貪らず 生きる
 
                        安楽寺住職 若 林  順 天
 
ナレーター:  上田市の中心から十二キロ、信州の鎌倉と言われる別所(べっしょ)温泉は、三方山に囲まれて静かな佇(たたず)まいを見せています。街の行き止まる南の山肌に古いお堂があります。北向観世音堂。今から一一四○年前の創建と伝えられております。普通お寺の本堂は南を向いていますが、此処は北向きです。ここから北向観音の名が生まれました。南を向いている長野善光寺と対となって庶民の信仰を集めてきたのです。北向観音と善光寺のご利益は一体のもので、片方だけに参詣することを片詣りというほど善光寺と縁の深いお堂です。北向観音と渓を隔てた北側の林の中に、禅寺安楽寺(あんらくじ)があります。林の中に三重塔がひっそりと建っています。八角の塔は日本で唯一のものとなっています。八角の塔は中国の寺院に多く見られます。このお寺が中国と深い繋がりのあったことを物語っています。安楽寺の開山惟仙(いせん)は鎌倉時代の人。入唐して中国で禅を学びました。寛元(かんげん)四年日本に帰るに際し、船をともにしたのが鎌倉建長寺開山の中国僧の蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)です。二人は終生深い交わりを続けたと言います。二世恵仁(えにん)は惟仙に従って来朝した中国僧です。八角三重塔はこの恵仁の時代に建立されたと言われております。塔が建立されて七百年、信州最古の禅寺安楽寺は、塔を守り仏法を守り続けてきました。現在住職を勤める若林さんに、現代の禅僧として、何を考え、何を行じておられるのか、お話を伺います。
 

 
若林:  此処はご案内の通り、観光寺で、相当数の人が来まして、最近では若い人なんかもかなり見えますから、そういう方々とたまには話をする機会もあるんですけれども、「文化財」と申しますと、すぐ「国宝」とか「重要文化財」というものが頭へ浮かんでくるんですが、それも確かに大事なものには違いないけれども、もっと身近な文化財、これは私は「躾」とこう言っているんです。ところが「躾」という言葉は、若い人にはカビ臭いというか、抵抗があるらしいですね。そこで私が考えたのは、「躾と称する文化財なんだ」と。日本もですが、他の国にもいろんな躾があろうと思いますけれども、日本には日本の躾があるんで、その躾が、いわゆる国宝や重文などよりは、もっともっと身近な文化財じゃないか、と。「文化財」という言葉は比較的新しい響きをもっていますからね。「躾と称する文化財なんだ」と。それを本当に自分の日常生活に活かしていくということが文化財の発掘なんだ、と。ところが、この躾が疎かになっておるこの頃でございますので、もう一回見直して日常生活に活かしていくという。文化財の発掘と申しますと、すぐ古墳を発掘するとか、城跡を発掘するとかって、これも大事なことには違いないけれども、仮に古墳を発掘して大変貴重なものが出た。これはニュースとしては興味もございますけれども、自分たちの日常生活にそれほど大きな跳ね返りはないわけです。むしろ躾と称する文化財を本当に生かしていく。例えば手洗い行ったら、履き物をどうやって脱いでくるんだ、と。必ず回れ右をして、次の人が気持ち良く手洗いを使うことができるように、これが本当の「親切の躾」ということになります。ですから、まさに文化財の発掘じゃないか、と私は思うんです。私も方々歩いて手洗いを拝借することがありますけれども、残念なことに履き物が正式に、正確に脱いであるという場合はごく稀でして、おかしな格好をしてスリッパを履かなければならない。もともと手洗いというところは不潔な場所でないんですから、あれは気持のいい場所、神聖な場所ですから、絶えず清潔に当然しておかなければならないし、禅宗の場合など烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)という仏さまが手洗いを管理していらっしゃる、という考え方で手洗いというものを使用しておりますからね。場合によると、未熟な者は手洗いを掃除する資格がないんだ、ということさえも言われるぐらいですから、神聖な場所として、当然スリッパーも回れ右をして脱いでくる、と。次の方が気持ちよく用を足せるようにしておく。これなんかも、遠い先祖から伝わっている躾の一つだ、と。ご飯を食べる時に、「いただきます」とか、終わったら「ごちそうさま」という、これは当たり前の話なんです。そういうことが非常に乱れておる。こういうものを本当に生かしていくということが本当の文化財を活用するというか、文化財を発掘していくということになるわけなんです。そういうことも方々で申し上げてご理解頂いておるんです。
 
「有り難いと思え」とか、「勿体ないと思えなさい」と言うんですが、最近では、「当たり前」という言葉がだいぶ流行っておるんですね。「当たり前」というのは、「あって当然」ということですからね。「あって当然」なんていうことは誰も保証してくれていません。例えば日本の今の繁栄の状態を「有り難いと思え」「勿体ないと思えなさい」と。ところが、これはみんなが努力したんだから当たり前じゃないか、と。よく考えてみますと、終戦後政治経済の面で、日本を取り巻く大変な繁栄には好都合な風が吹いていたんですね。これは当たり前と思って受け取っておったら大間違いだ。いつ逆風が吹いてくるかわかりませんよ。だから、日本の繁栄も大変有り難いもんだ、と。「有り難い」ということは、「有ることの難しい」ということですから。有ることの難しい状態に現在生きることが できるということは、まったくもって有り難いことじゃないか、というふうに考えているんです。ですから、今の基本的な心の問題というようなことは、やはり「有り難い」とか、「勿体ない」とか、それが優先し、初めて現在の日本が繁栄した姿というものを有り難く受け取れるし、その気持が続いていけば、日本も仮 に逆風が吹いてきても、逆風に押し流されるようなことがなくて、日本ありきの繁栄をまあ続けていくことが出来るんじゃないか、と。今、もうあんまりにも繁栄に慣れすぎてしまって、これがずーっと続くような考えを持っているんですね。そういうことは誰も保証してくれていませんですからね。「物で栄えて心で滅びる」というようなこともよく言われるんですけれども、今後の日本というものを、ずーっと続けていく。これは日本ばかりじゃない、世界にも通用することだと思います。「思いやりの心」「有り難い勿体ない心」というものがなければいけないし、当然「有り難い」「勿体ない」を取って終えば、仏法でなくなってしまいますからね。
 

ナレーター:  安楽寺の本堂に入りますと、外陣(がいじん)の横に参詣者に呼び掛ける大きな文字が目に入ります。カンボジア難民を援助するための募金に応じてほしいという呼び掛けです。壁には、若林さんが自分で写経した般若心経や難民の作品が掛けてありました。この十年間、若林さんは、カンボジア難民や東南アジアの貧しい人々にさまざまな援助を続けてきました。現地にも何度か出掛けています。
 

 
若林:  私が始めたのは十年ばかり前になりますけれども、ちょうどあの頃カンボジアの動乱が激しくなってきたんですね。その前にもベトナムの問題もありました。まあ困ったなあぐらいのことで、それほど大した関心も持っておらなかったんです。たしか一、二回募金した程度なんですが、カンボジアの動乱の写真を見まして、たしか三年生か四年生ぐらいになる女の子が、二、三歳の弟を負んぶして、最後のヘリコプターが出るというんですね。とても乗れないように思うんですけれども、一生懸命飛行場へ負んぶしたまんま走って行く姿を写真で見たんですね。これはえらいことだと。その頃からだんだん関心が高まりまして、それからずーっと今日までわずかな救援ですけれども続けておるんです。幸いに「曹洞宗ボランティア会」というのがございまして、現在も活動しております。そこへ絶えず金が貯まると送り、金が貯まると送りして、つい一昨日も送っておきました。そんなことで動機は報道写真ですね。私は、「これやらなきゃいかん」「みんながやらなきゃいかん」と思って、ずーっと続けておるんです。その間、二、三回現地にもまいりまして、キャンプにも入らせて頂いて、つぶさに難民の方々の生活にも接してまいりました。それと同時にカンボジアと国境を接するタイの貧村地帯も歩かせて貰いまして、ある場所へ「安楽寺文庫」という一つの文庫を作って、そっちの方面の支援も、今でもやっておるわけなんです。出来ればこの暮れにでももう一回行って、文庫のほうの状態を見たり、もう少し本を送ってあげたいと思っておるわけなんです。難民キャンプは、もう気の毒なんていうのを通り越しておりまして、最低限度の食糧補給を国連から受けているだけでして、どうにかまあ生きているという程度で、同時に国籍がないんです。従って身辺の生命財産の安全を保証する何もないわけです。パスポートもでない。これが同じ地球上に生きている人間か、と。こんな状態でいつまでもこうしておくことが気の毒なんていうのを通り越して、もう少し別の角度から見なければいかんじゃないか、と。それとまあ国境の貧村地帯へ行きますと、世界一の米産地でありながら、貧しい家の子どもは学校へ弁当を持って来ない。たまたま学校へ来ておっても、四年生、五年生ぐらいになりますと、ほとんど欠席して学校へ出て来ない。労働力として働かなければいかんわけですから。そんな状態が現在の国境の貧村地帯の姿で、統計なんかみますと、文盲率が高 いというようなことを言っておりますけれど も、現地へ行ってみますと、まあどの程度の本か私には文字も読めませんから、みんな安楽寺文庫へ寄って来て、本を見ています。そうすると文盲率が高いなんて嘘じゃないか、と。「み んな寺子屋で習っているんだよ」という説明があったんですが。ですから、本を読みたいという気持はどこも同じことですね。子どもが、あるいは大人もまいりますし、ある農家の一部屋を借りて、そこへ文庫を設置してあるんですけれども、けっこう利用率が高いようですね。従って、本も汚れたり破れたりする。後々補給しなければ、これは当然いけないことですから、今年辺りも出来ればなにがしかの本を送ってこの仕事を継続していきたい。そういうことをやることによって、一般の底辺が上がってまいりますから、やはり物事を判断する力というものが、どっかから出てくる。何しろ底辺をアップしなければ、いつまでたっても難民問題は続いていくんではないか、と。批判する力というものが本を読むということでだんだん養成されていくんではないか。これはどこでも言えることですけれども、本を読みたい人に、本を読んで貰うということは大事なことで、それがほとんど貧村地帯では本なんてないですから、たまたま大きな村に一カ所か二カ所だけ新聞の閲覧所があるんです。そこへ遅れたような新聞がきて重なっています。見たい人はそこへ行って見るという。一部の新聞ですから、これは利用する範囲なんていうものは自ずからしれたものなんです。その程度のところですよ。今ではほとんど死語になってしまえましたけど、「艱難(かんなん)汝を玉にす」とか、「家、貧にして孝子出ず」とか、今そんなことを言ったって、日本では通用しなくなっちゃったですよ。やはり貧しい生活をする親の姿を見ていれば、一生懸命で花売りをするとか、新聞を配るとか、あるいは親の手助けをするとか、そういうことでもって子どもが、ある程度人間らしい成長ができるんじゃないかなあ。あんまり日本のように、好きな物を金さえ出せば買って貰えるんだ、と。むくむく大きくはなるけれども、果たしてそれが中味が入っているかどうかなぁって、少々不安ですね。今、「艱難汝を玉にす」と言っても、「何の話だい」なんて笑 われてしまうような状態じゃないですか、日本は。やはり苦労すべき時には苦労すべきですよ。特にタイやカンボジアのそういう貧しい国の経験から日本を見返しした場合に、ちょっと驕りすぎてやしないか。そんなような気がしますね。昔から酔っぱらい天国とか、あるいはくわえタバコ天国とか、いろいろ日本に居ればそれほど悪いことじゃないようにお互いに思っていますけれども、先進国で酔っぱらい天国とか、あるいはくわえタバコ天国なんてそうありませんですからね。この頃は「美化運動」というのが盛んにあちこちで行われています。美化運動というと、花を植えるとか、それなりの施設をするとか、いろいろ頭へ浮かんできますね。私はああいう場合に、なんか一つ大事なことを忘れているんじゃないか。美化運動の前に、あるいはそれと同時に、「汚さない運動」をしたらどうか。ついこの間でも、少年補導員という肩書きの方が、くわえタバコでバイクに乗っているんですよ。これは困ったなあと思いましてね。子どもに、「空き缶を投げ捨ててはいかん」とか、「空き缶を拾いましょう」なんていっても、子どもは言うことを聞きっこないですよ。子どもはちゃんとその人の姿を見ていますからね。昔から子どもは親の後ろ姿を見て育つ。大人のやっていることをちゃんと忠実に継承していってくれますよ。ですから、大人が酔っぱらいの天国であるとか、くわえタバコ天国というようなことを、先進国として考え直さなければいかん。あちらから日本を見て、つくづくそういうことを思いますね。「日本にだって、相当援助して貰わなければならない人がたくさんいるんだ。無理にそんな海を越えて向こうまでも」というようなことをおっしゃる方もあるんですがね。私は、「遠い近いの問題じゃないんだ。もう世界中みんなお隣同士じゃないか。どこへ行ったって構わないでしょう。たしかに日本でも困っている方もいらっしゃいますけど、食うに困っている人はまあ居ない。困り程度が違うんじゃないか」というようなことを申し上げることもあるんです。実際向こうへ行ってみますと、日本と比較して困り具合が違いますよ。これは難民なんていうのは、例えてみれば、井戸へ落ちた子どもじゃないか。いろいろ批判している前に、とにかく掬い上げなきゃダメなんだ、と。日本には井戸へ落ちた子どものような困っている人は現在いない筈なんですね。それはたしかに災害にあって家も流された、あるいは肉親を亡くした、非常にお気の毒な方もありますけれども、やはり国家というものが背景にありますからね。これは同じ困り方でも、難民やそれに準ずる人たちの困り方とは違う。私はお隣が困っている。ですから、自分でやってあげられることはやってあげるんだ、と。海の向こうで、遠いとか近いとかという問題は二の次じゃないか、というような考えを今でも持っているんですがね。
 

ナレーター:  この十年間で、若林さんが送り続けたお金は一千万円を越えました。その半分以上は、自分で書いた般若心経を買って貰って得たものです。心経の写経を書き上げるのに、二時間はかかります。
 

 
若林:  お金を作らなければなりませんからね。自分のできる方法で、当然写経ということを考えたわけなんですが、その他にポスターを買って頂くとか、いろいろ方法もあろうと思いますが、自分のできることを手っ取り早くやるより金は集まりませんから、最初から心経を写経して、多くの方々に買って頂く。これも書いたものを持って行って、「買ってください」と言えば、「嫌」とは言わない。ですけど、二度はダメですわね。不特定多数とでもいうか、どなたでもご希望の方は一つ買ってください、と。無理がないからずーっと今まで続いているわけなんですね。ポスターもその通りで、本堂の前へ並べて置きますと、お金を入れて持って行ってくださる。そういうような金をみんな集めまして、塵も積もれば山となるで、最初から相当の額になっております。特段お経を書いて、それを布教の一助に、というような考え方から発足したというよりも、むしろ自分のできることで一つお金を頂きましょう、と。その辺のところなんですね。
 

ナレーター:  安楽寺は曹洞宗の禅寺です。ただひたすらに坐禅すること、これが曹洞宗の宗旨です。若林さんは、自ら坐るだけではなく、月一回の坐禅会を続けてきました。信州上田は寒さの厳しいところです。冬には零下十度にもなります。
 

 
若林:  禅宗の場合は坐禅。坐禅というのは、自分をもっとも大事にしている姿。一番自己と親しんでいる姿だ。とかくお金や肩書きや学歴と親しんでいて、本当の自分をとかく忘れているんだ、と。この本当の自分と親しんでいる姿。本当の自分を大事にしている姿。自分というのは、ずーっと遠いお先祖からお陰を受けて生かされているんだ。そういう考え方からいうと、お陰の固まりみたいなものです。お陰の固まりをどうやって大事にするか。『阿含経(あごんきょう)』というお経の中に、「四婦(しふ)のたとえ」というお経があるんです。「四婦」ですから四人の婦人ですね。一号さんから四号さんまでの婦人を持った長者の話で、一号さんは一番大事にした。寝ても覚めても絶対自分の傍に置かなければ胸に落ちなかった。二号さんも一号さんほどじゃないけれども、かなり愛情の度合いが深くて絶えず頭から存在が離れなかった。三号さんにいたっては、お互い平素離ればなれの生活をしておっても、それほど不自由じゃなかった。四号さんはほとんどその存在は忘れていた。そういう話なんですね。いよいよ長者が寿命がきて、死ななきゃならん。誰かお供に連れていきたい。当然一号さんを一緒に連れて行こう、と。一号さんは「嫌だ」というんですね。二号さんは結局ダメなんですよ。かなり大事にした一号、二号に断られちゃったわけなんです。三号さんを枕元に呼んで頼んだ。今まさにお供していくような気配を示した。それで三号さんは何と言ったか。「今回はお墓までお供を致します。後は暫くどっかでお待ち頂けば追っかけて参ります」というんですね。「いずれご一緒になれるかも知れない」と。結局ダメだったんですね、お墓までですから。やむを得ず恐る恐る四号さんを思い出して呼んで頼んだら、四号さんは、「そういうことをおっしゃる前に、私はあんたの正式な妻なんですから、当然死に出のお供を致します。覚悟はできています」と。約束通り長者が死んだ時、四号さんが一緒に死んで逝った、というんですね。お釈迦さんはそういうお話をされて、「さて、みなの者」とこう開き直られる。「一号さんて何ですか?」「これは私どもの身体ですよ」というんですね。身体は随分大事にしますね。大事にするところじゃない、し過ぎる場合がある。飲み過ぎ食い過ぎなんてこれダメですね。だけど一旦息が切れてしまうと、たちまちダメになっちゃう。「二号さんは何ですか?」「これが欲に絡んだ名誉とか財産だ」というんです。これも向こうへ付いていって、その人のためになったなんていう話聞いたことないですね。「三号さんは何だ」「親子兄弟親類だ」というんですよ。なるほど、亡くなるとお墓までちゃんとお供して行ってくれる。少々私は仕事が残っていますから、と。いずれはあなたの後を追っかけて行きます。「四号さんは何だ?」。これが分かり易くいえば、「お陰様なんですよ」。私どもはお陰様で生まれて、お陰様で育って、お陰様で死んでいくわけですからね。こっちが忘れていたって、お陰様はちゃんと私どもを忘れずに影の形のようにくっついているわけですから。そのお陰様をとかく忘れちゃっているんですね。だから、「お陰様を大事にしろ」と。お陰様を大事にするということは、自分を大事にするということだ。自分を大事にするということは、禅宗の場合では自己に親しむ。絶えずとんでもないほうへ向いている自分というものを、本物を引き戻せ、と。ですから、坐禅の姿というものは、即仏に繋がる姿である、と。禅宗ではそういうふうに教えております。只管打坐(しかんたざ)―坐っている姿がもう仏だ、と。仏の積み重ねですから、結局「只管(しかん)」という言葉が出てくるんじゃないですか。もうそこのところではいろいろ頭の中で、こねくり回して、知識をただ積み上げていくというようなそんな方法でなくて、そういうものは一応外において、預けておいて、ただ坐るんだ、と。ですから、坐る姿勢というものは非常に煩(うるさ)いんですよ。そこへいくと他の同じ禅宗でもあまり姿勢には拘らない。臨済あたりもそうだと思いますけれども、曹洞宗の場合は、とにかく坐った姿が仏なんだ、と。仏の積み重ねなんだ、と。それがだんだん自分を仏に近づけていく方法なんだ。方法であると同時に、坐っている姿が仏なんだ、と。こういう受け取り方をしているわけなんです。だから、「只管打坐」という言葉がどうしても出てくるんですね。坐禅が写経の姿に出てくるんだ、と。ですから、お経には、「行もまた禅、坐もまた禅」と。すべて坐禅が基本で、そこから派生した行動というものはすべて禅に繋がっているんだ。ですから、手洗いでスリッパをきちんと脱いでくるというのも、これはやはり禅なんです。ご飯を食べる時に、「頂きます」と、これも禅なんだ、と。決して坐っているだけが禅じゃないんだ、と。そこがすべて行動の基本になっている。その姿というものはいろいろな格好に出てくる。それを「行もまた禅、坐もまた禅」とこう言っているわけなんです。ですから一生懸命お掃除している。これも坐禅の延長なんだ、と。「仏坐仏行(ぶつざぶつぎょう)」という言葉もありますけど、やっていることがすべて仏さまの行いであるんだ、と。禅宗では「作務(さむ)」ということを煩く言いますからね。「坐禅やるよりも作務をしろ」というようなことをいう人もございます。「お経を読むよりも作務をしなさい」と。それは結局坐禅を否定しているわけじゃないんです。作務の姿が即坐禅なんだ、と。そういう受け取り方ではじめて坐禅を否定したような言葉も出てくる場合もあるかも知れませんね。
 
私もそうなんですけれども、とかく学歴とか、肩書きとか、あるいは財産とか、そういうものは大変魅力がありますからね、それをお互いに追いかけ回しておって、ほとんどそれで一生を終わってしまうんじゃないか、と。たしかにお金一つをとってみましても、これは魅力もあるし、重宝なものです。ですけど、向こうへ持っていかれませんですからね。この娑婆だけでもって重宝に使わせて頂く。ですから、価値としては、私は「重宝の価値」と。もう一つ上に「無常の価値」というのがあるんじゃないか、と。「無常の価値」の追求をとかくお互い忘れているんだ、と。うっかりすると、一生「重宝の価値」だけを、「無常の価値」と錯覚してしまって、それを追い回して終わってしまう。成仏どころの騒ぎじゃないんです。「無常の価値」をとかくお互いに忘れておりますけれども、「無常の価値」こそあちらへも持っていけるんだ、と。別の言葉でいえば、「徳」、あるいはもっと砕ければ「人柄」と言ってもいいんじゃないですかね。そういうものは目に見えませんし、絵にも描けませんけれども、そういうものをお持ちになって、それが本当のその人の財産なんだ、と。「財布の財産」というのはたしかに魅力もあるし、重宝ですけれども、娑婆だけの問題で、向こうへ持って行くということになりますと、やはり「徳の財産」が本当に向こうへいく時のお土産になる。禅宗の場合は、「陰徳を積む」というようなことを言いますがね。その場合によく手洗いの掃除を、人に隠れた場所で徳を積む、と。その他いろいろ徳の積む場所はございますけれども、昔の言葉には、「陰徳を冥冥の裡に積む」なんていう言葉もございますが、そういうことを重ねることによって、だんだんその人の徳、本来の人柄が積み重なっていって、後ろから見ても頭が下がるような人格者が求められておりますですから、お掃除をする、坐禅をする、いろいろな方法がございますけれども、それによってその人がだんだん出来上がっていくということじゃないですかね。「布施(ふせ)」というのは、現在ではお寺と檀家の間にだけ「お布施」という言葉が生きているようなもんで、そんな狭いもんじゃないと思うんですよ。布施というのは、一口にいえば、「施し」ですけれども、お金を出すのもお布施である、と。力のある人は力を出しなさい、と。思いやりの心も布施のうちだ、と。ニコニコした優しい顔も布施のうちだ。これは布施にはいろいろの格好もございますですからね。その気持さえあれば誰にもできることなんです。何もお金ばっかりが出すんでなくて、出し方はいくらでもありますから、その人その人の器量に応じて布施をしていく。気持がありさえすれば、これは誰にでもできることなんです。『修証義(しゅしょうぎ)』の中に、布施が出てくるんです。「四摂法(ししょうぼう)」(菩薩が衆生を導く法)と申しまして、一つには「布施」、二つには「愛語」、三つには「利行(りぎょう)」、四つには「同事(どうじ)」です。「布施とは貪(むさぼ)らざるなり」ということを道元禅師ははっきり申されているわけなんです。貪る心があると布施じゃない、と。もっと欲しいとか、出し惜しみする。これ貪りの心ですから。だから平たくいえば、思いやりの心でもって、自分のできることをどんどんやるというのが布施じゃないか、と。それを冒頭に申し上げた「有り難い」「勿体ない」「物を粗末にしない」。これを道元禅師は口うるさくおっしゃっている。特に物が豊かになりすぎて、日常生活一つをとって見ましても、食べ物を残しちゃう。今では一般家庭の犬や猫の茶碗の中に肉や魚が残っている。お肉、魚を犬も食わない。何とか処分しなければならない。そんなもの当たり前で全部捨てている。これが一般なんですよ。それはいけない、と。同じ捨てるにも、処分するにも、勿体ないと思って処分しなさい、と。いつまたどんな逆風が吹いてきて、食べ物が不足してこないとも限らないわけですから。そんなことがあるなしに関わらず、物を粗末にするということはいけません、と。いかに物が豊富だから粗末にしてもいいなんていう理屈はなりたちませんですからね。それから有り難い―絶えず有ることが難しい、そういう状態に現在生活させて頂いておるんだ。まったく有り難いことなんだ、と。物が豊富にあって、豊かな生活ができる。勿体ない話なんだ、と。そういう感謝の気持ちを無くしてしまったら、日本はどこへ行き着いてしまうんだか非常に不安なんですね。ですから、有り難いとか、勿体ないとか、そういうことを日常生活の中でもう一回見直して頂く。それが本当の文化財の発掘じゃないか、ということを、事ある毎にみなさんに申し上げてお聞き頂いたら、と。他に別に難しいことを申し上げているわけじゃないんです。それが本当の仏道を行ずることじゃないか、と。今までもそうですし、これからもそんな姿勢で臨んでいきたい、とこう思っております。
 
     これは、昭和六十三年十月十六日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである