人生、聖書に導かれ
 
                 交野キリスト教会前牧師 小 形(おがた)  真 訓(まさのり)
一九三九年、横浜生まれ。一九六二年、慶應義塾大学経済学部卒業。積水化学工業入社。一九七四年、大阪本社広報担当。交野キリスト教会設立信徒説教者。大阪本社広報部長を経て、二○○○年、定年退職。二○○六年、神戸ルーテル神学校入学、教会主任。二○○八年、交野キリスト教会牧師就任。二○○一年、交野キリスト教会牧師退任、西部中会巡回説教者就任。著書に「イエスの生涯」「日曜日、部長は牧師になる」「いまを生きぬくビジネスマン聖書塾」「こころのミネラル聖書サクサク読解術」「迷ったときの聖書活用術」など。
                 き き て       品 田  公 明
 
ナレーター:  大阪、交野市(かたのし)。田圃と住宅が入り交じる一角に小さな教会があります。二階建ての民家、その屋根に立つ手作りの十字架が、ここが教会だと教えてくれます。毎週日曜日には関西各地から多くの信者が礼拝に集まります。説教を行っているのは、この教会の前の牧師で、現在巡回説教者を務める小形真訓さん、七十二歳。この交野キリスト教会を立ち上げた人です。小形さんは、およそ四十年前、大手企業に勤めながら教会を作りました。そして二○○○年(平成十二年)に定年退職するまで、二十五年あまり、月曜から金曜まではサラリーマン、週末はキリスト教の伝道師という二足の草鞋を履き続けてきました。小形さんは、もともとキリスト教信者ではありませんでした。仕事で悩んでいた三十年代の時、聖書の言葉に出会ったことで信仰の道を歩むことになったのです。今回の「こころの時代」は、自分の人生は聖書に導かれたという小形さんに、これまでの人生を、聖書の言葉とともに語って頂きます。
 

 
品田:  小形さんは、大企業に勤めていらっしゃいながら、教会の仕事も続けていらっしゃったそうですけれども、もともとのきっかけというのは何なんだったんですか。
 
小形:  私の家は仏教の家で、祖父が熱心な仏教徒だったんですね。私は、ですから教会とか聖書というものには全然触れることがなくて、初めて教会に行ったのは、二十八歳ぐらいで、その時に聖書を初めて手にしたという。だから割に遅いんです。そこで何故教会に行ったか、ということなんですけど、やはり年齢的にその辺りになりますと、組織の中で働いていて、いろんな摩擦があったり、衝突があったりしますでしょ。まあ私もやはりその頃には中間管理職で、部下が何人かいる。そうすると彼らのために、彼らがやりやすいように、いろいろ配慮している積もりなんですが、案外それが上手く行かなくて、逆に私がかき回しているんじゃないか、ということに気が付くんです。それが教会に行き始めたきっかけです。
 
品田:  かなり職場の方では難しいというものを抱えていらっしゃったでしょうか。
 
小形:  やはり人間関係ですね。特に上役とやっぱり意思疎通の点でいろいろありますでしょう。私は私でやっぱり一つの理想がある。彼らは彼なりに、こうしたいという気持があります。そういうところでかなり議論があったり、随分険悪な雰囲気も経験したわけですけど、私はその時に、「すべて悪いのは彼奴が悪いんだ」と思っていた。ところが聖書に親しむうちに、「あれっ、そうじゃないんじゃないか。結局問題は、原因の半分以上私の方にあるのではないかな」ということに気が付くわけですね。それで結局そういった気が付いたことに対して、自分では如何ともし難いですね。それで紹介してくれる人がいまして、教会の礼拝というものに初めて出たわけです。出たって別にどうということはないんですよ。つまりなんか訳のわからないことを、牧師が喋っているというだけでね。私は、「何だこれは」と思っていたわけですけど、しかしそれを何週間、あるいは何ヶ月重ねるうちに、「自分が今まで大変なことを見落としていた。それを今ここで聖書によってリカバリーして貰っているな」という感じがだんだん掴めてきた。そういうプロセスを経て、クリスチャンになり、ついにはこんなことになっているわけですが。
 
品田:  その人間関係で悩まれていた時に、聖書のどういうところで考え方というものが変わったんですか。
小形:  聖書が指摘するのは「偽善(ぎぜん)」という点なんですね。私たちは普段「偽善」ということは気にしないんですけれども、聖書は「偽善」ということを鋭く言います。例えばこんな調子ですね。これは「マタイの福音書」というところにあるんです。
 
なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁(はり)には気がつかないのですか。(「マタイの福音書」七章三節)
 
「あなたは」というのは、つまり私ですね―あなたは人の欠点ばかり見付けていろいろ文句をいうけれども、他人の小さな欠点、例えば、眼の中の埃のようなものに目を付けて騒ぎ立てる癖に、自分自身の眼の中にある―聖書はここで「梁(はり)」という言葉を使うんですけど―そういう大きな欠点、問題点が自分の中にあることを、あなたは全然気が付いていないじゃないか、というようなことを一刀両断にバサッとやられるわけです。で、私は、それまでそんなこと全然気にしなかったんですけど、しかしいろいろ現実生活の中で、職場でいろいろ揉まれているうちに、自分の本当の姿に対する目が見えるようになってきたというか、目がそこに向くようになってきた。それまでは結局他人ばかり見ているわけです。「彼奴はこれが悪い、これが良くない」というようなことを。それが聖書を読むことで、教会へ行くことで、その辺のものの見方、角度がガラッと変わった、ということですね。
 
品田:  そして教会をお作りになるわけですけれども、自分で教会を作ろうと思われたのは、どうしてなんですか。
 
小形:  妹が二十七歳で死んだんですよ。子どもが一人おりましてね。それでそれを見ていまして、人間にもっと希望とでも言いますか、早くそういうものを提供できないかな、というふうに考えた。もう一つは、妹の死について、私なりにこの妹の死を引き金にして何か始めよう、と。決して功利的な気持ではないんですけども、ムダにしないで、これで何かを始めよう、と。その何かというのは、私の場合だったら、教会ということになるわけですけども、教会を通して周りの人たちが、いろいろな死に対する怖れとか、さまざまあります。そういうものを克服できるような、何か手助けができれば、というのがきっかけだったんです。
 
品田:  二十七歳で若くしてお亡くなりになられた妹さんのことを思って、と。
 
小形:  そうですね。
 
品田:  その時に、どういうことをお感じになられていたんですか。
 
小形:  病院に聖書を持ち込みましてね、それで、妹に「ここを読め」ということで。そうすると、何が書いてあるかというと、例えば「永遠のいのちが、どうの、こうの」ということが書いてあるじゃないですか。そんなこと、病人に見せたってしょうがないんだけど、ともかくこっちもやることが他にないから。それと今と違って発見されて三ヶ月ぐらいでスウッと亡くなった。
 
品田:  病気が発見されてから、三ヶ月ぐらいだったんですか。
 
小形:  そうです。今と違って進行を止める手段がなかったんです。そんなわけで、聖書を読ませようと思ったんですね。その中から自分で発見してくれるだろう、そう思ったんです。しかしそんな具合に上手くいくもんじゃありません。ちょっと聖書を開いて、「あ、わかった」なんてもんじゃない。ただ新約聖書を渡して、一週間ぐらいして訪問に行って、「どうだ、読んだか」と言ったら、「読んだよ」と言っているから、読んだんですよ。それで私は、「これでいいや」という気がしたんです。それは何故いいか、というと、結局信仰を持った人間の場合に、「委ねる」という考え方をもてるわけですね。ですから妹が、とにかく聖書を開いて、そこから何かを得ようとした、ということは事実で、それがどうなのかは、これはわからない。これは私たちにはわからないことですけれども、しかしそういうプロセスを通って、そして間もなく亡くなった。で、そこから始まって、私としては、「これだな」と思ったんです。聖書の「ヨハネの福音書」というところに、こんなことも書いてあるわけです。それは、
 
一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。(「ヨハネの福音書」一二章第二四節)
 
というんですね。これはイエス・キリストの言葉であるんです。私は、妹が死んだ時に、心に残ったのが、それなんですよ。だったら妹の死を一粒の麦にしようではないか。もしかしたら、それが一粒の麦であれば多くの実を結ぶかも知れない。それについては、私が何もしないでいては何も起きない。しかし何かここで教会活動を起こすことで、それが多くの実りというところに繋がるのではないだろうか、そんなふうに考えました。で、むしろ私に、妹に対する愛情のようなものがあるとすれば、これで死をきっかけにして、教会活動のようなことを始めるというのは、これで良いのではないかな、という気がして、それで妹が亡くなって、大体半年後にこの交野で教会を始めるということになったわけですね。
 
品田:  始めた時には、小形さん一人だったんですか。
 
小形:  いいえ。私と、それから京都に住んでおられます大学生がおりまして、彼と私の家内と三人で始めました。それが半年経ち、一年経つうちに、少しずつ集まる人が増えてきたんです。そういう感じですね。私の家内の場合には、まだ洗礼を受けていませんでしたけれども、その時から四年ぐらい経った時に、家内と私の職場の後輩と、その二人がここで初めて洗礼を受けたわけです。私にとってはそれが大変嬉しいことであったですね。
 
品田:  教会というと、建物があって、そしてそこにみなさんが集うという印象があったんですけれども、一番初めはどういう環境から始められたんですか。
 
小形:  一番初めは、このすぐ向こうに私が借りている家がありまして、そこをちょっと暫く使って、そこに集まって貰いました。それから一年ほどして、街の自治会が、「集会所を使わないか」と手配してくれたわけです。それは私たちのところに、子どもたちが日曜学校―「教会学校」と言いますけど、大勢押しかけて来て、そして一緒に聖書を読んだり、賛美歌を歌ったりしている。で、その辺の人たちとしては、「良いことをしてくれているんだから、子どもたちに自治会の集会所を使って貰おうよ」ということになりまして、以来十五年間ぐらい、ほとんど毎週日曜、無料でずっと使わして貰いました。そういう近所の人の協力というのは、ほんとに有り難く感謝しているわけです。やはりそういう後押しがなかったら、こうやって続けてくることは難しかったと思います。自分の意地とかだけではなかなかこれは続かない。その後今ご覧のこの建物―中古の建物を買いまして、それでここに移ってまいりました。
 
品田:  ここは一般の住宅として建てられたものですね。
 
小形:  そうです。一般住宅なんです。これだけでも二十年ぐらいここ使っています。
 
品田:  かなり教会用に変えられたりもされたんですか。
 
小形:  いや、お金がかかりますので、なるべく変えないで、例えば欄間を外すとか、ここに仏壇があったのを外すとか、その程度のことですね。なるべくお金をかけないで、今のところはあるものを使っていくという考えできました。
 
品田:  十字架とかは?
 
小形:  十字架は、これはここにも一つ付いていますでしょ。それから屋根の上に一つ付いています。これは瓦屋根の上にああいうものを固定するというのは大変なことなんですよ。それもちょっと勇気のある人が、どっかで材木を手に入れてきて、ああいうふうにホワイトに塗って、この家に移ってからすぐそれをやったんです。こういうのも業者にやらせればいいんですけども、何とか自分たちでやろうとしたんですね。これもそうです。これもどこかの学校から誰かが貰ってきたのか。この台もこれはある方が好意で作ってくださったんですよ。つまり木工を趣味でなさる方が、材料をどっかで集めてきて、「これ、使ってよ」と言って、こんな形で作ってくれた。これもやっぱり二十年以上使っています。
 
品田:  あるものがあって、そこに集まるというよりも、あるものを作るところから、みなさんで、ということだったんですね。
 
小形:  はい。できるだけみんなで、できたものを持ってくるんじゃなくて、みんなで考えて工夫してというのが、今までのやり方でした。
 

 
ナレーター:  教会を立ち上げたものの、小形さんはまだ牧師の資格を持っていませんでした。日曜の礼拝には正式な牧師を呼び、自らは長老という立場で、自分で考えた説教を毎週信者にしてきたのです。最近の説教を少しお聞きください。
 
小形:  まず取税人という職業ですけども、ご存じの通り、これは個人営業の税務署みたいなもんでして、古代ローマ帝国の税金取り立てシステムだったわけですね。この取り立て作業を請け負うのが取税人です。それは手数料が入るだけではなくて、集めたお金をピンハネするのを、ローマ当局は黙認しておりましたので、まあ役得のある職業でした。また民衆からは、これは占領王国の手先であると。しかも集めた税金の一部を自分の懐に入れているではないか、ということで大変憎まれていたわけです。人間扱いされないと言いますか、仲間付き合いをして貰えなかったわけです。で、九節をご覧ください。イエスの前に、ザアカイが立っています。それも今までの税金泥棒、嫌われ者のザアカイではなくて、新しく生まれ変わったザアカイでした。その真っ新(まっさら)な心に向かって、イエスは言われます。「イエスは、彼に言われた。『今日救いがこの家にきました。この人もアブラハムの子なのですから』」。イエスがこの家に泊まったのは、ただの宿泊ではなくて、今の黙示録にありましたように、ザアカイの心に膨らみつつあったイエスの救いを待つ心ですね。救いを受け入れようとする心に応えているのだと思います。それからここに、「この人もアブラハムの子」という見慣れない表現があるんですけども、ちょっと解説しますと、それは、「あなた方が自分たちを正しいもの、綺麗なものと考えて、そして彼奴は、取税人たちは汚れた者だと言って、仲間に入れない。しかしそのような取税人ザアカイにも、あなた方とまったく同じように、救いが届くのだよ」と、こんなふうにイエスは言われたんだと思います。で、思えばですね、人間はすぐに順番を付けたがります。誰が上だとか、下だとかですね。しかしここでは、つまり「神の眼差しの前では、人間はみな等しく横一線に列ぶのです。氏の素性、国籍、職業はどうの、ではないんですね。今までどんなことをやってきたか。どんな人生を歩んできたかでもない。この人もアブラハムの子、周りが何を言おうと、誰がどう差別しようと、この人も、あるいはこの人こそ神の憐れみによって、救われる人間なのだ」と、イエスは言われました。
 

 
品田:  週一回の礼拝ですけれども、礼拝の時に、お話になる説教もずっと続けてこられたそうですね。
 
小形:  そうですね。礼拝というのは、小(こ)一時間ぐらいかかります。五十分から一時間。その中で聖書の説明を―普通説教とか、メッセージとか、そういう言い方をするわけですけど―礼拝の中で大体二十分から二十五分ぐらいという形できているわけですね。ですからそれは毎週毎週、オリジナルで説明を準備しなければなりません。それで私たちの場合には、私がその週やりたいところをポンと出すというんではなくて、毎週毎週続き物なんですよ。例えば「マタイの福音書」を一章一節から始まって、一番最後までマタイで三年近くかかるのかな、それをずっと続けていくという。ですから例えば、「これやりたくないな、難しいな」というところがあっても避けられないですね。一生懸命調べなければならない。調べて準備をするということに相当時間を使いました。ですから企業で働きながらこういうキリスト教の伝道活動を併せてやるという場合に、一番大変なのは、時間のやりくりじゃないんでしょうか。それでまあアフターファイブの付き合いとかというのがありますでしょう。それをやっていると自分の時間ができない。だから次の礼拝の準備ができないんですね。ですからお付き合いは必要最小限にして、なるべく自分の時間を確保するようにしたわけです。だからこういうことというのは、やはり周囲の人の理解がないと、例えば職場の人の理解とか、経営者の理解であるとか、また家族の理解、そういうものがないとなかなかできないんですが、私の場合はその辺恵まれていたと言いますか、お陰様で十分な時間を取ることができたわけです。それで聖書に、
 
「求めよ、さらば与えられん」(「マタイの福音書」七章七節)
 
という有名な言葉があります。それは自分が求めるならば、与えられるよ、という意味なんですね。で、「そんなこと言ったって本当に与えられるか」と、みんな思うんですけども、私の解釈は、「求めれば何でも与えられるのではなくて、何を求めるかということを、自分で考えないといけない。やりたいことはたくさんある。だけどその中で、これはどうしてもやりたい、というところまで、自分の考えを詰めていって、それが求める、ということなのではないかな」と。そしてそれに対して、与えられる。私の場合は時間だった。時間が欲しかった。そしてその時間は与えられた、ということなんですね。
 
品田:  しかしやりくりというものは大変だったんじゃないですか。
 
小形:  ええ。やりくりは随分大変でした。特に原稿をどれだけ溜めておけるか、というのが週末にものをいうわけですから。それをどういうふうにやったかと言いますと、結局参考書が必要なんですよ。それでその参考書というのは、どういったところにあるか。国産のものも随分あります。それから後は、海外のものですと、大体十六世紀からこの交野でいくらでも手に入るんです、十六世紀から二十世紀に至るまで。できるだけ、それを手に入れまして、それをもとにして―それをいつ読むかというと、通勤列車で読むんですよ。往復一時間はかかりますから、通勤の都度それを広げて読んでいた。そういうところを読みながら読んでいくうちに、自分のイメージ―ここで何を話すのだ、というところがだんだん固まってくるわけです。で、大体土曜日に、朝から時間を使ってですね、最初は原稿用紙使っていましたけども、もうできないから、小さなレポート用紙に書き込んで準備をして、それでみなさんに私の一週間の報告をさせて頂いているわけですね。それで勿論礼拝というスタイルは、聞いている人から質問もありませんし、普通はそういうことありませんから、ですからそれだけにこちらはほんとに力の限り準備をしてお話をしないと、とにかくこれだけの人数の方々の時間をそれだけ占拠するわけですからね。それにはこちらとしてはベストを尽くす必要がある。そんな気持で随分長いこと経ってしまいましたけれども。
 
品田:  ずっと毎週毎に原稿を作られていたわけですが、今その原稿というのは残っているんですか。
 
小形:  ええ。残っております。これは全部で千三百回分ぐらいあるんです。B5版のレポート用紙を二つ折りにして、それに縦書きの二段にして、ちょこちょこ書いていくわけです。それでお話をしたわけです。で、私のやり方としては、必ず原稿を準備するということをずっと続けてきているんですよ。それはやはり脱線したんじゃ拙い。それからある程度推敲したもので聞いて頂くのがいいんじゃないかと思いまして、それで大変なことですけど、一々大体二十分から三十分近い語りの原稿を書いて、それで説教の場に立つ。それをずっと繰り返してきたわけです。ワープロというものができましてからは、今もワープロにしていますけど、私個人的にはやはり手書きがいいんじゃないかと思っているんです。それはワープロは修正入れ替え、いっくらでもできるので、それは便利なんですが、昔やっていたことを考えますと、手書きがいい。それはやはり一字一字、あるいはフレーズに気持が現れるわけですね。僕が強調したいことは、強く書いているし、大きく書いているわけです。それを一応全部残しているんですよ。残して置いても別に開いて見て参考にすることは一切しないんです。それをやると混乱しちゃって、かえってよくないんで、ただ押入に放り込んであるだけです。しかしそれだけの量はあるという、やってきたという。見ても何にもならないだろうと思うんです。それを書いた時と、今とでは私自身が変わっている。それから聞いている人たちも変わっている。だからそれ一期一会(いちごいちえ)だと思っているんです。その時だけのメッセージだと思っているわけです。
 
品田:  長い期間ですから、健康を守るということも大事ですね。
 
小形:  そうですね。お陰様で割と健康な方なんですよ。ただ冬になれば風邪を引くとか、そういうことをやっていたんですけど、教会をやっていますと休めないでしょう、代わりがいないわけですから。例えばほんとに声が出なくなったことが一回あって、その時夜のうちにカセットテープに吹き込んでおいて聞いて貰ったとか、それから仕事の関係で土曜日曜に戻れないということがあったんです。そういう場合もどうしかたと言いますと、原稿だけ書いて、それをファックスでここに送って、司会の人に代読して貰うというようなことが一度ありました。そんなことでいろんな人の協力があって、ともかく今まで一回も欠けずに続いているんですね。私はこれだけは誇っていいと思っています。抜けていない、欠けがないということはですね。勿論それは自分の力ばかりじゃありませんけれども、一回として休まずにきているということです。
 

 
ナレーター:  会社の仕事と教会の仕事を両立させるのは大変でしたが、そこから得るものの方が大きかったと小形さんは言います。
 

 
小形:  大変と言えば確かに大変だった。今思えばですね、お金で随分私自身が助けられたことはあるんです。そこなんですけれども、私は長いこと会社で働いていまして、やはり身に付かなかったものというのがけっこうあるんですよ。それは例えば大きな大局観を見る力であるとか、いざという時の判断力とか、まあ度胸であるとか、そういうものですね。で、私自身がそういうものが欠けているといったもので、それが聖書を読むことによって、それから教会活動をすることによって、随分と与えられたというふうに感じています。仕事をしていまして、伸(の)るか反(そ)るかの時というのは、やはりあるわけですね。そういう時に、いくらマニュアルを開いたって何も書いてないわけです。先輩に聞いたって、あまりいい話は聞けない。そういう時に何に頼るか、ということになりますと、やっぱり普段の日常的な活動―私でいうと、教会との取り組み具合、そういうものから身についてきたものが、いざという時にいつの間にかものをいっているんじゃないか。そんなふうに思います。ですからそういうプラス面がたくさんあると思うんですね。同僚とか、職場の先輩であるとか、経営者であるとか、また家族であるとか、そういう人たちの理解は欠かせなかったと思います。やはり職場で大変有り難かったのは、「小形はああいう人間で、ああいうことをやっているんだから、まあいいさ」というふうなですね、そういう私に対して理解の雰囲気というのがあった。これは随分私は助けられたと思っています。
 
品田:  ご家族はどうですか。
 
小形:  一番最初ここを始める時に、家内はまだ洗礼を受けていなかったんです。ただ私がやるというから、「じゃ、手伝うよ」ということで、まあ付き合ってくれたわけですね。何をやってくれたかというと、毎週毎週お昼御飯を用意してくれたんです。これは大きいと思いますよ。特に遠くの人がここまで来て、礼拝を終わった後で、一緒に食事の時をもつ。これは随分みんなにとっての大きな励ましになったんじゃないでしょうか。しかもまだ洗礼を受けていない人が、そこまでやってくれるということで、やがてそういうものから洗礼を受けるところに繋がっていくわけですけど、そういう家内の行為という、その応援の気持というのは、私は今でも感謝しています。
 
品田:  改めて振り返ってみますと、如何ですか。
 
小形:  あんまり振り返らないんですよ、私のやり方はね。さっき申しましたように、「古い原稿を見ない」と言いましたでしょう。それと同じであんまり振り返って反省して、次のアクションをこうしようという考えは、今までとってこなかったですね。
 
品田:  前へ前へと進まれているんですね。
 
小形:  そうですね。宗教用語で言えば、「導き」というのも、それに当たるわけでしょう。だからやはりそういう意味で「導き」というものがあるのかも知れない。そんなふうに思います。自分の力で掻き分け掻き分けこれまできたような気がします。
 
 
ナレーター:  会社を定年退職して、六年後の二○○六年、小形さんは六十六歳で神戸ルーテル神学校に入学しました。そして改めて聖書やキリスト教について学び、正式な牧師となったのです。
 

 
品田:  今、念願の牧師になられて、それまでと変わった点というのは、どういうところでしょう。
 
小形:  「念願」ということなんですけれども、私の場合はあんまり念願という気持はないんですよ。普通牧師になる人たちは、一生懸命勉強して神学校を出て、試験をいくつか受けて、それでまさに念願の牧師になるわけです。私の場合は、結局先に実践をやってしまっていますでしょう。その関係で思い詰めた気持よりは、やらざるを得なくなったというか、牧師という役割を引き受けざるを得なくなって、こうなったな、という感じが強いんです。それでこれは人によって感じ方はさまざまと思いますが、例えば若い方たち、ほとんどの牧師さんたちは、神様から選ばれてこの仕事を継いだ、という意識はこれは大変強いと思います。で、それを私たちの間では、「召命感(しょうめいかん)」というような言葉で言い表されるんですね。だけども私の場合は、それよりもやはり追い込められちゃったという、ここでやらなきゃしょうがないなというふうに、それは自分でも自分をそういうふうにもってきてしまった。あるいは環境もそういう状態に追い込まれた、とでもいうんでしょうかね。そういう気持が強いですね。今でもそう思っています。
 
品田:  あまりご自身の中では、変化がなかった、ということなんでしょうか。
 
小形:  牧師になる前と、なって後の違いですね。これはやはりありますね。それで牧師になる前というのは、信徒の一人としてずっとやってきたわけですね。それはいわばボランティアというか、止めたければいつでも止められるわけですよ、はっきり言えば。そういった形で教会のために働いているわけでしょう。義務感というのがほとんど感じない。そうやって自分は教会のために尽くしてきたのだ。その気持ちの方が誇りというのかな、そういうものがあって、こう続いてきているわけです。牧師になるということは、ボランティアでないということでやはり重いんですよ。つまり退(ひ)くに退(ひ)けない。逃げ出せない、責任があるということですね。そこらが、自分自身で一人の信徒として同じことをやっているんですけれども、牧師になってからの気持とは随分違うような気がします。「これは自分がやらなきゃ」というふうな感じが強いですね。だから義務感と言えば義務感。だけど自分が感じているのは、義務感ではなくて、前向きに「引き受ける」というふうな感じ。ですからあんまりそれこそ押し付けられて困った、という感じではなくって、ここで自分の残りの生涯を、ここで使っていこうというふうな感じでしょうかね。
 

 
ナレーター:  小形さんは、サラリーマンをしていた時から、「聖書は実用書である」と訴え続けてきました。それは一体どういう意味なのでしょうか。
 

 
小形:  みなさんの思っているほど固いものではないという。もっと役に立つ。役に立たせることができるというのか。で、よく「聖書は永遠のベストセラーだ」なんていうことを言われるんですけれども、買った方は大体本箱にちょんと入れて、それで何年も何十年も出さないという人も割と多いんじゃないかと思う。私の考えでは、それは勿体ない。なんかの時に使えるんじゃないか。どんな時に使えるか、と言いますと、やはり実用的な、というか、生活上の教えというのは、やはりあっちこっちに散見されるんですよね。それは自分ではなかなか発見できませんから、牧師なり、先輩なりに聞いて教えて貰ったらいいと思うんですけど、たくさん実用的な日常生活に対するサジェスチョン(suggestion:暗示)があるんですね。それを私は是非みなさんに知って頂きたい。もっと多くの人にそれを知って頂きたい。ただ「これをやっちゃぁいけない」とか、何とかそんな規則のように思っている人も多いと思うんですが、そうじゃなくて、もっと前向きに使えるものだ、ということを申し上げたいですね。例えばこれはイエス・キリストの言葉ですけれども、こんなところがあるんですよ。
 
小さな事に忠実な人は、大きな事にも忠実であり、小さな事に不忠実な人は、大きな事にも不忠実です。(「ルカの福音書」一六章一○)
 
と書いてある。それは普通はあんまりそういうふうに思わないんですね。つまり大きなことにみんな集中しちゃって、一生懸命やって、その代わり小さいことは放っておくと。例えばなんか立派なことを言って、立派なことを仕事をしているからと思うと、その人が吸い殻をポンと捨てたり、やはりそれは小さなことを軽んじているわけでしょう。そういうところからきちんとやっていかなければいけないよ、というのが、イエスが言っている言葉なんですね。それから、例えば職場で紙屑をポンと落としているのがいるんですよ。私ね、これ実験したやろうと思ってね、拾って屑籠に入れたんですよ。その時部長だったと思うけど、あんまりそこまでやる人はいない。だけどそれをやっていたんです。ゴミを拾って屑籠に。そうしたらだんだんみんながそれを真似してゴミを拾うようになるんですね。綺麗になる。私ね、やっぱり「これだ」と思っているわけ。こういうことをきちんとやっていかなくちゃいけない。その上での、イエスがどう言ったとか、こう言ったとかという話にならないと、日常のことをほったらかしで、それで聖書ばかり読んでいても、それはよくないな、と、そういう感じをもっています。
 
品田:  確かにあまり細かいことに、上司として気がついちゃいけないな、というような、ちょっとありますよね。
 
小形:  はい。ですからね、気が付いて、口で、「あれやれ、こうやれ」と言ったらダメだと思います。だから今言いましたように、自分でやればいい、ということですね。例えば「危機管理」なんていうことが言われますでしょう。国家でもそうですし、企業でもそうですが、私ね、そういう時に思うんですけど、やっぱりどういう気持で毎日の仕事に当たっていくか、という。「危機管理」と言ったって、「こういう場合は、こうしなさい」とか、そんなことはどこにもないんですけど、それじゃなくて、私たちの心構えというのかな、気構えという形でやっぱりしっかりしておかなくちゃいけない。一つ例をあげますと、例えばこれは「マタイの福音書」の中にあるイエス・キリストの言葉ですけど、こんなふうなことが書いてあります。
 
あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。(「マタイの福音書」六章三四節)
 
それで私、やはり仕事をしていく中で、これを自分に言い聞かせながら、乗り切ってきたことが随分あるんですね。例えば嫌なことから逃げない、ということ。それから今日の仕事は今日終えてしまう。明日に延ばさない。ほんとは延ばしたいけど、延ばさない。もう一つは、気の進まない仕事ってありますでしょう。それから先に済ませる。そういうのを、実は私は仕事をする上での三原則だと、自分で決めて、今申し上げたような聖書をもとにして、こんなことを自分に言い聞かせてきたわけです。
 
 「聖書に学んだ小形流三原則」
・嫌なことから逃げない
・今日の仕事を明日に延ばさない
・気の進まない仕事を先にやる
 

 
ナレーター:  小形さんが、これまでに聖書で救われた言葉というのをいくつか紹介して頂けませんか。
 

 
小形:  たくさんあるんですけど、一つだけ申し上げるとすると、新約聖書の「マタイの福音書」というところにある、これもイエス・キリストの言葉なんですけども、こんなふうに言っているんですね。
 
自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません、いのちは食べ物よりたいせつななもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか。
(マタイの福音書」六章二五節)
 
という言葉があります。普通私たちは、ここに書いてあることの反対で、身体のことより着物のことを心配するのが普通なんですね。そして命よりも食べ物のことを心配する。これが普通の人間だと思います。しかしここでイエス・キリストが言っているのは、そうじゃないんだよ、ということを言っているわけですね。あなた方にとって本当に大切なもの―さっき「いのち」という言葉がでましたけども、「いのち」というのはいわゆる「生命」という意味もあります。もう少し深い意味もありますが、あなた方が気をとられている着物をどうしようかとか、明日の食べ物をどうしようか。しかしそれは一番大切なものではない。そうではないんだな、ということ。私はそこで思ったんですけど、何を着るか、何を食べるか、これを私たち毎日毎日考えていることなんです。しかしやっぱりそれだけではやはり人間として生きていて、ちょっと勿体ないな、ということは、そこからもう一歩出ていきたい。出て行って何があるか。どうやって、行った先に何があるか。その答えがやはり聖書の中にある、そんなふうに思いますね。そういうことを考えますと、「あ、そうか」ということで、「自分は今日一生懸命生きればいい。今日ベストを尽くせばいいんだ」という、そういう何か感覚がふっと湧いてくるわけです。それで、「明日のことを明日考えよう。はっきり言えば、今日これで寝ようか」。この思いっきりというのが、こういうところから出てくる。私はそれが大切なんだと思います。「思い切る」ということがね。
 
品田:  今日、まず一生懸命やる。
 
小形:  そうですね。それでいいんだ、ということ。それ以上考えてもしょうがないわけですから。結局、「自分のできる範囲で、自分の今いる場所で、今ベストを尽くす」こんなことじゃないかと思いますね。
 

 
ナレーター:  ある日曜日の早朝、小形さんは高速バスに乗り、徳島県に向かいました。バスに揺られること二時間半。やってきたのは鳴門市にある鳴門キリスト教会です。小形さんは、一年ほど前に病気で倒れましたが回復し、半年ほど前からは、巡回説教者として月に二回ほど、関西と四国の教会に出掛け説教を行っています。この日も多くの信者が、小形さんの説教を聞きに集まってきました。小形さんは、聖書の内容を分かり易く話します。人々の心に豊かな実りをもたらす種を植え続けることが、神が与えてくれた使命だと思っています。その小形さんが、注目しているのは、東日本大震災の後、宗教に関心を持つ人が増えているようだ、ということ。宗教の果たすべき役割が、今後大きくなるのではないかと考えています。
 

 
小形:  大勢の方が被災されて、そして大勢の方がボランティアなり、あるいは経済的な形でいろんな支援に動いておられる。大変尊敬することであるわけです。そして教会も微力ながらいろいろなお手伝いをさせて頂いています。ただ私が、教会でなければならないことは何か、あるかどうか。教会でなければできないことが何かあるか、ということを考えました時に、こんな言い方がちょっと変わっているか知りませんけど、「人間の心に防波堤を作ることじゃないか」と思ったんです。どんなこと、どんな苦しみが襲ってきても、それを跳ね返して、自分を守っていくための防波堤ですね。そういうものをお一人おひとりが、自分で築いていくことだろうと。で、聖書のお話をいろいろしましたけれども、そういうヒントを聖書なり、教会なんかが、どなたでもそれは見付けることができる。探し出すことができる。それをご自分のものにすることができるわけですから、私はそういうふうに一つの非常時対策―精神的な面でも非常時対策を、私たちはしていくのが良いのではなかろうかな、とこんなふうに思います。一般に宗教に対する誤解があると思うんです。例えば宗教というのは、「怠け者を作るんじゃないか」という、こういう見方ってわりと広く広がっているんじゃないでしょうか。しかし私に言わせれば、それは逆でして、宗教は働く人間を作ると思います。しかもバランス感覚があって、一生懸命働く、節度を持った人間を、宗教が作り出すと思います。ですからこれからの日本の社会が求めている人材を、実は宗教が作り出していくべきではないか。こんなふうに考えます。それからもう一つ申しますと、「宗教は逃避だ」と、よく言われますでしょ。逃げる。これは私の意見では、そうではない、と思っているんですよ。逃げるんではなくて、逆に足場を作ってくれる。自分が生きていくために、前向きに積極的に生きていくために、足場を用意してくれるのが宗教だと思っています。ですから逃避どころか、逆なんですね。それを足場にして、しっかりと前向きに生きていけばいい。そんなふうに考えます。それからもう一つ最後に、「宗教は縛るから嫌だ」と、こういう意見がけっこう強いんじゃないかと思いますね。これも確かにおっしゃる通り、「これは束縛だな」なんていう人は随分多い。私もそういうふうに言われたこともありますけども、しかしよく考えてみますと、何が自分を縛っているか、というと、私はそれは宗教ではなくて、その人の「欲」なんじゃないかと思います。「欲」に縛られている。それが私たち人間の普通の姿じゃないかな、と思います。従って宗教の役割は、縛ることじゃなくって、そういう「束縛から解放する」ということです。それが宗教上の働きの大きな一つだろう、というふうに思います。
 
品田:  小形さんは牧師として、どういうことを人々に伝えていきたいでしょうか。
 
小形:  普通宗教というと、なんか冠婚葬祭専用のように思われていることが多いんじゃないでしょうか。あるいは冠婚葬祭という場所になんか押し込まれているような気がします。私は、もっと宗教が働くと言いますか、社会的に機能する場というものが、これからやはり作られていって欲しい、と思いますね。それがためには、私たち教会ももっともっと努力しなくてはいけないし、仏教、神道、そういったみなさん方の働きにも、大いに期待するところです。やはりそういうところを通して、私たち、この国のことを考えます時に、いろんな問題が起きていて、これどうなるんだろうか、と考えている人が多いと思いますけれども、私は今こそ宗教の力を引き出す時なんじゃないかな、と、こんなふうに思っています。ですからもっと日常の生活と宗教というのが離れてしまわないで、今なんか冠婚葬祭の時だけくっついてくるということで、そうじゃなくって、もっと我々の毎日の暮らしに近いところで、宗教というものが捉えられればいいな、と思っています。その一つの形が、例えば聖書の中には、こんな言葉がある。そういうふうなものが、我々の日々の生活のヒントになり、アドバイスになるわけですね。それを見落とさないでいきたい。こんなふうに思っています。
 
     これは、平成二十四年一月八日に、NHK教育テレビの
     「こころの時代」で放映されたものである