坐禅 結果自然成(けっかじねんじょう)
 
                 禅僧・曹洞宗国際センター 藤 田(ふじた)  一 照(いっしょう)
一九五四年、愛媛県生まれ。灘高校から東京大学教育学部教育心理学科を経て、大学院で発達心理学を専攻。院生時代に坐禅に出会い深く傾倒。二八歳で博士課程を中退し禅道場に入山、二九歳で得度。三三歳で渡米。以来一七年半にわたってマサチューセッツ州ヴァレー禅堂で住持を務め、そのかたわら近隣の大学や瞑想センターで禅の指導を行う。二○○五年に帰国し、現在、神奈川県葉山の「茅山荘」を中心に坐禅の研究、指導にあたっている。著作に『アメリカ禅堂通信』『新こころのシルクロード』、訳書に『禅への鍵』『ダルマの実践』『フィーリング・ブッダ』『自己牢獄を超えて』『未来の宗教』など。
                 き き て        山 田  誠 浩
 
ナレーター:  横浜のお寺で開かれている日曜坐禅会です。指導するのは禅僧の藤田一照さん。各地の寺などで独特な坐禅の指導をしています。坐禅会はまず時間をかけて身体をほぐすことから始まります。
 
藤田:  手首じゃなくて、特に人指し指と親指の間、この辺りね、ここをよ〜くほぐします。
ナレーター:  気孔やヨーガ、武術などの要素を取り入れながら、身体と心の緊張をほどいていきます。
 
藤田:  こういうあたたかい、やわらかい手にしておいて、こういう手でまず上から下に撫(な)でていきます。まず頭の天辺に手を当ててゆっくり顔をなでていきます・・・。
 
ナレーター:  ほぐした手で身体をなで下ろす。普段はあまり意識しない自分の身体をゆっくりと感じていきます。
 
藤田:  撫でながら骨の形を確認するようなつもりで、こう上から下にゆっくりおりてきます。もう一回顔の正面からだんだん下に向かってじわりと流していきます・・・。
 
ナレーター:  藤田さんは、こうした試みを始めたのはアメリカで坐禅を教えていた時でした。初めは単なるウオーミングアップでした。それが今では坐禅に入るために欠かせないプロセスになっています。
藤田:  お尻の丸さを利用してゆっくり右に倒す。それから前に倒す。
 
ナレーター:  坐禅の姿勢の要になる坐骨を意識していく体操です。
 
藤田:  せっかくお尻が丸いんだから、丸みをうまく使って、もう一回。頭を使って回しているんじゃなく、頭は、骨盤が回るのでつられて回っているんですね。頭とかこの辺は全然力が要らない。骨盤が回っている。
 
ナレーター:  頭で考えた動きを身体に命令するのではなく、骨格や筋肉などの仕組みに任せ、身体の自然な動きに従っていく。素直に身体に従うことで、普段頭で考えることを中心に働いている身心を解き放っていく試みです。
藤田:  後ろ側の尾てい骨のほうに体重をかけて・・・、首の力を抜いていく。ここを長く意識して、自分の中心軸はもっと長い、天井まですぅーとのびていて、それがぐるりっと大きく回っている。回す力は底にある。これでこうやって回しているので、上がつられて結果的に回っているという感じで・・・。
 
ナレーター:  藤田さんが探求してきたのは、意図して作るのではなく、自然に出来上がっていく坐禅です。その世界を伺います。
 

 
山田:  これは何ですか?
 
藤田:  山田さんと坐禅のお話をする前にちょっと体験して貰いたいことがあって、
 
山田:  体験するんですか? 僕が。
 
藤田:  これは立ち入り禁止のものじゃないんですよ。実は綱渡りをするベルトなんですよ。この上を歩くんです。
 
山田:  歩くんですか?
 
藤田:  歩くのは多分無理だと思うんで、足を載っけて、ちょっとこの上に載っかってみて貰えますか。
 
山田:  僕が載っかるんですか。大丈夫か?
 
藤田:  気を付けてください。無理しなくていいですから。
わぁ、大丈夫ですか(笑い)。今ちょっと困っちゃう感じがあるでしょう。自分は揺らしていないと思っていません?
 
山田:  止めようと思っているんです。
 
藤田:  だけど、余計に揺れちゃいますね。どうしたらいいんだろう、という。その感じをちょっと覚えていてください。ちょっと僕がやります。何気なくやるというのが大事ですね。あんまり気負うというか、こう止めようとか、こうしよう、とするんじゃなくて、とにかく上がる。とにかく上がって、後はもう身体がやってくれる、と。けっこう壮快な感じがするんですよ、上がれたら。
 
山田:  そうですか。
 
藤田:  坐禅にきた人はまずこれちょっとやって貰って、困って貰って、と思っているんですよ。
 
山田:  そうですか。
 

 
山田:  普通私たちは先入観を持っているのかも知れませんが、坐禅と言うと厳しい修行というふうに思うんですけど、綱渡りがあったり、身体をほぐすような体操をやられたりとか、私なんかがイメージしている坐禅とは随分違うんじゃないか、という感じがしたんですけど。
 
藤田:  僕も自分自身が坐るのが上手い方じゃなくて、いろいろ苦労して坐ってきたんですよ。そういうのもありまして。坐禅の時の心とか体の働き、あるいは使い方というと語弊があるんですけど、普段の心や体の状態とは違うところがありまして。ですから坐禅の前に体操をするのは、普段の身心から坐禅の身心へとシフトさせるために、なるべく自然に普段の体の身心の状態から坐禅の身心の状態になっていくようにできないものかな、という考えでやっているんですね。
 
山田:  坐禅の時は、普段とは違うというのは、何が違うんですか。
 
藤田:  坐禅はどちらかというと、私が頑張って何かをする、という営みとは違うものなのですよ。違うものなので、それとは対照的に、私が頑張ってやっている、そういう「頑張って私が何かをしている、というのを一つひとつ止めていく。放棄していく。ギブアップしていくという、そういう営みなんですね。普段は体を緊張されて、心を緊張させて仕事とかいろんなことをやっているわけですけど、その時は力を入れて、手を伸ばして、茶碗をこう持ったりしていて、これが飲めれば自分の願いが叶ったというんで、それで満足するわけですよ。あるいはもしここに嫌なものがあったら、これをこう遠ざけて見えないところに排除する。押し出すわけですね。これが普段のモードで、仮にそれを「行為」の「為」と書いて、「為(い)」と呼んでいます。坐禅は、「為」でなくて「行(ぎょう)」―修行の行ですね。「行」でなければいけないので、今言ったような「わたしが意図的になにかをする 為す」という要素がないものなんですよ。綱渡りで、最初足を置かれた時に、あれっ!というぐらいぶるぶる揺れましたよね。あれは大抵の人はやると、「おかしいな。自分では揺らしていないのに何でこんなに揺れるんだろう」というわけですよ。本人はやっているつもりはない。だけど、やっているわけですね。何故やるかというと、綱の揺れが止まらないと上がれないから止めよう、ということですね。
 
山田:  そうですね。僕も止めようとしましたね。
 
藤田:  そこでモードを変えないといけない、ということです。だからさっきも言ったように、「為」でやったら坐禅にならなくて、「行」でなければならないという、モードの違いが大事だと思う。止めなくちゃいけないと思って、意識的、あるいは無意識にやっていることに気がついて、それを止めるということですね。上がれるようになると凄く楽に上がれるんですよ。別に綱を頭ごなしに、一方的に止めて荒馬を乗りこなしているという、そういう感じじゃなくて、実は一緒に揺らしているんですよ。そうするとそんなに揺れなくなってしまう。体ほぐしの体操で、私がよく強調するのは、「緊張してやらないように」「無理をしてやらないように」と。「体の言い分を聞きながら、自分のできる範囲というのを尊重しながら、自分の動きで動いてください」というようなことをいうわけですね。それは自分が持っている、「こうしなければいけない」というアイデアを体に押し付けて、命令して、無理をして、床に近くとか、無理をして角度を出してとかというふうなことを、普通僕らやりますよね。そういうふうに条件付けられていますけど、それと同じやり方で坐禅をしたのでは、それは坐禅のような恰好をしているけど、坐禅とは本質的に違う、何か別なことをやっていることになってしまうんじゃないか、と、今の私は思っているんですね。
 
山田:  私なんかはおっしゃったように、「こういうふうに坐って、足を組んで、手はこうして、つまり形を取ることだ」というふうに、坐禅を思っているんですが、全然そうではないということなんですね。
 
藤田:  そうですね。そういう形でやると、今言ったようなことじゃなくってしまうんですね。だから坐禅はしちゃいけない。「坐禅は、するものではなくて、自然に出来上がっていくもんだ」というふうに言った方がいいんではないかな、と思っているんですね。
 
山田:  「坐禅は、何かをするのではない」とおっしゃいましたですよね。ということは、何か自分の中に、いろんな苦悩にとらわれないでいる、そういう心の状態をつくりたいとか、何かそういうふうに思ってすることではない、ということですか。
 
藤田:  そうですね。そういう質問が出てくるのは、多分坐禅したら何か特別な経験が得られるんじゃないか。なんか日常ではない、なんか素晴らしい、高尚な宗教的な、なんか神秘的なことが起きる、というふうなイメージがありますよね。そういう描かれ方をしている小説やら、映画なりもたくさんあるので、どうしてもそう思ってしまうんですけど、坐禅の時は、「当たり前が当たり前になるだけ」なんです。だから何にもそんなに「やった!」みたいな感じは何にもない、と思いますね。
 
山田:  「当たり前が当たり前になる」ということは、どういうことですか。
 
藤田:  「何にも特別な感じがしない」ということですね(笑い)。だから僕個人にとってみても、独断とか偏見とか、自分が勝手に思い描いていた坐禅に期待していることとか、そういうのはみんな否定されていくというか、落としていくような、そういう作業だったと思います。
 
山田:  「落としていく作業」ですか?
 
藤田:  自分の思いを、「やっぱりそうか、やっぱりそうか」というんじゃなくて、「こうでもなかったんだ。こうでもなかったんだ」というような感じですね。
 

 
ナレーター:  藤田さんは、お寺の生まれではありません。今は、別荘の管理人の仕事をしながら、日本とアメリカで坐禅の指導に携わっています。藤田さんが坐禅と出会ったのは、三十年前大学院で発達心理学を学んでいた時でした。専門の心理学だけでなく、体を手掛かりに、人間を探求する体操や合気道など、さまざまな道を模索していた藤田さん。一貫したテーマは、人間存在の不思議さをどうすれば解き明かせるのか、というものでした。
 

 
藤田:  十歳の時に、自転車で夜乗って走っていたんですね。で、ひょっと空を見上げたら星が瞬(またた)いていたんですけど、見上げた瞬間になんかガツン!というふうに殴られたようなショックを受けて、倒れはしなかったけど、よろよろとなったぐらい何かショックを受けたんです。で、今から思うと、その時は訳がわからないで表現しようもなかったんですけど、自分なりに考えてみると―これは一つの言い方なんですけど、「無限の宇宙が広がっている。それを見ている無限大の宇宙に比べれば、無限小の自分がここに居て、宇宙と対峙(たいじ)している」という感覚ですね。それが凄く不思議なことというんですかね、訳のわからないものに感じられたんですよ。
 
山田:  それは例えば、夜空で星が綺麗だったとかなんか?
 
藤田:  そういうんではないですね。今まで当たり前だった、疑問にも思わなかったことが不思議でしょうがない。なんか訳わからないものに思えてしまうんですけど、それが一番最初の何か自分をこういう道に引っ張ってきた淵源(えんげん)じゃないかな、と思っていますね。いつもそれが頭にこびり付いているというんじゃないですけど、胸の底にずっと沈んでいるみたいな、というような感じですよ。最初は、自然科学でいうところの宇宙だったので、宇宙って一体何なんだろう、と。広い自分を取り巻いているものは一体何なんだろうか、というので、興味がありましたから、自然科学の本とか―自然科学は数学の言葉で表現されるから、じゃ数学も、という感じで、自分なりに勉強はしていましたね。それで高校の時にまた一つの目覚めみたいなのがあって、今度は自分が見ている宇宙も興味深いけど、それを見ている俺はそもそも何なんだろう、ということで、今度はどっちかというと、自分の方に関心が向いたので、哲学的な本を読むようになったんですね。最終的には、心理学という科学と哲学の間にあるような、哲学的な問題を科学的にアプローチする、というような方がいいんじゃないかと思って、心理学を選んで、大学院まで行ったんですけどね。ただ心理学も自分なりにやったんですけど、インパクトが十歳の時の体験のところまでどうも届かない。やっぱり頭でやっているような感じがあったんですね。心理学というのは、非常に限定された対象を扱っているので、人間全体とかではないんですよ。特に心理学は心を問題にしているので、僕は自分の感じとしては、心だけではダメだ。人間はわからないんじゃないか。やっぱり体というもので存在していますからね。あんまり体という観点は、当時の心理学ではあまりなかったので。そういう思いをしている時に、たまたまある漢方の先生に出会って―東洋医学をやっている方で、「あ、そうか。東洋の医学というのは、身心一如で人間を見ているな、と。ここから学ぶことがあるんじゃないか」ということで、その先生に弟子入りしようと思って行ったら、「私の医学というのは、禅が基盤になっているから、弟子になって貰うには、禅の修行をして貰う」と言うんですよ。それで先生自身が今まで修行していた鎌倉の円覚寺(えんかくじ)に、先生の薦めで、「学生摂心(せっしん)」に行ったんです。その時に上手くいったからじゃないんですよ。全然坐禅にも何もならないわけですよ。足は痛いし、眠いし、それから叩かれたり、怒鳴られたりするし、訳がわからないので、もう一刻も早く逃げ出したいというようなのが頭に渦巻いていたんですけど、と、同時に不思議なことに、「痛い痛い」と思いながら、暗い中でジッと坐っているわけですよ、痛いのを我慢して。シ〜ンとした感じがあるんですね。勿論表面ではというか、頭の意識の表面では、「ナンセンスな、こんなことをやるのはダメだよ」という声ががんがん響いているんですけど、あるところでは、十歳のときのあの感じとテイスト(味わい)が似ているんですよ。それでだんだん坐っているうちに、「ああ、こういう探求の仕方もあるのかな」というふうに思い出して、興味が出てきたんですね。これをもう少し究めたいなという。心理学だけではなくて、野口体操とか、合気道とか、いろいろな面白いと思うことを自分なりにやっていたわけですけど、みんなそれはそれなりに面白いし一生懸命やっていたんですけど、なんか喩えていうと、指がいろいろ何本もあるんですけど、掌がないので、なんかバラバラなんですよ。で、坐禅をした時に、要するに坐禅修行というものは、こういうものなんじゃないか、と。掌に指がみんな繋がって、掌があって初めて指が活かせるので、一年後には大学院を辞めてしまって、本格的に坐禅修行をするために、修行道場に飛び込んだ、という展開だったんですけどね。
 

 
ナレーター:  藤田さんが飛び込んだのは、兵庫県の山深くにある安泰寺(あんたいじ)。自給自足の暮らしをしながら、ただひたすらに坐禅するという道元の教えを実践する修行道場でした。それまで坐禅をしながら、禅の課題―公案(こうあん)を解くことで悟りを得ようと修行をしていた藤田さん。道元の坐禅は、それとは異なりました。共に修行する雲水たちと田畑を耕したり、広大な山の手入れをしたり、四季折々の作務(さむ)と坐禅に明け暮れる毎日を送ります。卒業を目前に大学院を辞め、研究者としての将来を捨てて入った修行の道。藤田さんは坐禅に対する考え方を根底から揺さぶられることになりました。
 

 
藤田:  一日の流れとしては、朝起きて坐禅をして、それから食事を頂いて、午前中作業―禅でいう作務(さむ)ですね―お昼を頂いて、また作務。で、お風呂に入って、夕食を頂いて、夜坐禅して寝る。まあスケジュール的にいうと、朝晩坐禅して、三食頂いて、それ以外は畑か水田か、あるいは山で作業する。で、毎月摂心(せっしん)と言って、そういう作業を一切止めて、食事以外はずっと坐禅をするというのを、五日間と三日間を毎月やる、という。普通の日常の生活の中に、坐禅が自然な生活の一部として組み入れられているわけです。だから好むと好まざるに関わらず、時間がきたら衣を着て坐禅堂に行って坐る、と。
 
山田:  安泰寺にいらっしゃった時の坐禅というのは、期待されたようなものだったんでしょうか。
 
藤田:  安泰寺以前は、何か「悟り」とか、「見性(けんしょう)」と言われているような、何かそういうものを得ようと思って坐っていたわけですよ。何かそういう体験というのか、ブレークスルー(breakthrough:難関突破、科学的な大前進)みたいなものが起こるのではないか、ということでやっていたんですけど、安泰寺はそういうことがまったく話題にも上らないというか、坐るということが一番大事だ、ということですね。ただ坐る坐禅ですね。いわゆる只管打坐(しかんたざ)(ただひたすら坐禅にまかせる修行)と言われている坐禅を、指導者である堂頭さんも同じようにするわけです。勿論そこは深浅―深い浅いの差はあるかも知れませんけど、やることはまったく同じですね。しかもそれは「ただ坐ることが悟りである」というようなことで、「悟りというなんか特別な体験を目指してやるわけではなくて、坐ることが悟りである。坐るという営みが悟りの表現である」というような、それまでは自分が思っていたものとは、かなり違う内容を持ったものが坐禅だ、ということだったので、切り替えるのに僕は少し苦労したと思います。性格的には、僕はそれまで高い目標を立てて達成して、というようなことが、割に得意な人間だったので、逆にそれが自分の誇りでもあるし、そういうものだというか、上手くできるだけに、そういうパターンに嵌り込んでいたんじゃないかと思うんです。どんな困難があろうとも、それを克服していって、最後にそれを得て、今までとは違う自分になる、というような、ザッと言うとそういうイメージですよね。
 
山田:  そういう形で作務と坐禅を、ずっと別に大きいな変化もなく繰り返していく。そういうことの中で、藤田さんの中で坐禅について、どういう変化が起こってくるんでしょうか。
 
藤田:  とにかく安泰寺は坐禅をする時間が多いんですね。特にさっき言ったような摂心は、一日ほんとに五十分坐るのを十四回、朝の四時から番の九時までやるわけなんですけど、とにかく身体的にもきついし、それから心理的にはやっぱりくたくたになるような、非常にきつい坐禅だったですね。頭の中では、なんかそういう坐禅ではなくて、これだけやっているんだからだんだん上手くなって、スカッとした坐禅になるんじゃないかと思ったけど、いつまで経ってもならないわけですよ。だからますます僕が理想に描いている坐禅と、現実に自分がやっている坐禅の格差というか、ギャップが大きくなっていったわけですよ。特に足が痛い。身体的な苦痛というのが一番僕には問題だったんですね。
 
山田:  長く坐るから余計なんでしょうね。
 
藤田:  一応安泰寺に入る時に、今までやってきたことはみんな捨てて、というか、こっちへ置いて整理して来ていた筈なんですけど、やっぱり心の中には残っているわけですよ。未練ではないけど、そういう執着みたいなものがね。だから時々、「友人が教授になった」とか、「本を出した」とか、そういう自分がやりたかったことをやっているというニュースが入ってくると、そういう俺は田圃で草を取っていたり、暑い炎天下で、何にも悟らないでこんなことしていていいんだろうか、というのはありますよね。「そういういろんな自分が抱えてきたのが全部出てくるから、そういうのは出していいんだ。それを相手にしないで、黙って十年居なさい」と言われていましたから、そうとは思っていましたけど、実際自分の中に出てきだすと、ちょっとそれはそんな簡単なものではなくて。ある時、それにくたびれ果てて、放りだしてしまえ、というか、もういい、と。なんか闘いに疲れてしまって、もうこのまま終わるまで坐ってやるというような開き直りですか―坐禅というのは、痛くない坐禅というのはあり得ない。坐禅というのは痛いんだ、と。だからこの現実を受け入れるしかない、という。受け入れるしかないとも思わない。受け入れざるを得なくなってしまった時があったんですね。その時スポッとなんか抜けたような感じがありまして、今から思うと、抵抗に疲れ果てて、抵抗を止めてしまった、と。要するに、降参してしまったわけです。無条件降参みたいな感じですね。そうすると、不思議なことになんか重荷がフッと取れたような感じがして、それで痛いという感覚はあるんですけど、苦しさみたいなのは大分なくなった感じがして。それは単に頭で考えたことではなくて、体験としてフッと軽くなった。痛みと一緒に居てもいいんだ、と。居られるんだ、ということですね。それまで「あっちゃいけない」と思って、「排除しよう、押し出そう」と思ったものを、そこに置いておけるようになったわけですね。
 
山田:  そういうふうになられるのに、どれくらいの時間が経っているわけですか。
 
藤田:  三年か四年ぐらいかかりましたね。ただ我慢力を鍛えていくんじゃなくて、関係の持ち方を変えていけばいいんだ、ということです。だから別なアプローチが、その時たまたまできたんで、「あれっ!こういうアプローチもあるのか」というような、なんか自分としては、光が見えたという感じがありましたね。
 

 
ナレーター:  藤田さんに転機が訪れたのは三十三歳の時でした。当時、僧侶が不在となっていた「アメリカの禅堂に行ってみないか」と、安泰寺の師匠から声を掛けられたのです。藤田さんが住み込んだマサチューセッツ州のパイオニア ヴァレー禅堂です。ボストンから車で三時間ほど、丘陵地帯の林の中にありました。藤田さんは、安泰寺の時と同じように、四季の移り変わりとともに、作務と坐禅を繰り返す暮らしを始めます。禅堂には現金収入がありませんでした。藤田さんは近隣の人から頼まれる力仕事やベビーシッターなどを引き受けて禅堂を維持しました。辺りがすっかり雪に閉ざされる冬の間は、農作業はありません。動物の冬ごもりのような暮らしだった、と言います。禅堂には遠くからもアメリカ人たちが坐禅の修行に訪れました。藤田さんは、ここで初めて坐禅を教える立場を経験します。次々と質問をぶっつけてくるアメリカの修行者たち。藤田さんは自らの坐禅や仏教理解を改めて問い直すことになりました。滞在は十七年に及びます。
 

 
藤田:  とにかく「ここに行け」ということで、どんな状況にあるのかもほとんどあんまりわからずに、今から考えると、よく行ったな、という感じがするんですけど。その辺りというのは、カリフォルニアと並んで仏教の非常に関心の強い人が多くて、その結果いろんな仏教伝統―南方仏教、チベット仏教、それから禅とか―いろんな仏教の伝統のセンターとか、それからグループとかがけっこうありまして、僕のところに坐禅に来る人たちも、そういうところを経巡(へめぐ)って来ているような人たちがいるわけですね。「今週はここで禅の摂心をするけど、来週はあそこの南方仏教のヴィパッサナ瞑想のリトリートに行くんだとか、その次はチベットのラマの講習会に行くんだ」という人もいましたからね。そこで、「ここはどういうことを教えているんだ」と。「違うとしたらどこが違うのか」というようなことを訊かれたりするわけですよ。ある意味では非常に熱心な人が多かったですね。だから、「お前の言ったことは何でもするから、こうしたら必ず悟れるようなカリキュラムを俺に作ってくれ」という人もいましたね。行ってすぐそういう人がいたので驚きました。そこまで露骨に言うかな、と(笑い)。
 
山田:  だけど、考え方としてはある種明解なわけですね。どういう努力をすればどういう結果が得られるのか。ところがそれはお話を伺っていると、どうも一照さんのやっていらっしゃる坐禅は、そういう形でない、という感じで、それはどうなさったんですか。
 
藤田:  僕も最初はそういう人のようだったわけですよ。僕みたいな人だな(笑い)という感じだったんだけども、その時僕の英語も拙(つたな)かったんですけど、言いたかったのは、「禅の修行とか、特に坐禅というのは、こうしたらこうなる、という意識で計算して、勘定できたり、計算できるようなものに乗っからないものなんだ」ということを言って、「悪いけど、そういうものは作れないよ、と。少なくとも僕は作れないし、そういうものじゃないんだ、と思うけど」と。「じゃ、どういうものだ。それじゃ、どうしたらいいんだ」と言うから、「一緒に考えていきましょう」ということで、「とにかく坐って、どうしたらいいのか、ということも一緒に考えていきましょう」と、その時言ったんですね。
 
山田:  例えば、そういうことについてはできるだけ相手の疑問に答えよう、というふうに気を付けて、
 
藤田:  日本では人に教えるという立場じゃありませんから、自分なりに考えて、自分が学ぶものでしたからね。ですけどアメリカの禅堂に行ったら、出来る出来ないはともかく、立場として役割としては教えて導いていくことをやらなければいけないので、今までと全然違うところにいるわけですよ。しかも日本語じゃなくて、英語でやらないといけないということで、英語の仏教書を読んだり、それからもう一回自分が、どういうふうに教えというか、仏教というものを捉えているか。禅というものを捉えているか。あるいは自分のやっている坐禅というものはどういうものなのか、よく伝えるためにどういうものなのか、をもう一回考え直さなければいけない。考え直しと学び直しというのが必然的に要求されましたね。
 
山田:  「ある結果を得たい」と思っているアメリカの人たちにとっては、道元禅師の坐禅というのは、とても分かり難いと思うんですが。
 
藤田:  そうですね。「じゃ、何を目指してやればいいのか」と、よく訊かれましたね。
 
山田:  それはどういうふうになさったでしょうか。
 
藤田:  いろいろ言いましたけど、繰り返して言ったのは、「坐禅をするというのは、坐禅の尊いところは何か、というと、自分の意識で、認識できる範囲で良かったとか、悪かったとかということじゃなくて、良かろうが悪かろうがともかく坐り続けたという、そっちの事実のほうが大事なんだ」ということです。「こういうものを下さい」と言って、手を出すんです。もう形ができているんですよ。喩えていうと、質問する側は、「こういう答えを下さい」と言って、手がもう円いもんだろうと期待して格好している。例えば四角なものなら、こうとかね、期待している答えがあるんですよ、ある程度。僕の役割は相手が期待する手の形のものに坐禅を形作ってスポッと入れてあげて、満足して持って帰ってもらうことじゃないです。ここに出している手をズーッと辿っていって、ここにいる自分、こういう形の手を知らないで出してしまっている自分をもう一回見てください、という、そういう答えを出してしまうわけですね。禅というのは、今言ったように手の中に相手の手が期待している形の答えを与えるんじゃなくて、ズーッと辿って、手を出しているお前は何なんだ、という。己を問う、というやつですね。道元禅師も、
 
     仏道をならふといふは自己をならふ也
        (『正法眼蔵』現成公案)
 
と。仏道を学ぶということは自分を学ぶということなんだ、ということですね。別のところでは、「仏のみが自分とは何かを知っている」というふうに、そこに書いてあるんですね。「仏の知っている本当の自分とは何か」というと、そこのところでは「尽大地(じんたいち)」悉く、尽とは尽くすですね、大地は大きな地面です。全宇宙のことですよ、今の言葉で言うと。「仏の知っている己というのは、本当の自分というのは、全宇宙である」というふうに書いてあるわけですね。だから「自分とはこれだ、と思って、これが何か、というふうに言うんだけど、行き着くところへ行き着いてみると、自分というのはここで収まらないで、全宇宙まで根を張っているというんですか、繋がっているものだ」ということがそこでは書いてあるわけです。坐禅も、「坐禅をしているのは、この小さな自分が坐禅しているのではなくて、全宇宙が坐禅している、あるいは全宇宙と一緒に坐禅している」という言い方をされるんですね。こういう表現ではないですけど、言わんとするところは、そういうことじゃないかと思うんですね。だから坐禅の絵を描けといった時に、普通僕らが、一人の人間が坐っているふうに描いて、これが坐禅です、というんですけど、道元禅師の教えの中では、これは足らないんですよ。太陽がないじゃないか、月がないじゃないか。山は、川は、大地は他の人は、ということで、結局全部描かないと坐禅じゃない、ということになるわけです。その言い方を延長していけば。
 
山田:  自分が大自然のその中に置かれている。その姿として、そこに坐っている、という状態になるという、
 
藤田:  そうですね。自分が「ああなろう、こうなろう」と思って、いくら一生懸命やっても、それは自分が指図しているわけですよ。「大自然という働きに親しむのである、と。大自然の働きとして自分がある」という事実を掛け値なしにそこで表現するのが坐禅なわけですよ。足を組むということで移動の能力を一旦放棄し、手を組むことで道具の操作する能力を放棄し、坐禅している時は掛け値なしに、いつもそうなんですけど、特に掛け値なしに―というのは、自分の思いで体とか使わないことですから、心臓は心臓のペースで動くし、胃は胃液を分泌して消化するし、脳味噌はいろんな思いを分泌するし、そういう状態がどういうことなのかを言葉を超えて味わっている。そういうのが坐禅だ、ということですね。だからそういう意味では、最初に出てきたように、普段と違うモードという。
 
山田:  だけど、普段と違う形になりながら、でも本来自分の姿であるものを感じている、と言えるかも知れませんね。
 
藤田:  そうですね。坐禅の立場からすると、こっちの方が本来で、普段手足が動いているのは非常事態みたいなものなんですよ。
 

 
ナレーター:  藤田さんは、人々から訊かれる「坐禅とは何か」という問いへの答えを、自ら坐ることで探り確かめてきました。そこから生まれてきたのが、独特な坐禅への誘(いざな)い方でした。
 

 
藤田:  もう一つ大きな転機というか、経験だったのは、ある時合気道の道場でこんな大きな人たちを相手にドッタンバッタンと合気道をやるところがあったんですね。僕は大学、大学院時代、合気道をズーッとやっていて、非常に大事なものだったんですけど、暫く安泰寺ではできないからブランクがあったんだけど、アメリカに行ったら道場がありまして、やったんですね。くたくたになって帰って来て、だけど坐禅する時間だからというので―その時独りだったんですけど、どうせろくな坐禅にはならないだろう。疲れているし、眠くなるだろうし、あっちこっち痛いしと思って、こう何の期待もなしに、フッと坐ったんですね。暗い夕方だったんだけど。そうしたらあに図らんやもの凄く透明な感じの坐禅だったんですよ。眠くもないし、非常に楽だし、坐っている感覚がほとんど感じられないような、何かそういう感じだし、えっ!という感じですね。何にも思い入れとか、そういうことなしで、普段よりももっと無しで坐ったわけですよ。もう一つは、関節をあらゆる形でほぐしてもらう―技を掛けられることで、いろいろやりますからね―ほぐされた状態で坐ったから、どこにも滞りがない、というような感じで坐れたんですよ。ほぐれた体と、あんまり知識というか、坐禅はこうあるべきだ、みたいな、ああいうものがない。ケロッと忘れちゃっているような状態の方が返って坐禅が坐禅になるんじゃないかという、一つの洞察というか―が起こったことがあって、心と体はある条件で坐れば、別に意志の力で綺麗に坐れるぞ、とか、寝ないぞとか、思いを浮かばせないぞというふうに、強(し)いて取り繕わなくても、そういうふうなことが起こるんだなあということですよ。道元禅師の書いたものの中に、まさにそういうことが書いてあって、「不染汚(ふぜんな)」という言葉があるんですよ。強いてどっかにいこうとか、強いてこういう状態にしよう、ということもなく、また強いてそういうこともないようにもしない、という。だから結局たくらみなしで、というような状態なんですね。この「不染汚」が非常に大事なんですよ。全員に「合気道の稽古を三時間やってから」なんて言ったら、趣旨が違ってきますからね。普段の緊張の方向に行く体の使い方とか、心の使い方を転換していって、そのままスーッと坐禅に入っていけるような、そういう流れがないかな、ということで、そういうのはその頃にそういう体験が一つのきっかけで思い出したことなんですけどね。
 

ナレーター:  藤田さんは、五年前アメリカから帰国しました。海外の仏教書の翻訳にも取り組み、さらに広い視野から仏教や坐禅を探求しています。企(たくら)むことのない坐禅、それをどのような道筋で深めていけばいいのか。大学時代から学んできた心理学や野口体操、アメリカで出会ったヨガやボディワーク、さまざまな心と体の探求方法を組み合わせ、坐禅へのアプローチを模索していきました。藤田さんの坐禅会。体をほぐす体操の最後は、順番に手を当てて、心と体をしずめていきます。
藤田:  下に来るにつれてだんだん無色透明になってくるわけですよね。
 
ナレーター:  手を当てた場所でそれぞれ異なる心持ちを味わいます。
 
藤田:  こうシ〜ンとした感じね。心をしずめようと思っていなくて、独りでにしずまってくるこういう状態。坐禅とか何とか言っていないけど、これ坐禅している。あるいは普段坐禅やる時よりも、本来の坐禅のような状態になっているんじゃないか、と、僕は思うんです。
 
ナレーター:  坐禅会は体操から途切れることなく、坐禅へと入っていきます。
 

 
藤田:  日本に帰って来た時、ある人から、「坐禅の本を書いてみないか」と言われて、その気になって書くつもりでいたんですね。例えばこの手の形ですね。この手の形も、どういう基準で重なり具合を表現するとか、もっと補足でいっぱい書けば間違いのない形になるんじゃないか、というふうに思って、それを細かくボディワークとか、ヨガとか、いろんな本を読んだり、先生に訊いたりして書いていたんですけど、それは一言でいうと、坐禅をもっと厳密に作っていく。細かく、ここはこうして、こうして、という感じですね。ある時、はたと気が付いて、これは坐禅を外からつくってしまうようなことになるなと思って、これはダメだ、ということで、日本に帰って来てから、あるヨガの先生に会って、その先生の影響もありましたし、野口体操をずっとやっていて、野口先生の本を読み返したりすることもあって、いろんなことが一つになって、こういうやり方は、坐禅の形は真似ることはできても、中味が坐禅ではないだろう、ということを、はたと思い至って、違うアプローチをしなければいけないということでね。それが内側からある感覚を手掛かりにして、ズーッとあるありようを探求していった結果、自然に背中は伸び、左右にも広がり、眼も自ずから半眼のように見えるけど、半眼をつくっているんじゃなくて、半眼に見えるような目つきになるし、呼吸も特別な呼吸じゃなくて、まったく自然な呼吸をしているんだけど、然るべき道元禅師の言い方だと、「鼻から微かに息が通じている」。鼻から微かに通じさせているんではなくて、ここを微かに息がずっと体全体に通じるような、息になるような、必然的に自然な結果として、そうなるような道筋、手順を考えて、それを表現しないと、坐禅の本にならないじゃないか、と思っているんですね。体が本来持っている、さっき「思いを超えた」とか、「天然自然の」と言ったけど、既に持っている能力が邪魔されなくなったんで、自ずと発揮されて背中が伸びたり、手がこういう形になったり、目つきがそうなったり、呼吸がそうなったりという、そういうことですよね。だから直接何かをすることによって、直接それを実現するんじゃなくて、間接的にある条件を調えた、そういうことが起きるような。だから禅の言葉で、「結果自然成」結果は自然に成就するという言葉があるんです。だから坐禅の姿勢というのは、結果自然成という形で、自然に成立するものでないといけない。『正法眼蔵』という道元禅師の主著の中に書かれている言葉がありまして、
 
     ただわが身をも心をも はなちわすれて
     仏のいへになげいれて
     仏のかたよりおこなはれて
     これにしたがひもてゆくとき
     ちからをもいれず
     こころをもつひやさずして
     生死をはなれ 仏となる
        (『正法眼蔵』生死)
 
と。「体も心も仏の家に投げ入れて、仏の方から行われて」というような表現があるんですね。そういう状態の時には、「力をも入れないで、心をも費やさないで、仏になる」というふうに書いてあるんです。この場合の「仏」というのは、大自然の中にお任せして、そうしたら何も起こらないんじゃなくて、大自然の方から全部只で与えられて、仏の方より行われて、だから力をも入れず、心も費やさずして、仏になるわけですよ。ですから坐禅もそういう形で自然に訪れてくる。こういう形に落ち着くというか、そういう形でできないものかな、と、今は思っていますね。これは大きな変化だと思います。アメリカの時にも、さっき言ったように、何にも期待しないで、ホッと坐ったら、そうなったというのがありましたけどね。はっきり自覚的に思い出したのは日本に帰ってからです。
 
山田:  今実際にやっていらっしゃる体操をやって、いろんな形を取りながら、最後自然にここに手を当てたまま、そのまま坐禅に入るというのは、そういうことを試みていらっしゃる。
 
藤田:  「これから坐禅だ。坐禅をやるぞ」ということもなしに、気が付いたらずっと坐禅に入っているような体験をして貰って、みんながどういう反応があるかなというふうに、一つ実験しているようなものなんですよ。だから坐禅会というのは、僕にとっては実験場みたいなものです。そういう形でできた坐禅というのは、ある理想的な形をこうやって、意識で固めて、それを崩さないぞ、とやっているんではないんですね。理想型というのははっきり決まっているものだったらいいんですけど、坐禅とはそうではないんです。坐禅の正しい形が出来合いの形であるんじゃなくて、その都度正しいやり方があるので、
 
山田:  その都度?
 
藤田:  その都度。坐禅は時々ウトウトしますよ、それは人間ですからね。それからあるどうしても放っておけないようなことがあったら、どうしても浮かんできますから。暫くそれにとらわれて、どうしようかな、こうしようかな、と、こういうふうになっていますよね。で、だけど、あ、そうだ。坐禅してたんだ、坐禅だなというか、傾いているな、とわかれば、元に返るわけです。居眠りしていてもそうですよ。手はこんなになっていて、気が付いてなんで俺はこうなんだろう・・・というふうになってくると。それはまたそれは考え事になるから、もうシンプルに、端的に坐禅に返る。返るのも坐禅なんですよ。これは失敗でダメだなということではないんですよ。こうやって返ってくるのが坐禅、
 
山田:  そんなふうにして坐っておられて、十歳の時に遇った最初の体験としてお話頂いた大きな宇宙の一つだと思われた、大宇宙、
 
藤田:  断絶感みたいな、
 
山田:  それは今どうなっているんですか。
 
藤田:  十歳の時に、無限の宇宙があって、ここに無限小の私が居て、凄く断絶しているというか、わけがわからないというか、そういうふうに感じたのは、私の中にそういう世界を体験させるような何かが芽生えたんだろう。自我が芽生えたんだと言ってもいいと思います。発達心理学ではそういうふうに言いますし、仏教では「我」がポンと自分をそういうふうに自覚した、ということですよ。僕はそれはそれで、あれはあれで、起こるべきものが起こったんだろうと思っていますね。今はずっと言ってきたように、坐禅が開いてくる世界というのは、それと対照的に世界と自分が非常に親密なあり方をしている。切っても切れ離せない関係にあるということを、知的な理解だけではなくて、感情的、あるいは感覚的にも―いつでもじゃないけど―坐禅をする中で感じたことがありますから、あれに匹敵するような、あれとは逆の私と宇宙が繋がっているというか、一繋がりだ、という感覚もありますので、それは人間の世界の体験の仕方というのは多分その両極端をいったりきたりしているんじゃないかな、と思う。どちらのあり方も間違いとか正しいじゃなくて、二つ少なくとも持っておればいいんじゃないかと思う。どちらも理解できるというか、どちらも有りだなあという感じ、
 
山田:  どちらもありという感じなんですか。
 
藤田:  そうですね。どちらも自由に行ったり来たりできれば、もう少し伸びやかに生きられるんじゃないかな、と思っているんですけどね。
 
     これは、平成二十二年七月四日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである