信ずることの恵み
 
                              作 家 加 賀(かが)  乙 彦(おとひこ)
                              ききて 山 田  誠 浩
 
ナレーター:  作家・加賀乙彦さんは、今年の夏を長野県軽井沢町にある山荘 で過ごしました。精神科医でもある加賀さんは、日本人の心を 見つめる作品を書いてきました。現在は自らの人生を題材とし た小説に十七年にわたって取り組んでいます。加賀さんは、今 から十六年前、五十八歳の時に、カトリックの洗礼を受けまし た。長い歳月をかけて悩んだ末の決断でした。この山荘は、加 賀さんが洗礼を受ける決意を固めた場所でもあります。

 
山田:  今、どういう作品を執筆されていらっしゃるでしょうか。
 
加賀:  今は、『雲の都』という長編を文芸雑誌に毎月連載していまし て、結局、もう十数年一つの作品を書いているようなものなん ですね。これがいつ完成するやら、まったく神のみぞ知る、という状態です。ま あシコシコと毎日書いている。
 
山田:  敢えて言いますと、底を貫くテーマというのはどういうことなんでしょうか。
 
加賀:  それはある意味では私の生きてきた昭和から今の時代、つまり戦争、平和また戦 争というような時代の中で、人間がいろいろに右往左往していく状況というのを 描きたいというのと、もう一つは、私は東京生まれの東京育ちですから、故郷が あるような無いような気持がするんですよ。自分の生家はもう壊されてしまって ね。全然関係がない。そういう状況になってしまいましたものですから、自分の 故郷を書いてみたい、と。その中に自分の若い時からだんだんに成長して、いろ いろな思想にかぶれたり、信仰の道へ入ろうと思ったり、という、この一人の人 間の成長を描いていく、という。ですから主人公には、私自身 の気持ち、思想の変化、成長というようなものを投影して書い ていく。それ二重構造なんです。
 
山田:  今、ちょっとおっしゃいました信仰のこと、今日はそのことを 中心にお話を伺わせて頂こうと思うんですが。洗礼を受けられ たのは、五十八歳という、まあ還暦を間もなくという時期だっ たわけですね。その時、そういう加賀さんの決心を聞かれた周 りの人たちの反応は、どんなだったでしょうか。
 
加賀:  それは、決心したのは五十八歳になった時なんですが、大体日本ではキリスト教 徒になるということはおかしなことのようですね。つまり大部分の私の親しい編 集者とか、小説家にちょっと電話したり、手紙を書いたりすると、いろいろなこ とを言われました。「悟ってしまったら小説なんか書けなくなるぞ」とか、「な んで今ごろキリスト教に転ぶんだ」とか、「ああ、残念だ」とか、要するに喜ん でくれた友だちがほとんどいなかった。何か私が棺桶の中に片足突っ込んじゃっ たような、あるいは悟り済ましちゃって、小説の世界から遠ざかっていくような、 そういう気持でしたね。ですからこれが日本人の一般に宗教者に対する態度かな、 というのがよく解りました。
 
山田:  キリスト教と出合われたのはかなり前のことだ、というふうに 受け取っているんですが。
 
加賀:  はい。キリスト教という宗教に出合ったというより、私の場合 はもともとはここに聖書を一冊持っていますが、若い頃から聖 書を読むということが―これを文学として読むという気持があ って、旧約聖書も新約聖書も二十代は随分読みました。非常に 面白い小説、物語、あるいは歴史というふうに読んでおりまし たね。だからまず最初に言葉ありき、なんですよ。まず聖書があった。その次に 二十代の終わりの頃に、私は医学を勉強していましたから、医学の勉強のために パリ大学へ留学したということがありました。フランスへ行ってビックリしたの は、フランスはカトリックの盛んな国で、ロマネスク(Romanesque:一一世紀か ら一二世紀中葉にかけてフランス南部及びイタリア北部を中心にヨーロッパ諸国 に行われた建築・彫刻・絵画の様式)の教会、ゴシック(ロマネスクに続く美術 様式。一二世紀中頃北フランスにおこり各国に伝わってルネサンスまで続く)の 教会、たくさんの教会、もう小さいな教会一つとっても、日本のどの教会よりも 巨大な感じがした教会が、これはパリ市内だけでもたくさんありますし、ちょっ と旅行してみると、国中にあるんですね。これは何事か、というのと、もう一つ はルーブルへ行って、泰西(たいせい)絵画を見ようと思って行くと、その大部分が宗教画な んです。ルネッサンス以後、だんだんにいろいろな主題の絵が出てきますが、し かし絵画のもともとは宗教画で、その宗教画というのは、私はたまたま聖書を読 んでいたために、「あ、これは聖書のこのシーンだ。これは―」というふうに解 った。それでまた興味を深くしてキリスト教というものは実に奥深いものだ、と いうふうに思ったんですね。でも信仰の道に入りはしなかったんですよ。だんだ ん身近になってきたけどね。身近になってきたけど、どうしてもキリスト教の世 界に入れない。
 

ナレーター:  昭和四年、東京に生まれた加賀さんは、十三 歳の時、名古屋の陸軍幼年学校に入学します。 幼年学校は、将来の幹部候補生を養成するた めの陸軍直属の学校でした。太平洋戦争が激 しさを増すなか、徹底した軍国主義の教育を 受けます。昭和二十年八月、終戦を迎えたの は、十六歳の時でした。加賀さんは、それま で信じてきた価値観が根底から覆(くつがえ)るのを目  の当たりにします。
 

 
加賀:  戦争中ですね、大人たちから、先生たちから、 両親からとにかく「戦争に勝つことが人生にと って最高の価値である」という教育をやられま すと、子どもは軍国少年にならざるを得ないですね。その軍国少年になった人間 が、四十五年八月十五日から数日間で、大人たちがアッという間に、変節するわ けです。「これから平和の時代だ」とか、「軍国主義はもう古い」とか、言い出 す。もう一月(ひとつき)も経つと、大陸軍も大海軍もなくなって、マッカーサーの進駐が始 まった。そうすると、もう大人たちは尻尾を 振って、「民主主義だ」と言い出した。これに は私は驚きましたね。子どもの心に、「なんと いう大人たちだろう」と。「なんという変節漢 なんだろう」と。多くの人たちは、これは政 治家からずーっと先生含めてね。ですから私 はあの時に、人間の心というものは、一夜に してアッという間に、全国民が変わってしま うということがあり得るんだ、という。まざまざと見たわけで すよ。自分の体験として。ですから戦後民主主義の教育を私は 半分受けて、まあ十六歳でしたから。それからまた戦後の教育 を受けるわけだけども、戦前に受けた教育と戦後に受けた教育 が正反対、二つの教育を受けた。そのために比較せざるを得な い。すると、あの戦争中の「軍国主義」「聖戦主義」と言いま すか、「敵を殺すことはいいことだ」という教えは、 すべてひ っくり返されていくわけね。すると、人間の信念とか、あるい は国家の目的とかというものはいい加減なものだ、という意識が私の中へ生じま した。
 

ナレーター:  昭和二十四年加賀さんは東京大学に入学、時代 に左右されない真理を求めて、医学部で精神医 学を学びます。巣鴨(すがも)にあった東京拘置所。加賀 さんは、囚人の治療に当たる精神科の専門医と して務めます。多くの犯罪者に接する中で、加 賀さんの心を捉えたのは、極限状態に生きる死 刑囚の姿でした。死刑囚が収容されたゼロ番区 (収容番号の末尾がゼロの重罪犯の監房)、刑の執行を待つ人々が緊張と不安の 中で日々を送る場所です。ここで加賀さんは、人生に転機をもたらす人物と出会 うことになります。
 

 
加賀:  私は、最初は死刑囚の真理を調べようというような、そういう気持で、つまり一 人の医師が患者を診るという立場だった。私は割と高(たか)を括(くく)って物怖じしなかった ものですから、一層これだけノイローゼの多い死刑囚の人たちを全部見てみよう、 と。医者としてね。だから次から次へと死刑囚の監房を訪れては話し込むという ようなことをやったんですよ。「拘禁(こうきん)ノイローゼ」と申しましてね。正式に言え ば、「拘禁反応」というヒステリーの一種のタイプなんだけども、そういうノイ ローゼが非常に多い。私が出会った死刑囚の八十パーセント位が、そういう状態 になっていたんですね。
 
山田:  例えばそれはどういう症状が出たりするんですか。
 
加賀:  非常に奇妙なんですが、死刑囚は、普通は憂鬱になって、死を怖れて、というふ うに普通の方は考えられるでしょうけど、私が出会った死刑囚は、陽気で多弁多 動、なんか世の中をおひゃらかすというか、そういうタイプの人がいっぱいいた。 ですから死刑囚の監房へ行きますと煩(うるさ)い煩い。みんなベラベラ喋っている。お 経を大きな声で読む。あっちこっちで将棋を打っている。普通は独房同士が話を することは禁じられているんですが、死刑囚の場合は禁ずることもできない。お 互いにわぁわぁ話をしていました。これは非常に特殊な状況だった。しかしその 時、その中に一人、仮にAさんと呼んでおきますが、Aさんという死刑囚に出会 った。このAさんが何故私の興味を引いたかというと、これは全然私の理論に合 わない。つまり死刑囚は躁(そう)状態になるというのに、静かなんですよ。少しの乱れ もない。で、これは不思議だというので興味を持った。何故その他の死刑囚がノ イローゼになっているのに、彼はノイローゼにならないんだろう、というような ことが非常に不思議でしたね。で、頻繁に訪ねて行きますと、彼は実に礼儀正し い男で、正座して、私には、座布団、つまり自分の寝ていた布団を畳んで、座布 団代わりにして座らせて、自分は堅い板敷きの上に正座して、礼儀正しいわけで すな。何回か行っているうちに、彼の独房を見ますと、カトリ ックの本が並んでいる。「あ、貴方、カトリックなのか」「そう」 「誰から洗礼を受けたのか」と聞くと、「カンドウ神父」とい う。カンドウ神父は私がフランス語を習っている先生で、「あ、 カンドウ先生から受洗で、同窓の誼(よしみ)というかな、こんなもの が生じて、だんだんカンドウ神父を媒体として親しい話が進む ようになったんですね。
 

ナレーター:  加賀さんが、A死刑囚と交わした往復書簡を 纏めた ノートです。百通に及ぶ手紙を通し て、二人は、「生 と死」、そして「信仰」に ついて対話を続けました。心の闇を見据えな がらキリスト教の教えに希望の力 を追い求 める。その直向(ひたむ)きな姿勢に心を打たれた加賀 さんは、次第に信仰が人間の心に及ぼす力を 実感するようになります。
 

 
加賀:  魂の問題、宗教の問題、何故貴方は宗教に入ったのか。宗教に 入るというのはどういうことなのか。キリスト教ではどうなの か。私はそういう興味を持って彼と接するようになった。彼の 方は、また一所懸命に私に対して、自分の体験を書いてくれる。 この聖書は、実はAが獄中で持っていた聖書で、私にとって一 番大事な聖書なんですが、その中にいろんなところにAが赤線 を引っ張っている。その赤線を引っ張っているところをまた読 むのが、私にとっては一つの励みになるのですね。彼が赤線を 引っ張ったところに、こういう聖書の文句があったんですよ。 「罪の増すところには恵みもいや増せり」これは文語の聖書で すから。「罪が深ければ深いほど神の恵みは深くなるんだよ」 というところに赤線を引っ張ってある。私は非常に印象深く思 って、これが何か彼の信仰の中心にある。彼は殺人犯ですね。 罪を犯した。その罪を犯したゆえに何か恵みがあった。それは 信仰だ、と。それからもう一つ、聖書の中に大変有名なのは、 「迷える羊」でしょう。百匹の羊が居て、一匹の迷える羊が出 たらどうするか。一匹の迷える羊を捜そうと、みんな夢中になって、そして見つ けたら、大喜びで抱きかかえて、「あ、良かった、良かった」というじゃないか、 と。つまり迷える羊は罪の人間と同じように、何か道を踏み外した人間、神から 遠ざかっていった人間、それがとても大事で、それを見つけた時に大変に喜ぶも のだ、と。これが私にとっては一番大きな教えだったです。Aから得た。そこの ところに赤線が引っ張ってあった。その赤線のところを一所懸命読んだんですね。 何度もなんども。そういうことがありました。その後こういうことがあったんで す。ちょうどAが四十歳の時に、刑が執行されて亡くなった。Aが死ぬ前の日に、 私に手紙をくれて、それは非常に落ち着いた手紙でした。「いよいよ明日自分は 死にます。主の御許(みもと)に参ります。いよいよ明日死ぬという瞬間になって、自分が 少しも心の動揺もないというので驚いています。これはわが信仰のお陰かも知れ ませんし、皆さまのお陰かも知れないし、いろんな方に感謝の念を持ちながら、 あちらに参ります」という手紙なんです。
 
山田:  読ませて頂いたんですけども、ほんとに乱れがない。死を前にした人が書いた手 紙とはとても思えない文章ですものね。
 
加賀:  そうなんです。それは驚きですね。宗教の力か、それとも信仰の力か、それは私 にもうまく言えませんけれども、ずーっと今まで彼と文通をしていたのと同じ調 子で少しも変わらない。「いよいよ死ぬ。怖い。どうしよう」というんじゃない んですよ。そういうの、って、不思議な気持がしますね。そういう死と宗教とい う問題が、彼から教えられた大きな問題でした。で、その問題は実は最近自分が 歳をとって、だんだん死に近づいて来るに従って、これは大変大きな問題、すべ ての人間は死ぬわけです。生まれた瞬間から死に向かって歩き出して行く。そし て今歳をとった人がどんどん増えていますが、その人々は必ず死ぬ。そうすると、 死について今人々は考える時間が非常にたくさんある。その時に宗教の世界で、 死についてこれだけ深く多くの人々が思索し考えてきた、ということを、私たち が学ばないのは勿体ないと思いますね。死というものを中心にして、宗教という ものが生まれているということは、だんだんに解ってきました。それはよく言う んですが、そうすると、「じゃ、死後の世界。死後、天国があるか、無いか」っ ていう、そういうふうにすぐ反応されるんだが、そういう問題じゃなくて、人は 生まれて死ぬ、という。その死ぬ時にどのような死を選ぶかというのは、その人 の自由なんだけども、しかしお手本がたくさんあります、死に方に。その見事な 死に方の一つの真似をしてもいいのではないかというのが、私の気持で、私がA から学んだメッセージは、この頃一つ大きくなってきたんです。ああいう死に方 をしたいですね、私もね。「いよいよ死にますよ、みなさん」と、平然として、 死ねるようなふうになりたい、と思いますね。彼はこういうことを言っているん です。Aは、「これからあちらにまいります。そしてどんな人間もあちらの世界 に自分の愛する人が、誰かいた場合、Aの場合はカンドウ神父のことを考えて いるようですがカンドウ神父がもう向こうにおられると、そのカンドウ神父の もとに行くことが実に楽しい。そういう気持なんですよ。府中のカトリック墓地 に、カンドウ神父のお墓がありますが、その斜め前にAのお墓があります。私は その両方を何度もお詣りしていますけれども、そこへ行きますと、Aが、最後に 親しい人が一人でもあちらにいるということが、どんなに死ぬ喜びを与えてくれ るか、ということでしたね。
 

 
ナレーター:  死に臨む人間に、魂の安らぎをもたらした信仰の力。しかし、その境地に辿り着 くまでの道程(みちのり)は長く険しいものでした。死の不安、神への疑い、そして愛する女 性への思い。刑の執行後間もなく加賀さんは、A死刑囚の複雑な心のうちを知る ことになります。
 

 
加賀:  姫路におられたNさんという女性から手紙がきたんです。「実は私もAさんと文 通しているものです。その書簡をお読みになりますか。生前Aさんは、加賀乙 彦さんと文通していて、死んだらこの手紙を私に見せてかまわない≠ニ言ってい たので」というので、私はすぐ姫路に行ったんですよ。本当に数日後に行ったん です。「読みたいです」と。そうしたら、Nさんが段ボール箱二杯のたくさんの、 それは六百通のAの手紙を持ってこられた。全部ほとんど封書でしたね。読んで 私は一つ大変なショックを受けた。それは私がAと交わしていた内容と、Nさん という女性とAと交わしていた内容が全然違う。このNさんとの間に出てくるA という人間は、やんちゃでね、ユーモラスでね、冗談ばっかり言っている人間な んですよ。子どものような人間。私が知っているAは、どっちかというと、行い 済まして、哲学的な難しい本をたくさん読んで、キリスト教教義についても実に 深い知識を持っている。そういう哲学者めいた人間だったんだけど、子どものよ うな人間が出てきちゃったんです。
 
山田:  文面にそういうことが表れている?
 
加賀:  表れている。まったく違うんですよ、一人の人間が。私は、十六年、Aと付き合 っているわけでしょう。それで十六年付き合って、Aという人間はこうだと解っ ている、と思っていたのが、全然違うAが出てきた。それは私にとって大変なシ ョックだった。人間というのは分からない。いろんな顔を持っていて、ある人に はこちらの顔を、別な人には別な顔を見せる、ということと、それから彼の心の 広さね。それは哲学的なものから人間的なユーモアまで含めた広さ。そういうも のを私は掴んでいなかった。そうしたら暫くしてお母さんから私に手紙がきて、 「『獄中記』、それから彼が読んだ本、全部差し上げたいから車で来てくれ」っ ていう。そのお母さんに会って、全部頂いてきたんです。『獄中記』は、大変分 厚いものでした。それを読んだ時にまたビックリした。『獄中記』を読むのにや っぱり二年位かかったかなあ。
 
山田:  ほおー。
 
加賀:  それは悩めるAというか、信仰の道に入りながら、なおかつ神をどこかで信じら れなくなる、時々ね。そういう本当に暗いAの姿が出てくるんですよ。これ第三 の顔ね。私はその頃、精神科医をやっていて、十五、六年経っていて、ある程度 医師としての自信を持っていたんだけども、精神科の医者が見る人間像というの は、実に表面的なもので、深いところまでなかなか通らない、という反省もあり ました。
 
山田:  それはその時にご自分のやっていらっしゃる科学というか、そういうものに対す る限界をお感じになった?
 
加賀:  感じました。だから心理学者でも私はありましたから、心理学テストというのが ありますね。テストで分かるのは、人間の心理のほんの一部なんです。ほんの一 部、表面的なものだけ。問いに対する答えというものはね。そんなもので人間の 心理が読める筈はありませんし、それから精神分析のほうで自由連想させて、そ うしてそれを分析する。これも私もやったことはあるんですが、しかしそれでも わけが分からない。もっと深い、広く、不可思議な、そういうまるで海のように 深い、深遠なものが人間の心にはある。そのものは科学では捉えられないという ことにだんだん気が付いてくる。今私たちが持っている科学的な知識というのは、 分かった部分を要約して見せて、如何に科学は進歩したか、というふうに、安心 感を覚えているんだけども、私から言わせると、これぐらいしか分かっていない 限界を示しているのであって、その先に無限の暗黒の世界がある。
 

 
ナレーター:  刑が執行された当時、加賀さんは、上智大学で 心理学を教えていました。科学で人の心を解き 明かすことの難しさを知った加賀さんは、大学 を去り、作家として生きる決意をします。四十 九歳の時のことです。昭和五十四年に出版され た『宣告』。A死刑囚をモデルにしたこの小説 は、苦悩に苛(さいな)まれながらも、周囲の愛に支え られて、信仰に至る物語です。十年の歳月を費 やしたこの作品は、それまでの加賀さんのキリスト教に対する理解をもとに書き 上げられたものでした。
 

 
加賀:  『宣告』を読んだいろいろな人が書評してくれて、私の小説としては、割と評判 が良かったんですが、その読者の一人として、遠藤周作さんがおられて、この人 はカトリックの熱心な信仰者です。ある日、遠藤さんに会った時に、「君のは、 なかなかよくキリスト者を書けているけど、あのキリスト者は無免許運転だね」 という。「洗礼を受けていない人のキリスト教の匂いがなんとなくする」という。 私は、無免許運転という意味がよく分からなかったんだけども、自分なりに一所 懸命キリスト者を書いたつもり。だけど、キリスト者の何かが欠けているという ふうに、遠藤さんは読んだんだ、と思います。その後遠藤さんに確かめたことも あるんだけども、要するに、「あれは洗礼を受けていない人間のキリスト教観が 随所にある、という感じだ」と。それからもう一つは、ある時、「キリスト教と 仏教の対話」という講演会を大学で開いた。プロテスタントのほうから北森嘉蔵(かぞう) さんという―『神の痛みの神学』という大変有名なベストセラーを戦後お書きに なった牧師さんですが、その北森さんと私が弁者になって話をして、そして終わ って茶飲み話をした時に、北森さんがそっぽを向いてね―私のほうを見ればいい んだけど、そっぽを向いて、「日本の知識人というのは、山を遠くから見ている。 絶対に登ろうとしない。そういう人がいっぱいいますな。山というのは登ってみ ないと分からない。宗教も同じでね。宗教の知識を五万と積んでも、その頂上に は行けない。見えるけどもね、遠くにね。しかしその頂上へ登ったという、この 行為それ自身が宗教なんですよ」と。これは私には本当にグサッとなんか鋭く心 を突かれるような言葉でした。それは私がそうだった。つまりこれだけキリスト 教についていろいろ調べて、聖書も読み、Aという人間からも教えて貰い、大勢 の神父からもいろいろと聞いているのにも関わらず、何かキリスト教に入らない。 自分とは無縁なところにキリスト教がある、と。それからもう一つ、宗教の世界 に入るのにいろいろな道がある。富士山に登るのに吉田口から入っても、精進口 から入ってもいいでしょう。どっから入っても頂上には行くわけですよ。どっか ら入ろうか、なんて考えているうちに一生終わっちゃう、多くの人は。つまりキ リスト教がいいのだろうか、仏教がいいのだろうか、なんて悶々としているうち に、月日はどんどん経っていって、みんな死の床になった。「ああ、私はキリス ト教でもない。仏教でもない。神道(しんとう)でもない。何も宗教は分からない」って、死 んでいく人が大勢いる。私もそうなるだろうという予感があった。そこで苦しか ったんです、本当にいうと。私はたまたまイエズス会に由来する上智大学で授業 をしていましたから、大勢の神父が周りにおられるから、どの神父に伺ってもい いんだが、ある神父、Kという神父さんと一番親しくなって、なんかちょっとし たことは全部そのKさんに聞いたんです。K神父に、「どうしたらいいか」と訊 きますと、「うーん、要するに、貴方がキリスト教に持っている疑問をすべて私 にぶっつけてご覧なさい。それにはそうだなあ、四日位かかるでしょう」と。
 

 
ナレーター:  昭和六十二年九月、加賀さんは、神父を軽井沢の山荘に招き、妻と二人で問答に 臨みました。キリスト教とはいったい何なのか。神を信ずるとかどういうことな のか。何故自分が信仰に踏み切れないのか。加賀さんは深い迷いの中にいました。
 

 
加賀:  K神父は何を持ってきたかというと、自分の聖書をこう持って、お守りで持って おられて、何を質問されるか、と。私はもうその時は質問をすることは全部書い て、「一つでも回答できなかったら、承知しないぞ」という。だからその後、K 神父が述懐なさると、「あんなに酷い迫害を受けたのが初めてだ」とおっしゃっ たんだけど、私は必死ですからね。ここで疑問が解消されなければ、一生キリス ト教と出会えないという気持でした。「はい、さようなら」という気持でしたか ら。で、一生懸命でしたね。
 
山田:  例えばどういうことを神父にぶっつけられたんですか。
 
加賀:  例えば、一番私が最初に訊いたのを申しますと、「神というのは人類の神である ならば、どうしてイスラエルの民だけに、神が教えをたれたのか」。イスラエル の民、つまりモーセ(Moses:イスラエル人の指導者。前一四世紀頃エジプトに生 まれ、苦役の同胞を率いてエジプトを脱出、シナイ山において神と民との契約を 行い、律法を民に与え、約束の地へ導いた)にシナイ山でもって十戒を授けるで しょう。その後イスラエルの民がエジプトからパレスチナへと行きますよね。「ど うしてユダヤ民族という一つの民族、イスラエルの民にだけに降りたのか」。そ れが疑問だったんですよ。それから、「世の中に悪魔というのは居るのか」。詰 まらない質問もしましたよ。ヨーロッパの絵画を見ると悪魔の耳が尖っています ね。コウモリのような羽を付けていますね。「あんなものほんとにいるんですか」 とかね。それから、「天使に羽があると。あれは解剖的に私は納得できない」と いう質問をしたりね。それは初歩的な質問でしたが、そういう誰でもが本当は恥 ずかしくて質問できないようなことから始まって、だんだんに難しい、例えば「復 活の問題」とか、いろいろな問題に入っていくんですが、今でも私はあの時のノ ートを持っていますが、キリスト教についての私の疑問を全部書いて全部ぶっつ けた。
 

 
ナレーター:  長年科学の道を歩んできた加賀さんにとって、疑問を持ち、それを解き明かすこ とは、自然に身に付いた習慣でした。一日目が過ぎ、二日目が暮れても、問答は 続きました。しかし三日目の昼、加賀さんは、それまで経験したことのない感覚 に襲われることになります。
 

 
加賀:  三日目のお昼近くになって、急に私は、質問がなくなったんですよ。みんな解け ちゃった、私の持っていた疑問が。いくら考えても質問が出てこない。そうした ら急に気持がパアッと明るくなりましたね。身体が軽くなって、フワフワとなん かいい気持になった。これは今でも不思議ですが。そして、「神父さま、どうも 私は気持がこうおかしい。急に明るくなって、軽くなって、何もかも疑問がなく なったような気がします」と言ったら、女房も、「私もそうなっている」という。 そういうのがあって、ほんとに質問がないから、三人とも黙り込んでしまってい るうちに、ちょうど陽が差してきて、パッと明るくなってきましたし、お腹も空 いたし、三人で追分の外れにありますラーメン屋へ行って、ラーメンを食べた。 その神父さまは背が小さくて、いい神父なんですが、大盛りのラーメンを全部お 食べになって、ポンポンのお腹になって、「洗礼を受けてよろしいです」とおっ しゃったんです。

 
ナレーター:  如何なる疑問も浮かばなくなるという初めての 体験。それは加賀さんに信仰への道を開くもの となりました。昭和六十二年十二月二十四日、 クリスマス・イブ、加賀さんは、妻とともにカ トリックの洗礼を受けます。
 

 
加賀:  あるものを信ずるということが、我々現代人にはほとんどないんです。日常生活 において。私たちの日常生活は、「すべて疑え」というところから出発している。 科学というのはすべてまず疑って、そして真理は何か、ということを探した末に、 何かができる。そういう疑って、そして疑って疑って何かを求めていくというの が、私たち現代人の日常生活ですよ。しかし信仰はその先にあるんです。疑わな いんだ。百パーセント疑わない、なんてということは、私たちの日常生活にない んですよ。親友だろうと、我が子であろうと、どっか疑ってかかっている。そし て、「この子は何か隠しているんじゃないか」とか、「お前、何か秘密を持って いるんじゃないか」とかというような、そういう程度の親しみでやっているでし ょう。それじゃないのよ。
 
山田:  信仰のない僕にはなかなかそこのところが解らないのですけども、でも加賀さん ご自身も、結局疑い疑いした結果、そこに行き着かれた。
 
加賀:  そうです。きっとそうだと思うんです。疑いがあって、だから五十八歳位まで、 どうしてもキリスト教の世界に入れない。でも何かの支えはあったんでしょうね。 何か一所懸命神父のところへ通っていましたからね。そして最後に突破する瞬間 というのは今言ったような非常に単純なことで、イエスキリストを百パーセント 信ずるという気持なんです。新約聖書を読んでいますと、イエスがマグダラのマ リアに、「汝の信仰、汝を救えり」と。つまり「あなたは、信じたために救われ たんだよ」という。その「信ずる」ということは何度も出てくるんですよ。それ は洗礼を受ける前に読むと、「ああ、煩いな、また信心だよ」と思っていたんだ が、しかし洗礼を受けた後、それを読みますと、そこが一番重要なんです。そこ が一番重要で、信じた後に必ず良きことが起きているんです。洗礼を受けてから、 私はかえって仏教のお経だとか、親鸞、道元の著作とか、今までよく解らなかっ たものがよく解るようになった。これは宗教者の心として非常に似通ったものが あるんですね。ですから大変有名な本で言えば、親鸞の聞き書きで、『歎異抄(たんにしょう)』 という本があります。これはもう人口に膾炙(かいしゃ)している有名な本ですが、これを読 むと、あの中に、「信心すべし。信心一途(いちず)にあるべし」と、「信」という言葉が 何度も出てくるんですよ。短いみじかい『歎異抄(たんにしょう)』の中に。それが私は洗礼を受 ける前に読んだ時に、「煩い本だ」と思ったんですよ。「何で信心なんていう分 かり切ったことを、何度もなんども親鸞が言うんだろう」と思っていたんだが、 実は洗礼を受けた後は、それが一番大事なことで、そのことを繰り返し親鸞は言 っている、ということに、逆に気が付いた。
 
山田:  そういう意味では、宗教というものを求める人がいたとしたら、それは何を手が かりに、どうすればいい、というふうにお考えになりますか。
 
加賀:  みなさん、多くの方は、「神は居ない」って、平然として、自信ありげにおっし ゃる。「どこに居るんだ。見せてくれ」って。「居ない」。だけどそういう人の 根拠、つまり神を否定する根拠をずーっといろいろ私はしつっこく聞いたことが あるんですが、最後は、「神が居ないという信仰」になっちゃうんですよ。うま く否定できなくなっちゃう。逆も真なりで、「神が居る」という証明もなかなか できませんですよ。私はそういう時は、一つ、人間としては、「賭が必要だ」と 思うんです。「どうなるか分からないけど、こっちへ賭けてみる」という。そう いうことが必要である。同じことが宗教にも言えるのであって、例えばよく聞か れるは、「天国はあるか無いか」ということ。「貴方、キリスト者であるから、 天国があると思うでしょう。どこにあるんです?」という質問をされるんですよ。 「そういうのじゃないんですと。もし天国があるとすれば、これは人生は非常に 美しく楽しいものになる。もし天国がないとすれば、死んで、ただ朽ち果てるだ けで、何もなくなってしまう。霊もない、唯物論者によればね。そして、天国が あるか無いかは分からない。誰も回答できない。そうしたら天国があるというほ うに賭けたほうが得じゃないの」というのは、これは私じゃないんです。これは パスカルが言っている。「パスカルの賭け」というんですね。「パスカルの賭」 というのは、「天国があるというふうに賭けたほうが、うんと百倍も得だから、 私は賭けた」という。ちょっとユーモラスな言い方なんだけども。しかしそうい う面が宗教にはあるんですよ。そこに賭けるという。迷っているんじゃなくて、 賭けてみる。
 
 
ナレーター:  今年七十四歳になる加賀さんは、小説の執筆に取り組む傍ら、 現役の精神科医としても活動を続けています。洗礼を受けてか ら十六年、キリスト教の信仰を得たことは、それまで知識を拠 り所としていた加賀さんの生き方を変えることになりました。
 

加賀:  例えば阪神淡路大震災の時に、急にボランティアになって行き たくなったりする、というのは、やっぱりこれはキリスト者で あるからかな、というふうには思いますね。あの時、あそこで 精神科の医者が少なくて困っている。これは私の友人が神戸大 学の教授をしておられたんで、電話をしてみて初めて分かった んですが、いろんなところに電話した。例えば厚生省にも電話 したし、都にも電話したら、「もう医者が有り余っている。六 十歳過ぎた老医者なんかいらん」と言われる、どこへ言っても。だけど私は、「い や、そんなことはないんじゃないか」と思って、実際現場で働いている人に電話 したら、「すぐ来てくれ」というんで行った。「ああいう心の動きというのは、 やっぱり洗礼を受けたせいかな」なんて、後で思いましたね。ジッとしていられ なくなるわけ。行ってみると、若い医者が全国から集まって、ボランティアで。 で、私のような六十五歳にもなっても、ボランティアで来るなんて、私一人です。 私と同じゼネレーションの医者たちのことを思って非常に恥ずかしかった。何を しているんだろう、と。私のように六十過ぎた医者って、暇な筈なんですよ。ボ ランティアに来たらいいじゃないか、と思ったんですけどね。そんなようなこと は少し変わりましたね。前だったらそんなことを思わなかったでしょう。まずボ ランティアにも行かなかったでしょう。一つ確かなことは、キリスト者になると いうことはキリストの真似をする。人のために何かを尽くす。献身をするという ことが楽しい。だからマザー・テレサは、ほんとに普通の人から考えたら汚れ仕 事を一生懸命にやって、あれがマザー・テレサにとって喜びだったからやったん で、すべてのキリスト者は、人のために尽くす。何かのために犠牲になることを 喜ぶ。そういうキリストに対する信仰なんですよ。キリストのような人間に私も なりたいという、そういうなんか一歩なんです。それが洗礼を受けるという行為 なんです。で、キリストも最初にヨハネからヨルダン川で洗礼を受けた。ですか らキリストが最初にやった洗礼という、受洗(じゅせん)という行為を弟子であるキリスト者 はすべてやる。それから先は長い。ですから、よく誤解されるように、信仰の世 界に入った。洗礼を受けたから何もかも悩みがなくなって、というふうにならな い。そうじゃない。これから悩みが始まる。これから苦しい信仰生活が始まる第 一歩。つまり山を登ろうとしたら、ちょっと山に入って、これから急な坂を登っ て行かなくちゃならないという、それが洗礼を受けるという行為なんです。そし てその気持の中には、喜びがあるんですよ。うまく言えないが、歓喜の心という か。洗礼を受けるというのは、それは要するに、人間の身体を使って何かをする ことなんですよ。単に何もしないで、ものを考える、というのではない。ですか ら、その一歩を踏み出す、という感じですね、何かに。宗教の世界というのは、 そういうところがあって、私が若い時から聖書を読んできて、聖書の知識はある 程度あったと思いますが、しかしその知識を超えたある一歩を踏み出すところに 本当の宗教がある。その一歩を踏み出した時、何が起こるかと言いますと、「今 まで体験したことのない別な世界が見えてくる」というのかな、そういう感じな んです。
 
     これは、平成十五年十月二日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである