写経の世界
 
                        雲龍寺住職 荒 崎(あらさき)  良 徳(りょうとく)
一九二八年生まれ。一九五一年駒沢大学文学部卒。石川県立高校教諭、社会福祉法人林鐘園長を経て、現在雲龍寺住職。著書「空を拝む」「観音さまのまなざし」「心眼をひらく」ほか。
                        ききて   金 光  寿 郎
 
ナレーター:  石川県金沢市。加賀百万石城下町の伝統を受け継ぎ、あちこちに古い佇(たたず)まいを残す町です。市内卯辰山(うたつやま)から見下ろすと、新緑の季節の風が吹き渡っていました。今日は市内を流れる浅野川(あさのがわ)と犀川(さいかわ)の間、兼六園の東にある寺院の一つ、雲龍寺(うんりゅうじ)にご住職の荒崎良徳さんをお訪ねします。荒崎さんは昭和三年のお生まれ。市内の公立高校で教鞭を執られた後、昭和五十一年に第三十世住職にお就きになりました。その頃から荒崎さんは写経を始められ、特に平成の時代に入ってからは膨大な『法華経』の書写に取り組み、現在既に二十数回目ということです。境内の奥まった一室で、荒崎さんは毎日欠かすことなく、写経の机に向かいます。『法華経』を一字一字書き写し味わうことで、読むだけでは気付かなかった深い意味を知り、感動をすることもしばしばだということです。今日は荒崎さんの生き方に大きな影響を与えた写経についてお話を伺います。
 

 
金光:  どうもご苦労さまでございました。
 
荒崎:  いいえ。
 
金光:  お部屋で写経を拝見していますと、お書きになっていらっしゃる紙にちゃんと蓮の華の台といいますか、一文字一文字蓮台があって、そこに書いていらっしゃいますね。お手本を見ながら。あれは元はどういうものでございますか。
 
荒崎:  こういうものでございますけどね。押地で蓮台が付けてありますね。そこの横にこれを置きまして、これを見ながら書いているという写経なんです。
 
金光:  ほとんど毎日書いていらっしゃるわけですか。
 
荒崎:  ええ。そうですね。お正月も書きますし、どれだけ忙しくっても、たとい一行でもいいから、毎日書くのが私の勤めです。
 
金光:  写経は、いつ頃からどういうことでお始めになったんでございますか。
 
荒崎:  お話を申し上げれば長いことになりますが、私の一番最初の写経は、私がこの寺の住職になるその時の修行として書いたのが始まりでございまして、その時に書いたのはこういうお経なんです。これは『金剛般若経』といいまして、長いお経なんですけれども、先代住職が亡くなりまして、私がこの寺を継ぐにあたりまして、檀家総代が「いきなり住職になるのは気にくわない。修行して見せてくれ」というわけで、じゃ、修行に何がよろしかろうかと思って、私が選んだのがこの『金剛般若経』を写経するということでございました。これを二十巻書いて、総代に見せましたら、「これならば住職になってもいいだろう」という許可を受けて住職になったという。これは最初の写経でございます。
 
金光:  これは何もなくて、
 
荒崎:  勿論経本だけを頼りにして、下敷きはして、行間とか、字は下敷きで整えますのでね。それからその次は、実は私がここの住職になりましたのは昭和五十二年でございますが、昭和五十八年にとんでもない苦しみに出会いまして、どうしたら楽に死ねるかなあと思うぐらい苦しんだわけです。私は、何とか死にたくないものですから、何とか頑張りたいと思って書きましたのが、『大般若理趣分(だいはんにゃりしゅぶん)』というお経なんです。これはよく禅寺ではご祈祷に使うお経なんです。これを元にして真言宗の『理趣経』というのがございます。秘密のお経なんですけども、その元になっておりました『般若理趣分経』というのを十数巻書いて必死に苦しみから逃れようとして、そしてお陰で元に克服することができたという、そういう私としての写経の歴史があります。しかしながら平成になりましてから、私の寺で大きな法事を勤めなければならない。その時には巨額な費用が必要なものですから、檀家の方々にお願いして、そしてご寄進頂いたわけです。考えてみますと、檀家の方々のご寄進というのはどこから出てくるかというと、檀家の方々が一生懸命汗水垂らして働いたお金でございましょう。それをお寺が、「法事をするからお金を出せ」なんていうのは、私はちょっと傲慢だと思ったんですね。それを考えますと、お金を頂くのは頂くけれども、それに対して住職としての何とかお報いしたいと考えて、何がいいだろうかなあと思って考えたのが写経ということを考えたんです。そして何を書いてみなさん方のご恩に報いるべきかなあと思ったら、この寺は曹洞宗でございます。曹洞宗をお開きになったのは道元禅師さまです。道元禅師さまはたくさんの著書を残されていらっしゃるんですけれども、その著書の大部分は出家に対するご著書でございます。『正法眼蔵』九十五巻はじめ、『典坐教訓』や『坐禅用心記』など、たくさんの著書のほとんどが出家に対するものです。実はご存知でしょうけれども、「南無の会」というのがあります。「南無の会」の辻説法に出ました時に、非常に衝撃を受けたことがあります。詳しいことは時間がないですから言いませんけれども、私自身こう振り返って考えてみて、私は今こういう格好をしております。外から見ますと、いわゆる坊主ですね。出家の形ですけれども、私自身思っていることは、形は出家かも知れないけれども、私は在家だと思っているんです。在家というのは何かというと、妻帯つまり妻を持つ、子どもをもうける。今は止めておりますけども、以前は酒も飲みましたし、肉も食いました。そういう生活をしながら格好だけ頭丸めておってもおかしいじゃないか、と。これはあっさりと自分は在家であるということを認めるべきであるというふうに考えまして、在家として、この寺の住職を務めるならばどうしたらいいか、という矛盾に含んだ考え方に出会いまして、道元禅師さまのお書きになった『正法眼蔵』の中に「道心(どうしん)」の巻があるんです。これは明らかに道元禅師さまが在家の方に書き残された巻といいますか、著書であるわけです。その他に「仏道をならふといふは、自己をならふなり」という、いわゆる「現成公案(げんじょうこうあん)」の巻というのと、もう一巻は、『菩提薩捶四摂法(ぼだいさったししょうほう)』というのがあるんです。この三巻だけが在家向けの道元禅師さまの教えなんですね。その中の「道心」の巻を読んでいましたら、在家として曹洞宗の教えに随う者は、「この生のうちに、法華経をつくりたてまつるべし。かきもし、摺写(しゅうしゃ)もしたてまつりて、たもちたてまつるべし」―「摺写(しゅうしゃ)」というのは、これは刷るわけですね。印刷ですね。だから一冊でも多く印刷してみんなに分けなさい、と。別のところに道元禅師さまは、『正法眼蔵』の中の「帰依三寶(きえさんぽう)」の巻で、「法華経はこれ大王(だいおう)なり」とおっしゃっています。たくさんお経があるけれども、一番立派なお経は法華経である。他のお経はみんな法華経のお陰でできたお経なんだ、というふうなことを道元禅師さまは書いていらっしゃる。これしかない、と。道元禅師さまが、京都でお亡くなりになりますね。自分の命が終わるということをお覚りになった道元禅師さまは、最後のお経に法華経を唱えていらっしゃるんですね。そして法華経を唱え終わって、自分が今お亡くなりになるお部屋の名前を「妙法蓮華経庵」と銘ずる、と。そこまで道元禅師さまは法華経にのめり込んでいらっしゃるといいますか、法華経を大事にしていらっしゃる。ならば曹洞宗の流れを汲むたとい格好だけの出家であっても、私は法華経を書写すべきである、写経すべきである、と。こういう覚悟を決めて、お檀家の温かい心に報えるために、とにかく法華経を書くことによって檀家の方々の幸せを祈りたい、と考えたのが今回の平成に入ってからの私の写経の道なんです。それをずっと今日まで続けている、というのが実際の姿であるわけです。
 
金光:  伺いますと、このお寺の雲龍寺さんは、荒崎住職さんだけではなくて、ずっと江戸時代から写経の伝統というのがあるんだそうですね。
 
荒崎:  どうもそうらしいですが、残っておりますのはわずかしか残っておりませんで、今私はこの寺の三十代目の住職でありますけれども、六代前の慧明玉堂(えみょうぎょくどう)という和尚さんが、この方は特に写経をなさった和尚さんらしくて、現在残っているこれはこの寺の宝物だと思っているんです。紺紙金泥の法華経八巻全部書いているんです。そこの黒いしちゅうの中に入っています。お見せしますけど、こういうふうなちょっと私は真似ができないなと思って。墨であったら誰でもできますけれども、金泥ですから、膠の調節とか、いろいろなことが必要だと思います。現在でもこうしてみますと、どこにもかすれたような、汚れたところがないですから、相当これは難しい書き方だといいますか、私には真似のできない書き方です。これを八巻お書きになっているんですね。
 
金光:  これは何年ぐらい前にお書きになったものですか。百五十、六十年前?
 
荒崎:  これをお書きになったのは百七十年近く前ですね。これにも私は触発されて、雲龍寺住職ならば法華経を書かなければならないというふうに覚悟を決めました。
 
金光:  それでお始めになってからずっと続けておられますと、今まで随分溜まりますでしょう。
 
荒崎:  ええ。今書いておりますのが二十四回目です。これにはまたわけがありまして、最初はとにかくこんな経本が八冊でしょう。全部の字数にしますと、八巻で七万字近くになるんです。般若心経の写経ですと二百七十字あまりですから気軽に書ける。ところが七万字の写経となると相当の覚悟がいる。だから私はどうせそれだけの大事業をやるんだから、私自身も勉強したいと思いまして、松原泰道(たいどう)先生のお書きになった『生きるための二十八章』。二十八章というのは、法華経は二十八巻ありますから、その一章一章の解説をなさったものがあるんです。もう一冊は紀野一義(きのかずよし)先生のお書きになった『法華経の風光』という、これは五冊ありますけれども、これを読んでから写経に移る。一節一節、一章一章、で、あらためて読むということをくり返しながら、私も勉強させて貰いたいという気持で書いた。ところが書いているうちに、私は大変な感動を覚えまして、ある時は思わず知らず「わぁっ!」と叫び声をあげたり、ある時はわけのわからん涙がぽろぽろこぼれて、ある時は思わず知らず「ナモ・サッダルマ・プンダリーカ(namo・saddharma・puNDariika)」と、私こう唱えるんです。これはどういう意味かというと、サンスクリット語で、「南無妙法蓮華経」というのが「ナモ・サッダルマ・プンダリーカ」なんです。
 
金光:  宮沢賢治の言葉の中にたしか「ナモ・サッダルマ・プンダリーカ」がそのままの言語の片仮名で書いていらっしゃいますけれども、そういうふうな形でだんだんと書いていらっしゃるうちに法華経に対する心境とか、ご自分の仏教に対する心境みたいなものがだんだん変わってきていらっしゃるわけですね。
 
荒崎:  そうですね。たしかにこれは変わりますね。松原先生や紀野先生から頂いた感動が出てきたわけなんですね。そこでいきなり私の感情を揺さぶって爆発して涙を流したり、わめいたり「ナモ・サッダルマ・プンダリーカ」になったりしたというのが本当の姿だと思うんですね。そういう私にとっては非常に嬉しい感動を次々と覚えましたものですから、最初は檀家の方の幸せを祈ったつもりが、一番最初に救われ、一番最初に幸せになったのが、実は私じゃないかなあという、誠に申し訳ない感じになりましてね。それからまた私個人としましても、その素晴らしい感動というものを更にさらに味わいたいと思って、はじめは一回だけで終わるつもりで八巻だけ書けばいいと思ったんですけれども、あまりにも素晴らしいものですから、もう少しもう少しというわけで毎日毎日続けるようになりまして、今、第二十四回目を書いているということなんです。
 
金光:  最初は全巻を書き終わるのにどれぐらいかかりましたか?
 
荒崎:  大体一年間かかりましたね。今はずっとスピードがあがりましたけどね。あんまり早く書くのはいいことではないですけど、そんなに八巻書くといっても、八巻書きましょうというほんとに法華経の中へ迎え入れられるような気持で触れておりますから抵抗はない。最初は八巻書くというのは、これは書けるかな、と思いましたね。
 
金光:  量を見ますとけっこうありますからね。
 
荒崎:  そうですよね。字数が七万字近くあります。写経というのはどういうことかといいますと、「一字一仏」と言われているんですね。一人の仏様がいらっしゃる、と。その仏に出会い続けるのが写経という行であるという。そうすると、私は考えてみますと、一回書きますと、七万の仏様に出会うことになるでしょう。私は欲張りな者ですから、七万の仏様よりも百万の仏様のほうがいい、と。勘定してみますと、百万割る七万ということで、十五回書けば百万の仏に出会えるじゃないか、とこんなことを考えるようになりましてね。それで一番最初は一回目はこれだけで終わりかなあと思ったんだけれど、その感動に引きずられて、やがて一字一仏の思いにかられて、どんどんめり込んでいって、最後は百万の仏に出会うことが目的になった。で、十五回書いた。十五回書き終わったら、私は欲が深いか知れませんけど、今度は二百万の仏様に出会いたいと、こう考えて今その最中ですね。今、二十四回ですから、後、十回ほど書けば二百万の仏に出会う幸せに巡り会えるんですけど、まあそこまで生きておるかどうかわかりませんけど、今のところ、そういう気持で毎日筆をとっておるんです。
 
金光:  仏様というのは「尽十方(じんじっぽう)」といいますか、時間的にも空間的にも随分無限の世界の繋がりがある方でございますけれども、写経を書いていらっしゃいますと、そういう日常生活の時間感覚とか、空間感覚とか、そういうものが変わってくるものでございますか。
 
荒崎:  それは当然ですね。最初はそんなことを考えませんでしたけど、何回か繰り返していくうちに、この法華経の中にはとんでもない凄い数字が次々に出てくるわけです。例えば時間的にいきますと、「百千万劫(ひゃくせんまんごう)」という言葉が日常茶飯事に出てくるわけです。「百千万劫」というのは、どれくらいの長さかというと、人間の知恵では量ることのできない時間の長さですね。
 
金光:  碁に「劫(こう)」というがあるようですけれども、
 
荒崎:  碁の「劫(こう)」は「百千万劫」の「劫(ごう)」からきているという話ですね。「劫」というのはとてつもない長い時間の流れ。私はみなさんにお話をする時には、分かり易く、「一劫という時間は、この宇宙が生まれてから消えるまでを一劫という」というふうに言っています。そういうふうに書いてある辞書もあります。私は、一劫というのはそういうふうにとらえているわけです。百千万劫というんですから、これは如何にコンピューターが発達しておっても、おそらく計りきることのできない長さだと思います。そういう百千万劫なんてもっと長い、例えば「恒河沙劫(ごうがしゃごう)」ということも言われます。「恒河沙劫」というのはどういうことかというと、「恒河」というのはガンジス河ですね。私は行ったことはないですけども、ガンジス河は綺麗な河じゃないらしいですね。濁っているでしょう。濁っているというのは、砂粒がいっぱいあるということでしょう。だから「ガンジス河の砂粒ぐらいの数の劫」とこうなると、これは百千万劫を通り越したような長さでしょう。そういうのを誰もこれを計算できないわけですから。そういう言葉をしょっちゅう自分の手で書く。これは読んでいてもそんなにピンときませんね。書いていると、「わぁっわぁっ」と、だんだんそれに慣れてきますと、どういう心境になるかというと、ほんとに果てしない時間の流れの中の自分というふうな感じになってきましてね。具体的にいうと、例えば〈お釈迦様がお亡くなりになったのは、先月のことだったかな〉こんな時間感覚になってしまう。
 
金光:  歴史的な時間でいうと、約二千五百年前ということですね。それが二千五百年じゃなくて、
 
荒崎:  〈ほんの先月だったかな〉と。〈道元禅師さまが中国からお帰りになったのは先週の出来事かな〉と、そんなちょっと変な感じになるんです。私が言いたいのは、〈お釈迦様も道元禅師さまも身近に〉というか、〈つい先ほど〉という、〈つい先ほど私に声を掛けていてくださったのがお釈迦様であり、道元禅師さまである〉というふうな感覚に、時間の中で自分が変わってくるんですね。だからどんなことが起こっても、悠久の時間の中での一瞬の時間ではないか、というふうにも捉えられるわけですね。それからまた逆に、今、時間のことで話しましたけど、空間の広がりも同じ状態なんですね。例えば「五百万億諸国」なんていう言葉が出てくるわけで、法華経の世界の広さというと、とんでもない広い世界のことが書いてありますね。それをくり返し書いているとだんだんとそういう気持になっていって、宇宙的視野といいますか、私は宇宙のことはあんまり知りませんけれども、ちっぽけなこと、つまらんことや、というふうな気持に自然とこれが育てられてくるわけですね。それから例えば人間の数ですね、法華経には「衆生」という言葉で表現しますが、衆生の数というのは、今、人口は地球上に六十何億とか言いますけど、そんなちっちゃな数じゃないんですね。それこそ先ほどの話じゃないですけど、「恒河沙の砂粒にも等しき数の衆生を仏は左右された」というふうなことが出てくるですね。
 
金光:  そうしますと、遙か昔の人が言ったことだということで、遠い昔の過去のことじゃなくて、つい最近おっしゃった、最近生きていた方のお言葉だとか、それから自分自身がそういう広い世界の中の自分ということになってくると、ちっちゃな自分でありながら、同時にそういう広い世界にも自分が繋がっているということになるわけですね。
 
荒崎:  そうですね。これは法華経の中にも書いてありますけど、「法華経を書いたり、読んだりする者は仏の声を聴く者である」という。それこそあちこちに書いてあります。たしかにその通りで、これは読んでいて、あるいは本を捲っていては全然感じられない感覚です。書くことによって直(じか)にお釈迦様が私に教えを下さっているという感じがひしひしときますね。
 
金光:  そうすると書いていらっしゃる時は一文字一文字が、これはどういう意味でなんていうことはあんまりお考えになる余裕はないんじゃないですか。
 
荒崎:  いやいや。これが幸せなことに、欧米の言語は―英語にしろ、フランス語にしろ記す場合は、いわゆる表音文字でしょう。「cat」と書いて、「キャット(猫)」かとこうなるわけですが、ところが漢字というのは表意文字ですね。元がいわゆる象形文字ですから。だからたった一字の中に非常に深い意味があるわけですね。
 
金光:  だから「一仏」という、
 
荒崎:  勿論そうですね。その一仏の一字の中には、「仏」という字もあれば、「鬼」という字も出てくるし、「魔物」の「魔」も出てくるし、「地獄」の「獄」も出てきますけれども、それぞれがやっぱり深い意味を持って語られておりますからね。だから読むに従って、書くに従って、いろんなものが教えられてくるんです。お経の頂き方には、二通りの頂き方があるんです。一つは「護呪(ごじゅ)」という頂き方で、もう一つは「古鏡(こきょう)」という頂き方がある。「護呪」というのは祈りの頂き方ですね。つまりお経には神秘的な力が備わっている。だからそのお経を無心に読み、無心に書いて、そして祈り続けるということによって御利益を頂戴する。一般に般若心経の写経が盛んに行われておりますけども、私はほとんどこの護呪の頂き方が中心だな、と私は拝見させてもらっているんです。いわゆるひたすら祈り書くというのが写経の大事ないのちですからね。だから有名な薬師寺さんで、亡くなられた高田好胤さんが百万巻の写経をお始めになった。私は百万巻の写経よりも、またそこに寄せられた浄財よりも、薬師寺を再興したのは、その写経に携わった人々の祈りに違いない、と思います。これは護呪の頂き方です。もう一つの「古鏡」というのは、仏の声を鏡にして、それで自分をその鏡に映して、自分はこれでいいのか、どうすればいいのか、ということを、毎朝鏡をご覧になるのと同じように、お経を鏡にして、それに自分を映して、自分を反省し、自分を鍛えていくというのが古鏡の頂き方ですね。お釈迦様はこうおっしゃっている。それに比べて、俺の生活はどうしているんだろうかとか、それから法華経には、お釈迦様のお話だけじゃなしに、お弟子さんのお話もたくさん入っていますからね。例えば、〈舎利弗(しゃりほつ)がこう言っているけども、儂は違うと思うけどな〉と思ったりね。そういうふうな読み方と言いますか、頂き方ができる。それはその時の私の状態と、積み上げてきた何かいろんなものがあって、味わえる時と味わえない時とあるんですね。例えば先月ですが、法華経の第七番目に「化城喩品(けじょうゆぼん)」というのがあるんです。「化城喩品」というのは、サンスクリット語の原名は「化城喩品」じゃなしに、これは「因縁品」なんですね。何の因縁かというと、つまり人間は何のために生まれ、何のために生きていくか、ということを非常に面白い物語で書いたのが「化城喩品」であるわけですね。そこを書いておりましたら、最初のうちは気がつかなかったんですが、ところが先日書いている時に、アッと思ったことは何かというと、「化城喩品」は「大通智勝仏(だいつうちしょうぶつ)」という仏様のお話が書かれているんです。「大通智勝仏」というのは、我々人間では考えることのできないほど遠い昔にいらっしゃった仏様で、この大通智勝仏は十劫の間、つまり一劫じゃない十劫の間修行をなさったがなかなか悟りが開けなかった。十劫経って、大通智勝仏は悟りをお開きになった。その時に光が全世界に充ち満ちたと書いてあるんです。「光がもの凄く輝いて、十個の太陽、十個の月を合わせ持っても及ばないような明るさで全世界を照らした」という。その照らされた光の中で人々は何を考えたかというと、「それまでは人間世界は薄暗くて、ある部分なんか暗闇でわからなかった。そこで大通智勝仏の光がドーンと差し込んだら、人々は何を思ったかというと、あ、ここに生きているのは俺だけじゃないんだ。あなたも居ったのか、あなたも居ったのか、ということに気が付いた」ということが書かれている。これは私が写経しています鳩摩羅什(くまらじゅ)の今の漢訳にしたものは、ちょっとその辺がぶっきらぼうに書いてありますけれども、サンスクリット語の原典の方がその辺がいきいきと書いてありますね。サンスクリット語の原典で読みますと、ほんとにそこにびっくりした人間の顔が見れるくらいに書いてあるんですね。あ、君という人間がそこに居ったのか。この世の中に居たのは俺だけじゃないんだな、ということを、サンスクリット語には書いてあるわけですね。そういうことを、これまで私はあまり気が付かなかったんです。今まで淡々と通り過ぎていたわけですね。ところが突然そういうものがポコッと出てきましてアッと思ったんですね。どういう意味かというと、ここにも供えてありますけれども、一般の家庭のお仏壇に一番必要なお供えは何かというと、「ロウソク」と「お花」と「お線香」でしょう。お盆やお彼岸にお詣りになる時にも、何はさておいても、おロウソクを立て、お花を供えて、線香を立てる。これは仏教徒の常識ですね。この三つのものの意味というのは、あらためてそこでわかってきたんです。どういう意味かというと、お線香のお話とか、お花も話はこれは別の機会に譲るとして、何故仏様には灯りを差し上げるのか。ロウソクを立てるのかというと、今まで思っていたことはどういうことかというと、仏教というものは暗闇を照らすものである。迷える人に道しるべとなるために灯りを点す。そのシンボルとしてロウソクを立て灯りを捧げるんだ、というふうに、非常に抽象的にこれは頭の中で空回りするような感じでロウソクを考えておった。灯りを考えておった。ところがその「化城喩品」の一節を見て、「いや、違うぞ、と。単なる灯りじゃないんだ。自分だけじゃないということをしっかり見詰めさせるのが仏の灯りなんだ」ということを、やっと写経二十四回目にして漸くわからせて頂いた。こう考えていくと、ほかにどれほど私のまだ知らない世界が法華経の中にあるかわからない。こっちの方の気が熟さないために、それが今わからないだけであって、こっちの気が熟すに従って、今の「化城喩品」の灯りの話のように、アッと思うような新しい仏の教えがドスンと私の中に飛び込んできてくれるんです。
 
金光:  今の日本のいろんな事件をみていますと、ほんとに殺伐とした出来事が多いわけですけれども、ああいう事件を起こす人の気持ちと言いますか、心というのは随分暗いんじゃないかと思うんです。今おっしゃった周囲の明るい、みんなも同じように生きているんだというのに気が付かないで、自分が暗いところで世の中を見ているから、もういっそ人を殺して死んでしまおうとか、そういうところへいっているんじゃないかというような気が時々するわけですけれども、今のお話を伺っていますと、仏教というのはわりに古くさくて、暗いみたいな印象を持っている人も多いですけれども、どうもまったく違う世界のようですね。
 
荒崎:  今、金光さんがおっしゃったように、世相は暗いですけど、暗い原因は私たちが仏教から離れている、というところに原因があると思うんですよ。実際仏教というのは、どの経典でも「大歓喜(だいかんぎ)」という言葉がいっぱい出てくる。「歓喜勇躍(かんぎゆうやく)」と書いていますから。躍り上がって喜ぶ、そういう喜びというのを味わえるのが仏の教えであり、経典であるということを、法華経もいっぱい書いてあります。例えば『仏説阿弥陀経』なんかはもっと凄い喜びを書いてありますからね。それをだんだんそういう素晴らしい世界から離れたところに、今、ご心配なさった世の中の暗さが生まれてきているんじゃないかな、と思うんです。これは一つは坊主の大きな責任です。もっともっと声を大にして、お経の楽しさ、お経の明るさ、希望に溢れるお経というものをみんなに説かなきゃ、この日本は救えないと思うんですよ。一字一仏の後を辿っていくと、思いもかけないような素晴らしい世界に巡り会えるんだから、法華経を二十三回書いて漸く辿り着いたというのは、そういうところですね。まあこの調子でいくと二百万の仏に出会う頃にはもっともっと楽しい世界を私は頂戴しているんじゃないかなと思います。
 
金光:  お話を伺いながら、仏教というのはどうも現実の世界、今の日本の現実とはずれているんじゃないかというような印象を持っている方がけっこういらっしゃるんじゃないかというような気がするんです。殊に写経されるような静かな部屋で自分一人で写していらっしゃるというような世界は、現実のこの世とはちょっと違った、離れた世界の出来事かなと思うんですが、どうもそうでもないようですね。
 
荒崎:  この世の中そのままが語られているのがお経です。いろんなお経の本がありますけども、ほんとに身をつまされるような内容のものがあります。例えば法華経の中にも、「三界火宅(さんがいかたく)」なんていう言葉が出てくるです。「三界火宅」というのは、この世の中は火のついた家のようなものだ、と。どういうことかというと、とにかく魑魅魍魎(ちみもうりょう)をはじめとして悪い奴がいっぱいいるのがこの世の中だ。これだけストレートにそれだけ読みますと、なんて荒唐無稽だなと思いますけど、とろころが、待てよ、今、私たちが住んでいるこの世の中と比べてどうかと思うと、なんだ現代の世の中を映しているんじゃないかと思うんですね。そういう中でうろちょろうろちょろして、果たしていいのかということが、書きながらよくわかってきますね。一番私は法華経で救われた思いをしたのは、自分は一体どこから来たのだろう、と。何しにこの世の中に生まれてきて、死んだらどこへいくのか、ということですね。これはやっぱり人間の最大の疑問だろうと思うんですね。「どこから来たのか」ということは、あんまり人は問いませんけれども、「死んだらどこへいくのか」ということはよくみんな考えられるし、また心にかかる問題だと思いますね。
 
金光:  不思議ですね。生まれる前はまったく心配しないのに、これから死んだ先はどうなるのか、というのは非常に不安や恐怖がありますですね。
 
荒崎:  それを法華経はきちっと説明してくれているんです。つまりどういうことかといいますと、「何故、今、お前は法華経を書いているのか。あるいは法華経を読んでいるのか、それを考えてごらん」というわけです。これは何も偶然じゃないんだ、と。遙か彼方に、いわゆる何代も私たちは生まれ変わり生まれ変わりしてこんにちまできたけれども、ずっと過去から法華経を読み続けてきたからこそ、今この世の中に生まれ出て再び法華経に巡り会うているんである、と。それを読みまして、わぁ、これはなんと有り難い境遇に生まれているんだろうか、と思うんですね。禅の公案に「父母未生以前の汝は如何に」というのがあります。「お前のお父さんお母さんが生まれない前に、お前は何をしておったか」こういう難しい禅の公案というのは、これはちょっとやそっとでは解けないですよ。しかし私は禅の公案ではなしに法華経でそれを解決するわけです。俺はどこから来たのか、と。過去はどこにいたのか、と。私は法華経の世界にきっといたんだ。だからこそ今この現代、ここに一人の人間として生まれてきて、法華経に接することができて、この世からいろんな教えを頂戴しているんである、と。また法華経は非常にそこのところを煽てて書いてあるんです。「ほんとはお前は過去の善根によって、過去にお前は善いことをいっぱいしてきたんだから、ほんとは仏の国に生まれ変わって、今は凄く安楽の生活ができるんだ、と。ほんとはそうなんだ、と。でもお前には現在の世の中の苦しみに喘いでいる人々を救えたいという慈悲の心がお前にあるんだから、そのためにわざわざ良いところへ生まれ変わるという自分の素晴らしい運命を捨てて、この汚れの世の中にお前は生まれてきて、世の中の人のために尽くすべきなんだ、ということが載っているんですよ。それがお前なんだ、というふうに書いてあるんですね。その順番からいくと、死んだらどこへいくかというと、過去から現在、現在から未来へという、それを一コマぐらっとずらしますと、死んだ後も、これは法華経の中に生まれ変わるんだな、と。だから私は死ぬということはあまり恐くないような感じもしますね。何故ならば、また法華経に巡り会えるから、というようなことが書いてあると、それが理屈では時々おっしゃることでしょうけども、書いていると実感として自分のものになってくる喜びがあるわけですね。それなんか非常に私は法華経から頂いた喜びの一つだと思って有り難がっておるんです。
 
金光:  そうしますと、向こうの釈迦牟尼如来(しゃかむににょらい)ですか、久遠(くおん)の仏さんとの繋がりが今もあるということになるわけですね。
 
荒崎:  勿論そうですね。書いていると、お釈迦様の声が聞こえて、耳に音として聞こえてくるんじゃなしに、筆先からというんですか、腕からというか、どんどん響いてくるというのが、写経の実感ですね。
 
金光:  そうしますと、この世の中でいろんな出来事がありますけれども、それに巡り会って、いろんなことを反射的に頭の中で考えるように人間できているようですけれども、そういう出来事が写経によって―さっきおっしゃった古鏡のその鏡に照らされる自分というのが見えてくるわけですね。
 
荒崎:  そうですね。たしかにその通りですね。
 
金光:  そうしますと、また同時に現代の世界というのは、それこそ「五濁悪世(ごじょくあくせ)」とか、いろんな濁りに満ちた世界だということですけれども、そういう世界にいらっしゃりながら、仏様の世界と通ずる世界と、そこに新しい世界が見えてくるということですね。
 
金光:  新しい世界といいますと、「五濁悪世」といいますけど、五つの濁りの非常に汚い世の中というけれども、それ自体がまた仏の国に見えてくるという、そんな感じもなきにしもあらずで、これは前に苦しみに出会いました時に、般若心経に救ってもらったですけど、般若心経は「空(くう)」を説いていますね。法華経も土台は「空」になっているんですけども、その「空」というのは何かというと、いわゆる「今見えるそのものだけがそのものじゃないんだ。お前の考えていることよりも、もっと大きな広がりがあるのが空というんだ」というふうに、私は解釈しているんです。ずっと前に「こころの時代」で金光先生にお話させて頂いた時に、「私が苦しみを頂いた時に、芝生に寝っころんで、自分という支えを全部捨てた時に、大空は全部見える」と、お話したと思うんですね。そうすると、「いわゆる直面している苦しみというのはほんの人生の中の一部分であって、乗り越えられるんじゃないか、という勇気が湧いてくる」というお話を申し上げたと思うんです。それに通ずる力というものがやっぱりありますね。
 
金光:  法華経の中にはいろんなエピソードがいろいろ載っかっているわけですね。
 
荒崎:  そうです。それだけじゃなしに、私が法華経で惚れ惚れしているのは何かというと、実際法華経はお釈迦様がお亡くなりになって、百年か二百年後にお釈迦様の教えを中心にして大乗仏教を考えた人がお釈迦様の教えとして説いたのが、法華経でありますから、お釈迦様じかの口からではないけども、わぁ、これこそお釈迦様は凄いな―凄いなというよりも、我々に近い人だなんていうことを感じた一節があるんです。例えば法華経の前半は「授記(じゅき)」というのが語られている。「授記」というのは、どういうことかというと、「お前はいついつ頃に仏になられるよ」ということを釈尊(仏様)が証明というか、保証してくれるのが授記なんですね。釈迦の十大弟子と言われる方々を順番に、「お前は何年後にこういう名前の仏になって生まれて、お前の仏の国というのはこんな美しい国であって、こんなたくさんの菩薩がいる国だよ」ということを順番に一人ずつ保証してくださる、証明してくださるのが授記なんですね。その授記の後のほうに出てきて、いつもいいなと思うのは何かというと、お釈迦様は生前結婚なさっていらっしゃる。お后さまの名前は「ヤショーダラ」ですね。そのヤショーダラは、お釈迦様が出家なさった後、いわゆるお釈迦様のお弟子になって、尼さんになられるわけですね。「ヤショーダラ尼」という名前で、法坐と言いますか、お説教の席の隅に坐っていらっしゃるわけですね。他のお弟子さんたちが全部順番に授記が頂けておるのに、私だけは取り残されるのかなということを、ヤショーダラが淋しく思われたらしい。それをお釈迦様が言葉じゃなしに、心から心へパッと受け取られて、「ヤショーダラよ。お前も仏になられる」ということを授教される。いやぁ、このお釈迦様の風物というのは、これは本物の愛情に包まれたお釈迦様の ここから、だから法華経というのは何にも堅苦しい教えばっかりじゃなしに、ほんとにほのぼのとした夫婦の出会いというものが、そんなふうに捉えたら失礼かも知れないけど、私はそういう一節なんかを読んで法華経の温かさの一つだなあと思ったりしているんです。
 
金光:  お釈迦様には子どもさんがいますね。
 
荒崎:  ええ。「ラーフラ」、漢訳して「羅?羅(らごら)」ですね。「ラーフラ」というのを調べてみますと、どういう意味かというと、「邪魔者」という意味なんです。自分の子どもに邪魔者という名前を付けて、お釈迦様も凄いなと思うんですけどね。これは後の人が言ったのかどうか知りませんけども、そのラーフラ(羅?羅(らごら))もお釈迦様の弟子になって修行に励むんですね。その時にもお釈迦様がラーフラにも授記をされるんです。その時のお言葉は私は非常にいいなと思ったのは、「羅?羅(らごら)(ラーフラ)の密行(みつぎょう)、われのみぞ知る」とおっしゃっている。「密行」というのはこっそりと善いことを行う。善行に励むのが密行ですね。ラーフラの立場からすると、父親であるお釈迦様がみんなの指導者なんだから、息子である自分は拙いことをしてはいけない。怠けちゃいけない、と。とにかく父親のお釈迦様の名前を汚さないように、自分は励まなければならないというわけで、人の見えないところで、ラーフラは修行に励んだ人らしいですね。その様子をお釈迦様はさっと見抜いていらっしゃるんです。「ラーフラの密行―人知れず行っている善行はわれのみぞ知る―儂が一番よく知っておる」と。いやぁ、この親子関係は絶品だな、と。そういう夫婦関係や親子関係の理想的なあり方も授記で語るんですね。そんな冷たいものじゃないですよ。もうほのぼのとして、温かくて明るいものが法華経であって、それはほんとに自分でしみじみとわかるためには、書くのが一番だなあと思うんですね。だから声を大にして、みんなに「法華経を写経しなさいよ」というんですけど、なかなかのってきてくれないです。一遍書くのに七万字の字を書かなければならないからね。
 
金光:  覚悟がいるでしょう。
 
荒崎:  覚悟が要りますからね。
 
金光:  法華経を写経なさっていらっしゃると、そういう意味での悟りを求め修行する菩薩ということについても、新しい考えと言いますか、そういうものをお持ちになりますか。
 
荒崎:  勿論そうですね。今、特に曹洞宗が問題にしているのは、お葬式は一体なんだ、と。とにかくいろんな坊さんがいろんなことをいっているんですよ。私は曹洞宗の葬儀、お葬式というのは何かというと、葬儀には「授戒(じゅかい)」という儀式と「告別」ということがワンセットになって、曹洞宗のお葬式は成り立つわけです。「授戒」というのはいわゆる仏様の戒めを説いて聞かせて、そして菩薩の位に入ってもらうのが授戒です。で、「血脈(けちみゃく)」というものを渡します。何と書いてあるかというと、表書きには「仏祖正伝菩薩大戒(ぶっそしょうでんぼさつたいかい)」と書いてある。つまり仏様から代々伝えられてきたもっとも正しい菩薩の戒めであるということが書いてある。だからそれを貰うということはみんな菩薩になるということなんですね。さっきお話申しましたように、「私は出家じゃない。私は在家である」と。あの時、私は言わなかったですけど、実際は「私は菩薩である」と言いたかったんですね。どうしてかというと、在家の身になって、仏道を求めるものは菩薩である。菩薩はご存じのように、三種類ありまして、一つは、お釈迦様の前世の姿を菩薩という。もう一つは、通常「大菩薩」と言って、観音様とか、普賢菩薩とか、月光菩薩、日光菩薩とか、これはほんとに神格化されたというか、お釈迦様と同じような力を持った仏様。もう一つは何かというと、いわゆる「我々が菩薩である」と。いわゆる在家において仏道修行に励む我々は菩薩である、と。またその自覚ですね。今日は床の間に准胝(じゅんてい)観音様の軸を掛けましたけど、これは仏と違うんですね。これはどういうことかというと、よくご覧になればわかるように長髪です。菩薩は剃髪していないんです。菩薩の中で剃髪しているのは、お地蔵さんだけです。後の菩薩は全部長髪です。長髪ということは出家していないぞ、というシンボルです。そこからまた出家した者、あるいは仏という者は装身具なんか一切身に付けない。ほんとに衣だけしか着ないんですけど、菩薩はちゃんとネックレスや腕輪付けていらっしゃる。きらびやかな装飾を付けていらっしゃる。これは在家です。坊さんじゃないというふうに。坊さんじゃないけれども、仏道に一生懸命励んで、そして人様のために尽くさせて頂こうというのが菩薩ですね。一番素晴らしいところですね。大体「法華経」というのは、正式の名前は「妙法蓮華経(サッダルマ・プンダリーカ)」で、「妙法」というのは素晴らしい仏様の教えである。喩えていうならば、白い蓮華ですね。「プンダリーカ」というのは白蓮華ですから。で、極端なことをいうと、「法華経というお経は菩薩のお経であり、菩薩は何をなすべきかということを説いたお経であり、菩薩とはお前のことだということを説いたお経がこの法華経だ」と受け取ることができるわけですね。ほんとに「私は菩薩だ」というと、ちょっと威張っている感じで、「あれは頭がおかしくなったのじゃないか」と思われるかも知れないけれども、心の中では「今、私は菩薩の道を歩ませて頂いているんだ」という。これも大きな喜びですね。出家という者じゃなしに、菩薩の方がよっぽどいいな、と思います。去年流行りました「千の風になって」という歌は菩薩の歌だと思うんですよ。「私のお墓の前で泣かないで下さい。私は死んでなんかいません」。私は、いやぁ、いいなと思ったんですよ。つまり菩薩の願いというのは、これは永遠に大空を吹き渡って、みんなの幸せを考えているでしょう。お墓の中で眠る暇はないはずですよ。びゅうびゅう吹き渡っている風は何しているかというと、秋には太陽になってふりそそぎ、それから冬にはダイヤのように、これは世界の美しさを讃える。そして夜には安らかな眠り、朝には爽やかな目覚めを誘う。いやぁ、これはいい歌だ。「あれは菩薩の歌である」と、私はみんなに言うんですよ。じゃ、お墓は何かというと、お墓に入っている遺骨というのは、これは仏と我々とを結びつけてくれた大事な縁というもの。仏縁というのが遺骨という形で、ここに飾られている。だからお墓を詣る時は、仏と自分を繋いでくれた仏縁に対して、心から手を合わせるのが、これがほんとのお墓詣りです。そこに人がいるんじゃないんだ、と。菩薩と仏と自分と結びつけてくれた縁(えにし)―仏縁がそこに遺骨として護られているんだ、と。こういうことを、私は、近頃、法華経から頂戴した、法華経に囁かれた内容だなと思っています。
 
金光:  私なんかは、写経にちょっと億劫なところがあるんでございますけれども。
 
荒崎:  字の上手下手は写経は関係がないです。やっぱりさっきも言ったように、祈りがあれば、私はそれで十分だと思います。
 
金光:  どうも有り難うございました。
 
     平成二十年六月一日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである