待てない時代にどう育てるか―人間教育を支えるもの―
 
                   基督教独立学園高校校長 安 積(あづみ) 力 也(りきや)
昭和一九年栃木県生まれ。国際基督教大学大学院修士課程(教育哲学)修了。新潟市に創設されたキリスト教主義の私立敬和学園高等学校で教鞭をとり平成二年教頭。平成三年、私立で唯一の難聴児の学校である日本聾話学校から招聘され、難聴の子どもたちに教えるという全く新しい仕事に取り組む。平成七年校長。一二年私立恵泉女学園中学校・高等学校の校長、平成二十年、基督教独立学園高等学校に校長として招聘され、再び男女共学の 教育の現場 へ。現在に至る。
                   き き て        金 光 寿 郎
 
ナレーター:  青い空白い雲、真夏の太陽に照らされた山形県南部置賜(おきたま)地方。南北に走る山並みの向こう、遙かな雲の中に飯豊(いいで)連峰の残雪が微かに見えています。山形県米沢市(よねざわし)と新潟県の坂町を東西に結ぶJR米坂線の新潟県よりに、小国町(おぐにまち)が南北に広がっています。冬は豪雪地帯として知られるところですが、今はトンネルの多い道路が整備されています。そのトンネルを一つ抜けたところに横川ダムがあります。南の飯豊(いいで)連峰に源を持つこの横川を遡ったところ、小国町叶水(かのうみず)に今日の目的地基督教独立学園高等学校があります。今日はこの豊かな自然の中に建てられている基督教独立学園高校の校長安積力也さんをお訪ねします。基督教独立学園高等学校は、この地が自由と独立を大切に守る真理と教えを伝えるのに最適の地だと考えた内村鑑三(うちむらかんぞう)(日本人のキリスト教思想家・文学者・伝道者・聖書学者。福音主義信仰と時事社会批判に基づく日本独自のいわゆる無教会主義を唱えた:1861-1930)の晩年の意思を受け継いで、教え子の鈴木弼美(すずきすけよし)(1899-1990)が、昭和九年に小さな基督教独立学校を成立したことに始まります。その時の教育方針は、聖書と自然と労働に重点をおいて、神を畏れ、天然から学び、労働を好む人、自ら学び平和を創り出す人を育てる教育でした。この精神は今に引き継がれ、一学年二十五名、全校生徒と先生を合わせて約百名が寄宿舎での共同生活を送っています。毎日の生活は、朝夕の礼拝、教室での授業の他に米野菜の栽培、牛豚の世話などの労働教育を受けながら、各自が自己の内面を掘り下げる生活の中で、神を畏れて人を怖れない、真に自由で自立的な独立の精神が養われています。
 

金光:  ここは山形県の小国町という、新潟県に割に近いところのようですけれども、随分自然に恵まれたところでございますね。
 
安積:  ほんとにそうです。ここから飯豊連峰が広がっていますし、こちらは朝日連峰が広がっていて、凄いですね、原生的な環境ですね。素晴らしい場所です。
 
金光:  別に学校のこの周囲は塀なんかも何もございませんけれども、どの位広さがあるんですか。
 
安積:  約十万坪ぐらいありますかね。牧草地があったり、原野だったりがほとんどでしてね、そういう中にあります。
 
金光:  で、この学校に赴任されて何年ぐらい?
 
安積:  まる二年終わって、今三年目にやっと入ったところで、
 
金光:  前に、私、お目にかかった時は、確か東京の世田谷区の学校にお勤めになっていらっしゃるわけですが、
 
安積:  そうです。都会の中に慣れきった生活していましたからね。ここに来て、瘡蓋(かさぶた)がはげ落ちるような感じで、今まで忘れていた感覚が甦ってきたんですよ。やっぱりこの学校で、こういう環境の中で生徒たちが変わっていく姿、凄いことが起こっている。それで高校生というぐらいの存在が持つ可能性というものですか、僕はわかっていなかったな。それが痛烈にわかり始めている。
 
金光:  じゃ、そのお話をこれからゆっくり聞かせて頂きたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。
 
 
ナレーター:  学園の設立五十周年を記念して建てられた記念館の一室でお話を伺いました。
 

 
金光:  こちらの学校へいらっしゃって、まる二年経って、それで三年目に入っていらっしゃるということですけれども、これまでの都会での学校で生徒さんに接していらっしゃったのと、ここへいらっしゃっての違いと言いますか、驚きと言いますか、例えばどういうことがございましたですか。
 
安積:  もう挙げれば切りがないほど、初年度―三年前来た時、まずご く自然に生徒が私のことを「力也(りきや)さん」と呼ぶんですよ。
 
金光:  校長先生でしょう。
 
安積:  そうです。僕は校長をかなり長くさせて頂いたんですけど、ちょっと「安積さん」と呼ばれることはたまにはあったんですが、「校長先生」とか、「安積先生」なんて呼ばれていた。ところが自然に「力也さん」と呼ばれた。最初それ言われた時に、ちょっと恥ずかしいんですが、正直ね、息が詰まっちゃって、「なんだこれ」と。何というかな、後で振り返ると、如何に自分が、いわゆる教師根性というのかな、こびり付いていたもので、そういう感覚があったか、ということがわかったんですがね。
 
金光:  どういう状況で、そういうふうに声を掛けられたんですか。
 
安積:  自然に歩いている時に、ちょっと話し掛けてきた生徒が「力也さん」と自然に言って、僕は、ムッと思ったけども、何とかそれ飲み込んで、普通の顔したんですがね。最初もの凄い違和感だったんですよ。ところがそうだな、一ヶ月経つか経たないうちに、それがほんとに自然になって来て、なんか普段着の自分を認めて貰えた、そういう感じで、なんか初めて生徒からあるがままの人間として認められた、という感じがしましたね。
 
金光:  おそらく校長先生と生徒という感じでない雰囲気の中で自然に出たんじゃないかと思いますが、その他にも何かそういう雰囲気から出てきてビックリされたことございますか。
 
安積:  これも行った最初の四月でしたね。校長ですから二週間に一回は朝の礼拝―朝拝と申しておりますが、そこでお話しようと覚悟したんですが、その最初の礼拝の後です。その時私はかなり本質的な問いを全校生徒に一回ぶっつけたくて、「内面に向かって問うべき問い」ということで話をしたんですね。こういうものを問うていくことの大切さを。で、終わったその日の夜でした。一人の新入生なんですが、「校長先生に話をしたい」と言ってきましてね。校長住宅がそこにあるんですけども、「いいよ」と言って「なんだい」と聞いたら、「校長先生、あんな考え方持っていたら病気になりますよ」と言うんですよ。ウッと思っていたら、彼は、「僕は先生を健康にしてあげたい」と。いやいや、これもまた凄いなと思って、ちょっとこういうぶっつけられ方も初めてで、教師をやっていて初めてですし、非常にストレートに言ってくれる。
 
金光:  しかも本気で真面目に言っているわけでしょう。
 
安積:  非常に真面目に言っている。それで僕は凄く嬉しくなって、僕は言ったの、「い や、たのむ。僕を健康にしてくれ」って。私は自分の中に病んでいる部分があることは凄くわかりますし、弱い部分を持っていますから。でもね、なんかストレートにグッと向かって来るということは始めてでしたね。もう一つ思い出すのは、これは来た最初の年の六月ぐらいでしたね、朝、校舎の方に向かって、私が坂道をゆっくり上がって行きましたら、遠くの校舎の方から一人の生徒が私を見つけたのかな、足早にパッと走るようにして近づいて来たんですよ。男子の三年生の生徒です、その時。私の前に立ちはだかるように止まりましてね、「安積さん!」―ちょっと形相が違うんです―「僕はもう我慢ができません。奴をぶんなぐって叩きのめしてやりたい。僕はどうしたらいいんですか!」と言って、手をこう固めながら震えるような感じでそう言ってきたんです。この生徒は四月頃から「話したい」なんて言って、よく来てくれる生徒で少しわかっていた生徒で、非常に正義観が強くて、少し友だち関係等で悩んでいる問題があることはわかっていたんですが、どうやら堪忍袋の尾が切れてしまったんですね。それでこの学校に入学する時に四つの約束するんですよ。その中の一つがこういう約束です。「暴力で問題解決をしない。そのことを約束できますか」という。ちゃんと校長と面と向かって約束するというのがあるんです。彼は勿論それを知っているわけです。しかしもう堪忍袋の尾が切れちゃった。それでどうしようもなくなって、校長を見つけて来た、という。
 
金光:  それでその問題を直接校長先生に、入学の時に約束した校長先生にまた直接ぶっつけるという。それもまた立派なものですね。
 
安積:  そうです。それで私は、ちょっとどう答えていいかわからなくて、ウッと詰まったんですけどね、一瞬自分の中から出てきたのはこういうことでした。「誰のためにやるのか。自分に問え。本当に相手のためなのか。それとも自分の自己満足のためなのか考えろ」。何だかもう前は女子校だったんで、こんな言葉使いしなかったんですが、ここへ来たら男女共学で、私の男っぽい江戸っ子調が出たりしましてね、それで答えちゃったんです。何故答えたか自分ではわからないです。そうしましたら、パッと火花が散ったような、血走ったような目をちょっと下にやって暫く黙っていました。それで目を開けて、「今日一日、この問いの前で考えます。それで自分で決めます」と言って去って行った。どうなるのかな、と思っていましたら、翌朝また彼が私のところに来まして、非常に穏やかな表情で、こう言いました。「やっと違う問題解決の入口が見えました。やってみます。ありがとうございました。」
 
金光:  それは最初の鬱憤が溜まっている次元とは違う世界が気付き始めた、ということですね。
 
安積:  そうですね。とにかく身体毎ストレートでグッと他者の前に立つという、当たり前のようにここの生徒たちはできる。今そういうことができる生徒は少ないですね。
 
金光:  高等学校ですよね。思春期ですと、そういう問題もあるでしょうし、それからやっぱり人生という問題について、やっぱりそれぞれ考えるところがあるだろうと思うんですけれども、今のようにストレートの質問があるということは、そういう問題についての質問も当然出てきますでしょうね。
 
安積:  おっしゃる通りです。これはある意味では日常的ですが、例えば最初に行った時に直面させられたのは、この子は「ちょっと校長先生と話をしたい」と言いますから、「いいよ」と言って、夜時間をとって、来ましてのっけから私の目をグッと凝視してですね、最初にこう問うたんです。「先生は何で生きているんですか?」。その眼差しを見て、私は、オッとこれは本気だな。つまりその裏で彼が言いたいことは、「先生は何で死なないんですか。何で今のこんな時代に絶望して、教師を辞めて、死なないんですか」。そういう問い。それがあるというのがわかって、その日は夜中まで彼と付き合っていたんですが、心の底に非常に深く自分がここに居ること自体に確信が持てない。そういう不安を抱えている生徒。こういう学校におりますと、非常に内面まで深く見つめるという刺激を受けるようで、そうするとこれはどの時代にもある非常に人間の実存的な根底の不安、怖れにまでいっちゃう子がいるんですね。そうすると本当に存在していること自体の意味にクエスチョン・マーク(?)が付いてしまう。今の時代の子はそうじゃない中で、不安と怖れの中でほんとに存在していいのか、ということを感じていて、これは前の学校でもそうだったんですが、実は根底にこの問いを持って誰かにこれをぶっつけてみたい、という子が多いんですが、ここではほんとにストレートにそれを問うてくる生徒が多いです。
 
金光:  ただその場合ですね、「こうですよ」というような答えは、そういうことを言っ たところで通じないし、本人の問題。何故そういう問題が出てくるのかという、その辺のところをそれこそここに、学校にいる間に本人が自分でも考えるし、それからみんなでそういう問題について話し合うような場が開けているかどうかで随分その先の展開というのは変わってきますでしょうね。
 
安積:  ほんとにそうなんです。
 
金光:  その時はその生徒さんの相手をなさって、いろいろ生徒さんの内面をお聞きになった、
 
安積:  私は聞くことに徹しますし、黙ってその時間を一緒に過ごすみたいなことしかできませんし、ただそういうことをぶっつけてくる関係性を与えられるということの凄さですね。
 
金光:  「基督教独立学園」というような肩書きを伺いますと、一種の教条主義みたいなものが、頭から「学校はどういうところで、こうしなければいかん」とか、何となくそういう雰囲気の学校になるんじゃなかろうか、というような気が何となくしないでもないんですが、その辺はどうなんですか。創立の精神というようなことは?
 
安積:  外向きの言い方がどうかは別問題にして、内容はまったくその 逆なように思います。創立の原点におられる方が内村鑑三という、これは基督教の独立伝道者で、無教会のあり方を創られた方でありますし、明治・大正期の日本の近代化に深い影響を与えた思想家でもある方で、この内村が若き日にアメリカにアマースト大学に留学しまして、そこで志を持ちます。教義としての基督教ではなくて、真理(truth)としての基督教を日本に伝えたい、と。それも欧米の宣教師が入って来ない純朴な日本人の魂に、真理としての基督教を伝えたい。地図開いて、そういう場所として不思議とこの小国(当時小国郷と呼んだ)この辺りが一つの所として候補にあがって、それを日本に戻った時に、その伝道の幻を自分の聖書集会の学生たちに話をして、それに応じて主に東京帝大の学生だったですが、ここに学生が入って来る。その中に創立者の鈴木弼美という東大の学生も入っていたんですが、それで内村の幻が一つ生きてくることになるんですが、この内村が教育に関して文章を書いていまして、それが実に本質を突いているものです。それは今ここで大事にしている言葉ですが、こういう言葉です。
 
読むべきものは聖書である
学ぶべきものは天然である
為すべきことは労働である
 
どんなものを学んでも、どんなものを読んでも、どんなことをしても、この三つ―聖書と大自然と、そしてそこで労働する。この三つがなければ、要するに本来的な人間になれない。それを洞察されたんだと思います。
 
金光:  それでその鈴木弼美先生のお書きになった今の言葉が廊下にもあったり、あちこちに掛かっているわけですね。
 
安積:  ええ。創立者の鈴木弼美は、このことがほんとに深く心に落ちて、そしてこの小国に伝道として入って来て―東大の物理学の学徒でいらっしゃったんですが―物理学の真理よりも聖書を学び始めたら、聖書の真理の方が生涯学び甲斐があると言って、そちらに思いを持たれて、それでここに来られて、真理としての基督教を伝えるには、教会よりも、真理探究する学校の方がいい。これはなかなか独創的ですね。それでここに学校を造ろうとして、一九三四年(昭和九年)です。ここに小さな塾を作るという。それが「基督教独立学校」という学校だったんですが、そこから始めまして、その後高等学校にまでなっていくんですが、この創立者の凄いと思うことは、この場所は門も塀もありません。大自然の中の自由な空間ですね。ここでは生徒を監視しようたって無理です。管理ができません、管理なんていう視点では。だからほぼ何をしたければ何でもできる自由な空間に生徒たちを置く。全き自由。悪いことをしたければいっくらでもできる。そういう自由な場所に置いて、そしてしかも先ほどちょっと申しましたけれども、一つの約束―これ「契約の書」と申しているんですが、これを入学時に本気で結び合って、その自由の中で生きさせるというあり方なんです。
 
金光:  それは暴力を振るわないということと、それから、
 
安積:  「四つの約束」というのは、
 
一、酒タバコをしない(のまない)
二、いじめ・いやがらせをしない(つまり精神的暴力をしない)
三、暴力によって問題を解決しない
四、一対一の特定の異性との交際をしない
 
男女共学です。ほんとに近い中で一緒に労働も生活もしていきます。だから豊かな異性への思いというのは十分育てていくことを大事にしているんですが、「一 対一の特定の異性との交際をしない。約束できますか」。この四つなんですね。この四つを本気で約束させて、それでこの自由な空間の中で生きさせる。どこまで嘘のない生活ができるか。こういう課題の前で、ここで三年間生きさせるという、非常に基本的な構造を作って、そして朝に夕に、毎日二回です、礼拝があります。つまりそこで教師と生徒が輪番で、自分で聖書の箇所を決めて、賛美歌を決めて、そして読んで、そして短い自分の思いを語るわけですね。これが朝に夕にあります。日曜日は日曜礼拝もやりますから、そういう場面が年間に少なくとも生徒四回ぐらい回ってくるんです。毎日そういう真理の御言葉の前に立ちます。すべてをご存じの神様の前に立ちます。要するにすべてそういうものが分かる中で、どこまでこの約束を守って、しかも自由な空間を生きれるか。もの凄い厳しい課題。
 
金光:  ということになりますね。
 
安積:  その構造を創立者は作られた。二十四時間のカリキュラム構造の中に、聖書と大自然(天然)、そしてそこで働く労働がある。これみんな嘘のない教材です。人間の側がうまく操作して誤魔化せるような対象でないわけですよ。大自然に働きかけて、労働をして、牛・豚・鶏を飼います。食物―お米を育てます。その中で本当にそのものを尊重しないと食べ物も採れませんしね。深い真理感覚が育つ。そういう構造を作られたんですね。
 
金光:  入学の時に校長先生と生徒さんが一対一で約束をなさる。「これが守られますか」という契約をなさるということですけれども、三年もいるとなかなかそれをずっと守るというのは難しいんじゃないかと思いますが、その辺はどうなんでしょうか。
 
安積:  正直申しますと、私が高校時代にこんなことを問われたら守れないでしょうね。ほんとに厳しいです。で、現実に契約違反は起こります。ところが、私がここに来まして、三年間で、これがどこから発覚するかといいますと、ほとんどが生徒の側から発覚するんです。つまりこんなことをやっていたら、この学園で学ぶ意味がない、ということを、内側で凄い葛藤が起こる生徒が多いようですね。それで苦しみながら友だちに相談して、「お前、やっぱり言って来いや、先生に」と言われて来る子がいたりとかね。
 
金光:  本人がそう言われて来たり、あるいは集団生活ですと、他の人がその問題を取り上げたり、というようなことがあるでしょうね。
 
安積:  それもあるんです。上級生が同室の下級生を見ていて、「これじゃいけない」と言って、下級生に上級生が言って、下級生が「そうです」と言って、「僕は約束を破りました」と言って来る場合もありますね。逆に下級生が上級生の方の中にそういう問題を見て、そしてもうほんとに苦しんだ末、先生に相談に来る、というような場合もあったりして、要するに人を誤魔化せる、場合によって自分すら誤魔化せる。その中でしかし誤魔化してはいけないものがあるという、その感覚で苦しむんですね。それで最後は自分の意思で「契約を違反しました」と言ってくる。
 
金光:  そういう中で、校長先生としては、生徒さん自身の心の動きの方向としては、いろんな外部のものに魅力を感じたりするようなところもあるだろうと思うんですが、どういう方向に進んでほしい、とお考えになりますか。
 
安積:  要するに、この経験で苦しむということは、「良心的感覚」と言っていいでしょうかね、この感覚がやっぱり鍛えられていくわけです。人が見ていようが見ていまいが、悪いことは悪い。これを自分の責任において実行していく。人の前にそれを出していく。こういうことを通して、いわば状況とか人に合わせるということとは違う自分の基点みたいなものが心の核みたいなところにできていく。そこに立って、時代がどう変わり、状況がどう変わろうとも、真実なものに立って生きていく、という。そういう自己形成、内面形成をしてほしい、と願いまして、これが言ってみれば、ほんとの意味で独立した個としての人格になって、ほんとに責任を負える人間になる道だと思うんです。「独立学園」という名前の由来がここにあるというふうに思います。今まで教師経験をしてきて、特に前任校の東京の女子中高一貫校だったんですが、そこの生徒たち相手にしながらですね、校長という立場で聖書を教えるというような課題を負ったものですから、一つの試みをしたんですね。それは答えではなくて、問いをぶっつけていくという。これは「問い甲斐のある問いだ」というものを、何とかして生徒に問うていく。聖書の真理は、教えようとしても教えられない。生きてみなければわからないものなわけですから。それで模索の末ですが、一つの基本的な問いに出会いました。それはこういう問いです。「あなたは、本当のところ何を願っている人間なのですか?」という問いです。これは聖書のお話ですが、旧約聖書に詩編というのがありまして、祈りをポエティック(poetic:詩的)にしたものがいくつもあるんですが、その中の三十七編の詩編の祈り手が言っている言葉に通じるんですね。こう言っているんです。
主に自らをゆだねよ
主はあなたの心の願いをかなえてくださる
(旧約聖書詩編三十七)
 
真実な方に自分の存在を委ねたら、一番の願いを叶えてくださる。心の願いというのは、ヘブライ語の原点の意味は、「心の底の底の底の願い、どん底の願い」という意味なんです。現実は全然違った生き方しかできていなくても、実は一番深いところで、自分はこういう生き方がしたい。こういう人間になりたい。あるいは自分はこういうことがわかりたい。そういう存在をかけたような願いを一人残らず持っている。その願いを叶えてくださる、という確信を持った祈りなんですね。私は心のその意味の深い願いを「最深(さいしん)欲求」もっとも深い欲求と表現して、それで先ほど言った問いをぶっつけていく。これにほんとに今の子たちも引きつけられていく子が多いんです。ただし首都圏の高校三年生と向き合ってやったんですが、率直に言うならば、分厚いアスファルトにドリルでこうやって穴開けていかないと、この問いの至る素肌みたいなところに行かない。で、優れていて、いくんですよ。最終的にそこまでいく子がいるんですけどね、もの凄い困難を感じていたんです。ところが、ここへ来て、まるで柔らかい肥沃な黒々した土壌―土、大地です―そこに素手で掘っていくみたいなね、もの凄い手応(てごた)えを感じるんです。それによって生徒は苦しんでいく。少し例を挙げてもよろしいですか。ここは先ほど言いましたように、礼拝の時間に生徒がさまざまな思いを、内面の思いを言葉にするということが問われていきますので、例えばどんな苦しみ方をするか、一人の生徒の例をあげましょう。この子―今二年生になっていますが―去年の一年生の時、ここに来てから、九月の夕拝での話です。食事の後に夕拝を持ちます。そこで彼女は話しました。
 
善い子になりたい。そう願っていた。そう願うのが当たり前だった。そう願われていると思っていた。善い子が正しいと思っていた。善い子として生きてきたつもりの十六年。それは善い子のつもりなだけだった。私はわかっていた。悪い子の私は誰にも見せてはいけないこと。だから私の得意なことは、言い訳をすること、嘘をつくこと、人を裁くこと、そしてすべてを誤魔化すこと。
 
十六年間の自分を振り返って、こういうことをみんなの前でまず言いました。
 
いつのまにか私は自分の中に悪い子がいることを忘れた。そして私は善い子だと思い込んだ。だから私は知らなかった。知っていたのに忘れていた。私の中に悪い子がいるということを。私は全てを誤魔化し、嘘をつくのが得意だということ。気が付きたくなかった。思い出したくなかった。だけどそのことをこの学園に来て、私は知ってしまった。私が嘘だったことを。
 
言葉を変えて彼女は次にこう言ったんです。
 
善い子でいれば愛される。
 
要するに何故自分はこれに気付きたくなかったかということを、その後に言うんですね。
 
善い子でいれば愛される。必要とされる。居る場所ができる。親の前では善い子でいたかった。友だちの前でも善い子でいたかった。自分の前ですら善い子でありたかった。すべてに嘘をつき、誤魔化して、努力してでも善い子がよかった。善い子になりたかった。
 
と言って、こういうことを最後に言います。
 
私の中で声が聞こえる。「もういいよ! 助けてよ! 認めてよ! もっと大事にしてよ!」そう叫んでいる。聞きたくない。逃げたい。見たくない。そうやって耳を塞ぎ、目を閉じる。
 
最後にこう言います。
 
私はいつになったら叫んでいるこの声を聞いてあげることができるのだろう。私はいつになったら本当の言葉を話すことができるのだろう。善い子になるためじゃなく、私になるために、もう一度私と出会いたい。
 
これ一年生の高校生です。ここまでの見つめ方。これは多分他人事じゃないと思う高校生いっぱいいます。善い子でなければいけない。期待された通りに生きなければいけない、という呪縛の中にいる子ですが、これをこうやってこの学園でみんなの前で語ることを通して、彼女は変わっていきましたね。数ヶ月後に―一年生の時です―一月の冬の冷たい雪が積もります。時々雪山の上に日差しがパッと射す時があるんですね、雪の晴れ間にね。そこに立ってですね、身体全体に太陽の光を浴びている彼女の姿があって、いいなと思って、私は時々それを見ていたんですが、その子が一月になってからです。やはり夕拝でした。こういうふうな短い感話を述べました。
 
温かい。光は温かい。太陽は温かい。人は温かい。手を広げ、太陽を背中に浴びながら伸びをした。私の背中は光を受け取る。温かい。私の頬を伝う涙は温かかった。
 
こういうんです。
 
バラバラだった私の心と身体は、また少し元に戻る。温かい。幸せだ。胸一杯に空気を吸う。すべての空気をこの世界に吐き出した。生きている。私はここで生きている。
 
その後です。
 
生かされている。私はこの世界で生かされている。それだけで十分だった。温かい。光は温かい。太陽は温かい。人はみんな温かい。私も温かい人になれるだろうか。
 
ちょっと詩的な内容ですがね。ほんとにこういう変容がこの環境の中で起こってくるんです。私は学びましたね。
 
金光:  善い子でいることが邪魔をしているという自分に気がつく、というのは大変なことですね。
 
安積:  そうです。
 
金光:  しかもその気が付いたということをみんなの前で公にして、
 
安積:  しかも彼女の場合は、今二年生ですけれども、この間また感話をやりましてね、もう新しい問題にいくんですね。「私は結局自分のためにしか生きていない」と言っていました。「何故そんな私が生かされているのか」という問題に直面した苦しさを語っています。次から次へと本質的な問題へといくんですね。心の一番奥底にある願いという、そういうものがあるんだ、ということを。これは大地を掘っていくみたいな感じがありましてね。地面を掘っていきますと、臭いごみ溜めもあります、心の中に。そして瓦礫帯(がれきたい)もあるし砂地もあって、最後は岩盤みたいなものがあって、それをまたかき分けていますと、一番深いところに清らかな地下水が流れている―ここは今滝川の清流が流れていて、岩魚(いわな)が泳いでいるんですが―こういう清らかな地下水脈が誰の心の底にも流れていて、これは創造主からのいのちがそこに流れている。これは聖書の人間観ですけれども。で、そこに誰でも行き着けるんだ、と。本気で自分の内面と向き合っていけば。だから自分の本当の深い願い、それを探っていこうという、そういう方向性が一つ示されながら、こう言っているところが、非常に大きいとほんとに思います。
 
金光:  でも人それぞれいろんな境遇も違いますし、それまでの生活が、「自分はこうだった」というふうな、今みんなの前で話す材料というのは、いろんな形がありますでしょうね。
 
安積:  あります。もうこれ切りがないぐらいに。例えばですね、三年になるまでもう学園の共同体のさまざまな責任を負ってしっかりやってきて、本人もほんとに自分なりに充実していると思っていた三年生が、これも今年度です、ついこの間の礼拝でみんなにも衝撃を与えるような一種の告白の本質を持っているかな、そういうことを話したんです。それをちょっと紹介してもよろしいですか。彼はこう言ったんです。
 
最近私は気付いた。私はロボットになっている。社会の常識と自分の理想と人からの目、それをエネルギーとして動いているロボット。
 
こう言いました。
 
ロボットは凄く楽だった。適当に人に合わせて、少し善い子ぶって、周りに合わせて笑い、周りに合わせて泣き、周りに合わせて喜び、周りに合わせて腹を立てる。自分の意志はないものにした。本当に自分がしたいことは無視して人に付き合った。
 
次にこう言います。
 
いつの間にか人に合わせている自分しかいなくなった。自分の心は濃い煙の中に隠されていた。心なんてなくても生きていける。でも本当に楽しいこともなくなった。これは苦しかった。世界が詰まらなく見えた。
 
二年生までの彼、こんなものを持っているか、と、僕もわかりませんでしたが、実は内面的にはそういう感じ方をしていた。
 
常に自分を忙しくして、暇な時間を少なくした。
 
いろんな仕事を、彼は一生懸命やっていました。
 
忙しくして自分から逃げていた。でも最近そうではないということに気付いた。自分の心は本当はいつも何か感じていた。それを汲み取ろうとしなかっただけだ。煙は払えない。自分では吹き飛ばせない。でも少ししゃがめば澄んだ空気があった。そこからほんの少しだけど、自分の心が見えた。
 
これが彼と一緒に生きてきた私たちにとっては大きな一種の衝撃にもなりましたし、こういうことを語って、言ってみれば役割だけで生きていた自分から本当の自分の感覚や心を持って生き直そうという、そういう変容がここで起こってきている、三年目にしてですけれども。僕はこれを聞いてほんとに嬉しかったし、学びました。
 
金光:  一年目で何か感じる人、二年目で感じる人、三年目で自分の本心に気が付く人、いろんな方がお出でなんでしょうけれども、やっぱりそれぞれの人の持っている問題。それからそれに対する取り組み方、本人の素質みたいなもの、そういうものがない交ぜになって、ある時に表に出てくる、ということなんでございましょうね。
 
安積:  なんか「時満ちる時」というのがありますね。さっき言いましたように、ここでは自分の内面の葛藤を言葉にしていくという機会がとっても多いんで、その言葉でこの生徒は苦しんだ生徒で―今年卒業した生徒ですが―三年生になって、この生徒はどちらかというと、非常に理性的なあり方をし続けてきた生徒で、あまり内面の、特に情感とか感覚的なことは表現しないできた生徒でした。その生徒が三年生の時にこういうことを言いました。
 
寂しいと思っていた。みんなにわかって貰えないとか、そういうことではない。話したいことを話せないからだ。自分の思っている一言を上手く伝えられない。どうして伝えられないのか。誰かの役に立とうとばかり思ってしまうから。自分の思いが形だけのものになりそうでなかなか言えない。
 
次にこう言います。
 
言葉という大きな壁の前に立たされて以来、私は自分に対して寂しいと思っている。でももう少しだけ待ってみようと思った。私の言葉が、私から自然に溢れるようになるまで。
 
ということを言いました。言葉というのは、やっぱり自分の経験が新しい経験をしていって、それによって心の中に何か開けていなかったところが開けながら、思いが出てくる。そういうもやもやした思いがあって、それを言葉にして生きようとしていった時に、ほんとにその人の言葉ありますね。それはなんか不思議と人の心に伝わっていく。彼女がその意味で内面のある実感を持ちながら言葉を出してきた、これきっかけだったわけですが、彼女が卒業式の時に言ったことを少しお話しますけれども、独立学園の卒業式というのは面白いんですが、普通卒業式は卒業証書を渡すのがハイライトですが、独立学園では卒業証書を渡しません。全部終わって帰る時に校長室に来て、「はい、あげるよ」と言って。むしろ卒業式の大事な中心は、一人一人が全員の前に立って、自分の卒業における自分の思いを語るんですね。「卒業所感」と言います。そこで彼女は何を語ったかと言いますと、
 
一歩先も定かではない。深い暗闇の中を強がって、無理矢理進んでいた三年間。目の前にある壁は厚くて、どんなに叩いても崩れはしなかった。しかし多くの真実に触れて、あらゆる事実を受け入れようと奮闘した結果、崩されたのは目の前にあったと思っていた壁ではなく、私自身だった。そして私が見たものは、空っぽで小さく、微力でもなんでもない全く無力な私。そして私が求めた以上の優しさや愛を与えてくれている他者。そして私のすべてを大きな愛を持って受け入れてくれる神様の存在だった。
 
驚きましたね。
 
認めざるを得ない。これらの大きな存在たちが、ゴールのない迷路の中で足踏みを繰り返し、微細な障害物に途方にくれている弱い私を、いやというほど浮き彫りにした。私は、自分の問題を見詰めるばかりで、こんなにも近くにいる他者の闇を理解し、向き合おうともしてこなかった。そればかりか、私が他者に委ねられていた、求められていた何か大切なものを、受け入れた振りをして、投げ捨ててきたのかも知れない。これが自己愛に溺れ、自分だけを守り続けた私に与えられた結果だった、と思う。でも神様は、私が逃げたまま簡単な道に進むことを赦してくれなかった。今私はやっとスタート地点に到達した。これから始まる新たな環境の中で、学園で得たすべてのものが否定され崩されてしまっても、私は等身大の姿で祈り、その中にある本物だけを求めていきたい。真実というものが、こんなにも残酷で、美しく、大切なものであるということを知ったから。
 
これを聞きながら、私は涙が出ましたね、これを聞きながら。やっぱり自分に何か問いを持つという、これは我々大人でもほんとに必要なことだと思いますが、しかしそれは自分のある限界に行き着くまでの意味をもつ。本気で問えば問うほどその答えはよりわからなくなっていく。限界に突き当たった時に、実はその先の世界がある。そこに普遍の世界の真理の言葉が示されていますと、高校時代の生徒でも、はっきりとその世界が自分の問題になっていくんですね。そこに開けていく。そこに基本・基底を置く。普遍に基底を置いて、状況の世界を生きていく、時代を生きていくという。そういう希望を感じさせてくれた生徒の一人ですね。
 
金光:  自分の、いわば表に出したくないような気持を、みんなの前で発表できるような状況になると、顔付きも変わってきますでしょうね。
 
安積:  ほんとにそう。この子はこんな顔していたのか、と、僕は何度も申し訳ないぐらいに経験させて頂いていますが、教室の隅っこや校長室の隅、私の校長住宅の書斎に訪ねてきた子が、今まで誰にも言ったことがないことを、苦悶の中で涙しながら語り出そうとしていく、という。そういう場面に参加をさせていただいて、そこでこう変わっていくんですね、私の目の前で表情が。この子こんな素顔を持ったか、というふうに変わっていく。私はこんなに尊い場面に居させて貰っていいんだろうか、と思うほど、それをいくつも経験させて頂いていて、不思議です。そういうものに触れると、まあ、この歳になっても、私の中に眠っていた真実が引き出されてくる。また深い出会いを、若い魂との出会いを与えられる。教師というか教育に携わる恵み、こういうことがあるのか、と思いますね。
 
金光:  一年で、あるいは二年で、あるいは卒業の時に気が付く子もいれば、あるいは気付かないままで卒業する子もいるかも知れませんけれども、その人その人の自分の内面を見る訓練がある程度できていると、先生の方が、「早くこうなればいいのに」という思いは当然あると思いますけれども、やっぱりそれを表に出して、「早くこうなりなさい」なんて言ったって、とてもそうはならないでしょうから。
 
安積:  金光さんその通り! そこが教師としてどうしようもなく陥っちゃう穴でもあるし、陥ってはいけない穴だと、私、ここまで教師やってきて凄く感じますね。そう感じます。要するに「教育には教えようとしては、ならないものがあるんです」。やっとわかってきました。それが一番教えたいことなんですよ。科学的な真理というものは、これは教えることができます、言葉によって教えられますが、生きることに関わる真理です。愛することや、思いやることや、信じることや、勇気を持つことって、どういうことかって、これは言葉で教えられない。自らがそれを生きてみる。試行錯誤して苦しんでみる。そのことによってしかわかってこない。そうしますと、一体教育の業の本質は何か、と。まあぼんやりとしか見えていませんでしたが、この学校に来て、なんか霧が晴れるように、より鮮明に見えてきた思いがします。それは一言でいえば、「待つこと」なんです。待つことだな。舎監の先生なんかは典型的ですが、生徒が何か苦しさを持ってきて、部屋にいて、何も言わない。でもジッと一緒に居てあげるだけです。で、何か涙ポロッと出して、で、一時間ぐらい居て、「有り難うございました」と言って行くような場面がいくらでもあります。これは何なんだろう、と思うんだけども。やっぱり「存在で聞く」と言ったらいいのかな、あるいは「自分の時間をその子に捧げる。自他共にそこに居る」という。これだけで、生徒は本当の意味で、自分が大事にされていると感じ取るんですね。それでやっぱり逃げないで自分の問題に向き合おうって思えるんだろうと思います。僕は気が短いからなかなかそこまでいかない。恥ずかしいんですけどね。でも、こういう共同体という生活を共にする。しかも人間教育をして、高等学校ですからほとんど大学に行く子たちですが、この少数で共同体的な中で培われる、しかも関係性の中で培(つちか)われてくる。この関係―「待って、聞いて、共にいる」という。これがその子がその子自身になって、深い土台を造る凄い基本だな、と。
 
金光:  でもこういうお話をお聞きになっている方は、そんな、いわば待つというような悠長なことで、今の大学なりに進学していく。そういう社会生活をするのに役に立つ人間になれるんだろうか、というふうに思う方もいるかも知れない。どうでしょう?
 
安積:  わかります。おっしゃっていること。ここはある意味では別世界と言ってもいいでしょう、自然の中にありますから。そういう意味ではそうですが、私はこう思うんです。ここでこういう教育を受けた子たちというのは、ある意味で一つの十字架を負います。それは本質感覚が研ぎ澄まされていくからなんですが、ですからここで普通の大学等に行った時は、当然カルチャーショック的なものを受けている子が出ますし、木でいうならばせっかくここで伸び伸び出ていた枝や葉っぱが寒風に当たって折れちゃうことが起こる生徒もまま出ます。でも見ていますと、大丈夫なんです。幹が太い。そしてもっと根が深い。そうしますと、確実に新しいものが出てきます。それはもう寒風に強いです。つまり復元力です。復元力は十分に育てられていく。それから大学というか、そういうアカデミックなところに入っていって、クリエイティブ(創造的)な思考力と、感性が鍛えられていますから、そしてこういう表現力も鍛えられていますから、もうアカデミックの勉強をしたくてしょうがなくなっていく子が多いんですね。中等教育と言うんですけれども、このレベルが本気でやるべき教育の課題というのは、これじゃないか、と。これを鍛えることでいいんじゃないかな、と願っているんですけれども。
 
金光:  今のお話を伺いまして、「根を養えば木は育つ」という名言吐かれた東井義雄(とういよしお)先生の言葉を思い出したんですけれども、まさに根を養っていらっしゃるわけですね。
 
安積:  教育の使命はそこだろうと本質的に思います。教育には質の違うアプローチが二つ―どちらも必要なんですけれども、私なりの言い方をするならば、「結果を強制していく、きちっとそれを課していく」という教育の姿勢と、それからもう一つは、「深い原因を与えていく」という、この二つあると思うんです。どちらがより本質的な教育の業かというと、やっぱり今は開かなくても、後の十年先、二十年先、三十年先に開く深い深い原因を、一番今この心の柔らかい、身心の柔らかい時に与えていく。これがすべき教育の基本だろう、と思います。これは特にこういう山奥の学校に来ますと、この中で起こっていることというのは、世の中の人は勿論わからないわけですけれども、さっき言いましたけれども、ここで一人の生徒と教師が深い出会いを起こして、その教師の前で生徒が変わっていく、乃至は友だち同士の前で変わる場合もありますが、その姿を見ていくと、私は凄く感じるんです。今この子はほんとに深いところから変わっていくな、って。この子の変容は、遠い将来のこの国の変容に繋がる、って。歴史を少し詳しく見ていきますと、世の中を変えるような出来事の、背後百年二百年前に、必ずそのような志を持った一人の人間が立っていることがあります。だからほんとうのことと言ったらいいんでしょうか、歴史を変えていく普遍性を持ったような出来事というのは、一人から始まる。人間の歴史って、そういう本質を持っている、と思うんです。教育は、本質は一人にかかる。今、目の前にあるこの子と関係する。これ基本中の基本と思います。だからこの子が変わっていくことが、いつの日かこの国がより人間らしい国になっていく。世界がなっていく。そのことに繋がるんだってやっぱり思えるんです。その意味では、教育の業というのは、希望に賭ける業、希望の原理を内包している業だって思います。現実にいろんな辛いこと、教師は多いんですが、そこを見ながら一生懸命生きたいな、って思います。
 
金光:  今のような時代にどう育てばいいか、ということについて、貴重なお話を伺いました。どうも有り難うございました。
 
安積:  有り難うございました。
 
 
     これは、平成二十二年九月五日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである