだと思います。勿論、まだ技術的にはそういう新しいものを入れることによって癌が生ずるとか、いろんな副作用に関する不安は乗り越えていかなければいけないことが、技術的にはあります。
 
西橋:  もう一つ「クローン人間(同じDNAをもつ個体同士をクローンという)」というようなことも言われるんですが、そこら辺りは?
 
本庶:  「クローン人間」というのは、コピー人間ということと同じで、ある一つのゲノムと同じゲノムを持った人間がたくさんできる、ということなんです。そもそもこういうことは何のために必要か、というんですね。ある人は、「優れた能力―運動能力でも何でもいいですけど、そういうものを備えた人がたくさんいたほうがいいんじゃないか」という話をする人がいますけれども、それはこれまで我々が生きてきた進化の、つまり生物が今日ある状態を支えてきた原理に反するわけですね。何故かというと、環境がどういう遺伝子がいいか、というのを選んできたんですね。それを人間が浅はかな知恵で速く走れる人がいいとか、速く計算ができる人がいいとか、そういう勝手な価値観で生命の維持とか、そういうことに価値観を選ぶ。これは非常に大きな問題でして、こういうことをし出すと、それこそ全体に大きな影響を与える。これは、私はやるべきじゃない。そもそも人というのは一人一人が違っている、と。そのことが実は一人一人の尊厳、値打ちの根源なわけですね。みんな同じだったら、その人が死んでも、コピーがたくさんいるわけですから何の値打ちもない、ということになるので、そういうことも含めて、クローン人間ということは考えるべきじゃないと思いますね。
 
ナレーター: 本庶さんの大きな功績は、一九九九年、ワクチンが有効に働くための抗体記憶を作る遺伝子「AID」を世界で初めて発見したことです。免疫不全症の病気の原因解明の糸口になりました。
 

 
西橋:  生命科学の分野というのは、世界的に熾烈な競争が行われているというふうに聞きますけれども、そういう中で若い頃から本庶さんは、どんな思いでこの分野とのお仕事をしてこられたんですか。
 
本庶:  私は、競争というのはどこの社会にもあるし、勿論生命科学に限らず、学問の世界はどこにもあるし、また社会のあらゆるところにあると思うんです。だから、私にとって研究というのは、基本的には好きなことができる、と。給料をもらって好きなことをやらせて貰えるというのは、こんな楽しい職業はない、という気持できました。ですから好きなことというのは、自分が何を知りたいのか。何を知りたいか、というのは、不思議な度合いが高ければ高いほど知りたくなるわけですね。だけどそれはまた一方で難しいことなんですよ。そこへはかなりの勇気を持って挑戦しなければいけない。私の「三大C」というのがあります。それは、
 
     Courage(勇気)
     Challenge(挑戦)
     Continuation(継続)
 
なんですね。やはり一つの問題に長くアタックしていく。それによって初めて道が開けるというふうに思っていますね。研究にはいくつかのフェーズがあるんですが、例えば向こう岸へ行くのに、最初は丸木橋なんですね。ひょっとしたら吊り橋かも知れない。その丸木橋をかけて向こうへ行ったところに、なんか凄くいいものがあれば、多くの人がだんだん渡って行って、そのうちにコンクリートの橋にしようかとなるんですね。だからいろんなレベルがあって、丸木橋を最初に架けたいという人もあるし、できた丸木橋をさらに立派な橋にしようとする人もいる。私はどっちかというと、丸木橋のほうが好きで、誰も見たことがない向こう岸にまず一番先に行ってみたい。それは非常に大変なことなんですが、その時に一番勇気もいるし、冒険というか挑戦心もいる、そういうふうに思ってやっているんです。
 
西橋:  例えば、その丸木橋を渡ってみたら、あるじゃないかと思ったものが見えなかったとか、期待していたほどのものではなかった、というようなこともおありなんでしょう?
 
本庶:  それはしょっちゅうありますよね。丸木橋が架からなかったことのほうがもっと多くて、谷川にざぶんと落ちてね(笑い)、もう一遍頭を冷やして、ここにかけるべきじゃなかったんだ、と。その場合は、もう一遍考えを元へ戻して、原因を究明するということになるんですけども、多くの場合、間違いの中に「先入観」というのがあるんですね。こうじゃないかと思って突っ走る。で間違いがある。それはやはり虚心坦懐に元へ戻って、そしてこれはほんとはどういうことか、というふうに考えを改める。だから間違う場合の大きな原因は先入観がありすぎる、ということだと思います。きちっと実験を丁寧に見返してみる。また別の考え方で仮説を検証してみる、ということでしか誤りは修正できないわけですからね。人生の挫折というか、そういうのは誰にもあることで、人それぞれやり方はあるんですがね。私は、完全に忘れる、ということも大切だと思うんですよ。私はスポーツでそれをやるんですけど、なるべく週に一遍は学問のことをまったく考えない。アウトドア―もっぱら私はゴルフですけども、それをやっている時はそれに集中する。完全に頭を切り換える。それは有効だと思いますね。研究というのは、競争ですけども、相手が隣を走っていて競争する場合は比較的まれで、思いがけないところからぱっと報告が出たりするということが、世界中で何万人という人がやっているわけですから、そういうことが起こるわけです。しかし一度先を越されたからといって、それでお終いというわけでなくて、問題は永遠に続くわけです。だから私は先ほどContinuation(継続)といったのは、自分の探すべきものをずーっと求めていくと、ある時は先にいく。ある時は二番目に行く。しかし長い道程でやはり大きなところに最初に行けるかどうか。これが大きいと思いますね。だからそういう点で、AIDの遺伝子に行き当たって、それはワクチンという医学でも一番貢献の大きい治療法・予防法の原理に繋がったということは、自分としてはやはり満足感がある、大きな喜びだった、と今でも感じますね。
 
西橋:  そのAIDに辿り着けた大きな要因というのは、何なんだったですか。
 
本庶:  要因は、一言では言いがたいんですが、最初に言いました「三つのC」プラス「運」ですね。そういう運に巡り合わせた、と。そういうものを見付けるためには、いろんな材料を用意したり、方法を上手く、タイミングよく作り上げるか、手に入れるか。いろんなことがあります。また私たちはチームとしてやりますから、共同研究者として、そういう人を得るとか、いろんなことが重なり合わないと上手くいかないんですよ。そういうものを多くの場合、「運」という言葉で表現するんですけどね。
 
西橋:  そこにAIDの発見というところに辿り着いた時、やっていて良かったという思いが大きかったと思いますが。
 
本庶:  そうですね。それは仲間とともに大きな充実感を味わう。それこそ三十数年やってきた中での一つの大きな節目だったという気が致しますね。
 
西橋:  生命科学が進歩することで、生命観―いのちに対する見方というものも随分変わった、とおっしゃいますね。
 
本庶:  生きているというのには、不思議なことが多いわけですよ。ですから当然のことながら、前世紀の中心は、生きているというと霊魂とか不可知なものが必ずある。知ることができないようなものが必ずどっかにあるんだろう、と。これが一般的な生命観でした。それが前世紀の半ば以降、先ほど申し上げたDNAが出てくる前後からは、やはり物質で十分生命観は語れるんではないかということになってきました。ところが今度は「DNAの本体が暗号の集積の情報体だ」ということになってきますと、今、これは生命観は非常に大きな情報集積体で、その情報が、どのように、いつ、どういう順番で発現されるか、それが生命のプログラム―芝居の筋書きなんだ、というふうに変わってきましたね。ですから、今まで申し上げていたDNAの糸が地球上の生物全部に繋がっている、と。全部の生物がDNAで情報を保持しているということから、地球上の生物は全部同じ仲間と、同じ共通の祖先からきたんだ、という考え方。人間だけが特別に偉いんじゃないんだ、という考え方ですね。遺伝物質がダイナミックに変わっている。ダーウィンの進化の考えがその通りだということですから、その中で環境という非常に多様な状況の中で選ばれて、そして今日の多様な生物種がある、ということがはっきりしてきたわけですよ。さらに今度は、人という種をみてみますと、その人それぞれ固有の遺伝子を持っている。人、人が置き換えられない、そういう情報を持っている。これは当然そのことは個性ということの物質的な裏付けでありまして、いのちの尊さということが非常にしっかりとした根拠を得る、ということになると思うんですね。
 
西橋:  これからの生命科学の分野で解明していかなければいけないことはまだたくさんあるでしょうけれど、当面の課題としてはどんなことが挙げられるんでしょうか。
 
本庶:  一番大きなことは、生命体というのはゲノムに情報を暗号として蓄えた。その暗号の一時的な解読というのには成功したわけです。しかし情報は単に平面的に並べるだけでは意味をなさなくて、これが細胞、臓器、それから個体、そういう形でずーっと複層の非常に複雑な階層性を持って相互に作用しているために、先ほどの文字から芝居のシナリオまでいきますと、我々は漸く文章を理解したぐらいで、全体の筋で、結局生きているということはどういうことでしょうという、芝居の粗筋を語るということになるとできていないわけですね。それで、じゃ、できるようになるのか、というと、私の答えは、それ自身がわからないんですが、すべてを理解することは難しいかも知らない。例えば心の問題とか、意識の問題とか、こういう一人一人の中でたくさんの要素が集まってできる。例えばその人の過去の体験とか、それによって心がどのように揺れるとか、こういったことは生命科学を少し超える問題じゃないかという、個人的な感情は持っています。しかしまだまだこの情報がどう繋がって大きな筋になっているのか、それを解明していく新しい方法論と言いますと、技術と言いますか、学問というか、そういうことが必要だと思うんです。生命科学というのは非常に複雑なので、こうしたらこうなる、という道筋が描けていない学問です。しかし全体として人類社会に計り知れないほど貢献する学問である、と言えると思うんです。だから若い方が一生の仕事としてこの分野に投ずるだけの賭ける値打ちのある分野だというふうに思います。未来というのは、解けるかどうかわからない。そういう大きな問題に挑戦する。それが生きるということの証でもあるわけですから、是非やって頂きたいと思いますね。
 
     これは、平成二十年二月三日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである