勝負師の道を歩んで
 
                             将棋九段 加 藤  一二三(ひふみ)
                             ききて  吉 川  精 一
 
ナレーター: 三月二日、東京千駄ヶ谷にある将棋会館に羽生善治(はぶよしはる)さんや、 谷川浩司(こうじ)さんなど、将棋界の頂点に立つ、十人のA級棋士が集 結しました。この日は名人位の挑戦者を決めるリーグ戦A級順 位戦の最終局です。加藤一二三さん、六十一歳。A級棋士の平 均年齢は、加藤さんを除くと三十六歳。五十歳を超えるのは加 藤さんだけです。加藤さんにとって、この日の対局は、A級に 残れるかどうかの大きな勝負でした。加藤さんの対戦相手は森 下卓(たく)さん。ここまでの成績は四勝四敗で、既にA級残留を決め ています。午前十時、五組の対局が一斉に始まりました。持ち時間はそれぞれ六 時間。勝負がつくのは深夜になります。その時、名人位の挑戦者とA級から陥落 する棋士が決まります。将棋界で、プロの棋士はおよそ百五十人。その成績によ ってA級、B級、C級、そしてフリークラスに別れています。わずか十人のA級 で戦うことは、一流の棋士の証明です。加藤さんは、名人一期を含め、通算三十 五期A級に在籍してきました。現役棋士では最も長い記録です。しかし、最終局 を前に、既に二勝六敗。この対局に勝たなければB級に陥落します。対局前の予 想では、ここまでに既に四勝している森下さんの方が、加藤さんよりも優勢だと 考えられていました。午後十時五十六分、森下さんが投了。加藤さんは、A級残 留を決めるとともに、通算千二百勝の記録も達成しました。東京、千代田区にあ る料亭。ここは加藤さんが、若い頃、大きな勝負を何度も戦った場所です。加藤 さんにとって、将棋とは何なのか、その思いを伺います。
 

 
吉川:  失礼します。
 
加藤:  お願いします。
 
吉川:  何だか緊張致しますね。これから名人戦か何かを対局させて頂 くような感じですね。
 
加藤:  私も何となく。
 
吉川:  よろしくお願いします。この駒、ご覧になっていい駒ですね。
 
加藤:  いい駒です。並べましょうか。
 
吉川:  その気分にさせて頂ければ・・・先生、早いですね。
 
加藤:  私、早いですよ。早いんです。
 
吉川:  音がいいですね。
 
加藤:  はい。
 
吉川:  こういうふうに棋戦の時にですね、大きなタイトル戦の時に並べますよね。
 
加藤:  はい。
 
吉川:  その時の心境というのはどういう?
 
加藤:  そうですね。これから戦いがスタートするわけですから、非常に落ち着いて、緊 張しているわけですよね。少しでもいいスタートを切りたい、というので、一つ 一つの駒並べにも心を込めて並べますね。
 
吉川:  一年に何局も指して、そして、それは〈当然勝ちたい、勝たなければならない〉 というふうな、そういう思いというのは、一般的にはお有りになるわけでしょう。
 
加藤:  そうです。まったくそうで、つまり盤の前に坐った時に、〈もうこの将棋は絶対に 勝つ〉と思って盤の前に必ず坐っています。盤の前に坐っている時に、今日は成 り行きでいいんだ、と思ったことは一度もないわけですよ。今までに数限りなく 激戦を繰り返してきていますけれども、兎に角、盤の前に坐った時には、〈絶対に もう全力投球で、自分の持っている力を十分に発揮して、相手を負かす〉という 気持でおります。勿論、そのために、盤の前に坐る時の前に、対局の前の日とか、 或いは、二、三日前とか、それなりに準備をするんです。ですから、ある意味で は、勝ちたいという気持は、言ってみれば、もう本能みたいなものでして、別に 自分で意識して作り上げていかなくても、自然に持っているものですよね。
 
吉川:  成る程。それがプロのプロたるところかも知れませんが、よく棋士の方々は、「い い棋譜を残したい」という、そういう表現をなさいますが。
 
加藤:  そうです。
 
吉川:  加藤さんの場合は、如何なんですか。
 
加藤:  そうですね。私も対局前の言葉としては、例えば、「自分の持っている力を十分に 発揮して指したい」とか、「いい将棋を指したい」というふうに、言葉ではそうい うふうに言います。実際としては、「いい将棋を指したい」というのは、その通り なんですけれども、いい将棋を指そうと思った時に、やっぱり勝ちたいという執 着が非常に濃厚でないと、実際はいい将棋が指せない、ということなんです。い い将棋を指したいんですけれども、本当は、勝ちたい勝ちたい、という気持を強 く持っている時に、初めていい将棋が指せる、というのが実状ですね。
 
吉川:  成る程。それでA級を見渡しますと、凡そ平均年齢が三十五、六歳だと思うんで すが、その中で六十一歳、燦然(さんぜん)と輝くと言うか、孤高を守っていらっしゃいます が、よく二十五歳前後が将棋の強さのピークかなあ、というお話も仄聞(そくぶん)するんで すが、その中で、六十一歳にしてA級でいらっしゃる。将棋の強さと年齢を、加 藤さんはどんなふうにお考えなんですか。
 
加藤:  そうですね。私の経験から言いますと、四十前後の時が、最高の将棋が指せたか なあという感じがしていますし、尤も、その後も続いていい将棋が指せているん です。現在、六十一歳なんですけれども、私が日頃から思っていますのに、健康 であって、今のような状況が続くならば─一番の心配要因は、健康だと思ってい ます。健康が今まで通りであるならば、これからも一流の将棋を、まあ素晴らし い傑作を次々と生み出すことが可能だ、というふうに考えておりまして、これは 別に根拠のないことではなくて、自分なりに根拠のある考え方であります。
 
吉川:  しかし、さりながら、自分のお子さんの年齢以下の若い棋士たちと戦う中での苦 しさと言いますか、難しさと言いますか、或いは、大変さ、それはどんなふうに お考えでいらっしゃるんですか。
 
加藤:  そうですね。優秀な若手棋士が非常に揃っていまして、私はそういう若手の優秀 な方たちと戦うんですけれども、私は先程言いましたように、今のような調子が これからも─勿論、人間のことですから一年後に健康状態がどうなっているかに ついては予測困難ですけれども─今の状態であるならば、将棋の技術とか、精神 力とかと言ったものは、自分の精進次第で、まず劣ることはないであろう、と思 っております。十分太刀打ちできるというふうに、自信を持っておりますね。
 
吉川:  あまりご自身の中で、大変だとか、難しいとかという、そういうマイナスの心境 はない。
 
加藤:  私は、私自身が若い頃からある意味では活躍してきていますので、こういう世界 はもともと本来若手が活躍して、勝っていて当たり前だ、と思っています。
 
吉川:  成る程。
 
加藤:  ですから、若手の人たちが活躍することは大変結構なんですけれども、それは特 にこちらにとっては、プレッシャとか、怖れ、ということの感じは殆どないんで すよ。ある意味では、自分がかつて通った道なものですからね。
 
吉川:  成る程。
 

ナレーター: 加藤一二三さんがA級に なったのは、昭和三十三年、 十八歳の時です。昭和十五 年、福岡県に生まれた加藤 さんは、七歳で将棋を覚え ました。やがてプロ棋士の 道を歩み始め、十八歳、史 上最年少でA級棋士になり ました。当時は、「神武以来の天才の登場」と呼ばれ、将棋界だけでなく、日本中 の注目を集めました。十八歳でA級になった加藤さんのスピード記録は未だに破 られていません。プロ棋士として活躍を続けるとともに、昭和三十五年、二十歳 の時、同じ歳の紀代さんと 結婚しました。当時の将棋 界には二人の強豪が君臨し ていました。昭和三十一年 に三十六歳で永世名人の称 号を獲得した大山康晴(やすはる)。昭 和三十二年、その大山を破 って名人、王将、九段タイ トルを制覇し、史上初の三冠王となった升田幸三(ますだこうぞう)。戦後の将棋界をリードしてき た大山、升田二人の巨人が、ライバルとして火花を散らしていた時代でした。昭 和三十五年、結婚したばかりの加藤さんは、A級順位戦を勝ち抜き、初めて名人 位の挑戦者になりました。相手は大山康晴名人、加藤さんは二十歳(はたち)、史上最年少 の名人挑戦者でしたが、結果は一勝四敗。加藤さんは敗れました。その後、この 大山、升田との戦いを繰り返していた中で、加藤さんの将棋は次第に変わってい きました。
 

 
吉川:  お二人と対局された時に、盤を挟んでまず坐りますね。その瞬間、何か感ずると ころがあったんですか。加藤さんの場合、お二人に比べれば若手ですから、、今の 若手が活躍している時代をこう翻って考えてみると、「大山、升田、何者ぞ」とい う感じで挑んだんじゃなかったんですか。
 
加藤:  そうです。「何者ぞ」というお言葉のような、それに近いような気持ですね。簡単 に言いますと、もう盤の前に坐ったら、兎に角、勝つ努力をするし、勝てると思 って盤の前に向かっていましたね。ですから、確かに、ある意味では、若い時か ら、両名人を相手に、気持の上では、兎に角、五分の気持で立ち向かっておりま した。
 
吉川:  ところで、将棋界、或いは、将棋ファンの方々からしますと、加藤一二三先生、 加藤さんと言いますと、まあ長考─非常に長くお考えになる。どうしてあんなに 長くお考えになるんだろうか。何をお考えになさっているんだろうか、というの が非常に疑問で、その割に終盤、終局間際ではまあ秒読みですね。あれならば、 時間配分を上手くされて、ここは三時間、ここは二時間、最後二時間余裕として なんていうふうに、素人考えでは思うんですが、元来、長考派でいらしゃったん ですか。
 
加藤:  そうですね。もともとそんなに考えないタイプだったんです。
 
吉川:  早指しで?
 
加藤:  よく考えるようになったのは、二十四歳頃からですね。二十四歳頃、既にA級だ ったんですけれども、その頃からやはり大山、升田の両名人と対戦するようにな ってからは、やっぱりしっかり考えていかないと、なかなか勝てないと気付きま したものですから、それでまあ自然に考えるということになったということです。 因みに、私の今までの生涯の長考記録は、一手指すのに、七時間考えていたとい うのが、私の経験であります。一手に指すのに、七時間考えます。これは休憩時 間を含めてですけれどもね。これは、七時間目に初めて閃いた 妙手がありまして、つまり六時間五十九分までは分からなかっ た手なんですよ。七時間目に初めて見つけた妙手で、実はその 後それが続いて、初の十段位を獲得しましたものですから、私 にとって非常に嬉しい思い出でなんです。言いたかったことは、 将棋と言ったものは、十分(じっぷん)考えても指せますし、一時間─一時 間位はよく考えていますよね─七時間考えた時に、初めて見つ けるような手があるということで、将棋といったものは、ある 意味では、奥の深さというのがある。そういう経験をしていま すので、出来るだけ考えれば考える程いい手が浮かんでくる、ということもあっ て、長考するということに、私の場合はなっていますね。私は、もともと早指し 将棋が得意で、簡単に言いますと、パッと盤を見た瞬間に、一番いい手は閃いて います。だから、ある程度は殆ど分かっているんですよ。
 
吉川:  一瞬に?
 
加藤:  一瞬にして。分かっていますけれども、尚かつその中でももうちょっといい手が ないのかということで考えているというのが実際なんですね。私は、「直感精読」 という言葉をよく色紙に書きます。私の勝負哲学というものは、パッと見た瞬間 に、殆どのところ、一番いい手は閃いてきています。でも、尚かつその直感の手 から入っていないところで、素晴らしい妙手が隠されていることが時々あります。 それは時々あるというのは、多分五十局に一回位の率です。だけども、五十局に 一回位の率でもやっぱり一番いい手を模索して考えるということになっています ね。
 
吉川:  結果において閃いた五手、五通り位の直感と、一時間、二時間、三時間、四時間 長考して、最終的な結論とは同じ場合も、或いは、場合によっては同じ場合が殆 どなわけですね。
 
加藤:  そうです。
 
吉川:  にも関わらず、お読みになるということですね。
 
加藤:  そうなんです。全く同じになることが殆どです。その時に、どういうことになる かと言いますと、〈あ、本当に自分の直感の手は一番いい手である〉ということ に、確信を持てるから、ビシッと音高く指せるわけですね。躊躇(ためら)いがあっては、 後に尾を引くんですよ。我々は、よく将棋で負けた時のプロの第一声は、殆ど同 じですよ。「あの時に思った通りにやれば良かった」というのが、殆ど棋士が出す 言葉なんですよ。それはやっぱり共通していますね。ちょっとでも躊躇いがあっ てはいけない。百パーセント自信を持って指したいわけです。それが実は、次々 と好手を生む原因になるんですね。というのは、経験則ですけれどもね。
 
吉川:  それでよく言われます、自信を持った加藤さんがビシッとやると、相手は、「あ あ、加藤さんは勝ちを確信したなあ」と、この駒音で分かる、と。
 
加藤:  この駒というのは、本当に僅かな躊躇いもあってはいけない。その先はどうする かというと、確信を持つしかないと思うんですね。確信を持つのは、何かという と、読むしかない、となるわけです。それで読むわけですね。読んだら答えが見 えてきます。見えてくれば、「ああ、そうだ」と言って、本当に心から納得して、 ビシッと指せるわけですね。将棋の場合は、平均百二十五手で、一人が約六十手 位指しますけれども、六十手位指す中で、九十五パーセントまでは、自分が指す 手は絶対いい手を指しているんだ、という自信を持って、双方が指しているわけ です。後の僅か五パーセント位は、これはもう幾ら考えても、これは読み切れな いと、という局面が現れます。そういった時は、勿論それなりの勝負感で手を選 ぶんです。ですから、言ってみれば、将棋というものは、お互いが一番いい手を 指し続けることの出来る勝負の世界と言っていいと思いますね。尚かつ、また一 番良い手を指し続けると言いましたけれども、一局のうちに、一カ所か二カ所は、 一年間考えても、答えが出ないような局面が必ず現れるんですよ。そういった面 で、人間の頭で読むに読んで、答えを出せる世界が大体九十パーセントあって、 後の十パーセント位は、幾ら考えても、その局面で、最善の手が何か分からない という局面が現れます。そういう世界でもあるんですね。ただ、相当理詰めの世 界です。もう読みに読んで、答えを出していける世界、それが終わりまでいくわ けですね。だけども、人間が必死に努力しますけれども、名人上手が本当に精進 しますけれども、やっぱり勝負の中身は掴みきれないところがあって、僅かなと ころでは幾ら考えても、この局面で一番いい手は何か、というのが分かり切れな いような局面というのは、大体よく出てくるという世界です。
 

 
ナレーター: 加藤さんは昭和四十五年、三十歳の時、カトリック の教会で洗礼を受けまし た。今も対局前には必ず祈りを捧げます。加藤さんがキリスト教に惹かれ始めた のは、二十四歳の頃、ちょうど将棋で長考するようになったのと同じ頃です。大 山、升田二人の巨人との勝負を続けていくうちに、将棋の中に、人間の理解を超 えた世界があることに気付きました。将棋は、 将棋盤の上に想定されるあらゆる可能性の中 から、互いに最善の一手を探り合い、未知の 世界を切り開きながら戦います。加藤さんは、 その道筋には、ある極限までくると必ず勝利 に結び付く真理とも言える一手がある、と確 信するようになりました。人事を超えた真理 の世界、それが何なのかを追求することが、 棋士として、人間として、揺るぎない確信を持って生きることに繋がるのではな いか。そう考え始めた時に、加藤さんはキリスト教と出会ったのです。
 

 
吉川:  いろいろな宗教がある中で、何故キリスト教だったんですか。
 
加藤:  それは、一番大きな理由は、どちらかというと、若い頃から音楽が好きだったり、 美術に関心があったんです。そうしますと、音楽で言いますと、モーツァルトの 音楽を聴いていますと、宗教曲が多いわけですね。ですから、キリスト教の世界 というものは、本格的に教会の門を叩く前から親しみがあったんです。主な理由 としては、モーツァルトの音楽とか、ミケランジェロとか、ラファエロの宗教画 とかによって─宗教というと、勿論、仏教も、神道(しんとう)もありますけれども、どちら かというと、私にとっては、キリスト教の方が割合入って行き易すかったという のがありますね。
 
吉川:  キリスト教が、加藤さんは勝負師、棋士としての心のどこをとらえたんですか。
 
加藤:  キリスト教と言いますのは、分かり易く言うと、私のキリスト教の捉え方は、人 はみな一生懸命生きていきますよね。一生懸命生きていきますけれども、一生懸 命生きていく中で、勿論、神さまの助けがあるんですけれども、信仰を持って、 神さまに祈ったり、願ったりすることによって、さらにより一層の助けが得られ るんじゃないかと思っています。私の場合は、経験から言いますと、宗教的な祈 りとか、そういったことが、いい将棋を指す、名局を生む原動力になっていると 思うんです。二十四歳の頃に、将棋に打ち込んで、指している中で、将棋の中に、 分かり易く言いますと、戦いの途中から、お互いが一番いい手を指していくこと が可能であって、一番いい手を指し続けていきますと、最初に一歩でもリードし た方が、最終的に勝ち切ってしまうことができる、ということを経験したわけで す。その経験によって、私は将棋の世界の中にも、ある局面からは、お互いが一 番いい手を指し続けていくことが可能であって、しかも、それがずうっと終局ま で指していって、最後は決着が付くということを経験し、思い至った時に、ふと、 私が思ったのは、将棋の世界の中に、ある意味の手応えがある。確かなものがあ る、というふうに感じ取りましたものですから、これはきっと人生の中にも確か なもの、真理というものはあるんだ、というふうに考えたんですよ。私の場合は、 将棋に打ち込んでいって、二十四歳頃に一つの飛躍、転換ですね。そこから人生 というものにも、きっとこういう確かな手応えのあるものがあるに違いない、と 思ったので、そこからキリスト教の勉強を始めたんです。ですから、将棋の仕事 というものは、どういうものか、と言った時に、勿論、人さまざまで、将棋の世 界にだけ打ち込んでおって、一生終えても、それは一生だと思いますけれども、 私の場合は、ある時、転換したわけです。将棋を通して、人生とか、宗教という ものを考えるに至ったわけなんですね。
 
吉川:  成る程。
 
加藤:  ですから、そういうものであって、これは一般論で言いますと、どの仕事でもや っぱり良い意向で仕事に打ち込んでいますと、ある時、ふっと飛躍、或いは、も っと深いものを求めていきたい、という気持ちになる時があるんじゃないかとい うふうに思っているんです。どの仕事に関しても言えることだと思っています。 ですから、幸いにして、神の助けによって良い将棋が指せて、勝った時というの は、つまり、人の努力、プラス、神の助けが入っているわけですから、より一層 作品としては深いものになっていると、私は思います。ですから、神の助けが入 っている作品ならば、多分、多くの人々の感動を呼ぶ筈だと、私は思っているん ですよ。
 
吉川:  そうしますと、きっと数々の名局、自信の局があったに違いないんですが、
 
加藤:  私が思いますのに、私の将棋人生の中で、昭和四十三年に、十段戦というのがあ りまして、昭和四十三年の十段戦の時が、私にとっては将棋人生の初期のピーク の将棋を指していました。昭和四十三年というと、私の年代棋譜でいいますと、 絶好調の年でして、四十三年は将棋をよく勝ちましたし、勝ちに勝って、勝ちま くりまして、それで十段戦の挑戦者になりました。それで、四 十三年のクリスマスには、十段戦の七番勝負の第六局目を、大 山十段と対局しておりまして、クリスマスの対局に私が勝ちま して、七番勝負で三対三になりました。それで勝った後、喜び 胸にして、ちょうどその時、妻と子供たちが洗礼を受けること になっていましたので、夜の対局を終わった後、東京の教会に 駆け付けたという懐かしい思い出があります。
 
吉川:  その十段戦タイトルをお取りになったのが、この場所ですね。
 
加藤:  この場所です。ちょうど今日、お話をしています場所ですね。ここで今、お話し ました十段戦を対局しました。その時に、宗教と将棋の関わりで言いますと、ち ょうどクリスマスの日に、私が勝った将棋と言いますのは、大 山名人とは、今までに、百二十三局戦っているんですけれども、 唯一、その時の将棋だけが、私の逆転勝ちなんですね。つまり、 大山十段がここでこうやっておれば、大山さんが勝っていた。 だけども、大山さんも私もその手に気付かないで、結局、私が 勝ってしまったということです。私は、その経験から、自分な りに思いますのは、百二十三局も戦った相手だったんですけれ ども、唯一その将棋だけが、つまり妻と子供たちが洗礼を受け る日の勝負だけが、言ってみれば、そういうふうなちょっと不思議な経過を辿っ て、私が勝っているというので、私としては、それは神さまの助けだったのかな あ、と今思っているんです。
 
 
ナレーター: 加藤さんは、奥さん、そして、四人の子供 たちと、神への信仰を深めていきました。プ ロ棋士として、日々精進を続けることの他、 家族とともに社会の役立つ努力を続けること が、神の教えだと信じています。加藤さんが、 奥さんとともにもう二十年教会で続けている ことがあります。教会で結婚式を控えた若い二人のために、聖書の話やよりよい 結婚生活について語り続けているのです。神への信仰を深めるために、家族とと もに、キリスト教の聖地・エルサレムへの巡礼も繰り返してきました。加藤さん は、恵まれた将棋の才能を生かして、勝負の世界で戦い続けるとともに、家族と 助け合い、神の教えに従いながら、生きていくことが、人生に深い感動を与えて くれると考えています。
 

 
加藤:  将棋と言ったものは、私は将棋と限らないと思いますけれども、ある物事という のは、精進に精進を重ねていくと、深いところまで到達して、必ず深く到達した ものは、必ず人々に喜びとか、大きな感動を与えるものだ、というふうに思うよ うになったんです。自分が深い感動を覚えることによって、将棋といったものは、 確かに勝ち負けの世界なんだけれども、自分で深い感動を覚えることができたん だから、これは芸術だというふうに思ったんですね。芸術は、一般的に言って、 例えば、モーツァルトの音楽にしましても、多くの人々に深い感動を与える。 人々に大きな感動を与えることができるものが、芸術というならば、私も実際に 深い感動を覚えるから、私の将棋を鑑賞して下さる方も、感動を覚えて下さるん ではないかと思っています。私の将棋哲学で、将棋というものは、ある局面で読 む価値のある手、これはいけるといった手は、常に五通り位あります。五通りの 手につきまして、じゃ、例えば、Aの手を読んだ場合は、こうこうこう読んでい きまして、大体二十手、三十手先の局面を頭に描くわけです。また、Bの手につ いてもそういう作業をするわけです。大体、そういったことで、一手指す時に、 必ずプロというのは、もう五十手、百手位の変化を読んで、そのうえで、初めて 次の一手を指すということです。ですから、自分が一手指す時には、一番良いと いう確信を持って指すんです。一手指すに当たって、もう五十手、百手の変化を 読んだ上で、指しているわけですね。ですから、私はよく自分の名局を、自分で 「名局」というのはちょっと変なところがありますが、でも、相当確信があるの で「名局」という言葉を使っているんです。
 
吉川:  つまり、将棋が勝負を超えて芸術の域に実感された、という。どの部分だったん ですか。その感動されたというのは。それは一口にはなかなか表現しづらいんで しょうが。
 
加藤:  そうですね。感動でもいろいろあるでしょうけれども、例えば、分かり易く言い ますと、私は昭和五十七年の七月三十一日の夜に、名人位を獲得したんですけれ ども、それはリーグ戦登場以来、二十二年経っていましたので、まさしく苦節二 十二年の目標達成であったんです。我が将棋人生の中で、将棋を指して深い感動 を覚えました。
 

ナレーター: 加藤さんが将棋人生で深い感動を覚えた勝負。昭和五十七年 の名人戦は、第十局を迎えていました。名人戦は七局勝負。四 勝した方が勝ちですが、この時は互いに譲らず、勝負のつかな い対局が三回も起こっていました。お互いに三勝ずつのまま、 勝負は現代未聞の十局目までもつれ込みました。挑戦者の加藤 さんは四十二歳。受けて立つ中原誠名人は三十五歳。七月三十 一日、朝九時、第十局の二日目が始まりました。
 

 
加藤:  名人戦のその中原さんとの決勝戦の二、三日前に、自分の枕元で聖書を、ページ をパラッと捲(めく)りました。ページを捲りましたら、旧約聖書のモーゼが語ったと言 われる箇所が出てきたんですよ。どういう箇所だったかといいますと、
 
敵と戦う時には
勇気をもって戦い
弱気を出してはいけない
慌てないで落ち着いて戦い
 
というのが目に留まったんです。モーゼは、「敵と戦う時に」と言っていますけれ ども、私は、「敵」という言葉を置き換えまして、お互いにフェアに「競争する相 手」と置き換えました。そして、「競争する相手と向かう時に、勇気を持って戦い なさい」。それから、「弱気を出してはいけない」。それから、「慌(あわ)てないで、落ち 着いて、戦いなさい」というのを読んだ。その時に、私はまさしくこの聖書の言 葉は、私に向けられた言葉だ、というふうに受け取りました。というのは、中原 さんは、ある意味では、私ともの凄く戦いを交えた棋士でして、ある意味では、 負かされた時も多かったんですね。その時、その中で言っているのは、「慌てない で」というのは、私はよく長考して、持ち時間が切迫して、よくいい将棋を負け ます。それは慌てるからなんですね。これは自戒しなければいけません。それで、 「落ち着いて戦い」というのも、落ち着いて戦うというのはどうしてか、と言い ますと、私は長考を切り換えて、その時、早く指すようにしようと思いました。 今までの長考の姿勢を切り換えて、かなりスピードを早く指すようにしなくちゃ いけない、というふうに、ここから汲み取ったです。それから、「勇気を持って戦 い」というのは、これはすべての戦いについて言えることであって、「怯(ひる)んではい けない」ということですね。「弱気を出してはいけない」。確かに、将棋と言いま すのは、いつの将棋でもそうですが、弱気を出してはいけません。「弱気を出して はいけない」というのは、どういうことかと言いますと、例えば、ある局面でこ う指せばいいと思うんだけれども、でも、相手は強そうだし、とか、或いは、今 日はちょっと相手が調子が非常に良さそうだから、とか、何かの理由で、自分が 一番良いと思っていることを、怯んで指さないということ。これはやっぱり弱気 ですよね。そういうことがあってはいけないということだと思います。で、私は、 「勇気を持って、弱気で指さない。慌てない、落ち着いて戦い」ということを、 いよいよ始まった対局の中で、もう何度も何度も盤の前で、手を読みながら、そ れでも胸の中で、そのモーゼの言葉を何度も何度も繰り返しながら、指し進めて いきました。モーゼというのは偉大な宗教家なんです。最後の局面ですけれども、 最後の局面は、夜の九時になった段階で、最初に盤面を凝視したところ、三一銀 と打って、三三玉と上がって、二五桂と跳ねる手が見えました。二五桂と跳ねて いきますと、あと五十手ほど先を読みましたけれども、
 
吉川:  五十手ですか。
 
加藤:  五十手ほど読んだところ、私が負けることが分かりました。それで、五十手読ん だところで、負けたということが分かったんです。これは参ったなあ、まさしく 進退窮す。私は初めて人生の中で、「進退窮す」という言葉が脳裏に閃きました。 でも、同じ負けるならば、ちゃんと潔く負けましょう、と思って、もう一度盤面 を凝視したところ、実は三一銀、三三玉と上がった時に、二五桂と跳ねるのは常 識の手なんですよ。常識をやったんでは負けます。ところが、その瞬間に二五桂 と跳ねないで、三二金という手を打てば勝つことに、そこで初めて気付いたんで す。残り一分です。持ち時間九時間の消費で、八時間五十九分使って、残り一分 ですが、残り一分ギリギリのところで、二五桂でなくて、三二金と打てば勝ちだ、 ということに気付いた。そこで瞬間、「あ、そうか!」と叫んだんですね。
 

 
ナレーター: 午後九時二分、加藤さんが百五手目、三一銀を指した後、中原誠名人は持ち時 間一時間を残しながら投了しました。加藤さんの残り時間は一分、大逆転でした。 二十歳の時、初めて名人に挑戦してから、二十二年、加藤一二三新名人が誕生し ました。

 
加藤:  まあ兎に角、今日の将棋、なかなか大変な将棋でしたからね。 最後の最後まで勝ちが見つからないところがありましたので ね。
 

 
吉川:  これがその局面ですね。
加藤:  そうですね。
 
吉川:  この時、さっきおっしゃったようにいろいろお読みになった。 しかし、読み切れない。読み切れない中で、まず直感は何だっ たんですか。
 
加藤:  この局面で直感はですね、私はこの局面でまず考えたのが、三 一銀という手を考えました、
 
吉川:  つまりこちら側が中原さんですね。
 
加藤:  そうですね。三一銀と打ってですね、三一銀と打ったら、三三玉と上がる一手な んですね。
 
吉川:  そうですね。
 
加藤:  そこで、私は二五桂と跳ねるのを読みました。
 
吉川:  王手、
 
加藤:  これは常識的な手です。桂を跳ねると、四三玉とよる一手なんです。この後、王 手をしますけれども、二七玉と入られまして、これで入玉になってしまって、中 原さんの玉は詰みません。私の方はこれ駄目な局面ですから、 中原さんの玉を入玉した段階で、私はまったく負けです。そこ で、私はこの局面まで読みました。で、読む時に、中原さんの 玉は詰まない。自分の玉は、まさしくこれは絶対絶命ですから、 初めて「絶対絶命」という言葉が脳裏に閃きました。もう負け なんです。また出直しだと思いました。出直しなんだけれども、 同じ負けにしましても、形作り、潔く負けましょう、と思って、 再度盤面を凝視致しました。その時に、三八銀と打って、三三 玉までは絶対で、そこで、この瞬間、頭の中で読んだ時に、二五桂と跳ねるから 駄目なんであって、二五桂と跳ねないで、三一銀と打てば詰みだということに、 ここで気付いたんです。そこで、「あ、そうか!」と私は叫んだんです。中原さん にしてみれば、もし予め、例えば、三十分前に三二金という手があることに気付 いておるならば、中原さんも受け方が他にあったんですよね。
 
吉川:  成る程。
 
加藤:  つまり中原さんほどにしても気付かなかった手が、三二金というわけです。私は、 もうほんとにギリギリの残り一分の中で、最後の最後のところでしか気付かなか った手が、三二金なんですよね。私にとっては、非常に劇的な思い出の深い勝利 でした。思いの深い勝利というのは、ギリギリの段階で、普段ならば気付かない ような妙手を見つけて勝ったというところで、二重の大きな喜びだったんです。
 
吉川:  しかし、私ども、将棋好きな素人からしますと、百五手目、この最終譜しか新聞 に載っていないですね。そうしますと、打てなかった、盤上に現れなかった三二 金こそが、先生がずうっと追い求めていた名人位、最終的に獲得することの出来 た一瞬の非常に地球よりも、もしかしたら重いかも知れないこの金、お思いだっ たんですかね。
 
加藤:  まあ本当にまさしく。ですから、この将棋ですね、中原さんとの名人獲得の一戦 と言いますのは、今までも、例えば、名人戦とか、大きな勝負がありますよね。 自分の大きな勝負がある対局の前の日、自分の家で盤と駒を持ち出しまして、こ の棋譜は並べます。何故並べるかというと、その名局ですね─私の手は名局と思 っておりますけれども─その名局をもう一度大勝負の前に、自分で並べることに よって、その時の感覚、その時の感動、つまり、そういった雰囲気とか─そうい う感覚というのが一番正しいですね。この将棋から、全体から伝わってくる感覚 というのがありまして、例えば、一つは、これから含まれているというものは、 どんなに大きな勝負になっても、やはりこうこうあるべきだというのを、この棋 譜には汲み取れるんですよ。それで自分の将棋が常に本筋をいくためには、大変 いい糧になると思って、これはタイトル前によく取り出して並べて、気持ちを整 えるためによく並べます。この将棋の中から汲み取れるものはたくさんあるんで すよ。例えば、大きな将棋の時の平常心とか、落ち着きとかね。或いは、この将 棋は実際はかなり苦しかったんですよ。苦しかったんだけれども、苦しい時に、 どういうふうに工夫すれば勝ちに繋げられるかとか、いろんなものをこれから汲 み取れるものですから、今までも一番よく自分で並べる将棋なんです。
 
吉川:  ある意味で、加藤将棋の、
 
加藤:  代表作、
 
吉川:  代表作で、原点がここにある。                             
加藤:  原点。
 
吉川:  成る程。しかし、定跡(じょうせき)というのがありますね。定跡は一種の常識で、先人たちが 血と汗で築き上げた。しかし、加藤さんの場合、序盤というのは大抵定跡通りで したね。
 
加藤:  そうですね。
 
吉川:  その序盤にこそ未知な世界がある。序盤こそ大事だ、と。
 
加藤:  そうです。将棋の定跡ですけれども、定跡があって、その定跡というものは、あ る意味では僅かですけれども、日々進歩ですよ。例えば、今日は定跡はこうだっ たけれども、いやいやある局面からは、昨日まではこれがいいとみんなが思って いたけれど、いや実際はここで左の方にいったら、もっといいんじゃないか、と いうことがあり得るんですね。ですから、定跡があって、新定跡が誕生する余地 がまだまだ残されております。私も実は将棋のプロとしてやっていまして、将棋 の醍醐味は、ある意味ではその辺にもありますね。やっぱり既成の定跡を打ち破 るような手を自分で見つけて勝った、という時は嬉しいわけですね。
 
吉川:  成る程。
 
加藤:  ですから、普通、我々は大体常識的なことで、お互いが戦いを進めておりますけ れども、やっぱり将棋の戦いの中には、今まで経験したことのないような、思っ てもいなかったような、素晴らしい手があって、その素晴らしい手を自分が見つ けて、勝つという経験をする時が、時々あるんですよ。そこがやっぱり大きな感 動なんですよ。思ってもいなかったような、自分の持っている力を超えるような 妙手を見付けて勝った時の喜び。これはやっぱり大きな感動だ、と思うんですよ。
 
吉川:  成る程。それが長い棋士生活の中でやはりはっきり自覚出来るのが二度あったと いうことですかね。
 
加藤:  ええ。
 
吉川:  しかし、よく読んでも読んでも二手あると。左の手もいい、右の手もいい、とい うふうなお話も伺うんですが、今のお話ですと、これしかない。一手しかない。 つまり、二手見えるというのは、これはまた甘いということですか。
 
加藤:  そうです。僕の経験で言いますと、将棋が優勢な時というのは、二手あるように 思えるんです。それは、二手どちらでも勝てそうだと思います。私の苦い経験で は、勝てそうだと思った時に、どちらかというと、ちょっと緩い方の、緩くて安 全な方を選びがちなんですよ。ところが、その道を選んだならば、実は、相手は、 簡単に言いますと、また息を吹き返してくるんですね。ですから、二手あるよう に思うのは、実は危険でして、常に気持ちとしては、常にどんな局面でも一手し かないという心構えでやっています。実際、時としては、あまり大変な差がある 将棋ならば、それは右に行っても、左に行っても勝ちだというのはままあります けれども、殆どはこちらでもこちらでもいいなと思うのは、実はしばしば大きな 罠であって、私に限りませんが、大体どの棋士も、割合陥りがちなことなんです よ。
 
吉川:  たくさんの道が、或いは、二重三重に道が見えるという時こそ危険だ、と。
 
加藤:  実は、危険なんですね。本当に一手しかないという心構えでやっていて、何とか いい将棋が指せるというような感じですよね。
 
吉川:  そのために、何時間もお考えになるし、三百手、四百手もお読みになる。つまり 一手が真理だ。一手の追求なんですか。
 
加藤:  そうですね。

 
ナレーター: 昭和五十八年の名人戦、A級順位戦を勝ち上がって、加藤さ んの挑戦者になったのは、当時二十一歳の谷川浩司さんでした。 若き挑戦者に、加藤さんは二勝四敗で破れました。二十一歳、 史上最年少の名人が誕生しました。将棋界は新しい時代に入ろ うとしていました。
 

 
谷川: 今でも本当に実感が沸かないんですけれども、まあ自分の力がどれだけのものか という、そういうのを試す絶好の機会だと思って、名人位取ろうとか、そういう ふうな欲の深いことは、考えなかったのが良かったんじゃないかと思うけどね。 それでかえって手が伸びて、と言いますかね、自分の将棋が指せたんじゃないか と思います。
 

ナレーター: 平成に入ると、さらに新たな若い力が将棋 界に現れます。羽生善治さんです。平成八年、 二十五歳の羽生さんが挑戦したのは、谷川浩 司さんが持っていた王将のタイトルです。羽 生さんは既に名人位を初めとする六つのタイ トルを獲得し、最後に残っていた王将もこの 日勝ち取りました。史上初の七冠王が誕生し ました。
 

 
質問者: それからこれで史上初の七冠ということになったわけですけれども、それについて 如何ですか。
 
羽生:  ええ。まあ棋士としての大きな目標が達成することはできまし たから、非常に嬉しいということはありますね。
 

 
ナレーター: 将棋界の世代交代は今も続いています。東京杉並区のカトリ ックの下井草教会。ここは加藤さん一家が洗礼を受けた教会で す。将 棋の戦いの中から、人生の真理とは何か、を考えるよ うになった加藤さん。三十歳の時、ここで洗礼を受けてから三十一年の歳月が流 れました。
 

 
吉川:  何かとても爽やかな一陣の風が吹いて参りまして、私の方まで気持ちがとても洗 われる思いが致します。
加藤:  とても今日は天気が良かったですし、本当にお話をさせて頂く 終わりとしては、非常に大変気持ちのいい感じでいますね。
 
吉川:  五冠として、将棋界をリードしている羽生将棋については、ど んなご感想なんですか。
 
加藤:  そうですね。率直に言いまして、多分、三年位前に、私が羽生 さんに対する気持ちは、後輩なんだけれど、将棋のことに関しては、殆ど同格な いし、先を行っているような感じがしていたんです。本来ならば、羽生さんの方 がずうっと若いんですけども、気持ちとしては、私がこれから羽生さんを追っか けなくちゃいけない、と思っておりますね。
 
吉川:  そういう意味で好敵手ですか。
 
加藤:  そうですね。羽生さんの将棋はよく知られているように、一局一局、作戦、創意 工夫しますし、将棋は非常にダイナミックで豪華絢爛、非常に魅力的です。面白 い。尚かつ勝負強い。勝負強いというところは、よく知られていますように、戦 いの最中に危ない局面を、彼は結構招くんですよ。危ない局面がくるんだけれど、 それを絶妙の勝ち方で逆転勝ちをする。だから、絶妙のプロセスを経て、逆転勝 ちに結び付ける実力というか、勝負哲学というか、判断力というのはまさしく絶 品ですね。
 
吉川:  絶品。若手と、それから加藤さん初め加藤さん世代の将棋観とはまったく違いま すか。或いは、将棋への対し方、研究会を含めて違うものなんですか。
 
加藤:  そうですね。今、将棋界のいいことは、すべて若手棋士たちが一所懸命研究する。 研究するのは当然と致しましても、私たちの世代とはっきり違うのは、研究会と か、共同研究ということで、研究会によって力を付ける、というのが一つありま すね。それとパソコンによる各棋譜を、
 
吉川:  データですね。
 
加藤:  データによるところの研究。データによる研究というのは、主に序盤作戦の研究 ですね。終盤戦というのは、まったく力であって、別にパソコンでデータを幾ら 研究したって、勝負の力はつきません。ただ、序盤作戦というのは、データを多 く知れば知るほど、それは良いでしょう。ですから、今の将棋界の優れた点は、 共同研究、それとパソコンによる序盤作戦の進歩だと思うんです。
 
吉川:  しかし、そういう若手と盤で対峙した時に、決して相手が研究しているだろうけ れども、負ける気はなさらないでしょう。
 
加藤:  ええ、そうですね。実際、若手がパソコンでよく研究してくれているというんで すけども、実際に指した手応えで、研究している、研究したというけども、大し たことはない、と思うことも結構あるんですよね。で、私としては、名人獲得の 四十歳の時も、五十歳の時も、現在も、内容的には遜色のない、深い内容のもの を指している将棋も多々あると思っています。五十歳から、五十五歳位に淡々と 引退してしまったら、殆ど将棋のことが分からないままに引退した感じになって しまうんじゃないか、と。簡単にいうと、将棋のことというのは、まだまだ経験 していないこと、素晴らしいものというのは、掴んでいない。これからも大いに 掴むことのできる世界があると思っているんですよ。ですから、実は六十歳で引 退などというものは、もし仮に、いま私が引退してしまったら、将棋というもの の面白さ、醍醐味は多分七割位しか掴んでいなくて引退することになるでしょう ね。
 
吉川:  そうしますと、将棋の道を極めるまで指し続ける。神さまの助けを借りながら、 ということなんですか。「引退」という二文字は、思いも浮かばないということで すね。
 
加藤:  それはもう欠片(かけら)もないですね。仮に五十歳の時、五十五歳の時、六十歳の時を振 り返って見ましても、それぞれの時期において、非常に濃い内容のものを指して きています。ある時言ったことがあるかも知れませんが、私の努力とそれから妻、 家族たちの日々の協力によって、さらに神さまの助けを得て、いい将棋を指して いると、僕は思っています。神さまの助けが入っている棋譜ですので、私は、こ の棋譜は相当長く命を持ち続けると思っているんですよ。それなりの自負はある んです。でも、先ほどいったように、まだまだ八割位の完成度であって、ある部 分は完成していますけれども、尚かつまだまだこれからも、僕は凄い大変名局を、 これからも多分相当指し続けることができると思っている、ということで、希望 を持って、これからの人生を歩んでいきたい、というふうに思っているんです。
 
吉川:  そうしますと、加藤さんが残された、それからこれからも残される棋譜と共に、 加藤将棋は永遠なり、不滅なりという。
 
加藤:  そうであって欲しい、というふうに、念願していますね。簡単に言いますと、今 の世代、勿論、我々、どの棋士も一生懸命将棋を指しているわけですよ。それは それで立派なことなんです。本当にいい将棋を指していることは確かなんだけど も、もうちょっと深みをそこに加えて欲しいと思うわけです。それはどの人に対 しても言いたいことなんです。深みを増したらどうなるかというと、結局、精神 的なことが非常に関与してくると思うので、やはりどっかの段階で、宗教的な領 域に興味を持って欲しい。そういったことを吸収して、自分の棋譜に加えること ができるならば、その棋譜というものは、非常に尚一層光り輝かせると思ってい るんです。
 
吉川:  お元気で。
 
加藤:  有り難うございました。
 
吉川:  いい将棋を指していかれるように。ありがとうございました。
 
加藤:  はい。ありがとうございます。
 
 
     これは、平成十三年七月二十二日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」に放映されたものである