いのちとの出遇い
 
                    光徳寺住職 藤 田(ふじた)  徹 文(てつぶん)
昭和十六年、大阪市生まれ。龍谷大学大学院修了。浄土真宗本願寺派基幹運動本部事務室部長。教学本部伝道院部長を経て、光徳寺住職。本願寺派教使。仏教青年会中央連盟指導講師。著書に「人となれ、仏となれ」「生きるシリーズ一〜六」「蓮如上人に聞く」ほか。
                    き き て 金 光  寿 郎
 
ナレーター:  瀬戸内海のほぼ中央に位置する広島県三原市。市の北部久井町(くいちょう)をお訪ねしようとした三月のある日、濃霧と雪で空港が閉鎖され新幹線での旅となりました。三原駅から車で北へいくつかの峠を越えると、そこには一面の銀世界が広がっていました。今日お訪ねするのは、久井町光徳寺(こうとくじ)の住職藤田徹文さん。藤田さんは昭和十六年の生まれで、龍谷大学大学院を修了した後、浄土真宗本願寺派伝道院の部長や主任講師などを務めて、創建以来凡そ五百年という自分の寺に帰りましたが、その後も法話のために全国各地に出掛けておられます。藤田さんのお話は、仏教の伝統的な言葉を遣う前に、現代の言葉で具体的な事柄を紹介されていますので、仏教が私たちの生活に身近なものとなります。今日は「いのち」という言葉を中心に、仏教の人間観や世界観についてお話頂きます。大きな阿弥陀如来の石仏が見下ろす庭に面した静かな書院でお話を伺います。
 

 
金光:  広島県の三原市のお寺にお邪魔するということで来ましたら、思いも掛けない雪景色の中にあるんでビックリしました。
 
藤田:  そうですね。三原市と言いますのは、ここ二、三年前に町村合併したから、市だということであって、ここでも雪が降りますけども、昼になったら解けるぐらいで、こんなに雪が積もることは滅多にないんです。歓迎の意味でしょうかね(笑い)。
 
金光:  雪景色の綺麗なところへお邪魔させて頂きましたが、で、今日は「いのちとの出遇い」というような題にさして頂いたんですけれども、藤田さんのお書きになったものを拝見していますと、よく「いのち」という言葉が出てきますので、我々は別に意識しなくても、何もしなくてもちゃんと生きているじゃないか、と。息もしているし、お腹が空いたら御飯食べて、何か仕事をして、というのが繰り返しですけれども、どうもそういうのだけを「いのち」というんじゃないような気もするんですが、どんなふうに「いのち」というものを掴まえていらっしゃいますか。
 
藤田:  私は、「いのち」って、みんな「いのち、いのち」と、最近はどこでもいうようになったんですけどね。「いのちとは一体何か」というと案外わかったようでわからんのでね、説明はなかなかし難いですけどね。考えてみたら、私たちの爺ちゃん婆ちゃんやら、日本人のご先祖はどう言うてきたんだろうか、と思った時に、「いのちを大切に」とか、「いのちどうのこうの」という、そういうことがないんですよ、古いのには。どう言うたんかといったら、現在でしたら唯一残っているのが手紙の最後に―手紙も書かなくなりましたけどね―「御身(おみ)大切にしてください」というぐらいですね。普通は、「身をいとう(大切にする)」とか、「身をいとう(大切にする)てください」という。だから私たちの爺ちゃん婆ちゃんや日本人は、「いのち」ということを、「身」という言葉でいうてきたと思うんです。だから、「いのち大切に」じゃなしに、「御身大切に」という、そういう言葉でいうたと思うんです。
 
金光:  ちょっと書いて頂いていますが、それを見ながらお話を伺いましょう。
 
藤田:  もう手紙を書かないから、「御身大切に」という言葉も遣わなくなったけども、大体「いのちを大切に」という言葉はいつから遣い出したんだろうか、と思うと、あまり古くないと思うんです。きっと私、冗談でいうんですがね、「いのちを粗末にするようになってから、いのちを大切に」とこう言い出したんじゃないか、と思うぐらいです。
 
金光:  「御身大切に」というのは、身体に気を付けて、という程度の意味じゃないんでございますか。
 
藤田:  身体だけじゃなしに、いのちの全体を捉えておるんですね。このいのちというものには、いろんな役割やら働きやら、またいろんなものをもっているわけですからね、それを全部ひっくるめて、「身」というておるんだろう、と思うんです。
 
金光:  働きというと、我々を生かしてくださるだけ、息をしている、ということだけでは勿論ないわけですね。
 
藤田:  この「身」というものはどういうものか、ということは、いのちがどういうものか、ということなんですが、「身」というものがどういうものか、ということが、私、わかっているようでわかっていないんですよね。
 
金光:  身体だと思いますね。
 
藤田:  身体もようわかっていないんですよね。というのは、私も最近病気しましてわかった。人間というのは、失ってみないとわからないことが余計あるわけです。若さなんかもそうでね、若い時にお年寄りが、「若さというのはいいな」とか、「若いというのは大事にしないといかんよ」と言われたけども、若い時には「若さ大事だ」と思っていないしね。いつまでも若いつもりでいますからね。
 
金光:  当たり前だと思っていますから。
 
藤田:  だから若さを失ってみて、「あ、若さは大事だな」とこう思います。健康もそうでね、「健康は大事やで」というのは病気した人でないと、病気せんとわからない。下手したら「生きとるのが大事や」というのは、死んだ人が気付く世界かも知りません。だけども、これは死んだら気付かんやろうからね、生きとることが大事だ。このいのちが大事だ、ということは、生きておる間に気付かしてもらわないと間に合わないんですよね。だから「若いのが大事だ」というのは、年取って気付く。「健康が大事や」というのも病気して気付く。生きておることの大事さだけはなかなか死なんと気付かんでは話にならん(笑い)。
 
金光:  そうですね。
 
藤田:  そういう意味で、お互いひょっとしたら、人間に生まれた、人間のいのちを頂いて生まれた、そして何年か生きた。そして死ぬんですね。ところが生まれた時のことは何にも覚えていないですね。死ぬ時のこともきっと本人はわからんだろう、と思います―私はまだ死んでいないからわからんけども。生きとる時のことがわかっておるか、といったら、生きている時も、若い時は「若いということの有り難さ」がわかっていない。元気な時は「元気の有り難さ」がわかっていない。生きている時は「生きていることの有り難さ」がわかっていなかったら、生まれて死ぬまで何にもわかっていないままで人生が終わってしまうんじゃないか、と。もう一遍手掛かりとして、父・母をご縁にこの世に出してもらったこの身を通して、頂いたいのちというのを味わう。だから私の爺ちゃん婆ちゃんは、「身、身」と。だから「生きるというのは、どういうことですか」といったら、身の処し方、身の振り方です。だから、私、よう言うんですがね、話聞くんでも、今の人は頭で「わかった」とか「わからん」とか、「面白い」とか「面白うない」というけどね、昔人は「身に堪えた」とか、「身に沁みた」とか、「身にどうのこうの」と、みな「身」です。またもっというと、生きること、そのことも、身支度をして生きる。身支度をして生きておったんですね。また人生辛いことや苦しいことやら、どうにもならなくなったら、「身の置き場がなくなる」とこう言うていますね。最後になってくると、「身の始末ができなくなる」とか、みんな「身」ですね。それはいのちというものを、私たちよりも具体的に身で味わうておったんじゃないか、と。それは日本人だけじゃなしに、日本の場合は、中国からいろんな文化がきますけれども、漢字でも「身」ということで、いのちを押さえておった、と思う。現在では漢字で書くと、「生命」と書きますね。ところがお経頂いても、古い漢文見たって、「生命」という、こういう字ないんですね、ほとんど―私が知らないだけかも知らんけども―みんな「身命(しんみょう)」とか、「身」です。これは浄土真宗でいうと、『歎異抄(たんにしょう)』という唯円(ゆいえん)という方が書かれた書物の中に、関東の方が京都へ戻られた親鸞聖人を命懸けで訪ねてくるという時は、「身命省みずして訪ね来たりしむ」と。今、話題になっているのは、大相撲の理事になった貴乃花ですね、あの方が横綱になる時に、横綱に推戴された時の決意を法華経の言葉で述べたんですね。どう述べたかと言ったら、「不惜身命(ふしゃくしんみょう)(法華経勧持品)」いのちを惜しまない、という。「不惜」ですから、惜しまないですね。いのちを惜しまない。身命です。だから考えてみると、東洋の文化、漢字文化が中心なんでしょうけども、そこから考えても「身」なんですね。だからもう一遍、「いのち、いのち」というけども、そのいのちがどっかにあるわけでもなければ、抽象的なものではなしに、父・母をご縁に頂いたこの身なんですよ。その身は、年取り、病気し、命を終わっていく身です。そういう身がここに現に生きておる。生きておるというのは一体どういうことか、という、そういう問題も、この身の上で考えたらどうかな、と、そんなことを私は思っているんです。
 
金光:  法華経だと「不自惜身命(ふじしゃくしんみょう)(法華経如来寿量品)」という「自」が入っていますけども、今の人は自分の身体、自分のいのちは自分でどう始末しても勝手じゃなかろうか、というようなところで考える方もいらっしゃるようですけれども、この「身命」という時とか、その辺になってくると、そういう狭い自分ではない考え方として受け取っていらっしゃるようですね。
 
藤田:  そうですね。「身を保つ、身を持する」というか、この「いのちを保つ」ということは、自分で保っているわけではないんですよね。
 
金光:  それはそうですね。
 
藤田:  私、生まれた時は何にもわからんし、いつでも仕事をして自分で自分の食べるものを拵えて、自分で、というわけはないんですよね。結局いろんな方のお世話になったり、いろんな支えを頂いてきておるのであって、本当は「人間生きておる」というよりも、「生かされておる」という方が本当じゃないか、と思うんですよね。ところが私たちは、ある意味では多少自分の口を賄う、お金儲けができるとか、何かできるようになった途端に、自分は自分の力で生きておる、とこう思うんでしょうね。考えてみたら、人間が生きているのは、能力がある。能力はないよりあった方がいいんで、無ければ生きられないでしょうが、それぞれ能力があるから生きておる。また生きる上で資格も問題になるし、またいろんなことが問題になりますけどね、能力があって、資格があって、財力があって、家柄があって、またもっと言えば権利があって、何かがあってというたら、無い人は生きられませんからね。生まれた時は何にもないわけですし、またいろんなものを持っておっても、それが持っておることにならない。資格でも資格をやれなくなる時もありますし、失うてきますからね。すると生きられなくなってしまうけどね。本当は何にもできなくとも、この身はある。ということは、「この身を生かしてくださっておるものがある」ということを想定しないと、この身は成り立たないんですよね。そういうことを考えたら、「生きておる」というても、それもいいんでしょうがね、「生かされて生きておる」というのが、より正確だと思うんですがね。
 
金光:  「自分一人で生きている」と思う見方と、「自分は生かされている」という見方がもう一つ加わると、自分自身を見る目の見方が変わってきますですね。それまで気付かないで、一人で生きているつもりで上手くいかないとダメだ、と思うでしょうけども、生かされていると思うと、また違った角度からもう一度見てみようという気が起きてくるんじゃないか、という気がしますが。
 
藤田:  人間というのは、「一人で」という時は、結局良い時も悪い時も一人相撲ですから。だから良い時は何とかなっておるようだけども、生きれなくなったら、自分で自分の身を持て余すというかね、身の置き場がなくなってくるんですね。また人間はなかなか自分で自分―私は最近この一月ですけども、眼の手術を三回ほどして見えるようになったんですが、なんぼ眼が見えると言ったって、自分で自分の眼は見えないんですよ。何かが前におってくれて映し出されておるだけであって。だからほんま言ったらこの眼で見ておるんじゃなしに、この眼が見えるようにしてくださるものがあって、この眼が働いておるわけでね。光もなければ見えませんし、鏡もなければ見えませんし、だから自分を超えた何かがある。そういうものを想定しないと、ほんとは自分がわかっている、と言ったって、わかったつもりになっているだけで、どっかで違っているんじゃないかと思いますね。
 
金光:  今、眼の話で思い出しますけどね、自分というものも、自分で自分を見ると言いながら、見ている自分は常に見ているわけですから、自分というのも自分では見えないわけで、周りにいろんなものとか、いろんな方がいらっしゃることによって、自分というものがわかってくる、という。眼と同じような働きというか、性質があるようでございますね。
 
藤田:  だからこの身も、他のものがあるから身が立つんでね。それを私たちは自分の都合、身で言うたら、身勝手でね。都合のいい時は利用しよう。なんかしよう、と思うけども、都合が悪いと関係なく切ってしまうわけですね。周りと切った時には、自分そのものがほんとは成り立たなくなっておるんですね。周りを一切シャットアウトしたら、この眼は働かないんですね。周りがあるから働いておるんで、このいのちも周りがあって生かされて生きておるわけですね。それをどっかでみな都合のいい時だけはお互いに利用しおうておる。逆にいうと、よう考えてみたら、私はほんとに必要にされているのか、と言ったら、都合のいい時だけ、他の人から利用されておるだけ、という、侘びしいことになってしまうんですよね。実は私が、下手したら他の人を都合のいい時だけ自分の都合のいいように利用しておるだけ。
 
金光:  お互い様みたいなところがありますね。
 
藤田:  それが平気なんです。逆にいうと、他の人から利用されているだけなんて考えたら、もう情けのうて生きていませんわね。そうでなしに、お互い利用するとか、せんとかでなしに、自分では気付かなくても支え合うておるとか、助け合うているとか、生かし合うているとか、そういうことになってくると、具体的に、「これに、あれに、この人に、誰に」と言えなくなった時に、私らの爺ちゃん婆ちゃんが、それをひっくるめて、「お陰様」と言ったんだろうと思います。私はいつもいうんですね、今頃は健康もそうですね。「お元気ですね」とこういうんですね。きっと私の爺ちゃん婆ちゃんは、「お陰様で」とこう言ったと思うんですね。今頃は「健康ですね」と言ったら、「ええ、毎日歩いていますから」。歩いただけで健康が維持できてとる。自分の行為だけが自分を成り立たせていると思っているんですね。また「お元気ですな」と言ったら、「いい薬飲んでいます」とかね。そういうなんか自分が、飲んだ、歩いた、何かしたことによってこの健康を維持し、自分の命が維持できておる、という、もの凄い狭い世界です。ほんとはそれだけではないと思うんですね。私たちの爺ちゃん婆ちゃんも健康に気を付けて、身体を動かしたり、歩いたりしておったけどね。人に聞かれた時、「歩いているからだ」とかね、「薬飲んでいるから」とは言わなかったんですね。「お陰様です」「お陰ですよ」と、こう言ったね。そこに大きないのちの世界なり、自分のいのちの背景みたいなものが見えておるんだろう、と思いますね。
 
金光:  そういう意味で、昔の人は食べるもの一つも、「御飯粒残さないように全部食べなさいよ」と、それこそお陰によって生かされている、というところで、食べるもの全部に感謝の言葉を捧げたり、そういう広い世界で生きていた、ということであるようですね。
 
藤田:  そうですね。みんなのいのちを頂いて、初めて私というものは成り立っておる。だからそれが自分の口に合うとか、合わないというのは、第二次第三次の問題で、頂いておることがまず一番なんですね。この頃は頂いておることが抜けるからね。美味い美味くない、好き嫌いだけで、もの凄く粗末にしていますわね。ほんとは人間は感情の動物ですから、また好き嫌いもあるから、どうしても美味いとか美味くないとか、好きや嫌いやというけどね。その前に、頂いておるということを忘れてしまうと、なんか大事なことが抜けてしまうんじゃないかな、と思いますわね。
 
金光:  そうやってお話を伺っていますと、私なんかあまり「お陰様で」というようなことを考えないんですけれども、自分の身体が自分が生きているということをもう一度見直すだけで、随分広い見方が昔あったんだな、ということに気付かして頂けるわけですが、やっぱり昔の方は随分いろんな見方をなさっていたわけですね。
 
藤田:  そうですね。今、私たちが忘れてしまっているけども、いろんな見方しておられたんだろうと思いますね。もうちょっとそれこそ、身で人生味わい、身で感じたり、身で喜んだりね。だから私は悲しむにしても喜ぶにしても、昔は感動したら「身震いした」というわけですね。ああいう喜び方、ただ頭で、「あ、面白い」とかね、「感動した」ということではなしに、身震いしたり、悲しむ時は身の置き場がなくなるというかね、身も世もないという。ああいうことがあったと思うんですね。だからもう少し広い中で、もっというと、お釈迦様はもっともっと広いところで見ておられたんですけどね、そんなお釈迦様までいきなりいかなくとも、私の何代か前の人たちのあり方、すべてが良いことばっかりではない。いろんな問題も含んでおったんでしょうけども、そういうものの見方も、良いところはもう一遍思い出して学んでいかないといかんのではないかなと思うんですね。もっと言いますと、案外私たちはそうやって生かされておるこの身というものが、どういうものであるか。いのちがどういうものであるか、ということも案外わかっていないんじゃないかと思うんですね。今頃、「身」という言葉がほとんど消えてしまいました。で、「体」、「心」、「技」とこういうけどね。それを本当は「身」というものを、「身」によって統括されておるわけですから、それを全体的に捉えていこうと。分けた方がものは考えやすいし、見やすいからね。科学なんかは分類して分類して前へ進んでいくわけですね。けども、現実というか、大きなことを言わなくとも、私のこの身体一つでもほんとは切り刻めないわけです。何年か前に宇宙飛行士の人が言うておられたように、「地球には国境線がなかった」と。仮に線を引いてお互いに自分が管理したり、責任持つ場所を決めておるだけですわね。ところがいつの間にかあれが実線みたいになって、どうしようもない線みたいになってしまうからおかしなことに。私たちは土地でもなんでもそうですが、責任範囲を分けておるぐらいであったり、管理範囲を分けておるぐらいであって、それをどっかでそこだけが自分の世界になったり、それだけが他と孤立して関係なしに存在しているみたいに思う。しまいになったら、私という人間だけが他と関係なしに存在しておるみたいに思ってしまうからね。良い時はいいけども、どうにもならなくなったらやりきれなくなってしまうんじゃないか、と。
 
金光:  今のお話の関連で、「身体」ということに戻して考えますと、今は身体の場合でも、運動の選手なんかに「心・技・体」を調えてというようなことをいうわけですが、ここに書いて頂いている、昔の人が考えていた「心・技・体」という、これを文字で説明して頂くと、どういうことになりますでしょうか。
 
藤田:  まずは「身」というものは、「温もりのあるものだ」と。その温もりのあるもの、というのを「体」というんですね。だから「身体」というのは、温もりです。それは一番単純に言うたら「体温」でしょうし、私が若い時、ラグビーしておって、肥えておりましたからね。暑がり暑がりでね、よう汗かいたんですよ。それが三、四年前に心臓を悪くしましたり、ちょっと病気したんですね。すると、温もらないんですよね。足が冷えたりね。冗談でいうんです。冗談って―半分冗談だけど、半分ほんまですけどね―何と言うかと言ったら、「だんだん身体が寒うなってきた、と。近づいてきたなと、儂は思っている。みなさんも身体が温もらない。寒いということは、近づいておるんですよ。何が、って、何がと言わんでもかわかってくれる」と(笑い)。温もりがあるということは大事なこと。それが先ず一つの基本ですけどね。それだけではなしに、そこにいのちがあるということは、隣におると温かいという。温もりを感ずる。だからあの人と一緒におるだけで、なんか心が温まるとかね、「身がほっくりほっくりする」と、妙好人の源左が言いましたが、そういう温もり、
 
金光:  良寛さんも言われたようですね。居なくなっても温かみが残っている。やっぱりそういう方がお出でになるわけですね。
 
藤田:  温かさを残してその場を離れられるということは、そこに現に生きておった人がおるから。だからもっというと、「一人でおったら寂しいけど、みんなの中におると温かいね、という。だから家に帰ると温かいね」ということは、爺ちゃんも婆ちゃんもお父さんも余計居ったからですわね。今頃家に帰っても自分で鍵開けて一人で居ったら寒いと思ってね、だんだん生き辛くなって、辛くなっておるんじゃないか、と。そういう面からも思うんです。
 
金光:  たまには帰ると寒くなるような、あるいは仲間が一緒に居ても、あんまり温かくない場合もあるようですが(笑い)。
 
藤田:  居っても寒くなるというのは大問題で(笑い)。そういう温もりの感じなくなっていくということ自身が、いのちそのものがどっかでおかしくなっておるんじゃないかと思いますね。だから普通は寂しい時には、仲間と集まるとか、みんなと一緒に暫くおるとかね。すると暫くその温もり貰うて居れますけどね。なんかみんなとうとう帰って心が寒くなるとか、冷えるとかというような、みんなになってしまうと、なんかおかしいと思うんですね。どっかでお互いに、自分一人という枠を拵えて、温もりも余所へ出さないような、そういう生き方になっておるんじゃないか。お互いに私がここにおるということは、温もりを分け合いながら、温み合いしながら、温もりながら生きておるような、そういうことがまず「身体」という。だから、「婆ちゃん、何にもせんでも、そこに居ってくれたらいいよ」という。婆ちゃんは、「儂は何にもできんからすまんのお」というけど、「いやいや、婆ちゃん居ってくれるだけで家の中が温かい」という。そういうものだと思うんですね。それがこの頃あんまり能力やとか、何かできるとか、何かするということをいうから、婆ちゃんが、「儂なんて何にもできん者がここに居ったって若い者に迷惑かけるだけ」と言って、婆ちゃん自身が寂しいことを言い出しますわ。なんか基本的にいのちというものを忘れておるんじゃないか、と。それが「体」です。「身体」ですね。次に「身心」というのは、「心」というけど、心って具体的に何もないわけですよね。
 
金光:  掴まえられませんものね。
 
藤田:  だから脳の働きを心と言っておるのか。昔は心というと、ハート(胸)を言ったけど、今頃は心って頭というか脳の働きなんかですが。もっというと、私ども爺ちゃん婆ちゃん、心というのは「感覚」です。「今日は寒い日やね」とか、「暑い日やね」とか、もっと細やかにいうと、道歩いて居って、「ああ、草が芽を出した。春が来たね」とかね、山見ながら、「あ、夏やな」とか、「秋やな」とか、そういう季節を感じたり、そういうものを感じる。また何にも言わなくとも、「あの人、なんか辛いことあるんだろう」というのを感じ取って、何もないけど行って、黙って、「これ、御菓子でも食べる」と言うて帰って来るとかね。それは感覚があるからですわ。
 
金光:  自分のことしか考えていないと、人のことも気が付きませんね。
 
藤田:  もっと言うと、それは大都会の人だけの話じゃないけどね、大都会の真ん中でいつ夏が来たんか、春が来たんか、冬が来たんかわからん。「なんか忙しい一年やったな」と言うて、一年過ぎたというだけでね。春が過ぎたのも、夏が来たのも、秋が来たのも、全然わからないですね。だからそういうのはなんかいのちとしてどっかで大きな損失をしておるんじゃないかと思いますわね。
 
金光:  やっぱり自分の目の前にあることしか見えていないと、そういうふうに、ちょっと外のことが見えない。他の人間のことも見えない、ということになるわけですね。
 
藤田:  季節も見えないし、人のこともわからない。昔は、「あれ、何して来たんかな」と。「酒飲もうか」と言って、酒持って来て、何にも言わんで飲んで帰った、と。後でよう考えたら、「あ、儂を励ましに来てくれたんやな」とかね、そういうことがあるわけですよね。本当の友だちとか、本当の仲間というのは、寂しい時に何か言いに来るかといったら、何にも言わんと黙って坐って居って、そして黙って「飲め」と言うて帰った。あいつはこんな時にまで酒を飲まして帰った、というけど、月日が経ってみたら、良い奴やなあ、という。そんなことを感じるのは感覚なんです。それが身が持ってる、いのちの持っている素晴らしさなんです。だから暑い寒い痛いがわかるのはいのち、身ですね。温もりがあるのが身。その上に私たちは生きておるということは、いろんな能力を発揮したり、いろんな仕事をしたり、まあ現在のようなお金―経済ということが大事な時代ですからね。仕事するのにはやっぱり技がないといけません。それは仏教ではお釈迦様は、「精進(しょうじん)」というんです。「精進」というと、なんか「精進料理」みたいに思うけど、「精進」は―「精」というのは、「精米」とか、「精勤」とかと言うでしょう。右も左もあっちもこっちもではなしに、「私はこれだけでも」という。「これ一つでも」という。「精」というのは、混じり気がない、ということなんです、字の意味はね。だから、あれもこれもじゃない。これだけでもさして貰おう。儂は何にもできんけども、横へ坐っていてやろう、でもいいわけですからね。そういうことを「精」という。進もうと思うと、間があかない。間を開けないということが進むなんです。だから分かり易く言うと、兎と亀の話みたいに、兎は進んだのではなしに飛んでいったわけです。ほんとに進むのは亀さんのように、ちょこちょこと間を開けずにやる、という。そういうことが、ほんとは身に技が付いてくるいろんなものを「技」というんです。コツコツやっていく間に、自分では気付かんけども、周りの人が見たら、「凄いものを身に付けているな」という。「あれは人の真似できんな」という。そういうのが「技」ですわ。
 
金光:  そうすると、特別力を入れて頑張るという精進とはちょっと違うわけですね。コツコツ続けて休まずにやっていく。それが技を上達させる。それが精進だ、と。
 
藤田:  逆にいうと、いのちを生かす方法というのは、力になっていくわけですね。コツコツやっていることが大事。私は、ああいうことをコツコツやっていく中に、人にわからん喜びもあり、味わいもあり、またその人しかできん技が身についてくるんですね。そういうところに人生というか、生きるということがあるんだろう、と思うんです。表面だけ見てね、上手いこと真似てやろうとか、あれ上手に超えてやろうという、それはその時は上手いこといったようだけども、本当の意味でこのいのちを生かすをものにはなっていない。
 
金光:  そうすると、人と人と比較して、勝った負けたという、そこではないわけですね。
 
藤田:  そこではないんですね。だから周りからみると、何をしておられるんかな、と思うけども、一つ事をコツコツやっておる。それも前へ進んだか、後ろへ行ったかわからんようなね、そういう中に人生の味わいなり、喜びなり、悲しみなりもあるでしょうしね。逆にいうと、それがその人のいのちを生かしておる。いのちを生かす、いのちの中味になっていくわけですね。そういうのを「身技」と。今頃は上切ってしまって、「心・技・体」とこう言いますけどね。それを今バラバラになってしまっておるから、逆にいうといのちを抜きにして、体だけがあったり、心だけがあったり、技だけがあるというようなことになってしまうわけですね。もう一遍総合して、いのちとは何か、身とは何か、という。そういうものの見方。そんなことを私の爺ちゃん婆ちゃんは理屈はわからなかったかも知らんし、理屈言わなかったけども、「身」という言葉で日常会話の中で話しておったんじゃないかなと思うんですね。
 
金光:  それに気付くのには、自分一人で囲ってその中で暮らしておるとなかなか気が付かない。やっぱり周囲との繋がりの中で自然に気が付くし、努力する方向もわかってくるということなんでしょうか。
 
藤田:  そうですね。お釈迦様が気付いたのは、結局何に気付いたかというと、お釈迦様も結局人間のこの身はこういうもんだけども、さっき言ったように、危なっかしいもんですわ。いつ何時死が訪れるかわからない。その身がどこにおいておるかと言ったら、この世に生きているわけですが、この世もいつ何時何が起こるかわからんわけでしょう。いざとなったら、「儂はあれ持ってる、これ持ってる」というけどね、それもどうなるかわからんわけです。だから何にも確かなものがない中で生きておる。その中でその時その時の状況、流れに身を任せながら、ぐずぐずいうて、たまたま自分の思い通りにいっておると有頂天になってみたり、喜んでみたり、思いが叶わなくなると腹立てたり、ぐずぐずいったりするだけで終わってしまっているからね。もう一遍私たちが本当にどこに立ってこの身を生きるか。何を支えにこの身を生きるか、という。そういう問題がお釈迦様の求められたものだと思うんです。
 
金光:  お話を伺いながら、自分一人何とか生きてなんとかやっていかねばならんと思っておると、その自分が頼りにしているものがなくなったら、ほんとにどうすればいいのかな、というところに行き着くわけですが、やっぱり日頃の生き方を自分で見ていると、一人ではなくて、生かされている、ということに気が付くと、自分が頼りにするものも、そちらの方向から見えてくる、ということでございましょうか。
 
藤田:  そうですね。結局自分一人で生きていない。「みんなと」というけどね。みんなというみんなも、仏教の言葉でいうと「無常」というか、常がないわけですからね。「あれ頼りにしておったのに」ということになりますし、「あの人だけは間違いないと思っていたけども、事故に遭われて先に逝ってしまった」とか、いろんなことがあります。お釈迦様が目指されたものは、何があったって私を支えてくれる、というか、そういういのちの世界がないと、この危なっかしい身がほんとに最後まで生きられない、という。ということは、私たちは自分の身というけど、偉そうなこというけどね、結局誰かに支えて貰ったり、誰かが保証人でおって貰わないと生きておれないわけですよね。その保証人が、あの人が私を支えてくれるし、いざとなったらあの人に縋ればいいと思う人も、実はどうなるやらわからん。そういう危なっかしい中で、自分で気付かないうちに、時代の中に流されたり、人の言葉に流されたり、その時その時の状況に流されているわけですね。私たちのこの身はどうなっておるかというと、下手をすると気付かないけども、何もかもが流動しておる中で、我が身も流されて転んでおるだけ。「流されて転ぶ」と書いて、仏教で「流転(るてん)」というているわけですね。「流転の人生」というけど、難しいこというているわけじゃないですね。流されて転んでおる。それもどんなふうに転んでおるかというたら、前へずっと進んでいく転び方ならいいけども、結局ちょっと離れた場所から見たら、同じところをグルグル回っているだけで、一つも前に進んでいない。ただ進んでいるのは皺の数が増えておるとかね(笑い)。そういうことだけが進んでおるのであって、人生そのものは同じとこ。ちょうど輪が同じところをクルクル廻るみたいでしょう。「輪が廻る」と書いて「輪廻(りんね)」というんです。私どもの一番大事なこのいのちが、どういうことになっているかというと、ほんとの意味で支えてくださるもの、ほんとに確かなもの、というものが見えていないと、結局その時その時の状況の中で、流されたり、転んだり、クルクル廻っているだけですね。そういう人生で終わってしまう。「流転」「輪廻の人生」というかね、そういうのを仏教で「迷い」と言っているわけですね。どうしたらそういう人生から脱却できるか。どうしたら私が私のこの身をほんとに前向いて生きられるか、という問題ですわね。だからそれは人と比べて、「勝った負けた、上だ下だ、損や得や」という世界ではなしに、私は私なりに、この身というのは、過去も現在も未来も、また今の世界中を探しても二つないんですよね。だから、私、いつも言うんですが、「天下一品や」と。天下に一つしかない、というんです。そうすると若いのが、「先生、天下一品をもう止めた方がいいんじゃないですか」という。「何でや」と言ったら、「表現が古い」という。どない言うたらいいと言ったら、「only one≠ニ言った方がいい」という(笑い)。どっちにしたってこれ一つしかない。その身を結局は偉そうなこと言うて、上手くいっとる時は調子に乗って、上手くいかん時は当たり散らすだけで終わってしまうからね。ほんとに自分なりに前向いて生きていくような人生。
 
金光:  そのことを文字に書いて頂いているこれを見ながらお話をして頂けますでしょうか。
 
藤田:  私たちが生きておるこの身というか、このいのちがどうして存在しておるんか。どういう中で存在し、どういう中で生きておるんかという、そういうことをお釈迦様が考えた時に、「無量(むりょう)」と書いてありますけど、「量」は、計算できない、計量できない、量ることができない、ということですね。私たちが生きておるこのいのちの場というのは、私たちが見えておる範囲は狭いんです。ひょっとしたら自分の見えているところだけを世界やと思っておって、そこで頑張って、その中だけで、「勝った負けた、上になった下になった、損した得した」と、こう言っておるけども、本当は初めもわからないし、広がりもわからない。そういう広いいのちの中のありとあらゆるものが、みんなどっかで一つ如しに繋がっておるという。それが「縁起(えんぎ)」という。そのことをお釈迦様は気付いたわけです。そういういのちの繋がりが、大きな力になって、すべてのいのちを包んでおってくれる。その個々のいのちは生まれたり死んだり、生じたり滅したりするけども、その大きないのちの世界は変わることがない。
 
金光:  わが身もその現れということですね。
 
藤田:  この身体もそうでね。この細胞なんて、なんぼ長うても何週間か、何ヶ月も生きていないけども、この身体はもっと長いですからね。それをもっともっと広げて考えたら、私のいのちは五十年か百年か、ようわかりませんけども、終わっても、このすべてのいのちというか、量ることができない、計量できないものが、一つ如しに繋がった時には、それこそ永遠性を持った変わることのない、「無常(むじょう)」に対して、それを仏教では「常住(じょうじゅう)」というんですが、常住なる存在だ、という。それが大きな力になっておる、という。その大きな力を名付けると、「他力」と名付けるわけですね。「他」というと、現在では「他人」とか、「他人の力」とか、自分と関係ないものの力、私たちの爺ちゃん婆ちゃんには他人は居らなかったんです。「他人は居らなかった」というとビックリしたような顔をするけどね。「他人がおらなかった、って、居るじゃないか」というが、縁のなかった人はあるんです。同じ時代に生まれても顔を会わすことがなかった。それはご縁がなかった。だからご縁のなかった人は余計あるけども、他人はおらないんですよね。だから、「袖振り合うも他生の縁」という。「袖振り合う」だから、「さようなら」と別れても、ご縁のあった人ですよ、という。それが仏教の見方です。私たちが直接会う人やら、触れる人はわずかやけども、私たちが生きておる場は、見たことも聞いたことも、会うたこともない。もっと言ったら、そんな人がおるか、ということも知らない人も、全部繋がっておる、というわけです。そういう「他」なるものがあって、「他」も無量なる他ですわね。量ることもできん他なるものが一つ如くに繋がって、私を生かす。すべてのものを生かしてくださる働き、力です。「他力」というのは、私を生かしてくださるものの働き、という意味なんです、本来はね。今頃は、なんかいつでも自分の身勝手とか、都合で、関係あるとか無いとか言うてね。だから都合のいい時は、「あんたと親戚やで」とこう言っている。都合が悪くなったら、「兄弟も他人の始まり」という。だから一緒になった時は、「どういうご縁があって夫婦になったのかな」とこう言っている。それが都合が悪くなってくると、「夫婦も元は他人や」とこう言うわけです。人間というのは、もの凄く勝手なことを言っているわけです。ほんとは他人なんておらないんです。「他」とは、私を私たらしめてくださる存在です。その存在は無量なる存在ですね。そういう大きな力が、一つの私のいのちを生かしてくださる法則なんです。お釈迦様が気付いたのは、この法則に気付いたわけですね。私、言うんです。「ニュートンは引力の法則を発見したというけど、お釈迦様はそれよりも二千年ももっと前ぐらいに、いのちが存在しておる法則を発見してくださった」と。その法則に立って、それは色も形もないし、目に見えるものでもないし、私たちの想像を超えたものだけども、そういう大きないのちの繋がりの中で、それぞれが私でしかないいのち―それこそ天下一品のいのちですわ―これを私なりに精一杯生きる。生きておったら、自ずから温もりを他の人に分かち与えることもできるし、生きておったらお互いに人の気持をどっかで感じながら生きる。それがまた私はその人を生かす努力をしているわけでもなければ、力になっておるつもりはなくても、周りの人を生かす力になっておったり、そうすることがあると思うんです。だから仕事ができるからその人は尊い人―できんよりできた方がいいかも知れません―けども、ただ何かできる能力がある。だから生きておる意味があるやなしに、その人がそこにおるということが、すでに意味を与えられておる。誰に与えられておるのか、と言ったら、私を生かしてくださる働き、法に与えられておる、という。それをもう少し人格的に味わうていった時に、浄土系統というか、浄土宗とか、浄土真宗では、それを「阿弥陀如来(あみだにょらい)」とこう言っているわけですね。それは難しいことではなしに、「阿弥陀(アミダ)」というのは「無量」というインドの言葉なんです。「量る」というのを「弥陀」というんですが、また英語で言うたら、「メーター(meter)、メジャー(measure)」と同じ語源です。アーリア人ですからね。「阿(ア)」というと、それが打ち消しになるから、量れないというのは「阿弥陀」。阿弥陀という量ることもできないものが一つ如しに繋がって、私を生かしに来てくださっておる。字で書くと、如から来るから「如来」という。だから「阿弥陀如来」と言うてもいいし、「他力」というてもいいし、もう単に「法」というてもいい。
 
金光:  そうしますと、お釈迦様が亡くなられる前に、「自らを頼りにしなさい。法を頼りにしなさい」とおっしゃった。自分と法というのが、このおれ一人という自分ではなくて、生かされ、法則によって生かされている自分を頼りにしなさい、ということになるわけですか。
 
藤田:  そうですね。法に生かされておる、あなたはあなたのいのちの有丈(ありたけ)を大切に生きなさい、という。それが自らを拠り所にする、という意味ですね。
 
金光:  そういうお話を伺っても、この身はいずれ死ぬわけですね。この世からさようならするわけですが、やっぱりそういうお話を聞いて、「自分は生かされているいのちによって生きているんだ」ということがわかると、生き死ぬの問題についての考え方も変わってくるわけですか。
 
藤田:  そうですね。というのは、私は今たまたまこの身として生きておる。この身はいつか機能を失います。けども、私のこの世を生きておる時は、この身がいのちですけどね。だからというて、この身だけが私のいのちのすべてではない。というのは、私たちがわからん。仏教では、そういうこの身を頂く前の世を「前生(ぜんしょう)」と言っています。前生(ぜんしょう)という時代にどんないのちのあり方をしたか。どこにおったか。どんな姿かそれはわかりません。時たまそれがわかったようなことをいう人がおりますけど、わからない。わからないけども、今この身があるということは、前も必ずあった筈だ、という。無からこの身を生じたわけではない、と。だからそういう意味で、仏教はわかっているから「前生(ぜんしょう)がある」というんじゃないですよ。どんな形をしておったか。どこにおったやら、どうかようわかりません、何も。過去を覚えている人は一人もおらないと思うんです。けども、覚えていないから無いという。私たちは自分の知った世界だけ、自分の頭に入っているだけが世界だと思っておるけどね。ほんとはこのいのちも、私が覚えていなくとも、この身を頂く前があった。また逆にいうと、この身が終わって荼毘(だび)に付すというて焼くわけですが、灰になってしまったら炭酸ガスかなんかになって消えてしましますけどね。だから無くなるかというと、無くなるとは言わないんですね。私たちが今のこの目ではわからないし、今の頭では考えようがないから、どういうところに行くのやら、どうなるやらようわからんけども、無くなるわけじゃない。「後生(ごしょう)」と、後の世があるというんですね。たまたま今はこの身を頂いて、この身として生きておるけども、いのちはわからない前も、わからない後も、この中で生きておる、というわけです。法の中で。だから今はこの身を頂いたからこの身のあらん限り生きて、この身が終わったら、またわからんけども、この法の中で一緒に他のいのちと共に生きる。だからこの身が終わると、すべてが消えてしまってなくなるということではない、という。だからそういうあなたのその身があろうとなかろうと引き受ける、という世界がこの世界だ、というわけですね。その中で精一杯やれる時にやれることを精一杯やって生きていこう。
 
金光:  そうしますと、今の我が身が―この身が法―法則によって、そういう他からのすべての働きを受けて生きているんだ、ということを、この身体で日頃感じられて生き方ができていると、どこへ行こうと、その生き方で生きていけばよろしいんじゃありませんか、と。
 
藤田:  心配ないですよ、という。だから私たちはこれに執着がありますからね。亡くなったら寂しいとかなんとかいうけども、今はたまたまこの身で生きておるという。そのことに今気付かなければいけませんからね。元気な時に気付いておいたら、人間の情から言うたら辛いし苦しいことだけども、何の心配もないんだ、と。この世界から一歩も出ない、と。
 
金光:  やっぱり若い人でも、その世界に気が付いてこの世を去っていかれた方はお出ででございましょうか。
 
藤田:  そうですね。私の一回の経験ですが、私は大阪の出身ですけども、大阪からここへ縁があって来た時に、三十二歳で昭和五年だったんです。ある青年が、今からもう十七、八年前もっとなるかも知れませんが、肝臓ガンで亡くなりました。その青年は一人息子でした。大体この頃は大学出たってここは山の中ですから帰って来ません。しかし、その青年は一人息子だから帰って来ておったんです。で、こっちで結婚して子どもができたばっかりでしたけどもね。学生時代、病気した時に、なんかC型肝炎を輸血で貰うたみたいですね。それが出て亡くなったんですけどね。その亡くなる寸前、お母さんが、「一遍顔見てやって貰えんか。本人もなんか会えたそうにしている」と私に言うもんだから、私はもの凄く気後れしたというかね、何故かというと、結婚したばっかりの若い青年が、「もう間がないよ」という話が聞こえてくるわけですね。長うないよ、とわかっているのに、会うた時に何をいうていいかわからんし、どんな接し方していいかわからんし、偉そうなことをいうて、普段はお説教しておっったってわからんわけですからね。もの凄く辛かったんです。けども、お母さんが、「是非顔見にやってほしい。本人も会いたい」と口では言わないけど、何となく素振りを見せるというんですね。私、心を決めて行ったんです。行く前には私なりに、どういう話をしてあげようかな、と。やっぱりできんと言ったって、何も言わんわけにいきませんからね。顔見たらなんか話せんならんと思って、それで行ったんですけどね。やっぱり会うたらなかなか話ができませんでした。何にもできんと、ほんま黙って三十分ぐらい坐っておったぐらいですがね。もう辛くてかなわんから、「もう帰るよ」と言ったら、背中向けた私に、「先生」と呼び掛けて、「先生、また会えますね」と言いました。もうその時に私はハッと思ったんです。もう彼は、自分が死ぬ、ということを知っておるんだな、と。けども、この世界でまた会えると言うたんだろう、という。そういうことを思いました。そして最後の最後、もう一言、「先生、聞かせて貰うておいて良かった」と言った。「何を」というのは、聞きはしませんけどね。こういう世界を聞いておられたから、私は死ねる、と言うたんじゃないかな、と思うんです。人間は何も若い者もそうですし、元気な者も、年寄りもそうですが、やっぱり死ぬに死ねんのですよね、ほんまはね。こういう世界がないと、本当の意味で最後の最後、落ち着かないというか、自分で自分の人生の始末がつかないんじゃないか、と、そんなことを思いますね。大きな大きな世界に出会うて、その中で私は私の有丈(ありたけ)でいいから精一杯輝かして生きるいうか、精一杯いのちの限り生きる、というところに本当の自由があるんじゃないか。仏教ではそれを「自在」というておるわけですが。
 
金光:  いのちというのは、そういう大きな広がり、深い意味を持った世界である、というふうに伺いました。どうも有り難うございました。
 
     これは、平成二十二年五月二日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである